蒼ざめた馬


■金平茂紀氏の指摘


先日、YouTubeで「エアレボリューション」という番組を観ていたら、ゲストで出ていたジャーリストの金平茂紀氏の面白い、と言ったら語弊がありますが、番組に対する鋭い指摘があり、あらためて現実を「こする言葉」とは何か、ということを考えさせられました。

エアレボリューション
金平茂紀氏生出演! 「緊急提言!大政翼賛をいかに抜けだすか」(2023年1月29日放送・前半無料パート)

「エアレボリューション」というのは、ジョー横溝氏がMCを、島田雅彦氏と白井聡氏がレギュラーコメンテーターを務める、今年の1月にはじまった有料の番組です。金平茂紀氏が出演したのは第3回目でした。

尚、概要欄に書かれた番組のコンセプトは、次のようになっていました。

① 直訳「革命放送」!
② 理想の社会を実現するための手段を語る「空想革命」!
③ 作家・アーティストも呼び「空想革命」を想像できる右脳を鍛える刺激的な放送!

ニコ生でも、ジョー横溝氏をMCとして、宮台真司氏とダースレイダー氏をレギュラーコメンテーターとする有料番組の「ニコ生深掘TV」というのがありますが、それとどう違うのかという突っ込みはともかく、冒頭でいきなり金平氏がジョー横溝氏の言葉使いに異を唱えたのでした。

FMラジオでDJを務めているだけあって弁舌巧みなジョー横溝氏が、出演者のことを「演者さん」と呼んでいたのですが、それに対して、TBSの報道局記者である金平氏が「演者」というのはテレビのバラエティ番組の言葉で、YouTubeでその言葉を使うのは違和感があると噛みついたのです。

さらに、YouTubeは新しいメディアのはずなのに、結局テレビの真似をしているにすぎない、従来のテレビ的な枠を壊すような姿勢が見えない、というようなことを言って、冒頭から空気を凍り付かせるようなカウンターをかましたのでした。

私は、それを観て思わず膝を叩きたくなりました。たしかに、YouTubeはテレビの真似ばかりです。私も前に書きましたが、ユーチューバーが「撮れ高」とか「視聴者さん」という言葉を使っているのを見ると、それだけでどっちらけになるのでした。

Googleの持ち株会社のアルファベットの業績を見ると、利益の落ち込みが大きく、そのために人員削減などリストラを余儀なくされているのですが、その要因はひとえに「ネット広告」とカテゴライズされる(アルファベットでは「セグメント」と呼ばれる)YouTubeの広告の不振によるものです。

たしかに、最近のYouTubeの広告は怪しげなものも多く、また広告が集まらないのか、Googleの自社広告も多くなっています。それは、視聴時間をTikTokやインスタやTwitterのショート動画に奪われているからです。もちろん、Googleも手をこまねいて見ているわけではなく、その対策として、ショート動画のテコ入れや従来の配信料のシステムの見直しなどを既にあきらかにしています。

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「エアレボリューション」と同じような、リベラルな主張をコンセプトに掲げる番組は他にもありますが、どれも似たような感じで、ゲストで登場する人物も重なっている場合も多く、企画のマンネリは否定できないのです。

今やニコ生のコアな視聴者は40代~50代だそうで、それはネトウヨの年齢層と重なるのですが、おそらくYouTubeも似たようなものではないかと思います。一方、左派リベラルは、それよりひとつ上の年代がボリュームゾーンです。

地上波のテレビの視聴者もいまや中高年が主流で、中高年向けのコンテンツが必須と言われています。それでは大塚英志氏が言う「旧メディアのネット世論への迎合」も当然という気がします。

■島田雅彦氏の発言と炎上


「エアレボリューション」では、先日、番組の中で、島田雅彦氏が(安倍元首相の)「暗殺が成功して良かった」と発言して炎上し、その余波が今も続いています。発言を受けて、フジサンケイグループなどの右派メディアやネトウヨたちが、まるで号令されたかのようにいっせいに島田叩きを始めたのでした。そこに、バズらせることを狙ったネットメディアの煽りが加わったのは言うまでもありません。

それに対して、「エアレボリューション」は発言した部分を削除し、島田氏も次のように謝罪したのでした。


軽率な発言? このどこが「革命放送」なんだと思いました。そのヘタレようはまさにテレビ並みと言えるでしょう。

この謝罪によって、右派メディアやネトウヨは益々勢いを増したのでした。そして、島田氏はさらに次のような弁明をするはめになったのでした。


まさに屋上屋を架した気がします。

何度も言いますが、今の日本に欠けているのは「闘技」の政治です。タコツボの中から首だけ出してちょっと勇ましいことを言ったら石を投げられて、あわてて首を引っ込める。こんなことを百万篇くり返しても何にもならないでしょう。

一方で、島田氏が首をひっこめたのは、本人も言っているように、YouTubeのガイドラインや利用規約の違反行為とみなされてBANされるのを怖れたということもあるかもしれません。当然、煽られた人間たちが、Googleに対してガイドライン違反の申し立てを行っているでしょう。

何度もくり返しますが、とどのつまりは、ネットの「言論・表現の自由」なるものも、一私企業であるプラットフォーマーによって担保されているにすぎないということです。しかも、プラットフォーマーはすべてアメリカの企業です。これでは「革命放送」なんて、悪い冗談のようにしか思えません。

また、法政大学の教授でもある島田雅彦氏は、「大学の講義で殺人やテロリズムを容認するような発言をした事実は一切ない」と弁明していましたが、でも、文学では殺人やテロリズムを容認することはあるでしょう。むしろ、そういったところから文学は生まれるのです。

私は、ロープシンの『蒼ざめた馬』が好きで、最近も読み返したばかりですが、東京外国語大のロシア語学科を出た島田氏は、テロリストが書いたこの小説をどう思っているのか、問い質したい気がします。何だか語るに落ちたという感じがしないでもありません。

■大衆に迎合するマーケティング


映像というのは残酷なもので、文章で書いた言葉とは違って、修辞のマジックが通用しない分その薄っぺらさがモロに透けて見えるということがあります。残念ながら、島田雅彦氏や白井聡氏も例外ではありません。

政治でも文学でも同じですが、今の時代に、感情をゆさぶるような、心が打ち震えるような、そんな私たちの心をこするような言葉を探すのは至難の業です。これは決して郷愁などではなく、昔はもっとヒリヒリするような、心をえぐられるような緊張感のある言葉がありました。でも、今あるのは、どこを見ても仲間内の駄弁と自己保身のための言葉ばかりです。それは、右も左も関係なく、大衆に迎合するマーケティングが優先され、「闘技」の政治や「闘技」の表現活動がなくなったからでしょう。


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2023.05.17 Wed l ネット l top ▲
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■付け焼刃の対策


今日、加藤厚労相が、「マイナ保険証」において、マイナンバーカードに健康保険証を紐付ける際の入力ミスが、22年11月末までに全国で約7300件あったことをあきらかにしたそうです。そのため、受診した際、医療機関が別の人物の医療情報を閲覧したケースが3件発生していたということです。まったくお粗末なミスと言うしかありません。

マイナンバーカードでは、”売り”であるコンビニから住民票の写しや戸籍証明などの交付を受けるサービスにおいても、別人の証明書が発行される不具合が今年の3月以降、横浜市、川崎市、東京・足立区であわせて13件発生しています。そのため、河野デジタル大臣が、運営会社の富士通の子会社に対して、同サービスの一時停止を要請したそうです。

また、ペイペイ銀行のサイトには、次のような「お知らせ」が掲載されていました。

ペイペイ銀行
重要なお知らせ
当日指定の振り込みの一部変更について(5月12日更新)

当日指定の振り込みの一部変更について(5月11日更新)

フィッシング等被害防止の観点から、2023年5月10日(水曜日)18時より、一定の条件に当てはまる振り込みについては、当日指定ができなくなります。詳しくは以下の図をご確認ください。

ペイペイ銀行


つまり、これも既に被害が出ているので対策を講じたということなのでしょう。

全て付け焼刃で、ただ単に屋上屋を架すものでしかないのです。

そのために、ネットバンクでは、本人確認の方法が二重認証などと言ってどんどん面倒臭くなっているのでした。それだけイタチごっこで詐欺の被害も増えているからでしょう。一方で、窓口やATMの手数料をあり得ないほど大幅に引き上げて、(半ば強引に)ネットでの取引に移行するように勧めているのです。そして、挙句の果てには、「被害を蒙るのは自己責任ですよ」と言わんばかりに、顧客が自分で対策を講じるしかないような言い方をするのでした。

銀行やクレジットカードなどのサイトに入って、そこで送金などサービスを利用する際の本人確認の方法は、今やほとんどがスマホを使ったものです。ショートメッセージで送信された確認番号を入力したり、メールで送られてきたURLをクリックして確認するという方法が取られています。

また、最近のクレジットカードは、カードにカード番号が印字されてないナンバーレスのものも多くなっています。そのため、クレジットカード払いにするのに、カード番号や有効期限やセキュリティコードを入れなければならないときは、いちいち上記の方法でサイトにアクセスして確認しなければならず、非常に手間です。中には手間を省くために、紙にメモして保管しているユーザーも多いのではないかと思いますが、それでは本末転倒でしょう。

銀行口座の新規開設やクレジットカードの新規入会では、「即日開設」や「数分で発行」などと謳ってお手軽さをアピールしていますが、いざ使うとなると手間ばかりかかってひどく面倒なのでした。

スーパーでもセルフレジが普及しており、私も最初は時代の先端を歩いているような気になって利用していましたが、最近は、デジタル化に付いていけない老人向けに設置している有人レジの方を利用しています。有人レジの方が全然空いているし、買った商品のバーコードをひとつひとつスキャンしなければならない手間もはぶけるので楽チンです。それに、有人レジを利用する方が、レジ係のパートさんたちの雇用を守るためになるので、よっぽど利他的で「優しい」行為と言えるのです。

■SIMスワップ詐欺


ここ数日、メディアを賑わせている「SIMスワップ詐欺」も、銀行やクレジットカードのスマホを使った本人確認を逆手に取った、典型的なイタチごっこの手口と言えます。出て来るべくして出て来た犯罪と言えるかもしれません。

「SIMスワップ詐欺」は、今の本人確認の方法に対して根本から見直しを迫るような手口だと思いますが、しかし、銀行は、自分の住所氏名や電話番号やメールアドレスをむやにやたらと他人に教えないでください、と注意喚起するだけです。

「SIMスワップ詐欺」については、下記のように、Canonが2021年2月に、その手口と対策を警告しているのでした。

十分な情報を手に入れた詐欺師は、標的が契約している携帯電話会社に連絡し、標的になりすますことで顧客サポートの担当者を騙し、標的の電話番号を詐欺師が保有しているSIMカードへ移すよう仕向ける。その場合の口実の多くは、携帯電話が盗まれたか、失くしたため切り替えが必要になったというものだ。

一般的に、この種の攻撃の狙いは、被害者が保有するいくつかのオンラインアカウントへのアクセスを得ることだ。SIMスワップ詐欺を用いるサイバー犯罪者は、被害者が電話やテキストメッセージを二要素認証(2FA)に使用していることを前提としている。

Canon(2021.2.9)
サイバーセキュリティ情報局
SIMスワップ詐欺の手口とその対策


今になって被害が公けになったのは、SIMカードの再発行のために携帯電話の販売店に訪れた女が逮捕されたからですが、ただ、逮捕された女は「闇バイト」で応募した使い走りに過ぎないと言われています。

特殊詐欺や、資産家や宝飾店を狙った強盗もそうですが、この手の事件で逮捕されるのは「闇バイト」で応募したような末端の実行部隊ばかりで、犯罪の元締めが逮捕されたという話は聞いたことがありません。何度も言いますが、全てはイタチごっこで、捜査や対策も後手にまわっているのが現状なのです。

Canonが警告したのは2年前なのですから、既にかなり被害が広がっていると思った方がいいでしょう。

先月、「メルペイ」を不正使用した疑いで逮捕された中国人のパソコンなどから、メールアドレスが約1億件、クレジットカード情報が約1万7千件、IDとパスワードの組み合わせが約290万件など、大量の個人情報が見つかったというニュースがありました。そのニュースは、個人情報が私たちの想像を超える規模で漏洩している現実を示していると言えるでしょう。

メディアはフィッシングサイトで集めたようなことを言ってますが、フィッシングサイトで1億件のメールアドレスを集めるなんていくらなんでもあり得ないでしょう。

情報漏洩は、本人があずかり知らぬところで情報が漏洩するケースも多いのです。ネットを介して情報をやり取りする過程では、ハグなどによって漏洩することも充分考えられます。

ましてや、私たちの目に見えないところで、日々サイバー戦争は行われており、政府機関のサイトに侵入してサイトを改ざんしたり、情報を盗み出すような高度なハッキングの技術を見せつけられると、私たちの個人情報が如何に危うい状態にあるのか(丸裸のような状態でネットに晒されているのか)ということを痛感させられるのでした。

■仮想のフロンティア


チャットボットなんて前からあったのに、突然、チャットGTPのような対話型AIが世紀の大発見のようにセンセーショナルに報じられ、政府まで巻き込んで大騒ぎしています。しかし、水野和夫氏が言うように、デジタルという“電子空間”は、地上のフロンティアがなくなった資本主義が新たに作り出した、仮想のフロンティアにすぎないのです。

しかも、(「アメリカの議会予算局」がレポートしているそうですが)技術革新イノベーションとしても、今のIT革命が経済の成長を押し上げる力は、エジソン・フォードの時代に比べれば半分程度にすぎない、と水野氏は言っていました。つまり、IT革命も資本主義を一時的に延命するものでしかないということです。たしかに、自動車や電話や電球などの便利さに比べれば、デジタルの便利さなんてたかが知れているのです。

現にIT革命とか言われても、革命の祖国であるアメリカは超大国の座から転落して没落する一方だし、GAFAの植民地のようになっている日本もどんどん貧しくなるばかりです。まったくと言っていいほど、経済を持ち上げる力にはなってないのです。

ただ、FAXがメールに代わり、帰るコールがLINEに代わり、卓上計算機がエクセルの関数に代わり、現金が電子マネーに代わったに過ぎないのです。それを凄いことのように言っているだけです。

「今度は凄い」と永遠に来ない「今度」のためにアドバルーンを上げてあぶく銭を稼ぐ、いかがわしいセールスプロモーションの典型と言っていいかもしれません。で、今度の「今度」は、生成型AI、対話型AIというわけです。プロモーションに乗せられて浮足立っている人たちは、たとえばGoogle翻訳のショボさを思い起こして一度頭を冷やした方がいいでしょう。

シンギュラリティなどという言葉がまことしやかに流布されていますが、人間の自由な思考や自由な表現にAIが追いつくことは永遠にないでしょう。AIというのは演算と記憶の集積回路ICチップに過ぎないので、テストの解答や将棋の対戦では人間を凌駕することはあるかもしれませんが、ただそれだけのことです。

そう考えると、デジタルの時代という喧伝は多分に上げ底のような気がします。デジタルの時代とかIT革命というのは、羊頭狗肉のタイトル詐欺のように思えてくるのでした。
2023.05.12 Fri l ネット l top ▲
チャットGTP


■新しいものを無定見に賛美する声


横須賀市が、全国の自治体で初めて、生成AIのチャットGPT を試験的に導入したというニュースがありました。

共同通信 KYODO
横須賀市、チャットGPT試験導入 全国自治体で初

これについて、既にみずからもメールの作成などにチャットGPT を使っているという「モーニングショー」の某女性コメンテーターが、仕事の効率化のためにはとてもいいことです、というようなコメントを述べていました。

ただ、上記の記事にもあるように、チャットGPT は「データ流出の懸念も指摘」されており、メールと言えども相手の個人情報等が含まれている場合もあるでしょうから、彼女とメールでやり取りする人間はその覚悟が必要でしょう。

『週刊東洋経済』(4月22日号)の「特集 Chat GTP仕事術革命」の中でも、次のように書かれていました。

Chat GTPの無料版では、入力したデータがサービス改善に使われる。(略)3月20日には他人のチャット履歴が閲覧可能になるハグも発生した。

(略)イタリアのデータ保護当局は、3月末、Chat GTPの使用を一時禁止する措置を発表した。その理由の一つとして、AIを訓練するために個人データを収集・処理することに法的な根拠がないことを挙げている。


チャットGTPというのは、要するに、私たちがネット上で使った文章や会話や評価(正しいかどうか)の自然言語を収集し、そのデータを学習や調整の機能を持つアルゴリズムでチューニングしたものを、文章生成モデルに落とし込んで文章や会話を作成することです。AIも基本的な仕組みは大体このようなものです。

当然、AIという言葉が使われるようになった頃から開発がはじまっていたのですが、それがここに来て突然、チャットGTPが登場して、第4次産業革命が訪れるなどとセンセーショナルに扱われているのでした。

ネットのサービスに対しては、何でも新しいものを無定見に賛美し、乗り遅れると時代に付いていけなくなるというような、それこそAIが答えているようなお決まりの言説があります。特に寄らば大樹の陰のような日本ではその傾向が強く、ヨーロッパのようにいったん留保して考えるではなく、官民あげて無定見に前のめりになっている感じは否めません。しかも、そのサービスの大半はアメリカのIT企業が作ったものです。

4月10日には、チャットGTPを開発したオープンAI社のサム・アルトマンCEOが首相官邸を訪れ、岸田首相と面談し、その中で東京に開発拠点を置くことをあきからにしたそうです。日本はEUなどに比べてGoogleに対する規制も緩く、ネットで個人情報が抜き取られる問題に対しても極めて鈍感です。にもかかわらず、女性コメンテーターのように無定見なネット信仰者が多いので、彼らには美味しい市場に映るのでしょう。

そんなにチャットGTPが素晴らしいのなら、市役所の業務だけでなく、この女性コメンテーターもAIのアバターに変えればいいのではないかと思いました。彼女たちコメンテーターは、ニュースに対して、世の中の流れを読みながら当たり障りのない回答するのが役割です。それこそチャットGPT のもっとも得意とする仕事と言ってもいいくらいです。

ましてやただ原稿を読んで進行するだけのMCやアナウンサーなどは、チャットGPTの仕事を人間が代わりにやっているようなものでしょう。

新聞記事も然りです。テレビの場合、映像を入れなければならないので撮影が必要ですが、紙媒体だと大概の記事はAIに取り替え可能だと言います。日本は、外国のような調査報道が少なく、記者クラブで発表されたものを記事に書く「発表ジャーナリズム」が主なので、AIに代わっても何ら差しさわりがないのです。

横須賀市役所のニュースに関連して、別の自治体の首長は社会保障などの「前払い」にチャットGPT を使えばいいのではないか、と言っていました。この「前払い」というのは、給付金を先に払うというような気前のいい話ではなくて、「門前払い」や「足切り」の意味で使った(誤用した)ようです。チャットGTPで「前払い」したあとに職員が対応すれば効率がいいと言っていましたので、要するに、生活保護の申請などにおける「水際作戦」のことを指しているのでしょう。申請の窓口に臨時採用した元警察官を配置したりして、申請者とのトラブルに備えている自治体もあるようですが、この首長の発言は、かつては「不快手当」を払っていたような窓口業務をAIに肩代わりさせて、機械的に手っ取り早く門前払いを行なえばいいという、役所の本音を吐露したものと言えるのかもしれません。

しかし、一度冷静になって考えた方がいいでしょう。たとえば、Googleの翻訳ソフトのあのお粗末さを見ると、チャットGTPだけがそんなに優れたものなのかという疑問を持たざるを得ないのです。

このブログでも書きましたが、アマゾンに問合せするのに、いつの間にかAIとやり取りをしなければならないシステムになっていて、そのトンチンカンぶりにイライラしたのはつい昨日のことです。それがある突然、「凄い」「凄い」「時代が変わる」と大騒ぎしはじめたのでした。でも、Googleの翻訳も、この数ヶ月の間で「凄い」と感嘆するように跳躍の進歩を遂げたという話は聞きません。ITの世界においては、そういった大騒ぎはよくあることなのです。

■表情のない言葉


最近はマッチングアプリを使って男女が出会い、結婚に至るケースも多くなっているという話がありますが、マッチングアプリもチャットGPTと似たシステムを応用したものでしょう。文字通り、双方が出した条件で合致した男女がピックアップされるのですが、そこには一番大事なのは人柄だというような考えはないのです。と言うか、アプリでも人柄は示されるのでしょうが、それは蓄積されたデータを数値化して導き出された(人工的な)人柄らしきものにすぎないのです。

人と人とのコミュニケーションにおいては、チャットGPTのような言葉だけでなく、たとえば身体言語のようなものも重要な役割を果たしていることは言うまでもありません。そもそも言葉は、あらかじめ与えられた意味や文法に基づいて処理(翻訳)された上で、表出されたものにすぎないのです。自分の意志や考えを伝えるのにもどかしい思いをするのはそのためです。

ましてやチャットGPTは、数学の理論に基づいたアルゴリズムによって、単語の用途と頻度をいったん数値化し、それをGoogleのオートコンプリート機能(予測変換)と同じような理論を使って文章を生成するもので、言葉の持つ曖昧さやゆらぎを最初から排除された人工的な(二次使用の)言葉でしかないのです。いくら5兆語におよぶ単語が日々学習しているからと言っても、言葉そのものは普段私たちが使っている言葉の足元にも及ばない貧しいものでしかありません。チャットGTPの言葉には表情と想像力が決定的に欠けているのです。それでは生身の人間同士のようなコミュニケーションが成り立つはずもないのです。人工的に作られた似たものはできるかもしれませんが、あくまでそれはコピーです。問題は、コピーをホンモノと勘違いすることです。

それは、文体についても言えます。文体は言うなれば文章における表情のようなものです。でも、新聞記者は、不偏不党の建前のもと、極力文体にこだわらない、身体性を捨象した文章を書くように訓練されるのです。そんな文章がAIに代替されるのは当然でしょう。

これは既出ですが、2008年の『文芸春秋』7月号に、当時の『蟹工船』ブームについて、吉本隆明が、次のような文章を書いています。

ネットや携帯を使っていくらコミュニケーションをとったって、本物の言葉をつかまえたという実感が持てないんじゃないか。若い詩人や作家の作品を読んでも、それを感じます。その苦しさが、彼らを『蟹工船』に向かわせたのかもしれません。
 僕は言葉の本質について、こう考えます。言葉はコミュニケーションの手段や機能ではない。それは枝葉の問題であって、根幹は沈黙だよ、と。
 沈黙とは、内心の言葉を主体とし、自己が自己と問答することです。自分が心の中で自分の言葉を発し、問いかけることが、まず根底にあるんです。
 友人同士でひっきりなしにメールで、いつまでも他愛ないおしゃべりを続けていても、言葉の根も幹も育ちません。それは貧しい木の先についた、貧しい葉っぱのようなものなのです。
(「蟹工船」と新貧困社会)


吉本隆明は、言葉の本質は沈黙だというのです。人間は言葉でものを考えるので、それは当たり前と言えば当たり前の話です。しかし、チャットGTPの言葉はそんな言葉とはまったく別世界のものです。そもそもチャットGTPは、言葉の本質は沈黙だというような、そんな言い草はしゃらくさい、アホらしいというような思想の中から生まれたものと言っていいでしょう。しかも、それはアメリカで生まれたサービスです。日本語の持っている曖昧さは、日本語の豊穣さを表すものでもあるのですが、そんな文化とはまったく無縁なところから生まれたサービスにすぎないのです。

■効率は必ずしも効率ではない


前に言論の自由もTwitterという一私企業に担保されているにすぎないと書きましたが、それどころか、私たちの生活や人生に直結する事柄も、アメリカのIT企業に担保されているにすぎないのです。そういったディストピアの社会がまじかに迫っているのです。でも、「モーニングショー」のコメンテーターのように、多くの人たちは、新しいものを無定見に賛美し、チャットGPTが招来する第四次産業革命に乗り遅れる、時代に付いていけなくなるというような言説で思考停止しているだけです。

かつて、Googleは凄い、集合知で新しい民主主義が生まれる、セカンドライフは仮想資産で大化けする、ツイッターは新たな論壇になり新しいスタイルの社会運動を生み出す、などと言っていたような人間たちが、またぞろ、そんな古い考えに囚われていると時代に付いて行けないと脅迫するのです。

数年後にAIが人間の知能を凌駕するシンギュラリティ(Singularity)が訪れると予言するような若手の学者が、終末期医療の廃止や高齢者の集団自決を主張するのは偶然ではありません。彼らは、人々の悲しい表情や切ない表情を読み取ることを最初から排除している人間たちです。AIに思考を委ね、AIが言うことを代弁している、、、、、、にすぎないのです。

70歳になる知人は、年金だけでは生活できないので、仕事を探しているけど、履歴書を送っても面接すらさせてもらないと嘆いていました。既に20数社履歴書を送ったけど、断りの返事が来るだけだそうです。もちろん、正社員の仕事ではなくパートの仕事です。知人によれば、一般企業より社会福祉法人や公的機関の方が人を人と見ないところがありたちが悪いと言っていました。

そこにあるのも、上の知事が言う「前払い」が行われているからでしょう。私から見ると、知人は、健康だし頭脳明晰だし仕事もできるし性格もいいし、私のような偏向した思想も持っていません(笑)。パソコンのスキルも高いし、チャットGTPも肯定的です。でもそんなことより年齢条件が優先されるのです。

世の中は深刻な人手不足だと言われていますが、知人の話を聞いていると、どこが人手不足なんだと思ってしまいます。「モーニングショー」のコメンテーターや横須賀市長や自治体の首長が言う効率は、必ずしも効率ではないのです。

■人工知能におぞましいという感覚はない


少子化対策にしても、お金を配れば子どもを産むようになるというものではないでしょう。何度も言いますが、少子化には、資本主義の発展段階における家族の在り方や家族に対する考え方の変容が背景にあるのです。

また、人間というのはややこしいもので、生殖にはセックスの快楽も付随します。人と人が惹かれ合うのも、言葉では言い表せないフィーリングや身体的な快楽だってあるでしょう。

人間はシステムの効率だけでは捉えられない存在なのです。いつも言うように、1キロの坂道でも、車に乗って登るのと自分の足で息を切らして登るのとでは、その意味合いがまったく違ってきます。私たちの身体は、自分で思う以上に自分を作り出し自分を規定しているのです。私が私であるのはコギトだけではないのです。

もとより、AIは、(当たり前ですが)その身体を捉えることはできません。社会や資本や国家などの制度にとってどれだけ役に立つか、その条件に照らして私たちを数値化して”評価”するだけです。

政府が少子化で困ると言うのも、要するに、将来、税金を納める人間が減るから困るという話にすぎません。だったら、終末期医療の廃止や高齢者の集団自決と同じ発想で、国家が精液を集めて人工授精をすればいいのです。そして、家畜のように国家で養育するか、アプリで希望する夫婦に、マイクロチップで納税者番号を埋め込んだ子どもを配ればいいのです。人工知能が導き出すのはそういう考え方です。人工知能には、おぞましいという感情はないのです。


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ツイッター賛美論
Google
2023.04.20 Thu l ネット l top ▲
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昨日(18日)、YouTubeに関して、「ディリー新潮」に興味深い記事が出ていました。

Yahoo!ニュース
ディリー新潮
人気ユーチューバーの広告収入が激減 専門家は「今年は例外なく全員が“解雇”状態に」

ディリー新潮の記事は、巷の一部でささやかれていたYouTubeの“苦境”(というか、まだ”路線変更”のレベルですが)をあきらかにしたものと言えるでしょう。

■レッドオーシャン


YouTubeの“苦境”を端的に表しているのが、ユーチューバーたちです。再生回数が落ちたことによって、Googleからの広告料の配当が減少し、中には「ユーチューバー・オワコン説」さえ出ているのでした。

YouTubeが“苦境”に陥った要因は、相次ぐライバルの出現です。

記事では、ITジャーナリストの井上トシユキ氏の次のような指摘を伝えていました。

「『1日に何時間、ネットの動画を視聴しているのか』について、複数の調査結果が発表されています。それによると、世界平均は1日に1時間から3時間だそうです。2005年に誕生したYouTubeは、長年この時間を独占してきました。ところが近年、強力なライバルが登場し、視聴時間を巡って激しい争奪戦が繰り広げられるようになりました」


「『1日に最大3時間』という視聴時間を巡って、YouTube、TikTok、Netflix、Amazon Prime Video、Huluといった企業が激しく争っています。これまでYouTubeはブルーオーシャン(競争のない未開拓市場)のメリットを存分に享受してきました。ところが突然、レッドオーシャン(競争の激しい市場)に叩き込まれてしまったのです」


その結果、YouTubeは広告収益の鈍化に見舞われたのでした。動画の質の低下に合わせて、大手企業の広告の撤退が相次ぎ、「怪しげな美容商品や陰謀史観を主張する書籍、借金を合法的に踏み倒す方法──などなど、眉をひそめたくなるような広告が目立つ」ようになったのでした。それで、益々炎上系や陰謀史観やヘイトな動画ばかりが目立つようになるという悪循環に陥っているのです。

ただ、もともとYouTubeはそういった怪しげな動画投稿サイトでした。それをGoogleが買収して、現在のようなシステムに作り替えたにすぎないのです。違法動画や炎上系や陰謀史観やヘイト動画は、YouTubeのお家芸のようなものです。

YouTubeは、「“打倒TikTok”、“打倒Netflix、Amazon Prime”が急務」となっており、ユーチューバーに対して、「『ライバルの3社から視聴者を取り戻すような動画を作ってくれれば改めて厚遇するし、そうでなければ辞めてもらう』というメッセージを発した」(井上氏)のだと言います。

とりわけ、YouTubeが主敵としているのはTikTokです。そして、その切り札としているのがYouTubeショートだとか。しかし、TikTokやYouTubeショートも、既に炎上系やいじめの動画が目立つようになっています。

■ユーチューバーをとりまく環境の変化


記事は、最後に次のような言葉で結んでいました。

「今年、YouTubeは荒療治を断行するようです。荒療治なので、ユーチューバーにきめ細やかなケアを行う余裕はありません。トップクラスのユーチューバーといえども、一度は“解雇”の状態にする。その上で『自分たちは新しいルールを提示する。それに則って動画を配信するかどうか決めろ』と要求してくると考えられます」(同・井上氏)

 もともと「ユーチューバーでは食えない」という傾向が指摘されてきたが、2023年は一層、厳しい年になりそうだ。


ユーチューバーにとっていちばんいい時代は2017年頃だったそうですが、たしかに登山ユーチューバーが登場したのも、2017年から2018年頃でした。まるで雨後の筍のように、いろんなジャンルでユーチューバーが出て来たのでした。

あれから僅か5年。ユーチューバーをとりまく環境は大きく変わろうとしているのです。それは、YouTubeがレッドオーシャンに「叩きこまれた」だけではありません。芸能人が次々と参入してきたことも、ユーチューバーにとって”大きな脅威”となっています。視聴時間をめぐって、さらにYouTubeの中での奪い合いも熾烈になってきたのです。

もとより、ネットというのはそういうものでしょう。TikTokの”我が世の春”も、いつまで続くかわかりません。

しかし、多くのユーチューバーは、放置されて水膨れした登録者数や、「信者」とヤユされる常連視聴者のお追従コメントに勘違いして、例えは古いですが、現実から目をそむけ「サンクコストの呪縛」に囚われたままのような気がします。それはTwitterのユーザーなども同じです。オレにはこれだけ登録者=シンパがいるなんて、トンマな幻想に浸っているのかもしれません。

これも何度も言っていますが、Twitterの「言論の自由」にしろ、YouTubeの「広告収入」にしろ、単に一私企業に担保されたものにすぎないのです。そんなものに「公共性」を求めるのはお門違いで、企業の都合でいくらでも変わるのは当然なのです。
2023.01.19 Thu l ネット l top ▲
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■愛犬の死


