東北新社に勤務する長男らによる総務省幹部の接待問題を見るにつけ、(前も書きましたが)菅総理は政治家ではなく政治屋なんだとあらためて思えてなりません。所詮は、(市会議員には悪いけど)市会議員レベルの人間なんだなと思います。

菅総理は、官房長官のイメージが強いのですが、もともとは総務省に絶対的な影響力を持つ”総務省のドン”と言われてきました。それは、小泉政権下で総務副大臣を任命されたときまで遡ります。第3次小泉改造内閣の竹中平蔵総務大臣のとき、「総務副大臣(情報通信、郵政担当)として総務省内部統制のトップを任され、事実上人事権なども行使」(ウィキペディア)し、総務省に睨みをきかせるようになったのでした。さらに、第1次安倍内閣で総務大臣として初入閣してからその権勢を絶対的なものにしたのです。

みずから政権を手にしてから、携帯料金の引き下げやデジタル庁新設などの目玉政策を打ち出しましたが、それもひとえに菅総理が自他ともに認める”総務省のドン”だからにほかなりません。

また、東北新社は、創業者の故植村伴次郎氏(2019年没)が菅氏と同郷(秋田県出身)だったことから、JR東日本やぐるなびなどとともに菅氏の有力なスポンサー企業になっていました。今回の接待問題が発覚してからも、過去に500万円の政治献金を受けていたことがあきらかになっています。もちろん、そこには持ちつ持たれつの関係がありました。

明治学院大を卒業したものの就職もせずにバンド活動をしていた長男を、何の社会人経験がないにも関わらず、総務大臣時代にみずからの秘書官(特別職公務員)に抜擢して世間の顰蹙を買ったのですが、その理由について、菅氏は雑誌の取材で、「バンドを辞めてプラプラしていたから」と言ったそうです。

しかし、秘書官も半年しか続かず、そのあと、後援者の植村氏の伝手で東北新社に入社したのでした。東北新社は、総務省から衛星基幹放送事業者の認可を受けている会社です。コネ入社した長男はとんとん拍子で出世して、今回の問題が発覚する前までは、30代の若さで、本社の部長と子会社の衛星放送「囲碁将棋チャンネル」の取締役を兼務していたのでした。そのためかどうか、衛星放送は今や東北新社の売上の4分の1を占めるまでになっているそうです。東北新社にとっても、菅様々なのです(もちろん、父親の方ですが)。

余談ですが、文春に載った長男の目線入りの写真を見て唖然とした人も多いのではないでしょうか。長髪・口髭で、だらしなくネクタイを緩め、咥え煙草でスマホを見ているそのチャラい姿は、まるで福富町(註:横浜の風俗街)あたりの路上でたむろしている悪ガキみたいです。東北新社では、こんな人物が本社の部長と子会社の取締役を兼務していたのです。彼の下で働く社員たちが気の毒でなりません。しかも、子どもまでいて、一家でみなとみらいのタワーマンション(億ション)に住んでいるというのですから二度びっくりです。秘書官時代、まったく仕事ができないので、まわりから「バカ息子」と陰口を叩かれていたそうですが、それが東北新社ではえらい出世なのでした。

ひとり74,203円のステーキ&海鮮ディナーにも目が点になりました。国民年金を40年払い続けても、貰える年金は年間781,700円で(平成20年現在)、月に直すと65,141円です。それが国民年金の満額です。日本は豊かだという幻想がありますが(一部のアホな国民がそう自演乙していますが)、実際は、明日の1万円、いや1万円どころか千円もなくてみずから命を絶つ国民が少なからずいるような国なのです。生活保護の中の生活扶助費(食費・被服費・水道光熱費等の日常生活に必要な経費。家賃は除く)の支給額は、68歳の高齢者単身世帯だと、東京都で月額80,870円、地方で65,560円です(平成28年度の概算)。それでも個人で申請に行っても、自助を口実に追い払われるのがオチです。東京都の調査によれば、ネットカフェで生活するいわゆるネットカフェ難民は都内だけで4千人もいるそうです(2019年調査)。そんな現実はどこ吹く風で、「バカ息子」と「バカ息子」の父親が「総務省初の女性事務次官にしてやる」と言ってはばからないほど寵愛する女性官僚は、ひとり当たり74,203円のステーキ&海鮮ディナーに舌鼓を打ちながらオダを上げていたのです。こういうのを「上級国民」と言うのでしょう。

「バカ息子」だけではありません。菅氏の実弟も、スポンサー企業のJR東日本の関連会社にコネ入社したと言われているのでした。

Yahoo!ニュース
文春オンライン
菅義偉首相の実弟が自己破産後、JR企業の役員に就任していた

上記の記事によれば、実弟は菅氏が横浜市会議員になった2年後の1989年に菓子店を起業し、「八重洲中央改札近くの『銀の鈴』そばのコンコース(大通路)という一等地」にあるキオスクでお菓子を売っていたのだとか。しかし、2002年に倒産し、実弟も東京地裁から自己破産宣告を受けたのでした。

ところが、そのあとびっくりするような”人生の逆転劇”が待っていたのでした。

 (引用者註:実弟は)半年ほど病院で介護職を務めた後、JR東日本の子会社である千葉ステーションビルに営業部付きの部長として入社していたのだ。2010年には取締役にも就任し、2017年まで務めている。

 千葉ステーションビルは海浜幕張、津田沼、西船橋など10の駅ビルを運営しており、年間400億円近くを売り上げる優良企業だ。277店舗のテナントが入居する中核の千葉駅「ペリエ千葉」は、数あるJR東日本管内の不動産・ホテル事業のなかでも3番目の規模を誇る。


入社したとき、実弟は既に50歳を越えていたそうです。自己破産して、病院で介護の仕事をしていた50歳を越えた男性が、いきなり優良企業の部長として再就職するなんて話は、そうそうあるものではないでしょう。初老のおっさんには似合いませんが、なんだか韓流ドラマのシンデレラストーリーを彷彿とするような話です。

ちなみに、JR東日本グループの千葉ステーションビルは、社員125名(2020年6月現在)で、資本金2億円、売上高は515億2千5百万円(2019年度テナント売上高)の会社です。しかも、弟は役員にまでなっているのです。ここでも「バカ息子」同様、電光石火の出世をしているのでした。JR東日本は、1987年の国鉄分割民営化によって誕生した会社です。民営化に際しては、新会社が選別した1047名の国労組合員が再雇用されず解雇されています。千葉ステーションビルもそういった犠牲(不当労働行為)の上にできたグループ会社です。まさに革命上等のような話でしょう。

人事権を駆使して官庁を”恐怖支配”するやり方については、下記の朝日の記事に具体的に書かれていました。それは、市役所の人事に介入することで、「影の横浜市長」と言われた横浜市議時代に培ったものなのです。言うなれば”横浜方式”とも言えるものです。

朝日新聞デジタル
(未完の最長政権)「課長を飛ばしたよ」(有料記事)

 「OBが人事を決めている省もある。総務省の人事はどういうふうに決まるんだ? OBはどのぐらい力があるんだ?」

 第2次安倍政権で官房長官を務めた菅義偉は2006年9月、第1次政権で総務相に就いた。着任早々、総務省幹部にこう尋ねたという。

 幹部が「うちはOBは決めていません」と答えると、菅は即座に続けた。「人事権を持っているのは誰だ?」。幹部が「大臣です」と答えると菅は「そうだよな、権限は使わないと意味がない」。省庁の人事権は閣僚が持つと法的に定められているのに、事実上は、各省の現職官僚、そしてOBが決める霞が関の体質を菅は嫌っていた。


