照實氏らと一緒に棺を霊きゅう車に運び、助手席に乗り込んだ。膝上に白い菊の花束を乗せ、火葬場のある品川区の桐ケ谷斎場に向かった。潤んだ目が、うつろに宙を見つめていた。
(スポニチアネックス 2013年8月28日06:00 配信記事)


追悼の空気に水を差すようですが、私は、この場面をテレビで見て、ちょっと引っかかるものを感じました。

聞けば、撮影しやすいように、霊柩車の運転席と助手席の窓は開けられていたそうです。事前にどんなやり取りがあったのか知りませんが、そうやってマスコミに「サービス」していたのです。

悲しみにうち沈んでいたのは事実なのでしょう。「潤んだ目が、うつろに宙を見つめていた」のも事実かもしれません。しかし、それでも、マスコミ向けの「サービス」は忘れなかったのです。その結果、私たちが目にするのは、上の記事のイメージに合致したような宇多田ヒカルの写真です。案の定、翌日のスポーツ新聞は、どこも似たような「うつろに宙を見つめて」いる宇多田ヒカルの写真が掲載されたのでした。そうやって永遠にメディアで使いまわされる(であろう)写真が「撮影された」のです。

また、スポーツ新聞やテレビのワイドショーなどの報道も、その日を境に、前日に宇多田ヒカルが公式サイトにアップしたコメントに沿った、「家族の愛情が溢れている」「胸を打たれる」というようなトーンに変わったのでした。写真とコメントがワンセットになったのです。

たしかに、母親を失った宇多田ヒカルの気持を思うとき、コメントに記されたことばにウソはないのでしょう。

ただ、コメントを出すタイミングといい、コメントの文面といい、あまりにも「できすぎている」気がしないでもないのです。そして、それまでの報道がすべてコメントに収れんされるようなマスコミの変わり身のはやさには、逆に首をひねらざるをえないのです。

それじゃ、ペニオク詐欺ではないですが、芸能人のブログになんの留保もなく、「すてき!」「感動しました!」「私もほしい!」「がんばってください!」とコメントを書き込むファンと同じです。

どうして医療施設ではなく新宿のマンションだったのか。身の回りの世話をするのに、どうして女性ではなく男性だったのか。宇多田ヒカルは、本当に母親の居場所を知らなかったのか。

悲しみにうちひしがれているなかで、さりげなく行われた”演出”に、私のようなひねくれ者は、いろいろと勘繰ってしまうのですが、まして芸能マスコミは、”下衆の勘繰り”が売りのはずです。みんなでバンザイしてどうするんだ、と言いたいのです。
2013.08.29 Thu l 芸能・スポーツ l top ▲
一般にはほとんど知られてない名前でしょうが、フリーライターの日名子暁氏が今月24日に亡くなったというニュースがありました。

日名子暁氏については、『日本の路地を旅する』の上原善広氏が、みずからのブログ「全身ノンフィクション作家」で、「『最後の雑誌屋』の死」と題して追悼文を書いていました。以下は、上原氏のブログに掲載されていた日名子暁氏のプロフィールです。

1942年、大分生まれ。中央大学法学部中退。週刊誌記者を経て、ルポライターとして活躍中。ヤクザ、外国人労働者、パチンコ、詐欺、金融など“裏の世界”を舞台とした領域を得意とする。主な著書に『マニラ通』『新宿歌舞伎町アンダーワールド』『不良中年の風俗漂流』『ストリップ血風録』など多数。


日名子氏の訃報に対しては、上原氏だけでなく、多くのフリーのライターや編集者たちが、ブログやTwitterでそれぞれ追悼のことばをアップしていました。「最後のルポライター」という言い方をしていた人もいましたが、たしかに朝倉喬司氏や日名子氏もいなくなり、「ルポライター」と呼べるような生きざまと志をもっている人はホントに少なくなったなと思います。

日名子氏は私と同郷で、しかも日名子という苗字はめずらしく、別府には昔「日名子ホテル」というのがありました。それでもしかしたら高校の先輩ではないかと思っていたのですが、どうやら私たちの高校ではなく、大分市にある別の高校の名門ラグビー部の出身のようです。

ルポライターの元祖・竹中労は、『ルポライター事始』(ちくま文庫)で、「車夫・馬丁・ルポライター」という言い方をしていました。もちろんそれは、自分を卑下して言っているわけではなく、週刊誌ジャーナリズムの「特権的編集者(労働貴族)」と「非良心的売文屋(下請ボス)」が牛耳る分業システム(差別の構造)からはみ出した、「えんぴつ無頼」の一匹狼たるルポライターの矜持と覚悟を示したことばなのです。

 つまりは、労務者渡世なのだ。トビも荷役も土方もヨイトマケも、時と場合と注文に応じてやってのけなければならない。ルポライターとは、そういう職業なのである。


私も先日、某大手出版社が出している週刊誌の記者と会いましたが、やってきたのは如何にも育ちのよさそうな若くてきれいな女性の記者でした。どうしてこんな女の子があんなえげつない差別的な記事を書くのか、不思議でなりませんでしたが、要するに彼女は、単に「責任のない文章をベルトコンベアーに乗せるように、マスプロしていく体制」のひとつの駒でしかないのでしょう。竹中労の言うルポライターとは真逆の存在なのです。

「芸能と芸能者に対する理解、愛着がなくてどうして芸能記事が書けるのか」と竹中労は書いていましたが、このことばも「私刑」をスキャンダリズムと勘違いしている『週刊新潮』や『週刊文春』のような「特権的編集者」や「非良心的売文屋」には、所詮馬の耳に念仏なのでしょう。

安倍政権が今秋の国会に提出を予定している「特定秘密保全法」にしても、罰則対象から「報道目的」を除外するというアメ(裏取引)によって、新聞・テレビの大手メディアはいっせいに腰砕けになりましたが、それに対していちばん敏感に反応しているのは、フリーランスの記者や編集者たちです。なんの後ろ盾もない彼らにとっては、この法律は文字通り死活問題なのです。

