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Wikipediaより



■スラヴォイ・ジジェクの投稿


私は前にユヴァル・ノア・ハラリの「ワシントンポスト」への寄稿について、彼も単なるシオニストにすぎなかったと書きましたが、現代の思潮をリードする知識人のお粗末さ(政治オンチぶり)は彼だけではないのです。

ラジカルな左派系の論客と知られるスラヴォイ・ジジェクの投稿が、『クーリエ・ジャポン』に出ていましたが、これが「古き良き」プロレタリア独裁や反議会主義を提唱するラディカリストの言葉かと思うと、みじめさしか覚えません。

クーリエ・ジャポン
ジジェク「パレスチナ人への同情と反ユダヤ主義との戦いは両立できる」

彼は、「故郷の地にとどまることを否定されたパレスチナ人と、同様の経験が民族の歴史に刻まれているユダヤ人が、奇妙に似通っている」と言います。そして、それを前提にして、言うなれば左右の過激派を排除した上で、穏健なパレスチナ人とユダヤ人の共存は可能だと主張するのでした。

でも、私は、ちょっと待てよと言いたくなりました。パレスチナ人が「故郷の地にとどまることを否定された」のはイスラエルが建国されたからです。ユダヤ人に土地を奪われて追い出されたからなのです。それなのに、パレスチナ人とユダヤ人の二つの民族の歴史(境遇)が「奇妙に似通っている」だなどとよく言えるなと思います。「奇妙」もクソもないのです。スラヴォイ・ジジェクが言っていることはメチャクチャなのです。

イスラエルのエフード・オルメルト元首相によれば、同国の進むべき道とは、ハマスと戦いつつも、反ユダヤ主義に陥らず、交渉の準備もあるパレスチナ人たちにアプローチしていくことだ。イスラエルのウルトラナショナリストたちの主張とは異なり、そのようなパレスチナ人もたしかに存在する。
(略)
すべてのイスラエル人が熱狂的なナショナリストでもなければ、すべてのパレスチナ人が熱狂的な反ユダヤ主義者でもないという事実の理解は、邪悪さの噴出をもたらす絶望と混乱を正しく理解することにつながる。故郷の地にとどまることを否定されたパレスチナ人と、同様の経験が民族の歴史に刻まれているユダヤ人が、奇妙に似通っていることに気づくだろう。


スラヴォイ・ジジェクは、「ハマスとイスラエルのタカ派は、同じコインの裏表である」と言います。そして、「我々はテロ攻撃に対するイスラエルの自国防衛を無条件で支援することができるし、またそうすべきでもある。しかしながら、ガザ地区を含むパレスチナ自治区のパレスチナ人たちが直面する真に絶望的な状況にも、我々は無条件で同情せねばならない」と言い、さらには「こうした立場に『矛盾』があると考える人は、事実上、問題の解決を妨げているのと同じである」とさえ言うのでした。

この投稿はガザへの地上侵攻の前に書かれたのだと思いますが、それを割り引いても、この陳腐な言葉の羅列には唖然とせざるを得ません。誰がどう考えても、彼が言っていることは「矛盾」があるでしょう。

そこには、ユダヤ教=ユダヤ人問題の根本にあるシオニズムの問題や、ハマスが2006年のパレスチナ立法評議会選挙で多数を占めたという事実や、ガザにおけるハマスの存在が「パレスチナにおける最大の人道NGO(非政府機関)」(高橋和夫氏)と言われるほど、ガザの民衆に支持されている現実に対する言及はどこにもないのです。

■PLOの腐敗


ハマスを掃討したあとにガザの管理をどうするかについて、イスラエルは直接統治をほのめかしていますが、その理由として、ヨルダン川西岸を統治するPLOがあまりに腐敗していることを上げているのでした。日本政府も、同じ理由からガザをPLOに任せることはないだろうと見ているという報道がありました。イスラエルや日本政府でさえもそう言うくらいなのです。

そもそもPLOはパレスチナ立法評議会選挙で敗北したにもかかわらず、その後、自治政府の連立を組むハマスをアメリカやイスラエルの支援を受けてクデーターでガザへ追い出したという経緯があるのでした。

にもかかわらずスラヴォイ・ジジェクは、「平和共存」の障害になる「テロリスト」のハマスと現在のネタニヤフ政権を含むイスラエルのタカ派を排除した上で、パレスチナ問題を解決すべきだと主張するのでした。漁夫の利を狙うPLOにとっては願ったり叶ったりの「提案」でしょうが、その政治オンチぶりには二の句が告げません。

イスラエルには、ネタニヤフよりももっと強硬な民族浄化を主張する勢力が存在し、支持を広げているという現実があります。多くのユダヤ教徒=ユダヤ人たちが依拠するシオニズム思想が、今回の”集団狂気”を呼び起こしている構造(「ユダヤ人問題」の基本中の基本)も忘れてはならないのです。シオニズムはどんな政治的主張より優先されるべきドグマなのです。ジジェクはそれがまるでわかってないと言わざるを得ません。

■パレスチナ人差別を肯定した左翼


東浩紀などもそうですが、机上の論考ではそれなりの言葉を使っているものの、現実の政治を語るようになると、途端にヤフコメ民とみまごうような陳腐で低レベルの言葉になってしまうのでした。それは、世間知らずというだけではなく、現実の政治に対する知識があまりに陳腐で低レベルだからでしょう。

もともとイスラエルの入植地の拡大に使われたキブツについても、左翼はキブツに原始共産制を夢見て”理想”と”希望”を語っていたのです。当時の左翼には、キブツの背後にパレスチナ人の悲劇があるという認識すらなかったのです。それは驚くべきことです。

当時の左翼は、パレスチナ人差別をユダヤ人に対する贖罪に利用することに何の疑問を持ってなかったのです。その過程において、現在のガザのジェノサイドと同じことが行われたことに対しても彼らは目を瞑っていたのです。その一方で、プロレタリアート独裁や革命を叫んでいたのです。まさにスラヴォイ・ジジェクは、当時の左翼と(二周も三周も遅れて)同じ轍を踏んでいると言えるでしょう。

それどころか、左翼ラディカリストのスラヴォイ・ジジェクが主張する「排除の論理」は、今のガザの殲滅作戦=ジェノサイドを肯定することにつながるものであると言ってもいいでしょう。もとよりそれは、スターリン主義に架橋されるような言説であるとも言えるのです。単にトンチンカンと笑って済まされるような話ではないのです。
2023.11.13 Mon l パレスチナ問題 l top ▲
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パレスチナの女の子(写真AC



■田中龍作ジャーナルの写真


田中龍作ジャーナルに下記のような悲惨な写真が掲載されていました。思わず目をそむけたくような写真ですが、これが今ガザで行われていることであり、決して私たちは目をそむけてはならないのです。

田中龍作ジャーナル
【パレスチナ報告】イスラエル軍は子供をピンポイントで爆撃した

しかし、日本のメディアでは、こういった画像を掲載する際、必ずボカシを入れて、悲惨な部分がわからないように加工するのが一般的です。目をそむけるも何も、最初から目をそむけないで済むように手が加えられているのです。

ニュース映像でも、日本はアナウンサーや声優がナレーションを入れたりして編集したものを流しますが、アメリカのテレビなどは、爆撃の衝撃音や人々の泣き叫ぶ声など、現地の生の音をそのまま流すケースが多いそうです。

そのためかどうか、ガザのジェノサイドに対しても日本の世論は反応が鈍く、結局は「どっちもどっち論」に逃げているだけです。“卑怯な傍観者”に徹し、そんな自分を「どっちもどっち論」で合理化しているだけなのです。もとより、メディアの報道も、最初から「どっちもどっち」を予定調和にしたものばかりです。

■「どっちもどっち論」の論拠


今日の朝日新聞に、イスラエルのネタニヤフ首相の支持率が低迷しており、ネタニヤフ支持だった新聞も、とうとうネタニヤフ氏に「辞任要求」したという記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
ネタニヤフ首相の支持率低迷、地元紙も退場勧告 国民がいらだつわけ

私は、ガザ侵攻を始めたネタニヤフ氏に対して人心が離れているのかと思ったらそうではなく、ひと月経つのに「人質解放」という戦果が得られてないネタニヤフ氏のやり方に批判が集まっているということのようです。読み方によっては、ジェノサイドが手ぬるいと言っているようにも読めるのです。

アメリカの若者たちがパレスチナ支持の運動を始めたのは、スタンフォード大学の学生が発端だそうですが(その背景には、オキュパイ運動の継承があると私は思っていますが)、そんなスタンフォード大学の学生に対して、ユダヤ人の大物企業家たちが、反イスラエルの学生は自分たちの会社に「就職させない」と脅しをかけているそうです。そして、運動に参加した学生の個人情報を収集して、それを公開しているという話さえあるそうです。もはやファッショと言ってもいいようなひどい話ですが、でも、日本のメディアはそのことについても、ユダヤ人企業家の脅しに「学生たちの心が揺れ動いている」というような報道の仕方をするのでした。

「どっちもどっち論」を唱える日本のリベラル派は、イスラエルの蛮行と「ユダヤ人問題」は切り離して考えるべきだと言うのですが、このようにナチに迫害されたユダヤ人たちが今度はパレスチナ人たちに対するジェノサイドを無条件に支持し、それに反対する人間たちに脅しまでかけているのです。それがシオニズムがカルト思想であるゆえんですが、にもかかわらず「ユダヤ人問題」は切り離して考えるべきだというのは、ナチスのホロコーストで時計の針が止まったままのお花畑の論理としか言いようがありません。

