先日のサッカーW杯・日本代表の壮行試合のキプロス戦を見るにつけ、テレビ解説者の能天気な”解説”とは裏腹に、「ホントに大丈夫なんだろうか」と思ったのは私だけではないでしょう。壮行試合の相手というのは、ボクシングで言えば「咬ませ(犬)」のはずです。それがあのドタバタでは不安にならざるをえません。

キプロス戦については、私の知るかぎり、スポーツライターの杉山茂樹氏の「本田圭佑主体の日本代表は限界である。キプロス戦全採点」という文章が唯一際立っていて、秀逸でした。

杉山氏は、UEFAチャンピオンズリーグの決勝と比べると、観客の質は「大人と子どもほどの差があった」と言います。

スタンドに駆けつけるべきは、良いプレイには拍手、悪いプレイにはブーイングができる、愛情溢れる目の肥えたファンだ。単純なクロスに大歓声をあげたり、大久保の登場に黄色い声援を送るファンではない。


 とても素人っぽい観衆に囲まれて、国内最後の試合に臨むことになったザックジャパン。試合内容も推して知るべし、だった。どんなに攻めあぐんでも、多くの観客は常にニコニコ。これでは選手は背中を押されない。


この夜郎自大な「自演乙」は、サッカーに限りません。今の「愛国」一色に染め抜かれた世論などもその最たるものでしょう。

改憲ムードを煽るためにふりまかれる嫌中嫌韓の空気。それに乗って坊主憎けりゃ袈裟まで憎い式に、来る日も来る日もヘイトな記事を流しつづけるマスコミ。そして、そのマスコミに煽られ、(中韓の)失策に「大歓声をあげたり」、政治家の挑発的な発言に「黄色い声援を送る」国民。

でも、それはどう考えても、昔「シナ人」や「鮮人」と呼んでいた頃の、自分たちは優秀な民族で「シナ人」や「鮮人」は劣等民族だという古い差別意識の蒸し返しにすぎません。

サッカーの場合、いくらお粗末な観客が「自演乙」しようとも、選手たちはその技能を否応なく世界基準に晒され、容赦ない評価が下されるのです。でも、政治の場合は、そういうわけにはいきません。「自演乙」によってカルトな妄想の「おれたちのニッポン」に自閉しているのが今のこの国ではないでしょうか。

そして、少しでも水を差すようなことを言おうものなら、「反日」だ「フザヨ」だと袋叩きに遭うのがオチです。そういった姿勢は、言い方に濃淡や強弱はあるものの、ネトウヨから新聞やテレビのマスコミまで本質的には同じです。サッカーならずともそれで「ホントに大丈夫か」と思ってしまいます。

韓国のフェリー事故に対しても、この国ではやっぱり韓国はどうしうようもない国で、韓国人は劣等民族だとでも言いたげな報道が蔓延していますが、先に朝日がスクープした「吉田調書」では、福島第一原発の事故の際、フェリーの船員たちと同じように、所員の9割が待機命令を無視して現場を離脱していたという事実があきらかになったのでした。にもかかわらずマスコミは、事故当時、彼らを日本を守る”英雄”だと美化していたのです。

また事故直後には、住民のパニックを怖れた政府と福島県は、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)によって予測された、放射性物質の拡散被害を表す「積算放射線量試算マップ」を隠蔽して、住民の被ばくを放置したのでした。そして、その政府と福島県は、今度は「美味しんぼ」に対して、「風評を煽る」として批判しているのです。要するに、韓国も日本も同じなのです。

人の振り見て我が振り直せと言いますが、自己を対象化する契機を失ってひたすら「自演乙」するだけのニッポン。そういった「カルト化したニッポン」がファシズムの謂いであるのは言うまでもありません。

その結果、韓国は中国と接近して対日包囲網を築こうとしています。安倍政権は、韓国を中国のほうに追いやったとも言えるのです。しかも、中国や韓国は、劣等民族どころか、今や政治的にも経済的にも日本と比肩する存在になっているのです。その事実から目をそらして夜郎自大に「自演乙」している限り、日本がアジアで孤立してますます落ちぶれて行くのは避けられないでしょう。

ウクライナの例をあげるまでもなく、アメリカが超大国の座から転落して世界が多極化しているのは、もはや誰の目にもあきらかです。とりわけ東アジアでは、中国を中心にしたあらたな秩序が生まれつつあるのは間違いありません。マスコミは、中国がアジアで孤立しているかのように言ってますが、それはパワーゲームとしての国際政治の現実を無視した、「そうなればいい」という”希望的観測”にすぎません。

拉致問題に関する日朝合意にしても、あらたな秩序からはじき出された北朝鮮と日本が、抜け駆け的に接近したにすぎないという見方があるくらいです。北朝鮮は、中国とのパイプ役であった張成沢一派を粛清したことによって、中国との関係も冷えきり、経済的にも逼迫しているというのは多くの人が指摘しているところです。

安倍政権にしても同じです。当初、集団的自衛権の”仮想敵”は北朝鮮だったはずで、安部首相は、第一次安倍政権のときから拉致問題に対しては制裁一本やりの強硬路線をとってきました。それが一転して、1兆円とも言われる「戦後補償(」植民地支配の賠償金)を含む大幅な譲歩には誰しもが驚いたはずですが、そこには手詰まりのアジア政策による安倍政権の焦りが投影されているような気がしてなりません。

ただ一方で、日本政府が拉致調査の進展に応じて制裁解除をおこなう意志を表明したのを尻目に、米国議会下院の外交委員会は、日朝合意の発表直後、北朝鮮に対する経済制裁を強化する法案を可決したのだそうです。安倍政権の命綱は、言うまでもなく対米従属ですので、今回の日朝合意が文言どおりに履行される保障はどこにもないのです。

田中宇氏は、今の手詰まりの状況について、最新記事(無料版)「拉致問題終結の意味」で、「このままだと、日本は無策のまま、唯一の依存先である米国をいずれ喪失し、中国沖の孤立した弱小島国に戻るしかない」と書いていましたが、そもそもの悲劇は、この国が安倍晋三氏のようなネトウヨまがいのカルトな指導者を戴いたことでしょう。すべてはそれに尽きるように思います。
2014.05.31 Sat l 社会・時事 l top ▲