知り合いから新年の挨拶の電話がかかってきたのですが、その中で昨年、可愛がっていた犬が亡くなり、未だショックが収まらず気持が沈んだままだ、と言っていました。喪中のハガキを出そうかと思ったそうです。「おい、おい」と思いました。

12歳だったそうですが、糖尿病で薬を飲んでいたのだとか。私の家でも犬を二代に渡って飼っていましたが、最初の犬の餌は、ご飯にイリコを入れて味噌汁をぶっかけたいわゆる(言い方が変ですが)“猫飯”でした。今は「餌」なんて言い方も反発を招くそうですが、そんな時代でしたので、犬が(血糖値を下げる?)糖尿病の薬を飲むという話に驚きました。聞けば、人間と同じ薬だそうです。同じ哺乳類とは言え、犬のような体重の軽い個体に、人間用の薬を処方してホントに大丈夫なのかと思いました。

愛犬はいつも玄関に座って帰りを待っていたそうで、「忠犬ハチ公みたいな感じだった」と言っていました。でも、そうすれば頭を撫でられて餌を貰えることを学習したからでしょう。犬がそうしたのではなく、飼い主がそうしむけただけです。

実家で飼っていた最初の犬は、近くの山で拾って来た野犬の子どもでした。小学生のとき作文にも書いて、結構評判になり賞を貰いました。さすがに最近は見なくなりましたが、しばらくは夢にも出て来ました。

次の犬は、他所から貰ってきた柴犬で、そのときは既にペットフードに代わっていました。世話していた母親は、半生の餌しか食べないと言っていました。

亡くなったのは、私が二度目の上京をしたあとで、早朝4時くらいに突然、母親から「今××(犬の名前)が死んだんだよ」と半泣きの声で電話がかかってきたのを覚えています。

最初の犬の死骸は、(はっきりした記憶はないのですが)おそらく裏の柿の木の下に埋めたのではないかと思います。次の犬はペット専用の火葬屋に頼んで火葬して、その骨をやはり柿の木の下に埋めたみたいです。でも、そこは既に人手に渡り今は駐車場になっています。

犬が家族の一員で、いつまでも思い出の中に残るというのはよくわかります。私は子どもの頃、犬に追いかけられ木に登って難を逃れたトラウマがあるので、他人の犬は噛みつかれるようで怖いのですが、しかし、自分の家の犬は可愛いと思ったし、よく可愛がっていました。

■ウエストランドの井口


知り合いは、愛犬が亡くなって以来、YouTubeで犬の動画を観て心を癒しているそうです。

と、私は、YouTubeと聞いて、まるで心の糸が切れたように、突然、ウエストランドの井口みたいな口調で、まくし立てはじめたのでした。

「あんなのはヤラセみたいなもんだろ」と私。
「エエッ、そんなことはないよ」
「だってよ、猫を拾って来て『こんなに変わった』『今や家族の一員』『いつまでも一緒』なんてタイトルでYouTubeに上げると、すぐ百万回再生するんだぜ。コメント欄も『ありがとうございます』『ネコちゃんも好い人に巡り会えて幸せですね』なんてコメントで溢れる。こんな美味しいコンテンツはないだろ」
「そんな‥‥」
「登山系ユーチューバーなんか見て見ろよ。あんなにお金をかけて、スキルもないのに無理して山に登っても、よくて数万しか行かない。ほとんどは数千、数百のクラスだ。それが猫を拾ってくれば百万も夢じゃない」
「たしかに猫を保護したという動画がやたら多いけど‥‥」
「猫だけじゃない保護犬の動画も多い」

「今やYouTubeは趣味じゃない。Googleから広告料の配当を得るためにやっている。お金のためだよ」
「‥‥」
「素人は盗品やニセモノをメルカリで平気で売る。お金のためなら何でもするのが素人だ」
「炎上系は論外としても、たとえば、外国人が日本の食べ物や景色に感動した、『恋した』『涙した』という一連の動画がある。あれもテレビの『ニッポン行きたい人応援団』のような『ニッポン、凄い!』の延長上にあるもので、単細胞な日本人を相手にするのにこれほど手っ取り早く美味しいコンテンツはない。したたかな外国人にいいように利用されているだけだよ。犬・猫もそれと似たようなもんだろ」

そこまで話したら、「忙しいから」と電話を切られてしまいました。
2023.01.12 Thu l ネット l top ▲
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■発信者情報開示の簡略化


同じことのくり返しになりますが、私は、昨年の10月に書いたフリーライターの佐野眞一氏の死去に関する記事の中で、故竹中労が昔、テレビ番組の中で紹介していた17世紀のイギリスの詩人・ジョン・ミルトンの次のような言葉を引用しました。

「言論は言論とのみ戦うべきであり、必ずやセルフライティングプロセス(自動調律性)がはたらいて、正しい言論だけが生き残り、間違った言論は死滅するであろう。私たちものを書く人間が依って立つべきところは他にない」
(『アレオパジティカ』より)


また、同じ番組で竹中労が紹介していた、フランスの劇作家のジャン・ジロドゥの言葉も引用しました。

「鳥どもは嘘は害があるとさえずるのではなく、自分に害があるものは嘘だと謡うのだ」
(『オンディーヌ』より)


これも記事の中で書いたのですが、昨年の10月1日からプロバイダ責任制限法が改正、施行されて、SNS等の発信者情報の開示が非訟手続になり、手続きが簡略化されました。

発信者情報開示の簡略化は、フジテレビの「テラスハウス」に出演したことで、ネットで誹謗中傷を受け、それが原因で自殺した女子プロレスラーの家族などが求めたネット規制の声を受けて変更されたものです。

ネット規制に関しては、自殺した家族だけではなく、ヘイトな書き込みなどで被害を受けていた在日コリアンや性的少数者なども、同様に規制を求める声がありました。

しかし、それ以後、ネットでは意見が異なる相手に対して、二言目には「発信者情報の開示」をチラつかせて、発言を封殺するようなふるまいが横行するようになっています。

さらには、それまでヘイトな言論を振り撒いていた者たちが、ネット規制を逆手にとって、自分たちを批判する発言を嫌がらせのように名誉棄損で訴えるという行為も多くなりました。

■言論には言論で対抗する


ジャン・ジロドゥが言うような「鳥どもは嘘は害があるとさえずるのではなく、自分に害があるものは嘘だと謡う」風潮が蔓延するようになったのでした。

言論には言論で対抗するのではなく、安易に国家に判断を委ねるようになったのです。つまり、国家を盾に相手を委縮させる手段として、ネット規制が使われるようになったのです。そうやって国家が私たちの発言にまでどんどん踏み込んで来る、その(さらに強力な)道筋を造ったと言っていいでしょう。今のような風潮は、とりわけSNSなどで自分の考えや意見を発信している個人には大きな圧力に感じるでしょう。

「自由にも責任がある」という言い方がありますが、ただ、それもきわめて曖昧な概念です。自由と責任の間に明確な線引きがあるわけではないし、そもそも線引きができるわけではないのです。もっとも、「自由にも責任がある」という言い方は、自由を規制する口実に使われる場合がほとんどです。

私は、言論には言論で対抗するということの中には、ときに街角(ストリート)で怒鳴り合ったり、殴り合ったりすることもありだと思っています。言論には、それくらい”幅広い”考えが必要なのです。

民主主義はアルゴリズムで最適化されて、自動的に導きだされるという、成田悠輔の「無意識データ民主主義」に対しては、「世界内戦の時代は民衆蜂起の時代である」という笠井潔の言葉を対置するだけで充分でしょう。それが世界の現実であり、抑圧された人々の声なのです。

成田悠輔がたまごっちと同じような一時の”流行はやり”にすぎないことはあきらかですが、成田悠輔や、YouTubeの視聴者と同じように彼にお追従コメントを送る読者たちは、ただ世界の現実から目をそむけ耳を塞いでいるだけです。その一語で済むような取るに足りない言葉遊びの”流行”にすぎません。

今の資源高に伴う世界的なインフレに対して、世界各地で民衆蜂起と言ってもいいような抗議の声が上がっていますが、本来、民主主義というのはそういった地べたの運動の先にあるものでしょう。私は、むしろ、生身の”暴力”や”身体(性)”に対する考えを復権すべきだとさえ思っているくらいです。

「今どきSNSを『利用してやる』くらいの考えを持たなければ、社会運動も時代から取り残されるだけだ」などと言っていた左派リベラルは、被害者家族の要求に便乗してネット規制を求めたのですが、結局、みずから墓穴を掘ることになったのです。そうやって自分たちで自由を毀損しみずからの首を絞めることになったのです。

地べたの運動に依拠しない、口先三寸主義の左派リベラルが辿る当然の帰結と言えますが、彼らもまた、自由の敵であると言われても仕方ないでしょう。何度も言いますが、前門の虎だけでなく後門にも狼がいることを忘れてはならないのです。


関連記事:
追悼・佐野眞一
2023.01.08 Sun l ネット l top ▲
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■「美味しい」という投稿


近所の食べ物屋が「美味しい」というネットの投稿を見たので行ってみました。それも一人だけではなく、何人からも「高評価」の投稿があったからです。その店は開店してまだ半年くらいで、私も開店したことは知っていました。

その結果は‥‥。あれほどネットを批判しながら、ネットの投稿を信じた自分を恥じました。不味くはないけど、言われるほど「美味しい」とは思いませんでした。どこが「高評価」になるのかわかりませんでした。立地条件がいいわけではないので、あの程度では生き残るのは難しい気がしました。

私はこの街に住んで10年以上になりますが、駅前の商店街で生き残るのが至難の業であることはよくわかります。地元の店以外で、10年前から続いている店があるのか考えても、思い付かないほどです。それくらい出入りが激しいのです。

お気に入りのから揚げ店があったのですが、それも1年くらいで撤退しました。コンビニにしても出店と撤退をくり返しています。それでも東急東横線の駅前商店街であれば、あらたに出店する店がひきもきらないのです。

考えてみれば、「美味しい」と投稿した人間たちも、別に食に通じているわけではなく、軽い気持で投稿しているだけなのでしょう。

昔から投稿マニアというのはいましたが、ネットの時代になりその敷居が格段に低くなったのです。ネットの「バカと暇人」たちにとって、ネットに投稿することが恰好の時間つぶしになっているような気もします。もしかしたら、承認欲求で投稿しているのかもしれません。

■Google


以前、知り合いが都内のいわゆる「高級住宅街」と呼ばれる街でレストランをやっていたことがありました。雑誌にも取り上げられたことがあり、知り合いに訊くと、ヤラセではなくちゃんとした取材だったそうです。もちろん、グルメサイトから広告を出せば「おすすめ」で上位に表示できますよという営業があったり、怪しげな会社からグルメサイトへの「高評価」の投稿を請け負いますよとかいった勧誘もあったそうですが、バカバカしいのでいづれも断ったと言っていました。

そんな某日、席に付くや否や、いきなりテーブルの上でパソコンを開いて、何やらガヤガヤと“批評”し合うような30代から40代の「異様なグループ」が来店したのだそうです。あまりに行儀が悪いので、「他のお客さんに迷惑なりますので、そういったことはやめていただきますか?」と注意したのだとか。

すると、後日、ネットに「低評価」の投稿が次々に上げられたのでした。知り合いはネットに疎かったので、たまたまそれを見つけた私が「どうなっているんだ?」と連絡したら、「ああ、あいつらだな」と言っていました。

私たちは、いつの間にか、そんなネットの「バカと暇人」に振りまわされるようになっているのではないか。テレビのニュースでも、「ネットではこんな意見があります」というように、ネットの投稿を紹介したりしていますが、その投稿はホントに取り上げるべき意見なのかと思ったりします。

現在いまは、報道でもバラエティでも、ネタをネットで検索して探すのが当たり前になっているのかもしれませんが、そういったお手軽さが無責任を蔓延することになっているような気がします。

昔、五木寛之だったかが、編集のチェックが入ってないネットの記事は信じないことにしている、と書いているのを読んだことがあります。プロによる「真贋」=ファクトチェックというのは非常に大事で、私たちはネットが日常的なものになるにつれ、「真贋を問わない」ことにあまりに慣れ過ぎているように思います。

リテラシーという言葉だけは盛んに使われるようになりましたが、だからと言って、「真贋を見極める」リテラシーを身に付けることはないのです。あくまで私たちにあるのは「真贋を問わない」安易な姿勢だけです。

前の記事で書いたようなYouTubeのコメント欄のバカバカしさも、それがバカバカしいものだと思わなくなり、それどころかいつの間にかバカバカしいコメントを「評価」として受け入れている(そうさせられている)私たちがいます。

Googleは、「総表現社会」とか「集合知」とかいった甘言で、「真贋を問わない」社会をマネタイズして、私たちの上に君臨するようになったのでした。マネタイズするためには、「真贋」なんてどうだっていいのです。むしろ、「真贋を問わない」方が御しやすいと言えるかもしれません。

一見”百家争鳴”や”談論風発”に見えるものも、決して自由を意味しているわけではないのです。「集合知」と言っても、実際は「水は常に低い方に流れる」謂いにすぎないのです。

「総表現社会」や「集合知」という幻想によって、私たちは「真贋を問わない」ことに慣れ、同時に「総表現社会」や「集合知」のために個人データを差し出すことに、ためらいがなくなったのでした。それは、マイナンバーカードが、「健康保険証や運転免許証と一緒になるので便利ですよ」「銀行口座と紐付ければ給付金の振込みなどもスムーズに行われますよ」という、(便利なだけじゃない)”お得な利便性”の幻想を与えられて強制されるのと同じです。

Googleの先兵になって、「Googleは凄い」と宣伝してきたネット通たちの責任は極めて大きいと言わねばなりません。

今更ファクトチェックと言っても、無間ループのような作業が必要です。しかも、「真贋を問わない」情報の洪水の中で、ファクトチェックもその中に埋没させられ、冗談ではなく、ファクトチェックのファクトチェックさえ必要な感じです。

正義も、評価も、真理も、Googleという私企業の手のひらの上で操られ、いいように利用されているだけなのです。深刻に受け止めてもどうなるものではないかもしれませんが、せめてそんな世も末のような現実の中に生きているのだということくらいは、認識してもいいのではないでしょうか。

先日、朝日新聞に次のような記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
AIに政治を任せる? 「データ教」の不気味さ、人生の最適解とは

 家の中や街で発せられた言葉、表情、心拍数などあらゆる情報をインターネットや監視カメラで吸い上げる。無数の民意データを集め、民衆が何を重視しているかを探る。そのうえで、GDPや失業率、健康寿命といった目標を考慮に入れながら、アルゴリズム(計算手順)が最適な政策を選択する。

 経済学者、成田悠輔さんは2022年に出した著書「22世紀の民主主義」(SB新書)でそんな「無意識データ民主主義」を主張した。


手っ取り早く言えば、これはGoogleが言う「集合知」を「無意識データ民主主義」と言い換えているだけではないのか。

こういった太平楽なネット信奉者が、卒業論文で、旧労農派のマルクス経済学者の名を冠した「大内兵衛賞」を受賞し、「天才」だとか言われてマスコミの寵児になる時代の怖さは、「真贋を問わない」時代とパラレルな関係にあるように思えてなりません。

「真贋」があらかじめ国家によって決められる中国のような社会と、「真贋を問わない」Googleに支配された社会は、権威主義vs民主主義と言われるほどの違いはなく、単にデジタル全体主義ファシズムの方法論の違いにすぎないように思います。
2023.01.07 Sat l ネット l top ▲
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■お追従コメント


あるタレントがYouTubeのチャンネルを閉鎖するそうで、そのことが話題になっています。どうやらときどきチェンネルに登場する家族に対する批判的なコメントが殺到したのが原因のようです。

通常、YouTubeのコメント欄は、芸能人のブログやTwitterやインスタなどと同じように、ファンからのお追従コメントで溢れるものです。それは、ユーチューバーなども同様です。私などは気色が悪いというか、バカバカしいという気持しか抱きませんが、しかし、世の中はそういった空気の中でしか生きることができない人間も多いのです。そこにあるのは、言うまでもなく同調圧力です。同調圧力に身を委ねることによってしか確認できないスカスカの自分。

ところが、件のタレントのように、何か意に沿わないことがあると、途端にお追従コメントが坊主憎けりゃ袈裟まで憎い中傷コメントに一変するのでした。それもまた、ただ風向きが変わっただけの同調圧力にすぎません。

もっとも、タレント自身も、そうやってプライバシーを切り売りしていたわけで、どっちもどっちと言えばたしかにそう言えないこともないのです。

でも、私は、件のタレントにとって、今回の手のひら返しは返ってよかったのではないかと思います。YouTubeで何ほどかの収益を得ていたのかもしれませんが、SNSのバカバカしい世界から手を切るきっかけを得たことは、YouTubeの収益を失っても余りある大きな収穫だったと思います。

■ユーチューバーの寿命


最近、とみにユーチューバーの寿命が短くなったように思います。それは、Googleをとりまく環境の変化によってYouTubeが大きな曲がり角を迎えているとか、参入の増加で競争(再生回数の奪い合い)が激しくなったとかいった理由だけではないような気がします。突然「お知らせがあります」と切り出すような、いわゆる「お知らせ」動画というのがありますが、ユーチューバー自身がコンテンツと関係なく、芸能人まがいのプライバシーを切り売るするような現象さえ見られるようになっているのです。

つまり、コメント欄のお追従コメントによって、ユーチューバーが勘違いし、独りよがりになっているということも、寿命を縮める要因になっているのではないか。そのため、生身のユーチューバーの薄っぺらさが透けて見え、結果としてユーチューバーにありがちなあざとさが目に付くようになるのです。素人の浅知恵と言ったら身も蓋もないのですが、それは、個人の能力の限界と言っていいのかもしれません。

一部の若者たちの間には、「社畜になりたくなければユーチューバーになれ」というような考えがあるみたいですが、そもそも社畜(会社員)とユーチューバーを対比すること自体がトンチンカンの極みと言えるでしょう。身も蓋もないことを言えば、それはネットに張りついたニートのような人生を送っている人間たちの現実逃避の謂いでしかないのです。

私たちの世代で言えば、”夢の印税生活”へのあこがれと同じようなものかもしれません。ただ、私たちの頃はそれはあくまで”夢”でしかありませんでした。しかし、今はすぐ手が届くような幻想が付与されているのです。それがネットの時代の特徴でしょう。社畜にならないためにユーチューバーになる、というのは一見自由な生き方のように思いますが、実際はまったく逆で、Googleの奴隷になるだけです。

YouTubeで視聴者が投げ銭しても、その30パーセントがGoogleにかすめ取られるという、えげつないシステムの中で”善意”が利用されているネットの現実。それは、寄付の20%近くが手数料として運営会社にかすめ取られるクラウドファンディングも同じです。

ユーチューバーや寄付を集める人たちは、元手がかからないので、手数料に関しては能天気なところがありますが、しかし、身銭を切って投げ銭したり寄付したりする人間からすれば、割り切れない気持になるのは当然でしょう。

あんなものは浮利=悪銭だ、という声がどうして出てこないのか、不思議でなりません。便利であれば、どんなあくどい商売も許されるのか。

このように私たちの”善意”や”正義”も、所詮は営利を求める一私企業の手のひらの上で踊らされ、利用され、搾取されているにすぎないのです。にもかかわらず、TwitterやYouTubeに公共性を求めたり、あるいはTwitterやYouTubeで公共性を訴えたりするのは、おめでたすぎるくらいおめでたい言説だとしか言えません。

今どきSNSを「利用してやる」くらいの考えを持たなければ、社会運動も時代から取り残されるだけだ、というような声もよく耳にしますが、Twitter騒動でのあの慌てぶりを見ると、とても「利用してやる」というような姿勢には見えません。

私たちに求められているのは、ネットをどれだけ客観的に(冷めた目で)見ることができるかというリテラシーなのです。ネットが自分を敵視して襲い掛かって来るのは、お追従コメントなどより自分を見直すいいチャンスだと考えるくらいの余裕が必要なのです。

それは、水は常に低い方に流れるネットとどう付き合っていくかという、基本的な姿勢や考え方の問題だと思います。

■丸山眞男


「タコツボ(化)」という言葉を最初に使ったのは丸山眞男で、1957年のことでした。丸山眞男は、「とかくメダカは群れたがる」日本の社会を特徴付ける精神的なふるまいをそう名付けたのでした。現代では、とりわけネットのトライブに対して、その言葉が使われています。とどのつまり、「信者」であろうが「アンチ」であろうが、たかがネットの「タコツボ」の中の話にすぎないということです。

丸山眞男は、『日本の思想』(岩波新書)の中で、自分たちの世界でしか通用しない「隠語」や「インズの了解事項」によって、本来議論すべきことが「いまさらの議論の余地がないと思われ」、それが集団意識の中に厚い層となって沈殿することで、最終的に外の世界への偏見を生むことになる、と書いていました。「タコツボ(化)」と同調圧力が背中合わせであることは今更言うまでもありませんが、その「タコツボ(化)」がネットの時代にもっとも低俗なかたちで表れているのが、YouTubeなどのお追従コメントや正反対の坊主憎けりゃ袈裟まで憎い中傷コメントだと言えるでしょう。

前の記事でも言ったように、それは、ネットの時代になり、思考停止した「頭の悪い人たち」が都合のいいユーザーとして、ネットを支配するGoogleなどに持ち上げられたからです。でも、彼らは、ユーチューバーも含めて、所詮は消費される(使い捨てられる)べき存在でしかないのです。
2023.01.04 Wed l ネット l top ▲
東京都八王子市の東京都立大南大沢キャンパスの構内で、宮台真司氏が何者かに襲われ、重傷を負うという事件がありました。

報道によれば、事件が起きたのは29日の午後4時15分過ぎで、宮台氏は4限目の講義を終えたあと、次のリモート講義のために、自宅に帰宅しようと駐車場方向に歩いていたときに背後から襲われたそうです。

現在、宮台氏の講義が大学で行われるのは火曜日のみで、犯人は、そういった宮台氏のスケジュールを把握していた可能性があるという、警察の見方を伝えている報道もありました。ただ、大学の構内と言っても、都立大の南大沢キャンパスは、地元民が普段から近道として自由に行き来していたようなところで、実際に犯人も、宮台氏を襲ったあと、植え込みを越えて駅と反対側の住宅街の方へ小走りで逃走したことが近辺のカメラの映像で確認されているそうです。

「宮台真司」という固有名詞を狙ったというより、「人を刺してみたかった」とか「殺してみたかった」というような、カミュの『異邦人』のような動機による事件と考えられなくもないのです。

もし、言論封殺を狙った思想的な背景によるものであれば、「赤報隊事件」や筑波大学の「悪魔の詩訳者殺人事件」のように、”難事件”などと言われ迷宮入りになる可能性はあるでしょう。通り魔や個人的な恨みによる犯罪であれば、早晩、犯人は捕まるような気がします。警察とはそんなものです。

事件後、ヤフコメなどには、遠回しに「宮台はやられて当然」みたいな書き込みが結構見られました。ミャンマー国軍に拘束され、先頃解放された映像作家の久保田徹氏についても、「自己責任」「自業自得」という書き込みがありましたが、もしかしたら、投稿した人間のかなりの部分は重なっているのかもしれません。

ヤフーは、先日、ヤフコメに投稿する際に携帯番号の登録を必須にしたことで、不適切な投稿が目に見えて減ったと自画自賛していましたが、ヤフコメが相変わらず下衆なネット民の痰壺、負の感情のはけ口であることにはいささかも変わりがないのです。水は常に低い方に流れるコメント欄を設置している限り、どんな対策を取っても同じです。不適切投稿の対策というのは、ヤフーの「やってますよ」というアリバイ作りにすぎないのです。

そんな中、公正取引員会が、ネットに記事を配信している新聞やテレビや雑誌などのメディアと、ヤフーやGoogleやLINEなどのポータルサイトやアプリの運営事業者との間で、適切な取り引きが行われているか、実態調査に乗り出すことになった、というニュースがありました。まず国内の新聞社やテレビ局、出版社など300社にアンケート調査を行い、今月7日までの回答を求めているそうです。

杉田水脈議員と同じような「ヘイトスピーチのデパート」(日刊ゲンダイ)と化しているヤフコメの背景に、ニュースをバズらせてページビューを稼ぎ、広告収入を稼ぐというヤフーの方針があるのはあきらかです。不適切な投稿を根絶するにはコメント欄を閉鎖するしかないのですが、ヤフーがコメント欄を閉鎖することは天地がひっくり返っても絶対にあり得ないでしょう。孫正義氏の”拝金思想”がそれを許すはずがないのです。

芦田愛菜が、ネットのCMで、ワイモバだと「5Gは無料です」とか「SIMはそのままで乗り換えできます」(eSIMの場合)とか「余ったデータを翌月に繰り越すことができます」などとアピールしていますが、そんなのは当たり前です。どこの会社でもやっていることです。むしろ、翌月繰り越しなどはワイモバが一番遅かったくらいです。それをあたかもワイモバイルのウリのようにCMで強調するところに、ヤフーという会社の体質がよく表れているように思います。

プラットフォーマーがユーザーに無断でネットの閲覧履歴などを収集し、それを個人の属性と紐づけて利用していることが問題視され、現在は一応、(有無を言わせないかたちで)ユーザーの承諾を得るようになっていますが、その閲覧履歴を自分で削除しようとしても、ヤフーの場合はほとんど不可能です。

Google(chrome)だと一括して削除することが可能ですが、ヤフーの場合は、1回にチェックを入れて削除できるのは30件だけです。

削除できるのは過去1年分のデータですが、たとえば、私の場合、「サイト閲覧履歴」は30万件ありました。全部削除しようと思うと、1件つづチェックを入れて削除する作業を1万回くり返さなければならないのです。「広告クリック履歴」は、6万件でした。こんなユーザーをバカにしたシステムはないでしょう。ヤフーに比べれば、Googleの方がまだしも良心的に思えるほどです。

ヤフコメはTwitterなどのSNSと比べて敷居が低く、その分低劣な投稿が集まりやすいのは事実でしょう。相互批判がないので、かつての2ちゃんねると比べても夜郎自大になりやすく、文字通り克己のない「バカと暇人」の巣窟になっているような気がします。

そもそもコメント欄に巣食う人間たちはただの・・・ユーザーなのか、という問題もあります。カルト宗教の信者たちが巣食っているのではないか、という指摘さえあるくらいです。

ヤフーの担当者が見ているのは、アクセス数だけです。彼らにとっては、アクセス数の多い記事ほどニュースの価値があるのです。彼らは、「もっとアクセスが多くなる記事を並べろ」「もっとバズらせろ」とハッパをかけられて、ニュースサイトを運営しているのです。そうやってニュースをマネタイズすることが仕事なのです。

記事を書いている記者たちは、自分たちが苦労して取材して書いた記事が、こんな扱いを受けていることに何も思わないのだろうかと思います。Yahoo!ニュースでは、記事の配信料もPV(閲覧数)などに基づいて計算されているそうです。記事をバズらせてPVを上げるためには、コメント欄はなくてはならないものです。「便所の落書き」という言葉がありましたが、記者たちが書いた記事は、まるで便所の尻ふきみたいに使われているのです。

一方で、前も書いたように、少しでもPVを稼ぐために、週刊誌やスポーツ新聞は、「便所の落書き」をまとめた”コタツ記事”を量産しています。炎上目的で書いているような”コタツ記事”も多いのです。

最近はさすがに、全国紙の記事にはコメントが投稿できないようになっていますが、ミソもクソも一緒にされることで、ネットの「バカと暇人」にオモチャにされ、いいように愚弄されていることには変わりがありません。ヤフーに記事を提供することで、記事の価値を貶め、その結果、読者離れを招いて、みずから首を絞めていることにどうして気が付かないのかと思います。

ウトロの放火事件のように、ヤフコメの中から英雄気取りの”突破者”が湧いて出ることだって当然あるでしょう。宮台真司氏は、「感情の劣化」ということを盛んに言っていましたが、GoogleがWeb2.0で提唱した「総表現社会」の行き着く先にあったのは、このようなネットで勘違いしたり、勘違いさせられた人間たちの、散々たる「感情の劣化」の光景なのです。しかも、それは、ネット特有の夜郎自大と結びついた、下衆の極みみたいなものになっているのです。


関連記事:
ネトウヨ化する社会(2014.02.26)
2022.12.02 Fri l ネット l top ▲
アマゾン


案の定と言うべきか、Twitter、メタに続いてアマゾンもリストラに着手するというニュースがありました。ほかの記事と合わせると、どうやらキンドルやエコーなどのデバイス部門やリテール部門、それに人事部門が削減の対象になるようです。

Yahoo!ニュース(11月18日)
AFP BB NEWS
米アマゾン、人員削減に着手

もっとも、記事にあるように、アマゾンの従業員は正社員だけで162万人もいるのですから、1万人といっても0.6%にすぎません。Twitterやメタに比べると、同じリストラでも全体に占める割合は微々たるものです。一方で、今年に入って時間給のアルバイトやパート6万人を、既にリストラしているという話もあります。

アメリカのアマゾンの業績については、下記の記事が詳しく伝えていました。

日経クロステック(10月31日)
米Amazonの2022年7~9月期決算は5割減益、AWSにも景気の逆風

記事によれば、直近の2022年7~9月期の売上高は「前年同月比15%増の1271億100万ドル(約18兆5900億円)でしたが、営業利益は48%減の25億2500万ドルで増収減益」だったそうです。

主力の通販事業は7%増加して534億8900万ドルです。増加した要因は、「2021年は6月に開催した有料会員向けのセールであるプライムデーを2022年は7月に実施した」からだそうです。と、例年どおり6月にプライムデーを実施していたら、もっと厳しい数字になったことをみずから認めているのでした。

もう1つの主力事業の(と言うか、いちばんドル箱の)ホスティングサービスのAWS (アマゾンウェブサービス)にも逆風が吹いており、「売上高は前年同期比27%増の205億3800万ドルと伸びたものの、(略)金融、住宅ローン、暗号通貨などの業界で需要が減少している」そうです。

しかも、エネルギーコストの上昇も重荷となっていて、「電気や天然ガスの価格が高騰し、『この数年で2倍になった。これはAWSにとって初めての経験だ』」という、オルサブスキーCFOの言葉も紹介されていました。

これは、7~9月期の話ですから、今はもっとコストの上昇に喘いでいるはずです。それが今回のリストラのひきがねになったのは間違いないでしょう。

デジタルと言っても、電気がないと“宝のもち腐れ”です。アマゾンのCEOが言うように、デジタルの時代も電気や天然ガスに依存せざるを得ず、近代文明を支えてきた“エネルギー革命”から自由ではないのです。デジタルの時代というと、まったく新しい文明が訪れたかのような幻想がありますが、所詮は今ある近代文明の枠内の話にすぎないのです。だからこのように、リストラ(人員整理)などという、古典的な(あまりに古典的な!)資本の矛盾からも逃れることができないのです。

私がネットをはじめた頃は、「無料経済」という言葉が流行っていました。それは結構衝撃的な言葉でした。しかし、厳密に言えば無料ではなかったのです。だから、「無料経済」という言葉も死語になったのかもしれません。

言うまでもなく、私たちが無料でサービスを利用できるのは広告があるからです。最初は、簡単なシステムでしたが、グーグルが登場してから、グーグルが私たちの個人情報を収集してそれを広告主に提供したり、より効果のある広告を出すために利用するようになったのです。つまり、ネットが「タダより怖いものはない」世界になったのでした。

アレクサに日常生活を覗き見られることで、個人の趣味や嗜好だけでなく、その家族の生活や人生にまつわる仔細な情報が抜き取られる怖さが一部で指摘されていましたが、多くの人たちはそこまで考えることはなく、ただ「便利だからいいじゃん」という受け止め方しかありませんでした。それは、マイナンバーカードなども同じです。考え方が新しいか古いかという、ほとんど意味もない言葉でみずからを合理化しているだけなのです。