 人間を制度が支配するかぎり(むろん共産制であろうと)どこに”言論の自由”など存在しよう。しかし、いかなる時代・社会・国家においても、断乎として”自由な言論”はある。とうぜんそれを行使する者の勇気と、犠牲の上にである。


竹中労は、このように、”言論の自由”なんてない、あるのは”自由な言論”だけだ、と常々言ってました。

日名子暁氏のようなルポライターがいなくなるというのは、”自由な言論”がなくなるということでもあります。そういった「勇気」と「犠牲」もいとわない一匹狼の矜持も志も姿を消すということでもあります。それはまた、「特定秘密保全法」に示されるような、相互監視の息苦しい社会の到来を象徴していると言えるのかもしれません。
2013.08.27 Tue l 訃報・死 l top ▲
今日、このブログに、「怨嗟の連鎖? 藤圭子(宇多田ヒカルも)が母(祖母)の葬儀に出なかった理由」という長いキーワードでアクセスした方がいました。アクセスジャーナルの渡辺正次郎氏のブログに、同じタイトルの記事がありますので、おそらくそれに関連してヒットしたのだろうと思います。

藤圭子が母親や恩師の石坂まさを氏の葬儀に参列しなかったのは、どうやら事実のようで、しかも母親や石坂まさを氏を恨んでいたという週刊誌の記事さえあります。もしかしたら、そういった軋轢も、彼女の心に暗い影を落としていたのかもしれません。

藤圭子は、北海道旭川の浪曲師の父親と三味線弾きの母親のもとに生まれ(出生地は岩手県)、極貧のなかで育ち、中学卒業と同時に一家で東京にやってきたと言われています。寒風吹きすさぶなかをゼニコもらうために、瞽女の母親に手を引かれ、門付してまわる。そんな幼い頃の記憶は、消したくても消えないものでしょう。

藤圭子の歌を「怨歌」だと言ったのは五木寛之ですが、五木寛之は、藤圭子死亡の報に際して、朝日新聞につぎのようなコメントを寄せていました。

 「浅川マキ、藤圭子。時代のうつり変わりを思わずにはいられない。1970年のデビューアルバムを聞いたときの衝撃は忘れがたい。これは『演歌』でも、『艶歌』でもなく、まちがいなく『怨歌』だと感じた。ブルースも、ファドも『怨歌』である。当時の人びとの心に宿ったルサンチマン(負の心情)から発した歌だ。このような歌をうたう人は、金子みすゞと同じように、生きづらいのではないか。時代の流れは残酷だとしみじみ思う。日本の歌謡史に流星のように光って消えた歌い手だった。その記憶は長く残るだろう」
(朝日新聞デジタル 8月22日23時20分配信)


五木寛之が「艶歌」や「海峡物語」や「涙の河をふり返れ」などで描いた非情な流行歌の世界をまるで地で行くように(小説を参考にしたかのように)、藤圭子は、その消したくても消えない記憶をセールスポイントにして、”不幸”や”運命”を背負った「怨歌」歌手としてデビューしたのでした。それをプロデュースしたのが、作詞家の石坂まさを氏でした。

五木寛之は、そのあたりの経緯を、「怨歌の誕生」(文春文庫『四月の海賊たち』所収)という実名小説で描いています。

「怨歌の誕生」は、「私」が連載している毎日新聞のエッセイに書いた、つぎのような文章からはじまります。

 藤圭子という新しい歌い手の最初のLPレコードを夜中に聴いた。彼女はこのレコードを一枚残しただけで、たとえ今後どんなふうに生きて行こうと、もうそれで自分の人生を十分に生きたのだ、という気がした。
(略)日本の流行歌などと馬鹿にしている向きは、このLPをためしに買って、深夜、灯りを消して聴いてみることだ。おそらく、ぞっとして、暗い気分になって、それでも、どうしてももう一度この歌を聴かずにはいられない気持になってしまうだろう。
 ここにあるのは、<艶歌>でも<援歌>でもない。これは正真正銘の<怨歌>である。
(毎日新聞社刊『ゴキブリの歌』所収)


しかし、このエッセイが、藤圭子を売り出すレコード会社やプロダクションのパブリシティに利用され、ジャーナリズムの喧騒に巻き込まれることになるのでした。なかでも、テレビ番組の打ち合わせの席に現れた、「藤圭子の歌の歌詞からプランニングまでを一手に行っている」「沢ノ井氏」(石坂まさを氏の本名)の”独演”に、その場に居合わせた「私」たちが戸惑う場面が印象的でした。

 彼ははっきりした音声で、力を込めて情熱的に語るタイプの人間だった。体を乗り出し、目をすえて、体ごと喋るような口調で喋った。そこには一種の強く昂揚した熱っぽさがギラギラ光っており、徒手空拳でマスコミを騒がせたスター歌手のプロモーターとなった青年の自信と過剰なエネルギーがあふれていた。
(略)
「ぼくも藤圭子を愛している。五木さんも藤圭子を愛してくださる。この共通の愛情にもとづいて作られる番組なら、ぼくはすべてをおまかせしていい、そういう気持です」
(「怨歌の誕生」)


そして、「沢ノ井氏」はつぎのような気になるセリフを残し、「私」たちを煙に巻いて去って行ったのでした。

「できるだけ暗く暗く持って行こうとしているんですがね。ちょっと目を離すとすぐ明るくなっちゃう」
(同上)


井上光晴の小説の題名を借用すれば、「怨歌」に「プロレタリアートの旋律」を見ることができた時代。そんなロマンが成立した時代。藤圭子はそんな時代を代表する歌い手でした。しかし、それは、彼女にとっても、私たちにとっても、”虚構”でしかなかったのです。

