参議院選挙が公示され、駅前では候補者が揃いのTシャツを着たスタッフを従えて、愛想を振り撒きながら演説をしている光景が日常になっています。

聞くと勇ましい国防の話は多いのですが、もっとも身近で切実な格差社会=貧困の問題はどれも通りいっぺんなものばかりで、候補者がホントに貧困問題の切実性を共有しているかはなはだ疑問です。もとより貧困問題はあまり票になりにくいという側面もあるのかもしれません。

当然ながらどの候補者も物価高の問題には触れてはいますが、それも貧困にあえぐアンダークラスに向けてというより、まだまだ余裕があるミドルクラスの有権者に媚を売るような主張が多いのです。

でも、日本は先進国で最悪の格差社会を有する国です。生活保護の基準以下で生活する人が2000万人もいるような国なのです。

所得から所得税・住民税・社会保険料など租税公課を差し引いた金額が可処分所得ですが、さらに世帯ごとの可処分所得を世帯員数の平方根で割った金額を等価可処分所得と言います。そして、ちょっとややこしいのでしが、等価処分所得の中央値の半分に引いたラインが「貧困線」になります。その貧困線に満たない(達しない)世帯員の割合が相対的貧困(率)と呼ばれます。相対的貧困(率)はOECD(経済協力開発機構)で定められた計算式に基づいて算出される国際基準で、そのボーダーラインの可処分所得は2019年で127万円だと言われています。

厚労省が発表した「2019年国民生活基礎調査」によれば、ボーダーラインの可処分所得が127万円未満の国民は、全体の15.4%だそうです。人数で言えば、約1930万人です(上の生活保護基準以下の数値とほぼ一致する)。つまり、日本の相対的貧困率は15.4%で、G7の中ではワースト2位です。

子ども(17歳以下)の相対的貧困率は13.5%、約260万人です。また、ひとり親世帯の相対的貧困率は48.1%、約68.2万世帯です。

日本では、これだけ多くの人たちが可処分所得127万円以下で生活しているのです。127万円を月に直せば10万円ちょっとです。その中から家賃や電気代やガス水道代やNHK受信料!を払い、残りのお金で食費をねん出しているのです。マンションや一戸建ての家を持っているミドルクラスのサラリーマン家庭が口にする「生活が苦しい」とは、まるでレベルが違うのです。

音楽評論家の丸屋九兵衛氏のTwitterを見ていたら、次のようなリンクが貼られていました。


アホな人間は、日本人は何でもすぐ政治のせいにするなどと言って、貧しいのも自己責任であるかのような言い方をするのが常ですが、カナダの大学が言うように、日本の貧困は「世界的にも例の無い、完全な『政策のミス』による」ものなのです。個人の努力が足りないからではないのです(上記のリンクは途中までしか表示されていません。「Twitterで会話をすべて読む」をクリックすると、最後まで表示されます)。

今でも何度もくり返し言っているように、日本には「下」の政党が存在しなことがそもそもの不幸だと言えます。(上か下かを問う)「下」の政治が存在しないのです。

同じ丸屋九兵衛氏は、次のようなツイートにもリンクしていました。


いくら「日本凄い!」と自演乙しようとも、日本がどんどん貧しくなっているのは誰の目にもあきらかです。誰も本気で戦場に行く気もないのに、口先だけの”明日は戦争”ごっこをしている場合ではないのです。

今、必要なのは「下」の政治なのです。フランスでは、「下」の政治を5月革命のDNAを受け継ぐ急進左派とファシストの極右が担っているのですが、日本ではそれが決定的に欠けているのです。

いつものことですが、メディアも政権党を側面から応援するために、格差社会の現実から目を背け”明日は戦争”を煽るばかりです。貧困にあげく人たちは完全に忘れられた存在になっています。彼らの切実な声をすくい上げる政党がないのです。その意味では、今回の参院選も、いい気な人たちのいい気なお祭りのようにしか見えません。
2022.06.29 Wed l 社会・メディア l top ▲
ウクライナ侵攻がロシアの侵略であることは論を俟ちません。そんなのは常識中の常識です。しかし、だからと言って、ロシア糾弾一色に塗り固められた報道が全てかと言えば、もちろん全てではないでしょう。まったく別の側面もあるはずです。

旧西側のメディアが伝えているように、ホントにウクライナが小春日和の下で平和で穏やかな日々を過ごしていた中に、突然、無法者のロシアがやって来て暴力を振るい家の中をメチャクチャにしたというような単純な話なのでしょうか。

2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命とウクライナは国を二分する騒乱の渦中にありました。その中で、西欧流民主主義を隠れ蓑にしたしたウクライナ民族主義が台頭し、ロシア語話者に対する迫害もエスカレートしていったのでした。ロシアはその間隙を衝いて、ロシア系住民を保護するためという大義名分を掲げてクリミア半島に侵攻し併合したのです。

それは、ソビエト連邦やソ連崩壊時の独立国家共同体の理念を借用した行為であるとともに、国民向けには大ロシア主義=ロシア帝国再興の夢を振り撒く行為でもありました。

ただ、当時のウクライナは文字通り内憂外患の状態にあり、政治は腐敗しマフィアが跋扈し常に暴力が蔓延しており、欧州でいちばん貧しく遅れた国と言われていたのです。今回の侵攻で英雄視されているアゾフ大隊もそんな中で登場したネオナチの民兵組織で、国内の少数民族や社会主義者や労働運動家や性的少数者やロシア語話者に対する弾圧の先頭に立っていたのです。

でも、ロシアによるウクライナ侵攻によって、そういったウクライナのイメージはどこかに行ってしまったのでした。

欧米から供与された武器が闇市場に流れているのではないかという指摘もありますが、まったく荒唐無稽な話とは思えません。

今日、Yahoo!ニュースには次のような記事も出ていました。

Yahoo!ニュース
AFPBB News
ウクライナ侵攻で薬物製造拡大の恐れ 国連

国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、薬物に関する年次報告書で、ロシアによるウクライナ侵攻で、ウクライナ国内の「違法薬物の製造が拡大する恐れがあると警告した」そうです。

 年報によると、ウクライナで撤去されたアンフェタミン製造拠点の数は2019年の17か所から20年には79か所に増加した。20年に摘発された拠点数としては世界最多だった。

 侵攻が続けば、同国における合成麻薬の製造能力は拡大する可能性があるとしている。

 UNODCの専門家アンジェラ・メー(Angela Me)氏はAFPに対し、紛争地帯では「警察が見回ったり、製造拠点を摘発したりすることがなくなる」と説明した。
(上記記事より)


これなども、今まで私たちが抱いている「可哀そうなウクライナ」のイメージが覆される記事と言っていいかもしれません。

俄かに信じ難い話ですが、ゼレンスキー大統領が国民総動員体制を敷いて、最後の一人まで戦えと鼓舞している傍らで、「合成麻薬の製造能力が拡大する可能性がある」と言うのです。しかも、それを国連が警告しているのです。

日本のメディアの「可哀そうなウクライナ」一色の報道に日々接していると、文字通り脳天を撃ち抜かれたような気持になる記事ではないでしょうか。それともこれも陰謀論だと一蹴するのでしょうか。

また、『紙の爆弾』(7月号)には、こんな記事がありました。

ウクライナから避難民とともに日本に入国したペットについて、「農林水産省は入国に際し、180日間の隔離などの狂犬病の動物検疫を免除する特例を認めた」そうです。どうしてかと言えば、避難民が動物検疫所係留の管理費用を払うことができず、費用負担できなければ「殺処分になる」というメールを検疫所から受け取ったことに端を発して(でも、実際にはそういったメールは送信されてなかった)、テレビや超党派の動物愛護議員連盟が費用免除を訴えたからです。それで、農水省が「人道への配慮」により検疫免除の特例を認めたのでした。

しかし、ウクライナは、「毎年約1600件の狂犬病の症例が報告され」「狂犬病が動物と人間の間で広まっている欧州唯一の国」なのです。そのため、農水省の決定に対して、専門家の間から狂犬病のリスクを持ち込む「善意の暴走」という批判が起きているそうです。もっとも、記事によれば、動物検疫所に係留されているのは、犬5匹と猫2匹にすぎないそうです。

言葉は悪いですが、これもウクライナの”後進性”を示す一例と言えるでしょう。と同時に、「可哀そうなウクライナ」の感情だけが先走る日本人の薄っぺらなヒューマニズムを示す好例とも言えるかもしれません。

でも、そう言いながら、日本が受け入れている避難民は、今月の24日現在で1040人にすぎません。大騒ぎしているわりには、受け入れている避難民はきわめて少ないのです。善意のポーズだけなのです。

ウクライナ侵攻に反対を表明しているあるロシア人ユーチューバーは、最近、侵攻以来届いていた「クソリブ」がほどんど届かなくなり、それはそれで逆に悲しいことでもあると言っていました。どうしてかと言えば、「クソリブ」が届かなくなったのは日本人の間でウクライナ侵攻に対する関心が薄れてきたことを示しているからだと。熱しやすく醒めやすい日本人の性格をよく表した話だと思いました。

私たちは今回の戦争について、はたしてどれだけ知っているのでしょうか。というか、どれだけ知らされているのか。「可哀そう」の感情だけでなく、もっといろんな角度から知る必要があるでしょう。そして、ゼレンスキーのプロパガンダに抗して、「戦争で死ぬな」と言い続ける必要があるのです。
2022.06.27 Mon l ウクライナ侵攻 l top ▲
いわゆる侮辱罪を厳罰化する刑法改正が先の国会で成立しました。今回の改正は、フジテレビの「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんがネット上の誹謗中傷が原因で自殺したことが直接のきっかけでした。改正案でも「ネット上の誹謗中傷を抑止するため」と説明されています。

今までの侮辱罪の法定刑は、拘留30日未満、もしくは科料1万円未満でしたが、改正により1年以下の懲役または禁錮、もしくは30万円以下の罰金に強化され、時効も1年から3年に延長されました。つまり、拘留ではなく懲役刑が科せられることになったのです。

刑法には別に名誉棄損罪があります。名誉棄損と侮辱はどう違うのか、それも曖昧なままです。ただ、侮辱罪の方が名誉棄損罪に比べてハードルが低いのはたしかでしょう。

リテラでも、侮辱罪のハードルの低さを次のように指摘していました。

リテラ
「侮辱罪の刑罰強化」の目的は政権批判封じ=ロシア化だ! 自民党PT座長の三原じゅん子は「政治家にも口汚い言葉は許されない」

 そもそも、名誉毀損罪は公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合に成立するが、例外規定として、公共の利害にかんする内容かつ公益を図る目的があり、その内容が真実であれば罰せられない。また、真実だと信じてもやむをえない状況や理由、つまり「真実相当性」があれば悪意はないとして違法性は阻却されることになっている。一方、侮辱罪は事実を摘示しなくても公然と人を侮辱した場合に成立し、名誉毀損罪のような例外規定がない。何をもって「侮辱」とするかは極めて曖昧だ。
(同上)


そのため、三原じゅん子議員のような「政治家への言論を規制したいという目論見に対し、何の歯止めもなされていない」(同上)のが実情です。「侮辱罪の厳罰化をめぐる法制審議会の審議でも『政治批判など公益のための言論なら罰されない』という意見が出されているが、しかし、公益性があるかどうかを判断するのは権力側の捜査当局」(同上)なのです。要は権力の胸三寸なのです。

2019年の前回の参院選の際、北海道の札幌で、街頭演説していた安倍晋三首相(当時)に対して、男性が「安倍辞めろ」「帰れ」とヤジると北海道警の警察官がやって来て強制的に排除され、さらに別の男性が「増税反対」と訴えると、同じように移動するように求められ、演説が終わるまで警察官に付きまとわれたという事件がありましたが(のちの裁判で札幌地裁は、北海道警の行為は「表現の自由」を侵害するもので違法と認定)、これからはそういった行為も、告訴されれば侮辱罪として摘発される可能性がないとは言えないでしょう。

もっとも、当局のいちばんの狙いは、摘発より抑止効果だという指摘があります。厳罰化によって、政治家や著名人や有名企業に対する批判(悪口)を委縮させ封じ込める効果を狙っていると言うのです。

リテラも次のように書いていました。

そもそも、世界的には侮辱罪や名誉毀損罪は非犯罪化の流れにあり、当事者間の民事訴訟で解決をめざす動きになっている。国連自由権規約委員会も2011年に名誉毀損や侮辱などを犯罪対象から外すことを提起、「刑法の適用は最も重大な事件に限り容認されるべきで拘禁刑は適切ではない」としている。ところが、今回の侮辱罪厳罰化は世界の流れに逆行するだけでなく、もっとも懸念すべき権力者への批判封じ込めに濫用されかねないシロモノになっているのである。


また、言論法やジャーナリズム研究が専門の山田健太専修大学教授も、「琉球新報掲載のメディア時評のなかで、こう警鐘を鳴らしている」そうです。 

〈日本では、政治家や大企業からの記者・報道機関に対する「威嚇」を目的とした訴訟提起も少なくない。いわば、政治家が目の前で土下座させることを求めるかのような恫喝訴訟が起きやすい体質がある国ということだ。そうしたところで、より刑事事件化しやすい、あるいは重罰化される状況が生まれれば、間違いなく訴訟ハードルを下げる効果を生むだろう。それは結果的に、大きな言論への脅威となる。〉
(同上)


しかし、侮辱罪の厳罰化に便乗しているのは与党の政治家や有名企業だけではありません。野党の政治家や、あるいはリベラル系と言われるジャーナリストやブロガーなども同じです。彼らにも、自分たちに向けられた批判(悪口)に対して、すぐ訴訟をチラつかせるような姿勢が目立ちます。しかも、無名の市民のどうでもいいようなSNSの書き込みに対して過剰に反応しているケースも少なくないのです。そこには、「自由な言論」(竹中労)に対する一片のデリカシーもないかのようです。彼らは、所詮権力と利害を共有する”なんちゃって野党”にすぎないことをみずから白状しているのです。

参院選が近づくにつれ、立憲民主党界隈からのれいわ新選組に対する攻撃もエスカレートする一方です。国会の対ロシア非難決議に、れいわ新選組が唯一反対したことを根拠に、何だか主敵は自公政権よりれいわ新選組と考えているのではないかと思えるくらい、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い式にエスカレートしているのでした。大石あきこ議員の(岸田総理は)「資本家の犬」「財務省の犬」という発言も、彼らにはヤユしたり嘲笑したりする対象でしかないのです。彼らは、この国の総理大臣が「資本家の犬」「財務省の犬」だとは寸分も思ってないのでしょう。

戦争中の鬼畜米英と同じで、ロシア非難の翼賛的な決議に同調しないれいわ新選組はまるで「非国民」のような扱いです。特に、ゴリゴリの左派系議員の憎悪をむき出したような発言を見るにつけ、三つ子の魂百までではないですが、衣の下からスターリン主義の鎧が覗いたみたいでおぞましささえ覚えるほどです。ここでも左派特有の”敵の敵は味方論”が顔を覗かせているのでした。

ブルーリボンのバッチを胸に付け、「ミサイル防衛・迎撃能力向上」「ハイブリッド戦への対応」の「強化」など、「防衛体制の整備」(立憲民主党参院選2022特設サイトより)を訴える野党第一党の党首。今までの対決姿勢から政策提案型へ路線変更したことで、先の国会では内閣が提出した法案61本が全て可決・成立し、国内外の難題が山積しているにもかかわらず、国会は惰眠を貪るような牧歌的な光景に一変したのでした。

先日行われた杉並区長選挙では、市民団体が擁立した野党統一候補が4選を目指した現職に競り勝ちましたが、参議院選挙では連合からの横槍が入ったこともあり野党共闘にはきわめて消極的で、一人区で候補者を一本化できたのは半分にも満たないあり様です。そのため、杉並区長選の”追い風”を生かすこともできないのでした。そもそも生かすつもりもないのでしょう。

参院選を前にして、自民党を勝たせるためだけに存在する旧民主党のずっこけぶりはまったく見事としか言いようがありません。傍から見ると、敗北主義の極みみたいですが、でも、当人たちは危機感の欠片もなく”敵の敵”に塩を送りつづけているのでした。

れいわ新選組の対ロシア非難決議反対については、下記のような評価があることも私たちは知る必要があるでしょう。

JAcom
「れいわ」の見識をロシア非難に見る【森島 賢・正義派の農政論】

全体主義への道を掃き清めているのは誰なのか。何度も言うように、私たちは、”左派的なもの”や”リベラル風なもの”をまず疑わなければならないのです。


※タイトルを変更しました。
2022.06.22 Wed l 社会・メディア l top ▲
AFPの記事によれば、NATOのイエンス・ストルテンベルグ事務総長が、ウクライナ侵攻は今後数年続く可能性があると述べたそうですが、たしかに和平交渉が完全にとん挫している今の状況を考えると、その言葉に首肯せざるを得ません。と同時に、戦う前から戦意喪失しているロシア軍は早晩敗退するだろうと言っていた、当初のメディアの報道は何だったんだと思わざるを得ません。言うまでもなく、持久戦になれば、悲劇はその分増すことになるのです。

経済制裁でロシアが苦境に陥っていると言われていますが、しかし、日本の異常な円安と物価高、アメリカのインフレと大幅な利上げに伴うNYダウの暴落などを見ていると、むしろ苦境に陥っているのは反ロシアの側ではないのかと思ってしまいます。

アメリカ(FRB)がNYダウの暴落を覚悟で大幅な利上げに踏み切ったのも、ドル崩壊を阻止するためでしょう。そこに映し出されているのは、超大国の座から転落するアメリカのなりふり構わぬ姿です。そして、何度も何度もくり返しくり返し言っているように、世界は間違いなく多極化するのです。ウクライナ侵攻もその脈略で捉えるべきで、手前味噌になりますが、このブログでも2008年のリーマンショックの際、既に下記のような記事を書いています。

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世界史的転換

少なくとも資源大国であるロシアや「世界の工場」から「世界の消費大国」と呼ばれるようになった中国を敵にまわすと、世界が無傷で済むはずがないのは当然でしょう。それが、どっちが勝つかとか、どっちが正しいかというような単純な話では解釈できない世界の現実なのです。

今回のウクライナ侵攻のおさらいになりますが、元TBSのディレクターでジャーナリストの田中良紹氏は、『紙の爆弾』(7月号)で、アメリカの世界戦略について次のように書いていました。

  米国の世界戦略は、世界最大の大陸ユーラシアを米国が支配することから成り立つ。米国はユーラシアを欧州・中東・アジアの三つに分け、欧州ではNATOを使ってロシアを抑え、アジアでは中国を日本に抑えさせ、そして中東は自らがコントロールする。
(「ウクライナ戦争勃発の真相」)


しかし、アフガン撤退に象徴されるように、アメリカは中東(イスラム世界)では既に覇権を失っています。アジアの「中国を日本に抑えさせ」るという戦略も、ここぞとばかりに防衛費の大幅な増額を主張し軍事大国化を夢見る(「愛国」と「売国」が逆さまになった)対米従属「愛国」主義の政治家たちの思惑とは裏腹に、その実効性はきわめて怪しく頼りないものです。と言うか、中国を日本に抑えさせるという発想自体が誇大妄想のようなもので、最初から破綻していると言わねばならないでしょう。

今回のウクライナ侵攻にしても、ロシアを「抑える」というバイデンの目論みは完全に外れ、アメリカは経済的に大きな痛手を受けはじめているのでした。それに伴い、バイデン政権が死に体になり民主党が政権を失うのも、もはや既定路線になっているかのようです。

  ウクライナ戦争はバイデンにとって、アフガン撤退の悪い記憶を消し、インフレを戦争のせいにできる一方、米国の軍需産業を喜ばせ、さらに厳しい経済制裁でロシア産原油を欧州諸国に禁輸させれば、米国のエネルギー業界も潤すことができる。そうなればバイデンは、秋の中間選挙を有利にすることができる。
(略)
しかしバイデンの支持率は戦争が始まっても上向かない。米国民は戦争より物価高に関心があり、バイデン政権の無策にしびれを切らしている。
(同上)


これが超大国の座から転落する姿なのです。ソ連崩壊によりアメリカは唯一の超大国として君臨し、「世界の警察官」の名のもと世界中に軍隊を派遣して、「悪の枢軸」相手に限定戦争を主導してきたのですが、ソ連崩壊から30年経ち、今度は自分がソ連と同じ運命を辿ることになったのです。今まさに世界史の書き換えがはじまっているのです。

(略)ロシアに対する経済制裁に参加した国は、国連加盟国一九三ヵ国の四分の一に満たない四七ヵ国と台湾だけだ。アフリカや中東は一ヵ国もない。米国が主導した国連の人権理事会からロシアを追放する採決結果を見ても、賛成した国は九三ヶ国と半数に満たなかった。
米国に従う国はG7を中心とする先進諸国で、BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)を中心とする新興諸国はバイデンの方針に賛同していない。このようにウクライナ戦争は世界が先進国と新興国の二つに分断されている現実を浮木彫りにした。ロシアを弱体化させようとしたことが米国の影響力の衰えを印象づけることにもなったのである。
(同上)


最新のニュースによれば、フランス総選挙でマクロン大統領が率いる与党連合が過半数の289議席を大幅に割り込む歴史的な大敗を喫したそうです。

その結果、急進左派の「不服従のフランス」のメランションが主導する「左派連合」が141議席前後に伸ばし、野党第1党に躍り出る見通しだということでした。また、極右のルペンが率いる「国民連合」も前回の10倍以上となる90議席を獲得したそうです。

もちろん、この結果には、今までもくり返し言っているように、右か左かではない上か下かの政治を求める人々の声が反映されていると言えますが、それだけでなく、ウクライナ一辺倒、アメリカ追随のマクロン政権に対する批判も含まれているように思います。

極右の台頭はフランスだけではありません。来春行われるイタリア総選挙でも、世論調査では極右の「イタリアの同胞」がトップを走っており、今月イタリア各地で行われた地方選挙でも「右派連合」が主要都市で勝利をおさめており、ムッソリーニ政権以来?の極右主導の政権が現実味を帯びているのでした。

このように、ウクライナ侵攻が旧西側諸国に経済的にも政治的にも暗い影を落としつつあるのです。

一方、次のような記事もありました。

Yahoo!ニュース
共同
ロシア軍、命令拒否や対立続出 英国防省の戦況分析

Yahoo!ニュース
讀賣新聞
ゼレンスキー氏、南部オデーサ州訪問…英国防省「ウクライナ軍が兵士脱走に苦しんでいる可能性」

どうやらロシア軍だけでなく、ウクライナ軍にも兵士の脱走が起きているようですが、ホントに「戦争反対」「ウクライナを救え」と言うのなら、ウクライナ・ロシアを問わずこういった「厭戦気分」と連帯することが肝要でしょう。しかし、日本のメディアをおおっている戦争報道や、メディアに煽られた世論は、そんな発想とは無縁に、最後の一人まで戦えというゼレンスキーの玉砕戦を無定見に応援しているだけです。「戦争で死ぬな」とは誰も言わないのです。まるで金網デスマッチを見ている観客のように、ただ「やれっ、やれっ」「もっとやれっ」と観客席から声援を送っているだけです。そんなものは反戦でも平和を希求する声でも何でもないのです。


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2022.06.20 Mon l ウクライナ侵攻 l top ▲
去年の秋までスマホは二台続けてHUAWEIを使っていました。いづれも3年くらい使ったと思います。

しかし、二台目は何故か地面に落とすことが多くて、画面にかなり傷がついてしまいました。とは言え、使うのに支障をきたすほどではなかったのですが、去年の秋にふと思い付いて新しいスマホに買い替えることにしました。

新しく買ったのは、某国産メーカーのXというミドルレンジの機種で、今まで使っていたHUAWEIと比べると3倍くらい高いスマホです。

しかし、半年以上使ってみて、HUAWEIからXに替えたことを後悔しています。これだったら、HUAWEIの画面を修理して、ついでにバッテリーも新しく交換した方がよかったような気さえします。あるいは、最近、HUAWEIの代わりにハイスペックな割りに低価格なOPPOというメーカーのスマホが出ていますが、それでもよかったように思います。

そう言うと、ネトウヨまがいな連中から、個人情報を中国共産党に流されていいのかというお決まりな”反論”が返って来るのが常です。しかし、別に中国共産党でなくても、個人情報はGoogleにいいようにぬかれています。そして、スノーデンの話では、その個人情報をアメリカ国家安全保障局 (NSA)が勝手に覗いているのです。スマホを使っている限り、そこでやりとりされる個人情報は裸も同然なのです。そんなのは常識中の常識でしょう。

「ニッポン凄い!」の自演乙をいつまで続けていても、このように現実はどんどん先に、ニッポンがそんなに凄いわけではない方向に進んでいるのでした。日本のメディアは、「日本的ものづくりの大切さ」みたいな物語を捏造して、どうみてもお先真っ暗のような町工場の未来をさも希望があるかのように描くのが好きですが、でも、私たちの前にあるのは容赦ない、誤魔化しようのない現実です。

「中華製」というのは、中国製品をバカにする言葉ですが、いつの間にかバカにできない「中華製」の商品が私たちの前に溢れるようになっているのでした。日本人の多くは、未だ「中華製」は所詮コピーにすぎないと「格下」に見るような偏見に囚われていますが、しかし、私にはそれは負け惜しみのようにしか思えません。もとより技術移転というのはそんなものでしょう。日本製品だって昔はモノマネと言われていたのです。とりわけIT技術で管理された現代の工業製品の世界では、キャッチアップする速度も昔とは比べものにならないくらい速くなっているのです。もちろん、よく言われるようにイノベーション能力がこれからの中国の大きな課題ですが、少なくとも中国が安価でハイスペックな商品を造る段階まで達したのはたしかでしょう。

ひるがえって考えれば、そこに、いつまでも過去の栄光にすがり、武士は食わねど高楊枝で「ニッポン凄い!」を自演乙している日本人及び日本社会の問題点が浮かび上がってくるのでした。

外資系大手のカナディアン・ソーラー・ジャパンの社長である山本豊氏は、朝日のインタビュー記事で、「外資系企業で長く働いた経験から、日本メーカーに共通する弱点」を次のように指摘していました。

朝日新聞デジタル
存在感失った日本メーカー 外資系社長が語る「圧倒的に劣る3点」

  「日本メーカーは、日本流の品質管理、日本流の生産計画が一番いいという『神話』で動いている。アジアの拠点に日本からマネジメント層を送り込み、日本流のやり方でやるんだ、アジアの人は安い労働力として使うんだという、そういう上から目線。それではなかなかうまくいかない。客観的に見ると、日本の製造業は生産計画、品質管理、すべての面でかなり遅れている。データの取り方、使い方が昭和のやり方のまま。こと量産でコストを落とすことの真剣さは完全に中国に負けている」


ここで言う「神話」こそが「ニッポン凄い!」という自演乙にほかなりません。経済(名目GDP)成長率も先進国で最低であるにもかかわらず、急激な円安と物価高に見舞われている日本が、これから益々経済的に衰退して貧しくなっていくのは誰が見ても明らかでしょう。でも、日本のメディアは、インバウンドで日本経済が復活するかのような幻想をふりまいています。前も書きましたが、外国人観光客が日本に来るのは、日本が安い国だからです。安い国ニッポンを消費するためにやって来るのです。ただそれだけのことなのに、そこに日本再生のカギがあるかのように牽強付会するのでした。

一方で、中国のゼロコロナ政策を嘲笑うような報道も目立ちますが、私は逆に、ゼロコロナ政策に中国経済の”余裕”すら感じました。もちろん、一党独裁国家だから可能なのですが、もし日本だったらと考えても、あんなに徹底的に都市封鎖して経済活動を完全に止めることなどとてもできないでしょう。

案の定、日本は、弱毒化したとは言え、新規感染者がまだ毎日1万人以上出ているにもかかわらず、経済活動を再開しなければ国が終わるとでも言わんばかりに、昨日までの感染防止策もほとんど有名無実化するほど焦りまくっているのでした。マスクにしても、感染が落ち着いたのにどうして日本人はマスクを外さないのかと、まるでまだマスクをしているのはアホだとでも言いたげな新聞記事まで出るあり様です。しかし、そんな手のひら返しをした末に打ち出された経済活動再開の目玉が、日本のバーゲンセールとも言うべきインバウンドなのです。もうそれしかないのかと思ってしまいます。この前まで人流抑制とか言っていたのに、一転して人流頼みなのです。

もっとも、そのインバウンドにしても、コロナ前の2019年度の訪日外国人観光客31,882,049人のうち、実に33%が中国からの観光客です。欧米の中でいちばん多いアメリカ人でさえ5%にすぎません。しかも、中国人観光客の個人消費額は欧米人の約5倍で、人数だけでなく落とすお金においても中国頼りなのです。中国から観光客がやって来ない限り、インバウンドの本格的な経済効果も見込めないのが現実なのです。

1千万人単位の国民に対していっせいに無料のPCR検査を行なう中国の凄さにも驚きましたが、その上海の街の様子や検査の行列に並ぶ市民の恰好などを見て感じるのは、日本以上に洗練された豊かな都市の光景です。一党独裁国家だからという理由だけでは説明がつかない、中国の底力を見せられた気がしました。

HUAWEIがあれだけ叩かれたのも、アメリカにとってHUAWEIが脅威だったからでしょう。個人情報云々は建前で、5GのインフラをHUAWEIに握られるのを何より怖れたからでしょう。

『週刊エコノミスト』の今週号(6/21号)に掲載されていた「ウクライナ危機の深層」と題する記事で、執筆者の滝澤伯文(たきざわおさふみ)氏は、ウクライナ侵攻をきっかけに今後、世界の「軸」はアジアに移ると書いていました。もちろん、それは中国が世界の「軸」になるという意味です。

アメリカがウクライナを支援する背景には「経済利権」維持の狙いがあり、バイデン政権の中枢やその周辺には、「経済・軍事における米国の覇権を死守し、基軸通貨ドルを維持したい『最強硬派』と、米国は総体的な優位を維持しながら、中国との共存もやむなしと考える『多極主義者』」が存在し対立しているそうです。

  米国の政権中枢部は、中国とも協調すべきとする多極主義者たちのほうが多数派であり、仏独など大陸欧州も同様だ。国内総生産(GDP)で中国に抜かれても、米欧の優位性はまだしばらく続くという考え方だ。
  とはいえ、資本主義経済の優劣は人口が決め手になる。すなわち、経済では中国が勝者となり、白人優位が終わり、清王朝の最盛期だった18世紀前半以来世界の軸が300年ぶりに欧米からアジアにシフトする。究極的には、これを容認するかしないかが最強硬派多極主義者の違いだ。両者の暗闘の帰越はウクライナでの戦況さえ左右しかねない。
(『週刊エコノミスト』6/21号・「ウクライナ危機の深層」)


アメリカの尻馬に乗って核武装を唱え対抗意識を燃やす前に、まず日本人がやらなけばならないのは、好きか嫌いかではなく、虚心坦懐に現実を見ることでしょう。そうしないと、アジアの盟主として、世界を分割する覇権国家として、再び世界史の中心にその姿を現わした中国にホントの意味で対抗などできないでしょう。いつまでも現実から目をそむけて、負け犬の遠吠えみたいことを続けていても仕方ないのです。


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2022.06.17 Fri l 社会・メディア l top ▲
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武蔵小杉駅~渋谷駅~池袋駅~飯能駅~東吾野駅駅~【ユガテ】~【スカリ山】~【北向地蔵】~鎌北湖~毛呂駅~高麗川駅~昭島駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約5時間(休憩等含む)
※山行距離:約5.5キロ
※累計標高差:登り約496m 下り約455m
※山行歩数:約16,000歩
※交通費:2,828円



一昨日、埼玉(奥武蔵)の山に行きました。1年3ヶ月ぶりの山行です。

このところ長雨が続いており、予定が立てづらかったのですが、一昨日は朝から曇り空で雨が降るのは夜という予報でしたので、急遽、予定を立てて行くことにしました。

膝はまだ多少の痛みは残っています。そのため、どうしても痛い方の足をかばうところがあります。ただ、最初の頃と比べると「劇的」と言ってもいいほど改善しました。

病院も2月で終わりました。水も溜まらなくなったので、「これでいいでしょう」「あとは膝まわりをストレッチして下さい」とドクターから言われて、治療は終了になったのでした。

ドクターの見立ては「オーバーユース」でした。変形膝関節症もそんなに進行していないと言われました。ただ、私の場合、身体が大きくてその分体重も重いので、治りも遅れがちで、「ほかの人に比べて不利なんですよ」と言われました。

とは言え、自分では未だに湿布薬とサポーターは欠かせません。病院との縁が切れたので、湿布薬は薬局で買っています。

昨日は、湿布薬を貼って、頑丈なサポーターでガードして出かけました。サポーターを締めすぎたため、太腿の血流が悪くなり、痺れが出た以外は、そんなに痛みはありませんでした。ストック(トレッキングポール)を使いましたが、特別に痛みが増したということもありませんでした。

当然のことですが、体力は元に戻っています。また一からやり直すしかないのです。それを考えれば気が重いのですが、山に行きたい気持は募るばかりなので、自分を奮い立たせて出かけたのでした。

今回行ったのは、前に二度歩いたことのある西武秩父線の東吾野(ひがしあがの)駅と峠を越えた先にある鎌北湖の間のトレッキングコースです。よく知っている道なら、万一膝が痛くなってもエスケープすることができるだろうと考えたからでした。

早朝5時すぎの東急東横線に乗り、そのまま地下鉄副都心線で池袋駅まで行って、池袋から西武池袋線の飯能行きの特急に乗りました。飯能駅に着いたのが7時すぎでしたが、線路をはさんだ反対側にあるホームには、既に3分後に発車する秩父行きの電車が停まっていました。エスカレーターを急ぎ足で登り、電車に駆け込むと電車はすぐに発車しました。

西武秩父線の東吾野駅に着いたのは7時半すぎでした。降りたのは私ひとりでした。

池袋駅で特急電車を待っていたら、秩父方面から到着した電車の車体が雨で濡れていたので、もしかしたら雨が降っているのかもしれないと思い不安になりました。私は”予備がないと不安症候群”なので、スマホには”お天気アプリ”をふたつ入れています。それを見ると、ひとつは曇りなのですがもうひとつは雨の予報です。もし雨だったら秩父まで行って、温泉にでも入って帰ろうと思いました。

しかし、東吾野駅に着いたら雨は上がっていました。雨は上がったばかりみたいで、駅前のベンチは座ることができないほどまだ濡れていました。

飯能から秩父までは谷底の川沿いを国道299号線が走っているのですが、秩父線はそれを見下ろす高台を走っており、国道に出るにはどこの駅からも坂道を下らなければなりません。

通勤時間帯にもかかわらず人気のない駅前の広場で準備をして、坂道を下り、交番の前を通って国道を少し進むと、吾野神社の階段が見えてきます。今回歩く登山道は社殿の横にあります。

この登山道は「飛脚道」と呼ばれています。江戸時代、飛脚の緊急用の裏道だったそうです。その道を現代の私たちは、重いザックを背負い登山靴を履いて歩いているのです。

3年ぶりですが、道案内の指導標も新しくなり、しかも、日本語の下に英語でも行先が書かれていました。前にも書いたことがありますが、都内から近いということもあって、このあたりのトレッキングコースは外国人が非常に多いのです。実際に歩いていると、必ずと言っていいほど外国人とすれ違います。昨日も、峠の途中にあるユガテという集落で休憩していたら、若い白人の女性二人組が英語でキャーキャーお喋りしながら通り過ぎて行きました。

前に峠の茶屋のご主人が、外国人のハイカーが多いので、週末はイギリスへの留学経験がある知り合いの女の子にアルバイトに来てもらっている、と話していたのを思い出しました。

平日のしかも梅雨の合間なので、山中で遭う人は少なくて6~7人くらいしかいませんでした。外国人の女性以外はみんな中高年のハイカーでした。

雨が上がったばかりなので、周辺の草木はまだ濡れており、地面もぬかるんでいます。そのため、靴やスボンの裾も泥ですぐ汚れてしまいました。それに、岩や木の枝にうっかり足を乗せると滑ってしまいます。私も急登を下っている際に濡れた木の枝に足を乗せてしまい尻もちをつきました。

今回のルートは、途中に小さな山が点在しているのが特徴で、ユガテに行く途中にも、橋本山という山があって、そこに差し掛かると「男坂」と「女坂」の案内板が立っていました。私は今までは「女坂」を歩き橋本山をスルーしていたのですが、今回は「男坂」から橋本山を登ってみることにしました。

この「男坂」「女坂」という表示は山の「あるある」で、身近でも高尾山や御岳山や大山や伊豆ヶ岳や武川岳などにあります。「男坂」は直登して山頂に至るコース、「女坂」は山頂を巻く(あるいは巻いて山頂に至る)コースの意味で、「男坂」はきつい道、「女坂」はゆるやかな道を示しているのです。

しかし、今のジェンダーレスの時代に、こういった表現に違和感を抱く人もいるでしょうし、時代にそぐわないという声が出てもおかしくないでしょう。「男坂」「女坂」には、男=きつい=逞しい、女=楽=ひ弱という固定観念が間違いなくあるのでした。

山は男のもんだよ、女が山に来るのは迷惑だみたいに嘯くおっさんが山に多いのは事実ですが(そういうおっさんたちに限って熊鈴がうるさいとかアホなことを言う)、そういうおっさんたちもあと10年もすれば山から姿を消すでしょう。そんなアナクロなおっさんたちが牽引してきた”山の文化”がこれから大きく変わるのは間違いありません。

だからと言って、何度も書いているように、アナクロなおっさんに引率され武蔵五日市駅や秦野駅のバス停に蝟集する、おまかせ登山のおばさんたちの振舞いが、ジェンダーレスとはまったく異なる次元の問題であることは言うまでもありません。一方で、女性登山家が”登山界”で「名誉男性」のような扱いを受けることにも違和感を覚えてなりません。

前に人流の「8割削減」を受けて登山の自粛を呼びかけた日本山岳会の愚行を批判しましたが、そもそも昔取った杵柄のようなおっさんたちが牛耳る日本山岳会の”歪さ”も考えないわけにはいきません。それこそ「男坂」「女坂」の象徴のような組織と言えるでしょう。「山の日」ってなんだよ、国立公園と言いながら、登山道の整備も民間のボランティア任せのようなおざなりな現実を見れば、もっと他にやるべきことがあるだろう、と言いたいのです。

橋本山の「男坂」はたしかにきつかったですが、ただ距離か短かったのでそれほどつらく感じませんでした。小さな山なので、山頂と言ってもそれほど広いスペースがあるわけではなく、ただの見晴らしのいい場所という感じでした。昔、埼玉に住んでいたとき、この山域にもしょっちゅう来ていて、林道に車を止めて見晴らしのいい場所までよく登っていましたが、橋本山も前に来たような錯覚を覚えました。

ユガテで休憩したあと、エビガ坂というチェックポイントまで行き、エビガ坂の分岐からは今まで歩いたことのないルートに歩を進めました。同じ鎌北湖に下りるのに、少し迂回して下りようと思ったのでした。

しばらく進むと、今回のメインであるスカリ山がありました。スカリ山は標高434メートルの低山で、このルートにある小さな山のひとつにすぎないのですが、スカリ山が注目されたのは伐採されて眺望がよくなってからで、それまでは誰からも見向きもされない「不遇の山」だったそうです。従来のハイキングルートはスカリ山を巻く(スルーする)ように設定されていたため、道標もなく、道も整備されておらず、道迷いも発生していたのだとか。特に、今回登った西側からは急登がつづき、ミッツドッケの山頂への直登ルートによく似ていました。きつさもミッツドッケの山頂に匹敵すると言ってもオーバーではないくらいでした。

岩と石がむき出しになった急登を登ったら、まったく眺望のないスペースに出ました。あれっと思ってスマホでルートを確認すると山頂はまだ先の方でした。でも、先は急な下りになっています。「エッ、これを下るのかよ」と思っていたら、60代くらいの女性がひとりで登って来ました。

「ここが山頂ではないんですよね?」
「そうみたいですね。私も初めてなんですがスマホで見るともっと先ですね」と言ってました。そして、そのまま急坂を下って行きました。

地面が濡れているので、身体を横向きにして慎重に下らなければならず神経を使いました。小さなコルに下りると、また見上げるような急登が目の前に現れました。足が全然進まず筋力が落ちていることを嫌というほど思い知らされました。ヒーヒー息が上がり、頭から玉のような汗が滴り落ちています。でも、一方で、そんな自分がちょっと嬉しくもありました。そうやって再びひとりで山に登る喜びを実感しているのでした。

山頂の手前の木の枝に「スカリ山」という小さな札が下げられていました。まだ人にあまり知られてない頃の名残りなのでしょう。その札を過ぎると突然、開けた場所に出ました。スカリ山の山頂でした。

「いやあ、これは凄いな」と思わず声が出ました。想像だにしなかった眺望が北側に広がっていました。小さなベンチが四つ山頂を囲うようにありました。眺望を見渡せるベンチに、夫婦とおぼしき60代くらいの男女のハイカーが座っておにぎりを食べていました。その横のベンチには、手前のスペースで会った女性が座っていました。女性は私の方に振り返ると、「お疲れ様でした」と言いました。そして、帰り支度をはじめ、「どうぞ、ここに座って下さい」と言いました。私は、「いいですよ。こっちに座りますので。ゆっくりして下さい」と言いましたが、女性はそのままザックを背負うと「お先に失礼します」と言って、登って来た道と反対側の道を下って行ったのでした。

反対側の道もかなりの急登で、私はそこで尻もちをついたのですが、ただ、距離は短くてそれほど時間もかからず林道に出ました。反対側からだと林道に車を停めれば、急登ではあるものの短時間で登ることができます。私が昔よくやっていたスタイルなので、もしかしたらここも来たことがあるかもしれないと思ったりしました。

スカリ山の標高434メートルは私の田舎より低いのですが、山頂からは毛呂山町や坂戸市の街並みだけでなく、遠くに長沢背稜から延びる蕎麦粒山や日向沢ノ峰(ひなたざわのうら)などの山々や群馬の山も見渡すことができました。

アスファルトの林道を15分くらい歩くと、今回のもうひとつの目的である北向(きたむかい)地蔵が林道沿いにありました。北向地蔵にお参りすると、再び登山道に入りあとはゆるい坂道をひたすら鎌北湖に向けて下って行きます。40~50分歩くと鎌北湖畔の廃墟になったホテルの横に出ました。

帰ってスマホのアプリで歩いたルートを確認すると、5つの山を登ったことになっていましたが、私が山頂を意識したのは、橋本山とスカリ山と、それからスカリ山の隣りにある観音ケ岳という3つの山だけでした。

鎌北湖では堤防の上に座って、コンビニで買ってきたおにぎりを食べました。下りて来たのが12時半近くで、1時間近く湖畔でゆっくりしたあと、鎌北湖から約1時間かけて八高線の毛呂駅まで歩きました。鎌北湖から毛呂駅までは5キロ近くあります。今まで何度も歩いていますが、一昨日がいちばんつらく感じました。山を歩くよりつらかったかもしれません。

毛呂からは昭島、昭島からは中央線で立川、立川からは南武線で武蔵小杉、武蔵小杉からは東横線で最寄り駅まで帰りました。途中の電車の乗り換えにえらく時間がかかり、最寄り駅に着いたのは午後5時半近くになっていました。鎌北湖から何と4時間もかかったのです。

帰ってズボンを脱いだら、お尻から下に一面泥が付いていました。知らぬが仏で、その汚れたズボンで電車を乗り継いで帰って来たのでした。


※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

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西武池袋線・特急ラビューむさし1号の車内(1号車)

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東吾野駅

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吾野神社の階段

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吾野神社

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吾野神社の謂れ

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吾野神社にあった標識

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登山道(飛脚道)

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途中からの眺望

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途中の分岐にあった標識

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分岐

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橋本山山頂標識

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橋本山からの眺望

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橋本山の山頂

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飛脚道の案内図

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ユガテの入口にあった標識

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ユガテ入口

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ユガテの案内看板

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ユガテ

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同上

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同上

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エビガ坂分岐

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同上

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スカリ山登り口

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急登を上から見る

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急登

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同上

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「スカリ山」木札

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スカリ山山頂
雨で煙っていたため、山頂から見た山の写真はうまく撮れていませんでした。

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スカリ山山頂標識

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北向地蔵

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北向地蔵の謂れ

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鎌北湖への道

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同上

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湖畔の廃墟のホテル

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鎌北湖
2022.06.10 Fri l 山行 l top ▲
前の記事の続きになりますが、今回のウクライナ侵攻をきっかけに、国家はホントに頼るべきものなのか、できる限り国家から自由に生きるにはどうすればいいのか、ということを考えることが多くなりました。

今のように無定見に身も心も国家に預けたような生き方をしていたら、たとえば、ウクライナのように”国家の災難”に見舞われたとき、私たちは容赦なく国家と運命をともにすることを余儀なくされるでしょう。

国家に命を捧げるのが「英雄」とされ、それを支えた家族の物語が「美談」として捏造され称賛されても、人生の夢や希望が一瞬にして潰えてしまい、家族とのささやかでつつましやかな日常もはかない夢と化してしまうことには変わりがないのです。

そういった考えは、前の戦争のときよりは私たちの中に確実に根付いています。大震災からはじまってコロナ禍、そしてウクライナ侵攻と、国家が大きくせり出している今だからこそ、そんな”身勝手な考え”が大事なように思うのです。

現在、与野党を問わず政治家たちの間で、核武装も視野に敵基地攻撃能力を保有して、ロシアや中国の脅威に対抗しようというような勇ましい言葉が飛び交っていますが、では、誰がロシアや中国と戦うのですか?と問いたいのです。汚れ仕事は自衛隊に任せておけばいいのか。そうではないでしょう。

時と場合によってはロシアや中国と戦争することも覚悟しなけばならないというのは、当然ながら自分の人生や生活より国家の一大事を優先する考えを持つことが必要だということです。国家や家族を守るために、みずからを犠牲にするという考えを持たなければならないのです。

国家の論理と自分の人生、自分の生き方はときに対立するものです。俗な言葉で言えば、利害が対立する場合があります。まして命を賭す戦争では尚更でしょう。当然、そこに苦悩が生まれます。しかし、天皇制ファシズムの圧政下にあった先の大戦においては、そういった苦悩はほとんど表に出ませんでした。むしろ、没論理的に忠君愛国に帰依するような生き方に支配されたのでした。私たちは、のちに第一次戦後派と言われた若い文学者たちが、官憲の目を逃れて人知れず苦悩していたのを僅かながら知るのみです。しかし、現代はそうではありません。ささやかでつつましやかな幸せを一義と考えるような”ミーイズム”が人々の中に当たり前のように浸透しています。

