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■ドイツに抜かれて世界第4位になったGDP


昨日、日本の去年1年間の名目GDPが、ドイツに抜かれて世界第4位になったというニュースがありました。

内閣府によれば、日本の去年1年間の名目GDPは、ドル換算で4兆2106億ドルでしたが、ドイツの去年1年間のGDPは、4兆4561億ドルで日本を上回ったそうです。

日本は2010年にGDPで中国に抜かれ、世界3位になっていましたが、今度は人口がほぼ3分の2のドイツに抜かれて4位になったのでした。

GDP(国内総生産)は、一定の期間に国内で生産されたモノとサービスの付加価値の合計額ですので、基本的に人口が多い国の方が「有利」です。そう考えると、人口が3分の2しかないドイツに抜かれたことの意味は、円安の影響があったとは言え、数値以上に深刻な問題を含んでいると言えるでしょう。

さっそく朝日は、次のような記事を掲載していました。

朝日新聞デジタル
時時刻刻
技術立国は昔話、円安頼みにも限界 経済浮上のカギはデフレ克服

 高度経済成長の勢いに乗った日本は、1968年に西ドイツ(当時)を国民総生産(GNP)で上回り、世界2位の経済大国となった。なかでもテレビは80年代に世界市場の3~4割を握ったとされる「メイド・イン・ジャパン」の象徴だった。

 それがいまや、家電は外貨の稼ぎ手ではなく、海外から買い付けるものになった。その光景は、テレビにかわって家電の「主役」に躍り出たスマートフォンにも重なる。

 「ワンセグ」や「iモード」など国内で独自のサービスが発展した日本の携帯電話は、ガラパゴスと言われながらも、世界の先端を走っていた。だがスマートフォンの登場で、一気に陳腐化してしまう。東芝やNECなど大手が次々と市場を去った。いま国内市場の半分を握るのは、米アップルのiPhoneだ。

 日本はスマホに組み込むセンサーやカメラなどの電子部品では、高い競争力を保つ。スマホが売れれば関連企業ももうかる仕組みは残ったものの、最終製品にして世界に送り出す力は衰えた。

 この間、米国ではアップルやグーグルなど巨大IT企業が急成長。アジアではサムスン電子や台湾積体電路製造(TSMC)など、半導体で覇権を握る企業が台頭した。日本はイノベーションでも、ものづくりでも、世界から後れを取った。


■ガラパゴス化と内向き志向


日本の技術は一流、ものづくりは日本のお家芸、と言われたのも(そう自演乙していたのも)今は昔なのです。

「世界に誇る亀山モデル」とか言われた(勝手にそう言っていた)液晶テレビの市場でも、今や日本の企業は見る影もなく、有機ELテレビの世界シェアのトップを走るのは韓国のLG電子だそうです。私たちの世代は、かつて韓国のLGや中国のハイセンスは安かろう悪かろうの象徴みたいに言ってバカにしていました。しかし、今は完全に立場が逆転しているのです。さらに、中国メーカーでは新興企業のTCL集団が、大型テレビの分野でシェアのトップを占めるまでになっているのでした。

記事にもあるように、ドコモが主導した携帯のガラパゴス化は、スマホの時代になると瞬く間に海の藻屑と化したのですが、私は、トヨタのハイブリッドも同じ轍を踏んでいるように思えてなりません。世界の自動車産業は競ってEVにシフトしているのですが、しかし、日本では依然としてトヨタが主導するハイブリット車が幅をきかせており、そのために(トヨタに遠慮して?)EV向けのインフラの整備が全然進んでないのでした。

そこには、なつかしい言葉ですが、「パラダイス鎖国」=ガラパゴス化で浮利を追う(それで世界に誇るとか言っている)、日本企業の内弁慶な体質が示されているように思えてなりません。名目GDPでドイツに抜かれたことについても、(そんなことは気にせずに)身の丈に合った日本独自の道を歩めばいいんだ、というような意見がありますが、既に資本主義が石橋湛山が生きていた頃のような牧歌的な段階にないことは常識中の常識で、何の慰めにも(ましてや負け惜しみにも)なってないのです。

■「脱成長」というお花畑と少子高齢化という言い訳 ※追記


今や市場は世界に拡大しているのです。資本は国民国家の枠を超え、世界の市場でしのぎを削っているのです。それは、資本主義が拡大再生産という”宿痾”を抱えているからで、そうやって常に新たな市場を開拓しなければ行き詰まってしまうからです。30年間ほとんど成長していない日本が衰退していくのは当然なのです。

「脱成長」なんて口で言うのは簡単ですが、成長をやめるなら資本主義をやめるしかないのです。資本主義というシステムを維持するためには、力尽き倒れるまで走り続けなければならないのです。そんなのは経済学のイロハでしょう。

日本が衰退したのは少子高齢化が原因だ、というような言説がまかり通っていますが、それは本末転倒した言い訳、誤魔化しにすぎません。そんな言い訳を百万篇くり返しても、現在進行形の衰退(坂道を転がり落ちている現実)を押しとどめることはできないのです。

今から45年前の『なんとなく、クリスタル』で、田中康夫が少子高齢化で社会的コストの増大に苦しむ近未来の日本を予言したように、少子高齢化の社会になるのは45年も50年も前からわかっていたのです。だから、さらに成長するためには、新たな市場を開拓することが求められていたのですが、日本の電機・電子部品メーカーは、IT化の流れに乗り遅れ(競争に敗れ)、欧米だけでなく中国や韓国や台湾にも先を越され、現在のスマホからEVという絶好の成長の機会を逃すことになったのでした。それで(革命を起こす気もないのに)「脱成長」だとか言うのは、日本人お得意の(いつもの)負け惜しみの誤魔化しにすぎないでしょう。

少子高齢化に伴う人手不足には、外国人労働者を使えばいいではないかと考えるかもしれませんが、中国や韓国や台湾などの周辺国も少子高齢化が急速に進んでいますので、既に外国人労働者の取り合いになっているそうです。

そのため、政府は現代の奴隷制度と言われた従来の「技能実習制度」を見直して、転籍や転職が可能になる在留資格の緩和に方針転換したのですが、しかし、日本の場合、賃金や待遇が際立って悪い上に円安も重なり、外国人労働者にとっても日本は魅力のある国ではなくなっていると言われています。一方で、留学生は週28時間までアルバイトが可能で、何故か留学性に対する規制は緩いので、”留学生”という名の出稼ぎ労働者しか入って来ないのではないかと言われているそうです。当然の話ですが、衰退する国は外国人労働者からも敬遠されるのです。

先日、テレビは、半導体製造の”巨人”と言われ、2月15日時点の時価総額が420億ドル(約6兆3100億円)を誇るTMSCが、日本政府の働きかけで熊本県の菊陽町に日本工場を建設したことで、熊本では”TMSCバブル”が起きているというニュースを伝えていました。

熊本の田舎町にときならぬ通勤ラッシュが起きているとか、ホテルやマンションの建設ラッシュに沸いているとか、清掃員や食堂の調理員を時給1800円や1500円で募集しているとかいった話とともに、世界で唯一の「半導体学部」を持つ台湾の明新科技大学が、新たに日本人学生を対象にした「日本コース」を新設したという話も伝えていました。

その中で、明新科技大学の学長は、「日本には半導体を担う人材がいますか? いないでしょ。だから、日本のため、台湾のために日本人の技術者を育成するのです」と言ってましたが、これが今の日本の現実なのです。

もっとも、TSMCの工場誘致に対して、「日の丸半導体」の復活をもくろむ日本政府も、数兆円の投資を行うそうですが、IT業界の勢力図は短いサイクルでめまぐるしく変わるので、他人の褌で相撲を取ろうという日本政府の巨額投資がただの紙くずになる可能性もなくはないのです。

岸田内閣は、物価高と賃上げの好循環でデフレ脱却などと言っていますが、そんなものが絵に描いた餅であるのは誰の目にもあきらかです。この物価高に対応できるだけの賃上げを獲得できる労働者なんてホンの一部です。多くの国民は物価高に苦しめられ、貧しき者は益々貧しくなるばかりです。

実際に「物価高と賃上げの好循環」という謳い文句とは逆に、実質賃金は下がり続けているのです。時事通信が運営する投資家向けサイトの「時事エクイティ」も、次のように書いていました。

時事エクイティ
物価高上回る賃上げ、遠く=実質賃金下げ幅拡大、消費足かせ―23年

 6日発表された2023年の毎月勤労統計調査(速報)では、物価の変動を反映させた実質賃金が前年比2.5%減少した。2年連続で前年を下回り、下げ幅は9年ぶりの大きさに拡大。政府が目指す「物価上昇を上回る賃上げ」の実現には程遠い状況だ。物価高による賃金の目減りが家計を圧迫、23年の消費支出は3年ぶりに減少した。
 厚生労働省によると、23年は基本給と残業代などを合わせた名目賃金が、労働者1人当たり月平均で32万9859円と1.2%増加。3年連続の上昇となったが、新型コロナ禍による賞与などの大幅な落ち込みからの反動増が見られた前年(2.0%増)から伸びは鈍化した。
 一方で、実質賃金などの算出に用いる消費者物価指数(持ち家の帰属家賃を除く総合)は前年比3.8%上昇。春闘で30年ぶりの高水準の賃上げを達成したものの、物価高騰に賃金上昇が追い付いておらず、生活実感に近い実質賃金の下落に歯止めがかかっていないのが実情だ。


しかも、GDPの半分を占める個人消費が、物価高に対する「節約志向」によって低迷したので、それがGDPを押し下げた一番の要因だと言われながら、メーカーや銀行や電力会社など大企業は、値上げによって史上空前の利益を上げているのでした。

能登の地震のニュースの中で、被害を受けた家にブルーシートを高額で売りつける悪徳業者の話がありましたが、日本の大企業はまさにこの悪徳業者と同じことをしているのです。

にもかかわらず、政府は、先客万来のインバウンドでGDPを押し上げるという、雲を掴むような話に頼るだけです。個人消費の落ち込みや火事場泥棒のような大企業の収奪には、為す術もないのか、見て見ぬふりをするだけなのです。

■韓国の後塵を拝する日本


ニッチもサッチもいかなくなっているのは、経済だけではありません。”反日カルト”に国を売りながら、胸にブルーリボンのバッチを付けて「愛国」者のふりをしていた安倍派の国会議員たちが、その裏では裏金作りの”脱法行為”を行っていたという、呆れてものが言えない話もありました。安倍派だけで裏金は6億円超あり、二階派も5.7億円あったそうです。

彼らは国会議員というより、もはやヤクザと言うべきでしょう。こういう人間たちが法律を作っているのですから、「政治資金」と名乗れば無税になり、その上、年間315億円(2023年)の税金が政党助成金として各政党に支給されるという、税金を食い物にするお手盛りの法律が作られるのは当然でしょう。税金を食い物にするという点では、政党助成金を受け取ってない共産党を除いて、与党も野党も同じ穴のムジナなのです。

安倍派の呆れた行状には、愛国と売国が逆立した”戦後の背理”が見事に示されていると言えますが、と同時に”戦後の背理”は、この国には愛国者なんていないことを示しているのです。

(前も同じことを書きましたが)テレビなどのメディアは、まるで大谷を中心に地球が回っているかのように、連日、大谷のどうでもいい話を延々と伝えていますが、もはや誇るべきは大谷だけなのかと言いたくなります。ところが、何ということでしょう、ドジャースの開幕戦(対パドレスの開幕戦)は、日本ではなく韓国で行われるというのですから、もう笑うしかありません。

これもダイソーの買収と同じで、日本の凋落を表していると言えるでしょう。日本では高額の観戦ツアーが発売されるそうですが、岸田首相も開幕戦の当日に韓国を訪問して、開幕戦を観戦する話さえあるそうです。文字通り、恥も外聞も捨てて、韓国の後塵を拝するようになっているのでした。さすがにこれでは、ネトウヨと雖も「ニッポン凄い!」と自演乙することはできないでしょう。


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今日、下記のようなニュースがありました。

Yahoo!ニュース
TBS NEWS DIG Powered by JNN
クマを4月中にも「指定管理鳥獣」に追加へ 伊藤環境大臣が明らかに

何と愚劣なニュースでしょう。呆れてものが言えません。人間は何と傲慢で身勝手なものかと思います。自然保護などよく言えたものだと思います。

動物園に行って檻の中の野生動物を指さして「カワイイ!」なんて言いながら、その一方ではこのような残酷な所業が行われようとしているのです。これでは、自然からのしっぺ返しを受けるのは当然でしょう。

もっとも愚劣でもっとも低俗でもっとも身勝手な最低の世論に迎合した結果がこれなのです。

口幅ったい言い方をすれば、人もまた自然の一員である限り、自然がままならないものであり、ときに脅威にもなり得るのは当然です。山に登れば、自然の脅威に晒されて命を落とすこともあるのです。ましてや、私たちは、新型コロナウイルスという自然の脅威に晒されたばかりです。でも、私たちは、多大な犠牲を強いられながらも、ウイルスと共生して生きていくしかないのです。野生動物も同じでしょう。

私は、昨年の11月に、環境庁が熊を「指定管理鳥獣」に追加する検討を始めたというニュースを受けて、下記のような記事を書きました。怒りの投稿をお読みください。

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(写真AC)



■「最期は本名で迎えたい」


1月25日、鎌倉の病院に末期の胃がんで入院していた男性が、突然、病院の関係者に「自分は指名手配されている桐島聡だ」「最期は本名で迎えたい」と打ち明けたことから、男性が「東アジア反日武装戦線」のメンバーで49年間にわたって逃亡している「桐島聡」の可能性が高いとして、大きなニュースになったのでした。

ただ、私は、このニュースを見て、何だか切なくいたたまれないような気持になりました。

「最期は本名で迎えたい」という言葉について、テレビのコメンテーターたちは「自己顕示欲だ」とか「勝利宣言だ」とか「卑怯だ」とかトンチンカンなことばかり言っていますが、私は、そこには偽りの逃亡生活を清算したいという彼なりの気持があるような気がします。

それに、「桐島聡」に関しては、報道の中で誤解が生まれているのです。

私は、以前、「東アジア反日武装戦線」の「大地の牙」グループの事実上のリーダーとされ、逮捕時に青酸カリで自決した斎藤和氏の”追悼集”『でもわたしにはいくさが待っている』(東アジア反日武装戦線への死刑・重刑攻撃と闘う支援連絡会議編・風塵社)を読んだことがありますが、そこには、平岡正明や朝倉喬司や松田政男など著名な人たちが斎藤氏の人となりを悼んで文章を寄せていました。

斎藤和氏は、谷川雁が専務を務めていた「株式会社テック」(TEC=東京イングリッシュセンター)の労働争議に関わったりと、70年前後のアナーキズム運動では名の知られた人物だったのですが、一方、「桐島聡」は、「東アジア反日武装戦線」の中では逮捕歴のない唯一のメンバーだったそうで、学生運動も目立った活動歴はなかったのではないかと言われています。

「桐島聡」の手配写真は巷では有名だったそうですが、私は手配書なんて関心がなかったので、メディアに出た彼の写真を見ても、「誰?」という感じでした。彼は、メディアが騒ぐほどの”大物”だったとはとても思えません。ただ、権力の憎悪を浴び、というか、権力の面子のために”大物”扱いされただけなのではないかと思います。

「桐島聡」は、「さそり」グループに属していたのですが、斎藤和氏の内縁の妻だった「大地の牙」グループの浴田由紀子(逮捕拘留中に超法規処置で”釈放”、日本赤軍に合流したあと再び逮捕され現在服役中)の公判の証人尋問で、「狼」グループの大道寺将司(死刑囚として収監中に病死)は、「さそり」グループはリーダーの黒川芳正(服役中)以外、メンバーを知らないと証言していました。

ちなみに、1974年8月30日に発生し、8名の死者を出した三菱重工本社の爆破事件を実行したのは、大道寺将司がいた「狼」グループです。

■印象操作


「東アジア反日武装戦線」というのは、同じ名称を使っていても、一つの統一された組織ではなく、アナーキズムのグループの”集合体”にすぎないのです。それが新左翼のセクトとは根本的に違うところです。

 現在、男が本当に桐島容疑者なのかについては分かっていませんが、連続企業爆破事件の被害に遭った当時ビルの近くにいた三菱重工の元社員に取材をしたところ、「50年近く経って見つかったかもしれないという話を聞いてびっくりした」と話していました。

 世間を震撼させた連続爆破事件の容疑者が50年越しの逮捕となるのか。警視庁の捜査の結果が待たれます。

ANN news 
「自分が桐島」病院関係者に伝える 本人名乗る男を病院で確保


こんなニュースを見ると、「桐島聡」があたかも三菱重工爆破事件に関与したかのようなイメージを持ちますが、それは印象操作にすぎません。

「桐島聡」の手配容疑は、1975年4月18日の東京の銀座の韓国産業経済研究所のドアに時限装置付きの爆弾を仕掛けて爆発させ、ドアなどを破損させた事件にすぎないのです。

その他に「桐島聡」が関与したのではないかと言われているのは、下記の事件です(ただし、手配容疑にはなっていません)。

①鹿島建設爆破事件(1974年12月23日。死傷者なし)
②間組本社ビル(9階・6階)及び大宮工場同時爆破事件(1975年2月28日。桐島が共謀した本社ビル9階爆破で1人が加療4か月の骨折・熱傷等、桐島が実行を担当した本社ビル6階では死傷者なし)
③間組江戸川作業所爆破事件(1975年4月27日。1人が加療約1年3か月を要する頭部外傷等)
④間組京成江戸川橋工事現場爆破事件(1975年5月4日。死傷者なし)
(Wikipediaより)

三菱重工爆破事件の被害が予想以上に大きかったので衝撃を受けたことが、上記の大道寺将司の証言でもあきからになっていますが、それ以後、人的被害を極力避けるために”抑制”していたと言われているのです。

■末端の戦士


当初の報道では、海外に逃亡していたように伝えられていましたが、どうやらそうではなかったみたいです。

 捜査関係者によると、男は入院前、同県藤沢市の工務店に数十年間、勤務していた。「内田洋」の名前を使っていたといい、工務店側は桐島容疑者である可能性を認識していなかったとみられる。

 男は末期の胃がんで、同僚に付き添われて今月、同県鎌倉市の病院に入院した。健康保険証などの身分証は所持しておらず、当初、病院に対しても名前を「内田」としていたとみられるが、「最期は本名で迎えたい」と話して桐島聡と名乗り、25日から公安部が事情を聴いている。

Yahoo!ニュース
時事通信
「内田洋」で数十年住み込み 偽名か、桐島容疑者名乗る男 連続企業爆破で指名手配・警視庁


朝日の記事には、「桐島聡」が住んでいた二階建ての家の写真が掲載されていましたが、ボロボロの廃屋のような建物でした。記事では、一階は物置のようになっており、二階で生活していたみたいだという証言がありました。オウム真理教の菊地直子が逃亡中に住んでいたのも、赤錆びたトタン壁の小屋みたいな家でしたが、何だか似ているような気がしました。

朝日新聞デジタル
呼び名「うっちゃん」、冗談も 60年代ロックで踊る 桐島名乗る男

渡辺直子の場合、偽名で健康保険証を取得していたのですが、「桐島聡」は、住民票も健康保険証もない中で、肉体労働に従事していたのです。

近所の人の話では、病気のせいもあったのでしょうが、ガリガリに痩せて80歳くらいに見えたそうです。また、家の中に入った人の話では、「本が足元に積み上がっていた」そうです。逃亡生活の中でも本を読むことだけは忘れなかったのでしょう。

現在、彼は重篤な状態だそうですが、彼が本名で最期を迎えても、斎藤和氏のような”追悼集”が出ることはないでしょう。一生を棒に振ったという言い方は彼に失礼かもしれませんが、何だか最初から末端の戦士として忘れられていく存在にすぎなったように思います。

逃亡を支援していた人間がいたかどうか調べると警察は言っていますが、支援していた人間がいたら、逆に救われる気がします。

その生活から見ると、とても支援者がいたようには思えませんが、誰からも支援されずに孤独の中で49年の過酷な逃亡生活を送り、今、人生の幕を閉じようとしているのだとしたら、あまりにも痛ましく、よけい切なくていたたまれない気持になるのでした。

■追記


その後の報道によれば、故郷の親族は「桐島聡」の遺体の受け取りを拒否しているそうです。地元の同級生たちも、「桐島聡」に対して、「迷惑を受けた」としてみんな突き放したような言い方をするのでした。メディアやネットも含めてそうですが、どうしてそこまで冷酷になれるのかと思います。国家が人でなしと言うから、人でなしなのか(国家が英雄だと言えば、英雄なのか)。

彼の人となりを一番よく知っているのは故郷の人たちでしょう。それもすべて無に帰してしまうのでしょうか。

数十年過ごした街では、彼は「うっちー」とか「うーやん」と呼ばれ”愛されキャラ”で溶け込んでいたそうです。それで、彼の死を聞いて涙が出たという人もいたそうです。そんな話を聞くとホッとした気持になります。

ウソかホントか、横浜までコンサートを聴きに行っていたとか、バンドを組んでいたという話もありますが、好きな音楽と読書を忘れることはなかったのでしょう。

「桐島聡」は、死の間際の聴取で、手配容疑の韓国産業経済研究所爆破は無関係だと否定していたという報道がありました。彼は、爆弾製造と見張り役が主な任務だったのではないかという話もあります。

「主義者」の仁義に反するのかもしれませんが、獄中にいるリーダーの黒川芳正氏や既に出所しているU氏は、グループの中で「桐島聡」がどんな存在だったのかをあきらかにすべきでしょう。


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■青葉被告の妄想


2019年7月18日に発生した京都アニメーション放火事件では、同社の社員36名が犠牲になったのですが、今日、犯人の青葉真司被告に対して死刑が言い渡されました。死刑を言い渡した京都地方裁判所は、事件当時、青羽被告は善悪の判断をする責任能力があったと認めたのです。

ホントにそうなのか。下記の朝日の記事によれば、事件当時、「青葉被告は精神科に通院。生活保護を受給しながら、心身の状態を観察する訪問看護や身の回りの世話をする訪問介護を受けていた」そうです。既に精神の失調をきたしていたのです。

朝日新聞デジタル
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しかも、それはかなり深刻で、「看護師らとのもめ事が絶えなかった」そうです。

(略)看護師が青葉被告の部屋を訪ねてインターホンを押したが反応がないため、ノックするといきなりドアが開いて胸ぐらをつかまれたという。包丁を持っていて、「しつこいんだよ、つきまとうのをやめろ。やめないと殺すぞ」と怒鳴った。室内には破壊されたパソコン2台とプレイステーションが散乱。革ジャンがズタズタに切られていた。処方された薬が服用されないまま残っていた。

 この時、看護師に対しても「ナンバー2」の指示で公安警察に「ハッキングされている」「つきまとわれている」と話したという。
(上記記事よりより)


青葉被告は京アニの放火について、京アニが主催したコンテストに応募した小説が落選させられ、挙句の果てに小説のアイデアがアニメに盗用されたからだと主張しているのですが、それも「闇の人物のナンバー2」の仕業だという妄想に憑りつかれていたのです。

 青葉被告の話では、「ナンバー2」とは「ハリウッドやシリコンバレーに人脈があり、世界で動いている。官僚にも影響力のあるフィクサーみたいな人で、公安警察に指示して自分を監視させていた」という。
(同上)


それも、どういった話の経緯でそうしたのかわかりませんが、青葉被告は、当時の与謝野馨経済財政担当大臣大臣にメールを送ったのが原因で、「ナンバー2」につけ回されるようになった、と言っていたそうです。

■応報主義


京アニの社員だった妻が犠牲になった遺族の男性は、判決後の記者会見で、妻も、(残された)子どもも「理解してくれる判決だった」と述べたそうです。

遺族の中にもいろんな方がいるでしょう。メディアで発信することに積極的な方もいるだろうし、まったく逆の方もいるでしょう。事件に対する考え方もさまざまでしょう。でも、メディアに出ているのは、何故か同じ遺族の方です。それも、(言い方は悪いですが)メディアにとって「都合がいい」、ある意味でメディア向けの発言をする方のように思います。

肉親の命を奪われた遺族が、犯人に対して、みずからの死をもって罪を贖うべきだと考えるのはわからないでもありません。しかし、社会はまた別の考えがあってもいいのではないか思います。社会全体が遺族と同じような考えにとらわれると、「目には目を歯には歯を」の応報主義の野蛮で殺伐とした社会になってしまうでしょう。現に私たちの社会は、チャップリンの「殺人狂時代」ではないですが、「1人殺せば犯罪者だが、100万人殺すと英雄になる」矛盾と偽善を抱えた社会でもあるのです。

その矛盾と偽善を乗り越えるためには、応報主義的な心情や考えをどこかで乗り越えなけば(止揚しなければ)ならないのです。それができるのは、遺族ではなく、第三者である私たちでしょう。その意味では、立場の違いというのは大事なことなのです。

遺族感情に「寄り添う」のも必要ですが、しかし一方で、社会全体が「寄り添う」だけで思考停止して、それでよしとする風潮には違和感を抱かざるを得ません。

■「反省の言葉」


裁判の過程でも、「被告から反省の言葉はない」というフレーズが決まって出てきます。精神に変調をきたして妄想に憑りつかれている人間に、「反省の言葉」を求めるのはそれこそないものねだりのように思いますが、あたかも「反省の言葉」が裁判のポイントであるかのように報道されるのでした。

こうして、「事件の真相を知りたい」「どうしてこんな事件を起こしたのか、犯人の心の底にあるものを知りたい」と言いながら、真相から遠ざかり、事件は歪められていくのです。

そして、裁判官から執拗に「反省の言葉」を求められた被告がやっと(無理強いに)「反省の言葉」を発すると、今度は「ホントに心の底から反省しているのか疑問」だと言われれるのでした。「反省の言葉」が発せられた時点で、事件はまったく別のものに変わっているのですが、そのことはいっさい問われないのでした。

■『令和元年のテロリズム』再掲


私は、磯部涼氏の『令和元年のテロリズム』(新潮社)の感想文の中で、青葉真司被告について、次のように書きました。再掲させていただきますので、お読みください。

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「京都アニメーション放火事件」の犯人は、昭和53年に三人兄妹の次男として生を受けました。でも、父親と母親は17歳年が離れており、しかも父親は6人の子持ちの妻帯者でした。当時、父親は茨城県の保育施設で雑用係として働いており、母親も同じ保育施設で保育士として働いていました。いわゆる不倫だったのです。そのため、二人は駆け落ちして、新しい家庭を持ち犯人を含む三人の子どをもうけたのでした。中学時代は今のさいたま市のアパートで暮らしていたそうですが、父親はタクシーの運転手をしていて、決して余裕のある暮らしではなかったようです。

そのなかで母親は子どもたちを残して出奔します。そして、父親は交通事故が引き金になって子どもを残して自死します。実は、父親の父親、つまり犯人の祖父も、馬車曳き(馬を使った運送業)をしていたのですが、病気したものの治療するお金がなく、それを苦に自殺しているのでした。また、のちに犯人の妹も精神的な失調が原因で自殺しています。

犯人は定時制高校を卒業すると、埼玉県庁の文書課で非常勤職員として働きはじめます。新聞によれば、郵便物を各部署に届ける「ポストマン」と呼ばれる仕事だったそうです。しかし、民間への業務委託により雇用契約が解除され、その後はコンビニでアルバイトをして、埼玉県の春日部市で一人暮らしをはじめます。その間に父親が自殺するのでした。

さらに、いったん狂い始めた人生の歯車は収まることはありませんでした。犯人は、下着泥棒をはたらき警察に逮捕されるのでした。幸いにも初犯だったので執行猶予付きの判決を受け、職安の仲介で茨城県常総市の雇用促進住宅に入居し、郵便局の配達員の職も得ることができました。

しかし、この頃からあきらかに精神の失調が見られるようになり、雇用促進住宅で騒音トラブルを起こして、家賃も滞納するようになったそうです。それどころか、今度はコンビニ強盗をはたらき、懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けるのでした。その際、犯人の部屋に踏み込んだ警察は、「ゴミが散乱、ノートパソコンの画面や壁が叩き壊され、床にハンマーが転がっていた光景に異様なものを感じた」そうです。

平成28年に出所した犯人は、社会復帰をめざして更生保護施設に通うため、さいたま市見沼区のアパートに入居するのですが、そこでも深夜大音量で音楽を流すなど騒音トラブルを起こすのでした。著者は、「再び失調していったと考えられる」と書いていました。そして、そのアパートから令和元年(2019年)7月15日、事前に購入した包丁6本をもって京都に向かうのでした。

不謹慎を承知で言えば、この「京都アニメーション放火事件」ほど「令和元年のテロリズム」と呼ぶにふさわしい事件はないように思います。私も秋葉原事件との類似を連想しましたが、著者も同じことを書いていました。

また、著者は、小松川女子高生殺人事件(1958年)の李珍宇や連続射殺魔事件(1968年)の永山則夫の頃と比べて、ネットの時代に犯罪を語ることの難しさについても、次のように書いていました。

「犯罪は、日本近代文学にとっては、新しい沃野になるはずのものだった。/未成年による「理由なき殺人」の、もっともクラシックな典型である小松川女子高生殺し事件が生じたとき、わたしはそのことを鮮烈に感覚した。/この事件は、若者が十七にして始めて自分の言葉で一つの世界を創ろうとする、詩を書くような行為としての犯罪である、と」。文芸評論家の秋山駿は犯罪についての論考をまとめた『内部の人間の犯罪』(講談社文芸文庫、平成19年)のあとがきを、昭和33年の殺人事件を回想しながらそう始めている。ぎょっとしてしまうのは、それが日々インターネット上で目にしているような犯罪についての言葉とまったく違うからだ。いや、炎上に飛び込む虫=ツイートにすら見える。今、こういった殺人犯を評価するようなことを著名人が書けばひとたまりもないだろう。
 秋山は犯罪を文学として捉えたが、犯罪を革命として捉えたのが評論家の平岡正明だった。「永山則夫から始められることは嬉しい」「われわれは金嬉老から多くを学んできた。まだ学びつくすことができない」と、犯罪論集『あらゆる犯罪は革命的である』(現代評論社、昭和47年)に収められた文章の書き出しで、犯罪者たちはまさにテロリストとして賞賛されている。永山則夫には秋山もこだわったが、当時は彼の犯罪に文学性を見出したり、対抗文化と重ね合わせたりすることは決して突飛ではなかった。一方、そこでは永山に射殺された4人の労働者はほとんど顧みられることはない。仮に現代に永山が同様の事件を起こしたら、彼がアンチヒーローとして扱われることはなかっただろうし、もっと被害者のバッググランドが掘り下げられていただろう。では近年の方が倫理的に進んでいるのかと言えば、上級国民バッシングが飯塚幸三のみならずその家族や、あるいは元農林水産省事務次官に殺された息子の熊澤英一郎にすら向かった事実からもそうではないことが分かる。


この文章のなかに出て来る秋山駿の『内部の人間の犯罪』や平岡正明の『あらゆる犯罪は革命的である』は、かつての私にとって、文学や社会を語ったりする際のバイブルのような本だったので、なつかしい気持で読みました。

でも、当時と今とでは、犯罪を捉える上での倫理のあり方に大きな違いがあり、益々余裕のない紋切型の社会になっているのは事実でしょう。そのため、犯罪を語る言葉も、身も蓋もないような寒々しいものしかなく、犯罪者が抱える精神の失調に目を向けることさえないのです。


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2024.01.25 Thu l 社会・メディア l top ▲
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(写真AC)



■「訪日外客数」


日本政府観光局(JNTO)が「訪日外客数」の2023年11月の推計値を発表していますが、コロナ禍前の2019年と比較すると以下のとおりです。

2019年11月の「訪日外客数」は2,441,274人で、2023年11月が2,440,800人です。2019年との比較では± 0。統計上はコロナ禍前に戻ったと言えるでしょう。

一方、「出国日本人数」は、2019年11月が1,642,333人、2023年11月が 1,027,100人で、-37.5%です。

日本人の出国数は、依然コロナ禍前より大幅に減少したままです。これはあきらかに、コロナというより円安の影響でしょう。

つまり、日本は観光客を迎えるだけで自国民は外国に旅行にも行けない、かつての発展途上国と同じようになりつつあるのです。そのうち外貨獲得の唯一の手段が観光ということにもなりかねないでしょう。

また、国・地域別の「訪日外客数」は、以下のとおりです。

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出展・日本政府観光局(JNTO)

これを見るとわかるように、韓国からの観光客が大きく伸びています。ほかには、シンガポール・インドネシア・ベトナム・インド、オーストラリア・アメリカ・カナダからの観光客が増えていることがわかります。

アジアからの観光客は、中国本土からの観光客が激減したこともあって、全体の57.7%とやや比率が下がっています。

■「激安のおいしい国」


私は、5年前の2018年に下記のような記事を書きました。

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日本に来るのは日本が「安くておいしい国」だからですが、ここ1年のさらなる円安で、日本は「激安のおいしい国」になったのです。これでは、観光客を迎える日本人は益々貧しくなるばかりで、外国に旅行に行くなど夢物語であるのは当然でしょう。

実際に観光に関連する職業はどれも低賃金でハードなものが多く、深刻な人材不足の背景にあるものは運送業や介護職などと共通しています。

ヤフーだかに、日本を旅行するのを趣味にしている韓国人の若い女性が、交通や食事の便がいい東銀座のビジネスホテルを利用しているという記事が出ていました。東銀座が穴場だという記事だったのですが、そのホテルは朝食付きで一泊13000円だそうです。日本のビジネスホテルの相場から言えばやや高い部類に入りますが、しかし、それでも韓国の同程度のホテルより安いと言っていました。

私たちは自分たちの国が未だに世界トップクラスの豊かな国だと思っているのですが、でも、その根拠はなにもないのです。空疎に「ニッポン凄い!」を自演乙しているだけです。

前も書きましたが、一皿15000円の和牛を食べたタイ人観光客が「これは安いですよ」と言っているのを見て、ネットに巣食う単細胞な日本人は「ニッポン凄い!」と喜んでいるのですが、でも、自分たちはそんな和牛を口にすることはできないのです。せいぜいが破れたチリ紙のような切り落としの肉を食べるのが関の山です。

■年収156万円以下の世帯が705万世帯


生活保護は、世帯収入が月に13万円以下、つまり年収156万円以下であれば受給資格があるのですが、実際には窓口で小役人から難癖を付けられて門前払いされるのがオチです。それが「水際対策」と言われるものですが、そのために、共産党系の団体や創価学会や貧困問題を扱うNPO団体など、小役人の難癖を「論破」する専門家の同行が必須になっています。

昔より受給率は上がっていますが、それでも生活保護の受給率(いわゆる捕捉率)は23%にすぎません。受給資格があるのに生活保護を受けていない年収156万円以下の世帯は、705万世帯もあると言われているのです(日本共産党調べ)。

■先進国から転落した日本


テレビではインバウンド客たちの飽満ぶりが連日報じられていますが、そういった千客万来の光景の裏では益々貧しくなる一方の(実質的に先進国から転落した)日本の姿があるのです。

ついこの前まで、(中国人の爆買いを除いて)外国人観光客はお金を使わない、ケチだと言われていました。私が別府に帰省した際も、当時から別府は韓国からの観光客が多かったのですが、タクシーの運転手は「韓国からの観光客はタクシーに乗らないで歩いて移動するのでお金になりませんよ」と嘆いていました。それが、今から5~6年前の話です。

ところが、今ではドライバー不足も手伝い、別府でもタクシー不足が深刻になっているのだそうです。そのために、苦肉の策として、市が観光客向けに夜間の無料バスを走らせているのだとか。このように僅か5~6年で様変わりしているのです。その背景にあるのは、単にドライバー不足だけではなく、今までタクシーを利用しなかった観光客が積極的にタクシーを利用するようになったからです。需要が増加したからです。

韓国は今では平均年収も日本の上を行くほど豊かな国になりましたが、ほかのアジアの国も底上げされ、いわゆる中間層が形成されるようになりました。そんな彼らが一皿15000円の和牛を「安いですね」などと言っているのです。

一方で、日本はどんどん没落しています。生活保護の基準以下の収入しかない世帯が増えるばかりで、そのため福祉事務所の職員たちは、仁王像のようになって窓口につめかける貧困者たちを追い払うのに必死です。憲法25条なんてどこ吹く風のようなあり様です。

また、妬みと僻みは日本のムラ社会の宿痾みたいなものですが、まるで「水際作戦」と軌を一にするように、多くの国民は、生活保護を受給するのは甘えだ、怠け者だと決めつけ、彼らをバッシングするのに余念がありません。もちろん、それは天に唾する行為とも言えますが、そうやって没落する国の現実から目を反らすことが「愛国」のように思っているのです。
2023.12.25 Mon l 社会・メディア l top ▲
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(2023年12月)



■花粉症の薬の処方


また、私事から書きますが、昨日、さっそく花粉症の薬を処方して貰うために、かかりつけの病院に行きました。ドクターに花粉症の症状が出始めたと言ったら、びっくりしていました。

「やっぱり、この異常な気候が影響しているのかもしれませんね。今年は11月まで夏日が続き、秋がほとんどなかったですからね」と言っていました。私が山に行くのを知っているので、「熊も里に下りて来たりして大変みたいですが、気を付けてくださいよ」と言われました。

「この前も途中の集落の人と話をしたんですが、今年はブナやミズナラが不作どころか凶作と言ってもいいような状況だそうで、熊も餌がなくて生きるのに必死なんだと思いますよ。野生動物の間でも餌の争奪戦が激しくなっているようです。争いからはじき出された熊が里に下りて、鉢合わせした人間に過剰に反応するのも、争いの影響があるのではないかと言われているそうです」
「なるほどね。餓えると人間でも本能がむき出しになりますからね」
「人食い熊のように言われ、問答無用のように射殺されるのは可哀想ですよ。僅か1万2千頭しかいないのに、個体が増えたのが原因だなどと言って、補助金を出して”駆除”しているのです。そもそも”駆除”という役所用語自体がおかしい。人間の傲慢を表している言葉だと思いますね」

薬局でも、「花粉症の症状がもう出ているのですか?」と訊かれました。「去年は2月に一度処方されただけですのでびっくりしました」と言われました。

「花粉症の患者さんはまだ少ないですか?」
「たまにいらっしゃいますけど、皆さん、インフルエンザか花粉症かわからないと言うのです」
「でも、インフルは熱が出るけど花粉症は熱が出ない。その違いははっきりしていますけどね」
「そうなんですけどね。何だかわかってないみたいです」と言っていました。

前も書きましたが、かかりつけの病院は現金一択なので、ATMで5千円を下ろして行きました。会計をする際、「今日は390円です」と言われたので、一瞬聞き間違いかと思ったほどです。その一週間前は、インフルエンザの予防接種も受けたので、支払いは5千円以上ありました。処方箋を出して貰うだけだとそんなに安いんだと思いました。無駄話をして何だかドクターに申し訳ないような気持になりました。

■左派リベラルの瞬間芸


このブログを読んでいただけるとわかるかと思いますが、私は、いわゆる左派リベラルの言説に対して、ずっと違和感と反発を抱いてきました。

そのもっともわかりやすい例がYouTubeです。YouTubeにはリベラル系のチャンネルがここ2年くらいでいくつか登場しましたが、出演するゲストの多くはテレビの吉本芸人と同じようにおなじみの顔ぶれで、言うなれば使いまわしです。そんなに人材がいないのかと思ってしまいます。

今回の裏金問題についても、彼らはただ政治家の悪口を言って留飲を下げているだけです。告発があったとは言え、東京地検特捜部がここに来てどうして捜査に乗り出したのか。もちろん、「検察の正義」というような、そんな単純な話ではないでしょう。検察も権力の一部なのですから(というか、検察は権力の守り神なのですから)、政治家絡みの事件の場合、彼らがやっていることを額面通りに受け取ることができないのは常識中の常識のはずです。

財務省は、自分たちの意に従わない人物や勢力に対して、国税を使って税務調査を行い脱税などの罪で意趣返しするのが常ですが、その末端で使い走りしているのが検察です。そこに伏在するのは、この国を牛耳る官僚たちの「国家は俺たちが動かしているんだ」という自負です。そのために、ときに政治と官僚が対立することもあるのです。

ただ政治家の悪口を言って留飲を下げるだけでなく、そういった”裏読み”も必要なのです。でないと、「検察の正義」で終わるだけでしょう。

YouTubeのリベラル系チャンネルで語られていることは、検察バンザイか、検察は手ぬるいという話ばかりで、権力内部の暗闘=権力闘争という視点は提示されないのでした。

かつてのロッキード事件のとき、私はまだ子どもでしたが、それがアメリカの東部エスタブリッシュメント(=ダクラス・グラマン)と西部の新興の「オレンジ資本」(=ロッキード)の対立が反映されたものだという見方があることをあとで知り、文字通り目から鱗が落ちる気がしました。その見方を示したのは、日本共産党を離党して評論活動を始めていた故・山川暁夫氏でした。

謀略論と違って、ものごとには”裏読み”が必要な場合があるでしょう。”裏読み”しなければ、ものごとの本質に行き着かない場合もあるのです。

左派リベラルはもやは状況を剔抉する視点を持ってないのです。目の前に上がって来る現実を見て、怒ったり喝さいをあげたりするだけです。そういう瞬間芸を演じるだけの存在になっているのです。

YouTubeにはお追従コメントが付きものです。どんなYouTubeでも必ずお追従コメントが付くのです。信者たちのお追従コメントを真に受けると、「これでいいんだ」と天才バカモンのパパのような気持になり、大いなる勘違いをすることになるでしょう。ネットは克己がない夜郎自大の世界だと言われますが、YouTubeも例外ではないのです。

■〈中道〉に逃避した政治


裏金問題にしても、検察がここまで赤裸々に権力闘争に介入するのは、それだけ権力に余裕があるからでしょう。(心の中で)「検察バンザイ」を叫びながら、この不正を政権交代に結び付けなければならない、なんてよく言えるなと思います。

左派リベラルは完全に当事者能力を失っているのです。何故、当事者能力を失ったかと言えば、〈ラジカリズム〉を放棄したからです。(前も書きましたが)シャンタル・ムフが言う「闘技的アゴニスティック」な政治を回避して〈中道〉に逃避したからです。

(略)政治の対抗モデルと右-左の対立を時代遅れであると主張し、中道右派と中道左派の「中道での合意」を歓迎することで、いわゆる「ラジカルな中道」は専門家支配テクノクラシーによる政治形態を進めることになった。この考え方によれば、政治とは党派的対立ではなく、公共の事柄を中立的にマネジメントすることとされたのだ。
(シャンタル・ムフ『左派ポピュリズム』・明石書店)


松下政経塾で学ぶ「政治」は、どう公共の事柄をマネジメントするかなのです。それが、「政治」とされたのです。旧民主党政権が消費増税を主張して政権が崩壊したにもかかわらず、今なお立憲民主党などが頑迷にそれを主張し続けるのは、松下政経塾で学んだ「政治」を墨守し、”ザイム真理教”とヤユされるくらい、増税を前提とした財政再建論や国家論を財務官僚と共有しているからです。こんなのが野党であるわけがないのです。

まして、ノブタ待望論なんて気が狂っているとしか思えません。しかも、彼は現在、立憲民主党の最高顧問に鎮座ましましているのでした。25年以上船橋の街頭で演説をしてきたとか、37年間駅前で早朝のビラ配りを続けてきたとか、そんなものが政治家としての彼の評価と何の関係があるというのでしょうか。村会議員じゃないのです。とどのつまり、彼の「政治」は、そんな日本の古い政治風土を体現したものにすぎないのです。選挙の際、有権者の前で土下座して支持を訴えるような、そんな世界の政治家にすぎないのです。当時の故安倍晋三自民党総裁との党首討論で見せたピエロぶりが、すべてを物語っているでしょう。