とは言え、我が世の春を謳歌しているように見えるデジタルの時代であっても、過剰生産恐慌のような資本主義の宿痾と無関係でいられるわけではないのです。今、私たちが見ているのは、エネルギー価格の高騰によってサーバーの維持管理費の負担が大きくなったり、景気の減速で収益源である広告費が頭打ちになったりして、デジタル革命を牽引してきたプラットフォーマーが打撃を受けているという、資本主義社会ではおなじみの(あまりにもおなじみの!)光景にすぎません。

一方、共同通信は、アマゾンのリストラのニュースが流れた中で、それとは真逆の記事を掲載していました。

Yahoo!ニュース(11月18日)
KYODO
アマゾン、日本に長期投資 チャン社長「成長余地たくさん」

しかし、チャン社長の発言は、どう見ても、外交辞令、リップサービスだとしか思えません。その証拠に、記事は次のように書いていました。

 チャン氏は「成長余地はたくさんある」と強調した。一方で、世界的な景気減速懸念が強まる中、日本への短期的な投資や雇用の方針は「全世界の変動で、日本にどのような影響があるのかによって変わる」と述べるにとどめた。


では、アマゾンジャパンの売上げはどうなっているのか。

2021年の日本事業の売上高は230億7100万ドルで前年比12.8%増です(2020年の日本事業売上高は204億6100万ドルで前年比27.9%増)。1ドル110円で換算すると、2兆5378億1000万円です。

しかし、世界の売上高に占める日本事業の割合は4.9%にすぎません。2010年は14.7%でした。それ以後下がり続けてとうとう5%を切ってしまったのでした(2020年は5.3%)。また、欧米の伸び率はほぼ20%を超えていますが(アメリカだけが19.2%増)、主要国では日本の伸び率(12.8%増)だけが際立って低いのでした。だから、「成長の余地がある」という話なのか、と皮肉を言いたくなりました。

①日本事業シェア推移(%)
(売上げ金額は省略)
2010年 14.7
2011年 13.7
2012年 12.8
2013年 10.3
2014年  8.9
2015年  7.7
2016年  7.9
2017年  7.7
2018年  5.9
2019年  5.7
2020年  5.3
2021年  4.9

②主要国別シェア(%)
2021年の売上高(金額省略)
アメリカ 66.8
ドイツ 7.9
イギリス 6.8
日本 4.9
その他13.5

③主要国伸び率(%)
2021年売上高(金額省略)
アメリカ 19.2
ドイツ 26.3
イギリス 20.5
日本 12.8
その他 38.0


アマゾン全体の項目(業界用語で言うセグメント)別の売上高を見ると、以下のとおりです。

2021年度売上
4698億2200万ドル(前年比21.7%増)
51兆2015億800万円(1ドル=109円)
純利益
333億6400万ドル(56.4%増)
3兆6366億7600円(同)

①直販(オンラインストア)
2220億7500万ドル(12.5%増)
②実店舗(ホールフーズ)
170億7500万ドル(5.2%増)
③マーケットプレイス(手数料)
1033億6600億ドル(28.5%増)
④サブスクリプション(年会費等)
317億6800万ドル(26.0%増)
⑤AWS
662億200万ドル(37.1%増)
⑥広告
311億6000億ドル(前年項目なし)


伸び率がもっとも低いのが「実店舗」の5.2%増で、その次に低いのが「直販」の12.5%増です。ちなみに、「直販」の売上金額は、全体の47.3%を占めています。

こうして見ると、物販の効率がいかに悪いかがわかります。利益率が公表されていませんが、マーケットプレイスの手数料やプライム会員の年会費のようなサブスクに比べると、「直販」の利益率が桁違いに低いのは想像に難くありません。もちろん、「直販」が柱になることで、プライム会員やマーケットプライスなど利益率の高いビジネスが可能になっているのはたしかですが、そのためにあれだけの物流倉庫を抱え、そこで働く人員を揃え、莫大な物流経費を負担しているのです。

アマゾンの看板であるEC事業は赤字で、アマゾン自体はドル箱であるAWSで「持っている」という話は昔からありますが、こうして見ると、あながち的外れではないように思います。

ネット通販をやっていた経験から言っても、ネット通販は言われるほどおいしい商売ではありません。もちろん、実店舗を構えるよりコストは安いですが、敷居が低い分、競争も激しいので売上げを維持するのは大変です。アマゾンのような既存の商品をメーカーや問屋から仕入れて小売する古典的なビジネスでは、利益率はたかが知れているのです。

ネットは金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間の方が儲かるというネットの”鉄則”に従えば、マーケットプレイスの方がはるかにおいしいはずです。

楽天と比べてアマゾンはワンストップでいろんなものが買えるので、ユーザーには至極便利ですが、それもアマゾンだからできるとも言えるのです。だから、アマゾンに対抗するようなECサイトが出て来ないのです。ヨドバシカメラがドン・キ・ホーテのように戦いを挑んでいますが、売上高はまだアマゾンの10分の1にすぎません。

ネットが本格的に私たちの生活の中に入って来るようになっておよそ20年ですが、資本主義に陰りが見えるようになった現在、ネットビジネスも大きな曲がり角を迎えているのは間違いないでしょう。
2022.11.22 Tue l ネット l top ▲
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イーロン・マスクに440億ドル(約6兆5千億円)で買収されたTwitter社では、世界の従業員7500人の半分にあたる3700人に解雇が通告されたとして、大きなニュースになっています。

イーロン・マスクによれば、Twitter社は一日あたり約400万ドル(約5億9千万円)の赤字だそうです。

もちろん、アメリカのレイオフと日本のリストラを同列に論じることはできませんが、いづれにしても大ナタを振るったことはたしかでしょう。

Twitterが世界で7500人しか従業員がいなかったということも驚きでした。あれだけ世界中でサービスを展開していながら、僅かこれだけの従業員しかいなかったのです。しかも、イーロン・マスクによれば、半分は余剰人員だったということになります。

イーロン・マスクが言うように、一日に約400万ドルの赤字を垂れ流していたことが事実であれば、Twitter社の株主たちがイーロン・マスクに訴訟してまで買収を求めた理由が、今になればわかるのでした。しかも、売上げの大半は広告費で、広告頼りの危うい状態から抜け出せなかったのです。

ここに来て、ネット広告の市場が縮小しており、プラットホーマーはどこも四苦八苦しています。FacebookやInstagramを傘下におさめるメタも、今週中にも数千人規模に上る大規模解雇を始める予定だというニュースがありました。(追記:11月9日、メタは、全従業員の約13%にあたる1万1千人超を削減すると発表しました)

ネットの覇者であるGoogleも例外ではありません。Googleも広告に依存した体質から未だに脱皮できてないのです。Googleの持ち株会社のAlphabetは、10月25日に2022年第3四半期(2022年7月~9月)の決算を発表したのですが、それによれば、売上高が前年同期比6%増の690億9200万ドルだったにもかかわらず、純利益は27%減の139億1000万ドルと大幅な減益でした。中でもYouTubeの広告収入が2%減で、YouTube広告の売上高を開示するようになった2019年第4四半期以来初めての減収になったそうです。

子どもたちの「なりたい職業」の第1位はユーチューバーだそうですが、今後、ユーチューバーに対する広告費の分配も見直されるかもしれません。そのたびに「あこがれの職業」であるユーチューバーたちに「激震が走る」ことでしょう。

そもそも今回のTwitterの騒動を見てもわかるとおり、ユーチューバーという職業がいつまで存在できるかもわからないのです。デジタルの世界の10年は、もしかしたら従来の世界の50年にも、それ以上にも匹敵するかもしれません。時間の概念が異なると言ってもオーバーではないくらい、有為転変のスピードが速いのです。

IT化が進めば進むほど、雇用が削減されるのは理の当然です。IT化によって、どんな職種がなくなるか、どんな人たちが仕事を失うか、というような雑誌の特集をよく目にしますが、多くの人たちはそんな過酷な現実を強いられ、「労働力の流動化」なるバーゲンセールの商品台に乗せられて叩き売られるのです。岸田政権は、”成長分野”に「労働移動」するために「学び直し(リスキリング)」が必要だなどと、電通から吹き込まれたような借り物の用語を使って「新しい資本主義」の生き方を国民に説いていますが、日本のどこに”成長分野”があるというのでしょうか。岸田首相自身が所信表明演説で吐露したように、「新しい資本主義」と言ってもインバウンドの”爆買い”が頼りなのです。

さらに、Twitter社のレイオフから見えるものはそれだけではありません。社員が数千人の企業によって、「言論の自由」が担保されていたという、悪夢のような現実を私たちは改めて見せつけられたのです。

メディアが盛んに報じていますが、Twitterの「言論の自由」は、新しい経営者の手の平の上で弄ばれているのです。「言論の自由」はそんなものじゃない、「言論の自由」は守られるべきだ、とのたまう人たちもいますが、それはトンチンカンなお門違いな主張にしか見えません。

Twitterのサービスが開始された当初、Twitterで新しい社会運動がはじまるなどと言っていた左派リベラルも多くいました。一企業のCEOの匙加減でどうにでもなる「言論の自由」で社会運動もないでしょう。ITの時代に対して、労働者が為す術もないのと同じように、左派リベラルも為す術がないのです。

そもそも、140文字で何が表現できるというのでしょうか。「おまえの母さん、デベソ」と言い合っているようなものでしょう。デジタルネイティブの若者たちは、長い文章だとそれだけで拒否反応を示して、彼らの間では長い文章を書くこと自体が”害”みたいな風潮があるみたいですが、それで何を伝えられるというのでしょうか。丸山眞男が言う「タコツボ」とはちょっと意味合いが違いますが、彼らはタコツボの中で、最初からコミュニケーションを拒否しているようにしか思えません。

誰かの台詞ではないですが、革命はとどのつまり胃袋の問題なのです。大事なのは、右か左かではなく上か下かなのです。しつこいほどくり返しますが、現在いま、求められているのは”下”の政治です。”下”に依拠する政治なのです。「ツイッターデモ」も、元首相と同じように「やってる感」を出しているにすぎません。

日本は、先進国のふりどころか、そのうち「日本、凄い!」と自演乙することさえできなくなるでしょう。あれだけバカにしていた中国も、気が付いたら、”アジアの盟主”として、文字通り巨像のように私たちの前にそびえ立つまでになっていたのです。前も書きましたが、若者たちも中国発のファストファッション(SHEIN)に、「安い」「カッコいい」と言って群がるようになっています。そのうち”韓流”だけでなく、”華流”もブームになるでしょう。

とりとめのない話になりましたが、下記は2010年、Twitterが日本でサービスを開始してまだ間がないときに書いた記事です。ついでにご笑読いただければ幸いです。


関連記事:
ツイッター賛美論(2010.05.25)
2022.11.07 Mon l ネット l top ▲
Yahoo!ニュースに関して、次のようなニュースがありました。

朝日新聞デジタル
ヤフコメ投稿、電話番号登録が必須に 不適切投稿への対策を強化

でも、これがホントに「期待できる」ような改善になるのか。はなはだ疑問です。

ヤフーの場合、一人で最大6つアカウントを持つことができるので、「アカウント停止」がいたちごっこになるのは当然で、そんなことは最初からわかっていたはずです。

つまり、今までの「アカウント停止」処置は、単にアリバイ作りのためにやっていたにすぎないのです。そうやって外向けにやってる感を出していただけです。

今後、投稿するのに電話番号の登録が必須になるということは、いわゆる携帯番号認証コード方式がヤフコメにも採用されるということなのでしょう(ただ私はヤフコメに投稿したことがないので、今とどう違うのかよくわかりません)。だとしたら、「アカウント停止」になっても、携帯番号を複数持つとか、スマホを買い替えて新しい番号を取得すれば、投稿は可能なのです。

ヤフコメの場合、芸能人や事件の当事者などに対する誹謗中傷だけでなく、昨年の8月に発生した京都府宇治市のウトロ地区の放火事件の犯人が、ヤフコメによって在日コリアンに対する憎悪を募らせてきたことをみずから法廷で証言しているように、ヘイトスピーチの巣窟になっているという問題もあります。ヘイト団体やカルト宗教などのメンバーが常駐して、差別的な投稿を半ば組織的に行っているという指摘があります。Yahoo!ニュースのコメント欄が、「日本を、取り戻す」(自民党の標語)ための、彼らの言葉で言えば「思想戦」の場になっているのです。

そういった不埒な行為をもたらしたのは、今までも何度も言ってきましたが、ひとえにヤフーがニュースをマネタイズしているからです。バズるようなニュースをトピックスにあげて煽っているからです。

ヤフーにとって、ニュースの価値はどれだけアクセスを稼ぐかなのです。それによって、ニュースの価値が決まるのです。そのため、コメント欄に巣食うユーザー向けにヘイトスピーチや誹謗中傷を煽るような記事をアップすることになるのです。言うなれば、ヤフーとヘイト団体やカルト宗教は、利害が一致しているのです。ネットは悪意の塊だ、と言った人がいましたが、ヤフーはそういったネットの負の部分を利用しているのです。

Yahoo!ニュースと契約する媒体は、基本的にクリック数によって配信料が決まる仕組みになっていると言われており、週刊誌やスポーツ新聞など節操のない媒体は、バズりそうなコタツ記事を量産してYahoo!ニュースに送信することに懸命になっています。もう言論もひったくれもないのです。ただ目先のお金だけなのです。そういった貧すれば鈍する品性によって、Yahoo!ニュースが作られているのです。

先日も侮辱罪が改正されましたが、そのようにヘイトスピーチや誹謗中傷を書き込むユーザーばかりがやり玉にあがり、背後で彼らを暗に煽っているYahoo!ニュースや週刊誌やスポーツ新聞などは、「言論・表現の自由」の建前の下、ほとんど不問に付されているのが現実です。

もちろん、メディアは相互批判で改善するという理想論もありますが、そもそもYahoo!ニュースがいつの間にかメディアに対して絶対的とも言えるような「力」を持ってしまった現在、Yahoo!ニュースを正面から批判するメディアなんてありません。ましてや、週刊誌やスポーツ新聞にとって、今やヤフーは電通と同じように、ただ地べたにひれ伏すような存在になっているのです。でなければ、あんなに必死になって、みずから首を絞めるようなコタツ記事を書きまくったりしないでしょう。

ニュースの価値をアクセス数ではかり、ニュースをマネタイズする考えがある限り、どんな方法を講じても水が低い方に流れる今の状態を改善することはできないでしょう。要はコメント欄を閉鎖すればいいだけの話です。そうすれば、下劣なコタツ記事も姿を消すでしょう。

でも、ヤフーは本気で改善するつもりなどないようです。今回の対策も、単なるやってる感で誤魔化しているにすぎないのです。


関連記事:
ウトロ放火事件とYahoo!ニュース
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2022.10.19 Wed l ネット l top ▲
コメンテーターひろゆき(1)よりつづく

ひろゆきは、よく2ちゃんねるを「捨てた」という言い方をしています。

前に記事で紹介した『僕が2ちゃんねるを捨てた理由』(扶桑社新書054)の中で、ひろゆきは、「2009年、2ちゃんねるをシンガポールのパケットモンスター社に譲渡しました」と言っていました。

尚、『僕が2ちゃんねるを捨てた理由』は、ひろゆき自身が、自分は長い文章を書くのが苦手なので、「今回も前著の『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』と同様、ライターの杉原光徳さんに文章にしてもらったりしています」、とゴーストライターの存在を明言しています。

「譲渡した理由」について、ひろゆきは同書で次のように言っていました。

(略)もっとも大きな理由というのが、ちょっと前から2ちゃんねるの運営に関して僕のやることがほとんどなかった、ということです。記事の削除やIPアドレスの制限、苦情が入ったり殺人予告が行われたときにアクセスログを提出する、といったものはすでにシステム化されていて、ほとんど関与していなかったのです。なので、やっていたことといえば、2ちゃんねるの運営にかかわっているボランティアの人同士がもめたときなどに仲裁に入るぐらい。しかも、『メガネ板とコンタクト板を分けるべきか?』といったどうでもいい話でもめた時の仲裁に入るくらいだったのです。
  で、それだけの仕事しかなかったのに、2ちゃんねるかかわっているにもどうなのか? と思ったのです。さらに、もし2ちゃんねるを手放したら、どうなるのか?  というのを見てみたくなってしまったのですね。言ってしまえば、「2ちゃんねるを手放したのは実験的なもの」だったのです。


しかし、のちにパケットモンスター社は実態のないペーパーカンパニーであることが判明しています。

清義明氏は、そのことについて、「論座」の記事で次のように書いています。

朝日新聞デジタル
論座
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー

  2011年3月27日付の読売新聞は、このパケットモンスター社が経営実態のないペーパーカンパニーだったとの現地調査を伝えている。それによれば、同社の資本金は1ドル。本店登記された場所は会社設立代行会社の住所、取締役も取締役代行をビジネスにしている人だったとのことだ。典型的なタックスヘイブンを利用した節税対策の手法である。

  同紙によるとパケットモンスター社の取締役と登記されている人は「頼まれて役員になっただけで、2ちゃんねるという掲示板も知らない」と証言し、日本から手紙などが来ても日本語が読めないため放置しているとも語った。同社の事務所とされる住所にいた人に聞くと、あっさりと「バーチャルオフィスだよ」と笑っていたそうだ。


「捨てた」というのは、ウソだったのです。実際に、2ちゃんねるが(「捨てた」のではなく)乗っ取られて、ひろゆきの手を離れたのはずっとあとになってからです。

ひろゆきが2ちゃんねるを設立したのが1999年ですが、もともとはあめぞうという別の匿名掲示板があり、2ちゃんねるはその名のとおり、あめぞうの「避難所」のような位置づけだったそうです。しかし、あめぞうはトラフィックに耐えられずサーバーダウンが常態化したことなどにより、2000年閉鎖してしまいます。

その結果、2ちゃんねるのトラフィックがいっきに増え、2ちゃんねるもあめぞう同様、大きなトラフィックに耐えられるサーバーの必要性に迫られることになったのでした。

そんな中、(のちに家宅捜索を受けることになる)札幌のIT会社の仲介で紹介されたのが、アメリカにサーバーを置いて日本で無修正のアダルトサイトを運営していたNTテクノロジー社のジム・ワトキンス氏です。そして、ひろゆきは、日本向けのホスティングサービスも行っていたNTテクノロジー社に、サーバーの管理を委託することになるのでした。

(略)この2001年前後に、ジム氏のNTテクノロジー社は2ちゃんねるから月額約2万ドルを受け取っていると2004年7月12日号のアエラ誌で答えている。そしてそれに加えてジム氏は有料課金の2ちゃんねるビューアのサービスの権利を得た。後に、このサービスは年間1億以上の売上を稼ぐようになる。こうしてジム氏はサーバーを手配し、以降2ちゃんねるは安定した通信環境で運営できるようになっていった。(略)

  一方で西村氏は自身で東京プラス社(2002年9月設立)、未来検索ブラジル社(2003年4月設立)を立ち上げ、それぞれ代表取締役と取締役に就任。広告事業や、影では企業向けの2ちゃんねるの書き込みのデータサービスや、ジム氏によれば企業向けの誹謗中傷投稿の削除業務などをビジネスとして展開しはじめたようだ。
(同上)


この時期、ひろゆきは2ちゃんねるを舞台に、文字通りマッチポンプのようなビジネスもはじめたのでした。それは、ヤクザの手口に似ています。

ところが、2011年から2012年にかけて、「麻薬特例法違反事件と遠隔操作ウイルス事件に関連する書き込みが2ちゃんねるにあったとの理由」で、ひろゆきの自宅や自身が経営する会社などが4度にわたり家宅捜索されたのでした。また、2013年には、東京国税局から、2ちゃんねるの広告収入のうち、約1億円の”申告漏れ”を指摘されたのでした。これは、再々の削除要求にも従わなかったひろゆきに対する、国家の意趣返しの意味合いがあったのは間違いないでしょう。

何のことはない、2ちゃんねるを「捨てた」はずのひろゆきが、2ちゃんねるの運営責任者として捜査の対象になったのです。ひろゆきが「譲渡した」と主張するシンガポールのパケットモンスター社も、警察や国税は、単なる「トンネル会社」にすぎないと見做したのです。

また、2013年には、2ちゃんねるで個人情報が大規模に流出するという事件も起きました。当時、私もこのブログで書きましたが、個人情報の流出によって、2ちゃんねるの投稿と有料会員のクレジットカードが紐付けされ、その情報が企業に販売されていたことも判明したのでした。

そのことがきっかけに、ひろゆきとジム・ワトソン氏の間で内輪もめが勃発します。ひろゆきが、2ちゃんねるをNTテクノロジー社から自分の会社に移転しようとしたのでした。ところが、ジム・ワトソン氏は、それに対抗して、2ちゃんねるのドメインを同氏が新たにフィリピンに設立したレースクィーン社に移転したのでした。

パスワードも変更されたため、ひろゆきは、2ちゃんねるの管理サーバーにアクセスすることができなくなります。ジム・ワトソン氏は、内輪もめに乗じて、2ちゃんねるのドメインとサーバーのデータの二つを手に入れることに成功したのでした。

翌年(2014年)、ひろゆきは、移転の無効を訴えて裁判を起こします。その裁判の中で、ジム・ワトソン氏は、ドメインの移転について、「シンガポールのペーパーカンパニーであった西村氏のパケットモンスター社に、ドメインを管理する団体から、その法人に運営実態がないとクレームが入ったからだ」と証言したそうです。ひろゆきのウソが逆手に取られたのです。

また、ジム・ワトソン氏は、サーバー代をもらってないので、サーバーの名義を自分の会社に移転したとも証言したそうです。

結局、2019年に、ひろゆきが訴えた「2ちゃんねる乗っ取り裁判」は、最高裁で原告棄却の判決が下され、ひろゆきの敗訴が確定したのでした。もっとも、実質的には、2ちゃんねるは2014年からジム・ワトソン氏に乗っ取られていました。

裁判について、清氏は次のように書いていました。

  一審ではジム氏が証人として出廷しなかったことがあり西村氏側が勝訴したが、二審でジム氏が出廷すると判決は一転した。判決に決定的な影響したのは、そもそもジム氏との西村氏側に契約書が存在しなかったという呆れるような事実である。

  また、2ちゃんねるビューアのトラブルか起きてから追加で払ったサーバー代の前払金は、西村氏とジム氏とチャットで決めたもので、そのパスワードを西村氏が忘れてしまったため、証拠として提出できないとのこと。

  ジム氏の裁判での主張は、月額約2万ドルをもらっていたのはサーバー代ではなく広告収益の共同でビジネスしてきた分配金である、ということだ。その金額はどうやって決めたかと問われて、ジム氏は「温泉で西村氏と日本酒を呑みながら決めた」ということだ。

  挙句の果てに、裁判でジム氏は、西村氏は2ちゃんねるのスポークスマンにすぎず、最初からプログラミングの技術力もさほど高くなかったし、ウェブサイトの運用にはついていけないレベルだったとし、これに限らず西村氏には2ちゃんねるの運営でやることは特になかったとまで言っている。サイトを事実上運用してきたのはNTテクノロジー社ということだ。

  極めつけに、西村氏にサイトの管理実態はないという証拠に、西村氏の著書『僕が2ちゃんねるを捨てた理由』を提出されて証拠採用されてしまう始末だ。
(同上)



日米の匿名掲示板カルチャーの伝番の系統図
(「Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー」より引用)

2ちゃんねるが乗っ取られたことで、ひろゆきは、掲示板ビジネスを日本からアメリカに移すことにします。

上の「日米の匿名掲示板カルチャーの伝番の系統図」を見てもわかるとおり、日本のおたくカルチャーにあこがれるアメリカ人によって、日本のふたばちゃんねるをそっくり真似た4chanがアメリカで作られていました。ひろゆきは、その4chanを買収したのでした。すると、同時期、ジム・ワトソン氏も、まるでひろゆきに対抗するように、4chanから派生した8chanを買収して、掲示板ビジネスをはじめます(2019年に8kunと名称を変更)。

やがて、二つの掲示板は、陰謀論者Qアノンを心酔するトランプ支持者たちの巣窟となっていきます。そして、承知のとおり、トランプ支持者たちは、アメリカ大統領選が不正だったとして、連邦議事堂襲撃事件を起こすのでした。そのため、言論の自由を重んじるアメリカンデモクラシーの伝統に則り、プラットフォーマーの責任を原則として問わないことを謳った、通信品位法(1996年)第230条の改正が、連邦議会で取り沙汰されるようになったのでした。

清氏も、「西村氏が管理する4chanはオルタナ右翼の発祥の地と目されるばかりか、Qアノンが最初に現れた掲示板である」と書いていました。また、「4chanが変質したのは西村氏が経営権を取得してからだというのはVICE誌も指摘している」として、次のように書いていました。

  しかし西村氏は投稿規制にこれまで以上に積極的ではなく、一応はルールとしてあった人種差別投稿の禁止というルールがほとんど守られなくなった。そして一部のボランティアの管理者の独断による掲示板の運用が進み、一応は存在していた差別的な投稿の禁止のガイドラインが著しく後退してしまったという。(略)

  そうして、アニメやコスプレやスポーツについて話したり、時にはポルノ画像を閲覧したりするためにサイトにアクセスしたユーザーは、ネオナチや白人至上主義、女性嫌悪や反ユダヤや反イスラムのイデオロギーについての投稿を学んでいく。ヘイトの「ゲートウェイコンテンツ」に4chanはなっているというわけだ。こうして4chanは極右や差別主義者の政治ツールになってしまった。ここに集まる白人至上主義や女性差別主義者の群衆は、やがてそしてここにトランプ支持者のコア層となっていく。これがいわゆるオルタナ右翼である。(略)

  ネットリテラシーなど関係なく、様々な人々を吸引した4chanは、そうしてヘイトの巨大な工場となった。アメリカのパンドラの箱は開いた。そこからダークサイドの魔物が次々と姿を現していく。

  その魔物のひとつがQアノンだ。
(同上)


Qアノンの陰謀論の拡散に一役買ったような人物が、コメンテーターとして再び日本に舞い戻り、「論破王」などと言われて若者の支持を集め、さらには社会問題についても、お茶の間に向けてコメントするようになっているのです。

2ちゃんねるを「捨てた」という彼の発言を見てもわかるように、ひろゆきが言っていることはウソが多いのです。だからこそ、「論破王」になれるとも言えるのです。

”賠償金踏み倒し”もさることながら、そんな人物に、常識論や良識論を語らせているメディアの”罪”も考えないわけにはいきません。

それは、みずからのコメントに対する批判・誹謗に対して、こともあろうにスラップ訴訟をほのめかすようなお笑い芸人を、ニュース・情報番組のキャスターに起用しているメディアも同様です。件のお笑い芸人が、自分たちにとって、獅子身中の虫であることがどうしてわからないのか、と思います。

コメンテーターひろゆきの存在は、このようにみずから緩慢なる自殺を選んでいるメディアの末路を映し出していると言えるでしょう。
2022.09.24 Sat l ネット l top ▲
『ZAITEN』2021年9月号のインタビューで、近現代史研究家・辻田真佐憲氏が、次のように語っていたのが目に止まりました。

ZAITEN
【全文掲載】辻田真佐憲インタビュー「『2ちゃんねる』ひろゆきの〝道徳〟を 甘受する『超空気支配社会』の大衆」

辻田氏は、SNSはもはや「〝リアルを忍ぶ仮の姿〟ではなくなった」と言います。そして、SNSを通して、「人々が空気の微妙な変化を読み、キャッチーな言動で衆目を集め、動員や自らの利益に繋げようとする中で、新たなプロパガンダや同調圧力が生み出されている」と言うのです。「それは、言論のクオリティや深度を問わない空虚なゲームでしか」ないのだ、と。

そして、「こうしたゲームに長けているのが、連続性に重心を置かず、瞬間的な立ち振る舞いをよしとする人たちで」、その典型が西村博之(ひろゆき)だと言います。でも、彼は、「それこそ『誹謗中傷を是とするネットメディアでカネを稼いだ人』と言われても仕方がない」人物なのです。

  (略)そんなひろゆきが今や、メディアで堂々と「道徳」を語っています。つまり、"武器商人"が平和を説くような状況を、人々が受け入れているわけで、これをどう解釈すべきか。つまり、「今日言っていることと、明日言っていることが違っていても問題ない」「瞬間的に話題になれば、言い逃げであったとて構わない」「過去を顧みず、今、数字とカネを得られれば勝ちである」ということです。超空気支配社会の元で、そうした価値観が息づいているのは間違いありません。


私も前から言っているように、昔、職場には、交通違反で捕まってもどうすれば切符を切られずに逃れられるかとか、違反金を払わずに済むにはどうすればいいか、というようなことを得々と話すおっさんがいました。ひろゆきはそれと似たようなものです。

清義明氏は、朝日新聞デジタルの「論座」で、2ちゃんねるを立ち上げネットのダークヒーローとして登場し、数々の賠償金請求訴訟で雌伏のときを過ごした末に、今日のようにメディアのコメンテーターとして“華麗なる復活”を遂げた、この20年のひろゆきの生きざまを、5回にわたってレポートしていました。その中で、彼の“賠償金踏み倒し”について、次のように書いていました。

朝日新聞デジタル
論座
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー

(略)「誰かが脅迫電話を受けたとしたら、携帯キャリアを訴えますか?」(『VICE』2008年5月19日 )と西村氏はうそぶく。

「裁判所には行ってたこともあるんですが、あるとき寝坊したんです。でもなにもかわらなかった。それで裁判所に行くのをやめたんです」(『VICE』2009年5月19日)と西村氏はインタビューで答えている。

  敗訴しても、賠償金は踏み倒すと豪語していた。そうして裁判に協力しないばかりか被害者補償を財産がないとして無視するようになり、挙句の果てには「時効も法のうち」と豪語するようになった。(略)

  こうした不作為により、2007年3月20日の読売新聞によれば、この時点で少なくとも43件で敗訴。それでも「踏み倒そうとしたら支払わなくても済む。そんな国の変なルールに基づいて支払うのは、ばかばかしい」「支払わなければ死刑になるのなら支払うが、支払わなくてもどうということはないので支払わない」と平気な顔をしていた。完全な確信犯の脱法行為である。


ひろゆきは、損害賠償請求を起こされた当時は、プロバイダー責任制限法がまだなかったので、責任を問われる筋合いではないと言っているそうですが、それについても、清氏は、次のように指摘していました。

  プロバイダ責任制限法という法的なルールか出来たのは2002年。西村氏が訴えられた民事訴訟の多くは、その法律が施行された後のことだ。訴えた人は、プロバイダ責任制限法のルールにそって、それぞれに損害や精神的な被害を与えた書き込みを要請したのだが、それでも西村氏は削除しなかったのである。警察庁の外郭団体からの年間5000件の削除依頼も正式な2ちゃんねるの手続きを経ていないということで放置していた。


私も、当時、ひろゆきが住所として届け出ていた新宿だったかのアパートの郵便受けに、訴状や支払い命令などの「特別送達」の郵便物が入りきらずに床の上まであふれている写真を見たことがありますが、ひろゆきはそうやって賠償金の支払いをことごとく無視してきたのです。その金額は4億円とも5億円とも、あるいは10億円以上とも言われています。

そして、10年の時効まで逃げおおせた挙句、2ちゃんねるで名誉を毀損され泣き寝入りするしかなかった被害者を、上記のように「ざまあみろ」と言わんばかりに嘲笑ってきたのです。

そのひろゆきが、今やメディアのコメンテーターとして、どの口で言ってるんだと思うような常識論や良識論をお茶の間に向けて発信しているのです。

それどころか、福岡県中間市の「中間市シティプロモーション活動」のアドバイザーに就任したり、金融庁のYouTubeに登場して、何故か「以前から知り合い」だという金融庁総合政策課の高田英樹課長と、「ひろゆき✕金融庁  金融リテラシーと資産形成を語る」という対談まで行っているのでした。対談の中で、ひろゆきは、「友達に聞かれた場合は、とりあえず全額NISAに突っ込めって言ってます」と語っていたそうです。