そして、NHKの受信料値下げに対して、「そう簡単ではない」と発言した担当課長を更迭したときの菅氏の様子について、同省元幹部は次のように語っています。

 同省元幹部は、更迭直後の菅の様子を明確に覚えている。これまで多くの大臣が使わなかった権力を行使したことに興奮を隠せない様子で「課長を飛ばしたよ、飛ばしてやったよ」と言ったという。


そうやって”総務省のドン”としての地歩を築いて行ったのでしょう。

出世がすべての官僚にとって、人事権を握られることは絶対的な服従を強いられるほどの恐怖があります。さらに、菅氏は、政治主導の名のもとに、内閣人事局の創設を主導し、霞が関そのものをかつての横浜市庁舎と同じように”恐怖支配”することに成功したのでした。

それは、官僚だけではなくメディアにおいても然りです。「断らない女」山田真貴子内閣広報官を使ったメディア支配については、下記のNEWSポストセブンが詳しく書いていました。

文春といい、週刊誌の奮闘が目立っていますが、それはとりもなおさず新聞やテレビなどのマスメディアが権力の支配下に置かれ、ジャーナリズムの牙をぬかれているからでしょう。もっとも、かつての『噂の真相』のように、記者たちが自社で記事にできないネタを週刊誌に持ち込んでいるということもあるかもしれません。上層部が権力者と懇ろになり、完全に取り込まれていることに対するうっぷん晴らしという側面もあるのかもしれないのです。

Yahoo!ニュース
NEWSポストセブン
7万円ステーキ汚職の総務省が「文春にリークした犯人捜し」に血眼になっている

長くなりますが、引用します。

 そもそも山田氏の広報官としての強権ぶりは官邸記者たちにすこぶる評判が悪かった。会見に参加する記者たちから事前に事細かに質問内容を聞き出し、それをもとに官僚が「答弁書」を作り、菅首相はお得意のペーパー読み回答をするだけだった。こんなものは記者会見とは呼ばない。中国か北朝鮮の国営メディアのインタビューと同じである。その会見で山田氏は、政権の意に沿わない質問をする記者は徹底的に無視して、いくら手を挙げても指さない。首相の答えに納得せずに食い下がる記者を制止し、最後は「このあと日程があります」と、質問の途中でも強引に会見を打ち切って首相を逃がすガードマンの役割だった。

 そもそも首相会見は記者クラブが主催しているものだ。山田氏に司会をさせて、その傍若無人を許している記者クラブのほうこそ情けないのだが、それでも山田氏に逆らえない理由が大手マスコミにはある。それこそ、今回の菅正剛氏(菅首相の長男)による高額接待の舞台となった総務省「情報流通行政局」の存在である。

 この部署は2008年に新設された新しいセクションで、その生みの親こそ、第一次安倍内閣で総務大臣を務めた菅氏だった。ここにNHKから民放、衛星放送まですべての許認可を集中させ、系列の新聞社を含めて大手マスコミに睨みを利かせる“放送マフィア”の役割を担わせた(ちなみに電波の割り当てを行う総合通信基盤局は「電波マフィア」と呼ばれる)。安倍内閣、菅内閣を通じて政権がマスコミに高圧的に接し、会見は適当、NHK人事にまで介入したと疑いをかけられてきたのは、この放送マフィアの存在ゆえだ。総務省のドンである菅氏は、この局にお気に入りの菅派官僚を集め、マスコミ支配の道具にしてきた。山田氏も総務省時代に同局の局長を務めたマフィアのボスである。


何度も言いますが、菅義偉は政治家ではなく政治屋なのです。政治屋が総理大臣になったのです。そして、その政治屋に急所を握られた大手メディアは、いいように手玉に取られてきたのでした。
2021.02.27 Sat l 社会・メディア l top ▲
DSC00296.jpg


新宿駅~武蔵五日市駅~浅間尾根登山口バス停~【浅間嶺】~払沢の滝入口バス停~武蔵五日市駅~拝島駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約5.5時間(休憩等含む)
※山行距離:約12キロ
※累計標高差:919m(登り)1250m(下り)
※山行歩数:約21,000歩
※交通費:2,036円


一昨日(20日)の土曜日、奥多摩の浅間嶺に登りました。当初、長沢背稜の三ツドッケ(天目山)に登る予定でしたが、前夜、あまり寝てなかったので、慎重を期して「予備」の浅間嶺に行くことにしました。それで、今回のホリデー快速では、8号車から10号車の「あきかわ号」に乗りました。

春を思わせるような好天が予報されていましたので、ハイカーも多いのではないかと思いましたが、意外にも車内はガラガラでした。

ちなみに、三ツドッケは、奥多摩駅から日原街道を行った東日原のバス停に登山口があります。一昨年の台風19号の被害で、1年以上運休していた東日原のバス便が昨年の12月にやっと開通したので、川苔山の百尋ノ滝ルートなどとともに登山も可能になったのでした(ただし、鷹ノ巣山の稲村岩尾根ルートは登山道の被害が甚大で未だに再開されていません)。三ツドッケは、片道(登り)だけで6キロ近くありますので、もう少し日が長くなってから登ろうと思っています。

いつものように新宿駅6時46分発のホリデー快速「あきかわ号」に乗ると、終点の武蔵五日市駅には8時ちょっと過ぎに着きます。しかし、目的の数馬行きのバスは9時しかなく、1時間近く待たなければなりません。それで、バス停のベンチで朝食のおにぎりを食べてバスを待ちました。出発時間が近くなるとハイカーの行列ができましたが、もちろん私が一番先頭でした。密を避けるためか、バスは臨時便も出ましたが、二台目のバスには半分も乗っていませんでした。私たちが乗った先頭のバスも、全員が座ることができました。

浅間嶺は二度目ですが、今回は檜原街道の「浅間尾根登山口」のバス停から登って、帰りは「払沢の滝入口」のバス停まで歩くことにしました。距離は12キロくらいあります。山を歩く持久力を付けるためには、日頃からできる限り長い距離を歩くことが大事だということに遅ればせながら気付いたのでした。

バス停から尾根の上までは1時間弱でした。この程度だと休憩もなしに登ることができます。それから尾根道を歩いて浅間嶺の展望台まで1時間半かかりました。途中で写真を撮ったり、眺望があるところではしばらく足を止めて景色を堪能したりと、マイペースで歩きましたが、それでも私が利用している登山アプリのコースタイムと比べると30分はやく着きました。今回はそれほどバテた感じはありませんでした。と言うか、現金なもので、逆に物足りないくらいでした。

こうやって奥多摩の山に通っていると、最近は奥多摩の山が身近に感じられ、愛着を覚えるようになりました。このところ憂鬱な気分が続いていましたので、山に行くと山に慰められているような気がします。山は、たしかに嫌なことも憂鬱なことも忘れさせてくれるのでした。

登る途中、私としてはめずらしく追い抜いた中年のカップルがいましたが(イチャイチャしていたので夫婦ではないのかもしれない)、尾根に上がって眺望の開けたところで山を眺めていたら、目の前をさっさと通り過ぎて行きました。いらぬお節介かもしれませんが、もっと山を楽しめばいいのにと思いました。

展望台に行くと、大声でバカ話をしながらインスタントラーメンを食べているおっさんのグループがいました。ラーメンを食べたあとはみんなで煙草をプカプカ吸っていました。いつも思うのですが、ホントにインスタントラーメンは一滴も残さずに全て平らげているのでしょうか。バス待ちの列に平気で割り込んだり、鼻をかんだティッシュを登山道の脇に捨てたりするような日頃のマナーを考えると、食べ残したものを律義に持ち帰っているとはとても思えないのです。