シャンタル・ムフは、デモクラシーの根源化(ラディカル・デモクラシー)による闘技的な政治を復活するためには、〈中道〉化した左派リベラルが忌避してきた議会外の街頭闘争の政治的効果インパクトを再評価することが大事だと言います。

誰も言わないけど、今の裏金問題も、たとえそれが権力闘争であっても、山上徹也のテロが遠因になっているのはたしかでしょう。そのインパクトは、ことの良し悪しを越えて否定することができないのです。

 リベラルな論者たちが装ってきたものとは異なり、国家は中立的な領野ではない。それはつねにヘゲモニーによって構造化されており、対抗ヘゲモニー的な闘争にとって重要な足場を構成している。しかし、国家は介入のための唯一の足場というわけではない。政党と運動を対立させたり、議会内と議会外の闘争を対立させることは拒否されなければならない。民主主義の闘技モデルにしたがえば、民主主義の根源化のために介入すべき多様な闘技的公共空間が存在する。議会という伝統的な政治空間は、政策的決定が行われる唯一の空間ではないということだ。代表制は重要な役割を保持もしくは回復すべきではあるが、民主的な新しい形態には、民主主義の根源化が必要となる。
(同上)

2023.12.23 Sat l 社会・メディア l top ▲
ダイソー



■「ダイソー」の買収


Yahoo!ニュースにも転載されていましたが、朝鮮日報の報道によれば、100円ショップの「ダイソー」を運営する大創産業の全株式を韓国で「ダイソー」を運営する牙城ダイソーが約5000億ウォン(約550億円)で取得し、「ダイソー」が完全に韓国資本の会社になったそうです。

朝鮮日報日本語版
韓国ダイソー、日本・大創産業の全持ち株を取得

記事にもあるように、もともとは韓国で100円ショップを運営していた牙城ダイソー(当時は別名)に、日本の大創産業が2001年に4億円を投資して株を取得、社名を牙城ダイソーと改めたのが両社の提携の始まりだったのですが、いつの間にか立場が逆転してしまったのです。

日本の大創産業から経営参加と配当金増額の要求があったため、じゃあということで全株式を取得することにした(つまり、実質的に買収した)そうです。

急激な円安により100円ショップの経営が圧迫されているのは想像に難くありません。100円ショップのような業態は円高だから成り立つビジネスモデルなのです。

大創産業の創業の地が広島なので、ネトウヨはまたぞろ大創産業を”在日認定”するのかもしれませんが、そんな稚児じみたワンパターンの妄想で現実から目を反らすのではなく、これも落ちぶれていく日本を象徴するニュースと捉えるべきなのです。

2001年に投資した会社から2023年に逆に買収されたという、この20年の時間は文字通り日本が先進国から転落していく過程でもあったのです。

かつて政治が二流でも経済が一流だから日本は大丈夫だ、と経団連のチンケな老害経営者たちが嘯いていましたが、今や政治も経済も完全に底がぬけてしまったのです。

■大谷は「ニッポン凄い!」の最後の砦


既に国民の平均年収も韓国にぬかれており、その現実を考えると今回の買収も別に意外な話ではありません。なお、OECDが発表した2022年度の平均年収(為替レート換算)は、韓国は20位で日本は21位です。

テレビも一時は100均は日本が世界に誇るコンテンツだとして、特集番組などを組んだりしていましたが、いつの間にか「ニッポン凄い!」ではなく「韓国凄い!」になっていたのです。もうその手の番組も姿を消すでしょう。

で、現在の「ニッポン凄い!」は何と言ってもドジャースに移籍した大谷でしょう。連日、大谷の話題ばかりでうんざりしますが、平均年収が21位の国にとって、大谷は世界に誇る唯一のコンテンツ=自慢なのかもしれません。もう誇るものはスポーツ選手しかいないのかと思ってしまいます。

■ブルーリボンは「売国」の印


日本は美しい国、「ニッポン凄い!」と言い、国民に「愛国」を強要する一方で、こそこそとザル法の網の目をかいぐぐって裏金作りに腐心していた政治家たち。彼らは日本人の魂を”反日カルト”に売り渡した”売国奴”であったにもかかわらず、「愛国」政治家としてネトウヨからヒーロー扱いされていたのでした。彼らの襟に付けられたブルーリボンのバッチは、「愛国」ではなく「売国」の印だったのですが、検察の怒りに触れたのもそれゆえだったのかもしれません。この国に愛国者なんていないのです。白亜の御殿に住む”極右の女神”に象徴されるように、「愛国」ビジネスがあるだけです。

政治家が犯罪者で”売国奴”だから検察が力を持ち、検察独裁ファッショになってしまうのです。その点では韓国と五十歩百歩なのです。今まで裏金の「う」の字も報道しなかったくせに、ここに来て「検察バンザイ」のオンパレードになっているメディアの姿勢もまた、多分に危ういものがあり、違和感を抱かざるえを得ません。もちろん、「検察バンザイ」に便乗するだけの”多弱”の野党も然りです。

■子育て支援の本末転倒


左右を問わず子育て支援が金科玉条の如く絶対視されていますが、逆に子育て世帯だけが年収が増えているという統計もあるそうです。豚の子どもではないのですから、奨励金を出すので「産めよ増やせよ」というような話ではないでしょう。少子化や未婚率の上昇は、文化の問題(人生に対する価値観の問題)なので、政治ではどうすることもできないのです。その一方で、大半の高齢者は年収100万円台で、文字通り爪に火を点すようにして老後の生活を送っているのです。生産しない年寄りは用なしなのかと思ってしまいますが、それでは杉田某の発想と同じでしょう。

先進国のふりして子育て支援などと言い出し、そのために貧国対策がなおざりにされ、社会保障費を削ったり増税(社会保険料の上乗せ)したりするのでは本末転倒もいいところです。この格差社会をどうするかということがもっとも大事で喫緊な問題のはずですが、与野党問わずそういった視点が今の政治には決定的に欠けているのです。

もはや日本は先進国ではない、中国に対抗する国力もない、ということを虚心坦懐に認識すべきでしょう。タイから来た観光客が1万5千円の牛肉に舌鼓を打ち、「これは安いですよ」とのたまっているのを見て、どう考えるかでしょう。「ニッポン凄い!」と誤魔化している場合ではないのです。

日本は「安い国」になる一方なので、これからも「ダイソー」買収のようなニュースが出て来るに違いありません。


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2023.12.15 Fri l 社会・メディア l top ▲
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(public domain)



アジア記者クラブのXに次のような投稿がありました。



このように一部の左派の間で、周庭氏の事実上の亡命表明に対して、同氏がCIAのスパイであったかのような陰謀論が飛び交っているのでした。

私には「語るに落ちた」「贔屓の引き倒し」という言葉しか浮かびません。周庭氏がCIAのスパイなら、夫子は中国共産党の走狗じゃないかと言いたくなります。

私はへそ曲がりなので、米中対立に関しても、どっちかと言えば中国を擁護するようなことを書いていますが、しかし、この陰謀論は見逃すことはできません。

もちろん、香港の民主化運動にアメリカの思惑が絡んでいるのは事実かもしれません。香港の民主化運動を米中対立の文脈で語るような視点をまったく否定するものではありません。それに、彼女はまだ27歳の若い女性なので、「おそらく一生、香港に戻ることはない」という人生の大きな決断の裏に、彼女を庇護する人たちや組織があるのは当然でしょう。

しかし、自由を知っている香港の学生たちが”香港の中国化”に対して異議を申し立て、立ち上がったのはまぎれもない事実です。21世紀は大衆蜂起の時代だと言ったのは笠井潔ですが、大衆蜂起の政治的な意味合いを根底から否定するような陰謀論はまったく反動的だし、何より「一生逃亡者として追われる」と香港政府(=中国共産党)から脅しをかけられている周庭氏のことを考えると、鬼畜であるとさえ言えるでしょう。

ハマスとイスラエルの戦いではないですが、中国共産党に異議申し立てを行った香港の学生たちは、それこそ巨象に挑む蟻のようなものです。しかし、蟻の一穴ということわざもあるように、香港の学生たちの自由を求める声が、たとえば、習近平のゼロコロナ政策に抗議する市民の「白紙運動」や、デモで掲げられた「独裁反対」のスローガンなど、中国国内の異議申し立てに影響を与えていたのは否定しようのない事実でしょう。

アジア記者クラブは”市民派”ジャーナリストの集まりと言われていますが、しかし、Xの投稿を見ると、みずからが取材した事実に基づいたものではなく、大半が他のメディアの記事を恣意的に引用したものにすぎません。そもそも彼らは、ジャーナリストの仕事をしているのかと思ってしまいます。

何だかジャーナリストを僭称する(親中派の)活動家のような感じさえするのでした。アジア記者クラブではなく「中国記者クラブ」、あるいは「人民日報友の会」と看板をすげ変えた方がいいんじゃないかと言いたくなります。

戦史/紛争史研究家の山崎雅弘氏は、過去に「中国共産党の言い分を鵜吞みにした」アジア記者クラブの主張を次のように批判していました。


アジア記者クラブは、香港の雨傘運動だけでなく、天安門事件の学生たちも単なる「暴徒」にすぎないと言っています。彼らに言わせれば、民主化を要求するのはみんな「暴徒」でアメリカのスパイなのです。

やたら国旗の絵文字を多用した”おじさん構文”もそうですが、何だか左派のなれの果て、トンチンカンの極みのような気がしないでもないのです。中国共産党がなんぼのもんじゃいと啖呵を切りたくなりますが、ここにも左の全体主義が垣間見えているような気がしてなりません。


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在香港团结一致
2023.12.06 Wed l 社会・メディア l top ▲
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信濃町駅(写真AC)



■池田氏の功績と神格化


メディアにおいて戦後のタブーに「鶴タブー」と言われるものがあります。言うまでもなく、創価学会のタブーです。今は絶縁していますが、創価学会がかつて信仰していた日蓮正宗の紋が鶴だったことから、そう言われているのだそうです。

創価学会は、東京都から認可を受けた「宗教法人」ではあるものの、もともとは日蓮正宗という日蓮宗から派生した新興宗教の門徒の団体だったのです。

1930年(昭和5年)に、日蓮正宗の信徒であった牧口常三郎氏と戸田城聖氏が中心になって、「創価教育学会」として創立されたのがはじまりです。「創価教育学会」に集まったのは、「教育信徒」と呼ばれるコアな信者たちでした。

牧口氏と戸田氏はともに苦学して教師になった人物で、「創価教育学会」は人生哲学の勉強会の性格が強く、当初は宗派を問わず誰でも入会できたそうです。しかし、二人が日蓮正宗の信徒であったことから、のちに日蓮正宗の信徒であることが入会資格になったそうですが、宗教学者の中には、どうして日蓮正宗の信仰が入会条件になったのか未だに理解できないと言う人もいるそうです。つまり、彼らが究める人生哲学と日蓮正宗の教学には、それほどの関連性がなかったということです。

二人ともに元教師ですが、牧口氏は学究肌、戸田氏は山っ気の多い事業家といった感じで、その気風はまったく違っていたそうです。

なお、創価学会では伝道のことを「折伏(しゃくふく)」と言って、かなり過激で執拗なものだったそうで、特に戦後、なりふり構わず組織拡大をめざした戸田・池田時代の「折伏」は世間からも恐れられ、それが未だに残っている”創価学会アレルギー”の一因になったことはたしかでしょう。

戦前の日本は、今の靖国神社に象徴されるように、天皇を神と崇めるための国家神道の体制だったのですが、そのために国家神道を認めない「創価教育学会」は、戦時中にほかの神道系の新興宗教やキリスト教などとともに淫祠邪教と見做され、治安維持法違反で弾圧されたのでした。牧口常三郎氏も戸田城聖氏も不敬罪で逮捕され、そして、初代会長の牧口常三郎氏が高齢ということあって獄死するのでした。

創価学会と名乗るのは戦後で、敗戦後の1946年(昭和21年)、二代目の会長になった戸田城聖氏が「創価教育学会」を創価学会と名称を改めて、信徒団体として再出発してからです。

戸田城聖氏は、1958年(昭和33年)に亡くなったのですが、そのあとを継いで1960年(昭和35年)に32歳で第三代会長に就任したのが池田大作氏です。

池田大作氏は、1928年(昭和3年)1月2日、東京府荏原郡入新井町大字不入斗いりやまずで、海苔製造業者(海苔漁師)の池田子之吉ねのきちいちの五男として生を受けました。

出生地の東京府荏原郡入新井町大字不入斗は、現在の東京都大田区大森北です。JR大森駅東口から京急の大森海岸駅に向かって歩いたあたりだそうです。しかし、2歳のとき、一家は羽田町大字糀谷こうじやに移転しています。

池田大作氏は、6人きょうだいの五男として生まれたのですが、その後も家族が増え、最終的には養子も含めて池田家は10子になったそうです。文字通り、貧乏人の子沢山を地で行ったのでした。

しかも、池田氏が尋常小学校2年のときに、父親がリウマチで寝たきりになり、一家の生活を支える働き手を失うことになります。さらに、日中戦争が拡大の一途を辿ったことで、既に社会に出ていた池田氏の上の4人の兄が相次いで招集され、一家の生活は貧窮を極めるのでした。

そのため、池田氏は高等小学校(現在の中学校)に入学したときから、家業の手伝いだけでなく新聞配達のアルバイトを始めるのでした。ところが、生来の虚弱体質に加えて栄養失調と過労によって、池田氏自身も「肋膜」(結核)にかかるのでした。まさに踏んだり蹴ったりの少年時代ですが、ただ、学業は優秀とは言えなかったものの、真面目な性格であったのは事実のようです。

後述する『池田大作「権力者」の構造』(1981年三一書房)の中で著者の溝口敦氏は、次のように書いていました。

 少年時代から彼は稼ぐに追いつく貧乏なしという哲学の実践者であることを強いられ、貧乏への彼の対応は、ひたすら労働と親孝行だけであった。彼は遊びざかりを労働で過ごした。


※以下、「ディリー新潮」の記事に関連した部分は後日付け足しましたので、為念。

下記の「ディリー新潮」の記事によれば、池田氏が創価学会の中で頭角を現すのは、戸田城聖氏が東京都建設信用組合を破綻させ、そのあと昭和25年に愛人らを役員にした大蔵商事という小口金融の会社(今で言うサラ金の走りのような会社)を設立してからです。東京都建設信用組合の頃から「カバン持ち」として戸田氏と行動を共にしていた池田氏は、大蔵商事では営業部長として辣腕をふるって戸田城聖氏の信頼を得、創価学会内でも出世の階段をいっきに駆け上っていくのでした。そして、戸田氏亡きあと、32歳で第三代の会長にまで上り詰めたのでした。

デイリー新潮
【池田大作の履歴書】かつては高利貸しの営業部長だった…神格化のために行われた大袈裟な演出とは

池田大作氏の功績は何と言っても、創価学会の組織拡大です。戸田城聖氏が二代目会長に就任した1946年当時、創価学会の会員数は3千人程度だったそうです。それで、戸田城聖氏は「折伏大行進」なるものを掲げて、かなり過激な布教活動を進めるのでした。そして、戸田氏が亡くなる前年の1957年には75万世帯を達成したと言われています。

さらに池田大作氏は、戸田氏の「折伏大行進」を受け継いで布教活動を拡大し、1964年には500万世帯、1970年には750万世帯を達成したのです。創価学会にとって、戸田城聖氏が中興の祖であれば、池田大作氏は躍進の立役者と言えるでしょう。

大蔵商事に関して言えば、同社は手形の割引と個人向けの貸付を行っていたそうです。ただ、当時の法定金利は年利109.5%(1日当たり0.30%)で、「十一といち」と呼ばれる10日で1割という高利も当たり前の時代でしたので、かなりえげつないことが行われていたのは想像に難くありません。実際に病人の布団を剥いで取り立てたこともあるそうで、池田氏自身が「大蔵商事では一番いやな仕事をした。どうしてこんないやな仕事をするのかと思った」(継命新聞社・『社長会全記録 人間・池田大作の野望』)と述懐しているくらいです。その”体験”が「折伏大行進」に生かされたのではないか。そう思われても仕方ないでしょう。サラ金で社員にハッパをかけるのと同じように、「折伏」の進軍ラッパが鳴らされていたのかもしれません。

もっとも、この会員数はあくまで学会が公称した数字にすぎず、宗教学者の島田裕巳氏は、実際の会員数は2020年現在で177万人くらいではないかと言っていました。

組織の拡大を受けて、「国立戒壇」の悲願を達成するために政界進出をめざした池田氏は、1961年に創設された公明政治連盟を発展解消させて、1964年に公明党を作り、創価学会みずからが国会に議席を持つに至ったのでした。

躍進の立役者の池田大作氏は、その功績で神格化していきます。外部の人たちの中には、創価学会が日蓮正宗の信徒団体だと知らなかった人も多いのではないかと思いますが、それくらい学会の中では池田大作氏が教祖のように偶像視されていくのでした。

それに伴い、日蓮正宗本山との軋轢も表面化し、そして、1991年(平成3年)に創価学会は日蓮正宗から破門されるのでした。

では、現在の創価学会が信仰の対象にする「ご本尊」は何なのか。創価学会のサイトには次のように書かれていました。

創価学会では、日蓮大聖人が現した南無妙法蓮華経の文字曼荼羅を本尊としています。「曼荼羅」とは、サンスクリット語「マンダラ」(maṇḍala)の音写で、仏が覚った場(道場)、法を説く集いを表現したものです。

御本尊は、法華経に説かれる「虚空会の儀式」の姿を用いて現されています。

創価学会
創価学会とは(ご本尊)


■創価学会の”罪”と関連本


池田大作氏の死去に際して、岸田首相はみずからのX(旧ツイッター)に「御逝去の報に接し、深い悲しみにたえません。池田氏は、国内外で、平和、文化、教育の推進などに尽力し、重要な役割を果たされ、歴史に大きな足跡を残されました。ここに謹んで御冥福をお祈りするとともに、御遺族の方々および御関係の方々に対し衷心より哀悼の意を表します」と投稿したそうです。それに対して、ときの総理大臣が総理大臣名で一宗教団体の指導者の死に哀悼の意を表明するのは政教分離の原則に反するのではないかという声もありますが、彼らにそんなことを言っても馬の耳に念仏でしょう。もっとも、メディアの報道も、おおむね岸田首相の投稿と似たようなものなのです。

日本には、死者を鞭打つのは慎むべしという考えがありますが、それにしても、池田氏が率いた創価学会や公明党の”ざい”に関して、一片の言及もないのは異常です。創価学会の顧問弁護士を務めていた山崎正友氏(故人)らが暴露した、日本共産党の宮本顕治宅盗聴事件をはじめとする、創価学会が敵対する団体や個人に行った数々の謀略や工作にまったく触れてないのは、(あえてメディアの禁止用語を使えば)片手落ちと言わねばなりません。

手元の本の山の中から創価学会関連の本を探したら、『噂の真相』元編集長だった岡留安則氏(故人)の『武器としてのスキャンダル』(パシフィカ、のちにちくま文庫)と、『現代の眼』の編集長だった丸山実氏(故人)の『「月刊ペン」事件の内幕-狙われた創価学会』(幸洋出版)と、”池田批判”の嚆矢とも言うべき溝口敦氏の『池田大作「権力者」の構造』(三一書房、のちに講談社α文庫)が出てきました。

『武器としてのスキャンダル』には、公明党の初代委員長だった原島宏治氏の息子で、学会の教学部長を務め「学会きっての理論派といわれた」(同書より)原島崇氏(故人)が、山崎正友氏(故人)と組んで暴露した創価学会のスキャンダルと、それに伴って池田氏の国会喚問が与党内で浮上したことをきっかけに、公明党が自民党に接近した経緯などが書かれていました。

『「月刊ペン」事件の内幕-狙われた創価学会』(幸洋出版)では、創価学会を擁護する視点から、創価学会が行った言論弾圧事件のひとつである「『月刊ペン』事件」について書かれていますし、『池田大作「権力者」の構造』(三一書房)は、地道な取材に基づいて学会の“公式本”とは異なる視点から池田氏の半生を描いており、同書は上記のディリー新潮の記事の下敷きにもなっているのでした。

いづれまとめて(もう一度読み返して)紹介したいと思います。

また、竹中労氏も、創価学会系の総合雑誌『潮』に、牧口常三郎初代会長の生涯を描いた「牧口常三郎とその時代」を連載していて、それをまとめた『聞書庶民列伝/牧口常三郎とその時代』の4部作も持っていたのですが、それは引っ越しの際に散逸(処分?)してしまったようです。                 

ちなみに、竹中労氏は、『現代の眼』1983年3月号に書いた「駅前やくざは、もういない」(『左右を斬る』所収)という文章の中で、次のように書いています。

竹中氏は、「昭和33年の夏から34年の暮れにかけて、京浜蒲田から穴森線がカーブする、その線路際の六畳一間きりに棲んで」いたそうです。

 今日といえども、このあたりは東京都内では一、二を争う窮民街の様相を呈しています。小生の居住していたアパートは、すでに取り壊されて建てなおされ、それが早くもボロとなり果てている! さて、向こう三軒両隣のなんと四軒までが創価学会員でありまして(略)、しかも同じ工場に勤務していた。わが家の大家・差配も学会員、表に出るとてえと中華ソバ屋の若夫婦も、信心深き日蓮正宗なのです。
 とうぜん、夜討ち朝駆けの折伏です。マルクス・レーニン信じているとなどと言っても、許してくれるもんじゃない。「それが貧乏の原因だ」とおっしゃる、まことにその通り。
(略)けっきょく、折伏はうやむやになり、「学があるのに運がないんだワ」と、しまいには同情を集める身の上となりました。メシも喰わず(喰えず)、金に換える当てのない原稿を書いているところへ、稲荷ずしや菓子を差し入れてくれる。「ご本尊様にお願いしておきましたよ。きっと売れますよ」と声をかけて。涙がこぼれました、ホント。
 中華ソバ屋に至っては、小半年も出世払いにして貰ったのです。(略)もしこの親切を通りこした仏のごとき夫婦が存在しなかったら、小生は餓えて志を屈していたにちがいありません。
(『左右を斬る』幸洋出版)


また、別の箇所では、創価学会を擁護したみずからに寄せられた左派からの批判に、感情的とも言えるような反論をしている文章もありました。私も似たような経験がありますので、この文章に込められたヴナロードのような竹中労氏の気持もよくわかるのですが、ただ、個人的には”買い被り”という気がしないでもありませんでした。

上記の丸山実氏の本もそうですが、創価学会に対するネガティブな記事に対して、いわゆる”総会屋雑誌”でありながら新左翼系の総合誌という性格を持っていた『現代の眼』界隈では、まるで敵の敵は味方と言わんばかりに創価学会を擁護する(アクロバティックな)論調が展開されていたのは事実です。それを”奇妙な光景”とヤユする人もいたそうですが、しかし、岡留安則氏も竹中労氏も丸山実氏も既に鬼籍に入っています。もう今は昔なのです。

■身近にいた学会員たち


このブログでも何度も書いているように、私の田舎は九州の久住連山の麓にある山間の町ですが、中学の頃、クラスメートが夏休みに家族で富士山に登山すると言うのでびっくりしたことがありました。

今と違って、九州の片田舎から遠路はるばる富士山に登るというのは経済的な負担だけでも大変なことです。九州の山奥で暮らすクラスメートの家は決して裕福とは言えず、彼自身も中学を卒業すると関西方面に集団就職したくらいです。

山だったら、近くに久住連山や祖母傾山があるのに、どうしてわざわざ富士山に登りに行くのか。家に帰って親にその話をしたら、彼の家が創価学会の熱心な信者なので、それと関係があるんじゃないかと言っていました。今思えば、富士山ではなく、富士山の麓の富士宮市にある日蓮正宗の総本山の大石寺に参拝するということだったのかもしれませんが、何だか学校で習ったばかりのメッカ巡礼みたいな話だなと思いました。でも、日蓮正宗と絶縁した現在、創価学会の信者たちにとって、富士山はもう特別な山ではなくなったのでしょう。

九州の地元の会社に勤めていた頃、販売した商品のローンが滞った顧客の家を夜間に訪問したことがありました。その顧客は、自営で建築業だかをしていていました。国道から脇に入った田舎道を進み、さらに私道に分け入ると行き止まりの山の中腹に家がありました。しかし、家の外も中も、ゴミ屋敷とは言わないまでも思わず目を背けたくなるような荒れようでした。そんな家の中の裸電球の下に小学生くらいの子どもが3人がいるだけでした。

「お父さんは?」と訊いたら、出かけていると言うのです。「お母さんも出かけているの?」と訊いたら、急に表情が暗くなり「お母さんはいない」とポツリと言ったのでした。それで、「これをお父さんに渡してね」と言って、名刺を渡して帰りました。

同じ集落の人に聞いたら、創価学会の活動にのめり込み、「あんな風になった」と言っていました。奥さんは、宗教活動が原因かどうかわからないけど家を出て行ったそうです。一方で、創価学会の会員の人に聞くと(と言っても会社の事務員の親ですが)、「あの方は凄い人ですよ」と言っていました。何でも地区のリーダーみたいな人だそうで、事務員の親も「先生」と呼んでいました。

竹中労氏が書いているような話も事実なら、この「地区のリーダー」の話も事実なのです。と言うか、こういう話は当時はめずらしくなかったのです。世間ではそれを「宗教にのめり込む」というような言い方をしていました。

■会員の高齢化と創価学会の正念場


今から20年以上前に、仕事で新宿の四谷三丁目によく行っていたのですが、四谷三丁目の交差点には、いつもイヤホンをした男性が立ってあたりに鋭い視線を放っていました。私は公安の刑事なのかと思ったのですが、取引先の会社の人に聞くと創価学会の職員なのだそうです。知り合いは、信濃町の舗道で写真を撮っていたら、創価学会の職員らしき人物から「どうして写真を撮っているんだ?」と詰問されたそうです。「ここは天下の公道だろうが!」と怒鳴りつけたら、睨みつけながら去って行ったと言っていました。

また、別の知り合いの女の子が信濃町の路地の奥のマンションに住んでいたのですが、深夜、車で女の子を送って行くと、あちこちの路地の暗がりに揃いのジャンパーを着た男が立っているのです。「あれは誰?」と訊いたら、やはり、創価学会の職員だということでした。女の子は「あの人たちが警備しているから安心よ。助かっているわ」と呑気なことを言っていましたが、私は薄気味悪く感じてなりませんでした。

四谷三丁目のあたりには、信濃町の創価学会の本部を訪れた信徒の女性たちがよくグループで地下鉄の駅に向かって歩いていましたが、当時でも40~60代くらいの中高年の女性が多かったので、今はもっと高齢になっているに違いありません。公明党の選挙で一番手足となって動くのは婦人部だそうで、婦人部の高齢化が公明党の集票力の衰退の要因になっているという指摘もあります。

2019年と2022年の参院選の比例の得票数を比べると、2019年は653万票で2022年は618万票です。比例のピークは2005年の衆院選の898万票で、以後減少傾向を辿っているのでした。あと10年もすれば公明党の存立そのものに関わるほど、さらに深刻化しているかもしれません。

ユダヤ人と同じで、創価学会の信者が社会のさまざまな組織の中枢にいますので、未だに「鶴タブー」が存在しているのでしょうが、しかし、時代が変わり世代交代が進めば、ジャニーズや宝塚歌劇団と同じように、「鶴タブー」もタブーでなくなる日が来るかもしれません。バカバカしい話ですが、メディアなんて所詮はそんなものです。

タブーがなくなれば、創価学会は正念場を迎えるはずです。それとともに、池田大作氏も”ただの人”になっていくのかもしれません。

■創価学会の原点


人々が宗教にすがるのは、貧困と病気と家庭の不和だと言われますが、とりわけ創価学会には貧困と病気と家庭の不和に直面した地べたの人たちが多く、そのため共産党と競合し、単にイデオロギーからだけでなく日常活動においてもしのぎを削るライバルになったのだという指摘があります。

竹中労氏が言うように、牧口常三郎氏にはそんな創価学会の原点とも言える”下”の視点があり、宗教家としてのカリスマ性がありました。しかし、池田氏の場合は、大蔵商事時代の「取り立て屋」としての”成功体験”が信仰上のエポックメイキングになっているような気がしてなりません。そのため、宗教家というよりオルガナイザーといった感じで、溝口敦氏も『池田大作「権力者」の構造』の中で、池田氏は「宗教者に見られる精神の高貴さや気品に欠ける」と書いていましたが、ときに「痛く」見えるほど成金で俗っぽいイメージが強いのはたしかです。そんな池田氏も信者からは「先生」と呼ばれていたのでした。

ただ、断っておきたいのは、戸田城聖氏も長女と妻を相次いで亡くした上に自分も結核に冒され、宗教に(最初はキリスト教に)救いを求めたのは事実だし、池田大作氏も貧困と病気の中で絶望的な10代を送りながら、親孝行するために真面目に必死に生きてきた中で、宗教に救いを求めたのは事実なのです。そのことは否定できないのです。

そして、戸田氏は30歳のときに牧口常三郎氏とともに創価学会を設立し、池田氏は19歳でその創価学会と出会うのでした。それは、日蓮正宗の教学とは異なる、彼ら自身が作り上げた人生哲学(生きるしるべ)ともいうべきものです。彼らは、それに不幸を絵に描いたような、みずからの人生の救いをみずからで求めたのです。創価学会が下層の人々の信仰を集めたのもむべべなるかなと言うべきでしょう。
2023.11.21 Tue l 社会・メディア l top ▲
女帝小池百合子



何故か文春オンラインに、小池百合子都知事の学齢詐称問題に関して、『女帝 小池百合子』の著者の石井妙子氏の記事がアップされていました。

文春オンライン
テレビ番組で「大胆不敵すぎる嘘」をついた瞬間も…政治家・小池百合子が語ってきた「華麗なる経歴のほころび」

「選挙もミニスカートで通します」と宣言…40歳で政界入り、小池百合子が見せたライバルへの「容赦ない攻撃」

「小池百合子さんはカイロ大学を卒業していません」かつての“同居人”が実名証言を決意した理由とは

小池百合子都知事の「学歴詐称疑惑」に元同居人がカメラの前で覚悟の実名証言をした

2020年に発売になった『女帝 小池百合子』が文庫に入ったので、その販促のためなのかと思いましたが、販促にしては「学歴詐称」を証言した元同居人の「早川さん」が(リスクを冒して)実名を公表し、ビデオであらためて証言するなど、結構手の込んだものになっているのでした。

新型コロナウイルスでも、フリップ芸と言われた小池都知事のパフォーマンスは常に注目を集め、このブログでも書きましたが、さながら「一人勝ち」の様相でした。

政界入りしてからも、「政界の渡り鳥」「爺々殺し」などと言われ、そのときどきの権力者にすり寄りながらパフォーマンスの”能力”を如何なく発揮して今日の地位を手にしたことは、今更説明するまでもないでしょう。もちろん、そこには、橋下徹氏など同じように、無定見なメディアの側面援助(ヨイショ)が大きな役割を果たしたことは言うまでもありません。

しかし、小池百合子氏は、あくまで「政界の渡り鳥」「爺々殺し」であり、パフォーマンスの”女王”にすぎないのです。「女性初の自民党総裁候補」「女性初の東京都知事」という肩書も、”政界の華”としてのそれでしかないのです。「権力と寝る女」などとヤユされましたが、権力者にとっては、利用価値のある女性でしかなかったのです。それは、ヨイショしたメディアも同じでしょう。

国政進出を狙った希望の党が野党分断のためだったのか、それとも本人の権力欲のためだったのかわかりませんが、あの騒動を見ても、彼女があくまで利用価値のある存在でしかないということをあらためて痛感させられたのでした。

解散総選挙はどうやら来年に延びたようですが、解散総選挙というこのきな臭い時期と学歴詐称の再浮上が関係あるのか。あるいは、既に任期が1年を切った次期都知事選が関係しているのか。そんなうがった見方をしてみたくなるのでした。

今も財務副大臣のスキャンダルがメディアの餌食になっていますが、どうして日本の政治家はこんな「下等物件」(©竹中労)ばかりなのかということを考える上でも、小池都知事の「学歴詐称」問題は面白い(と言ったら語弊がありますが)テーマだと思います。

個人的には石原慎太郎や安倍晋三ほど嫌いではありませんが、ただ、朝日新聞の伊藤正孝氏(元朝日ジャーナル編集長)との関係を見てもわかるように、メディアがつくった”虚人”であることはたしかでしょう。

下記の『女帝 小池百合子』の感想文をご参照ください。


関連記事:
『女帝 小池百合子』
2023.11.10 Fri l 社会・メディア l top ▲
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■ヤフコメが消えた


11月1日、朝日新聞デジタルに、次のような署名記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
3社の記事からヤフコメが消えた 苦悩するメディア「我々は傭兵」

2022年初めに、突然、「NEWSポストセブン(小学館)、週刊女性PRIME(主婦と生活社)、東スポWEB(東京スポーツ新聞社)の3媒体のすべてのエンタメ記事から、『ヤフコメ』と呼ばれるコメント欄が消えた」のでした。

私もそれは気付いていました。ただ、私は、三社がコメント欄を閉鎖するようにヤフーに要請したのではないかと思っていたのです。

ところが、話は逆だったのです。あくまで業界関係者の推測ですが、どうやらヤフーによる一方的な処置だったようです。

記事は、そこに至った”裏事情”を次のように書いていました。

 21年10月、当時、週刊誌などでは秋篠宮家の長女眞子さんと小室圭さんの結婚をめぐるバッシング報道が過熱していた。ヤフコメの投稿は批判的な内容が相次ぎ、過激さを増していた。

 対応が必要と考えたヤフーは同19日、誹謗(ひぼう)中傷など違反とみなされる投稿が一定数に達した記事のコメント欄を丸ごと非表示にする機能を導入。さらに、メディア関係者によると、ヤフーの担当者から、複数の出版社あてに「皇室記事の提供は控えてほしい」と要請があった。

 11月になると、ヤフーはメディア各社に「過剰に扇動的な記事にならないように」と注意を促すメールも送付。正確性を欠き、誤解を招く表現が使われた記事が悪質なコメント投稿を誘引している、と指摘した。

 3媒体のコメント欄が消えたのは、ヤフーの要請に従わず、記事を提供し続けたからではないか。メディア関係者の一致した見方だ。ヤフー側からの詳細な説明はなく、業界内では動揺が広がった。


何のことはない、三社が炎上目的で(バズらせるために)必要以上にバッシングの記事を書いたために、ヤフーからペナルティを課せられたのです。言うなれは、ヤフーから”糞メディア”と認定されたようなものです。

■皇室への忖度


でも、メディアとヤフーは、記事をバズらせてPVを稼ぎ、それを広告収入につなげるという、ニュースをマネタイズする手法においては、呉越同舟、同じ穴のムジナであったはずです。

それがどうしてヤフーから梯子を外されたのか。それは、三社が執拗に繰り返したのが、「秋篠宮家の長女眞子さんと小室圭さんの結婚をめぐるバッシング報道」だったからです。

在日朝鮮人や生活保護受給者やフェミニストや左派系文化人に対する「バッシング報道」ではないという点が、今回のペナルティのポイントです。

記事の中で、宍戸常寿・東大大学院教授(憲法)が言うように、ヤフーが主導する今回の処置が、「言論の自由」の根幹に関わる問題を含んでいるのはたしかでしょう。

また、記事が書いているように、「消費者のニュースへの接点が、紙媒体からデジタルに移行するなか、ヤフーはニュースの『差配役』としての存在感を強めている」のはそのとおりでしょう。

■ヤフーのご都合主義


ヤフーは、皇室関係の記事にはこのような厳しい処置を講じるものの、週刊誌やスポーツ新聞による低俗な「コタツ記事」に対しては、相変わらず見て見ぬふりをしているのです。別に人権感覚に基づいてペナルティを与えたのではないのです。

何度も言うように、ヤフーにとってニュースの価値は、どれだけバズるか、どれだけマネタイズできるか(PVを稼いで広告収入を得ることができるか)だけなのです。そのために、バズらせるのに好都合な最低の日本人にニュースを語らせる場として、つまり、水は常に低い方に流れるネット民の”餌場”として、ヤフコメがあるのです。ただ、その中で皇室関係の記事は別だよと言っているだけです。

たしかに、小室圭さんと眞子さんの結婚に対するバッシング報道は常軌を逸しており、私もずっと批判してきました。ただ、問題はそれだけではありません。小室圭さんと眞子さんの報道は氷山の一角にすぎず、問題はヤフコメの存在自体にあるのです。差別ヘイトの温床であり、排外主義的なカルト宗教の信者たちの巣窟になっているコメント欄を閉鎖しない限り、ヤフーの処置は付け焼き刃のおためごかしと言わざるを得ません。

■プラットフォーマーとニュースメディアの蜜月の終わり


朝日新聞は、先日、ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルなどのニュースメディアで、SNSやグーグル検索から自社サイトに流入してくる割合(トラフィック)がどんどん減っているというニューヨークタイムズの記事を掲載していました。記事が書いているように、SEOを介したニュースメディアとプラットフォーマーの蜜月も終わりを迎えつつあるのです。それが“ネットの時代”の次の位相です。

朝日新聞デジタル
ニュースと決別するSNS メディアに深刻な打撃 NYT【前編】
ニュースと決別するSNS メディアに深刻な打撃 NYT【後編】

身も心もプラットフォーマーに売り渡したような低俗な記事を量産して、その場凌ぎの延命策に頼る旧メディアの姿勢は、所詮は軽慮浅謀な弥縫策にすぎないのです。

ネットの守銭奴たるヤフーにコメツキバッタのように媚びへつらうその姿のどこに「言論の自由」があるというのか。そんな言葉を口にするのさえ片腹痛いと言えるでしょう。もとより、ヤフーに「言論の自由」をいいように食い荒らされても、彼らは痛痒さえ感じてないのかもしれません。


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ヤフコメのアンケート
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
ネットの「責任」と「倫理」
PV至上主義
2023.11.02 Thu l 社会・メディア l top ▲
アゾフ連隊





■何を今更の記事


ウクライナに関して、最近、何を今更のような記事が出ていました。

47NEWS
「汚職大国」ウクライナへの巨額支援、流用の恐れはないのか 高官の逮捕・更迭相次ぐ 総額36兆円・日本1兆円超 復興でさらに膨らむ

ウクライナが「汚職大国」であるというのは、この私でさえ今まで何度も書いてきたことです。でも、日本のメディアは「ウクライナかわいそう」一色に塗られ、そういったウクライナの暗部には目を瞑ってきたのでした。

記事によれば、7月31日の時点で、アメリカ・ドイツ・イギリスの三国だけで、支援額は2300億ユーロ(約36兆3000億円)になっているそうです。また、日本の支援額も76億ドル(約1兆1300億円)に上っているそうです。

はっきり言って、そのかなりの部分はドブに棄てるようなものでしょう。このお金を国内の貧国対策に使えばどんなに助かる人たちがいるだろうと思うのは私だけでしょうか。

今になってこんな話が出て来るというのは、欧米の議会でウクライナ支援に疑義を唱える声が大きくなっているからだと思います。「支援疲れ」という見方もありますが、風向きが変わりつつあるような気がしてなりません。

先日も、多くの避難民を受け入れ、軍事支援している隣国のポーランドのモラヴィエツキ首相が、穀物輸入(輸出)をめぐる対立からウクライナへの武器供与を停止することを表明したというニュースがありましたが、”支援の輪”にほつれが出始めているのは間違いないでしょう。

また、言いにくいことを言えば、汚染水の海洋放出における福島の被災住民と同じように、ウクライナの避難民が、(本人の意思とは別に)ウクライナ政府のプロパガンダに利用されている側面も見過ごしてはならないでしょう。

ゼレンスキー大統領は、先日の国連総会でアメリカを訪問して、バイデン大統領と会談した際、アメリカは「歴史的な武器の共同生産を決定」したと述べ、その成果を強調したのですが、しかし、アメリカも一枚岩ではないのです。新年度予算をめぐる民主党と共和党の対立でも、巨額のウクライナ支援が焦点になっているように、ゼレンスキー大統領の発言に顔をしかめている国民も多いはずです。

エネルギー価格の高騰に伴う物価高もそうですが、これほどの痛みを強いられてもなお、「世界」はウクライナと運命をともにするのかということでしょう。しかも、そのウクライナは「汚職大国」で、支援も穴の開いたバケツに水を灌ぐに等しいような状態なのです。

もちろん、この場合の「世界」と言うのは、欧米や日本などのいわゆる旧西側諸国にすぎません。人口比で言えば世界の半分以上の国は、ウクライナ支援に反対、若しくは二の足を踏んでいるのです。世界もまた一枚岩ではないのです。

関連記事:
腐敗国家ウクライナと軍事支援
誰が戦争を欲しているのか

■ネオナチの拡散というもうひとつの暗部


ウクライナの問題はそれだけではありません。ネオナチの拡散という問題もあります。この問題については、メディアは依然目を瞑ったままです。

ウクライナでバージョンアップされたネオナチが、やがてヨーロッパ各地に拡散され、深刻な事態を招くのは目に見えています。自業自得と言えばそれまでですが、ヨーロッパの民主主義に大きな脅威になるのは間違いないでしょう。

アメリカの支援に、民主党政権と関わりが深い防衛産業や、ウクライナの農業に深く関与している穀物メジャーの思惑が絡んでいることは今までも指摘されてきました。ウクライナの農地の多くをアメリカのカーギル、モンサント、デュポの穀物メジャーが所有し、ウクライナの農民は半ば農奴のような状態に置かれているというのは、戦争前から言われていました。ここでもみずからの利益のためには手段も結果も問わない(戦争も厭わない)、”資本の暴走”が垣間見えるように思います。

2014年にウクライナのガス企業ブリスマの幹部に就いたバイデン大統領の息子のハンター・バイデンが、ウクライナの生物兵器の開発にも関わっていたのではないかという疑惑もあります。アメリカにとって(バイデン一族にとって)ウクライナは、ある日突然ロシアから侵略された「かわいそうな」国だったわけではないのです。ウクライナ戦争の前から深い関りのある「おいしい」国だったのです。そのため、ウクライナ戦争の背景に、オレンジ革命(2004年)やマイダン革命(2014年)を画策してウクライナを植民地化したアメリカ帝国主義と、それに危機感を抱いたロシアとの対立を指摘する声もあるのでした。

このままエスカレートすれば、ゼレンスキー大統領が示唆しているように、第三次世界大戦だって起こり得るかもしれません。そもそも、ゼレンスキー大統領自身が第三次世界大戦や最終戦争を志向しているのではないかと思えるほど、その発言のかなりの部分はネオナチもどきのものです。

何度も言うように、ウクライナが「かわいそう」なのはその通りですが、しかし、それはあくまで一面にすぎないのです。ウクライナには、戦争前から人身売買や薬物製造や軍事物資の横流し、それにアゾフ連隊のようなネオナチが跋扈して、LGBTやロマなどの少数民族やロシア語話者や労働運動家に対する誘拐や殺害などの現実が存在していたのでした。そういった腐敗した国家のあり様も、今回の戦争とまったく無関係ではないことをもっと知る必要があるでしょう。

関連記事:
ロシアとウクライナ あえてどっちもどっちと言いたい
ウクライナのアゾフ大隊
ウクライナに集結するネオナチと政治の「残忍化」
2023.10.01 Sun l 社会・メディア l top ▲
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(イラストAC)



■斎場利用料金の値上げ


ある葬儀場のサイトを見ていたら、利用料金改定のお知らせが出ていました。そこは民間の斎場ではなく、公的機関からの仕事を受託する非営利団体の斎場です。

今まで9万円弱と7万円弱だった式場がいづれも22000円値上げするのだそうです。値上げ率は25〜30%です。これらの金額は、2時間程度の通夜や告別式で利用する際の料金(部屋代)です。「国際的なエネルギー価格高騰により」とお決まりの理由が書かれていましたが、式場にかかる経費は電気代と清掃代くらいのものでしょう。いくら何でもこんなに維持費が上がっているはずはありません。