そんな戦争に象徴される国家の論理と自分の生き方との関係性を考えるとき、朝日に掲載されていた次のような記事がとても参考になるように思いました(私は朝日新聞デジタルの有料会員なので、どうしても朝日の記事が中心になってしまいますがご容赦ください)。

最初は、過酷な引き揚げ体験を持つ五木寛之氏のインタビュー記事です。

朝日新聞デジタル
国にすてられ、母失った五木寛之さん 「棄民」の時代に問う命の重さ

五木氏は、現在は「棄民の時代」だと言います。そして、次のように言っていました。

 ――「はみ出した人々」ですか。初期のころから使ってこられたフランス語の「デラシネ」という言葉も印象的です。

 「デラシネとは『流れ者』じゃない。すてられた国民のことなんですよ。今の言葉だと、まさに難民です。これからの世界で、難民の問題がとても大きくなっていくでしょう。どうも、デラシネ、根無し草というと流れ者のような感じで、自分から故郷を出て行ってフラフラしている人っていうイメージを持つ人もいるんですが、ぜんぜん違う。たとえば、スターリン時代に、まさにウクライナなどから強制的に移住させられてシベリアへ移った大勢の人たちもそうです。政治的な問題や経済的な問題で、故郷を離れざるを得なかった人たちのことをデラシネだと僕は考えている」

 「私自身が難民であり、国にすてられた人間でした。敗戦の時に、日本の政府は、外地にいた650万人もの軍人や居留民が帰ってきては食料問題などもあって大変だと考えたんでしょうが、『居留民はできるだけ現地にいろ。帰ってくるな』という方針を打ち出していたのです。それを知ったときには怒り心頭に発しました。一方で当時の軍の幹部や官僚、財閥などの関係者といった人々は、私たち一般市民と違って、戦争が終わる前から家財道具と一緒に平壌から逃げ出していたのですから」

 「平壌はソ連兵に占領され、母を失い、収容所での抑留生活を余儀なくされました。戦後2年目に、私たちはそこから脱北しました。妹を背負い、弟の手を引いて、徒歩で38度線を越え、南の米軍キャンプにたどり着いたのです。国にすてられた棄民という心の刻印は一生消えません」

 「デラシネの基本思想だと私が思っているのは、評論家の林達夫さんの指摘です。移植された植物の方が、そこに原生の植物より生命力があると。最初からその地に生まれ育ったものより、無理やり移されたものには、『生命力』や『つよさ』があるというのです。もちろん例外はあるでしょうが、僕はそれを頼りにして生きてきました」

 「難民として世界に散らばって生きていかざるをえない人々が日々たくさん生まれていますが、その境遇をマイナスとだけ捉えないで、どうかプラスとして考えて生きていって欲しいと思います」


「棄民」というのは、文字通り国家に棄てられたという意味です。「難民」も似たような意味ですが、しかし一方で、「棄民」の方が国家との関係性において積極的な意味があるような気がします。国家に棄てられたというだけでなく、みずから国を棄てた(棄てざるを得なかった)というような意味もあるような気がするからです。だったら、五木氏が言うように「棄民の思想」というのがあってもいいのではないかと思うのです。

今の日本にも、「難民」ではなく、実質的に「移民」と呼んでもいいような人たちが政府の建前とは別に存在します。彼らは、ときに日本人から眉をしかめられながらも、逞しく且つしたたかに生きているのは私たちもよく知っています。そんな彼らの中に、私は「棄民の思想」のヒントがあるような気がするのです。

ロシアや中国に対抗するというのなら、国の一大事か自分たちの幸せかの二者択一を迫られる日が、再び来ないとも限りません。今のウクライナを見てもわかるように、国家というのはときにそんな無慈悲な選択を迫ることがあるのです。それが国家というものなのです。

話が脇道に逸れますが、健康保険証を廃止してマイナンバーカードに一本化するという政府の方針も、たとえば国家が国民の健康状態を一元管理できれば、医療費の抑制だけでなく、いざ徴兵の際に迅速に対応できるという安全保障上の思惑もなくはないでしょう。もちろん、そうやってマイナンバーカードが義務化されれば、GooglePayどころではないさまざまな個人情報を紐付けることも可能で、ジョージ・オーウェルも卒倒するような超監視社会の到来も”夢”ではないのです。

たまたま今、『AI監獄 ウイグル』(新潮社)という本を読んでいるのですが、著者のジェフリー・ケインは、本の中で、中国政府はウイグル自治区を「ディストピア的な未来を作り上げる最先端の監視技術のための実験場に変えた」と書いていました。その先兵となったのが、アメリカのマイクロソフトと中国のIT企業が作った合弁企業です。それを著者は「不道徳な結婚」と呼んでいました。

もちろん、その監視技術は、コロナウイルス対策でも示されたように、ウイグルだけでなく、既に中国全土に広がっているのです。そうやって超監視社会に進む中国の現実は、私たちにとっても決して他人事ではないのです。と言うか、日本政府は中国に対抗するために、中国のようになりたいと考えているようなフシさえあるのでした。国民の個人情報を一元管理して迅速で効率的な行政運営をめざす日本の政治家や官僚たちにとって、もしかしたら中国共産党や中国社会こそが”あるべき姿”なのかもしれないのです。

もうひとつは、明治大学教授(現代思想研究)の重田園江氏が書いた、映画監督セルゲイ・ロズニツァをめぐる言説の記事です。

朝日新聞デジタル
体制に同意せざる者の行き場は 映画監督セルゲイ・ロズニツァに思う

ちなみに、セルゲイ・ロズニツァは、「1964年、ベラルーシ(当時のソ連)に生まれ、幼少期に一家でキーウに移住した。コンピューター科学者として勤務した後、モスクワの全ロシア映画大学で学んだ。サンクトペテルブルクで映画を制作し、今はベルリンに移住している」映画監督で、文字通り五木寛之氏が言う「デラシネ」のような人です。

彼は、ウクライナ侵攻後、ロシア非難が手ぬるいとしてヨーロッパ映画アカデミー(EFA)をみずから脱退したのですが、ところが翌月、今度はウクライナ映画アカデミー(UFA)から追放されたのでした。UFAがセルゲイ・ロズニツァを追放した理由について、重田氏は次のように書いていました。

UFA側の言い分はこうだ。ロシアによる侵略以来、UFAは世界の映画団体にロシア映画ボイコットを求めてきた。あろうことかロズニツァはこれに反対している。彼はロシア人の集団責任を認めていないのだ。ロズニツァは自らを「コスモポリタン(世界市民)」と称している。だが戦時下のウクライナ人に望まれるのは、コスモポリタンではなくナショナル・アイデンティティーなのだ、と。


ここにも今の戦時体制下にあるウクライナの全体主義的な傾向が見て取れるように思います。さらに重田氏はこう書いていました。

 ロズニツァは、コスモポリタンであることを理由に人を非難するのはスターリニズムと同じだという。スターリンは晩年、「反コスモポリタン」を旗印にユダヤ人迫害を強めたからだ。ロシア、そして世界の至るところに「ディセント=体制に同意せざる者」がいる。映画を通じて体制への疑念や物事の多様な見方を表現する者たちは、世界から排除されれば行き場を失うだろう。

(略)

 国家に住むのは人びとである。彼らは多様な感情と思想を持って生きている。悲惨な戦争のさなかにあっても、ナショナル・アイデンティティーに訴えて少数者や異端者を排除するのは危険である。ロズニツァはそれを誰よりも理解している。

 芸術家は、ハンナ・アーレントがエッセー「真理と政治」において示した、真理を告げる者である。政治は権力者によるうそをばらまくことで、大衆を操作し動員してきた。これに対し、芸術家は政治の外に立って、人びとが真理とうそを区別するための種をまく。政治がコスモポリタンたる芸術家を排除し、うそと真理を自在に作り変えるなら、真理はこの世界から消え去るだろう。後に残るのは政治的意見の相違だけだ。

 私たちは戦争をめぐるうそを聞かされすぎた。いまは世界を蝕(むしば)むこうした言葉を聞くべき時ではない。真理とうその区別がなおも世界に残ることを望むなら、その種を芸術と歴史のうちに探すべき時だ。


敵か味方かという戦時の言葉に席捲された世界。それは芸術においても例外ではないのです。もちろん、戦争当事国であるかどうかも関係ありません。

いくら侵略された被害国だからと言って、コスモポリタンであることを理由に非難され追放されるような社会、そんな国家(主義)を私たちはどう考えるかでしょう。だったら、「棄民の思想」を対置してそれをよすがに逞しく且つしたたかに生きていくしかないのではないか。そんな人々と「連帯」することが大事ではないのかと思います。

もっとも、UFAのような愚劣な政治の言葉は、ウクライナだけではありません。先日、国家の憎悪を一身に浴び20年の刑期を終えて出所したS氏(どっかのブログを真似てイニシャルで書いてみた)に対する、日本共産党や立憲民主党に随伴する左派リベラル界隈の人たちから浴びせられた罵詈雑言も同じです。愚劣な政治の言葉でひとりの人間の存在を全否定する所業は、昔も今も、左も右も、ウクライナも日本も関係ないのです。S氏の短歌のファンである私は、衣の下から鎧が覗いたような彼らの寒々とした精神に慄然とさせられたのでした。
2022.06.04 Sat l ウクライナ侵攻 l top ▲
昨日、朝日に下記のような記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
ゼレンスキー氏、男性の出国求める請願書に「故郷守ろうとしてない」

ウクライナは現在、戒厳令と総動員令がセットになった戦時体制下にあり、政党活動は禁止され、18~60歳の成人男性の出国も禁止されています。もちろん、ロシアの理不尽な侵攻に対して一丸となって戦うためですが、政党活動が禁止されているというのは、実質的に政府のやることに異を唱えることができないということでもあります。その意味では、きつい言い方ですが、今のウクライナはロシアよりむしろ全体主義的な状況にあると言っていいのかもしれません。

余談ですが、昨日の「モーニングショー」では、ロシアでは戦場に派遣する兵士が不足して、片目がない身障者まで駆り出されているというウクライナのニュースを紹介していました。そして、例によって例の如く電波芸者コメンテーターの石原良純や山口真由らがああでもないこうでもないと与太話をくり広げていました。

もっとも、ロシアは徴兵制度はあるものの、ロシア軍は志願兵が主体で、徴兵制によって集められた兵士の割合は全体の2割以下だと言われています。ホントに身体障害者を戦場に派遣するほど兵員不足なら、もっと徴兵制の運用を強化するでしょう。スマホのアクセスログなどのチェックはあるみたいですが、ウクライナと違って男性の出国も可能です。そのため、多くの若者が侵攻に失望して国を離れていると言われているのです。

戦争なのですから、情報戦が行われるのは当然です。にもかかわらず、そうやって敵か味方かの二項対立で多分にバイアスのかかったニュースを取り上げ、戦争当事国の片方に肩入れするような「言論の自由度ランキング」71位の国のメディアでは、現在の戦況を含めて”ホントのこと”を知ることはできないでしょう。日本のメディアの報道は極めて政治的で、むしろ戦争を煽るものと言うべきなのです。

話は戻りますが、記事によれば、ウクライナでは、成人男性の出国禁止に対して、出国を「可能にすることを求める請願書に2万5千人の署名がインターネット上で集まっている」のだそうです。

そのネット請願に対して、ゼレンスキー大統領は、次のように「不快感を示した」のだとか。

「この請願書は誰に向けたものなのか。地元を守るために命を落とした息子を持つ親たちに、この請願書を示せるのか。署名者の多くは、生まれ故郷を守ろうとしていない」


バイデンと一緒になって「ウクライナ頑張れ」と外野席から声援を送っている人たちから見れば、ゼレンスキーの言うとおりで、何と「身勝手」な人たちなんだろうと思うかもしれません。

しかし、私は、民衆は国家に対して「身勝手」を言う権利と言うか、資格はあるだろうと思います。それが民主主義ではないのか。「身勝手」が言えないなら全体主義国家でしょう。「国を出るなら勝手に出ろ、その代わり二度と戻ってくるな」と言うのならまだわかりますが、国を出ることは一切認められない、そんな人間は”非国民”だとでも言いたげなゼレンスキーの発言は、どう見ても全体主義者のそれに近いものです。

ゼレンスキーが求めているのは、最後の一人まで戦えということです。文字通り戦前の日本が掲げた「進め一億火の玉だ」と同じ愛国心を求めるものです。ゼレンスキーは国を守るために国民に銃を渡すと言っています。総動員令というのは国民皆兵と同義語なのです。その意味では(暴論を承知で言えば)ブチャなどのジェノサイドも、「起こるべくして起こった」とも言えるのです。国民皆兵であれば、誰が兵士で誰が兵士でないか(誰が銃を持っているか)わからないでしょう。戦場の極限状況の中では疑心暗鬼に囚われ、「だったら皆殺しにしてしまえ」と命令が下されるのは「あり得ないことではない」ように思います。同じようなジェノサイドは、旧日本軍もやったし、アメリカも朝鮮やベトナムでやってきたのです。

今も毎日多くのウクライナ国民がロシア軍の銃弾の犠牲になっているのは、ゼレンスキーの言うとおりです。しかし、ゼレンスキーら指導部は、厳重に警護された安全地帯にいて、ただ国民を鼓舞するだけです。もちろん、鼓舞すればするほど国民の悲劇は増すばかりです。それでも、ゼレンスキーは、今の時点で和平交渉を行うつもりはないと明言しています。

もしかしたら、国民の犠牲と引き換えに、和平交渉に向けて有利な条件を創り出そうとしているのかもしれません。犠牲になった国民に対しては、「お前は英雄だ」と言っておけばいいのです。戦争では、いつの時代も国家が「英雄」の空手形を乱発するのが常です。

今回の戦争は、21世紀とは思えない古色蒼然としたものだと言われますが、しかし、戦争に駆り出される国民の間に、戦争で死んで「英雄」扱いされるより(戦争で犬死するより)、目の前の幸せを守る方が大事だという考えが前の世紀より浸透しているのはたしかな気がします。井上光晴が『明日』 という小説で、原爆投下の前日(1945年8月8日)の長崎の庶民の一日を描いたように、国家が強いる”運命”より以前に、私たちには人生の夢や希望や悲喜こもごもの日常が存在するのです。戦争のやり方は進歩していないけど、戦争に向き合う人々の意識は多少なりとも進歩していると言えるのではないでしょうか。

小室さんと眞子さんの結婚で盛んに言われた”幸福追求権”を持ち出すまでもなく、自分の運命は自分で決める、戦争で死にたくない、そのために、国を出て戦争で死なない人生を選択したいと思うのはごく自然な気持でしょう。でも、国の指導者は、愛国心を盾に彼らを”非国民”扱いして不快感を示すのです。不快感だけならまだしも、警察権力を使って拘束した上で、強制的に前線に送ることだってあるかもしれません。

「平和国家」の国民を自認するのなら、バイデンやメディアに煽られて「ウクライナ頑張れ」と声援を送るだけでなく、戦争で死にたくないと思う人たちの存在や、その人たちの視点からこの戦争を見ることも必要ではないのか。

反戦平和のためには、あるいは「ウクライナを救え」と言うのなら、戦争で死にたくない(銃を持ちたくない)と思っているウクライナの人たちや、ロシアの内外で侵攻に反対し心を痛めているロシアの人たちと、国を越えて「連帯」することでしょう。

ヒューマニズムを標榜するなら、戦争の論理や国家の論理より個人の論理、個人の事情を優先する考えをまず持つことでしょう。日本でのメディアの報道姿勢や国民の関心の持ち方を見ると、所詮は戦争の論理や国家の論理を忖度し拝跪したものにすぎません。そんなものはヒューマニズムでも何でもないのです。

前も書きましたが、たとえば、テレビで得々と戦況を解説している防衛省管下の防衛研究所の研究員にしても、彼らはヒューマニズムとは無縁な(税金を使って)戦争を研究する専門家です。戦略や戦術を研究して理論化する、言うなれば”戦争屋”なのです。その簡易版が「軍事評論家」と称するフリージャーナリストたちです。そんな彼らの戦争の論理がテレビを通して”お茶の間”を席捲し、多くの国民のこの戦争に対する視点を決定付けているのは否定すべくもない事実でしょう。これこそプロパガンダと言うべきではないでしょうか。
2022.05.24 Tue l ウクライナ侵攻 l top ▲
マリウポリのアゾフスターリ製鉄所で、2ヶ月以上に渡って抵抗していたウクライナ軍(アゾフ大隊)がついに投降、ウクライナ政府も任務の完了=敗北を認めました。

アゾフスターリ製鉄所の陥落について、朝日新聞は、これで「ロシアが占領するクリミア半島とウクライナ東部をつなぐ要衝を、ロシアが近く完全制圧する可能性が高くなった」と伝えています。

併せて、「ウクライナ戦争で最も長く血なまぐさい戦闘が、ウクライナにとって重要な敗北に終わる可能性がある」というロイター通信の見方も紹介していました。

朝日新聞デジタル
ロシア軍、マリウポリ完全制圧へ 「最も血なまぐさい戦闘」が節目

また、メディアは、当初、投降した兵士たちがロシア支配地域に移送されたことで、今後、兵士たちは捕虜交換に使われる見込みだと報じていました。ところが讀賣新聞は、ネオナチのアゾフ大隊の兵士たちは、ウクライナに引き渡さない可能性が出てきたと伝えています。

讀賣新聞オンライン
「アゾフ大隊」兵士の引き渡し、ロシア拒否か「彼らは戦争犯罪者」…捕虜交換の禁止案

ロシア下院は18日、ウクライナ南東部マリウポリのアゾフスタリ製鉄所から退避した武装組織「アゾフ大隊」の兵士と、ロシア兵との捕虜交換を事実上禁じる法案を審議する。アゾフ大隊の兵士のウクライナへの引き渡しにロシアが応じない可能性が出てきた。


私たちは、こういった報道を見ると、頭が混乱してしまいます。私たちが日頃接している報道では、士気の高いウクライナ軍によって、ロシア軍は各地で劣勢を余儀なくされ、それに加えて厭戦気分も蔓延しているため、今にもロシアの侵攻は失敗で終わるかのようなイメージを抱いていたからです。

もっとも、「国境なき記者団」が先日発表した2022年の「報道の自由度ランキング」では、日本は世界180の国や地域のうち71位でした。私たちが日々接しているのはその程度の報道なのです。

何度も言いますが、戦争なのですから敵も味方もありません。どちらもプロパガンダが駆使され、真実が隠されるのは当然のことです。でも、日本人はそんなことは露ほども念頭になく、まるでサッカーの代表戦と同じように、「ウクライナ大健闘」を信じ込んでいるのでした。

ウクライナから日本に避難した人たちが、記者会見で、祖国を離れて安全な日本に避難したことに後ろめたさを覚えるとか、祖国のために戦っている同胞を誇りに思うとか、今年の秋(何故か今年の秋を口にする人が多い)までには戦争が終わって祖国に帰ることを望んでいるとか言うと、日本人も彼らに同調して、そう遠くない時期にウクライナ勝利で戦争が終わるかのように思い込んでいるのです。

しかし、それは、ウクライナ人たちが戦時体制の中で、自由にものを考えることを禁止されているからに他なりません。ロシアの侵略はまぎれもない蛮行=戦争犯罪ですが、でも、もはやウクライナは取り返しがつかない国家の分断に向っているように思えてなりません。

とは言え、ウクライナの国民たちは皆が皆、”ロシア化”に反発しているわけでもありません。ロシア語の話者たちの中に、ロシアへの帰属を望んでいる人たちがいるのも否定できない事実です。一方で、ロシアの支配地域に住んでいながら帰属を望まない人たちもいます。

勝ったか負けたか、敵か味方かではなく、そんな国家に翻弄される人々の視点で戦争を見ることも大事でしょう。いつの戦争でもそうですが、そこには私たちの想像も及ばない個々の事情とそれにまつわる悲劇が存在するのです。

どっちの国が正しいかではないのです。まして、どっちの国に付くかでもないのです。大事なのは、人々が国家から少しでも自由になることでしょう。戦争の際、「国のために死ぬな」という言葉がリアリティを持つのはそれ故です。国家の論理に対して、人々の個々の論理、個々の事情が対置されるべきだし優先されるべきなのです。ホントに戦争に反対し「ウクライナを救え」と言うのなら、まず「国のために死ぬな」と言うべきでしょう。

「ウクライナを救え」の人たちの間では何故かタブーになっていますが、そもそも今のウクライナは、ロシア革命に勝利したボリシェヴィキによって半ば人工的に作られた国という側面もなくはないのです。プーチン政権は、それを持ち出して、ロシア語の話者が多く住む地域をロシアに併合する暴挙に出たのでした。もちろん、そこには、NATOの東方拡大に対する危機感やロシア帝国再興の野望(大ロシア主義)もあったでしょう。

一方、ウクライナ国内でも、オレンジ革命による民主化への高まりによって、逆に「二つのウクライナ」が政治的に大きなテーマになり、ネオナチの集結とともにロシア語話者に対する差別や迫害がエスカレートしていったのでした。「民主主義」とネオナチが、反ロシアと愛国(ウクライナ民族主義)で手を結んだのです。そこにも、西欧的価値観=西欧民主主義の限界と欺瞞性が露呈されているように思います。そして、オレンジ革命の「二つのウクライナ」は、2014年のユーロマイダン革命の悲劇へとつながっていったのでした。

何度もくり返しますが、勝ったか負けたかでも、敵か味方かでもないのです。戦争で命を奪われた人々は「英雄」でもないし、「美談」の主人公でもありません。占領されると、お前はどっちの側だと旗幟鮮明を迫られ、敵側だと見做されると拷問されて殺害されるのです。「お国のため」という美名のもとに兵士になり、国家からは「英雄」だと持ち上げられ、家族からは「誇り」だと尊敬されても、敵国に捕らえられると容赦なく命を奪われ、”家庭の幸福”も一瞬にして瓦解します。

それでもアメリカは、和平の「わ」の字も口にすることなく、「お前たちは英雄だ」「もっとやれ」「もっと戦え」「武器はいくらでも出すぞ」と言って、ゼレンスキー政権を煽りつづけているのでした。まるでそうやってロシアをウクライナに張り付かせていた方が、都合がいいかのようにです。そこにあるのは、ヒューマニズムや民主主義で偽装された大国の都合=国家の論理だけです。

先日、床屋で髪を切っていたら、テレビからロシア軍がアゾフスターリ製鉄所に籠城するアゾフ大隊に対して、白リン弾を使用したというニュースが流れました。すると、それを観ていた床屋の主人が、「でも、アメリカだってベトナムで同じことをやってたじゃないですか。だからドクちゃん何とかちゃんみたいな奇形児が出来たんでしょ」と言ってました。たしかに、その通りです。アメリカはどの口で言っているだという話でしょう。

しかも、アゾフスターリ製鉄所で化学兵器を使ったという話も、確証がないままいつの間にか消えてしまったのでした。このようにウクライナ側の情報も、(ロシアに負けず劣らず)フェイクなものが多いのです。

ウクライナは、アメリカやNATO諸国にとって、所詮は”捨て駒”なのです。誰かも同じことを言って炎上していましたが、ロシアの体力を消耗させるのために、アメリカが用意したサンドバックのようなものです。「ウクライナを救え」と言うのなら、いい加減そのことに気付くべきでしょう。


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「戦時下の言語」とジャーナリズムの死
2022.05.19 Thu l ウクライナ侵攻 l top ▲
「きっこのブログ」でおなじみのブロガー・きっこが、先日、次のようにツイートしていたのが目に止まりました。


なんだよ、これは。山で遭難した人間をそんな目で見ていたのか、と思いました。開いた口が塞がらないとはこのことでしょう。

きっこは、「オムライス党」と呼ぶ社民党のシンパであることを公言し、特に激しい安倍政権批判で人気ブロガーになったのですが、こういった登山に対する予断と偏見を何のためらいもなく書き散らしているのを見て、あらためて彼女の底の浅さ、危うさを痛感させられた気がしました。

それは、(古い言い方ですが)朝日新聞の”リベラル風”とよく似ているように思います。

前も書きましたが、1950年代半ばに、北朝鮮への帰還事業と並行して「内地に居留する旧植民地出身者を追い出す」ために、旧厚生省が主導した生活保護叩きのキャンペーンが行われたのですが、その際、キャンペーンのお先棒を担いだ朝日新聞には、「こんなに贅沢な朝鮮人受給者」「(受給者の家に行くと)真新しい箪笥があった」「仕事もしないで一日中のらりくらい」というようなバッシングの記事が連日掲載されていたそうです。今のネトウヨが主張する「在日特権」のフォーマットは60年前の朝日新聞にあったのです。

私たちは、”左派的なもの”や”リベラル風なもの”をまず疑わなければならないのです。

もちろん、登山というのはあくまで趣味=遊びにすぎません。登山が趣味の人生であっても、登山より大事なものは沢山あります。新興宗教にのめり込む信者と同じように、仕事そっちのけで登山にのめり込む人間もいますが、そんな人間はハイカー(登山愛好者)の基準ではないし、ましてや憧れでも尊敬の対象でもありません。私が登山ユーチューバーの動画を観て違和感を抱くのはその点です。だからと言って、きっこのような言い草はないでしょう。これではヤフコメなどの下等な”遭難者叩き”と寸分も変わらないのです。

たかが登山の話なのに大袈裟と思われるかもしれませんが、そこには”左派的なもの”や”リベラル風なもの”が依拠するこの社会の本質が露呈されているように思えてなりません。右か左かではないのです。右も左にも共通するこの社会の本質こそが問題なのです。

きっこのブログは、所詮この社会を構成するマジョリティ=規範に依拠し思考停止した薄っぺらな言説にすぎないのです。それでは、差別と排除の力学によって仮構されたこの社会や市民としての日常性の本質に、絶対に行き当たることはないでしょう。きっこは、「現実をかすりもしない」(宮台真司)左派リベラルの弛緩したトートロジーから生まれた(手垢にまみれた”左派リベラル風”の常套句をただ駆使するだけの自称政治通の人たちにとっての)愛玩物アイドルにすぎないのではないか。それがこのような、リゴリスティックな予断と偏見に満ちたもの言いを生んでいるのではないかと思いました。
2022.05.17 Tue l 社会・メディア l top ▲
昨夜、テレビでサンドイッチマンやバナナマンが出ている番組を観ていたとき、ふと先日自殺した渡辺裕之のことが頭に浮かびました。

ちょうど自殺のニュースが出る前日だったと思いますが、たまたま観ていた深夜の通販番組に彼が出演していたのです。深夜の通販番組に出演しているのは、こう言っては何ですが、既に旬を終え、しかも結婚してそれなりに年を取ったタレントが多いので、家族のために仕事を選んでおれないんだろうなと思ったりするのでした。

ただ渡辺裕之の場合は、売れなくなったという印象はなかったので意外でした。通販番組独特のわざとらしい空気にまだ慣れてないのか、観ているとどこかぎこちない感じがありました。しかも、胸に大きなエンブレムが付いたおせいじにも趣味がいいとは言い難いポロシャツの通販でしたが、「実は僕もこれを着ているんですよ。どうですか? いいでしょ」とブレザーを脱いでそのポロシャツをひけらかすシーンでは、日頃ダンディを売り物にしているだけに何だか痛々しささえ覚えました。

勝手な推測ですが、そんな場違いな仕事と自死がどこかでつながっているのではないか。自殺のニュースを聞いて、ふとそう思ったのでした。

で、お笑い芸人の番組でどうして渡辺裕之の自殺を思い出したのかと言えば、芸能人でみずから死を選ぶのは、渡辺だけでなく神田沙也加や竹内結子や三浦春馬の例を見てもわかる通り、歌手や俳優が多く、お笑い芸人はあまりいないなと思ったからです。お笑い芸人というのは、そういった行為とは遠い存在のような気がしたのです。サンドイッチマンやバナナマンのどうでもいいようなお笑いとそのはしゃぎぶりを観ていたら、そんな偏見に囚われたのでした。

ところが今朝、ダチョウ倶楽部の上島竜平が自死したというニュースが流れてびっくりしました。

私は一時、仕事で四谷三丁目に日参していた時期があり、四谷三丁目は太田プロが近かったので、太田プロのタレントもよく見かけました。迎えの車を待っているのか、四谷三丁目の交差点に、耳にイヤホンをはめた某宗教団体の”私設公安”の傍で、人待ち顔で立っている彼を見かけたことがありますが、それはどこにでもいるようなちょっと崩れた感じのおっさんでした。ハンチング帽にアロハシャツの恰好で地下鉄の駅から出て来たのに遭遇したこともありますが、どう見ても街中をうろついている職業不詳のオヤジ風で、芸能人のオーラなど微塵もありませんでした。

あの身体を張ったリアクション芸の裏に、こんな孤独な心があったのかと思うと、余計痛ましく、そして切なく思えてなりません。コロナ禍でリアクション芸の機会が失われ、このまま自分の出番が失くなっていくことを感じ取っていたのかもしれません。あるいは、芸能界の恩人と言って憚らなかった、志村けんの死のショックを未だ引き摺っていたのかもしれないと思ったりもしました。

コロナ禍をきっかけに、飛沫感染の怖れがあるからなのか、ドリフのDNAを受け継いだような身体を張ったギャグは、すっかりテレビの世界から姿を消しました。でも、コロナ禍はあくまできっかけにすぎなかったように思います。もうあんな大仰なリアクション芸で笑いを誘う時代ではなくなったのです。

ある日突然、自分の仕事が失くなるというのは、芸能界だけでなく、いろんな職業についても言えることです。ペストやスペイン風邪のときも、同じようなことが起きているのです。「新しい生活様式」なる国家が強制する”ファシスト的日常性”とは別に、パンデミックによって世の中の慣習や嗜好が変わるのは、当然あり得る話でしょう。それとともに、用をなさない仕事も出て来るでしょう。同じように仕事を失ったり、あるいは先行きに不安を抱いたりして、暗い日々を過ごしている人も多いはずです。

私たちは「芸能界」と一括りに呼んでいますが、しかし、その中にはさまざまなジャンルがあり、さらにそのジャンルの中でも芸の分担が細分化されているのです。潰しのきかない芸能界にあって、自分の得意芸の出番がなくなる不安は想像に難くありません。

一方で、いつの間にか、情報番組の司会やコメンテーターにお笑い芸人が起用されるようになっています。彼らに求められているのは、頭の中身は二の次に、機を見るに敏な状況判断とバランス感覚、ボキャブラリーの貧弱さを補って余りあるような口達者、それにお笑い芸人特有の毒を消して”好い人”を演じられる器用さです。

「竜兵会」の後輩芸人たちも、みんなそうやって時流に乗り、人気芸人になっています。同じリアクション芸人の出川哲郎も、”好い人”へのイメージチャンジに成功し、好感度もアップしました。何だか不器用な上島竜平だけが、仲間内で取り残されたような感じでした。

さらにコロナ禍だけでなく、ウクライナ侵攻をきっかけにした戦争の影も私たちを覆うようになりました。そんなえも言われぬ憂鬱さの中に、今の私たちはいるのです。私もそのひとりです。

こんな時代だからこそ笑いが必要だと業界の人間は言いますが、それは強がりやカラ元気みたいなものでしょう。テレビにはお笑い芸人たちが溢れていますが、しかし、現実は呑気にお笑いが溢れるような時代の気分ではないのです。
2022.05.11 Wed l 訃報・死 l top ▲
田中龍作氏は、5月3日の記事で、キーウの基地で遭遇した日本人義勇兵を取り上げていました。

田中龍作ジャーナル
【キーウ発】日本人義勇兵 「自由と独立を守るためには武器を取って戦わなければならない」

元自衛隊員の義勇兵は、まだ正式にウクライナ軍の兵士と認められてないため、無給だそうです。志願の動機について、下記のように書いていました。

 志願の動機は―

 「(旧ソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破って満洲に侵攻してきた)1945年と同じことがまた起きたと思った」

 「かつて交際していた女性の祖父は満洲で終戦となったためシベリアに抑留された」。

 57万5千人の日本軍将兵・満蒙開拓団員などがシベリアに連行され、強制労働に従事させられた。5万5千人が病気や衰弱などで死亡した(厚生省調べ)。

 「ロシアはウクライナに対しても当時と同じようなことをした」

 「自由と独立を守るためには武器を取って戦わなければならないことを日本人は認識していない」 

 「私戦予備罪を押してでも行く価値があると思い志願した」


しかし、この義勇兵は、田中氏が書いているように、ホントにただの義憤に駆られた人なのか。彼こそ、前に藤崎剛人氏が書いていた、世界中からウクライナに集まっているネオナチのひとりではないのか。

田中宇氏は、Qアノンまがいのコロナワクチンを巡る発言などにより、ややもすれば陰謀論の権化のように言われる毀誉褒貶の激しい人ですが、ウクライナ・ネオナチ説について、次のように書いていました。

田中宇の国際ニュース解説
ウクライナ戦争で最も悪いのは米英

ウクライナ軍は腐敗していたため国民に不人気で、2014年の政権転覆・内戦開始後に徴兵制を敷いたものの、徴兵対象者の7割が不出頭だった(2017年秋の実績)。多くの若者が徴兵を嫌って海外に逃げ出していた(若者の海外逃亡の結果、国内で若手の労働力が不足した)。予備役を集めて訓練しようとしても7割が出頭せず、訓練の会合を重ねるほど出席者が減り、4回目の訓練に出席したのは対象者の5%しかいなかった(2014年3-4月の実績)。(略)


親露派民兵団やロシア側に対抗できる兵力を急いで持つことを米英から要請されていたウクライナ政府は、政府軍の改善をあきらめ、代替策として、ウクライナ国内と、NATO加盟国など19の欧米諸国から極右・ネオナチの人々を傭兵として集め、NATO諸国の軍が彼らに軍事訓練をほどこし、政府軍を補佐する民兵団を作ることにした。極右民兵団の幹部たちは、英国のサンドハースト王立士官学校などで訓練を受けた。民兵団は国防省の傘下でなく、内務省傘下の国家警備隊の一部として作られた。ボー(引用者註:NATOの要員だったスイス軍の元情報将校)によると、2020年時点でこの民兵団は10万2千人の民兵を擁し、政府軍と合わせたウクライナの軍事勢力の4割の兵力を持つに至っている。ウクライナ内務省傘下の極右民兵団はいくつかあるが、最も有名なのが今回の戦争でマリウポリなどで住民を「人間の盾」にして立てこもって露軍に抵抗した「アゾフ大隊」だ。


今回のロシア侵攻を考えるとき、このようなゼレンスキー政権の極右化の問題も無視することはできないのです。もちろん、だからと言って、ロシアの戦争犯罪が免罪されるわけではありません。ただ一方で、ほぼ内戦状態にあったウクライナ東部において、ゼレンスキー政権が「極右民兵団」を使ってロシア系住民(ロシア語話者)を迫害していたのは、いろんな証言からもあきらかです。もちろん、ロシアへの併合を目論むロシア系民兵組織も同じことをやっています。しかし、「極右民兵団」によるロシア系住民の迫害が、ロシアに「個別的自衛権」の行使という侵攻の口実を与えることになったのは事実です。

そこにアメリカの”罠”があったのではないか。結果として、ゼレンスキー政権はバイデン政権からいいように利用され、そして煽られ、和平交渉の糸口さえ見つけることもできずに、総力戦=玉砕戦に突き進むことになったのでした。これではウクライナ国民はたまったものではないでしょう。でも、バイデン政権にしてみれば、してやったりかもしれません。アメリカはウクライナに巨額の軍事援助を行っていますが、それは同時に民主党政権と密接な関係にある産軍複合体に莫大な利益をもたらすことになるからです。

このように和平の働きかけも一切行わず、8千キロ離れたワシントンからただ戦争を煽るだけのバイデン政権の姿勢(それを異常と思わない方がおかしい)が、今回の侵攻を考える上で大きなポイントになるように思います。

今回の侵攻で、その帰趨とは関係なく、ロシアの国力や軍事力が大きくそがれ、プーチンの目論見とは裏腹に、ロシアが国家として疲弊し弱体化するのは否めないでしょう。一方で、プーチンの神経を逆なでするかのように、NATOはさらにフィンランドとスウェーデンの加入が取り沙汰されるなど、拡大の勢いを増しているのでした。言うなれば、アメリカは、ウクライナ国民の犠牲と引き換えに、ロシアをウクライナ侵攻という”泥沼”に引きずり込むことに成功したのです。そこに民主主義国家VS権威主義国家という、多極化後にアメリカが選択するあたらな世界戦略が垣間見えるように思います。

アメリカが唯一の超大国の座から転落して世界が対極化するということは、アメリカがみずから軍隊を派遣するのではなく、今回のように”同盟国”に武器を提供して”同盟国”の国民を戦わせることを意味するのです。そう方針転換したことを意味するのです。アメリカにとって、戦争は政治的な側面だけでなくビジネスの側面も強くなっており、そのため戦争の敷居が格段に低くなったのは事実でしょう。

日本でも早速、対米従属愛国主義の政治家ポチたちが、敵基地への先制攻撃を可能にする憲法9条の改定や核シェアリング(実質的な核武装)の導入など、戦争ができる体制を作るべきだと声高に主張し始めています。しかも、2014年のクリミア半島とルハンスク州南部・ドネツィク州東南部侵攻の際には、ウラジーミルとシンゾーの関係を優先して欧米の制裁に歩調を合わせなかった安倍晋三元首相が、今度は先頭に立って核武装を主張しているのですから開いた口が塞がらないとはこのことでしょう。

でも、実際に戦場で戦うのは自衛隊員だけでなく国民も一緒です。ウクライナでも見られたように、避難した民間人を警護するという建前のもと、実際は弾除けの盾に使われることだってあるでしょう。戦争なのですから何だってありなのです。政治家ポチの勇ましい言葉に踊らされている「風にそよぐ葦」の国民は、戦争に対するリアルな想像力が決定的に欠けていると言わねばなりません。ウクライナが可哀そうという感情に流されるだけで、戦争の現実をまったく見てないし見ようともしてないのです。

何だかまわりくどい話になりましたが、このような敵か味方かの国家の論理に依拠した今の報道は、ウクライナが可哀そうという”善意の仮面”を被ったもうひとつのプロパガンダと言うべきなのです。
2022.05.08 Sun l ウクライナ侵攻 l top ▲
子供の日だからなのか、5月5日放送の「モーニングショー」で、Z世代の消費行動が取り上げられていました。

Z世代とは、いわゆるミレニアル世代に続く「1990年代半ばから2010年代生まれ」の25歳以下の若者を指す世代区分で、日本では主にマーケティングの分野で使われている場合が多いようです。

Z世代の特徴として真っ先にあげられるのは、生まれながらにしてネットに接していたデジタル・ネイティブだということです。そのため、テレビよりYouTubeやSNS等のネット利用時間が多く、情報収集も、テレビや新聞や雑誌などではなく、TwitterやYouTube、Instagram、TikTokのようなウェブメディアが主流だということです。自分が興味がない情報は最初からオミットして、興味のある情報だけを選択するのも特徴で、そのスキルが先行世代より長けていると言われているそうです。

でも、ものは言いようで、これって単なるスマホ中毒じゃないのかと思ったりします。私の中には、スマホに熱中するあまり、電車の中や駅のホームで、おばさんに負けじとやたら座りたがる若者たちのイメージがあります。

また、自分が「押す」アイドルやユーチューバーなどに対して、惜しげもなくお金を使って応援する「ヲタ活」なども、この世代の特徴だと言われています。一方で、「押し」のユーチューバーにスパチャ(投げ銭)するために、親のクレジットカードを勝手に使い、後日多額の請求が来て親子間でトラブルになるケースもあるみたいで、先日の新聞にもそういった話が出ていました。他に、給料が手取り20万円しかないのにスパチャに10万円使っている若いサラリーマンの話も出ていました。「ネットはバカと暇人のもの」と言った人がいましたが、ユーチューバーはもちろんですが、スパチャの30%を手数料として天引きするGoogleにとっても、彼らは実に美味しい存在だと言えるでしょう。

Z世代の彼らは如何にも主体的にネットを駆使しているように見えますが、しかし、一枚めくるとこのような煽られて踊らされる「バカと暇人」の痴呆的な光景が表われるのでした。しかも、彼らが取捨選択している(と思っている)情報も、膨大な個人データの取得(ビッグデータ)でより高度化されたアルゴリズムで処理されたものです。パーソナルターゲティング広告に象徴されるような、あらかじめプロファイリングされて用意された(与えられた)情報にすぎないのです。

番組では、前の世代が自分が興味があるものをネットなどに上げることで自己承認を求めたのに対して、Z世代は最初から「インスタ映え」して自己承認されることが前提の商品(「もの」や「こと」)を求める点が大きく違っていると言っていましたが、デジタル・ネイティブとは、バーチャルな世界にどっぷりと浸かりいいように転がされる、クラウド=AIに依存した人間のことではないのかと思いたくなります。

ナノロボット工学の進化により、「人間の脳をクラウドに接続する日は限りなく近づいている」というSFのような研究論文がアメリカで発表されたそうですが、Z世代の話を聞くと、何だかそれが現実化しつつあるような錯覚さえ抱いてしまうのでした。

しかし、幸か不幸かそれはあくまで錯覚にすぎません。私たちはGoogleが掲げた「Don't be evil」という行動規範や「集合知」「総表現社会」「数学的民主主義」などという言葉を生んだWeb2.0の理想論にずっと騙され、ネット社会に過大な幻想を抱いてきましたが(「Don't be evil」は既にGoogleの行動規範から削除されています)、今回のウクライナ侵攻を見てもわかるとおり、現実は戸惑うほど古色蒼然としたものです。戦争を仕掛ける国家指導者は昔の人間のままです。もちろん、前線で戦う兵士も、戦火の中逃げ惑う国民も、昔の人間のままです。ロシア文学者の亀山郁夫氏が言うように、私たちは依然として、ドフトエフスキーが描いた19世紀の人間像がそのまま通用するような世界に生きているのです。IT技術は、あくまで情報を処理する上での便利なツールにすぎないのです。

Z世代が日常的に接して依存しているネットの情報も、テレビや新聞などの旧メディアから発せられたものばかりです。ネットは、その性格上、セカンドメディアである宿命からは逃れられないのです。インフルエンサーやユーチューバーから発せられる情報も、ネタ元の多くは旧メディアです。商品の紹介はメーカーからの案件が大半です。この社会の本質は何も変わってないのです。

むしろ私は、番組を観ながら、ネットを通した「自己承認欲求」という極めてパーソナルで今どきな心理までもが資本によって外部化されコントロールされるという、現代資本主義のあくなき欲望の肥大化とその在処ありかを考えないわけにはいきませんでした。

そこに見えるのは、あまりに無邪気で能天気で無防備な、飼い馴らされた消費者としての現代の若者の姿です。だから、Z世代が今後の消費形態を変える可能性があるなどと、やたら持ち上げられるのでしょう。

ゲストで出ていた渋谷109のマーケティング部門の担当者も、Z世代の若者たちは如何に個性豊かにネットを利用しているかを得々と説明していましたが、それこそマーケティング業界お得意のプロパガンダと言うべきなのです。

こういった「世代論」は、マーケティング業界の常套句のようなもので、今までも何度も似たような話が繰り返されてきました。

昔は女子高生が流行を作るなどと言ってメディアに情報を売っていた怪しげなマーケティング会社が渋谷や原宿に雨後の筍のようにありました。その怪しげなビジネスも、いつの間にか大資本(東急資本)の看板に付け替えられ、もっともらしく箔づけされていることに隔世の感を覚えましたが、この手の話は眉に唾して聞くのが賢明でしょう。


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2022.05.05 Thu l ネット l top ▲
侵攻前からキーウ(キエフ)に入っていたフリージャーナリストの田中龍作氏は、ロシア軍がキーウ(キエフ)に侵攻した際も、大手メディアの記者たちがまるで蜘蛛の巣を散らすように逃げ去るのを尻目に戦火のなかにとどまり、今なお現地の生々しい状況を発信しつづけているのですが、4月25日の記事で次のように書いているのが目に止まりました。

田中龍作ジャーナル
【キーウ発】たとえ戦争広告代理店があったとしても

  湾岸戦争(1991年)やコソボ紛争(1990年代)の頃と決定的に違うのは、SNSの普及である。デッチあげは「ウソだ」とすぐに告発される。

  もう一つ決定的に違うのは、ウクライナでは言論の自由が保障されていることだ。ゼレンスキー大統領をクソミソにこき下ろしても許される。(略)

  戦争広告代理店による捏造があったりしたら、住民がSNSで告発するだろう。それが今のところない。

(略)
 
  「ネオナチ説」「自作自演説」を唱える言論人に共通するのは、虐殺の現場に一歩も足を踏み入れず、住民の話をひと言も聞いていないことだ。


最初に断っておきますが、今のウクライナは非常事態宣言が発令された挙国一致の戦時体制下にあるので、「言論の自由」は保障されていません。昔の日本と同じで、民主的な制度(権利)は完全に停止されています。野党の政治活動も停止させられていますし、それどころか先日は新ロシア派の野党の党首が逮捕されています。もちろん、「ゼレンスキー大統領をクソミソにこき下ろしても許される」自由などあろうはずもないのです。そんなことを口にしたら、当局に密告されて「ロシアの手先」のレッテルを貼られ、とんでもない目に遭うでしょう。

それより私が看過できないと思ったのは、「『ネオナチ説』『自作自演説』を唱える言論人に共通するのは、虐殺の現場に一歩も足を踏み入れず、住民の話をひと言も聞いていないことだ」という箇所です。

しかし、実際には私が知る限り、「言論人」でロシアの荒唐無稽な主張をそのままなぞったような主張を唱えている人はほとんどいません。「ロシア寄り」と言われている人たちも、ロシアの侵略は弁解の余地もない蛮行だけど、だからと言ってゼレンスキーが言っていることを百パーセント信じていいのかと主張しているだけです。

にもかかわらず、ウクライナ可哀そうVSプーチン憎しの人たちは、「ロシアの侵略は弁解の余地もない蛮行」という断りを故意に無視し、”ゼレンスキー批判”だけを言挙げして「陰謀論」「ロシア寄り」と決めつけ、問答無用に悪罵を浴びせるのでした。彼らには、そういった”客観的な視点”も利敵行為に映るみたいです。敵か味方か、旗幟を鮮明にしなければ、戦争を語ってはいけないとでも言いたげです。田中氏は、針小棒大なもの言いをすることで、ウクライナ可哀そうVSプーチン憎しの人たちの「俗情と結託」(大西巨人)しているにすぎないのです。

