AKB48の峯岸みなみの丸刈り謝罪について、「識者」と称する人たちが「恋愛禁止は人権侵害だ」なんてのたまっているのを見るにつけ、思わず目をおおいたくなりました。相手の白濱亜嵐に「丸刈りにしないんですか?」と問いかけた東スポの記者同様、AKBをめぐる話題になると、なぜかみんな醜態をさらしてしまうようです。『前田敦子はキリストを超えた 宗教としてのAKB48』(ちくま新書)なんて本を書いた濱野智史も然りです。そこには時流におもねる能天気であざとい心根しか感じられません。それがいわゆる「ゼロ年代批評」の特徴でもあります。

AKBはアイドル商法だと言われますが、それを言うならむしろオタク商法と言うべきでしょう。

女性に縁のないオタク相手に商売をするのですから、表向き恋愛をご法度にせざるをえないのは、営業上当然かもしれません。非モテのオタクたちにひとりで100枚も200枚もCDを買わせるには、それは最低限のオキテなのでしょう。私には、そのオタク商法の”異常さ”を誰も指摘しないのが不思議でなりません。丸刈りが異様に見えるのは、なによりそれがオタク商法だからです。

一方で、以前『週刊新潮』が、AKBの活動資金には振り込め詐欺のお金が使われていたというような記事を掲載して、秋元康から抗議を受けましたが、そういった芸能界の裏人脈からこの問題を考えることも無駄ではないかもしれません。

AKBというのは、気をもたせてお金を巻き上げる、キャバクラみたいなものです。AKB加入前の大島優子が、ロリコン向けの”ジュニアアイドル”として、ブルマーやスクール水着でマニア雑誌のグラビアに出ていたのは有名な話ですが、AKBの「恋愛禁止」も、そうやってオタクたちの”ゆがんだ劣情”を商売に利用していると言えなくもないのです。「恋愛禁止」を重要なコードとして機能させるには、カルト的要素は不可欠で、それがオタク商法の”異常さ”につながっているのだと思います。

ヤンキーとロリコンは、芸能界にとって不滅のキャラクターです。女子高生を買春したりスカートのなかを盗撮すればただの犯罪ですが、ロリコンのアイドルに妄想の世界で”疑似恋愛”するのは、巨万の富を生むビジネスになるのです。その違いは紙一重と言ってもいいでしょう。そう考えれば、この騒動から見えてくるものがあるのではないでしょうか。
2013.02.03 Sun l 芸能 l top ▲