もう何でもありなのです。

■「便乗値上げ」のオンパレード


こういった話は枚挙に暇がありません。以前は「便乗値上げ」という言葉がありましたが、死語になったのか、最近はほとんど聞かれなくなりました。

何だかウクライナ戦争を奇貨に、我も我もと値上げに走っている感じです。本来はこういうのを“強欲資本主義”と呼ぶべきではないでしょうか。

この物価高は、言うなれば身から出た錆のようなものです。ウクライナ戦争に深く関与し戦争を泥沼化させた挙句、資源大国のロシアを敵にまわしてエネルギー価格の高騰を招いてしまったからです。

挙句の果てには、「エネルギー価格の高騰」を錦の御旗にした「便乗値上げ」のスパイラルのようなものが生まれてしまったのです。

何だかみんなが値上げするので、値上げしなければ利益が減る、値上げしなければ損だとでも言いたげで、需要と供給という経済の原則とはまったく無縁なところで、国民経済が揺れ動いているのでした。

まさに値上げが値上げを呼んで、際限のない物価高になっているのです。その一方で、コスト上昇を価格に転嫁できない川下の(末端の)業者は、たとえばホーユーのように息絶えて倒産していくしかないのです。

さらには、役所まで物価高に便乗している感じで、公共料金の値上げや増税も目白押しです。

このまま行けば国民経済は破綻しかねないでしょう。にもかかわらず、あの信じられないくらい他人事で能天気な総理大臣を見るにつけ、唖然とせざるを得ません。誰でもいいからあいつを止めてくれと言いたくなります。

■松尾潔氏の発言


汚染水の海洋放出でも、マイナンバーカードでも、インボイス制度でも、景気対策でも、閣僚人事でも、二言目には「丁寧に説明して」と言いながら、丁寧に説明する気などさらさらないのです。それでも、野党はあってないようなものだし、「言論の自由」ランキング68位の国で、メディアによる「権力監視」も有名無実化しているので、反対意見は徹底的に封じ込められ、まるで独裁国家のようにやりたい放題のことがまかり通っているのでした。

『サンデー毎日』の今週号(10/8号)で、「ジャニーズ性加害と日本社会の民度」というテーマで、近田春夫・田中康夫両氏と鼎談をしていた松尾潔氏は、ジャニー喜多川氏の性加害をみんな見てふりしてきたことについて、「実情は、強者になびくというより、少数派になることへの恐怖が肥大化しているんだと思うんですよ」と言っていましたが、言い得て妙だと思いました。

松尾氏は、承知のように、性加害問題に関連してラジオ番組でジャニーズ事務所を批判したことで、ジャニーズ事務所と親しい関係にある山下達郎・竹内まりや夫妻の意向により、彼らが経営するスマイル・カンパニーから追われることになるのですが、山下達郎・竹内まりや夫妻のゲスぶりは論外としても、松尾氏の発言を日本特有の同調圧力を支える集団心理と読み替えることもできるように思います。

そして、それは今の「便乗値上げ」にも、同じ心理がはたらいているような気がしてなりません。

■オキュパイ運動


昨日、アメリカのフィラデルフィアで、若者たちがコンビニやアップルストアやドラックストアなどを次々と襲撃して、商品を略奪する事件が起きたというニュースがありましたが、その手の事件は今や全米各地に広がっているのだそうです。私は、そのニュースを見て、かつてのオキュパイ運動を思い出しました。

そこに垣間見えるのは、経済格差により社会の底辺に追いやられた、持たざる者たちの直接行動の思想です。そして、それは、かつて「We are the 99%」「ウォール街を占拠せよ」というスローガンを掲げて行われたオキュパイ運動と通底するものがあるように思えてなりません。

この真綿で首を絞められるような何でもありの物価高の中で、自己責任なんてくそくらえ、奪われたものを奪い返せ、そんな考えが益々リアルになっているような気がします。

■アマゾン配達員たちの直接行動


それは過激な例だけではなく、例えば、アマゾンで配達を担う若者たちが労働組合を結成し、プライムデーに合わせてストライキを決行するなど、その活動は世界的に広がっていますが、そこにも直接行動の思想を見ることができるように思います。

日本でもアメリカの運動に呼応して、労働組合結成の動きが始まっているそうです。日本の配達員は、二次下請けの運送会社から個人事業主として配達を委託されるケースが多く、そんな何の保証もない昔の”一人親方"のようなシステムにNO!を突きつけるべく、配達をボイコットするなどの活動が既に始まっているそうです。これなども蟻の一穴になり得るような直接行動の思想と言えるでしょう。

派遣やパート労働者や、あるいは低賃金で劣悪な労働環境の下にある介護労働者の中から、本工主義の"連合型”労働組合ではない(自分たちを差別し排除してきた労働組合ではない)、新しい労働組合が生まれるなら、そこには必ず直接行動の思想も生まれるはずです。要求が切実であればあるだけ、直接行動に訴えるしかないのです。

■汚染水の海洋放出は「安物買いの銭失い」


汚染水の海洋放出にしても、自分の尻に火が点いているのに、偏狭なナショナリズムで隣国を見下しても、それは空しい(文字通り「バカの壁」と呼ぶしかないような)現実逃避にすぎないのです。中国なにするものぞと痩せ我慢していた政府も、ここに来て、ホタテを一人5枚食べようなんて国民に呼びかけていますが、そんなネトウヨまがいの政府にいいように踊らされているだけなのです。

田中康夫氏は、自身のブログで、汚染水の海洋放出を「安物買いの銭失い」だと書いてしました。

田中康夫の新ニッポン論
「福島第一原発を巡る『安物買いの銭失い』」まとめサイト

(略)中国、ロシア両政府は去る7月、共同提出した20項目の質問リストで「周辺諸国への影響が少ない」大気への水蒸気放出を提案するも日本政府は、海洋放出の必要経費34億円よりも10倍コスト高の水蒸気放出は経済的合理性に欠けると鰾膠(にべ)も無いゼロ回答。が、好事魔多し。「風評被害」を喧伝(けんでん)する経済産業省は漁業者への需要対策基金300億円、事業継続基金500億円を想定。東京電力も沖合放出の本体工事等に400億円を積算。1200億円もの「安物買いの銭失い」状態です。


でも、こんな”正論”も今の日本では謀略論、中国共産党の手先と言われるだけです。それどころか、「汚染水」という言葉を使っただけで袋叩きにされるあり様なのです。

■21世紀は民衆蜂起の時代


このとどまるところを知らない物価高は、資本主義の自壊とも言うべき”資本の暴走”です。革命の歴史がないと言われる日本でも、百姓一揆や米騒動や、あるいは秩父困民党の武装蜂起など直接行動の歴史は存在しているのです。

21世紀は民衆蜂起の時代だと言ったのは笠井潔氏ですが、たとえITの時代になっても、私たちの間に原初的な疎外や”胃袋”の問題が存在しつづける限り、それらの歴史と切断されているわけではないのです。

むしろ、格差や貧困は深刻化する一方で、もはや他人事ではなくなっています。所詮は他人事として、ネットで身も蓋もないことをほざいて現実から目をそらす余裕などもうないはずです。
2023.09.29 Fri l 社会・メディア l top ▲
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(写真AC)



■ヤフーの表明


昨日(25日)、朝日に次のような記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
ヤフー「メディアとの契約内容の見直し検討」 公取委の報告受け表明

 公正取引委員会が、ヤフーニュースを運営するヤフーが記事の配信元のメディア各社との関係で「優越的地位にある可能性がある」と指摘する調査報告書を公表したことを受け、ヤフーは25日、「ニュース配信市場全体の更なる発展に向けて、真摯(しんし)に取り組んでいく」とする文書を公開した。

 公取委は21日、ニュースプラットフォーム(PF)事業者と、記事を提供する新聞などメディア各社の取引実態に関する調査報告書を公表した。記事使用料の支払総額でみたニュースポータルのうち、ヤフーが約半分のシェアを占めるとしたうえで、ヤフーを名指ししてメディア各社に対し「優越的地位にある可能性がある」と指摘。ヤフー以外のPF事業者についても「優越的な地位にある可能性は否定されない」とした。

 ヤフーは25日付ヤフーニュースのブログのなかで、公取委による調査報告書を受けた記事を更新。「報告書で示された考え方を踏まえて真摯に取り組んでいく必要があると考えている」と説明。そのうえで検討中の取り組みとして、提携するメディアに対し「契約内容の丁寧な説明と実績に応じた見直し」を順次行う方針を明らかにした。提供記事の読まれ方などのデータ開示やサービス仕様・ガイドラインの変更の事前説明、問い合わせ窓口の充実などを検討していく考えも示した。


公正取引委員会は、昨年の11月、ヤフーやLINEなどIT企業と報道機関のニュースコンテンツの取引実態の調査に着手し、今月の21日にその調査結果を公表したのですが、記事にもあるように、ヤフーの表明はその調査結果を受けてのものです。

記事によれば、Yahoo!ニュースは、月間のページビュー(PV)が約170億PVで、「約720のメディアが一日約7500本の記事を提供」しているそうです。また、LINE NEWSのPVは、月間約154億PVだそうです。それらの数字は、報道各社の自社サイトとは比較にならないほど莫大なものです。しかし、記事の使用料については、「個別契約のため適正価格の水準や決定根拠がわからず、メディア側には公平な交渉ができないと不満があった」ということです。

■1PV0.124円


公正取引委員会の調査によれば、2021年度にヤフーやLINEなどプラットフォーマー6社がメディアに支払った記事の対価の平均は、1ページビュー(PV)0.124円だったそうです。ただ、各社によって0.251円~0.049円までの開きがあるのだとか。とりわけ、Yahoo!ニュースは、支払総額の半分以上を占める最大の取引相手であり、「公取委はヤフーが『取引先であるメディアとの関係で優越的地位にある可能性がある』と指摘した」ということでした。

言うまでもなく、新聞を取り巻く経営環境は厳しさを増す一方です。ネットの普及で発行部数は下落の一途を辿り、2022年は3084万部で、前年比で約200万部減り、10年前より約1700万部減ったそうです。そのため、夕刊の発行をやめる新聞も相次いでいます。さらに、地域紙の中には休刊(廃刊)する新聞さえ出ているのでした。

経営環境の厳しさが増す中で、記者のリストラや取材費の削減なども取り沙汰されていますが、そうやってジャーナリズムが弱体化すれば、益々報道の翼賛化は進んでいくでしょう。

■ヤフーにとっての”ニュースの価値”


もっとも、Yahoo!ニュースの問題は、記事の使用料だけではありません。ヤフーはニュースをバズらせてページビューを稼ぐために、トップページに掲載する記事を恣意的に選択して、扇動的なタイトルを付けているのでした。ヤフーにとって、“ニュースの価値”はどれだけバズるか、どれだけPVを稼げるかということなのです。そのためには、ヘイトや誹謗中傷の巣窟と言われるヤフコメやコタツ記事は絶対に欠かせないものです。あれだけ批判を浴びても、やめようとしない理由もそこにあるのです。

たまたま先週のポリタスTVの「報道ヨミトキ」でも、この公取の調査結果が取り上げられていましたが、その中で、津田大介氏が「日本が右傾化したのは、マイクロソフト(MSN)のトップページが産経新聞の記事で覆われたことが大きい」と言っていました。たしかに、ネットの黎明期にMSNのシェアが高かった頃、MNSのニュースは産経新聞が独占していました。おそらく他の新聞社が記事の提供を拒む中で、産経新聞が火事場泥棒のように、無料化あるいは安価で記事を提供したからでしょう。

ポリタスTV
報道ヨミトキ FRIDAY #122|岸田新内閣で副大臣政務官に女性ゼロ、ジャニーズ事務所が社名変更か、公取がヤフーにニュース使用料開示を求める……|ゲスト:青木理(9/22)

しかし、現在、プラットフォーマーに記事を提供してないのは、自社サイトの有料化が成功している日本経済新聞だけです。

■「言論の自由」は絵に描いた餅


それにしても、1PV0.124円というのは、ユーチューブの配信料とほぼ同じです。新聞記事も低く見られたものだと思います。

だったら記事の提供をやめればいいじゃないかと思いますが、しかし、そうなれば、ネットにはスポーツ新聞や週刊誌のコタツ記事と産経新聞の記事ばかりが溢れ、昔の二の舞になるという指摘があります。ポリタスTVも同じようなことを言っていました。

とは言え、今のように恣意的に取捨選択した上で、ヤフコメやコタツ記事でバズらせるやり方が続く限り、この右傾化、翼賛化は避けられないのです。

GAFAに対する規制も同じですが、結局、言論に関しても国家の手に委ねるしかないというこのネットの時代においては、そもそも「権力の監視」や「野党精神」を基本とする「言論の自由」など所詮は絵に描いた餅にすぎないと言うべきかもしれません。
2023.09.26 Tue l 社会・メディア l top ▲
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(写真AC)



北原みのり氏のツイッター(今はXと言うのか?)を見ていたら、次のようなツイートがあり、思わず膝を叩きました。

私たちが日頃目にしている報道には、あきらかにメディアの印象操作があります。そして、それは言論統制とも言えるような情報管理へと収斂されていくのです。デモクラティック・ファシズムとは言い得て妙だとあらためて思います。

■中国からの「嫌がらせ電話」


たとえば、汚染水の海洋放出に関して、中国から日本の官庁などに抗議電話がかかってくることについて、日本のメディアはそれを「嫌がらせ電話」と書くのですが、そこには汚染水を「処理水」と書く日本のメディアの姿勢が如実に表れているように思います。こうやって汚染水の海洋放出が”嫌中憎韓”のナショナリズムと結びつけられていくのです。


■「頂き女子りりちゃん」の「パパ活マニュアル」


また、今、話題になっている「頂き女子りりちゃん」の「パパ活マニュアル」についても、次のようにツイートしていました。


「頂き女子りりちゃん」は、家族と折り合いが悪くて10代半ばで家を飛び出し、歌舞伎町で夜を明かすようになったそうです。そして、これもよくある話てすが、ホストに入れ上げ、その資金を稼ぐために性産業で働きはじめるのです。

今回、「詐欺ほう助」の容疑を科せられた「パパ活マニュアル」は、その体験で得たノウハウをまとめたものでしょう。「頂き女子りりちゃん」に1億円を注ぎ込んだオヤジもいたそうですから(しかも、そのオヤジは自分が騙されているという認識もなかったそうです)、その腕は相当なもので、「パパ活」、つまり、売春や疑似愛人稼業で金を稼ごうという少女たちにとっては、文字通り”活きた教科書”だったのかもしれません。

それは、学校や社会では教えてくれない、彼女たちの本音の(自前の)処世術とも言えるものです。

北原氏が書いているように、虫のいいオヤジからただ乗りされないために、金になるオヤジと金にならないオヤジを見分けるノウハウとも読めるような内容で、言うなれば、身一つで世の中の裏通りを渡り歩く彼女たちにとって、みずから身を守るためのマニュアルという側面もあるように思います。

それに、「パパ活マニュアル」が「詐欺ほう助」に当たるのなら、「パパ活」のオヤジたちは詐欺の被害者ということになります。極端に言えば、売春=女は加害者で、買春=男は被害者なのです。そんなバカなと思う人は多いでしょう。

「パパ活」のオヤジたちの大半は、学校の教師や官庁の職員や警察官やサラリーマンなど、私たちの身近にいるごく普通のオヤジたちです。

私もこのブログで何度も書いたことがありますが、発情したオヤジが街角で娘ほど歳が離れた少女に片端から声をかけている姿は、昔から渋谷などでもよく見られた、街の風物詩と言ったら叱られるかもしれませんが、そう言ってもおかしくないような光景でした。

私の知っている女子(と言っても既に30代後半の女性ですが)は、立教に通っていた頃、池袋の西口を歩いていると、スーツを着てネクタイをしたオヤジから「3万円でどう?」などとよく声をかけられたそうです。

若い女性たちの多くは、そうやって自分の肉体を男たちに(それもよりによって加齢臭が漂うイカれたオヤジたちに)値踏みされた経験を持っているのです。そして自分の若い肉体が、商品的な価値があるのだということを知るのです。まして、女子高生であれば、さらに何倍も付加価値が付くことを教えられるのでした。

同時に、偉そうに説教を垂れる学校の教師や官庁の職員や警察官やサラリーマンたちに(あるいは自分の父親に)、建前と本音があることも身をもって知ることになるのです。

マルクスは、みずからの肉体を通した労働力しか売るものを持たない人々を無産階級=プロレタリアートと呼んだのですが、それは、マルクスが説くよりもっとリアルでわかりやすい資本主義の現実と言えるでしょう。

■プラシーボ効果


さらに、北原みのり氏は、次のようなツイートもしていました。


顔の下半分に年齢が出ますよと言われ、マスクを取ったら「まあ」と驚かれるんじゃないかと恐怖を抱き、老け顔だと孫からも嫌われて暗い人生しか送れませんよと言われると、じゃあ若見え効果のあるクリームでも塗ろうか思うのでしょう。

もっとも、それは女性に限った話ではありません。

先日、高齢の男性が最近おしっこの回数が増え、特に夜間の頻尿に悩んでいるという話をしていました。それで、テレビで見た健康食品を買って飲みはじめたというのです。

私は、おしっこの回数が増えたのは前立腺肥大の可能性が高いので、泌尿器科に行ってフリバスやアボルブなどの薬を処方して貰った方が安くて早いですよと言ったのですが、しかし、彼は、自分が病気ではないと信じたい気持もあってか、どうしても広告のキャッチ―なコピーの方を信じて譲らないのでした。

変形膝関節症に関するCMも然りです。通販番組を席捲するあの膨大なCMには驚くばかりですが、潜在的な患者を含めると約3000万人もいるという変形膝関節症は、健康食品メーカーにとっても美味しい市場であることは間違いないでしょう。プラシーボ効果というのが、ホントにどれだけ心理的に効果があるのかわかりませんが、それはプラシーボ効果を狙った市場と言えないこともないのです。

■豚に真珠の日本のメディア


ラーメン屋の倒産が、前年同期の3.5倍に大幅に増えているというニュースがありました。そこには、「1000円の壁」があるのだそうです。つまり、価格を1000円にするとお客が「高い」と感じて、来客数が減少し売り上げが落ちるという法則が、ラーメン業界では通説になっているのだとか。でも、今の原材料費や水道光熱費の高騰の中で1000円以内に抑えると、利益を圧迫して立ち行かなくなるのです。ラーメン業界は、値上げするのも地獄、値上げしないのも地獄のジレンマに陥っているというわけです。

何故か誰も言わないけれど、今の物価高がスタグフレーションであり、資本主義の構造的な危機の表れであるのは明白なのです。それは、私たち自身の生活を見れば理解できる話でしょう。

でも、メディアは、ここに至っても、日本は海外に比べて物価が安いとか、経済界も大幅な賃上げの必要性を認めるようになっているとか、そんな気休めにもならない寝言みたいなことばかり言っているのです。

人手不足の問題についても、人手不足の業界が抱える低賃金・重労働の構造的な背景を見るのではなく、もっぱら少子高齢化が問題であるかのような記事でお茶を濁すだけです。

汚染水の海洋放出に関しても、原発推進の国際機関であるIAEA(国際原子力機関)のお墨付きを得たとして、一片の反対・疑問も許さないという徹底ぶりです。メディアお得意の両論併記さえ存在しないのです。

デブリ(炉心が溶融した核燃料)に触れた地下水も、冷却水と同じように海水で薄めれば問題ないという「子どもだまし」のような話が公然とまかりとおっているのです。しかも、少しでも異論をはさむと、被災住民を盾に「風評被害を振り撒くもの」「中国や韓国の反日論に与するもの」とされ排除されるのです。「汚染水」という言葉を使おうものなら、それだけで袋叩きに遭うのです。

挙句の果てには、中国では汚染水批判の反動で魚離れが起きて水産業者が苦境に陥っており、一方、日本の水産業界は”脱中国”の流れが着々と進んでいるなどと言って、負け惜しみなのか、「ざまあみろ」みたいな報道さえ出はじめる始末です。

ジャニー喜多川氏の性加害さえ報道しなかったヘタレメディアがどの口で言っているんだ、と言いたくなりますが、このようにいざとなれば挙国一致に翼賛化する日本のメディアにとって、「言論の自由」など所詮は豚に真珠にすぎないのです。


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2023.09.23 Sat l 社会・メディア l top ▲
週刊朝日7月26日号




■朝日の不作為


これは、2019年7月16日に発売された『週刊朝日』(7月26日号)の表紙です。

言うまでもなく、ジャニー喜多川氏が亡くなったときの特集号です。表紙にコラージュされているのは、過去にジャニーズ事務所のタレントたちが表紙を飾った『週刊朝日』です。今になれば悪い夢でも見ているような表紙ですが、『週刊朝日』はこれほどまでにジャニーズ事務所とベッタリだったのです。

もちろん、この私でさえ知っていたくらいですから、1988年に北公次が書いた『光GENJIへ』という本や、1999年10月から14週にわたって繰り広げられた『週刊文春』のキャンペーンや、2002年5月に東京高裁でジャニー喜多川氏の「淫行行為」は「事実」だと認定されたことや、それを追うように『噂の真相』が次々と掲載したジャニーズ事務所のスキャンダルの記事を、朝日新聞の優秀な記者であった編集長が知らなかったはずがないのです。

この追悼号の編集長は、2013年頃には旧統一教会に関する鈴木エイト氏の記事を掲載するなど、如何にも朝日らしいリベラルな編集者として知られた人だったそうです。

でも、すべて見て見ぬふりをしてきたのです。「YOU、やっちゃいなよ」なんて、これほど悪い冗談みたいなコピーはありません。性加害やハラスメントに対しての人権感覚が鈍かった大昔の話ではないのです。今から4年前の話なのです。

■外圧でやっと重い腰を上げた日本のメディア


その朝日新聞は、今日(9月13日)の朝刊で、「メディアの甘い追及と日本型幕引き 『ジャニーズ問題で繰り返すな』」という、イギリスのインディペンデント紙やエコノミスト誌の東京特派員を務めたジャーナリストのデイビッド・マクニール氏のインタビュー記事を掲載していました。

朝日新聞デジタル
メディアの甘い追及と日本型幕引き 「ジャニーズ問題で繰り返すな」

何だか自分の「不作為」を棚に上げた厚顔無恥な記事とも言えますが、もちろん、見て見ぬふりをしてきたのは朝日だけではありません。そこには日本のメディアの惨憺たる光景が広がっているのです。言論の自由などない、あるのは自由な言論だけだ、と言ったのは竹中労ですが、自由な言論の欠片さえないのです。

ジャニー喜多川氏の性加害も、イギリスのBBCの報道によって白日の下に晒され、それが逆輸入されて(いわゆる“外圧”によって)日本のメディアがやっと重い腰を上げたにすぎないのです。

■メディアの悪あがき


しかし、ここに至っても、メディアの悪あがきは続いているのでした。それは、汚染水を巡る報道とよく似ている気がします。

今月の7日に行われたジャニーズ事務所の記者会見においても、新社長に就任した東山紀之氏に対する東京新聞の望月衣塑子記者の質問が、セクハラだとか東山氏を貶めるものだとか言われ、批判が浴びせられているのでした。さらには、彼女の質問の仕方はマナーがなってない、行儀が悪いなどと言われる始末なのでした。

Yahoo!ニュース
ディリースポーツ
ジャニーズ記者会見 質問4分超の女性記者に疑問の声「自己主張をダラダラ」「悪いことした奴には失礼な対応してもいい?」

まるで記者クラブが仕切るお行儀のいい記者会見が記者会見のあるべき姿だとでも言いたげな批判ですが、記者会見に「お行儀」を持ち出すなど、日本のメディアと世論のお粗末さを象徴しているような気がします。それこそ海外のメディアから見たら噴飯ものでしょう。

■望月衣塑子記者の質問


上記の朝日の記事で、デイビッド・マクニール氏は、望月記者について、次のように話していました。

首相官邸の会見にも出席してきましたが、まず、質疑のキャッチボールがほとんどない。記者の質問の多くは形式的で、鋭い追及も少ない。これは英語では“short circuit questions and answers”と呼ばれます。おざなりで省略型の質疑、という悪い意味です。菅義偉官房長官時代に厳しい質問を重ねた記者は、私の目には、国民の疑問を代弁するという負託に応えていると映る。でも、現場では記者クラブのルールや「和」を損ねた人物と扱われます。

朝日新聞デジタル
メディアの甘い追及と日本型幕引き 「ジャニーズ問題で繰り返すな」


マナーやお行儀で望月記者を批判したディリースポーツですが、じゃあ夫子自身は突っ込んだ質問をしたのかと言えば、そんな話は寡聞にして知りません。彼らが言うマナーやお行儀というのは、忖度ということなのです。臭いものに蓋をすることです。そこにあるのは、村社会の論理です。

ジャニーズ事務所の記者会見を受けて、先日、NHKの「クローズアップ現代」が、「私たちメディアはなぜ伝えてこなかったのか」として、NHKや民放の芸能番組の制作担当者にインタビューしていましたが、彼らが言っていることはただの弁解にすぎず、それ以上でもそれ以下でもありませんでした。そこから垣間見えたのも、抗えない空気に支配され思考停止して唯々諾々と従う、日本的な村社会の論理でした。彼らは「条件反射だった」と弁解していましたが、丸山眞男はそれを「無責任の体系」と言ったのです。

記者会見で一番最初に指名され話題になった「赤旗」の女性記者にしても、当たり障りのない質問をしてお茶を濁すだけでした。「赤旗」でさえそうなのですから、あとは押して知るべしでしょう。

望月記者が東山紀之新社長に、自分のイチモツを皿の上に乗せて、後輩のタレントに「俺のソーセージを食え」と言ったのは事実かと質問すると、東山氏は「記憶をたどっても本当に覚えていない。したかもしれないし、してないかもしれない」と曖昧な答えに終始したのですが、その質問に対しても、轟々の非難が浴びせられたのでした。

しかし、イギリスのBBCがその質問を報道し、「ガーディアン」や「ニューヨーク・タイムス」など海外のメディアは、日本のメディアのあるものをないものにする往生際の悪い姿勢を揃って批判しているのでした。その最たるものがディリースポーツやJ-CASTニュースと言えるでしょう。

案の定、日が経つに連れ、東山紀之氏の社長就任は人格的にも不適任という声が沸き起こっていますが、一方で、大企業の相次ぐジャニーズ離れに対して、「タレントには罪はない」という考えを論拠にそれを疑問視する記事が、一部のスポーツ新聞や女性週刊誌に出始めています。ここに至っても臭いものに蓋をする忖度はまだ続いているのです。

ジャニーズとの決別を宣言した大企業は、そうしないと海外で事業ができないからです。スポーツ新聞や女性週刊誌のお情けに訴える疑問とはまったくレベルが異なる話なのです。

言論機関としての最低限の矜持も見識もなく、ジャニーズ事務所にふれ伏したメディアは恥を知れ、と言いたくなります。汚染水の海洋放出に関する報道もそうですが、日本の言論は異常なのです。ジャニーズの問題は、たかが、、、芸能界の話にすぎませんが、しかし、それは異常な日本の言論のあり様を赤裸々に映し出しているとも言えるのです。

ジャニーズ事務所のパシリになり、嘘八百を並べてきた芸能リポーターや芸能記者は、メディアから即刻退場すべきでしょう。その引導を渡すのが世論のはずですが、しかし、哀しいかな、世論もまた、村の一員でしかないのです。
2023.09.14 Thu l 社会・メディア l top ▲
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(写真AC)



■石田純一の姉の「孤独死」


ディリー新潮に石田純一の実姉が「孤独死」していたという記事が出ていました。

ディリー新潮
石田純一の姉(72)が都内マンションで「孤独死」していた 熱中症が原因か 第一発見者となった石田が語る「無念」

あれほどマスコミから叩かれても「お人好し」の石田純一は、新潮の電話取材に応じ、練馬のマンションで「孤独死」していた姉の第一発見者が石田自身だったことをあきらかにしたそうです。応答がないという姉の友人からの連絡で、マンションに駆け付けた石田は、警察官の立ち合いのもと鍵業者を呼んで開錠し、変わり果てた姉を発見したのだとか。

そして、記事では以下のように語っていました。

 最後に会ったのは7月末くらいで、桃子さんから「クーラーが故障した」との連絡を受けた時だという。

「たまたま家の中に使っていないクーラーがあったので、それを持っていったのですが、事情があって設置するところまでは見届けられなかった。『必ずちゃんと業者を呼んで設置するように』と言って帰ったのですが……」

 石田が届けたクーラーは、部屋の中で未使用のまま置かれた状態だった。

「『業者を呼ぶお金が足らないならばこっちで用意するから、クーラーの設置だけはお願いします』と口を酸っぱく言っていたんですが……、あれを見た時は残念な気持ちで……」

(略)

 コロナ禍もあって、桃子さんの暮らしぶりは決して良くなかったと振り返る。

「本人もプライドがあって、ずっと音楽以外の仕事は一切してこなかったんです。しかし、生活も大変で、昨年から梱包のアルバイトを始めたところでした。ただ、高齢がネックになったのか、8月初めに辞めざるを得なくなってしまった。ショックを受けていた様子だったので、それも影響したのかもしれない」


しかも、電気料金を滞納して、この酷暑の中、部屋の電気も止められていたのだそうです。

NHKのアナウンサーだった父親に溺愛され、父親の赴任に伴って渡米してピアノと出会い、帰国後、桐朋学園大学に進んで本格的に音楽を学び、音楽家・ピアニストとして活動していたお姉さんが72歳で迎えた最期。何とも身につまされる話です。

この記事がYahoo!ニュースに転載されると、さっそくコメント欄でシニア右翼のような暇人たちが石田純一を叩いていましたが、まったくクソみたいな連中だなと思いました。

■警備員の嘆き


老人介護施設で警備員をやっている知人の嘆きも止まりません。

施設では新型コロナウイルスが蔓延しており、入所者の半数以上が感染しているフロアもあるそうです。

しかし、5類に移行したからなのか、感染対策に緊張感はなく、フロアを閉鎖したりはしないので、職員たちにまで感染が広がっていっそう人手不足に陥り、応急的に短期派遣の介護員で補っているそうです。

知人は「やってられないよ」と言っていました。

介護施設の場合、ディサービスの運転手や清掃や洗濯や警備員など雑用を担っているのは、入所者と年齢がほとんど変わらない高齢者です。介護施設も御多分に漏れず給与が安いのですが、既に年金を受給している近辺の高齢者にとっては格好のアルバイト先になっているのです。

巡回に行くと、廊下で洗濯物を整理している高齢の非正規の職員と車椅子の入所者が、世間話をしている場面に出くわすことがあるそうです。年齢がほとんど変わらないので、昔話にも花が咲くのでしょう。

入所者の中は身体の自由が利かないけれど、あまり認知は進んでいなくて普通の会話もできる人もいるそうです。

巡回していると、「ご苦労様です」と声をかけてくる入所者もいるのだとか。

特養などの介護施設は、終の棲家です。「看取り」という制度があり、病院などで延命治療を受けずに実質的な安楽死とも言える“自然死”に任せる場所でもあるのです。

正常な感覚を保っている人にとって、そうやって施設で死を待つというのは「つらいだろうな」と知人は言っていました。もとより、そういった光景を否が応でも目にしなければならない知人も、「つらい」と言っていました。

一方で、古市憲寿や成田悠輔は、施設に入っている老人たちを十把一からげにして、安楽死させろとか集団自殺しろと言い放ったのでした。そんな人の機微、生きる哀しみや苦しみを理解できない(その想像力さえ欠如した)おぞましい人間たちが、コメンテーターとして、メディアで世の中の出来事を偉そうに解説しているのです。
2023.09.13 Wed l 社会・メディア l top ▲
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たまたまですが、二人の友人から電話がかかってきました。ひとりは飲食店を経営しており、もうひとりはゲストハウスを経営しています。ふたりとも「いい会社」に勤めていたのですが、親の介護などもあって、いづれも会社を辞めて田舎に帰り、それぞれ自営で商売をはじめたのでした。

飲食店をやっている友人は、盆休みが明けてから客足がガクッと減り四苦八苦していると言っていました。一方、ゲストハウスをやっている友人は、ほぼコロナ前の状況に戻った感じで「まあまあ順調だ」と言っていました。観光地に近いということもあって、9割が外国人で、アメリカ、ドイツ、香港、韓国などの観光客から予約が入っているそうです。

■ホーユーの破綻


飲食店の苦境の話を聞いているうちに、私は、給食会社のホーユーの破産のニュースを思い浮かべました。

ホーユーは、本社は広島市ですが、国内の22カ所に営業所があり、学校や学生寮、官公庁や病院、さらには自衛隊の駐屯地や警察学校など、全国の約150施設に食事を提供していたそうです。

経営が行き詰った背景について、下記のビジネスジャーナルの記事は、「原材料や電気料金、人件費の値上がりなどを受け給食事業者が学校や行政に値上げを要求しても拒否され、赤字での事業継続を余儀なくされるなど、業界全体に横たわる根深い問題がある」と伝えていました。

ビジネスジャーナル
ホーユー破綻→全国で給食中止が続出…値上げ拒否する学校・行政の責任、安値発注も

また、メディアの取材に対しての次のようなホーユーの山浦芳樹社長の発言も伝えていました。

「値上げの申請に行くと『わかった値上げしよう』という学校や役所はゼロ」(テレビ新広島の取材に対し)

「広島の落札金額は他の府県と比べると半分以下。全国で一番安い。運営できない金額で平然と落札される」(同)

「(値上げの相談をした高校から)『値上げの根拠を教えてくれ』と言われる。鶏肉の値段を出して、回答が来るのが1~2カ月後」(「テレ朝news」より)

「食材費や人件費は高騰しているが、業界は非常に安い。ビジネスモデルは崩壊している」(同)


広島県では今年の7月に、物価高騰に対応した給食事業の補助をホーユーにも提案したそうです。しかし、ホーユーの社長はそれを断ったのだとか。その理由を、「申請したとしても、1食当たり30円しか高くならないうえに、とても手間がかかる」と話していました。如何にも役所の事なかれ主義に翻弄され末路を辿った気がしてなりません。

警備員をしている知人は、施設で救急搬送があるときに救急隊員から横柄な態度を取られることが多く、「頭に来る」と言っていました。私も以前、病院で救急搬送に立ち会ったことがありますが、救急隊員の施設の職員に対する偉そうな態度に唖然としたことがあります。救急を依頼したときと救急を受け入れるときの態度が全然違うのです。

救急隊員は、高い使命感を持つ命の綱、無私の精神で私たちを助けてくれるありがたい存在みたいなイメージがありますが、しかし、一方で、覚醒剤の使用で捕まったり、痴漢や盗撮や未成年者に対する買春などで捕まったり、非番のときに消防士仲間と派遣ヘルスの送迎のアルバイトをして処分されたり、あるいは職場のパワハラが問題になったりと、不祥事にも事欠きません。日本は官尊民卑の国なので、国民もことさら美談仕立てにして、ありがたがる傾向がありますが(私などは仕事だから当然じゃないかと思いますが)、彼らも所詮は公務員なのです。よく救急車や消防車でコンビニで買い物をしていたとして批判を浴びていますが、それも意趣返しという側面もなくはないでしょう。特に大都会の救急隊員ほどその傾向が強い気がします。

こうして警備員をしている人間たちにとって、救急隊員は「やつら」になっていくのです。

生活保護の受給資格は世帯年収が156万円(月収13万円)以下ですが、その基準にも満たない人が2千万人もいて、貧困に苦しむ国民は増える一方なのに、まるで花咲か爺さんのように外国にお金をバラまいて得意満面な総理大臣と方向感覚を失った夜郎自大な政治。

牽強付会と思われるかもしれませんが、「安すぎる給食」の問題も、円安と資源高が招いた異常なインフレという経済の問題だけでなく、そういった日本社会のトンチンカンぶりとまったく無関係ではないように思います。つまり、にっちもさっちもいかなくなっているこの国の現実が垣間見えているような気がしてならないのです。

■飲食店の苦境


飲食店は、今の物価高に加えて、新型コロナ対策で実施されたいわゆる“ゼロゼロ融資”の返済にも迫られており、文字通り二重苦の中にあると言われています。

こんなにあらゆるものが上がると、それに伴うコストの上昇は凄まじいものがあるでしょう。しかし、全てを価格に転嫁できるわけではないので、その分利益が食われて経営が圧迫されるのです。

それでなくても、飲食業の場合、開業してから生き残ることができるのは、2年で50%、3年で30%、10年で10%と言われるくらい浮沈の激しい世界なので、今の物価高(コスト高)は、文字通り瀕死の状態でさらに追い討ちをかけられているようなものと言っていいでしょう。いや、トドメを刺されている、と言っていいかもしれません。

収入が増えないのに物価だけがどんどん上がるのは、国民経済の崩壊と言ってもいいような話です。物価の上昇に賃金の上昇が追い付いてないと言われますが、追い付いてなくても賃金が上昇している人たちはまだいい方です。逆に収入が減っている人たちも多くいるのです。そんな人たちにとっては地獄絵図のような世界でしょう。

知人も言っていましたが、警備員なんて20年前から賃金がまったく上がってないのだそうです。そんな職業はごまんとあるのです。現在いま、人手不足とか言われている職業のほとんどはそんな構造的に低賃金の仕事なのです。

ホーユーの社長は、メディアやネットから「迷惑だ」「無責任だ」と散々叩かれていますが、何だか身につまされるような話で同情を禁じ得ません。

それは、個人経営の飲食店なども然りです。材料を仕入れ時間をかけて調理して、気を使って接客して、朝から晩まで身も心もクタクタになって働いても、利益は上がらないどころか減る一方なのです。

■ネットに破壊される既存の経済


一方で、友人のゲストハウスのように、完全に無人化されて、予約から支払いや入退室や清掃などすべてがネットによって管理され、手間をかけずにネットで注文を受けるだけのようなビジネスが千客万来で濡れ手に粟(ちょっとオーバーですが)というのは如何にも現代風ですが、身体を張って地道に商売をしている人間から見れば割り切れないものがあるでしょう。

余談ですが、友人がやっているようなゲストハウスは割高なので、「日本人の利用は少ない」と言っていました。たまに来ても、人数を誤魔化したり、備品を持って帰ったりと、「日本人がいちばんタチが悪い」と言っていました。驚いたのは、掃除のおばさんもウーバーイーツのようなシステムになっているということです。

ただ、すべてがネットに置き換わるわけではないので、ネットはそうやって既存の経済を壊して、最終的には富の偏在を招き国民の生活を貧しくするだけです。

1万人の人間が働いて1千億円のお金を稼ぐのならお金はまわるけど、10人の人間が100億円稼いでもお金はまわらない。そんな社会は滅びるだけだよ、と言っていた友人の言葉が耳に残りました。そして、これが坂道を転がり落ちて行く国(社会)の現実なのかと思いました。
2023.09.08 Fri l 社会・メディア l top ▲
Amazonメール



■アマゾンの文化


今日、アマゾンがプライム会員の会費を値上げするというニュースがありましたが、折しも私は、今日、アマゾンから荷物が届かないトラブルに遭遇したばかりです。会費値上げのニュースを見て、その前にすることがあるだろうと思いました。

今日、アマゾンから注文した商品が二回に分けて送られてくるはずでした。私は、アマゾンの「配送指示」には、宅配ボックスに入れて貰うように設定してます。「置き配」でもいいのですが、それでは不安なので、宅配ボックスを指定しているのでした。

今日の二回の配達予定は、それぞれ別の配送業者でした。午前中の便はネコのマークの配送業者で、用事があって出かける際には既に宅配ボックスに商品が入っていました。もう一つの商品は、「Amazon」の配送業者が配達するようになっていました。時間指定はしてないので、いつでも都合のいいときに宅配ボックスに入れておいてくれるはずでした。

アマゾンの場合、配達日になると、「配達中です」というメールが届きますが、その際も私は念の為に宅配ボックスを指定しています。私は、”予備がないと不安症候群”なので(ホントはただの取り越し苦労性ですが)、そういったことには非常に律儀でマメなところがあるのでした。

ところが、夕方、帰宅しても、宅配ボックスは空でした。おかしいなと思っていたら、留守電に着歴が残っているのに気付きました。着歴に残っていた電話番号をネットで検索するとアマゾンからでした。それで、電話すると、「サイトの配達状況をご確認ください」という固定メッセージが流れてきました。

サイトの「配達状況を確認」を見ると、「配達を試みましたが配達できませんでした」と書かれていました。今までは問題なく配達されていたのに、今回に限って何が原因で配達できなかったのか知りたいと思い、アマゾンのカスタマーセンターに連絡しました。

しかし、アマゾンの場合、このカスタマーセンターが曲者なのです。チャットで問い合わせるようになっているのですが、相手はあまり優秀とは言えないAIが搭載されたチャットボットです。「どうして配達できなかったのか、理由を知りたい」というような、個別の質問の回答は用意されてないのでした。「よくある質問」のような通りいっぺんの回答があるだけです。挙句の果てには、二言目には「解決しましたか?」としつこく問いかけて来るのでした。

でも、配達できなかった理由がはっきりしないと、明日も同じことをくり返すかもしれません。こんな非生産的な問答を繰り返しても、何の解決にもなりません。まったくバカバカしくて付き合ってられないという感じでした。

メディアは、プライムの会費の値上げに関して、アメリカやヨーロッパに比べて日本は格安だとか、日本の会費が安いのは日本の配送料が安く、その分配送業者が犠牲になっているからだなどと言って、わりと”好意的”に伝えていますが、私が言いたいのはそれ以前の問題です。

カスタマーセンターにしても、送料が安いからいいだろうみたいな感じで、おざなりになっているような気がしてなりません。そこに見えるのは、アマゾンらしい徹底した合理化の考え方だけです。その先にあるのは、単なる事なかれ主義です。でも、それは、自分たちの手間を省くために、顧客に面倒な手間を強いていることになっているのです。

そもそもトラブルが生じても、サイト内でカスタマーセンターを探すことから苦労しなければなりません。さらに、チャットボットが相手のカスタマーセンターから人間相手のオペレーターに辿り着いて、ただのアルバイトでしかない(しかも外国人?の)オペレーターと頓珍漢なチャットでやり取りしながら、トラブルの内容を根気よく伝えなければならないのです。そうやって初めて"保障"などの問題に入ることができるのです。何だか途中で挫折して泣き寝入りするのを狙っているような感じさえするのでした。

要するに、「荷物が届かないのはどうしてですか?」というように律義に考える日本人の文化とアマゾンの文化は、まったく別個のものだということです。届かなければ即キャンセルして再注文というのがアマゾンとの正しい付き合い方のように思います。そこには、合理化や省力化とは真逆な壮大なる無駄があるように思いますが、それがアマゾンの文化・思想なのでしょう。

■日大の体質


もっとも、こういった事なかれ主義は、アマゾンに限った話ではありません。

たとえば、再びアメフト部の”違法薬物問題”が取り沙汰されている日大も然りです。林真理子理事長の他人事のようなもの言いに呆れたのは私だけではないでしょう。あたらめて作家が如何に裸の王様なのかということを痛感させられた気がします。

これも前に書いたと思いますが、作家こそ世情に通じていなければならないのに、現実はまったく逆で、今や作家センセイは世間知らずの代名詞のようになっているのでした。文字通り「先生と言われるほどの馬鹿でなし」のような愚鈍な存在になっているのです。

林真理子の当事者能力を欠いた寝ぼけたような発言に対して、週刊文春を筆頭に週刊誌が腰が引けているように見えるのは、文壇タブーがあるからでしょう。もとより日大が彼女を担いだのも、メディア対策として文壇タブーを利用しようという思惑があったのかもしれません。文字通り、林真理子はただのお飾りでしかなかったのです。

今回の問題で隠蔽工作と言われても仕方ないような不可解な対応を主導したのは、競技スポーツ部担当の澤田康広副学長ですが、彼は日大OBの元検事、つまり“ヤメ検”です。そう考えれば、記者会見でのあの横柄な態度も納得できる気がします。