もっとも、ウクライナ可哀そうVSプーチン憎しの彼らも、最近はウクライナ問題に関心が薄らいでいるという指摘もあります。それはそうでしょう。彼らは、メディアのセンセーショナルな戦争報道に動員された(煽られた)人たちにすぎないので、メディアの情報量が減っていけば、関心も薄らいでいくのは当然なのです。そのうち(大声で”正義”を叫んでいた人ほど)、「いつまでウクライナのこと言ってるんだ?」なんて言い出すに決まっています。所詮はその程度の存在にすぎないのです。

どういった団体なのかよくわかりませんが、「世界の共産党・労働者諸党」が2月25日に発表した緊急声明「ウクライナにおける帝国主義戦争に反対する」では、ロシアのウクライナ侵攻を批判する一方で、次のようにウクライナ政府も批判しているそうです。

  われわれは、ウクライナにおけるファシスト・民族主義勢力の活動、反共主義および共産主義者迫害、ロシア語話者住民への差別、ドンバスの人びとへのウクライナ政府の無力攻撃を糾弾する。

  われわれは、ヨーロッパ=大西洋諸国[=NATO諸国]が彼らのプランを実施するため、ウクライナの反動的政治勢力をファシスト集団も含めて利用していることを糾弾する。

(『「世界」臨時増刊 ウクライナ侵略戦争』所収「資料と解説 異なる視点―第三世界とウクライナ危機」)


これは、所謂「どっちもどっち」論とも言えますが、少なくとも世界の左派の間では、ゼレンスキー政権は「ファシスト」「民族主義者」「反共主義者」に支えられた反共右派政権であるとの認識が共通していたのは事実のようです。

ウクライナは、人口が4130万人で、ヨーロッパで7番目に人口の多い国ですが、今のウクライナが建国されたのはロシア革命時の1917年で、正式に独立したのはソ連崩壊後の1991年です。

しかし、ウクライナは、「東ウクライナ」と「西ウクライナ」の二つのウクライナがあると言われるように、ウクライナ語とロシア語が併存する言語やカトリック教会と3つの正教会からなる4つの教会が存在する宗教など、多元的な文化を内包している若い国です。言うまでもなく、ウクライナの多元的な文化は、他の旧東欧諸国と同様、ソ連によって人為的に「人民共和国」が作られた建国の経緯から来ているのでした。ちなみに、ウクライナ国民のうち、35~40%がロシア語の話者で、同じ割合でウクライナ語の話者が存在し、残り20%がロシア語とウクライナ語の両方を話すバイリンガルだそうです。

下記の論稿の執筆者のアンドリー・ポルトノフ氏(ベルリン・フンボルト大学客員教授)によれば、「教育や人文学においては、ウクライナ語は支配的であるものの、ロシア語はマスメディア、政治、ビジネス、科学の分野において明白に浸透している」のだそうです。

WEBアスティオン
ウクライナ史に登場した「ふたつのウクライナ」とは何か(上)─ウクライナ・アイデンティティ
アンドリー・ポルトノフ(ベルリン・フンボルト大学客員教授)

ウクライナの公用語はウクライナ語ですが、ロシア語も準公用語の扱いでした。ところが、オレンジ革命(2004年)を機に、二つのウクライナという「定型句」が流布されるようになり、ウクライナのアイデンティティを求める機運が高まったと言われます。

ふたつのウクライナという定型句(つまり、ナショナルな意識に目覚めたウクライナと、〔ロシアおよびソ連の影響が残った〕「混ざりものの」('creole')ウクライナであり、前者が好ましい規範とされる)は、政治的選択の範囲、あるいは所属集団の選択の動機を単純な図式に押し込めることになる。

そして、その図式では、規範とそこからの逸脱という二者択一の考えが生まれてしまうのである。

(ウクライナ史に登場した「ふたつのウクライナ」とは何か・上)


私は、ウクライナのナショナリズムを考えるとき、「ウクライナのナショナリズムの要素が、法の支配、社会的正義、移動と表現の自由といったヨーロッパの神話に溶けあわされたのである」というアンドリー・ポルトノフ氏の指摘が重要であると思いました。「民主化運動」が排外主義的なナショナリズムと融合し、西欧的デモクラシーがその方便に使われたというパラドックス。そこには、右か左か、独裁か民主かでは捉えきれない、現代世界が抱える深刻な問題が伏在しているように思いました。

「帝国主義戦争」というのは、ロシア革命に際してレーニンが唱えたテーゼですが、そういった古い左派の視点も一概に無視できないものがあるように思います。と言うか、そういった視点でこの戦争を見ると、今まで見えなかったもの(見えにくかったもの)も見えてくるような気がするのです。

ウクライナの経済成長率は、ロシアがウクライナ領のクリミア半島に侵攻し併合した2014年がマイナス6.58%、翌年の2015年がマイナス9.79%に落ちたものの、その後、プラスの成長が続いて経済は持ち直していました。ところが、ゼレンスキーが大統領に就任した翌年の2020年にいっきにマイナス3.80%に落ち込んだのでした。そのため侵攻前、ゼレンスキー政権の支持率は41%まで下がり、ウクライナで反ゼレンスキーデモが頻発していたのでした。田中氏自身も記事のなかで、「開戦前、反ゼレンスキーデモで掲げられたプラカード。DICKTATORは独裁者と男性器(大統領はコメディアン時代、裸踊りで人気を博した)をかけたシャレだ」というキャプションを付けて、反ゼレンスキーデモの写真を掲載していたくらいです。

では、侵攻前に反ゼレンスキーデモに参加したような人々は、どうなったんだろうと気になります。これ幸いに、アゾフ大隊のようなネオナチから排斥(処刑?)されたりしてないだろうかと心配せざるを得ません。

当たり前の話ですが、何事にも表もあれば裏があります。況や政治や戦争においてをやです。それを伝えるのがジャーナリストではないのか。自由な言論による談論風発、百家争鳴がジャーナリストの生命線でしょう。何度もくり返しますが、国家に正義などないのです。戦争で亡くなった人々は「英雄」なんかではないのです。ましてや、「美談」であろうはずもありません。

田中氏は、「オレはお前たちと違ってこの目で現場を見ているんだ」とすごんでいるつもりかもしれませんが、しかし、敵か味方か、勝ったか負けたかの二項対立(=国家の論理)でしか戦争を語ることができないという点では、田中氏も、大手メディアの記者たちも、同じ穴のムジナのようにしか見えません。「戦時下の言語」に与するのはジャーナリズムの死ではないのか。そう言いたくなります。
2022.04.26 Tue l ウクライナ侵攻 l top ▲
ウクライナのドネツク州にあるマリウポリで、ウクライナ政府軍の最後の拠点となっているアゾフスターリ製鉄所をめぐる攻防戦は、製鉄所内に閉じこもって抵抗を続けるウクライナ軍がロシア軍の再三の降伏勧告にも応じなかったことで、プーチン大統領が火器による攻撃の中止を命令。今後は「ハエも入り込めないよう封鎖」(プーチン)した兵糧攻めの戦術に転換するというニュースがありました。

アゾフスターリ製鉄所は、ソ連時代に作られたウクライナ国内最大の製鉄所で、核攻撃でも耐え得るように地下に要塞を備えているそうです。アゾフスターリ製鉄所は、その名称からもわかるとおりアゾフ大隊の地元(誕生の地)にあり、地下要塞に立てこもっているのはアゾフ大隊を中心とする部隊だと言われています。

しかも、地下要塞には、アゾフ大隊だけでなく、1000人近くの一般市民も避難しているため、世界中のメディアが注視するなか、ブチャの二の舞を怖れるロシア軍も容易に手が出せないというのが真相かもしれません。こう言うとまた「ロシア寄り」と批判されるかもしれませんが、製鉄所を前にして地団駄を踏んでいるロシア軍を見るにつけ、ウクライナ政府のメディア戦略は見事に成功しているように思います。

でも、よくよく考えてみれば、アゾフ大隊の抵抗は一般市民=民間人を盾にした”背水の陣”と言えないこともないのです。ブチャでの「ジェノサイド」キャンペーンで敵を牽制する方法を学んだウクライナ政府は、今回もメディアを使って、「またジェノサイドをくり返すのか」とロシア軍を牽制しているようにも見えます。

製鉄所の地下要塞に避難しているのは、女性や子どもや高齢者が大半のようですが、悲しいな、彼らもまた、「人間の盾」として国家に利用されていると言わざるを得ません。

ホントに戦争に反対して平和を求めるのなら、くり返しになりますが、「国家のために死ぬな」と声を上げるべきでしょう。ロシアとウクライナ双方に対して、「一般市民=民間人を戦争に巻き込むな」「戦争を美談にするな」と言うべきでしょう。私たちは、侵略する国の非道さとともに、国民に銃を渡して総力戦を強いた上に、戦場で戦う国民を英雄扱いする国家の非道さ、いかがわしさも考える必要があるのです。

勝ったか負けたか、(どっちが)敵か味方かではないのです。勝とうが負けようが、敵であろうが味方であろうが、一度きりの人生を戦争で奪われた人々は、決して浮かばれることはないのです。

一方、Yahoo!ニュースには、次のようなCNNの記事が転載されていました。記事は、今回の戦争でも看過してはならない大事な問題を伝えているように思いました。

Yahoo!ニュース
CNN.co.jp
ウクライナに供与した大量の兵器の行方、米国も把握しきれず

(略)長期的なリスクとして、そうした兵器の一部が米国の意図していなかった相手の軍や武装組織の手に渡る可能性があると、米当局者も軍事アナリストも指摘している。


「短期的な保証はある。だが戦争という霧の中に入ればほぼゼロになる」。米国が入手した情報について説明を受けた関係者はそう語る。「短い期間が過ぎれば大きなブラックホールの中に落ち、ほとんど感知できなくなる」


以前、ロシアの政治や経済はマフィアに支配されていると盛んに言われた時期がありました。それがいつの間にか、マフィアがオリガルヒと言い換えられるようになったのですが、それはウクライナも同じです。ウクライナも、ロシアに勝とも劣らないマフィアが支配する社会だったはずです。

私もふと、あのマフィアたちはどこに行ったんだろうと思いました。高潔な愛国人士に生まれ変わり、銃を手に先頭に立って戦っているのでしょうか。まさか、そんなことがあるんだろうかと思います。

戦争終結後、欧米から供与された武器で過激に武装したアゾフ大隊が、イスラム原理主義組織と同じように、ウクライナにとって”獅子身中の虫”になるのではないかと前に書きましたが、それはマフィアのような犯罪組織も同じでしょう。

「ブラックホール」のなかに消えていった大量の武器が、来るべき「全体主義の時代」に、あらたな”戦争の種”を蒔き散らす危険性もなくはないのです。
2022.04.22 Fri l ウクライナ侵攻 l top ▲
私もほぼ2日に一度スーパーに買物に行くのですが、最近の食品や日用品の相次ぐ値上げは尋常ではありません。既に値上げされた商品は6000品目にも上るそうです。しかも、今までと違って値上げの幅も大きいのです。

この値上げをもらたした要因は、言うまでもなく円安です。では、何が今の急激な円安をもたらしているのかと言えば、日米の金利差によるものだと言われています。

今や先進国で金融緩和を続けているのは日本だけです。どうして日本だけが金利を抑制する金融政策を転換しないのか。その背景について、メディアに登場する専門家は誰も説明しません。ただ、円安は、日米の金融政策の違いによるものだと決まり文句を言うだけです。

そのことについて、Yahoo!ニュースのオーサーコメンテーターの山田順氏は、次のように書いていました。

Yahoo!ニュース(個人)
なぜ、円はロシアのルーブルより弱いのか? 誰もズバリ言わない円安の本当の理由。

 金融緩和をやめて、引き締めに転じれば、当然ながら金利は上昇する。インフレに対する金融対策はこれしかない。しかし、そうすると、国債利払い費がかさみ、国家財政が破綻してしまう可能性が現実になる。
(以下、引用はすべて同じ)


つまり、政府日銀の金利抑制策の背景には、危機的なレベルに達している国家財政(莫大な国債の利払い負担)の問題が伏在しているというわけです。政府の失政のために、国民の生活が犠牲になっているのです。

昨日(20日)も、日銀は指定した利回りで国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」(公開市場操作)を行ったという報道がありました。ただ、日銀が買った国債に利払いは生じませんので、この場合は、日銀がお札を刷って政府の借金を帳消しにしているだけです。言うなれば、MMTを実践しているようなものです。しかし、それだけあらたに刷ったお札が市中に出回ることになるので、さらなる円安&インフレ要因になるのは素人でもわかります。

もちろん、市中に出回ると言っても、空中からばら撒かれるわけではないので、私たちの懐に直接入るわけではありません。学校の教科書では、経済の法則でまわりまわって懐に入って来ることになっていますが、賃金の実状からもわかるように、実際はまったくまわって来てないのです。

東京はときならぬ再開発ブームで、まるで競い合うように超高層ビルがあちこちに建てられていますが、そんな異様な光景と今の”金余り”は無関係ではありません。市中に出回ったお金はそういったところに集中的に注がれているのです。政府と日銀は、自国の通貨の価値を下げながら、そうやって不動産バブルを煽っているのです。

でも、超高層ビルのなかで働いている人間の半分は非正規雇用です。建物だけは立派でオシャレだけど、働いている人間たちの生活はちっとも豊かではないしオシャレでもないのです。それが今の日本の現実です。

しかも、円が安くなっているのはドルだけではないのです。ユーロや人民元、さらには経済制裁を受けている(はずの)ロシアのルーブルに対しても安くなっているのです。「そんなバカな」と言われるかもしれませんが、「そんなバカな」ことが現実に起きているのです。

ただ一方で、円安がアメリカとの金利差に連動していることもからわかるように、ロシアのウクライナ侵攻と同じように、アメリカが超大国の座から転落して世界が多極化するという世界史の書き換えと無関係でないのも事実です。対米従属の所産という側面も忘れてはならないのです。

ロシアが原油や石炭や天然ガスなどの支払いをドルではなくルーブルに変えるように各国に要請したというニュースを前に伝えましたが、そこにあるのも世界経済の基軸であったドル(建て)からの脱却です。ウクライナ侵攻をきっかけに、ロシアも公然とその姿勢をあきらかにしたのでした。

 かつて世界の産油国は、石油取引で手にした莫大なドル収入を、ロンドンを中心とした世界中のオフショア金融市場を通じてドル建て金融商品で運用してきた。その最大の金融商品は、アメリカ国債だった。

 つまり、世界の資産はほぼドル建てであり、グローバル企業も富裕層も、みなドルで資産を運用してきた。ロシアのオリガルヒも同じだ。

 しかし、いま、その体制がウクライナ戦争をきっかけに崩れようとしている。バイデン大統領が、「軍事介入はしない」と言って、ロシアのウクライナ侵略を許したために、こんなことになってしまった。この老大統領は、ドルの価値を低下させ、アメリカの世界覇権を失わせつつあることに気がついているのだろうか。


気がついてないわけがなく(笑)、もはやそれしかアメリカの生きる道はないからです。

 アメリカはなぜ、イタリアやテキサスより小さい約1兆5000億ドルのGDPしか持たないロシアを脅威としたのか? ただ、核を持っているだけで、軍事費にいたってはアメリカの10分の1である。

 そんな国のために、アメリカが世界覇権を失い、ドルが基軸通貨から転落するとしたら、世界は無秩序になる。


それが多極化ということなのです。金との兌換通貨でもないドルが、いつまでも基軸通貨でいられるわけがないのです。金本位制から変動相場制に移行しても、ドルが実質的な基軸通貨でありつづけたのは、圧倒的な経済力と軍事力を背景にした”経過処置”にすぎなかったのです。

最新版の2021年「世界の一人当たり名目GDP国別ランキング」(IMF発表)によれば、日本は28位です。一方、韓国は30位でまだ韓国に追い抜かれていません(「一人当たり購買力平価GDP」では2019年に既に抜かれています)。ちなみに、2000年は2位、アベノミクスが始まる前の2012年でも13位でした。アベノミクス以降、それだけ日本の経済力は落ちているのです。

一方、2000年から2018年の「一人当たり名目GDP成長率」は、中国が12.9%、韓国が5.7%、アメリカが3%なのに対して、日本は0.7%と際立って鈍化しています。これでは、「世界の一人当たり名目GDP国別ランキング」も、国民の平均年収と同じように、早晩、韓国に抜かれるのは間違いないでしょう。

賃金も然りで、2000年から2020年までの20年間で、各国の賃金は1.2倍から1.4倍に上がっていますが、日本だけが横ばいでほとんど上がっていません。にもかかわらず、急激な円安で円は20年前の水準まで下落、物価が急上昇しているのです。単純に考えても、益々生活が貧しくなり格差が広がるのは目に見えています。当然の話ですが、国の経済力が衰えるというのは、それだけ国民が貧しくなるということでもあるのです。

 円安は円が売られるから起こる。しかし、いまの円安は、円売りではなく「日本売り」だ。日々、経済衰退する国の通貨を、投資家はもちろん、誰も持ちたがらない。


この現実をどうして日本人は見ようとしないのか。それが不思議でなりません。韓国に抜かれる悔しさもあるのかもしれませんが、まるで見ないことが「愛国」であるとでも思っているかのようです。前の記事で書いた高齢者の貧困問題と同じように、みんな目を遠ざけて問題を先送りしているだけです。
2022.04.21 Thu l 社会・メディア l top ▲
先日、新宿三丁目駅で副都心線に乗ろうとしたら、突然、後ろにいたおばあさんから「これは新丸子に行きますか?」と訊かれました。それで、「はい、行きますよ」と言ったら、おばあさんも私の後につづいて電車に乗ってきました。見ると、80歳近くになろうかというかなり高齢のおばあさんでした。

ちょうどシルバーシートがある乗車口だったのですが、シルバーシートは初老のおっさんやおばさんとスマホ中毒の若者に占領されていました。休日になるとこれに子ども連れのファミリーが加わるのですが、いづれも電車の座席に座ることが人生の目的のような人たちです。

私とおばあさんは、ドアを間にして向い合せに立ったのですが、おばあさんはドアの横の手すりに身を持たせるように立っていました。そして、心許ない手付きでショルダーバックから手帳を取り出すと、それを読み始めたのでした。私は最初、文庫本かなと思ったのですが、文庫本ではなく同じサイズくらいの手帳でした。

電車が揺れるので、手すりにしがみつくように掴まり如何にも読みにくそうにしながら、上体を折り曲げるようにして読んでいました。

なんだろうと思って手帳を目をやると、人体のようなイラストがあり、その下にびっしり文字が書き込まれていました。ただ、私の距離では何が書いているのか判別できませんでした。

東横線に乗り入れている新副都心線は、新宿三丁目の先の北参道や原宿・表参道で降りる客が多くていっきに車内が空くのですが、やはり、北参道をすぎるとシルバーシートに空きができました。しかし、おばあさんは座ろうとせず、相変わらず手帳に目をやっているだけです。

これは決してオーバーではなく、私は今まで、あんな高齢者が電車でずっと立っている姿を見たことがありません。あり得ないとさえ思いました。しかも、原宿・表参道の先は渋谷なので、また電車の座席に座ることが人生の目的のような人たちが目を血走らせて乗ってきます。

私は、おっせかいかなと思いつつも、「うしろの座席が空きましたよ」と言いました。しかし、おばあさんは「ありがとうございます」と言って座ろうとしません。そのうち電車は渋谷駅に着きました。案の定、ニワトリのように首をキョロキョロさせ目を血走らせた人々が乗り込んでくると、座席はあっという間に埋まってしまいました。

新宿三丁目から乗ったのは各駅停車だったのですが、各駅停車は渋谷までで、渋谷から先の東横線内は急行になりますという車内放送がありました。となれば、新丸子は急行は停まらないので、自由が丘で各駅停車に乗り換えなければなりません。

私はおばあさんに近づいて、「渋谷から急行になりますので、自由が丘で各駅に乗り換えてください。新丸子は急行は停まりませんので」と言いました。おばあさんは、半分きょとんとした感じでしたが、「はあ、そうですか。ありがとうございます」と言ってました。

しかし、不安なのかそれから反対側のドアの上にある路線図にしきりに目をやっていました。そして、電車が次の中目黒駅に着く寸前でした。突然、おばあさんは私に向って「どうもご親切にしていただいてありがとうございました」と言って頭を下げ、ドアの方に身体を向けて見るからに降りる体勢を取ったのでした。

私はあわてておばあさんに近づいて、肩を叩きながら、「次は中目黒ですよ」「ここで乗り換えてもいいけど、自由が丘まで行けばホームの反対側に各駅停車が停まってますので、自由が丘で乗り換えた方がいいですよ」と言いました。そして、おばあさんが不安に思っているようなので、「私も自由が丘で乗り換えますので大丈夫ですよ」と付け足しました。

そうするうちに、電車は中目黒駅に到着しました。中目黒も乗降客が多いので、再びシルバーシートに空きができました。それで「座ったらどうですか。自由が丘に着いたら案内しますので心配しなくていいですよ」と言いました。すると、「どうもありがとうございます」と言って、やっと座席に腰を下ろしたのでした。

やがて電車は自由が丘の駅に着きました。私は、座席から立ち上がると、おばあさんに向かって「自由が丘に着きましたよ」と言いました。ドアに向って立っていると、後ろから「お上りさんなので何にもわからなくて」というおばあさんの声が聞こえてきました。シルバーシートの横に座っていた人にそう言ったようです。

「お上りさん」ということは東京に住んでいるんじゃないんだ、だから不安そうにしていたんだなと思いました。ただ、服装はとても地方から来たとは思えないような普段着です。しかも、エコバックのような布袋を手に持ち、肩からやはり布製のかなり使い古された感じの小さなショルダーバッグをたすき掛けに下げているだけです。「お上りさん」ならもっと他所行きの恰好をしているだろうにと思いました。

自由が丘駅に着いて、反対側のホームに停まっている各駅停車のドアのところまで一緒に行って、「これに乗って三つ目の駅で降りてください。三つ目が新丸子ですから」と言いました。おばあさんは「どうもありがとうございました。ご親切にしていただいて助かりました」と何度も頭を下げていました。私も同じ電車に乗るのですが、ちょっと照れ臭かったので、おばあさんと別れて隣の車両に乗りました。

電車が新丸子駅に着いたとき、注意して外を見ていたら、ホームに降りてエスカレーターの方に歩いて行くおばあさんの姿がありました。それを見て、ホッとしたものの、取り越し苦労症の私は、同時に不安な気持も湧いてきたのでした。

どうして「お上りさん」のおばあさんがひとりで新宿三丁目から新丸子まで行くのか。「お上りさん」と言いながら他所行きの恰好をしてないのはどうしてなのか。あの手帳は何なのか。

それからというもの、私の妄想は膨らむ一方でした。もしかしたら、おばあさんは認知症だったのではないか。あるいは、振り込め詐欺に遭って新丸子までお金を持って行くように指示されたのではないか。いや、カルト宗教の信者で、新丸子周辺での布教を指定され、それで向ったのかもしれない。あの奇妙な手帳は、講義を受けたときにメモした個別訪問の際の問答集が書かれているのではないか。

やっぱり、もっと詳しく新丸子に行く用事を訊くべきだったかもしれない。新丸子の駅に一緒に降りて、最後まで見届けるべきだったかも。とうとうそんなことまで考えて、後悔の念さえ覚える始末でした。

その数日前に、高齢者問題を扱った「NHKスペシャル」でも取り上げられたことがある某都営団地に行く機会があったのですが、そこで見たのはあまりにも哀しく切ない、そして、身につまされる老人たちの姿でした。そんな老人たちが目の前のおばあさんにオーバーラップして、余計気になったのかもしれません。

高齢者の老後まで、経済合理性=自己責任の論理で語られ、社会からまるで棄民のように扱われる老人たち。無防備な環境のなかで、悪徳訪問販売やカルト宗教の餌食になったり、既に自力で生活する能力を失った認知症の老人が、都会の団地の一室でまるで人目を忍ぶかのように暮らす光景。しかも、一人暮らしの老人も多いのです。

高齢者の老後に暗い影を落としているのが貧困です。生活保護受給世帯のうち、約半数は65歳以上の高齢世帯です。しかも、そのうち約90%が一人暮らし世帯です。そのように、とりわけ一人暮らしの高齢者の貧困問題は深刻です。

労働力の再生産過程から外れた老人たちは、もはや資本主義社会にとっては役に立たない用済みな存在でしかないのです。あとは孤独と貧困のなかで、人生の終わりを待つだけです。それが老後の現実です。

団地で会った高齢者たちは生きる気力さえ失い、ただ毎日をやり過ごしているだけのように見えました。何だか生きていることが申し訳ないとでもいうような感じすらありました。

もちろん、そんな老人たちは私たちの明日の姿です。でも、そう思っている人は少ないのです。多くの人たちは見たくないものとしてあえて目を遠ざけている感じです。そして、そうやって見て見ぬふりをすることが、経済合理性=自己責任の論理で老後を語る社会の冷たさを生み、「老いることが罪」であるかのような老後を強いることにつながっているのです。


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2022.04.17 Sun l 日常・その他 l top ▲
『週刊プレイボーイ』のウェブサイトに、新著の宣伝で大塚英志のインタビュー記事が掲載されていましたが、そのなかで今回のウクライナ侵攻にも言及していました。

ちなみに、大塚英志は、戦時下大衆文化が戦意高揚のために如何に活用されたかという研究をすすめているのですが、新著『大東亜共栄圏のクールジャパン「協働」する文化工作』(集英社新書)もそのシリーズのひとつです。刊行と侵攻が重なったのは、「まったくの偶然」だと言っていました。

大塚英志は、ゼレンスキー大統領の演説について、次のように言っていました。

週プレNEWS
大塚英志氏インタビュー「ウクライナ侵攻から見える戦時の国家宣伝の意図とは」(後編)

大塚   (略)ゼレンスキーが用いている動員の話術みたいなものにも注意が必要です。もちろん、ウクライナのほうが侵略された側だし、対プーチンではゼレンスキーが正しいように見える。それでも、第三者である日本が彼らの宣伝戦に巻き込まれて、今度は自分たちの国の選択を間違えるようではいけない。とくにゼレンスキーの国会での演説が、世論を誘導するためのものとして使われようとしていることには注意すべきです。


大塚   ウクライナ市民が市内にとどまり市街戦のため銃を持つ姿が「美談」として日本でも報じられています。そうした戦争美談報道が、人々の戦争への認識をどう情緒的に作り替え、それが有権者としての政治的選択をどう左右してしまうかについて、私たちは冷静に考えなければいけない。この時代錯誤的な姿が改憲論などに与える影響は大きいでしょう。前提として、戦争に感動を求めたらダメだよという自制が必要だと思いますね。


手前味噌になりますが、これは私自身もこのブログでくり返し書いていることです。しかし、今、私たちの前にあるのは、大塚英志の警鐘も空しく響くような現実です。

ウクライナ(国民)が可哀そうVSプーチン憎しの安直な感情に覆われた日本。まるでウクライナ政府のスポークスマンのような発言をくり返す識者たち。スポーツの試合のように、ロシアは敵、ウクライナは味方の論理で戦況を解説する軍事ジャーナリストたち。そこにあるのは善か悪か、敵か味方かに色分けされた二項対立の身も蓋もない風景です。

そういった「戦時下の言語」によって、非核三原則や専守防衛など戦後この国が堅持してきた平和憲法の理念も、何の躊躇いもなく捨て去ろうとしているのでした。ロシアの振り見て我が振り直せではないですが、侵略戦争の反省もどこかに行ってしまったかのようです。

もちろん、それは、右派の話だけではありません。言い方は多少異なるものの、立憲民主党も含めた野党も同じです。むしろ、彼等こそ、この空気をつくり出していると言ってもいいでしょう。

最近、防衛省の防衛研究所の研究員が頻繁にテレビに出演して戦況を解説するという奇妙な現象がありますが、防衛研究所は防衛省直轄の研究機関です。彼らは、間違ってもフリーハンドで解説しているわけではないのです。そこに国家のプロパガンダがないとは言えないでしょう。

これでは大塚英志のような主張も袋叩きに遭うのがオチです。「言論の自由なんてない、あるのは自由な言論だけだ」と言ったのは竹中労ですが、ウクライナ(国民)が可哀そうVSプーチン憎しの感情に囚われた(ある意味で)「善意」の人々は、みずからの感情に少しでも棹さして逆なでするような異なる意見=自由な言論に対して、いつの間にか「ロシアの手先」「陰謀論」というレッテルを貼り牙を剥きだして襲いかかるほどエスカレートしているのでした。こういうのを「善意のファシズム」というのではないか。

私は、前の記事で、戦争に反対するには人々の個別具体的なヒューマニズムこそが大事だと言いましたが、それと今のウクライナ(国民)が可哀そうVSプーチン憎しの感情は似て非なるものです。何故なら、ウクライナ(国民)が可哀そうVSプーチン憎しの感情のなかには、国家の論理=「戦時の言語化」が混在しているからです。だから、一方で、戦時体制を希求するナショナリズムやロシア人に対するヘイトクライムに向かわざるを得ないのです。何度も言いますが、国家に正義なんてないのです。

「あまりにひどい」として、ネットで袋叩きに遭った『アエラ』(3/21号)の的場昭弘神奈川大副学長と伊勢崎賢治東京外語大教授の対談「糾弾だけでは停戦は実現せず」を読みましたが、どこが「ひどい」のかまったくわかりませんでした。

伊勢崎   (略)(NATOは)軍事支援はするものの、届ける確証のないまま、外野席からの「戦え、戦え」という合唱ばかりでウクライナ人だけに戦わせている。非常に歪な構造です。何故「停戦交渉」を言わないのか。
的場   (略)ゼレンスキーのほうはショーをやってしまっている。ぼろぼろの服を着て、追い込まれて大変だという雰囲気を醸し出しながら、民衆には「武器を持って戦え」と。国家同士なら状況次第で降伏しますが民衆は降伏しませんから、どんどん犠牲者が増えてしまう。民衆には絶対銃を渡しちゃだめなんです。そこを煽れるのが彼が役者出身だからというのが皮肉な話ですが。


このように、両人は、どうすれば「一日も早く停戦を実現」できるかについて、至極真っ当な意見を述べているに過ぎません。その前にどっちが悪いか、どっちが敵でどっちが味方かはっきりしろ、と言う方が異常なのです。

的場    私は、ウクライナは中立化するしか生きる道はないと思います。地理的にさまざまな国や民族が行き来し、ときに土足で踏みつけられてきた「ヨーロッパの廊下」のような存在です。ロシアにとってNATO、EU(欧州連合)との緩衝国家(クッション役の果たす国家)でもあります。さらにウクライナを流れるドニエプル川、ドネツ川はロシアへつながり、黒海から入った船はこれらを上がってロシアへ行く。ウクライナがここを「占領」することは難しく、中立化して「開けて」おかないといけないんです。
伊勢崎   そこは国民の意思を越えたところでの「宿命」ですね。ウクライナは緩衝国家を自覚するしかない。西、東、どちらに付くかで、市民は死んではならないのです。日本でも「ウクライナを支持する」として「反戦」を訴えている人がいます。私は違和感がある。悲惨な敗戦を経験した国民なら、なぜ「国家のために死ぬな」と言えないのか。


政治家たちはさかんに「ウクライナに寄り添う」「日本はウクライナとともにある」と言ってますが、そういった扇動(文字通りの動員の思想)は、一方で、この対談にあるような”客観的な視点”はいっさい許さないという、日本社会特有の同調圧力(感情の強要)を誘発しているのでした。

伊勢崎氏は、(日本国民は)「国家のために死ぬな」となぜ言えないのかと言ってましたが、「ウクライナに寄り添う」「日本はウクライナとともにある」と言う政治家たちは、「国家のために死ぬことは美しいのだ」と言いたいのがミエミエです。

某軍事ジャーナリストは、みずからのツイッターで、「ヨーロッパの廊下」や「宿命」ということばだけを切り取ってこの対談に罵言を浴びせていましたが、それも同調圧力に便乗したきわめてタチの悪いデマゴーグと言うべきでしょう。戦争は、軍事ジャーナリストにとってバブルのようなものなので、「勝ったか負けたか」「敵か味方か」を煽ることで自分を売り込んでいるつもりかもしれませんが、それが彼らをしておぞましく感じる所以です。

案の定、ヤフコメなどは、軍事ジャーナリストの口真似をした俄か軍事評論家たちによる、”鬼畜露中”の痴呆的なコメントで溢れているのでした。戦争のような悲惨なニュースであればあるほど、それをバズらせてマネタイズすることしか考えてないYahoo!ニュースはニンマリでしょうが、これではどっちが”鬼畜”かわからないでしょう。
2022.04.13 Wed l ウクライナ侵攻 l top ▲
今日、朝日新聞にロシアのペスコフ大統領報道官が、イギリスのテレビ局のインタビューで「ロシア軍は多大な損失を被った。我々にとって大いなる悲劇だ」と語ったという記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
ロシア大統領報道官「多大な損失、大いなる悲劇」 自軍の苦戦認める(有料会員記事)

たしかに記事にあるように、「ロシア側が自軍の苦戦を認めるのは珍しい」のですが、私が注目したのではそこではなく、次のような箇所です。

 ロシア国防省は3月25日時点で1351人のロシア兵が死亡したとしている。一方、ウクライナ軍参謀本部は今月8日の発表で1万9千人のロシア兵を殺害したと主張している。


ロシアのプロパガンダばかりが取り沙汰されていますが、ウクライナだってプロパガンダを流しているはずです。戦争とはそういうものでしょう。

私たちは、いわゆる”西側”の情報に接しているので、ロシアだけがウソを吐いていると思っていますが、両方ウソを吐いている場合もあるのではないか。

上記の戦死者数がそれを示しているように思います。出来る限り数を少なく発表して被害を小さく見せるロシアと、逆に数を盛って戦果を強調するウクライナの姿勢の違いが、この二つの数字によく表われているように思います。

キーウ(キエフ)周辺からロシア軍が撤退したニュースも、ウクライナ側から言えば「撃退」したことになるのです。たしかに侵略者がいなくなったので「解放」されたのは事実だし、ロシアの作戦がウクライナ軍の抵抗で「うまくいかなかった」と見ることができるかもしれませんが、「撃退」したというのはいささかオーバーな気がします。ロシアがウクライナ東部での戦いに傾注するために撤退したというのが真相でしょう。

ブチャのジェノサイドで、ロシア軍に銃殺され路上に放置された遺体のなかに、白い腕章をした遺体があったというニュースを見て、私は、白い腕章って何だろうと思い調べてみました。

腕章と言ってもただの布切れですが、田中宇氏によれば、市街戦では敵と味方を見分けるために、ウクライナ側の住民は青い腕章を巻いているそうです。他の映像を見ると、たしかにウクライナ軍の兵士たちは青い腕章を巻いていました。一方、白い腕章は、文字通り白旗を上げたもので、ロシア軍に降参して恭順の意を示した印なのだそうです。白旗を上げるというのが万国共通だとは思いませんでしたが、となれば、白い腕章を巻いた遺体は、ロシア側に寝返ったとして処刑された可能性もなくはないのです。

もちろん、ロシア軍の虐殺や略奪や性暴力は事実でしょう。キーウに入って精力的に取材している田中龍作ジャーナルの記事などを見ても、ロシア軍の蛮行は弁解の余地がありません。

参考サイト:
田中龍作ジャーナル

ブチャの遺体がウクライナの「自作自演」だというロシアの主張があまりに荒唐無稽で、お話にならないのは言うまでもありません。

しかし、だからと言って、ウクライナ軍は、ロシア軍と違って聖人君子のような軍隊なのかという疑問があります。ロシア軍が撤退したあとにブチャに入ってきたウクライナ軍のなかにはアゾフ大隊も含まれていたと言われます。アゾフ大隊は、まるでヒットラーの時代を彷彿とするようなネーミングの国家親衛隊に所属しており、通常の軍事行動以外に、治安維持や工作員の摘発など”国家警察”としての役割も担っているそうです。

前の記事でも書いたように、アゾフ大隊は、国内の少数民族や性的マイノリティーや左派活動家を標的にして暴力を振るったりしていたのですが、それにとどまらず、今回プーチン政権が分離独立を画策しているドネツクやルガンスクなどでは、ロシア系住民を拉致して殺害したり、暴行、拷問などを行ってきたのは公然の事実で、それがロシアに侵攻の口実を与えたという指摘もあるくらいです。そんなネオナチのアゾフが、戦場でお行儀のいい、模範青年のような振舞いをしているとはとても思えません。むしろ、極限状況下では、排外主義的なネオナチの本性をむき出しにしていると考えるのが普通でしょう。

ネットには、住民からウクライナ軍の兵隊の妻だと密告された女性がロシア兵にレイプされ殺害された、という記事が出ていましたが、短期間とは言え、ロシア軍が占領していた間には当然密告を強要されることはあったでしょう。なかには拷問されて取り調べられた人間もいるかもしれません。協力を拒否して銃殺されたケースもあったに違いありません。

今のウクライナは、政党活動が禁止され、国民総動員令で18歳〜60歳までの成人男性の出国も禁止されるなど、民主的な制度が停止された戒厳令下にあります。そして、ウクライナ政府は、国民に武器を渡して徹底抗戦を呼びかけているのです。成人男性だけでなく、武装できない女性や老人たちが、市街戦に備えて火炎瓶や土のうを作っている場面が映像でも流れていました。そうやって昔の日本のように、「民間人」も一丸となって戦えと言っているのです。

武装した民兵が、女性や子どもや老人たちの周辺を警護していることもあるでしょう。あるいは、一部で指摘されているように、民兵が女性や子どもや老人たちを盾に応戦したり、そのなかに紛れて敵を待ち伏せたりすることだってあるかもしれません。戦争なのですから何でもありなのです。

そうなれば、戦闘員と「民間人」の識別も困難になりますし、遭遇した「民間人」が民兵ではないかと疑心暗鬼に囚われるようになるのは当然でしょう。ロシア軍による憎悪を伴った暴力が「民間人」にも向けられるようになったのも、(語弊を招く言い方ですが)当然の成り行きとも言えるのです。一方で、ロシア側に協力した人間が、ウクライナの国家親衛隊から”裏切り者”として処刑されたケースがあったとしても不思議ではないように思います。

「民間人」が虐殺されたのは事実だとしても、今のようにメディアが報道している内容が全てかと言えば、必ずしもそうとは言いきれない現実があるのではないか。ゼレンスキー大統領は、ブチャに外国首脳やメディアを”招いて”、みずから悲惨な現場を案内したりしていますが、今のジェノサイド報道には、情報発信に長けたウクライナ政府による政治的プロパガンダの側面がないとは言えないでしょう。

戦争でいちばん犠牲になるのは女性と子どもと老人だと言われますが、検証のためと称して、まるで見世物のように、いつまでもブチャの路上に並べられている彼らの遺体を見るにつけ、死んでもなお国家の宣伝に使われ、(それが事実だとしても)「可哀そうなウクライナ人」を演じなければならない彼らの不憫さを思わないわけにはいきません。

そう言うと、今回の戦争はロシアの一方的な侵攻からはじまったのではないか、ロシアが侵攻しなかったら住民の虐殺も発生しなかった、だから全てはロシアの責任だ、というお決まりの反論が返ってくるのがオチです。でも、そういった紋切型の解釈で済ませてホントにいいんだろうかと思えてなりません。真相は真相としてあきらかにすべきではないのか。

先日の「モーニングショー」で、コメンテーターの女性が、ゲストで出ていた防衛省の防衛研究所の研究員に、「ロシアはこんなことをしたらもう二度と国際舞台に出て来ることはできないように思いますが、プーチンはそのことをどう考えているんでしょうか?」と質問していました。それに対して、防衛研究所の研究員は、「ロシアの狙いは世界が多極化することなんで、欧米とは別に自分たちの極を造ることしか考えてないのだと思いますよ」というようなことを言ってました。

それは今回のウクライナ侵攻を考える上で大変重要な話だと思いますが、司会の羽鳥慎一はあっさりとスルーして、次のロシアが如何に極悪非道かという話に移っていったのでした。

女性コメンテーターが言う「国際舞台」というのは、たとえば国連やG20のようなものを指しているのかもしれませんが、そういった発想自体が既に古く、世界の多極化を理解してないと言えます。

前からしつこいくらい何度もくり返し言っているように、アメリカが唯一の超大国の座から転落して世界が多極化するのは間違いないのです。そのなかで、大ロシア主義や”新中華思想”やイスラム主義が台頭して、欧米とは違う価値観を掲げる「全体主義の時代」が訪れるのもまた、間違いないのです。今、私たちはそんな世界史の転換(書き換え)の真っ只中にいるのです。

先のアフガンからの撤退や今回のロシア侵攻に対するバイデン=アメリカ政府の”腰砕け”に見られるように、もはやアメリカが唯一の超大国などではなく世界の警察官の役割も果たせなくなったことは、誰の目にもあきらかになっています。今、私たちが見ているものこそ、多極化する世界の光景なのです。

7日に国連総会で採択された国連人権理事会におけるロシアの理事国資格を停止する決議は、賛成が欧米や日本など93カ国、反対はロシアや中国・北朝鮮など24カ国で、採択に必要な投票の3分の2を超えて資格停止が成立したのですが(採決を受けてロシアは理事会から脱退)、投票数に含まれない棄権はインドやブラジルやメキシコなど58カ国にも上ったのでした。中南米やアフリカや東南アジアの多くの国は棄権にまわっています。

私たちが日々接する報道から見れば考えられないことですが、そこからも多極化という世界史の転換を読み取ることができるように思います。敢えて棹さすことを言えば、ロシアは必ずしも世界で孤立しているわけではないのです。

イスラム学者の中田考氏は、先日出演したビデオニュースドットコムで次のように言ってました。

マル激トーク・オン・ディマンド (第1095回)
ロシアのウクライナ侵攻と世界の反応に対するイスラム的視点

(略)中田氏は現在、われわれが「国際秩序」と呼んでいるものは、17世紀以降、西欧を中心に白人にとって都合のいい理屈をいいとこ取りして作られたものに過ぎず、そのベースとなるウェストファリア体制下の主権国家という考え方も、それを支える「自由」や「民主」、「平等」などの概念も、あくまで白人が非白人を支配するために都合よく考え出された概念に過ぎないと、これを一蹴する。

 実際、西欧の帝国主義が世界を席巻する前の17世紀の世界は、「東高西低」と言っても過言ではないほど、オスマン帝国(トルコ)やサファヴィー朝(イラン)、ムガール帝国(インド)、清(中国)などアジアの帝国が世界で支配的な地位を占め、空前の繁栄を享受していた。中田氏はその時代がイスラム教にとっても全盛期だったと語る。しかし、1699年のカルロヴィッツ条約でオスマン帝国が欧州領土の大半を失った後、西欧諸国が帝国主義的な植民地政策によって経済的に優位な立場に立ち、18世紀以降、かつてのアジアの帝国は植民化されるなどして西欧諸国から支配され、好き放題に搾取される弱い立場に立たされた。その関係性はその後の2度の世界大戦を経た後も、大枠では変わっていない。
(概要より)


同時に、私たちがいる”西側世界”も、「全体主義の時代」に引き摺られるかのように、政治は右へ全体主義の方へ傾斜しています。ヨーロッパでは極右政党が台頭しており、明後日(10日)から始まるフランス大統領選挙でも、ロシア寄りの極右・国民連合のルペン候補が現職のマクロン大統領を「猛追」しているというニュースがありました。ハンガリーでは、4月3日に行われた総選挙で、政権与党が勝利して、右派で強権的なオルバン政権が信任されています。ハンガリーはEU加盟国ですが、ウクライナに武器の提供はしないと明言していますし、ロシア産原油の支払いをプーチンの要請に従ってルーブルに変更することを決定しています。それどころか、アメリカでも、バイデン政権が一期で終わるのは必至で、もしかしたら共和党を簒奪したトランプの復活もあるのではないかと言われているのです。

右へ傾斜しているという点では、日本も例外ではありません。野党の立憲民主党まで含めて、戦争に備えるために、防衛予算を増やして非常時に対応した現実的な安保政策を再構築すべきだという声が大きくなっています。東浩紀が称賛したように、国家がどんどん際限もなくせり出して来ているのです。それが国民の基本的な権利の制限と表裏一体であるのは言うまでもありません。でも、世論もそれを容認しているように見えます。

メディアも国民も、戦争が長引くにつれ、益々安直にプーチン憎し、ウクライナが可哀そうの敵か味方かの二項対立で戦争を語るようになっているのです。でも、それでは目には目を歯には歯の復讐律しか生まないでしょう。政治家たちが短絡的なナショナリズムを振りかざして悪乗りしているように、それこそが動員の思想と言うべきなのです。

マイケル・ムーアが言うように、ウクライナ侵攻におけるメディアの戦争プロパガンダは、戦争主義者たちにとって”願ってもない成果”をもたらしつつあるのです。バイデンの再三に渡る挑発的な発言は、どう見ても戦争を煽っている(火に油を注いでいる)としか思えませんが、何故かそう指摘するメディアはありません。これでは、常に敵を必要とする産軍複合体は笑いが止まらないでしょう。
2022.04.08 Fri l ウクライナ侵攻 l top ▲
岸田首相の特使として、ウクライナの避難民支援のためにポーランドを訪問していた林外務大臣は、昨日(日本時間4日)、日本行きを希望する避難民20名を政府専用機の予備機に乗せてワルシャワを出発。今日(日本時間5日)、羽田空港に到着するそうです。

このニュース、なんだか人道支援に積極的に取り組む日本政府の姿勢をアピールするパフォーマンスのように思えてなりません。政府専用機で避難民を移送するなどという、こんな大仰なやり方をするのは日本だけです。

しかし、定員が150人の予備機に乗れるのは僅か20名。自力で渡航手段を確保するのが困難な人というだけで、その選定基準も定かではありません。なかには、日本のアニメにあこがれて、日本でマンガを学びたいという若い女の子も含まれているようです。

昨夜放送された「報道ステーション」によれば、その女の子は前にメインキャスターの大越健介氏の現地取材に出たことがあるそうです。それで、アピールするのに好都合だとして選ばれたのではないか、と余計なことまで考えてしまいました。