中間市や金融庁の担当者は、ひろゆきの”賠償金踏み倒し”について、口をそろえて「詳細は承知していない」と答えていますが、それは旧統一教会との関係を問われた政治家たちの“弁解”とよく似ています。まして、「以前から知り合い」だという金融庁総合政策課の高田英樹課長が、ひろゆきの素性を知らないわけがないでしょう。

一方で、ひろゆきは、旧統一教会の問題では、いつの間にか批判の急先鋒のような立ち位置を確保しているのでした。

PRESIDENT Onlineでは、鈴木エイト氏と対談までして、何だかメディアのお墨付きまで得ている感じです。しかし、同時に、国葬に関する発言に見られるように、その言動には多分にあやふやな部分もあります。要するに、営業用にそのときどきの空気を読んで世間に迎合しているだけなので、流れが変わればいつ寝返るか知れたものではないでしょう。Qアノンの陰謀論を拡散した人物が、旧統一教会批判の急先鋒だなんて、悪い夢でも見ているような気がするのでした。

PRESIDENT Online
鈴木エイト×ひろゆき「自民党の旧統一教会"自主点検リスト"は、あまりに杜撰でひどすぎる」

東洋大学教授の藤本貴之氏も、メディアゴンのメディア批評で、“賠償金踏み倒し”を自慢げに語るような人物が、旧統一教会を批判していることに「強い違和感を覚えた」、と書いていました。

メディアゴン
4億円踏み倒し「ひろゆき氏」の統一教会批判に感じる違和感

藤本氏は、「法の抜け穴を見つけだし、法の盲点を突く脱法テクによって、法律的にグレーであっても、100%黒でない限り『何が悪いんですか?  悪く感じるのは、あなたの感想ですよね?』」という、旧統一教会などのロジックは、ひろゆきの“賠償金踏み倒し”の屁理屈にも共通するものだと言います。

筆者が感じた違和感というのは、ひろゆき氏のロジックと脱法テクニックも、結局は旧・統一教会のような団体とほとんど同じではないのか、という点だ。もちろん、ひろゆき氏は霊感商法をしているわけではないし、高額な壺を売っているわけでもない。しかし、手法や考え方はほぼ同じではないのか。

違法でなければ何をしてもよい、ロジカルに説明できれば間違えていない、論破できれば相手が悪い・・・というスタンスは脱法反社組織のそれとまったく同じだ。被害者が泣き寝入りしがちであるという点も似ている。


大塚英志は、「旧メディア のネット世論への迎合」ということを常々言ってましたが、コロナ禍のリモートの手軽さもあって、ネットのダークヒーローをコメンテーターとして迎えた旧メディアは、文字通りネット世論に迎合したとも言えるのです。ひろゆきがテレビの視聴率にどれだけ貢献しているのかわかりませんが、そうやって旧メディアは、ネットの軍門に下ることでみずからの首を絞めているのです。

コロナの持続化給付金詐欺には、闇社会の住人だけでなく、学生や公務員といったごく普通の若者たちも関与していたことがわかり、社会に衝撃を与えました。彼らには、犯罪に手を染めたという感覚はあまりなく、どっちかと言えば、ゲーム感覚の方が強かったのだろうと思います。「法の網をかいくぐってお金を手に入れるのが賢い。それができない頭の悪い人間は下層に沈むしかない」とでも言うような、手段を問わない拝金主義の蔓延は、ひろゆきの“賠償金踏み倒し”やそれを正当化する屁理屈と通底する、ネット特有のものとも言えるのです。

ネットの黎明期に、「ネットは悪意の塊だ」と言った人がいましたが、ネットによって悪知恵が称賛されあこがれの対象にさえなるような風潮が若者たちをおおうようになったのは事実でしょう。その「悪意」の権化のような人物が、コメンテーターとして旧メディアにまで進出してきたのです。

ひろゆきは、2009年に出した『僕が2ちゃんねるを捨てた理由』(扶桑社新書054)の中で、「テレビのモラルとネットのモラル」について、次のように言っていました。

  雑誌でもテレビでもネットでも、コンテンツを作るうえで間違った方向に走ってしまうことはよくあります。とはいえ間違った方向に走ったら、「これは違うよね、よくないよね」と言って軌道修正すべきでしょう。しかし、テレビには軌道修正する動きが見えてこない部分があります。だったら、「ネットの情報なんて、もっとモラルがないし、ヒドイ」とか思う人もいるはず。
  でもよくよく考えてみてください。ネットは、誰もが情報発信できるツールなので、そもそもモラルがないのです。しかし新聞や雑誌、テレビなどは、ものすごい参入障壁があるぶんモラルがあって格式があるメディア。だからこそ、自社のイメージをよくするためにも、企業が番組スポンサーとして多額の広告費を払うのです。そうやってスポンサーのイメージをよくするために、いいイメージのコンテンツを作らなければいけないのに、情報の軌道修正を謝り、格式の高さを自ら捨てはじめている。


今読むと、これ以上の皮肉はないように思います。これが、ひろゆきが「論破王」と言われるゆえんかもしれません。テレビはひろゆきに愚弄されているのです。それがまるでわかってない。(つづく)

コメンテーターひろゆき(2)へつづく
2022.09.23 Fri l ネット l top ▲
日本がバカだから戦争に負けた


とうとう角川歴彦会長に司直の手が伸びました。私は意地が悪いので、「ザマー」みたいな気持しかありません。

その前に、文春オンラインの次の記事が目に止まりました。

文春オンライン
「絶対に捕まらないようにします」元電通“五輪招致のキーマン”への安倍晋三からの直電

記事は、『文藝春秋』10月号に掲載されているジャーナリスト西崎信彦氏の「高橋治之・治則『バブル兄弟』の虚栄」の一部を転載したものですが、その中に次のような語りがあります。

  安倍政権が肝煎りで推進した五輪招致のキーマンとなる男は、当時の状況について知人にこう話している。

「最初は五輪招致に関わるつもりはなかった。安倍さんから直接電話を貰って、『中心になってやって欲しい』とお願いされたが、『過去に五輪の招致に関わってきた人は、みんな逮捕されている。私は捕まりたくない』と言って断った。だけど、安倍さんは『大丈夫です。絶対に高橋さんは捕まらないようにします。高橋さんを必ず守ります』と約束してくれた。その確約があったから招致に関わるようになったんだ」


この「五輪招致のキーマンとなる男」とは、言うまでもなく、先月17日に受託収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の元理事の高橋治之容疑者です。

と言うことは、この事件も安倍案件だったのか。安倍元首相が亡くなってことによって、重しが取れて今までのうっぷんを晴らすかのように検察が動き出したのかもしれない。そんなことを考えました。

ここに来て、公安調査庁や警視庁公安部が、ひそかに旧統一教会を監視していたという話が出ています。ウソかホントか、週刊誌には、警視庁公安部が旧統一教会と安倍首相(当時)の関係を監視していた、という話さえ出ているのでした。

上記の「大丈夫です。絶対に高橋さんは捕まらないようにします。高橋さんを必ず守ります」という安倍首相の生々しい発言がホントなら、一連の摘発は、まさに検察・警察の(安倍元首相に対する)意趣返しとみることもできなくはないのです。もしかしたら、権力内部にそんな暗闘が生まれているのかも、などと思ったりもしました。

前の記事でも紹介した『日本がバカだから戦争に負けた  角川書店と教養の運命』(星海社新書)で、著者の大塚英志氏は、次のように書いていました。

  ぼくはプラットフォームを中世の楽市のような「無縁」的空間に譬えることができると思います。
「無縁」とは、それぞれのコミュニティ全てに対して「外部」です。この「外部」で物と物が流通するわけで、それが「市」です。これは世俗の外にあるのだけれど、同時に世俗の権力に拮抗する別の権力に支えられなくてはいけないわけです。(略)
  プラットフォームが既存のメディアや流通の外部で「自由」でありながら、しかしこの自由を誰が担保するのか、という問題ですね。今の日本のプラットフォーム企業はこれを「政権与党」に担保してもらうことを求めたわけです。プラットフォームの側は公共性の形成ではなく、マネタイジングを目的とし、与党に権力への同調圧力の装置を提供することで相互的関係を結んだからです。「楽市楽座」という無縁の場は、信長っていう新しい権力の庇護によって始めて可能になった。何が言いたいのかと言うと「無縁」という「外部の公共性」は旧権力からは自由ですが新しい権力の庇護がいる、ということです。それがwebという「無縁」と、「新しい権力」としての安倍以降の与党との「近さ」でも現れている。


そう言えば、ドワンゴが主催する「ニコニコ超会議」にも、2013年と2014年の2回、安倍首相が来場しています。また、夏野剛社長は、2019年に安倍首相によって、内閣府規制改革推進会議の委員に任命されています(2021年8月からは議長に指名)。

角川歴彦会長は、兄の角川春樹氏と確執があり、いったんは角川書店を追い出されたのですが、春樹氏がコカイン密輸事件等によって逮捕されたのに伴い、角川書店に戻ると、70年代からはじまった文化の「オタク化」「サブカルチャー化」を背景に、いっきにメディアミックス路線に舵を切り、ドワンゴとの合併にまで進むのでした。大塚英志氏は、それを「人文知」から「工学知」への転換だと言っていました。角川歴彦会長には、もともと「工学知」しかなく、だから、川上量生と馬が合ったのだと言うのです。

メディアミックスとオリンピックの公式スポンサーがどう関係あるのか、門外漢には今ひとつわかりませんが、要するに、79歳の鼻マスクの爺さんがネットの守銭奴たちの甘言に乗せられて暴走した挙句、いわくのある人物との闇取引に手を染めて晩節を汚した、という話なのではないか。かえすがえすも「ザマー」としか言いようがないのです。

本のタイトルの「日本がバカだから戦争に負けた」というのは、角川文庫の巻末に掲げられていた創業者・角川源義の「角川文庫発刊に際して」を、著者の大塚英志氏が評した言葉ですが、もっともその「名文」も、角川源義自身のオリジナルな文章ではなく、文豪に委託して書いて貰ったものだそうです。

角川書店と言えば、私たちは高校時代に使っていた漢和辞典の『字源』でなじみが深い出版社ですが、その『字源』も、千代田書院という出版社が大正時代から重ねてきた凸版を買い取ったものにすぎないのだとか。つまり、角川書店は、自社で開発したものは少なく、「リユースの刊行物が中心」の出版社で、今日のプラットフォーム企業としてのKADOKAWAに対しても、もともと整合性が高い企業体質を持っていた、と言っていました。

角川歴彦が好んで口にしていたのは、「ソーシャル社会」という馬が落馬した式のいわゆる重言(重ね言葉)ですが、それは「SNSでつながった社会」という意味です。

でも、大塚氏が言うように、SNSを使うということは、そのプラットホームに無意識のうちに自分自身を最適化する、しなければならない、ということでもあるのです。

その意味では、SNSは「自由な意見や自己表現の場」ではないのです。大塚氏は、アントニオ・ネグリのアウトノミア(自律)という言葉を使っていましたが、SNSは間違っても自律ではなく他律のシステムなのです。Twitterの言葉は、ロラン・バルトが言う「教養」なしでも読める「雑報」なのだと言います。それが「ソーシャル社会」なるものの本質です。

それは、次のように描かれる世界です。

  (略)角川の歴彦(ママ)のことばを借用すると、近代が構築して来た「社会」とは別に、「サブの社会」、今ふうに言えばオルタナティブな社会、あるいは、もう一つの社会、とでもいうべきものがそれぞれの国の中に今や存在しているということだ。それは、従来の階級とは異なったものだから、階級闘争は起きにくく、互いの憎悪によって対立する。貧困の問題も含め、今、起きているのは、階層化というよりは分裂なのである。


前にTwitterで新しい社会運動のスタイルが生まれると言ったリベラル系の”知識人”がいましたが、むしろ私は、SNSに依拠した社会運動の”危うさ”を感じてなりません。イーロン・マスクのTwitter買収問題に一喜一憂する「自由な言論」+社会運動って何なんだ、と言いたいのです。

日本に限っても、ネットと連動したメディアミックスやプラットフォームというと、何だか新しいもののように思いがちですが、しかし、何度も繰り返すように、日本のネット(プラットフォーム)企業には相も変らぬ、お代官様にへいつくばるような事大主義の発想しかないのです。日本のプラットホーム企業の「理念」のなさは「見事なもの」で、そもそもそう批判されても批判だと気づかないほどだ、と言っていましたが、その先にオリンピックの公式スポンサーという俗物根性があったと考えれば、何となく納得ができます(一部にはeスポーツの青田狩りという声もあるようですが)。

また、大塚英志氏は、「『保守』とか『日本』とかいう連中が『参照系』とする『日本』はひどく貧しいわけです」と言っていましたが、彼らにはそんな政治権力にすがる低俗な発想しかないのです。しかも、その「日本」にしても、隣国のカルト宗教が作成したテンプレートをトレースしたものにすぎなかったという散々たる光景を、現在いま、私たちは見せつけられているのです。

私も余計なお節介を言わせて貰えば、ニコニコ動画を根城にするネトウヨたちも、自分たちが安倍を介して「反日カルト」の走狗にさせられていた現実をぼつぼつ認めた方がいいのではないか、と思うのでした。でないと、これから益々「愛国」の始末ができなくなってしまうでしょう。帯にあるように、みんなが「バカ」になった時代の「次」も、やっぱり「バカ」だったではシャレにもならないのです。
2022.09.14 Wed l ネット l top ▲
昨年の8月に、京都府宇治市のウトロ地区の建物などに放火したとして、放火や器物損壊などの罪に問われた被告対して、8月30日、京都地方裁判所は、求刑どおり懲役4年の実刑を言い渡しました。

この事件に関して、BuzzFeedNewsは、今年の4月に下記のような記事を掲載していました。

BuzzFeedNews
在日コリアン狙ったヘイトクライム、ヤフーが被害者に「心よりお見舞い」動機に“ヤフコメ”その責任は

BuzzFeed Newsの接見と文通を通じた取材に対し、被告は、不平等感や嫌悪感情が根底にあったと説明。「(在日コリアンが)日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だった」と話した。

さらに、自らの情報源が「Yahoo! ニュース」のコメント欄にあったと説明。「ある意味、偏りのない日本人の反応を知ることができる場だと思っていました」としたうえで、こんな狙いがあったと明かした。

「日本のヤフコメ民にヒートアップした言動を取らせることで、問題をより深く浮き彫りにさせる目的もありました」


つまり、被告の話で示されているのは、Yahoo!ニュースがネットで自分が見たい情報しか表示されなくなる「フィルターバブル」の役割を果たしているということです。そして、ヤフコメが、かつて津田大介が朝日新聞の「論壇時評」で紹介していたように、「人々は他者からの承認目的で共通の『敵』を見つけ、みずからの敵視の妥当性を他者の賛意に求め、それを相互に確認し続ける解釈の循環を作り出す」(朝田佳尚「自己撞着化する監視社会」・『世界』6月号)場になっているということです。

朝日新聞デジタル
(論壇時評)超監視社会 承認を求め、見つける「敵」 

BuzzFeedNewsはヤフーとつながりが深い媒体ですが、ヤフーに対して「プラットフォームの社会的責任」についてどう思うか、取材しています。しかし、ヤフー広報室の回答は、相変わらず通りいっぺんなもので、コメント欄を見ればわかりますが、現在もヘイトな投稿は事実上「放置」されたままです。判決を伝えるニュースに対しても、判決を肯じない「でも」「しかし」のコメントが多く見られました。

ヤフー広報室の回答に対して、記事は次のように疑問を呈していました。

「Yahoo! ニュース」は月間225億PVを達成したこともある、日本最大級のニュースプラットフォームだ。「Yahoo! Japan」全体では月間アクティブユーザーは8400万人(2022年3月)。運営するヤフーは、企業として大きな社会的責任を背負っている。

事業者の「使命」を掲げるのであれば、自社のサービスが一因となった「ヘイトクライム」に対し、より一層はっきりとしたメッセージの発出と、これまでの対策の見直し、強化が必要なのではないだろうか。


しかし、私も何度も書いていますが、Yahoo!ニュースにとって、ニュースはページビューを稼いでマネタイズするためのコンテンツにすぎないのです。そのためには、とにかくニュースをバズらせる必要があるのです。その手段としてコメント欄はなくてはならないものです。Yahoo!ニュースがコメント欄を閉鎖することなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことです。

ヤフー広報室が言う「健全な言論空間を提供することがプラットフォーム事業者としての使命」なるものが建前にすぎず、パトロールやAIを使った「悪意ある利用者や投稿の排除」や「外部有識者の意見を受けた見直し」も、単なるアリバイ作りにすぎないことは、誰が見てもあきらかです。それは、前から言っていることのくり返しにすぎません。

本来「公共」であるべきプラットホームを、マネタイズのツールにすること自体が「社会的責任」を二の次にしたえげつない守銭奴の所業と言わねばなりません。それは、KADOKAWA(ドワンゴ)も同じです。

プラットホームであるからには、言論・表現の自由を担保しなければなりません。でないと、ユーザーも「自由」に投稿することはないでしょう。要するに、ヤフーやKADOKAWAは、言論・表現の自由で釣って、「自由」に投稿するプラットフォームを提供しているのです。動機がどうであれ、それ自体はきわめて「公共的」なものです。

しかし、ヤフーやKADOKAWAは、その一方で、「自由」な投稿を(ユーザーのあずかり知らぬところで!)お金に換えているのでした。ページビューやビッグデータがそれです。だから、「自由」に投稿できると言いながら、会員登録を求めているのです。そうやって他のサービスを利用した履歴と紐付けることで、個人情報に付加価値を付けているのでした。にもかかわらず、彼らは会員の投稿に責任はないと言うのでした。

折しも私は、KADOKAWAの問題に関連して、大塚英志氏の『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の連帯』(星海社新書)という本を読んでいたのですが、同書の中に、次のようなヤフーに関する記述を見つけました。

   「投稿」はプラットフォームにとっては「コンテンツ」です。ヤフーニュースだけ見て、コメントは読まない、ということはあまりない。「投稿」する場を提供しているだけで、「投稿」の中味に責任はありません、って明治時代以降「中央公論」も「文學界」も、どの論壇誌も文芸誌も、言ってない。でも、プラットフォームの連中はずっとそう言って来た。
   もういい加減、それは詭弁だろ、プラットフォームとメディアは「同じ」なんだ、と誰かが言うべきですからぼくが言います。


(略)新聞も政治的ポジションは違いますが、それは記事を新聞社が自ら書き、社説その他で立場を明確にしているわけで、その責任は新聞社にあります。メディアの責任、というのは「公器」としての責任で、新聞社で立場が異なることも「公」の形成の大事な容器です。報道した内容の責任は新聞社が負う。だから、ネトウヨはあれだけ朝日新聞を叩く「大義」があったわけです。本当はヤフニュースが転載した朝日の記事が気に入らなければ、朝日じゃなくて転載したヤフーニュースを叩くべきです。Googleニュースと違ってヤフーニュースはヤフーの人間が記事をセレクトしている。つまり、「編集」しているのです。そこには「朝日の記事を選んだ責任」がある。それなのにヤフーは読者に「叩く材料」をただ提供している。


ヤフーは、そうやって巧妙に責任回避しながら、ニュースをマネタイズしているのでした。そこで求められるのは、ニュースの真贋や価値などではありません。多くのコメントが寄せられてバズるかどうかなのです。ヤフーにとっての価値は、どれだけページビューを稼げるかなのです。そのために、編集者みずからがリアルタイムにバズりそうな記事を選び、キャッチーなタイトルを付けてトピックスに上げているのです。それがYahoo!ニュースの編集者の仕事です。彼らはジャーナリストではありません。言うなれば、ハサミと糊を持ったまとめサイトの主催者のようなものです。そこにYahoo!ニュースの致命的な欠陥があるように思います。

ここからは個人的な悪口ですが、子どもの頃、佐賀県の鳥栖の駅前の朝鮮人部落で暮らしていた孫正義の頭には、「朝鮮人出て行け」と言われて日本人から投げ付けられた石によってできた傷跡がまだ残っているそうです。そんな孫正義が成りあがったら、今度は同胞に対するヘイトクライムを煽ってお金を稼いでいるのです(と言っても言いすぎではない)。しかも、ユーザーが勝手にやっていることだ、自分たちには責任はないとしらばっくれているのです。

人間のおぞましさとまでは言いませんが、ヘイトクライムの問題を考えるとき、孫正義のような存在をどう捉えればいいのか、と思ってしまいます。ひどい民族差別の記憶を持っている(はずの)彼でさえ、自分が民族差別に加担しているという自覚がないのです。

被告が在日コリアンに憎悪を募らせる根拠になった「在日特権」なるものも、まったくの子どもじみた妄想にすぎまないことは今更言うまでもありません。被告は拘置所で面会するまで、実際の在日コリアンと会ったことすらなかったそうです。単なるアホだろうと思いますが、しかし、被告は特別な人間ではありません。過半の国民も似たようなものでしょう。

Yahoo!ニュースのコメント欄が、そんな無知蒙昧な人間に差別感情を吹き込み、類は友を呼ぶスズメの学校になっているのです。被告は、犯行を振り返って、「ヤフコメ民」を多分に意識していたような発言をしていますが、そうやってヒーローになりたかったのかもしれません。彼らにとって、ヤフコメはまさにトライブのような存在なのでしょう。

被告の背後には、裁判で裁かれることのない”共犯者”がいるのです。その陰の”共犯者”は人の負の感情を煽ることで、それをビジネスにしているのです。そういったネットの錬金術師たちの存在にも目を向けない限り、ヘイトクライムの犯罪性をいくら法律に書いても、なくなることはないでしょう。


関連記事:
『あんぽん 孫正義伝』
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2022.09.13 Tue l ネット l top ▲
東京オリンピックをめぐる汚職事件で、今度は大会スポンサーであったKADOKAWAの元専務と事業担当の室長が、東京地検特捜部に贈賄容疑で逮捕されたというニュースがありました。

KADOKAWAが大会スポンサー選定のキーパーソンの高橋治之容疑者(実際は電通時代の同僚を社長にしたダミー会社)に、コンサル料として支払った金額は7600万円と報道されています。

ただ、今回逮捕されたのは、あくまで窓口になった担当社員にすぎません。決裁した(はずの)角川歴彦会長や夏野剛社長にも捜査の手が及ぶのか注目されます。

夏野社長で思い出すのは、パンデミック下でオリンピック開催が強行され世論が沸騰していた時期に、ABEMA TVで飛び出した”トンデモ発言”です。

調べてみると、放送されたのは2021年7月21日で、FLASHによれば下記のような内容です(FLASHの記事では2019年になっていますが、2021年の間違いです)。夏野氏はまだ子会社のドワンゴの社長でした。

Smart FLASH
「五輪汚職」報道のKADOKAWA 夏野剛社長が五輪をめぐり語っていた「アホな国民感情」“上から目線”の大暴言

  番組では、子供の運動会や発表会などが無観客なのに、五輪だけ観客を認めると、不公平感が出てしまうという話題になった。その際、夏野氏は

  「そんなクソなね、ピアノの発表会なんかどうでもいいでしょ、オリンピックに比べれば。それを一緒にするアホな国民感情に今年、選挙があるから、乗らざるを得ないんですよ。

  Jリーグだってプロ野球だって入れているんだから。オリンピックを無観客にしなければいけないのは、やっぱりあおりがあるし、それからやっぱり選挙があるから。そこに対してあまり国民感情を刺激するのはよくないという判断。もうこのポリティカルな判断に尽きると思いますよ」

と、国民の素朴な不平の声に対し、“上から目線”の、まるで馬鹿にしたような発言を繰り広げたのだ。


この身も蓋もないおっさんの”上から目線”。こんな人物が、NTTドコモでiモードの立ち上げに参画したとして、日本のネット業界の立役者のように言われているのです。

楽天の三木谷浩史氏やかつてのライブドアの堀江貴文は、ネットで金を集めるとプロ野球の球団の買収に乗り出したのですが、そこに示されたのも目を覆いたくなるような古臭いおっさんの発想です。ドワンゴにとっては、それがオリンピックだったのでしょう。

もっとも、パンデミックという予想外の出来事や大会前のゴタゴタで公式パンフレットの販売も中止になり、結局、大会組織員会に払ったスポンサー料2億8千万円と高橋理事に払った斡旋料7600万円でKADOKAWAが手にしたのは、ほとんど人の目に止まることもない「大会スポンサー」というクレジットタイトルだけだったのです。大会スポンサーという「名誉」を手にしたと言えばそう言えるのかもしれませんが、傍目には、爺殺しのドワンゴとおねだり理事の口車に乗せられて、3億5千万円の大金をドブに棄てたようにしか見えません。文字通り「ザマ―」みたいな話なのでした。

クスリを無料で差し上げますよと言ってお客を囲い込み、ジャンキーになった頃を見計らって有料にするという、ヤクの売人みたいな商法が当たり前のように通用するのがネットなのです。あるいは、欠陥商品を売ってもあとでアップデートだと言って修正すれば、ネットでは欠陥商品を売った責任は問われないのです。既存のビジネスから見れば、こんな美味しい世界はないでしょう。

KADOKAWAとドワンゴが合併したときから、こうなるのは必然だったという声もありますが、合併については、私も下記のように、大塚英志氏の著書を紹介する中で何度か触れています。

角川とドワンゴの経営統合
https://zakkan.org/blog-entry-954.html

ネットの「責任」と「倫理」
https://zakkan.org/blog-entry-998.html

『メディアミックス化する日本』
https://zakkan.org/blog-entry-1002.html

あらかじめ作られたプラットフォームに従って物語が二次創作されていくシステムは、日本の出版文化の黎明期から固有のものだったのですが、とりわけKADOKAWAがドワンゴと合併することによって、その課金化が歯止めもなく進んだのでした。

ネットの登場によって、プラットフォームを金儲けの手段にした”愚劣なシステム”が大手を振ってまかり通りようになったのですが、KADOKAWAはそれに便乗してメディアミックスの総合企業として新しいビジネスモデル(課金システム)を打ち立てようとしたのです。

やや視点は異なりますが、ネットの”愚劣なシステム”について、私は、上記の「ネットの『責任』と『倫理』」の中で次のように書きました。

たしかに、ネットというのは「発話」(発言)すること自体は「自由」です。その意味では、「民主的」と言えるのかもしれません。しかし、現実において、私たちが「発話」するためには、ニコ動や2ちゃんねるやTwitterやFacebookやLINEなどなんらかのプラットフォームを利用しなければなりません。そして、プラットフォームを利用すれば、「発話」は立ちどころにあらかじめコントロールされたシステムのなかに組み込まれることになるのです。「一人ひとりの断片的な書き込みやツイートは、実は今や『民意』という『大きな物語』に収斂する仕掛け」になっているのです。私たちの「発話」は、その”宿命”から逃れることはできないのです。

一企業の金儲けの論理のなかに「言論・表現の自由」が担保されているというこのあやふやな現実。これがネット「言論」なるものの特徴です。


そこにいるのは、間違いなく踊るアホである私たちです。
2022.09.08 Thu l ネット l top ▲
先の参院選で当選したNHK党のガーシーが、8月3日の臨時国会の招集にあたって提出した海外渡航届に対して、参院議院運営委員会理事会は「納得がいく理由がない」として、全会一致で許可しないことを決定したという報道がありました。

この「許可しない」というのは渡航を許可しないという意味だと思いますが、許可するも何もガーシーは選挙前から渡航していて日本にいないのです。しかも、渡航届の帰国日は「未定」になっていたそうです。まったく冗談みたいな話です。

ところが、議院運営委員会理事会の決定に対して、ガーシーは、インスタグラムに下記のような怒りの投稿を行ったのでした。

Instagram
ガーシーチャンネル(東谷義和)
https://www.instagram.com/p/Cgx0SHVPvkA

gaasyy_chアホらし
お前らに参議院議員にしてもらった訳でもないのに偉そーにすな
オレの議員としての存続を決めれるのは、票を入れてくれた支持者だけや
居眠りこいてるジジイやゴルフや飲み過ぎで議会欠席してるジジイ、パパ活不倫してる奴らに言われる筋合いはない
オレの存在が疎ましーのはわかるけどな、
人のことばっかり気にしてると足元すくわれんぞ
『明日は我が身』この言葉、よー噛み締めてオレに攻撃してこい

突けば吹き飛ぶよーなジジイ相手にケンカしたないねん
海外にいてもできることはよーけある。
海外やないとできひんこともよーけある。

日本にいても何もせん、人の粗さがしてる老害ども
ええ加減に身ひいて、次の時代の若者にバトン渡せや

もーお前らが作った時代は完成してん
次の新しい時代をまた築くのに、お前らはただただ邪魔な存在なんや

そのあたりよー理解して、最後の議員生活満喫せーや

リモートでも当選することを立証した、それが次の選挙にどー繋がるか?
お前らにもわかるような未来が訪れるわ

SNSをろくにつかえん奴は当選せーへん時代がもーそこまできとるわ

それはオレを議員辞めさせようが続けさせようが変わらん未来や

ジタバタせんとオレの攻撃を待っとけ、な?
政界に嵐を吹き込んだるから。

当選された皆様
初登院おめでとうございます!
いつかオレが初登院したあかつきには、クラッカー鳴らす用意しとってくださいw

古い時代を踏み台に、新しい時代に足跡つける
オレの好きなミュージシャンの言葉

それを実践したるから、支持してくれたみんな
期待して、歓喜に震え、待っとけよ!!

ほなの!


