フリージャーナリストの田中龍作氏は、現在、イスラエル軍が侵攻したガザに滞在し、連日、みずからのサイトに、現地で取材した記事をアップしています。今回の滞在でいちばん最初の記事がアップされたのが7月14日でしたので、もう2週間以上、滞在していることになります。

田中龍作ジャーナル
http://tanakaryusaku.jp/

ちなみに、田中氏は、広告やスポンサーに頼らずに、読者のカンパだけで取材活動をおこなっており、今回も「クレジットカードをこすりまくって」(借金して)ガザに来ています、と書いていました。

フリーのジャーナリストが運営しているブログも、大半は新聞などのメディアと同じように、有料会員にならないと記事が読めないシステムになっていますが、田中氏の場合、記事は無料で読むことができるのです。その代わりカンパをしてください、というスタイルをとっているのでした。私は、個人的には田中氏のようなスタイルに共感するものがあります。

田中氏の記事は、新聞やテレビの報道とは違って、戦争の現場の生々しさがひしひしと伝わってくる、臨場感あふれる記事ばかりです。記事からは、ガザの人たちの悲痛な叫びが今にも聞こえてきそうです。そこにあるのは、恐怖と悲しみと憎しみであり、新聞やテレビなど既成のメディにはないリアルな戦争の姿です。

それは、記事だけでなく田中氏が撮った写真も同様です。なかでも私が印象に残ったのは、7月20日の記事「イスラエルはなぜ私たちの子供を殺すのか」に掲載されていた写真です。それは、血まみれの少女が白いビニールシートのようなものに包まれて抱きかかえられている写真で、キャプションによれば、少女は「瞳孔が開き、頭からは脳しょうが飛び出していた」そうです。私は、最初、少女は赤い服を着ていたのかと思ったのですが、そうではなく洋服が血で赤く染まっていたのでした。

このように、目の前で家族や友達が殺されていくのを目にしたパレスチナの子どもたちが、やがてイスラム原理主義組織に入り、テロリストになっていくのを誰がとめられるでしょうか。誰が彼らに「憎しみでは解決しない」と説得できることばをもっているでしょうか。この”憎しみの連鎖”をとめる手立ては誰にもないような気がします。彼らを説得するには、民主主義はあまりにも非力で、そしてあまりにも不誠実なのです。

戦争というのは、自国民保護(邦人保護!)、自衛、抑止力といった大義名分ではじめられるのが常です。「これから侵略します」といって戦争する国なんてどこにもありません。イスラエルだってそうですし、ナチスだって戦前の日本だってそうでした。安倍首相は、集団的自衛権行使の閣議決定後の記者会見で、(集団的自衛権行使は)「日本に戦争を仕掛けようとするたくらみをくじく大きな力になる」と言ってましたが、戦前の指導者も同じようなことを言って戦争をはじめたのです。それにしても、中国や韓国だって、日本に対してここまで挑発的な発言はしていません。この発言には、安倍首相の好戦的な姿勢がよく表れているように思います。私たちは、自分の国の総理大臣に戦争を煽られている、という自覚をどれだけもっているのでしょうか。

高橋源一郎氏は、朝日新聞の論壇時評のなかで、『現代思想』(7月号)の「ロシア」特集に掲載されていた、現代ロシアの作家・リュドミラ・ウリツカヤのつぎのような発言を紹介していました。

朝日新聞論壇時評
「戦争」の只中で 現実はもっと複雑で豊かだ

 リュドミラ・ウリツカヤは、ウクライナからロシアに併合されたクリミアについて書いた文章を、小さいときから夏の数カ月を過ごしたその地の小さな町の思い出から始めている(略)。クリミアは、多くの民族の行き交う場所だった。
 「かつてこの由緒ある地に住んだすべての民族がこの地で平和に暮らせるようになることを願っています……胸に手を当てて言いましょう――私個人としては行政的にクリミアがどの国に属そうと構いません。平和であればいいのです」(略)


また、つづけてロシア・ポーランド文学が専門の沼野充義氏のつぎのような文章も紹介していました。

 沼野充義は、民族主義の高揚の中で(クリミア編入の議会決定に反対したのは上・下院を通じて僅〈わず〉か一人)、いまロシアは「反対だと声を上げたら袋だたきにあってしまう」怖い状況であり、ウリツカヤを筆頭とする、ウクライナの立場も理解しようとするリベラルな作家たちは「売国奴」や「非国民」と攻撃の対象になりつつあるとした。(略)