また、アメリカでユダヤ人やユダヤ教の関連施設に対する嫌がらせや暴力行為などが頻発していることに対して、ユダヤ教の礼拝所の代表が「世の中は“善人か悪人か”というシンプルなストーリーを求めている。しかし実際はそんな単純な話ではない」と言ったことを取り上げて、それを「どっちもどっち論」の論拠にしている人たちもいますが、もちろん、今、私たちの目の前にある”狂気”が、そんな耳障りのいい常套句で済ませるような「単純な話ではない」ことは言うまでもありません。イスラエルのジェノサイドの現実を見て(また、上の子どもの死体の写真を前にして)、よくそんな呑気なことが言えるなと思います。

何度もくり返しますが、ジェノサイドの背景にあるのがユダヤ人のシオニズム思想であり、その根本(ど真ん中)にあるのが「ユダヤ人問題」なのです。普通に考えても、今のジェノサイドと「ユダヤ人問題」を切り離すことなどできないし、できるはずもないのです。

イスラエルの政治家たちがパレスチナ人を「ヒューマン・アニマルズ」(動物のような人間)と呼ぶのは、彼らが「右派」政治家だからではないのです。シオニスト(ユダヤ教徒)だからなのです。その根本にあるのは(世俗主義としての)ユダヤ教の問題なのです。

2千年の流浪の歴史や600万人が犠牲になったホロコーストの受難の歴史を含めて、ユダヤ教徒たちの存在証明レーゾンデートルであるシオニズムと、彼らが今憑りつかれている”狂気”の関係を、一切のタブーを排して考える必要があるでしょう。

■”無責任の共犯関係”


それにしても、日本はどうしてこんなに、他人の悲劇や不幸に鈍感な国になったんだろうと思わずにおれません。あれだけの大震災を相次いで経験したのに、この鈍感さはどこから来るのか。

もっとも、未曾有の原発事故に遭遇しても、結局世論は元の木阿弥を求めたのです。まるで政治家が世論を無視して勝手に原発の再稼働をはじめたみたいに言いますが、そうではありません。事故後の選挙などを見ても、民意はあきらかに元の木阿弥を選択したのです。その方が”被害者”として居心地がいいからでしょう。過去の戦争でもそうでしたが、自分たちは加害者ではなくあくまで可哀想な被害者でいたいのです。その方が責任を問われなくて済むからです。そうやって”無責任の共犯関係”が結託されるのです。

田中龍作ジャーナルに載っているような画像を流せば、この鈍磨な世論も少しは変わるかもしれません。報道の自由度68位(2023年)のメディアが糞なのは重々承知の上であえて言えば、だから、日本のメディアは、報道倫理や人権報道を盾に、素の画像を掲載しないのかもしれないのです。

私は、むしろそっちの方がおぞましく覚えてなりません。
2023.11.10 Fri l パレスチナ問題 l top ▲
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(写真AC)



■「パレスチナ問題」の欺瞞性


昨日(7日)から2日間の日程で始まった主要7カ国(G7)外相会合で、ガザの情勢をめぐって、今日(8日)発表される「成果文書」には、「人道的な目的のための戦闘休止の必要性が盛り込まれる見通しだ」(朝日)という報道がありましたが、それが糞の役にも立たないお題目であるのは誰の目にもあきらかです。

国連人権高等弁務官事務所のニューヨーク所長を辞任したクレイグ・モカイバー氏が言うように、彼らは、調停国ではなく当事国なのです。イスラエルをバケモノにしたのは、ほかならぬ彼らなのです。

高橋和夫氏は、『パレスチナとイスラエル』(幻冬舎)で、「ヨーロッパ人は、パレスチナ人のつけでユダヤ人への借りを返した形である」と書いていましたが、まさに「パレスチナ問題」の欺瞞性を言い当てているように思いました。ホントにホロコーストの責任を感じているのなら、ドイツは自分たちの領土にイスラエルをつくらせればいいんだ、と言った人がいましたが、言い得て妙だと思いました。

そのドイツでは、パレスチナ支援のデモをすることさえ禁止しているのだそうで(実際には強行されていますが)、本末転倒した話になっているのでした。ユダヤ人差別の贖罪のためにパレスチナ人差別を利用する。ここにもまた、ウクライナ支援とは別の意味で、西欧民主主義の欺瞞性=二重基準ダブルスタンダードが露呈されているように思います。

G7の外相が高い経費をかけて東京に集まるのは、それこそ税金の無駄使いでしょう。「人道」という空疎で便利な言葉を使って、ジェノサイドを傍観する自分たちを合理化しているだけです。ホントは悪党の一味なのに、そうやって善人ぶっているだけです。彼らの罪もまた大きいのです。

■右往左往するアメリカの醜態


イスラエルのジェノサイドに対してなす術もないアメリカの右往左往ぶりは、唯一の超大国の座から転落して中東での覇権も失ったアメリカの凋落ぶりを、これでもかと言わんばかりに示しているように思います。

ウクライナに続いてパレスチナでも難題を抱えたアメリカは、まるで底なし沼に落ちて恥も外聞もなくもがいているように見えます。イスラエルを支援するバイデン政権に国内外から批判が浴びせられていることからもわかるように、アメリカは既に方向感覚を失い、にっちもさっちもいかない状態に陥っているのです。

これで、バイデンが来年の大統領選挙でトランプに負けるのは確定したようなものでしょう。そして、トランプが政権に復帰すれば、アメリカの”狂気”が再び(そして、さらにバージョンアップして)くり返されるでしょう。そうやって「アメリカの時代」は終わりを告げるのです。言うなれば、トドメを刺されるのです。

アフガン撤退で、アメリカが唯一の超大国の座から転落したことが印象付けられたのですが、それからの転落するスピードの速さには驚くばかりです。ウクライナやガザが、まるで仕掛けられた罠のように見えるほどです。

■多極化した世界の風景


私は、2008年のリーマンショックのときから「世界は間違いなく多極化する」と言い続けてきましたが、今、まさに私たちが見ているのは多極化した(しつつある)世界の風景なのです。

アメリカは、イスラエル建国以来、1580億ドル(約23兆円)を供与して、イスラエルが核を保有する軍事大国になるのを支えたのですが、そのイスラエルは、バイデンのヨボヨボに象徴されるように、老体になり力を失くしたアメリカの言うことを聞かなくなり、文字通り手の付けられない怪物になってしまったのです。しかし、そのツケを払うのはアメリカだけではありません。世界がツケを払わなければならないのです。
2023.11.08 Wed l パレスチナ問題 l top ▲
グテーレス事務総長



■シオニズムというカルト思想


イスラエル軍はみずから設置した壁を破ってガザへ侵攻し、目を覆うような無差別攻撃を始めています。既にガザの住民の死者は1万人に達しようとしています。

”20世紀のホロコースト”は、ナチズムによるユダヤ人に対するもので、ユダヤ人は「劣等民族」と呼ばれたのですが、今度はそのナチズムの犠牲になったユダヤ人たちがパレスチナ人を「ヒューマン・アニマルズ」(動物のような人間)と呼び、ジェノサイドを行っているのです。これはあきらかな”現代の狂気”であり、シオニズムによる民族浄化です。

ユダヤ人は2千年間流浪の民であり、ナチスによって600万人も虐殺されたので、彼らがユダヤ教の教えに基づいて(と言うか、旧約聖書を牽強付会に解釈して)安住の地である自分たちの国を創ろうというシオニズムの思想については、「その気持はわかる」というような情緒的な受け止め方がありますが、しかし、イスラエル建国に連なるシオニズムは、ナチズムに勝るとも劣らない選民思想です。だから、イスラエルはユダヤ教の教えを盾に(我々は神に選ばれた民族なので、国連は1ミリも口出しできないと言い)、国際法も無視して入植地(領土)を拡大してきたのです。まさにカルト思想としか言いようがなく、今のような民族浄化に至るのは理の当然のような気がします。ガザの子どもたちの屍を見るにつけ、『アンネの日記』は何だったんだと思ってしまいます。

ただ、一部にはそういった世俗主義のシオニズムを認めないユダヤ教徒も存在するのです。彼らは、イスラエルという国も認めていませんので、今回のガザ侵攻にも反対しています。〈民族〉という概念から言えば、ユダヤ教徒=ユダヤ人という言い方もおかしいのですが、ユダヤ人とかユダヤ教とか言ってもさまざまであることも忘れてはならないのです。

とは言え、シオニズムがいわゆる”ユダヤ人問題”と切り離せない思想であることもまた事実です。ここに至っても、「どっちもどっち論」のリベラル派などから、イスラエルの蛮行と”ユダヤ人問題”は切り離して考えるべきだという声がありますが、それでは、ジェノサイドの背景にある(世俗主義の)シオニズムの本質を捉えることはできないし、イスラエルの”狂気”がどこから来ているのかもわからないでしょう。実際に大多数のユダヤ人は、シオニズムは正義(自分たちは神に選ばれた民族)であり、イスラエルには自衛権があると言って、イスラエルの行為を無条件に支持しているのです。