山でカツ丼を作っているユーチューバーの動画を観たことがありますが、ネットではそういった軽薄な登山がまことしやかに流通しているのです。

登山雑誌とネットが、山メシなるもの(と言ってもインスタント食品を温めるだけ)やコースタイム至上主義のような軽薄な登山を助長させたと言っても過言ではないでしょう。そうやってアウトドア用品のあらたな市場を開拓し、少しでも多くの広告を集めたいという切実な事情があるからでしょう。

登山雑誌と言えば聞こえはいいですが、『山と渓谷』が「山と広告」とヤユされるように、今や登山雑誌もカタログ雑誌と化しています。特集記事も、毎年使いまわされたものばかりで、余程の物好きか山のビギナーでない限りわざわざ買って読むほどの価値はありません。雑誌の販売より広告収入に依存したカタログ雑誌の休刊のニュースが女性誌で相次いでいますが、登山雑誌も早晩同じ運命を辿るのは目に見えているように思います。もっとも老舗と言われる登山雑誌は、既にいづれも売却の憂き目に遭っており、今後、広告収入の減少によって、譲渡先から足手まとい扱いされリストラされる可能性も大きいでしょう。身も蓋もない資本の論理を山に持ち込んだのは彼らなのですから、自業自得とも言えるのです。結局、生き残るのは、京都大学山岳部の有志によって創刊されたという輝かしい歴史を持つにもかかわらず、東京新聞からモンベルに譲渡され、金をもうけたら”文化人風な能書き”を垂れたい(間違っても順序は逆ではない)成金会長の”自己満誌”のようになっている『岳人』だけかもしれません。

浅間嶺のウリは、昔の奥多摩を彷彿とさせるような眺望です。前も歩いた人里(へんぼり)峠と浅間嶺の間に伐採地があり、そこからの眺望も見事でしたが、浅間嶺から時坂(とっさか)峠に下る間にもあらたに伐採地ができていました。そのあたらしい伐採地からも目の前に御前山や大岳山がそびえ、さらには三頭山やその奥に雲取山や飛龍山も見渡せました。また、東の端には先日登った馬頭刈尾根から続く鋸尾根の上にポツンと飛び出した鋸山の特徴のある山容も見ることができました。

途中、北側の巻き道には残雪が凍結した箇所があり、石尾根のときと同じように山側の足跡が少ない斜面の上を歩きました。しばらく行くと、下から登って来る若い男性とすれ違いましたが、足元を見るとスニーカーでした。たしかに浅間嶺はハイキングと言ってもいいいうような行程ではあるものの、凍結した道をスニーカーで登るのはちょっときびしいのではないかと思いましたが、山にひとりで来る若者はコミュ障みたいな男の子が多いので(ホントに)、声をかけずらいのです。昨日はひとりでブツブツ言いながら登っている20~30代の青年もいました。

下山地の「払沢の滝入口」のバス停に着いたのは、15時過ぎでした。バス停の前にある有名豆腐店の前では、滝見物の観光客の行列ができていました。その行列を眺めながらバスを待ちました。

帰りはいつものように武蔵五日市駅から拝島駅、拝島駅から立川駅、立川駅から南武線で武蔵小杉駅、武蔵小杉駅からは東横線で最寄り駅まで帰りました。武蔵小杉までの車内ではほとんど寝ていました。最寄り駅に着いたときは、19時近くになっていました。

追記:
栃木県足利市の山火事は6日目(25日現在)になりましたが、鎮火の見通しはまったく立ってないそうです。最初に火の手が上がったのは、両崖山山頂近くのベンチなどが設置されているハイキングコース内の休憩場所だそうで、山メシを作るためのバーナーの火が飛び火したか、あるいは煙草のポイ捨てが原因ではないかと言われているみたいです。さもありなんと思いました。特に今の時期は、落ち葉(枯葉)が多いので、風が強いと瞬く間に燃え広がっていくでしょう。
もちろん、火事だけではありません。食べ残したものを山に捨てると、熊が人間の食べ物に興味を持ち、人間に接近してくるようになると散々警告されてきました。しかし、一部のハイカーには馬の耳に念仏なのでした。食べ残したものを山に捨てるのは、熊などの野生動物に迷惑をかけることになるのだという最低限の認識さえ持てないハイカーも少なくないのです。
しかも、こういった軽薄な登山を登山雑誌やネットが「今風の登山スタイル」であるかのように喧伝しているのです。テン泊だと、テン場のような管理された場所で火器を使うので、一応マナーの周知もできますが、日帰りの場合、どこでも野放図に火を使うことになります。足利のような山火事がどこでも起こり得ることだけはたしかでしょう。前も書きましたが、鳩ノ巣駅の待合室で焚火をするようなとんでもない不心得者さえいることを忘れてはならないのです。


※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

DSC00119.jpg
浅間尾根登山口バス停(数馬方面の建物)
檜原街道沿いのバス停はこういった屋根付きが多く、バス待ちするハイカーにはありがたいです。
ここは前に反対側の笹尾根から下りたことがあります。
写真のバス停の上は、「中央区の森」になっています。

DSC00123.jpg
檜原街道から林道に入り、橋を渡って進む

DSC00132.jpg
上から橋を見る

DSC00135.jpg
林道を左折して民宿(看板)の方へ進む

DSC00139.jpg
登山道
とても歩きやすい

DSC00143.jpg
同上

DSC00147.jpg
同上

DSC00148.jpg
同上

DSC00150.jpg
尾根の上に着いた(数馬分岐)

DSC00153.jpg
以後、尾根道を歩く

DSC00154.jpg
ところどころで御前山が見える

DSC00157.jpg
チェックポイントの「サル石」
猿の手形が付いているとかなんとか言われている石

DSC00162.jpg
こういった尾根道を尾根のピーク(浅間嶺)に向けてひたすら歩く

DSC00164.jpg
同上

DSC00171.jpg
浅間尾根の尾根道も、昔は村人が峠越えするための生活道路だったので、至るところに地蔵像や古い道標や小さな祠があります。
山に行ったときだけですが、ひとつひとつお賽銭を上げて手を合わせています。そのためお賽銭用の10円玉を忘れずに持って行くようにしています。

DSC00188.jpg
少し崩落した箇所もある

DSC00194.jpg
朽ちた橋
通行注意の札が下げられていた

DSC00200.jpg
人里峠の道標
前回はここに登ってきました。

DSC00203.jpg

DSC00231.jpg
最初の伐採地
御前山とその奥の小さく映っているのが雲取山と飛龍山

DSC00244.jpg
大岳山
大岳山の山容は特徴があるのですぐわかります。

IMG_20210220_120501.jpg
スマホで撮影
カメラの露出を間違えただけなのにカメラが壊れたと思って、スマホで撮りました。

DSC00247.jpg
巻き道と尾根道の分岐標
前回は巻き道に行ったので、今回は尾根道を選択

DSC00249.jpg

DSC00261.jpg

DSC00263.jpg
ここがホントの山頂?

