先日、東京新聞に、「『全生園は私の支え』 宮崎駿氏、『人権の森』構想を全面支援」という見出しで、つぎのような記事が掲載されていました。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014012090100115.html

多摩全生園を囲っている柊の垣根ひとつとっても、そこには筆舌に尽くしがたい入所者の悲惨な歴史とこの国の医療行政が犯した暗黒の歴史が刻印されているのです。宮崎駿氏の多摩全生園に寄せる思いに共鳴する人も多いでしょう。もちろん、私もそのひとりです。

ただ、その一方で、宮崎駿氏をはじめとするスタジオジブリの姿勢について、違和感を覚える部分があることも事実です。それは、ヘイトスピーチの巣窟になっているニコニコ動画との関係についてです。

ニコニコ動画を運営する株式会社ドワンゴの川上量生会長は、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーと意気投合して、会長職のまま「プロデューサー見習い」としてスタジオジブリに入社、週に1回出社して同社で「修行」しているのだそうです。

川上会長は、スタジオジブリとの関係について、「ジブリで学んだことをドワンゴで練習してジブリの仕事に活かす戦略です」(ニコ動とジブリは「サブカル界の正反対」 ドワンゴ川上会長、2足のわらじで見つめる未来)と言ってました。

一方、スタジオジブリは、同社が発行する小冊子『熱風』では護憲の立場を明確にしており、宮崎駿氏らは日本共産党の選挙パンフレットにも「推薦人」として名前を連ねるくらい、同党のシンパとしても知られています。そんなスタジオジブリがもっているリベラルでヒューマンなイメージと川上氏との関係を考えると、戸惑いを禁じえません。

ニコ動は、言うまでもなくヘイトスピーチにとって欠かすことのできないプロパガンダの拠点です。ニコ動とヘイトスピーチの「親密な関係」を指摘する人もいるくらいで、ニコ動があったからこそ、ヘイトスピーチが街頭に進出することになったと言っても過言ではないでしょう。お金のためならヘイトスピートでも利用する川上氏の姿勢は、ネットの守銭奴の面目躍如たるものがあります。あれはただ自分たちが預り知らぬところでユーザーが勝手にやっているだけだと言うなら、それこそ「凡庸な悪」(ハンナ・アーレント)と言うべきでしょう。

ハンセン病とヘイトスピーチ。文字通り「正反対」のこの問題について、スタジオジブリはどう折り合いをつけているのか。そう問い質したい気持があります。川上会長のように、「言霊」の問題として片付けるのでしょうか。あるいは、ヘイトスピーチにも「言論の自由」があるとでも言うのでしょうか。

私は、こういったところにもスタジオジブリの「きれい事」があるように思えてなりません。スタジオジブリの作品が体現する平和や人権や共生ややさしさや思いやり、あるいはせつなさや哀しみといったものは、純粋培養された恣意的な場所でしか成立しえない「きれい事」、夜郎自大な自己完結のセカイにすぎないのではないか。

ハンセン病の悲惨な歴史を思う気持と「朝鮮人を殺せ!」というヘイトスピーチを見て見ぬふりするスタジオジブリの姿勢には、どう考えても合点がいかないのです。

>> 『差別とハンセン病』
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2014.01.25 Sat l 芸能 l top ▲