■イスラム世界の体たらく


一方、それとは別に、私は、パレスチナ問題におけるイスラム世界の体たらくについても考えざるを得ないのです。そこには、アラブ諸国のさまざまな思惑やイスラム世界特有の二重・三重権力による無節操さ、いい加減さ、無責任さがあるような気がします。

中東が専門の国際政治学者の高橋和夫氏は、『パレスチナとイスラエル』(幻冬舎)の中で、「建前としてはパレスチナ人を支持しながらも、本音の部分ではパレスチナ人に嫌悪感を示す産油国の支配層は少なくない」と書いていましたが、そういったイスラムの国々のまとまりのなさをイスラエルやそれを支援する欧米に付け込まれている面もあるでしょう。

ガザやヨルダン川西岸やレバノンなどでキャンプ生活を送る560万人とも言われるパレスチナ難民と、石油や天然ガスなどの利権で贅沢三昧の成金生活を送るアラブの支配者たちを、イスラム教徒としてひとくくりにするのはたしかに無理があるように思います。

■ヒズボラの指導者・ナスララ師の演説


国連のグテーレス事務総長は、ハマスの行動は「56年間にわたる息の詰まるような占領」の結果だと述べたのですが、まったくそのとおりで、彼らは「天井のない監獄」の中からシオニズムに対し、退路を断って決起したのです。

ハマスの決起に呼応して、レバノン南部を実効支配するシーア派のヒズボラも決起し、イスラエルを両面から攻撃すれば、戦況も大きく変わる可能性があると言われていましたが、しかし、ヒズボラはいっこうに決起する気配がありません。

と思ったら、ヒズボラの指導者・ナスララ師は3日、テレビ演説した中で、ヒズボラはいつ決起するのかという声があるけど、ヒズボラは既に10月8日からイスラエルとの戦闘に参加していると述べたのでした。ナスララ師は、「戦闘への関与の度合いは『ガザでの(戦争の)進展にかかっている。あらゆる選択肢がある』とイスラエルをけん制した」(毎日)そうですが、その言いぐさには呆れました。1万人のガザの住民が殺害されてもなお、「戦闘への関与の度合いは『ガザでの(戦争の)進展にかかっている」と呑気なことを言っているのです。

あんな花火を飛ばしたような「攻撃」でお茶を濁して大言壮語するのは、イスラム指導者のいつもの口先三寸主義です。自分たちは安全地帯にいて、世界のイスラム教徒はジハード(神のための聖戦)に立ち上がり、殉教者になるべきだとアジるだけなのです。

お前たち異教徒から言われたくないと言われるかもしれませんが、ガザの悲惨な状況に象徴されるように、パレスチナ人たちがシオニズムの犠牲になっている現状に対しても、彼らは同じイスラム教徒としてホントに手を差し伸べているとは言えません。もちろん、アメリカや国連をバックにしたイスラエルの圧倒的な軍事力の前に日和らざるを得ないという側面はあるものの、ジハードを主張するなら、イスラム世界が一致団結してイスラエルと戦うべきでしょう。俗な言い方ですが、イスラム教の教えの中には、「小異を捨てて大同につく」というような考え方はないのかと思ってしまいます。

■PLOの裏切りと日和見主義


ファタファ出身でパレスチナ自治政府の(実質的な)最高権力者の地位にあるPLO(パレスチナ解放機構)のアッバス議長などは、パレスチナ問題の当事者であるはずなのに、いるのかいないのかわからないような存在感のなさで、まったく当事者能力を失っています。2006年のパレスチナ立法評議会選挙でハマスに負けたにもかかわらず、クーデターでハマスをヨルダン川西岸から追放して自治政府の実権を掌握した経緯もあってか、イスラエルの蛮行に対してもほとんど傍観しているようなあり様です。これは実にひどいもので、まるでイスラエルがハマスを掃討したら、(イスラエルから)ガザの統治を委託されるのを待っているかのようです。そう勘ぐられても仕方ないでしょう。

PLOは、特にアラファト時代に、みずからの権益(パレスチナ人に対する徴税権)をアメリカやイスラエルから保証して貰うために”和平”という名の妥協(裏切り)を重ねた歴史がありますが、そういった指導部の腐敗と日和見主義に業を煮やした左派が「世界戦争」を主張してPFLP(パレスチナ解放人民戦線)を結成し、それに呼応して日本赤軍がパレスチナ闘争に参画したのでした。しかし、PFLPや日本赤軍はPLOに利用され、”オセロ合意”に至る「和平」の進展で利用価値がなくなるとポイされてしまったのでした。

世界各地で、イスラム教徒やそれを支援する人々が、イスラエルのガザ侵攻に抗議の声を上げているというニュースを見ても、それをどこか冷めた目で見ている自分がいるのでした。もう昔のような幻想は持てないのです。

■イスラエルの「皆殺し作戦」とハマスが支持される理由


はっきり言えば、戦争なのだから決起するしかないのです。もちろん、話し合いで解決できるならそれに越したことはないのですが、今までの経緯を見ても、今の現状を見ても、そんなものに期待すればするほど、ガザの住民の屍が日々積み重なっていくばかりです。イスラエルは、ネタニヤフが前から主張していたように、ガザを殲滅して「テロリスト」と未来の「テロリスト」を一掃する「皆殺し作戦」に乗り出したのです。

上記の『パレスチナとイスラエル』で高橋和夫氏は、次のように書いていました。

(略) レバノンのヘズボッラーとガザのハマスに対するイランの支援も、イスラエルを苛立たせている。イランの影響力を、これらの地域から排除できれば、もはやイスラエルの覇権に対抗できる国家も勢力も存在しなくなる。イスラエルのイラン攻撃の動機の一つとなりかねない要因である。


ヘズボッラーというのは、ヒズボラのことです。『パレスチナとイスラエル』は2015年に書かれた本ですが、今のガザ侵攻の狙いを既に2015年の時点で指摘しているのでした。

ネタニヤフには、ハマスの奇襲攻撃は絶好のチャンスに映ったのかもしれません。それが、ハマスの奇襲攻撃をわざと見逃したのではないかという、”陰謀論”が生まれる背景にもなっているのです。

いづれにしても、外野席から見ると、イスラム指導者たちのアジテーション(大言壮語)とは裏腹に、パレスチナ人はイスラム世界から見捨てられたような感じさえするのでした。今回の退路を断ったハマスの越境攻撃も、結局は見捨てられ、その屍がイスラム指導者の政治的取引の材料に使われるのは目に見えているような気がします。

ハマスはエジプトのイスラム同胞団から派生した、(イランやヒズボラと同じ)スンニ派のイスラム原理主義組織ですが、ただ、上に書いたように2006年のパレスチナ立法評議会選挙で勝利するなど、パレスチナ人からは高い人気を得ているのでした。日本では、「ハマスがイスラエルを攻撃したので私たちがこんな目に遭うのだ」とガザの住民がハマスに怒っているようなニュースが流れていましたが、あれはまったく実態を伝えていません。ハマスが大衆の支持を得ている理由について、高橋和夫氏は、次のように書いていました。

(略)ハマスは、数多くの学校や病院を運営 し、パレスチナの人々のために活動している。パレスチナにおける最大の人道NGO(非政府機関)とも言える。ファタハの指導するパレスチナ自治政府に、非能率や汚職の批判が付きまとっているのに対し、ハマスには、そうした噂はない。お金の面では、ハマスは清潔なイメージを維持している。住民のための活動が、ハマスの支持基盤の強さの一因である。
(同上)


■戦争なのだから決起するしかない


戦争なのだから決起するしかないと言うと、過激で無責任で突飛な言い方のように聞こえるかもしれませんが、しかし、今の国連の現状を見れば、もはやそれしか手がないことがよくわかります。

国連のグテーレス事務総長の発言もそうですが、下記のレバノンの衛星テレビの「アル・マヤディーン」が伝えた、国連人権高等弁務官事務所のニューヨーク所長だったクレイグ・モカイバー氏の発言を見ても、「国連で話し合い」というのがお花畑でしかないことがわかるのでした。

Al Mayadeen
元UNHCR局長「米国は仲介者ではなく、ガザ虐殺の当事者だ」

クレイグ・モカイバー氏は、10月28日に「国連がガザで進行中の虐殺を阻止する能力がないとみなされたことに抗議して辞任した」のですが、同氏は、アメリカはガザ侵略の仲介者ではなく、「当事者の役割を果たしており、傍観している」として、次のように述べていました。

「問題の一部は、何年にもわたってアメリカとヨーロッパを紛争の調停者として出させてきたことだ。そしてそれは常に重大な虚偽表示であった。例えば、アメリカは紛争の当事国であることを我々は認識しなければならない」と彼は述べ、数十億ドルの軍事援助と諜報活動が占領軍に提供されていると指摘した。

同氏はさらに、「これは、イスラエルの責任を追及するあらゆる行動を阻止するため、安全保障理事会を含む外交上の隠れ蓑となる」と述べ、「イスラエルが他の役割を果たすことができると示唆するのは単なる幻想だ」と付け加えた。


クレイグ・モカイバー氏は、パレスチナ問題でアメリカやヨーロッパを調停国にした国連は間違っていたと言っているのです。イスラエルを支援する彼らは調停国ではなく当事国だと。そして、イスラエルを国連のコントロール下に置くのは幻想だとも言っています。実際に、イスラエルは今までも国連決議を無視して、パレスチナ人を迫害(虐殺)しつづけ、入植地(領土)を一方的に拡大してきたのでした。