DSC00269.jpg
山頂の祠は壊れていた
でも、手を合わせました。

DSC00271.jpg
休憩所

DSC00279.jpg
休憩所の建物の向こうに大岳山

DSC00291.jpg
休憩所の裏の坂を登ると展望台

DSC00296.jpg
山頂標識は展望台にある

DSC00302.jpg
展望台からの眺望

DSC00318.jpg
同上

DSC00326.jpg
払沢の滝に向けて下る
このあたりは霜が溶けてドロドロでした。転ばないように慎重に歩きました。

DSC00332.jpg
あたらしい伐採地
下で作業をしていた

DSC00334.jpg

DSC00351.jpg
鋸尾根と鋸山(左側の尖っている山)

DSC00364.jpg
石ころだらけの沢沿いの道

DSC00372.jpg
前回も紹介しましたが、「ぽつんと一軒家」に出た蕎麦屋
現在は経営者が変わっているみたいです(11月~4月まで休業)。

DSC00378.jpg

DSC00380.jpg
これも前回も紹介しましたが、「甲州古道」の表示

DSC00383.jpg
峠の茶屋(閉店)の前からの眺望

DSC00396.jpg
車両通行止めの林道を歩いて時坂峠に向かう

DSC00395.jpg
このような注意書きもありましたが、鎖を外して入って来たのか、中年の男性が運転する一般車両が走って来たのでびっくりしました。また、時坂峠では、普通の恰好をしたお母さんと小さい女の子が登って来たので、それにもびっくりしました。

DSC00405.jpg
時坂峠からの下り

DSC00407.jpg
前回台風で崩落していた箇所に新しく橋が架けられていました。

DSC00418.jpg
集落のすぐ上の道
柚子が沢山落ちていました。
黄色の花も至るところに咲いていました(あとで福寿草だと知った)。

DSC00421.jpg
「払沢の滝入口」バス停
2021.02.22 Mon l 山行 l top ▲
Yahoo!トピックスに「アパレル苦境 相次ぐ人員削減」という東洋経済の記事が掲載されていました。

Yahoo!ニュース
東洋経済オンライン
アパレル苦境で「人減らし」の嵐がやまない 三陽商会、ワールドなど相次ぎ希望退職の発表

コロナ禍の自粛によってアパレルが売れなくなったのは、誰でも容易に理解できることでしょう。先日、近所のクリーニング店に行ったら、売上げが半分以下に落ちて廃業の危機だと店主が嘆いていました。特にワイシャツの落ち込みが大きいと言ってましたが、もちろんワイシャツだけでなく、いわゆる通勤着をクリーニングに出す頻度も少なくなっているはずです。ほかに、リモートワークとマスクの影響で化粧品の落ち込みも大きく、資生堂もとうとう赤字に転落しました。

ただ、アパレルの苦境は今に始まったことではありません。モードの時代はとっくに終わっているのです。自分を振り返ってみればわかりますが、もうおしゃれをして街を歩くことに高揚感を覚えることはなくなったのです。言うなれば、コロナ禍でとどめを刺されたにすぎないのです。

文化的な最先端の商品であるアパレルが売れなくなったのは、現代の先進資本主義が行き詰ったことを意味しているのです。アパレルの苦境は、現代資本主義の苦境を映し出しているのです。

アメリカの若者たちの間では、社会主義者のバーニー・サンダースがカリスマ的な人気を博していますが、アパレルが売れなくなったということと、バーニー・サンダース人気は無関係ではないのです。それは、牽強付会な話ではありません。既にそうやってポスト資本主義を模索する流れが始まっているのです。見方によっては、”トランプ現象”もその流れのひとつとも言えるのです。世界は間違いなくポスト資本主義に向けて流動化しているのです。そして、ポスト資本主義のキーワードが、右か左かではなく「上か下か」だというのももはや自明です。

私は、以前、『誰がアパレルを殺すのか』という本に関連して、アパレルの低迷が現代資本主義の”宿痾”を表しているという、以下のような記事を書きました。ご参照ください。

ちなみに、下記の記事の中で触れている総務省の家計調査による「1世帯当たりの年間の被服及び履物の消費支出額」に関して言えば、2000年と最新データの2020年を比較すると、2000年が182,266円で2020年が92,291円です。この20年で何と半分になっているのです。


関連記事:
『誰がアパレルを殺すのか』
2021.02.19 Fri l 社会・メディア l top ▲
オリンピック・パラリンピックの招致に関しては、投票権があるIOC(国際オリンピック委員会)委員たちに対する買収疑惑がずっと以前より指摘されてきました。それは、東京オリンピックも例外ではありませんでした。JOC(日本オリンピック委員会)の竹田恒和会長(当時)も、東京オリンピック開催のために、一部のIOC委員に200万ユーロ(約2億5000万円)を支払ったとしてフランスの検察当局の捜査対象になりました。そのため、一昨年の6月、任期満了をもって退任したのですが、それは実質的な引責辞任だと言われています。

東京五輪の疑惑については、2019年1月にロイターのEdward Hadasという記者が、下記のようなコラムを書いていました。

PEUTERS
コラム:東京五輪にも疑惑浮上、「不正の連鎖」断ち切れるか

(略)過去数十年、五輪の開催国は常に損失を出してきた。日本も例外ではない。東京五輪の組織委員会は放映権や企業のスポンサー料、チケット販売などで約6000億円の収入を見込んでいる。一方、日本の会計検査院は、関連経費を含めた支出は2兆8000億円超になると指摘している。

これでは賄賂に支払う財源などないように見えるかもしれない。しかしコストの大半は、専用の競技施設や選手の宿泊施は無駄にならないとの皮算用をはじく政府が負担している。収入のほとんどを手にする各国の五輪委員会とIOCは、少なくとも競技が実際に始まるまで資金繰りに余裕があるものだ。

つまり、ばらまく現金は存在する。そして、開催地を決めるIOC総会で投票権を持つ96人の委員のうち、少なくとも一部の票は買収し得る。

なぜ赤字の大会を開催するために金を払うのか。施政者が成功というシンボルを手に入れたいからだ。世界から注目を集めるとともに、オリンピック精神の輝きを手に入れることができる。これまで多くの影響力ある人たちが、スポーツイベント開催の栄光に浸るため、倫理を無視してカネを払うこともいとわない姿勢を取ってきた。


安倍総理は、東京五輪は東日本大震災の被害から「力強く復興しつつある被災地の姿を、世界に見てもらうため」の「復興五輪」だと言っていました。一方、菅総理は、五輪開催は「人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証し」だと言っています。開催理由なんて、そのときどきの都合で変わっていくのです。ホントはどうだっていいのでしょう。

また、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の職員数は、開催するまでに7000人~8000人に増やす予定だと言われていましたが、今年1月時点で3500人です。それとは別に、理事が35名、参与や評議員や顧問、各委員会の委員などが100名以上います。

これらの人員に対して、当然報酬が払われています。理事には最大年間2400万円の報酬が支払われているという話もあります。昨年12月に公表された最新データによれば、総経費は1兆6440億円で、開閉会式の制作等の業務委託をしている電通との契約金額は165億円だそうです。

言うなれば、これは五輪招致で生まれた既得権益です。中止になれば、この既得権益が一瞬で失われるのです。仮に中止にするにしても、できる限り先延ばしにしようと考えてもおかしくないでしょう。それは税金を食い物にする公務員の習性のようなものです。

しかし、メディアは、開催が近づくにつれ、オリンピックに関する疑惑を報道することはなくなりました。五輪開催の問題が、あたかも森個人の問題であったかのように報道するだけです。それが問題のすり替えであるのは言うまでもありません。

IOCは無観客の開催も視野に入れているようですが、もしそうなれば、菅総理は観客のいないスタンドに向かって、開催は人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証しだと演説して胸を張るのでしょうか。これほど滑稽な光景はないでしょう。

昨夜の福島県沖のマグニチュード7.1の地震は、10年前の地震の余震だと言われていますが、この余震が開催をいっそう困難にする可能性もあるでしょう。

ワクチンが、ホントに感染収束の”魔法の薬”になるのか誰もわからないのです。ただ、そうなればいいと思っているだけです。しかも、そのワクチンさえ国民全員に行き渡らない中で、開催を強行すると言うのです。狂気の沙汰としか思えません。一体誰のために、何のために開催するのか、という疑念を抱かざるを得ません。どう考えてもオリンピックなんてできるわけがないのです。