今回の問題の背景にあるのも、下記の記事で書いたように、55年前の日大闘争で提起された日大の体質です。その体質は何も変わってないのです。日本会議ではないですが、“持続する志”のもとに集まった勢力が日大を牛耳っている限り、何があっても日大が変わることはないのです。その根本を問うことなしには、結局元の木阿弥になるだけでしょう

案の定、理事長らの記者会見からわずか2日後の今日、大学当局は、アメフト部の活動停止処分を解除するという茶番を演じているのでした。


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(写真AC)



■常軌を逸したワンマン経営


ビッグモーターをめぐる問題でクローズアップされているのは、前社長親子の常軌を逸したワンマン経営です。まさにブラック企業の典型のような会社ですが、しかし、前社長親子が退陣しても、彼等が会社のオーナーであることには変わりないのです。これからは株の100%を保有する資産管理会社を通して、ビックモーターを動かすことになるのでしょう。

ビッグモーターは、六本木ヒルズの森タワーに本社を構え、資本金4億5千万円、従業員数6千名の非上場の「大企業」です。非上場だと、社外(株主)の意向に左右されず安定した経営環境のもとで事業を行なうことができるメリットがある一方で、コンプライアンスが欠如しオーナー社長の独善的な企業経営に陥ることになりかねないと言われますが、ビッグモーターはその典型と言えるでしょう。

1976年山口県岩国市で個人経営の自動車修理工場を創業して、10年もたたずに西日本を中心に多店舗展開を開始し、2000年代に入ると全国に店舗を広げるまでになったのです。

今回の保険金不正請求では、板金部門の不正がクローズアップされていますが、多店舗展開するに際して下関に設立したのが鈑金塗装専門工場で、もともと前社長自身の中に、“金の成る木”としての板金塗装に対するこだわりがあったように思います。前社長の車屋としての出発点は、「板金屋」だったのかもしれません。

■日本社会のブラックな体質


ビッグモーターがブラック企業なのは論を俟ちませんが、しかし、同社が特殊な会社なのかと言えば、決してそうとは言えません。ビッグモーターのような会社は、それこそ枚挙に暇がないくらいどこにでもあるのです。

ブラック企業のオーナー経営者に共通しているのは、一代で財を成したことによる“成金趣味”です。それは、傍から見ていて恥ずかしいような光景ですが、しかし、過剰な自信家である当人は得意満面に違いありません。会社がブラックであるかどうかはさて置くとして、例えばソフトバンクの孫正義氏などにもそれが見て取れます。

そして、彼らの“成金趣味”が企業経営にも反映し、ビッグモーターのようなブラックな体質を必然的に生み出しているように思います。ヤフーの“ネットの守銭奴”のような体質も同じです。

でも、悲しいかな、成金は所詮成金なのです。早稲田を出てMBAを取得した息子は自慢の息子だったに違いありませんが、同時に高卒の叩き上げの身にはコンプレックスの対象でもあったのかもしれません。それが、「コナン君」の人を人とも思わないような暴君ぶりを許してしまったのではないか。

一方で、ビッグモーターで役員や店長を務めたとかいう人物が、まるでホワイトナイトのように、ビッグモーターの体質を批判する先頭に立っていますが、過去の立場を考えれば彼だって一連托生だったのです。彼らのパワハラの犠牲者になった社員もいるでしょう。

こういった寄らば大樹の陰から一転して手のひら返しに至る心性も、三島由紀夫が指摘したように「空っぽの日本人」の特徴を表しており、日本の社会ではめずらくないのです。

■ブラックな福祉事業


私の友人は、現代のいちばんのブラックな業界は、福祉だと言っていました。低賃金と劣悪な労働環境のもとに置かれている介護労働者の背景にあるのは、”福祉”の美名の陰に隠された福祉業界のブラックな体質だと言うのです。

福祉のブラック化は、福祉事業の民間委託の流れから生まれたものです。民間委託というのは、要するに資本の論理を取り入れるということで、ブラック化はある意味で必然とも言えるのです。もっとも、民間委託と言っても介護保険制度を通した公的なコントロール下にあり、社会福祉法人が地方公務員の天下りや再就職の場になっている現実も少なくありません。元公務員たちが、外国人研修制度の監理団体と同じように、介護労働者を管理する立場に鎮座ましましているのです。

それは介護だけではありません。福祉事務所の委託を受けて、年間数千件の葬祭扶助の葬儀を引き受けている、天下りの元公務員たちに牛耳られた社会福祉法人もあります。

介護労働者の給与の大半は、介護報酬という名の国費(介護保険)で賄われているのですが、そもそも介護報酬が低すぎるという指摘があります。そのため、零細な事業所ほど人手不足とそれに伴う利用者の減少で赤字に陥っており、全体の30%近くが赤字だという話さえあるのでした。

その一方で、介護施設をいくつも運営するような規模の大きな事業所においては、介護報酬による”内部留保”を指摘する声があります。国から支払われる介護報酬を労働者にまわすのではなく、経営者が”内部留保”として溜めこんでいるのです。そういった二極化が、福祉のブラック化を見えなくさせていると言っていました。

広島の医師が、ブログの中で、「介護業界の闇・・・、そして在宅療養の勧め」と題して、次のように書いていました。

介護施設がより多くの利潤を追求しようとすると、得られる介護報酬には上限があるため、より少ない職員数での施設運営の方向に向かうしか方法はありません。やりがいのない、賃金の安い、ハードな職場となるため、職員は次々と入れ替わっていきます。介護職員の使い捨てのような状態が生じてしまうのです。そして、それは結局入居者への不利益へとつながるのです。

https://www.matsuoka-neurology.com/posts/post5.html


また、「公益性を求められる社会福祉法人が、利益最優先の介護施設運営」に走った結果、「経営陣は介護職員の能力を軽視しており、介護の素人でも代わりがきくと考えている」と書いていました。

介護の現場で頻発する入所者に対する暴力に対して、「気持はわかるけどな」という声が多いのも、介護という仕事がもっとも低劣なやりがい搾取になっているからでしょう。「能力」や「質」が問われず、ただ低賃金・重労働でこき使われるだけの介護の現場で、仕事に誇りを持てと言う方が無理があるのです。もとより、介護の仕事を失業対策事業のようにした国の責任は大きいのです。

しかも、まるで屋上屋を重ねるように、さらに規制を緩和して介護の仕事を外国人に開放する動きが進んでいますが、それは低賃金・重労働を前提とした愚劣な発想にすぎません。そこにあるのは、プロレタリア国際主義ではなく、3Kの仕事を担う若くて安い人材がほしいという資本の論理なのです。

ビッグモーターの前社長親子と、現代のドレイのように社会の底辺で酷使される介護労働者を対比する中で、この社会のあり様を考えることは決して無駄ではないように思います。


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こんなことばかり書いても仕方ないのですが、最近、世情を賑わせているビッグモーターの不正問題と札幌ススキノの頭部切断遺棄事件についても、メディアのまわりくどい報道に、何だか隔靴掻痒の感を覚えてなりません。どうしてもっとシンプルに考えることができないんだろうと思います。

■保険金不正請求の深層


昔ディラーで働いていて、その後損保の代理店に転職した知人にビッグモーターの問題を訊いたら、中古車業界や車の修理工場の根深い体質もさることながら、主因は損保会社の不作為にあると言っていました。

「保険金詐欺」とも言っていいようなビッグモーターの不正請求があれほどまかり通ったのは、損保会社が修理金額をチェックする査定を事実上棚上げしてビッグモーターのやりたい放題を黙認した上に、さらに不正行為に手を貸すかのように修理車両をビックモーターに紹介していたからです。

わざと傷を付けて修理代金を上乗せした事故車の多くは、別にビックモーターから中古車を買ったユーザーの車ではないのです。損保ジャパンをはじめとする損保会社が紹介(修理を依頼)した保険契約者の車なのです。

私も昔、車を当て逃げされた経験がありますが、翌日、当て逃げした「犯人」が名乗り出たので、保険会社に紹介された修理工場に修理を出したことがありました。修理が出来上がり、後日、送られてきた明細を見てびっくりしました。「保険だからいいようにぼったくっているな」と思いましたが、自分が支払うわけではないので苦笑するだけでした。

パーツを取り替えるより板金塗装した方が工賃が高く、修理工場が儲かるのかもしれませんが、ビッグモーターがやっていたことは、いくら高くても車の持ち主からクレームが来ることはないという、保険のシステムを悪用した手口で、業界では別に珍しいことではないのでしょう。

保険会社にしても、過大な修理代金は保険から支払い、その分は保険料の料率の改定に反映されるだけなので、自分たちの懐が痛むわけではないのです。だから、大手の代理店であるビッグモーターの売上げに手を貸すことで保険契約(特に自賠責保険)のシェアを拡大するという、”悪手”とも言うべき持ちつ持たれつの関係を築いたのでしょう。

「保険制度の根幹をゆるがす大問題」とホントに思っているなら、ビックモーターよりむしろ不正に手を貸した損保会社に対して、会社のあり方そのものを問い直すような大ナタを振るうべきでしょう。でも、所詮はトカゲの尻尾切りで終わるのは目に見えています。

■トランスジェンダーを隠れ蓑にした性犯罪のデジャビュ


一方、札幌の頭部切断遺棄事件では、小学校の頃から不登校であったという29歳の娘は、自分の性に対して定まらない、いわゆる「ノンバイナリー」の側面があったと言われています。しかもメンヘラだったのか、責任能力がないと見做されて罪を問われない可能性があるとも言われているのです。

また、被害者の男性は女装してクラブのパーティなどに出没していたそうですが、実は女装は女性をナンパするための手段だったという話も出ているのです。そのため、ススキノのいくつかの店では女性とトラブルを起こして出入り禁止になっていたそうです。

そして、究極の箱入り娘とも言える29歳の娘との間でもトラブルが生じ、スマホで撮影した娘の動画をネタに自宅にまで押しかけていたという話があります。

断片的な情報しかなく事件の概要が掴みにくいのですが、計画を主導(提案)したのは、娘ではなく父親だったと言われているのも、一家をまきこむトラブルが背景にあったからでしょう。メンヘラでトランスジェンダーの一人娘が、それこそ女装して女性トイレに忍び込む性犯罪者と紙一重のような男の魔の手に落ちたことで、世間知らずの代名詞でもあるような医者の一家が追いつめられて、あのような猟奇的と言うのか稚拙な完全犯罪と言うのかわからないような犯行に至ったというのが真相なのではないか。ここにもLGBTQで指摘されていた、トランスジェンダーを隠れ蓑にした性犯罪の問題が露呈されているように思えてなりません。

このように二つの事件に共通しているのは、被害者が単純な、、、被害者ではないということです。加害者VS被害者という単純な、、、図式で事件を見ると、事件の本質が見えなくなってしまうのです。


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■ETCからも排除される暴力団員


今年の2月、産経新聞に次のような記事が出ていました。

産経新聞 THE SANKEI NEWS
ETC不正利用容疑で 山口組直系組長3人ら計11人逮捕

つまり、家族や親族名義のETCカードを使って高速道路を走行したことで、ETCを使って割引になった分をだまし取ったとして、電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕されたという、目を疑うようなニュースです。

暴力団員の話なので、ざまあと言いたくなりますが、しかし、こういった権力の言いがかりが通用するような社会は怖いなと思いました。何でもありというのはこういうことで、その言いがかりがいつ自分たちに向かってくるやもしれないのです。

この記事は家族や親族名義のカードを使ったという話ですが、クレジットカードを持つことができない暴力団員は、普通はクレジットカードと紐づけてないデポジット式のETCパーソナルカード(パソナ)を使っているケースが多いそうです。「パソナ」の利用規約の中にも暴力団員の申し込みを拒めるとは明記されてなかったのだとか。

ところが、今年の3月から、高速道路6社は、暴力団員が「パソナ」の申し込みができなくなるように規約を改定したそうです。よって今年の3月以降、暴力団員は実質的に高速道路を利用することができなくなったのです。上記の摘発は2月なので、事前に警告する狙いもあったのかもしれません。

■金融庁の「通達」


そもそも暴力団員が銀行口座やクレジットカードを持つことができなくなったのは、1992年に施行された暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)を根拠に、監督官庁である金融庁が、金融機関に暴力団を排除するように「通達」を出したからです。銀行口座やクレジットカードの禁止は、法律に定められているわけではなく、一官庁の「通達」によって行われているのです。

もちろん、ヤクザの肩を持つ義理も由縁もありませんし、それどころか、ヤクザは私たちの日常生活においても、時と場合によってはいつ牙を向けてくるかもしれないような迷惑な存在ですが、それはそれです。ヤクザであれ何であれ、基本的な人権である生存権を奪うようなことが一官庁の「通達」でまかり通ってしまうことには、法治国家として首を傾げざるを得ません。

暴対法に従って全国の自治体で制定された暴排条例(暴力団排除条例)では、暴力団員は市営住宅や県営住宅など公営住宅にも入居できないように定められています。それどころか、賃貸契約に暴力団排除条項が入っていれば、民間住宅の賃貸契約も禁止(もしくは解除)されるのです。もちろん、土地や家屋の売買も同様です。暴力団員は日本国籍を持つ日本国民でありながら、制度的には日本国内に住む家を持つことができないのです。

もちろん、ETCや住宅だけではありません。前も書きましたが、暴排条例の「利益供与の禁止」によって、葬式もできない、宅配も利用できない、何もできないのです。

でも、(ここからが不思議ですが)現実には彼らは普通に生活しています。ホームレスになっているわけではないのです。それどころか、私たちよりいい生活をしています。

■暴対法や暴排条例の当然の帰結


昔、知っている女の子が不動産会社に就職したら、あとでその会社がフロント企業だったことがわかったという話がありました。それで、辞めるときのトラブルを怖れて、親の伝手で警察の幹部に頼んで辞めたのですが(でも、実際は女の子の取り越し苦労で普通に辞めることができたそうですが)、その女の子が言うには、事務所には普段から刑事がよく訪れていたそうです。用事もないのにふらりとやって来て、ソファに座って新聞を読んだり、お茶を飲んでバカ話をしたりしていたのだとか。女の子の目には、警察とヤクザの“癒着”に映ったようですが、担当者の刑事はそうやって情報収集を行っていたのでしょう。しかし、暴対法以降、そういったこともなくなったはずです。そのため、警察の情報収集能力が格段に落ちたと言われているのでした。

フィリピンを拠点にしたルフィ一味による特殊詐欺や強盗などが、暴対法以後の状況を象徴しているように思いますが、暴対法と暴排条例でがんじがらめに縛られた彼らは、直接手を下すのではなく、周辺にいる悪ガキたちを使って“裏稼業”を行なうようになったのでした。ルフィなんてただの使い走りのチンピラにすぎないのです。

彼らは暴対法に対応するために、あのようなSNSを駆使した巧妙なシステムを作って地下に潜ってしまったのでした。そのため、捕まるのは末端のチンピラだけで、元締めには手が伸びることはなくなり、警察は無能みたいに言われるようになったのでした。メディアは、チンピラを指示役だと言っていますが、指示役の上にはさらに指示役がいるのです。警察も金融庁も所詮は公務員なので、ヤクザは公務員の事なかれ主義の体質を逆手に取っているような気がしないでもありません。

YouTubeが新しいシノギになっているという話も同じです。彼らにとって、Googleの建前や本音とYouTubeのいかがわしさは格好のターゲットと言えるでしょう。

ルフィ一味の犯罪も、センセーショナルに報道されたわりには、結局、大山鳴動して鼠一匹に終わる公算が大ですが、それは役人的発想にすぎない暴対法や暴排条例の当然の帰結と言えなくもないのです。

■「駅前やくざは、もういない」


坂口安吾が『堕落論』で書いていたように、人間というのは社会制度の粗い網の目からこぼれ落ちる存在なのですが、況やヤクザにおいてをやという気がします。

猪野健治は、名著!『戦後水滸伝』(現代評論社・1985年)の中で、戦後の混乱期に出現した「新興アウトロー集団」が、博徒やテキヤと言った伝統的なヤクザ組織とは一線を画す”戦後ヤクザ”の基礎を作った、と書いていました。そういった新興の”戦後ヤクザ”が、暴対法やSNSに対応する現代のアウトローの系譜に連なっているのです。

 占領軍による軍政下に展望を失った政治権力とおよび腰、、、、の共産党――その間隙にたくましく芽ぶいていたのが、大小無数のアウトロー集団だった。
 それらのアウトロー集団は、戦前の博徒やテキヤとは、無縁の実力部隊であった。その構成層も、戦前のそれとはまるでちがっていた。復員軍人、特攻くずれ、元官史、ボクサー、旧制大学生、農民、土方の現場監督、元博徒、旧制中学の番長、現職新聞記者、引揚者、元共産党員、元教師、元テキヤ、元銀行員、漁夫、船員あがり‥‥などあらゆる階級の出身者が加わっていた。
 だから彼らは伝統や習慣にとらわれることなく、力のおもむくまま、露店、賭博、集団強盗、詐欺、強奪、恐喝、用心棒、債権とりたてなどありとあらゆる分野に手を出した。
 もてる者から奪い、仲間で分配すること――それが彼らの行動論理だった。
(『戦後水滸伝』・序章 ヤクザ維新)


「この『義侠の血』は、日本のアウトロー独自の情念的なもの」だ、と猪野健治は書いていました。

メディアは、暴対法や暴排条例によって、ヤクザはシノギができなくなり青息吐息だとか、若い組員たちは「ヤクザになったことを後悔している」などと言っていますが、それは権力にベッタリのメディアが暴対法や暴排条例の効果を宣伝しているだけです。

竹中労は、「駅前やくざは、もういない」と書いていましたが、たしかに駅前からヤクザの姿は消えたけど、しかし、彼らは今様に姿かたちを変え、ネットやSNSの奥でしたたかに生き延びているのです。


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「ヤクザと憲法」
2023.07.13 Thu l 社会・メディア l top ▲
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(山下公園)



■政治なんてものはない


前の記事からの続きになりますが、年金だけでは生活できないのでアルバイトを探しているけど、アルバイト探しにも苦労しているという70歳の知り合いのせつない話を聞くにつけ、私は〈政治〉というものについて考えさせられました。そして、吉本隆明の「政治なんてものはない」(『重層的な非決定へ』所収)という言葉を思い出したのでした。

指導者の論理と支配者の論理というのは、自分の目先の生活のことばかり考えているやつは一番駄目なやつで、国家社会、公共のことを考えてるのがそれよりいいんだみたいな価値観の序列があるんですよね。ところが僕は違うんです。僕は反対なんです。自分の生活のことを第一義として、それにもう24時間とられて、他のことは全部関心がないんだって、そういう人が価値観の原型だって僕は考えている。


これは、前も紹介しましたが、NHK・Eテレの吉本隆明を特集した番組(戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 2014年度「知の巨人たち」「第5回 自らの言葉で立つ 思想家~吉本隆明~」)の中で取り上げられていた吉本隆明の発言です。

高齢のためにアルバイトすらなかなか見つけることができない。見つかっても警備員のような薄給で体力的にきつい仕事しかない。アルバイトの現場では、外国人の若者の方がはるかに労働力として重宝され、彼らができない仕事を落穂拾いのように与えられるだけ。

そんな現実の中で出会った(出会いつつある)のが、「外国人排斥」に繋がりかねないような〈政治〉です。「自分の生活のことを第一義として、それにもう24時間とられて、他のことは全部関心がない」彼にとっての〈政治〉がそれなのです。

昨日(7月8日)は安倍銃撃からちょうど1年でしたが、親ガチャで過酷な人生を歩むことを余儀なくされた山上徹也容疑者にとっての〈政治〉は、安倍晋三であり旧統一教会だったのでしょう。

■革命は胃袋の問題


日々の生活に追われ、自分の生活を一義に考えていく中で、阻害要因として目の前に立ちはだかるのが〈政治〉なのです。与党か野党かとか、政党支持率がどうかとか、投票率がどうとかいったことは二義的なことで、日々の生活に追われ、自分の生活を一義に考えている人々にとっては、どうでもいいことなのです。

でも、メディアに出ている識者やジャーナリストは、そんな「どうでもいいこと」を政治としてあげつらい、大事なもののように言うのです。生活者が無関心なのは当たり前なことなのに、無関心ではダメだ、だから政治がよくならないのだ、と説教するのでした。

日々の生活に追われる人々にとって、もっとも切実で大事な問題は今日のパンを手に入れることです。そして、パンが手に入らないとき、初めて〈政治〉と出会うのです。竹中労は、革命は胃袋の問題だと言ったのですが、とどのつまりそういうことでしょう。

ちなみに、吉本隆明は、埴谷雄高との論争の過程で書かれた「政治なんてものはない」という文章の中で、「革命」について、次のように書いていました。

「革命」とは「現在」の市民社会の内部に厖大な質量でせり上がってきた消費としての賃労働者〈階級〉の大衆的理念が、いかにして生産労働としての自己階級と自己階級の理念(およびそれを収奪している理念と現実の権力――その権力が保守党であれ革新党であれ――)を超えてゆくか、という課題だと考えております。
(『重層的な非決定へ』・埴谷雄高への返信)


しかし、これは、新旧左翼と同じように、大いなる錯誤だとしか言いようがありません。何だかシャレみたいに上げたり下げたりしていると思うかもしれませんが、吉本隆明もまた、上か下かの視点が欠如した市民的価値意識に囚われた人なのです。

武蔵小杉や有明のタワマンの住人に向かって、「子育て大変ですよね」「私たちは皆さんの経済的負担を軽減したいと考えています」「皆さんの味方になりたいのです」と演説している、左派リベラルの政党なんて「敵だ」「クソだ」と思われても仕方ないでしょう。”下”の人々にとって、そんなものは〈政治〉でもなんでもないのです。

宗教二世に限らず、多くの”下”の人々が山上徹也容疑者に共感するのも、彼の生活や人生に自分と重なるものがあるからでしょう。


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■労働市場から弾き出される中高年


70歳になる知り合いがいて、年金だけでは生活できないのでアルバイトを探しているけどなかなか見つからず苦労している、という話をしたことがありますが、昨日、その知り合いと久しぶりに会って中華街で食事をしました。

彼は、自分たちにまわって来る仕事は、20年も30年も前からまったく時給も上がってないような底辺の仕事しかない、と嘆いていました。たとえば、警備員などがその典型で、警備員になるには本籍地の役所が発行する身分証明書が必要なので、実際は日本国籍の人間しかできない仕組みになっているそうですが、そのため、いつまで経っても時給が上がらない、と言っていました。

どういうことかと言えば、今の非正規の労働市場は、「若ければなんでもいい、国籍を問わない」という感じなのだそうです。外国人労働者の流入によって、今まで日本人の中高年がやっていたような仕事も、とにかく若い人材を求めるようになっているのだとか。そのため、年齢の高い非正規の労働者が労働市場から弾き出されるようになっていると言うのです。

しかも、警備員に見られるように、日本人に限定される(若い外国人を雇用できない)仕事は、逆に低賃金のまま据え置かれるという“逆転現象”さえ生まれているのです。ありていに言えば、単純労働の市場では、年老いた日本人より若い外国人の方が付加価値が高いという、身も蓋もない市場原理がはたらきはじめているのです。

彼の話を聞きながら、何だかこっちまでつらい気持になりました。そして、以前、高齢化社会を扱ったNHKの番組の中で流れていた、「歳をとることは罪なのか」という言葉を思い出したのでした。

要は、日本の過酷な老後の現実と照らし合わせた上で、外国人労働者の問題をどう考えるかでしょう。その問題を資本の論理に任せるだけでホントにいいのか、ということです。

■資本の論理


今日、近所の「まいばすけっと」というイオンが展開しているミニスーパーに行って外に出たら、そこに納品のトラックがやって来ました。トラックを見ると、助手席には黒人の青年が首にタオルを巻いて乗っていたのでした。それは、運送業界の「2024年問題」が取り沙汰される中で、助手を付けて運転手の負担を少しでも軽減しようという付け焼刃の対策なのかもしれませんが、納品の補助をするのも、今や外国人労働者が起用されるようになっているのでした。それともう一つは、ゆくゆくは彼らのような若い外国人を運転手として育成しようという思惑もあるではないかと思いました。

人手不足と言っても、それは若い人材が不足しているという話にすぎません。高齢の労働者は、人手不足だと騒がれている中でも、相変わらず仕事探しに苦労しているのです。人手不足ではないのに、人手不足にされているのです。そうやって労働市場の埒外に置かれているのでした。

知り合いは駐車場の係員の面接に行って、「愕然とした」という話をしていました。けんもほろろに断られて、帰りに駐車場を見ると、そこにはパキスタンかネパールの40代くらいの男性が二人働いていたそうです。特別の技能も知識も必要ない単純労働では、国籍は二の次で、とにかく若けりゃいいという、身も蓋もない考えがまかり通っているのです。それが、資本の論理なのです。

■重宝される若い移民たち


これでは、日本でも早晩、ヨーロッパと同じように移民排斥の声が大きくなっていくでしょう。移民を入れるかどうかという論議自体がナンセンスなほど、既に日本はなし崩し的に“移民大国”になっているのですが、「若けりゃなんでもいい、国籍を問わない」という資本の論理によって、若い移民たちが今後益々重宝されるようになるでしょう。国連の自由権規約委員会の調査報告で、「人身取引き」と指摘された技能実習制度の見直しもはじまっていますが、しかし、それは、必ずしも人権尊重やヒューマニズムから外国人労働者の待遇の「改善」がはかられているわけではないのです。土木建設や農業や漁業や介護だけでなく、あらゆる単純労働の現場に若い人材がほしいという、資本の要請によるものが大きいことを忘れてはなりません。それを、左派リベラルがあたかも自分たちの運動の成果であるかのように言い募っているだけです。そこに大いなる錯誤と誤魔化しがあるのです。

ヨーロッパでは、移民反対の先頭に立っているのは、移民として先にやって来たマイノリティーたちだと言われています。つまり、自分たちの仕事があとから来た若い移民たちに奪われるからです。

でも、日本の場合は、ヨーロッパと比べて社会保障制度が遅れているので、年金のレベルも低く、年金を受給しながら生活のために働かなければならない高齢者が多く存在します。そのあたりがヨーロッパと事情が異なるし、問題はもっと深刻だと言えます。

日本で移民排斥の声が高まれば、中国や韓国に対する民族排外主義とは比べものにならないくらい、極右の台頭と社会の分断をもたらすことになるでしょう。

「爺さんや婆さんに仕事がないのは当たり前。早く死んで楽になれよ」なんて悪態を吐いているネットの(頭の弱い)若者たちにしても、やがて外国人労働者との間で職の奪い合いをしなければならないのです。そして、年を取って夫子自身が「爺さん」や「婆さん」になれば、若い外国人労働者に職を奪われることになるのです。資本主義社会では、「共生」など絵に描いた餅にすぎないのです。

生き延びるために資本は国家を易々と乗り越えるけど、私たち個人は〈国民〉という概念や身分に縛られたまま、国家の中で(そして、その理不尽さの中で)一生を送るしかないのです。

■観念の先を行く現実


観念的に「差別は悪い」「移民排斥は間違っている」と言っても、現実は既に観念の先を行っているのです。「万国の労働者団結せよ」というスローガンも、(昔から言われていたことですが)めぐまれた本工の話にすぎません。まぎれもない労働者でありながら、左派の運動の中でも排除されてきた底辺の労働者たちが、移民排斥に動員されファシズム運動に組織されるのは杞憂とは言えないでしょう。

左派リベラルには、「ざまあみろ」「笑わば笑え」という気持しかありません。「差別は悪い」「移民排斥は間違っている」と言っても、負の感情に支配された人々からは冷笑されるだけでしょう。シャンタル・ムフではないですが、「闘技」の政治を回避してひたすら中道化して行った彼らには、もはやどこにも出番はないのです。それどころか、〈革命〉はファシストに簒奪され、右派の政治の代名詞にさえなってしまったのでした。


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■同級会の案内状


地元にいる高校時代の同級生から、同級会の案内状が届きました。私の出た高校には各地に同窓会があって、関東地区の同窓会の世話役も同級生がやっているのですが、それとは別に、地元の同級生が個人的に計画した同級会のようです。

今回の同級会については、私も事前に知っていました。地元にいる別の同級生から電話があった際、「同級生の○○知っているやろ。あいつが中心になって同級会を計画しているらしい。この前会ったときそう言っていた」という話を聞いていたからです。

ただ、会場を探すのに苦労していると言っていました。と言うのも、観光地なのでホテルなど会場になる施設はいくらでもあるのですが、どこのホテルも人手不足で宴会を受け入れることができないと断られるのだとか。特に仲居さん不足が深刻なのだそうです。

■観光地の勢力図


私が知っている頃は、大きな観光ホテルには「副支配人」や「営業部長」などという肩書の名刺を持った専属の営業マンがいて、宴会や団体旅行の勧誘のために県内の役所や企業などを回っていました。

昔は役場や農協などに関連する団体がお得意さんだったのです。また、会社も忘年会などは泊まり込みで行くことが多かったのでした。

もちろん、ホテルと言っても全国チェーンのホテルではなく、昔からやっている地元の温泉ホテルです。温泉地なので、働いている人も、(言い方は悪いですが)いろんな事情を抱えて「流れて来た」人も多かったのです。

でも、今はそんな地元のホテルや旅館はどこも苦戦しており、廃業したり買収されたところも多いようです。その一方で、まるでハゲタカのように全国的に名の知れたホテルチェーンなどが進出してきて、観光地の勢力図は大きく塗り替えられているのでした。

因みに、同級会の案内状を送って来た同級生の実家も温泉ホテルでしたが、既に廃業しているそうです。同級生の中には何人かホテルや旅館の息子がいましたが、いづれも廃業していると言っていました。

■みんな買収された


昭和の終わり頃から、団体旅行や社員旅行などがだんだん姿を消していったのでした。このブログで何度も書いていますが、私は、山奥の過疎の町から親元を離れて観光地にある高校に入ったのですが、年に何回か父親が団体旅行でやって来るので、そのたびに旅館を訪ねて小遣いを貰ったりしていました。父親だけでなく母親も、婦人会の旅行でときどき来ていました。

旅行と言っても、実際はただ宴会するために訪れるにすぎません。私の田舎も旅館が10軒くらいある山奥の温泉場だったので、わざわざよその温泉場に行く必要もないだろうと思いますが、昔はそうやって街に出ることが楽しみでもあったのでしょう。しかも、利用する旅館も決まっていたのでした。それぞれの町や村にはご用達みたいな旅館があったのです。

もっとも、今をときめく湯布院温泉や黒川温泉も、昔は鼻の下を伸ばした男たちが行くピンク色の温泉地でした。前も書いたかもしれませんが、近所のおいさん、、、、(おじさんのこと)が、黒川の枕芸者に会うために、夜毎、高原の道をバイクを走らせていたのは子どもの間でも有名でした(親の噂話を盗み聞きしてみんなに触れ回っただけですが)。しかし、湯布院や黒川は、小さな温泉地で小回りが利いたので、時代の波にうまく乗って従来のイメージを一新することに成功したのでした。

そして、瀕死の状態にある温泉地にトドメを刺したのが、今回の新型コロナウイルスだったと言えるでしょう。友達も言っていましたが、地元の温泉ホテルは韓国や中国の資本に買収されているそうです。私が知っているホテルの名前を次々にあげて、「みんな買収された」と言っていました。

■ポン引きのおばさん


仲居さん不足をもたらしたのは、昔からの仲居さんが高齢化して、引退したことが大きいのかもしれません。仲居さんもまた、「流れて来た」人が多かったのです。

前に帰省した折、飲食店をやっている友達の店に行こうとしたら、道がわからなくなり、たまたま路地の角で客引きをしていたお婆さんに店の場所を訊いたら、何と店まで案内してくれたことがありました。

友達にその話をしたら、「ああ、あの婆さんにはときどき小遣い銭を渡しているんだ」と言っていました。そうすると、観光客を連れて来てくれるのだそうです。

で、この前電話があった際、「あのポン引きのお婆さんはまだ元気か?」と訊いたら、生活保護を受給して施設に入ったと言っていました。友達の話によれば、(多分離婚して)若い頃「流れて来て」、飲み屋で働いたり仲居をしたりしているうちに、旦那を見つけて「二号さん」になり面倒を見て貰っていたそうです。そして、旦那亡きあとは街頭に立って客引きで生活費を稼いでいたのです。ポン引きは、余所者が集まる色街において、相互扶助みたいな側面もあったのです。

高校生の頃、友達の家に行くのにポン引きが立ち並ぶ裏通りを歩いていると、私は体格がよかったので、「お兄ちゃん、遊んで行かない。安くするよ」と次々と声がかかるのでした。でも、高校生の私には、ズボンのポケットに100円玉や10円玉が数個しか入っていません。そのため、「申し訳ございません」というような恐縮した気持で通ったことを覚えています。

今のように社会が整序化されシステム化される前の時代は、たしかに暴力が身近にあり人の欲望もむき出しになった荒っぽい社会だったけど、しかし一方で、そのように人の温もりのようなものがあったし、お互いに助け合う精神も健在だったのでした。

私が高校生の頃は繁華街の路地はポン引きだらけで、温泉街の風物詩と言ってもいいような光景がありましたが、今はポン引きのおばさんを見かけることもほとんどなくなりました。

■インバウンドのもう一つの顔


とは言え、韓国などから来るおっさんたちの目的が、ゴルフと買春であることには変わりがありません。中国政府の方針でまだ復活していませんが、中国からやって来るおっさんたちの団体も同じです。それは、テレビが決して伝えることがないインバウンドのもう一つの顔なのです。昔は、日本人がゴルフと買春のために韓国に行っていましたが、いつの間にか逆になっているのでした。

東京などには外国人観光客専門の風俗も多いそうで、東京の若い女性の間に梅毒が流行しているのも、それと無関係ではないと指摘する人もいるくらいです。

日本は、いつの間にか「安い国」「買われる国」になったのです。しかも、テレビやYouTubeなどは、それをさも自慢であるかのように「ニッポン凄い!」と伝えているのでした。
2023.07.01 Sat l 社会・メディア l top ▲
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(public domain)



■独りよがりな左派の文章のスタイル


別に言いがかりをつけるつもりはありませんが、左派界隈の文章を読むと、ホントに相手に伝えようと思って書いているのか、疑問に思うときがあります。

これは、昔からそうで、たとえば『現代の眼』などに書かれていた文章は難解なものが多く、相当な読解力が必要でした。先日、某雑誌で久しぶりに菅孝行氏の文章を見つけてなつかしかったのですが、菅氏の文章などはその最たるもので、一度では理解できないので、何度も同じ個所を読み返しながら読み進んで行かなければなりませんでした。

丸山眞男氏の実弟のジャーナリストの丸山邦男氏が、左派はもっと読みやすい文章を書かなければダメだと、それこそ口が酸っぱくなるくらい言っていましたが、そういった左派特有の独りよがりな伝統は今も引き継がれているような気がします。

もっとも、左派は思想的に唯一前衛党主義で独善的なところがありますので、独りよがりな体質は宿痾とも言えるのかもしれません。

■アジア記者クラブのツイッター


最近、難解ではないけど、読みにくいなと思ったのは、アジア記者クラブのツイッターです。たとえば、こんな感じです。


最悪な”おじさん構文”と言えるでしょう。野暮を承知で言えば、文章の中に国旗の絵文字が散りばめられていると、読みづらくて疲れるのでした。恐らくリズミカルに読み進むことができないからだと思います。投稿しているのはジャーナリストのはずですが、文章にリズムがあるという基本がわかってないのではないかと思ったりします。

そもそもこんな文章を投稿して、恥ずかしいと思わない感覚が凄いなと思います。もしかしたら、逆に得意満面なのかもしれません。

読みにくい文章を書いて、「オレ凄いだろ」みたいなアホらしい風潮がネット以前にはありましたが、ネットの時代になると、こういった絵文字の多用が“痛い”文章の代表例みたいに言われるようになったのでした。これではアジア記者クラブのツイッターが、”痛い”左翼を象徴していると言われても仕方ないでしょう。

前にリベラル界隈のYouTubeチャンネルが、テーマも出演者も重複していて、まるで“リベラル村”の井戸端会議みたいになっていると嫌味を書きましたが、左派も似たようなもので、狭いサークルで「異議なし!」と言い合ってお互いに慰謝し、自己満足しているだけのようにしか見えません。

アジア記者クラブのツイッターは、特にウクライナ戦争においては、一般的なメディアとは違う視点を持っているので参考になることも多いのですが、それだけに残念な気がしてならないのでした。

これもまた、「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」光景の一つかもしれない、と思いました。
2023.06.22 Thu l 社会・メディア l top ▲
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(イラストAC)



■「世界難民の日」


6月20日は国連が定める「世界難民の日」で、それに合わせて東京スカイツリーは、特別に国連カラーの青色にラットアップされるそうです。これは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の駐日事務所が主催するライトアップイベントの一環で、スカイツリーのほか全国40ヶ所以上のランドマークが青色にライトアップされるということです。

また、「世界難民の日」に合わせたユニクロの「特別授業」で、女優の綾瀬はるかが、東京都武蔵野市の小学校にサプライズで登場したというニュースもありました。これは、ユニクロがUNHCRとタイアップして行っている、箪笥の肥やしになった服を回収して、難民たちに届けるという社会貢献活動の一環だそうです。

■異常な日本の難民認定率


先日、国会で成立した改正入管難民法で散々指摘されたように、日本の難民認定は外国に比べて非常に厳しく、2022年度に難民と認定されたのは202人です。2021年が74人でしたから2.7倍に増えたのですが、しかし、不認定とされた人は2022年では1万人を超えるそうで、認定率は2%以下の狭き門なのです。

ちなみに、2021年度の各国の認定数と認定率は以下のとおりです。これを見ると、日本の異常さが一目瞭然です。

2021年難民比較

※日本以外のデータは、以下のサイトから引用しました。

国際NGOワールド・ビジョン
難民認定者数と認定率の世界比較、受け入れ数ランキングや日本の現状

※日本のデータは、生活保護の捕捉率などと同じように、出入国管理庁が発表したおおまかな数字しかなく、上記のような比較データがありません。それで、出入国管理庁が発表した数字に基づいて当方で算出しました。

■難民は他人事


ユニクロの「特別授業」に見られるように、日本にとって難民は所詮他人事なのです。自分たちは難民を冷酷に追い返しながら、遠い国の難民には可哀そうと同情を寄せる。ここにも、日本人お得意の建前と本音が表れているのでした。

まるで現代版貴族の館のような33階建ての豪奢な横浜市庁舎も、UNHCRの呼びかけに応じて、6月20日には青色にライトアップされるそうですが、だったら山中竹春市長は、日本のお寒い難民認定の現実について、嫌味の一つくらい言えよと思います。

難民申請を審査する参与員が100人いる中で、一人で難民申請の25%を担当していた参与員がいたことが、先の入管難民法改正案の審議の過程であきらかになりましたが、その参与員にどうして審査が偏ったかと言えば、彼女が難民審査にことのほか厳しい姿勢を持っていたからです。その一方で、認定に積極的な参与員の元には、いっこうに審査がまわって来なかったそうです。

片端から(事務的に)申請を却下した彼女は、一方で、地雷除去の活動もしていて、「難民を助ける会」という国際NGO団体の名誉会長を務めていたという、驚くべき事実もあきらかになったのでした。もっとも、近くに来た難民は水をかけて追い返し、遠くの難民には可哀そうと施しを与える日本人のいやらしい心根を考えれば、それも別に不思議ではないのです。

そして、こういった建前と本音の両刀遣いの先に、あの「ニッポン凄い!」の自演乙に象徴される、「反日カルト」の旧統一教会と平気で手を組むような下劣な「愛国」主義があるのでしょう。

■知性より名誉


国連難民高等弁務官事務所と言えば、ご存知のように、緒方貞子さんが1991年から2000年まで10年間、第8代の難民高等弁務官を務めていましたが、そのお膝元がこのあり様なのです。

緒方貞子さん自身は、日本の難民認定の低さを批判していたようですが、ただ、日本では緒方貞子さんの難民高等弁務官という職も、名誉職のようなイメージで捉えられていたフシがありました。だから、日本の入管行政が変わることはなかったのです。

知性より名誉が優先されるのは、日本の公的な組織ではよくある話で、そうやって建前と本音が合理化されるのでしょう。さしずめ綾瀬はるかの「世界難民の日」の「特別授業」などはその最たるもので、そこには知性の欠片もないのです。彼女は、難民の何を知っているというのでしょうか。
2023.06.20 Tue l 社会・メディア l top ▲
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(イラストAC)



■「性自認」を避けたい思惑


性的マイノリティに対する理解を増進するための「LGBT理解増進法」が、昨日(16日)参議院本会議で可決、成立しました。

今回成立した「LGBT理解増進法」について、当事者たちは、これはマイノリティではなくマジョリティのための法律で、むしろ差別を助長するものだと批判しています。メディアの論調も概ね、彼らの批判に沿ったものになっているようです。

「LGBT理解増進法」には、自民案、維新・国民民主案、立民・共産案の三つの案がありました。

下記は、三案を比較した図です。

LBGT理解増進法案
(毎日新聞より)

これを見てもわかるように、大きな違いは「基本理念の表記」と「性自認の表記」です。ただ、「性自認の表記」に関しては、「性自認」も「性同一性」も英語に訳すと「ジェンダーアイデンティティ」になるので、英語では同じことです。にも関わらず、あえて「性同一性」や「ジェンダーアイデンティティ」という言葉に拘ったのは、「性自認」という言葉を使いたくないからでしょう。つまり、自分が女だと思ったら女で、男だと思ったら男で、どっちでもないと思ったらどっちでもないという、「性自認」が認知されるのを避けたいという思惑が透けて見えるのでした。

■日本の伝統的な家族形態はとっくに破産


一方で、LGBTQそのものに対して、天皇制に連なる日本の伝統的な家族形態=家族観を壊すものだとする、右派からの反対もありましたが、そういったカルト的な「愛国」思想がとっくに破産しているのは誰が見てもあきらかです。むしろ、家族が個に解体されてバラバラになっていることは、私たちが一番よくわかっているはずです。

それは教育や道徳の問題なんかではありません。何度も言いますが、資本主義の発展段階において必然的に変容が迫られる「文化」の問題です。家父長制的大家族から核家族になり、核家族から個の時代になっていくのは、産業構造の変化やそれに対応した労働の変化によってもたらされる新しい「文化」=生き方に他ならないのです。未婚者やディンクスなどが増えているのも、”時代の変化”としか言いようのない「文化」=生き方であって、「異次元の少子化対策」などでどうなるものでもないのです。

話が逸れますが、年間3兆円の税金を投じるなら、「少子化対策」ではなく貧困対策に使うべきでしょう。児童手当なども含めた子ども向けの施策も、貧困対策として講じるべきでしょう。そもそも、アナクロな伝統的家族の形態や、広末涼子のスキャンダルに見られるように未だ「不倫」などという言葉が流通して、”良い母親”像みたいなものを一方的に押し付けられるような社会で、「少子化対策」もないだろうと思います。

マイナンバーをめぐるトラブルも然りで、家族単位で発行される健康保険証と、個人単位のマイナンバーカードとは根本的に仕組みが違うわけで、それを統合するのに無理があるのは少しでも考えればわかるはずです。伝統的家族の形態を守りながら、マイナンバーカードを発行するというのは、発想そのものに矛盾があるのです。それを入力ミスや設定ミスといった、いわゆる人為的ミスのせいであるかのように言うのは、問題を矮小化するものでしかありません。

■LGBT理解増進法(案)の問題点


「LGBT理解増進法」の問題点については、上野千鶴子氏が理事長を務める「NPO法人 ウィメンズ アクション ネットワーク(WAN)」のサイトに法案の成立前に書かれた、奈良女子大学名誉教授の三成美保氏の下記の文章が非常にわかりやすくまとめられていました。