■異なる価値観


もうひとつ忘れてはならないのは、イスラムの世界は私たちとは違った価値観のもとにあるということです。西欧的な合理主義や人権意識とは無縁だということです。

イスラム国家では、LGBTQも当然ながら認めていません。それどころか、女性の人権も著しく制限されています。西欧的価値観と比べると、文字通り水と油のような価値観のもとで人々は暮らしているのです。ジャーナリストの北丸雄二氏の話によれば、ヨルダン川西岸に住むパレスチナ人の性的少数者の中には弾圧を逃れてイスラエルに助けを求めるケースもあるそうです。

昔、フランスの小学校でイスラム教徒の子どもがヒジャーブを着用して登校したら、学校が宗教的な装飾は禁止しているとして外させたことで、大きな問題になったことがありました。フランスの公教育は、日本と同じように、教育の現場に政治や宗教を持ち込まないという原則があり、その原則に従って禁止したのですが、しかし、イスラム教徒や彼らを支援するリベラル派は、「信仰の自由」を盾に抗議活動を展開したのでした。

それに対して、フランス教育省は、「ヒジャーブの着用を認めると、今度は学校で礼拝を認めろとか要求がエスカレートするのは目に見えている」と言って、彼らの要求をかたくなに拒否したのでした。そして、子どもを使ってフランスの教育現場にイスラムの教えを持ち込もうとする、イスラムの世界を支配する宗教指導者たちは、子どもの陰に隠れているのではなく表に出て来るべきだと言ったのですが、それはパレスチナ問題そのものについても言えるように思います。
2023.11.04 Sat l パレスチナ問題 l top ▲
パレスチナ国旗



■圧倒的多数の休戦決議


27日、国連総会が、イスラエルとハマスに対して「人道的休戦」を求める決議案を圧倒的多数で採択した、というニュースがありました。

ロイター
国連、ガザの「人道的休戦」決議案採択 圧倒的多数で

決議案に法的拘束力はないものの、安保理が常任理事国の拒否権の乱発によって為す術もなく機能不全に陥る中で、国連として一定の姿勢を見せたと言えるでしょう。

決議案は、ヨルダンなどアラブ諸国が主導し、日本やイギリスなど45カ国が棄権、イスラエルと米国など14カ国が反対しましたが、アラブ諸国やロシア・中国・フランスなど3分の2の120カ国が賛成したということです。

これを見てもわかるとおり、世界は分断しているどころか、アメリカやイスラエルにNOを突き付ける国の方が圧倒的に多いのです。

■現代の狂気


しかし、イスラエルのエルダン国連大使は、「人道危機など起きていない。ハマスを壊滅して人質を救出する」と反発(東京新聞)したそうです。また、エルダン大使は、ガザの人道的危機を訴えている国連のアントニオ・グテーレス事務総長を「テロリストの行為を容認し正当化している」として辞任を求めたそうです。

あらためてシオニズムが”現代の狂気”であることを痛感せざるを得ません。

イスラエル軍は、ガザへの攻撃を強めており、27日現在でガザにおける死者は7,326人になったとパレスチナ保健省が発表しています。その中には、3,000人以上の子どもが含まれているそうです。一方、イスラエル側の死者は1,400人のままです(27日現在) これは今月7日のハマスによる越境攻撃で亡くなった人たちで、その後死者はほとんど出ていません。ただ今後の地上侵攻でハマスの反撃を受け、兵士に被害が出ることは当然あるでしょう。

既にガザへの通信が途絶えたという話もあり、イスラエル軍の「報復」に名を借りたガザの虐殺はエスカレートする一方です。

イスラエルは過去においても、モサドの暗殺組織が他国の主権を侵害して、イスラム組織の幹部を殺害したことがありますが、今回も既にハマスの幹部の何名かが殺害されています。

殺害された幹部たちの経歴を見ると、みんなガザのキャンプで生まれているのです。彼らは、生まれてきたときから迫害の運命とシオニズムに対する憎しみを背負っているのです。そして、そこには、イスラエル軍が無差別にガザの子どもたちを殺害する理由もあるように思います。

今回、イスラエルに殺害されたハマスの軍事部門のトップのムハンマド・デイフも、やはりガザのキャンプで生まれ、イスラム大学で物理学・化学・生物学を学んだインテリですが、2014年のイスラエル軍の空爆で、妻と生後7カ月だった息子と3歳の娘を亡くしているのでした。

言うまでもなく、シオニズムは、聖書の「聖なる山」「真実の町」である「シオンに帰ろう。エルサレムに住もう」という言葉を牽強付会に解釈した、ユダヤ教の教義を紐帯とするユダヤ人の建国運動ですが、その過程において、パレスチナ人が住んでいた200の村を焼き払い、抵抗するパレスチナ人を万単位と言われるほど殺害し、女性や子どもに対する誘拐や性犯罪や人身売買など暴虐の限りが尽くされたと言われています。そして、選ばれし我らが千年王国を建立せんとするメシア思想=”現代の狂気”は、ガザの惨状を見ればわかるように今なお続いているのです。

もちろん、ユダヤ人も2千年間流浪の民であったし、第二次世界大戦では600万人がナチスのホロコーストで犠牲になっています。しかし、人間というのはままならないもので、そういった受難の歴史がいっそう”狂気”を加速させた面もあるのではないかと思います。

ユヴァル・ノア・ハラリがただのシオニストにすぎなかったと言うのもそれゆえです。彼は、文字通りハンナ・アーレント(彼女もユダヤ人です)が言う「悪の凡庸さ」を演じているのです。こんな歴史の皮肉があるでしょうか。

イスラム組織が武装しているのは、イスラエルの侵略に抵抗するためで、彼らの主要な武器はロケット弾だけです。ガザに地下道がはりめぐらされているのも、かつてのナチスに対するレジスタンス兵や北ベトナムのベトコンが行ったようなゲリラ戦の基本戦術です。それをイスラエルやイスラエルを支持する西側諸国は「テロリズム」と呼び、イスラエルに「自衛権」があると強弁しているのです。

強盗に抵抗する被害者が「テロリスト」と言われ、強盗が被害者を殺害するのは「自衛権」だと言われているのです。しかも、国連の機能不全が占めすように、強盗を裁く裁判所も法律もなく、世界は無法状態になっているのです。

■きっこの批判


きっこは、ツイッターで、次のようにイスラエルを擁護する西側諸国を批判していました。


休戦決議に棄権した日本政府や「どっちもどっち論」に逃げる日本のメディアやリベラル派は、(かたちばかりの国連批判をしながら)世界の無法状態を黙認して、強盗も被害者も「どっちもどっち」と言っているのです。そうやってパレスチナ問題の不条理な現実から目を背けているのです。中田考氏ではないですが、今の日本人に真っ当な人の心、良心はあるのかと言いたくなります。とどのつまりそういう話でしょう。

■重信房子の歌


「テロリスト」として未だ日本の国民から呪詛される重信房子氏は、獄中で次のような歌を詠んでいました(皓星社刊『歌集 暁の星』より)。

吾亦紅草線路に沿って咲く小径アラブに行くと父に告げたり

李香蘭君の訃報が胸を衝く大陸を愛しパレスチナを愛し

革命に道義的批判はしないという七四年の父の記事読む

吾亦紅摘みつつ歩みしひとあるき若き憂国 父は語りつ

テロリストと呼ばれしわれは秋ならば桔梗コスモス吾亦紅が好き

重信房子氏の父親は、1932年の血盟団事件に関与した右翼団体・金鶏学院に連なる戦前の右翼活動家でした。娘がパレスチナ闘争に参画することに対しては、民族主義者として思うところがあったはずです。

ナクバと呼ばれるパレスチナ難民は、今や560万人に達しているのです。少なくとも彼女らの人生を賭した活動によって、日本人が現代における深刻な民族問題のひとつである、パレスチナ民族の悲惨な現実を知るきっかけになったのは事実でしょう。そして、今があるのです。
2023.10.28 Sat l パレスチナ問題 l top ▲
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エルサレム旧市街 嘆きの壁(写真AC)



■イスラエルのデマゴギーとメディアの両論併記


ガザ地区にあるアフリ・アラブ病院で17日の夜、「爆発が起き」患者ら471人が死亡する被害が発生しました。イスラエル空軍は、連日、報復のためにガザを無差別に爆撃しており、既にガザの死者は3478人(朝日記事より)に達しているそうです。当然、誰しもがイスラエル軍による空爆と考えたはずです。

ところが、イスラエルは、爆撃を否定して、パレスチナ過激派の「イスラム聖戦」のロケット弾によるものだと発表したのでした。パレスチナ過激派の自作自演だと言うのかと思ったら、その後、「誤射」とトーンダウンしていました。

しかし、これはイスラエルの常套手段で、別にめずらしいことではありません。パレスチナ過激派のロケット弾にあれほどの破壊力はなく、イスラエル軍の「JDAM Bomb」という精密誘導装置を付けた爆弾が投下された可能性が高いという専門家の声があります。軍事評論家の伊勢崎賢治氏は、ツイッターで、「あれだけの密集地に、あれだけの短期間で、あれだけの量を落とすのか」という、「アフガン・イラク両方の作戦室で指揮を執った元米軍の友人の言葉」を紹介していましたが、アフガン・イラクの経験者から見ても信じられないような常軌を逸した絨毯爆撃が行われているのです。