関連記事:
東京五輪とメディアの病理
2021.02.14 Sun l 社会・メディア l top ▲
噂の真相2000年6月号2


今はなき『噂の真相』は、現在、日本中から袋叩きに遭っている森喜朗が、早稲田大学の学生時代に、売春等取締条例(売春防止法の前身)違反で警視庁に検挙された前歴があることをスッパ抜いたのでした。それは、彼が内閣総理大臣に在任中のことでした。また、記事では、彼がマスコミから「サメの脳ミソ、ノミの心臓、だが下半身はオットセイ」とヤユされていると書いていました。

その記事が掲載された『噂の真相』の2000年6月号から一部を抜粋します。

今回、本誌の取材に匿名で応じてくれた警視庁OBが重い口を開く。
「あれはそう、今から40年ほど前、確か昭和33年のことだった。その年の4月に赤線(半ば公認された売春地域)を廃止する売防法が施行されるというんで、2月1日から青線(非公認の売春地域)や白線(もぐりの売春)業者の一斉摘発に乗り出したんだ」
(略)
   一方の森は当時20歳。早稲田大学商学部にコネで入学し、ラグビー部に入部したものの胃潰瘍を患って退部。雄弁会に入るまでは酒浸りの日々を送っていたという。警視庁OBが続ける。
「その年(昭和33年)の2月17日から18日にかけて、新宿や浅草などの青線、白線業者を売春等取締条例違反などで一斉摘発し、業者や女、客ら20人近くを検挙したんだが、その客の中に、当時まだ早稲田の学生だった森、そう、今の総理大臣がいたんだよ」
(略)
「売防法と違って、当時の条例は売春業者側だけじゃなく、客も検挙したからね。森は検挙された客の一人だった。一目見ていいところの坊ちゃんだと思ったよ。結局、石川県では有名なエライ町長さんの息子で、将来もある若者だということで、1週間くらいで起訴猶予になったと記憶している」

(『噂の真相』2000年6月号 「サメの脳ミソ」と「ノミの心臓」を持つ森喜朗”総理失格”の人間性の証明)


この記事に対して、森側は名誉棄損で民事訴訟を起こしました。それに対して、『噂の真相』は、検挙された際の事件番号や指紋等の証拠を裁判所に提出。裁判所から証拠の真偽を求められた警視庁は回答を拒否。結果的に、森側も示談金も謝罪もなしで和解することに同意したのでした。

尚、同記事では、検挙された件だけでなく、「下半身がオットセイ」の面目躍如たるさまざまな醜聞も書かれていました。そんな森は「文教族」のドンで、常々日本人のモラルの低下を嘆き、あるべき愛国教育の必要性を唱えていたのでした。

言うなれば、女性差別(蔑視)発言は出るべくして出たと言えるのです。

そんな「サメの脳ミソ」の女性差別(蔑視)発言に対して、内外から批判の嵐が止まりません。それどころか、当初、擁護もしくは黙認していたIOCのバッハ会長やJOCの山下泰裕会長、小池百合子東京都知事や橋本聖子オリンピック担当相や自民党の「名誉男性」である野田聖子議員や稲田朋美議員、果てはワイドショーのコメンテーターの山口真由までもが、次々に手の平を返して批判に転じているのでした。その豹変ぶりは見事と言うほかありません。

中でもいちばん見事な手の平返しは、森発言を受けてオリンピックのボランティアを辞退した人間たちでしょう。彼らこそ、いけ好かないカマトトと言うべきです。ボランティアを辞退した人間たちに対する二階の発言が顰蹙を買っていますが、しかし、二階に痛いところを突かれたと言えなくもないのです。

それに忘れてはならないのは、このような手の平返しの風見鶏たちは、オリンピック開催に異議を唱えているわけではないということです。オリンピックを開催する上で、森発言が阻害要因になったと考えているにすぎないのです。

一方で、森に引導を渡せないのは、森がオリンピックを巡る利権の采配に絶大の力を持っているからだと見方がありますが、さもありなんと思います。

私は、以前、JOCの山下泰裕会長についても、森と同じように「サメの脳ミソ」であるかのような書き方をしましたが、そんなJOCの中で唯一マトモな意見を発信している山口香氏が、スポーツジャーナリストの近藤春夫氏によるインタビュー記事の中で、東京五輪の闇の部分について、次のような発言をしていたのが目に止まりました。

Yahoo!ニュース
山口香JOC理事「国民が五輪開催のリスクを負うことが問題」契約の不透明さに疑義

「(略)それに五輪に関してオープンにされていないことが、あまりにも多いんです。

たとえば今回、『IOCが中止を発表するか、東京が返上するか、それによって違約金の問題が生じるからチキンレースだ』みたいに言われていますよね。でも本当のところは私も知りません。なぜならば、IOCと東京都が、どのような契約を結んでいるかがオープンにされていないからです。こんな状況下では開催できないと東京が返上した時に、どれだけの違約金を支払うのかは契約時に決まっているはずです。それを国民にオープンにするべきではないでしょうか。

それが開示されたならば国民の判断材料になります。コロナ対策費と比べてどうなのか、五輪を開催すべきかやめるべきなのかを、お金=税金の観点からも考えることができます。なのに、この部分が国民に知らされていないのはおかしいんですよ」

──五輪に関してはブラックボックス化されていることが多くあるように思います。今回を機に、もっとオープンにされるべきですね。

「ええ。私は今回の五輪に関しては、日本国民の思いが大事だと思っています。IOCから押し付けられるものではないでしょう。そのために、判断材料となる正確な情報が国や組織委員会から発信されるべきなんです」


どういう契約になっているのか、JOCの理事すら知らないというのは、驚くべきことと言わねばならないでしょう。ここでも、政府と大会組織委員会の「由(よ)らしむべし知(し)らしむべからず 」の姿勢が存在するのです。

山口香氏が言うように、国民は〇〇〇桟敷に置かれているのです。国民はもっと怒るべきでしょう。ホントにオリンピックどころじゃないと思っているのなら、ミャンマーの国民のように声をあげるべきでしょう。オリンピック開催の問題には、私たちの命と生活がかかっていると言っても大袈裟ではないのです。

くり返しますが、今になって手の平を返している人間たちは、間違っても開催することに反対しているわけではないのです。ただ阻害要因を一掃して、開催にごぎつけようと思っているだけです。それは、森叩きに狂奔しているメディアも同様です。彼らも東京五輪の利権に連なっているわけですから、本心は開催されないと困るのです。

要するに、「サメの脳ミソ」の森は、オリンピック開催のためにスケイプゴートにされている(されつつある)のです。そのために現在(いま)、さまざまな政治的な思惑が交錯する中で、開催を前提にした悪あがきのような綱引きが行われているのだと思います。

追記:
ダークな東京五輪を象徴する(電通と二人三脚の)森喜朗にはがんばって貰いたいと思っていたのですが、辞任のニュースが流れてがっかりしました。最後に「ノミの心臓」の弱点が出た感じです。メディアは調整役がいなくなって開催が益々不透明になったみたいな言い方をしていますが、くれぐれも眉に唾して聞く必要があるでしょう。オフィシャルパートナーやメディア委員会に名を連ねる新聞社やテレビ局が、本音では”開催したい派”であることをゆめゆめ忘れてはならないのです。これで障害がなくなり開催のハードルが低くなったと安堵している関係者も多いはずです。後任に若くてクリーンな?操り人形を選んで、”いろいろあったけど、みんな水を流してオリンピックを楽しもう”という開催キャンペーンが、これから新聞やテレビを先頭にはじまることでしょう。(※後日、スケートの橋本聖子が後任に選ばれたのに伴い、太字にしました)