心の底に錘のように残っている消したくても消えない記憶。それと現実とが乖離すればするほど、そして、聡明でナイーブであればあるだけ、人は「記憶」と現実の間に引き裂かれ苦悩しなければならないのでしょう。

今日のJ-POPシーンを代表するシンガーソングライター・宇多田ヒカルの母親という顔をもちながら、一方で藤圭子は、母親に手を引かれ門付して歩いたあの日の記憶をずっと心に抱え、孤独に生きてきたのではないか。

>> 宇多田ヒカル賛
2013.08.23 Fri l 訃報・死 l top ▲
今日の昼間のことでした。外から帰ってきて、パソコンを立ち上げていたら、電話(固定)のベルがけたたましく鳴りました。電話は留守電のままだったのですが、留守電のアナウンスが流れてもしばらく無言で、そしてガチャリと切れました。

2~3分後、再びベルが鳴りました。その際、電話機のモニターで確認したら、045×××××××という横浜市内の電話番号が表示されていました。しかし、私の「電話帳」にない番号です。

すると、今度は5~6秒くらい無言のあと、意を決したような女性の声が流れてきたのです。

「×村×子です。お久しぶりです。お手紙ありがとうございました。私のことを忘れないでいてくれてうれしかったです。私も・・・ピー、ピー、ピー」
「メッセージを録音しました」
メッセージの時間切れです。

「また来るぞ」と私は思いました。案の定、2~3分後、三度目のベルが鳴ったのです。

「×村×子です。お手紙ありがとうございました。私のことを気にかけてくれてうれしかったです。私も会いたいと思っています。いろんなことがあり、お話ができれば・・・ピー、ピー、ピー」
「メッセージを録音しました」

今度かかってきたらどうしようかと思いました。今さら「間違い電話です」と言うのも忍びない気がしますし、「×村×子」さんに大恥をかかせることにもなります。だからと言って、留守電の盗み聞きをつづけるのも気が引ける。

でも、私の悩みも杞憂に終わりました。四度目の電話はかかって来なかったのです。ちょっと残念な気もしました。

「×村×子」さんは既に結婚しているのではないか。結婚生活もマンネリになっていたときに、突然、昔の恋人から「まだ君のことが忘れられない」という手紙が来た。どうしよう。もう昔とは違うのだ。今度会ったら「不倫」になるし。でも、でも、やっぱり会ってみたい。電話の前で私は、そんなことを想像しました。

しかし、あろうことか「×村××子」さんは、見も知らない相手に自分の「不倫」に揺れる気持を吐露していたのです。

やはり三度目の電話のとき、野暮を承知で「×村×子」さんに”真実”を伝えるべきだったのかもしれません。胸が張裂けそうなくらい大きくなっていくトキメキを抱えながら、返事を待っている「×村×子」さんのことを思うと、なんだか申し訳ないような気がして、後味の悪さだけが残りました。

後日談
待ちくたびれたのか、その後再び×村×子さんから電話がかかってきました。それで、野暮を承知で電話に出て、「×村さん、今まで何回も変なメッセージが入っていましたが、私はあなたが待っている×崎さんではありませんよ。間違いですよ」と言いました。すると、×村×子さんは、「エエッ!」と素っ頓狂な声を出し、「すいませんっ!」と言って電話をガチャリと切りました。
2013.08.22 Thu l 日常・その他 l top ▲
最近、朝だけでなく夕方も歩いています。散歩なんてひと昔前までは考えられなかったことです。それだけ年を取ったということなのでしょう。

父親は70才で亡くなったのですが、それまでは近所の人たちと毎朝ウォーキングをしていました。どうも「歩け歩け」運動の世話人のようなこともやっていたようでした。

たまに実家に帰って朝まで起きていると、朝の5時すぎに「ウタ」(実家で飼っていた柴犬)の鳴き声が聞こえるのです。毎日ウォーキングに連れて行っていたので、「朝だよ。はやく行こうよ」という催促なのでしょう。

そして、父親がごそごそ起き出し身支度をして、「ウタ」と一緒に家を出るのでした。その様子を2階の窓から見ていると、朝もやのなかで「ウタ」が如何にも嬉しそうに飛び跳ねているのが見えました。父親はそんな「ウタ」に先導されるように、町外れに向かって黙々と歩いて行くのでした。私はそんな父親のうしろ姿を見ながら、年老いていくことのせつさなやかなしみのようなものをしみじみ感じたものです。

しかし、気が付いたら、いつも間にか私自身が同じようなことをしていたというわけです。

夕方の散歩は朝と違って、なるべく今まで通ったことのない道を歩くようにしています。今日はゲリラ雷雨の予報が出ていましたので中止にしましたが、昨日は、大倉山から新横浜、新横浜から上麻生道路を通って白楽駅まで歩きました。地元の人以外にはわからない話でしょうが、都合7~8キロくらい歩いたのではないかと思います。そして、帰ってからGoogle やYahooの地図でおさらいをするのも楽しみです。

地図を見ているときもそうですが、歩いているときも、いろんな想像力をはたらせている自分がいます。「どんな鳥も想像力より高く飛ぶことはできない」と寺山修司は言ったのですが、家でパソコンの前に座っているより、散歩などをしているときのほうが、はるかに想像力が解き放されているような気がします。それが「身体的」ということではないでしょうか。大事なのは、観念ではなく「身体」なのです。ちなみに、ネトウヨがパソコンの前でふくらませているのは、想像力ではなくただの妄想です。

ところで昨日、夕暮れの街を歩きながら、ずっと私の頭のなかを占領していたのは、「年をとっていいことなんかなにもないよ。はやく死にたいけど、なかなか迎えが来んのよ」という母親の声でした。

”財政危機”にある横浜市は、最近やたら重箱の底をつつくようにあれこれ言ってくるのですが、先日も市役所から問い合わせがあったので、その件で田舎の母親に電話をしたのでした。しかし、90才近くの母親は益々トンチンカンになっていました。半年前まであんなにしっかりした会話ができていたのに、何度も同じことをくり返さないとまともな答えが返って来ないようになっていました。