にもかかわらず、西側のメディアは、いつの間にかアフリ・アラブ病院に対する爆撃を「病院爆発」と表現するようになっています。まるでガス爆発が起きた事故のような言い方になっているのでした。

朝日新聞は、イスラエルの特派員らが下記のような記事を書いていました。

朝日新聞デジタル
炎上がるガザの病院、市民が犠牲に 「虐殺」か「誤射」か非難の応酬

記事は次のようなリード文で始まっていました。

 パレスチナ自治区ガザ地区の病院を17日夜襲った爆発が各地に大きな衝撃を与えている。イスラエルは軍の空爆との見方を即座に否定したが、近隣のアラブ諸国などは猛反発している。


典型的な両論併記の記事ですが、イスラエルとしては、両論併記されて「真相は藪の中」になればそれでいいのでしょう。

それにしても、アフリ・アラブ病院爆撃においても、日本のメディアのあまりにも一方的で偏った報道には呆れるというか、異常と言うしかありません。しかも、どこも右向け右の同じような報道ばかりなのでした。爆撃を「爆発」と言い換えるのは、汚染水を「処理水」と言い換えるのとよく似ています。

それでは日本の世論が、パレスチナ問題の本質から目を逸らして、イスラエル寄りか、せいぜいが「どっちもどっち論」かに片寄ってしまうのは当然かもしれません。

Yahoo!ニュースなどは炎上しやすいニュースをピックアップしてトピックスに持ってくるので、コメント欄は、ネトウヨまがいの所詮は他人事の「良心が麻痺した」(中田考氏)コメントで溢れているのでした。

まるでガザの虐殺もバズればオッケーとでも言いたげで、そのためにコメント欄に常駐するカルト宗教の信者たちを利用するYahoo!ニュースの姿勢には、おぞましささえ覚えるほどです。「ネットの声」が聞いて呆れます。

■「どっちもどっち論」というお花畑


リベラル派の「どっちもどっち論」は、メディアの両論併記と同じオブスキュランティズム(曖昧主義)で、「良心が麻痺」しているという点ではヤフコメと同じです。戦争反対=暴力反対=「銃より花束を」みたいなリベラル派特有の”非暴力主義”に依拠する彼らは、喧嘩両成敗で「良心」を装っている分、よけいたちが悪いとも言えるのです。メディアの両論併記やリベラル派の喧嘩両成敗は、ナチスの蛮行を傍観した人間たちと同じような”傍観者の論理”であり、ハンナ・アーレントが言う「凡庸な悪」と言ってもいいでしょう。ここにももうひとつの歴史のアイロニーが存在するのでした。

彼らには、「赤軍‐PFLP 世界戦争宣言」(若松孝二・足立正生監督)で掲げられた「武装闘争は抑圧された人民の声である」というテーゼの意味もわからないのでしょう。もとより、彼らは、パレスチナの現実と武装闘争の切実さを理会(©竹中労)することもできないのでしょう。「武装闘争は抑圧された人民の声である」と言われたら、目を白黒させて腰を抜かすのかもしれません。

中東が専門の国際政治学者の高橋和夫氏は、イスラエル軍とパレスチナ過激派の軍事的な力関係はニューヨークヤンキースと少年野球の荒川ボーイズが対戦するくらいの違いがあると表現したそうですが、そんな力学の中で、パレスチナ過激派の武装闘争は、イスラエルの民族浄化に抵抗する精一杯のインティファーダ(民衆蜂起)なのです。

下記は、イスラエルの建国前から現在(2012年)に至るまでのパレスチナにおける勢力図の変遷です。

イスラエル勢力図変遷
特定非営利活動法人「パレスチナ子どものキャンペーン」から抜粋

このようにシオニズム運動でロシアや東欧から移住してきたユダヤ人によって、先住民のパレスチナ人は追い立てられ、以後、その居住区はどんどん狭められているのです。現在のガザ地区は、福島市と同じくらいの365平方kmしかありません。ヨルダン川西岸に至っては現在も入植が進んでおり、居住区の減少(迫害)は続いています。これが武装闘争の背景にあるものです。しかし、西側のメディアは、「テロリズム」などと称して、あたかも一方的にイスラエルに攻撃をしかけている、イスラム思想を狂信する悪の権化のように報じているのでした。

パレスチナに入植したユダヤ人に罪はないと言いますが、罪はあるでしょう。その背後にはイスラエル軍に虐殺された数十万単位の(とも言われる)パレスチナ人の死屍累々たる風景があるのです。彼らはそんな風景の中で自分たちの”安息の日”々を求めているのです。それがシオニズムです。

ユダヤ教徒がキリストを処刑したとして、キリスト教の信者たちから迫害され、2000年前から流浪の民となったユダヤ人たち。しかも、第二次世界大戦では、キリスト教世界に根深く残るユダヤ人に対する差別感情をナチスに利用され、200万人のユダヤ人が虐殺されたのでした。ところが、今度はそのユダヤ人たちがパレスチナに自分たちの国を作るとして、ナチスと同じようにパレスチナ人たちを迫害し虐殺しているのでした。それをリベラル派は「どっちもどっち」と言っているのです。

イギリスのBBC(英国放送協会)は、その名前のとおり日本で言えばNHKのような公共放送ですが、今回の”パレスチナ・イスラエル戦争”の報道では、ハマスを「テロリスト」と呼ばない方針をあきらかにしたのでした。イスラエル建国の「原罪」やパレスチナの悲劇に大英帝国の「三枚舌外交」が関係していることを考えれば、BBCの方針は大きな決断であり、ひとつの見識を示したと言えるでしょう。重信房子氏の娘がテレビに出ただけで、「テロリストの娘を出してけしからん」と炎上する(させる)、日本のメディアとの絶望的な違いを痛感せざるを得ません。

リベラル派は、パレスチナ人の悲惨な状況には同情するけど、それを解決するには暴力ではなく、国連が主導する話し合いで行われるべきだという建前論で思考停止するだけなのです。国連が機能していれば、パレスチナ問題などはなから存在しなかったでしょう。パレスチナで悲惨な虐殺が起こるたびに、国連安保理ではイスラエルに対して非難決議が提出されたのですが、そのたびにアメリカが拒否権を行使して成立を拒んできたのです。

と言うか、そもそも1948年にイスラエルが建国されたのも、1947年に国連でパレスチナ分割案が採択され、国連がパレスチナ人の迫害とイスラエルの建国にお墨付きを与えたからです。リベラル派の「国連で話し合いを」というのは、単なるおためごかしにすぎないのです。

イスラエルが今のように核を保有した軍事大国になったのも、アメリカが軍事費を支援したからです。アメリカは、「イスラエル建国以来、1580億ドル(約23兆円)を提供」(朝日)して、戦後世界の”悪霊”とも言うべきシオニズムによる民族浄化を支えてきたのでした。

アメリカの人口3億人のうちユダヤ系は約500万人で、人口比で言えば2%にも満たないのですが、ユダヤ人は政界や経済界や学会や、それにテレビや映画などメディアで大きな影響力を持っていると言われています。また、巨額な資金力を持つユダヤ系のロビー団体もあり、民主党も共和党も選挙資金の援助を受けているため、政策面でも彼らの意向を無視できないと言われているのでした。

そのアメリカのバイデン大統領が、今また仲介者のふりをしてイスラエルを訪問していますが、現地ではバイデンが仲介者だなんて誰も思ってないでしょう。言うなれば、陣中見舞いみたいなものでしょう。しかし、西側のメディアは、まるでバイデンが仲介者であるかのように報じるのでした。そこにも両論併記の”罠”があるのでした。

リベラル派の「どっちもどっち論」は、西側メディアの両論併記と瓜二つです。そして、あとは「平和を祈って」思考停止して傍観するだけです。それでリベラル=良識を装っているだけです。

■「科学」に膝を屈したリベラル派


リベラル派の思考停止は、原発汚染水の海洋放出でも見られました。原発に反対していたはずなのに、IAEA(国際原子力機関)が「国際安全基準に合致している」と結論付けた「包括報告書」を公表し、日本政府や東京電力がIAEAによって安全性が保証されたと言うと、途端に沈黙してしまったのでした。ちなみに、『紙の爆弾』11月号の「原発汚染水海洋投棄 日本政府『安全』のウソ」という記事の中で、富山大学の林衛准教授は、IAEAの報告書には「処理水の放出は、日本政府の国家的決定であり、この報告書はそれを推奨するものでも支持するものでもない」と記載されていて、必ずしも安全性を保証しているわけではない、と言っていました。

つまり、リベラル派は、汚染水の海洋放出においては「科学」(を装った詭弁)に膝を屈したのでした。彼らにとって、「非暴力」や「科学」は、目の前の現実より優先すべき金科玉条のドグマなのでしょう。

■リベラル派のトンマでお気楽な姿


昔、羽仁五郎は、日本のメディアの両論併記は、「雨が降っているけど天気はいいでしょう」と言っているようなものだと痛罵していましたが、リベラル派の「どっちもどっち論」も同じです。何かを語っているようで、実は何も語ってないのです。そこには、イスラエルお得意のデマゴギーに乗せられて平和を説くというトンマでお気楽な姿があるだけです。