でも、これはロシアだけの話ではありません。

与党のなかでただひとり集団的自衛権の行使容認の閣議決定に反対した自民党衆議院議員の村上誠一郎氏もまた、ネトウヨたちから「反日」「売国奴」「非国民」と悪罵を浴びせられているのでした。全体主義への暴走は、よその国の話ではないのです。

村上氏は、外国特派員協会の記者会見で、安倍内閣がすすめる”解釈改憲”は、「下位の法律によって上位の憲法の解釈を変えるという禁じ手、やってはいけないこと」で、安倍内閣のやり方は、「立憲主義が崩壊する危険性」につながる、と批判していました。

BLOGOS
集団的自衛権に自民党で一人反対、村上誠一郎議員が会見

また、今の”鬼畜中韓”のきっかけになった尖閣の問題についても、つぎのように言ってました。

(略)尖閣諸島が緊迫した情勢になった理由は二つあると思っております。
一つは、石原慎太郎氏が14億円を集めて、野田首相に国有化しないのは君たちの責任だと煽り立てて、最終的に野田さんが着地点も考えずにやってしまったこと。
もう一つは、安倍さんが、アメリカのバイデン副大統領や皆から中国や韓国と上手くやってくれと頼まれているにも関わらず、靖国神社に行ってしまったこと。
私は石原さんや安倍さんがやったことに対しても、やはりきちっと反省すべき点があるんではないかと思います。


ここには、ヘイトなナショナリズムを煽り、全体主義への道が掃き清められていく、そのカラクリが具体的に語られているように思います。

村上氏によれば、「多くの議員や官僚たちも自らと同じ考えだが、『内閣改造を示唆されていて、人事をちらつかせられたら何も言えない。』『官僚の600の幹部ポストは内閣人事局に握られることになった。官僚は一度左遷されれば戻ってくることはできない』などの理由から反対の声が上げられない状況にある」のだそうです。みんな、おかしいと思いながらずるずると強権的な政治に押しまくられていく。それこそがファシズムへ至る道です。

ときに戦争は、アメリカのように、「自由と民主主義」の名のもとにおこなわれることもあるのです。これでは、誰もパレスチナの子どもたちを説得することはできないでしょう。高橋源一郎氏が言うように、「作家の責務」だけでなく、私たちにもそれぞれ責務があるはずです。

集団的自衛権の行使というのは、私たちが戦争の当事者になるということです。今度は私たちがパレスチナの子どもたちの憎しみの対象になるかもしれないのです。その覚悟がホントにあるのでしょうか。もちろん、ネトウヨのように、汚れ仕事は自衛隊にさせればいいというような、都合のいい(卑怯な)考えが通用するわけがないのは言うまでもありません。

枝野幸男・民主党憲法総合調査会長は、集団的自衛権について、タウンミーティングでつぎのように発言していたそうです。民主党は、集団的自衛権そのものについても、賛否は留保したままで、野党としての存在価値さえ示せないほど落ちぶれ果てていますが(こういう政党は一日も早く潰れたほうが世のため人のためだと思っていますが)、そんな民主党の”悪奉行”でさえこう言っているのです。おそらくそれは、誰も口にしませんが、多くの国会議員たちにも共通する認識なのではないでしょうか。

朝日新聞
「集団的自衛権、必然的に徴兵制に」 民主・枝野氏

 自分の国を自分たちで守ることについてはモチベーションがあるので、個別的自衛権を行使するための軍隊は志願兵制度でも十分成り立つ。しかし中東の戦争に巻き込まれ、自衛隊の方が何十人と亡くなるということが起きた時に、今のようにちゃんと自衛隊員が集まってくれるのか真剣に考えないといけない。世界の警察をやるような軍隊をつくるには、志願制では困難というのが世界の常識だ。従って集団的自衛権を積極行使するようになれば、必然的に徴兵制にいかざるを得ないと思う。(さいたま市のオープンミーティングで)


私たちの目の前にあるのは、”戦争というリアル”なのです。
2014.08.06 Wed l 社会・時事 l top ▲