何だかチンピラの口上みたいですが、コメント欄には、「ほんとそのとおりですね。 許可なんてする必要あります? くだらない議員ばかりのために納税させられてる身にもなれ」「リアルに議会政治のあり方が変わりますよ」「じいちゃんたちは時代の変化についてこれないから、新しい風を怖がってるんだね」というようなコメントが寄せられていました。

冗談みたいな話なのに、みんな本気で怒っているのでした。しかも、老害を打破して新しい政治の夜明けがはじまるみたいなことを言いはじめているのでした。

言うまでもなく、ガーシーのYouTubeは私怨からはじまったのです。いわゆる”BTS詐欺”をネットに暴露され窮地に追い込まれたガーシーに対して、今まで女性をアテンドしたりと親しくつきあってきた芸能人たちがみんなソッポを向いたことに怒り、「死なばもろとも」と彼らのスキャンダルをYouTubeで暴露しはじめたことが発端だったのです。

ところが、「死なばもろとも」どころか国会議員になったため、上の投稿のように、私怨が付け焼刃の”公共性”を纏うようになったのでした。裏カジノで「つまんだ」借金を返済するため、文字通り窮鼠猫を噛むではじめたことが、いつの間にか新しい政治の夜明けの話になったのです。多くの人たちが、呆気に取られたのは当然でしょう。

議院運営委員会の不許可は、除名への布石だという見方もありますが、仮に除名されて国会議員の地位を剥奪されると、取り沙汰されているような詐欺や名誉棄損、業務妨害などの容疑で、警察が表立って動き出す可能性はあるかもしれません。でも、私は、除名までは行かないように思います。というか、そこまで行くべきではないと思います。

公民権の停止を受けてない限り、どんな人間であれ、選挙に立候補する権利はあります。議会制民主主義の建前に従えば、それは最大限尊重されるべきです。どんな人間であっても、どんな考えを持っていてもです。

ガーシーは、法律に則り、287714票を得て参議院議員になったのです。選挙で選ばれた国会議員を簡単に除名などできないでしょう。ガーシーと言えどもそれくらい国会議員の身分は重いのです。

ただ、一部で言われているように、機を見るに敏なところがあるみたいなので、みずから辞職する可能性がないとは言えないでしょう。

でも、声を大にして言いたいのは、問題の所在はガーシーの帰国や除名や逮捕にあるのではないということです。公人になったので「個人的な問題」という言い方は適切ではないと思いますが、ガーシーの帰国や除名や逮捕は二義的な問題にすぎないのです。それより、ガーシーに「清き一票」を投じた有権者を問題にすべきでしょう。それがこの問題を考える上での基本中の基本だと思います。身も蓋もない話と思われるかもしれませんが、その身も蓋もない話が大事なのです。でないと、これからも第二第三のガーシーが(NHK党から?)出て来るでしょう。

呆気に取られるような日本の民主主義の劣化を体現しているのは、国民に「愛国」を説きながら、その裏で、サタンの日本人は「アダムの国」の韓国に奉仕しなければならないと主張する韓国のカルト宗教と密通していたような、胸にブルーリボンのバッチを付けた政治家だけではないのです。ガーシーに「清き一票」を投じた有権者も同じです。

ガーシーを支持するのは、「うだつのあがらない人生を送っている」ガーシーと同世代の中年男性が多いという説がありますが、世の中に対する不満がこのようなかたちで発露されるのはあり得ないことではないように思います。

集合知どころか、むしろ逆に「水は常に低い方に流れる」ネットの習性によって、反知性主義が臆面もなく跋扈するようになる「ネットの時代」を懸念する声は前々からありましたが、今回、それがきわめて具体的に、これでもかと言わんばかりに、私たちの前に突き付けられたとも言えるのです。

それは、NHKの問題も同じです。政治家と旧統一教会の関係にNHKが及び腰であるとして、リベラルな人間たちが、「#もうNHKに金払いたくない」などというハッシュタグを付けて反発しているそうですが、私は「またか」と冷めた目で見ることしかできませんでした。NHKに関しては、受信料の問題だけでなく、政治との関係においても以前から問題視されていました。今にはじまったことではないのです。

そもそもNHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員は、国会の同意が必要ではあるものの、放送法の規定によって内閣総理大臣が任命することになっています。ときの政権に忖度するなと言う方が無理でしょう。そんなNHKの体質を問題視して、昔は受信料支払い拒否の市民運動もあったくらいです。

NHKの問題をNHK党の専売特許にさせたのは誰なのかと言いたいのです。今になって「#もうNHKに金払いたくない」などと言うのは、「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」左派リベラルお得意のカマトトなご都合主義だとしか思えません。それに彼らは「払いたくない」と言っているだけで、払わないと言っているわけではないのです。これじゃNHK党にバカにされるのがオチでしょう。

弱みがあるのか、(計算高い)彼なりの計算があるのか、田村淳なども国会議員になったガーシーにすり寄っているみたいですが、そういったことも含めて、ガーシーを持ち上げる民意にこそ問題の本質があるのだということを忘れてはならないのです。

要は、この目の前に突き付けられた「ネットの時代」の”夜郎自大な現実”を、私たちがどう考えるかでしょう。斜に構えて冷笑するだけでいいのか。あるいは、無責任にざまあみろと囃し立てるだけでいいのかということです。これからこういった”野郎自大な現実”が、容赦なく私たちのまわりを覆うようになるのは間違いないのです。
2022.08.05 Fri l ネット l top ▲
これは私の勝手な妄想なのですが、このブログでGoogleの悪口を書き始めた頃から、ブログのアクセス数が目に見えて減少したように思います。と言うと、ブログの質が落ちたからじゃないか、最近は、床屋政談のような時事問題ばかり扱っているので、検索でヒットしなくなったのは当然だ、という辛辣な声が返って来るかもしれません。ただ、今の私は、かように被害妄想を抱くほど、Googleに対しては不信感しかありません。

Web2.0の黎明期の16年前、私はこのブログで、Googleのことを半分皮肉を込めて「あらたな神」と書きましたが、その後、Googleは、かの有名な「Don't be evil」という行動規範をこっそり削除していたことがわかりました。今、私たちがGoogleに抱いているイメージも、神というより独裁者に近いものです。

検索で上位に表示されるものほど、内容のすぐれたものだとホントに言えるのでしょうか。そもそもAIは、公平で客観的な評価軸を持っているものなのでしょうか。でも、現実は欧州委員会も指摘しているように、ECサイトの「おすすめ順」と同じで、広告を出稿したりとGoogleに都合のいいサイトが上位に表示されるケースも多いのです。

千葉大学大学院教授で、科学史や科学技術社会論が専門の神里達博氏は、朝日新聞デジタルで、次のようなエピソードを紹介していました。

朝日新聞デジタル
ブラックボックスの「ご託宣」 アルゴリズムの透明性が欠かせない

 今月、米国のIT企業グーグルのエンジニア、ブレイク・ルモイン氏が、同社が開発した対話型のAI(人工知能)「ラムダ」に、感性や意識が芽生えたと主張している、と報じられた。

 まるでAIに魂が宿ったかのようだが、それは錯覚である。要するにこのシステムは、テキスト情報のビッグデータを元に、人間の会話のパターンを学習し、やりとりを模倣する仕組みに過ぎないからだ。


AIは「artificial intelligence」の略ですが、それを直訳すれば「人工知能」です。私たちもまた、この「人工知能」という言葉に惑わされ、上記のGoogleのエンジニアと同じように、AIに幻想を抱いているのではないでしょうか。

先日、アマゾンで、代金を払ったものの商品が届かない不正なサイトにひっかかり、アマゾンと返金交渉を行いました。以前とシステムが変更になったみたいで、カスタマーセンターに問い合せると、まずAIとチャットを行なうように指示されました。

「AIチャットボット」と名乗っていましたが、何のことはない問答集を自動化したものにすぎず、「人工知能」とはほど遠いものでした。そのため、チャットをしているとイライラして来るのでした。

最後に「解決しない」を選ぶと、今度は生の人間とチャットができるのですが、しかし、一旦チャットを終えたあと、確認したいことがありカスタマーセンターに再びアクセスすると、また最初から「AIボット」相手に同じ問答をくり返さなければ前に進まないのでした。何だか「AIボット」におちょくられている感じで、イライラが募るばかりでした。

挙げ句の果てに、AIの次に出た中国名の担当者も、「AIボット」と似たような問答をくり返すだけで、私は最初、AIなのか人間なのかわからず戸惑ったくらいでした。彼女?たちもまた、マニュアルどおりの(常套句を並べるだけの)返答を行なうように訓練されているのでしょう。

AIが人間の知能や知性を凌駕する「シンギュラリティ」が2045年頃にやって来ると言う人がいますが、そのことについて、神里達博氏は次のように書いていました。

 かつて米国の哲学者ジョン・サールは、人工知能を「弱いAI」と「強いAI」に区別して考察した。前述のラムダや、囲碁のAIなども含め、現在実現しているAIは全て前者である。一方で後者は、感性や意識、自我や感情などを持つAIのことを指す。「ドラえもん」のように人間の友達になったり、逆に「ターミネーター」のように人類の脅威になったりするのは「強いAI」だ。

 結論としては、「強いAI」は現在も、どうすれば実現できるのか、その端緒すら見えていない。また、そもそも原理的に可能なのかという点も、AIの専門家の間で意見が割れている。実現可能性を否定しない「楽観的な」専門家ですら、ほぼ全員が、できるにしても相当に遠い未来のことだろうと推測している。
(同上)


神里氏は、「そういう話を聞いたら全て、SFだと考えてよい」と書いていました。

「食べログ」が飲食店の評価に使っているアルゴリズムも、きわめて恣意的なものであったことが先日の東京地裁の判決で認定されました。要するに、もっともらしい衣装を着けたアルゴリズムが恣意的な評価の隠れ蓑になっていたのです。それが、神里氏が言う「食べログ」をめぐる「問題の核心」なのです。

 IT化によって客観的で公平な評価が実現すると期待している人は少なくないだろう。だが、どんなシステムも、運用するのはAIではなく人間だ。そこでは、透明性や可読性が欠かせない。
(同上)


私たちはネットだけではなく、人生のいろんな場面においても、既にAIやアルゴリズムに「支配」されています。でも、それは、集められたデータを基にスコアリングされ、導き出された「傾向」や「確率」を使って、推論したり再現(模倣)したものに過ぎないのです。そんな「傾向」や「確率」に、私たちは振り回されているのです。しかも、その「傾向」や「確率」は、「ブラックボックス」と化したアルゴリズムの中で操作されており、決して公平で客観的なものとは言えないのです。そもそも基礎になるデータが正しいかどうかもわかりません。入力ミスだってあるかもしれません。神里氏が言うように、「透明性」や「可読性」は大事ですが、ホントにそれが担保できるのか、きわめて疑問です。

生身の人間が評価したのなら「この野郎!」とか「間違っているだろ!」とか文句をいうこともできますが、AIから評価されたら拳を振り上げることもできません。機械的に処理され、私たち自身も機械的に受け止めるだけで、感情が介在する余地すらないのです。それはとても冷酷で怖いことですが、私たちはそんな時代に生きているのです。しかも、もう後戻りすることはできないのです。


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あらたな神
Google
2022.07.07 Thu l ネット l top ▲
高橋理洋


このブログはFC2ブログを利用しています。

今日、管理画面に入るためにIDとパスワードを入力しようとしたら、画面の余白に「PR」の文字とともに、上記の画像が表示されたのでした。

私は、一瞬、「なんだ、このXJAPANのYOSHIKIみたいなおっさんは?」と思いました。FC2の創業者の高橋理洋氏です。高橋氏は、現在、アメリカ国籍を取得してアメリカに住んでいるのですが(FC2の本社もアメリカ)、2015年の「FC2わいせつ動画配信事件」に連座して、日本の警察当局から「国際海空港手配」されている身なのでした。そのため、日本に帰るには逮捕を覚悟で帰るしかないのですが、でも、逮捕されたら執行猶予は付かず、数年の実刑になる公算が高いので(ホントかな)帰ることができない、と本人は言っていました。

「国際海空港手配」については、下記の記事に詳しく書かれています。

ライブドアニュース
わいせつ動画配信事件で「FC2」創設者に逮捕状
「国際海空港手配」とはなにか?


ところが、高橋氏は今話題の暴露系ユーチューバーのガーシーと旧知の仲だったようで、先日、突然、ガーシーの動画に登場して、その場で今回の参院選にガーシーこと東谷義和氏ともどもNHK党から立候補することを明らかにしたのでした。

それも、本人の話では、NHK党の候補者募集にその場のノリで手を上げたということでした。NHK党は、得票率2%を獲得して政党要件を満たすために、塵も積もれば山となる作戦で、供託金300万円(比例は600万円)持参で選挙を”宣伝の場”と割り切る「当選を目的としない」候補者を手広く募集していたのです。

当日の動画も観ましたが、スキットルと呼ばれるウイスキーを入れた缶を手にしたサングラス姿の高橋氏はかなり酔っぱらっている様子で、呂律がまわらない口調でよくわからないことをブツブツ言うだけでした。

国会議員に与えられる不逮捕特権を手に入れて一時帰国したいんじゃないかという穿った見方もありますが、本人はユーチューブの中で否定しています。

ちなみに、憲法第50条は次のように謳っています。

第五十条
両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。


立候補にあたっての公約は、任期中の議員歳費を児童養護施設に寄付する、AVのモザイクを潰す(なくす)という2点を上げていました。ガーシーの動画に出ていたときと同じTシャツを着ていましたので、まだ酔いが残っていたのかもしれませんが、これってネタじゃないのかと思いました。話している内容も言葉使いも、おせいじにも聡明とは言い難く、48歳という年齢を考えても幼稚な感じがしてなりませんでした。

彼の公約にツッコミを入れるのは野暮のような気もしますが、たとえばAVについても、社会的に未熟だったりメンヘラだったりする女性が性被害を受けるとか、ガーシーが言う「デジタルタツゥー」によって顔を晒された動画が半永久的にネット上に残るとかいった問題などがあります。しかし、話を聞いていると、そういう問題はまったく視野に入ってない感じでした。

昨年末に父親が亡くなったけど、葬儀に出ることができなかったので悲しかったという話をしていましたが、その際、父親の死因について、腕に注射をする恰好をしながら、「これをやった直後になくなりまして」「でも、因果関係があるのかどうか不明です」と言っていたのには呆気に取られました。

FC2に関しては、動画、それも成人向けの動画共有サービスの「FC2動画アダルト」が大きな収益源であるのは言うまでもありません。FC2ユーザーとしてこんな言い方をするのはおかしいのですが、そんな会社がどうしてあまりお金にならないブログサービスを運営しているのか、不思議に思うくらいです。

FC2動画は、アダルト動画の投稿だけでなく、アニメなどの違法アップロードも多く、いつも当局とのいたちごっこがくり返されていますが、今やその言語は、(Wikipediaによれば)日本語・英語・中国語(簡体字、繁体字)・朝鮮語・スペイン語・ドイツ語・フランス語・ロシア語・インドネシア語・ポルトガル語・ベトナム語をカバーしており、文字通り世界中に視聴者を抱えるまでになっているのでした。ネットはエロとアニメの天国を象徴するようなサイトと言えるでしょう。

2015年の「FC2わいせつ動画公開事件」の際、ユーザーである私のもとにも下記と同じ文面のメールが届きました。

本日の報道に関しまして

平素は、FC2(fc2.com)をご利用いただき、誠にありがとうございます。

2015年4月22日(日本時間23日)に弊社の開発委託先会社の社長が逮捕されたとの報道がございました。

報道では、開発委託先会社ではなく、FC2の代表者が逮捕されたとの誤った報道が散見されますが、FC2の代表者が逮捕されたという事実はございません。

FC2は、今までどおりコンプライアンスを重視し、ユーザー様のご要望・ご期待にに沿えるよう全力でサービスを提供して行く所存です。


FC2総合インフォメーション
04/23 本日の報道に関しまして

たしかに「逮捕されたという事実」はなかったので、FC2の文章だけを読むと、代表者の高橋氏は事件とは無関係で、メディアの勇み足みたいに思ってしまいます。私もそう思いました。でも、逮捕はされてないだど、その代わり指名手配されていたのです。ものは言いようとは言いますが、何だか騙されたような気持になりました。

今のネットにどっぷりと浸かった若者たちにとって、高橋氏は、ホリエモンなどと同じように、ネットの時代のサクセス・ストーリーを地で行くヒーローなのかもしれません。手段や方法は二の次に、金もうけがうまければそれだけで凄い!という話になるのです。それが、給付金詐欺やオレオレ詐欺(特殊詐欺)の敷居の低さにもつながっているような気がしてなりません。

正直言って、高橋氏のユーチューブを観て、FC2ブログを利用していることに恥ずかしさを覚えました。でも、ブログを移転するのもめんどうなのです。前にも一度、他の会社のブログに移転したものの、FC2の方が使いやすかったのですぐに戻ってきたということがありました。弁解するわけではありませんが、エロで稼いでいるからなのか、FC2ブログが安くて使いやすいのはたしかです。

もちろん、優等生ぶってコンプライアンスがどうたらと言いたいのではありません。高橋氏に対しても、ホリエモンなどと同じように、ただ単純に、生理的と言ってもいいような嫌悪感しか覚えないと言いたいだけです。「なんだ、このおっさん」という気持しか持てないのです。

どこかのホテルチェーンの女社長みたいにみずから広告塔になりたいのかもしれませんが、プラットホームを提供する裏方なら裏方に徹すべきでしょう。それが商売のイロハのはずです。
2022.07.03 Sun l ネット l top ▲
子供の日だからなのか、5月5日放送の「モーニングショー」で、Z世代の消費行動が取り上げられていました。

Z世代とは、いわゆるミレニアル世代に続く「1990年代半ばから2010年代生まれ」の25歳以下の若者を指す世代区分で、日本では主にマーケティングの分野で使われている場合が多いようです。

Z世代の特徴として真っ先にあげられるのは、生まれながらにしてネットに接していたデジタル・ネイティブだということです。そのため、テレビよりYouTubeやSNS等のネット利用時間が多く、情報収集も、テレビや新聞や雑誌などではなく、TwitterやYouTube、Instagram、TikTokのようなウェブメディアが主流だということです。自分が興味がない情報は最初からオミットして、興味のある情報だけを選択するのも特徴で、そのスキルが先行世代より長けていると言われているそうです。

でも、ものは言いようで、これって単なるスマホ中毒じゃないのかと思ったりします。私の中には、スマホに熱中するあまり、電車の中や駅のホームで、おばさんに負けじとやたら座りたがる若者たちのイメージがあります。

また、自分が「押す」アイドルやユーチューバーなどに対して、惜しげもなくお金を使って応援する「ヲタ活」なども、この世代の特徴だと言われています。一方で、「押し」のユーチューバーにスパチャ(投げ銭)するために、親のクレジットカードを勝手に使い、後日多額の請求が来て親子間でトラブルになるケースもあるみたいで、先日の新聞にもそういった話が出ていました。他に、給料が手取り20万円しかないのにスパチャに10万円使っている若いサラリーマンの話も出ていました。「ネットはバカと暇人のもの」と言った人がいましたが、ユーチューバーはもちろんですが、スパチャの30%を手数料として天引きするGoogleにとっても、彼らは実に美味しい存在だと言えるでしょう。

Z世代の彼らは如何にも主体的にネットを駆使しているように見えますが、しかし、一枚めくるとこのような煽られて踊らされる「バカと暇人」の痴呆的な光景が表われるのでした。しかも、彼らが取捨選択している(と思っている)情報も、膨大な個人データの取得(ビッグデータ)でより高度化されたアルゴリズムで処理されたものです。パーソナルターゲティング広告に象徴されるような、あらかじめプロファイリングされて用意された(与えられた)情報にすぎないのです。

番組では、前の世代が自分が興味があるものをネットなどに上げることで自己承認を求めたのに対して、Z世代は最初から「インスタ映え」して自己承認されることが前提の商品(「もの」や「こと」)を求める点が大きく違っていると言っていましたが、デジタル・ネイティブとは、バーチャルな世界にどっぷりと浸かりいいように転がされる、クラウド=AIに依存した人間のことではないのかと思いたくなります。

ナノロボット工学の進化により、「人間の脳をクラウドに接続する日は限りなく近づいている」というSFのような研究論文がアメリカで発表されたそうですが、Z世代の話を聞くと、何だかそれが現実化しつつあるような錯覚さえ抱いてしまうのでした。

しかし、幸か不幸かそれはあくまで錯覚にすぎません。私たちはGoogleが掲げた「Don't be evil」という行動規範や「集合知」「総表現社会」「数学的民主主義」などという言葉を生んだWeb2.0の理想論にずっと騙され、ネット社会に過大な幻想を抱いてきましたが(「Don't be evil」は既にGoogleの行動規範から削除されています)、今回のウクライナ侵攻を見てもわかるとおり、現実は戸惑うほど古色蒼然としたものです。戦争を仕掛ける国家指導者は昔の人間のままです。もちろん、前線で戦う兵士も、戦火の中逃げ惑う国民も、昔の人間のままです。ロシア文学者の亀山郁夫氏が言うように、私たちは依然として、ドフトエフスキーが描いた19世紀の人間像がそのまま通用するような世界に生きているのです。IT技術は、あくまで情報を処理する上での便利なツールにすぎないのです。

Z世代が日常的に接して依存しているネットの情報も、テレビや新聞などの旧メディアから発せられたものばかりです。ネットは、その性格上、セカンドメディアである宿命からは逃れられないのです。インフルエンサーやユーチューバーから発せられる情報も、ネタ元の多くは旧メディアです。商品の紹介はメーカーからの案件が大半です。この社会の本質は何も変わってないのです。

むしろ私は、番組を観ながら、ネットを通した「自己承認欲求」という極めてパーソナルで今どきな心理までもが資本によって外部化されコントロールされるという、現代資本主義のあくなき欲望の肥大化とその在処ありかを考えないわけにはいきませんでした。

そこに見えるのは、あまりに無邪気で能天気で無防備な、飼い馴らされた消費者としての現代の若者の姿です。だから、Z世代が今後の消費形態を変える可能性があるなどと、やたら持ち上げられるのでしょう。

ゲストで出ていた渋谷109のマーケティング部門の担当者も、Z世代の若者たちは如何に個性豊かにネットを利用しているかを得々と説明していましたが、それこそマーケティング業界お得意のプロパガンダと言うべきなのです。

こういった「世代論」は、マーケティング業界の常套句のようなもので、今までも何度も似たような話が繰り返されてきました。

昔は女子高生が流行を作るなどと言ってメディアに情報を売っていた怪しげなマーケティング会社が渋谷や原宿に雨後の筍のようにありました。その怪しげなビジネスも、いつの間にか大資本(東急資本)の看板に付け替えられ、もっともらしく箔づけされていることに隔世の感を覚えましたが、この手の話は眉に唾して聞くのが賢明でしょう。


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追悼・堤清二
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2022.05.05 Thu l ネット l top ▲
今月でアマゾンプライムを退会しました。と言っても、三浦瑠麗をCMに起用したことに端を発した「#Amazonプライム解約運動」に同調したからではありません。アマゾンのCMに出ている三浦瑠麗を見てびっくりしたのは事実ですが、退会はそれとは関係なく、たまたま8月が更新月だったので更新しなかっただけです。

おそらく5~6年プライム会員だったと思いますが、どうして退会したのかと言えば、もう「安物買いの銭失い」をやめようと思ったからです。「送料無料」をいいことに、どうでもいいような商品をつい買ってしまうという悪癖から抜け出したいと思ったからです。

もっとも、「送料無料」と言っても、4900円の年会費を払っているので、実際は「無料」ではないのです。それに対して、年会費を取らないヨドバシドットコムは正真正銘の送料無料です。アマゾンに対抗しているのでしょうが、心配になるくらい凄いなと思います。

販売価格も、巷間言われるほどアマゾンは安くありません。一見安いようなイメージがありますが、それは中国製のコピー商品があふれているからにすぎません。タイムセールはもちろん、年に一度?おこなわれるプライムセールで安売りされている商品の多くは、その類のものです。

登山用品に限っても、ちゃんとした(という言い方は適切かどうかわからないけど)メーカーの商品は決して安くありません。むしろ、ヨドバシドットコムの石井スポーツより高いくらいです。

にもかかわらず、「送料無料」が頭にあるため、ついついアマゾンにアクセスして、そんなに必要でもないどうでもいい商品を買ってしまうのでした。そうやって、アマゾンプライムの「安物買いの銭失い」の戦略にはまってしまうのでした。

また、よくアマゾンでクレジットカードの不正利用に遭って高額請求が来たという話を聞きますが(有名人のブログなどにその手の話がよく出ていますが)、セキュリティ面でも常に不安がありました。

実際に、私自身もアカウントを盗まれて、中国製の得体の知れない商品の高評価レビューを大量に投稿されたことがありました。その際、カスタマーセンターの“窓口”に問い合わせたら(アマゾンの場合、サイトで“窓口”を見つけるのさえ非常に苦労します)、メールアドレスとパスワードの変更を行ってくださいという木で鼻をくくったような返事が届いただけでした。

また、あるとき、トレッキングシューズを買ったら、箱に記載のサイズと中の靴のサイズが違っていたということもありました。それで、カスタマーセンターに電話して「どうしてそんなことになるんですか?」と訊いたら、「さあ、中を確認してないからじゃないですかね」と言われて唖然としました。

しかも、交換はできず、一旦返品&返金した上で再度購入する方法しかできないと言われたのです。それどころか、購入した際、支払いはクレジットカードで決済したのですが、返金はアマゾンのギフト券(ポイント)になると言うのです。

私にミスがあったわけではないし、私の都合で返品するわけではないのです。これではアマゾン以外のショップで買い替えようと思ってもできないのです。しかも、ポイントは返品処理が終わってからの付与になるので、商品がアマゾンに届いてから数日後になるという説明でした。

それで、頭に来た私は、「アマゾンの対応はおかしい」と抗議のメールを送りました。すると、数分後、アマゾンの担当者から「今、交換品を発送する手続きをしました」とメールが届いたのでした。その“豹変ぶり”にも驚きました。今までのやりとりはなんだったんだと思いました。

ところが、これには後日談もあります。半月くらい経った頃、アマゾンで買い物して支払い手続きをしようとしたら、支払い金額がゼロ円になっているのです。でも、たしかに商品は購入したようになっています。

再度、よく確認すると、支払いはギフト券で済まされていました。まるで狐につままれたような話です。念の為に、「アカウントサービス」のギフト券を確認してみました。すると、驚いたことに、いつの間にか2万円近くのポイントが付与されていたのでした。

そこで初めて、先日あったトラブルを思い出したのでした。実際は商品の交換がおこなわれたにもかかわらず、システム上は返品扱いのままだったので、おそらくルールに従ってギフト券(ポイント)による返金がおこなわれたのでしょう。アマゾンと言えば、GAFAと呼ばれる世界的なIT企業です。どうしてこんなアナログなミスが発生するのかと思いました。

それで、私は、先のトラブルの経緯を説明し、今回の購入した分はあらためて支払うのでどうすればいいか方法を知らせてほしい、とアマゾンにメールを送りました(ついでに、気持が悪いのでギフト券も削除してほしいとも)。すると、当社のミスでご迷惑をおかけしたのでギフト券はそのままお使いください、と返事が来たのでした。

とここまで書いて、相手のミスとは言え、あのとき2万円近くのトレッキングシューズをタダでもらったにもかかわらず、プライムを退会した上に、このようにアマゾンの“悪口”を書いていることに、ちょっと後ろめたさを覚えました。

あだしごとはさておき(誰かの口真似)、「安物買いの銭失い」というのは、貧乏人のあるある話で、言うなれば貧乏人=お金が貯まらない人の習性のようなものです。その意味では、アマゾンはネット時代の新手の貧困ビジネスと言えるのかも知れません。

徴兵制導入を主張する三浦瑠麗がアマゾンのCMに起用された理由を考えると、アマゾンのユーザーに「安物買いの銭失い」の貧乏人が多い(たしかに、私のまわりでも金のないやつに限ってアマゾンのヘビーユーザーだったりします)ことと無関係ではないように思います。堤未果氏が書いているように、アメリカでは貧困層の若者が経済的な理由から軍隊にリクルートされる「経済的徴兵」が多く見られるそうです。

安倍首相は、このコロナ禍にあっても、先月、憲法改正についてのメディア戦略や根回しを早く進めるように、内閣府の長谷川補佐官に指示したそうですが、アマゾンのCMに徴兵制導入を主張する人物を器用したのは、マーケティング用語で言う「訴求性」という点では理に適っているとも言えるのです。
2020.08.20 Thu l ネット l top ▲
今日、パソコンを立ち上げたら、Googleに次のようなメッセージが掲げられていました。

人種的平等、そしてそれをさがしもとめる人々を、私たちは支持します。


このメッセージは、アメリカのミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性が白人警察官に圧迫死させられた事件に端を発して世界中に広がった、人種差別反対の運動に呼応したものでしょう。

私は、そのメッセージを見るにつけ、だったらGooglは、ヘイトの巣窟になっているYahoo!Japanとの提携をやめるべきではないかと真っ先に思いました。

伊藤詩織さんも、ツイッターだけでなくYouTubeやヤフコメの書き込みに対しても、今後法的対応を取ることをあきらかにしていますが、Google(Google日本法人)は、海の向こうの人種差別運動だけでなく、自分の足元のYouTubeやヤフコメの書き込みにも目を向けるべきなのです。

特に、ヤフコメのヘイトな書き込みには目に余るものがあります。Yahoo!Japanは対応していると言っていますが、実際は放置に等しいものです。Yahoo!Japanがヤフコメを閉鎖しないのは、ニュースがヘイトな書き込みによってバズることがビジネス上美味しいからでしょう。Yahoo!Japanにとってのニュースの価値は、アクセス数なのです。アクセス数によってニュースをマネタイズすることなのです。だから、どんなに批判を受けてもヤフコメを閉鎖することなど考えられないのでしょう。

Yahoo!Japanは、言うまでもなくソフトバンクグループの総師である在日朝鮮人の孫正義氏が率いる会社です。孫正義氏は、『あんぽん』の記事でも触れましたが、佐賀県の鳥栖駅近くの朝鮮部落で、泥水に膝まで浸かりながら懸命に勉強して久留米大付設高校に進学し、入学後アメリカに渡ってカリフォルニア大学バークレー校に留学、今日の礎を築いたのでした。小学生のとき、「チョーセンジン出ていけ」と言われて石を投げつけられ、そのときの傷が今でも頭に残っているそうです。日本に「帰化」するに際して、通名の「安本」ではなく朝鮮名の「孫」にこだわったのも、本人が言うようにそのときの頭の傷が原点になっているからでしょう。

そんな誰よりも差別のむごたらしさを知悉しているはずの人物が率いるネットメディアが、かつて石を投げつけられたのと同じような理不尽な民族差別を放置し、見て見ぬふりをしているのです。それどころか、差別を商売の(金儲け)の手段に使っているのです。お金のためには、かくも節操もなく悪魔に魂を売るものなのかと愕然とせざるを得ません。前も書きましたが、私は、人間のおぞましささえ覚えてなりません。

人種差別というと、アジアに住む私たちはなにか他人事のように思ってしまいますが、私たちのまわりにも同じようなヘイトが蔓延しているのです。

Google(Google日本法人)が「人種的平等、そしてそれをさがしもとめる人々を、私たちは支持します」と崇高なメッセージを掲げながら、足元にあるYouTubeやヤフコメのヘイトな実態に目を向けないのなら、それはどう考えても詭弁と言うしかありません。


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『あんぽん 孫正義伝』
2020.06.09 Tue l ネット l top ▲
先日、初めてメルカリを利用しました。PCでメルカリを見ていたら、前からほしかったショルダーバッグが出品されているのを見つけたのでした。説明文には、「数回しか使用してない新品同様」となっていました。しかも、新品より5千円も安いのです。

私は、さっそくスマホにアプリをダウンロードして、会員登録を行い、バッグを購入しました。クレジットカードでの支払い手続きも済ませました。メルカリからは、「購入完了」「出品者からの発送連絡をお待ち下さい」というメールが届きました。

しかし、3日経っても「発送連絡」はありません。しびれを切らした私は、アプリ経由で出品者に催促のメールを送りました。すると、メールを送って半日経った頃、出品者から次のようなメールが届いたのでした(そのときの記憶でメールを再現しています)。

「ずっとメルカリをチェックしてなかったので、気が付きませんでした。ごめんさない。あのバック、売れました。今からキャンセルの手続きをしますね。」

私は、唖然としました。それで、すかさず次のようなメールを送りました。

「いい加減ですね。既にクレジットカードでの支払いの手続きも終わっているのですよ。どうなるんですか?」

しかし、返信はなく、メルカリからキャンセルの承認を求めるメールが届いただけでした。

ヤフオクもそうですが、購入者(落札者)には一方的にキャンセルができない“縛り”があります。一方的にキャンセルした場合、ペナルティが課せられる旨の半分脅しのような注意書きが記されているのが常です。しかし、出品者は平気で売切れや欠品を言ってきます。出品者には甘いのです。

知人にメルカリの話をしたら、メルカリではよくあることだ、メルカリはヤフオクよりモラルが低い、と言ってました。

中古市場は拡大の一途で、既に2兆円を超えているという話さえあります。それに伴い、メルカリのような個人間の売買サービスも隆盛を極めています。

言うまでもなく、ものを売買するのは商行為です。そこに、”商モラル”が要求されるのは当然でしょう。もちろん、シロウトでも、例外ではありません。

しかし、メルカリを見る限り、その「言うまでもない」ことさえ理解してない出品者が少なからず存在しているようです。彼らは、ネットで簡単に金儲けができる、箪笥の中で眠っている不用品がお金になるなどという幻想を煽られて、サービスに参加したのでしょう。しかし、肝心な”商モラル”を教えてくれる者は誰もいないのです。その結果、モラルが欠如し、商売を愚弄しているとしか思えないシロウトが跋扈するようになったのです。しかも、彼らは、シロウトであるがゆえに、「別に悪気があるわけではない」なんて言われて、最初から免罪されているのです。

