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(大船山)


■中野重治の歩調


中野重治の「村の家」を久しぶりに読みました。中野重治は、1924年東京帝国大学独文科に入学後、新人会(戦前の学生運動団体)に入会し、天皇制国家の弾圧下にあった日本共産党が指導するプロレタリア芸術運動に加わります。

そして、1931年、29歳のときに日本共産党に入党しますが、1932年、治安維持法違反で逮捕されるのでした。しかし、1934年、転向を申し出て保釈され、福井県の日本海に近い寒村にある実家に帰郷するのでした。

「村の家」は、その実体験に基づいて書かれた短編小説です。発表されたのは、昭和10年(1935年)5月です。

「村の家」は、筆を折って(小説を書くことをやめて)村で農業をやれと説得する父親に対して、転向による深い心の傷を抱えながらも(だからこそ)文学への復帰を決意する、主人公の葛藤と覚悟が私小説的な手法を用いて描かれているのでした。

天皇制国家のむき出しの暴力と命を賭して対峙する当時の共産党員にとって、転向は屈服以外の何物でもありません。今の時代では考えられませんが、みずからの存在意味をみずからで否定するような“人生の自殺”に等しいものです。でも、文学というのはそういうところから生まれるものです。

「村の家」は、リゴリスティックで党派的な転向概念から零れ落ちる、個別具体的で人間的な感情を描いているという点で、従来のプロレタリア文学とは一線を画していると言えるでしょう。

私は、ちくま文学全集の中野重治の巻に収められていた作品を読んだのですが、加藤典洋氏は「解説」の中で、中野重治の小説を次のようなキャッチ―な言葉で評していました。

一度、極端にうつむいたことのある人が、気をとり直し、そろそろと日なたの中を歩む。それが中野の歩調だ。


■父親からの手紙


実家では69歳の父親の孫蔵と62歳の母親のクマが農業を営んでいます。父親の孫蔵は、村では、口喧嘩ひとつもしたこともない温厚な性格で、寺の行事でも必ず会計係を申し付けられるような正直者で通っています。そして、「ながくあちこち小役人生活をして、地位も金も出来ないかわりには二人の息子を大学に入れた」のでした。

しかし、長男は大学を出て1年で亡くなります。そのときも、孫蔵は愚痴ひとつこぼさなかったそうです。娘も三人いましたが、嫁いでいた次女は子どもを出産したあと肺病(肺結核)が悪化し、子どもとともに亡くなります。しかも、次女の看病をしていた長女にまで肺病が移ってしまったのでした。それに加えて、次男が治安維持法違反で二度目の逮捕をされたのです。出所して帰郷した際も、3つの新聞社から記者が実家に取材に訪れたほどで、世間から見れば売国奴の“過激派”なのでした。

孫蔵は、「七十年ちかい生涯を顧みて、前半生の希望が後半生にきて順々にこわされていったこと、その崩壊が老年期 ー 老衰期にはいってテンポを高めたことを感じ」ていたのでした。

「村の家」は、夕餉の卓の父親と母親を次のように描写していました。

 分銅のとまった柱時計の下で、孫蔵、タマ、勉次、親子三人が晩めしを食っている。虫の糞のこびりついた電燈がぶらさがって、卓袱台の上の椀、茶碗、皿、杯、徳利などを照らしている。孫蔵は右足を左股へのせたあぐらで桑の木の飯椀でがぶがぶ口を鳴らしている。ときどき指を入れて歯にはさまったものを取りだす。大きな黄いろい歯が三十二枚そろっている。(略)
 タマは前かがみでどことなくこそこそと食っている。髪の毛をぶざまなひっつめにして、絣の前かけをして、坐ったとも立膝ともつかぬ恰好をしている。鼻汁はなをすすったり、足を掻いたりする。肩を落としている。小さい三角の眼が臆病そうに隠れて、そっ歯で、口を閉じるとおちょぼ口になる。上くちびると鼻とのあいだに縦皺がよっている。からだ全体痩せていかにも貧相だ。


獄中にある勉次のもとへ孫蔵から手紙が来るのですが、その中には自分たちのことだけでなく、村の人たちの近況が綴られているのでした。たとえば、こんな文面です。

「一月九日の手紙を見ました。元気で厳寒を征服した事を悦びます。父母も無事に六十九歳と六十二歳の春を迎えました。雪は只今は平地三尺位の物でしょう。世間は少しも思うように行かぬものと見え、稲垣信之助さんが本月に入りてから、十歳を頭(かしら)に四人の子供を残して亡くなりました。高松定一さんは(高松の本家の養子)足掛三年中気で床にあります。小野山登さんは足掛三年越しに発狂しております。松本金吉さん方には昨年夏次郎という男子と十八になる妹が一ヶ月の間に肺病で亡じ、今は老夫婦だけになりました。隣家と北はよく働くから少々ずつ貯金が出来て行くようで喜んでいる。里窪の池内も一家こぞって努力するから大いに喜んでいる。
 堂本の子供達が少し頭が悪いので心配しております。俗に八丈というが六丈どころでないかと思う。なお寒さを大切に。」