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LGBT理解増進法案の問題点

三成氏は、まず、超党派合意案にあった「学校設置者の努力」という独立条項がなくなり、与党案・維国案・4党合意案では「事業者等の努力」条項に統合されたことに大きな”後退”があると言います。これにより、「LGBT児童生徒の自殺念慮」がきわめて高い現実に対して、学校現場の対策が「停滞」することが懸念されると言うのでした。子どもがみずからの性に対して同一性を持つことができず、悩んだ末に死にたいと思うような事態を見逃すことになると言うのは、そのとおりかもしれません。

さらに与党案・維国案・4党合意案(「LGBT理解増進法」)は、理解増進に対して”足枷”とも言うべき文言や「留意事項」が付け加えられたと言います。

第二は、超党派合意案にはなかった「保護者の理解と協力を得て行う心身の発達に応じた教育」(維国案)という文言が「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ教育」(4党合意案)に修正されて追加されたことである。(略)4党合意案は、「保護者の理解」を「家庭」に置き換え、さらに「地域住民」を加えた。これにより、親や地域集団が批判的な声をあげると学校でのLGBT理解増進教育が阻害される恐れが高まる。


今回の修正案でなによりも懸念されるのは、「すべての国民が安心して生活できるよう留意する」(維国案・4党合意案)という留意条項である。これは、LGBTの人びとが他の国民の安全を脅かす存在であるとのメッセージになる。加えて、4党合意案では、「この場合において、政府は、その運用に必要な指針を策定する」とまで規定された。いったい誰のための指針なのか。理解増進法はマイノリティたるLGBTのための法である。留意事項を入れると、意味が180度異なってしまう。


たしかに、「LGBT理解増進法」が、「すべての国民」や「家庭」や「地域住民」といった、今まで性的少数者を差別していたマジョリティに配慮することに重心を置いた法律に変わった、と言うのはその通りかもしれません。

そこに、「性自認」という言葉を避けたいという思惑や、「不当な、、、差別」という表記にこだわった理由があるように思います。ただの差別ではなく、「不当な、、、差別」と表記することで、法文解釈では不当ではない、、、、、、「合理的な区別」が対置されることになるからです。つまり、差別ではない「合理的な区別」もあり得るという、論理的な余地を残すことになったのです。

どうしてこのように”後退”したのかと言えば、その背景に、トイレや浴場やスポーツの現場で、今後トランス女性の存在を認めなければならないという、人々の「懸念」や「不安」があるからだと言われています。言うなれば、「LGBT理解増進法」の”後退”は、「俗情との結託」に他ならないのです。

三保氏は、この「懸念」や「不安」について、次のように書いていました。

「トイレ・浴場・スポーツ」という「女性専用/女性限定」の場面に、男性としての経験や男性としての身体的要素をもつトランス女性が侵入することは女性の安全や権利を脅かすという議論は、一見わかりやすい。しかし、この議論はあまりに乱暴であり、現実的でもない。トイレ・浴場・スポーツでは条件が異なるため、同一レベルで論じるべきではなく、トイレについても不特定多数が使う公衆トイレと職場学校などの顔見知りが使うトイレとでは利用者の状況が異なる。そもそも男性がトランス女性であると偽った上で女性トイレなどに侵入することは犯罪であり、侵入者個人の責任が問われるべきである。トランス女性一般を性暴力と結びつける言説は、トランス女性の尊厳をも脅かす。

トイレや浴場などの設備は改修し、目的に応じて利用ルールを定めることによって想定されるトラブルを十分に防ぐことができる。スポーツについても、男女という区別を超えて、体格やホルモン値、筋量などの指標による新たな区分を設けて競い合うこともできるだろう(略)。


スポーツを「男女という区別を超えて、体格やホルモン値、筋量などの指標による新たな区分を設けて競い合うこともできる」というのは、驚くべき論理ですが、「性の多様性」がそういう発想に行き着かざるを得ないというのもたしかでしょう。

■トランス女性と「女性の安全」の問題


トランス女性の問題については、当然と言うべきか、一部のフェミニストたちから、もともとトイレが性犯罪が起きやすい危険な場所だったことから、男女の区別がないトイレが増えたり、トランス女性が女性用トイレにフリーで入ることが認められれば、さらに性犯罪の危険が増すことになりかねないとして、見直しを求める声が上がったのでした。彼女たちは、それを「女性スペースを守る」というような言い方をしていました。また、そんなフェミニストに同調したのかどうかわかりませんが、やはり一部の左派の間でも、トイレの共有には「懸念」の声が上がっていました。

「懸念」する側の“論客”の一人と言ってもいい、武蔵大学社会学部教授の千田有紀氏は、Yahoo!ニュースの「個人」のコーナーで、LGBT法の問題について以下のような文章を書いていました。私もすべて読みましたが、「LGBT理解増進法」への流れを知る上で非常に参考になりました。

尚、千田有紀氏は、その言説ゆえにLGBTQの当事者団体やフェミニズムの団体から裏切り者扱いされて、誹謗中傷の攻撃を受けているみたいです。そのためもあってか、16日にWANの理事を辞任したことをあきらかにしていました。

自分たちの意に沿わない主張に対して、被害者や少数派の名を借りて、近親憎悪のような攻撃を仕掛けて来るのは今にはじまったことではありませんが、そうやって自由な言論を封殺する”もうひとつの全体主義”がここでも顔を覗かせているような気がしてなりません。まったく唾棄すべき光景と言うべきでしょう。

Yahoo!ニュース個人
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千田氏は、LGBT法で大事なのは、「女性の安全」である、そうでなければならないと言います。

LGBT法案に反対しているのは、「統一教会の人たち」「家族の価値を保持したい人たち」「男女の2分法を維持したい、反フェミニスト」なのだという報道を聞くと、これほど大騒ぎになっているのに、争点自体がわかってないように感じる。もちろん、そういう側面はあるだろう。この法案に反対する自民の「保守派」は、確かにそういう人たちであろう。しかし報道されないできたが、でてくる反対の論拠は、そういったものよりもむしろ「女性の安全」に軸足がある。
(LGBT法案、自民党が失望させた「保守派」と「女性たち」)


千田氏は、女性は数の上ではマジョリティだけど、社会的にはマイノリティな存在だと書いていましたが、まったくその通りで、例えば、痴漢などはこの社会における女性の存在をよく表した性犯罪だと言えるでしょう。

「性自認」というのは、社会的にはきわめて曖昧なもの(わかりにくいもの)です。そういった曖昧さ(わかりにくさ)を盾にした性犯罪から、どうやって「女性の安全」を守るのかということを、もっと真面目に考える必要があるでしょう。

そのあたりのことを千田氏は、次のように書いていました。

トイレがそもそも危険な場所であることは、一定の社会的合意があると思われます。そしてトイレの安全は、いまの制度では「男女」に空間をわけることによって、担保されています。しかしそのような制度設計と、自分の「性自認」に基づいてトイレを使用したいと考えるトランスジェンダーのひとの思いと、ほんのごく一部の、なんとかして女子トイレに入りたいと考える潜在的性加害者の存在とが、ハレーションをおこしてしまっています。このような状況下で、「女性が安全にトイレを使いたい」という、それ自体は当たり前の願いが、「トランス差別」と解釈されてしまいかねないという、複雑な状況がでています。

というのもよく誤解されているように、トランスジェンダーという概念は、性同一性障害(性別違和、性別不合、トランスセクシュアル)のひとだけを指すのではないからです。異性の服装をするひとから、ときには社会から押し付けられる性役割に違和感をもつひとまでを含み込む、ひろい概念です。そして「性自認を尊重する」という行為は、他人の内心の「性別」を受け入れることです。ですからどんな場合にでも、「あなたはトランスジェンダーの振りをしているのではないか」などと他人にいうことは、差別となってしまう可能性があります。他人の心をのぞき込むことは、できないからです。なので、(本当に)トランスした性自認をもつひとと、トランスジェンダーの振りをして女性のトイレに入ろうとする不届き者とを、判別することが難しくなってしまうことがあるのです。
(LGBTと女性の人権 加賀ななえ議員がホッとしたわけ)


三重県の津市で、女装して女風呂に入った男性が、建造物侵入の疑いで警察に逮捕された際、男性が「私は女だ」と容疑を否認するという事件がありましたが、そこには「性自認」の”危うさ”が示されているように思いました。

性加害が目的で女性の恰好をして女性用のトイレに入るような「不届き者」とLBGTQは直接には関係ない。そんな「不届き者」はいつでもどこでもいるのだから、警察がしっかり取り締まればいい。そんな一部の「不届き者」の問題を取り上げてLGBT理解増進に水を差すのは、木を見て森を見ない反動的な言いがかりだという推進派の声がありますが、ホントにそんな話で済ませていいのだろうかと思います。

■ジャニー喜多川氏の問題と同性愛者


私も若い頃、映画館で隣に座った男性から突然股間を触られたり、渋谷の路地裏ですれ違いざまに男性から股間を握られた経験がありますが、ジャニー喜多川氏のように、性の問題には常に犯罪や犯罪まがいのことが付き纏うということも忘れてはならないのです。それは「女性の安全」だけではありません。ジャニー喜多川氏のような”少年愛”は、グルーミング自体に快楽を見出すというような倒錯したものでもあるのです。それが同性愛の世界で、一つの性的嗜好ジャンルとして存在しているのです。しかも、前も書きましたが、同性愛者たちは、ジャニー喜多川氏の問題について、みんな沈黙しているのでした。文字通り見て見ぬふりしているのです。そういった現実も見過ごしてはならないでしょう。
2023.06.18 Sun l 社会・メディア l top ▲
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(Laos – China Railway Company Limited)


■「中国ラオス鉄道」と日本のメディア


たまたま早起きしたので、テレビ東京が早朝にやっている「経済報道番組」の『モーニングサテライト』を観ていたら、「中国焦点」というコーナーで、中国の雲南省の昆明とラオスのビエンチャンを結ぶ1035キロの国際旅客列車「中国ラオス鉄道」のことを取り上げていました。

番組では、「中国ラオス鉄道」は習近平国家主席が提唱する「一路一帯」構想に基づいた事業で、ゆくゆくはマレー半島を南下し、タイ・マレーシアを経てシンガポールまでを結ぶ予定だと言っていました。実際に、中国外交部も「中国ラオス鉄道」を「一帯一路」の縮図と位置づけているそうです。

ラオス国内の建設費用約60億ドル(約7800億円)のうち、3割の18億ドルをラオスが負担したということですが、その大半は中国からの借り入れによるもので、そのため、ラオスが中国の「債務の罠」に陥り、中国に首根っこを押さえられることになるのではないか、と言われているのでした。

実際に、中国の雲南省と接するラオスのボーテン駅周辺は、昔は検問所と数軒の食堂や商店があるだけの田舎の町にすぎなかったのに、今はオフィスビルやホテルやマンションやショッピングモールの建設ラッシュの只中にあり、既に住民の7割は中国人に占められているということでした。

しかし、これは日本のメディアではおなじみのパターン化された中国報道にすぎません。「一路一帯」構想の野望、みたいなトーンで報じられるのが常です。

もちろん、「一路一帯」構想が、ユーラシア大陸を陸と海から縦横に結ぶ壮大な経済圏構想で、そこに新しい覇権国家としての中国の野望が伏在していることは否定できないでしょう。実質的な”ドル本位制”とも言うべき今の国際通貨体制に代わって、中国が新たな通貨体制を作ろうとしているのも事実かもしれません。

■両国の思惑


しかし、個々のケースを見ると、日本のメディアが一律に伝えるものとは若干異なる背景があるようです。

「中国ラオス鉄道」についても、アジア経済研究所の研究員は、下記のチャンネルで、もともとはラオス側から提案されたものだと言っていました。

YouTube
アジア経済研究所
【アジジ-アジ研時事解説 No.9】ラオス・中国鉄道(山田紀彦研究員)

ラオス政府は、国境を接するベトナムやカンボジアやタイとの間でも鉄道を敷設する構想があるのだそうです。「中国ラオス鉄道」も、そういった「経済開発戦略」の一環で、ラオスの提案に、中国がビジネスチャンスと渡りに船で応じたのが真相だと言うのでした。

中国は、「中国ラオス鉄道」を利用して、農業に適したラオス南部のボラベン高原に、将来の食糧不足に備えた食糧生産基地を造る計画だそうです。また、同じくラオス南部の観光地であるコーンパペンの滝に90億ドルを投じて、経済特区を設けた一大リゾート地にする計画もあるということでした。中国企業は、コーンパペンの滝周辺を、温暖な土地で老後を過ごしたいという中国東北部の富裕層向けの保養地として売り出す狙いもあるのだとか。

■アメリカに梯子を外される日本


一方、アメリカのブリンケン国務長官が今月18日から2日間中国を訪問し、中国政府の高官と会談することがアメリカ政府により正式に発表されましたが、「米中対立」も何だか怪しい雲行きになってきました。

YouTubeで「中国ラオス鉄道」に関する番組を探していたら、「中国ラオス鉄道」は乗客が0人で既に計画が破綻した、というようなネトウヨ系の番組がいくつもあり、いづれも10万回以上視聴されていることがわかりました。未だにそういった「愛国ビジネス」の話を信じて、「ニッポン凄い!」と自演乙する人間がいることに驚きましたが、日本政府の”中国敵視政策”も、案外それに近いものがあるのかもしれません。

1972年のニクソン訪中のときと同じように、日本はアメリカに梯子を外されるかもしれないのです。「米中対立」を煽るだけ煽られて、産軍複合体と深い関係のあるバイデン政権から在庫品の武器を言い値で買わされて、それで梯子を外されたのでは目も当てられませんが、対米従属を国是とするこの国は、それでも黙然と(奴隷のように)アメリカに従うしかないのでしょう。

中国が300年振りに覇権国家として世界史に復活することの意味は、好むと好まざるとに関わらず、私たちが想像する以上に大きな意味があるのです。しかし、日本は、小心な駄犬のように遠くからワンワン吠えるようなことしかできないのです。それも、飼い主からけしかけられて吠えているだけです。
2023.06.15 Thu l 社会・メディア l top ▲
サンデーLIVE
(「サンデーLIVE!!」のサイト)


■「サンデーLIVE!!」の日本再生論


先日、東山紀之がキャスターを務めるテレビ朝日の「サンデーLIVE!!」が、台湾の半導体メーカーTSMCが熊本県の菊陽町に二つの工場を建設する、というニュースを取り上げていました。

TSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)は、圧倒的な供給力と3ナノ半導体を製造する高水準の技術を持つ半導体の受託製造企業で、2022年第3四半期の段階で世界シェアの56.1%を占め、23年2月時点の時価総額はトヨタの倍以上の約62兆円を誇る巨大企業です(日経ビジネスより)。

そのため、「実質的に半導体の価格決定権を握っている」と言われるほどの、業界のリーディングカンパニーなのです。尚、日本法人の本社は横浜のみなとみらいにあります。

そんなTSMCの工場が日本にできるというのは、たしかに朗報ではあるでしょう。10年間で4兆3000億円の波及効果をもたらすという試算さえあるそうです。しかし、こう言うと語弊があるかもしれませんが、地政学上のリスク回避という特殊事情があるにせよ、たかが外国企業が日本に工場を造るという話にすぎないのです。

それを「サンデーLIVE!!」は、田中角栄の「日本列島改造論」になぞらえて、半導体による「新日本列島改造論」を唱える、東京理科大学の若林秀樹教授をゲストに迎え、これが日本再生の「最後で最大のチャンス」だなどとぶち上げているのでした。何だかひと昔前に、トヨタの工場ができると言って国中で大騒ぎしてしていた、アジアや中南米の発展途上国のようです。

中でも驚いたのは、日本株が33年振りの高値を付けたことまで引き合いに出して、いよいよ日本経済が反転攻勢に打って出たかのように太鼓を打ち鳴らしていたことでした。もちろん、日本株が高値を付けたのは、TSMCの工場建設とはまったく関係がありません。

下記の朝日の記事が書いているように、今の株高は、過去最高を更新するほどの異常な自社買いが大きな要因です。本来なら設備投資や従業員のベースアップに使われるべき資金が、自社買いに向けられているのです。

5月だけで3.2兆円という途方もない自社買いで極端に流通量が減った日本株が、実体経済の数倍、レバレッジを含めると数十倍とも言われる余剰マネーを駆使する海外の投資家によって、マネーゲームの対象になっているだけです。

朝日新聞デジタル
自社株買い過去最高、バブル後高値を演出 投資・賃金とバランスは?

また、「サンデーLIVE!!」は、北海道の千歳市に、「日の丸半導体」の復活をめざすラピダスの新工場が建設されることも日本再生の起爆剤になると、取らぬ狸の皮算用みたいに伝えているのでした。

ラピダスについては、エコノミストたちの間で、先行きは不透明だという見方があります。私もこのブログで次のように書きました。

■日の丸半導体


米中対立によって、中国に依存したサプライチェーンから脱却するために、国際分業のシステムを見直す動きがありますが、ホントにそんなことができるのか疑問です。

日本でも「日の丸半導体」の復活をめざして、トヨタ・ソニー・NTTなど国内企業8社が出資した新会社が作られ、北海道千歳市での新工場建設が発表されましたが、軌道に乗せるためには課題も山積していると言われています。

2027年までに2ナノメートルの最先端の半導体の生産開始を目指しているそうですが、半導体生産から撤退して既に10年が経っているため、今の日本には技術者がほとんどいないと言うのです。

さらに、順調に稼働するためには、5兆円という途方もない資金が必要になり、政府からの700億円の補助金を合わせても、そんな資金がホントに用意できるのかという疑問もあるそうです。

また、工場を維持するためには、台湾などを向こうにまわして、世界的な半導体企業と受託生産の契約を取らなければならないのですが、今からそんなことが可能なのかという懸念もあるそうです。

関連記事:
エマニュエル・トッドの指摘


テレビ朝日は、ニュースに対する掘り下げ方に問題があるように思えてなりません。意図的なのかどうかわかりませんが、あまりに薄っぺらな捉え方しかしてないのです。

ジャニー喜多川氏の性加害の問題に関して、「報道ステーション」のなおざりな姿勢を指摘する声が多くありましたが、それは「報道ステーション」に限らないのです。「モーニングショー」でも、玉川徹氏のいつものツッコミは影をひそめ、当たり障りのない”公式論”に終始するだけでしたが、そこには、それこそ玉川徹氏の電通発言の際に取り沙汰された、テレビ朝日の体質が露呈されているように思いました。

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テレビ朝日の「絶対君主」

■戦争プロパガンダに踊らされる日本のメディア


これはテレビ朝日に限った話ではありませんが、たとえばウクライナ戦争においても、メディアはどこまで真実を伝えているのか、非常に疑問です。ウクライナ南部のドニエプル川流域のカホフカ水力発電所のダムが破壊された問題でも、メディアが伝えるように、ホントにロシアがやったのか、首を捻らざるを得ません。

ウクライナ側の住民の被害ばかりが報じられていますが、ダムの破壊による被害は、圧倒的にロシアの支配地域の方が大きいはずです。しかも、ダムの水位の低下は、ロシアが管理する欧州最大規模のザポリージャ原発の安全にも影響を及ぼすのではないかと言われているのです。もしロシアがやったのなら、それこそ常軌を逸した自殺行為としか言いようがありません。

昨年9月のロシアとヨーロッパを結ぶ海底パイプラインの「ノルドストリーム」で起きた大規模なガス漏れのときも、西側のメディアはロシアの自作自演だと言っていました。ところが、実際はウクライナ軍の特殊部隊によるものであったことが、先日、ワシントン・ポストによって暴露されたのでした。しかも、アメリカがその計画を事前に把握していたと言うのです。

ワシントン・ポストによれば、アメリカ空軍の州兵が対話アプリの「ディスコート」で流出させた例の機密文書の中にその記述があったそうです。

機密文書には、ゼレンスキー大統領には知らされないまま、現在重傷説が流れているウクライナ軍のヴァレリー・ザルジニー総司令官の直属のグループが実行した、と記されていたそうです。ただ、一方でアメリカがそれを「阻止した」とも書かれているのだとか。

何度も言うように、ウクライナがどういう国なのかという検証もなしに、ただ可哀そうという短絡思考でものごとを見ると、とんでもない戦争プロパガンダの餌食になるだけでしょう。

「サンデーLIVE!!」の「新日本改造論」の打ち上げ花火は、まともにニュースを伝えることさえできない日本のメディアの劣化を象徴していると言えますが、それでは戦争プロパガンダに踊さられるのも当然でしょう。


■追記:


上の記事をアップしたあと、作家の甘糟りり子氏が書いた下記の記事が「NEWSポストセブン」にアップされたことを知りました。

NEWSポストセブン
作家・甘糟りり子氏、『報道ステ』全仏オープンを2日連続トップ扱いに疑問 「他に優先すべきニュースがあるのではないか」

やはり、みんな「テレ朝はおかしい」と思っているんだなと思いました。

私は、前に次のように書きましたが、全てはそれに尽きるように思います。もちろん、これはテレ朝だけの問題ではないのです。テレ朝があまりにひどすぎる、、、、、ので目立っているだけです。

「早河王国」になって、テレ朝はエンタメ路線に舵を切り、報道部門が弱体化していると言われます。「ニュースを扱う資質に欠けるような人物」が報道局に送り込まれているという指摘さえあるそうです。

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テレビ朝日の「絶対君主」

2023.06.13 Tue l 社会・メディア l top ▲
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(イラストAC)



■法律改正は国家の都合


昨日(6月9日)、参議院本会議で入管法改正案の採決が行われ、自民・公明・維新・国民民主などの賛成多数で可決され成立しました。

入管法改正案は、手っ取り早く言えば、出入国管理や入管施設のキャパを超えるほど収容者=「不法残留外国人」が増えたため、難民申請や収容のあり方を見直すというものです。要するに、「不法残留外国人」を減らすためです。

今回の入管法の改正について、私は、2010年に貸金業法と利息制限法が改正された際に、その改正案作りに関わった旧知の弁護士が言っていたことを思い出しました。

当時は、自己破産が年間10万件(2010年は12万件)を超えるほど、多重債務が社会問題になっていました。そのため、東京地裁はは、申し立ての急増で手がまわらなくなり、免責の可否を決める審尋を書面だけで済ませるようにしたくらいです。つまり、自己破産の申立てを行なっても、裁判所に出廷しなくてよくなったのです。

そんな状況を改善するために、国が法律が改正して、自己破産件数を減らすことにしたそうです。旧知の弁護士は、どちらかと言えば国寄りの人でしたが、「法律は国家のためにあるので、国家の都合で変わるんですよ。キャパを越えたので匙加減を変更したのです。別に多重債務者を救済する目的なんかではありませんでした。結果的に多重債務者の救済や業者の淘汰につながっただけです」と言っていました。

今回の改正案では、「収容者を減らす」(出入国管理業務の負担を減らす)ために、2つの大きな改定を行ったのでした。ひとつは、難民申請中は強制送還が停止されるという規定を見直して、申請は原則として2回に限るとしたのです。3回目以降は、「相当の理由」がなければ規定を適用しないことにしたのです。これは、言うまでもなく収容期間を短縮する(早く国外退去させる)ためです。また、もうひとつは、退去するまでの間、施設に入らずに「監理人」と呼ばれるボランティアのもとで生活できる新しいシステムが設けられたことです。このシステムは、施設に収容する人数を減すのが狙いなのでしょう。

でも、これだけ収容人数が増えたのは、難民認定率が0.3%という、およそ先進国では考えられないような認定率の低さがあるからです。そうやって国が「不法残留外国人」を増やしてきたからです。難民であるかどうかを審査する参与員の一人は、2021年4月の衆院法務委員会で「難民はほとんどいなかった」と発言して物議を醸したのですが、それは「いなかった」のではなく「いない」ようにしたからでしょう。

そう発言した女性参与員は、参与員が100人いるにもかかわらず、ひとりで難民申請の25%を担当していたそうです。どうしてそんな片寄ったことになったのかと言えば、彼女が難民の認定に消極的だからです。前向きな参与員のところには審査の依頼が来なかったそうです。今回の入管法改正案は、そんな恣意的な行政の延長上にあるのです。

ちなみに、その女性参与員は、一方で、地雷除去の活動をしており、「難民を助ける会」という国際NGO団体の名誉会長も務めているそうです。何だかジキルとハイドのような話ですが、旧統一教会のダミー団体でも問題視されたように、「難民」とか「平和」とか「環境」とか「SDGs」とかいった耳障りのいい言葉は、いったん保留して(場合によっては眉に唾して)二度見三度見をする必要があるでしょう。

■山本太郎代表と望月衣塑子記者


一昨日(6月8日)の参院法務委員会で改正案が強行採決された際に、法案に反対するれいわ新選組の山本太郎代表が暴力を振るったとか、取材に来ていた東京新聞の望月衣塑子記者が傍聴席から「不規則発言」を行なった(要するにヤジを飛ばした)として、与党だけでなく法案に反対した立憲民主党や同党に随伴する左派リベラルからも批判が起こっているそうです。私は、それを聞いて、文字通り世も末のような気持になりました。

たとえば、多くの社会運動にコミットして来た社会学者の木下ちがや氏は、ツイッターで両名を次のように批判していました。



木下ちがや氏は、山本太郎代表が強行採決のあと、街頭でその暴挙を訴えたことに対しても、「ほらさっそく路上で受難ごっこ」とヤユしているのでした。「民主主義にとって害悪」なのはどっちなんだ、と言いたくなります。何だか衣の下から鎧が覗いているような気がしてなりません。

山本太郎代表に対しては、与野党共同で懲罰動議が出される予定だと言われています。参議院懲罰委員会の委員長は、ガーシーの懲罰でおなじみの鈴木宗男氏ですが、ガーシーに対するやり方が踏襲されているような気がしないでもありません。味をしめたと言ったら言いすぎかもしれませんが、国会ではガーシーの一件によって、懲罰のハードルが格段に下がったように思います。

れいわ新選組に関しては、参院本会議で櫛渕万里共同代表が「与党も野党も茶番!」という紙を掲げたことに対して、既に10日間の「登院停止」という懲罰を科しているのでした。また、同様の行為を行なった大石晃子共同代表に対しても、厳重注意の処分が下されています。

2019年、北海道の札幌で演説中の安倍首相(当時)に向かって、「安倍やめろ」とヤジを飛ばした男女が警察に排除されるという出来事がありましたが、国会でも同じことが行われているのです。しかも、国会は、懲罰まで科しているのですから警察より始末が悪いと言えるでしょう。

一方、れいわ新選組は、声明の中で次のように述べています。

れいわ新選組
【声明】「闘わない野党」への檄(げき)- 財務金融委員長解任決議案の否決を受けて。(2023年5月12日 れいわ新選組)

現在の与野党のパワーバランスでは、正攻法では太刀打ちできないのだ。

選挙で勝って議席を増やし、与野党の議席を拮抗(きっこう)させてあらがえるようになるまでは、
どれだけ酷い法律が作られても仕方がない、とあきらめるのか。

私たちは、そのような政治家のメンタリティや永田町仕草が、日本をここまで破壊に導いたと考える。

「ちょっとは闘いました」アピールの野党では、悪法の増産は止められない。話にならない。


「野党なら本気で闘え」と言っているのです。もっとも、タイトルどおり「闘わない野党」に激を飛ばしているつもりなら、それは的外れと言わねばならないでしょう。

大塚英志氏は、ツイッターに次のように投稿していました。


余談ですが、大塚英志氏がリツイートした時事の記事によれば、自民党の世耕弘成参院幹事長は、(望月記者は)「もうジャーナリストではなく活動家だ。(取材用の)記者記章を取り上げる必要がある」と発言したそうです。でも、それは、ネトウヨが望月氏を攻撃する際の常套句とそっくり同じなのでした。自民党とネトウヨが共有するものが垣間見えたような気がしました。その認識は、上記の木下ちがや氏のツイッターも共有しているように思います。

それにしても、翼賛化する一方の国会と、”異物排除”に手を貸す野党や左派リベラルに対しては、もはやおぞましいという感覚しかありません。こんなやから、、、、、、に何を期待しろというのか。


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SEALDs批判のタブーと左の全体主義※2016年9月
左の全体主義※2015年9月
2023.06.10 Sat l 社会・メディア l top ▲
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(public domain)



■ガーシーの犯罪


逮捕されたガーシーのYouTubeでの収益は1億円だそうです。ほかに二次使用の切り抜き料の収入も数千万円あったと言われています。

それらのお金は、親族や本人、それに複数の別人の口座に送金されていたそうです。

ガーシーのチャンネルは、ガーシーひとりで運営されていたわけではないのです。言うなれば、「東谷義和のガーシーch【芸能界の裏側】」は、ガーシーの冠番組のようなものだったのです。もちろん、ネタもガーシーが持ち込んだのですが、しかし、そのネタを材料にして番組を企画・制作するのに別の人物たちも関わっていたのです。それらの人物の下には実際に実務に携わる人間たちもいたはずで、あの暴露チャンネルにはかなりの人数が関わっていたとみるのが常識でしょう。

今言われている「名誉棄損」「常習的脅迫」「威力業務妨害」「強要」という容疑に限っても、ガーシーだけでなくそれらの“共同制作者たち”に捜査の手が及んでもおかしくないのです。さらに、チャンネルの運営とは別に、ガーシーの周辺の人物たちもチャンネルに便乗して、利害関係のある特定の人物に関するネタを提供したり、ガーシーに“暴露”を依頼していたと言われており、そういった周辺の人物たちも事情聴取される可能性があるでしょう。

■YouTubeの建前と本音


YouTubeには様々な禁止事項や暴力や死や性に関してのNGワードがあるそうです。にもかかわらず、炎上系とか迷惑系と呼ばれる動画が制作され、多くの視聴者を集めているのでした。そして、彼らは、そういったゲスな動画で再生回数を稼ぎ、動画に貼り付けられた広告によって少なくない金額の配信料(広告費)を得ているのでした。

もちろん、動画に広告を貼り付けているのも、ユーチューバーに配信料(広告費)を分配しているのも、Googleです。

それどころか、最近では、「あなたは日本の歴史の真実を知っていますか?」というような陰謀論や、後背位でセックスをしているような女性の顔が映し出されて、「60歳でもビンビンです」というような強精剤の広告さえ目立つようになっているのでした。

Googleの建前と本音には、呆れるというよりもはや嗤うしかありません。さすがに、Googleも創業以来掲げていた「Don’t be evil(邪悪にならない)」という行動規範を2018年に削除したのですが、今やGoogle自身がevilな存在になっていると言ってもいいでしょう。

■ネット通販の黎明期


私がネット通販をはじめたのは2004年でした。Googleが創業(会社設立)したのが1998年で、日本にオフィスを開設したのが2001年ですから、その3年後のことでした。

2004年当時の日本のインターネットの検索エンジンは、YST(Yahoo! Search Technology)と呼ばれていたヤフーのシステムが圧倒的に強くて、Googleのシェアはまだ20~30%でした。YSTやGoogleのほかにマイクロソフトにも、今のBingの前身で、アメリカのinktomi(インクトミ)という検索エンジンを利用したMSNサーチという検索エンジンがありました。

YSTで上位に表示されるには、ヤフージャパンのディレクトリ型検索サービスである「Yahoo!カテゴリ」に登録されることが必須で、3万円だかを出して申請したことを覚えています。

関連記事:
Google ※2006年4月

2004年当時はまだネット通販の黎明期でした。先行者だったということもあり、YSTでもGoogleでも上位(つまり1ページ目)に掲載されて、最初から順調にスタートすることができました。もちろん、当時のブログでも書いていますが、ネットは容易に模倣できるので(それどころかフィッシングサイトさえ簡単にできてしまう)、すぐに似たようなサイトが雨後の筍のように出て来たことは言うまでもありません。

2010年にYSTの撤退に伴い、ヤフージャパンがGoogleのエンジンを採用したことで、日本におけるGoogleのシェアはいっきに80%以上になったのですが、それでもしばらくは上位掲載が続いていました。

ところが、Googleの寡占体制が確立されると、Googleのアロガントな体質が徐々に目立つようになってきたのです。つまり、現在、EUなどが問題にしている検索と広告を結び付けた(広告サイトを優遇するような)システムができていき、検索ページでも資本力のある大きな企業のサイトが上位に並ぶようになったのです。それにつれ、自社のサイトも目に見えて後退して行ったのでした。昔のGoogleの検索ページは、すっきりして見やすかったのですが、広告が目立つようになると、ひどく汚れて見にくくなっていきました。

上の記事でも書いているように、初期の頃は、私たちのような資本のない零細な業者でも、ネット上では大手の会社と対等に競争できたのです。それで“ウェブ民主主義”と呼ばれたりしていました。しかし、革命の理想はホンのつかの間で終わったのでした。

■ネットとリアル


何度もくり返しますが、ネットにおける「言論の自由」も、所詮はGAFAのようなプラットフォーマーが自社の利益と照合した上で、便宜的に保障しているにすぎないのです。プラットフォーマーなどと言うともっともらしく聞こえますが、要するに、彼らはリアル社会のインフラを使ってサーバーを運営しているアメリカの民間企業にすぎないのです。

ガーシーのような動画が可能だったのも、Googleから見れば、ハグのようなものだったのかもしれません。しかし、国家権力の要請によって、あのように簡単にBANされるのです。BANされればすべてはそれで終わりです。ガーシーと一緒にするなと怒られるかもしれませんが、それは「言論の自由」においても決して他人事とは言えないでしょう。

昔はビジネスでも、言論活動でも、ゲリラ的に行うことが可能でした。しかし、GAFAのようなプラットフォーマーが台頭すると、ネットの世界も整序され、リアル社会の権威や秩序がネットにも持ち込まれるようになり、その結果、ネットとリアルの境界が曖昧になったのでした。ネットとリアルを対立概念のように捉えて、ネットの優位性みたいな話がまことしやかに言挙げされていますが、もはやそんな時代でもないのです。

初期の頃のネットの”無料経済”を支えていた広告に依存するビジネスモデルも、視聴時間の競争が激しくなった現在では難しくなっていると言われます。広告に依存するビジネスモデルの代表格はGoogleですが、そのGoogleでさえYouTubeの広告の低迷に収益の足を引っ張られているのでした。

広告に依存するビジネスモデルに代わるのがサブスクですが、しかし、サブスクこそネットとリアルの垣根を越えた時間とお金の奪い合いなので、その収益化はさらに難しいと言えるでしょう。

去年あたりから似たようなリベラル系のYouTubeチャンネルが立て続けに登場していますが、しかし、扱うテーマも出演するコメンテーターも重複しており、傍目で見ても、それで収益化するのは至難の業だろうなと思います。

■ITと身体


山に登ったりすると、身体性(身体的なもの)によって私たちが規定されていることがよくわかります。私たちは、自分の身体を通して、世界との関係を築いていくのです。いくらチャットGTPがネットを席捲しても、そこには身体性(身体的なもの)はなく、世界を獲得することはできないのです。

マイナンバーカードのように、安易に個人情報を提供すれば、あとは五月雨式に様々な情報が紐付けられ、私たちの生活が国家の手によって丸裸にされることになるのですが、眼の前にぶら下げられた餌に一に二にもなく飛びつく人たちは、そんなことさえわかってないかのようです。便利さと引き換えに、中国式のデジタル監視社会が完成し、私たちは自分の個人情報で自分が縛られることになるのです。

中国の警察官が、3D眼鏡のようなものを装着して街頭に立っている動画を観たことがありますが、眼鏡は指名手配犯や危険人物の顔認証のデータと接続されており、目の前の通行人の中に該当する人物がいればヒットして反応するようになっているのでした。そういった光景も他人事ではなくなるのです。

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@ks1531471966より

これは、上記のツイッターから拾った画像ですが、このようにマイナンバーカードの導入は、欧米では管理社会化への懸念による国民の抵抗によって廃止されているのでした。一方、日本では、周回遅れのトップランナーのように、“中国化”がいっそう加速されているのです。

もっとも、マイナンバーカードは、個人情報保護法と社会保障と税の一体改革がベースになっており、その意味では旧民主党政権も無関係とは言えないのです。立憲民主党やその界隈の左派リベラルが、今になって善人ズラしているのにはいつものことながら呆れますが、ただよく聞けば、彼らは「拙速だ」と言っているだけで、マイナンバーそのものに反対しているわけではないのです。彼らは、欧米の市民のレベルにも達してないリベラルもどき、、、にすぎないのです。

でも、ちょっとクサい言い方をすれば、私たちの生き死にや人生の喜びや悲しみは、ITやデジタルやAIの便利さとは何の関係もないのです。そんなものがあろうがなかろうが、私たちは生老病死から解放されるわけではないし、貧困や疎外から解放されるわけでもないのです。そう考えることは、決して時代遅れでも情弱でもトンチンカンなことでもないのです。逆に、1件7500円で自分の個人情報を売り渡す、この国のマジョリティの人間たちを心底から嗤ってやればいいのです。
2023.06.08 Thu l 社会・メディア l top ▲
朝日新聞 (2)



■インディーズ候補


朝日新聞は、統一地方選に関連して、下記のようなテーマで「ルポ インディーズ候補の戦い」という連載をしていました。

全5回
「ルポ インディーズ候補の戦い」
議員のなり手不足が指摘されるなか、既存政党の枠組みから距離を置き、独自の選挙戦を繰り広げる候補者たちがいる。何が彼ら彼女らを突き動かすのか。孤独な戦いに迫る。


ところが、その4回目(5月30日)に埼玉県草加市の河合悠祐市議を取り上げたのですが、記事を読んだ読者から、同議員が顔を白塗りしたジョーカーの扮装で、Colaboのメンバーなどに差別的な言葉を吐きながら激しく絡んだり、ツイッターで再三に渡ってColaboを中傷する投稿を繰り返しているという指摘があったそうです。それで、本人に確認したところ、「その場でも、その後のツイッターでも、けなすような過激な発言をしたのは大人げなかった。不適切だった」と認めたため、もとの記事が削除され、下記のような記事に差し替えられたのでした。

朝日新聞デジタル
第5回
京大卒ジョーカー、挫折の先の自己実現 ウケ狙いから当選への分析

もう元の記事を読むことができませんが、記事自体はよくあるインタビュー記事です。ところが、周辺の取材は一切やらず、ただ本人が喋ったことをそのまま記事にしただけなのでした。そもそも河合氏は2021年の衆院選と参院選では“NHK党”から出馬していますので、「インディーズ候補」ですらないのです。

河合氏については、ウィキペディアやツイッターをチェックすればすぐわかることですが、それすらもしてなかったのでしょう。

スポーツ新聞や週刊誌のコタツ記事と同じじゃないかという声がありますが、もしかしたらコタツ記事以下かもしれません。朝日新聞の落日を象徴するような話だと言う人もいますが、落日するにしても程があると言いたくなります。記事を書いたのは入社して10年くらいの記者だそうですが、10年でこれかと思うと、新聞記者としての適格性を欠いているとしか思えません。

しかも、記者の後ろには、記事をチェックするデスクと呼ばれる上司がいたはずなのです。デスクは何をチェックしていたんだろうと思います。節穴どころの話ではないのです。

青木理氏か望月衣塑子氏だかが、今の朝日は昔のようにクオリティペーパーとして問題提起するような気概も姿勢もなく、ただ、ネットで人気のあることを後追いして記事にするようになっている、と言っていましたが、さもありなんと思いました。

これこそまさに大塚英志が言う「旧メディアのネット世論への迎合」にほかなりません。それも、その劣化版と言ってもいいようなあり様なのでした。かつて700万部あった部数が400万部を切り、さらに1年で15%のペースで減り続けているという惨状が、このような貧すれば鈍す(としか思えない)醜態を晒すことになったのかもしれません。もはや危機どころではないのです。

■ロシア人ユーチューバー


しかも、ネットを後追いしているのは、河合悠祐市議のケースだけではありません。

別紙の「GLOBE+」のサイトには、次のような記事が掲載されていました。

GLOBE+
ロシア人は海外移住指向 ソ連崩壊、ウクライナ侵攻…私が国籍を日本に変えたい理由

あしやさんという女性は、私も結構前からチェックしていますが、登録者数が30万人を越えるロシア人の人気ユーチューバーです。前にも書きましたが、ロシア人ユーチューバーには、やたら日本を賛美して再生回数を稼ぐチャンネルが多いのですが、彼女もその中の一人です。と言うか、既にYouTubeを開設して11年になるそうで、その先駆けと言っていいかもしれません。

もちろん、ユーチューバーと言っても一人でやっているわけではなく、同じ人気ユーチューバーのHIKAKINが所属する(現在は顧問)マネジメント会社に所属していました。たしかに、動画を観ると、テーマや構成や喋り方などに、視聴者の心を掴むような仕掛けが垣間見える気がします。しかし、今は「GLOBE+」にも登場している同じロシア人ユーチューバーの小原ブラス氏が設立した事務所に移籍し、マネージャーも付いてタレント活動も行っているようです。

彼女は、日本人好みのきれいな顔をしていますので、その美貌がユーチューバーとして成功する要因になったのは間違いないでしょう。また、日本語も堪能で、ややハスキーがかった声で落ち着いた喋り方をするので、それも魅力的に映ったように思います。同じロシア人でも、おっさんが「日本の景色に涙した」「日本の食べ物に感涙した」「日本人の優しさに感動した」と言っても、彼女のような人気を得ることはできなかったでしょう。

過去にはスキャンダルまがいの出来事で自粛していた時期もあったようですが、こんな白人のきれいな女性から、「日本に恋した」「だから日本人になりたい」と言われれば、それだけで視聴者の男たちが舞い上がるのは当然のように思います。

ただ、余談ですが、最近は、ロシア人の牙城に韓国人が進出しており、ロシア人も安閑としてはおれなくなっています。韓国人の場合、「反日」のイメージが強いので、韓国人が「日本に恋した」「もう韓国に帰れない」などと言えば、日本人の自尊心(愛国心)を大いにくすぐることになり、そのインパクトは絶大なのです。

このように、少なくとも彼女は、例えは悪いですが、ガーシーなどと同じように配信料を稼ぐためにYouTubeを運営している、専業ユーチュ―バーなのです。専業ユーチューバーにすぎない、と言ってもいいかもしれません。

とは言え、彼女がロシアのウクライナ侵攻に反対し、帰化を希望しているのはたしかで、それも最近の動画の大きなテーマになっています。ユーチューバーとして時流を読み、日本の世論に阿っているだけじゃないか、というような意地悪な見方もありますが、しかし、帰化したいという気持に嘘偽りがないことはよくわかります。

ただ、ユーチューバーで帰化を申請するのは、「無謀」と言えるくらいハードルが高いのも事実でしょう。それに、身も蓋もないことを言えば、顔がきれいで日本語が堪能な外国人(白人)女性だから、多くの支持を集め、好意的に受け取られていることもまた、否定し得ない事実でしょう。もとより、YouTubeというのは(と言うか、ネットというのは)もともとそういうものなのだ、ということも忘れてはならないのです。

■ロシアの生活


TBSのモスクワ特派員だった金平茂紀氏が、特派員時代の知り合いに会うために、年末年始にモスクワを訪れたときのことをネットで話していたのですが、金平氏は「あくまで自分が見た範囲だけど」と断りを入れて、モスクワの市民たちの日常は予想外なくらい「普通だった」と言っていました。ロシアは経済制裁で市民生活が困窮しているとか、プーチン体制のもとで窮屈で暗い日常を送っているとかいったイメージがありますが、人々の生活は駐在していた頃と変わってなかったし、赤の広場も、カウントダウンを楽しむ人々で賑わっていたと言っていました。

私自身も、結婚してロシアの地方都市で生活している、下記の日本人のYouTubeをよく観ていますが、たしかにショッピングセンターからユニクロやマクドナルドやスターバックスやナイキやアディダスのような外国企業が撤退した光景を映したような場面はあるものの、動画で紹介されている日々の生活は、びっくりするほど「普通」なのです。車を走らせている道路沿いの工場も通常通り稼働しているし、市場も中東や近隣の国などから輸入された野菜や魚で溢れているのでした。