国外に避難したウクライナ人は既に400万人を越えていますが、そのうち日本が受け入れたのは3月30日現在で337人(速報値)です。言うまでもなく高額な渡航費(飛行機代)がネックになっているからです。

政府専用機で避難民を運ぶというのなら、1回きりでなく、それこそ何度でもピストンで運べばいいように思いますが、そういった予定はないようです。

各自治体が、避難民を受け入れます、公営住宅を用意してサポートします、とアピールしていますが、それも地方都市では10人とかそれくらいを想定しているにすぎません。大きいのは掛け声だけなのです。

日本政府の方針は、渡航費はあくまで自分で用意するというのが原則です。遠くて渡航費が高額なのを幸いに、そうやって避難民が押し寄せるのをコントロールしているような気がしてなりません。

2020年12月現在、日本にいるウクライナ人は1867人で、そのなかで1404人が女性です。女性が多いのは、ロシアンパブ(外国人パブ)などで働く出稼ぎのホステスなどが多いからかもしれません。そこにも平均年収が日本の5分の1以下というウクライナの現実が投映されているような気がします。

ニュースなどを見ると、日本政府は避難民の多くは日本にいる親戚や知人を頼って来ると想定しているようです。本音はなるべく縁故のある人間だけにしてもらいたいということかもしれません。

でも、日本人の受け止め方はきわめて安直で情緒的です。避難民が迎えに来た親戚と空港で抱き合うシーンに胸を熱くして、日本政府の人道支援に対して、日本国民として誇らしい気持すら抱いているかのようです。そこに冷徹な政治の思惑がはたらいていることは知る由もないし、知ろうともしないのです。

私たちは、可哀そうなウクライナ人VS憎きロシアのプーチンの感情のなかで、いつの間にか「戦時下の言語」でものを考え、語るようになっているのです。そうやって、メディアによる「戦争の『神話化』」(藤崎剛人氏)に動員されているのです。誤解を怖れずに言えば、ウクライナのためにキーウ(キエフ)に残って戦うゼレンスキー大統領が「英雄」に見えたら、それはもうアゾフと心情を共有していると考えていいでしょう。

作家の津原泰水氏のTwitterで知ったのですが、映画監督のマイケル・ムーアは、ポッドキャストでウクライナをめぐるマスコミ報道を次のように批判していたそうです。

長周新聞
米映画監督マイケル・ムーアが批判するウクライナ報道 「戦争に巻き込もうとする背後勢力に抵抗を!」

 ゼレンスキーの演説は強く感情的なものになるだろうが、その背後に私の知っている者たちがいる。私たちを戦争に引き込もうとしている奴らがいるが、それはプーチンのような人々ではない。

 私は、旧ソビエト連邦とソ連崩壊後のロシアを訪問したことがある。その時に数回プーチン氏と顔を合わせて、ウクライナについて考えを聞いたこともある。その時のプーチンの考えと今のプーチンの考えは、何も変わってはいない。

 変わったのは、私たちを戦争に引きずりこもうとしている奴が出現したことだ。それは政治家、マスメディア、戦争で何千万、何億ドルともうけようとする軍需企業だ。私たちは、「われわれはウクライナに行かねばならない。われわれは戦争しなければならない」という内側からの誘惑に対して抵抗しなければならないのだ。

 アメリカは第二次世界大戦後の75年間に世界で暴虐の限りを尽くしてきた。それらは朝鮮、ベトナム、カンボジア、ラオス、中近東諸国。中南米ではチリ、パナマ、ニカラグア、キューバ。第一次イラク戦争とそれに続くグロテスクなイラク戦争、アフガニスタン戦争など数えたらきりがない。

 アメリカはイラクで、アフガニスタンで100万人もの人々を殺し、多くの米兵が死んだ。その陰には息子を失った親、夫を失った妻、父親を失った子どもたちがいる。もはや、アメリカ人は戦争することは許されないのだ。

 私はアメリカのテレビがどんな放送を耳や目に押し込んでいるかを確認するとき以外はスイッチを切っている。テレビは毎日、毎日、悲しいニュースばかり流している。道路の死体や子どもたちを見せて、ひどいひどいと刷り込むことであなたの心をむしばんでいく。悲しければ、悲しいほど、大衆洗脳と戦争動員プロパガンダ効果があるのだ。


今もキーウ(キエフ)近郊のブチャで、410人の民間人とみられる多数の遺体が見つかったというニュース映像がくり返し報じられ、欧米各国もロシア軍によるジェノサイドだとしてロシアを強く非難、対ロ制裁をさらに強化すべきだとの声が高まっています。

このロシア軍の行為を民間人や民間施設を攻撃することを禁止したジュネーブ条約に違反する「戦争犯罪」だと非難しているのですが、しかし、戦場の極限下において、そういった条約がどれほど効力を持つのかはなはだ疑問です。不謹慎かもしれませんが、「戦争ってそんなもんだろう」「お行儀のいい戦争なんてあるのか」「それを言うなら戦争そのものが犯罪じゃないのか」と言いたくなります。

ジェノサイドがセンセーショナルに報じられることによって、欧米にさらなる制裁を促して和平交渉を有利に持っていくという意図がまったくないとは言えないでしょう。

もちろん、ロシア政府は、フェイクだ、ウクライナの演出だ、とお得意の謀略論を展開してジェノサイドを否定しています。日本でも安倍晋三元首相に代表される右派が、先の戦争での南京大虐殺や従軍慰安婦を否定していますが、それと同じです。そうやって戦争犯罪を否定することが愛国者の証しなのでしょう。

だからと言って、ロシアを非難するヨーロッパの口吻も額面通りに受け取るわけにはいかないのです。EU加盟国は、ここに至っても未だにロシアから天然ガスや石油の供給を受けているのです。ちなみに、2020年度にロシアがパイプラインで外国に送った天然ガスの84.8%がEU向けだそうです。『エコノミスト』(毎日新聞)によれば、「侵攻後25日間でEUがロシアに支払った輸入総額は(略)160億ユーロ(約2兆円)を超えている」そうです。

なかでもドイツとフランスの依存度が高く、ドイツが輸入した天然ガスの55.2%はロシアからノルドストリーム1(NS1)という海底パイプラインを使って供給を受けたものです。現在もノルドストリーム1は稼働しています。ロシアからの天然ガスの供給がストップすれば自国の経済が大混乱に陥るので、それだけはなんとしてでも避けなければならないというのがドイツなどの本音なのでしょう。もちろん、その背後には、ロシアとの貿易で巨利を得ているコングロマリットの意向もあるでしょう。

戦争ほど理不尽でむごいものはありません。「民間人」に被害が及ぶのは、知らないうちに自分たちが味方の軍隊の盾にされているからということもあるのですが、戦争でいちばんバカを見るのは「民間人」と呼ばれる市井の人々です。それこそ自力で避難する手段を確保することができずに戦場に取り残された人たちなのです。それが戦争の本質です。戦争がどんなかたちで終結を迎えようと、犠牲になった無辜の人々は浮かばれることはないのです。

「祖国のために」末端の兵士が憎悪をむき出しにして殺し合い、市井の人々が進駐してきた敵の兵士に殺害されたり拷問されたりレイプされたりする傍らで、国家の中枢にいる権力者や資本家たちは、みずからの延命や金儲けのために、落としどころを見つけるべく、戦闘相手国と丁々発止のかけ引きを行っているのです。もちろん、市井の人々の悲劇も、かけ引きの材料に使われているのは言うまでもありません。

井上光晴は、『明日』という小説で、長崎に原爆が投下される前日、明日自分たちの身に降りかかって来る”運命”も知らずに、小さな夢と希望を持ってつつましやかでささやかな日常を送る庶民の一日を描いたのですが、私は、今回の戦争でも、『明日』で描かれた理不尽さややり切れなさを覚えてなりません。

しかも、マイケル・ムーアが言うように、戦争がビジネスになっている現実さえあります。戦争では日々高価な武器が惜しみなく消費されるので、軍需産業にとってこれほど美味しい話はないのです。今回の戦争にも、そういった資本主義が持っている凶暴且つ冷酷な本性が示されているのです。それが西欧の醜悪な二枚舌、ダブルスタンダードを生み出していると言えるでしょう。

私たちは、メディアの戦争プロパガンダに煽られるのではなく、冷静な目で戦争の現実とそのカラクリを見ることが何より大事なのです。
2022.04.05 Tue l ウクライナ侵攻 l top ▲

昨日、みなとみらいのランドマークタワーに行ったら、イベント用のスペースでウクライナ支援の募金と演奏会が開かれていました。募金箱が置かれ、寄せ書きをするコーナーもありました。看板を見ると、ウクライナのオデッサ州と友好関係を結んでいる神奈川県が主催した支援のイベントだそうです。ちなみに、横浜市も、オデッサ州の州都であるオデッサ市と姉妹都市になっています。

ウクライナは、現在、国民総動員令が施行され、18~60歳の男性の出国が禁止されているため、避難している人の9割は女性と子どもだそうです。また、高齢者が少ないのは、体力的な問題とともに経済的な問題もあるからでしょう。避難するにもお金がかかるのです。

避難した人たちの話を聞いても、子どもの将来を考えて、子どもだけでも安全なところに避難させたいと考えた家庭が多いことがわかります。そのため、自宅に残りロシア軍の攻撃に晒されている祖父母や両親などを心配し後ろめたさを口にする避難民も多いのです。

自分たちの身近を考えても、寝たきりや一人暮らしの老人などが動くに動けないのはよくわかります。また、経済的に困窮している人たちにとって、避難がとても叶わぬことであるのは容易に想像がつきます。

まして、ウクライナは、お世辞にも豊かな国とは言えません。ロシア侵攻前の直近(2022年1月)のウクライナの平均年収は、日本円に換算するとおよそ636,000円です。ちなみに、日本(2022年)の平均年収は4,453,314円(中央値3,967,314円)です。ウクライナの年収は日本の5分の1以下なのです。そんな国の国民のなかで、子どもの将来のことを考えて避難できるのはごく一部の恵まれた、あるいは運のいい人たちの話にすぎないでしょう。

平均年収が60万円ちょっとしかない国の国民が、家族3人なら100万円以上もかかる飛行機代を払って日本に来るなど、援助してくれる人がいない限り、とても無理な話なのです。

東欧にネオナチが多いのも、反ソ連=反ロシアの感情以外に、貧困の問題もあるような気がします(一方で、ロシアにも大ロシア主義に憑りつかれレコンキスタの幻影を追い求める「ロシア帝国運動」のようなネオナチが存在します。そのことも強調しておかなければなりません)。

大半の国民たちは、銃弾が飛び交うなか、恐怖と不安と空腹で眠れる夜を過ごしているのです。ロシア軍に包囲され孤立した街では、餓死する市民も出ているという話さえあります。

逃げたくても逃げることができない人々。そんな戦場に取り残された人々こそ戦争のいちばんの犠牲者と言えるでしょう。まるでスポーツの試合のように戦況を解説する軍事ジャーナリストたちの話を聞いていると、がれきの下で息をひそめて日々を過ごしている人々の存在をつい忘れてしまいそうになります。

前も書いたように、国家が強いる敵か味方かの二項対立の”正義”に動員されないためには、メディアのステレオタイプな視点とは別の視点から今の事態を見ることも必要です。そう考えるとき、半ばタブーになっているウクライナのネオナチの存在も無視することはできないのです。もちろん、だからと言って、ロシアの蛮行が正当化されるわけではありませんが、ウクライナのネオナチの存在が、ロシアにウクライナ侵略(実際はウクライナ併合の野望)の口実を与えたことは否めないように思います。

ウクライナのアゾフ大隊は、アメリカのCIAやヨーロッパの情報機関だけでなく、日本の公安調査庁の「国際テロリズム要覧」でも取り上げられているウクライナのネオナチ組織です。しかし、現在、アゾフはウクライナ国防省の指揮下に置かれ、今回の侵攻でも民兵として大きな役割を担い、その戦いぶりで英雄視されるまでになっているのでした。
※4月8日、公安調査庁は「国際テロリズム要覧2021」からアゾフ大隊に関する記述を削除しました。日本でもこうして「戦時下の言語」に塗り替えられているのです。

昨日のテレビ朝日の「サンデーステーション」でも、アゾフ大隊は「国家親衛隊」の一員として紹介され、マクシム・ゾリンなる司令官のインタビューが放送されていました。軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏は、番組のなかで、「アゾフはナショナリストで極右ではあるけれど、ネオナチではない」とわけのわからないことを言っていました。

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ANNnewsCH
【独自】ロ軍が敵視する「アゾフ連隊」司令官が語る(2022年3月27日)

出版社のカンゼンが、『ULTRAS』と『億万長者サッカークラブ』というサッカー関連の本のなかで、ロシアとウクライナのとんでもなく過激なサポーターをルポした章を2週間限定で無料公開しているのですが、そのなかでアゾフのことが詳しく書かれていました。

note
【全文公開】『ULTRAS』第8章 ウクライナ 民主革命を支えた極右勢力のこれから

ちなみに書名になっている「ULTRAS(ウルトラス)」というのは、フーリガンと同じようなサッカーの熱狂的なサポーターを指すことばです。日本では理解しがたいかもしれませんが、とりわけ東欧においては、「サッカーは、共産主義によって封じ込められていた民族主義的な衝動を、暴力的な手段で表現するはけ口」(『ULTRAS』)になっており、ウクライナのアゾフもそんなウルトラスに起源を持っているのでした。

 もともとアゾフはメタリスト・ハルキウ(引用者註:ウクライナのサッカークラブ)のウルトラスが設立した志願兵の部隊を前身としていたが、当時はアンドリー・ビレツキーという人物が率いていた。
 ビレツキーは極右の指導者で、超国家主義者、急進右派、そしてネオナチの連合体である社会国民会議という組織を創設しており、ユーロマイダンが始まった時点ではハルキウ(引用者註:ウクライナの都市)で服役していた。だがヤヌコーヴィチがロシアに逃亡して4日後、ウクライナ最高議会は全ての政治犯を釈放する法律を可決する。かくして自由の身になったビレツキーは、アゾフの初代司令官に収まることとなった。

 2014年6月、アゾフはマリウポリを親ロシア派の勢力から解放することに成功し、彼の地に拠点を置くようになる。ロシアとの軍事衝突が始まって以来、ウクライナは屈辱的な敗北を重ねていただけに、マリウポリでの勝利は画期的だった。
 ユーロマイダン、そしてロシアとの軍事衝突における貢献度の高さは、アゾフの名前を広めただけでない。ウクライナにおけるウルトラスの名誉復権にも貢献した。
 かつてのウルトラスは、粗暴で人種差別的で社会に何らの利益ももたらさない存在として見なされていた。たとえばBBCは2012年、ウクライナがポーランドとEURO2012を共催する前に、ドキュメンタリー番組を放送。カルパティ・リヴィウのサポーターがナチス式の敬礼を行い、黒人選手に罵声を浴びせる場面を伝えている。
 また同番組はハルキウで、メタリストのウルトラスにインタビューしている。この人物はアンドリー・ビレツキーが率いるもう一つの極右組織、「ウクライナの愛国者」の幹部も務めていた。彼は自分たちがネオナチではないと盛んに強調したが、やはりメンバーはナチス式敬礼をしたり、インド人の学生グループを襲ったりしていた。
 さらに彼らの党旗には、ナチス時代のヴォルフスアンゲル(狼用の罠をモチーフにしたデザイン)に似たシンボルも用いられている。ビレツキーは「ウクライナの愛国者」を解散させた後、同じシンボルをアゾフの軍旗にも採用するようになった。
 だがユーロマイダンとロシアとの軍事衝突を通して、ウルトラスと極右勢力は自らの悪しきイメージを払拭し、社会において一定の立場を確保することに成功したのである。
「ロシアとの紛争が起きた後は、多くのウクライナ人にとって、極右勢力は二次的な問題に過ぎなくなったのです」
 ヨーロッパ大西洋協力研究所の政治学者で、ウクライナとロシアの政治に詳しいアンドレアス・ウムランドは指摘している。
「極右勢力は反ロシア、反プーチン主義の立場を貫いてきました。この事実は、そもそも彼らが反ロシアを標榜する理由(ラディカルな民族主義)よりも重視されたのです」
(『ULTRAS』)


こうしてアゾフは、世界の情報機関の懸念をあざ笑うかのように、過去の悪行は水に流され、ウクライナ国民から英雄視され美談の主人公に祭り上げられていったのでした。

ロシアへの経済制裁に対して、インドやアフリカの国が反対はしないものの積極的に賛同もしない曖昧な態度を取っているのも、ロシアや中国に対する遠慮だけでなく、アゾフの存在が暗い影を落としているような気がします。

ロシアの侵攻がはじまった当初、ウクライナから脱出する留学生たちについて、次のような記事がありました。

Yahoo!ニュース
ロイター
焦点:ウクライナ脱出図る留学生、立ちはだかる人種差別や資金難

人種差別によって出国がさらに難しくなっている、と語る学生もいる。ソーシャルメディアを見ると、アフリカやアジア、中東出身者が国境警備隊に暴行を受け、バスや列車で乗車を拒否される動画が目に入る。そのかたわらで白人は乗車を許されている。


アゾフには、他に遊牧民のロマ(ジプシー)のキャンプを襲撃したり、LGBT(性的マイノリティ)の集会に乱入して暴力を振ったり、左派の労働運動家を拉致してリンチするなどの行為が指摘されています。ネオナチどころか、ど真ん中のナチス信奉者、ゴリゴリの白人至上主義者で、ファシストとしか呼びようがない集団なのです。

何より「サンデーステーション」で司令官が身に付けていた防弾チョッキの記章が、彼らの主張を雄弁に語っているように思いました。それは、上記の『ULTRAS』の記事で指摘されているように、ナチスのヴォルフスアンゲルを模したアゾフ大隊の記章です。ネットで画像検索すれば、彼らがナチスのハーケンクロイツ(鉤十字)の旗とともに記念写真に映っている画像も見ることができます。

『ULTRAS』に「極右はウルトラスの人気に便乗する形で勢力を拡大している。その際には、自分たちが信奉するのは、ファシズムやナチズムではなくナショナリズムだ、単にウクライナという国を愛しているに過ぎないと幾度となくアピールした」という記述がありましたが、「サンデーステーション」でもアゾフの司令官は、自分たちは(ネオナチではなく)ただの愛国者だと強調していました。黒井文太郎氏が言っていることも同じでした。

ネットには、アゾフはウクライナ軍に編入された時点で「無力化」されているので、アゾフを問題視するのはロシアに加担する陰謀論だと言う声がありますが、それこそ国家の”正義”に動員された先にある思考停止=反知性主義の典型と言うべきでしょう。「無力化」の意味が今ひとつわかりませんが、ファシストが「無力化」されたなどというのは、如何にもネット民らしいお花畑の戯言にすぎません。そもそも極右だけどネオナチではないなどという、禅問答のような話を理解しろという方が無理でしょう。

旗幟鮮明し単色化した世界(タコツボ)のなかで、異論や少数意見をシャットアウトして、メディアから発せられる多数派の口上に同調するだけでは、当然ながら見えるもの、見るべきものも見えなくなってしまうでしょう。今や”電波芸者”と化した軍事ジャーナリストたちのさも訳知りげな解説は、眉に唾して聞く必要があるのです。

非常時なのでとりあえず目を瞑るということもあるのかもしれませんが、戦争にカタがついたあと、欧米から提供された武器で武装したアゾフが、手のひらを返して開き直り、「飼い犬に手を噛まれた」イスラム原理主義組織の二の舞になる怖れは多分にあると言えるでしょう。そうやって再度ウクライナに悲劇を招く懸念も指摘されているのです。アメリカの軍事顧問はアゾフに対して、提供した武器の使用方法などを指導していたそうですが、それはかつてアメリカが中東やアフガンにおいて、「敵の敵は味方」論でイスラム原理主義組織にやったこととまったく同じです。それどころか、藤崎剛人氏が指摘しているように、ネオナチのネットワークでウクライナにやってきて、容赦ない戦争暴力を体験したネオナチたちが自国に戻ることで、既存の”民主主義世界”、とりわけヨーロッパの脅威になる可能性も大きいのです。

アゾフが求めるのが、プーチンと同じような(あるいはそれ以上の)”ヘイトと暴力に直結した政治”であることを忘れてはならないのです。それは、ロシアの侵略戦争に反対することやウクライナを支援することと、決して矛盾するものではないのです。


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ウクライナに集結するネオナチと政治の「残忍化」
2022.03.28 Mon l ウクライナ侵攻 l top ▲
ウクライナのゼレンスキー大統領がアメリカの連邦議会で演説した際に、ロシアの侵略を日本軍の真珠湾攻撃に例えたことに対して、日本のネトウヨが猛反発して、”ゼレンスキー叩き”が沸き起こっているのだそうです。

リテラが次のように伝えていました。

リテラ
ロシアの侵略を「真珠湾攻撃」にたとえたゼレンスキー大統領を非難する日本のネトウヨの言い分がプーチンとそっくり!

 これ(引用者注:ゼレンスキー演説)に対し、ネトウヨが「真珠湾攻撃とロシアの侵略を同列に語るなんて許せない」と怒り狂い始めたのだ。

〈こいつ何言ってるんだろう…。 真珠湾を今回のロシアの侵略と同義で扱うとか控えめに言って頭おかしい。 ウクライナに対する気持ちが一気に冷めた。〉
〈真珠湾攻撃を思い出せ?お前らを応援するのやめたわ、バカバカしい〉
〈正直、ウクライナには冷めた。〉
〈ゼレンスキー、日本に喧嘩を売っているのだろうか?〉

 演説内容が報じられた直後から、ツイッター上ではこんなウクライナ、ゼレンスキー攻撃であふれ、16日深夜、東北で大地震が起きても、「真珠湾攻撃」「パールハーバー」がトレンドワードに留まり続けた。

 さらに、在日ウクライナ大使館のツイッターアカウントに直接、こんな罵倒リプを飛ばす輩も現れた。

〈真珠湾攻撃を引き合いに出した時点でウクライナを支援する気持ちは毛頭無くなりました〉
〈真珠湾攻撃を例えにしたから支援は無理です。 旧ソ連同士潰し合いよろしくやってな!〉
〈まずは真珠湾攻撃発言の謝罪と撤回を。ヘイトスピーチをやっておいて支援をしろとは、ウクライナはヤクザ国家ですか?〉
〈お宅の大統領が米議会で真珠湾攻撃をネタにして演説したことに日本人は憤りを感じてますよ?〉
〈大統領が真珠湾攻撃云々という国に対して援助する必要はあるのだろうか。日本人はお人好しばかりだね。日ソ中立条約を破って北海道に侵攻した旧ソ連。ウクライナって旧ソ連だよね。〉

 そして、ゼレンスキー大統領が日本の国会で演説をするという計画についても反対意見が巻き起こっている。

〈ゼレンスキー何故いまそれを言う? 日本人舐めてんの? 日本の国会で何言って煽るの? この大統領アホかも?〉
〈ロシアの攻撃を日本の真珠湾攻撃に例えるようなやつを国会で演説なんてさせてはいけない。〉
〈テロと真珠湾攻撃を同等扱い。こんな奴国会で演説させんの、ど〜すんの笑〉


「戦争反対」も、国家や党派や民族と接続されると全体主義に架橋される怖れがあると前の記事に書きましたが、その典型のような話です。

21日の時点で、国外に避難したウクライナ人は353万人を超えているそうですが、そのなかで日本に来た難民は、百数十人にすぎません。距離が遠いということもあって、高額な渡航費がネックになっていると言われています。日本に避難できたのは、身内などが住んでいて国内に受け入れ先があり、一人当たり30万とも40万とも言われる飛行機代を払うことができた人たちだけです。

それに、仮に渡航費の一部でも日本政府に援助して貰いたいなどと言おうものなら、上記のゼレンスキー大統領の発言ではないですが、途端に、避難民は甘えている、迷惑な存在だ、受け入れるだけでもありがたく思え、なんていうバッシングがはじまるのは目に見えています。「受け入れて頂いてありがとうございます」と頭を下げ、日本人に感謝する「従順で哀れなウクライナ人」と認められれば、まるで捨て猫が頭を撫でられるように、日本人のヒューマニズムは機能するのです。そうでなければ難癖を付けられて、機能しなくなるのです。

一方で、ロシアのウクライナ侵攻以来、在日ロシア人に対する嫌がらせも頻発しているようです。ロシア料理店の看板が壊されたり落書きされたり、「日本から出て行け」というような恐喝めいた電話がかかってくることもあるそうです。

「哀れなウクライナ人」と「侵略者の手先のロシア人」、日本人にとってそれはまるでコインの表裏のようです。

そんなニュースを見て、私は、日本国内の「戦争反対」の声はホンモノなんだろうかと思いました。

”ゼレンスキー叩き”とロシア人ヘイトに共通するのは、”日本第一”です。「戦争反対」と言っても、結局、ナショナリズムに縛られたままなのです。偏狭なナショナリズムの呪縛から自由ではないのです。

私は、ロシア料理店にいたずら電話をかけるくらいなら、世界の首脳のなかでも異常なほどプーチンに入れ込み、2019年9月に27回目(!)の首脳会談を終えたあと、プーチンに向って「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」と語りかけた(朝日の記事より)安倍晋三元首相を糾弾する方が先だろうと思いますが、そんな愛国者はこの国にはいないのです。それどころか、安倍晋三元首相は愛国者たちにとって未だにヒーローでありつづけるのです。

今になれば、お粗末な資質を見抜かれたのか、安倍晋三元首相はプーチンにいいように利用されていただけなのは誰が見てもわかりますが、その結果、ロシアとの平和条約交渉に向けた経済協力費として、2016年度から6年間で約200億円を支出しているのでした。しかも、あろうことか、ウクライナ侵攻が始まり、経済制裁の意趣返しに平和条約交渉が一方的に破棄されたにもかかわらず、先ごろ成立した今年度予算には未だ関連予算として21億円が計上されているのです。でも、日本の愛国者たちはその事実さえ見ようとせず、いつものように現実を糊塗するだけです。

2014年のクリミア侵攻の際は、ウラジーミル❤シンゾーの関係を重視して、日本政府(安倍政権)は制裁に及び腰で、欧米と共同歩調を取ることはありませんでした。今の中国と同じように、ロシアの蛮行を半ば黙認したのです。そのときと比べればいくらかマシとは言えますが、それでもどこか「所詮は他人事」のような姿勢を感じてなりません。入国ビザを簡素化しても、いちばんのネックの渡航費の問題は見て見ぬふりなのです。政府の支援策が曖昧ななかで、むしろ自治体が国に先んじて支援を始めているのが実状です。政府は、アメリカに押されて仕方なくやっているように見えなくもないのです。

このように、この国は「戦争反対」でも愛国でも見せかけだけで、中身は薄っぺらとしか言いようがないのです。


※この記事は、日本の国会でのゼレンスキー演説の前に書きました、為念。

追記:(3/25)
前回の記事に、ウクライナとネオナチに関する清義明氏の記事のリンクを貼りました。
2022.03.23 Wed l ウクライナ侵攻 l top ▲
前の記事からのつづきですが、思想史が専門で、カール・シュミットの公法思想を研究している藤崎剛人氏は、Newsweek日本版に次のような記事を書いていました。

Newsweek日本版
世界中の極右を引き寄せるウクライナ義勇軍は新たなファシズムの温床か

ウクライナを支援するために、義勇兵として世界各地からネオナチが集まっているそうですが、藤崎氏は、そういった戦争経験によって、世界的に政治の「残忍化」が進むことは避けられないと書いていました。

その前に、2月27日のメルマガで田中宇氏が書いていた記事を紹介します。

田中宇の国際ニュース解説
ウクライナがアフガン化するかも

ウクライナには以前から、ロシア敵視のウクライナ系ナショナリスト勢力(極右ネオナチ)から、ロシア系などの親ロシア勢力までの諸勢力がいる。極右は米英諜報界に支援されてウクライナの諜報機関を握ってきた。ゼレンスキー大統領も極右の側近たちに囲まれている。ウクライナの極右は、イスラエルの入植者と似て、ナショナリストと言っているが本質はそうでなく、ロシアに打撃を与えることを最優先にしている。彼らの本質は極右というより米英のスパイだ(エリツィン時代のロシアのオリガルヒとか、コソボのKLAも同質)。


新型コロナウイルスでもトランプばりの謀略論を唱え、すっかり”イタい人”になった田中氏ですが、ただ、ウクライナ政府と極右=ネオナチの関係については、他にも鳩山由紀夫氏が、Twitterで「ウクライナのゼレンスキー大統領は自国のドネツク、ルガンスクに住む親露派住民を『テロリストだから絶対に会わない』として虐殺までしてきたことを悔い改めるべきだ」と発言していましたし、寺島実郎氏も「サンデーモーニング」(TBS系)で「(ウクライナが)一方的な被害者かっていうと、そうでもない」と発言していました。二人ともロシアのウクライナ侵攻は「ヒトラーがやったこととほぼ同じ」(寺島氏)と断った上での発言でしたが、いづれもネットで袋叩きに遭っています。

藤崎氏によれば、少なくともソ連崩壊後に頻発した東欧の紛争において、ネオナチの存在は半ば常識のようです。しかし、私の知る限り、メディアに出ている日本の専門家たちのなかで、ウクライナとネオナチの関係に触れている人は皆無でした。

ウクライナはロシアに侵略された被害者です。プーチンの演説に帝政ロシア時代の3色旗を打ち振りながら熱狂する国民の姿が示しているように、ロシアこそファシスト国家と呼ぶべきでしょう。ましてウクライナの民衆の悲惨な現実から目をそらしてならないことは、言うまでもありません。それはいくら強調しても強調しすぎることはないでしょう。

しかし、一方で、メディアが国家のプロパガンダのお先棒を担ぎ、善か悪かに単純化されてしまっているのは否めないように思います。テレビに出ている「軍事評論家」たちは、戦争をまるでスポーツの勝ち負けのように解説するだけだと言った人がいますが、同じように思っている人も多いはずです。とは言え、ロシアが一方的に侵略したのはまぎれもない事実で、それを考えれば、善か悪かの二元論で語るのもそうそう間違いではないのです。ただ、善か悪かの二元論では見えない部分があることもまた、たしかなのです。上記のように思わず口に出してしまった粗忽な人間以外にも、いわゆる「識者」のなかには、メディアはものごとの一面しか報じてないと心のなかで思いながらも、火中の栗を拾わないように沈黙を選んでいる人もいるに違いありません。

もちろん、藤崎氏が上記の記事のなかで紹介しているように、政治アナリストのジョナサン・ブランソンの「現時点でウクライナに必要なのは兵力であり『今は』その中身について問うべきではない」という意見はそのとおりかもしれません。

でも、同時に、「ロシアの侵略と戦うウクライナは、ネオナチに実戦経験とその神話化の機会を提供する。それはかつてナチスの台頭を招いた政治の『残忍化』につながりかねない」という藤崎氏の懸念にも、無視できないものがあるように思いました。ウクライナの抵抗に冷水を浴びせる話と思われるかもしれませんが、私たちの素朴実感的なヒューマニズムが国家や党派に簒奪され”動員の思想”に利用されないためにも、善か悪か、敵か味方かの二元論とは別にところにある、こういった少数意見に耳を傾けることも大事であるように思います。

(引用者注:ドイツの)左翼党の議員マルティナ・レンナーは、こうしたネオナチの活動家がウクライナで戦闘経験を積むことはドイツ政治に悪い影響を与えるのではないか、と述べている。

レンナー議員のこの危惧は理解できる。というのは100年前のドイツでもやはり、ヴァイマル共和国に暴力的な政治文化を形成し、ヒトラーの台頭を招いたのは、第一次大戦やそれに続くバルト地方からの撤退戦などに参加し、凄惨な暴力を体験してきた兵士たちだったといわれているからだ。

第一次大戦後のドイツでは、前線経験がある若者を主体とする義勇軍組織(フライコール)が結成され、縮小した正規軍に代わって左翼活動家や労働者たちの弾圧に関わった。(略)


また、藤崎氏は、「ヴァイマル共和国の不安定化はそれ以前の戦争経験に基づくという、政治の『残忍化』テーゼを打ち出し一躍注目を浴びた」ジョージ・L・モッセの『英霊』(筑摩文庫)も紹介していました。

モッセによれば、兵士や義勇兵たちによって形成された「戦争体験の神話」は政敵を非人間化し、その殲滅を目指す思考を受け入れやすくする。そのことによってファシズムの残忍さは、残忍であるがゆえに魅力的なものとなるのだ。


さらに藤崎氏は、こうつづけます。

『英霊』におけるモッセの議論は、我々がメディアを通して戦争を受容するときの戒めにもなるかもしれない。メディアを通して我々が「残忍化」するというと、我々は「××人を殺せ」のような好戦的メッセージの危険性をまず思い浮かべる。しかしモッセが取り上げているのはそれだけではない。戦没者追悼などを通した「英雄化」や、小説やゲーム、絵葉書、子供の玩具などを通した戦争表象の「陳腐化」も彼は議論の対象にしている。


我々が日々接しているメディアでも、ウクライナ戦争の「英雄化」や「陳腐化」が行われている。たとえばSNSで拡散されるような英雄的に戦うウクライナ兵士のエピソードや、ロシア軍に屈しないウクライナ市民たち、不屈の指導者としてのゼレンスキー表象、ウクライナを応援するための国旗色が施された様々なグッズ、などはその例といえるだろう。

戦争が始まってから二週間、SNSを含むメディアの進化によって、虚実入り混じった情報が急速なスピードで世界を飛び交い、戦争の「神話化」がリアルタイムで進んでいる。我々は少しずつ戦争に慣れ始め、戦時下の言語で語るようになっている。(略)


鳩山由紀夫氏に対しても、「喧嘩両成敗は加害者の味方」というような批判があったそうです。旗幟鮮明でなければならないのです。それも「戦時下の言語」と言わねばなりません。そこにあるのは、まさに”動員の思想”です。

何度もくり返しますが、どんな国家であれ、国家に正義などないのです。現在、ロシアがウクライナでやっていることは、アメリカが世界各地でやっていたことと同じです。ロシアとアメリカは、同じ穴のムジナ、どっちもどっち!なのです。にもかかわらず、敵か味方かの発想は、必ず正義の旗を掲げた国家の介入を招くことになり、どっちの側に付くのかという旗幟鮮明を迫られるのです。

私たちは、それとは別に、熾烈な弾圧にもめげずにロシア国内から反戦のメッセージを発している「3.5%」のロシアの人々に対しても、連帯することを忘れてはならないのです。今日も、国営テレビの生放送中に、女性ディレクターが「乱入」して、手書きの反戦メッセージが書かれたボードを掲げたというニュースが世界を駆け巡りましたが、そういった内からプーチン政権に異を唱える人々に連帯の意志を示し支援することも、戦争を終わらせるためには非常に大事なことなのです。

現代の戦争は、「ハイブリッド戦争」と呼ばれ、地上の戦闘だけでなく、ネット空間でのサイバー戦や情報戦も欠かせない要素になっています。「ハイブリッド戦争」は、人々の声が国家のプロパガンダに利用される可能性がある反面、人々が直接戦争に関与できる余地もあるように思います。国境を越えて侵略国家の中の「3.5%」の勇気ある人々と連帯し、反戦の世論を喚起することも可能になったのです。そうやって国家でも党派でもない、ひとりひとりの自立した素朴実感的な平和を願う声が世界を動かすことも不可能ではなくなったのです。それが、19世紀とも20世紀とも違う現代の特徴なのです。

新型コロナウイルスが瞬く間に世界に広がって行ったように、私たちは、自分たちの連帯の声が瞬く間に世界に広がって行くような時代に生きているのです。それを武器にしない手はないでしょう。

そのためにも((ハイブリッド戦に巻き込まれないためにも)、少数意見や反対意見にも耳を傾け、常にみずからを対象化し検証することが肝要でしょう。反戦平和のヒューマニズムにしても、時代的な背景は異なるものの、スペイン人民戦線の悪夢が示しているように、国家や党派や民族と接続されると全体主義に架橋される怖れがないとは言えないのです。


追記:(3/25)
その後、清義明氏が、朝日の「論座」で、ウクライナとネオナチの関係について書いていました。でも、清氏の記事も、ネットではロシアを擁護する陰謀論として叩かれていました。

論座
ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像【上】
ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像【中】
ウクライナには「ネオナチ」という象がいる~プーチンの「非ナチ化」プロパガンダのなかの実像【下】
2022.03.15 Tue l ウクライナ侵攻 l top ▲
ロシア軍によるキエフの掃討作戦(ザチストカ)が目前に迫っていると言われています。キエフのビタリ・クリチコ市長によれば、3月11日現在、人口350万人のうちまだ200万人がキエフにとどまっているそうです(ロイターの記事より)。

常岡浩介氏は、『ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記』(アスキー新書)で、次のように書いていました。

国際紛争の場で難民はメディアに取り上げられがちだが、本当に悲劇的な状況に直面しているのは難民よりもむしろ、難民になれず戦争の中に取り残された人たちや、絶望の中で遂に武器をとって立ち上がった人たちだ。難民とは危険な境遇からの脱出に成功した運のいい人たちのことだ。


200万人の市民が残っているキエフで掃討作戦が実行されれば、想像を絶するような惨劇を目にすることになるでしょう。アサド政権支援のためにシリア内戦に参戦したときと同じように、生物・化学兵器の使用も懸念されています。キエフにもサリンが撒かれる可能性があるかもしれません。

ただ、ウクライナにもチェチェンと同じように、「一人が倒れても、次の10人が立ち上がる」(同上)パルチザンの歴史があります。ウクライナの民兵の士気の高さは、メディアなどでも指摘されているとおりです。ロシアにとって、ウクライナはアフガニスタンの二の舞になるのではないかという見方もありますが、その可能性は高いでしょう。仮にロシアがウクライナに傀儡政権を作り、ウクライナを支配しても、ウクライナ人の抵抗がそれこそ世代を越えて続いていくのは間違いないでしょう。

一方、ポーランドがウクライナに戦闘機を供与するという話も、ロシアを刺激するからという理由でアメリカが反対して中止になりました。ロシアが核の使用を公言するなど、あきらかにルビコンの河を渡ったにもかかわらず、アメリカやヨーロッパは旧来の戦略から抜け出せず、世界から失望され呆れられるような怯懦な態度に終始しています。ただ手をこまねいて見ているだけの欧米は、ウクライナに「俺たちのために人柱になってくれ」と言っているようなものでしょう。

バイデンは、ロシアが生物・化学兵器を使えば「重い代償を払うことになる」と警告したそうですが、ワシントンでそんなことを言ってももう通用する時代ではないのです。誰かのセリフではないですが、戦争は現場で起きているのです。

もっとも、(矛盾することを言うようですが)これはあくまで全体主義(ロシア)VS民主主義(ウクライナ)の図式を前提にした話でもあるのです。欧米の腰が重い背景には、核戦争の脅威やNATO加入の有無、天然ガスの供給の問題の他に、もうひとつ別の理由もあるような気がしないでもありません。それは”懸念”と言い換えてもいいかもしれません。もちろん、だからと言って、ロシアの蛮行がいささかも正当化されるわけではありませんし、ウクライナ国民の悲惨な姿から目を逸らしていいという話にはなりません。上にも書いたとおり、パルチザン=人民武装の歴史は正しく継承されるべきだと思いますが、それにまったく”懸念”がないわけではないのです。

いづれにしても、ロシアは後戻りできない状態にまで進んでいるようにしか思えません。ロシア帝国の失地回復(レコンキスタ)は、「ロシアの権力を”シロビキ”と呼ばれる治安機関と軍の出身者で固めて、ソ連時代を上回る秘密警察支配を完成させた」(同上)プーチンにとっても、みずからの権力と命を賭けた責務になっているかのようです。

2008年、プーチンが2期8年でいったん大統領を退いた際、「一旦、権力を渡してしまった秘密警察から、再び権力を取り上げて民主的体制を建設し直すのは困難だし、ことによるとプーチンの身にも危険が及ぶだろう」(同上)と常岡氏は書いていましたが、大ロシア主義というあらたな愛国心に取り憑かれたロシアの暴走をもはや誰も押しとどめることができないのかもしれません。

日本のメディアでは、NATOの東方拡大に対するプーチンの不信感と警戒心が今回の侵攻を引き起こしたというような論調が多く見られますが、多極化を奇貨とした大ロシア主義=ロシア帝国再興の野望に比べれば、それは副次的な問題にすぎないように思います。

下記の朝日の記事もNATOの東方拡大について書かれた記事ですが、その主旨とは別に、今回のロシアの暴走を知る上で参考になるものがあるように思いました。

朝日新聞デジタル
ゴルバチョフは語る 西の「約束」はあったのか NATO東方不拡大(有料記事)

クリントン政権時代に国防長官を務めたウィリアム・ペリー氏は、著書(共著『核のボタン』田井中雅人訳・朝日新聞出版)のなかで、次のように述べているそうです。

「冷戦終結とソ連崩壊は米国にとってまれな機会をもたらした。核兵器の削減だけでなく、ロシアとの関係を敵対からよいものへと転換する機会だ。端的に言うと、我々はそれをつかみ損ねた。30年後、米ロ関係は史上最悪である」


また、米軍将校から歴史家に転じたアンドリュー・ベースビッチ氏は、2020年6月の朝日新聞のインタビューで次のように語っていたそうです。

「ベルリンの壁崩壊を目の当たりにして、米国の政治家や知識人は古来、戦史で繰り返された『勝者の病』というべき傲慢(ごうまん)さに陥り、現実を見る目を失ったのです」


冷戦に勝利した欧米の民主主義がその寛容さを忘れ傲慢になってしまったというのはそのとおりかもしれません。欧米にとって、新生ロシアは、あらたな市場(資本主義世界にとってあらたな外部)の出現であり、収奪の対象でしかなかったのです。その結果、司馬遼太郎が指摘していたような自意識の高いロシアのノスタルジックな大国意識に火を点け、核を盾にした暴走を許すことになったのです。挙げ句の果てには、今のように、暴走するロシアに対して為す術もなく、ただオロオロするばかりなのです。

それは日本も同じです。と言うか、むしろ日本は欧米以上にロシア寄りでした。ロシアの暴走は、2014年のクリミア半島の併合からはじまったのですが、当時、プーチンに肩入れしていた安倍政権はロシアに対する制裁に消極的で、欧米と歩調を合わせようともしなかったのです。それが今になって「暴挙だ」「力による現状変更はとうてい認めることはできない」などとよく言えたものだと思います。

昨日のテレビでも、今回の侵攻は、NATOに加入したかったけど加入できなかったプーチンの個人的な恨みによるものだ、と大真面目に解説しているジャーナリストがいました。また、ロシアに対する経済制裁の影響で、イクラやカニなどの仕入れが難しくなり、「回転ずしにも暗い影を落としそうだ」という新聞記事もありました。能天気な日本人のトンチンカンぶりには、口をあんぐりせざるを得ません。

何度も同じことをくり返しますが、欧米の民主主義は、現在、我々の目の前に姿を現わしつつある「全体主義の時代」にほとんど無力なことがはっきりしたのです。もちろんそれは、アジアの端に連なる日本にとっても、決して他人事ではないはずです。

韓国に”親日”の大統領が当選したからバンザイとぬか喜びしている場合ではないのです。私は嫌韓ではありませんが、僅差とは言え、ミニプーチンような前検事総長を大統領に選ぶ国(国民)の怖さと愚かさをまず考えるべきでしょう。民主主義に対して、あまりにデリカシーがなさすぎると言わざるを得ません。
2022.03.12 Sat l ウクライナ侵攻 l top ▲
言うまでもなく戦争では、武力衝突だけでなく、プロパガンダを駆使した情報戦で敵を撹乱するのも重要な戦略です。

たとえば、2003年にアメリカがイラクに侵攻する際の根拠となったイラクの大量破壊兵器(WMD)の保有がまったくの捏造だったことは、あまりに有名です。アメリカはネット顔負けのフェイクニュースを流して、テロ撲滅の名のもと50万人(推定)の無辜の民を殺戮したのでした。

また、1991年の湾岸戦争では、アメリカ軍によってアラビア海の油まみれの水鳥の写真が公表され、国際世論がいっきにイラク非難に傾くということがありました。それは、イラクがクェートの油田を攻撃して、流出した油でアラビア海が汚染された写真だと言われたのですが、実はアラビア海とはまったく関係がなく、アラスカ沖のタンカー事故の写真だったのです。

さらに、「ナイラ」という名前のクェートの少女が、NGOの人権委員会で、イラクの兵士たちが生まれたばかりの赤ん坊を床に投げつけて殺害していると涙ながらに証言したニュースが世界に発信され、まるで鬼畜のようなイラク兵の蛮行に世界中が憤慨したのですが、そう証言した少女はクェートの駐米大使の娘で、アメリカの広告会社が14億円で請け負ったプロパガンダだったことがのちに判明したのでした。

今回の戦争でも、似たようなプロパガンダが行われていることは想像に難くありません。もちろん、アメリカだけでなく、ロシアもウクライナもやっているでしょう。しかも、始末が悪いのは、テレビのコメンテーターたちが、そのプロパガンダの片棒を担いでいるということです。

もちろん、だからと言って、それでロシアの侵攻がいささかも正当化されるわけではありません。何が言いたいかと言えば、どんな戦争であろうと、戦争に正義はないということです。国家の言うことに騙されてはならないということです。私たちが依拠すべきは、国家でも党派でも、あるいは制度でもイデオロギーでもなく、みずからの心のなかにある自前の平和や人を思う気持なのです。それしかないのです。

キエフなどで実施された「人道回廊」は、チェチェン紛争でも実施された過去がありますが、しかし、そのあとクラスター爆弾や化学兵器を使った容赦ない無差別攻撃によって、人口の半分が殺害されるようなジェノサイドが行われたのでした。時間稼ぎのために、「人道回廊」や一時停戦を提案するのはロシアの常套手段だと言われていますが、今回もキエフの掃討作戦(ザチストカ)の前触れのような気がしてなりません。

アムネスティ・インターナショナルの発表でも、チェチェンでは、1994年から1996年にかけての第一次チェチェン紛争で、数万人の民間人が死亡(10万人という説もある)。プーチン政権が介入した1999年から2009年の第二次チェチェン紛争では2万5千人が犠牲になったと言われています。その他に数千人の行方不明者がいるそうです。行方不明者というのは、「強制失踪」や誘拐によるものです。常岡浩介氏の『 ロシア語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記』(アスキー新書)によれば、「25万人、一説には30万人」が犠牲になったと書かれていました。ちなみに、チェチェン共和国の人口は80万人、首都グロズヌイの人口は6万人ですから、如何にすさまじいジェノサイドが行われたかがわかります。