ここにも、金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間が儲かるネットビジネスのカラクリが顔を覗かせているように思えてなりません。シロウト商売に振り回される利用者(購入者)こそいいツラの皮でしょう。

私は、メルカリを退会する際、「必須」となっていた「退会理由」を次のように書いて送りました。

「初めて購入し支払い手続きをしたものの、3日経っても出品者から連絡がないので、しびれを切らして当方から連絡したところ、『売り切れました』『キャンセルの手続きをします』のひと言で済まされました。知人にこの話をしたら、メルカリではよくあることだと言われました。とても怖くて利用する気になりません。」

でも、あとで考えれば、なんだかドン・キ・ホーテのような気がしないでもありません。メルカリの担当者も、「退会理由」を一瞥してプッと噴き出したかもしれません。いい歳したおっさんがメルカリなどを利用したこと自体、間違っていたのかもしれないと思いました。
2018.10.09 Tue l ネット l top ▲
さる16日の夜、民進党の小西洋之参院議員が、国会近くの路上で、防衛省統合幕僚監部の三等空佐から「お前は国民の敵だ」と暴言を浴びせられた問題について、東京新聞は社説でつぎのように書いていました。

このニュースを聞いて、戦前・戦中の旧日本軍の横暴を思い浮かべた人も多かったのではないか。

 一九三八年、衆院での国家総動員法案の審議中、説明に立った佐藤賢了陸軍中佐(当時)が、発言の中止を求める議員に「黙っておれ」と一喝した事件は代表例だ。

 佐藤中佐は発言を取り消したものの、軍部は政治への関与を徐々に強め、やがて軍部独裁の下、破滅的な戦争へと突入する。


東京新聞・社説(東京新聞TOKYO Web)
幹部自衛官暴言 旧軍の横暴想起させる

これは、シビリアンコントロールという民主国家のイロハから言っても、とうてい看過できない問題でしょう。田母神の例をあげるまでもなく、自衛隊内部でも、既にネトウヨ思想が蔓延している証左と言えるのかもしれません。

一方、つぎの画像は、この事件を伝えたYahoo!トピックスのコメント欄のスクリーンショットです。

Yahoo!ニュース
「お前は国民の敵だ」 現役幹部自衛官が野党議員に暴言

自衛官暴言ヤフコメ1
自衛官暴言ヤフコメ2

まさに水は低いほうに流れるを地で行くようなコメントのオンパレードです。シビリアンコントロールなんてことばも、彼らには馬の耳に念仏なのでしょう。政治関連のニュースのコメント欄には、排外主義的な主張をしている某カルト宗教の信者たちが常駐していると言われていますが、これでは、Yahoo!ニュースはカルト宗教の信者たちを使って記事をマネタイズしている、と言われても仕方ないでしょう。誰であれ、記事がバズれば、その何倍にもなってアクセスが返ってくるからです。Yahoo!ニュースの政治関連の記事に、ネトウヨと親和性が高い産経新聞の記事が多いのも、それゆえでしょう。

Yahoo!ニュースは、いつまでこのようなコメント欄を放置しつづけるつもりなのでしょうか。記事を書いた記者たちに対してこれほどの侮辱はないでしょう。それは、ジャーナリズムに対する侮辱でもあります。私は、新聞やテレビがYahoo!への配信をやめればいいのに、とさえ思います。前も書きましたが、Yahoo!ニュースの編集者には、新聞社からの転職組も多いのですが、ジャーナリズムをどのように考えているのか、彼らに問いただしたい気がします。

『サイゾー』の今月号(5月号)に掲載されていたウェブ編集者と雑誌編集者の匿名座談会によれば、同じYahoo!JAPAN系列のニュースサイト・BUZZFeed(Japan)は、高給をエサに新聞社などから若手の記者を引き抜いている一方で、社員の流出も止まらないそうです。たしかに、BUZZFeedを見ると、ニュースサイトを謳いながら、まるでテレビのワイドショーみたいに、YouTubeやInstagramなどから拾ってきた動画や写真を面白おかしく紹介したり、コンビニのコスメが「神」だとか、どこどこのお菓子が「無敵」だとか、そんな記事ばかりが目に付きます。また、犬猫の動画や身近な素材をテーマにしたクイズや性格診断は、もはや定番になっています。そうやってなりふり構わずアクセスを稼ぐことを強いられているのかもしれません。

先日も、ソフトバンクの939億円の所得逃れ(申告漏れ)のニュースがありましたが、たしかに”ネットの守銭奴”のもとでニュースサイトを運営する苦労もわからないでもありません。しかし、だからといって、ネトウヨやカルト宗教の信者に魂を売ってどうするんだと言いたいのです。そうやってニュースを台無しにしているという認識はないのかと思います。

これも既出ですが、藤代裕之氏も、『ネットメディア覇権戦争』のなかで、コメント欄にいくら問題があっても、Yahoo!は閉鎖する気なんてなく、「理由は単純で、コメント欄がアクセスを稼いでいるから」だと書いていました。

再度、同書のなかから、Yahoo!ニュースに対する、まさに箴言と言うべき藤代氏の批判を引用しておきます。

言論に責任を持たず、社会を惑わす企業は、ニセモノのメディアに過ぎない。


 組織的にリスクを回避する仕組みがなく、体制も整わない中で、新聞記者に憧れたトップがいくら旗を振っても、ニセモノのジャーナリズムは本物にならない。



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2018.04.21 Sat l ネット l top ▲
出川哲郎のCMでおなじみの仮想通貨取引所コインチェックにおいて、顧客から預かっていた580億円相当の仮想通貨NEMが流出した事件で、真っ先に思い浮かべたのは、先日、朝日新聞に載っていた下記の岩井克人氏のインタビュー記事です。すべては、この記事に尽きるように思います。

朝日新聞デジタル
(インタビュー)デジタル通貨の行方 経済学者・岩井克人さん

そもそも「通貨」という呼び方が間違っていると言った人がいましたが、仮想通貨(デジタル通貨)は、あくまで貨幣という幻想、貨幣になるであろうという幻想で成り立っているものにすぎないのです。

しかし、岩井氏は、投機の対象になった仮想通貨は、貨幣になるためには「過剰な価値」を持ちすぎたと言います。

 「(略)あるモノが貨幣として使われるのは、それ自体にモノとしての価値があるからではありません。だれもが『他人も貨幣として受け取ってくれる』と予想するからだれもが受け取る、という予想の自己循環論法によるものです。実際、もしモノとしての価値が貨幣としての価値を上回れば、それをモノとして使うために手放そうとしませんから、貨幣としては流通しなくなります」


貨幣は、価値が安定していることが大前提なのです。それが「だれもが『他人も貨幣として受け取ってくれる』」という安心(信用)につながるのです。

――一方、使える店やサービスは増えており、日本も資金決済法を改正して通貨に準ずる扱いにしました。この動きのギャップは、どう考えればよいですか。

 「値上がりしているので事業者が受け入れを始める一方、人々は値上がり益を期待して貨幣としてはあまり使わない、という矛盾が起きています。もちろん、価値が下がると思い始めたら人々は急いで貨幣として使おうとするでしょうが、その時、事業者は受け入れを続ければ損をするので、受け入れをやめるはずです。ただ、投機家はこうした動きのタイムラグを見越し、だれかがババをつかんでくれると思って投機をしているのかもしれない。現実に多少なりとも支払い手段として使われている以上、対応した法整備は必要ですが、それが貨幣になることを保証しているわけではありません」


仮想通貨が投機のババ抜きゲームの対象になるのは必然かもしれません。しかも、百歩譲って投機=投資の対象として見ても、インサイダー取引きやノミ行為がやりたい放題の”仮想通貨市場”は、最低限のマネーゲームの体も成してないとさえ言えるのです。

また、デジタル技術で支えられた「匿名性」や「自由放任主義」が、ジョージ・オーウェルが描いた超管理社会と紙一重だというのは、慧眼と言うべきでしょう。

コインチェックの社長も20代ですが、流出の報道を受けて、渋谷のコインチェックの本社に押しかけてきた顧客も、ネットで不労所得を得ようとする若者たちが大半でした。

ネットには、「できれば汗を流して働きたくない」と思っている人間が、働かなくても金儲けができるような幻想を抱く(抱かせる)一面があります。そういった情弱な人間たちに幻想を抱かせて金儲けをする仕掛けがあるのです。しかし、そこにあるのは、金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間のほうが儲かる(山本一郎)身も蓋もない現実です。

金を掘る道具を売る人間は、宝探しの犬のように、「ここに金があるぞ」「早く掘らないと他人に先を越されるぞ」とワンワン吠えて煽るのです。ネットで一攫千金を夢見る人間たちは、所詮「煽られる人」にすぎないのです。
2018.01.28 Sun l ネット l top ▲
座間のアパートで9人の遺体が発見された事件。身の毛がよだつとは、こういうことを言うのでしょう。

当初は、容疑者が自殺サイトを利用して、自殺志願の女性を物色していたと伝えられていましたが、実際に利用していたのは、ツイッターなどSNSのハッシュタグだったそうです。ハッシュタグで「死にたい」と呟いている女性を見つけ、コンタクトを取っていたのです。

容疑者は、実家のある座間に帰る前は、歌舞伎町で風俗関係のスカウトマンをしていたことがわかっています。ただ、今どきのスカウトマンは、路上で声をかけるだけでなく、SNSでわけありの女性を見つけて、風俗店に紹介することもあるのだとか。つまり、ネットで女性を物色するのはお手のものだったのです。

誰しも一度や二度は「死にたい」と思ったことはあるでしょう。「死にたい」と思うことほど孤独な心はありません。「死にたい」と思う心は、本来人に吐露するようなものではないはずです。だから、カウンセラーは、人に相談しなさい、話せば心が楽になりますよ、とアドバイスするのです。

SNSで「死にたい」と呟くのは、もしかしたら「死にたい」のではなく、「死にたくない」からかもしれません。カウンセラーが言うように、誰かに話して心が楽になりたかったのかもしれません。

若者事情に詳しい(と自称する)評論家が、今の若者たちにとって、リアルな日常とネットは別のものではなく、地続きでつながっているのです、と言ってましたが、たしかに今の若者たちは生まれたときからネットが身近にあるのです。ネットに無防備になるのも当然かもしれません。

しかし、街で声をかけてきたら、あんなに短期間のうちに「親しく」なれるでしょうか。お互いを理解し信頼を得るまでには、膨大な時間と労力を要するはずです。でも、ネットだとあっさりその壁を乗り越えてしまうのです。そして、今回のように、「死にたくない」気持を逆手に取られて、みずから死を招いてしまうことにもなるのです。

私は、風俗で働く(容疑者のようなスカウトマンによって風俗に沈められる)女性と「死にたい」と呟く女性には、共通点があるように思えてなりません。そのひとつがメンヘラです。容疑者もそれがよくわかっていたのではないでしょうか。”現代の女衒”にとって、ことば巧みに誠実さや優しさを装い、メンヘラ傾向のある女性の心のなかに入り込み、女性を手玉に取ることなど、赤子の手をひねるくらいたやすいことだったのでしょう。また、そういった女性たちは家族やまわりの人間たちとの関係も希薄で、社会的にも精神的にも孤立しているということも知り尽くしていたのかもしれません。

ネットにあふれるお手軽にデフォルメされた「人間観」や「死生観」。そんなものは嘘っぱちだよと言っても、リアルとバーチャルの境目もない今時の若者には所詮、馬の耳に念仏なのかもしれません。

殺害方法にしても、あきらかに狂気を感じますが、しかし、報道ではその狂気が見えてこないのです。切り刻まれた内臓や身体の部位がゴミとして回収されたというのも、俄に信じがたい話です。背後に臓器売買の闇の組織があるのではないかという陰謀論が出てくるくらい、理解しがたいものがあります。

ネットには、自己肯定の無限ループとも言うべき側面もあります。「克己のない世界」(中川淳一郎氏)であるネットでは、夜郎自大な自分が肥大化するだけです。相模原の事件の”優生思想”もそうですが、”ネットの時代”は、私たちが知らないところで、とんでもない(狂気を内に秘めた)モンスターを生み出しているのかもしれません。でも、もう後戻りはできないのです。


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『女性たちの貧困』
2017.11.05 Sun l ネット l top ▲
先月発売された丹野未雪の『あたらしい無職』(タバブックス)という本を読みたいと思い、新横浜の三省堂や新宿の紀伊国屋や池袋の三省堂やジュンク堂などをまわったのですが、小出版社の本だからなのか、どこにも在庫がありませんでした。

同書には電子書籍もありますが、私は、新刊本はできるなら紙の本で読みたいと思っている古いタイプの人間なので、今度はネットで購入しようと、通販サイトをチェックしました。

仕事の関係で、Tポイントが結構貯まるため、まずTポイントが使えるヤフーショッピングで検索してみました。しかし、ヤフーショッピングに出店している店も、いづれも在庫はなく、取り寄せるのに1週間から10日かかると表示されました。

つぎに、ジュンク堂と丸善と文教堂が共同で立ち上げたhontoという通販サイトにアクセスしてみました。在庫はあったのですが、お急ぎ便は送料が260円か350円かかります。

結局、プライム会員になっているアマゾンで注文しました。プライム会員だと送料無料の上、当日便で届きます。しかも、アマゾンでは、同書が「残り11点」となっていました。

最初からアマゾンにすればよかったと思いました。アマゾンは、当日便など宅配業者への負担が問題となっていますが、しかし、ユーザ-の立場からすると、掛け値なしに便利なのです。文字通り、アマゾン最強なのです。

当日便や時間指定の問題では、ユーザーも便利さだけを求めるのではなく、その裏にある労働問題などへも目を向けるべきだという声がありますが、しかし、それは資本主義社会において、ないものねだりの意見のように思えてなりません。

クロネコヤマトや佐川急便が”強気な”背景には、彼らが業界で圧倒的なシェアを占めているからにほかなりません。通販では如何にも赤字だみたいな話がありますが、しかし、巨額な利益を得ている独占企業であることには代わりがないのです。労働問題にしても、サービス残業で摘発されたことからもわかるように、アマゾン云々よりクロネコヤマトのブラックな体質こそが問題なのです。アマゾンのせいにするのは本末転倒です。人手不足なら、人材が集まるように労働条件を改善すればいいだけの話です。彼らは、莫大な内部留保をもたらす利潤率をそのままにして、人手不足を嘆いているにすぎないのです。

ここにも資本のウソ、ご都合主義が表れているように思えてなりません。的場昭弘氏が『「革命」再考』で書いていた、「資本は儲けるときはコスモポリタンで博愛的」だけど、「儲からなくなると、途端に国家にすがり国家主義的」になるのと同じです。

以前から言われていたことですが、アマゾンや楽天は、いづれ自前の宅配ネットワークをもつようになるでしょう。その動きは今後益々加速されるでしょう。そして、やがてアマゾンや楽天が、ヤマトや佐川のライバルになるのだろうと思います。

資本主義社会において、競争は当然で、それは決して悪いことではないのです。ヤマトや佐川の“殿様商売”のほうが不健全なのです。

そもそも翌日配達や時間指定など、今のような個人向けのサービスをはじめたのは、ほかならぬクロネコヤマトなのです。ところが、今度はそのサービスを値上げの口実にしているのです。ヤマトのやり方は、無料で顧客を囲い、シェアを占めると一転有料化して利益を回収する、ヤフーなどネット企業の手口とよく似ています。

若い頃に読んだ『都市の論理』という本で、著者の羽仁五郎が、公社・公団などは資本主義に社会主義的な要素を持ち込もうとする発想で、資本主義の良いところと社会主義の良いところを合体させようと思っているのかもしれないけど、それは両方の悪い面が出るだけだ、と書いていたのを思い出します。資本主義社会において、競争原理を否定するような論理こそ反動だということを、ゆめゆめ忘れてはならないでしょう。


2017.08.19 Sat l ネット l top ▲
(ヤフー系列の)BuzzFeedに、Yahoo!ニュースがヤフコメについてアンケートを実施したという記事がありました。

BuzzFeed News
「ヘイトの温床」の厳しい声も ヤフコメに期待することは?ユーザーから意見募る

私も何度も書いていますが、ヤフコメが「ヘイトの温床」であることは、もはや誰もが認める事実でしょう。Yahoo!ニュースがやっと(!)重い腰を上げようとしているという声がありますが、しかし、今までのヤフーの対応を見ていると、それも甘い見方のような気がします。

これほど厳しい指摘があるにもかかわらず、どうしてヤフーはコメント欄を閉鎖しないのか。その理由は、以前に紹介した藤代裕之氏の『ネットメディア覇権戦争』のつぎの一文に集約されています。

 ヤフーは、メディアとプラットフォームの部分をうまく使い分けてきた。
 差別発言や誹謗中傷が溢れ、ヤフー自身も極端なレッテル貼りや、差別意識を助長するような投稿があったと認めているニュースのコメント欄も同様だ。このコメント欄はプラットフォーム部分とされ、プロ責対応となる。つまり、事後対応でよいため、無秩序な状態が放置されてしまうのだ。
 ヤフーは、専門チームが24時間365日体制でパトロールを行い、悪質なコメントをするユーザーのアカウント停止措置、不適切コメントの削除といった対応を行っているというが、コメント欄を閉鎖する気はないようだ。理由は単純で、コメント欄がアクセス数を稼いているからだ。
(藤代裕之『ネットメディア覇権戦争』・光文社新書)


ニュースをマネタイズするためには、バズるのがいちばん手っ取り早い方法です。謂わば故意に「炎上させる」のです。そうやって倍々ゲームでアクセスを稼ぐのです。そのためには、ヘイトコメントはなくてはならないものです。

通常のニュースメディアのように、編集権が確立していないYahoo!ニュースにとって、ニュースも所詮はアクセスを稼ぎマネタイズするためのアイテムにすぎないのでしょう。Yahoo!ニュースの編集者たちに、ジャーナリストとしての自覚や矜持は必要ないのです。むしろそんなものは邪魔なのでしょう。それが、Yahoo!ニュースがニュースサイトというより、どちらかと言えばまとめサイトに近い存在だと言われる所以です。

Yahoo!ニュースが2年前に行った調査によれば、コメント欄を利用しているのは80%以上が男性で、そのうち30~50代の男性が50%を占め、なかでも40代が突出して多いのだそうです。

不惑の年のいい年こいたおっさんたちが毎日飽くことなくあんな低レベルなコメントを投稿している姿を想像すると、なんだかおぞましささえ覚えますが、彼らは一体どんな人間たちなのか、普通のサラリーマンなのか、そのあたりの属性がいまひとつはっきりしません。

排外主義的な主張をしているカルト宗教の信者たちが、コメント欄に常駐しているという話があります。また、自民党が組織した自民党サポーターズクラブの存在を指摘する人もいます。ネトウヨには、そういった紐付きの人間たちが多いのも事実でしょう。

しかし、Yahoo!ニュースには、コメント欄が特定の人間たちに占領される懸念などまったく頭にないかのようです。Yahoo!ニュースがカルト宗教の信者たちの書き込みを利用しているとしたら、Yahoo!ニュースと統一教会で集団結婚した日本人花嫁を「世界ナゼそこに?日本人」で紹介するテレビ東京は、同じ穴のムジナと言うべきかもしれません。

BuzzFeedの記事では、下記のツイートが紹介されていましたが、こういうまともな声がもっと広がるべきでしょう。



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2017.06.23 Fri l ネット l top ▲
前に紹介した『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)で、著者の藤代裕之氏はつぎのように書いていました。

 歴史作家の半藤一利と保坂正康は、『そして、メディアは日本を戦争に導いた』で、戦争が売り上げを伸ばすことをジャーナリズムは学んだと指摘している。満州事変、日中戦争、太平洋戦争の間、朝日新聞の部数は150万部から350万部に倍増、毎日新聞も250万部から350万部に増加した。ネットニュースのメディアにとっては、猫コンテンツや炎上、偽ニュースはアクセスを稼げる。かつての新聞にとっての戦争のようなものだ。新聞も戦争報道では多くの虚報や誇張を繰り返していた。


もちろん、これは、今の北朝鮮情勢をめぐる「明日は戦争」キャンペーンの前に書かれたものです。

たまたま先日、『噂の真相』の匿名コラム「撃」の1992年から2004年までの分をまとめた『「非国民」手帖』(情報センター出版局)を読み返していたら、つぎのような文章が目にとまりました。

 《平和と民主主義》という理念が強固に確立された現在、《戦争》という名辞が忌避されているだけで、真剣に考えることは逆に抑圧されている。
 そしてその一方では、北朝鮮核疑惑を契機として、《戦争》への扇動が確実に隆起している。《国土防衛》や《世界秩序維持》や《邦人救出》のために、と。これこそが十五年戦争へと導かれたセリフではないか。
(94年8月号/歪)


1994年と言えば、自社さ連立の村山内閣が誕生した年です。同時に、日本社会党は、国旗・国歌、自衛隊、日米安保等で基本方針の大転換を行い、自滅への道を歩みはじめたのでした。

23年前も今と同じようなキャンペーンが繰り広げられていたのです。

私などは、挑発しているのはむしろトランプ政権のほうではないか、ホントに危険なのは金正恩よりトランプのほうではないか、と思ってしまいますが、そんなことを口に出して言おうものなら、それこそ「非国民」扱いされかねないような空気です。

キャンペーンを仕掛ける側にとって、北朝鮮はまさに格好のネタと言えるでしょう。北朝鮮は、国交がないため、言いたい放題のことが言える好都合な相手です。それに、(見え見えの)瀬戸際外交を行う北朝鮮は、「ソウル(東京)を火の海にする」「全面核戦争も辞さない」などと感情をむき出して大言壮語する、謂わば「キャラが立つ」国なので、「明日は戦争」を煽るには格好の相手でもあるのです。

なかでも、Yahoo!ニュースなどネットニュースとテレビのワイドショーの悪ノリぶりには、目にあまるものがあります。

今やネットニュースにとって、「猫コンテンツ」などより、「明日は戦争」キャンペーンのほうが手っ取り早くアクセスを稼げるコンテンツなのでしょう。と言うか、「明日は戦争」キャンペーンそのものが、究極の「偽ニュース」と言ってもいいのかも知れません。

ご多分に漏れず部数減に歯止めがかからず、早晩政敵の「赤旗」に部数を抜かれるのではないかと言われている産経新聞は、最近ますますネトウヨ化に拍車がかかっていますが、アクセスを稼ぐために、そんな産経のフェイクな記事を使って戦争を煽っているYahoo!ニュースを見るにつけ、私は、藤代氏のつぎのような指摘を思い出さざるをえません。

 私は多くのヤフー社員を知っている。真面目でいい人が多いが、事件記者として汚職事件や暴力団などを取材したり、調査報道チームの一員として政治家や企業の問題を暴いたり、といったリスクの高い取材を行い、ジャーナリズムとしての経験を積んだ人は少ない。
 記者というのは剣豪に似ている。剣道などで強くなると、竹刀を交える前から相手の身のこなしなどで強さが分かるという。記者同士でも、ニュースなどについて話をしていると、ニュースの切り口、事実性への評価、取材すべきポイントなどで、実力を測ることができる。剣豪が負ける相手とは立ち会わない冷静さを持つように、できる記者ほど冷静で、多くを語らない。経験が乏しい素人ほど、実力を過信する。私がヤフーで「できる」と感じた人は、ごく一握りしかいない。
(『ネットメディア覇権戦争』)


これが「ヤフーにはジャーナリズムの素人しかいない」と言われる所以ですが、僭越ながら私も以前、このブログで、Yahoo!ニュースについて、つぎのように書いたことがありました。

Yahoo!ニュースに決定的に欠けているのは、野党精神(=「公権力の監視」)であり、弱者に向けるまなざし(=「弱者への配慮」)です。でも一方で、それはないものねだりなのかもしれないと思うこともあります。なぜなら、ウェブニュースの「価値基準」は、「公権力の監視」や「弱者への配慮」にはないからです。ウェブニュースの「価値基準」は、まずページビューなのです。どれだけ見られているかなのです。それによってニュースの「価値」が決まるのです。それは、ウェブニュースの”宿命”とも言うべきものです。
『ウェブニュース 一億総バカ時代』


先の戦争の前夜、メディはどのように戦争を煽ったのか。あるいは、ヒットラーが政権を取る過程で、メディアがどのような役割を果たしたのか。どうやって全体主義への道が掃き清められていったのか。私たちは、それをもっと知る必要があるでしょう。


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『ネットメディア覇権戦争』
2017.04.27 Thu l ネット l top ▲
ネットメディア覇権戦争


先日、DeNAのキューレーションサイト(まとめサイト)の無断転載等の問題に関連して、同社が設置した第三者委員会の報告書が発表されました。

内容については、下記の記事が詳しく伝えていました。

INTERNET Watch
DeNA、創業者の南場智子氏が代表取締役に復帰、キュレーションメディア事業の第三者委員会報告書を受けガバナンス強化

背景にあるのは、PV至上主義です。ネットのコンテンツの多くは、基本的に無料ですので、ネットでお金を稼ぐには広告が主体になります。そのためには、どれだけ多くのアクセスを稼ぐかがなにより重要なのです。そして、アクセスを稼ぐためには、記事の量産やSEO対策が必須です。それが今回のように、コンプライアンスが二の次になった要因でしょう。

こういったネットのしくみを作ったのは、Googleです。今でこそGoogleは、「品質に関するガイドライン」なるものを設けて、コンテンツの質を重視するようなことを言ってますが、しかし、アドワーズやアドセンスの課金に対する(唯一の)指標が、クリック数であることには変わりがありません。ネットでお金を稼ぐには、PVを無視することはできないのです。

DeNAも、キューレーションサイトから撤退するとは言ってませんので、これからは今までのような粗雑で露骨なPV至上主義ではない、もっと巧妙なPV至上主義を模索することになるのでしょう。

もちろん、それは、ネットニュースも同じです。

藤代裕之氏は、近著『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)で、「ネットの話題がマスメディアの恰好のネタ元」になっていることが、今のような偽ニュースの拡散につながっていると書いていました。それこそが、大塚英志氏が言う「旧メディアのネット世論への迎合」ということでしょう。

そして、そのなかで大きな役割を果たしたのが、Yahoo!ニュースやJカス(J-CASTニュース)などのミドルメディアだと言います。

 ネットをネタ元にしたニュースが溢れる現状は、ソーシャルメディアとマスメディアの関係を追い続けてきた私の立場からすると、驚きである。
 約10年前、ブログやSNSが拡大していた時期に、既存メディアは、ネット上にはコンテンツのコピーが溢れており、著作権法違反でるという批判や、何の社会的価値もない便所の落書きといった、ネットを蔑む発言を繰り返していたからだ。
 だが、人々の発言が増えるにつれて、情報はネットからマスメディアへと「逆流」するようになった。YouTubeに投稿されて国際問題にまで発展した尖閣諸島の海上保安庁動画流出や、東日本大震災の津波や被災動画を経て、ソーシャルメディアのコンテンツはニュースへと位置付けられていく。
(略)
 従来、マスメディアから流れていたニュースは、ミドルメディアの登場で、人々からマスメディアへと「逆流」することになった。そしてこの構造は、ネットの世論らしきものを生み出している。


しかし、炎上に参加している「ネット民」は、ネットユーザーのわずか0.5%にすぎず(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター山口真一研究員『ネット炎上の研究』)、ネトウヨと呼ばれる「ネット民」の比率は、ネット利用者の1%を下回る(大阪大学大学院・辻大介準教授『インターネットにおける「右傾化」現象に関する実証研究』)という調査があります。これが「ネット民大勝利」「ネットで話題」の実態なのです。

 本来マスメディアは、ネットに出回る情報を検証して、それを伝える役割があるが、ネットの情報に振り回されているのが現実だ。
 ネットで小さな波紋を起こして、、それによってミドルメディアが騒ぎ、マスメディアを動かしていく手法は、世界に広がっている。トランプ現象、そしてイギリスのEU離脱(Brexit)も同じだ。権力者や著名人の過激な発言は、アクセス数を稼ぐ格好のネタだ。ネットとマスメディアの共振で広く流布されるようになっている。


「そして、このような炎上の構造を、何らかの意図を持った国、企業、ユーザーが、利用したらどうか」(どうなるか)と警鐘を鳴らすのですが、実際にヤフーは、Yahoo!ニュースを利用して、自社の事業のために世論誘導を行ったり、ライバル会社の商品に対するネガキャンを行った「前科」があるそうです。

さらに藤代氏は、ミドルメディアの姿勢をつぎのように批判します。

 多くの人は、まさか自分たちが見ているニュースが、ここまで汚染されたり、偏ったりしているとは思わないだろう。人々のニュースへの信頼を利用して、プラットフォーム企業が巨額の利益を上げている。(略)「人々が発信する情報を掲載しているだけ、後は各自の判断で」というプラットフォーム企業の常識は、もはや通用しない。


藤代氏は、取材を受けるのにメディアを選別するヤフーの宮坂社長を、「取材に対してウソをつくトップがいるような組織に、信頼と品質など担保できるわけがない」と批判したところ、逆に「ネット民」から批判を浴び炎上したそうです。ただ、その際、ニュースサイトや広告代理店の関係者から、「ヤフーにはジャーナリズムの素人しかいない。ニュースの判断などできるはずがない」「これまでも何かと条件をつけて配信料を値下げしてきた。発信者支援などごまかしに過ぎない」「ヤフーが考える方針に従わないと、嫌がらせをされた」「社内の数字が達成できないからと、営業努力を求められた」などという声が、藤代氏のもとに寄せられたそうです。

そもそもYahoo!ニュースには、「編集権(編集の独立)」というニュースメディアとしての最低限のシステムも考え方も存在してないのです。Yahoo!ニュースがピューリッツァー賞を目指す(宮坂社長のことば)なんて、片腹痛いと言わねばなりません。Yahoo!ニュースにとって、ニュースは所詮、マネタイズする対象でしかないのです。

その典型がコメント欄でしょう。

 差別発言や誹謗中傷が溢れ、ヤフー自身も極端なレッテル貼りや、差別意識を助長させるような投稿があったと認めているニュースのコメント欄(略)。このコメント欄はプラットフォーム部分とされ、プロ責(引用者注:プロバイダ責任制限法)対応となる。つまり、事後対応でよいため、無秩序な状態が放置されてしまうのだ。


ヤフーは、とかく問題の多いコメント欄に対しても、「メディアとプラットフォームの部分をうまく使い分け」責任回避をしてきたのです。もちろん、いくら問題があっても、コメント欄を閉鎖する気なんてないそうです。「理由は単純で、コメント欄がアクセスを稼いでいるから」です。つまり、バイラル効果でお金を生むからです。Yahoo!ニュースの政治関連の記事に、ネトウヨと親和性が高い産経新聞の記事が目立つのも、故なきことではないのです。

こう考えてくると、藤代氏のつぎのようなヤフーに対する批判は、的を射ていると言えるでしょう。

 言論に責任を持たず、社会を惑わす企業は、ニセモノのメディアに過ぎない。


 組織的にリスクを回避する仕組みがなく、体制も整わない中で、新聞記者に憧れたトップがいくら旗を振っても、ニセモノのジャーナリズムは本物にならない。



関連記事:
Yahoo!ニュースの罪
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
私刑の夏
2017.03.22 Wed l ネット l top ▲
キュレーションサイト、いわゆるまとめサイトの問題は、DeNAのWELQに端を発し、サイバーエージェントのSpotlightやby.S、DMMのはちま起稿などへと、さらに問題は拡大しています。また、個人向けのNAVERまとめにプラットフォームを提供しているLINEにも批判が集まっています。

まとめサイトの問題は、著作権侵害の無断転載だけではありません。ステマや煽りやデマの拡散など、なんでもありのモラルなき姿勢が問われているのです。言うまでもなく、それは、まとめサイトがニュースや情報をマネタイズするための手段と化しているからです。ありていに言えば、まとめサイトというのは、広告を売るための「メディア」にすぎないのです。