関連記事:
オリンピックなんてできるわけがない
2021.02.11 Thu l 社会・メディア l top ▲
14DSC00058.jpg


新宿駅~奥多摩駅~水根バス停~【六ッ石山】~石尾根縦走路~奥多摩駅~青梅駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約7.5時間(休憩等含む)
※山行距離:約16キロ
※標高差:960m(登り)1140m(下り)
※山行歩数:約29,000歩
※交通費:2,713円


一昨日 おととい(6日)の土曜日、奥多摩の六ッ石山(1478メートル)に登りました。六ッ石山の水根ルートも、奥多摩三大急登に数えられる急登です。六ッ石山には去年の3月にも登っていますので、これで二度目です。

いつものように、新宿駅から6時45分発のホリデー快速おくたま号に乗って奥多摩駅に向かいました。乗客は前回の本仁田山のときより多く、座席がほぼ埋まるくらいでした。それでも通勤電車並みに混雑するコロナ前に比べると、半分くらいです。

奥多摩駅に着いて駅前のバス停に向かうと、既に長蛇の列でした。どうやら定時のバスとは別に臨時バスが出るみたいです。私も列の後ろに並びました。水根のバス停までは15分くらいですが、バスの中は超満員で、乗車口のステップの上にも乗客が立っていました。普通のバスと違って乗客がそれぞれ大きなザックを持っているので、奥の方にいると、途中で降りるのが大変です。それで、降りやすいように、前の降り口に近いところに立ちました。

水根で降りたのは二人だけでした。しかし、水根は六ッ石山だけでなく鷹ノ巣山の水根沢ルートの登山口でもあるので、歩いて5分くらいしか離れてないひとつ先の奥多摩湖のバス停で降りて、水根まで歩いて来るハイカーも多くいました。しかも、現在、水根のバス停の前にあるトイレが建て替え中で利用できないため、よけい奥多摩湖で降りる人が多いみたいです。

水根のバス停からは車道を渡って脇の林道を登ります。二度目なので勝手知ったという感じで登って行きました。既に隣の奥多摩湖のバス停からも次々にハイカーがやって来て林道を登り始めていました。

鷹ノ巣山の水根沢ルートの道と岐れ、さらに右の方へ林道を登って行くと、民家の脇に手すりの付いた登り口が見えました。バス停から15分くらいです。

登山口に入ると、さっそく樹林帯の中の九十九折の道がはじまります。10分くらい歩くと、産土(うぶすな)神社の鳥居と祠が目の上に現れました。去年登ったときはピストンでしたので、登るときと下りのときに産土神社で手を合わせましたが、今回は山頂から奥多摩駅へ石尾根を縦走するので、手を合わせるのは一回きりです。いつものように、登山の安全を祈り、お賽銭をあげて柏手を打ちました。

これから先には、風の神土(かぜのかみつち)とトオノクボの二つのチェックポイントがあります。トオノクボまではずっと急登が続きます。特に、前回は風の神土・トオノクボ間が一番きつかった記憶があります。

しかし、今回は、タイム的には順調でした(それでも一人に追い抜かれたけど)。スタートの時間は、前回とほぼ同じだったのですが、30分くらい早いペースで登っていました。

しかも、急登はトオノクボまでで、トオノクボからは防火帯の広い道になり、登りもなだらかになります。それまでの急登と比べると別世界のようで、あれよあれよと言う間に山頂に着いた感じでした。このまま行けば、去年より30分はやく山頂に到着するはずでした。

ところが、防火帯に入ると途端にペースが落ちて、足がまったく前に進まなくなったのでした。去年はあれほど急登から解放されてルンルン気分だったのに、まるで悪魔に取りつかれたみたいでした。太腿の筋肉が痙攣を起こし、挙句の果てには踵の靴擦れが我慢できないくらい痛くなりました。それで、雪の上にしゃがみ込んで、靴と靴下を脱ぎ、持参したマメ用のパットを貼りました。パットのおかげで靴擦れは緩和しましたが、痙攣は間断なく続きました。

結局、トオノクボから山頂まで、去年と比べて30分よけいかかりました。そのため、到着時間は去年とまったく同じでした。

どうして今年は後半にあんなにバテてしまったのか。つらつら考えるに、いわゆるシャリバテだったような気がします。ダイエットをしているということもあって、前夜はコンビニのサンドイッチを食べただけで、朝はなにも食べてなかったのです。持って行ったのは、行動食がドーナツ1個で、昼食はミニクロワッサンの4個入りのパンでした。登る途中で食べたのは、ドーナツだけでした。おしっこも血尿が出ているんじゃないかと思うようなドロドロした濃い色で、あきらかに水分不足を示していました。

なんだか登山に対する慣れと惰性によって、杜撰な面が出ているように思います。私は、予備がないと不安症候群なので、非常に慎重な一面がある一方で(だから、なかなかステップアップできない)、始末の悪いことに杜撰な面もあるのです。たしかに登山でステップアップするには勇気が必要ですが、しかし、それと杜撰であるということはまったく別でしょう。

六ッ石山の山頂は、私のように六ッ石山を単独で登った人間より、隣の鷹ノ巣山から石尾根を下る途中に立ち寄るハイカーの方が多いくらいでした。しかも、20代~30代くらいの若い男性が多く、ほとんどがソロでした。夫婦やグループで登って来る人はまったくと言っていいほどいませんでした。

当日は春を思わせるような晴天でしたので、山頂からの眺望もこれ以上ないくらい恵まれました。午後になっても雲がかかることなく、どこまでも青空が広がっていました。

ただ山頂周辺はまだ雪が残っていました。六ッ石山の山頂にはベンチがないので、皆さん、残雪の上にシートを敷いて座っていました。私は、近くに座った70をすぎたとおぼしきベテランハイカーの男性と、お喋りをしながらパンを食べました。男性は、バーナーでお湯を沸かしてインスタントラーメンを食べていました。

男性とは、現天皇が皇太子時代に登った際に各地の山に作られたと噂されている「プリンスルート」について話が弾みました。中でも有名な新潟の平ヶ岳の「プリンスルート」には(このブログでも日の出山の記事で触れていますが)、男性は実際に登ったことがあると言っていました。

水根バス停から六ッ石山山頂までは4.7キロですが、これから歩く石尾根は10キロ以上あります。大体3時間くらいを予定しているのですが、私は日没にならないか心配でした。「大丈夫ですかね?」と訊いたら、「今日は快晴なので全然大丈夫ですよ」と言われました。

また、山頂あたりはまだ雪が残っているので、チェーンスパイクを装着しなくて大丈夫か訊いたら、「必要ないですよ」と言われました。しかし、そういった他人の言葉を信じた私が浅はかで、あとでチェーンスパイクを装着しなかったことを後悔しました。石尾根縦走路は北側に巻く道が多いのですが、北側の巻道には雪が残っていて、しかも踏み固められた雪がカチカチに凍っている箇所も多く、うっかり滑って転んだりしたら斜面に滑落する危険性があります。それで、なるべく踏み跡を避けて山側の雪の上を歩くようにしました。ところが、そのために、再び太腿の筋肉が痙攣しはじめたのでした。