コメンテーターの玉川徹氏は、これ以上犠牲を増やさないために、ウクライナの国民は降伏することも選択肢に入れるべきだと発言して物議をかもしたのですが、それに対して、降伏することは銃で戦うことより恐ろしい現実が待っているというウクライナ国民の声がメディアで紹介されていました。ウクライナ国民は自分たちがチェチェン人と同じ目に遭うのを恐れているのです。抵抗をやめれば、チェチェンのように街ごと焼かれ、ジェノサイドの標的になるのがわかっているからでしょう。

ライオンの檻のなかに入れられたら、あらん限り抵抗しないとライオンに食われるのです。ライオンに食われないために抵抗しなければならないのです。もう抵抗しませんと両手を上げたら即ライオンの餌食になるだけです。玉川徹氏の発言が「平和ボケ」と言われたのは、ライオンの檻のなかに入れられたらどうなるかがわかってないからです。情報機関出身者の発想は、殺るか殺られるかで殲滅の一択しかないと言った人がいましたが、プーチンを見ているとむべなるかなと思わざるを得ません。

アメリカはもちろんですが、ヨーロッパの国々も、プーチンのKGBとFSBで培われた非情さは熟知しているはずです。しかし、それでもなお、ロシアへの制裁に及び腰で、こっそりロシアと取引きする抜け道を設けているのでした。もしかしたら、ヨーロッパの人間たちは、他国で万単位の人間が犠牲になることより、ロシアの天然ガスで自分たちがぬくぬくと冬を過ごす方が大事と思っているのではないかと勘繰りたくなります。

何度も言いますが、今回の戦争では、欧米が掲げる民主主義のその欺瞞性も露呈されているのでした。そのことも忘れてはならないでしょう。
2022.03.10 Thu l ウクライナ侵攻 l top ▲
(前の記事からのつづきです)

ロシア国内では、反戦デモで連日数千人から1万人近くの参加者が拘束されていますが、ロシア政府は最近、デモによる逮捕者を戦場に送ることができるよう法律を改正したそうです。これにより逮捕された参加者は、戦場に送られ弾除けに使われる怖れが出てきたのです。21世紀にこんな国があるのかと思いますが、ロシアには死刑がないので(制度を廃止したわけではなく一時凍結)、そうやって「反逆者」たちに見せしめの懲罰を課すつもりなのでしょう。

西側から見れば悪魔のように見えるプーチン政権ですが、ロシア国内では3分の2以上の国民から支持されており、反戦デモに参加する人はごく一部にすぎません。今のロシアで反戦デモに参加することは、人生や命を賭けた決断が必要なのでそれも当然かもしれません。もっとも、それはロシアに限った話ではなく、日本でも似たようなものです。大多数の人は寄らば大樹の陰なのです。

そう考えるとき、斎藤幸平氏が『人新生の「資本論」』で書いていた、「3.5%」の人が立ち上がれば世の中は変わるということばをあらためて思い出さざるを得ないのでした。「真理は常に少数にあり」と言ったのはキルケゴールですが、いつの時代も世の中を動かしてきたのは少数派なのです。

私は今、『トレイルズ ―「道」と歩くことの哲学』(エイアンドエフ)という本を読んでいるのですが、たとえばトレイル(道)ができるのも、集団のなかで勇気があったり好奇心が旺盛だったりと、跳ね上がりの個体が最初に歩いてトレースを作ったからなのです。

国家や党派とは無縁な、素朴実感的なヒューマニズムに突き動かされて立ち上がった「3.5%」の人々が国際的に連帯すれば、やがてそれがロシア国内に跳ね返って、クロンシュタットの叛乱のような造反の呼び水になるかもしれないのです。プーチン政権がネットだけでなく、言論統制の法律を作り外国メディアを締め出したのも、海外から入ってくる報道が呼び水になるのを怖れているからでしょう。

それにつけても、今回の戦争に関する報道では、玉川徹氏だけでなく、テレビに出てくる専門家たちのお粗末さ加減には目を覆うばかりです。もちろん、彼らは予想屋ではないのですが、侵攻が始まるまで、ロシアがウクライナに侵攻することはないだろう、たとえ侵攻しても親露派が傀儡政権を作ったウクライナ東部に限るのではないかと言っていました。キエフ侵攻の可能性を指摘した人間は皆無でした。ロシア問題のアナリストを名乗りながら、単なる「平和ボケ」の知ったかぶりにすぎないことが判明したのでした。

彼らの解説を聞いても、その大半は想像でものを言ってるだけで、ホントに現状を分析しているのか首を捻らざる得ません。挙げ句の果てには、自分たちの予想が外れたからなのか、プーチンは精神に変調をきたしている、暗殺を恐れて秘密アジトから指令を出しているなどと、ユーチューバーもどきの怪しげな情報を吹聴する始末です。

ただ、そんな講談師見てきたような嘘を言う「平和ボケ」の一方で、今回の戦争が今までになく市井の人々の関心を集めていることはたしかで、私はそのことにささやかながら希望のようなものを感じました。

パンデミックを経験した多くの人々は、みずからの民主的権利を国家に差し出すことにためらいがなくなり、感染防止のためならプライバシーが多少侵害されても仕方ないと考えるようになっています。民主主義が毀損されることに鈍感になっていったのでした。東浩紀ではないですが、国家がせり出してきたことに一片の警戒心もなく、むしろ礼賛さえするようになったのです。

ところが、ウクライナ侵攻が始まり、連日、戦火に追われるウクライナの民衆の姿を見て、戦争こそが国家が全面にせり出した風景であることにはたと気付いた人も多かったはずです。同時に、自分たちの民主的な権利の大切さに思い至った人もいるでしょう。

また、ワクチン・ナショナリズムに象徴されるように、排他的な考えも蔓延し、ヘイトがまるで正義の証しであるかのような風潮も日常化していました。感染対策で入国を制限しているということもあって、少し前までは国境の向こうにいる人々に思いを寄せるなど考えられない空気がありました。でも、今回の侵攻でその空気も少しは緩んできたように思います。

パンデミックで”動員の思想”に絡めとられた寄らば大樹の陰の人々も、ウクライナ侵攻で冷水を浴びせられ、自分たちのあり様を少しは見直す契機になったかもしれません。

口ではロシアを非難しながら、今もなお石油や天然ガスをロシアに依存し、みずから経済制裁の抜け道を作っているヨーロッパの国々。それを見てもわかるとおり、相変わらず国家はクソでしかありませんが、しかし、たとえば地下壕のなかで、「死にたくない」と涙を流す女の子にいたたまれない気持になり何とかしなければと思うような、素朴実感的なヒューマニズムを抱く人は昔に比べて多くなったし、そのネットワークも世界に広がっているのです。ウクライナの現状を考えれば、気休めのように思われるかもしれませんが、とにかく、あきらめずに連帯を求めて声を上げ続けることでしょう。プーチンがいくら情報を遮断しても、世界はウクライナやロシアと繋がっているのです。それだけは間違いないのです。


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2022.03.08 Tue l ウクライナ侵攻 l top ▲
今回のウクライナ侵攻に関して、ロシア文学者の亀山郁夫氏の次のような発言が目に止まりました。

讀賣新聞オンライン
[視点 ウクライナ危機]プーチン氏 無謀な賭け、露中心 秩序再構築狙う…名古屋外国語大学長 亀山郁夫氏

   ロシアの内在的な論理に目を向けると、「ロシア人は歴史を引きずるが、歴史から学ばない」といえる。ソ連崩壊後、欧米流の自由と民主主義を基軸とするグローバリズムの波はロシアにも及んだ。しかし、ロシアには古来、個人の自由は社会全体の安定があってようやく保たれるという考えがある。この「長いものに巻かれろ」的な考えについて、ドストエフスキーは「わが国は無制限の君主制だ、だからおそらくどこよりも自由だ」という逆説的な言葉を残した。
   絶対的な権力が失われれば、社会の無秩序が制御不能な形で現れるのではないかと恐れるロシア人は、グローバリズムに対抗するためだけでなく、自らを統制するためにも強大な権力を本能的に求める。プーチン氏の側近たちが、これほど異常な決定に誰も異を唱えないのは、このためだ。
(略)
   ロシア人の心性には、永遠の「神の王国」は歴史の終わりに現れるという黙示録的な願望があり、それが政治の現状に対する無関心を助長している。だから自立した個人が市民社会を形成するという西欧のデモクラシーが入ってきても、やがてそれに反発する心情が生まれ、再び権力に隷従した以前の状態に戻ってしまう。この国民性をロシアの作家グロスマンは「千年の奴隷」と呼んだ。
   現在の状況は、ロシア自らの世界観に直結する問題だけに、外部から解決の働きかけを行うことは難しい。


ロシア文学について「深い森」と称する人もいるくらい、ロシア文学は深淵な心理描写が特徴ですが、そんな内省的な文化を持つ国の国民がどうしてプーチンのような人物をヒーローのように支持するのか、ずっと不思議に思っていました。

西側のメディアは、ロシアの国民はロシア政府のプロパガンダで洗脳されていると言ってますが、ホントにそうなのか。多くの国民は、みずから戦争を欲し開戦に熱狂しているのではないのか。開戦後、プーチンの支持率が急上昇しているという話があります。独立系調査機関による世論調査でも、プーチン大統領の支持率は69%に上昇したそうで、むしろそっちの方がロシア国内の現実を表しているように思えてなりません。あの東条英機だって、「戦争するのが怖いのか」「早く戦争をやれ」というような手紙が段ボール箱に何箱も自宅に届くほど国民が戦争を欲したからこそ、清水の舞台から飛び降りるつもりで戦争に踏み切ったのです。国民は嫌々ながら戦争に引きずり込まれたのではないのです。

ドフトエフスキーでもトルストイでもゴーリキーでも、『蒼ざめた馬』のロープシンでも、彼らの小説を読むと、国家と宗教が登場人物たちの上をまるで梅雨空のように重く覆っているのがわかります。国家や宗教がニーチェが言うツァラトゥストラの化身のように、ニヒリスティックに描かれている場合が多いのです。そして、登場人物たちの苦悩もそこから生まれているのでした。

このようなロシア人の心の奥深くに伏在する国家と宗教の問題を考える必要があるように思います。今回の侵攻の背景にある大ロシア主義が、ロシア特有の復古的な世界観に基づいているのは言うまでもありません。亀山氏の「ロシア人は歴史を引きずるが、歴史から学ばない」ということばは秀逸で、ソ連の崩壊についてもロシア人は何ら検証も反省もしていません。表面的には議会制民主主義や自由経済を標榜しながら、実際はソ連共産党から「統一ロシア」に政権の看板が変わっただけです。旧共産党員で旧KGBの出身で、ソ連崩壊後、KGBが再統合されたFSB(ロシア連邦保安庁)の長官だったプーチンは、共産党時代と変わらないような秘密警察が支配する独裁体制を築いたのでした。だからと言ってクーデターを起こしたのではありません。ヒットラーと同じように、「歴史から学ばない」ロシア国民に支持されて合法的に政権を手に入れたのです。

驚くべき無節操さとしか言いようがありません。無血革命とも言えないようない加減で無責任な歴史に対する態度と言えるでしょう。そんなロシア国民が、ソ連崩壊後、ロシア正教の復活に合わせて、今度は革命前の帝政ロシア時代を郷愁し大ロシアの再興を夢見るようになったのは、当然と言えば当然かもしれません。ロシアが世界の文明の中心であると言う大ロシア再興の野望は、何もプーチンひとりの暴走などではないのです。「シロビキ」と呼ばれるFSBや軍出身者で固められた政権中枢やロシア国民の欲望が、コミンテルンから大ロシア主義に変わっただけなのです。

亀山氏が言うように、ロシア人としてのアイデンティティを再認識するためには、当然ながらロシアは強い国でなければなりません。ロシア民族の聖地とも言うべきキエフを首都に持つウクライナへの侵攻は、文字通りのレコンキスタ(失地回復)で、ロシア国民はそれをプーチンの民族浄化作戦(ザチストカ)に託したのです。それゆえ、プーチンはニーチェの超人と未来永劫思想を体現するヒーローでなければならないのです。

そんなロシアの見果てぬ夢を考えると、ウクライナの次はバルト三国だという話もあながち杞憂とは思えないのでした。
2022.03.06 Sun l ウクライナ侵攻 l top ▲
今日、ウクライナの南部エネルホダル市にあるザポリージャ原発がロシア軍から砲撃を受け、既に火災が発生しているというニュースがありました。ザポリージャ原発はヨーロッパ最大級、世界で3番目の規模の原発で、もし爆発すれば旧ソ連時代に同じウクライナのチェルノブイリ原発で発生した事故の10倍の被害が出ると言われているそうです。文字通り身の毛もよだつような話です。今日の攻撃が事実なら、いよいよロシアによるジェノサイドが本格的にはじまったと言っても過言ではないでしょう。

このようにロシアの蛮行はエスカレートする一方ですが、しかし、欧米各国は相変わらず口先で非難するだけで、傍観者の立場を崩していません。何度も言うように、ウクライナを見殺しにしているのです。

そんな欧米の二枚舌を知る上で、下記のForbes JAPANの記事が参考になるように思いました。

Forbes JAPAN
一部は焦げつく恐れも ロシア向け債権額の多い国

記事では、国際決済銀行(BIS)のデータに基づいた、ロシア向け債権(残高)の多い国とその金額が下記のように示されていました(記事ではドルの金額だけでしたが、それに円に換算した金額を付け足しました)。

ロシア向け債権額が多い国(2021年9月30日時点の残高)
イタリア(253億ドル・約2兆9300億円)
フランス(252億ドル・約2兆9200億円)
オーストリア(175億ドル・約2兆250億円)
米国(147億ドル・約1兆7000億円)
日本(96億ドル・約1兆1100億円)
ドイツ(81億ドル・約9360億円)
オランダ(66億ドル・約7600億円)
スイス(37億ドル・約4270億円)
※韓国(17億ドル・約1970億円)
(出所:BIS)

これを見ると、どういう国がロシアに入れ込み、プーチンと親密な関係を築いていたかがわかります。もっとはっきり言えば、どんな国がプーチンの独裁体制を経済的に支えていたかがわかるのです。

記事では次のように書いていました。

欧州諸国はロシアから輸入する天然ガスの支払いもできなくなるのではないかと議論になっているが、こうした決済を主に担っているガスプロムバンクは今のところ排除の対象にはなっていない。


紆余曲折の末、やっと合意したSWIFTからの排除ですが、それも勇ましい掛け声とは裏腹にザルになっているのです。

オーストリアの地元紙シュタンダルトによると、オーストリアはエネルギービジネスでもロシアとの関係が深い。オーストリアは当初、ドイツやイタリア、ハンガリーなどとともにロシアのSWIFT排除に反対したと伝えられる。
(同上)


ウクライナの悲劇を尻目に、オーストリアやドイツやイタリアやハンガリーが制裁に反対したのは、何より天然ガスや石油などの取引きの停止を怖れたからでしょう。しかも、現在もまだ取引きは継続されているのです。だから、天然ガスの決済銀行であるガスプロムバンクが制裁対象から外されたのです。ウクライナの現状を考えれば、まったくふざけた話だと言わざるを得ません。

繰り返しになりますが、今回のウクライナ侵攻では、このように欧米が掲げる民主主義なるものの欺瞞性も、同時に露呈されているのでした。バイデンの言う「民主主義と権威主義の対立」も片腹痛いと言わねばなりません。国際政治学者たちもバイデンの口真似をして同じような図式を描いていますが、たとえば彼らが言う「権威主義」ということばも多分にフォーカスをぼかしたヘタレなものでしかありません。それを言うなら全体主義でしょう。大ロシア主義も中国共産党の”新中華思想”もイスラム主義も、まぎれもなく全体主義です。世界が多極化するにつれ、それそれの”極(センター)”で全体主義が台頭しているのです。しかも、欧米の掲げる民主主義はお家大事のダブルスタンダートであるがゆえに、全体主義の対立軸(受け皿)になり得てないのです。それが今回のウクライナ侵攻ではっきりしたのでした。

何度も言いますが、核の脅しを伴ったこの全体主義の時代に対抗するには、国家や党派とは関係ない民衆の素朴実感的なヒューマニズムの連帯しかないのです。雨垂れが岩を穿つのを待つような話ですが、あきらめずに辛抱強く声を上げ続けるしかないのです。

「モーニングショー」のコメンテーターの玉川徹氏が、これ以上犠牲者を出さないためにウクライナ国民は降伏の選択肢も考えるべきだ、ゼレンスキー大統領も、銃を持って戦うことを鼓舞するのではなく、国民に降伏を呼び掛けるべきだと言ってましたが、なんだか所詮は他人事の日本における「戦争反対!」の声を象徴するような発言だと思いました。玉川氏の発言は、大国に翻弄されたウクライナの歴史と国民のなかに連綿と受け継がれているパルチザンの思想をまったく理解していない戯言と言わざるを得ません。降伏することは銃で戦うことより恐ろしい現実が待っている、というウクライナ国民の声を理解できない「平和ボケ」の発言と言わざるを得ません。

ウクライナには、民衆がみずから銃を持ってソビエト政府の赤軍やナチスのファシスト軍と戦ったパルチザンの歴史があります。ウクライナの民兵組織は一部で極右だという声もありますが、彼らにも人民武装=パルチザンの思想が受け継がれているのは間違いないでしょう。日本には秩父事件などを除いてほとんどその歴史がないので、パルチザンに対する理解が乏しいのかもしれませんが、反戦デモには、玉川氏と違って、みずから銃を持って戦うウクライナ国民に共感し連帯を呼びかける側面もあるのです。民衆の素朴実感的なヒューマニズムには、そういったおためごかしではない、市民革命の経験で得たラジカルな一面があることも忘れてはならないのです。
2022.03.04 Fri l ウクライナ侵攻 l top ▲
先日(25日)の朝日新聞デジタルに次のような記事がありました。

朝日新聞デジタル
世界の警察官に戻らない米国、嘆くより受け入れを アメリカ総局長(有料記事)

望月洋嗣・アメリカ総局長は記事の最後を次のようなことばで結んでいました。

   今回の侵攻は、米国が描く戦略の前提通りには事が進みそうもない現実を突きつけた。そして、相対的な力が低下している米国が、力を振りかざす「専制主義」の大国から民主主義の仲間を守る手立てが乏しいということも国際社会に印象づけた。
   米国が世界の警察官の役割を果たした時代は戻ってこない。それを嘆き、警察官の再登場を願っても、平和と安定は取り戻せない。
   この現実を受け入れた上で、従来の国際秩序を守っていくにはどうすればいいのか。日本を含め、米国と協力関係にある国々は、これまでにない覚悟と行動を求められることになる。


その通りだけど、だからどうすればいいんだ?、今のこの戦争をどうすれば止められるんだ?、と歯痒さを覚えるよう記事です。こういうのをオブスキュランティズム(曖昧主義)と言うのでしょう。

それは、バイデンの一般教書演説も同じです。「プーチンは間違っている」「彼に責任をとらせる」と言ったそうですが、まさに言うだけ番長で所詮は他人事なのです。支援のポーズを取るだけなのです。

また、我が国の国会の非難決議も似たようなものです。脊髄反射で核保有を主張しながら、味噌もクソも一緒にして翼賛的に採択される国会の非難決議なんか、ただのアリバイ作りのためのポンチ絵にすぎません。

プーチンのウクライナ侵攻は1年前から計画されていたと言われています。にもかかわらず、上の朝日の記事でも書いていますが、バイデンは早い段階から「ウクライナには米軍を派遣しない」と明言していました。それでは、プーチンにどうぞ侵攻して下さいと言っているようなものでしょう。むしろ侵攻を煽っていたと言ってもいいのです。

オレンジ革命によって親欧米派が政権を掌握したウクライナにも、当然、アメリカの軍事顧問や諜報部員が入っていたはずです。しかし、ロシアの侵攻が現実味を帯びるといっせいに引き上げたと言われているのです。そして、バイデンは上記のようにウクライナを見放すような発言をしているのです。

SWIFT(国際決済ネットワーク)からロシアの銀行を除外するという制裁にしても、案の定、「ロシア最大手ズベルバンクや、ガス大手ガスプロムに関係するガスプロムバンクは含まれていない」(共同)のです。「除外すればエネルギー供給の決済など、欧州経済への影響が大きいと判断した」(同)からだそうです。やっぱりお家大事なのです。侵攻下においても、ロシアからヨーロッパへ天然ガスの供給は継続されているのです。スポーツ選手は競技大会から排除されるけど、国家間のビジネスは続けられているのです。

欧米のウクライナへの支援の中心は武器の提供です。まるでウクライナの国民に、武器はふんだんに提供するので犠牲をいとわず最後の一人まで戦え、玉砕しろとでも言いたげです。その一方で、でも、オレたちはガスがないと困るのでロシアと取引きは続ける、お金も送ると言っているのです。

欧米の国々はまるでライオンの檻のなかで繰り広げられる残酷なショーを観客席から眺めている観客のようです。もちろん、ライオンの檻のなかに放り投げられるのはニワトリです。そのニワトリにがんばってと見え透いた声援を送るだけなのです。

もうひとつ忘れてはならないのは、武器の提供をメインにした支援の背後にいる軍需産業の存在です。アメリカの軍需産業が民主党政権と強いつながりがあるのはよく知られた話ですが、今や巨大化した軍需産業は国の政治にまで影響を及ぼすようになっているのです。アメリカ政府の兵隊は出さないが兵器は提供するという方針にも、産軍複合体たる軍需産業の影を覚えてなりません。

それはロシアも同じです。既にキエフなどに侵入して破壊工作を行なっている工作員は、正規の軍人ではなく民間の軍事会社の社員だと言われています。前も下記の記事で書きましたが、現代の戦争は軍需産業をぬきにしては語れないほど民営化されているのです。文字通り戦争がビジネスになっているのです。お金のためなら無慈悲に人も殺すのです。そういった現代の戦争が持つ新たな側面にも目を向ける必要があるでしょう。


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世界内戦の時代
2022.03.02 Wed l ウクライナ侵攻 l top ▲
ウクライナ国旗


2月24日、ロシアがウクライナに侵攻しました。それも当初の予想とは違って、首都のキエフの制圧を目指す大規模なものになりました。つまり、プーチンはウクライナ全土を支配下におく侵略戦争に舵を切ったのです。

今回のウクライナ侵攻に対して、アメリカは積極的に情報公開を行なってきました。そのなかには軍事機密まで含まれており、それは今までの戦争にはなかったアメリカの変化だと言われています。

でも、それは、もう自分には介入する気持も力もないので、同盟国に「みんなで一緒に抗議しましょう」と呼びかけているようにしか見えませんでした。そこにあるのは、超大国の座から転落した惨めなアメリカの姿です。それが老いぼれたバイデンの姿と二重映しになっているのでした。

今回のウクライナ侵攻が衝撃だったのは、核を振りかざす狂気の指導者の前には世界は無力だという冷厳な事実です。核戦争を怖れて誰も手出しができないという核の世界の現実です。

ロシア軍が真っ先にチェルノブイリの原発を制圧したのは、キエフに攻め入る近道であるという理由以外に、プーチンが再三口にしていた核兵器使用の脅しと同様、いざとなれば石棺で閉じ込められている放射性物質を拡散することもできるんだぞという脅しの意味合いもあるように思えてなりません。

バイデンは「ロシアのプーチン大統領は、破滅的な人命の損失をもたらす戦争を選んだ」と言ったそうですが、それはアメリカも同じでしょう。アメリカは今まで何度「破滅的な人命の損失をもたらす戦争を選んだ」んだ?と皮肉を言いたくなりました。しかも、バイデンはウクライナから8千キロ離れたワシントンで、まるで評論家のように、そう論評(!)するだけなのです。

経済制裁も多分に後付けで腰が引けたものです。現在言われている制裁ではどれだけ効果があるか疑問です。侵攻前の制裁でロシアの銀行の資産を凍結すると発表しましたが、制裁の対象になった銀行はロシアでは3番目とか4番目の規模の銀行に過ぎないそうです。1番目や2番目の銀行は侵攻したあとのカードとして残すということだったのかもしれませんが、それって侵攻するのを待っていたようにしか思えません。

ここにきて、制裁の目玉であると言われているSWIFT(国際決済ネットワーク)からロシアの銀行を排除する措置を欧米が検討しはじめたというニュースがありましたが、侵攻して市民の犠牲者が出たあとでは遅きに失した感を抱かざるを得ません。しかも、あくまで「一部の銀行」に限った話で、全ての銀行を対象にするものではないのです。ヨーロッパ(特にドイツやイタリア)にとって、ロシアは天然ガスの重要な輸出国(供給元)なので、ロシアの金融機関をSWIFTから完全に排除することにためらいがあるのでしょう。つまり、ここに至ってもなお、数万人の無辜の民の命より国家や資本の論理を優先する考え方から自由になれないのです。新型コロナウイルスでは自国民の命を守るために各国はロックダウンを行いましたが、それに比べると、ウクライナの国民の命はそんなに軽いものなのかと思ってしまいます。

ロシア軍は48時間以内に侵攻する。ロシア軍はミサイルを160発使用した。ロシア軍はキエフ近郊の空港を制圧した。アメリカ政府はそうやってメディアのように戦火の拡大を発表するだけで、完全に傍観者に徹しているのでした。でも、裏を返せば、それはウクライナを見殺しにするということでもあります。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、世界に向けた演説で「ウクライナは一人で戦っている。世界で一番強い国は遠くから見ているだけだ」と言ってましたが、たしかにバイデンの(口先だけの)大仰なロシア非難とは裏腹に、欧米各国の冷淡さとウクライナの孤立無援な姿が目に付きます。そんな所詮は他人事と見殺しにされたウクライナを見ると、やり場のない怒りとやりきれなさと理不尽さを覚えてなりません。今回の侵攻では、20世紀の世界を”正義の価値”として牽引してきた欧米式のデモクラシーの欺瞞性も同時に露呈されているのです。アメリカやEUの信用はガタ落ちになっており、国際的な地位の下落はまぬがれないでしょう。

侵攻に関して、下記のような記事がありました。

Yahoo!ニュース
wowkorea
ウクライナ外相「米国の安保を信じて28年間 “核放棄”してきた」…「代価を払え」

クレバ外相は22日(現地時間)米フォックス放送に出演し「当時ウクライナが、核放棄の決定をしたのは失敗だったのか」という質問に、先のように答えた。 クレバ外相は「過去を振り返りたくはない。過去に戻ることはできない」と即答を避けた。 しかしその後「当時もし米国が、ロシアとともにウクライナの核兵器を奪わなかったら、より賢明な決定を下すことができただろう」と語った。
(略)
クレバ外相は同日、CNNでも「1994年、ウクライナの “核放棄”のかわりに、米国が交わした安全保障の約束を守らなければならない」と求めた。 クレバ外相は「1994年ウクライナは、世界3位規模の核兵器を放棄した。我々は特に米国が提示した安全保障を代価として、核兵器を放棄したのだ」と主張した。


アメリカが唯一の超大国の座から転落した現在、アメリカの核の傘にもう頼ることはできない。ロシアを見てもわかるように、核を保有することは国際政治で大きな力を持つことになる。自衛のための核保有は必要だ。今後、そういう考えが世界を覆うのは間違いないでしょう。これこそが従来の秩序が崩壊し世界が多極化したあとに必然的に立ち現れる、国際政治の末期的な光景です。

日本でも、中国や北朝鮮の脅威から自国を守るためにはアメリカの核の傘に頼っていてはダメだ、核の保有も選択肢に入れるべきだという声が大きくなるに違いありません。

今回のロシアの侵攻に対して、「ベネズエラのマドゥロ、キューバのディアスカネル両政権は22日、(略)ロシアのプーチン大統領の立場に相次いで支持を表明した」(時事ドットコムニュース)そうです。反米左派政権の両国は米国から厳しい経済制裁を受けており、軍事と経済の両面でロシアへの依存を強めているからだそうですが、こういったところにもロシア・マルクス主義の末路が示されているように思います。「国家社会主義ドイツ労働者党」という党名を名乗ったナチスとどう違うのか、私には理解の外です。

最新のニュースではロシア軍がキエフに迫っているそうで、予備役も招集したウクライナ軍との間で市街戦の可能性も高まってきました。5万人の犠牲者が出るという話も俄かに現実味を帯びてきました。

そんななかで、個人的にささやかな希望として目に止まったのは、ロシア国内の反戦デモのニュースです。ロシア各地で反戦デモが行なわれ1700人超が拘束されたそうです。ロシア政府は、いかなる抗議活動も犯罪行為として収監すると表明しており、そのなかで人々は街頭に出て「戦争反対」の声を上げているのです。

私は、ロシア国内の反戦デモに、ロシア革命の黎明期にボリシェヴィキ政府に反旗を翻したクロンシュタットの叛乱さえ夢想しました。革命の変質に憤ったクロンシュタットの水兵たちは、レーニンやトロッキーを革命の裏切者として指弾して蜂起し、鎮圧するために派兵された革命軍=赤軍と二度に渡る戦闘を繰り広げたのでした。叛乱に対して弾圧を指示する党の最高責任者はトロッキーでした。のちに党内の権力闘争に破れて国外に逃亡したトロッキーは、ノルウェー亡命中にかの『裏切られた革命』(岩波文庫)を書いてスターリン体制(主義)を批判。とりわけ世界の若いコミュニストたちに多大な影響を与え、日本でも革命的左翼を自称する新左翼の活動家たちから反スターリン主義の象徴として思想的に神格化されるようになったのでした。しかし、既に革命の黎明期において、トロッキーはクロンシュタットの水兵たちによって、裏切られた革命の当事者として指弾されていたのです。

私が夢想したのは、ロシア軍のなかで、反戦デモに呼応してプーチンに反旗を翻す兵士が出現することです。もしかしたら、それが千丈の堤が崩れる蟻の一穴になるかもしれないのです。

唐突な話ですが、沖縄で高校生がバイクを運転中に警察官の警棒と「接触」して(ホントは叩かれた?)失明した事件でも、若者たちがSNSで集まり警察署に押しかけ直接抗議をしたからこそ、警察もやっと重い腰を上げ、(しぶしぶながら)真相を究明する姿勢を見せるようになったのです。警察に押しかけてなかったら事件は闇に葬られたでしょう。市井の人々が声を上げて行動すると、思ってもみない力を発揮することもあるのです。

ロシアやアメリカなど大国の論理に対して、ウクライナ人もロシア人もアメリカ人も日本人もないという、平和を希求する人々の生の声を上げ続けることが何より大事でしょう。人民戦線とは、本来は共産党の前衛神話を前提とするようなものではなく、そのように民衆の連帯によって自然発生的に生まれる闘いの形態のことを言うのではないでしょうか。現代はスペインの人民戦線を描いたジョージ・オーウェルの『カタロニア賛歌』(岩波文庫)の頃とは時代背景が違うと言う人がいますが、たしかに『カタロニア賛歌』のなかでも批判的に書かれていた共産党の前衛神話を前提とするような党派的な考え方をすれば、そう言えるのかもしれません。しかし、国家や党派とは関係なく民衆の素朴実感的なヒューマニズムの所産として人民戦線を考えれば、本質的には何も変わってないし、その今日的な意味は全然有効なのだと思います。

今までも私たちの日常は大国の核の傘の下にあったわけですが、全体主義の時代は、私たちの日常がウクライナの市民たちと同じように、核の脅威(プーチンのような脅し)に直接晒されることになるのです。その意味でも、今回の蛮行は決して他人事ではないはずです。
2022.02.25 Fri l ウクライナ侵攻 l top ▲
ロシア国旗


ロシアのプーチン政権によるウクライナ侵攻は依然予断を許さない状態が続いています。アメリカとロシアの情報戦も激しくなっていますが、これって普通に考えても戦争前夜と捉えるべきでしょう。

ロシアの強気な姿勢について、今日の朝日新聞は次のように書いていました。

  ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ東部の自称「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を承認したことは、冷戦終結後に各国が育んできた国際秩序への公然たる挑戦だ。力ずくの外交姿勢は、国際的なルールの順守や各国の主権の尊重、領土の一体性を無視している。
(略)
  米国とロシアとの間に立って対話の可能性を探り、米ロ会談の調整にこぎ着けたフランスなど欧州の仲介努力に冷水を浴びせた形となった。武力行使を避けようと奔走した欧州各国の努力に、真剣に応じることなく、逆に冷笑するかのように、その求めをはねつけた。


朝日新聞デジタル
外交努力を踏みにじったプーチン氏 全土侵略の布石か、世界の行方は(有料記事)

このロシアの強気な姿勢が示しているのは、今までも何度もくり返し言っているように、アメリカが唯一の超大国の座から転落して世界が多極化するというあらたな世界秩序(とも言えないような秩序)の時代に入ったということです。ありていに言えば、アメリカが世界の警察官として君臨してきたパクス・アメリカーナの終焉です。

これからは、このような大ロシア主義や”中華社会帝国主義”とも言うべき中国の新中華思想やイスラム主義が、あらたな世界秩序の間隙をぬってさらに台頭して来るでしょう。そして、今回のウクライナ危機と同じような危機が世界のさまざまな場所で発生するのは必至でしょう。

今回のウクライナ危機を見てもわかるとおり、アメリカはもはや過去のアメリカではありません。あきらかに腰が引けています。そこをプーチンに見透かされているのです。

もちろん、ロシアが核保有国であることが大きな足枷になっているのも事実でしょう。プーチンも盛んに核をチラつかせて欧米を脅していますが、欧米にとって、核戦争を回避するためにはロシアとの直接の軍事衝突は避けなければならないのです。せいぜいが経済制裁でお茶を濁しながら、ロシアの無法を外野席で野次るくらいが関の山です。ヨボヨボのバイデンが、負け犬の遠吠えみたいに虚しい「警告」を発していますが、ウクライナが我が身大事の欧米から見殺しにされるのは最初からわかりきった話なのです。

何度も言いますが、アメリカンデモクラシーももはや世界を主導する”正義の価値”ではなくなったのです。世界をアメリカが主導する時代が終わったのです。とんでもない全体主義の時代=無法が大手を振ってのし歩く悪夢のような時代と言えばそう言えるのかもしれませんが、しかし、歴史というのは、往々にしてそんな紆余曲折を経るものです。と同時に、グアンタナモ収容所に象徴されるアメリカンデモクラシーの欺瞞や、民主主義の名のもとにアメリカが世界各地で人民の自決権を蹂躙してきた”帝国の歴史”も考えないわけにはいきません。

大量破壊兵器の保持を口実にイラクに侵攻したアメリカに、ロシアの無法を非難する資格はないのです。また、アメリカは旧ソ連に対抗するためにイスラム圏でイスラム過激派を育て利用してきた経緯もあります。現在、イスラム過激派がアメリカに牙をむいているのも、いうなれば豹変した飼い犬に手を噛まれたようなものです。私たちは、全体主義の時代に慄くだけでなく、アメリカに対する幻想からも自由にならなければならないのです。

アメリカのやることはなんでも許されるというような時代が終わる。そう考えれば、全体主義の時代もまったく意味のないことではないように思います。あたらしい、よりバージョンアップした民主的な価値と世界の秩序を手に入れるための生みの苦しみと考えることもできなくはないのです。

とは言え、歴史の紆余曲折には多大な犠牲が伴います。ロシアがキエフなどに本格的に侵攻し市街戦になれば5万人の市民が犠牲になるという試算もあります。

一方、私たちにとって、ウクライナ危機も所詮は対岸の火事でしかありません。怖ろしいくらい冷めている自分がいます。5万人という数字も、日々AIがはじき出す単なる数値のようにしか受け止められてないのが現実です。

人間は自分で思うほど賢くはないので、塗炭の苦しみや悲劇を経験しないとあたらしい価値に目覚めることはないのかもしれません。今回のウクライナ危機を見ても、世界が第二次世界大戦から何も学んでないことがよくわかります。それはロシアだけでなく、先進国を自称しながら為す術もないG7の国も同じです。SDGsだとかAIだとか言っても、感情と欲望の動物である人間はたいして進歩もしてないのです。

手前味噌になりますが、このブログで世界の多極化を予見した「世界史的転換」という記事を書いたのは、2008年のリーマンショックのときでした。あれから13年、多極化する世界の輪郭がよりはっきりしてきたのはたしかでしょう。


関連記事:
世界史的転換
2022.02.22 Tue l ウクライナ侵攻 l top ▲
このところわけもなく憂鬱な気分が続いていますが、まるでそれに追い打ちをかけるかのように、昨日、田舎の高校時代の同級生から電話がありました。

田舎にいる同級生が急死したと言うのです。その同級生のことは前にこのブログにも書いたことがあります。今、ブログを読み返すと、彼とは2017年に帰省した折りに、高校を卒業して以来久し振りに会っています。そのあとも一度会いました。

昨日電話があった同級生に僧侶をしている別の同級生から電話がかかってきて、彼が亡くなったことを告げられ、既に49日の法事も済ましたと言われたそうです。

ちなみに、その僧侶をしている人間は、数年前だったか、昨日電話があった同級生に私の連絡先を教えてほしいと電話をかけてきたことがありました。理由を訊くと、住職がいない「空き寺」があるので私に住んでもらいたいと。「○○(私の名前)は小説を書いているんだろ。ちょうどいいじゃないか」と言っていたそうです。その話を聞いて、どこからそんな話が流れているのかわかりませんが、「オレは森敦や葛西善蔵のように思われているのか、凄いな」と思いました。

電話がかかってきた同級生は、「○○は本を読むのは好きだけど、小説を書いているという話は聞いたことがないな」と答えたそうです。そして、私に連絡先を教えてもいいかと電話をかけてきたのでした。もちろん、「そんなの断ってくれ」と言いました。

亡くなった同級生の実家は、高校がある街から数十キロ離れた山間の町でお寺をしていました。それで彼も僧籍を持っており、実家を離れているものの、頼まれれば葬儀で導師を務めていると言っていました。

ただ、高校の教師だったお父さんは既に他界しており、お母さんは同級生が引き取って現在は介護施設に入所しています。それで、実家のお寺は実質的に「空き寺」になっているため、門徒も僅かしか残ってないと言っていました。

ある日、昔からの門徒のお婆さんから電話がかかってきて、「入院している主人がそう長くないと思うので、そのときは住職さんにお願いします」と言われたそうです。「ええ、わかりましたよ。ちゃんとお弔いをさせてもらいますよ」と答えて電話を切ったそのすぐあとに、お婆さんの息子から電話がかかってきて「今の話はないことにして下さい」と言われたという話をしていました。「お前、そう言われたらショックだったろ?」と私が訊くと、「いや、仕方ないよ」と言ってました。

高校時代、私は母親の実家に下宿していたのですが、彼もまたお母さんの実家だかに下宿していました。ちょうどお互いの下宿が近所で、しかも、双方の祖母が老人会で一緒に旅行するくらいよく知っている仲だったということもあって、自然と付き合うようになったのでした。そんななかで、下記の関連記事のなかに書いているようなあわや水難事故のような出来事も起きたのでした。

糖尿病がかなり進行していたので、こうなることを予想できなかったわけではありません。奥さんは学校の先生をしているそうですが、まったく面識がないので焼香に行くのもためらわれると同級生も言っていました。

僧侶をしている人間にどうして連絡が行ったかと言えば、生前、葬儀の”仕事”を彼からまわして貰っていたからです。「アルバイトみたいなもんじゃ」と言っていました。

かなり前ですが、田舎で同級生たちが飲み会をしていた際、そのなかのひとりから電話がかかってきたことがありました。そして、「なつかしい人間がここにおるぞ」と言って、亡くなった彼に電話を代わったのでした。

「○○、久し振りじゃなあ。どうしちょるか?」
そう言われると、私のなかに昔のようなイタズラ心が頭を擡げて、「オレなあ、お前たちの前に顔出しできん事情があったんじゃ」と言いました。
「何かあったんか?」
「刑務所に入ちょったんじゃ」
「エッ、何かしたんか?」
「人を殺したんじゃ」
「エエッ」
「誰にも言うなよ。10年以上入ちょった」
「そうか、詳しいことは聞かんけど大変じゃったな」
「お前ならわかってくれるやろ。仏教には悪人正機説があるじゃねえか」
「まあな‥‥」
しばらく沈黙したのち、
「そっちにおっても大変じゃろ。こっちに帰ってくればいいのに」
「こんな前科者に仕事はあるかのぉ?  帰ったら、お前、仕事を紹介してくれるか?」
と言ったら再び黙りこくってしまいました。

なんだか人生の黄昏が容赦なく訪れているような気がしてなりません。高校時代の一時期、時間を共有した同級生がこうして亡くなると、その共有した時間もとても悲しいものに思われるのでした。

こんなときこそ山を歩きたいと思います。冬枯れの森のなかを誰にも会わずにひとりで黙々と歩きたい。でも、まだ膝が完治していないため、それも叶わないのでした。


関連記事:
ふるさとの黄昏の風景

2022.02.20 Sun l 訃報・死 l top ▲
昨日(2月5日)西村賢太が急死したというニュースがありました。

享年54歳という年齢を考えれば早すぎる死と言えますが、しかし、本人も常々痛風を患っていると書いていましたし、その外貌を見てもわかるとおり、「破滅型の私小説作家」というメディアが作ったイメージをまるで演じているかのように自堕落な生活を送っていましたので、知らず知らずのうちに病魔に身体が蝕まれ寿命を縮めていたのかもしれません。

こんなことを言うとまた顰蹙を買うかもしれませんが、彼を見るとジャンクフードの食べ過ぎでメタボになって命を縮めていく低所得層の若者や一部の生活保護受給者の姿とダブって見えて仕方ありません。

もとより彼自身の人生は、文学という”拠り所”を除けばそんなアンダークラスの人間達と寸分も変わりはないのです。もし、芥川賞を受賞していなければ、今頃は生活習慣病を患い、公的な扶助を受けながらままならない身体を抱えて生活していた可能性大でしょう。

彼が「歿後弟子」を任じる藤澤清造は、同じ季節の1932年1月29日、東京の芝公園内で凍死体となって発見され、行旅死亡人として火葬されたのですが、西村賢太の場合も遺族は見つかっておらず、このまま見つからなければ自治体の権限で火葬されるという報道がありました。

しかし、西村賢太には母親と姉(だったか?)がいたはずです。母親がまだ存命かどうかわかりませんが、遺族が見つからないということはないはずです。ただ、DVもあったみたいなので、「もう関わりたくない」と身元の引き受けを拒否するケースも考えられます。仮に身元の引き受けを拒否されても身元不明ではないので、藤澤清造のように行旅死亡人として処理されることはないでしょう。それに原稿料や印税の収入もあるでしょうから、公的な葬祭扶助を受けることもなさそうです。

作家・西村賢太としては、2月2日の讀賣新聞に掲載された石原慎太郎の追悼文がいわゆる「絶筆」となったそうです。

讀賣新聞オンライン
胸中の人、石原慎太郎氏を悼む…西村賢太

西村賢太と石原慎太郎は、それこそ黒沢映画の「天国と地獄」のような対極的な存在と思っていましたので、この追悼文を読んで意外な気がしました。

追悼文は冒頭「石原慎太郎氏の訃報に接し、虚脱の状態に陥っている」という文章で始まっています。中学を卒業してそれこそ新潮文庫を製本している会社でアルバイトをしていた頃から石原慎太郎の小説を愛読していたのだそうです。大藪春彦や中上健次ならわかりますが、どうして石原慎太郎なのかと思ってしまいます。追悼文にはこう書いていました。

 そして初期の随筆『価値紊乱者の光栄』を読むに至って、愛読の中に敬意の念が色濃くなっていった。
(略)
 石原氏の政治家としての面には豪も興味を持てなかった。しかし六十を過ぎても七十を過ぎても、氏の作や政治発言に、かの『価値紊乱者の光栄』中の主張が一貫している点に、私としては小説家としての氏への敬意も変ずることはなかった。


私は彼が随筆で書いていた「芥川賞の選考委員の乞食根性の老人」という文言を見たとき、文藝春秋社を後ろ盾にして文字通り文壇のボスとして、反吐が出るような文壇政治に権勢を振るっていた石原慎太郎の顔が真っ先に浮かんだのですが、しかし、それは違っていたのです。もちろん、追悼文でも書いているように、芥川賞の選考の際、みずからを強く押してくれたその恩義でお追従を書いている部分もあるのかも知れません。

芥川賞受賞後は芸能プロダクションのワタナベエンターテインメント(渡辺プロ)とマネジメント契約を結び、テレビのバラエティ番組などにも出演していましたが、それを見るにつけ、藤澤清造の「歿後弟子」とか言いながらただのミーハーのおっさんじゃないかと思ったことを覚えています。

石原慎太郎の「価値紊乱」を本気で信じていたなんて、一体どんな「価値」を見ていたんだと言いたくなります。たとえ虚構であったにせよ、芥川賞を受賞したことで、伝統的な私小説作家としての気概(孤高の精神)を失ったように思えてなりません。

石原の次男の石原良純は、父親は政治家というより最後は文学者として生をまっとうしたというようなことを会見で述べていましたが、私はそれを聞いてお茶を吹きそうになりました。『石原慎太郎を読んでみた』(原書房)の著者(栗原裕一郎氏との共著)の豊崎由美氏は、石原と会った際、「政治家ですか? 小説家ですか?」と訊いたら、石原は「小説家に決まってるだろっ」と気色ばんだそうですが、石原は文学に政治のことばを持ち込み、日本の戦後文学をメチャクチャにした張本人とも言えるのです。

下記の「関連記事」でも書いていますが、とどのつまり、西村賢太の「破滅型の私小説」も、石原慎太郎の「価値紊乱」も、単にディレッタントに消費されるエンターテインメントにすぎなかったのです。森敦の「月山」などと比べても、二人は百年後も読み継がれるような作家かと言えば、とてもそうは思えません。


関連記事:
人名キーワード・西村賢太
森敦「月山」
2022.02.06 Sun l 訃報・死 l top ▲
年末年始は本を読んで過ごしました。でも、あっという間に過ぎ、何だか年末と年始の区切りもないような感じでした。

年を取るとやたら昔のことが思い出され、センチメンタルな気分になるものです。正月もまた然りで、昔、正月は文字通りハレのイベントでした。しかし、今はさみしい風が吹いています。