民放のテレビニュースにも、当然ながら広告主がいます。ただ、テレビニュースなどは、営業(広告)と報道(編集)は分離しているのが建前です。それが編集権と呼ばれるものです。編集権の独立は、ニュースメディアの前提であり生命線なのです。しかし、ネットでは違います。そもそも通常言われるような編集権など存在しないのです。

広告枠を少しでも高く売るためには、より多くのアクセスを集めなければなりません。そのため、Yahoo!ニュースやJ-CASTニュースなどのように、煽りやデマの拡散が日常的におこなわれるようになるのです。

とりわけ、芸能ニュースや中国・韓国関連の海外ニュースなどは、煽りやデマのオンパレードです。芸能ニュースや海外ニュースのアクセスランキングは、その手のまとめ記事ばかりと言っても過言ではありません。

テレビ番組での出演者の発言を体よくまとめて記事にするライターを「コピペライター」と呼ぶそうですが、そういった「コピペライター」は、DeNAなどがやっていたように、ランサーズやクラウドワークスのようなクラウドソーシング会社から調達されるそうです。

DeNAの場合、ライターが千人くらい登録されていて(報酬は一字1円から0.5円だと言われていますが)、多くはフリーターや学生や主婦のアルバイトだそうです。彼らにライターとしてのモラルを要求するのはどだい無理な話でしょう。

さらに深刻なのは、オリジナルの記事をコピペして別の記事を作成する文章ソフトが、既に存在していることです。テーマやプロットを設定すれば、自動的に小説を書いてくれる小説作成ソフトがありますが、おそらくそれと似たようなソフトなのでしょう。そうやって量産されたコピペ記事がネットメディアを埋め、情報の真贋が検証されないまま、SNSなどを通して拡散され、マネタイズされていくのです。

一方、まとめサイトが猖獗を極めている背景に、Googleの検索の問題があることを多くの人が指摘しています。要するに、Googleの検索がいかがわしい(邪悪だ)からです。まとめサイトは、Googleの検索のいかがわしさを利用していると言えなくもないのです。しかも、Googleのシェアは、PCでは90%以上です。Googleの検索さえ逆手に取れば、多くのアクセスを集めることができるのです。

ネット通販も、当初は個人サイトばかりでした。しかし、やがてメーカーや問屋などが、個人サイトをパクって参入してきたのでした。そして、今や個人サイトは圏外に追いやられ、検索の上位は企業サイトや楽天やアマゾンなどショッピングモールのページで独占されています。それは、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」など”オーソリティサイト”を優遇するというGoogleのアルゴリズムがあるからです。

まとめサイトも同じです。最初は少額なアフィリ目当ての個人サイトが主でした。しかし、やがて、企業が参入することで、広告も数億円規模にまで拡大し、今回のような問題が生まれたのです。

Googleの独占体制がつづく限り、こういった問題はこれからもどんどん出てくるでしょう。まとめサイトを批判している既存メディアにしても、建前はともかく、利益率90%以上と言われる、濡れ手で粟のおいしいビジネスに食指が動かないわけがないのです。実際に、参入を虎視眈々と狙っている既存メディアの話も出ています。そのうちキュレーションサイトの主体は、新興の(ぽっと出の)ネット企業から老舗の既存メディアにとって代わられるのかもしれません。今回の問題も、そういったネットのリアル社会化・秩序化・権威化の過程で出てきたと言えなくもないのです。まるでGoogleの邪悪な検索に群がる蛆蝿のようですが、これがネットの現実なのです。
2016.12.28 Wed l ネット l top ▲
今日、Amazonの定額読み放題サービス「Kindle Unlimited」に関して、下記のようなニュースがありました。

Yahoo!ニュース
講談社、Amazonへ強く抗議 「Kindle Unlimited」から説明なく全作品消され「憤っております」

私は「Kindle Unlimited」を利用してないので、今ひとつわからないのですが、おそらく講談社が配信していたのはコミックなのでしょう。それで、定額の読み放題にしたら、アクセスが殺到して、講談社に支払うロイヤリティがかさ張り採算がとれなくなったので、ランキング上位の作品を削除したのではないでしょうか。さらに、講談社の抗議で、ほかの作品もすべて削除されたのでしょう。

これこそ、AmazonやGoogleなどにありがちなアロガントな姿勢と言えます。AmazonやGoogleがこういった姿勢を取る(取ることができる)のも、EUなどと違って、日本の公正取引委員会がまったく動かず、AmazonやGoogleの寡占を野放しにしているからです。

Googleの検索などはその最たるものです。Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジンを採用したのは、今から6年前の2010年7月からですが、それによって、PC検索におけるGoogleのシェアは90%以上になったのでした。これは、誰が見ても健全な状況とは言えないでしょう。しかも、Googleは広告会社なのです。圧倒的なシェアを背景に、検索と広告を連動させることで莫大な利益を得ているのです。

私のサイトは、今年の1月にメインのキーワードで圏外に飛ばされました。それまで10数年トップページにいたのですが、突然、圏外に飛ばされたのでした。理由はまったくわかりません。サイトになにか手を加えたわけではありません。

「SEOに詳しいと称する人間」に言わせれば、アルゴリズムが変わったからだと言うのですが、そうであれば順位が下落するだけでしょう。6位が15位とか30位とか100位とかになったというのなら理解できます。それがどうして、検索にひっかからないような圏外に飛ばされるのか。

Googleには、「Search Console」というサイトオーナーに向けたサイトがあり、そこに登録すれば、ペナルティなどを与えられた場合、修正箇所が指摘され、それを修正して再審査をリクエストするというシステムがあります。一見、Googleお得意の民主的なシステムのように思いますが、しかし、それはあくまで表向きのポーズにすぎません。実は、「Search Console」で指摘されないペナルティというのがあるのです。私のサイトの場合も、「Search Console」ではなにも指摘されていません。

「SEOに詳しいと称する人間」に言わせれば、「Search Console」に指摘されないペナルティは、Googleに「悪質」と判断されたペナルティだそうです。そんなバカなと思います。10数年、むしろ優遇されていたサイトが、なにも手を加えてないにもかかわらず、ある日突然、圏外に飛ばされたのです。どこが「悪質」なのでしょうか。

そう言うと、「SEOに詳しいと称する人間」はハグかもしれないと言うのです。でも、1年近くハグのままだというのも、とても常識では考えられません。

もっとも、突然、圏外に飛ばされたのは自サイトだけではありません。同じ業種で競合していたサイトも、過去に圏外に飛ばされた例がいくつもあります。それどころか、10年くらい前からネット通販をやっていた同業サイトのなかで、圏外に飛ばされずに残っていたのは、自サイトくらいでした。

私は、「SEOに詳しいと称する人間」たちが言う、“SEOの法則”も、(それが正しいと仮定すれば)逆にGoogleの”難癖”のようにしか思えないのです。

たとえば、「重複コンテンツ」がその典型です。通販サイトでは、「拡大画像」や「ランキング」や「おすすめ」や「カテゴリー別」など、どうしてもGoogleの言う「重複コンテンツ」が発生します。それがペナルティの対象と言われたのでは、ネット通販が成り立たないほどです。まして、通常、オーナーたちは、通販サイトを運営する上で、「重複コンテンツ」なんてほとんど意識してないでしょう。「重複コンテンツ」に「悪意」なんてあろうはずもないのです。

私は、先日、自サイトにあたらしいページを作成しました。そして、レスポンシブ・ウェブデザインになるようにviewportを設定した上で、Googleの「モバイルフレンドーテスト」でチェックしてみました。ところが、「モバイルフレンドリーではありません」という“不合格”の評価が下されたのです。「テキストが小さすぎて読めません」とか「リンク同士が近すぎます」とかいった改善箇所が指摘されていました。

しかし、自分のスマホで表示してみると、スマホの画面にすっぽりおさまっており、別に支障があるわけではないのです。文字やリンクが、小さすぎるとか近すぎると言われても、スマホの画面ではそれは当たり前です。スマホの小さな画面では、いづれにしても拡大しなければならないのです。モバイルフレンドリーが言う適正サイズなんて、なんの意味があるんだろうと思いました。

むしろ、Googleの検索結果を見ると、Googleが言うモバイルフレンドリーなんてただの気休めでしかないことを痛感させられます。その証拠に、上位はGoogleに広告を出しているサイトで占められています。しかも、同じサイトの違うページが複数表示されている例も多くあります。それこそ「重複コンテンツ」と言うべきでしょう。

それどころか、モバイルフレンドリーに対応してないサイトが上位に表示されているケースさえあります。しかも、そのサイトは、モバイルフレンドリー未対応にもかかわず、PC表示よりモバイル表示のほうが順位が上なのです。

素人のオーナーにとって、Googleが要求するモバイルフレンドリーに対応するには、技術的にもハードルは高く、専門の業者に頼まなければ、普通は無理でしょう。そうやって高いハードルの対応を要求しながら、実際の検索はまったく別の基準でおこなわれているのです。これでは、口コミサイトを謳いながら、評価のスコアはユーザーのスコアと違うものを使っていた食べログと同じです。アルゴリズムなんていくらでも操作ができるのです。

モバイルフレンドリーは、言うまでもなくGoogle独自の基準で、きわめて恣意的なものです。今やネットにおける検索は、公共なものと言っていいでしょう。公共のものである検索が、一(いち)広告会社の利益のために使われており、そのために検索のルールが都合のいいように捻じ曲げられているのです。理不尽なペナルティで多くのサイトが検索エンジンから消えている一方で、同一サイトのページが重複して上位に表示されている矛盾が、なによりその”不都合な真実”を示していると言えるでしょう。

キーワードのマッチングにしても、以前に比べてトンチンカンな事例が多くなっています。たとえば、「パン」というキーワードでも(便宜上、「パン」の例を出しているだけで、実際の「パン」の検索とは関係ありません)、店名にたまたま「パン」という文字が入っているだけで、食べ物のパンとはまったく関係のないサイトが上位に表示されていたりするのです。

別にBingの肩をもつわけではありませんが、Bingにそういった例はあまりありません。また、同一サイトのページが重複して表示される例も、Googleに比べてきわめて少ないように思います。それになにより、Googleで圏外に飛ばされたサイトも、Bingではちゃんと表示されています。

昔は、むしろ逆でした。MicrosoftのMSNに比べて、Googleのほうが優秀であるのは誰の目にもあきらかでした。それで、Googleはユーザーの圧倒的な支持により急成長したのです。当時、Googleが今のように邪悪になるなんて誰が想像したでしょうか。

今のGoogleの寡占状態は、どう考えても健全とは言えません。日本のネットの健全化のためにも、寡占状態は解消すべきでしょう。聞けば、Yahoo!JapanとGoogleの契約は二年ごとの更新のようです。素人の浅知恵でGoogle対策のSEOにうつつをぬかすより、検索エンジンの寡占状態を解消する方向に声をあげたほうがよほど生産的だと思うのです。
2016.10.03 Mon l ネット l top ▲
私は、国会のなかの様子を知るには、今や上西小百合議員のツイッターをチェックするに限ると思っています。

上西議員のツイッターは、粘着質のネトウヨからの罵詈雑言であふれています。それは、まるで『狂人失格』のモデル女性のブログに巣食う、ネットストーカーたちを彷彿とさせるような光景なのでした。

しかし、上西議員は、そんなことにひるまず意気軒高です。昨日の衆院本会議の安倍首相の所信表明演説の際、自民党の議員たちがいっせに立ち上がって拍手をした、まるで北朝鮮か中国の国会のような光景に対しても、上西議員はつぎのように批判していました。



余談ですが、上西小百合風に言えば、Yahoo!ニュースというのは、コメント欄が示すとおり、「猿」に余計な知恵をつけるメディアと言えるのかもしれません。

さらに上西議員は、自民党の補完勢力である民進党をヤユすることも忘れていません。


民進党の蓮舫新代表が、みずからの派閥の親分である野ブタの復権をはかったことに対しても、シニカルに批判していました。




このような野党不在の翼賛国会の現状を上西議員は「絶望的な状況」と言うのです。SEALDsなどよりよほど今の政治の深刻さを自覚していると言えるでしょう。

右か左かなんて関係ないのです。むしろ、色眼鏡をかけてない分、今の政治の病理=「絶望的な状況」がよく見えるということもあるのではないか。腐臭を放つ政治状況に対して、はっきりと「臭い」と言えるのは、彼女が大阪維新を除名されて、孤立無援な、だからこそなにものにも縛られない自由な身になったからでしょう。これからも上西議員のツイッターは要チェックです。


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上西議員の発言はまとも
2016.09.27 Tue l ネット l top ▲
カカクコムが運営する口コミサイト「食べログ」で、また”疑惑”がもちあがっているようです。

Yahoo!ニュース
ねとらぼ
食べログの評価が3.0に突然リセット 飲食店オーナーの書き込みが物議

「食べログ」は、過去にヤラセの口コミが問題になったことがありましたが、そのときは、「食べログ」はどちらかと言えば“被害者”の立場でした。しかし、今回は違っています。

SNSに投稿したレストランオーナーによれば、「食べログ」の営業担当者から、ネット予約機能を使わないと検索の優先順位を落とすと言われたものの、予約機能を拒否したところ、「食べログ」のスコア(評価点数)が3.0にリセットされた(下げられた)のだとか。しかも、リセットは、経営する4店舗全部でおこなわれたそうです。それに対して、カカクコムは、予約機能とスコアは「無関係」と言っているようです。しかし、投稿を読む限り、スコアになんらかの手が加えられたのは間違いないでしょう。経営者の怒りはわからないでもありません。

どうしてネット予約機能を使わないと検索順位を落とすと言われたのか。それは、ネットの予約機能が広告に連動しているからです。要するに、広告を出せば、検索順位を優先して上位に表示すると言いたかったのでしょう。もちろん、それをあからさまにやればユーザーの反発を招くので、スコアや予約機能などさまざまなサービスを使って広告であることを巧妙に隠しているだけなのです。

そもそも今回リセットされたスコアにしても、個々のユーザーがレビューの際に付けるスコアの平均ではないのだそうです。私は、表示方法も同じなので、でっきりユーザーのスコアの平均だと思っていました。ところが、ユーザーのスコアではなく、「食べログ」が独自の基準で算出した(いかように操作できる?)スコアなのだそうです。何のための口コミサイトかと思ってしまいますが、それが、今回の騒動のポイントでしょう。

もっともこれは、「食べログ」に限った話ではありません。Googleなども同じです。たとえば、Googleショッピングも広告なのです。アドセンスを利用しないとGoogleショッピングに表示されません。それどころか、Googleの検索順位の上位をアドセンスの広告ユーザーが占めているは、半ば常識です。SEOなんて、所詮は素人の浅知恵にすぎないのです。

忘れてはならないのは、カカクコムもGoogleも営利企業だということです。しかも、その収益の大半を広告で稼いでいる会社なのです。検索システムを自分で作っているというのは、検索のルールを自分で決められるということです。アルゴリズムなんていくらでも操作できるのです。

言うまでもないことですが、カカクコムやGoogleは「公正中立な神」なんかではないのです。ましてや、彼らに「公正中立な神」であることを求めるのは、八百屋で魚を買うようなものです。たしかに、Googleは、今やネットにおいて“全能の神”のような存在になっています。しかし、その“全能の神”は、収益の90%をアドセンスやアドワードの広告で稼いでいる営利企業でもあるのです。

「食べログ」やGoogleが「公正中立」を装っているのも、広告の効果を高めるためです。広告枠を高く売るためなのです。

今回の問題で、カカクコムに「公正中立」を求めるような方向に進むのなら、それこそネットに「公正中立の神」が存在するかのような幻想をふりまくだけの、トンチンカンな反応と言わねばならないでしょう。


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2016.09.09 Fri l ネット l top ▲
Windows10ロゴ


私は現在、デスクトップとノートの二台のPCを使っています。主に仕事によって二台を使い分けているのですが、OSはデスクトップがWin7でノートがWin8でした。

Windows10の無償アップグレードがはじまったとき、どうしようか迷ったのですが、とりあえずノートのほうをアップグレードしました。アップグレード自体も問題なくすんなりとおこなわれました。

一方、デスクトップはメインのネットの仕事に使っていますので、さまざまなソフトを使っています。また周辺機器も日常的に使用しているものばかりで、Win10との互換性に不安があったので、アップグレードは保留していました。

しかし、貧乏性の習いで「無償」の誘惑をどうしても拭うことができません。ノートで確認してみると、ソフトも周辺機器も、特別問題はなさそうでした。

それで、意を決して(!)アップグレードを試みたのですが、何度やっても失敗するのでした。ネットで調べてみると、どうもWindows Updateの「更新プログラムの確認」ができないことが原因のようでした。更新プログラム自体はインストールされているようですが、なぜか「最終確認」が2015年の3月で止まったままなのです。

もちろん、現実的にはWin7でもなんら支障はないのです。そのため、いったんはアップグレードをあきらめてこのままWin7で行こうかと思いました。ところが、貧乏人の哀しい性で、やはり「無償」の文字が目の前にチラついてならないのでした。更新期限が近づくと、よけい「アップグレードしなければ損」みたいな気持になってくるのでした。しかも、そんな浅ましい気持はどんどんエスカレートして、「こうなったら意地でもアップグレードしてやる」というようなレベルまで行ってしまったのでした。それが更新期限(7月29日)の二日前です。

最新の「更新プログラムの確認」ができるようにするにはどうすればいいのか。素人考えで思いついたのは、「システムの復元」です。しかし、「復元ポイント」を見ると、今年の3月の日付しかありません。それ以前がないのです。引っかかるものがありましたが、とりあえず、3月のポイントで復元してみることにしました。

ところが、それが”悪夢”のはじまりでした。ハードディスクがビジー状態になり、にっちもさっちもいかなくなったのでした。いつまでたっても復元が完了しないのです。

仕方なく強制終了しましたが、その途端、パソコンの動作が異常に重くなったのでした。ネットにつないでも、昔のアナログ回線の頃のような緩慢な動きをするだけです。パソコンが不調になると頭が真っ白になることがありますが(それだけ実務的にもパソコンに依存しているからでしょう)、もうこうなったらリセットしてOSを再インストールするしかないなと思いました。まるで元プロ野球選手(清原のことです)や有名女優の夫の元タレント(高知東生のことです)ように、全身から汗が噴き出し異常な興奮状態に陥っていた私には、それしか思いつかなかったのでした。

とりあえずセーフティモードで立ち上げて、仕事用のデータを外付けのハードディスクにバックアップしました。仕事用のデータは週に一回はバックアップしていますので、2~3日分をバックアップするだけです。顧客データ等は、契約しているサーバーに保存されていますので、バックアップの必要はありません。

バックアップを終えてから、Win7を再インストールしてパソコンをリセットしました。そして、Win10のアップグレードを試みると、今度はすんなりと進み、アップグレードは完了したのでした。

ところが、アップグレードしたあとにとんでもない“忘れ物”をしていることに気付いたのでした。「マイピクチャ」のフォルダに入っている画像をバックアップしてなかったのです。そこには、今までデジカメで撮った写真が入っていたのです。

今のパソコンに買い替えたのは4年前ですが、そのときはWindowsの転送ツールを使ってデータを移動したので、外のメディアに保存していませんでした。あわてて,、押し入れの段ボール箱のなかから古いCD-Rを探し出して再生してみたら、さらにその前の2002年ににパソコンを買い替えたときに保存したデータしか残っていませんでした。つまり、2002年以後のこの14年間に撮った写真が消えてしまったのです。未編集のまま撮ったものを次から次に入れていましたので、数千枚は優にあったと思います。

14年間パソコンのなかのデータをいっさい保存してなかったという、このIT社会に生きる人間にあるまじき怠惰な態度は、迂闊どころではなく、文字通り自業自得と言うしかありません。

なんのことはない、14年間に撮った写真で残っているのは、わずかにこのブログにアップしたものだけになったのです。ブログをつづけるのは、結構しんどいものがあり、自己顕示の塊のような記事を読み返しては、自己嫌悪に陥ってやめようと思ったことも一度や二度ではありません。でも、ブログに残った写真を見ると、やめないでよかったのかなと思ったりもするのでした。今はそう思って自分を慰めるしかないのでした。

追記:
その後、データ復元ソフトを使って、6~7割くらいの画像が復元できました。
2016.07.31 Sun l ネット l top ▲
北海道の男児行方不明事件に関連して、尾木ママのブログが炎上しているそうです。尾木ママは、しつけのために置き去りにしたことについて、ブログで「虐待」だと批判し、さらに「置き去りそのものが真実なのか疑いたくなる」とか「警察に逮捕されることでしょう」などと両親の犯罪さえ匂わせていたのでした。そのため、今、批判にさらされているのです。

こういうお粗末な人物が、教育の専門家としてメディアでもてはやされ、法政大学で教鞭を執っているのですから開いた口がふさがらないとはこのことでしょう。テレビでわけ知り顔にコメントしているのは、この手の”下等物件”ばかりなのでしょう。そして、彼らはテレビで顔を売って、週末に講演で荒稼ぎするのです。

もっとも、尾木ママのような”陰謀史観”は、ネットではめずらしいことではありません。たとえば、この事件に対するJ-CASTニュース(Jカス)の記事は、犯罪まがいのひどいものでした。情弱な尾木ママも、Jカスの記事を見て、「ネットで真実を見つけた」つもりになったのかもしれません。

Jカスは、男児が発見される前の6月2日には、つぎのような意味深な記事を発信していました。

Yahoo!ニュース
北海道の男児「置き去り」深まるナゾ 服装、理由などの説明「変化」が気になる人も

 北海道七飯(ななえ)町の林道で小学2年の男児(7)を置き去りにした、と両親が明かしてから6日目に入った。自衛隊も出動したが、2016年6月2日夕現在も見つかっておらず、ナゾが深まっている。

 「置き去り」を巡っては、父親の説明が次々に変わり、初動捜査などに影響したと報じられた。
(略)
 当初は、5月28日夕に山菜採りの途中ではぐれたとの話だったが、車の中に山菜がないなど不自然な状況があった。父親は翌朝になって、男児が車や人に石を投げつけたため、「しつけ」として林道に置き去りにしたと話を変えた。その場所に5分ほどして戻ったが、男児の姿はすでになかったともいう。

 その後、男児の服装についても当初説明のジーパンではなく、紺色系のジャージズボンを履いていたなどとした。例えば、29日早朝のテレ朝系「ANNニュース」では、警察によると、男児は「Tシャツにジーパン姿で、サンダルを履いている」と報じていた。サンダルは後に「赤い運動靴」に変わっている。

 さらに、函館新聞の6月1日付記事によると、置き去りにした後、車に追いついた男児を再び乗せ、今度は遠めの場所に置き去りにしたと父親は話しているという。

 東京スポーツもこの日発売号で、警察関係者の話として、置き去りにしたという現場で警察犬が出動したが、臭いにまったく反応せずに現場から動かなかったと報じた。

 こうした不可解な状況に、ネット上では、様々な憶測が書き込まれている。

  「なにかをまだ隠してる」「ホントに置き去りにしたのか?」「そもそもそこに来ていない可能性...」

 2ちゃんねるでは、スレッドが2日夕現在で80以上にも達しており、中には、根拠のない憶測も出ているほどだ。


2ちゃんねると東スポの記事を根拠に、七飯町役場に電話取材して記事をでっち上げる。Jカスのいつものやり方です。こうして”陰謀史観”がネットに拡散されるのです。

これは、「在日特権」でも「中国が攻めてくる」でも、あるいは「小保方バッシング」でも「干される芸能人」でも、みんな同じです。ときに東スポが週刊文春に変わるだけです。

Jカスは、そうやってアクセスを稼ぎ、ニュースをマネタイズしているのです。また、Yahoo!ニュースのアクセスランギングで、このJカスの記事が1位になっていたように、Yahoo!ニュースなどに転載されることで、さらに何倍にもなってアクセスが返ってくるのです。

ウキペディアによれば、J-CASTニュースは、『AERA』や『週刊朝日』などに在籍していた朝日新聞のOBたちが作った会社だそうです。そう言えば、朝日新聞デジタルの「イチ押し週刊誌」というコラムをJカスのシニアエディターなる人物が担当していますが(Jカスの編集者が週刊誌の記事を”批評”するなんて悪い冗談みたいな企画ですが)、それも朝日新聞との人的なつながりで仕事が発注されているのかもしれません。

さらにJカスは、男児が発見されたあとも、つぎのような記事をアップしていました。

Yahoo!ニュース
「無事発見の美談でおしまい」に違和感の声 北海道置き去り、「状況が不自然」と首ひねる人も

 一方で、「(話が出来過ぎていて)不自然」などと、「無事救出の美談」に違和感を持つ人もいるようだ。「水だけ」で丸5日以上も暮らしながら、男の子が自分で歩けるほど元気だったことや、発見された自衛隊施設の管理をめぐる証言の「食い違い」など、依然、謎も残されている。


これでは確信犯と言われても仕方ないでしょう。JカスやYahoo!ニュースがこうやって「ネットの真実」を捏造し、ネトウヨのような「ほとんどビョーキ」の人間たちを生み出しているのです。尾木ママもママと(まんまと)それに引っ掛かったのでしょう。


関連記事:
”不謹慎狩り”と私刑の構造
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2016.06.06 Mon l ネット l top ▲
前回の記事のつづきですが、電話をしてもなかなかつながらないので、「OCNテクニカルサポート」に状況を書いて、メールを送信しました。

すると、翌日、返信がありました。内容は、パソコンの履歴を確認してテクニカルサポートに電話してくださいという実に簡単なものでした。なんのことはない、やはり電話をしなければならないのです。

それで、きょうの朝、メールに記されていたテクニカルサポートに電話しました。電話口に出たのは女性でした。私は、もう一度、電話口の女性に、メールに書いたことを最初から説明しました。説明し終えると、女性は、「そういった話は別の部署になりますので、折り返し担当者から連絡を差し上げます」と言うのです。私が「このまま待ちますよ」と言ったら、「いや、かなり時間がかかると思いますので、折り返しお電話を差し上げます」と言い張るので、私は仕方なく携帯電話の番号を伝えて電話を切りました。

午後遅く、携帯に電話がありました。今度は男性の担当者でした。担当者は、「テレビ電話など利用されたのではないですか」と言うのです。いや、テレビ電話どころか、YouTubeなど動画も観てないと言うと、「USB端末を他の方が使ったということはないですか」などと言う始末です。まったく話にならないのです。

こう書いても、多くの人は、OCNの担当者と同じように、「勘違いだろう」「知らない間に使っているのに気が付いてないだけだろう」と思うのかもしれません。しかし、当日(3月15日)出先でパソコンを使ったのは1~2時間です。書きものをして、ネットでYahoo!や朝日新聞などを閲覧した程度です。そのあとはパソコンの電源を切っています。シャットダウンする際、更新プログラムなどのダウンロードもありませんでした。どう考えても3~4Gを使うなどあり得ないのです

それにしても、こんなことを書けば書くほどむなしくなります。オーバーなことを言えば、冤罪被害者と同じで、いくらやってないと言っても、ただその声がむなしくはね返ってくるだけです。OCNは日本を代表するプロバイダーだ、だから正しい、という事大主義的な「認知資本主義」が前提にある限り、なにを言っても信用されないのでしょう。でも、昨年のように、「システムトラブル」でデータ容量が消えることは現実にあるのです。

結局、昨年とまったく同じやり取りに終始しました。USB端末のデータ量が一日で3~4G消えたのも同じですし、OCNの対応も同じでした。もっとも、「テクニカルサポート」と言っても、彼らもまた派遣やアルバイトにすぎないのです。だから、テレビ電話だなんだと突飛なことを言ってその場を言い逃れるしかないのでしょう。言い逃れるのが彼らの仕事なのでしょう。

いつもなら5G前後の使用量が、今月は10G近くにはね上がりそうです。今までは容量オーバーによる速度制限なんてまったく心配する必要がなかったのですが、このままいくと今月は容量オーバーになりそうです。しかも、その増えた分は、わずか1日(正確に言えば、わずか1~2時間)で使ったことになっているのです。なんとも理不尽な話で、忌々しい気持にならざるを得ません。


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クレーマーになってやる
2016.03.22 Tue l ネット l top ▲
深夜、何気にスマホのOCNモバイルONEのアプリをチェックしたら、データ容量の残りが異常に少ないことに気付きました。

私が契約しているのは5Gのプランで、それをスマホ用の音声付SIMと、出先に置いているノートPC用のUSB端末でシェアしているのですが、通常二つのSIMの使用量は5G前後です。モバイルONEの場合、残った容量を翌月に繰り越すことができるのですが、以前SIMのトラブル(下記の記事参照)で5G補てんされたので、毎月10G前後でスタートして、5G前後を繰り越すというパターンをくり返していました。

そういった通常のパターンからすると、今の時点でまだ7Gくらい残っていてもおかしくないのです。ところが、2Gしか残っていませんでした。それで、アプリでSIMごとの使用量を確認すると、USB端末のSIMが通常の倍以上になっていることがわかりました。しかも、3月15日に1日で3G以上使っており、全体の使用量がいっきに上がっているのです。

でも、出先のノートPCを使うのは2日に1回くらいで、使用する時間も夜間1~2時間くらいです。まったく使わないときもあります。むしろ最近は以前より使ってないくらいです。3月15日に3G使うなんてとてもあり得ないのです。

実は、昨年もまったく同じトラブルがありました。

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クレーマーになってやる

そのときも今回と同じUSB端末のトラブルでした。ノートPCの使用状況から言っても、一度にそんな大きなデータ量を使うなど絶対にあり得ないといくら説明しても、カスタマーフロントやテクニカルサポートの担当者は「当社に間違いはありません」「お客様の勘違いではないですか」とくり返すばかりで、ラチがあきませんでした。ところが、後日、モバイルONEのシステムの不具合で繰り越しデータ容量が消失していたとして、5Gが補てんされたのでした。

OCNに電話をしても、前回と同じように、カスタマーフロントからテクニカルサポートにたらいまわしされ、挙げ句の果てに「当社に間違いはありません」とまず結論ありきの詭弁を聞かされるのは目にみえています。自分の主張を通そうと思えば、そこから粘り強く何度もやり取りをしなければならないのです。その労力と時間を考えるとうんざりします。クレームを入れると、いつの間にこちらがそんなに使ってないことを証明をしなければならないかのような話の展開になるのですが、それもおかしな話です。どうして顧客が説明責任を負わなければならないのかと思います。

スマホの普及によって、私たちはおのずとモバイルの通信データ量に関心をもつようになりましたが、その肝心なデータ量の計算がホントに信用に値するものなのか、ホントにトラブルなどで消失したりしてないのか、私たちにはいっさいわからないのです。疑ったらきりがありませんが、実際に、自分の与り知らぬところで通信データ量が消えていることがあるのです。

「認知資本主義」を相手にするには精神的にタフでなければクレーマーにもなれないのです。でも、二度目となるとさすがに「もうつきあってられない」という気持になります。
2016.03.19 Sat l ネット l top ▲
最近ネットで、タレントのGENKINGの発言が話題を呼びました。GENKINGは、ご存知のとおりInstagramで有名になった、文字通りネットから生まれたタレントで、Instagramのフォロワーは84万人を誇るそうです。

TechCrunch Japan
Googleは使わない、SEO対策しているから——Instagram有名人のGENKINGが語った10代の「リアル」

GENKINGの発言は、3月3日・4日、福岡で開催された「B Dash Camp 2016 Spring in Fukuoka」というイベントの「次のビジネスを仕掛けるなら、Instagramに乗れ!」と題したセッションの場で発せられたものです。セッションには、フェイスブックやセプテーニ(ネット広告会社)などの企業の担当者も同席。タイトルからもわかるとおりInstagramを使ったマーケティングはどうあるべきかをディスカッションしたもので、彼らの立場から言っても、「これからはInstagramだ」という意図が隠されているのは間違いなく、発言の内容は多少割り引いて考える必要があるでしょう。