「預金通帳は今ないよ。××(妹の名)が預かると言っち持って行った」
「なに言ってるの、預金通帳の話なんかしてないよ」

まったく人聞きが悪いのです。知らない人が聞いたら、振り込め詐欺の電話のように思われるかもしれません。もっとも、電話は最初から不用心でした。

「オレだけど」
「エッ」
「オレ」
「ああ、××(私の名)ね」
「そう、元気?」

考えてみれば、これって典型的な「オレオレ詐欺」のパターンです。それから母親は、私が半分も理解できないような田舎の出来事を延々と話しはじめるのでした。

でも、冗談なんか言えるような心境ではないのです。親不孝な息子は、母親のことばになんだかひどく責められているような気がするのでした。そして、なんだかバチ当たりな人間のように思えてきたのでした。

まだ若かった頃、女の子とデートをしていると、ふと田舎でひとり暮らししている母親のことを思い出し、おれだけがこんな楽しい時間をすごしていていいんだろうかと、うしろめたい気持になることがありましたが、最近はそんな気持すら忘れていたのです。これじゃバチが当たっても仕方ないなと思います。
2013.08.21 Wed l 故郷 l top ▲
昨日の「情熱大陸」(TBS系列)は、「芸能界復帰から8か月。アラフォーとなった『朋ちゃん』のリ・スタート舞台裏に密着取材!」と銘打ち、華原朋美をとり上げていました。

それにしても、世間は移り気で、芸能マスコミはいい加減です。あれだけ叩いていた「朋ちゃん」ですが、今度は一転「朋ちゃん、がんばって!」に変わっているのです。特に女性誌にその傾向が強く、握手会などでは、「朋ちゃん」の顔を見て涙ぐむ女性ファンも多いのだとか。

ただ、この番組はドキュメンタリーというよりは、再デビュー&セルフカバーアルバム発売のパブ企画のような感じでした。さすが尾木プロダクション(正確には、プロダクション尾木)。過去のマイナスイメージを逆手にとって「朋ちゃん、がんばって!」に持っていく”力技”は見事というしかありません。

彼女をプロデュースした小室哲哉は、「アーティストに手をつけたのではない。恋人に曲を書いてデビューさせただけだ」(Wikより)とうそぶいていたそうですが、「遠峯ありさ」というB級アイドルが、当代の売れっ子プロデューサーと寝んごろになり、一躍トップアイドルの座を射止めたのですから、「シンデレラストーリー」と言われたのも当然でしょう。一方で、「公私混同だ」という批判もありましたが、しかし、芸能界は売れてなんぼの世界ですから、売れりゃそんなの関係ねぇ、逆に女王様のようにチヤホヤされるのです。私も実際に、当時小室が仕切っていた深夜のテレビ番組で、やたらチヤホヤされている彼女を見て嫌な感じがしたことを覚えています。

しかし、栄光も長くはつづきませんでした。小室に棄てられた彼女は、睡眠導入剤などのクスリに依存、救急搬送やドタキャンなど度重なるスキャンダルを演じ、ついに所属事務所のプロダクション尾木から解雇され、芸能界から姿を消したのでした。

恋人を失った心の痛みだったのか、それとも仕事の後ろ盾を失った絶望感だったのか、いづれにしてもクスリに溺れていた頃の彼女には、たしかにアイドルではないひとりの女性としての素の部分がさらけ出されていたように思います。だから、ファンたちは、今の「がんばっている」彼女を見て応援したくなるのでしょう。ファンというのは、芸能界はなんでもありだなんてひねくれた見方はしないのです。

でも、”同情”だけでやっていけるほど、芸能界が甘い世界でないことは言うまでありません。再デビューに際しての彼女の姿勢にも、危なっかしいところがないわけではありません。芸能界から身を引いたあとは、二十歳の頃から疎遠になっていたフィリピンに永住している父親のもとに行き、現地でめぐまれない子どもたちをサポートしている父親の活動を手伝ったりしていたそうですが、なのにどうしてまた生き馬の目をぬく(クスリに溺れるほど痛い目にあった)芸能界に戻ってきたのか。私は、「歌が好き」とかいう以前に、一度華やかなスポットライトを浴びた人間がもっている”哀しい性”のようなものを感じてならないのです。彼女が、再びお人好しなファンを裏切らないことを願うばかりです。

そして、再デビュー曲の「夢やぶれて」のようなお涙頂戴ではなく、過去の栄光に負けないようなオリジナル曲で勝負するのを待ちたいと思いました。
2013.08.20 Tue l 芸能・スポーツ l top ▲
悪ふざけ画像1

悪ふざけ画像2


上の画像はネットから拾ってきたのですが、いづれもステーキ店やコンビニのアルバイト店員がネットに投稿した「悪ふざけ画像」です。

私はこのニュースをみたとき、中川淳一郎氏が『ネットのバカ』(新潮新書)に書いていたエピソードを思い出しました。それは、前ローマ法王・ベネディクト16世がTwitterをはじめたとき、「日本人がつぎつぎ突撃した」恥ずかしい書き込みです。

「ちょwwwww お前毎日白い服だな wwwwwwwwwwwwwwwwwww この貧乏人が」
「フォロバしないとサリン撒くぞ」
「えっちしよ」
 オバマ氏と同様のバカ騒ぎのほか、「ローマ法王に殺害予告します。明日殺す」と書く者まで現れた。そして、ベネディクト16世が高齢を理由に退位を発表した時は「老人ホームへ連れてけ!」と書く人が出たほか実に非礼な発言が続出した。