子どもの頃、年の瀬も押し迫ると、親と一緒に近所の洋品店に行って、新しい服を買うのが決まりでした。下着はもちろんですが、セーターやジャンパーなども買って貰いました。そして、田舎だったのでどこに行くわけでもなかったけど、正月にはそれらを着て晴れがましい気持になったことを覚えています。

また、年末になると、どの家もそうでしたが、散髪に行くのが慣例になっていました。余談ですが、九州では「床屋」のことを「散髪屋」と言ってました。ちなみに、母親が行く美容院は「パーマ屋」でした。

その習慣は今でも私のなかに残っており、正月が近づくと必ず新しい下着を買っています。もっとも、今はAmazonで買っています。散髪にも欠かさず行っています。

母親たちも「パーマ屋」に行ってパーマをかけていました。そのため、正月はどの家のおばさんもみんな一緒の髪型をしていました。

子どもの頃、婦人会というのがあって母親たちはみんなそれに入っていました。しかも、えんじ色の婦人会の「会服」というのもあって、婦人会の旅行に行くときもそれを着て行ってました(先日、メルカリに当時の「会服」が出品されていてなつかしい気持になりましたが)。

母親が旅行から帰るとき、お土産を楽しみに家の前で待っていると、貸切バスを降りて通りの向こうから同じ髪型と同じ服装のおばさんたちの集団がやって来るのでした。

あの頃はまだマイカーもない時代でしたし(我が家は父親が「メグロ」のオートバイに乗っていました)地域のきずなも強かったので、とにかく貸切バスで日帰り旅行によく行ってました。商工会の旅行、水道組合(水道は公営ではなく自分たちで簡易水道組合を作って家庭の水を供給していた)の旅行、それから当時、田舎では町内会のことを「部落」と呼んでいたのですが、学校のバス旅行とは別に「部落」の子供会の旅行というのもありました。

そうやって九州の山間の温泉町から年に何回か”都会”(と言っても地方都市に過ぎなかったけど)に遊びに行くのが楽しみだったのです。旅行も現在のように神社仏閣や自然の景観を求めて行くのではなく、とにかく街場やその近辺の遊園地などに行くのが主でした。そのときも必ず散髪して、下着も新しいものを着て行ってました。

近所の洋品店の「おいさん」(おじさんのことを田舎では「おいさん」と呼んでいた)は、年に何回か別府から関西汽船に乗って大阪の船場に商品を仕入れに行っていました。大きな風呂敷包を何個も背負って仕入れから帰ると、近所のおばさんたちが新しく仕入れた洋服の品定めに行くのがならわしでした。あたらしく仕入れた洋服は、おばさんたちには、都会の風も一緒に運んできた流行はやりのものに映ったのでしょう。

年を取ると年々年賀状も少なくなります。そのわずかな年賀状のなかに田舎の友達からのものがありました。彼の年賀状はいつも三が日が終わってから届くのですが、それには理由があるのです。

大晦日、隣町の宮崎県の山に登り尾根の上から初日の出を撮影して、それを年賀状にして送って来るからです。もうそんな年賀状が10年近くつづいています。若い頃は子どもたちも含めた家族の連名で年賀状が届いていましたが、ある年から山の初日の出の年賀状に変わったのでした。

その年賀状のなかに「何度か電話したけど出ませんでした」と書いていました。それで、電話してみました。

すると、「見放されたのかと思ったよ」と言うのです。私が着信に気が付かなかっただけなのですが、借金の申し出の電話だと思われて電話に出るのを拒否されたのかと思ったそうです。

彼のことは前も書いた覚えがありますが、彼は田舎でも旧家で大きな商家の跡取り息子でした。叔父さんは私がかつて勤めていた会社の関連会社の社長をしていたし、彼も含めて姉弟もみんな東京の大学に進んだような分限者(金持ち)でした。

そして、彼は会社勤めを数年したあと、田舎に帰って家業を継ぎ、典型的なお嬢様育ちの女性と見合い結婚しました。私も結婚式に出席しましたが、それは盛大な結婚式でした。しかし、やがて商売がうまくいかなくなり家も没落。借金を抱え、奥さんとも離婚したのでした。

奥さんは実家に帰り、三人の子どもたちも母親の方に付いたので、以来、子どもたちとも音信不通になっているそうです。それどころか、子どもも既に結婚して孫も生まれたみたいだけど、孫の顔も一度も見てないと言っていました。もしやDVが原因なのではと思って問いただしたら、そうではなく、商売がうまくいかなくなり借金が嵩んだことが原因だと言っていました。そのため、今は老人ホームに入っているお母さんと二人だけの生活になったのです。年賀状が山の初日の出に変わったのはそれからです。

彼自身、この10年間は借金の返済に追われていたと言っていました。夜はホテルの皿洗いのバイトをしたり、土木工事のバイトまでやっていたそうです。重機など運転できないので、現場監督から怒鳴られながらスコップで土を掘り起こす「いちばんきつい仕事をやらされた」と言ってました。食事も山に行って取って来た山菜を使ったりして、出来る限りお金をかけない「昔では考えられないような」質素な生活をしていたそうです。アルバイトのあと、深夜の田舎道を軽自動車で自宅に帰る途中、死にたいと思ったことが何度もあると言っていました。そんな生活をつづけたお陰で去年借金を完済してひと息ついたそうです。「コロナが落ち着いたらまた帰っちきちょくれ。ゆっくり話したいことがあるけんな」と言っていました。

生まれ育った土地で、そんな没落した姿を晒して生きるのは、想像する以上にしんどいものがあったはずです。でも一方で、それまであまり付き合いのなかった高校時代の同級生が野菜を持って来てくれたり励まされたりして、田舎でも人の温かさを感じることはあったと言っていました。彼は「捨てる神もあれば拾う神もある」と言ってましたが、田舎に帰って嫌なことも多かったけど、それでも帰ってよかったと今でも「思っちょる」と言っていました。私は自他ともに認める人間嫌い、田舎嫌いの人間なので、なんだかそれは私に向けて言っているようにも聞こえました。

内田樹氏も、阪神大震災に遭遇した際に娘と二人で避難生活をした体験を語ったインタビューのなかで、人の情けが身に染みたと言っていましたが、晩年田舎で一人暮らしをしていた私の母親も、時折電話してきて、近所の○○さんがよくしてくれてありがたいというような話をしていました。他人にあんなに親切にするなんて普通はできないよと言っていました。

その近所のおばさんは私も知っていますが、しかし、少なくとも私が知る限り、我が家とそんなに親しい付き合いはしていませんでした。だから、母親からその話を聞いたとき意外な気がしたのですが、でも、ホントに親切心から母親の世話を焼いてくれていたようです。

年末年始に読んだ本のなかに、伊藤亜紗編『「利他」とは何か』(集英社新書)という本があったのですが、そのなかで編者の伊藤亜紗氏は、ジャック・アタリが主張する「合理的利他主義」について、次のように書いていました。

  合理的利他主義の特徴は、「自分にとっての利益」を行為の動機にしているところです。他者に利することが、結果として自分に利することになる。日本にも「情けは人のためならず」ということわざがありますが、他人のためにしたことの恩恵が、めぐりめぐって自分のところにかえってくる、という発想ですね。自分のためになるのだから、アタリの言うように、利他主義は利己主義にとって合理的な戦略なのです。
(『「利他」とは何か』)


伊藤氏は、「利他」を考える場合、個人的な感性に依拠した「共感」ではなく、「『自分にとっての利益』を行為の動機」にするような合理的な考え方(理性)の方が大事だと言います。何故なら、「共感」だけでは新型コロナウイルスのような「地球的規模の危機」に対応できないからだと書いていました。

「共感」には、仏教で言う「施し」のような観念がどうしても入り込んできます。そういった観念は、相手のためになることをすれば相手もそれを返してくれるという考えに行き着いてしまいます。『「利他」とは何か』でも書いていましたが、それでは相手を自分のコントロール下に置くことになるのです。しかし、人のためにすることがまわりまわって自分のためになるというふうに考えれば、義務感からも解放され、率直に優しい心や親切心を持てるような気がするのです。それは、たとえば一つの部屋にいて、他人を温かくすれば自分も温かくなるというような考え方です。

伊藤氏の「地球的規模の危機」の話に戻れば、たとえばコロナ・ナショナリズムで先進国がワクチンを独占して南の発展途上国にワクチンが届かなければ、今回のように変異株による感染に繰り返し襲われ、いつまで経ってもパンデミックから脱却することができないのです。今必要なのは、南の貧しい発展途上国の人たちが可哀そうだからというような「共感」より、同じ地球に住む人間みんなが同じようにワクチンを打たなければパンデミックは収まらないという事実を直視した(理性に基づいた)考えなのです。

彼はサラリーマン時代が短くあとは自営業だったので、年金も月に6万円くらいしかないそうです。「老後は月に6万円でどう暮らしていくか、それが課題じゃ」と言っていました。

でも、スーパーボランティアの尾畠さんだって月に5万円の年金生活で、ああやって全国各地にボランティアに出かけたり、地元の由布岳の登山道を整備したり、山に登ったりしていたのです。

高校時代、私は尾畠さんがやっていた魚屋の前を毎朝通って学校に通っていたのですが、ああいった精神というのもやはり登山が育んだ一面があるような気がしてなりません。私は最初、変な爺さんみたいにしか思っていませんでしたが、こうして再び山に登るようになり、だんだん年老いて行くと、尾畠さんの生き方の凄さが痛感されてならないのでした。

アドバイザー契約を結ぶメーカーから提供された馬子にも衣装のような登山服を着た著名な登山家が語る登山や、ユーチューバーがGoogleからの広告料を目当てに発信する軽薄な登山と、尾畠さんのそれとは似て非なるものですが、尾畠さんのような「吾唯知足」の生き方のなかにこそ自分たちの老後のヒントがあるのではないか。そんな話をして電話を切ったのでした。
2022.01.10 Mon l 日常・その他 l top ▲
ようやくと言うべきか、日本でもオミクロン株の市中感染が確認されるようになりました。欧米では既に万単位で感染者が発生し過去最多を記録するなど感染が急拡大しているのですが、日本はまだ数百人程度です。これは(今まで何度もくり返してきたことですが)日本特有のPCR検査の少なさが影響しているのは間違いないでしょう。

日本の場合、PCR検査は症状があって病院に受診した人か濃厚接触者に指定された人に限られていました。他には、入国者と帰国者に空港で抗原検査が行われていただけです。これでは市中感染の捕捉率が著しく低くなるのは当然なのです。つまり、市中では無症状や軽症の人は完全に野放しで、感染者のデータにも上がって来ないのです。ややもすれば、感染者数が少ないのは、日本の感染対策がすぐれているからという「ニッポン凄い!」の自演乙になりがちですが、間違ってもそんな話ではないのです。

ただ、ここに来て、東京都、大阪府、京都府、沖縄県では希望者が無料でPCR検査を受けることができるようになったようです。「モーニングショー」の玉川氏が言うように、遅きに失した感はありますが、一歩前進と言っていいでしょう。

一方で、今までの変異株に比べて、感染力が強いにもかかわらず逆に重症化率が低い(弱毒化されている)と言われるオミクロン株は、ウィルスの生き残り戦略における最終型だという説もあります。そうやって世界的に集団免疫が獲得され、ウィルスと人間の共生がはじまるというわけです。その意味でも、世界的な集団免疫を阻むワクチン・ナショナリズムはきわめて反動的で、愚の骨頂と言うべきでしょう。

前に紹介した『感染症と文明』(岩波文庫)の著者の長崎大熱帯医学研究所の山本太郎教授も、先日の朝日新聞のインタビュー記事で、次にように言っていました。

朝日新聞デジタル(有料記事)
コロナ2年、「敗北」後にめざす社会は? かぜになるのは10年

※以下、引用はすべて上記記事

  オミクロン株は、「ウイルスに国境はない」と改めて教えてくれました。

  ワクチン接種をアフリカなど途上国でも進めないと、いくら先進国で接種率を高めても新しい変異が出てくる。

  もっと国際協力を進めないといけません。


山本教授によれば、「新型コロナには約3万の塩基があり、1年で0.1%が変異する。つまり1年に30個ほどの変異」が出て来るそうです。デルタ株やオミクロン株はそのひとつにすぎないのです。

ウィルスは人など宿主の細胞のなかでしか増殖できない微生物なので、宿主が死ぬとウィルスも生きていくことはできません。そのため、宿主の寿命を奪うのではなく、逆に弱毒化して宿主と共生(共存)しようとする性質を持っているのだそうです。ウィルスを撲滅しようとすると、ウィルスもそれに抗い有毒化するので、宿主にとっても、弱毒化したウィルスと共生していくのが一番賢明な方法だし、むしろそれしか道はないのです。人もまた自然の一員である限り、自然と共生(共存)するしかないということです。

  ウイルスや他の生物と共生せずに生きることはできません。自分と違うものを排除するのではなく、包摂した社会をどうつくるかが問われています。

  自分と違うものを認めることから始まるのではないでしょうか。

  国籍や肌の色、性的指向……。違う人に共感できる社会であろうよと。


排除したり撲滅したりするのではない、共生するという考えが求められているのです。しかし、パンデミック下の世界では、人々の考えはむしろ逆を向いているように思えてなりません。

ワクチン・ナショナリズムも然りですが、ワクチンだけでなく、政治でも文化でもヘイトな考えが蔓延するようになっています。と言うか、ヘイトが当たり前になっているのです。

新型コロナウィルスは、自然をないがしろにする人間社会のひとりよがりな文明に対する自然界からのメッセージ(警告)であり、同時に未開の周辺域を外部化して際限もなく開発、収奪しつづける資本主義がみずから招いた災禍でもあります。しかし、そう考える人はごく一部にすぎません。前に書いたことのくり返しになりますが、山本教授も次のように言っていました。

  人の活動域が広がり、野生動物のテリトリーにずかずかと入り込む機会が増えました。野生動物の生息域を奪い、ウイルスが人に感染する確率を上げていました。

  そして狭くなった地球が、人から人へと流行を広げました。人の往来が増え、グローバル化が進んだことが拍車をかけたのです。

  新型コロナは、ロンドンやニューヨーク、東京といった巨大都市で大流行しました。人口密度が高く通勤時間も長い。必然です。


  ウイルスの特徴がわからなかった2020年春ごろには、緊張感はあって当然でした。

  しかし、戦う相手とみなし、根絶させようとするのは違います。

  攻撃すれば、相手も強くなろうとする。生物は競争と協調を繰り返し、均衡点を見いだす。そうすることで自然は成り立っています。

  同じ場所で交わっているのではなく、互いにテリトリーを尊重しながら、それぞれの場所で生き続けるのが共存です。


共生の思想しか新型コロナウィルスを克服する方法はないのです。その肝心なことが忘れられているように思えてなりません。

何度も繰り返しますが、今回のパンデミックは、人間社会の傲慢さに対する自然界からのシッペ返しとも言えるのです。もちろんそれは、『歎異抄』が言う「わがはからい(計らい)」である人間の小賢しい知識で対処できるようなものではありません。今をときめくAIも、野生動物を介した自然界=原始の世界からのシッペ返しに為す術もなく、ほとんど役に立ちませんでした。むしろ、監視社会化という愚かな人間がより愚かに自分で自分の首を絞める方向に使われただけです。にもかかわらず、多くの人たちは、新型コロナウィルスの本質を見ようともせず、自然はコントロールできるかのような傲慢な考えに囚われたままなのです。


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2021.12.26 Sun l 新型コロナウイルス l top ▲
三浦春馬・竹内結子につづいて、今度は神田沙也加なのかと思いました。2019年には菊田一夫演劇賞を受賞するなどミュージカル女優として高い評価を得て、しかもミュージカル女優のひとつの頂点とも言える「マイ・フェア・レディ」のヒロインを務める公演の只中で、宿泊先のホテルの部屋から身を投じたのです。なんだか切なくてやり切れない気持にならざるを得ません。

母親の松田聖子は、国家公務員の父親のもと、プチブルのめぐまれた家庭でなに不自由なく育ち、たとえば彼女のデビューと入れ替わるように引退した山口百恵などとは対極に位置する、新しい時代の衣装を纏ったアイドルと言われました。小倉千加子は『松田聖子論』(朝日文庫)のなかで、松田聖子のことを「<近代家族の退屈>という温室の中で育った、芸能人としては稀有のケースに属する少女」と評し、そこに松田聖子というアイドル歌手の現代性があるのだと書いていました。

神田沙也加は、そんな”豊かな時代”(という幻想)を代表するアイドル歌手の一人娘として生まれたのですが、しかし、三浦春馬や竹内結子と同じように、幼い頃、両親の離婚を経験します。松田聖子と神田正輝が離婚したのは、彼女が10歳のときだそうです。

もちろん両親の離婚が彼女の自死に直接関係しているわけではないでしょうが、しかし、それが幼い少女のトラウマになり、三浦春馬や竹内結子と同じように、彼女のなかに孤独な心をもたらしたのは間違いないでしょう。

また、その後、母親の再婚に伴ってアメリカに移住したものの、再度の離婚で帰国し、転入した私立中学でひどいいじめに遭ったとも言われています。それが心の傷としてずっと残っていたということもあるかもしれません。

彼女が身を投じたとき、外は雪が降っていたみたいで、窓下の屋外スペースに倒れているのが発見された彼女の身体は、30センチくらいの雪に埋もれた状態だったそうです。彼女の人気と評価を不動のものにした「アナと雪の女王」ではないですが、その光景になんだかせめてもの救いがあるような気がしました。

遺書も残されてないみたいなので、具体的に何が原因で35歳の生涯をみずから閉じることになったのか、今となっては誰にもわからないのですが、ただ彼女は人知れずずっと自分のなかの孤独な心と向き合っていたに違いありません。そして、徐々にそのなかに引きずり込まれ、気が付いたとき、もはや後戻りできない自分がいたのではないでしょうか。

宮本亜門がテレビのインタビューで語っていましたが、彼が演出を務めたミュージカルのオーディションに神田沙也加が一般応募して主役の座を射止めたとき、彼女が宮本に「有名人の子どもだから選ばれたのでしょうか?」と尋ねたそうです。しかし、審査の際、彼女が松田聖子の娘であることは知らなかったので、そうではないと答えたら、その大きな瞳で宮本を見つめながら「私、本物になりたいんです」と言ったのだと。そのエピソードには、親の七光りを何の臆面もなく利用する世の二世タレントとは違った苦悩が彼女のなかにあったことを伺わせます。と同時に、歌手になるまで九州に帰らないと言った母親とよく似た意志の強さも感じました。

三浦春馬も竹内結子も、そして神田沙也加も、テレビのバラエティ番組に積極的に出るタイプではなく、むしろお笑い芸人が作り出すわざとらしくハイテンションなバラエティ番組の空気感とはそぐわない感じに見えました。また、みずからのプライバシーを切り売りするタイプの芸能人でもありませんでした。それは、ひとえに孤独な心を持ち、人一倍ナイーブな感性を持っていたからではないでしょうか。そうであるがゆえに、パンデミック下のえも言われぬ陰鬱な空気も人一倍感受していたのかもしれません。

毎年同じことを書いているように思いますが、年の瀬を迎えると「人身事故」で電車が止まることが多くなります。都内に乗り入れる路線では、毎日どこかで電車が止まっています。今では自殺は、電車が止まったとか、人を巻き込んだとか、有名人だったとか、そういった場合にニュースになるだけです。

でも、一方では、毎年2万以上の人たちがみずから命を絶っている現実があるのです。警察庁の統計によれば、昨年(令和2年)の自殺による死亡者は21081人です。もっとも、これでも平成15年の34427人からずっと下がりつづけているのです。男女比で言えば、男性が女性の2倍多いそうです。ただ、前も書いたことがありますが、専門家の間では死亡した人間の背後には、未遂に終わった人間がその10倍いると言われているのです。むしろ、そっちの方が衝撃的です。10倍説に従えば、昨年だけでも自殺未遂者は20万人以上もいることになります。同じ人間が何度も繰り返す場合もあるでしょうが、この10年間で200万人以上が自殺未遂していると考えることもできるのです。それくらい自殺は身近な出来事なのです。

年齢の離れた私でさえ、ニュースを聞いて以来ずっと気分が落ち込だままで、たしかに死んだ方が楽になるかもしれないという思いを抱くことがあります。江藤淳の「形骸を断ずる」ということばにひどく囚われる自分を感じることもあります。まして若い人たちのなかには、三浦春馬や竹内結子や神田沙也加とそう遠くない場所にいると思っている人も多いのではないでしょうか。要は、(言い方が適切ではないかもしれませんが)ちょっとしたきっかけや弾みなのです。それくらい死の誘惑はすぐ近くにあるのです。死を選択するのはホントに紙一重なのです。しみじみそう思えてなりません。


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2021.12.21 Tue l 芸能・スポーツ l top ▲
彼は早稲田で死んだ


元朝日新聞記者の樋田毅氏が書いた『彼は早稲田で死んだ』(文藝春秋)を読みました。

また私事から始めますが、私はロシア文学が好きだったということもあって、高校時代、早稲田のロシア文学科に行きたいと思っていました。先生にそのことを話したら、「早稲田の文学部に行ったら、お前、殺されるぞ」と言われたのです。

結局、学力が伴わなかったので、高校を卒業すると上京して、高田馬場にある予備校に通ったのですが、予備校の講師はほとんどが早稲田大学の教員でした。受験のノウハウを教えるのにどうして大学の先生がと思いましたが、まあ出題する側なのでそれもありなのかなと思いました。でも、授業も大学の講義みたいな通り一辺倒なものだったので、自然と予備校から足が遠のきました。

そのため、予備校から実家に、テストの成績はまあまあだけど何分にも受けた回数が少なすぎますという手紙が届いたほどですが、予備校に行かなくなった私は、アルバイトをしながら、アテネ・フランセの映画講座に通ったり、新宿や高円寺のジャズ喫茶に入り浸ったりする一方で、三里塚闘争に関係する集会などにも参加するようになっていました。当時は身近でも学生運動の余韻がまだ残っていたのです。集会では、「軍報」というチラシが配れて、そこには「本日、✕✕にて反革命分子✕名を殲滅」などというおどろおどろしい文字が躍っていました。既に熾烈な内ゲバも始まっていたのです。

そして、集会などに参加するうちに、革マル派というのはセクトのなかでも”唯我独尊”で怖い存在だというイメージをもつようになり、高校時代の担任の先生のことばが今更のように甦ってきたのでした。もちろん、『彼は早稲田で死んだ』で取り上げられている川口事件が起きたあとでしたが、川口事件によって、暴力を盾にその恐怖で支配する革マル派のイメージが逆に強くなっていったように思います。それはヤクザのやり方とよく似ているのです。以来、どこに革マルが潜んでいるかわからないので軽率なことは言えない、みたいな考えにずっと囚われるようになりました。

革マル派の”唯我独尊”について、「JR『革マル』三〇年の呪縛、労組の終焉」という副題が付けられた『トラジャ』(東洋経済新報社)の著者・西岡研介氏は、同書のなかで次のように書いています。

   63年の結成以来、10年余にわたって「革命的共産主義者同盟全国委員会」(中核派)や「革命的労働者協会」(革労協)など対立セクトと陰惨な”内ゲバ”を繰り返していたが、70年代後半からは組織拡充に重点を置き、党派性を隠して基幹産業の労組やマスコミなど各界各層に浸透。現在も全国に5500人の「同盟員」を擁すると言われており(18年1月現在 警視庁「極左暴力集団の現状等」)、極めて非公然性、秘匿性、排他性の強い思想集団だ。
(『トラジャ』)


『彼は早稲田で死んだ』の著者である樋田毅氏は、1972年一浪ののち、早稲田大学第一文学部に入学。愛知県から上京した著者は、新宿アルタにあるマクドナルドでアルバイトしたり、登山の同好会で丹沢や立山の山に登ったり、さらには体育会の漕艇部に入部して、埼玉県戸田市にある合宿所に移り、漕艇の練習と大学の授業に明け暮れる日々を送るのでした。学ランを着ていたのかどうわかりませんが、著者の樋田氏は「押忍(オスッ)」と挨拶するような体育会系の学生だったのです。

そんななか、1972年11月8日、文学部2年の川口大三郎君のリンチ殺人事件が発生します。11月9日の早朝、文京区の東大病院の構内に若い男性の遺体が放置されているのを出入りの業者が発見し、事件が発覚したのでした。前日、革マル派と対立する中核派のシンパと目された川口君は、文学部のある戸山キャンパスの構内を大学の友人3人と歩いていた際、革マル派の学生たちから、彼らが自治会室として使っていた文学部の教室に連行され、リンチの末殺害されたのでした。

学友たちは川口君が連れ込まれた自治会室に押しかけますが、見張り番の男たちに追い返されます。そのあと、連行されるのを目撃した学生の通報で大学の教員2人が二度自治会室にやって来ます。しかし、やはり見張り番の学生から「お前ら、関係ないから帰れ」「午後11時になると車が来るので俺たちも引き上げる」と言われると、部屋のなかを確認もせずにすごすごと帰って行ったそうです。

朝日新聞が報じた「東大法医学部教室による司法解剖の結果」によれば、死因は次のようなものでした。

死因は、丸太や角材でめちゃくちゃに強打され、体全体が細胞破壊を起こしてショック死していることがわかった。死亡時間は八日夜九時から九日午前零時までの間とみられる。
体の打撲傷の跡は四十箇所を超え、とくに背中と両腕は厚い皮下出血をしていた。外傷の一部は、先のとがったもので引っかかれた形跡もあり、両手首や腰、首にはヒモでしばったような跡もあった。
(『彼は早稲田で死んだ』)


当時、早稲田大学では、第一文学部と第二文学部(夜間)、それに社会科学部(当時は夜間)と商学部の自治会を革マル派が掌握しており、大学当局もそれを公認していました。そのため、学内では革マル派の暴力が日常化していたのでした。

革マル派が早稲田大学の第一文学部の自治会を掌握したのは、1962年頃だと言われているそうです。60年安保の総括をめぐって革命的共産主義者同盟が革マル派と中核派に分裂したのが1963年ですから、革マル派が正式に誕生する前から既に早稲田では革マル派系のグループが一文の自治会を握っていたのです。早稲田の一文は、革マル派の学生運動のなかでも原点、あるいは聖域とも言えるような特別な存在だったのです。

もちろん、授業料と一緒に徴収される自治会費がセクトの大事な資金源になっているのも事実で、そのためにも自治会は組織をあげて死守しなければならないのでした。

   当時、第一文学部と第二文学部は毎年一人一四〇〇円の自治会費(大学側は学会費と呼んでいた)を学生たちから授業料に上乗せして「代行徴収」し、革マル派の自治会に渡していた。第一文学部の学生数は約四五〇〇人、第二文学部の学生数は約二〇〇〇人だったので、計九〇〇万円余り。本部キャンパスのある商学部、社会科学部も同様の対応だった。
(同上)


著者が入学式に向かうため、地下鉄東西線の早稲田駅で下車し、階段を上って入学式が行われる戸山キャンパスの近くの交差点に差し掛かると、両側面に黒色で「Z」と書かれているヘルメットをかぶった男たちが「曲がり角ごとに無言で立って」いて、「緊張した面持ちで辺りを見回し、睨みつけるような鋭い視線をこちらに送ってい」たそうです。

さらに、クラスの教室で行なわれたガイダンスの席には、担任の教授の横に「ワイシャツに、ブレザー、ジーンズ姿」の男が立っており、最初は副担当か助手だろうと思っていたら、男は自治会でこのクラスを担当することになったと自己紹介して、「これから、楽しく、戦闘的なクラスを一緒に作っていきましょう」と挨拶したのでした。しかも、数日後、まだ授業が行なわれていた最中に、突然、件の男が教室に入ってきて、腕時計を見ながら、「後半の三〇分間は自治会の時間です。授業は終わってください」と教授に言い、「この自治会の時間は、第一文学部の学生運動の歴史の中で勝ち取った権利なのです」と説明したそうです。

このように革マル派が学内を我が物顔で支配するのを大学当局は黙認していたのです。と言うか、むしろ主体的に革マル派と癒着していたのです。

それは、のちの国鉄分割民営化の際、旧動労の委員長でありながら分割民営化に際してコペルニクス的転回をはかり分割民営化に全面協力し、分割民営化後のJR東日本労組の委員長(会長)及びその上部団体のJR総連の顧問を務めた松崎明氏と、JR東日本などJR各社との関係によく似ています。国鉄分割民営化の目的のひとつに”国労潰し”があったことが関係者の証言であきらかになっていますが、そのためにとりあえず「敵の敵」である革マル派を利用したとも言えるのです。革マル派とJRの関係については、上記の『トラジャ』とその前に書かれた『マングローグ』(講談社)に詳しく書かれていますが、人事にまで口出しして社内で大きな権限を持った松崎明氏は、JR東日本では「影の社長」とまで言われていたのでした。

松崎氏は、革マル派創設時の副議長で、当時も最高幹部のひとりと言われていました。革マル派内では、「理論の黒田(黒田寛一議長)、実践の松崎」と言われていたそうです。しかし、本人は革マルとは手を切った、転向した、今は自民党支持だと言って「自由新報」にまで登場し、かつて「鬼の動労」と言われた動労を率いて分割民営化に協力したのでした。しかし、それは革マル派特有の戦略だと言われていました。

   (略)労働組合など既成組織への”もぐり込み”、それら組織の理論や運動の”のりこえ”、さらにはそれら組織内部からの”食い破り”は、「加入戦術」で知られるトロッキズムの影響を色濃く受けた、革マル派の基本戦略といわれている。
(『トラジャ』)


『彼は早稲田で死んだ』のなかでも、警察のKと革マルのKを取った「KK連合」ということばが出てきますが、「KK連合」というのはもともと中核派が革マル派を攻撃するために使っていたことばです。そのため「KK連合」ということばを使うだけで中核派の手先みたいに言われるのですが、しかし、『彼は早稲田で死んだ』を読むと早稲田などでは一般学生の間でも使われていたことがわかります。

「KK連合」は、効率的な治安対策を行なうための公安警察の深慮遠謀による「敵の敵は味方」論だと言われていましたが、内ゲバがどうしてあんなに放置されたのかを考えると、それも単なる謀略論と一蹴できない”深い闇”を想像せざるを得ないのでした。『彼は早稲田で死んだ』でも「社会の闇」という言い方をしていましたが、当時、内ゲバをとおして新左翼運動に絶望した多くの人たちが似たような疑念を持っていたのはたしかでしょう。組織を温存拡大することを基本戦略として、権力との対立を極力回避するある種の待機主義をとりながら、一方で敵対セクトとは「殺るか殺れるか」の「革命的暴力」を容赦なく行使する革マル派の二面性は、警察や大学やJRなどにとって”利用価値”があったと言えるのかもしれません。

余談ですが、私は後年会社に勤めていた際、会社には内緒で原宿に個人的な事務所を持っていました。仕事で知り合った人間と共同で事務所を作ったのですが、その際、取引先でアルバイトをしていた女の子をくどいて電話番兼留守番をして貰っていました。彼女はまだ現役の大学生でしたが、どこか暗い感じの大人しいでした。彼女のお母さんは某難関国立大を出て郵便局で働いているというので、正直言って(郵便局員には悪いけど)奇異な感じがしました。彼女の友人に訊くと、幼い頃、両親が内ゲバで対立セクトに襲われ、お父さんが亡くなったのだそうです。しかも、襲われたのは就寝中だったので、彼女は目の前でそれを見ていたのだとか。それを聞いて、内ゲバの悲劇がこんな身近にもあったのかと思って慄然としたことを覚えています。でも、党派の論理では、そんな個人的な感情などどこ吹く風で、すべては「反革命」の一語で片付けられてしまうのです。

川口君虐殺の直後、一般学生たち600名が一文自治会の田中敏夫委員長らに対する糾弾集会を開いた際も、大学側の要請で機動隊がやって来て、壇上の田中委員長ら革マル派6名を救出するという出来事もあったそうです。

本書のなかでは、そのあたりの事情について、第一文学部の元教授の話が出ていました。

「当時は、文学部だけでなく、早稲田大学の本部、各学部の教授会が革マル派と比較的良好な関係にあった。他の政治セクトよりはマシという意味でだが、癒着状態にあったことは認めざるを得ない。」


著者も、本のなかで、「大学当局は、キャンパスの『暴力支配』を黙認することで、革マル派に学内の秩序を維持するための『番犬』の役割を期待していたのだろう」「私たちは大学当局が革マル派の側に立っていると考えざるを得なかった」と書いていました。

実際に「川口君一周忌追悼集会」では、大学当局が革マル派の集会のみを許可して、革マル派に批判的な新自治会や他の団体の集会は機動隊によって学外に排除されたのでした。そうやって機動隊に排除されるのは、一度や二度ではなかったと言います。しかも、その頃は既に、革マル派に目をつけられた100名近くの学生が学校に通えなくなっていたのです。川口事件以後、戸山キャンパス内に革マル派の防衛隊が立哨するようになり、敵対セクトの活動家やそのシンパを暴力的に排除していたのです。

著者は、川口事件をきっかけに漕艇部を辞めて、事件の真相究明と学内の革マル派の暴力支配に反対するために、一文(第一文学部)に革マル派のダミーではない新自治会を創る運動に没頭することになるのでした。そして、新自治会の臨時執行部委員長に選出されるのですが、著者もまた、のちに革マル派から襲撃され、鉄パイプでメッタ打ちにされて負傷し入院するのでした。臨時執行部委員長に選出される前、学生運動の先輩から「君は革マル派から必ず狙われる。委員長に選出されたら、日本全国、どこまでも逃げまくれ。命を大切にしろ」と言われたそうですが、それが現実になったのです。

当然ながら、新自治会のなかでも、暴力をエスカレートする革マル派に対して、他のセクトの武装部隊の力を借りて革マルと戦うべきだという武装路線派が台頭します。でも、著者は「非武装」「非暴力」を主張し、それを貫こうとするのでした。

その信念を支えるのはフランス文学者・渡辺一夫氏がユマニスム(ヒューマニズム)について書かれた次のような文章でした。それは同じ運動をしているフランス文学専修の先輩から教えられたもので、1951年に執筆された「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」という随筆のなかの文章でした。

過去の歴史を見ても、我々の周囲に展開される現実を眺めても、寛容が自らを守るために、不寛容を打倒すると称して、不寛容になった実例をしばしば見出すことができる。しかし、それだからと言って、寛容は、自らを守るために不寛容になってよい、、という筈はない。
(同上)


しかし、結局、「川口君虐殺」に怒り革マル派の暴力支配からの脱却をめざした「非武装」「非暴力」の運動は、僅か1年も持たずにとん挫してしまいます。事件の舞台になった一文二文の自治会は非公認になりましたが、その一方で、早稲田における革マル派の支配は、以後20年以上も続くことになったのでした。

もしその頃の早稲田に自分がいたらと考えると、やはり私も武装路線を主張したかもしれません。非常に難しい問題ですが、早稲田の悲劇はユマニスムの悲劇でもあるように思えてなりません。

長くなりますが、その後、早稲田大学が20年かかって革マル支配から脱した経緯について、著者は「エピローグ」で次のように書いていました。

(略)大学本部側は、川口君の事件の後も、革マル派が主導する早稲田祭実行委員会、文化団体連合会(文科系のサークル団体)、さらに商学部自治会と社会科学部自治会の公認を続けた。大学を管理運営する理事会に革マル派と通じた有力メンバーがいるという噂まで流れていた。
   事態が変化したのは、一九九四年に奥島孝康総長が就任してからだった。「革マル派が早稲田の自由を奪っている。事なかれ主義で続けてきた体制を変える」と就任後に表明し、翌九五年に商学部自治会の公認を取り消した。その時点まで、商学部は約六〇〇〇人の学生から毎年一人二〇〇〇円ずつの自治会費を授業料に上乗せして集め、革マル派の自治会に渡していた。つまり、年間一二〇〇万円の自治会費代行徴収を続けていたのだが、これもやめた。社会科学部の自治会にも同様の措置を取った。
   さらに、九七年には満を持して早稲田祭を中止し、早稲田祭実行委員会から革マル派を排除した。それまで、大学は早稲田祭実行委員会に対して年間一〇〇〇万円を援助し、入場券を兼ねた一冊四〇〇円の早稲田祭パンフレットを毎年五〇〇〇冊(計二〇〇万円)「教員用」としてまとめ買いしていたが、いずれも全廃。早稲田祭は翌九八年に、新体制で再開された。(略)
  奥島総長は、革マル派から脅迫、吊るし上げ、尾行、盗聴など様々な妨害を受けたが、これに屈することなく、所期の方針を貫いた。


早稲田の革マル支配は、ユマニスムではなく別の政治力学によって終焉することになったのでした。

『彼は早稲田で死んだ』には、もうひとつ大きなテーマがありました。それは、当時の一文自治会の幹部のもとを半世紀近くぶりに訪ねて、当時の暴力支配と川口大三郎君虐殺事件について、現在どう思っているのか問いただすことでした。

まず訪ねたのは、当時の一文自治会の委員長と殺害の実行犯の書記長の二人の人物でした。二人とも獄中で「自己批判書」を書いて転向し、革マル派から離れています。特に委員長であった田中敏夫氏は、殺害当日は他の場所にいて直接関与はしていないのですが、学生葬の際、革マル派からただひとり参加して、「会場を埋めた学生たちの怒りと悲しみを、一身に受けていた」そうです。当日の毎日新聞には、「両手で顔を覆って泣き続ける川口君の母、サトさんの前で、深く頭を垂れる田中さんの写真が大きく掲載されて」いたそうです。

しかし、著者が群馬県高崎市の自宅を訪ねたとき、田中氏は前年(2019年)に急性心筋梗塞で亡くなったあとでした。田中氏は1975年、事件から3年後に横浜刑務所を出所すると高崎に帰郷し、父親が経営する金属加工会社の跡を継いだそうです。しかし、ずっと会社を閉じることばかり考えていた田中氏は、55歳のときに会社を畳むと、それからは「周囲との人間関係もほとんど断ち、ひたすら読書と油絵を描くことに時間を費やした」そうです。事件についてはほとんど口を開くことはなかったものの、まれに次のようなひとり言を呟いていたのだとか。

「集団狂気だった」
「ドフトエフスキーの『悪霊』の世界だった」
「全く意味のない争いだった」
「彼らは、川口君を少し叩いたら死んでしまったと言った。だけど、そんなことはあり得ない」
「すべてわたしに責任がある」
(『彼は早稲田で死んだ』)


一方、書記長だった実行犯のS氏は、インタビューに応じて、悔恨の思いを吐露しているものの、インタビューの内容を掲載することにはかたくなに拒否したそうです。ちなみに、川口事件に関しては、5名の革マル派活動家が逮捕されたのですが、S氏が逮捕後完全黙秘から一転して事件の詳細を供述、「自己批判書」を公表してひとり分離裁判を選択したことで、リンチ殺人としての事件の内容があらかたあきらかになったのです。ただ、リンチ殺人と言っても、誰も”殺人罪”では起訴されていません。いづれも傷害と暴力行為で、刑期もS氏が5年、あとは4年でした。

私は、田中氏が生前口にしていたという、「集団狂気だった」「ドフトエフスキーの『悪霊』の世界だった」ということばに、上記の内ゲバで父親を殺された女の子のことを重ねざるを得ませんでした。川口事件が私たちに突き付けたのは、日本の新左翼運動が陥った、よく言われる「大きな過ち」どころではない、もはや”救いようがない”としか言いようのない散々たる世界です。

そして、その”救いようがない”散々たる世界は、「半世紀を経ての対話」というタイトルが付けられた最終章(第7章)にも、これでもかと言わんばかりに示されているように思いました。

それは、当時の一文自治会の副委員長で田中氏が逮捕されたあと委員長になり、「革マル派の暴力を象徴する人物」と言われた大岩圭之介氏との対話です。2012年、事件から40年を機に開かれた川口君を偲ぶ会の席で、大岩氏が「辻信一」という別の名前を名乗り、文化人類学者、「スローライフ」を提唱する思想家、環境運動家として何冊もの著書を出し、明治学院大学で教鞭を取っていることが話題になったそうです(2020年退職。現在は同大名誉教授)。

大岩氏は、事件後革マル派を離れ(と言っても、「自己批判」したわけではなく、ただそう「上司に電話した」だけだそうです)、アメリカとカナダを放浪したあと、カナダのモントリオールのマギル大学に転学した際、同大学で教鞭を取っていた鶴見俊輔氏の知遇を得て、帰国後、鶴見氏の紹介で明治学院大学に職を得たと言われています。その間、アメリカのコーネル大学で文化人類学の博士号も取得したそうです。

大岩氏の”変身”は、学生運動の仲間内では早くから知られていたみたいで、文芸評論家の絓秀実氏も、2013年にTwitterで大岩氏のことに触れていました。別のツイートでは、大岩氏との関係は鶴見俊輔氏の黒歴史だと言ってました。

猫飛ニャン助
@suga94491396

スガ秀美2

スガ秀美1

大岩氏との対話は、あれは若気の至りだった、若い頃に罹る麻疹のようなものだったとでも言いたげな、人を煙に巻くような大岩氏の発言に翻弄され、結局、会話はかみ合わないまま終わるのでした。

大岩氏は、革マルのことは何も知らなかった、暴力も革命云々など関係なく、ヤクザ映画のような幼稚な美学で行使していたにすぎないと言います。さらに、次のような開き直りとも言えるようなことを言うのでした。

大岩  僕はプラグマティズムに惹かれていたのですが、それはすごく簡単に言えば、何事にも絶対的な正しさというものはないという考え方です。正しい人間が間違って悪いことをするのではなくて、むしろ僕たちの人生そのものは間違い得るものであり、人間というのはそういうものであると。
(同上)


大岩氏は、自分の学生運動の体験をそこに重ねるものではないと言っていましたが、なんだか親鸞の悪人正機説を彷彿とするような開き直り方で、これでは殺された川口君は浮かばれないだろうなと思いました。私は、大岩氏の開き直りに、革マル派の呪縛からまだ解き放されてないのではないかと思ったほどです。

相当数の革マル派が浸透していると言われ、最高幹部の松崎明氏が我が世の春を謳歌していたJR東日本労組は、2018年、3万5千人が大量脱退して、現在は組合員が5000人にも満たない少数組合に転落しています。革マル派は早稲田でも長年の基盤を失い、影響力を持つ自治会も団体もほぼなくなりました。革マル派本体の同盟員も現在3000人足らずになったと言われており、同盟員の高齢化、組織の弱体化はあきらかです。

また、教祖・黒田寛一氏亡き後、中央の政治組織局(革マル中央)とJRのフラクション(JR革マル)の対立が深刻化して、実質的な内部分裂が起きているという見方さえあります。

「KK連合」も、早稲田の大学当局との癒着も、過去の話になったのです。つまり、過渡期の「敵の敵は味方」論の蜜月が終わり、用済みになった”革マル切り”が進んでいるということかもしれません。

なによりこういった本が書かれるようになったというのも、革マル派に対する恐怖が薄らいできた証拠と考えていいのかもしれません。
2021.12.16 Thu l 本・文芸 l top ▲
日大闘争と全共闘運動


ついにと言うべきか、東京板橋区にある日大医学部付属病院の建て替えをめぐる背任事件に関連して、日大の田中英寿理事長が東京地検特捜部に所得税法違反容疑で逮捕されました。

田中理事長が、大学やその関連施設に出入りする業者の窓口として、大学が100%出資した「株式会社日本大学事業部」を作ったのは2010年です。以後、出入り業者は取引きする際に「日本大学事業部」を通さなければならなくなり、業者の選定も「日本大学事業部」がやるようになったそうです。司直の手が伸びたと言えば聞こえはいいですが、このようにやっていることがあまりに露骨で、政界や闇社会との関係も取り沙汰されていたので、「巨悪は眠らせない」(という架空のイメージがメディアによって付与された)東京地検特捜部に目を付けられ、ターゲットになったというのが真相でしょう。

所得税約5300万円を脱税したとして逮捕されたのが11月29日で、その2日後の12月1日に日大の臨時理事会は、本人の申し出もあって、田中氏の理事長解任を決定したのでした。

これによって、「アマチュア相撲の学生横綱から、大学職員、理事、常務理事となり、2008年に理事長就任。5期13年にわたり、権限の集約と側近重用で築き上げた『「田中王国』が崩壊、ついに終焉の時を迎えた」(FRIDAY DIGITAL)のです。

私は、このニュースを聞いたとき、(私自身は下の世代なので直接には知りませんが)、1968年から1970年にかけて戦われた日大闘争を思い起こしました。

田中前理事長の存在はもちろんですが、理事長や理事たちが大学を私物化した今回の事件も、日大闘争が道半ばでやり残した問題が露呈している気がしてなりません。

日大闘争との関連を報じたのは、私が知る限りJBpressというネットメディアだけです。朝日などは、田中前理事長とカルロス・ゴーンの共通点なるトンチンカンな記事を書いてお茶を濁しているあり様でした。

JBpressのタイトルと記事の内容は次のようなものです。

JBpress
日大全共闘と敵対、学生用心棒からドンにのし上がった田中英壽

   日大闘争は1968年の4月に始まった。発端は理工学部教授による裏口入学の斡旋だ。動いた金は3000万円。それだけではなかった。さらに調べによると大学当局にも22億円という巨額の使途不明金が見つかった。大学のあり方自体が問われる問題だった。学問の場という知的環境が金まみれになっていたのだ。大学上層部がカネ絡みのスキャンダルの張本人だったという点を見れば、今回の田中英壽、井ノ口忠男の事件と何も変わらない。
(JBpress同上記事)


「国家権力である機動隊は治安維持のプロだから強いのは当たり前だけど、それとは別に日大にはプロのヤクザのような集団がいたな」

  とOB達は振り返る。

  その集団とは“関東軍”と呼ばれる柔道部や相撲部、空手部などの体育会系の学生とそのOBで日大や系列校の職員による集団で、300人くらいが日本刃やハンマーを持って学生に襲いかかってきたのだ。現場ではまさに血の雨が降った。その大学お抱え“関東軍”を率いていたのが日大相撲部で学生横綱にもなった前理事長の田中英壽(74)だ。68年当時は経済学部の4年生だった。
(同上)


また、全共闘の元学生たちの証言をまとめた『日大闘争と全共闘運動』(三橋俊明編・彩流社)の巻末にある「日大闘争略年表」には、次のような記述がありました。

1970年(昭和45年)
二・二五
京王線武蔵野台駅付近でビラ配布中、右翼暴力学生集団に襲撃され日大全共闘商闘委の中村克己さんが重傷。襲われた二九名が逮捕され、一名が起訴。襲撃した右翼学生は後日逮捕されるが、全員が不起訴。