下りの3時間は文字通りの苦行でした。別に道に迷うようなところはありませんでしたが、途中で歩けなくなり遭難するんじゃないかという不安が頭を掠めました。下まで下りて林道と合流すると集落が見えてきましたが、集落の家にしばらく休ませて貰うよう助けを求めようかと思ったくらいです。しかし、今のご時世では、それこそコロナの使徒みたいに忌み嫌われるだけでしょう。家の住民がキャーと叫びながら裸足で逃げ出すかもしれません。

それで、林道をショートカットした途中にあった神社の境内でしばらく休みました。その神社には、昨年だったか?熊が出没したそうです。

昨年の秋から、私はいわゆるガレージブランドのウルトラライトのザックを使っているのですが、一昨日はやたら腰が痛くてなりませんでした。腰ベルトがなく、全て肩で背負うようになっていますが、おそらくパッキングが下手なので、過重に偏りが生じて、それが背面の歪みになって腰に無用の負担を強いたのだと思います。片手でザックの底を少し持ち上げるようにすると、全然楽になりました。

靴擦れと痙攣と腰痛、まさに三重苦で踏んだり蹴ったりでした。ウルトラライトのザックを使うのはやめて、また前のザックに戻ろうと思いました。ウルトラライトのザックの場合、ザックだけ軽くしてもダメで、中身も軽くしなれば意味がないのです。たとえ日帰りでも、荷を軽くするために中身を削るというのは、やはり登山の装備としては本末転倒しているように思います。

予定どおり3時間かかって、午後4半近くに奥多摩駅に戻ってきました。まだ日没まで30分くらいありました。下りでは4人から抜かれましたが、皆さん、ホントにびっくりするくらい速足なのでした。と言って、私のペースが極端に遅いというわけではありません。いつも利用している登山アプリのコースタイムとほぼ同じくらいのペースです。

もちろん、私と違って彼らは健脚なのでしょう。体力があるということは、それだけ余裕を持って登山ができるという安全面でのメリットはたしかにあるかもしれません。しかし、一方で、過信が生まれ、それが無謀につながる懸念もあるように思います。実際に、山の遭難事例を見ると、下山時の転倒や滑落は道迷いに匹敵するくらい多いのです。ハイカーの構成比から言って、高齢者が多いのは当然ですが、しかし、20代や30代の若者もいないわけではありません。トレランや登山サイトの山行記録の影響なのか、一部にコースタイム至上主義のような風潮がありますが、そういった軽薄な風潮が滑落事故等のリスクを招来している面がないとは言えないでしょう。

まるで何かに急かされるように急ぎ足で下りて行く人たちを見ていると、なんだか電車が来てもないのに駅のエスカレーターを駆け下りて行くサラリーマンの姿が連想されてならないのでした。

奥多摩駅の前のベンチで30分くらい休憩して、いつものように奥多摩から青梅、青梅から立川、立川から南武線で武蔵小杉を経て、東横線で最寄り駅に帰りました。

ちなみに、スマホのアプリでは、一昨日の歩数は32000歩、歩行距離は22.85キロになっていました。


※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

1IMG_20210206_082414.jpg
奥多摩駅ホーム(スマホで撮影)

2IMG_20210206_082632.jpg
駅前のバス停(スマホで撮影)

3DSC09970.jpg
車道を渡って右の林道に入る

4DSC09972.jpg
正面が鷹ノ巣山の水根沢ルート、右方面に進むと六ッ石山の登山口

5DSC09976.jpg
登山口

6DSC09979.jpg
産土神社

7DSC09980.jpg


8DSC09982.jpg
神社の謂われ

9DSC09986.jpg
急登は続く

10DSC09995.jpg
風の神土

11DSC09999.jpg
さらにトウノクボまでの急登

12DSC00054.jpg
防火帯を過ぎると雪景色

13DSC00056.jpg
やっと山頂

15DSC00061.jpg
山頂標識

16DSC00063.jpg
山頂の様子

17DSC00070.jpg
南アルプスの間ノ岳や北岳?もかすかに見える

18DSC00072.jpg
山頂から石尾根分岐までの道

19DSC00084.jpg
三ノ木戸山分岐

20DSC00086.jpg
北側の巻き道は残雪

21DSC00091.jpg
北側を外れると、雪の代わりに落ち葉が膝近くまで積もっている

22DSC00094.jpg
石尾根縦走路の標識

23DSC00102.jpg
こういう危なっかしい橋もあった

24DSC00105.jpg
稲荷神社(チェックポイント)の鳥居

25DSC00108.jpg
やっと三ノ木戸林道と合流

26DSC00116.jpg
羽黒三田神社
ここで休んだ
2021.02.08 Mon l 山行 l top ▲
前回の記事で書きましたが、あらたに罰則規定を設けた特別措置法と感染症法の改正案が、昨日成立しました。国民の私権を制限する法案にも関わらず、衆参合わせて僅か4日の審議で成立したという、全体主義国家まがいの拙速さでした。

Yahoo!ニュース
時事通信
審議4日、懸念置き去り 政府、曖昧答弁に終始 コロナ対策法

成立した途端、メディアのアリバイ作りのために、上記のような問題点を指摘する記事が出るのもいつものことですが(だったら先に言えよという話ですが)、この改正案が与党と立憲民主党の談合によって成立した事実は、いくら強調しても強調しすぎることはないでしょう。

参議院の予算委員会で、立憲民主党の徳永エリ議員が、与党議員の銀座夜遊び問題に関連して、「特別措置法の改正案では、要請に従わない人には罰則を科す。自分たちは(自粛を)守らないで、国民には守らないと罰則を科すなんてメチャクチャではないか」(朝日)と言っていましたが、そのメチャクチャな法案の成立に手を貸したのはみずからの党なのです。徳永議員も、そう言いながら採決では賛成しているのです。メチャクチャなのはどっちなんだと言いたくなりました。

因みに、銀座夜遊び問題では、三人組の中で大塚高司議員が当時、議員運営委員会のメンバーであったことから、議運委の席上で立憲民主党のメンバーが、「武士の情けでこの件はこれで終わりにする」と発言したという話も漏れ伝わって来ています。

法案に関しても、どこまでが罰則の対象なのか、誰が罰則を下すのか、そういったことさえ曖昧なまま、密室で合意し成立したのです。しかも、改正特措法と改正感染症法は、さっそく来週(13日)施行されるのです。

感染して入院したくても入院できないのに、改正感染症法では、入院を拒否すると行政罰が下されるのです。国家の瑕疵は免罪され、全ての責任を国民に転嫁するまさにふざけた法律と言えるでしょう。

これで、政府は、「ファシスト的公共性」に、有無を言わせずに国民を従わせる強権(脅し文句)を手にすることができたのです。

感染の拡大は、ホントに国民の責任なのでしょうか。あるいは、飲食店やパチンコ店など業者の責任なのでしょうか。今回の改正ニ法からは、二階(幹事長)が言うように、お上のやることにはつべこべ言わずに黙って従えという声が聞こえて来るようです。

それにつけても、「アベ政治もスガ政治も許さない!」などというボードを掲げながら、立憲民主党に同伴して、政権交代の甘い夢を共有している左派リベラルのお粗末さを今更ながらに痛感せざるを得ません。彼らもまた、心ならずかどうかわかりませんが、与党と立憲による翼賛政治の片棒を担いでいるのです。私たちの前にあるのは、まったく唾棄すべき愚劣で反動的な政治の光景です。

