明日(9/6)2020年の五輪開催都市を決めるIOCの総会が、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催され、最終候補に残った東京は、マドリード、イスタンブールと最後のプレゼンテーションを行うそうです。

東京有利の報道もあるようですが、しかし、福島第一原発の事故による海洋汚染が問題になっているなかで、オリンピックなんかやっている場合か、と思うのは私だけでしょうか。まして、開催地の選定に悪影響を与えるからという理由で、汚染水対策の国会審議もあとまわしにするなど、本末転倒もはなはだしいのです。

参院選のために汚染水の問題が伏せられ、今度はオリンピックのために対策があとまわしにされる。原発事故やそれに伴う放射能汚染の問題は、その程度のものなのかと言いたくなります。私は、ここにも不条理を感じてなりません。

もっとも、先の選挙結果を見る限り、国民に不条理という感覚はあまりないようです。それがこのような、原発事故の処理を二の次にするような政治をもたらしているのではないでしょうか。大変言いにくいけど、あれほどの被害を受けた福島においても、選挙では原発事故に対する明確な意思は示されなかったのです。

オリンピック開催が決まれば、巨額の公共投資が実施されます。お台場・青海・晴海を中心とした湾岸エリアの大規模な開発が行われ、国立競技場の建て替えだけでなく、首都高の大規模な改修も行われると言われています。オリンピック誘致の言いだしっぺは、都知事時代の石原慎太郎氏ですが、その際、(”石原タブー”のない)一部のメディアに、彼の選挙の面倒を見た某ゼネコンとの関係が取り上げられたことがありました。いわゆる”五輪利権”もあるはずで、ゼネコンをはじめ広告代理店やマスコミなど関連業界が、ヨダレを垂らしながらIOC総会に熱い視線をそそぐのは当然でしょう。

一方で、これから何十年もかかって原発を廃炉にしなければならず、それには途方もない費用と知恵が必要になると言われています。専門家のなかには、人類がかつて経験したことのない難題が待ち構えていると言う人もいます。また、汚染水の問題も、単にタンクから汚染水が漏れたとかいう話ではなく、メルトスルーして格納容器からぬけ落ちた核燃料が地下水脈を汚染している可能性もあり、もしそうなら抜本的な解決策はない、お手上げだという話さえあります。オリンピック誘致に首を傾げたくなるのが普通の感覚ではないでしょうか。

にもかかわらずマスコミは、拝金亡者ご用達の日経&テレビ東京を筆頭に、経済効果の皮算用をしてはしゃぐばかりで、この「無理が通れば道理が引っ込む」現実に疑問を呈するような視点は皆無なのです。

機を見るに敏なテレビのニュースキャスターやワイドショーのコメンテーターたちも、みんないっせいに風にそよぐ葦になっています。オリンピックについては、昨今の商業主義や勝利至上主義、国家主義などによって、スポーツが歪められているという指摘がありますが、いつの間にかそんな問題もどこかに吹っ飛び、疑義をさしはさむのもはばかられるようなオリンピック招致の大合唱がはじまっているのです。

内田樹氏は、みずからのブログ(内田樹の研究室)で、五輪招致について、つぎのように書いていましたが、私もまったく同感です。

原発事故のことを忘れたがり、隣国を口汚く罵倒する人たちが政治の要路に立ち、ひたすら金儲けの算段に夢中になっている国に五輪招致の資格があるかどうか、それをまず胸に手を当てて考えてみた方がいい。
五輪招致について

2013.09.05 Thu l 社会・時事 l top ▲