■追記


バイデン米大統領は19日の夜、ホワイトハウスで国民に向けて演説して、「イスラム組織ハマスの攻撃を受けたイスラエルと、ロシアの侵攻を受けるウクライナへの支援は、『何世代にもわたって米国の安全保障に利益をもたらす賢明な投資』だと訴え、緊急予算を20日に米議会に要請する考えを示した」(朝日)のですが、それに対して、国務省の政治軍事局で11年間、同盟国への武器売却を担当していたジョシュ・ポール氏が、抗議して辞職したというニュースがありました。

朝日新聞デジタル
米国務省幹部、イスラエルへの軍事支援に抗議し辞任 ガザ情勢めぐり

記事は、次のように書いています。

 イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスとの軍事衝突をめぐり、バイデン米政権がイスラエルへの強い支持を打ち出すなか、米国内でも一部で異論が出始めている。現職の米国務省幹部が、イスラエルへの軍事支援に反発して辞職したことも明らかになった。


  ポール氏はビジネス向けSNS「リンクトイン」への投稿で、バイデン政権が「紛争の一方の当事者」であるイスラエルを「無批判に支援」し、軍事援助を急いでいるとして厳しく批判した。
(略)
  「イスラエルの対応と米国による支持は、イスラエルとパレスチナの人々にさらなる苦しみをもたらすだけだ」「我々が過去数十年間に犯したのと同じ過ちを繰り返すのではないかと心配しており、その一部になることを拒否する」と辞職の理由をつづった。


アメリカもまた一枚岩ではないのです。ウクライナへの”支援疲れ”が出ている中で、さらに新たな戦争に介入することに対して身内からNOが突き付けられた感じです。

アメリカでは若い層になるほど、イスラエル支援に懐疑的な意見が多いそうで、アメリカはもはや昔のアメリカではないのです。老人たちにはかつての”偉大なるアメリカ”を憧憬する気持が残っているのかもしれませんが、若者たちはアメリカが唯一の超大国の座から転落して、世界の覇権を失いつつあるただの国だという冷めた認識しか持ってないのでしょう。

アメリカは既に中東でも覇権を失っていますので、仲介者としての影響力も調整能力もありません。欧米では、ロシアとイスラエルへの矛盾した対応に対して、ダブルスタンダードではないかという声が出ているそうですが、そんな声もこれから益々大きくなっていくでしょう。

イスラム圏だけでなく、世界の人口の半分以上を占めるグローバルサウスと呼ばれる非米国家でも、既にイスラエルに対する非難が広がっています。これに親イスラエルの欧米で反戦の声が高まれば、イスラエルは益々孤立して(ガザに侵攻したくてもできない張り子の虎状態になり)、パレスチナ問題が新たな局面を迎える可能性はあるでしょう。

その後もガザ地区の犠牲者は増える一方で、既に5千人を超えており、半分近くが子どもだと言われています。上の図で見たように、イスラエルは1947年に国連が設定した”国境線”を無視して入植地(領土)を拡大し続けており、イスラエルの行為は国際法違反だとして今まで何度も国連で非難決議が提出されたのですが、いづれもアメリカが拒否権を行使して否決されているのでした。そして、今のガザの民間人や民間施設を標的にした無差別爆撃も、国際人権法および人道法に対する違反だとして国際的な非難が起きているのですが、日本のリベラル派はそれを「どっちもどっち」と言っているのです。
(10/20)
2023.10.18 Wed l パレスチナ問題 l top ▲
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パレスチナ自治区(写真AC)



■ハマスの奇襲作戦


10月7日未明、ガザ地区を実効支配するハマスが、イスラエルに向けて3000発とも5000発とも言われるロケット弾を撃ち込み、その一部は世界最強と言われるイスラエルの防空システム「アイアン・ドーム」をかいくぐって、テルアビブなどの主要都市に着弾、市民にも被害をもたらしたということでした。

しかし、これは陽動作戦だったという見方があります。その傍らで、1000名にのぼる戦闘員がイスラエルに越境して、ガザ地区に近い南部の町で開催されていたフェスを奇襲。900人が殺害され、100人以上が人質になって連れ去られたのでした。

その際、下記のように、冷蔵庫に6時間半隠れて、奇跡の生還を果たした女性の恐怖の証言が、日本のメディアでも大きく伝えられました。

TBS NEWS DIG
“冷蔵庫に6時間半、隠れた” ハマスの襲撃受けたイスラエルの女性が恐怖を証言

■イスラエルの「原罪」


それに対して、カリフ制再興を主張するイスラム原理主義者でイスラム学者の中田考氏(元同志社大教授)は、次のようにツイートしていました。


ナチの迫害から逃げ延びたユダヤ人たちが、1948年にパレスチナの土地を略奪しパレスチナ人を迫害して作ったのがイスラエルです。その過程で、万単位の大量殺戮を行い、子どもや若い女性に対する誘拐や性的暴行や人身売買など、暴虐の限りを尽くしたとも言われています。

欧州議会でクレア・デイリー議員(アイルランド選出)は、「2008年以降、西岸やガザ地区でイスラエルは15万人のパレスチナ人を殺し負傷させた。3万3千人は子どもだった。誰もそのことに言及せず、誰も彼らをテロリストと呼ばない」 と演説していましたが、たしかに、ハマスをテロリストと呼ぶならイスラエルもテロリストと呼ぶべきでしょう。




■ガザ地区の悲惨な状況


一方、イスラエルのヨアフ・ガラント国防相は、ガザ地区のパレスチナ人は「人間の顔をした動物」だから、電気も燃料も食糧も水もやる必要はないと発言しているのです。


ジャーナリストの川上泰徳氏によれば、現在、200万人以上が住んでいるガザ地区の人口中央値は18歳で、半分は子供だそうです。イスラエルのガザ空爆の死者の7割以上が民間人で、「犠牲を払うのはハマスではなく、多くの子供を含む一般市民」だと言っていました。そのガザ地区はイスラエルによって封鎖され、国防相が言うように、電気も食糧も水もガソリンもないのです。住民たちはガザから出ることもできないのです。

ガザのことを「天井のない監獄」と称したメディアがありましたが、まさに(皮肉なことに)ガザは現代のゲットーと言えるでしょう。

国連のターク人権高等弁務官も、「生存に必要な物資を奪って、民間人を危険にさらすような封鎖は国際人道法で禁じられている」とイスラエルを非難し、人道回廊の設置を求めています。

そんなガザにイスラエル軍が報復のために侵攻しようとしているのです。地上戦になれば、再び大虐殺が起きる可能性があるでしょう。

■”戦時の言葉”と親イスラエル報道


昨日、渋谷の駅前では、「イスラエルは打ち勝つ」などという横断幕を掲げたイスラエルを支持する集会が行われたそうですが、この集会には、旧統一協会とともに「新しい歴史教科書を作る会」の運動にも深く関与したキリスト教系の新宗教団体が信者を動員していたという話があります。でも、メディアは一切そのことを報じていません。そうやって、再び日本のメディアが”戦時の言葉”にジャックされているのでした。

アメリカの音頭取りで一斉に始まったハマス=テロリスト一掃の戦争キャンペーン。しかし、世界は一枚岩ではないのです。超大国の座から転落したアメリカに、もはや”世界の警察官”としての力はないのです。

世界の分断と対立は益々進み、これからも間隙をぬって世界の至るところで戦火が上がることでしょう。アメリカのウクライナ支援も早くも息切れが生じていますが、第二次世界大戦後、アメリカは”世界の警察官”を自認しながらも、一度も戦争に勝ったことがないのです。この事実を冷徹に考える必要があるでしょう。世界は間違いなく多極化の方向に進んでいるのです。

ましてや来年の大統領選挙でトランプが再び当選するようなことがあれば、世界覇権どころか、アメリカ自身が決定的な分断を招き、自滅への道に突き進むことにもなりかねないでしょう。

それにしても、イスラエルが一方的に被害を受けたかのような報道ばかりしている日本のメディアは、イスラエルやアメリカの戦争プロパガンダの広報機関と化しており、ジャニーズ問題でも指摘された、不都合なものは見て見ぬふりをして長いものに巻かれる体質が、ここでも露呈されているのでした。

どうしてガザのような現代のゲットーが生まれたのか。その責任は誰にあるのか。その根本のことが一切報じられないのでした。

ハマスに関して言えば、2000年の第二次インティファーダ(民衆蜂起)を主導して民衆の支持を集め、2006年の議会選挙で多数を占めて、ヨルダン川西岸にあるパレスチナ自治政府を合法的に掌握した過去があります。しかし、イスラエルと欧米が選挙結果を認めず、ファタハ(現在のパレスチナ自治政府を主導)との連立政権を妨害した上に、ファタハのクーデターを支援して、ハマスをヨルダン川西岸からガザへ追放したのでした。今回のハマスの攻撃を「絶望が突き動かした」と指摘する専門家もいますが、第三次インティファーダという見方もできるのです。

ガザは、イスラエルの南側にありますが、北側のレバノン南部を実効支配するシーア派の軍事組織・ヒズボラも参戦するという話が伝えられています。そうなればイスラエルは南北の二面作戦を強いられ、形勢が大きく変わる可能性があるのです。ガザの大虐殺が現実のものになれば、イスラム諸国も日本のメディアのように見て見ぬふり、、、、、、はできないでしょうから、さらに戦線が拡大することになるでしょう。もとより、アメリカが既に中東での覇権を失っているという現実も無視できないのです。