中川氏が言うように、「世の中には我々の想像を越えるバカもいる」のです。「悪ふざけ画像」もその類でしょう。

ネットの一部には、「悪ふざけ」は安くこき使われている非正規雇用の反乱だなどと擁護する声もあるようですが、まさかそんな高尚な話ではないでしょう。どこにでも「バカ」はいるけど、社会的訓練を受けてないフリーターに特に多いだけのことでしょう。

被害にあったステーキ店は、店を閉鎖することを決定。併せて「悪ふざけ」の元アルバイト店員に損害賠償を求めるそうですが、そうやってリアル社会のオキテを突きつけないと、ことの重大さがわからないのかもしれません。なにより必要なのは、彼らをネットから現実に引きずり出すことなのです。

これが誰でもネットをする時代、梅田望夫氏が言う「総表現社会」の現実です。ネット以前は彼らのような人間は発言の場がありませんでした。その意味では、誰でも発言の場を与えられる(発言の手段を得る)「総表現社会」は、民主主義の理想の姿と言えるのかもしれません。Google もそんなイデオロギーをふりまいています。

しかし、ホントにそうなのか。少なくとも彼らにとっては、これが自分を表現することなのです。こういうかたちでしか自分を表現できないのです。以前、東浩紀が、「世間知らずでバカが多い中高生がニコ生で幅を利かせている」とツイートしていましたが、「総表現社会」は、中高生に限らずそんな勘違いをますます増幅させているとも言えます。

先日、大学生の60%以上がヘイトスピーチの存在すら知らなかったという調査がありましたが、私はそれを別の観点で解釈したいと思いました。ネットだけを見ていると、世の中はヘイトスピーチで大騒ぎ、嫌中嫌韓が日本の主流みたいな印象がありますが、それはネットがそういった偏った書き込みで溢れているからにすぎません。嫌中嫌韓が主流でもなければ、媚中媚韓が主流でもないのです。

60%の大学生が知らなかったというのは、ヘイトスピーチの現実を考えればたしかに問題かもしれません。ただ、ネットとの付き合い方という点では、むしろ”健全”と言えなくもないのです。「ネットがすべて」「ネットこそ真実」が異常なのです。

最近、電車に乗っていると、スマートフォンをいじっているかうたた寝(タヌキ寝入り?)をしている人ばかりで、本を読んでいる人なんてホントにめずらしくなりました。逆に、本を読んでいる人が新鮮に見えるほどです。ネットによって、今まで見えていたものが見えなくなったということはあるのではないでしょうか。

前も書きましたが。面と向かって言えないことをネットだと言えるような世界はウソです。ネット住人たちは、そのウソを「本音」「真実」と思い込んでいるだけです。中川氏が書いているように、「人間は完全に考えが合うものではない。一部の発言をもってして全人格を否定し、その人を拒否するのは実にもったいない」し、不幸なことです。

また、”Jカス”ことJ-CASTニュースなどミドルメディアが、”ネットの声”をやたら強調し炎上を煽っているのは、あまりにも心根が卑しく性質(たち)が悪いとしか言いようがありません。その裏には、ニコ動などと同じように、ネットを金の成る木としてしか見てない思惑と計算がはたらいていることを忘れてはならないでしょう。
2013.08.14 Wed l ネット l top ▲
2013年8月12日 009


横浜駅の西口のそごうに買い物に行ったついでに、ベイクォーターからみなとみらいの象の鼻パークまで散歩しました。

ちょうど夕方の5時すぎでしたので、3階のテラスにあるビアガーデンは、勤め帰りのサラリーマンやOLたちで行列ができていました。でも、上の4階や5階のテラスにも似たような飲食の店はあるのですが、にぎわっているのは3階のビアガーデンだけで、あとは閑散としていました。もっとも、盆休みということもあるのか、ベイクォーターのショップはどこも閑古鳥が鳴いていました。

横浜駅からベイクォーターはすぐですが、でも実際に行くとなると非常にわかりにくくて苦労します。これはベイクォーターに限らず、横浜の街自体がそうで、初めて来た人は戸惑うだろうなと思います。実際に途方に暮れた感じで案内板を見ている、観光客とおぼしき人たちをよく見かけます。

たとえばベイクォーターからみなとみらいに行くにはどうすればいいのか。あるいは、みなとみらい線のみなとみらい駅で下りても、そこから赤レンガ倉庫や山下公園に行くにはどうすればいいのか。地元の人ならわかるでしょうが、初めて横浜に来た人は途方に暮れるのではないでしょうか。

みなとみらいや赤レンガや山下公園や中華街や馬車道や伊勢佐木町や桜木町や野毛や元町や山手など、地名は有名なので知っているかもしれませんが、それらをくまなくまわるとなると至難の業です。

前にこのブログでも書きましたが、関内あたりは人も少ないし、それに威圧するような高いビルもないので、なんだかヨーロッパの街に似た雰囲気があり、私はあのあたりをぶらぶらするのが好きです。それは東京の街にはないものです。

そういった雰囲気を押す視点があっていいように思いますが、最近の横浜は、逆にそんな”横浜らしさ”から目をそらそうとしているような感じさえあります。

昨日、横浜市長選挙が告示されましたが、横浜市長選が結局”茶番”になってしまったのは、(私も市民のひとりなのであまり偉そうなことは言えませんが)やはり市民の力が弱いからでしょう。

市議会議員の木下よしひろ氏が、サイトに掲載している「横浜市の借金時計」によれば、平成24年度末の横浜市の一般会計の市債残高は、2兆4495億1127万4千円、特別会計・企業会計を合わせた全会計の市債残高は、4兆4430億6228万3千円だそうです(いづれも見込み額)。

一方、横浜市が発表した平成22年度(確定)の財政収支は、歳入は1兆3992億5100万円、歳出は1兆3796億9900万円で、57億1800万円の黒字ですが、ただこのなかには、1234億3300万円のあらたな市債の発行が含まれているのです。つまり、収入の4倍近くの借金を抱えながら、今なお借金は増えつづけているのです。