また、同党常任顧問の岡田克也氏らが、共産党が立憲民主党に提唱する「野党連合政府」構想に反対してあらたなグループを結成するという読売の記事がありましたが、これも旧民主党のお家芸とも言うべきものです。記事の真偽は別にしても、今までも自民党が苦境に陥ると、必ずと言っていいくらいみずからずっこけて”敵失”を演じ、自民党を助けて来たのでした。これから選挙が近づけば、獅子身中の虫たちが、現実にはあり得ない(夢物語のような)「野党連合政府」構想に難癖を付け、野党内のゴタゴタを演出するに違いありません。

一方、党内のリベラル派と言われる議員たちも、今回の改正案に対しては見ざる聞かざる言わざるの姿勢に終始しています。日頃の言動からすれば誰よりも敏感に反応してもおかしくないのですが、彼らの口から出るのは拉致問題や週刊誌ネタの政権スキャンダルの話ばかりで、与党と密室で談合した改正案などまるで存在しないかのようです。

こういった政党が野党第一党である不幸をあらためて痛感せざるを得ません。
2021.02.04 Thu l 社会・メディア l top ▲
よく言われることですが、各自治体が発表する「新規感染者数」なるものは、主に自覚症状があったり濃厚接触者と判断されたりして、医師の指示の元にPCR検査を受け、新型コロナウィルスの感染が判明した人の数に過ぎません。当然、それが検査数に左右されるのは言うまでもありません。

「新規感染者」が増えたとか減ったとか言われると、市中の感染者の増減をそのまま反映しているかのように錯覚しがちですが、あくまでそれは「検査を受けて感染が判明した人」に過ぎないのです。

メディアは検査数は二の次に、ただ「新規感染者数」が増えたとか減ったとか言って大騒ぎしていますが、それは文字通り木を見て森を見ない低劣なセンセーショナリズムと言えるでしょう。何度も言っているように、「新規感染者数」は検査数をコントロールすることでいくらでも操作可能なのです。

東京の「新規感染者数」は一時1000人を越えていましたが、このところ1000人を下回り、「減少傾向にある」「感染のピークは越えた」などと言われています。

ところが、リテラに「東京のコロナ感染者は本当に減ったのか」という記事が出ていました。

リテラ
東京のコロナ感染者は本当に減ったのか 接触者追跡縮小し検査件数も2割以上削減! 和歌山県知事は「崩壊招く」と警告

記事は、「あまり報道されていないが」と前置きして、次のように書いていました。

(略)先週22日、東京都は都内の保健所に対し、「積極的疫学調査」の対象を絞るよう、通知を出している。積極的疫学調査とは、陽性者に聞き取り調査などし感染経路や濃厚接触者を調べ追跡調査するもので、いわゆる「クラスター対策」の根幹にもなるものである。

 周知のとおり、日本では感染者の接触者をさかのぼり、濃厚接触者を検査、クラスターを見つけ、検査・隔離するという手法をメインとしてきた。しかし、22日以降は、濃厚接触者の検査対象を絞り、高齢者や基礎疾患のある人、医療機関、高齢者施設、障害者施設、特別支援学校など高リスクの人を優先させ、これ以外の若者などリスクの低い者に対する検査は「医師の総合判断」に委ね、基本的には検査はしないという。高リスク者以外は誰が濃厚接触者にするかの判断は感染者本人や企業、学校などに任せるという報道もある。


その結果、東京都の先月後半の6日平均の検査数は以下のようになっているそうです。

15日(金)〜20日(水)の合計が67288件。6日平均約11214件。
22日(金)〜27日(水)の合計が53803件。6日平均約8967件。

問題なのは、「検査を受けて感染が判明した人」より、感染しているのにまだ感染が判明していない(把握されてない)市中の人たちなのです。

今のような規制された検査数を分母にして陽性率を求めても、(まったく意味がないとは言いませんが)市中感染率を知ることはできません。市中感染率を知ることができないと言うことは、現在の感染状況を知ることもできないということです。相も変わらず暗闇の中で目隠しをして出口を捜しているようなものです。

今回は飲食店がターゲットになっていますが、私は、昨年の緊急事態宣言下において、パチンコ店がやり玉にあがり、松戸市長が営業を続けるパチンコ店の前で街宣右翼のように横断幕を掲げ、自粛を呼びかけるチラシを配っていた光景が思い出されてなりません。あれだけ悪(感染)の根源のように言われたパチンコ店ですが、今回はパチンコ店の「パ」の字も出ていないのです。

そんな中で、入院を拒否した感染者や営業時間の短縮命令などに応じない事業者に過料を科す感染症法と特措法の改正案の修正協議が、自民党と立憲民主党の間で合意し、週明けの本会議で成立することが決定したというニュースがありました。

「非常時」という大義名分の下、国民の私権を制限し罰則を科す法案の成立が僅か数日で決定したのです。これこそ「ファシスト的公共性」でなくて何だろうと思います。立憲民主党の「立憲主義」なるのものにはただただ呆れるしかありません。

刑事罰が削除されても、私権を制限することには変わりがありません。しかも、命令の基準は、上記のように、国家がいくらでも恣意的に決められるのです。

去年だったら、時短命令に従わないパチンコ店に行政罰が科せられ、メディアによって市中引き回しの刑に処されたことでしょう。でも、今になって考えれば、パチンコ店はまったくの濡れ衣だったのです。そして、今年はパチンコ店に代わって飲食店が餌食になっているのです。

法的な強制力が伴うようになると、生活のために営業を続けることも違法になります。ターゲットになった途端に、倒産や閉店を余儀なくされると言っても過言ではないでしょう。

二大政党制という幻想による(労働戦線の右翼的再編と軌を一にした)政界再編によって、立憲民主党のような野党が誕生したことが、この国の政治をさらに不幸なものにしたと言ってもいいでしょう。

枝野代表は、昨日の党大会で、来たる衆院選で「政権交代を目指す決意を強調した」そうですが、悪い冗談だとしか思えません。自民党三議員による銀座クラブ通いの問題でも、何故か急に追及の鞘を納めて、自分たちも身に覚えがあるからじゃないかとかさまざまな憶測を生んでいますが、”国対政治”にズブズブにはまった立憲民主党がもはや自民党の補完勢力に過ぎないことは、今国会の質疑などを見てもあきらかです。こんな野党が存在する限り、自民党政治は永遠に続くでしょう。

閑話休題 あだしごとはさておき(松田政男の口真似)、先日、私は、民間の疫学調査という名目のサイトで検査キットを購入して、自分で新型コロナウイルスの抗体検査をしました。どうして抗体検査をしようと思ったのかと言えば、ワクチンが不安だからです。もし抗体ができていたら、ワクチン接種を回避できると思ったからです。

検査キットは、送料を含めて4000円でした。近所の病院でも抗体検査ができますが、その場合は5000円です。しかし、病院に行って、年寄りばかりの密な待合室で待たされるのが面倒だったので、自分で検査することにしたのでした。

申し込んで数日でキットが送られてきました。送り主は世田谷の病院になっていました。抗体検査は、血液中の抗体になるたんぱく質の有無を調べる検査です。簡易的な即日検査は、検査の結果が出るまで数日を要する精密検査に比べると精度が劣るそうですが、しかし、近所の病院で行っている抗体検査も同じ即日の簡易検査でしたので、おおまかな抗体の有無を知ることはできるはずです。

指先に針を刺して出て来た血液をスポイトで吸い取り、それをキットの窓に滴下し、さらに付属の希釈液を数滴垂らすだけです。そして、15分経つとキットに赤い線が現れ、検査結果が確認できます。

結果は陰性でした。「感染初期」のIgM抗体も「感染中~後期」のIgG抗体も陰性で、「感染後の免疫状態」もなしでした。密かに抗体を期待していたので、正直残念な気持でした。
2021.02.01 Mon l 新型コロナウイルス l top ▲