イスラエルは、自分たちユダヤ人がナチスにやられたことをそのままパレスチナ人にやったのですが、今、その「原罪」のツケを払わされようとしているのです。そして、その過程において、歴史のアイロニーとも言うべきあらたな民族迫害ホロコーストが再現されようとしているのです。そこに示されているのは、人間の愚かさとおぞましさ以外の何ものでもありません。

■追記


イスラエル軍は、ガザの住民に24時間以内の退避勧告を出したそうです。その期限は日本時間の10月14日の午前だと言われていますので、間もなくイスラエル軍の地上侵攻がはじまることが懸念されています。

しかし、それ以前から、イスラエル軍の空爆は始まっており、検問所が爆破されたり港が爆撃されたりしているのです。そうやって避難勧告とは裏腹に、人々がガザから出れられない(ハマスが逃げられない?)状態にしているのです。そもそもガソリンも電気も止められているので、車は使えないし、多くの住民は退避勧告を知ることもできないのです。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、現在の状態で人々が退避するのは不可能だとして、イスラエルの退避勧告を批判したそうです。アムネスティも、民間人にも「懲罰」を与えるようなイスラエルのやり方は戦争犯罪だと非難しています。

イスラエルがやろうとしていることは「皆殺し作戦だ」という声もあるくらいで、未来のテロリストの根を断つために子どもを容赦なく殺害する可能性も指摘されています。20世紀のジェノサイドを生き延びた者たち(の子孫)によって、21世紀のジェノサイドが行われようとしているのです。

BS-TBSの報道番組に重信房子氏の娘の重信メイ氏が出演したことに対して、テロリストの娘を出すなんてけしからんとネットが炎上したそうですが、そこに映し出されているのは、パレスチナ問題に対する驚くべき(呆れるばかりの)無知蒙昧で厚顔無恥なネット民(というか、ヤフコメに巣食うカルト宗教の信者たち)の姿です。彼らは、民族問題や民族主義のイロハさえわかってないのです。彼らはネトウヨとかシニア右翼とか呼ばれたりしますが、”右翼”ですらないのです。もっとも、如何にもYahoo!ニュースが喜びそうなテーマなので、炎上したというより炎上させたというのがホントかもしれません。

また、イスラエルのギラッド・コーヘン駐日大使が外国特派員協会で記者会見して、「殺人者とテロリストの家族に発言の場を与えるのを許すべきではない」とまくしたて、怒りをあらわにしたそうですが、どの口で言っているんだと言いたくなりました。まさに説教強盗の言い草ですが、イスラエル大使がこんなことを言うのも(こんなことを言うのを許しているのも)、日本のメディアがイスラエルの「原罪」への言及を避け、曖昧に誤魔化しているからでしょう。

「平和」や「人道」という言葉を使うなら、まずイスラエル建国の「原罪」を問うことから始めるべきでしょう。

今回の「ハマスの奇襲」について、イスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリがワシントン・ポスト紙に寄稿した文章(下記の翻訳されて転載された文章)を読みましたが、その中で、ハラリは「歴史は道徳の問題ではない」と書いていて、私はがっかりしました。ハラリもまた、ただのシオニストにすぎなかったのです。

東洋経済オンライン
イスラエルの歴史学者が語る「ハマス奇襲」の本質

まさに今こそ、戦後世界の”悪霊”とも言うべきイスラエル建国の歴史=「原罪」が、「『道徳』の問題」として厳しく問われなければならないのです。それがパレスチナ問題の根本にあるものです。ハラリが言うネタニヤフのポピュリズムなど二義的な問題にすぎません。「ハマスの奇襲」が問うているのもイスラエル建国の「原罪」なのです。でないと、いくらハマスを皆殺しにして一掃しても、これからもパレスチナの若者たちは銃を手に立ち上がり、第二第三のハマスが生まれるだけでしょう。現に今までもそれをくり返して来たのです。
(10/14)
2023.10.12 Thu l パレスチナ問題 l top ▲
今日届いた田中宇氏のメルマガ(有料版)につぎのような記述がありました。

田中宇の国際ニュース解説 会員版(田中宇プラス)
パリのテロと追い込まれるISIS、イスラエル
http://tanakanews.com/

 フランス軍は報復のため、ISISの「首都」になっているシリア北部のラッカ周辺にある、ISISの司令部や弾薬庫、訓練施設などを12機の戦闘機で空爆した。仏軍は米軍と連携し、ISISへの空爆を強めるという。しかし、この話もよく考えると頓珍漢だ。仏軍が今回空爆したISISの司令部や弾薬庫、訓練施設などは、場所がわかりしだいすぐに空爆すべき地点だ。フランスは昨年9月から1年以上、米軍と一緒にISISの拠点を空爆し続けている。仏軍は、ISISの司令部や弾薬庫、訓練施設などの所在を、この数日間に発見したのか?。そうではないだろう。仏軍や米軍は、以前からそれらの所在を知っていたが、空爆していなかったと考えるのが自然だ。米国や英仏は、以前からISISなどテロ組織がアサド政権を倒すことを期待し、ISISなどを退治するふりをして温存(支援)してきた。


 パリテロ前日の11月12日には、米軍が、シリア上空に飛ばした無人戦闘機でISISの英語広報役の「聖戦士ジョン」(モハメド・エムワジ、英国人)を殺害したと発表した。ジョンは、外国人の人質を座らせ、殺害するぞと脅すISISの動画にいつも出てくる人物で、米欧日で有名だ。米軍は有名人を空爆で殺し、米国がISISと戦って成果を上げている印象を世界的に示したかったのだろう。だが、ジョンは単なる広報役であり、彼が死んでも代役はくさんいる。ジョン殺害は逆に、米国が本気でISISを潰すつもりがないことを示している。


たしかによく考えてみれば、おかしな話です。

奇々怪々な構図はそれだけではありません。田中宇氏も書いていますが、もうひとつ、親パレスチナ対反イスラエル、反パレスチナ対親イスラエルという構図もあるのです。とりわけヨーロッパにとって、イスラエルの存在は、過去のホロコーストの問題なども絡み一筋縄でいかないやっかいなものでもあるのです。

ロシアのプーチンが、フランスを「同盟国」と呼び、フランスに同調してイスラム国に対する空爆をさらに拡大すると表明したそうですが(それも多分にカマトトですが)、それは自国の航空機が標的になったからというだけでなく、イスラム国と対立するシリアのアサド政権を延命させる思惑もからんでいるのだとか。

イスラム教徒でもある常岡浩介氏は、反アサドなので当然反プーチンです。だから、必ずしも反米ではありません。ツイッターでも、まず反米ありきの日本の左派・リベラルを批判しています。大国の思惑だけでなく、イスラム内部の宗教対立もあり、それがまた大国に利用されているという側面もあるのです。このように、イスラムをめぐる政治の問題は、複雑怪奇で魑魅魍魎なのです。

そんなさまざまな政治的宗教的思惑に翻弄されるのが、「民間人」と称される無辜の民です。パリの129名の犠牲者に対して、世界中が哀悼の意を表明し、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグが自分のプロフ写真にトリコロールのフランス国旗を付けたり、Google が検索ページに黒いリボンを掲げたりしていましたが、しかし、フランス軍の空爆によって犠牲になっているパレスチナの無辜の民衆に対しては、みんな知らんぷりです。

西欧のテロの犠牲者とは比べものにならないくらいの(おそらくその何百、何千倍もの)パレスチナの人々が有志国連合の空爆やシリア内戦で殺戮されている現実(シリア国内だけでも2011年の内戦以後、既に25万人以上が亡くなったと言われています)。でも、彼らはフェイスブックやGoogle で哀悼の意を表されることはありません。

しかし、15億人のイスラム教徒のかなりの部分は、パリの犠牲者より、空爆や内戦で犠牲になったムスリムの同胞のほうに心を寄せているはずです。そして、世界の不条理を痛感しているはずです。そんな不条理が存在する限り、ムスリムの若者が、狂信的なイスラム原理主義に走り、死をも厭わないテロリストになるのは避けられない現実であるとも言えるのです。空爆が憎悪の連鎖を生むだけなのは誰が見てもあきらかでしょう。
2015.11.19 Thu l パレスチナ問題 l top ▲
フランスでは、「テロ擁護」の発言をしただけで即逮捕されるような状況になっているようですが(テロを擁護する発言は、昨年の11月から刑法によって処罰の対象になっているそうです)、そういった「言論の自由」を錦の御旗にした全体主義的な抑圧体制をとっているのがオランド社会党政権なのです。

先日、パリでおこなわれたテロ反対の100万人デモの先頭には、イスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長が「仲良く」並んで行進していましたが、10数人のフランス人の死と数万人、数十万人のパレスチナ人の死は、どう違うのか。あの光景を見て、彼らにそう問い質したい気がしました。今現在もシリアでは、アサド軍とイスラム国による住民の虐殺行為がつづいているのです。また、アメリカの無人攻撃機による殺戮行為もつづいています。

テロリストの行為を批判するなら、同じように(それ以上に)アメリカやイスラエルの行為も批判すべきでしょう。ひとりひとりの死の重みは同じはずです。憎しみの連鎖の当事者は、なにもイスラム過激派だけではないのです。