三・二
入院加療中の中村克己さんが永眠。(略)


当時の日大は「ポン大」と呼ばれ、受験のランクもおせいじにも高いとは言えませんでした。大学進学率が15%を超え、「大学の大衆化」が言われ始めた頃だったのですが、日大は文字通りそれを象徴するようなマンモス大学だったのです。しかも、学内は大学側と一体化した体育会系の右翼学生が支配し、「学生運動のない大学」を謳い文句に、集会やデモなどとても考えられないほど厳しい管理下におかれていたのです。そのため、日大闘争は、同時期に戦われた東大闘争などとはまったく異なり、「マルクスも読んだことがない」非エリート学生たちの身体を張った命がけの闘争と言われたのです。

1968年に神田の三崎町で日大生が200メートルのデモをしたのも「画期的」と言われました。それこそデモをするのも命がけだったのです。それは、日大全共闘が掲げた「①経理の全面公開、②全理事の総退陣、③検閲制度の撤廃、④集会の自由を認めろ、⑤不当処分の撤回」の5大スローガンにもよく表われています。日大全共闘は、これを「民主化要求闘争」と呼んでいたそうです(『日大闘争と全共闘運動』より)。

『日大闘争と全共闘運動』は、冒頭、次のような文章で始まっていました。

   1968年五月、日本大学で「使途不明金」に端を発した日大闘争が沸騰しました。
   東京国税局の監査で日本大学の経理に約二〇億円にも及ぶ使途不明金が判明した新聞記事とともに、不正に抗議する学生たちが集会を開いたとニュースが報じました。
  五月二三日、大学当局に抗議する日大生たちによって「栄光のニ〇〇メートルデモ」が起こります。この日のデモをきっかけに、日本大学の本部と法学部・経済学部の校舎が建つ神田三崎町界隈の路上で、大学当局の不正と不当な教育体制に異議を申し立てる抗議デモが毎日のように繰りかえされました。
  五月二七日、大学校舎の前を通る白山通りの路上で、日本大学全学共闘会議(日大全共闘)の結成が宣言されます。日大全共闘は大学に対し大衆団交による話し合いを要求し、各学部に結成された闘争委員会とともに五月三一日に全学総決起大会を開催しました。
  六月一一日、連日にわたって要求してきた大衆団交を実現しようと、経済学部一号館前での全学総決起集会が呼びかけられます。ところが、集会に参加しようと集まった多くの一般学生たちに向かって、体育会系学生や右翼が大学校舎の階上からガラス瓶や鉄製のゴミ箱などを無差別に投げつける暴行を加えたためけが人が続出します。暴力による弾圧に怒った学生たちは法学部三号館へと移動して校舎をバリケード封鎖し、この日から日大闘争はバリケードストライキ闘争へと一気に突入していったのでした。
(「まえがき」より)


身体を張った熾烈な闘争を担う日大全共闘に対しては、変な話ですがファンも多く、日大全共闘の議長だった秋田明大氏は「アキタメイダイ」と呼ばれてカリスマ的な人気を博していました。

同書では、今は故郷の瀬戸内海の島で自動車整備業を営んでいる秋田明大氏のインタビューも掲載されており、その中で秋田氏は、1967年の経済学部学生会が主催した羽仁五郎の講演会が右翼学生に襲撃されるのを目の前で見て、大学に対して怒りを覚えたと述懐していました。

(略)そりゃ、めちゃくちゃでしたよ。二〇人ぐらいの学生を黒い学ランを着た応援団や右翼の連中が大勢やってきて、会場の大講堂で講演を妨害したうえものすごい暴力を振るったんだよね。


日大闘争は、「アウシュビッツ体制」と言われた学内の暴力との死闘の歴史でもあったのです。YouTubeに上げられている「日大全共闘映画班」が制作した当時の記録映画で、火炎瓶を使うかどうかバリケードの中で激しい議論をしているシーンがありますが、その際、具体的に組の名前を上げて、ヤクザがピストルと日本刀を持って学生に襲いかかって来るのだから、防衛的に使用するのはやむを得ないと主張している学生がいました。日大闘争にはホンモノのヤクザも介入していたのです。それが日大闘争の特殊性でもあったのです。闘争では1600余名の逮捕者と、数は不明ですが相当数の学生に退学(除籍)処分が下されたと言われています。

そんな中、JBpressの記事で「あの田中は学生に向かって建物の上から砲丸投げの球を投げ落したんだ」とOBが証言しているように、田中英寿は「関東軍」を率いてスト破りをした功績が認められ、大学職員として大学に残り、のちに学内に恐怖政治を敷いて絶対的な地位を手にするのでした。

もっとも田中前理事長が権勢を誇ったのも、100万人の会員を擁する同窓会組織「校友会」の支持があったからだと言われています。昔、日大は「右翼の巣窟」と言われていましたが、これでは日大そのものがヤクザまがいの暴力支配を許容するような歪んだ体質を持っている学校だと言われても仕方ないでしょう。実際に、過去には田中元理事長が広域暴力団の会長や組長と写った写真も表に出ているのでした。

今の日大もおそらく集会やデモなど考えられないほど厳しい管理下にあるに違いありません。秋田明大氏は見て見ぬふりはできなかったと言ってましたが、それが今の学生たちと根本的に違っていると言えるでしょう。「今の学生(若者)は優しい」という声をよく耳にしますが、それはヘタレだからそう見えるだけで、むしろ見て見ぬふりをする方が賢い、正義感なんて損(貧乏くじを引くだけ)みたいな損得勘定が先に立つのが特徴です。そのため、SNSなどに見られるように、斜に構えて揚げ足取りをすることだけは長けているのです。今回の不祥事に対しても、「そうしたお金があるなら、学費を安くしてほしい」などと間の抜けた発言をするのが関の山です。

日大闘争はまだ終わってなかったのです。ただ、不正に立ち向かう学生がいなくなっただけです。


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2021.12.07 Tue l 社会・メディア l top ▲
中国のテニス選手・彭帥(ほうすい)さんをめぐる騒動について、外交評論家の宮家邦彦氏が、時事通信に示唆に富んだ解説記事を書いていました。(この記事はYahoo!ニュースにも転載されています)

時事ドットコムニュース
中国女子テニス選手、彭帥さんをめぐる騒動の本質【コメントライナー】

宮家氏が記事の中で紹介していた彭帥さんの「告白」の概要は次のようなものです。

「私は良い女の子ではない、悪い悪い女の子だ。あなたは私を自分の部屋に引き入れ、十数年前と同様、私と性的関係を結んだ。あなたは共産党常務委員に昇進し、北京へ行き、私との連絡を一度絶ったのに、なぜ再び私を探し、私に関係を迫ったのか? 感情とは複雑で、うまく言えない。あの日から私はあなたへの愛を再開した。…あなたはとてもとても良い人だった。私は小さい頃から家を離れ、内心極度に愛情に飢えていた。…あなたは私に2人の関係を秘匿させた。関係は終わったが、私にはこの3年間の感情を捨て去る場所がない。私は自滅する覚悟であなたとの事実を明かすことにした」


宮家氏が書いているように、「告白」の中では「『関係を強要された』とは言っていない」のです。しかし、いつの間にか「関係を強要された」話になり、それが独り歩きしているのでした。むしろ、宮家氏も書いているように、「身勝手な相手に捨てられた鬱憤(うっぷん)から自暴自棄になり」告白文を書いて投稿したように見えます。

しかし、告白文は、中国共産党内の権力闘争のみならず中国をめぐる外交問題にまで発展し、北京五輪の「外交的ボイコット」まで話が進んでいるのでした。もっとも最近は、「外交的ボイケット」の理由に新疆ウイグル自治区の人権侵害を上げていますので、まずボイコットありきで理由は二の次みたいな感じもあるのですが、いづれにしても、アメリカのバイデン政権が彭帥さんの「告白」をことさら政治問題化して大きくしたのは間違いないでしょう。

とは言え一方で、今回の騒動に、一党独裁国家である中国社会の暗部が露呈されていることもまた、たしかです。共産党の権力や権威を絶対視する事大主義的な社会の中で、一人の女性の人生が翻弄されたのはまぎれもない事実で、それをどう解釈するかでしょう。もっとわかりやすく言えば、今回の騒動は、共産党の地方幹部が党の権威を利用して、親元を離れてテニスの英才教育を受けている少女と性的な関係を持ち、その後、中央政府の要職に就いてからも彼女の身体と心を弄んだという話なのです。

宮家氏は、騒動の本質について、次のように書いていました。

  筆者には、森羅万象が政治的意味を持つ中国で、幼少からテニス一筋で厳しく育てられ、親の愛情を知らないまま成功を収めたものの、時の権力者に翻弄(ほんろう)された「天才テニス少女」の半生が哀れでならない。
   今ごろ、彭帥さんがどこで何をしているかは知る由もない。が、今後彼女が自由に自らの心情を語ることは二度とないだろう。
   あまりにゆがんだ中国社会は、彼女ほど有名ではないが、彼女と同じような悲しい境遇を生きる人々を毎日生みつつある。これこそが、彭帥騒動の本質ではないか。


党の腐敗と言えばそのとおりですが、私たちが政治を見る場合、こういった個人的な視点から見ることも大事なように思います。吉本隆明は「政治なんてない」と言ったのですが、言うまでもなく私たちの人生にとって、政治は二義的なものにすぎないのです。

私もこのブログで、床屋政談とも言うべき軽佻浮薄な記事を書いていますので、偉そうなことを言う資格はないのですが、政治が一番と考えるような見方では、本来見るべきものも見えなくなるような気がします。それは眞子さんの問題にも言えることでしょう。

たまたま堤未果氏の『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書)という本を読んでいるのですが、同書を読むと、デジタル先進国の中国では、政府が最先端のデジタル技術を使って人民の生活の隅々にまで入り込み、そうやって取得した個人情報を共産党が一元管理して人民を監視し支配する、文字通りのディストピアみたいな社会になっていることがよくわかります。独裁的な政治権力とGoogleがかつて(Web2.0で)バラ色の未来のように自画自賛したデジタル技術が結び付くと、とんでもない監視社会が訪れるという好例でしょう。その意味では政治と無縁とは言えないのかもしれません。しかし、だからと言って、私たちの人生は(政治に翻弄されることがあっても)政治が全てではないのです。それだけは強調する必要があります。くり返しになりますが、坂口安吾が言うように、人間というのは政治の粗い網の目から零れ落ちる存在なのです。だから希望があるのです。もとよりバイデンだって、政治に翻弄された彭帥さんの「悲しい境遇」を慮って中国政府を批判しているわけではないのです。どっちがホントなのか、どっちに正義があるのかなんてまったくナンセンスな話です。

今回の騒動についても、アメリカ中国双方の政治的プロパガンダに動員されるのではない、私たち自身の日常感覚に基づいた冷静な視点を持つことが何より大事だと言いたいです。
2021.12.05 Sun l 社会・メディア l top ▲
あらたな変異株、オミクロン株の感染が日本でも確認されました。既にオミクロン株の感染は、アメリカ、カナダ、イギリス、ポルトガル、ベルギー、オランダ、そして韓国などでも確認されているそうです。オミクロン株に関しては、感染力や重症度などまだその詳細がわかっていないようですが、しかし、感染防止の観点から最悪の事態を想定するのは当然で、再び双六が振り出しに戻るかのような世界大の感染拡大が懸念されているのでした。

BBCが言うように、「オミクロン株の出現は、多くの人がCOVID-19は終わったと考えていても、実際には終わっていないことを示している」のです。

同じBBCには、次のような記事が掲載されていました。

BBC NEWS / JAPAN
南ア大統領、各国の渡航制限解除を要請 オミクロン株めぐり

ラマポーザ大統領は演説で、渡航制限に科学的根拠はないと指摘。アフリカ南部諸国が不公平な差別の犠牲になっていると批判した。
(略)
さらに、オミクロン株が発見されたことで、ワクチン供給の不平等が浮き彫りになったと述べ、全ての人がワクチンを接収するまで、変異株の出現は免れないと話した。

南アフリカ自体はワクチン不足には陥っていないが、ラマポーザ氏は、多くの人にワクチンを打ってほしい、それが新型ウイルスと戦う最善手段だと訴えた。


まったくその通りで、ワクチンを先進国が独占している限り、かつて「第三世界」と呼ばれた南の貧しい国からの変異株のシッペ返しはこれからも続くでしょう。

この一見終わりがないかのような新型コロナウィルスとの戦いに示されているのは、資本主義の矛盾です。既に新型コロナウイルスの変異株は100種類以上発生していると言われていますが、富める者(国)と貧しき者(国)が存在する限り、ウイルスが弱毒化され単なる感染症となる日まで、私達は変異株に怯え続けなければならないのです。もちろん、その度に、変異株の震源地である貧しい国の人々が真っ先に多大な犠牲を強いられるのは言うまでもありません。

一方で、製薬会社にとっては、パンデミックは千載一遇のビジネスチャンスでもあります。そのため、開発競争も熾烈を極めているのですが、しかし、彼らが相手にするのは高値で買取ってくれる先進国の政府で、お金のない貧しい国など眼中にありません。もとより、オミクロン株の出現も、製薬会社にとっては益々笑いが止まらない喜ぶべきニュースと言えるでしょう。

資本主義社会にどっぷりと浸かった人間たちは、金のある人間がワクチンを優先的に接種できるのは当たり前だと思うでしょうが、そのために、貧しい国の人々を通してオミクロン株のような変異株による感染が発生して、あらたな感染爆発に恐れ戦かねばならないのです。ワクチンと無縁な人々から見れば、「ざまぁ」というような話でしょう。

独占的にワクチンを供給する製薬会社が、中国とロシアを除いてアメリカとイギリスに集中しているのも、資本主義世界を支配する古い政治の力学がはたらいているからでしょう。

そんななかで中国は、先進国が欧米のワクチンを独占するその間隙を縫って、みずから開発したワクチンをアジアやアフリカの発展途上国に無償提供することで、一帯一路構想の参加国を増やすなどその影響力を広げようとしています。

地球温暖化を方便とした「脱炭素戦争」の背景に、アメリカと中国の世界覇権をめぐる争いがあるのはあきらかですが、このように新型コロナウィルスのワクチンをめぐる競争にも、米中の”見えない戦争”が影を落としているように思えてなりません。

ファイザー(米)やモデルナ(米)やアストラゼネカ(英)のような製薬会社、あるいはAmazon(米)やGoogle(米)のような巨大IT企業が文字通り火事場泥棒のように巨万の富を手に入れるその傍らでは、先進国と発展途上国の格差や国内の階層間の格差は広がる一方で、そこにグローバル資本主義の本質が如実に示されているように思います。

まさにノーブレーキで貪欲に暴走する資本に歯止めをかけない限り、格差の拡大にも歯止めがかからないのは自明ですが、私たちの今の生活を虚心坦懐に見ればわかるように、自己満の幻想と欲望に酔い痴れた先進国の人間にとって、そういったものの考え方はもはや自らの死を意味する自己否定に等しいものです。私たち自身もまた、資本主義の矛盾を体現した危うい存在に過ぎないのです。

しかも、岸田政権が日本に到着する国際線の新規予約の停止を航空会社に要請したものの、翌日には撤回するというドタバタ劇を演じたことからもわかるように、感染防止の水際対策は両刃の剣でもあるのです。資本が国境を易々と飛び越え、経済がグローバル化した今の資本主義世界では、物流や人流を完全に止めることはもはやできないのです。

資本の原理によって必然的に生み出される格差。その所産である南の貧しい国から断続的に出現する変異株。グロール資本主義の宿命とも言うべき物流や人流につきまとう両刃の剣。新型コロナウィルスが暴き出したのは、このような資本主義の避けようのない矛盾です。ウィルスの脅威の前には、資本主義は張子の虎にすぎないという市場原理主義の脆さ、自己矛盾なのです。


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2021.12.02 Thu l 新型コロナウイルス l top ▲
令和元年のテロリズム2


前にBAD HOPについて書いた際に紹介した『ルポ川崎』(CYZO)の著者・磯部涼氏の最新刊『令和元年のテロリズム』(新潮社)を読みました。

今回の本では、2019年5月28日の朝、神奈川県川崎市登戸のバス停で、市内にあるカリタス小学校のスクールバスを待っていた同校の小学生や見送りに来ていた父兄が、2本の包丁を振りまわしながら走ってきた男に次々と襲われ、15名が負傷し2名が死亡した「川崎殺傷事件」。その事件から数日後の6月1日に、練馬区早宮の自宅で、元農林水産省事務次官の父親が長男を刺殺した「元農水省事務次官長男刺殺事件」。さらにそれから1ヶ月半後の7月18日に、京都市伏見区のアニメ制作会社・京都アニメーションの第1スタジオが放火され、36人が死亡、33人が負傷した「京都アニメーション放火事件」。令和元年の5月末から7月までの2ヶ月間に起きたこれらの事件を取り上げています。また、終章では「上級国民」という新語を生んだ、元通産省工業技術院院長の87歳の老人が運転する車が東池袋の都道で信号を無視して暴走し、11名を撥ね、うち横断歩道を渡っていた母子を轢死させた「東池袋自動車暴走死傷事件」についても、「元農水省事務次官長男刺殺事件」との関連で取り上げていました。

個人的な話からすれば、前に勤めていた会社にカリタスを出た女の子がいました。父親が会社を経営しているとかいういいとこの娘でしたが、彼女の話によれば、カリタスでは挨拶する際「こんにちわ」ではなく「ごきげんよう」と言わなければならないのだそうです。その話を聞いたとき私は爆笑したのですが、カリタス学園はそのくらい時代離れした「上流階級」の幻想をまとった学校のようです。でも、もちろん、この国には「上流階級」なんて存在しませんので、実際に通っているのはぽっと出の成金か、せいぜいがその二代目三代目の子どもたちにすぎません。

また、元農水省事務次官が長男を刺殺した早宮小学校に隣接する自宅も、私が一時仕事の関係で親しくしていた人の家の近くでした。何度か行ったことがあったので、もしやと思って地図で調べたらすぐ近所でした。その頃はまだ道路も整備されておらず、狭く曲がりくねった昔の道が住宅街のなかを走っていました。そのため、車で行くと駐車するのに苦労した覚えがあります。東大法学部を出て当時は農水省の審議官をしていたエリート一家は、平成10年、そんな練馬の路地の奥に、場違いとも言える瀟洒な洋館を建てて引越してきたのでした。

こんな個人的な話と何の関係があるんだと思われるかもしれませんが、ただ、自分の思い出を重ねることで、牽強付会かもしれませんが、事件はそう遠くないところで起きているんだという感慨を抱くことはできるのでした。

それだけではありません。知り合いでアパート経営している人がいるのですが、その人が以前語っていた話もこれらの事件との関連を思い起こさせました。

この10年から15年くらいの話だそうですが、仕事をしていない無職の入居者が増えていると言うのです。入居時に仕事をしていても仕事を辞めるとそのまま無職で住みつづけるケースも多いのだとか。でも、家賃は遅れずに払われている。別に生活保護を受給しているわけではない。保証会社も保証してくれるので問題はない。

どうしてそんなことが可能かと言えば、「保証人がちゃんとしているから」だそうです。保証人は親です。親が無職の入居者を援助しているのです。しかも、無職の入居者は必ずしも若者とは限らないのだそうです。30代から50代くらいまでが多いと言っていました。

そこから見えてくるのは、現在、7040あるいは8050問題などと言われて社会問題化している中高年のひきこもりの問題です。自宅だけでなく、自宅外のアパートでもひきこもっているケースが少なからずあるということなのでしょう。そこには、問題を先送りする厄介払いという側面もあるのかもしれません。

この7040/8050問題について、同書では次のように書いていました。

   8050問題――あるいは7040問題とは、引きこもりが長期化した結果、当事者が40代~50代に差し掛かって社会復帰が更に困難になる上、それを支える親も70代~80代と高齢化、介護の必要に迫られ、家庭環境が崩壊しかねないことを危惧するものだ。ちなみに”引きこもり”という言葉が公文書で使われるようになったのは平成の始め、その後、同元号を通して抜本的対策が打てなかったことは、改元以前の平成31年3月に内閣府が発表した、40歳から64歳の引きこもりが推計で61万3000人存在するという衝撃的な調査結果に明らかである。平成28年、引きこもりは若年層の問題だとして15歳から39歳に絞り、54万1000人という調査結果を出していた。しかし中高年層の事例の指摘が相次ぎ、いざ上の世代を調査してみると、重複する部分もあるものの若年層以上の数が存在したわけだ。また、5割が7年以上、2割弱が20年以上にも亘って引きこもり続けていることが分かった。この調査は当事者に回答させる手法で、引きこもりの自覚のないものは対象外。数字は氷山の一角だという指摘もある。


『令和元年のテロリズム』で取り上げられた事件のなかでは、「川崎殺傷事件」と「元農水省事務次官長男刺殺事件」がその典型でした。

「川崎殺傷事件」の犯人は、幼い頃両親が離婚、親権を父親が持ちましたが、その父親も蒸発。そのため、父親の祖父母の家で伯父夫婦によって育てられます。伯父の子ども、つまり犯人の従姉兄たちは犯行の標的となったカリタス小学校に通いますが、犯人は公立の小学校に通っており、そのことが積年の恨みになっていたのではないかという見方があります。しかし、中学を卒業して職業訓練校に進み、就職してから趣味ではじめた麻雀にのめり込み、雀荘の従業員として30歳まで働いたあとに、伯父の家に戻り、以後、事件を起こす51歳まで20年間ひきこもった生活をしていたのを伯父夫婦は面倒を見ているのです。犯人が恨みを持ったとすれば、むしろ幼い頃両親が離婚して人生の歯車が狂うことになった自分の境遇に対してでしょう。

伯父夫婦も高齢になって訪問介護サービスを受けるようになり、老人介護施設に入ることを検討しはじめます。しかし、同居する甥のことが気がかりで、市の「精神保健福祉センター」に相談しているのでした。そして、センターからの助言で、甥の部屋の前に「今後についての意思を問いただす手紙」を置いたのでした。すると、甥は伯父夫婦の前に姿を現わして、「『自分のことは自分でちゃんとやっている。食事や洗濯だって。それなのに”引きこもり”とはなんだ』と言った」そうです。それを聞いて、伯父夫婦は「本人の気持を聞いて良かった。しばらく様子を見たい」とセンターに報告したそうです。しかし、それをきっかけに犯人は犯行の準備をはじめたのでした。伯父夫婦と顔を合わせたのもそれが最後だったそうです。

最近、兵庫県稲美町で、同居しながら家族とほとんど顔を合わせることがなかったと言われる51歳の伯父が、両親の留守中に家に放火して小学生の二人の甥を焼死させたり、鎌倉でもひきこもっていたとおぼしき46歳の男が78歳の伯父を刺殺するという事件が起きましたが、それらの事件のニュースを見たとき、「川崎殺傷事件」の犯人のことを思い出さざるを得ませんでした。おそらく、事件にまで至らないものの、同じようにひきこもり追いつめられている人間たちは、私たちが想像する以上に多いのではないでしょうか。それを「自業自得」「自己責任」の一語で片付けるのは簡単ですが、しかし、そうやって臭いものに蓋をする世間に、まるで刃を向けるかのようなこの手の事件は今後もつづくように思います。また、電車内の無差別刺傷事件も立てつづけに起きていますが、それも同じ脈絡で捉えることができるように思います。

一方、「元農水省事務次官長男刺殺事件」で44歳のときに父親に刺殺された息子も、大学進学を機に実家を出て母親が所有する目白の一軒家で一人暮らしを始めるのでした。しかし、就職がうまくいかず、やがてひきこもった生活をするようになります。息子は、大学を出たあとアニメーションの専門学校に進むほどアニメ好きなのですが、それがひきもこる上で恰好の拠り所になり、ゲーム三昧の生活を送るようになるのでした。SNS上では、「ドラクエX」の”ヲチ”として有名だったそうです。

中学2年の頃から家庭内暴力が始まり、それまでも遠縁の精神科の病院に入院したり、ネットが炎上したことでパニックになって措置(強制)入院させられたこともあったそうです。最初は統合失調症の診断を受け、のちに精神医療をめぐる時代の変化でアスペルガー症候群の診断を受けています。ただ、アスペルガー症候群と診断されたのは40歳になってからでした。

入院も長くは続きませんでした。本人の「退院したい」という意向に家族が従ったためです。そのため、病院で適切な治療を持続的に受けることができなかったとも言えます。それどころか、薬を処方してもらうのに、本人ではなく父親が変わりに病院に出向いていたそうです。

また、悲惨なことに、兄のひきこもりが原因で縁談が破談したことを苦にして、長女が事件の5年前にみずから命を絶っているのでした。しかし、息子のひきこもりや家庭内暴力、それに娘の自殺については、極力外部に伏せていたみたいで、周辺の人間たちもそんな家庭内の問題があったことは誰も知らなかったそうです。狂牛病問題で事務次官を更迭されたあとも、駐チェコ日本国特命全権大使に任命されるほどのエリートだったので、もしかしたら息子や娘のことは「世間体が悪い」と考えていたのかもしれません。

著者も書いているように、誤解を怖れずに言えば、ひきもこりが何らかの精神的な失調を発症しているケースも多いのです。そのためにも適切な治療が必要なのです。同書のなかでも、息子によるSNSの書き込みが紹介されていましたが、それは、選民思想と差別主義、かと思えば自虐と露悪趣味のことばが羅列された、攻撃的で支離滅裂なひどい内容のものでした。もちろん、病気だからなのですが、でもネットでは、似たような書き込みを目にすることはめずらしくありません。

「元農水省事務次官長男刺殺事件」については、下記の公判の際の検察側とのやり取りに、この問題の根っこにあるものが顔を覗かせているように思いました。

尚、文中に出て来る固有名詞の「英昭」は父親、「富子」は母親、「駒場東邦」は息子が通っていた高校、「英一郎」は息子の名前です。

   検察側からは英昭に対しても子育てについて質問が投げかけられた。そしてその答えは所々富子と食い違う。例えば英昭によれば駒場東邦時代のいじめを学校側に相談しようと考えたが、英一郎に拒否されたのだという。並行して起こった家庭内暴力に関して行政へ相談することは、親子関係の悪化を懸念して出来なかった。「それはメンツの問題ではないですか?」。検察側が訊くと、英昭は「答えにくい質問ですね。そうだとも、違うとも言える」と述べた。


この三つの事件は、時間の連続性だけでなく、いろんな側面において関連しているように思えてなりません。

それをキーワードで表現すれば、メンヘラと身内の自殺です。もとよりメンヘラ(心の失調)と自殺のトラウマが無関係ではあり得ないのは、今更言うまでもないでしょう。

「京都アニメーション放火事件」の犯人は、昭和53年に三人兄妹の次男として生を受けました。でも、父親と母親は17歳年が離れており、しかも父親は6人の子持ちの妻帯者でした。当時、父親は茨城県の保育施設で雑用係として働いており、母親も同じ保育施設で保育士として働いていました。いわゆる不倫だったのです。そのため、二人は駆け落ちして、新しい家庭を持ち犯人を含む三人の子どをもうけたのでした。中学時代は今のさいたま市のアパートで暮らしていたそうですが、父親はタクシーの運転者をしていて、決して余裕のある暮らしではなかったようです。

そのなかで母親は子どもたちを残して出奔します。そして、父親は交通事故が引き金になって子どもを残して自死します。実は、父親の父親、つまり犯人の祖父も、馬車曳き(馬を使った運送業)をしていたのですが、病気したものの治療するお金がなく、それを苦に自殺しているのでした。また、のちに犯人の妹も精神的な失調が原因で自殺しています。

犯人は定時制高校を卒業すると、埼玉県庁の文書課で非常勤職員として働きはじめます。新聞によれば、郵便物を各部署に届ける「ポストマン」と呼ばれる仕事だったそうです。しかし、民間への業務委託により雇用契約が解除され、その後はコンビニでアルバイトをして、埼玉県の春日部市で一人暮らしをはじめます。その間に母親の出奔と父親の自殺が起きるのでした。

さらに、いったん狂い始めた人生の歯車は収まることはありませんでした。犯人は、下着泥棒をはたらき警察に逮捕されるのでした。幸いにも初犯だったので執行猶予付きの判決を受け、職安の仲介で茨城県常総市の雇用促進住宅に入居し、郵便局の配達員の職も得ることができました。

しかし、この頃からあきらかに精神の失調が見られるようになり、雇用促進住宅で騒音トラブルを起こして、家賃も滞納するようになったそうです。それどころか、今度はコンビニ強盗をはたらき、懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けるのでした。その際、犯人の部屋に踏み込んだ警察は、「ゴミが散乱、ノートパソコンの画面や壁が叩き壊され、床にハンマーが転がっていた光景に異様なものを感じた」そうです。

平成28年に出所した犯人は、社会復帰をめざして更生保護施設に通うため、さいたま市見沼区のアパートに入居するのですが、そこでも深夜大音量で音楽を流すなど騒音トラブルを起こすのでした。著者は、「再び失調していったと考えられる」と書いていました。そして、そのアパートから令和元年(2019年)7月15日、事前に購入した包丁6本をもって京都に向かうのでした。彼の場合も、精神的な失調に対して適切な治療を受けることはなかったのです。

生活困窮者を見ると、たとえばガンなどに罹患していても、早期に受診して適切な治療を受けることができないため、手遅れになってしまい本来助かる命も助からないというケースが多いのですが、精神疾患の場合も同じなのです。

不謹慎を承知で言えば、この「京都アニメーション放火事件」ほど「令和元年のテロリズム」と呼ぶにふさわしい事件はないように思います。私も秋葉原事件との類似を連想しましたが、著書も同じことを書いていました。

また、著者は、小松川女子高生殺人事件(1958年)の李珍宇や連続射殺魔事件(1968年)の永山則夫の頃と比べて、ネットの時代に犯罪を語ることの難しさについても、次のように書いていました。

「犯罪は、日本近代文学にとっては、新しい沃野になるはずのものだった。/未成年による「理由なき殺人」の、もっともクラシックな典型である小松川女子高生殺し事件が生じたとき、わたしはそのことを鮮烈に感覚した。/この事件は、若者が十七にして始めて自分の言葉で一つの世界を創ろうとする、詩を書くような行為としての犯罪である、と」。文芸評論家の秋山駿は犯罪についての論考をまとめた『内部の人間の犯罪』(講談社文芸文庫、平成19年)のあとがきを、昭和33年の殺人事件を回想しながらそう始めている。ぎょっとしてしまうのは、それが日々インターネット上で目にしているような犯罪についての言葉とまったく違うからだ。いや、炎上に飛び込む虫=ツイートにすら見える。今、こういった殺人犯を評価するようなことを著名人が書けばひとたまりもないだろう。
    秋山は犯罪を文学として捉えたが、犯罪を革命として捉えたのが評論家の平岡正明だった。「永山則夫から始められることは嬉しい」「われわれは金嬉老から多くを学んできた。まだ学びつくすことができない」と、犯罪論集『あらゆる犯罪は革命的である』(現代評論社、昭和47年)に収められた文章の書き出しで、犯罪者たちはまさにテロリストとして賞賛されている。永山則夫には秋山もこだわったが、当時は彼の犯罪に文学性を見出したり、対抗文化と重ね合わせたりすることは決して突飛ではなかった。一方、そこでは永山に射殺された4人の労働者はほとんど顧みられることはない。仮に現代に永山が同様の事件を起こしたら、彼がアンチヒーローとして扱われることはなかっただろうし、もっと被害者のバッググランドが掘り下げられていただろう。では近年の方が倫理的に進んでいるのかと言えば、上級国民バッシングが飯塚幸三のみならずその家族や、あるいは元農林水産省事務次官に殺された息子の熊澤英一郎にすら向かった事実からもそうではないことが分かる。


この文章のなかに出て来る秋山駿の『内部の人間の犯罪』や平岡正明の『あらゆる犯罪は革命的である』は、かつての私にとって、文学や社会を語ったりする際のバイブルのような本だったので、なつかしい気持で読みました。でも、当時と今とでは、犯罪者が抱える精神の失調や、犯罪を捉える上での倫理のあり方に大きな違いがあるように思います。

しかし、いくら脊髄反射のような平板な倫理で叩いても、それは気休めでしかないのです。こういったテロリズム=犯罪はこれからもどとめもなく私たちの前に出現することでしょう。むしろ、貧困や格差の問題ひとつをとっても、テロリズム=犯罪を生み出す土壌が益々拡散し先鋭化しているのは否定できません。だからこそ、そのテロリズムの底にある含意(メッセージ)を私たちは読み取る必要があるのです。そこにあるのは、坂口安吾が言う政治の粗い網の目からこぼれ落ちる人間たちの悲鳴にも似た叫び声のはずです。

「京都アニメーション放火事件」の犯人はみずからも大火傷を負い命も危ぶまれる状態だったのですが、懸命な治療の結果、命を取り止めることができたのでした。「あんな奴、助ける必要ない」という世間の怨嗟の声を浴びながら、彼は「こんな自分でも、必死に治療してくれた人がいた」と感謝のことばを述べ涙を流したそうです。なんだか永山則夫の「無知の涙」を思い浮かべますが、どうしてもっと早くそうやって人の優しさを知ることができなかったのかと悔やまれてなりません。しかし、それは、彼個人の問題だけではないように思います。


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BAD HOP
秋葉原事件
2021.11.26 Fri l 本・文芸 l top ▲
新版山を考える


今朝(日曜日)、用事があって西武池袋駅から午前8時前の電車に乗ったのですが、車内は中高年のハイカーでいっぱいでした。ホームで会った人たちを含めれば100人はいたかもしれません。しかも、その大半はグループ(団体)でした。

グループを見ると、男性だけの数人のグループもありますが、おおむね女性(つまりおばさん)が主で、そのなかにリーダー格の男性(つまりおっさん)が数名いるというパターンが多いように思いました。おばさんたちのテンションが高いのはいつものことですが、お山の大将みたいなおっさんたちも負けず劣らずテンションが高い上に、集団心理によるマナーの悪さも手伝って、まさに大人の遠足状態なのでした。電車に乗っていて、途中で遠足に行く小学生たちが乗り込んで来ると「今日はついてないな」と思ったりしますが、山に行くおばさんやおっさんたちもそれに負けず劣らず姦しくて、思わず眉をひそめたくなりました。彼らは、車内マナーだけでなく、身体も小学生並みです。山に登る人たちは、ホントに競馬の騎手みたいに身体の小さい人が多いのです。

今日は午後から雨の予報でしたが、それでも緊急事態宣言も解除されたし、新規感染者数も激減したし、ワクチン接種も済んだので、そうやってみんなで山に繰り出しているのでしょう。午前8時前に池袋を出発するような時間帯では遠くに行けるはずもなく、おそらく紅葉狩りも兼ねて西武池袋線沿線の飯能の山にでも登るつもりなのでしょう。

私は山に行くことができないので羨ましい反面、休日の人の多い山によく行く気になるなと思いました。とてもじゃないけど、私などには考えられないことです。

登山人口が高齢化して減少の一途を辿っているなかで(今が登山ブームだなどと言っているのは現実を知らない人間の妄言です)、この中高年ハイカーが群れ集う光景は一見矛盾しているように思われるかもしれませんが、そこは大都市東京を控える山なのです。腐っても鯛ではないですが、週末になると、田舎では考えられないような多くのハイカーの姿を駅で見ることができるのです。おそらく、今日のホリデー快速おくたま号(あきかわ号)が停まる新宿駅の11番ホームも、ザックを背負ったハイカーで通勤ラッシュ並みにごった返していたことでしょう。

でも、奥武蔵(埼玉)でも丹沢でも奥多摩でもそうですが、彼らが行く山は限られています。みんなが行く山に行くだけです。そして、リーダーの背中を見て歩くだけです。

そんな彼らを見ていると、私は、本多勝一氏が書いていた「中高年登山者たちのために あえて深田版『日本百名山』を酷評する」(朝日文庫『新版山を考える』所収)という文章を思い出さないわけにはいかないのでした。

本多氏は、生前の深田久弥氏と個人的にも交流があったようですが、しかし、「『日本百名山』という本を内実相応のものとして相対化する」ために、「ここであの世の深田さんには片目をつぶってウインクしながら、あまりに絶対化されたことに対するバランスをもどすべく(引用者註:「あまりに」以下は太字)、この本についての悪口雑言罵詈讒謗ばりざんぼうを書くことに」したと書いていました。

ちなみに、「中高年登山者たちのために」は『朝日ジャーナル』の1989年10月20日号に掲載されたのですが、その枕になっているのは、同年の『岳人』10月号の「日本百名山に登山はなぜ集中するのか」という座談会です。『岳人』の座談会について、本多氏は、「故・深田久弥氏の著書『日本百名山』をそのまま自分もなぞって喜んでいる『画一化登山者』たちを問題にしています。この種のモノマネ没個性登山者の急増は、中高年登山者の急増と関連しているという指摘に考えさせられるものがありました」と感想を述べていました。

余談ですが、『岳人』が百名山登山を批判する座談会を企画するなど、今の『岳人』には考えられないことです。当時の『岳人』は中日新聞が編集発行していました。でも、今はモンベルに買収され、モンベルの関連会社が発行元になっています。モンベルにとっては、百名山様々なので、百名山登山を煽ることはあっても批判することなど間違ってもないでしょう。それは『山と渓谷』も同じです。部数減で経営環境がきびしくなったとは言え、山に関しても、政治と同じで、昔の方が見識を持っていたし”骨”もあったのです。

本多氏はこう書きます。

  思うに、深田さんは確かに山が好きだったけれど、山と旅をめぐる雰囲気を愛したのであって、「山それ自体」への関心があまり深くなかったのではありませんか。その意味では「山に対する愛情の深さが、ひしひしと伝わってくる」ような本は、書きたくても書けなかったのでしょう。「山それ自体」とは「自然それ自体」であって、具体的には花であり木であり岩であり雪であり鳥であり魚であり虫であるわけです。抽象的な自然は存在しません。しかしそれらに対する関心が深田さんは薄かった。


だから、逆に言えば、NHKの番組も相俟って、人並みとモノマネを処世訓とする中高年ハイカーには受け入れやすかったのかもしれません。でも、本多氏は、そこに「深田百名山」のジレンマがあったのだと言います。

  生前の深田さんが最も忌み嫌っていた類の人間とは、これは確信をもって言えますが、はかならぬ深田百名山をそのままなぞっているような人々なのです。他人が選んだ山を盲目的になぞるだけ、独創性も自主性もない、すなわち冒険精神とは正反対の極にあるかなしきメダカ民族。「深田クラブ」が、もし深田さんの志を尊重するために存在するのであれば、そんなメダカ行為を直ちにやめて、自分自身の眼で山を選ぶことです。(略)
  もっときびしいことを言えば、もし「深田クラブ」が深田版『日本百名山』を契機に結成されたとすれば、これを解散することこそが深田さんの志にそうものかとさえ思われるのです。


でも、山のリストは今や『日本百名山』だけではありません。「深田クラブ」や日本山岳会などによって、「日本二百名山」「日本三百名山」、さらには作家の田中澄江が選んだ「花の百名山」もあります。それどころか、地方や県単位でも百名山が選定されています。そうやって登山人口の減少とは裏腹に、「自立した登山者であれ」という登山の精神とは真逆な「モノマネ没個性登山者」=おまかせ登山者は増加する一方なのです。
2021.11.21 Sun l 本・文芸 l top ▲
眞子さんと小室圭さんが結婚され、日本を飛び立ちましたが、その姿を見ながら「私たちにとって結婚は、自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択でした」という眞子さんのことばが思い出され、涙が出そうになりました。

天皇制云々以前の問題として、若い二人に誹謗中傷を浴びせ、ここまで追いつめた日本社会や日本人の下劣さについて、私たちはもっと深刻に受け止める必要があるでしょう。

でも、それも、今の日本では馬の耳に念仏のような気がします。ネットを見ればわかるように、二人に対する誹謗中傷と「在日」や生活保護受給者などに対するヘイト・スピーチは同じ根っこにあるのですが、そういった認識はほとんどありません。

眞子さんの下記のような発言は、今の日本社会に対する痛烈な批判、違和感を表明したものと言えるでしょう。

これまで私たちが自分たちの心に忠実に進んでこられたのは、お互いの存在と、励まし応援してくださる方々の存在があったからです。今、心を守りながら生きることに困難を感じ傷ついている方が、たくさんいらっしゃると思います。周囲の人のあたたかい助けや支えによって、より多くの人が、心を大切に守りながら生きていける社会となることを、心から願っております。


天皇制反対のイデオロギーに縛られ、二人の問題について見て見ぬふりをしてきた左派リベラルもまた、眞子さんから批判されるべき対象ですが、その自覚さえ持ってないかのようです。彼等もこの日本社会のなかでは、ヘイト・スピーチを行なう差別主義者と同じ穴のムジナと言っても言いすぎではないのです。仮にヘイト・スピーチに反対していてもです。

政治の幅は生活の幅より狭いと言ったのは埴谷雄高ですが、私たちにとってたとえば恋愛は、病気などと同じようにどんな政治より大事なものです。そういった人生の本質がまったくわかってないのではないか。ましてや、好きな人と愛を貫く気持など理解できようはずもないのです。

大袈裟すぎると思われるかもしれませんが、私は、天皇制反対のイデオロギーに拘泥して二人の問題を見て見ぬふりしてきた左派リベラルに、「自由」とか「平等」とか「人間の解放」とかを口にする資格はないとさえ思っています。

余談ですが、先の衆院選における「野党共闘」の総括をめぐり、「野党共闘」周辺のグループが山本太郎や北原みのりや前川喜平氏などに対して、「限界」なるレッテルを貼ったりして執拗にバッシングしていますが、それを見るにつけ、時代は変わっても相変わらず衣の下からスターリン主義の鎧が覗いている気がしておぞましい気持になりました。その行き着く先は、言うまでもなく近親憎悪と「敵の敵は味方」論なのです。そういったことも含めて、私はイデオロギーにとり憑かれた”左翼の宿痾”というものを考えないわけにはいきませんでした。

二人の出国を前にして、元婚約者の男性が400万円の解決金を受け取ることになり、いわゆる金銭問題も急転直下して解決しましたが、何だか出国のタイミングに合わせて手打ちをしたような気がしないでもありません。

どうしてもっと前に400万円を渡さなかったのかという週刊誌の記事がありましたが、渡さなかったのではなく、下記の小室さんの発言にあるように、元婚約者が小室さんのお母さんと直接会うことに拘り400万円を受け取らなかったからです。文字通り七つ下がりの雨とも言うべきお母さんに対する執着心が問題を長引かせてきたのです。

付き合っていたときに使ったお金は貸したものだ、別れたから返せ、というチンピラまがいの要求に対して、小室さんは立場上妥協に妥協を重ね、結局、「解決金」として400万円を支払うことにしたのですが、にもかかわらず、お母さんに直接会うことが条件だとして問題をこじらせたのでした。そのあたりの下衆な事情を百も承知で、週刊誌はあたかも小室さんに誠意がないかのように悪意をもって報じてきたのです。元婚約者も、そういったメディアのバッシングを背景に要求をエスカレートしていったフシがあります。

それは、小室圭さんの会見の際の次のような発言からも伺えます。

私が母に代わって対応したいと思い、母の代理人弁護士を通じてそのことをお伝えしました。元婚約者の方からは、元婚約者の方の窓口となっている週刊誌の記者の方を通じて、前向きなお返事をいただいています。


何のことはない元婚約者の代理人は、弁護士などではなく未だに「週刊誌の記者」(実際はフリーライター)が務めていたのです。彼がバッシングのネタが尽きないように、元婚約者のストーカーもどきの執着を「借金問題」としてコントロールしてきたのではないか。某大手週刊誌に近いと言われるフリーライターは、小室家の金銭問題を演出する工作員みたいな存在だったのではないのか。そんな疑いが拭えません。少なくとも週刊誌やスポーツ新聞やテレビのワイドショーにとって、彼の存在は実においしいものだったと言えるでしょう。

『噂の真相』が健在だったなら、そのあたりのカラクリを暴露したはずです。こんな人権侵害のやりたい放題のバッシングが許されるなら、もう何でもありになってしまいます。公人・私人という考え方も極めて恣意的なもので、その刃がいつ私たちに向かって来るとも限りません。そのためにも、元婚約者や代理人のフリーライターの素性、それにフリーライターと週刊誌の関係など、小室問題の真相が衆目の下にあきらかにされるべきで、『噂の真相』のスキャンダル精神を受け継ぐと言っているリテラや『紙の爆弾』など(マイナーだけど)骨のあるメディアにもっと奮起して貰いたいと思います。

大塚英志が言う死滅しつつある既存メディアがまるで悪あがきをするかのようにネット世論に迎合した結果、バッシングがエスカレートして閾値を越え、狂気と言ってもいいような領域に入っていったのでした。東京大学大学院教授の林香里氏は、朝日の「論壇時評」で、今年度のノーベル平和賞に輝いたフィリピンのオンライン・ニュースサイト「ラップラー」の創設者マリア・レッサさんの「ソーシャルメディアは『人間の最悪の性向を技術的に増幅させている』」というニューヨーク・タイムズのインタビューでの発言を紹介していましたが、既存メディアとネット世論を媒介してバッシングを増幅させたYahoo!ニュースの存在も見過ごすことはできないでしょう。もちろん、その背後に、日本社会や日本人の底なしとも言える劣化が伏在しているのは言うまでもありません。そういった構造と仕組みを知る上でも、週刊誌的手法を逆手に取ってこの問題を総括することは非常に大事なことのように思います。
2021.11.16 Tue l 社会・メディア l top ▲
山と渓谷田部重治


奥武蔵(埼玉の山域)や奥多摩などの東京近郊の山をメインにする登山系ユーチューバーの動画を観ていたら、ユーチューバー自身が「北アルプスのような高い山に登るのが偉いことで、奥武蔵のような低山に登るのは一段低い登山だという風潮がありますが、あれには違和感を覚えます」と言っている場面がありました。たしかにそういったおかしな風潮があるのは事実です。もっともそういった風潮は、日本の近代登山の黎明期から存在していたのです。前衛的(戦闘的)なアルピニズム思想に対して、「静観派」、あるいは「低山派」「逍遥派」などと呼ばれ、当時から「一段低い登山」だと見做されていたのです。

「静観派」の代表的な登山家であり、登山の大衆化に思想的に寄与したと言われる田部重治は、1931年(昭和6年)6月発刊の『峠と高原』という雑誌に、「高山趣味と低山趣味」と題して次のように書いていました。