YouTube
森翔吾

侵攻した直後、経済制裁でロシア・ルーブルが暴落するかもしれないと、お金を物に変えるためにあわてて日本車を買う場面などもありました。その際、担当したディラーのセールスマンは、日本車の輸入が止まったので、のちに失業することになるのでした。そういった影響はありますが、しかし、市民の生活はきわめて「普通」です。

あしやさんのように、別に反政府運動をして迫害されたわけでもないのに、ロシア国籍を捨てたいというのも、ロシアの生活水準がそれなりに「豊か」で、政治的な自由もそれなりにあり(あって)、それに大学進学率が高く、女性の地位も高いということなどが関係しているように思います。

エマニュエル・トッドは、ソ連が崩壊したのは国民の中で高等教育を受けた人の割合が25%を超えたことが要因である、と言っていましたが、ちなみに、25歳から64歳の大卒の人口比率(2021年・OECDのデータ)を見ると、ロシアは56.73%で、カナダに続いて世界第2位なのです。尚、日本はロシアの次の第3位です。高等教育を受けた人の割合が閾値を超えると、権力や権威の求心力が低下し、国民国家が民主化やグローバル化の波に洗われて揺らぎ始めると言うのです。

また、エマニュエル・トッドの家族システムの分類によれば、ロシアは、親子関係が権威主義的だけど兄弟関係が平等な「外婚制共同体家族」とされています。中国やベトナムなども同じで、党や国家は権威主義的だけど人民は平等主義的という、社会主義思想との親和性がもともと高いのです。尚、日本は、親子関係が権威主義的で兄弟関係が不平等な「直系家族」です。それは、保守政治を蝕んでいる世襲制の問題を考える上でも参考になるように思います。

徴兵を逃れるために多くの若者が国外に脱出したという報道もありましたが、それは、ロシアがウクライナのように、18~60歳の成人男性の出国が禁止されていたわけではなかったので、脱出することも可能だった、と考えることもできるのです。ウクライナは、成人男子の出国を禁止しているため、法を犯して出国するしかなく、そのためワイロが横行しているという話もあります。もちろん、「政治的な主張を除いて」という括弧付きですが、ロシアは、私たちが想像するような(メディアが言うような)かんじがらめに縛られ監視されているような社会ではない(なかった)のです。

侵攻した際、ニュース番組の中で戦争反対のボードを掲げた国営放送の女性キャスターがいましたが、彼女は拘束されたもののすぐに解放され、さらにそのあと、再びモスクワの街頭で戦争反対を訴えるボードを掲げたために、刑事訴追の怖れが出て、フランスに出国したと言われています。私たちは、彼女の勇気とともに、その間の”ゆるさ”にも驚きました。それは、普段抱いているロシアのイメージからは程遠いものだったからです。多くの日本人は、拘束された時点で拷問され、仮に解放されても秘密警察から四六時中監視される(下手すれば”変死”する)ようなイメージを持っていたはずですが、そうではなかったのです。

あしやさんもそのあたりのことを次のように書いていました。ただ、外国人だから仕方ない面はあるものの、文章はチャットGTPで書いたような通り一遍で平板なものでした。

私の友人や知り合いも、侵攻の前後で考えは変わったようです。

侵攻前は、海外移住したい気持ちはあったものの、ロシアでの生活が、ある程度豊かだったので、無理して海外に出て、ゼロから生活を築こうとは思わなかったといいます。たとえ政治に不満があっても、生きていく上では何ら不自由はなかったわけです。

ところが軍事侵攻が始まると、状況は全く変わりました。「これ以上、ロシアに住むことはできません」「ロシアで税金を払いたくない」「戦争する国にはいたくない」などと思うようになり、目が覚めたようです。
(上記「GLOBE+」のコラムより)


私たちが知りたいのは、ロシアの地べたの人々の実像なのです。そして、ウクライナ戦争に対して反戦を訴えるなら、ロシア・ウクライナを問わず、まずそういった地べたの人々の視点からこの戦争を考え、連帯することが大事なのです。

双方のプロパガンダとは別に、ウクライナ戦争が多分に抑制された、、、、、戦争であるのは事実でしょう。たとえば、今盛んに言われているウクライナの「反転攻勢」にしても、ウクライナは「反転攻勢」するぞ、総攻撃するぞ、とまるでロシアに通告するように公言していますが、そんな手の内を明かすような戦争があるのかと思います。しかも、日本のメディアは毎日のように「『反転攻勢』がはじった」と言っていますが、実際はいつまで経っても「反転攻勢」は始まらないのでした。

メディアであれば、そういった抑制された、、、、、戦争の内実を伝えることが必要でしょう。知らないことを知らせてくれるのがメディアのはずです。

あしやさんを取り上げたのも、ただネットで話題になっていることを後追いして、それを記事にする今の朝日の姿勢が出ているように思えてなりません。少なくとも、ひと昔前だったら、このようにネットに媚を売り、ネットに便乗するような企画はやらなかったはずです。
2023.06.05 Mon l 社会・メディア l top ▲
先程、ガーシーが既に日本行きの飛行機に搭乗していて、成田に向かっている、というニュースがありました。

別に競馬の予想屋ではないですが、それ見たことか、と自慢したくなりました。ただ、自首ではなく強制送還だったようです。

下記の記事をお読みください。

⇒ 【大胆予想】ガーシーは帰って来る

「名誉棄損」「常習的脅迫」「威力業務妨害」「強要」などの容疑はあくまでトバ口に過ぎないのです。これから第二幕が始まるのだと思います。

彼ら、、は、相変わらず虚勢を張っていますが、過去のSNSなどを見ると、言っていることが的外れでトンチンカンなことばかりだというのがよくわかります。メディアもコタツ記事ばかりなので、あたかも彼ら、、が言っていることにも、”三分の理”があるかのように思ってしまいますが、それは単に詐欺師の口上(そうなればいいなあという”希望的観測”を断定口調で言っている)にすぎないのです。

21世紀になり、資本主義が高度に発達するにつれ、社会や仕事のシステムは複雑になる一方ですが、肝心な人間はまったく逆に、どんどん退行して”単細胞”になっているような気がします。Googleが言った「集合知」や「総表現社会」とはこういうことだったのかと思いました。ガーシーの事件(と言うか、騒動)は、まさにそういった時代を象徴していると言えるでしょう。

最後に嫌味を言うつもりはないですが(でも嫌味ですが)、ヘタレな芸能マスコミは、せめてガーシーの親友である田村淳のコメントくらい取って来いよ、コタツ記事を書いているだけが能ではないだろう、と言いたいです。


関連記事:
『悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味』
日本の重大事? ガーシーの帰国問題
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続・ガーシー問題と議員の特権
ガーシー問題と議員の特権

※この記事は後日削除する予定です。
2023.06.04 Sun l 社会・メディア l top ▲
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(イラストAC)


■格差という共通の問題


『ニューズウィーク』のウェブ版で、「デジタル権威主義とネット世論操作」というコラムを連載している作家の一田いちだ和樹氏が書いていた下記の記事は、非常に示唆に富んだものでした。

Newsweek(ニューズウィーク日本版)
陰謀論とロシアの世論操作を育てた欧米民主主義国の格差

一田氏は、国際的な陰謀論や世論操作などは、相手国に「分断と混乱」を招いている問題をターゲットする、と書いていました。

情報戦、フェイクニュース、偽情報、ナラティブ戦、認知戦、デジタル影響工作といったネットを介した世論操作は相手国の国内にある問題を狙うことが多い。その問題は相手国ですでに国内の問題として存在し、分断と混乱を生んでいる。そのためどこまでが他国からの世論操作によるものなのか、自国の国内問題なのかという判別は難しい。
(上記記事より。以下引用は同じ)


代表的なのは「格差」です。「格差」は、今や世界の「共通の問題」になっているのです。フェイクの標的になるのは、「格差」によって忘れられた存在になった社会的弱者たちです。彼らは、メディアや「政治の場で取り上げられることも少なく、不可視の状態になっている」と言います。そのため、社会的な共感を得ることも難しく、彼らを「共感弱者」と呼ぶのでした。

一田氏が書いているように、世界の人口の半数を占める貧困層が保有している資産は、僅か2%にすぎません。一方、世界の人口の10%の富裕層の人々が保有している資産は、全体の76%の資産を占めているのです。

インバウンドでは、中国や台湾やシンガポールは言わずもがなですが、タイやマレーシアやインドネシアやフィリピンやベトナムなどのアジアの国からやって来た観光客たちが、私たちが目を見張るような羽振りのよさを見せるのは、彼らがグローバル資本主義の勝ち組の富裕層だからです。私たちも口にできないような高価な和牛を次々と注文して、「安くて美味しい」と言い放つ彼らは、間違いなく私たちより豊かな生活をしているのです。でも、その背後には、海外旅行など想像すらできないような人々がその何倍も存在するのです。インバウンドばかりに目を奪われる私たちにとっても、彼らは「不可視な存在」になっているのです。

一田氏は、続けてこう書きます。

かつて欧米の民主主義国の左派政党は低学歴・低所得者層を支持母体としていたが、徐々に高学歴・高所得層へとシフトしていった。その結果、格差の下位にいる人々の声を政治の場に届けるのはポピュリストのみになった。(略)
民主党を支持の中心は、投票者の90%を占める低位の人々ではなく、上位10%の人々に変化している。同様の傾向は他の欧米の民主主義国でも見られる。
(略)
現在、格差の下位にいる人々がまとまって影響力を行使することは難しい。彼らは多様であり、まとまるためのイデオロギーもない。共通しているのは富裕層=エスタブリッシュメントへの反発である。また、共感弱者(男性、白人など)は共感強者(LGBT、移民など)に反感を持つ傾向がある。共感弱者とはさきほどの共感格差の下位にいる人々でメディアで取り上げられることが少なく、共感を得にくい。共感強者とはメディアに取り上げられ、結果として政治の場でも取り上げられやすい。


それを一田氏は、「ガソリンがまかれている状況=格差が放置されている状況」と言います。

もちろん、日本も例外ではありません。貧困対策より、子育て支援が優先されるのはその典型です。与党も野党も、中間層を厚くしなければならないとして、中間層向けの政策ばかりを掲げるのでした。

しかし、話はそれだけにとどまらないのです。

■スマートシティ


日本政府は、バイデンの要請に従って、今にも中国が台湾や沖縄に攻めて来るかのように言い募り、民主党のスポンサーである産軍複合体に奉仕するために軍拡に走っていますが(実態は型落ちの在庫品を割高な値段で買わされているだけですが)、その一方で、行政の効率化の名のもとに、中国式の“デジタル監視社会”をお手本にして、似たようなシステムを導入しようとしているのでした。

私たちの個人情報をマイナンバーカードに一元管理しようとする試みなどはその最たるものでしょう。また、公共空間における監視カメラと顔認証の普及も然りです。それらが紐付けされれば、中国のような便利で効率のいい、行政官が理想とする社会になるのです。にもかかわらず、パンデミックを経て、それがディストピアの社会であるというような声はほとんど聞かれなくなりました。『1984年』を書いたジョージ・オーウェルも、そのタイトルのとおり、完全に過去の人になってしまった感じです。

問題はガソリンがまかれている状況=格差が放置されている状況なのだから、格差を是正するか、徹底的に低所得層を抑圧して活動を制限するしかない。現時点でもっとも効果的なのは後者、つまり徹底した抑圧を実現するための統合社会管理システムになる。中国やインドが推し進めている監視、行動誘導、国民管理を一体化したシステムである。古い言葉で言えば高度監視社会であり最近の言葉で言えばスマートシティだ。中国はすでにこのシステムを他国に販売している。
(略)
格差を是正するよりは、格差を不可視のままにして、中露の世論操作への対策を口実に中国やインドのような統合社会管理システムを構築し、徹底した抑止を行う方がよい。
(略)
早期にシステムを作れば多くの国に販売・運用代行することも可能であり、産業振興にもつながる。アメリカ、特にSNSプラットフォーム企業は意図的にそうしている可能性が高い。


極端なことを言えば、僅か10万円の給付金のために私たちはみずからの自由を国家に差し出すことに何の抵抗もなくなったのです。そして、今度は「産めや増やせよ」の現代版である「異次元の少子化対策」の餌をぶら下げられ、一も二もなく”デジタル監視社会”への道に身を委ねているのでした。

もちろん、政治においても同様です。この「格差」の時代に、上か下かの視点をみずから放棄した左派リベラルの(階級的な)裏切りは万死に値しますが、それが今の翼賛的な野党なき、、、、政治を招来しているのは論を俟たないでしょう。国際的な陰謀論と連動したミニ政党が跋扈したり、まるで目の上のたん瘤だと言わんばかりに立憲民主党界隈かられいわ新選組に対する攻撃が激しさを増しているのも、その脈絡で考えれば腑に落ちるのでした。


関連記事:
日本の貧困と民衆蜂起の時代
左派のポピュリズム
2023.05.30 Tue l 社会・メディア l top ▲
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■メディアの環境の変化


前の記事の続きになりますが、ジャニー喜多川氏や市川猿之助氏の問題を考えるとき、やはり念頭に浮かぶのはメディアの問題です。

何度もくどいほど言いますが、ジャニー喜多川氏の問題ではテレビや週刊誌や新聞など既存のメディアは臭いものに蓋をしてきたのです。そして、テレビや週刊誌は、市川猿之助氏の問題においても、今なお、ポイントを外れた(外した)ような報道を続けているのです。市川猿之助氏の代役を務めた市川團子氏を絶賛し、市川團子氏は澤瀉おもだか屋の救世主になった、などと頓珍漢なことばかり言っているのでした。

ジャニー喜多川氏の問題では、既存メディアもやっと重い口を開くようになったのですが、ジャーナリストの青木理氏は、下記の番組で、ジャニーズ事務所がメディアをコントロールする力を失くしたのは、BBCという外圧だけでなく、「メディア環境の変化」によるところが大きいと言っていました。

Arc Times
ジャニーズ事務所凋落の1つの理由はメディア環境の変化にある 

私も何度も書いてきましたが、芸能界では芸能人が独立するとテレビで干されるのが常でした。芸能プロダクションとテレビ局が、そうやって芸能界をアンタッチャブルなものにしてきたのです。しかし、ネットが普及すると、大手メディアが介在しないところで“世論”が形成されるようになり、芸能プロダクションやテレビ局のコントロールが利かなくなったのでした。

番組では、ジャニーズ事務所の関連でSMAPの例をあげていましたが、私は女優ののん(能年玲奈)がその典型だと思います。彼女は、独立したためにテレビで干された(今も干されている)のですが、しかし、テレビ以外のところで大成功を収めて、事務所に所属していた頃とは比べものにならないくらいの収入を得ていると言われます。それを可能にしたのも、メディアの環境が大きく変わり、テレビに頼らなくてもいいようなシステムができたからです。ちなみに、のんの場合、能年玲奈は本名なのですが、本名を前の事務所で芸名として使っていたとして、裁判所で使用禁止の訴えが認められて、芸能活動を行う上では本名が使えないというアホみたいな話になっているのでした。まったく日本はどこまでヤクザな国なんだと思います。

■文春砲


そして、そのネットの“世論”を形成するのに大きな役割を果たしているのが“文春砲”です。政治家が今や怖れるのも、新聞ではなく“文春砲”だ言われているのでした。

しかし、青木氏は、「文春が元気なのは週刊誌ジャーナリズムの最後の輝き」だと言うのでした。どういうことかと言えば、文春があんなにスクープを連発できるのは、他の週刊誌にいた「ハイエナのような」記者たちが、最後の砦のように文春に集まっているからにほかならないからです。毀誉褒貶はあったにせよ、昔はフライデーでも週刊現代でも週刊ポストでもみんな元気でした。ところが、どこも路線変更してスキャンダリズムの旗を降ろしたのでした。それで、書く場を失ったフリーの記者たちが文春にやって来て、今の”文春砲”の担い手になっているというわけです。

週刊誌が元気だった頃、週刊誌で働くフリーライターたちが作った(名前は正確に覚えていませんが)「働く記者の会」とかいう労働組合みたいなものがありました。私も同会が主催する講演会に行ったことがありますが、そこには、竹中労が言うような「『えんぴつ無頼』の一匹狼のルポライターや記者たちが沢山いました。

青木氏は、文春も紙媒体としては恐らく赤字のはずだ、と言っていました。しかも、出版社の中で、デジタル化に成功したコミックの出版権を持ってない出版社はこれからはもっと苦しくなることが予想され、文春の母体の文藝春秋社も例外ではないのです。

そもそも文春などの週刊誌やネットメディアは、ファクトチェックをするだけで、一次ファクトを提示するような力を持ってないというのは、そのとおりでしょう。

■朝日の弱い者いじめ


一次ファクト、つまり、一次情報を取りに行くような(調査報道を担う)記者たちが減り続けている現状にこそ、ジャーナリズムの危機があるのです。

青木氏によれば、現在、朝日新聞には1900人近くの記者がいて、朝日以外の新聞社には1000人程度の記者がいるそうです。テレビはNHKを除くと、記者は大体100人くらいだそうです。しかし、あと10年もすれば半減するだろうと言われているのです。

たとえば、朝日新聞は、最盛期は800万部くらいの部数を誇っていましたが、今では400万部を切っていると言われています。デジタル会員も20~30万人にとどまっているそうで、その惨状は想像以上なのです。名物記者が次々と辞めているのも、故なきことではないのです。

一方、朝日と提携しているニューヨーク・タイムズは、クオリティ・ペーパーとしての評価は高かったものの、もともとはニューヨークの地方紙で発行部数も数10万部にすぎませんでした。それが今では、英字紙というメリットも生かしてデジタル化に成功し、デジタル会員が600万人を超え、紙と合わせると1千万部近くに増えているそうです。ただ、アメリカでも地方紙は壊滅状態だそうで、それがトランプ現象をもたらしたような陰謀論がはびこる要因になっているとも言っていました。

最近、朝日新聞が、足立区議選で初当選した女性議員に関して、立候補する前の今年3月に、アニエスベーのコピー商品をフリマアプリで転売した商標法違反で、東京簡裁から罰金刑を受けていたことを報じ、同議員が初登庁の日に辞職するというニュースがありました。言っていることが矛盾しているではないかと思われるかもしれませんが、私は朝日が火を点けたあのバッシングを見て、嫌な感じを受けました。朝日はスクープしたつもりなのかもしれませんが、国会には下着泥棒をしながら政権与党の要職に就いている議員もいるくらいで、むしろ弱い者いじめをしているようにしか見えませんでした。

たしかに、女性議員がやったことは法に触れることではありますが、ビジネスとして常習的にやっていたわけではなく、転売で得た収益(差額)は2115円です。「ニセモノとは認識していなかった」というのもホントだったかもしれません。件の議員は、Twitterに「情けないです」と投稿して、辞職したことをあきらかにしたのですが、可哀想に思えたくらいです。

しかも、朝日新聞系列のAERA dot.では、「他にも余罪の可能性がある」という”憶測記事”を書いて、Yahoo!ニュースで拡散しているのでした。そのため、ヤフコメの恰好の餌食になったのですが、しかし、立件されたのは、あくまで2115円の収益を得た1件だけなのです。何だかそこには”悪意”さえあるような気がしてなりません。反論できないことをいいことにして、水に落ちた犬をさらに叩くような、こういったメディアはホントに怖いなと思います。

重箱の隅をつつくのではなく、重箱に盛られた特大のうなぎの正体を暴けよと言いたくなりますが、今の朝日にこんなことを言っても、所詮馬の耳に念仏なのでしょう。総理大臣の記者会見も、最初から質問者も質問する内容も決められた「台本の読み合わせ」にすぎないと望月衣塑子氏は言っていましたが、記者クラブの大手メディアの記者たちは読者や視聴者を愚弄しているとしか思えません。質問もしないでパソコンを打っているだけなら、AIで充分でしょう。

元朝日記者の鮫島浩氏は、朝日が5月1日から再び値上げしたことに関して、急激な部数減に襲われている新聞は益々政府広告への依存を深め、政府広報紙のようになっていると批判した上で、次のように書いていました。

かつての同僚に聞くと、もはや「読者拡大」で経営を再建することや「政権を揺るがす大スクープ」を狙って報道機関の使命を果たすことよりも、公的機関や富裕な高齢層など上級国民の一部読者を囲い込みつつ、とにかくリストラを進めて会社を少しでも長く延命させることを志向しているという。

さらなる発行部数の減少はすでに織り込み済みなのだ。会社上層部の世代が逃げ切るための「緩やかに衰退していくソフトランディング路線」である。典型的な縮小再生産といっていい。

Samejima Times
マスコミ裏話
朝日新聞がまた値上げ!異例のハイペースの500円アップで月額4900円に〜購読料を払う一般読者よりも新聞広告を出す政府に依存する経営がより鮮明に


青木氏も言っていましたが、メディアにはさまざまなタブーが存在します。言論の自由なんて、病院の待合室に掲げられている「患者様の権利」と同じで、絵に描いた餅に過ぎないのです。竹中労は、「言論の自由なんてない。あるのは自由な言論だけだ」と言ったのですが、けだし「自由な言論」とは、記者個人の気概や資質の問題にほかならないのです。偉い人や偉そうな人を「この野郎」と思う気持があるかどうかなのです。一次情報を取りに行く記者の数が減るという問題もさることながら、その前に記者の質を問う必要もあるでしょう。

愛国ビジネスという言葉がありますが、YouTubeの広告を見てもわかるとおり、今やネットを中心に“陰謀論ビジネス”が雨後の筍のように登場しており、右派メディアの愛国ビジネスが、身過ぎ世過ぎのために“陰謀論ビジネス”と合体しているような現実もあります。ファクトチェックどころか、ファクト自体が存在しない中でのファクトチェックまがいのことがはじまっているのです。


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■幼稚と暴力


ジャニー喜多川氏や市川猿之助氏の性加害を考える上で、私は、北原みのり氏がアエラドットに書いていた下記の記事を興味を持って読みました。

AERAdot.
幼稚と暴力がガラパゴス化したジャパン 「日本の今」を記録したドイツ人女性ジャーナリストが混乱した

北原氏は、ドイツ人女性ジャーナリストたちが、日本に1ヶ月滞在して取材した際に同行したのだそうです。

ドイツ人ジャーナリストは、歌舞伎町の様子をカメラに収めながら、「男性が支配的な国で、なぜこんなに子供っぽいものが多いのか?」と疑問を抱くのでした。

 日本は美しく、日本人は優しく、日本は安全で、どの町にも24時間営業のコンビニがあり、電車が時刻通りにくる便利な国……という良いイメージがあるが、フェミニストの視点でのぞいてみると、まったく違う顔が見えてくる。なかでもドイツ人ジャーナリストを混乱させたのは、「日本のかわいさ」と「暴力性」だった。


 街中のポスターや、アダルトショップで販売されている幼稚なパッケージを前に何度もそう聞かれ、「幼稚」と「暴力」はこの国では1本の線でつながっているのだと気が付かされる。ここは成熟を求められない国。成人女性が高く幼い声で幼い仕草で幼い言葉で「自分を小さく見せる」ことに全力をかける社会。成人男性の性欲はありとあらゆる方法でエンタメ化され、「ほしいものは手に入れられる」と幼稚で尊大な自己肯定感を膨らませ続けられる社会。


ホストクラブは日本にしかない“風俗”だそうですが、ホストたちは、「『貧しい家庭で育ち、学歴もなく、社会的な信頼もないオレ』が、一気に『勝ち組』になれるシステム」だとして、ホストクラブを男の夢として語るのでした。

■こどおじ


週刊誌の記事がホントなら、市川猿之助氏は、両親が老々介護をしているのを尻目に、スタッフをひき連れてホテルで乱痴気パーティを開き、その席でまるで絶対君主のように有無を言わせずに性的行為を強要していたのです。

そして、彼は、そんな暴力的で子どもじみたふるまいをしながら、週刊誌に「あることないこと書かれた」のでもう「生きる意味がない」と言い、両親に「死んで生まれ変わろう」と提案するのでした。何だか甘やかされて育てられた一人息子のボンボンの、どうしようもない(目を覆いたくなるような)幼稚さが露呈されているような気がしてなりません。

そんな市川猿之助氏は、澤瀉おもだか屋の二枚看板の一つである「猿之助」の名跡を継ぎ、これからの歌舞伎界を担うホープとして将来を嘱望されていたのでした。もし今回の事件がなかったら、そのうち人間国宝の候補になったかもしれません。あと10年もすれば紫綬褒章くらいは授与されたでしょう。でも、一皮むけばこんな「こどおじ」みたいな人物だったのです。

■大人と成熟


ジャニー喜多川氏も然りで、まわりの人間たちは、ジャニー氏がやっていることが「ヤバい」というのはわかっていたはずです。しかし、ジャニー氏もまた絶対君主だったので、みんな「見て見ぬふり」をしてきたのでした。

ジャニー氏の被害に遭った少年たちも、芸能界にデビューしてアイドルとしてチヤホヤされるために、ジャニー氏の欲望を受け入れるしかなかったのでしょう。しかも、年端もいかない少年であるがゆえに、グルーミングによって手なずけられたのでした。「ジャニーさんは父親みたいな存在」、そう言うと、メディアはそんな話でないことはわかっていても、それを美談仕立てにして誤魔化して来たのでした。

そして、少年たちは長じると、ニュース番組のキャスターを務めるまでになったのでした。彼らを起用したテレビ局も、ジャニー氏がやって来た「ヤバい」ことを知らなったはずがないのです。ジャニー氏の寵愛を受けたその中のひとりは、番組の中で、真相を語ることなく、ジャニーズ事務所は名前を変えて再出発すればいいと、どこかのカルト宗教みたいなことを言ったのでした。

記事のタイトルの「幼稚と暴力がガラパゴス化したジャパン」とは言い得て妙で、これは芸能界だけの話ではないし、セクハラだけの話でもありません。サラリーマンたちだって、似たような経験をしているはずです。みんな同じように、家族のためとか、生活のためとか、将来の年金のためとかいった口実のもとに、「ヤバい」ことを「見て見ぬふり」して来たのです。私も上司からよく「大人になれ」と言われましたが、会社では「見て見ぬふり」をすることが「大人になる」ことだったのです。

北原氏は、日本を「成熟を求められない国」と書いていましたが、日本の社会では、「成熟する」というのは「大人になる」と同義語なのです。つまり、「大人」や「成熟」という言葉は、現実を肯定し(「見て見ぬふり」をして)自己を合理化する意味で使われているのでした。そういった日本語の多義性を利用した言葉の詐術も、日本的な保守思想の特徴と言えるものです。それは文学も然りで、江藤淳の「成熟」も「こどおじ」のそれでしかなかったのです。

保守派からLGBT法は日本の伝統にそぐわないという反対意見がありますが、その伝統こそがジャニー喜多川氏や市川猿之助氏のような存在を生んだのです。国家に庇護された伝統と人気が彼らの性加害の隠れ蓑になったのです。私たちは、LGBT法とは別に、伝統こそ疑わなければならないのです。

■話のすり替え


ところが、ここに来てワイドショーなどを中心に、市川猿之助氏の才能や人柄をヨイショする報道が目立って増えており、中には復帰することが前提になっているような報道さえ出始めています。さすがに、それは違うだろうと言わざるを得ません。何だか再び(性懲りもなく)「見て見ぬふり」が始まっているような気がしてなりません。

(本人の供述として報道されていることを前提に言えば)自殺未遂に関しても、不可解な点がいくつもあるのです。たとえば、自殺したと言っても、家族三人が枕を並べて一緒に心中したわけではなく、両親と猿之助氏との間でかなりのタイムラグが生じていると推測されるのです。タイムラグの間に、猿之助氏は、向精神薬を飲んで昏睡状態に陥った(と思われる)両親の顔にビニール袋を被せて、呼吸しているかどうかを確認したと供述しており、しかもそのあと、ご丁寧に向精神薬の薬包紙やビニール袋を処分しているのでした。さらに、座長を務める公演を体調が悪いので休むとわざわざ電話しているのでした。その上、自宅の鍵を開けたままにしているのです。

もう一つ忘れてはならないのは、市川猿之助氏が、歌舞伎の”家元制度”を背景にして、日常的にパワハラやセクハラ(性加害)を繰り返していたということです。その性加害はジャニー喜多川氏と同様に、同性に対するのだったのです。そのため、彼の性的指向についても言及せざるを得ないのです。

にもかかわらず、テレビのワイドショーは、性的指向にはひと言も触れずに、伝統ある歌舞伎役者としての側面ばかりを強調しているのでした。それは、どう見ても話のすり替えのように思えてなりません。自殺未遂に関しても、市川猿之助氏は澤瀉屋の後継者としての重圧を背負った犠牲者みたいな言い方がされていますが、目を向けるべきはそっちではないでしょう。

もしこれが国家に庇護された歌舞伎界のスターでなくて”一般人”だったら、それこそ疑問点をあることないことほじくり返して、自殺を偽装した殺人事件のように報じるはずなのです。
2023.05.25 Thu l 社会・メディア l top ▲
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■先客万来の虚構


観光地でゲストハウスや飲食店などを経営している友人から電話があったので、いつものように「景気はどうか?」と訊いたら、ゴールデンウィークの前半はよかったけど、「後半はダメだった」と言っていました。

「テレビは元に戻ったみたいな言い方をしているけど、元には戻ってないよ」と嘆いていました。
「結局、パンデミックの反動で一時的に戻っただけということか?」
「そうだよ。外国人観光客も完全に戻って来てないので、いい状態が続かないんだよ」

客単価も低くて、言われるほど千客万来の状態ではないと言います。

たしかに、コロナ禍前の2019年度の外国人観光客の「旅行消費額」4兆8135万円のうち、36.8%の1兆7704万円を占めていた中国人観光客は完全に戻って来てないのです。

今のような中国敵視政策が続けば、以前のようにドル箱の中国人観光客が戻って来るのか疑問です。核の脅威を謳いながら核戦争を煽っているG7サミットと同じで、中国を鬼畜のように敵視しながら観光客が来るのを首を長くして待っている矛盾を、矛盾と思ってないのが不思議でなりません。

メディアのいい加減さは、インバウンドでも、G7サミットでも、ジャニー喜多川問題でも同じです。たとえば、欧米の観光客はケチでショボいというのが定説でしたが、いつの間にか中国人観光客に代わる(言い方は変ですが)大名旅行をしているみたいな話になっているのでした。

もっとも、「外国人観光客が戻って来て大賑わい」というのも、外国人が日本の食べ物や景色や日本人の優しさに「感動した」「涙した」という、YouTubeでおなじみの動画の二番煎じのようなものです。その手の動画をあげているのはほとんどが在日の外国人で(その多くがロシア人で、最近は韓国人も増えてきた)、日本人の中にある「ニッポン、凄い!」の”愛国心”をくすぐって再生回数を稼ぎ、配信料を得るためにやっているのですが、テレビも視聴率を稼ぐために同じようなことをやっているだけです。

■被爆者の「憤り」


今回のサミットに対しては被爆者の間から批判が出ており、平岡敬元広島市も、次のように憤っていました。

朝日新聞デジタル
元広島市長「岸田首相、ヒロシマを利用するな」 核抑止力維持に憤り

平岡元市長は、「岸田(文雄)首相が、ヒロシマの願いを踏みにじった」「岸田首相は罪深い」と言います。

(略)本来は核が人間に与えた悲惨さを考えるべきです。核を全否定し、平和構築に向けた議論をすべきでした。

 加えて、19日に合意された「広島ビジョン」では、核抑止力維持の重要性が強調されました。

 戦後一貫して核と戦争を否定してきた広島が、その舞台として利用された形です。


 核を否定し、平和を訴えてきたヒロシマを、これ以上利用するなと言いたいです。

 広島を舞台にしてウクライナ戦争を議論するならば、一日も早い停戦と戦後復興について話し合われるべきでした。

 中国とロシアを非難するだけでは、緊張が高まるだけです。いかに対話をするか、和解のシグナルを発信する必要があります。

 戦争の種をなくし、平和を構築する。それが、岸田首相をはじめとするG7首脳たちに求められていることです。


しかし、翼賛体制下にある今の日本では、こんな発言もお花畑の理想論と一蹴されるだけです。

今回のG7サミットは、ゼレンスキー大統領の参加というお膳立てもあり、さながら第三次世界大戦の決起集会のようでした。どうすれば核戦争を回避し和平に導くことができるか、という議論ははなからありませんでした。とは言え、G7の拡大会議に出席したインドやブラジルの態度に見られるように、それも一枚岩とは言い難いものでした。

翼賛体制に身を委ねているのは、メディアだけでなく左派リベラルも同じです。彼らもウクライナVSロシアという戦時の発想に依拠するだけで、“戦争サミット”を批判する視点を持ってないのです。野党風な態度を取りながら、今の”戦争体制”を補完しているだけなのでした。

それは、新左翼も同じで、一部を除いてはロシアの侵略戦争というベタな視点しか持ちえず、アメリカの戦争政策に追随しているあり様です。そのため、前回のドイツ・エルマウのサミットのときのような、「戦争反対」のデモもまったく見られなかったのです。彼ら自称「革命的左翼」も完全に終わっているのです。

唯一行われた中核派系のデモも、下記の動画のように、警察によって徹底的に封じ込められたのでした。デモの様子は、日本のメディアではほとんど報じられませんでしたが、イギリスBBCによって、警察がデモ隊を暴力的に制圧するシーンが世界に拡散されるというオチまで付いてしまったのでした。また、現場となった商店街の市民が撮影した動画もネットにあげられ、それぞれ万単位の再生数を記録することになりました。こんなことを言うと叱られるかもしれませんが、ネットの時代のカンパニアとしては、大成功と言えるのかもしれません。

G7の首脳たちが円卓を囲んで微笑んでいるシーンや、ゼレンスキー大統領が各国首脳と握手しているシーンだけがG7ではないのです。こういったシーンも、G7広島サミットを記録する上で欠かせないものなのです。と言うか、唯一台本のないガチなシーンだったと言えるのかもしれません。


■資本主義の危機


ウクライナ戦争の天王山とも言われるバフ厶トを巡る攻防についても、一時はバフムトの陥落は近いと言われていました。しかし、最近は形勢が逆転して、ロシア軍が退却しているというような陥落を否定するニュースが出ていました。ところが、G7の最中に、ロシア国防省と軍事会社のワグネルがバフ厶トを掌握したと発表し、それに対して、ゼレンスキー大統領も、記者会見で、郊外で抵抗しているとか何とか言うだけで、完全に否定はしなかったのでした。どうやら当初の話のとおりバフ厶トの陥落は事実のようです。このように日本のメディアは、イギリス国防省やアメリカの国防総省のプロパガンダをそのまま垂れ流しているだけなのでした。そのため、ときどき「話が全然ちがうじゃないか」と思うようなことがあるのでした。

ウクライナ戦争や米中対立によって、西側の経済は大きな傷を負っています。そのことをいちばん痛感しているのは私たち自身です。資源高&エネルギー価格の高騰による物価高に見舞われ、生活苦も他人事ではなくなっています。その一方で、商社や金融機関や自動車メーカーなど大企業は相次いで好決算を発表しているのでした。つまり、大儲けしているのです。

財務省の法人企業統計によれば、大企業の内部留保は2021年度末で484.3兆円まで膨れ上がっているのですが、ウクライナ戦争を好機に、さらに積み増ししようとしているかのようです。この火事場泥棒のような現実こそ、資本主義の危機の表れとみなすことができるでしょう。

■中国抜きでは成り立たない現実


そもそも、国際的な分業体制が確立し、それを前提に成り立っている今のグローバル経済にとって、アメリカが言うような中国抜きのサプライチェーンなど絵に描いた餅にすぎないのです。

『週刊ダイヤモンド』の今週号(5月27日号)では、「半導体・電池『調達クライシス』」という記事の中で、中国ぬきでは成り立たないサプライチェーンの現実を次のように指摘していました。尚、記事の中のCATLというのは、世界最大の半導体メーカーである中国の寧徳時代新能源科技のことです。

 そもそも電池のサプライチェーンは、半導体とは全く異なる特殊性がある。半導体の場合は、設計、半導体材料、半導体製造装置、製造のあらゆる主要工程を米国、日本、台湾、オランダが握り、西側諸国でサプライチェーンを完結できる。だが電池の場合は、中国を介さずに調達できる国は一つとしてない。
 鉱物資源からレアメタルを取り出しす製錬工程が中国に完全に握られている他、日本に強みがある電池材料でも中国勢がコストや品質で猛追。さらに中核の電池製造では、日本と韓国を抑えて、中国電池メーカー2社が圧倒的だ。調査会社テクノ・システム・リサーチによると、22年(見込み値)で世界首位のCATLの出荷額は270GWh、シェアは46%に達する。
 すでにCATLは、中国EVメーカーだけにとどまらず、欧州各国、米テスラ、米ビックスリー、日系大手3社など世界中のEVに車載電池を供給している。「中国排除」のサプライチェーンなど成り立たないのは明白だ。
(『週刊ダイヤモンド』5月27日号)


また、今朝のNHKニュースでは、福岡の市場で競り落とされたノドグロやマナガツオ、アラカブ、タチウオといった高級魚が、香港や韓国や台湾などへ輸出されている現状を特集で伝えていました。そのために中国人の仲買人を雇っている仲卸会社もあるそうです。

NHK NEWSWEB
ビジネス特集・「日本人は金払えない」アジアの胃袋に向かう高級魚

番組によれば、市場に出入りする仲卸会社の大半が輸出に関わっており、既に売り上げの4割近くを輸出が占めている仲卸会社もあるそうです。

「もう国内だけではだめだと思います。われわれとしては、高く買ってくれるところに売るのが一番いいんです。今は海外のほうが確実にもうかります」という仲卸会社の社長の言葉が、今の日本を象徴しているように思います。

似たような話は、横浜橋の商店街でもありました。どこかのニュースでも取り上げられていましたが、横浜橋の商店街では中国人が経営する八百屋や魚屋や総菜屋が増えており、しかも、日本人経営の店より価格が安いので買い物客で賑わっているそうです。と言うと、ネトウヨと同じように、怪しい野菜や魚を売っているんだろうと言われるのがオチですが、しかし、実際は市場から正規のルートで仕入れているちゃんとした商品だそうです。要するに、日本人経営の店と違って、豊富な資金で大量に仕入れるため、その分仕入れ価格が安くなり安売りが可能になるというわけです。

中国が豊かになり、一方で日本が「安い国」になったので、ひと昔前だったら考えられないような”逆転現象”が起きているのでした。先の友人の話では、観光地のホテルや飲食店も、中国資本や韓国資本に次々と買収されているそうです。あそこもあそこもと私も知っているホテル名をあげて、みんな買収されたんだと言っていました。

■梯子を外される日本


米中対立も、超大国の座から転落したアメリカの悪あがきと言えなくもありません。日本はそんなアメリカの使い走りのようなことをやっているのですが、それはホントに国益に敵っていることなのだろうかと思ってしまいます。

昨年10月に国際決済銀行(BIS)が発表した、世界の外国為替取引高における通貨別シェアによれば、トップは言うまでもなくアメリカドルの88%で、第2位がユーロの31%、第3位が日本円の17%、第4位がイギリスポンドの13%で、中国の人民元は4%から7%に上昇したものの第5位でした。アメリカドルの圧倒的な強さは変わらないものの、アメリカが人民元のシェアが伸びていることに神経を尖らせているのは間違いないでしょう。言うまでもなく、今の通貨体制がアメリカの生命線でもあるからです。

一方で、中国は、BISとは別に独自の人民元国際決済システム(CIPS)を導入して、「一帯一路」沿線の国やいわゆるグローバルサウスと呼ばれる国を中心に人民元(それもデジタル人民元)での決済をすすめており、金融面においてもアメリカの覇権(アメリカドルの実質的な基軸通貨体制)に対抗しようとしているのでした。それが今の米中対立の要諦です。

ただ、深刻度を増す金融危機に見られるようにアメリカ経済も疲弊していますので、アメリカの対中政策が一転して軟化する可能性もあり、バイデンも最近、それらしきことをほのめかしているという指摘もあります。米中接近のときもそうでしたが、日本がいつアメリカに梯子を外されるかわからないのです。
2023.05.23 Tue l 社会・メディア l top ▲
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■年上の知人


昔、仕事で知り合いだった年上の人と久しぶりに会いました。その人は、自分の仕事をやめて、以後10年以上、とある公益法人で嘱託職員として働いていたそうです。

しかし、1年前の70歳になる直前に、足を痛めて退職。この1年間は年金と貯金を切り崩して暮らしていたのだとか。

嘱託職員と言っても、ほぼ正職員と同じような仕事をしていたので、それなりの収入もあり、それに加えて65歳から年金を貰っていたので、毎月貯金ができるほどの余裕はあったそうです。

ところが、数ヶ月休んで足もよくなったので、再び働こうと思ったら、年齢制限にひっかかりどこも雇ってくれず困っていると言っていました。もちろん、探しているのはアルバイトです。既に30社近く履歴書を送ったけど、いづれも面接さえ至らず断りの手紙が送られてくるだけで、さすがに滅入っていると言っていました。

働きたいのは、生活のためだけでないとも言っていました。この1年間、何もしないで過ごしていると、見るからに体力も衰えて急激に老けていく自分を感じ、危機感を抱くようになったそうです。

■高齢者講習


70歳を越えると、運転免許証の更新の際は高齢者講習が義務付けられるそうで、そのために6450円の受講料を払って自動車学校で講習を受けなければならないのだそうです。何だか「あなたたち高齢者は社会のお荷物なのですよ」と言われているような気がして、よけい自分が老けたような気持になると言っていました。

高齢者の交通事故が増えたので、(建前上は)その対策として講習が義務付けられたのでしょうが、6450円とは法外な気がします。講習を受けないと免許証の更新はできないのです。更新の手数料を含めると、70歳以上の高齢者たちは、免許証を更新するのに1万円近くの出費を余儀なくされるのです。

聞けば、通常、更新の際に行われる講習とそんなに変わらず、要するに免許証の返上を勧めるような内容だったと言っていました。また、自動車学校のコースを使った実車によるテストも行なわれたけど、認知度や運動神経などを調べるのなら、もっと簡便な方法があるのではないかと思ったそうです。

警備会社と同じように、自動車学校の校長の多くも元警察署長などの天下りです。言うなれば、警察にとっては子飼いの業界なのです。少子高齢化で自動車学校も生徒集めに苦労していますので、警察庁が自動車学校に新たな“収益源”を与えた、という側面もあるような気がしないでもありません。

もちろん、高齢者の交通事故対策が必要なのはわかりますが、このように新しい施策が行われると、まるで火事場泥棒のように役人たちは自分たちの権益の拡大をはかるのでした。文字通り、地頭は転んでもただでは起きないのです。

70歳からの高齢者講習の義務化は去年から始まったばかりだそうです。その審議の過程で、講習の問題点を野党が指摘したという話は聞いたことがありません。メディアも、高齢者の交通事故をそら見たことかと言わんばかりに大々的に報じるだけで、問題点を指摘する声はありませんでした。

講習の実効性どころか、爪に火を点すようにして、乏しい年金で暮らしている高齢者を食いものにするような制度と言ってもいいでしょう。

資本主義の本質はぼったくりにあり、今の異次元の物価高も資源価格の高騰を奇貨にした資本のぼったくり以外の何物でもありませんが、これは(決して冗談で言っているのではなく)高齢化社会を奇貨にしたぼったくりとも言えます。”シルバー民主主義”で高齢者は優遇されていると言われますが、このどこに”シルバー民主主義”があるんだ、と言いたくなります。今の日本では、高齢者をおおう貧困が明日の自分の姿だという最低限の認識さえないのです。

■労働力不足のからくり


年上の知人は、仕事を探すのも免許証を更新するのも、「お前は年寄りなんだ」と言われているような気がして、否が応でも社会から退場させられているような気がすると言っていました。