フランスのマルセイユ在住の方のTwitterに、テロをおこした兄弟の家庭環境について、つぎのような書き込みがありました。私は、それを読んで、日本のマスコミの報道では知り得ない現実の一端を知った気がしました。

テロリスト兄弟の生い立ち

下記は、その元の記事だそうです。
http://www.reporterre.net/L-enfance-miserable-des-freres

あの高慢ちきなフランス人が高慢ちきでいられるのは、このような決して越えることのできない「区別」が前提にあるからでしょう。世界のモードをけん引するフランスのファッション、現代思想をリードするフランス哲学、そういったものを成り立たせているのも、同じなのでしょう。

私たちは、いみじくも今回のテロによって、西欧民主主義が如何に二重底によって成り立っていたかということを思い知らされたのでした。私は、むしろそっちのほうがショックでした。
2015.01.19 Mon l パレスチナ問題 l top ▲
フリージャーナリストの田中龍作氏は、現在、イスラエル軍が侵攻したガザに滞在し、連日、みずからのサイトに、現地で取材した記事をアップしています。今回の滞在でいちばん最初の記事がアップされたのが7月14日でしたので、もう2週間以上、滞在していることになります。

田中龍作ジャーナル
http://tanakaryusaku.jp/

ちなみに、田中氏は、広告やスポンサーに頼らずに、読者のカンパだけで取材活動をおこなっており、今回も「クレジットカードをこすりまくって」(借金して)ガザに来ています、と書いていました。

フリーのジャーナリストが運営しているブログも、大半は新聞などのメディアと同じように、有料会員にならないと記事が読めないシステムになっていますが、田中氏の場合、記事は無料で読むことができるのです。その代わりカンパをしてください、というスタイルをとっているのでした。私は、個人的には田中氏のようなスタイルに共感するものがあります。

田中氏の記事は、新聞やテレビの報道とは違って、戦争の現場の生々しさがひしひしと伝わってくる、臨場感あふれる記事ばかりです。記事からは、ガザの人たちの悲痛な叫びが今にも聞こえてきそうです。そこにあるのは、恐怖と悲しみと憎しみであり、新聞やテレビなど既成のメディにはないリアルな戦争の姿です。

それは、記事だけでなく田中氏が撮った写真も同様です。なかでも私が印象に残ったのは、7月20日の記事「イスラエルはなぜ私たちの子供を殺すのか」に掲載されていた写真です。それは、血まみれの少女が白いビニールシートのようなものに包まれて抱きかかえられている写真で、キャプションによれば、少女は「瞳孔が開き、頭からは脳しょうが飛び出していた」そうです。私は、最初、少女は赤い服を着ていたのかと思ったのですが、そうではなく洋服が血で赤く染まっていたのでした。

このように、目の前で家族や友達が殺されていくのを目にしたパレスチナの子どもたちが、やがてイスラム原理主義組織に入り、テロリストになっていくのを誰がとめられるでしょうか。誰が彼らに「憎しみでは解決しない」と説得できることばをもっているでしょうか。この”憎しみの連鎖”をとめる手立ては誰にもないような気がします。彼らを説得するには、民主主義はあまりにも非力で、そしてあまりにも不誠実なのです。

戦争というのは、自国民保護(邦人保護!)、自衛、抑止力といった大義名分ではじめられるのが常です。「これから侵略します」といって戦争する国なんてどこにもありません。イスラエルだってそうですし、ナチスだって戦前の日本だってそうでした。安倍首相は、集団的自衛権行使の閣議決定後の記者会見で、(集団的自衛権行使は)「日本に戦争を仕掛けようとするたくらみをくじく大きな力になる」と言ってましたが、戦前の指導者も同じようなことを言って戦争をはじめたのです。それにしても、中国や韓国だって、日本に対してここまで挑発的な発言はしていません。この発言には、安倍首相の好戦的な姿勢がよく表れているように思います。私たちは、自分の国の総理大臣に戦争を煽られている、という自覚をどれだけもっているのでしょうか。

高橋源一郎氏は、朝日新聞の論壇時評のなかで、『現代思想』(7月号)の「ロシア」特集に掲載されていた、現代ロシアの作家・リュドミラ・ウリツカヤのつぎのような発言を紹介していました。

朝日新聞論壇時評
「戦争」の只中で 現実はもっと複雑で豊かだ

 リュドミラ・ウリツカヤは、ウクライナからロシアに併合されたクリミアについて書いた文章を、小さいときから夏の数カ月を過ごしたその地の小さな町の思い出から始めている(略)。クリミアは、多くの民族の行き交う場所だった。
 「かつてこの由緒ある地に住んだすべての民族がこの地で平和に暮らせるようになることを願っています……胸に手を当てて言いましょう――私個人としては行政的にクリミアがどの国に属そうと構いません。平和であればいいのです」(略)


また、つづけてロシア・ポーランド文学が専門の沼野充義氏のつぎのような文章も紹介していました。

 沼野充義は、民族主義の高揚の中で(クリミア編入の議会決定に反対したのは上・下院を通じて僅〈わず〉か一人)、いまロシアは「反対だと声を上げたら袋だたきにあってしまう」怖い状況であり、ウリツカヤを筆頭とする、ウクライナの立場も理解しようとするリベラルな作家たちは「売国奴」や「非国民」と攻撃の対象になりつつあるとした。(略)


でも、これはロシアだけの話ではありません。

与党のなかでただひとり集団的自衛権の行使容認の閣議決定に反対した自民党衆議院議員の村上誠一郎氏もまた、ネトウヨたちから「反日」「売国奴」「非国民」と悪罵を浴びせられているのでした。全体主義への暴走は、よその国の話ではないのです。

村上氏は、外国特派員協会の記者会見で、安倍内閣がすすめる”解釈改憲”は、「下位の法律によって上位の憲法の解釈を変えるという禁じ手、やってはいけないこと」で、安倍内閣のやり方は、「立憲主義が崩壊する危険性」につながる、と批判していました。

BLOGOS
集団的自衛権に自民党で一人反対、村上誠一郎議員が会見

また、今の”鬼畜中韓”のきっかけになった尖閣の問題についても、つぎのように言ってました。

(略)尖閣諸島が緊迫した情勢になった理由は二つあると思っております。
一つは、石原慎太郎氏が14億円を集めて、野田首相に国有化しないのは君たちの責任だと煽り立てて、最終的に野田さんが着地点も考えずにやってしまったこと。
もう一つは、安倍さんが、アメリカのバイデン副大統領や皆から中国や韓国と上手くやってくれと頼まれているにも関わらず、靖国神社に行ってしまったこと。
私は石原さんや安倍さんがやったことに対しても、やはりきちっと反省すべき点があるんではないかと思います。


ここには、ヘイトなナショナリズムを煽り、全体主義への道が掃き清められていく、そのカラクリが具体的に語られているように思います。

村上氏によれば、「多くの議員や官僚たちも自らと同じ考えだが、『内閣改造を示唆されていて、人事をちらつかせられたら何も言えない。』『官僚の600の幹部ポストは内閣人事局に握られることになった。官僚は一度左遷されれば戻ってくることはできない』などの理由から反対の声が上げられない状況にある」のだそうです。みんな、おかしいと思いながらずるずると強権的な政治に押しまくられていく。それこそがファシズムへ至る道です。

ときに戦争は、アメリカのように、「自由と民主主義」の名のもとにおこなわれることもあるのです。これでは、誰もパレスチナの子どもたちを説得することはできないでしょう。高橋源一郎氏が言うように、「作家の責務」だけでなく、私たちにもそれぞれ責務があるはずです。

集団的自衛権の行使というのは、私たちが戦争の当事者になるということです。今度は私たちがパレスチナの子どもたちの憎しみの対象になるかもしれないのです。その覚悟がホントにあるのでしょうか。もちろん、ネトウヨのように、汚れ仕事は自衛隊にさせればいいというような、都合のいい(卑怯な)考えが通用するわけがないのは言うまでもありません。

枝野幸男・民主党憲法総合調査会長は、集団的自衛権について、タウンミーティングでつぎのように発言していたそうです。民主党は、集団的自衛権そのものについても、賛否は留保したままで、野党としての存在価値さえ示せないほど落ちぶれ果てていますが(こういう政党は一日も早く潰れたほうが世のため人のためだと思っていますが)、そんな民主党の”悪奉行”でさえこう言っているのです。おそらくそれは、誰も口にしませんが、多くの国会議員たちにも共通する認識なのではないでしょうか。

朝日新聞
「集団的自衛権、必然的に徴兵制に」 民主・枝野氏

 自分の国を自分たちで守ることについてはモチベーションがあるので、個別的自衛権を行使するための軍隊は志願兵制度でも十分成り立つ。しかし中東の戦争に巻き込まれ、自衛隊の方が何十人と亡くなるということが起きた時に、今のようにちゃんと自衛隊員が集まってくれるのか真剣に考えないといけない。世界の警察をやるような軍隊をつくるには、志願制では困難というのが世界の常識だ。従って集団的自衛権を積極行使するようになれば、必然的に徴兵制にいかざるを得ないと思う。(さいたま市のオープンミーティングで)


私たちの目の前にあるのは、”戦争というリアル”なのです。
2014.08.06 Wed l パレスチナ問題 l top ▲