ただ、それでもなお、もはやキーボードで文字を打つことさえできない(と言われている)若い世代にとって、Googleの検索がリアルじゃないという発言は注目すべきものがあるのです。フェイスブックやInstagramがGoogleに比べてどれだけマシか、どれだけリアルかという問題はさて措いても、たとえば「Googleで検索すると文字が出てくるし、(検索結果は)SEO対策されている。あとはスポンサー(広告)とかが上がってきて…ネットってリアルじゃない」というような発言は、たしかに正鵠を射ていると言えるでしょう。若い世代が、Googleの検索のカラクリに気付いているとしたら、それは歓迎すべきことではないでしょうか。

このブログでも再三書いているように、今やGoogleの検索はGoogleに都合のいいサイトを上位に表示するものでしかありません。アルゴリズムもそのためのものでしかないのです。それが広告と一体化した今の検索の実態です。Googleでは求めるサイトにたどり着けない、ただ誘導されているだけのような気がする。そう思っているユーザーは多いはずです。

「一昔前ならGoogleで検索して化粧品のランキングを見ていたが、いまは見ません。結果にウソが多いのも若い子は知っている。自分が使っている化粧品が良くなくても、(ネットの)評価がいいと『ウソだな』と思う。Instagramは個人がやっているからウソがない」


こういった発言も、TJの記事が書いているように「すごく核心をついた話」に聞こえます。Google やYahoo!や楽天やAmazonや食べログや価格コムやアットコスメなどに踊らされるネットユーザー。もちろん、Instagramにも広告が入っているわけで、Instagramとて例外ではないのですが(それに、1枚の写真をアップするのに800枚の写真を撮るというのは、とてもリアルとは言えないでしょう)、でも、スマホ世代の若者たちが、とにかくGoogleを冷めた目で見るようになっているというのは、ただ踊らされるだけのユーザーに比べれば”一歩前進”と言えるでしょう。たとえ、彼らがさらに巧妙化されたあらたなカラクリに踊らされているとしても、です。

Googleが右サイドの広告を撤廃したのも、検索と広告の一体化の結果にすぎないのです。撤廃したと言っても、商品に関連するキーワードだと、「Googleショッピング」の広告が連動して表示されるのです。そうやって広告の効果を高め、広告単価を引き上げる狙いがあるのでしょう。間違っても”脱広告”に進んでいるのではないのです。むしろ逆で、より巧妙化しより検索と一体化しているのです。
2016.03.16 Wed l ネット l top ▲
シール検索2016月1月15日 


以前も取り上げましたが、上記は、本日、Google で「シール」と検索(PC検索)したトップページの画像です。5、6、7位と同じサイトのページが表示されています。しかも、ご覧のとおりタイトルも非常によく似ています。以前取り上げた記事が、昨年の12月17日で、以来ずっとつづいていますので、これは一時的なハグとはとても言えないでしょう。

Google の腹話術師たち
http://zakkan.org/blog-entry-1116.html

折しもGoogle の検索順位は、先週末に「コアアルゴリズムのアップデート」が実施され、かなり大幅な変動がありました。しかし、主に変動したのは、2ページ目以降です。アドセンスのスポンサーサイトが上位を占めるトップページは、「アップデート」などどこ吹く風で、このような”おかしな現象”がずっとつづいているのです。

その先週末の変動で、自サイトは圏外に飛んだのでした。しかも、その後、いっこうに復活する気配はなく、石原吉郎やソルジェニーツィンと同じように、このままラーゲリで強制労働の長期刑が科せられる可能性が高い気がします。

もちろん、Search Console(Google が提供するサイトオーナーのためのSEOツール)に「重要メッセージ」は届いていませんし、「手動による対策」にもスパムの警告はありません。自サイトの場合、「手動のペナルティ」ではなく、「自動のペナルティ」を科せられたのです。従ってサイトを手直してGoogle 様に「再審査」をお願いする方法もありません(お願いしたくもないけど)。「自動」で解除されるのを待つしかないのです。もちろん、永遠に解除されない可能性もあります。これほど理不尽な話はないでしょう。

ところが、SEO関連のサイトは、順位が下落したのにはちゃんと理由があると言うのです。ただ「品質ガイドライン」に抵触しているのがわかってないだけだ、と。彼らは、いつもそうやって「品質ガイドライン」をお題目のように(バカのひとつ覚えのように)唱えるだけです。

これ見よがしにトップページを3つのページが占めるサイトと圏外に飛ばされたサイト。そこにどれだけの「品質」の違いがあると言うのでしょうか。ふざけるなと言いたいです。むしろ、トップページを占めている3つのページこそ重複コンテンツではないのか。

現在、「シール」で上位に残っているのは、めったに更新もしないようなメーカーのサイトだけで、「シール」の通販サイトで上位に残っているサイトはひとつもありません。多くは圏外に飛ばされています。その代わりに、「シール」とは関係がなく、たまたま店名に「シール」の文字が入っているアイスクリーム屋やバッグショップのページがいくつも上位に表示されています。

このように、Google のアルゴリズムにおいては、通販サイトは(「シール」に関係のないアイスクリーム屋やバッグショップの後塵を拝するほど)大きなハンディを背負わさせているのです。でも、何度も言いますが、商品画像や説明文を重複コンテンツと看做されたら、通販サイトなんて成り立ちません。そんな基準がつづく限り、通販サイトが上位に来ることはないでしょう。

Googleはどうしてこんなおかしな検索エンジンになってしまったのか。やはり、それは、Google の広告に依存した体質が関係しているように思えてなりません。いつの間にか“検索のための検索“ではなく、”広告のための検索”になってしまったからでしょう。
2016.01.15 Fri l ネット l top ▲
とうとうと言うべきか、ついにと言うべきか(同じ意味ですが)、自サイトがメインのキーワードで圏外に飛びました。最後は60~100位を行ったり来たりしていましたが、昨日の午後、突然、姿を消してしまいました。検索順位を調べるツールでは、「300位以下」の表示になっています。

Google は年が明けてからペンギンアップデートの更新をおこなうとアナウンスしていますので、この”変動”はそれに関連したものかもしれません。実際にネットでも、自サイトと同じように、圏外に飛ばされたという書き込みがチラホラ見られます。ただ、まだ本格的な変動には至ってない感じです。

Google 帝国の親衛隊たちは、今さらのようにGoogle から「低品質」の評価を受けるには理由があると言うのですが、言われるまでもなく「低品質ガイドライン」なんて百も承知です。「品質ガイドライン」に抵触しないようにするのは、SEO にとって初歩の初歩でしょう。むしろ、Google の悪口を言ったから圏外に飛ばされたんだと言われたほうがよほどすっきりします。

調べてみたら、このブログで、今年の4月のモバイルフレンドリー以前に検索順位について書いたのは、なんと10年前だったということがわかりました(下記参照)。この10年間、SEOにおいてはそれなりに幸せな日常を送っていたということなのでしょう。

このまま流刑地に送られてラーゲリ暮らしになるのか。あるいは、取り調べだけで釈放されるのか。しばらくゲシュタポの動向を見守るしかありません。と言うか、全体主義国家では、もはやそうするしかないのです。ほかに手はないのです。


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検索サイト
2016.01.10 Sun l ネット l top ▲
思うところがあって、ドメインを下記のように変更しました。これでタイトル(雑感)どおりのドメインになりました。

http://zakkan.org/

自動的にあたらしいドメインに移動になりますので、ブックマーク等の変更は必要ありません。

2016.01.09 Sat l ネット l top ▲
先日、津田大介氏のツイッターにつぎのような投稿がありました。

津田大介ツイッター2015年12月29日
引用元:https://twitter.com/tsuda/status/682005205639016456

これは、Facebookに投稿されたヘイト(人種差別)な書き込みを削除せず放置したことが、人種差別や民族憎悪を扇動した罪に当たるとして、ドイツのハンブルグの捜査当局がFacebookのマネージャー三名を扇動容疑で捜査しているというニュースを受けて投稿されたものです。

一方、その動きを受け、Facebook・Google ・Twitterの三社がヘイトな書き込みを24時間以内に削除することに合意したというニュースもありました。

もちろん、これはドイツの話です。日本ではヘイトな書き込みはし放題です。もっとも日本は、国連人種差別撤廃委員会が指摘したように、「朝鮮人を海に沈めろ」というようなヘイトなデモが許可され、しかもそれを合法的なデモとして警察が警護しているような国なので、ヘイトな書き込み云々以前の問題があると言えるでしょう。

今回の従軍慰安婦問題に関する日韓合意についても、Yahoo!トピックスには、合意以降、「慰安婦少女像 撤去に猛反発」「日韓合意 元慰安婦ら猛反発」「10億円拠出 少女像移転が前提」「韓国 記憶遺産不参加を否定」「慰安婦少女像移転 66%が反対」「元慰安婦ら 日本相手に訴訟」「慰安婦合意 韓国では破棄論も」など、「合意しないほうがよかった」とでも言いたげな記事がつぎつぎにアップされていました。すると、ヤフコメ(コメント欄)には、「やっぱり」「これだから韓国は信じられない」というようなお約束のコメントが殺到するのでした。

Yahoo!トピックスがどうしてそんな「合意しないほうがよかった」みたいな記事を優先的に掲載するのかと言えば、そのほうがアクセスが稼げるからです。そんなヘイトな感情を煽る記事のほうがFacebookやTwitterなどSNSに転載される可能性が高く(所謂バズって)、アクセスが何倍にもなって返ってくるからです。ニュースをマネタイズするには、とにかくアクセスを稼ぐ必要があるのです。

私は、今回の日韓合意の先に、日韓安保協定、6カ国協議再開(米朝国交正常化)、日韓からの米軍の撤退、日韓朝中米露6カ国による集団安保体制というアメリカのアジア外交戦略を見る田中宇氏の「国際ニュース解説」を興味をもって読みましたが、もちろん、Yahoo!ニュースにはそんな視点は皆無です。Yahoo!ニュースだけを見ていると、田中氏の「解説」なんて荒唐無稽に思えるに違いありません。

田中宇 国際ニュース解説
日韓和解なぜ今?


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Yahoo!ニュースの罪
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2016.01.06 Wed l ネット l top ▲
同じことのくり返しになりますが、昨日(1/4)、自サイトがメインのキーワードで90位に下落しました。前回の記事(12/25)のあと、50位前後まで”回復”していたのですが、再び90位に下落したのです。こうして1週間から10日前後で下落・”回復”をくり返しています。

しかも、順位は徐々に落ちています。7位~20位で始まり、20位~40位、30位~50位、40位~70位、50位~90位と右肩下がりに下降しているのです。

で、昨日、私は、いつものようにサイトを更新しました。と言っても、別にむずかしいことをしたわけではありません。h1タグのみ使っていたトップページに、h2とh3を加えただけです。すると、ほどなく再び50位に戻ったのでした。これは今にはじまったことではありません。次回は逆のパターンをすればいいのです。いつもこのくり返しなのです。

Google には、順位が一定の期間で上下をくり返すヨーヨー現象というのがありますが、たしかに自サイトの事例はヨーヨー現象と言えばそう言えるでしょう。しかし、通常言われるヨーヨー現象にしては、その間隔があまりにも短い気がします。また、hタグの付け替え程度でヨーヨーが起きるというのも、あまりにも単純すぎてちょっと理解しがたいものがあります。

なんらかのフィルターがかけられているのは間違いないでしょうが、どうしてフィルターをかけられたのか、さっぱりわかりません。どう考えても理不尽な気がしてならないのです。香港で中国共産党に批判的な書店の関係者5人が相次いで失踪したというニュースがありましたが、それと同じで、突然秘密警察がやって来て、理由もなく拘束されたような感じです。

でも、SEO関連のサイトなどは、それにはちゃんと理由があると言うのです。彼らはなんでもわかったふりをするのです。わかったふりをすることがSEOなのでしょう。

SEOでは説明できない”不可解な現象”をどうして指摘しないのか。Google のアルゴリズムが、普遍的な価値に基づいた公平で公正なものであると本気で思っているのでしょうか。

今のウェブは、Googleが支配する全体主義国家のようなものです。言うなればSEOは全体主義を称賛することしかできない床屋政談のようなもので、それがSEOをしてバカバカしいと思うゆえんです。
2016.01.05 Tue l ネット l top ▲
先日(12/17)の記事から数日後、自サイトはPC検索で90位台までさらに下落しました(モバイル検索は70位台)。もう見事としか言いようがありません。ここまで落ちると、逆に清々しささえ覚えます。

考えてみれば、今年の4月までPC・モバイルともに4~6位でした。その状態は10年間つづいていました。それがわずか半年ちょっとであれよあれよという間に90位台まで下落したのです。

もちろん、通常の更新以外に、サイトになにか手を加えたわけではありません。どうしてこんなに下落したのか、その理由をGoogle に訊きたい気がします。

さしずめSEO業者であれば、Google の「品質ガイドライン」に沿ったサイト作りをしてないからだと言うのでしょう。そして、牽強付会に、あれこれ”問題点”を上げていくのでしょう。あるいは、順位を決定するアルゴリズムは日々進化しているので、従来のやり方がいつまでも通用すると思っているのが間違いだ、というような常套句で煙に巻くのかもしれません。

一方で、モバイル検索のトップページ(1位~9位)で、モバイル対応しているサイトが3つしかなく、あとはモバイル未対応のサイトで、しかも、それらの多くは、4月21日のモバイルフレンドリー以降にトップページに登場したとか、モバイルフレンドリー以降、モバイル未対応にもかかわらず大幅に順位を上げたのは、Google のアドワード(スポンサー)サイトか公共団体のサイトばかりだという、“不可解な現象“があるのです。しかし、そういった現象に対して、彼らが的確な説明をしているのを見たことがありません。

検索順位の上位をめざし、そのノウハウを提供するというのなら、Google のガイドライン云々以前に、そういった”不可解な現象”をどう捉えるかという視点も必要ではないでしょうか。

自サイトに関しても、ここまで順位が下がるというのは、なんらかのペナルティを科せられたのは間違いないでしょうが、だからと言って、合理的な理由があるわけではないのでしょう。もちろん、Search Consoleに、”警告”のメッセージは来ていませんし、「HTMLの改善」でも「サイトでコンテンツの問題は検出されませんでした」となっています。

ネットに飛び交っているSEO話なんて、気休めにもならない与太話にすぎないのです。「品質ガイドライン」などに関係なく、検索と広告の「一体化」によりSEOは無効になった、無効になりつつあるのだと思います。それがGoogle がめざすこれからの検索の姿なのです。
2015.12.25 Fri l ネット l top ▲
シール12月16日1
シール12月16日2


上は、昨日、「シール」のキーワードで検索した際、表示されたPC検索のトップページの画像です。

同じサイトの明らかに意図的に似せたタイトルのページが6位と7位に並んで表示されていました。こういった現象は昨日に限った話ではありません。今年の4月21日のモバイルフレンドリー以後、同じような現象がほぼ日常的に起きています。とても単なるハグとは言い難い現象なのです。

一方、(自サイトの例を出すと、単なる愚痴だと受け取られかねないので気がひけるのですが)自サイトは「シール」のキーワードで10年以上トップページを維持していたものの、4月21日以降、トップページから転落。現在、PC検索で50位、モバイル検索で35位に低迷しています。もちろん、モバイルフレンドリーにも適応済みで、モバイル検索のページでも「モバイル対応」のラベルが付けられています。にもかかわらず大幅な下落に見舞われたのでした。

しかも、その下落には“不自然“と言ってもいいようなパターンがありました。最初は20位くらいに下落しました。それで、サイトを更新すると、10位くらいに戻りました。しかし、1週間から10日経つと、25位に下落。再び更新すると15位に戻り、それから30位、40位、50位、60位、80位と段階を追って順位が下がっていったのでした。今も更新すると、1週間から10日順位が戻る現象はつづいています。また、モバイル検索も、同じパターンで、常にPC検索より10~15位上に表示されています。

これはなにを意味するのでしょうか。やはりなんらかのペナルティを科せられたのか。

先日、Google が検索結果の品質を評価するガイドラインの完全版を公開したというニュースがありました。しかし、私たちは、そういった”公式見解”ではなく、その裏にある邪悪なシステムにこそ目を向けなければならないのです。収益の9割を広告で稼ぐ一企業が、検索で圧倒的なシェアをもち、ウェブを統御している、その不健全な現実をこそ直視する必要があるのです。

ちなみに、皮肉と言うべきか、マイクロソフトのBingでは、自サイトはここ数日「シール」で1位に表示されています。もちろん、Google とBingで順位が違うのは当然です。でも、どうしてここまで順位が違うのかと思わざるをえないのです。それは、自サイトだけではありません。Google で圏外に飛ばされているサイトも、Bingでは上位に表示されています。また、Bingでは上の画像のような一部のサイトに見られるおかしな現象もありません。

なによりGoogle の品質ガイドラインに照らせば、上の画像のようなサイトこそ、故意に過剰な操作をおこなったとしてペナルティが課せられてもおかしくないのです。でも、現実は逆です。なぜなら上のサイトは、Google のスポンサー(アドワーズ)サイトだからです。

独裁国家であっても、一見民主的な権利を並べたような憲法を制定しているのが常です。「民主共和国」を謳っている国が、独裁国家である例はいくらでもあります。Google のガイドラインもそれと似たようなものかもしれません。

SEO関連のサイトがバカバカしいのは、あきらかにおかしな現象に対しても、Google の”公式見解”をそのまま鵜呑みにして、まず結論ありきで帰納的に説明するだけで、その裏にある邪悪なシステムに誰も触れようとしないことです。おかしいということさえ誰も言わないのです。それでは、Google の腹話術師と言われても仕方ないでしょう。


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2015.12.17 Thu l ネット l top ▲
先日、朝日新聞の「学びを語る」というシリーズ企画に、「ネットの万能感 『世間を知っている』と自信過剰に」という情報教育アドバイザー・遠藤美季氏のインタービュー記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
(学びを語る)ネットの万能感 「世間を知っている」と自信過剰に 遠藤美季さん

「2012~13年の厚生労働省研究班の調査によると、ネット依存の傾向がある中高生は全国に推計約52万人いる」そうです。

しかし、これは中高生に限った話ではないのです。中高生と一緒に、2ちゃんねるやニコ動に常駐している、いい年したニートやフリーターのなんと多いことか。

今やフリーターの第一世代は50代に入ったのです。彼らの特徴は、「世間話」ができないことです。彼らには「世間」がないのです。「世間」や「社会」に対して基本的な経験や知識が欠けているからです。

そのためによけい、ネットで得た知識によって、誰よりも世の中を知っていると思い込み、2ちゃんねるやニコ動で攻撃的な書き込みをすることで、他人を支配したつもりになり、「万能感」に酔い痴れ、自分が大きくなったつもりになるのです。そこにあるのは、ネット特有の夜郎自大な性向です。ヤフコメも同じですが、それではますます社会と乖離し適応できなくなるのは当然でしょう。

一方でネットには、社会に適応できないことが自由だと勘違いさせる、そんな自己を合理化する”屁理屈”も用意されているのです。特にネットの黎明期には、その手の言説があふれていました。たとえば梅田望夫氏なども、『ウェブ進化論』で、リアル社会に適応できなくても、ネットで充分特化した生き方ができるなどとさかんに喧伝していました。もちろん、現実がそんな都合のいいものではないことは言うまでもありません。

それに、彼らの唯一の情報源であるネットにしても、多分に人工的に工作されたものでしかないのです。まして、ネットに”自由な言論”があるとかネットこそ真実なんて思っている人間は、あまりにも能天気だと言わざるを得ません。

『紙の爆弾』(鹿砦社)12月号に掲載されていた「世論を動かすアメリカの情報操作 『サイオプス』の正体」という匿名座談会に、つぎのような発言がありました。サイオプスというのは、サイコロジカル・オペレーションの略で、アメリカ国務省が指揮するアメリカ陸軍の「心理作戦」のことです。作戦を担う特殊部隊は、1万人規模の組織だとか。

X(引用者註:軍事ジャーナリスト) 九月に日本最大手のポータルサイト「Yahoo!」が、嫌韓を煽るからと「サーチナ」との契約を解除した。ところが、嫌韓や嫌中を煽っていたのはサーチナじゃなくて「レコード・チャイナ」(レコチャイ)で、こっちが国務省資本のサイオプス部隊といわれているんだ。だいたいサーチナはソフトバンクの孫正義が所有している。むしろ、レコチャイの情報工作を円滑にするために、潰すように圧力をかけられたとしか思えないんだよ。
Y(引用者註:週刊誌記者) 実際、中国共産党の批判を辿っていくと、だいたいネタ元はカナダのネットニュースサイト「エポックタイムズ」、日本語名の「大紀元」なんだよ。もともとは文化大革命に亡命した華僑という触れ込みだが、経営しているのはアメリカ国務省。法輪功の信者を死刑にして臓器売買をしているとか、共産党の腐敗や賄賂といった情報は、ここから発信されている。とはいえ中国政府に批判的な大紀元のニュース発では信憑性が薄くなる。そこでレコチャイが情報の受け手となって情報のロンダリングをしてきた。


レコチャイは、嫌中のニュースを2ちゃんねるのスレッドに立て、ヘイトな書き込みを煽り、系列のまとめサイトがその書き込みを掲載して拡散するのだそうです。また、中国の掲示板でも中国のユーザーを挑発して、「反日」的な書き込みを煽り、それを記事にして日本で配信するのだとか。Yahoo!の国際ニュースのアクセスランキングで上位を占めているのは、そんな煽り記事ばかりです。

そんなアメリカの情報工作のお先棒を担いでいるのが、自民党のネットサポーターズクラブ(J-NSC)です。約1万人いると言われる会員たちが、従属思想を「愛国」と言い換え、日々嫌中嫌韓の書き込みをして、安倍政権に批判的な書き込みや記事を「反日」として炎上させるべく工作しているのです。

それが、ネットでなんでも知っているつもりになり、「万能感」に酔い痴れている者たちが拠り所とする情報の実態なのです。
2015.11.23 Mon l ネット l top ▲
Google のパンダアップデートがはじまったとき、シールの通販をしていたあるサイトが検索ページから姿を消しました。それまでメインのキーワード(シール)で2ページ目(11~20位)に表示されていたのですが、どこを探しても見つけることができません。圏外に飛ばされたのです。

そのサイトで使われていた商品画像は、メーカーの画像をそのままコピペしたものでした。また、商品の説明文も、多くはメーカーの説明文を流用していました。その意味では、Google の言う典型的な「低品質なサイト」と言えます。そのためにパンダアップデートの餌食になったのは間違いありません。

しかし、オリジナルの商品を扱ってない小売店がメーカーの商品画像や説明文を流用することは、通販サイトではよくあることなのです。サイトの管理人にしても、別に悪意があってやっていることではないでしょう。それに、リアルな店舗ではそんなことは常識で、販促のために、メーカーがみずから作成したポスターやポップを小売店に提供しているケースさえあります。

ところが、リアル店舗では常識なことでも、ネットだと「悪意のある行為」と看做され、ペナルティが課せられるのです。でも、それはあくまでGoogle の基準にすぎません。Bingでは、件のサイトはペナルティを課せられることなく、ずっと2~3ページ目に表示されています。

Google は、同じ画像を異なったサイトが使うと、ネットが混乱してユーザーを惑わすからというようなことを言ってますが、だからと言って、Google のように「低品質なサイト」を締め出してないBingがユーザーにとって快適ではないのかと言えば、もちろんそんなことはありません。むしろGoogle よりバランスのとれた検索結果を提供しているくらいです。

このような独善的なGoogle の基準が、結果的に通販サイト、それも零細な通販サイトに非常にきびしいものになっているのは事実です。当初は、パンダアップデートは、検索の上位を占領しているまとめサイトなどを排除するための基準だと言われていました。しかし、蓋を開けてみたら、まとめサイトではなく通販サイトが標的になっていたのです。

現在もパンダアップデートが進行中で、パンダアップデートは終了するまで数ヶ月かかるとGoogle は表明しています。そのためか、Google の検索ページは、(何度も同じことを書きますが)同一サイトの似たようなページが重複して表示されるなど、混乱した状態がつづいています。しかも不思議なことに、ページが重複して表示されているサイトの多くは、アドワーズのスポンサーサイトです。

Google に言わせれば、まだアップデートが終了してないので「テスト中」ということになるのかもしれませんが、であればこれほどユーザーを愚弄した話はないでしょう。これではハンドルもブレーキも効かない未完成車を公道で走らせて「テスト」しているようなものです。もしかしたら、交通ルールはオレたちが決めるので、公道で「テスト」しても構わない、ほかの車にぶつけても構わない、と思っているのかもしれません。

Google は数ヶ月前から検索エンジンに「RankBrain」という人工知能を導入しているそうで、さっそくネットの事情通たちは「すごい」「すごい」と大騒ぎしていますが、私にはただのお粗末な暴走車にしか見えません

SEOのサイトを見ても、大半はGoogle の「品質に関するガイドライン」をコピペした、まるでGoogle の腹話術師のようなサイトばかりです。しかも、その多くはアフィリサイト向けのSEO話にすぎず、通販サイトにとって参考になるような情報はほとんどありません。そもそも、「NPO、公共団体、教育機関、法人(スポンサー)企業」を優遇するという前提を問題にしない限り、「1位になるための対策」なんて意味がないのです。
2015.11.14 Sat l ネット l top ▲
昨日、Business Journalに、宮永博史・東京理科大学大学院MOT(技術経営専攻)教授の「iPhoneの広告ブロック機能、グーグルに大ダメージ?高いiPhone依存が急所に」という文章が掲載されていました。

これは、既にロイターなども伝えていますが、アップルがiPhoneなどで広告をブロックできるようにする(具体的には、ブロックするアブリのダウンロードを解禁する)方針を打ち出したことについて書かれたものです。

Business Journal
iPhoneの広告ブロック機能、グーグルに大ダメージ?高いiPhone依存が急所に

REUTERS ロイター
米アップル、iPhoneでの広告ブロック容認 グーグルに打撃

BLOGOS
iPhone新製品に広告ブロック機能、広告一辺倒ビジネスの終わりの始まり?

ダウンロードしたアプリにくっついてくる広告がうざいというのは、誰しもが思うことで、その広告をブロックすることが可能になったというのは、iPhoneユーザーにとっては歓迎すべきことでしょう。

記事にもあるように、既にアップルの最新OS・iOS 9に「標準搭載されているブラウザ・ソフトのSafariには、広告をブロックする拡張機能が追加されており、専用のアプリをインストールすると広告をブロックできる」そうです。同時に、楽天やヤフオク!やAmazonなどで商品をクリックすると、その商品の広告がいつまでもつきまとってくる行動ターゲティング広告(その基になるユーザーの行動を追跡するトラッキング機能)も拒否できるそうです。これらはパソコンでは従来より可能でしたが、モバイルにおいても可能になったのです。

今後スマホやタブレットなどモバイルがネットの主流になるのは間違いなく、当然ネット広告もモバイルが主戦場になると言われています。Google がパソコン検索とモバイル検索を分離し、モバイル検索ではスマホに対応したモバイルフレンドリーのサイトを優遇すると表明したのも(実際はウソですが)、そういった流れを視野に入れているのは間違いないのです。

アップルがこのような大胆な方針を打ち出した背景には、広告に依存しない収益構造をもっているからです。アップルの収益の70%はiPhoneなど端末代で、残りはアップルストアの売上だそうです。アップルは広告に頼らなくてもいいのです。

一方、アップルの方針によって大きな打撃を受けるのがGoogle です。Googleは、アップルと違って収益の90%がアドセンスなどの広告収入なのです。しかも、モバイルのブラウザのシェアを見ると、日本ではGoogle (android)が強いのですが、世界的にはSafariが45%とトップで、アップルとGoogle のシェアはほぼ互角なのです。

さらに、記事にあるように、ゴールドマンサックスの調査によれば、2014年のグーグルのモバイル広告収入118億ドル(約1兆4,600億円)のうち、実に75%の90億ドル(約1兆1,100億円)がiPhoneからのアクセスによるものだそうです。今回の方針が、Google にとって大きな打撃になるのは間違いありません。

ネットでは、アップルの方針によって、広告一辺倒のネットのビジネスモデルが終わりを告げるのではないかという声がある一方で、ユーザーにとってネットの”無料経済”はもはや当たり前のことになっており、それから脱却することは考えられないので、”無料経済”を支えている広告の”ありがたみ”をユーザーが再認識するきっかけになり、結局元の木阿弥になるのではないかという楽観的な見方もあります。

でも、今回のアップルの方針が私たちに突き付けた問題の所在は、そういったところにあるのではないと思います。

先日、ヤフーがソニー不動産と資本・業務提携したことに伴い、「大手不動産業者で組織する不動産流通経営協会(FRK)」が、「不動産情報サイト『Yahoo!不動産』を運営するヤフーへの物件情報の提供を12月10日に打ち切る」というニュースがありました。理由は、ポータルサイトの中立性を損なうヤフーの姿勢を疑問視したからだそうです。

CNET Japan
不動産業界団体、ヤフーへの情報提供を打ち切り--ポータルとしての中立性を重視

これは、広告においても同じでしょう。検索サイトが同時に広告業者を兼ねるという現実に対して、当然検索の中立性に疑問をもってもいいはずです。欧州委員会が再三指摘しているのも、まさにその点なのです(Google が、Google ショッピングに登録しているスポンサーサイトが上位に表示されるように検索順位を操作しているという疑惑です)。でも、日本ではなぜかそういった声がまったく出てこないのです。

言うまでもなく、検索順位を決めるアルゴリズムは、Google が独自に開発したものです。Googleのさじ加減ひとつで、いくらでも順位の操作が可能なのです。まして、Google は、収益の90%を広告収入に頼る広告業者でもあるのです。YouTubeやGoogle マップなどGoogle のサービスは広告のためにあるのです。それは検索も同じで、検索だけが中立なんてあり得ないでしょう。

たとえば、通販サイトが、メーカーの商品画像や商品名や商品の説明文を流用したり、同じ商品画像を使ってカテゴリー別や売れ筋(ベスト10)など別のページを作ることは、重複コンテンツと看做され、順位を下げるマイナス要因になるというSEO の“常識“がありますが、そんなのはすべてウソです。

いや、正確に言えば、私たちのような零細なサイトにとっては、たしかにそれらはマイナス要因になっています。しかし、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」には関係ないのです。

その証拠に、大手の通販サイトはメーカーの商品画像や説明文を堂々と流用していますが、まったく関係なく検索の上位に掲載されています。零細なサイトが同じことをおこなったら、大きく順位を下げるでしょう。実際に、モバイルフレンドリーが実施された今年の春以降、その傾向が強くなりました。一方、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」のサイトでは、逆に重複コンテンツとしか言いようのないページが並んで表示されている事例がいくらでもあります。

すべては広告がらみの思惑によるものなのでしょう。考えてみれば、検索に公平性や中立性が担保されているというのは、何の根拠もない話です。「そうあるべきだ」と”希望的観測”で勝手に思っているだけです。

最近のGoogle とマイクロソフトのBingの検索を比べると、Bingのほうがはるかにまともに見えます。Bingには、Googleによってペナルティを受け圏外に飛ばされたサイトもちゃんと掲載されています。それに、Google のように同じサイトのページが重複して掲載されるという”珍現象”もありません。もちろん、前も書いたように、「シール印刷」のアドワーズ(スポンサー)サイトが上位を占めるという不自然な現象もありません。どちらがユーザービリティにすぐれているかは一目瞭然でしょう。

Google のDon’t be evil(邪悪にならない)というスローガンには、マイクロソフトに対する皮肉が込められていたと言われていますが、今やそれが逆になっているのです。これこそ皮肉なことはないでしょう。

Google は、アップルの方針に対抗して、早速広告をブロックできないようにするアプリの配布をはじめたそうです。これなどもGoogle のアロガントな姿勢を示していると言えるでしょう。広告頼りの危機感がますますGoogle を邪悪にしているのです。


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2015.11.02 Mon l ネット l top ▲