彼も1年前まではバリバリに働いていたのです。今の70歳は昔の70歳とは違うとか、これからは70歳になっても働かなければならないとか言われますが、現実は全然そうなってないのです。

私の父親は自営業だったので、70歳でも現役でバリバリ働いていました。もちろん、車も運転していました。そして、現役のまま病気で亡くなりました。祖父もそうでした。昔は自営業の割合が高かったので、高齢になっても普通に仕事をしていた人が多くいました。

でも、今はサラリーマンの定年退職を基準にするのが主流になっているので、65歳を過ぎると高齢者と言われて、労働の現場から排除され、さまざまな制約を受けるようになるのです。だからと言って、豊かな老後を過ごせるように年金制度が充実しているわけではありません。むしろ逆です。フランスでは年金制度の改正に反対して、火炎瓶を使ったような過激な街頭闘争まで繰り広げられていますが、それでも日本の年金と比べると夢のような充実ぶりで、フランスと比べると日本はまるで奴隸の国に思えるくらいです。

日本が戦後経済発展をしたのは、ある意味で当然だったと言ってもいいでしょう。資本にとって、これほどコストの安い国はないのです。まるで資本が国家の上位概念であるかのように、社会保障は二の次にできるだけコストを安くして、高い国際競争力を持つように政治もバックアップして来たのです。にもかかわらず、高度成長を経てバブルが到来したのもつかの間で、その後は低下の一途を辿り、今やタイやフィリピンの観光客からも「日本は安い」と言われ、喜ばれるような国になってしまったのでした。そして、年金制度などの社会保障は、二の次になったまま放置されたのでした。その結果、今の格差社会が生まれたのです。にもかかわらず、高齢化社会だから年金が目減りするのは当然だ、というような論理が当たり前のようにまかり通っているのです。

消費税は社会保障のため、そのための目的税だとされていますが、実際は所得税や法人税と同じ一般財源に入れられ、それらといっしょにされて歳出に使われているのです。それでは、消費税が法人税減税の補填に使われているという批判が出て来てもおかしくないでしょう。実際に、消費税導入前の1988年度の国民年金(基礎年金)の保険料は、月額7700円でした。それが、消費税が10%になった2020年度は16610円になっているのです。もちろん、その分支給額が上がっているわけではありません。何度も言いますが、むしろ逆です。これでは何のための消費税かと言いたくなるでしょう。

少子高齢化で労働力不足が深刻だとか言われていますが、それは若くて賃金が安い若年労働力が不足しているという話にすぎず、中高年の失業者が職探しに苦労している現実は何ら変わらないのです。しかも、若くて賃金が安い若年労働力を補うために、発展途上国からの労働者にさらに門戸を広げようとしているのでした。

でも、彼らはあくまで低賃金の出稼ぎ労働者にすぎません。低賃金の外国人労働者の存在が、3Kの現場などにおいて、日本人の労働者の賃金が低く抑えられる要因になっているという指摘は以前からありました。しかし、問題はそれだけでないのです。中高年の労働者が労働市場から排除されるという、もうひとつの負の側面も生まれているのでした。

左派リベラルなどは、「万国の労働者団結せよ」というようなインターナショナリズムや民族排外主義に反対する立場から、門戸開放にはもろ手を挙げて賛成していますが、でも、そこにあるのは、資本の論理と国家を食いものにする役人の論理だけです。資本や国家は、「万国の労働者団結せよ」というインターナショナリズムで門戸開放するわけではないのです。

年上の知人のように、年金に頼るのではなくバリバリ働いて充実した人生を送りたいと思っても、社会がそれを許さないのです。「あなたは年寄りだから社会のお荷物にならないようにしなさい」と言われて、「お荷物扱い」されるのです。

私は、年上の知人の話を聞きながら、何が異次元の少子化対策だ、何が外国人労働者の門戸開放だ、と思いました。誰もその陰にある部分を見ようとしないのです。


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2023.05.10 Wed l 社会・メディア l top ▲
ペスト


■新型コロナウイルス


先日、きっこがTwitterに次のように投稿していました。

国民の命など二の次の岸田政権は、すでに新型コロナを過去のものとして無対策を加速しているが、専門家によると現在の国内の感染者の9割は死亡率の高い変異株であり、連休後には世界各国から帰国する邦人が持ち込んだ新たな変異株により、この夏は10万人規模の死者が出る第9派の恐れもあるという。

きっこ
@kikko_no_blog


これを単に狼少年(狼女?)の戯言と一笑することができるでしょうか。

メディアにおいても、新型コロナウイルスは既に終わったかのような雰囲気で、どこもゴールデンウィークに日本中が浮かれているようなニュースばかりです。喉元過ぎれば熱さを忘れるのは日本人の習性ですが、政府の方針が変わると、みんな一斉に右へ倣えしてガラッと空気も変わるのでした。

これも既出ですが、カミュの『ペスト』の最後では、ペストを撃退したとして花火が上がり、街の至るところで歓喜の声が上がる中で、語り手のリウーは次のように呟くのでした。

(略)――ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着のなかに眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反古のなかに、しんぼう強く待ち続けていて、そしておろらくいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうということを。

宮崎嶺雄訳『ペスト』(新潮文庫)


ペストは、抗生物質の開発で死に至る感染症ではなくなりましたし、先進国では検疫(防疫)の普及でほぼ”撲滅”されましたが、新型コロナウイルスは、この3年間で少なくとも10億人を超すであろう人々の体内に定着したのです。私たちの身体には380兆個のウイルスが生存していると言われていますが、新型コロナウイルスもその中に加わったのです。ウイルスは、宿主とともに生き続けますが、しかし、新型コロナウイルスは、宿主の遺伝情報を利用して変異株(子孫ウイルス)を作るやっかいな存在です。それどころか、似たようなウイルスは自然界に無数に存在しており、自然破壊によって人間と中間宿主である野生動物との距離が近くなったことで、今後も別のウイルスによる感染爆発が懸念されているのでした。

新型コロナウイルスは、5月8日より感染法上の位置付けが、これまでの「2類」相当から、季節性インフルエンザと同じ「5類感染症」の扱いになります。その移行に伴い、今までのように全ての医療機関が毎日感染者の数などを報告する「全数把握」は終わり、週に1回全国5000の指定医療機関のデータを集計した報告になり、死者数は月に1回発表されるだけになります。これでは、感染に対する関心も薄れ、その対策もなきに等しいものになるので、今後、新たな変異株の感染が発生すれば、今までとは比べものにならないくらい爆発的に拡大するのは目に見えているでしょう。

■外国人観光客を羨ましがる日本人


日本人は、ついこの前まで、外国人、特に欧米人はケチでお金を使わないと言っていたのに、今や様相が一変し、彼らを救いの神のように崇め、その散財ぶりを羨ましがるようになっているのでした。

観光地でゲストハウスを所有している友人は、ゲストハウスの運営は専門の会社に任せているそうですが、まだ入国制限が行われて全国旅行支援の日本人観光客が主であった頃は、「全国旅行支援の分宿泊料が高くなっているので、お客の負担はほとんど変わらない。全国旅行支援は観光業者の利益になっているんだよ」と(近畿日本ツーリストの不正請求に見られるような)観光業者のぬけめないやり方を指摘していました。そして、入国制限が緩和して外国人観光客がどっと押し寄せるようになったら、「オレはありがたいけどな」と前置きして、「びっくりするくらい宿泊料を高く設定していて、あれじゃ日本人は泊まれないだろう」と言っていました。実際に、最近は宿泊客のほぼ百パーセントが外国人観光客だそうです。そうやってここぞとばかりに荒稼ぎしているのです。

それでも外国人観光客から見れば、日本は安い国なのです。「オーストラリアの昼食1回分のお金で、日本では夕食を3回食べることができる。金持ちになった気分だよ」とインタービューで答えていた観光客がいました。

築地の場外市場に外国人観光客が押しかけて、押すな押すなの賑わいというニュースを見ていたら、友達と観光に訪れたという日本の女子大生が、「(外国人観光客は)みんな高いものを食べているので凄いですね」と言っていましたが、そこには今の日本の姿が映し出されているように思いました。

■ウクライナ戦争と核の時代


よく陰謀論の権化のように言われる田中宇氏は、「決着ついたウクライナ戦争。今後どうなる?」という有料記事のリードに、次のように書いていました。

もうウクライナが勝てないことは確定している。事態を軟着陸させて漁夫の利を得るために和平提案した習近平が勝ち組に入っているのも確定的だ。ウクライナが西部だけ残ってポーランドの傘下に入る可能性も高い。米国と西欧の崩壊が顕在化し、東欧は非米側に転じ、NATOが解体する。ウクライナの国家名はたぶん残る(その方が和平が成功した感じを醸成できる)。ゼレンスキーが生き残れるかどうかは怪しい。EUも解体感が強まるが、国権や通貨の統合を解消して元に戻すのは困難だ。EUは再編して存続する可能性がある。

田中宇の国際ニュース解説
https://tanakanews.com/


やや突飛な感じがしないでもありませんが、これを単なる陰謀論として一蹴することができるでしょうか。私たちは、普段、イギリス国防省やアメリカのペンタゴンから発せられる“大本営発表”しか接してないので、こういった記事を目にするとトンデモ話のように受け取ってしまいます。しかし、たとえば、アメリカが唯一の超大国の座から転落して世界が多極化するという話も、最初はトンデモ話のように言われて、ネットで嘲笑されていたことを忘れてはならないでしょう。それどころか、政治の専門家やメディアも歯牙にもかけなかったのです。

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世界史的転換

それは今も同じです。日本のメディアでは、ウクライナ戦争はロシアの敗北で終わるような話になっていますが、中国が言うように「核戦争に勝者はいない」のです。ホントに敗北するような事態になれば、ロシアはためらうことなく核を使用するでしょう。米英の“大本営発表”をただオウム返しに垂れ流すだけの日本のメディアには、勝者なき核戦争に対する認識がまったく欠落しているのです。それは驚くべきことだし、怖ろしいことです。

ウクライナ戦争に対しては、「核戦争には勝者はいない」という視点で考えるべきだし、そのために和平の働きかけが何より優先されるべきです。そんな当たり前のことさえ行われてないのです。そこにこの戦争の真の危機があるのだと思います。

先日、中国で「反スパイ法」が改正され、スパイの定義が拡大されたとして、日本のメディアでは、中国に駐在する日本人がアステラス製薬の社員と同じように狙い撃ちされるのではないか、というような話が盛んに流されています。これだけアメリカ主導で、今にも(2年以内に?)中国が台湾に侵攻するというような宣伝が行われ、周辺国が軍備増強を進めれば、中国が警戒心を強め国内の締め付けを強化するのは、ある意味で当然と言っていいでしょう。アメリカは、ロシアと同じように、中国が追い詰められて軍事的な行動を起こすように挑発している感じさえあるのです。

しかし一方で、現在のところ、どんな思惑があれ、「核戦争に勝者はいない」としてウクライナ戦争の停戦に乗り出しているのは中国だけです。欧米や日本は、民主主義が優位ですぐれた理念だと自画自賛し、中国やロシアを「権威主義国家」と呼んで敵対視していますが、しかし、戦争を煽り、核戦争の危機を招来しているのは、優位ですぐれた理念を掲げているはずの「民主主義国家」の方です。

欧米の「民主主義国家」は、”終末戦争”と言ってもいいような過激な玉砕戦を主張するゼレンスキーを節操もなく支援するだけです。どこの「民主主義国家」も、ゼレンスキーを説得しようとしないのです。まるで一緒になって”終末戦争”に突き進んでいる感じです。

ウクライナ戦争は対岸の火事などではなく、世界中が戦争の当事者でもあるのです。築地でウニを食べて浮かれているような観光客も当事者です。それが核の時代の日常なのです。

■核戦争を煽る岸田首相


岸田首相は、5月1日からグローバルサウスと呼ばれるアフリカのエジプト、ガーナ、ケニア、モザンビークへの歴訪を行っていますが、グローバルサウスというのは、欧米主導の世界秩序に異を唱える第三世界の国々のことです。しかし、いつの間にか第三世界ではなく「第三極」という言い方に変わっているのでした。

国連のロシア制裁決議においても、グローバルサウスの国々の大半は、反対もしくは棄権をして、欧米主導の決議案に反旗を翻したのでした。

岸田首相は、ウクライナ戦争の和平の道を探るために、そのカギを握るグローバルサウスを訪れたのかと思ったら、そうではなく、中国やロシアの影響力が増している彼の国々に対して、ともに反中国・反ロシアの列に加わるようにオルグするためだったのです。中国からの援助を「援助の罠」と呼び、それに対抗して数百億円というとてつもない金額の援助をチラつかせながら、「こっちの水は甘いぞ」と誘っているのでした。

1千万人を優に越える人々が年収130万円以下で生活しているような国内の貧困(格差)問題はそっちのけに、アメリカの手下になって花咲か爺さんのように大盤振る舞いを行っているのでした。

これでは、「核戦争に勝利はない」という考えなどどこ吹く風で、むしろ核戦争を煽っていると言っても言いすぎではないでしょう。まったく狂っているとしか思えませんが、しかし、それを指摘するメディアは皆無です。

一方、平和・護憲を謳い文句にしてきたいわゆる左派リベラルも、ウクライナがどんな国なのかという検証もなしに、ただ徒に侵攻したロシアを糾弾するだけで、バイデン政権の戦争政策に同伴しているのでした。そんな彼らを見るにつけ、戦後憲法が掲げる平和主義やその理念が如何に脆く、いい加減なものだったのかということを、あらためて痛感させられるのでした。彼らが掲げる”護憲”なるものは、現実の戦争に直面すると、単なる建前と化すような空疎なものでしかなかったのです。左派リベラルの”護憲”や”平和”の論理は、完全に破綻したと言っていいでしょう。口では翼賛体制に反対するようなことを言いながら、みずから進んで翼賛体制に加わっているのですから、戦前の社会大衆党と同じです。”鬼畜中ロ”においては、与党も野党も、右も左もないのです。まさに歴史は喜劇として再び繰り返しているのでした。
2023.05.03 Wed l 社会・メディア l top ▲
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■維新の伸長


今回の統一地方選と衆参の補選では、とにかく投票率の低さが目立ちました。

NHKの報道によれば、(23日投票が行われた後半の)55の町村長選の平均投票率は60.8%、280市議選は44.26%、250の町村議選は55.49%で、過去最低だったそうです。

一方、東京都の区長選は45.78%、区議選は44.51%で、それぞれ前回より1.57ポイントと1.88ポイント増えていますが、依然50%を切っています。

また、衆参の補欠選挙は、補欠選挙という性格もあるのだと思いますが、いづれも通常の選挙より大幅に減っています。和歌山1区は44.11%(前回総選挙より11.05ポイントマイナス)、山口2区は42.41%(同9.2ポイントマイナス)、山口4区34.71%(同13.93ポイントマイナス)、参院大分区は42.88%(22年より10.50ポイントマイナス)でした。

ただ、この投票率の低さは、棄権率の高さと言い換えることもできるのです。私は、むしろ前向きに解釈してもいいのではないかと思います。つまり、棄権率の高さに示されているのは、既成政党に対する拒否反応ではないかと考えるのでした。

衆参の補欠選挙では、自民党は4勝1敗、立憲民主党は全敗、日本維新の会が和歌山1区で初めて議席を獲得して1勝でした。

日本維新の会は、今回の統一地方選挙で599人が当選し、非改選の現職175人を合わせると、首長や地方議員が774人になったそうです。維新は、「統一地方選挙で600議席」の目標を掲げていましたが、その目標を大幅にクリアしたのです。

維新が伸長したのは、自民党を食ったというより、立民の票を食った、立民の受け皿になったという意味合いの方が強い気がします。維新が言う「立憲民主党に代わる野党第一党」も、現実味を増してきたと言っていいでしょう。

日本維新の会は、東京都内の議員数も従来の22人から73人に急増したそうです。首都圏の神奈川や埼玉でも当選者を出しており、全国区の政党としての認知度も上がってきたと言えるでしょう。

朝日新聞は、その伸長ぶりを次のように書いていました。

 維新によると、都内では70人の候補を擁立し、67人が当選。さらに、上位当選の多さが目立った。朝日新聞の集計では、都内の当選者のうち49人が上位3分の1以内の得票順。議員選があった都内41市区のうち、新宿区や世田谷区、武蔵野市など11市区で1位当選し、江戸川区では維新の新顔が1位と2位を占めた。

 9日投開票の県と政令指定市の議員選でも、維新は神奈川県内で改選前の2議席が25議席に、埼玉県内でゼロから5議席に増加。今回も同県川口市や千葉県浦安市で1位当選したほか、同県市川市や神奈川県藤沢市など東京に近い市で2議席を獲得した。

朝日新聞デジタル
維新の地方議員、首都圏でも急増 トップ当選続出、他党に広がる動揺



■おためごかしな総括


この状況に対して、立憲民主党の執行部は、「あと一歩まで肉薄した」(泉代表)「接戦だった」(岡田幹事長)「非常にいい戦いをした」(岡田幹事長)などと、いつものおためごかしな総括でお茶を濁すだけです。共産党は言わずもがなですが、立民にしても、党内から執行部の責任を問う声すら聞こえて来ないのです。それは、まさにテイタラクと呼ぶにふさわしい光景と言えるでしょう。

立憲民主党がにっちもさっちもいかない状態になっているのは誰の目にもあきらかです。連合を無視しては生きていけない。しかし、連合に頼っている限り、有権者からの広い支持は望めないのです。

多くの有権者に、自民党に対して辟易した気持があるのは事実でしょう。そのひとつが、上にも書いたように、低い投票率に表れているように思います。選挙に行かなければ何も変わらないと言われても、投票するような政党がないのです。

そんな中で、野党に対する投票行動に変化が表れたのでした。つまり、野党支持者の中で、立民より維新に投票する有権者の方が多くなったのです。自民党の受け皿ではなく立民の受け皿というのはトンチンカンですが、そこまで有権者の中に立民に対する失望感が広がっているとも言えるのです。

立民内では、泉健太が辞任した場合は、野田佳彦の復権を期待する声もあるそうです。かように立民内の現状認識は、有権者が求めるものとは信じられないくらいズレまくっているのです。それでは落ちるところまで落ちるしかないでしょう。

昨年の参院選でも、日本維新の会は伸長し、都道府県別の得票でも、19都府県で立憲民主党を上回り、一昨年の衆院選の2倍以上に増えたというデータもあります。既に昨年の参院選から今日の傾向が出ていたのです。

また、比例代表では、維新は全国で785万票(得票率14.8%)獲得し、前回と比べて294万票増やしました(5ポイント上昇)。一方、立民は、677万票(得票率12.8%)で、前回より115万票(3ポイント)減らし、党が掲げていた目標の1300万票の半分にとどまっただけでなく、得票数でも維新の後塵を拝したのでした。考えれてみれば、この677万票の多くは連合の組合員の票と言っていいでしょう。立民は、一般有権者からはほとんど見放されているに等しいのです。本来なら解党的出直しをすべきなのに、執行部は責任問題に頬被りをしてそのまま居座ったのでした。

言うなれば、維新がここまで伸長したのは立民のおかげみたいなものです。多くの有権者がバカバカしいと棄権する一方で、律義に投票所に足を運んでいる有権者たちには、立民より維新の方が頼りがいがあるように見えたのでしょう。立民が頼りないので消去法で維新を選んだのでしょう。

■田村淳と国生さゆりの発言


山口4区に立民から立候補した有田芳生氏が、街頭演説で「下関は統一教会の聖地」と発言したことに対して、山口県出身でガーシーと親友だと言ってはばからないタレントの田村淳が、選挙期間中の19日に、次のようにツイートして物議をかもすという出来事がありました。

〈地元下関が統一教会の聖地だって!?聖地って神・仏・聖人や宗教の発祥などに関係が深く、神聖視されている土地って意味だよな?僕は支持政党無しだが、下関がカルト教団の聖地という印象操作をした事にムカついてるし、有田芳生氏やその発言を支持した議員を心から軽蔑します。下関はそんな街じゃない〉
(下記リテラの記事より)


しかし、下記のリテラの記事によれば、旧統一教会の中では「下関が『統一教会の聖地』とされているのは事実」で、「実際、統一教会の幹部は2021年3月に下関で開催された『日臨節80周年記念大会』において、『山口の下関は聖地と同等の場所です』と発言している」のだそうです。

リテラ
「下関は統一教会の聖地」は統一教会幹部の発言なのに…事実を捻じ曲げて有田芳生を叩いたロンブー田村淳の卑劣


ところが、田村淳は、その指摘に対して、旧統一教会の幹部の発言は承知の上だとして、事実関係が問題ではなく、有田氏の発言が、下関が「統一教会の聖地」であることを下関市民があたかも受け入れているかのような印象を与えたことに怒りを覚えた、と言うのでした。何だか自分の勘違いを指摘されて、逆に開き直ったような感じがしないでもありません。

さらに、話はそれだけにとどまりませんでした。何故か国生さゆりが田村淳の発言に反応し、「淳くんの怒りは理解できる。根拠なくヨシフさん『聖地』とか言っちゃった訳だし、軽蔑するよ。考えなしにそういうこと口にする人、どこにでもいるよね」「かけがえの無いものを独りよがりでけなす人。ノリで言っちゃうダメ人。選挙中なんのに軽率過ぎる。そんな事も考えられないほど、お花畑なのかな」(東京スポーツの記事より)とツイートしたのでした。これも投票日前日の22日のツイートなので、選挙妨害ではないかという声すらあるのでした。

国生さおりのツイートに対して、有田氏は、投票日翌日の24日に、次のようにツイートして名誉棄損の訴訟をほのめかしたのでした。

統一教会裁判の弁護士から、僕が相談していないのに、名誉毀損にあたり、認定されるはずだから、訴訟を検討したらとメールが来ました。熟考します。


有田氏は、選挙では当選した吉田候補の半分しか得票できず惨敗したのですが、それでも「保守王国、自民党王国と戦後ずっと言われてきた山口4区において、それが溶けはじめてきていると本当に確信を持っている」(産経の記事より)とコメントしていました。これなども、おためごかしの総括と同じで、左派リベラルの常套句のようなものです。そうやって「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」だけなのです。そんなことを百万遍くり返しても何も変わらないのです。

だったら、負け惜しみを言うだけではなく一矢報いるために、国生さゆりを告訴したらどうか、と私は言いたくなりました。「熟考します」というのは「しない」という意味だと思いますが、たとえ相手がタレントでも(ただ自民党から立候補するという噂もある)、蛮勇を振るって、、、、、、、喧嘩するくらいの気概を見せてくれと言いたいのです。それが今の立民にいちばん足りない点なのです。

■立憲民主党の末期症状


ノンフィクション作家の松本創氏は、朝日新聞のインタビューで、維新が支持されるのは「細マッチョ」だからだと言っていましたが、言い得て妙だと思いました。「マッチョ」というのは、「マッチョイズム」という言葉などもあって、ジェンダーレスの時代においては肩身が狭い言葉ですが、好戦性=戦うということです。立民に限らず、今の左派にはこの戦う姿勢が見られないのです。もちろん、維新の「細マッチョ」はポーズにすぎないのですが、それが”改革者”のイメージになっているのはたしかでしょう。今の左派リベラルに求められているのは「マッチョ」な戦う姿勢です。今では参政党や旧NHK党だって、「横暴な国家権力と戦う」と言っています。支持を広げるために、「マッチョ」を売りにしているのです。

千葉5区の補選の敗北の要因について、立民の幹部はこう分析したそうです。

Yahoo!ニュース
集英社オンライン
補選惨敗でどーする立憲民主党〉“最後の切り札”投入はあるのか? 内部では早期解散なら「維新に飲み込まれるぞ」の声も

「立憲は政権と対峙しているイメージが強いが、若い人たちは全共闘世代などとは違い、『反権力』と言われてもピンとこなくなっている。それよりも『私たちに何をしてくれるのか』ということへの関心が強く、今の立憲のスタンスは古いと見られているのだろう」


まったく呆れた分析です。こうやって、どんどん右旋回して、自民党の保護色みたいになっておこぼれを頂戴するつもりなのかと思います。「提案型野党」などと言って自民党にすり寄り、野党らしさをなくしたことが失望されているのですが、それがまるでわかってないのです。驚くべき鈍感さと言わねばなりません。

私は、旧民主党時代から、旧民主党(立憲民主党)は自民党を勝たせるためだけに存在している、と言って来ましたが、いよいよ断末魔を迎えたと言ってもいいでしょう。

次のようなシャンタル・ムフの言葉は、立憲民主党は論外としても、立憲民主党のような政党に同伴する左派リベラルをどう考えるかという上で参考になるように思います。

 ソヴィエト・モデルの崩壊以来、左派の多くのセクターは、彼らが捨て去った革命的な政治観のほかには、自由主義的政治観の代替案を提示できてない。政治の「友/敵」モデルは多元主義的民主主義と両立しないという彼らの認識や、自由民主主義は破壊されるべき敵ではないという認識は、称賛されてしかるべきである。しかし、そのような認識は彼らをして、あらゆる敵対関係を否定し、政治を中立的領域でのエリート間の競争に矮小化するリベラルな考えを受け入れさせてしまった。ヘゲモニー戦略を構想できないことこそ、社会-民主主義政党の最大の欠点であると私は確信している。このために、彼らは対抗的で闘技的(アゴニスティック)な政治の可能性を認めることができないのである。対抗的で闘技的な政治こそ、自由-民主主義的な枠組みにおいて、新しいヘゲモニー秩序の確立へと向かうものなのだ。
(『左派ポピュリズムのために』)


また、シャンタル・ムフはこうも言っています。

(略)政治が本性上、党派性を帯びたものであり、「私たち」と「彼ら」の間には、フロンティアの構築が必要であると認めなければならない。民主主義の闘技的性格を回復することのみが、感情を動員し、民主主義の理想を深化させる集合的意志の創出を可能にするだろう。
(同上)


シャンタル・ムフが言うように、「民主主義の根源化」のためには、議会だけでなく議会外のモーメントも大事な要素です。そのためには、急進主義ラジカリズムを否定するのではなく、むしろその復権が俟たれるのです。

■杉並区議選


今回の選挙の中で、唯一、個人的に注目したのは、杉並区議選でした。48名の定員に70名が立候補するという激戦になったのですが、結果は岸本区政の与党であるリベラル派が伸長しました。48議席のうち25議席を女性議員が占めました。得票数上位10名のうち、7名が女性候補で、れいわ新選組の女性候補は大量得票して3位で当選しています。ほかに緑の党の女性候補も19位で当選しましたし、中核派の現職も再選されました。

しかも、48議席うち15議席が新人で、現職の12名が落選し、新旧の入れ替えが行われたのです。落選した12名のうち7名が自民党現職(全員が男性)でした。もちろん、買い被りは慎むべきですが、新たな潮流と言ってもいいような状況が見られるのでした。

ただ、懸念材料がないわけではありません。岸本区政は、元はと言えば野党共闘の成果でもあります。そのため、せっかく市民が作った潮流が、ゾンビのような政党からひっかきまわされて潰される心配がないとは言えないのでした。
2023.04.26 Wed l 社会・メディア l top ▲
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(public domain)


■ローンオフェンダー


15日に和歌山市の漁港で、衆議院の補欠選挙の応援演説に訪れた岸田首相に爆発物が投げ込まれた事件について、警察は「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」と呼んでいます。少し前までは、この手の事件は「ローンウルフ」と呼ばれていました。警察はどうしてこのように言い方にこだわるんだろうと思いました。

今回の事件について、東京新聞は、次のようなテロ対策の専門家のコメントを紹介していました。

東京新聞 TOKYO Web
単独の攻撃者「ローンオフェンダー」 事前の探知は難しく 岸田首相襲撃事件 再発防止へできることは?

「自分で計画し、準備をして犯行を実行するのがローンオフェンダー。探知することは難しく、実行されてから気付くケースが多い」と指摘する。「インターネット上で犯行につながるような書き込みなどを丹念にリサーチするしかないが、過去の事件でもすべての犯人が事前に書き込みをしているわけではない」


■テロの下地


実行犯の24歳の青年は、被選挙権を25歳以上とするのは憲法違反だとして国を提訴していたという話がありますが、それを総理大臣を狙ったテロの動機とするには、やはり無理があるような気がします。「ローンオフェンダー」というのは、政治が見えない政治テロのことをそう呼ぶのかもしれないと思ったりしました。

都心部の大規模な駅前再開発や、地方まで広がりつつあるタワーマンションの建設などを見ると信じられないかもしれませんが、今の日本は国家として没落し、貨幣の価値も下がり、貧しくなる一方です。それにつれ、絶望的と言っていいような貧富の差が生まれています。

格差社会とテロのつながりは、別に意外なことではありません。自分の人生に絶望して「拡大自殺」に走るケースもありますが、さらに世の中に対する恨みの感情が増幅されれば、政治指導者を標的にするようになるのも理解できない話ではありません。

こういった事件が続けば、上の専門家の発言のように、ネットなどの監視も強まり、益々息苦しさを覚えるようになるでしょう。そうなれば、不満やストレスは溜って、逆にテロの下地は広がっていくのです。

■デモもストもない国


昨日、神宮外苑の再開発に伴う樹木の伐採に反対していた坂本龍一の意志を継いだ反対集会が、アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の後藤正文らミュージシャンも参加して行われたというニュースがありました。それに対して、ネットでは、「痛い」「ミュージシャンが政治的な主張するのは幻滅する」というような書き込みが多くありました。

前の記事で、言葉の本質は沈黙だ、という吉本隆明のような言い草をしゃらくさい、アホらしいというような文化(風潮)の中にチャットGTPのような言葉を受け入れる素地があると書きましたが、何だかそれと共通するものを感じました。水は常に低い方に流れるネットの身も蓋もないもの言いは、SNSによって、私たちの日常に浸透し根を下ろしたとも言えるのです。

フランスやイギリスなどを見てもわかるとおり、日本のようなデモもストもない国はめずらしいのです。デジタル監視国家の中国だって、民衆はときに市庁舎などに押しかけて抗議の声を上げたりしています。でも、日本では「痛い」などと言ってシニカルに見るだけです。日本の社会が声が上げづらい不自由な社会であるのはたしかですが、そうやってみずから閉塞感を招いている側面もあるような気がします。

■暴力の”真実”と山上徹也


そんな中でテロに走る人間たちは、空疎な言葉より1個の銃弾や爆弾の方が大きな力を持っている暴力の”真実”を知ったのです。その”真実”を覆い隠すために、「話せばわかる」民主主義があったのですが、それが擬制でしかないことも知ってしまったのです。ましてこれだけ戦争のきな臭さが身近になれば、暴力に対する心理的ハードルも低くなっていくでしょう。

ゴールデンウィークをまじかに控えた「景気のいい」ニュースのその裏で、社会の底辺に追いやられた者たちの絶望感が、暴発寸前の状態でマグマのように溜まっているのが目に見えるようです。

衆参の補選における各党の主張を見ても、政党がターゲットにしているのはもっぱら中間層です。どの政党も、中間層を厚くすると言い、中間層向けの耳障りのいい政策を掲げるばかりです。本来、政治が一番目を向けなければならない下層の人々は、片隅に追いやられ忘れられた存在になってしまった感じです。でも、今の議会や政党の仕組みではそうならざるを得ないとも言えるのです。

それにしても、山上徹也と今度の犯人はよく似てるなと思いました。私は、地べたに組み伏せられた際の表情など、山上徹也と二重写しに見えて仕方ありませんでした。今回の事件が安倍元首相殺害事件の模倣犯であるのは間違いないでしょう。ただ、あの冷静さ、逮捕されても黙秘を貫く意志の強さは、(顰蹙を買うかもしれませんが)まるでテロリストの鏡のように思いました。彼は、組織で訓練を受けたわけでも、何程かの政治思想を持っていたわけでもないのです。にもかかわらず、プロのテロリストのような心得を身に付けているのです。それは驚愕すべきことと言わねばなりません。

何度も言うように、右か左かではないのです。大事なのは上か下かです。でも、今の政治はその視点を持つことができません。

山上徹也についても、旧統一教会の側面だけが強調されていますが、彼がツイッターにネトウヨと見まごうような書き込みをしていたことを忘れてはならないでしょう。トランプを熱狂的に支持するラストベルト(錆びついた工業地帯)の白人労働者などもそうですが、右か左かなどに関係なく、虐げられた人々、既存の政治から置き去りにされた人々の、下からの叛乱がはじまっていると見ることができるように思います。ヨーロッパでの極右の台頭の背景にあるのも同じでしょう。

日本では政治的に組織されてないので(彼らを組織する急進党派が存在しないので)彼らの存在がなかなか見えにくい面はあります。だからこそ、「単独の攻撃者」による政治ならざる政治のテロが今後も続くのは間違いないように思います。言うまでもなく、その端緒を開いたのが山上徹也の事件と言えるのてす。


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熊野古道(public domain)


■日本のアニメが大ヒット


昨日の各テレビは、中国で公開がはじまった日本のアニメ「スラムダンク」に観客が殺到して徹夜組まで出ている、というニュースを伝えていました。既に前売り券の販売だけでも22億円を超えており、大ヒットは間違いないそうです。

テレビ朝日の「報道ステーション」では、上海支局長が現地から中継し、「中国全体の1日の映画興行収入20億円のうち、約86%にあたる18億円をスラムダンクが占めている」「アニメは日中の架け橋”と一言で括れないほど偉大な力を持っていて、その中でもスラムダンクは別格」だと伝えていました。

中国では、既に新海誠監督の「すずめの戸締まり」が大ヒットしており、日本のアニメ映画としては歴代1位を記録したそうです。4月17日の時点で、中国での興行収入は7億5200万人民元、日本円にして146億円余りを記録。一方、日本では4月16日の時点で144億7900万円で、中国での興行収入が日本のそれを上回ったそうです。

また、「報道ステーション」は、経団連が「日本のゲームやアニメ、漫画などの海外市場規模を、2033年に現在の3~4倍の15兆~20兆円に拡大させる目標を掲げていることも伝えていました。

私は、このニュースを見て、「あれっ、中国と戦争するんじゃなかったの?」と思いました。話が全然違うのです。戦争する国に対して、揉み手してソロバン勘定しているのです。

日頃、“鬼畜中ロ”みたいに戦争を煽っていながら、何と節操のない話だろうと思いました。

■日本は「売る国」


日本はもう「買う国」ではありません。「売る国」なのです。それも安く売る、年中バーゲンセールをやっているような国です。

テレビは、銀座のユニクロに外国人観光客が殺到しているというニュースもやっていました。開店前から外国人観光客が並んでいるのだそうです。

ユニクロは今や世界中に出店しています。観光で来てわざわざ買うほどめずらしいものではないはずです。どうしてかと言えば、自分たちの国で買うより日本のユニクロが安いからです。日本で買った方がお得なのです。

そこで出て来るのは、このブログでも紹介したことがありますが、「ビックマック指数」です。

「ビックマック指数」は、それぞれの国で販売されているビッグマック1個当たりの価格を比較し、それによって購買力平価、つまり、「お金の価値」を比較した指数です。

2022年のビックマック指数の20位までは以下のとおりです。
※引用元:https://ecodb.net/ranking/bigmac_index.html
※2022年7月時点・1ドル=137.87円で計算。
※順位のみ。価格等は省略。

 1位 スイス
 2位 ノルウェー
 3位 ウルグアイ
 4位 スウェーデン
 5位 カナダ
 6位 アメリカ
 7位 レバノン
 8位 イスラエル
 9位 アラブ首長国連邦
10位 ユーロ圏
11位 オーストラリア
12位 アルゼンチン
13位 サウジアラビア
14位 イギリス
15位 ニュージランド
16位 ブラジル
17位 バーレーン
18位 シンガポール
19位 クウェート
20位 チェコ


日本は20位どころか、何と54ヶ国中41位でした。サッカーで対戦したような国をあげれば、コスタリカ、ニカラグア、クロアチア、チリ、ポーランド、ペル―、カタール、メキシコなども日本よりビッグマックが高いのです。中国、韓国、スリランカ、タイ、ベトナム、パキスタン、ヨルダンも日本より上です。外国人観光客が銀座のユニクロに行列を作るのは当然なのです。

■日本人の節操のなさ


今にはじまったことではありませんが、やたら「ニッポン、凄い!」と自演乙するのも、節操のなさと自信のなさの裏返しと言えるのかもしれません。

横浜DeNAは、3月、3年前のレッズ時代にサイ・ヤング賞を獲得した前ドジャースのトレバー・バウアーと推定年俸300万ドル(約4億円)で契約を結んだことを発表し、大きな話題になりました。

サイ・ヤング賞を獲得した大リーグの現役投手が、日本のプロ野球のマウンドに立つのは61年ぶり2度目ですが、そこにはバウアーが抱える個人的な事情があったのでした。

バウアーは、2021年に知人女性に対するドメスティックバイオレンスで、メジャーリーグ機構から324試合の出場停止処分を受け(その後、処分は194試合に短縮)、今年1月にドジャースとの契約が解除されたのでした。しかし、DVにきびしいメジャーでは、新たにバウアーと契約を結ぶ球団は現れなかったのでした。そのため行き場を失ったバウアーは、日本にやって来たというわけです。

そして、「日本でプレーすることが夢だった」と見え透いたリップサービスを行なったり、グローブも持参しなかったため、日本で宮崎産の黒毛和牛を使った専用グローブを発注したりして、単細胞な日本の野球ファンの心を掴んだのでした。4月16日、横須賀スタジアムで行われたイースタン・リーグ西武戦に先発した際には、2軍戦では異例の2680人の観客が詰めかけたそうです。

YouTubeでは、「ニッポン、凄い!」の自演乙を利用した(つけ込んだ)、外国人による日本賛美の動画がキラーコンテンツになっています。日本の食べ物の美味しさに涙したとか、景色のすばらしさに恋したとか、日本人の優しさに感動したという、何でも涙したり恋したりするあの動画です。そして、もう自分の国に帰りたくないという決め言葉で、日本人の琴線にとどめを刺して再生回数の爆上げを狙うのです。バウアーのおべんちゃらも同じようなものでしょう。でも、彼にとって日本は、あくまで一時凌ぎの腰掛にすぎないのです。

一方、日本での熱狂に対して、海外メディアは多分に冷めた目で見ているという記事もありました。

Yahoo!ニュース
中日スポーツ
NPBデビューのバウアー、快投も海外メディアは冷淡 「日本のファンはDV疑惑もお構いなしのようだ」【DeNA】

(略)過去に家庭内暴力(DV)疑惑が伝えられたこともあり、海外メディアの報道は冷ややかな論調が目立った。英紙デーリーメール(電子版)は「スキャンダルまみれのバウアーが日本球界デビュー」と見出しを打ち、AP通信は「メジャー球団からそっぽを向かれたバウアーは、日本で生きる道を探そうとしている。日本のファンは、セレブのようなステータスに引かれ、DV疑惑もお構いなしのようだ」と報じた。


ここでも日本人の節操のなさがヤユされているのでした。

一夜明けると軍国主義者が民主主義者や社会主義者に変身し、本土決戦が回避される安堵感から、当時の海軍大臣が、広島・長崎の原爆投下を「天佑てんゆう」(※天の恵みという意味)と言い、軍人たちは我先に昨日の敵にすり寄って行ったのです。それが日本という国です。節操のなさは何も今にはじまったわけではありません。三島由紀夫や坂口安吾が喝破したように、日本人の心性とも言うべきものなのです。


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2023.04.21 Fri l 社会・メディア l top ▲
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ガーシーのXデーが近づく中、またガーシーが話題を提供してくれました。今回の八っつぁん&熊さんのかけあいのテーマは、ネット時代の詐欺師です。武田鉄矢が言う「ただの悪口」のオンパレードです。

■YouTubeは詐欺師だらけ


 ガーシーがパスポートを紛失したんだって(笑)。
 パスポートの返納命令が4月13日、つまり明日なんだけど、返納しようと思って1週間探したけど見つからなかった、引っ越しで紛失したみたいだ、と弁明する動画をインスタライブで配信したそうだ。
 パスポートの返納命令に従わない場合、旅券法違反で起訴されるので、それを逃れるためなのか。
 詐欺師のやることだから、何か裏がありそうな気がしないでもないけどな。UAEのゴールデンビザを持っているという話があるので、それが剥奪されない限り日本の警察は手が出せない。実際に令和3年度末の時点で国外に逃亡した被疑者は699人もいて、その中で日本に移送されたのは僅か28人だそうだ。
 ガーシーやガーシーの周辺に限らず、ネット時代は詐欺師が大手を振ってのし歩く時代であるとも言えるな。
 昔の詐欺師は、人目に隠れてというか、こっそりと人を騙して金銭などを巻き上げていた。しかし、現代の詐欺師は、ネットを使って不特定多数を相手に堂々と金銭を巻き上げようとする。というか、巻き上げるという表現すら的確とは言えないような感じだ。その典型がYouTube。
 配信料が詐欺師の食い扶持になっている。
 今や、YouTubeは詐欺師だらけと言っても過言ではない。
 たしかに、弁が立つ、口がうまい人間にとって、これほどうってつけのメディアはない。みんな生き生きしているな。
 ネットの時代で、どこまでが詐欺でどこまでが詐欺でないか、そのグレーゾーンが益々曖昧になってきた。
 いかがわしさもキャラになるしな。
 昔、「馬の小便水薬、鼻くそ丸めて萬金丹」という歌があったけど、あれは詐欺じゃないだろ? でも、今はホントに馬の小便を水薬と言ったり、鼻くそを丸めて萬金丹と言ったりしている。ネットだとそれが可能なんだよ。
 YouTubeの動画を見せつけられると、疑うことより信じることが先に立つ。そして、ネットで真実を発見した気持になり、それをみんなに知らせなきゃと思う。大宅壮一は「一臆総白痴化」と言ったけど、その”テレビ信仰”の究極の姿がYouTubeとも言えるな。
 テレビとYouTubeを”対立概念”のように言う人間がいるけど、全然そうじゃない。ネットで話題になるのはテレビのネタばかりだ。大塚英志は「迎合」と言ったけど、持ちつ持たれつの関係だと言った方が正しいかもしれない。
 YouTubeのいわゆる信者たちを見ても、芸能人のブログにお追従のコメントを投稿するファンと寸分も変わらないな。
 違うのは、ここで言う可視化だけ。疑うことを知らない人間、疑うだけの能力も見識もないような人間が、詐欺師を市民社会に引き入れて、詐欺師に市民権を与えた。つまり、詐欺師だけでなく、詐欺師を支える(ホントはカモにされているだけだけど)「バカと暇人」も可視化された。これがGoogleがWeb2.0で言っていた集合知、総表現社会がもたらした世も末のような光景だよ。
 さらに詐欺師の口上を切り取って伝える既存メディアのコタツ記事が、「嘘を百万遍言えば真実になる」役割を果たした。
 ネットの時代には、詐欺師を培養し可視化する(お墨付けを与える)土壌があるんだよ。

■Googleの罪と警察の事なかれ主義


 Google自身も2018年に、「Don't be evil」を行動規範から削除したしな。
 ネットの黎明期に、「ネットは悪意の塊である」と言った人がいるけど、文字通り、ネットの時代になり、evil=邪悪なものが大手を振ってまかり通るようになった。それはGoogleがネットを支配する過程と重なっている。Googleの罪は大きいよ。
 ネットによって詐欺師が可視化、半合法化されたという話で言えば、昨日、カンボジアでも19名の「かけ子」が捕まったけど、闇バイトで「かけ子」を集め、テレグラムで指示する「特殊詐欺」や「強盗」の現代風なやり口も、ネット時代が生んだものだな。
 その巧妙且つ大胆な分業システムや、闇バイトで応募する人間たちの軽さや犯罪に至るハードルの低さをもたらしたのは、間違いなくネットだよ。しかも、それを構築したのがITに通暁したインテリやくざというのも現代的だな。
 単にやくざのシノギに過ぎないのに、そう思わせないところはたしかに凄いな。
 しかも、警察組織にはびこる公務員特有の事なかれ主義を逆手に取っていることも忘れてはならない。
 よく言われていることだけど、いわゆる下っ端ばかり捕まえて点数だけ稼ぐという警察の事なかれ主義だな。
 だから、組織の頂点には決して行き着かない。フィリピンのルフィ一味も今回のカンボジアグループもそうだけど、メディアは「資金の流れと組織の実態の解明を進める」とバカの一つ覚えのように言うけど、解明されたためしはない。と言うか、誰も解明されるとは思ってない。その方が警察にとっても都合がいい。所詮は公務員なので、数年したら他の部署に移るわけだから、その間下っ端を捕まえて点数を稼いでおけばいい。
 前に破防法絡みで、公安調査庁にとっては、オウムの残党が存在する方が都合がいいという話があったけど、あれと同じだな。
 闇組織の方が警察より一枚も二枚も上手だよ。
 闇バイトで集めた下っ端は、いくらでも取り換え可能な使い捨て。金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間の方が儲かる、というネットの特徴がここでもよく表れているな。