にもかかわらず、職員の給与は全国でもトップクラスです。職員数は、人口比から言っても決して多くなく、むしろ少ないくらいです。しかし、給与に関しては、下記の「参考」にあるように、「ラスパイレス指数」で見ると、高いレベルであることは否定できません。そして、2010年度は「ラスパイレス指数」が全国一になったのでした。

参考:
①平成24年度の横浜市の平均月額給与(総務省発表)
指定都市のラスパイレス指数の状況
指定都市別ラスパイレス指数等の状況
②横浜市総務局労務課が公表した平成24年度の平均給与年額
横浜市の給与・定員管理等について

6月の市議会で、7月1日から来年3月まで、市長・職員の給与及び議員報酬を減額する条例案(市長・副市長は13%、職員は役職に応じて3.79~8.79%の減額)が可決されましたが、ただそれは、東日本大震災の復興財源にあてるため国家公務員の給与を7.8%引き下げたのに伴ない、政府が地方公務員の給与引き下げを要請したことに応じたものです。あくまで来年3月までの期間限定にすぎず、横浜市独自のものではないのです。

もちろん、市関係4労組(自治労横浜・横浜交通労組・横浜水道労組・横浜市教職員組合)が自分たちの既得権益を守ろうとするのは、労働組合として当然です。給与が高いのも闘いの成果で、彼らにとっては誇るべきことでしょう。また、言うまでもないことですが、”財政危機”の責任は、市職員にあるわけではないのです。市政をつかさどる行政と議会、それに私たち市民にあるのです。

要は、横浜市の現状に対して、納税者である市民がどう考えるかです。市民税や国民健康保険料など、市民への負担ばかりが優先されていますが、ゴミ収集の民間委託や新庁舎の建設や膨大な負債を抱える第三セクターの整理や市職員の天下りやワタリの問題など、課題はいくらでもあります。それは右も左も関係ありません。もっと喧々諤々の議論があっていいはずなのに、市民の声がまったく聞こえてこないのです。その結果が、今の緊張感の欠けた”オール与党体制”になっているのではないでしょうか。横浜は、このように市民の意識もイナカだと言わざるを得ないのです。

帰って万歩計を見たら、1万5千歩を越えていました。


2013年8月12日 012

2013年8月12日 015

2013年8月12日 039

2013年8月12日 048

>> 関内あたり
2013.08.12 Mon l 横浜 l top ▲
山本太郎氏文書 福島氏に酷似
ブラック批判 いじめとの声も

昨日のYahooニュースにこのふたつの見出しが並んで掲載されていました。

私は、それを見て、Yahooニュースは、わかりやすいくらいわかりやすいサイトだなと思いました。

山本太郎参院議員は、選挙後に開会された臨時国会で、つぎの6本の質問主意書を提出したそうです。

柏崎刈羽原発再稼働問題に関する質問主意書
東京電力が第三者機関として用いる分析会社の正当性に関する質問主意書
TPP及び日米並行協定に関する質問主意書
地域別最低賃金に関する質問主意書
生活保護制度に関する質問主意書
生活困窮者自立支援法案に関する質問主意書
参議院 質問主意書・答弁書一覧

このなかで「生活困窮者自立支援法案に関する質問主意書」が、社民党の福島瑞穂党首が提出した質問主意書に酷似していたのだそうです。それがどうしたという感じですが、政府の答弁書作成には、多くの時間とコストがかかるので、似たような質問主意書を提出するのは、「税金の無駄使い」(政府関係者)だと言うのです。

あんたたちから税金の無駄使いなんて言われたくないと思いますが、さっそくチンピラまがいの言いがかり・嫌がらせが始まった感じです。山本太郎バッシングは小沢バッシングに似てきた、と言った人がいましたが、たしかにそんな感じがしないでもありません。

このバッシングは、「山本太郎は無能」という”朝日新聞パターン”と言っていいかもしれますせん。もうひとつ、下半身スキャンダルや中核派ネタの”新潮&文春パターン”があります。

一方の「ブラック批判はいじめだ」という記事は、見出しのとおりで、インターネットのアンケートを牽強付会に解釈して、ワタミをはじめとするブラック企業をやんわりと擁護する内容の記事です。ワタミの渡邉美樹会長が当選した途端、このざまです。

原発は国策なので、その利権は巨大です。関連企業も膨大です。東芝も三菱も日立も古河電工も住友(電気)も、みんな原発で飯を食っている関連企業です。当然、広告費も巨額です。だから、マスコミにとって「反原発」は当然タブーでした。

そう考えると、山本太郎が当選した途端、いっせいにマスコミがバッシングをはじめたというのは、わかりやすいくらいわかりやすい話です。そして、逆にワタミのようなブラック企業を擁護する論調が出てきたのも、わかりやすいくらいわかりやすい話なのです。

朝日新聞は、科学部を筆頭に「原発推進」の立場をとってきました。それは「社論」でした。チェルノブイリの事故で風向きが変わったと言ってますが、実際は福島第一原発の事故までそれはつづきました。科学部の初代部長だった木村繁氏(故人)は、原発推進の応援団であることが新聞の役割で、原発に反対する人間を科学部はとらないと宣言していたそうです。その背景にあるのは、言うまでもなく科学信仰でした。

しかし、原発推進の立場をとるということは、単に科学信仰云々の話にとどまらないのです。原発反対運動に対して、電力会社やその関連・下請け企業が、警察や暴力団や右翼を使ってどんなひどい仕打ちをしてきたか。朝日新聞など報道機関が、そういった現実を知らないはずはないのです。でも、みんな見て見ぬふりをしてきたのです。

元朝日新聞科学部長の柴田鉄治氏は、月刊誌『創』のインタビュー(2012年12月号・「二つの連載企画が示した検証報道の大切さ」)で、つぎのように言ってました。

反対派が出てきた時の一番の問題点は、メディアが「絶対安全を求める反対派は非科学的だ」と攻撃したことです。本当は推進側が反対派に「絶対安全か」と迫られて「絶対安全だ」と言ったことがおかしいのであって、メディアがそれを衝かなかったのが間違いですよね。