私も、遠く離れて暮らすようになると、ときどき田舎の父親から手紙が来ましたが(大概はお金を無心して現金を送って来た際に同封されていた手紙でしたが)、父親の手紙もこんな感じで、読んでいて昔が思い出され胸が熱くなりました。

見覚えのある独特の文字で綴られた文章の間から、田舎での暮らしや親の心中が垣間見えて、ちょっと切ないようなしんみりとした気持になったことを覚えています。

■子どもに対する遠慮がちな理解


孫蔵は、家には5千円(今で言えば1千200万円くらい)の借金があり、土地を売っていくらか精算しようと思っても、田舎の土地は売れないのだと言います。また、逮捕された勉次の元へ面会に行ったときも、腕時計を質に入れ、さらに親戚からお金を借りて旅費を工面したと話すのでした。

二度目の逮捕だったので、「小塚原こづかっぱらの骨になって」(つまり、処刑されて)帰って来るものと覚悟していたのに、転向して保釈されたと連絡が来たので驚いて、取るものも取らず東京に向かったのだと言います。

このように、自分の息子がアカい思想に染まり天皇様に盾突いても、父親の孫蔵は意外なほど淡々としています。普通ならもっと感情的になって親子の縁を切るような話が出てもおかしくないのです。そこには、「ながい腰弁生活のうちに高くないながらおとなしい教養を取りいれて」「子供たちの世界に遠慮がちな理解を持っている」父親の姿があるのでした。

若い頃、仕事で農村のとある家に行った際、そこは夫婦二人で農業を営んでいる家でしたが、私にあれこれ質問したあと、自分の家の息子の話になったのです。息子は大学に行っているそうで、母親が「近所の同い年の息子さんはもう家の仕事(農業)をしながら農協に勤めて立派になっているけど、うちの息子はまだお金がかかって困っちょるんよ」と嘆いたのでした。

すると、父親が「バカたれ。それだけ本を読んで勉強することはお金に換えられんもんがあるんじゃ。それがわからんのか」と大声で叱責したのですが、それを見て私は、良い父親だなと思いました。

私は一応進学校と呼ばれる高校へ行ったのですが、現在のように必ずしもみんなが経済的に恵まれていたわけではないにもかかわらず、同級生の親たちも同じようなことを言っていました。また、長じて親の立場になった同級生たちも、やはり、同じようなことを言っています。それが子どもにとって、良いことかどうかとか、費用対効果がどうだったか(元を取ったか)とかに関係なく、みんな「子供たちの世界に遠慮がちな理解を持っている」のでした。

■吉本隆明の評価


中野重治に対しては、日本共産党との関係を取り上げて批判する向きもありますが、文学の評価はそんなものとはまったく関係ないのです。

中野重治の小説には、イデオロギーで類型化された人間観とは違った、人に対する温かい眼差しがあります。私は、中野重治の詩も好きなのですが、「雨の降る品川駅」や「歌」や「夜明け前のさよなら」のような抒情あふれる戦いの詩を生み出したのも、彼が持つ温かい眼差しゆえでしょう。そのナイーブな感性を考えるとき、田舎で実直につつましく懸命に生きながら、「子供たちの世界に遠慮がちな理解を持っている」父親の存在をぬきにすることはできないように思います。

吉本隆明は、戦前の転向を、「日本の近代社会の構造を、総体のヴィジョンとしてつかまえそこなったために、インテリゲンチャの間におこった思考変換」(『転向論』)と規定し、その本質は「大衆からの孤立(感)」によるものだったと言っていましたが、そんな吉本はこの「村の家」を転向小説として高く評価しているのでした。吉本は、「『村の家』の勉次は、屈服することによって対決すべき真の敵を、たしかに、目の前に視ているのである」(『転向論』)と書いていました。

次のような孫蔵の話を胸に受け止めながら、勉次はそれでもなお、みずからの転向を引き受けた地点から、みずからの文学の再出発を決意するのでした。

「よう考えない。わが身を生かそうと思うたら筆を捨てるこっちゃ。‥‥里見なんかちゅう男は土方に行ってるっちゅうじゃないかして。あれは別じゃろが、いちばん堅いやり方じゃ。またまっとうな人の道なんじゃ。土方でも何でもやって、そのなかから書くもんが出てきたら、そのときにゃ書くもよかろう。それでやめたァおとっつぁんも言やせん。しかしわが身を生かそうと思うたら、とにかく五年八年とァ筆を断て。これやおとっつぁんの考えじゃ。おとっつぁんら学識ァないが、これやおとっつぁんだけじゃない。だれしも反対はあるまいと思う。七十年の経験から割り出いていうんじゃ。」