■特殊詐欺はオワコン


 でも、もう特殊詐欺はオワコンだよ。システムがバレたし、高齢者は先が短い。金を持っているのは食い逃げ世代の高齢者だけ。新しく参入してくる次の世代の高齢者は金を持ってない。彼らの一番の問題は貧困だよ。
 所詮は期間限定の犯罪だった。リゾートホテルを拠点にした理由もわかるな。
 実際にしのぎは次に移っている。海外を拠点にした特殊詐欺だけが大々的に報道されているけど、クレジットカードの不正利用やネットバンキングの不正送金の被害額は、特殊詐欺の比ではない。しかし、まったくと言っていいほど解明されてない。犯人は「中国人」ということになっているけど、半ば野放しのような状態だ。ときどき見よう見まねではじめたような、へまな留学生グループが捕まるだけ。
 そのために、使うのにどんどんややこしくなり面倒くさくなって、ユーザーである俺たちの手間ばかりが増えるんだよ。
 犯罪はデジタル技術を使ってスマートだけど、対策はきわめてアナログという笑えない現実がある。
 とは言え、あとに戻れないので、付け焼刃で屋上屋を架すしかないんだろうな。キャッシュレスの時代だとか言いながら、それをターゲットにした犯罪は巧妙化し増える一方。にもかかわらず、ユーザーは「被害を防ぐのはあなたたち自身ですよ」と言わんばかりにアナログな自己防衛策を押し付けられるだけ。
 そういった無力感だけが募るような現実が、さらに犯罪に至るハードルの低さをもたらしているとも言えるな。ガーシーやガーシー界隈に限った話ではなく、詐欺師がヒーローになるような時代だぜ。このような手段を問わない「世の中は金次第」というマネー信仰(言うなれば貨幣の物神性のオバケ現象)は、最近よく目にする(社会や国家が)「溶ける」という表現がぴったりだよ。
 たしかに、これほど詐欺師がヒーローになり、衆人環視のもとで国家をコケにする行為を行うというのは前代未聞だな。トンマな「元赤軍派」がシンパシーを抱くほど、ネットがただのチキンでショボい詐欺師をここまで大きく見せるようになった。まったく、ネットは罪作りなもんだよ(笑)。
2023.04.12 Wed l 社会・メディア l top ▲
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■10年以上通うスーパー


私がもう10年以上通っているスーパーがあります。ほぼ2日に1度のペースで通っていますが、コロナがはじまる前まではずっと変わらない日常の風景が続いていました。

開店間際に行くことが多かったのですが、店に入ると、第二の人生でアルバイトをしているとおぼしき高齢の人たちが品出しをしていました。開店してもまだ追いつかないらしく、それぞれの持ち場で台車で運ばれた箱の中から商品を出してそれを棚に並べていました。

ところが、2020年の春先、新型コロナウイルスの感染が拡大を始めると、彼らはいっせいに姿を消したのでした。みんな、感染を怖れて辞めたのだと思います。

実際にスーパーのレジ係の人たちがコロナ禍で過酷な状況に置かれていたのは事実で、店のサイトでは日々感染者が発生したことが発表されていました。

朝の品出しがいなくなったことで、開店しても、東日本大震災のときの買いだめのあとみたいに、商品棚はガラガラの状態が続きました。

レジはビニールで覆われ、レジ係の女性たちはゴム手袋をして仕事をするようになりましたが、感染は続いていました。中には結構高齢の女性もいましたが、(失礼にも)事情があって辞めたくても辞められないのかなと思ったりしました。

ところが、しばらくして、セルフレジが導入されることになったのです。そのため、1週間休業して改装が行われました。

改装後、店に行くと、数人いた高齢のレジ係の女性がいなくなったのでした。長い間通っていると、誰が社員で誰がパートかというのが大体わかるようになりますが、残ったのは若い社員ばかりです。彼女たちは、セルフレジの端でパソコンを睨みながら、不正がないか?監視するのが仕事になりました。そして、余った社員が一部に残った有人レジを交代で担当するようになったのでした。

■コロナ禍と合理化


私自身も、いつの間にかキャッシュレス生活になりました。考えてみたら、先月、銀行で現金をおろしたのは一度で、それも5千円だけでした。数年前には考えられないことです。

食事をするために店に入ろうとしても、オダギリジョーと藤岡弘が出るテレビのCMではないですが、現金払いしかできない感じだと敬遠するようになりました。そもそも財布に現金が入ってないのです。

私が行く病院はキャッシュレス決済ができないので、病院の前にある銀行のATMでお金をおろして行かなければならないのですが、会計の際、請求どおりの小銭がなくてお釣りを貰うはめになると困ったなと思うのでした。小銭を使う機会がないからです。

たまった小銭を使おう(処分しよう)と思って、スーパーのセルフレジで小銭を投入して精算しはじめたものの、要領が悪くて時間がかかっていたら、店員がやって来て「大丈夫ですか?」と言われたことがありました。

このように、コロナ禍によって私たちの社会はかつてない規模で合理化が行われ、風景が一変したのでした。キャッシュレスの便利さも、見方を変えれば、資本の回転率を上げるための合理化だと言えるでしょう。労働力しか売るものがない私たちは、リストラされたり、パートだと勤務時間を削られたり、仕事を辞めても次の職探しに苦労したりと、便利さと引き換えに、血も涙もない経済合理主義に晒されることになったのです。

人出不足と言われていますが、それは若くて賃金の安い労働力が不足しているという話にすぎません。中高年が仕事を探すのは、たとえアルバイトであっても至難の業です。仮に仕事にありついても、足元を見られて学生のアルバイト以下の安い時給しか貰えません。人手不足だと言われながら、中高年を取り巻く環境はむしろ厳しくなっているのです。

ハローワークに行くと、シニア向けの求職セミナーみたいなものがあるそうで、そこでは、プライドを捨ててどんな仕事でもしなさい、仕事があるだけありがたく思いなさい、それが現実なんですよ、と得々と説教されるのだと知人が言っていました。

パテミックによって、資本主義がまるで最後の悪あがきのように、その非情で狂暴な本性をむき出しにするようになったと言っても過言ではないのです。

■ターゲットにされる高齢者の社会保障費


格差も広がる一方です。コロナ禍とウクライナ戦争による物価高でさらに格差が広がった感じです。「過去最高の賃上げ」を享受できるのは一部の労働者に限られており、むしろ、さらなる格差を招いているとも言えるのです。

最近よく耳にするようになった「全世代型社会保障改革」というのは、岸田政権の目玉である異次元の少子化対策の財源をどうするかという、これからはじまる議論の叩き台になるワードですが、とは言え、既に基本的な方針は決まっていると言われています。財源が不透明というのは、メディアのいつものカマトトにすぎません。

ターゲットになるのは高齢者の社会保障費です。たしかに、子育て世代の経済的な負担を減らすのが異次元の少子化対策なのですから、現役世代が負担増になれば、話が矛盾するでしょう。しかし、高齢者の社会保障に関しては、たとえば、月に10万円にも満たない年金の中から1万数千円の介護保険料が天引きされているような受益者負担のむごい現実があることなど、あまり知られていません。

財源に対する政治家の発言の中には、子どもは納税者として将来があるけど、高齢者は先が短いので子どもの犠牲になれとでも言いたげな本音が垣間見えることがありますが、それは古市憲寿や落合陽一や成田悠輔と同じ発想と言わざるを得ません。そこに表れているのも、非情な経済合理主義がむき出しになった現実です。

少子化の問題には、社会や労働の時代的な変化を背景にした個人の生き方が関わっており、歴史的文化的な要素も大きいので、あんなことやっても子どもが増えるわけじゃない。それどころか、財政援助が住宅ローンに消えていくという笑えない現実になりかねないよ、と口さがない知人が言っていましたが、当たらずと雖も遠からずという気がします。

パンデミックとウクライナ戦争をきっかけに、世界地図が大きく塗り替えられるのは間違いなく、当然私たちの生活や人生も変わっていかざるを得ないでしょう。今の異常な物価高はその前兆だと言えます。

多極化により、政治だけでなく経済の重心が新興国に移っていくことによって、今までドル本位制で守られてきた先進国は、アメリカの凋落とともに先進国の座から滑り落ちていくことになるのは間違いありません。歴史はそうやって更新されるのです。貧しくなることはあっても、もう豊かになることはないでしょう。既に1千万人の人々が年収156万円の生活保護の基準以下で生活している現実がありますが、貧困に喘ぐ人々はもっと増えていくでしょう。若いときはそれなりに生活できても、年を取れば若いときには想像もできなかったような過酷な日々を送らなければならないのです。今はいつまでも今ではないのです。

■明日の自分の姿


若いときの貧乏はまだしも苦労で済まされることができますが、老後の貧困は悲惨以外のなにものでもありません。

私は、以前、山手線の某駅の近くにあるアパートで、訪問介護を受けて生活している一人暮らしの老人を訪ねたことがありました。韓国料理店などが並ぶ賑やかな表通りから、「立小便禁止」などと貼り紙がされた路地を入っていくと、その突き当りに、数軒のアパートが身を寄せ合うように建っている一角がありました。それらは、私たちが学生時代に住んでいたような昔の木造アパートでした。

いちばん手前は、1階が普通の住居で2階がアパートになっていました。1階は大家さんの家なのでしょう。しかし、昼間なのに雨戸が閉まったままで、家のまわりも雑草が生い茂っており、人が住んでいるような様子はありませんでした。念の為、声をかけましたが、やはり返事はありませんでした。

それで建物の横にまわり、アパートの入口らしき戸を開けると、すぐ階段があり、階段の下に履物が乱雑に入れられた下駄箱がありました。それを見て、アパートにはまだ人が住んでいることが確認できたのでした。と言っても、建物の中は物音ひとつせず、気味が悪いほどひっそりしていました。靴を脱いで階段を上がると、薄暗い廊下にドアが並んでいましたが、どこにも部屋番号が書いてないのです。それで適当にドアをノックしてみました。すると、その中のひとつから「はい」という返事があり、どてらを着た高齢の男性が出て来ました。訪問予定の人の名前を告げると、「ああ、〇〇さんは隣のアパートですよ」と言われました。

でも、隣のアパートも人気ひとけがなく、人が住んでいるようには思えない雰囲気でした。窓の外に洗濯物を干している部屋もありません。「隣は人が住んでいるのですか?」と訊きました。すると、「ええ、住んでいますよ。二階に上がってすぐの部屋です」「最近見てないけど、一人では歩けないので部屋にいるはずですよ」と言われました。

お礼を言って、教えられた部屋に行くと、部屋の前に車椅子が置いてありました。あの狭い階段をどうやって下ろすんだろうと思いました。ドアをノックすると中から返事があり、言われたとおりドアノブをまわすとドアが開きました。どうやら鍵もかけてないようです。中に入ると、裸電球の灯りの下、頬がこけ寝巻の間からあばら骨が覗いた老人がベットに横たわっていました。部屋は足の踏み場もないほど散らかっており、飯台の上には書類らしきものに混ざって薬や小銭が散乱していました。こんなところに通って来るヘルパーの人も大変だなと思いました。一方で、目の前の老人の姿に、すごく身につまされるような気持になりました。

後日、福祉の担当者にその話をすると、「可哀そうだけど、都内はどこもいっぱいで入る施設がないんですよ」と言っていました。特に単身者の場合、担当が都内23区の福祉事務所であっても、群馬や栃木や茨城などの施設や病院に入ってそこで人生を終えるケースも多いのだそうです。担当者の話を聞きながら、もしかしたらそれは明日の自分の姿かもしれない、他人事ひとごとではないな、と思ったのでした。

それから半年も経たないうちに、訪ねた老人が亡くなったことを知りました。さらに数年後、再開発でアパートは壊され、跡地にマンションが建てられたそうです。そうやって老人が数十年暮らした記憶の積層は、跡形もなく消し去られたのでした。


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殺伐とした世の中
2023.03.31 Fri l 社会・メディア l top ▲
中国国旗


次のようなニュースが飛び込んで来ました。

Yahoo!ニュース
テレ朝NEWS
「彼と会う準備ができている」ゼレンスキー大統領 習近平氏のウクライナ訪問要請

ゼレンスキーの真意がどこにあるのか、今ひとつはかりかねますが、仮に中国主導で和平が実現すれば、世界がひっくり返るでしょう。もちろん、今まで軍事支援をしてきた欧米の反発は必至でしょうから、そう簡単な話でないことは言うまでもありません。

■軍事支援によるNATO軍の参戦


ドイツのキール世界経済研究所によれば、侵攻後、欧米各国が表明したウクライナへの支援額は、2月の段階で約622億ユーロ(約8兆9200億円)に上るそうです(産経新聞より)。ウクライナ戦争が「西側兵器の実験場」になっている(CNN)という声もあるようですが、軍事支援は当初の砲弾や携行型対空ミサイルから、最近は戦車や戦闘機を供与するまでエスレートしているのでした。戦車や戦闘機の供与は、実戦向けにウクライナ兵を訓練しなければならないため、実質的にNATO軍の参戦を意味すると言われています。ポーランドなどNATOの加盟国で訓練するそうですが、中には軍事顧問として前線で指導する兵士も出て来るでしょう。というか、既に多くのNATO軍兵士がドローンの操縦などで参戦しており、それは公然の秘密だと言われているのです。

イギリスが劣化ウラン弾の供与を発表したことに対抗して、ロシアがベラルーシに戦術核兵器を配備すると発表するなど、まるでロシアンルーレットのような戦争ゲームが行われています。

それはウクライナだけではありません。北朝鮮が米韓軍事演習に対抗して巡行ミサイルを日本海に発射すれば、さらに米韓が北朝鮮上陸を想定した演習を行なったり、台湾では野党・国民党の馬英九前総統が中国を訪問すれば、与党・民進党の蔡英文総統が中米歴訪に出発するなど、世界は対立と分断が進み、きな臭くなるばかりです。

■民衆蜂起の時代


誰でもいいから、、、、、、、この状況を止めなければならないのです。頭から水をかける第三者が必要なのです。仮に中国が和平の仲介に成功すれば、今の状況が一変するでしょう。「中国の思う壺」であろうが何だろうが、それは二義的な問題です。

日本のメディアや識者が戦時の言葉でウクライナ戦争を語るのを見るにつけ、彼らに戦争反対を求めるのはどだい無理な相談だということがよくわかります。中国の仲介に一縷の望みを託すというのはたしかに異常ですが、今の状況はそれくらい異常だということなのです。

一方で、笠井潔が21世紀は民衆蜂起の時代だと言ったように、世界各地で民衆の叛乱がはじまっています。フランスの年金改革に反対するゼネストでも、赤旗に交じってチェ・ゲバラの旗を掲げてデモしている映像がありましたが、背景に物価高を招いたウクライナ戦争の対応に対する反発があるのはあきらかです。欧州において、左派だけでなく極右が伸長しているのも同じです。右か左かなんて関係ないのです。

先週、ベルギーのブリュッセルで開かれたG7とNATOとEUの首脳会議に対しても、反NATOの大規模な抗議デモが起こったと報じられました。しかし、反戦を訴える人々の声は、ウクライナを支援する各国政府に封殺されているのが現状です。

そんな中で、ウクライナ和平において、中国がその存在感を示すことにできれば、間違いなく世界史の書き換えが行われるでしょう。

既に中南米は大半の国に反米の左派政権が誕生していますが、多極化に合わせて、世界の主軸が欧米からBRICsを中心とした新興国へと移っていくのは間違いありません。富を独占する欧米に対して、ドルとは別の経済圏を広げている新興国が、俺たちにも寄越せと言いはじめているのです。欧米式の資本主義や民主主義の矛盾が噴出して、地殻変動が起きているのです。もしかしたら、ウクライナ戦争がそのターニングポイントだったと、のちの歴史の教科書に記されるかもしれないのです。
2023.03.29 Wed l 社会・メディア l top ▲
2035年の世界地図


■「非平等主義的潜在意識」


前の記事の続きになりますが、「失われる民主主義 破壊する資本主義」という副題が付いた、朝日新書の『2035年の世界地図』(朝日新聞出版)の中で、フランスの歴史学者のエマニュエル・トッドは、今の社会で起きているのは、「一種の超個人主義の出現と社会の細分化」だと言っていました。

識字率の向上と「教育の階層化」による「非平等主義的潜在意識」によって、共同体の感覚が破壊され、社会の分断が進むと言うのです。

 かつてほとんどが読み書きできるが他のことは知らない。ごく少数のエリート層を除けば人々は平等でした。
 しかし今では、おそらく国にもよりますが、おそらく30%の人びとが何らかの高等教育を受けています。これに対して、20~30%の人々は基本的な読み書きができる程度、つまり、初等教育のレベルで止まっています。
 この教育の階層化は、不平等の感覚を伴います。社会構造の最上部と底辺では、人びとは同じではない、という感覚です。
(『2035年の世界地図』・エマニュエル・トッド「まもなく民主主義が寿命を迎える」)
※以下引用同じ


これが「非平等主義的潜在意識」だと言うのでした。

■日の丸半導体


米中対立によって、中国に依存したサプライチェーンから脱却するために、国際分業のシステムを見直す動きがありますが、ホントにそんなことができるのか疑問です。

日本でも「日の丸半導体」の復活をめざして、トヨタ・ソニー・NTTなど国内企業8社が出資した新会社が作られ、北海道千歳市での新工場建設が発表されましたが、軌道に乗せるためには課題も山積していると言われています。

2027年までに2ナノメートルの最先端の半導体の生産開始を目指しているそうですが、半導体生産から撤退して既に10年が経っているため、今の日本には技術者がほとんどいないと言うのです。

さらに、順調に稼働するためには、5兆円という途方もない資金が必要になり、政府からの700億円の補助金を合わせても、そんな資金がホントに用意できるのかという疑問もあるそうです。

また、工場を維持するためには、台湾などを向こうにまわして、世界的な半導体企業と受託生産の契約を取らなければならないのですが、今からそんなことが可能なのかという懸念もあるそうです。

■グローバル化がもたらした現実


エマニュエル・トッドは、「グローバル化がもらたした現実」について、次のように指摘していました。

(略)世界の労働者階級の多くは中国にいます。今、世界の労働者階級のおそらく25%は中国にいます。ブローバル化の中で国際分業が進み、世界の生産を担っているのは、中国の人々なのです。
 もう一つの大きな部分はインドなどです。欧米や日本といった先進国の経済は、工業(に伴う生産活動)から脱却し、サービスや研究などに従事しています。この構造から抜け出せないでしょう。先進国の国民は労働者として生産の現場に戻れるでしょうか。
(略)
 私たちは、「それはできますか?」と問われています。「サービス産業社会から工業社会に戻ることはできますか?」と。
 第三次産業にふさわしい教育を受けた労働者を製造現場の労働者階級に変えることはできますか? 我々には分かりません。いや残念ながら知っています。これが不可能であることを。


つまり、時間を元に戻すことはできないということです。私たち個人のレベルで言えば、現代は「超個人主義の出現」と「社会の細分化」の時代であり、それは歴史の流れだということです。もっとも、核家族こそが原初的な家族構造であり、そうであるがゆえにアングロサクソンのようにもっとも先進的な社会を作ったというパラドックスを主張するエマニュエル・トッドに言わせれば、”先祖返り”ということになるのでしょう。

■国民国家の溶解


少子化も巷間言われているようなことが要因ではなく、歴史の産物と言っていいものです。第三次産業社会や「超個人主義」や国民国家の溶解は、「グローバル化がもたらした現実」で、少子化もそのひとつです。パンデミックやウクライナ戦争によって、たしかに国家が大きくせり出すようになり、国際会議に出席する各国の首脳たちも、スーツの襟にみずからの国の国旗のバッチを付けるような光景が多くなりましたが、それはマルクスの言う「二度目の喜劇」にすぎないのです。

劣化ウラン弾や戦闘機まで提供するという欧米の軍事支援に対抗して、ロシアがベラルーシに戦術核を配備することに合意したというニュースがありましたが、バイデン政権はまるでロシアが核を使用するまで追い込んでいこうとしているかのようです。

何度も言いますが、どっちが正しいかとかどっちが勝つかという話ではないのです。核戦争を阻止するためにも、恩讐を越えて和平の道を探るべきなのです(探らなければならないのです)。岸田首相の「必勝しゃもじ」のお土産は、アホの極みとしか言いようがありません。いくらバイデンのイエスマンでも、ここまで来ると神経を疑いたくなります。

それは、“台湾危機”も同じです。今のようにサプライチェーンから中国を排除する動きが進めば、中国はホントに半導体の一大生産地である台湾に侵攻するでしょう。バイデン政権は、ここでも中国を追い込もうとしているように思えてなりません。誰が戦争を欲しているのかを考える必要があるのです。

中国に関して、エマニュエル・トッドは、次のように言っていました。

(略)中国の文化と革命の伝統として、平等主義の要素があります。もう一方で、高等教育を受けた人々が増えています。中産階級と呼ばれる層です。この階層の比率が共産主義崩壊直前のソ連と同じ水準に達しようとしているのです。


ゼロコロナ政策に抗議する学生たちの白紙運動を思い浮かべると、中国も国民国家の溶解とは無縁ではないことがわかります。中国もまた、2050年頃から少子高齢化に転じると予測されているのです。

工業社会に戻ることができないように、伝統的な家族像を基礎単位とした社会に戻すことなどできないのです。社会のあり様が変われば、人々の生き方や人生のあり様が変わるのは当然です。そして、国民国家の溶解が進めば、資本主義や民主主義が変容を迫られるのも当然です。もとより、今の資本主義や民主主義も、パンデミックやウクライナ戦争によって、とっくに有効期限が切れていたことがあきらかになったのでした。

■これからの社会


一方で、どんな新しい時代が訪れるのかはまだ不透明です。『2035年の世界地図』もタイトルが示すとおり、この「全世界を襲った地殻変動」のあとにどんな未来があるのかを論じた本ですが、(逆読みが可能な)エマニュエル・トッド以外は、「新しい啓蒙」(マルクス・ガブリエル)とか「命の経済」(ジャック・アタリ)とか「資本主義を信じる」(ブランコ・ミラノビッチ)とか、まるでお題目を唱えるような観念的な(希望的観測の)言葉を並べるだけで愕然としました。国家主義や全体主義という「二度目の喜劇」の先を描く言葉を彼らは持ってないのです。

エマニュエル・トッドは、ヨーロッパで伸長している極右政党について、彼らは労働者階級や低学歴者を代表(代弁)しているのであり、「強い排外的傾向を持っているからと言って、民主主義の担い手として失格にできません」と言っていましたが、これからの社会を考える上ではそういった視点が大事ではないかと思いました。右か左かではなく上か下かなのです。
2023.03.26 Sun l 社会・メディア l top ▲
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(イラストAC)


ガーシーは「三度目の炎上」の只中にある、と書いていた記事がありました。SNSの世界は、タイムラインのような時間軸の中にあるので、人々の関心も次々と移っていきます。そのため、炎上させてしばしの間、関心を繋ぎ止めておくしかないのです。

「三度目の炎上」とは、言うまでもなく国会議員除名から逮捕状の執行に至る今の局面を指しているのでしょう。

そこでさっそく、ガーシー大好きな八っつぁん&熊さんのかけあいがはじまりました。

■チキンな性格


 何でもガーシーって国会での謝罪を行なうつもりで極秘に帰国しようとしたんだってな?
 謝罪予定日の前日の3月13日、韓国まで戻っていて、トランジットで深夜1時頃にLCCで羽田空港に到着する予定だったというあれだろ。でも、航空会社がメディアに情報を洩らしたので引き返したという‥‥。
 そう。やっぱり国会議員をやめたくなかったのかな。
 「だって詐欺師だよ‥‥」(笑) どこまでホントかわからないよ。
 たしかにその前はトルコからチャーター機で帰るとか言ってたな。そのときも「やめた」と言っていた。そして、今度は韓国‥‥。
 ただ、これだけは言えるのは、ガーシーはチキンな性格だよ。そう考えれば、このような顛末も氷解できる。ドバイに行ったときだって、BTS詐欺(正確には「詐欺疑惑」)が発覚したあと、スマホに警察署からの着歴が入っていることに気付いて、それで怖気づいてドバイ行きを決断したんだよ。警察に行って事情を話せば、仮に立件されても初犯なので執行猶予が付く可能性は高い。へたすれば、起訴猶予もあり得る。相談した弁護士からもそう言われたみたいだけど、「逮捕されたら借金の返済がでけへん」という理由で飛ぶことを決断した。
 何と律義な。
 それだけヤバいところから借金していたんだろうな。結局、現実に向き合う覚悟ができずにドバイに飛んでさらに墓穴を掘ってしまった。
 何だか世の人々にとっても人生訓になるような話だな(笑)。
 秋田新太郎氏からの誘いに乗って、妹などから40万円だかを借りてドバイに行く。でも、ドバイの国際空港に着いたときは、飛行機代を払ったので手元には数万円しか残ってない。それで、タクシーを使わずに砂漠の中の道を2時間歩いて秋田氏のマンションを訪ねるんだ。
 せつない話だな。
 とりあえず、秋田氏の婚約者(?)が経営するレストランでアルバイトをすることになった。秋田氏はドバイでも有数な高級マンションに住んでいたけど、ガーシーはレストランの社員寮の部屋を与えられた。それも、モロッコ人スタッフと同室の埃だらけの部屋だった。
 そのあと秋田氏から説得されて暴露チャンネルをはじめたのか。
 さすがのガーシーも、最初は乗り気ではなかったと書いているな。でも、秋田氏から「金を返すにはどうする?」と詰問され、意を決して「東谷義和のガーシーch【芸能界の裏側】」を開設することになったというわけだ。
 そうまでしてお金を返済しなければならないと考えるのは、相当きつい追い込みをかけられていたんだろうな。
 裏カジノで借金を作って進退窮まり、雪山で自殺しようと思って山に行ったら、雪がなくて死ねなかったというトンマな話がある。眉唾な話だけど、ガーシーの性格を物語る話だと言えないこともない。チキンな性格によってみずから墓穴を掘り、どんどん深みにはまっていくんだよ。

■「ガーシー一味」


 あの「ガーシー一味」は何なんだ?
 言い方は悪いけど、たかり、、、みたいなもんだろ。ガーシーチャンネルがバズったので、甘い蜜を吸うために集まっただけじゃないのか。
 たしかに、あれだけの人脈があったのに、どうして孤立無援の状態に置かれ、妹からお金を借りてドバイに飛ぶことになったのか?と誰でも思うよな。
 テレビドラマのように一網打尽とはいかないだろうけど、国家は恣意的なものなので、逃亡を支援したとしてシッペ返しを食らう可能性はあるだろうな。逃亡が長引けば長引くほど、彼らに対する圧力は強まるだろうから、そのうち「お願いだから早く日本に帰ってくれ」と懇願するようになるんじゃないか。
 彼らを見ていると、表の仕事は別にして、暗号資産などの裏のビジネスで繋がっているような気がしてならないな。
 「集英社オンライン」も少し触れていたけど、福一の原発事故のあと、”脱原発政策”で再生可能エネルギーが脚光を浴び、腹に一物の連中が太陽光ビジネスに群がった。そして、そのあと、ブロックチェーンを使った暗号資産のブームが起きると、それにも手を伸ばした。今、反社や半グレがらみで摘発されている事件も、そのパターンが多い。ガーシーに直接関係ないけど、三浦瑠璃の旦那の事件も同じだ。

■身から出た錆


 ガーシーは自分で言うようにこのまま一生日本に帰らないつもりなのかな。
 「だって詐欺師だよ‥‥」(笑)
 そんなことないか?
 51歳で薬が手放せない糖尿病持ちだよ。あのドス黒い顔色を見ると、既に腎臓病の合併症を併発しているような気がしないでもない。だとすれば、そのうち人工透析も必要になる。それでなくてもチキンな性格なんだから身が持たないよ。
 逃亡生活はきついだろうし‥‥。
 ガーシーの攻撃は相手の家族までターゲットにした容赦ないもので、ガーシー自身も、アキレス腱を攻めるのが俺のやり方だと嘯いていたけど、今度はその言葉がそっくりそのまま自分に返って来ることになる。「ガーシー本」を読むと、高校教師だった父親はギャンブルに狂って借金を作り自殺したそうだ。それもあって77歳の母親や48歳の妹は、今のガーシーを心配しているという。まして、逮捕状が出て国際指名手配されたらよけい気に病むだろう。でも、世間は情け容赦ないので、今度はガーシーのアキレス腱である母親や妹がターゲットになる。正月には母親をドバイに呼んで一緒に新年を祝ったみたいだけど、家族の泣きごとにいつまで耐えられるかな。
 あとは帰国した場合の命の保証か?(笑)
 芸能界がヒットマンを放っているというのは法螺で、ホントは何度も言うように借金がらみのトラブルを怖れているんだと思う。もうひとつは、ガーシーを帰したくない、帰ったら困る人間たちの存在もあるんじゃないか。それは日本にもいるしドバイにもいるはず。
 ドバイに行っていろんなしがらみが出来たからな。
 でも、それでも帰ると思うよ。チキンな詐欺師の結論はそれ一択だよ。ホリエモンと立花(前党首)は、ガーシーはカルロス・ゴーンのように逃げ切れると言っていたけど、カルロス・ゴーンとは事情がまったく異なる。彼らは、逃げ切ってほしいという”希望的観測”で言っているにすぎない。「ガーシー本」の著者の伊藤喜之氏は、UAEにはタイのタクシン元首相など各国から政治亡命者が集まっているので、ガーシーもUAE政府から政治亡命として保護される可能性があると言っていたけど、ガーシーが政治亡命と見做されるとはとても思えない。ゴールデンビザを持っているから大丈夫だという話も同じだけど、UAEは梁山泊じゃないよ。国家や政治が、時と場合によって冷酷で非情なものに豹変する、ということがまるでわかってないお花畑の論理にすぎない。
 そのうち、出頭するので迎えに来てください、と警察に連絡が入るんじゃないか。
 もちろん、軟禁や〇〇もないとは言えないけど、SNSで啖呵を切ったように、ホントに自分の意志で逃亡者の道を選ぶのなら少しはガーシーを見直すけど、そこまで肝が据わっているとはとても思えない。
 もともとは横浜の裏カジノにはまって借金を作り、首が回らなくなったという、身から出た錆の話にすぎないのに、どうしてこんなおおごとになってしまったんだと言いたくなるよな。
 ドバイの連中は、ガーシーは不当に「弾圧されている」と言っているけど、元はと言えば、ガーシーが自分が起こしたチンケな詐欺まがいの事件に必要以上に怯えてドバイに飛んで、みずから傷口を広げただけ。演出されていたとは言え、自分の借金を返すために、旧知の芸能人や出所不明のタレコミがあった一般人をネットで晒して、あのようなヤクザ口調で追い込んでいながら、それで「弾圧されている」はないだろう。しかも、ネットとは別に、裏でも脅迫していたという話もあるしな。
 当然そうだろうな。表の暴力はデモンストレーションで、裏でその暴力をチラつかせてビジネスを行う。それが「やから」のやり方だよ。
 ガーシーを「反権力」みたいに言っていた「元赤軍派」は、アメリカにいた頃、ブラック ・パンサー党の準党員だったそうで、現在アメリカで大きな潮流になっているブラック・ライブズ・マター(BLM)運動について、国内の集会でも乞われて発言していたみたいだ。ガーシーにアメリカの黒人を重ねて、「嘘の正義より真実の悪」とか「悪党にしか裁けない悪」といったマンガから借用したフレーズを真に受けたのかもしれないけど、語るに落ちたとはこのことだよ。
2023.03.19 Sun l 社会・メディア l top ▲
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■三島憲一氏の批判


成田悠輔の“高齢者集団自決のすすめ”は、日本より海外のメディに大きく取り上げられ批判に晒されているようですが、彼の暴論について、朝日新聞デジタルの「WEBRONZA」で、ニーチェ研究で知られる三島憲一・大阪大学名誉教授が次のように書いていました。

尚、「WEBRONZA」は7月いっぱいで終了し、既に課金サービスも終わっているため、三島氏の論稿も無料の導入部しか読めません。以下もその部分からの引用です。

論座
成田悠輔氏の「高齢者集団自決」論は、“新貴族”による経済絶対主義

三島氏は、「民主主義社会では、規範や信頼などを無視した少数の優秀な人々が、大衆の人気を博しながら大金を儲け、権力にありついて、好き勝手なことをするようになるだろう」というニーチェが予言した「冷笑主義(シニシズム)」の観点から、成田の暴論を論じていました。

ニーチェの「冷笑主義」は、社会理論の言葉で言えば「再封建化 refeudalization」で、それは「新自由主義が生み出した現象」だと言います。

 下々への統制手段はかつては政治権力と宗教だったが、今では、新たなアルゴリズム=カルトが、いわゆるパンピーに君臨する。庶民はかつて貴族の園遊会と恋の戯れを垣根越しに眺めていたが、今では高級店に出入りするセレブの恋愛沙汰をメディアで覗かせていただく(専門用語でいう「顕示的公共圏」)。庶民はかつてラテン語が読めなかったが、今ではネット用語がわからない。新貴族は法に触れてもいわば上級国民として、法の適用も斟酌してもらえることが多い。あるいは辣腕の弁護士を駆使して軽傷で切り抜けて、高笑い。
 彼らの駆使する独特の論理は、「言い負かす」と「なるほどとわかってもらう」という古代ギリシア以来の区別を解消している。原発の必要性を論じて懐疑的な人々を言い負かしても、本当の理解は得られないことが重要なのだが。彼らは、テレビ画面でその場の思いつきで相手を言い負かせばいいのだ。


■システム理論と炎上商法


私は、子どもの頃からお勉強だけをしていて、まったく世間を知らない頭でっかちの屁理屈小僧の妄言のようにしか思っていませんでしたが、ただ、屁理屈小僧の妄言も、たしかに時代の風潮と無関係とは言えないでしょう。もちろん、自分たちも時が経てば集団自決をすすめられる高齢者になることは避けられないわけで、それを考えれば、これほどアホらしい(子どもじみた)妄言はないのです。

こういった(文字通りの)上から目線=エリート主義は、今流行はやりのシステム理論の必然のように思いますし、東浩紀などの発言にも、もともと同じような視線は存在していました。彼が三浦瑠麗と「友人」であるというのは、不思議なことでもなんでもないのです。

 既成の構造をぶち壊す議論といっても、そうした多くの「論客」たちも実は、ブランドという名の既成の権威を広告塔に使っているようだ。超一流大学卒業の「国際政治学者」、あるいはこれまでの西洋崇拝に便乗して名乗る東海岸の有名私立大学「助教授」、だいぶ前からあちこちの大学で売り出している「総合政策」「デジタル・プランニング」「ソリューション」「フェロー」などなど、よくわからないものも含めてネットの画面に割り込んでくる広告みたいなキャッチー・タイトルだ。その多くは彼らがおちょくる既成のランキングのなかで培われてきたものを、彼ら独特のやり方で、例えば大学名の入ったTシャツで目立たせる。
(同上)


もうひとつ、炎上商法という側面から見ることもできるように思います。たまたまガーシー界隈の怪しげな人物のツイッターを見ていたら、ツイッターは流れが速すぎて付いていけないと嘆いていて、思わず笑ってしまいましたが、タイムラインで話題が次々変わっていくのも、今のSNSの時代の特徴です。だからこそ、過激なことを言って人々の目を食い止める必要があるのではないか。

成田悠輔にしても、所詮はSNSの時代の申し子にすぎず、アクセス数や「いいね」の数で自分が評価されているような感覚(錯覚)から自由ではないのです。エリートと言っても、所詮はその程度なのです。

■お里の知れたエリート主義


一部の報道によれば、三浦瑠麗にはコロナ給付金の詐欺疑惑まで出ているようですが、六本木ヒルズに住むなど嫌味なほどセレブ感満載で、東大を出た「国際政治学者」とお高くとまっていても、やっていることは夜の街で遊び歩いているアンチャンたちと変わらないのです。もっとも、日本のセレブは漢字で書くと「成金セレブ」になるのです。コメンテーターも「電波芸者コメンテーター」にすぎないのです。そもそも成田悠輔の“高齢者集団自決のすすめ”にしても、5ちゃんねるあたりで言われていることの焼き直しにすぎません。

東浩紀にも、都知事選のときに猪瀬直樹を支持して、選挙カーの上で田舎の町会議員と見まごうような応援演説をしたという”黒歴史”がありますが、彼らのエリート主義はお里が知れているのです。況やひろゆきの冷笑主義においてをやで、ひろゆきなどはどう見ても2ちゃんねるそのものでしょう。

でも、問題は彼らを持ち上げたメディアです。コメンテーターとして起用したテレビや彼らにコラムを担当させた週刊誌は、それこそ大塚英志が言った「旧メディアのネット世論への迎合」と言うべきで、そうやってみずから墓穴を掘っているのです。自分たちがコケにされているという自覚さえないのかと思ってしまいます。貧すれば鈍するとはこのことでしょう。
2023.03.11 Sat l 社会・メディア l top ▲
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(イラストAC)


ガーシーのことが気になって仕方ない友人との会話。

■警察とのかけ引き


友人 日本に帰ると言ったり、帰るかわからないと言ったり、煮え切らないおっさんだな。50歳なんだろう。子どもと一緒じゃないか。
 警察との心理戦、かけ引きなんだろう。
友人 かけ引き?
 最新のアクセスジャーナルの動画では、FC2(このブログの管理会社)の高橋理洋元社長から依頼されたドワンゴに対する中傷で、警察が動いていると言っていたな。
友人 それで帰りづらくなっていると?
 それだけでなく、ガーシーが楽天の三木谷社長のスキャンダルを取り上げたのも、NHK党の立花党首がやらせたんだという話もしていた。ガーシーの「死なばもろとも」の暴露動画も、周辺にいいように利用され、話がどんどん広がっている感じだな。
友人 ガーシーの関係先を家宅捜索したのは「常習的脅迫」という容疑だったけど、「常習的脅迫」というのは暴力団を取り締まるための”罪名”らしいな。
 「暴力行為等処罰に関する法律」という、一般の刑法とは別の“特別刑法”の中に規定された容疑だよ。もともとは学生運動などを取り締まるために作られた法律だけど、今は主に暴力団に適用外されている。単なる脅迫ではない。そこがポイントだな。

■反社のネットワーク


友人 国会での陳謝の日(8日)が近づいてきたら、急にトルコに行くとか、やってることがわざとらしいな。
彼ら・・なりに考えた作戦なんだろう。普通に考えれば、帰国しない口実のためにトルコに行ったように思うけど、それも警察や世論に対する揺さぶりなんだと思う。
友人 なんでそこまでするのか? 往生際が悪いとしか思えん。
 伊藤喜之氏の『悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味』でもそれらしきことが書かれているみたいだけど、ドバイには日本社会に恨みを持つワルたちが集まっており、その中にガーシーが加わった。お互いの利害が一致して協力関係を築いたと言われている。
友人 なに、それ?
 結構、根は深いんだよ。反社のネットワークみたいなものにかくまわれているとも言える。その意味では「反権力」というのは、必ずしも間違ってない。もっともそれは、脱法的な組織=反社を「反権力」だと見做せばという話だけど。
友人 それだったら「反権力」ではなく、誰かさんが言う「脱権力」じゃないか?(笑)
 ガーシーが再三口にする「身の危険」というのは、表に出ていること以外に何かあるんじゃないかと思わせる。もちろん、個人的な借金問題もあるかもしれない。闇カジノにはまって作った借金なんだから、おのずとその素性はあきらかだろう。でも、それだけではない気がする。
友人 Yahoo!ニュースにあがっているような記事を見ると、単純で簡単な名誉棄損の問題のように見えるけどな。

■大手メディアの腰が引けた姿勢


 ガーシー問題でも、大手メディアのテイタラク、腰が引けた姿勢が目立つ。背景がまったく語られてない。ガーシーではなく、ガーシー、ガーシー一味・・と呼ぶべきなんだよ。だって、警察が家宅捜索した中に、ネットの収益を管理する合同会社・・・・というのがあったけど、あれなんか大きなヒントなのに、大手メディアは知ってか知らずかスルーしている。だから、ネットでいろんな憶測を呼ぶことになり、ガーシー問題が暇つぶしのオモチャになっている(オレたちもそうだけど)。
友人 メディアは警察の発表待ちなんだろうな。
 警察が発表したら、いっせいに報道しはじめるんだろう。いつものことだな。芸能界との関係も、暴露がどうだという問題だけじゃないよ。アクセスジャーナルの山岡氏は、ガーシーのことを「やから」と言っていたけど、そういった「やから」との関係が問題なんだよ。でも、テレビを牛耳る大手プロに忖度して、大手メディアはどこも見ざる言わざる聞かざるを決め込んでいる。
友人 ガーシー問題の本質は「やから」の問題ということか。
 フィリピンの「ルフィ」一味も、彼らが特殊詐欺で稼いだ金額は60億円以上と言われており、警察庁長官もそう発言している。しかし、「ルフィ―」一味に渡ったのは数億円にすぎない。あとはどこに消えたのか?という話だが、今の様子では、残りのお金が誰に渡ったのか、解明されるとはとても思えない。末端の小物ばかり捕まえて点数を稼ぐ”点数稼ぎ”や役所特有の”縦割り意識”など、いろいろ言われているけど、警察も所詮は(小)役人。児童虐待が起きるたびにやり玉にあがる児童相談所と同じで、事なかれ主義の体質を持つ公務員の組織にすぎない。ガーシーの問題も、国会議員のバッチと引き換えに、ウヤムヤに終わる可能性は高いだろうな。世論も、国会議員を辞めろという話に収斂されているし、辞めれば国民の溜飲も下がって幕引きだろう。

■「共感主義」の「暴走」


友人 でも、ガーシーと他の国会議員がどれほど違うのか?という気持もあるな。
 たしかに、ガーシーに投じる一票と、選挙カーの上で陰謀論やヘイトスピーチをふりまく候補者や、壇上で大仰に土下座して投票をお願いする候補者に投じる一票がどう違うのか。ガーシーの後釜は、ホリエモンの秘書兼運転手でNHK党副党首の肩書を持つ人物と決まっているらしいけど、ガーシーと、ひろゆきやホリエモンや成田悠輔や三浦瑠麗や橋下徹や落合陽一や古市憲寿がどう違うのか、というのはあるな。村上裕一氏が『ネトウヨ化する社会』で書いていた「共感主義」の「暴走」という観点から見れば、同工異曲としか思えない。ガーシーが消えても、また次のガーシー=ネット時代のトリックスターが出て来るだろうな。栗城史多が死んだあと、ミニチュアのコピーのような登山ユーチューバーが次々と湧いて出たのと同じだよ。しかも、栗城を批判した登山家たちが、節操もなく人気登山ユーチューバーに群がりヨイショしている。ユーチューバーの信者たちも、栗城を叩きながらミニチュアのコピーは絶賛する。ガーシーを叩いても、ひろゆきやホリエモンや成田悠輔には心酔するんだよ。
友人 ‥‥‥。


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