三宅洋平氏について、同世代の横須賀市議会議員・小林のぶゆき氏が、ブログで「三宅洋平の衝撃」と題して、「こういうホンモノの言葉、言霊の力を見せつけられてしまうと、うわべばかりの言葉をしゃべっている政治家の出番は、どんどん無くなっていくでしょう」と書いているのが目にとまりました。

三宅洋平氏が選挙フェスのMCのなかで、20代後半に荷揚げのアルバイトをしながら音楽をやっていた体験から、「(月の収入が)15万円だと心がすさぶ。この社会では20万円ないと心がすさぶと思った」と言ってましたが、こういう(若者の)生活実感に基づいた等身大のことばで政治を語るのが彼の魅力です。

老後のことを考えなければならないような年齢になると、20万円稼がなければ生活できない社会というのは、恐怖ですらあります。まして若い人たちはなおさらではないでしょうか。必死で15万円稼いだのに、それでは安心して生活できなくて「心がすさぶ」というのは、どう考えても理不尽な話です。

アベノミクスで景気がよくなった、株があがった、経済成長がはじまる、日本を取り戻す、なんて言われていますが、しかし、どう考えても、それは、20万円どころか30万円も40万円も50万円も稼がなければ安心して生活ができない、”過酷な社会”の話のようにしか聞こえません。それでは15万円しか稼げない非正規雇用の若者や年金暮らしの老人は、ますます「心がすさぶ」だけでしょう。

大震災や原発事故で、私たちの幸せは経済成長だけではない、経済成長を前提とする私たちの生活というのは、実はすごく脆いものだということを学んだはずでした。経済成長というのは、「拡大再生産」ということばに象徴されるように、飽くなき成長をつづけなければならない”宿命”を負っています。でも、必ず限界がある。それをバブル崩壊や大震災や原発事故が示したはずでした。

しかし、最近のアベノミクス礼讃一色の風潮を見るにつけ、結局なにも学んでないんじゃないかと言いたくなります。グローバリズムは、(アメリカの)「拡大再生産」をより合理化するために捏造した方便(アメリカのアメリカによるアメリカのための市場主義)にすぎず、グローバリズムに飲み込まれたら、私たちの生活なんてひとたまりもないことくらい、少しでも考えればわかるはずです。

朝日新聞デジタルに出ていましたが、ユニセフ(国連児童基金)が発表した「先進国の子どもたちの貧困」という報告書では、日本の子ども(18才未満)の相対的貧困率は14.9%で、OECD加盟国を中心とする先進35カ国中悪いほうから9番目だそうです。

ちなみに日本より貧困率が高い国は以下のとおりです。

27・日本
28・リトアニア
29・イタリア
30・ギリシャ
31・スペイン
32・ブルガリア
33・ラトビア
34・アメリカ
35・ルーマニア

日本で貧困層に入る子どもは、305万人もいるそうです。これでホントに豊かで、子どもたちが未来に夢をもてる国だと言えるのでしょうか。にもかかわらず、一方でテレビやネットでナマポ(生活保護)叩きが行われ、セイフティーネットが逆に厳格化し縮小されようとしています。これで世界からリスペクトされる「やさしい国」「美しい国」と言えるのでしょうか。

政治というのは、無定見に市場原理主義や欲望のナチュラリズムに追随するものではなく、むしろ15万円でも生活できる社会を構想し、それを私たちに問うものではないでしょうか。選挙が終わった途端、株価は下落し、福島第一原発では汚染水や放射性物質など深刻な現状がつぎつぎとあきらかになっています。まるで選挙が終わるまで操作され封印されていたかのようです。どうしてこんな子どもだましのような愚劣な政治に、人々はいともたやすくイカれてしまうのか。

人にやさしい政治とはなんなのか。「吾唯知足(われただ足るを知る)」生き方とはなんなのか。それを右や左の政治のことばではなく、なんの気負いも衒いもない自分たちのことばで主張する若者たちが出てきたことの意味は大きいと言えます。

非正規雇用やブラック企業など「失われた世代」の悲哀を味わいながら、マスコミやネットにいいように煽られ、この国を牛耳る保守オヤジたちにいいように操られている若者たち。自分たちの生活の場であり生活の糧でもある市場をアメリカに売り渡し、自分たちをさらに「心がすさぶ」状況に追いやる政治に、日の丸の小旗を打ちふりながら拍手喝さいを送る若者たち。そんな若者たちの倒錯した現実のなかから、「ストリートの思想」を背景に、等身大のリアルな声があがりはじめたことの意味は大きいのだと思います。


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※タイトルを変更しました(7/30)。
2013.07.29 Mon l 社会・時事 l top ▲