さる6月8日、「第5回AKB選抜総選挙」の開票イベントが、日産スタジアムで大々的に行われました。テレビでも生中継していましたが、私がなにより驚いたのは、朝日新聞の入れ込みようでした。

朝日新聞デジタルでは、次々と発表される順位を速報で掲載していて、まるでホンモノの総選挙の開票速報のようでした。しかも総選挙のあとは、選挙結果について、濱野智史氏(『前田敦子はキリストを超えた―<宗教>としてのAKB48』の著者)が、池上彰のように「総評」する熱の入れようでした。

また、総選挙の当日付けのWEBRONZAでは、佐藤優氏が「宗教現象としてのAKB48――「センター」に神を求め続けて」という文章を書いていて、そのなかで佐藤氏は、「吉本隆明氏の『マチウ書試論』のキリスト理解を導きの糸にして、AKB48を宗教現象として理解する」濱野智史氏の視点を、「神学的にとてもよいセンスをしている」と高く評価しているのでした。

しかし、佐藤氏の文章は、何事も「宗教(性)」ということばで解釈すれば、もっともらしく説明がつくという氏お得意の”手慰みの論理”でしかありません。佐藤氏の言う「貨幣の宗教性」とマルクス経済学が言う「貨幣の物神性」は、ことばの概念においてまったく異なる(似て非なる)ものですが、そういった初歩的な概念さえ混同する、実に粗雑で頓珍漢な文章です。AKBのことなんて何もわかってないのに、なんだか無理してAKBを語っているような感じです。

(略)前田敦子さんの「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」という発言も、AKB48という宗教教団の集合的無意識を言語化したものだ。AKB48には、商業主義の中にこの利他性が埋め込まれている。それが他の芸能集団とAKB48を区別する重要な差異と思う。


「集合的無意識」とは、あのユングの集合的無意識? こういう文章には、「バカバカしい」ということばしか思い浮かびません。

一方、肝心なオタクたちは、今回の総選挙に対しては多分に冷めているのでした。数年前までは秋葉原のAKB劇場に通っていたような知り合いの(中年の)オタクたちに今回の総選挙のことを聞いても、気のない返事しか返ってこず、あまり関心がない様子でした。そりゃそうでしょう。数々のスキャンダルと露骨な炎上商法、そして河西智美や篠田麻理子らと運営会社の社長との「不適切な関係」疑惑(文春との裁判で、同じマンションに住んでいることや、混浴に行けば「一緒に入浴する仲」であることを、当の社長自身が証言しているそうです)をあれだけ見せつけられれば、冷めるなと言うほうが無理というものです。AKBブームが終わりつつあるのは、もはや誰の目にも明らかなのです。

にもかかわらず、この朝日新聞のはしゃぎっぷりはなんなのでしょうか。なんだか無理して若づくりしている周回遅れのオヤジのようです。フジテレビの軟弱路線を真似た挙句、気持の悪いカマトト女子アナばかり輩出して、視聴率競争でテレビ東京にも追い抜かれるほど凋落した”お堅いTBS”とよく似ています。

まさかこれで朝日新聞のイメージが向上して部数減に歯止めがかかり、あらたな購読者を獲得できると思っているわけではないでしょうが、総選挙がどうたらこうたらではなく、せめてAKBブームの裏にある芸能界の魑魅魍魎や児童ポルノとの関連を記事にするくらいの気概と見識をもってもらいたいものです。それがメディアのあるべき姿でしょう。AKBだけでなくアベノミクスでも(二大超大国が世界の覇権について話し合った歴史的な)米中首脳会談でも同じです。

貧すれば鈍するなのか、朝日新聞は部数減に浮足立ち、メディアとしての本来の役割を忘れているように思えてなりません。
2013.06.16 Sun l 芸能 l top ▲