  山を愛する人にして、それが豪壮なるが故に好むものもあろう。或いはその優美なるが故に登るものもあろう。或いは深林美を愛するが故に、或いは渓谷を好むがために、或いは眺望を欲するが故に、或いはそれらの凡ての理由以外に、山に登ること、その事をたのしむためにすらも登る理由を見出す人もあろう。
(略)
  私は、いわゆる、低山と称せられるものに於いても、以上のごとき登山の条件を有するものの決して少なくないことを見出す。むしろ東京附近からの日帰りや一泊の日程に於いて登攀しうるものの内に、こういう条件に叶うものの多いことに驚いている。それらは多摩川の本流、支流の山々の於て、相模の山に於て、秩父の山に於て多く見出される。これらの山々は美わしき山容、深林、渓谷に於て、決して軽視することの出来ないものをもっている。
(略)
  私は特に、都会生活の忙しい間から、一日二日のひまをぬすんで、附近の五、六千尺(引用者注:1尺=約30cm)の山に登攀を試みる人々に敬意を表する。これらの人々の都会附近の山に対する研究は、微に入り細を究め、一つの岩にも樹にも、自然美の体現を認め、伝説をもききもらすことなく、そうすることにより彼等は大自然の動きを認め人間の足跡をとらえるように努力している。私はその意味に於て、彼らの真剣さを認め、ある点に於て彼らに追従せんことを浴している。

(「高山趣味と低山趣味」 ヤマケイ文庫『山と渓谷 田部重治選集』所収)


私などは感動すら覚える文章ですが、その対極にあるのがヨーロッパ由来のアルピニズムです。

「征服」とか「撤退」とか、あるいは「ジャンダルム」もそうですが、登山に軍隊用語が使われているのを見てもわかるように、アルピニズムが近代合理主義の所産である帝国主義的な征服思想と軌を一にしていたのはたしかでしょう。特にアルピニズム発祥の地であるヨーロッパのキリスト教世界では、山は悪魔の棲むところ、魔界だと思われていました。だから、山に登ることは「征服」することだったのです。原始的な採集経済のなかで、山を自然の恵みを与えてくれる存在として、畏敬の念をもち信仰の対象とした日本のそれとヨーロッパのそれとでは異なる精神風土があったのです。もとよりヨーロッパアルプスなどに比べて標高が半分以下の山しかない日本では、山に対する考え方だけではなく、山に登るという行為自体も根本的に違っていたはずです。

日本では、既に7世紀の後半には役小角えんのおづぬ(役行者)によって修験道が開祖され、修験者(山伏)が山のなかで修行していたと言われています。また、8世紀後半には男体山、9世紀後半には富士山に登った記録も残っているそうです。ヨーロッパでアルピニズムが生まれたのは18世紀と言われていますので、日本の登山の歴史はヨーロッパよりはるかに古いのです。「静観派」は、どちらかと言えば、日本の伝統的な登山の系譜に属するものと言えなくもないのです。

一方、「日本アルプス」を命名したウィリアム・ガーランドが来日したのは1872年(明治5年)、日本の近代登山の父と呼ばれるウォルター・ウェストンが来日したのは1888年(明治21年)です。そして、彼らによって持ち込まれたヨーロッパのアルピニズムが日本の近代登山形成のベースになったのでした。日本の近代登山が、多分に帝国主義的な征服思想と結びついた「高い山に登るのが偉い」というような風潮に囚われるようになったのは当然と言えば当然かもしれません。でも、言うまでもなくそれは強者、勝者の論理にほかなりません。

私の田舎の山は九州本土では最高峰の山塊にありましたが、子どもの頃、6月の山開きの日にはそれこそ老若男女みんなこぞって山に登っていました。それは、「おらが山」とでも言うような山岳信仰の原初的な心情が人々のなかに残っていたからだと思います。ミヤマキリシマのピンク色の花が咲き誇る山頂に立って、自分たちの町(文字通り「おらが村」)を眺めるときの誇らしさをみんなで共有していたのです。そのために登っているような感じがありました。

私たちは、国威発揚のために山に登る昔の登山家でも、山岳ビジネスのため、あるいは自分の名前をコマーシャリズムに乗せるために山に登る現代のプロの登山家でもないのです。何か勘違いしていませんかと言いたいです。そして、そういった勘違いが、ユーチューブの俄か登山者や”北アルプス信者”や百名山登山などに散見される、自然に対する畏敬の念の欠片もなく、ただピークハントだけが目的のような軽薄な登山に繋がっているように思えてなりません。それだったら田部重治が言うように、「消防夫」や「軽業師」と変わらないのです。
2021.11.10 Wed l 本・文芸 l top ▲
衆院選における立憲民主党の惨敗は想像以上に深刻だと言えるでしょう。あれだけ「野党共闘」による政権交代を訴えながら、獲得した議席は改選前を下回ったのです。片方の共産党も同様です。文字通り、大山鳴動してネズミ一匹に終ったのでした。

選挙が近づいた途端に新規感染者が激減したのも魔可不思議な話ですが、もちろん、だからと言ってパンデミックが収束したわけではありません。百年に一度などと言われるパンデミック下においてもなお、立憲惨敗、自民単独過半数、自公絶対安定多数のこの結果は、今まで何度もくり返してきたように、立憲民主党が野党第一党であることの不幸をあらためて痛感させられたと言えるでしょう。立憲民主党に対しては、野党としての存在価値さえ問われていると言っても過言ではありません。

立憲民主党はホントに野党なのか。今回の選挙で立民は、消費税を5%に下げるという公約を掲げました。それを聞いたとき、多くの有権者は、民主党政権(野田内閣)が公約を破って自公と「社会保障と税の一体改革に関する三党合意」なるものを結び、今日の増税路線に舵を切ったことを思い出し呆れたはずです。

当時、枝野代表は経産大臣でした。蓮舫は行政改革担当の内閣府特命担当大臣、安住淳に至っては財務大臣だったのです。野田元首相も現在、立民の最高顧問として復権しています。みんな昔の名前で出ているのです。

このように消費税5%のマニフェストだけを見ても、よく言われるブーメランでしかないのです。立民や国民民主党などの旧民主党が、自民党を勝たせるためだけに存在していると言うのは、決してオーバーな話ではないのです。

今回の選挙結果を受けて、さっそく国民民主の玉木代表があたかも連合に愁眉を送るかのように立民にゆさぶりをかけていますが、今後立民に対して旧同盟系の芳野体制になった連合の右バネがはたらき、反共の立場を明確にして自民党と中間層の取り込みを争うという中道保守政党としての”原点回帰”が進むのは間違いないでしょう。でも、それは、ますます自民党との違いが曖昧になり、野党としての存在価値をいっそう消失させ、立民が自己崩壊に至る道でもあるのです。にもかかわらず、今の立民には、連合が自分たちを潰す獅子身中の虫であるという最低限の認識さえないのです。芳野友子会長はとんだ食わせ物の反共おばさんで、ガラスの天井が聞いて呆れます。

だからと言って今回のような「野党共闘」に希望があるかと言えば、今までも何度も言っているように、そして、今回の選挙結果が示しているように、「野党共闘」が”人民戦線ごっこ”を夢想した理念なき数合わせの野合にすぎないことは最初からあきらかだったのです。そんなもので政治が変わるはずもないのです。立憲民主党や国民民主党が野党になり切れないのは、何度もくり返しますが、労働戦線の右翼的再編と軌を一にして生まれた旧民主党のDNAを受け継いだ、連合=右バネに呪縛された政党であるからにほかなりません。その根本に目を瞑って「野党共闘」の是非を論じても、単なるトートロジーに終わるだけでしょう。

「野党共闘」の支援者たちのSNSをウオッチしても、この惨敗を受けてもなお、小選挙区で立民の議席が増えたことを取り上げて、「野党共闘」があったからこの程度の敗北で済んだのだなどと言い、相変わらず夜郎自大な”無謬神話”で自演乙しているのでした。

立民は小選挙区では増えたものの、支持政党を選択する比例区では致命的と言っていいほど議席を減らしました。比例区で野党第一党が有権者に見放された事実こそ、投票率の低さも含めて野党不在の今の政治の深刻さを表しているように思います。つまり、自公政治に対する批判票の受け皿がない、立民がその受け皿になってないということです。皮肉なことに今回の「野党共闘」によって、それがいっそう露わになったと言えるでしょう。

昔、著名なマルクス経済学者の大学教授が、社会党の市会議員選挙だかにスタッフとして参加した経験を雑誌に書いていましたが、そのなかで、選挙運動を「偉大なる階級闘争だった」と総括しているのを読んで、まだ若くて尖っていた私はアホじゃないかと思ったことを覚えています。共産党はもちろんですが、「野党共闘」の接着剤になったと言われる市民連合なるものも、もしかしたらそのマルクス経済学者と同じような、「負けるという生暖かい場所」で惰眠を貪っているだけのとんちんかんな存在と言うべきかもしれません。「アベ政治を許さない!」というボードを掲げるような運動がほとんど成果を得ることなく後退戦を余儀なくされた末に、苦肉の策として「野党共闘」が構想されたという事情も見過ごすことはできないでしょう。ものみな選挙で終わるのです。

ヨーロッパで怒れる若者たちの心を掴み、議会に進出して今や連立政権の一翼を担うまでになった急進左派(それはそれで問題点も出ていますが)と日本の野党との決定的な違いは、街頭での直接的な要求運動、抵抗運動が存在するかどうかです。誤解を怖れずに言えば、ヨーロッパの急進左派は火炎瓶が飛び交うような過激な街頭闘争から生まれ、それに支えられているのです。でも、日本の野党はまるで逆です。「アウシュビッツ行きの船に乗る」とヤユされた立民への合流によって、むしろ地べたの社会運動が次々と潰されている現実があります。「野党共闘」もその延長上に存在しているにすぎません。

コロナ禍によって格差や貧困の問題がこれほど深刻且つ大きく浮上したにもかかわらず、その運動を担う政治勢力が存在しない不幸というのは、とりもなおさずホントの野党が存在しない不幸、立憲民主党が野党第一党である不幸につながっているのです。

前も引用しましたが、シャンタル・ムフの次のようなことばをもう一度(何度も)噛みしめて、今の政治と目の前の現実を冷徹に見る必要があるでしょう。

  多くの国において、新自由主義的な政策の導入に重要な役割を果たした社会ー民主主義政党は、ポピュリスト・モーメントの本質を掴みそこねており、この状況が表している困難に立ちむかうことができてない。彼らはポスト政治的な教義に囚われ、みずからの過ちをなかなか受入れようとせず、また、右派ポピュリスト政党がまとめあげた諸要求の多くが進歩的な回答を必要とする民主的なものであることもわかってない。これらの要求の多くは新自由主義的なグローバル化の最大の敗者たちのものであり、新自由主義プロジェクトの内部にとどまる限り満たされることはない。
(略)右派ポピュリスト政党を「極右」や「ネオファシスト」に分類し、彼らの主張を教育の失敗のせいにすることは、中道左派勢力にとってとりわけ都合がよい。それは右派ポピュリスト政党の台頭に対する中道左派の責任を棚上げしつつ、彼らを不適合者として排除する簡単な方法だからである。
(『左派ポピュリズムのために』)


今、求められているのは、右か左かではなく上か下かの政治なのです。むしろ極右が「階級闘争」を担っている側面さえあるのです。シャンタル・ムフは、左派が極右に代わってその政治的ヘゲモニーを握るためには、自由の敵にも自由を認める(話せばわかる)というようなヤワな政治ではなく、自由の敵に自由を許すなと言い切るような「対抗的で闘技的な政治」が必要だと訴えているのでした。彼女はそれを「民主主義の根源化」と呼んでいました。

  ソヴィエト・モデルの崩壊以来、左派の多くのセクターは、彼らが捨て去った革命的な政治観のほかには、自由主義的政治観の代替案を提示できてない。政治の「友/敵」モデルは多元主義的民主主義とは両立しないという彼らの認識や、自由民主主義は破壊されるべき敵ではないという認識は、称賛されてしかるべきである。しかし、そのような認識は彼らをして、あらゆる敵対関係を否定し、政治を中立的領域でのエリート間の競争に矮小化するリベラルな考えを受入れさせてしまった。ヘゲモニー戦略を構想できないことこそ、社会ー民主主義政党の最大の欠点であると私は確信している。このため、彼らは対抗的で闘技的なアゴニスティック政治の可能性を認めることができないのである。対抗的で闘技的な政治こそ、自由ー民主主義的な枠組みにおいて、新しいヘゲモニー秩序の確立へと向かうものなのだ。
(同上)

2021.11.01 Mon l 社会・メディア l top ▲
第49回衆院選挙が19日に公示され、31日に投開票行われることになりました。

今回の選挙のポイントは「野党共闘」だと言われています。朝日の記事によれば、全国289選挙区の75%の217選挙区で候補者が一本化され、与野党による事実上の一騎打ちは約140選挙区にのぼるそうです。

朝日新聞デジタル
初の衆院選の野党共闘 217選挙区で一本化、強さには濃淡か

そのなかの東京8区で、公示前に「野党共闘」をめぐってトラブルがありました。

公示の10日前の10月8日、れいわ新選組の山本太郎代表が、突然記者会見を行ない、「野党統一候補」として東京8区から立候補することを表明したのでした。

東京8区は、杉並区(ただし方南1・2丁目を除く)を対象にする選挙区です。小選挙区制になってから今まで8度の選挙ではいづれも自民党の石原伸晃氏が当選しており、田中龍作ジャーナルのことばを借りれば、石原氏の「金城湯池」とも言うべき選挙区です。

しかし、この突然の山本代表の出馬会見にびっくりしたのは、立憲民主党の吉田はるみ候補を野党統一候補として担いでいた市民運動や立民の地元の関係者でした。「晴天の霹靂」「怒り心頭」と報じるメディアもありました。そして、その怒りは山本代表に向けられたのでした。

山本太郎は「限界系左翼」の盲動みたいな言い方をされ、今までの市民運動(と言ってもただの選挙運動)の成果を反古にする利敵行為だとの非難が浴びせられたのでした。吉田氏の支援者のなかには、「山本太郎さんに鼻をつまんで投票しない」というボードを掲げて抗議活動を行なう人たちまで登場する始末でした。

ところが、その後、山本自身があきらかにしたところによれば、東京8区の野党統一候補は山本で行くように水面下で話が進んでいたそうです。しかも、話を持ってきたのは立民の方で、枝野代表も承知済みだったとか。その際、山本氏が出馬すれば吉田はるみ氏を降ろすという生くさい話まで出たそうです。

そんななか、岸田内閣が誕生し、選挙日程が前倒しされた。でも、いっこうにラチがあかない。それでしびれを切らした山本が強行突破するかたちで立候補を表明したということでした。

しかし、山本太郎がフライングして立候補を表明し、彼に批判が集中すると枝野代表も立民中央も「困惑している」と言い出し、山本との”密約”についても知らぬ存ぜぬを決め込んだのでした。

結局、山本太郎が立候補を辞退することで一件落着になったのですが、すると今度は枝野代表や立民中央の姿勢を批判したリベラル系のジャーナリストに対して、「野党共闘」の周辺にいる支援者が「限界系ジャーナリスト」などというレッテルを貼って悪罵を浴びせはじめたのでした。

このトラブルで露呈されたのは、まぎれもない”もうひとつの全体主義”です。社民主要打撃論ならぬれいわ主要打撃論とも言うべき左翼政治のお家芸です。また、リベラル派であっても自分たちの意に沿わないジャーナリストは容赦なく叩くやり方には、あの夜郎自大な”無謬神話”さえ垣間見えるのでした。

立民の某国会議員は、それまで散々山本太郎を非難しておきながら、辞退が決まると一転して「山本太郎さんの英断に感謝します」とツイートしていましたが、なんだか白々しく思えてなりませんでした。私たちは、そんな白々しいことばの裏で、衣の下から鎧が覗いていたのを見過ごすことはできないのです。

「野党共闘」とはそんなスターリン主義的な左翼リゴリズムと保守反動が同床異夢する野合にすぎないのです。文字通り「『負ける』」という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」古い左翼(左派リベラル)の姿にほかなりません。

こんな選挙になにを期待しろというのでしょうか。AかBかなどという二者択一論にどれほどの意味があるというのか。もちろん、政権交代なんて左派特有の大言壮語、誇大妄想にすぎません。「左翼小児病」というのはレーニンの有名なことばですが、このような夢見る夢子のようなおめでたさは「左翼中二病」と言うべきかもしれません。

折しも朝日の衆院選に関連した特集で、下記のような記事が掲載されていました。

朝日新聞デジタル
韓国に抜かれた日本の平均賃金 上がらぬ理由は生産性かそれとも…

私もつい先日、このブログで同じような記事を書いたばかりですが、朝日の記事も次のように書いていました。

経済協力開発機構(OECD)の2020年の調査(物価水準を考慮した「購買力平価」ベース)によると、1ドル=110円とした場合の日本の平均賃金は424万円。35カ国中22位で、1位の米国(763万円)と339万円も差がある。1990年と比べると、日本が18万円しか増えていない間に、米国は247万円も増えていた。この間、韓国は1・9倍に急上昇。日本は15年に抜かれ、いまは38万円差だ。日本が足踏みしている間に、世界との差はどんどん開いていた。


もちろん、賃金が上がらない理由のひとつに非正規の労働者が多くなったということがあります。しかし、いちばん大きな理由は、非正規の問題も含めて労働組合が弱くなった、戦わなくなったからです。労使協調路線が当たり前のようになったからです。それは、言うまでもなく1987年の連合の誕生=労働戦線の右翼的再編からはじまったのです。一方で企業の「内部留保」は「500兆円に迫るほど積み上がって」おり、自民党でさえ「分配」を政策に掲げるほど、企業はお金をため込んでいるのです。

その労働戦線の右翼的再編と軌を一にした政界再編の申し子のような存在が、今の立憲民主党であり国民民主党の旧民主党です。その根っこを見ることなしに、自公の悪政を正すには政権交代が必要だと言うだけでは、文字通り木を見て森を見ないおためごかしの論理と言わざるを得ません。どう考えても、立民や国民民主が今の状況を剔抉しているとは思えないし、そもそもどれほど自民党と違うのかもわかりません。その選択の幅はきわめて狭いのです。二大政党制を前提とする「政権選択選挙」なんて茶番でしかないのです。花田清輝の口吻をもじって言えば、すべてが選挙に収れんされ、そして、ものみな選挙で終わるのです。
2021.10.21 Thu l 社会・メディア l top ▲
山に行けないということもあって、青空文庫で加藤文太郎の『単独行』を再び読んでいます。

加藤文太郎が初めて北アルプスに登ったのは、今から95年前の大正15年7月、21歳のときでした。Wikipediaには「1923年(大正12年)頃から本格的な登山を始める」と書いていますので、登山歴はまだ3年くらいです。その2年前には、「神戸の三菱内燃機製作所(三菱重工業の前身)」に勤務しながら、兵庫県立工業学校の夜間部を卒業しています。尚、加藤文太郎が厳冬期の北鎌尾根で命を落としたのは30歳のときです。その登山人生は僅か10年ちょっとにすぎなかったのでした。

Wikipedia
加藤文太郎

7月25日の日曜日の早朝、長野県大糸線の有明駅に着いた加藤文太郎は、徒歩で5時間以上かけて登山口にある中房温泉に向います。そして、中房温泉でひと風呂浴びて昼食を食べたあと、たぶん今と同じ登山道だと思いますが、燕岳へ向けて歩き始めたのでした。

当時、登山は大変お金のかかる贅沢なスポーツで、ハイカーの大半は経済的にも恵まれたインテリ層でした。そんななかで、末端の工場労働者にすぎなかった加藤文太郎は異色の存在だったのです。しかも、今のように詳細な登山地図もなかったので、多くはパーティを組み山に精通している地元の人間にガイド(道案内)を頼んで登るのが一般的でした。そんななか、加藤はガイドもなくひとりで北アルプスや南アルプスなどの山を登攀したのでした。そのため、『単独行』を読むと、常に道に迷い、今で言う”プチ遭難”みたいなことをくり返しながら登っていることがわかります。日没になると、行き合わせた作業小屋に泊まったり、あるいは野宿をしながら山行を続けていました。当時はヘッドランプもなかったので、暗くなると提灯を提げて歩いています。しかも、夜9時頃まで山中を彷徨うこともめずらしくありません。

初めての北アルプスは、7月25日から8月4日まで11日間に渡りました。燕岳に登ったあと、翌日には「アルプス銀座通り」(今の表銀座)を縦走して大天井岳に登り、さらに東鎌尾根を経て槍ヶ岳に登っています。当時から、燕岳から常念岳に至る縦走路は「アルプス銀座通り」と呼ばれていたことがわかります。殺生小屋(今の殺生ヒュッテ)に宿泊したあと、南岳から北穂高に至る大キレットを通り、北穂に登頂。そのあとたまたま見つけた無人小屋に泊まり、翌日奥穂高岳にも登っています。奥穂からはさらに前穂高岳にも登り、途中の雪渓に苦労して道に迷い野宿しながら上高地に下りています。そのときのことを加藤は次のように書いていました。

途中道瞭らかならず偃松等をわけ、あるいは水の流れるところ等を下る、なかなかはかどらず。 されば谷を下ればよしと思い雪渓に出ずれば非常に急にして恐ろし、尻を着けアイスピッケルを股いで滑れば、はっと思う間に非常な速度にて滑り出し、止めんとすれども止らず、アイスピッケルにて頭等を打ち、途中投出され等して数町を下りたり。そのときもう駄目なりという気起り気遠くなる思いなり。岩にぶつかるならんと思い少し梶をとりようやくスロープ緩きところに止り幸いなりき、あやうく命拾いしたり。それよりアイスピッケルを取りに行く困難言葉に表わされず、小石を拾いてそれにて足場を作り一歩一歩進む。
(略)
かかる困難をせざりしならむにこれもまた後日のためならむか。経験得るところ多し。これらすべて実に偉大なる恐るべき山なり。穂高は実にアルプスの王なりとしみじみ感ぜり、神の力に縋らずして命を全うすることを得ざるなり、有難く感謝せり。


加藤の初めての北アルプスはこれにとどまりません。上高地に下りたあと、平湯(温泉)から安房峠を徒歩で越えて乗鞍岳に登り、さらに御嶽山から中央アルプスの木曽駒ヶ岳、宝剣岳、空木岳まで登っているのです。もちろん、今のように安房トンネルもありませんし、乗鞍スカイラインや駒ヶ岳ロープウェイなどあろうはずもありません。特に空木岳はきつかったみたいで、「道なきを進み疲れはてて九時頃山中へ一泊」と書いていました。

余談ですが、「北アルプス 初登山」の日記を読むと、登山が大衆化する前とは言え、燕岳などは95年前も今と変わらない登山風景があったことがわかります。燕岳の登山道では、「途中女学生の一隊多数下山するに逢う」と書いていました。ただ、当然ながら今のようなおばさん軍団はいません。

北アルプス 初登山

  A 大正十五年七月二十五日(日曜日)晴れ
  午前六時三十五分有明駅着、 少し休む。自動車あれども人多く自分は徒歩にて出発、自動道なれば道よし、有明温泉を経て川を遡る。名古屋の人(高商生) と一緒に行く。アルプス山間たる価値ありき、中房温泉着約十二時、名古屋内燃機の人四人(加藤という人もありき)と逢えり、温泉に入浴昼食をとり一時中房温泉発、急なる登りなり、四時半燕小屋着、途中女学生の一隊多数下山するに逢う。サイダーを飲み高い金を払う。軽装(ルックザックを置き)にて燕頂上へ五時着、三角点にて万歳三唱せり。途中立山連峰、白馬、鹿島槍を見、鷲羽連峰等飛んで行けそうなるほど近くはっきりと見え心躍る、燕小屋へ引返し午後六時泊、槍は雲かかりて頂上見えず。

  二十六日(月曜日)晴後雨
  燕小屋午前六時出発、この路アルプス銀座通りといい非常に景色よく道も良し、今朝の御来迎は相当よく富士などはっきり見え槍も見ゆ。大天井岳の前にて常念道、喜作新道の岐れ道あり、そこにルックザックを置き、大天井頂上を極む。三角点にて万歳三唱、豪壮なる穂高連峰、谷という谷に雪を一杯つめ、 毅然とそびえたるを見、感慨無量なり、もとの道に引返しルックザックをかつぎ喜作新道を進む。右高瀬川の谷を眺め、眺望よきこと言語に絶す。この辺の景色北アルプス第一ならむ。西岳小屋にて休み焼印を押し、昼食をなす。途中広島の人(東京の学校にいる)東京の人(官吏)と三人となり十一時半頃出発、途中にて人々に別れ、一人にて道を行く、殺生小屋着二時半、途中大槍小屋に行く道ありて、その辺より雨降り出す。雨を冒して槍の頂上へ出発、ルックザックは小屋に置き、急なる道を進み、四、五十分にて槍肩を経て頂上着、祠あり名刺を置き三角点にて万歳三唱、一時間くらい霧の晴れるを待つ、ときどき 天上沢、槍平方面の見えるのみ、下山、殺生小屋泊、人の多きことに驚けり。


こんなことを言うと顰蹙を買うかもしれませんが、登山をする者にとって、山中を彷徨うというのはどこか冒険心をくすぐられるものがあります。ソロのハイカーが遭難すると、世間からは非難轟々で、山に登らない人間たちからは捜索のヘリを出すのさえ税金の無駄使いだみたいに言われるのが常ですが(そもそも山岳遭難を報じる記事が、そういった非難を前提にするようなパターン化されたものになっているのです)、でも、なかには加藤と同じような山中を彷徨うことに冒険心をくすぐられバリエーションルートに入った者もいるのではないかと思ったりもするのです。山にはそんな魔力みたいなものがあるのです。

加藤文太郎の山行には、紙の地図どころかGPSの地図アプリが欠かせないアイテムになっていて、道を逸れると警告のアナウンスが流れたり、下山すると家族にもメールで連絡が行ったりするような(それどころか、今どこを歩いているか、リアルタイムに現在地を家族と共有できるサービスさえあります)、便利なシステムに管理された今の登山にはない、自分のスキルと体力をフルに使って山に登るという、言うなれば原初的な山登りの姿があるのです。加藤文太郎がいつの時代もハイカーのヒーローでありつづける理由がわかるような気がします。

最終日、加藤は次のように日記を締めくくっていました。

  四日(水曜日)曇
  早朝起き川原に出でんと下れば途中道あり、それを進む、川の左岸のみを行きて川原に出で尾根へ取付きなどしてなかなか苦しき道なり、ようやく小日向の小屋に出で見れば道標あり、自分の下りし道の他に本道とてよき道あり、本道を通らばかかる困難はせざりしに、これよりは道よく道標ありて迷うことなく 九時半飯島駅着、十時の電車にて辰野へ、中央線にて塩尻を経て名古屋へ、東海道線にて神戸へ無事五日午前一時着せり、同二時床につく。痛快言わん方なかりき。かかる大コースも神の力をかりて無事予定以上の好結果を得しはまことに幸いなり、神に感謝せり。ああ思いめぐらすものすべて感慨無量なり。


床に入ったものの、11日間の大冒険を終えた興奮になかなか眠れず、何度も寝返りを打っている加藤の姿が目に浮かぶようです。
2021.10.15 Fri l 本・文芸 l top ▲
小室圭さんの自主隔離期間が終わり、26日の入籍と記者会見が近づきましたが、小室さん一家と眞子さんに対するバッシングは止む気配はありません。むしろ、最低限の節度さえ失い、狂気の領域に入ったと言ってもいいくらいです。

ネトウヨのYouTuberが小室家に押しかけてあたりはばからず大声で「結婚反対」と叫ぶので、近所の人がうるさくて迷惑しているという話も、メディアの手にかかると小室さんが帰宅して近所の人たちは迷惑しているという話になるのです。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではないですが、全ては小室さん一家が悪いのです。

ましてや、メディアは、結婚反対デモなるものを主催しているのが件のネトウヨのユーチューバーだということや、小室さんのお母さんが遺族年金と傷病手当金を不正受給した疑いがあるとして詐欺罪で告発した(でも「返戻」された)のがネトウヨのジャーナリストであることは何故かあまり触れずに、彼らのチンピラまかいの言いがかりを二人に対するバッシングの材料に使っているのでした。

小室さんのお母さんに対する告発にしても、通常であれば名誉棄損で反訴されてもおかしくないのですが、今のお母さんの立場ではそれは叶わぬことです。それをいいことにやりたい放題のことがまかり通っているのです。

SNSで野党をフェイク攻撃してきたネトウヨの「Dappi」の実体が、実は自民党と取引きするワンズクエストというウェブ制作会社であったことがあきらかになり問題になっていますが、ネットにおいてはそれは特異な例ではないでしょう。ネットを使った情報操作や世論工作は、なにも中国に限った話ではないのです。そして、そういった世論工作に誘導された老人たちが、「ネットで目覚めた」などと言い、まるで憂国の士でもなった気分で愛国運動に動員され、ネトウヨになっていくのです。

眞子さんの結婚に関して、とりわけネトウヨが熱心にバッシングするのも、皇位継承問題に絡む極右の政治的な主張と関係しているからで、そこにも、万世一系の国体を維持するために(!)、「Dappi」と同じような政治の力がはたらいてないとも限らないでしょう。

ところが、女性自身やNEWSポストセブン(週刊ポストのウェブ版)は、「小室佳代さん 眞子さまに追い打ち…刑事告発報道で結婚会見がさらなる修羅場に」(女性自身)とか、「小室佳代さん刑事告発も 小室圭さんは結婚会見で反対世論を変えることはできるのか?」(NEWSポストセブン)などと、ネトウヨの主張をそのまま小室バッシングに利用しているのでした。

こういったフェイクに依存するメディアは、もはやメディアを名乗る資格なしと言わざるを得ません。ネットだけでは採算が合うはずはないので、読者が拒否すればすぐに言論の場から駆逐できるでしょう。ビジネスマンではなく会社員の国である日本では、不買運動が成り立ちにくいのはたしかですし、こういうクソメディアほど錦の御旗のように「言論の自由」を振りかざして大衆を恫喝するのが常です。でも、そんな脅しに屈しない読者の見識と良識が問われているのだと思います。

女性自身やNEWSポストセブンのような大衆の負の感情をこれでもかと言わんばかりに煽りまくる、悪意の塊のようなバッシングに晒されれば、眞子さんが複雑性PTSDになるのも、小室さんのお母さんが自殺を考えるまでに追い込まれるのも当然でしょう。

もっとも、女性自身やNEWSポストセブンのようなおばさん&おじさんメディアは、誰が見てもオワコンで、もはや余命が取り沙汰されるような存在です。だから、なりふり構わずネトウヨと密通して最後の悪あがきをしているとも言えるです。

さらにここに来て、元婚約者がいつものことながらわけのわからないコメントを発表して、メディアに燃料を投下しています。

仮に元婚約者が主張するように「借金」があったとして、たかが400万円のお金を用意できないのが不思議だと誰も思わないのが逆に不思議です。問題が解決しないのは、元婚約者がのらりくらりとわけのわからない理由で解決を拒んでいるからです。お母さんと直接会うことが条件だとか何とか言って、「解決金」を受け取らないからです。

そもそも400万円の「借金」が存在すること自体がずいぶん怪しい話です。ホントに貸したのなら訴訟を起こせばいいと思いますが、法律の専門家に相談したら訴訟は無理だと言われたという話もあります。さもありなんと思います。だから、小室さん側は「解決金」と言っているのでしょう。別れたから付き合っていた頃に使ったお金を返せというのは、本来なら「最低の男」と言われても仕方ないでしょう。でも、何故かそうは言われないのです。

今回、元婚約者のコメントに関する記事が朝日にも出ていたので、元婚約者が朝日の取材に応じたのかと思ったら、なんのことはない、以前と同じようにフリーライターの代理人を通して一方的にコメントを発表しただけなのでした。いつもそうやってタイミングをはかってコメントを発表し、状況を攪乱するのでした。狙いはお金より他にあるのではないかと勘繰りたくなります。そんなにお金に困っているのなら、お金(「解決金」)を受け取ればいいだけでしょう。「頑固」とかそういう問題ではないように思います。「Dappi」ではないですが、一方的に言い分を垂れ流すのではなく、元婚約者の正体をあきらかにするのがメディアの本来の役割でしょう。どうして元婚約者を取材しないのか、それも不思議でなりません。

この問題について、先日の朝日に、北原みのり氏のインタビュー記事が出ていましたが、そのなかで下記のことばが目に止まりました。

朝日新聞デジタル(有料記事)
眞子さまの苦しみ、人ごとではない 北原みのりさんが語る女性の結婚

 ただ、意識のどこかで皇室は「別世界」だと思っていたのです。天皇制そのものが性差別的な要素を含んでいるため、フェミニストも制度そのものに反対の声はあげても、その中で実際に生きている人たちをどう守るかを話すことがなかった。皇室の中にいる女性の人権は語られてこなかったのです。

 しかし今、眞子さまという生身の人が苦しんでいるのが見えています。差別的な日本の法律の一つが皇室典範であり、皇室という制度ではないかと思います。変えようという議論を始めるときではないでしょうか。


この問題に対していわゆる左派の感度が鈍いのは、天皇制そのものに反対するというイデオロギーが邪魔をして、所詮は天皇制内部の揉め事みたいな考えがあるからではないかと思います。どう見ても”もうひとつの自民党”でしかない立憲民主党に同伴しながら、心のなかは頑迷でスターリン主義的な左翼思想に凝り固まっているのが彼らの特徴ですが、そういったヌエ的な彼らの思考態度がこの問題でも露わになっているように思います。

もう天皇制が時代の間尺に合わなくなっているのです。折しも、ガールスカウトの記念イベントで、佳子さんがジェンダー平等を訴えたことが話題になっていますが、今の時代に若い皇族を皇室のなかに閉じ込めるのは無理があるのです。とどのつまりはそういうことでしょう。二人の結婚について、「いいんじゃね」「自由でしょ」とあっさり言い放つ、今どきの若者たちの方がよほどマトモで健全なのです。
2021.10.13 Wed l 社会・メディア l top ▲
二日前のことでした。整形外科の病院に久しぶりに診察に行きました。診察のあと、薬(と言っても湿布薬)を処方され近所の調剤薬局に行ったら、薬剤師から「ひと月ぶりですね」と言われ、そうかもうひと月も行ってなかったんだと初めて気付いたのでした。

そのくらい膝の調子が良かったのです。水は少し溜まっている気がしないでもなかったけど、膝の可動にもほとんど問題もなく痛みらしい痛みもありませんでした。多少の違和感が残っているだけで、前の記事でも書いたように、ハイキングを復活しようかと思っているくらいでした。

そのため、現金なもので、どうしても病院に行くのに足が遠のいていたのです。行かなければと思いつつも、ついつい先延ばしにしていました。変な話ですが、二日前も半ば義務感から重い腰を挙げて病院に行った感じでした。

診察すると、やはり注射器1本分の水が溜まっていました。ドクターに聞くと、11CCくらい溜まっていたと言われました。水の色を聞くと、薄い黄色で特に問題はないと言われました。

注射をどうしますか?と言われ、せっかくなので「お願いします」と答えました。それで、もう何度目かわからないほどのヒアルロン酸の注射を受けました。

ところが、その帰りです。病院から外に出た途端、膝の痛みを覚えたのでした。それからどんどん痛みはひどくなり、半年前の痛みはじめの頃と変わらないくらいの状態にまでエスカレートしました。水もかなり溜まっているようで、膝も醜く変形しています。もちろん、膝も曲がらなくなりました。特に、伸ばしたときに痛みが出ます。夜寝ていても、曲げた足を伸ばすと痛みを覚え目が覚めるほどです。最近は、痛み止めを飲むとほとんど痛みを感じないほどよく効いていたのですが、痛み止めも効かなくなりました。

こんなことってあるんだろうかと思いました。信じられないような話です。だからと言って、もう一度病院に行って事情を話しても、言われることは目に見ているように思います。湿布と痛み止めの飲み薬を処方されるだけでしょう。

文字通り天国から地獄に堕ちたような絶望的な気持になりました。やっと光が射してきたと思っていたのにどうして?と思わざるを得ません。

別の病院に行ってみようかとも思っていますが、今は膝の痛みを我慢するのが精一杯で、わざわざ新しい病院を探して行くほどの余力はありません。それに、別の病院に行っても同じことのくり返しになるのではないかと思ったりもします。

膝痛などの場合、整形外科の病院や整骨院を転々とするケースが多いのですが、痛みを抱えた患者が藁をも掴む気持で彷徨するのもわからないでもありません。でも、一方で、そういったことをくり返さなければならないのはとても空しく面倒なことでもあるのです。

ジョギングにはまった知り合いも、ある日足が痛くなったので、まずスポーツ用品店に行ったそうです。すると、ジョギングシューズとインソールをすすめられ購入することになった。でも、痛みは収まらない。それで、今度は駅前の整骨院に2軒行ったけど、やはり改善しない。仕方がないので整形外科の病院に行ったら、走りすぎだろうと言われて、湿布と痛み止めを処方されただけ。しかし、依然として痛みは続いているので、さらに別の整形外科に行ったところ、疲労骨折という診断を受けて、現在、完治しジョギングも復活したそうです。実際にそのように遠回りをすることも多いのです。

整形外科は「3」の数字がキーワードになるという話を聞いたことがあります。3日、3ヶ月、3年で病態が改善したか様子を見るということらしいです。とりあえず、3日様子を見て、それでも改善しないなら(その可能性が高いけど)、別の整形外科を探して診察して貰うしかないかなと思っています。でも、一方で、今の時代、病院によってそんなに違うものなのかという疑問もあります。
2021.10.07 Thu l 健康・ダイエット l top ▲
小室圭さんの帰国をきっかけに、再びバッシングが沸き起こっています。なかでも、スポーツ新聞とそれを転載するYahoo!ニュースのコメント欄(ヤフコメ)の異常さが際立っています。ネット民の異常さは今にはじまったことではありませんが、スポーツ新聞に関しては、販売部数の低迷による経営不振という背景があるように思えてなりません。そこにあるのは、どう考えても精神病理学でなければ説明がつかないような、ネットと旧メディアの共振による”日本の異常”です。

Yahoo!ニュースに転載されたスポーツ紙のコタツ記事の見出しをざっとピックアップしてみるだけでも、その異常さがよくわかります。

小室圭さん「エコノミークラス」で帰国へ 航空チケット代は〝お国持ち〟か(9/24東スポ)

あの時とは別人 小室さん ロン毛、ちょんまげ、ポケットに手入れ無視 宮内庁関係者「もう少し考えて…」(9/25スポニチアネックス)

小室圭さん激変 えっロン毛! フジテレビ突撃取材に左手ポケット、発言一切なし(9/25ディリースポーツ)

眞子さま&小室さんと対照的…百恵さん&友和、唐沢&山口智子らの幸せ結婚会見現場(9/25女性自身)

眞子さまの「ゴリ押し婚」が違憲かもしれないこれだけの理由(9/25JBpress)

ロン毛の小室圭さん「直撃ガン無視」が及ぼす結婚会見への影響(9/25FRIDAY)

小室圭さんのロン毛に哀愁を感じるワケ 米NYで質素倹約生活「散髪代すら…」(9/25東スポ)

眞子さまのNY生活を待ち受ける小室佳代さんの“支配” 異国の地で居場所を失う可能性も(9/26ディリー新潮)

小室圭さん 急展開!眞子さまと渡米延期も…手続き待つ都内新居に母・佳代さんが“通い姑”(9/27スポニチアネックス)

小室圭さん 母の金銭トラブル、不正受給疑惑など“4つの騒動”自身から説明あるか(9/27スポニチアネックス)

小室圭さん 物価高いNYで役立つレシピ本「月たった2万円のふたりごはん」購入済み(9/27スポニチアネックス)

高橋真麻 小室圭さんの直撃取材無視に「印象悪すぎ」 対応変化も「挽回できない」(9/27スポニチアネックス)

清原博氏 弁護士の立場捨て?空港の小室圭さんを糾弾「とてもじゃないけど感じ悪い」(9/27ディリースポーツ)

国際弁護士・清原博氏 小室圭さん就職…米法律事務所の新人実情説明「大変厳しいと思います」(9/27スポニチアネックス)

高橋真麻 小室圭さんに「嫁のために頭下げられないやつが夫…大丈夫なの?っていう気持ち」(9/27スポニチアネックス)

実家で2週間の隔離期間を過ごす小室圭氏 警備費用は誰が負担するのか(9/27NEWSポストセブン)

小室さん”ロン毛”帰国に遠野なぎこ疑問「笑かしにきてるのかな」「なんかのネタなのか」(9/27中日スポーツ)

天皇陛下 小室さんと“面会拒否”の真相…「義理の甥」肩書乱用を憂慮か(9/28女性自身)

坂上忍 無言貫く小室圭さん「ハート強いわ」 注目度の高さ「金銭トラブル解決してないまま…」(9/28スポニチアネックス)

これを見ると、スポニチの異常さが特に目立ちます。小室家に何か恨みでもあるのかと思いたくなるような、悪意をむき出しにした記事のオンパレードです。

一方で、SMAP解散の際も指摘しましたが、スポニチはジャニーズ事務所べったりのメディアで、嵐の櫻井翔と相葉雅紀のW結婚の発表では、同じ新聞かと思うほど歯の浮いたような祝辞が紙面を覆っているのでした。しかも、結婚相手についての記事は一切なく、ただジャニーズ事務所の大本営発表を垂れ流しているだけなのでした。

また、高橋真麻や遠野なぎこや国際弁護士の清原博らによる、大衆の負の感情を煽るようなコメントも目につきますが、彼らは風にそよぐ葦の典型的なゲスタレントと言うべきでしょう。

大手芸能事務所だと報復が怖いので忖度するけど、小室さんなら立場上無防備にならざるを得ないので、スポーツ新聞やワイドショーにとっては書き放題、言いたい放題なのです。

そして、こういったコタツ記事に煽られて、ヤフコメに終日貼り付いているネット民たちが小室バッシングに狂奔するのです。

もちろん、なかにはネットで人殺し扱いされたスマイリーキクチのような冷静な意見もないこともありません。

小室圭さんバッシングに「一億総いじめっ子時代か…」スマイリーキクチ私見
(日刊スポーツ9/24)

でも、こういった意見は、”日本の異常”のなかでは濁流に呑み込まれる小舟のようなものです。

挙句の果てには、この”日本の異常”が、平均年収で日本を抜いた韓国のメディアに「嘲笑」される始末なのでした。

同紙(引用注:京仁日報)はこれまでの小室さんを巡る騒動に触れつつも結婚を好意的に捉えており、映画「ローマの休日」などと例示しながら様々な壁を乗り越えて愛を貫く様子を報じた。

 そのうえで「2人の交際に世論は友好的ではない。メディアは小室の経済力を問題視した。夫と死別した母親が恋人から400万円を借りた後、返済がなかったと〝つまらない暴露〟が出た」と疑惑に対して批判的な日本の世論を疑問視。

 そして「家庭の事情を口実に結婚に反対する日本国内の世論はスルーすればいい。『私生活よりも、それぞれの立場にふさわしい行動をしなければならない』などという指摘は息苦しいものだ。世の中は光速化の時代になっているのに、日本人の前近代的思考は変わらない。発展が鈍くなった日本には濃い暗雲が垂れこめている」とお二人の結婚に反対する日本の世論を強く非難した。

日本の〝小室圭さん報道〟を韓国紙が嘲笑「日本人の前近代的思考」「つまらない暴露」

(9/28東スポ)

こういった指摘が日本のメディアから出て来ないのも不思議です。「多様性のある社会」なんて片腹痛いと言えるでしょう。恋愛の自由はもちろんですが、当人同士の合意に基く結婚の自由は、子どもでも知っている民主主義社会の基本の「き」です。でも、日本のメディアはそんな基本の「き」さえ認めたくないかのようです。自由を求める二人の勇気ある行動をここまで呪詛する日本の社会の、その根底にある歪んだ心性を考えないわけにはいきません。

自分たち(あるいは自分たちの子ども)は、借金があろうがなかろうがすぐ同棲し、できちゃった結婚をしているくせに、眞子さんには浮世離れしたいつの時代の話だと思うような厳格を求めるのです。もはや狂気と言ってもいいかもしれません。

二人に浴びせられる誹謗中傷をまじかで見てきた佳子さんも、今の自分たちが置かれた立場(と言うか日本という国)に絶望して何らかの行動を起こす可能性は高いでしょう。次期天皇の悠仁さんも、最近、感情の起伏が激しく、聞くに堪えないような乱暴なことばを使ったりして、側近たちも頭を悩ましているという話もあります。どう考えても、今どきの若者たちに赤坂御用地のなかに閉じ込めるような人生を押し付けるのは無理があるのです。秋篠宮家の教育方針が間違っているとかトンチンカンなことを言う者がいますが、要するに、現代社会に天皇制は間尺が合わなくなっているのです。反動的な日本国民がその現実を見ようとしてないだけです。

いわゆる小室さん問題については、今まで何度もこのブログで書いていますのでくり返しませんが、ご興味があれば下記の関連記事をご覧ください。

小室さんは、眞子さんと結婚するために留学し、一生懸命勉強して優秀な成績を残し、12月に発表される弁護士資格の試験でも合格するのはほぼ間違いないと言われています。私などは個人的に、凄いなとか立派だなということばしか浮かびませんが、しかし、ネット民はそうは思わないみたいです。終日ネットに貼り付いているような、努力とは無縁な人生を送っているので、小室さんの血の滲むような努力が理解できないのかもしれません。

また、もうひとつ注目すべきは、ネトウヨや右派系の著名人たちが小室さんだけでなく、眞子さんもバッシングしていることです。韓国紙が書いているように、結婚相手が皇室にふさわしくないからと言いたいのかもしれませんが、それは裏を返せば、カゴのなかの鳥でいろということです。まるで税金で養われている身分なのだからとでも言いたげで、皇室に対する尊敬の念など微塵も感じられないのでした。かつて『噂の真相』は、記事のなかで皇太子妃を呼び捨てにしたとして、右翼のテロに遭ったのですが、ネトウヨや右派著名人の誹謗中傷はとてもその比ではないでしょう。


関連記事:
小室さん問題の新展開?
小室文書とバッシング
眞子さんと小室圭さんの結婚
眞子さんに対する中傷
小室さんバッシングのおぞましさ
2021.09.29 Wed l 社会・メディア l top ▲