でも、山本太郎は非科学的だとヤユする「拝啓 山本太郎さま」(WEBRONZA)を読むと、なにも変わってないんじゃないかと言いたくなります。原発事故であきらかになったのは、「科学的」と言われるものがどんなにいい加減なものだったかという事実でしょう。「科学的」であればどんなことでもごまかせるという事実でしょう。

スリーマイル島やチェルノブイリの事故の教訓がどうして生かされなかったのかと言えば、そんな事故は日本では起きないだろうという見方があったからだそうですが、今の再稼動も、もうしばらくはあんな大地震は起きないだろうという見方が根底にあるような気がしてなりません。あとは「科学」で体裁を整えればいいだけです。

原発は、まず国策ありきで、「科学」はあくまであとからついてきたにすぎません。今も同じです。未曽有の海洋汚染が起きているにもかかわらず、「科学」の名のもとに、安全宣言がなされ、アンタッチャブルな東電は甦り、原子力ムラは復活し、再稼動が着々と進み、原発の輸出が行われようとしているのです。

一方で、原発に反対したためにすべての仕事を失った(元)芸能人が、原発を憂慮する人々の支持を受けて国会議員になった途端に、いっせいにバッシング(人格攻撃)がはじまっているのです。原発芸人だったビートたけしが、トヨタのCMで被災地の復興を呼びかけているのと対照的です。今度は復興のCMで、ビートたけしは巨額の出演料を懐に入れるのでしょう。不条理はまだつづいているのです。

あの事故からまだ2年半も経ってないのです。政府も政治家も国民もマスコミも、一体なにを学んだのかと言いたくなります。
2013.08.11 Sun l 震災・原発事故 l top ▲
昨日は全国200地点以上で35度以上の猛暑日だったそうですが、今日はさらに気温が上がり、局地的には40度前後まで上がる恐れがあるというニュースがありました。

こんな日はエアコンが効いた部屋ですごすのがいちばんですが、それでも腹は減ります。冷蔵庫のなかを見たら、見事なほどなにも入っていません。それで意を決して近所のスーパーに買い物に行きました。

表に出ると火に焙られたような熱い空気が全身を襲ってきます。そして、いっせいに汗が噴き出してきました。

滝のように流れる汗をタオルで拭きながらスーパーにやってくると、駐車場の入口で警備員の方が出入りする車を誘導していました。それはいつもの光景ですが、しかし、今日は特にその姿が目にとまりました。

どこでもそうですが、警備員をしているのは、定年後に再就職したような年齢の人たちばかりです。それは、若い人たちの応募が少ないからという理由だけではなく、警備会社が「高年齢者雇用安定助成金」目当てで高齢者を積極的に雇用しているからだという話を聞いたことがありますが、満更ウソではないのでしょう。

警備員の方たちは、この猛暑のなかでも制服制帽です。茹でタコのように真っ赤な顔をして、首に巻いたタオルでしょっちゅう汗を拭いながら、ひっきりなしに出入りする車を誘導していました。

見るからに大変そうです。失礼な話ですが、どうしてこんな仕事をしているんだろうと思いました。もっとほかに「楽な」仕事はないのだろうかと思いました。でも、その年齢では「楽な」仕事はないのでしょう。

帰って警備会社のサイトで調べたら、「時給950円」でした。ひと月フルで働いても16万円ちょっとだそうです。三宅洋平のことばを借りれば「心がすさぶ」金額です。これじゃ振り込め詐欺で楽してお金を稼ごうという、クソガキたちの気持がわからないでもありません。

一方で、テレビをつければ、きれいな”おべべ”を着たキャスターたちが、「アベノミクスは投資のチャンスだ」などと、さも安倍政権であぶく銭が稼せげるチャンスが訪れたかのような幻想を煽っています。テレビの画面のなかで実感も伴わないようなお金の話をしているキャスターたちと、熱中症の恐怖と闘いながら「時給950円」の仕事に汗を流している高齢者の警備員たちは、まるで別世界の住人のようです。

「富の再分配」なんてことばもただただむなしく響くだけです。それどころか、精神科医の和田春樹氏が『テレビの金持ち目線‐「生活保護」を叩いて得するのは誰か』(ベスト新書)で書いているように、テレビ画面のなかのきれいな”おべべ”を着たキャスターたちは、アベノミクス礼賛の前はしたり顔で生活保護をバッシングしていたのでした。そうやって自公政権による生活保護法改正(前国会でいったん廃案)への世論作りに大きな役割を果たしたのでした。

彼らのバッシングは、BPO(放送倫理・番組向上機構)に審議要請した水島宏明氏(法政大教授・元日テレ社員)らが指摘するように、どれもデタラメなデータに基づいたものばかりでした。でも、彼らの話を聞いた視聴者は、「怠け者の特権」「正直者がバカをみる」「モラルもくそもない」と思い込み、魔女狩りのような”ナマポバッシング”に動員されたのです。それは今もつづいています。

「金持ち目線」でバッシングの旗をふっていた長野智子・三雲孝江・安住紳一郎・寺崎貴司・木下容子・川村晃司・大浜平太郎のようなキャスターたちにとって、和田氏のつぎのような指摘はまったく実感も伴わない異世界の話かもしれません。しかし、私たちには身近で切実な問題なのです。

 ふつうの会社員や主婦の方で、テレビの論調を鵜呑みにして、生活保護受給者を悪く言う人もいますが、これが信じられません。この人たちは、自分が親の面倒をみなければならなくなったとしたら、どうするのでしょうか。
 仮に、年収500万円の家庭で、生活保護の助けなしで親を扶養するとしたら、ものすごくたいへんだと思います。手取り400万円以下で、家のローンや子どもの教育費もあるなかで、親に月々10数万円仕送りするのは相当つらいはずです。
 生活保護とは違い、医療費もタダになりませんので、親が病気になったらさらに医療費や入院費がかかります。
 たとえ、年収1000万円の家庭だとしても、簡単ではないでしょう。


