サムライブルー


ワールドカップは、ベスト8の戦いに入っていますが、日本では既にザッケローニがイタリアに帰国して、次の監督もほぼ決定というような報道がなされています。でも、これでホントにいいのか?と思うのは、私だけではないでしょう。

今朝のブラジルVSコロンビア戦を観てしみじみ思ったのは、日本代表との途方もない力の差です。たとえば、ネイマールとロドリゲスはともに22才ですが、日本サッカーの次の時代を担うと言われている柿谷・清武・大迫の24才トリオと比べても、その差は歴然でしょう。

しかし、日本の24才トリオは、国内ではスターです。セルジオ越後氏が言うように、代表戦は「コンサート会場のような雰囲気」になり、黄色い歓声に包まれるのでした。試合に負けても渋谷のスクランブル交差点でハイタッチをして騒いでいるようなイタいサッカーファンたちを生み出したのは、日本サッカー協会とそれにぶら下がるマスメディでしょう。

1勝もあげることもなく帰国した日本代表を迎えたのは、「力をもらった」「勇気をもらった」「感動をありがとう」というような、大震災以後常套句となった意味不明の感嘆詞と、あたたかい1千人のサッカーファンたちでした。それが「ひとつになろう! 日本」を象徴する光景なのでしょう。

一方、同じように1勝もあげることなく帰国した韓国代表を迎えたのは、「韓国サッカーは死んだ」という横断幕とアメ玉の洗礼でした。

これは、常に世界基準を意識せざるをえない彼の国と、「パラダイス鎖国」のなかでガラパゴスに生きることが可能な「自演乙」の国の違いなのではないでしょうか。もちろん、これはサッカーに限った話ではありません。政治も経済も同じです。

それにしても、柿谷や清武や大迫のような選手が、どうしてヨーロッパのクラブに高額な契約金で招聘されるのか。素人の私には疑問でした。他国の選手と比べると、買い被られているようにしか思えないのです。それで、その疑問をサッカーに詳しい知人にぶつけてみました。

「お金ですよ」
「お金?」
「そう、スポンサーが付くからですよ」
「スポンサー?」
「彼らが加入することによって、スカパー!のような衛星放送などが高額な放映料を払うからです」
「日本向けの客寄せパンダ?」
「そうです。サッカービジネスにとって日本は美味しい市場なのです。放映料だけでなく、選手と一緒にいろんなスポンサーも付いてくるので、充分元は取れるのです」

サッカーが巨額なビジネスに動かされているというのは、ワールドカップを見るまでもありません。セルジオ越後氏が言う「(日本代表は)興行的な親善試合ばかりが多い」というのも同じ理由なのでしょう。

私のような素人が見ても、サッカー協会に巣食う獅子身中の虫をなんとかしない限り、いくら監督を交代させても同じではないかと思うのですが、そういった視点から日本サッカーの問題点を指摘するメディアはほとんどありません。なぜなら、メディアもまた、”サッカームラ”の一員だからです。サッカー協会や選手たちと”お仲間”だからです。勝村某や矢部某や加藤某などサッカー好きな芸能人が、Jリーグ関係者とくだらないおしゃべりをするだけのサッカー番組なども然りです。

サッカーに見られるのも、日本的な「自演乙」の光景と言うべきでしょう。
2014.07.05 Sat l 社会・時事 l top ▲