勉次は、自分の考えを論理的に説明できないもどかしさを覚えます。一方で、孫蔵の言葉を罠のように感じるのでした。しかし、そう思った自分を恥じるのでした。そして、「自分は破廉恥漢なのだろうかという、漠然とした、うつけた淋しさ」を感じながらも、「よくわかりますが、やはり書いて行きたいと思います。」と答えるのでした。


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知の巨人たち 吉本隆明

2023.04.30 Sun l 本・文芸 l top ▲
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■東急東横線


私が横浜のこの街に住んでもう20年近くになりました。私が住んでいるのは、毎年、不動産サイトが発表する「首都圏で住みたい沿線ランキング」において、上位ランクの常連でもある東急東横線沿線の横浜側の街です。2022年は東横線は2位でした。ちなみに、1位は東京のJR山手線です。

ただ、JR山手線沿線と言われても、あまりにざっくりした感じで、住宅街としてのイメージが湧いてきません。住宅街としては、東横線沿線の方が具体的なイメージがあり、一般的に認知されていると言えるかもしれません。

輸入雑貨の会社に勤めていた頃、私は横浜を担当していましたので、週に1回は渋谷から東横線に乗って横浜に行っていました。当時は渋谷から横浜まで200円もしなくて、電車代が他の会社に比べて安かったのを覚えています。もちろん、東横線の終点は横浜駅ではなく桜木町駅でした。

東横線に乗ると、何だか電車の中がもの静かで、お上品なイメージがありました。そんな中で、当時の武蔵小杉は雑多で異質な街でした。駅から少し離れると工場がひしめていて、しかも京浜工場地帯の後背地を通る南武線も走っていたし、何だか東横線のイメージにそぐわないような感じさえ抱いたものです。

武蔵小杉の工場跡地にタワーマンションが建ったのは、私が横浜に引っ越したあとのことです。やがて駅周辺に迷路のような囲いが作られて建設が始まり、あれよあれよという間にオシャレな街に変貌していったのでした。

■昭和のアパート


今、私が住んでいる街も、昔は町工場が多くあったところです。ただ、武蔵小杉などよりずっと前に住宅地の開発がはじまり、平坦な土地が多いということもあって、”高級”のイメージが付与され、人気の住宅地になったのでした。昔は畑の中に大手家電メーカーの工場があり、周辺に下請けの工場が点在していたそうです。

前も書いたことがありますが、ANAの女子寮もありました。また、たまたま私の高校時代の同級生が、若い頃すぐ近くにある某メーカーの独身寮に住んでいたそうで、当時は社宅や寮なども多くあったのです。しかし、今はほとんど残っていません。最後に残っていた保険会社の社宅も、現在、跡地に大手デベロッパーのマンションが建設中です。

私が引っ越して来た当時、駅周辺の路地の奥には、”昭和のアパート”といった趣きの古い木造のアパートがいくつもありました。おそらく、それらのアパートは、当初は周辺の町工場で働く人たちを対象に建てられたのだと思います。

アパートの前を通ると、ときどき建物から出て来る住人に遭遇することがありましたが、ほとんどが高齢者でした。仕事をしているのか、オシャレな恰好をして鉄階段を下りて来る高齢の男性を見たこともありますし、また、アパートの前に植えられた桜の木にカメラのレンズを向けている高齢女性を見たこともあります。年齢の割に派手な恰好をしたお婆さんでした。あるいは、開けっぱなした窓から見える室内の壁一面に揮毫をふるった書道の紙を貼っている、ちょっととっぽい感じのお爺さんもいました。

でも、それらのアパートはこの15年くらいの間に多くが取り壊され、アパートと呼ぶのかマンションと呼ぶのかわからないような、今風の建物に変わってしまいました。もちろん、住人も様変わりして、若いカップルや夫婦になりました。

久し振りに前を通ると、新しい建物に変わっているのでびっくりするのですが、そのたびにあの高齢の住人たちのことを思い出すのでした。

そして、わずかに残っていた昭和のアパートが最後に姿を消したのは、この5~6年のことです。待機児童の問題が取り沙汰されるようになり、横浜市でも次々と保育園が作られたのですが、その用地になったのでした。

しかし、最近は保育園も過剰になったのか、どこも前を通ると、「入園者募集」と「保育士募集」の紙が貼られています。そう言えば、待機児童の問題がニュースになることもなくなりました。