どうしてこんな殺伐とした世の中になったのかと思います。吐き気を覚えるのは暑さのせいばかりではないでしょう。

>> 河本準一の「問題」と荒んだ世相
>> ワーキングプア
2013.08.10 Sat l 社会・メディア l top ▲
安倍総理ニコニコ超会議


ネットが出現したとき、ネットとリアル社会は違うのだという認識が半ば常識としてありました。マスコミが伝えているのは、本来自分たちが知りたいことではなく、別のバイアスがかかっているのではないか。「マスゴミ」という言い方が生まれたのも、そういった認識があったからでした。

そんななかで、マスコミから一方的に与えられる情報ではない、自分たちがメディアになって情報を発信するのだという考え方が生まれたのです。そして、そういった考え方の背景に、音楽やダンスや映像やアニメなど、既にサブカルチャーに存在していたインディーズ文化とその精神があったのは間違いないでしょう。

「みずからがメディアになる」には、ネットは格好のツールでした。ネット以前のパソコン通信には、掲示板やチャットしかありませんでしたが、そこには「みずからがメディアになる」萌芽がありました。パソコン通信によって、自分たちで情報を発信し自由に意見を交換するスタイルが生まれつつあることを実感できました。また、初期のインターネットにも、そんなパソコン通信から引き継がれた”文化”が間違いなく存在していました。

しかし、インターネットが大衆化し普及するにつれ、インターネットは大きく変質したのです。

ニコニコ動画を運営するドワンゴの川上量生会長は、以前、ITメディアのインタビューで、「昔は、現実社会に居場所がない人がネットにたまってた。ネットの中に仲間がいて、現実社会と隔離した生活ができていた」が、「今ではそれが不可能」になったと言ってました。

「今、大きな力を持っているのは、リアルの従属物としてネットがあるようなサービス。ネットがリアルにどんどん浸食されている。ネットで生きることとリアルで生きることを融合しないと、“ネットの人”の生きる場所がなくなってしまう。隔離された場所はどんどん狭くなっていくので、ネットを拠点として現実とつながらないと、幸せになれないと思う」
(「ネットはリアルにどんどん浸食されている」) 


その結果がネトウヨなのかと思います。川上会長は、「ニコ動は、オタクが作ってヤンキーが見ている」「ヤンキーとオタクが、お互い自分たちが中心だと思っていて、ニコ動を通じて、衝突が起きている」と言ってましたが、最近のニコ動に見られるのは、むしろオタクとヤンキーの「融合」です。それをもたらしたのは、言うまでもなく「竹島」や「尖閣」です。既得権益の上に胡坐をかきこの国を牛耳る保守オヤジや「マスゴミ」に、いいように煽られ踊らされるネット住人たちこそ、まるで彼らの従属物であるかのようです。

もちろん、ネットと現実の「融合」の裏には、ネットが金の成る木になるという打算や思惑があったことも事実でしょう。このインタビューに、「川上会長に聞く、リアルに投資する理由」というタイトルが付いているのもそれゆえです。

「ネットこそ真実」と言っても、その大半は新聞や週刊誌やテレビの腹にイチモツのゴシップ記事がネタ元であるにすぎません。ネットと現実の「融合」なるものも、なんのことはない「マスゴミ」とネットの共犯関係(大塚英志氏の言う「旧メディアのネット世論への迎合」)にほかならないのです。

ネットがリアル社会の従属物になってしまった今の状況で、私たちがもう一度想起しなければならないのは、やはり「ストリートの思想」や「インディーズ文化の精神」でしょう。

今回の三宅洋平や山本太郎の選挙で大きな力を発揮したのは、「中央線文化」と言われるような、東京の中央線沿線に古くからあるインディーズ文化の系譜です。その中心になったのは、マスコミが押し付ける消費生活ではない、自前の消費文化を生み出す若者たちの存在です。同じオーガニックコットンでも、政治性や思想性を排したメジャーのエコブランドのそれと、消費者相互のネットワークによって流通するそれとでは、本質的にはまったく異なるのです。

今、週刊新潮や週刊文春や朝日新聞が山本太郎叩きをしているのは、山本太郎が右翼や左翼、保守や革新、与党や野党という従来の秩序のなかに収まりきれない”異物”だからです。「ただちに健康に影響はない」あの構造に鋭く刃を突きつける存在だからです。

朝日新聞は、福島第一原発の事故を受けて、「原発とメディア」「プロメテウスの罠」という二つの検証記事を連載し、高い評価を受けました。しかし、今の汚染水の問題を見ても、朝日が「壮大な嘘」に依拠する発表ジャーナリズムから転換しているとはとても思えません。セシウムやトリチウムやストロンチウムなど放射性物質に汚染された地下水が毎日300トンも海に流出しているという、この未曽有の海洋汚染を東電や原子力規制庁が公表するまでホントに知らなかったのか。福島の記者はなにをしていたのか。「ただちに健康に影響はない」と言い続けた2年5ヶ月前とまったく同じことをくり返しているようにしか思えないのです。それで、「拝啓 山本太郎さま」(WEBRONZA)なんて、カマトトぶって科学信仰をふりかざし、山本太郎を批判する資格があるのかと言いたいのです。

渋谷や中央線沿線の若者文化に代表される「ストリートの思想」や「インディーズ文化の精神」とそれらに内包されるナイーブな感性は、新潮や文春や朝日のような「マスゴミ」や、ネットをリアル社会の従属物にするニコ動などの反動に抗する“アンチテーゼ”であり”原点”であると言ってもいいのではないでしょうか。
2013.08.07 Wed l 社会・メディア l top ▲