それらの保育園に子どもを預けているのは、近辺のマンションに住んでいる若い夫婦たちです。人気の東横線沿線に住みたいと思って、背伸びして割高なマンションを買ったような人たちと言っていいかもしれません。

週末のスーパーに行くと、30代くらいの若い家族連れが目立ちますが、高齢者と入れ替わるように、そんな若い家族が越して来たのでした。

■冷たい街


よく「どこに住んでいるのですか?」と訊かれて、この街の名を告げると、決まって「いいところに住んでいますね」と言われるのですが、ただ、私がこの街に住んだのは特に理由があったわけではありません。それこそ「所さんのダーツの旅」みたいな感じで選んだだけです。しかし、実際に住んでみると、外から見るイメージと実際は全然違います。当たり前の話ですが、”高級住宅街”と言っても、住んでいる人間が高級なわけではないのです。ただ地価が高いというだけです。

住民には若い女性たちも多く、夕方、駅前のスーパーに行くと、勤め帰りの彼女たちが買い物に来ていますが、はっきり言って買っているのがショボくて、コンビニと間違えているんじゃないかと思うほどです。家賃が高いので、食費を倹約しなければならないのかもしれません。それは週末のスーパーに来ている若い夫婦も同じで、恰好はオシャレですが、カゴの中は質素倹約そのものです。横浜に来る前は埼玉に住んでいましたが、埼玉のスーパーの方が全然買いっぷりがいいように思いました。

一方で、入れ替わりが激しいのですが、カットサロン、私たちの年代で言えば美容院、田舎にいた子どもの頃の呼び方で言えば、パーマ屋がやたら多いのでした。

だからと言って、商店街に活気があるわけではなく、むしろ逆で閉塞感が漂っています。地元の人たちに聞いても、昔の町工場の時代の方が活気があったと言っていました。

何だか“虚飾の街”という感じがしないでもありません。東横線の電車がお上品に見えたのも、実際に住んでみるとただの錯覚だったということがわかりました。高級とかオシャレとか言われるのも、腹にいちもつの不動産会社が捏造した、ただのイメージにすぎないのだということがよくわかります。むしろ逆に、人々に余裕がないのか、どことなく街に冷たいところがあるのでした。何というか、山に登っているときにすれ違ったハイカーに「こんにちわ」と挨拶しても無視されるような、そんなバリアのようなものを感じるのでした。その点は、ヤンキー家族が多い埼玉の街の方が、お世辞にもお上品とは言えないし、何かトラブルがあったときは面倒ですが(子どもの前でも平気でヤクザ口調になるパパがいたりする)、その分開けっ広げに素顔を晒すような清々しさや人間臭さがあったように思います。

いつの間にか姿が見えなくなった昭和のアパートの住人たち。どこに行ったんだろうと思います。彼らは、高級やオシャレと引き換えに、私たちの目に見えないところに追いやられたのでした。

■老後の貧困


最近は高齢者に対して、無駄だとか邪魔だとか足手まといだとかいった言葉を投げつけられるような、”棄民の思想”さえ垣間見えるようになっています。少子化問題もそうですが、そこにあるのは、資本家と同じような経済合理主義の考えだけです。老人や子どもの問題を、貧困問題として捉えるような視点はどこにもありません。

昔、老後の貧困を扱ったNHKの番組の中で、「老いることは罪なのか」という言葉がありましたが、もうそんな問いかけさえなく、最初から「罪だ」と決めつけているような風潮があります。政治家だけでなく、メディアが老人問題を報じる際も、真っ先に出て来るのが高齢者の社会保障費や医療費が財政を圧迫しているという問題です。そこから話がはじまるのでした。「シルバー民主主義」という言葉も、直接的な言い方を避けた”老人叩き”のための隠喩として使われていることを忘れてはならないでしょう。

でも、2022年3月に厚労省が発表した最新のデータによれば、老齢年金の平均受給額(月額)は、国民年金が55,373円で、厚生年金が145,638円です。個々の高齢者は、こんな僅かな年金でそれこそ爪に火を点すような老後の暮らしを送っているのです。これでは家族がいない単身者が生活できないと嘆く気持がよくわかります。にもかかわらず、高齢者たちは無駄だとか邪魔だとか足手まといだとか言われて、老いることも自己責任のように言われるのでした。

どうしてこんな冷たい社会になったんだろうと思います。五木寛之は、どう生きたかではなく、どんな人生であっても、とにかく生きぬいて来ただけで凄いことだし立派なことなんだ、と言っていましたが、やはり、国家が没落して貧しくなると、高齢者を敬い、労わるような余裕もなくなるのだろうかと思ったりします。何だかそれは、この街の冷たさと似ているような気がします。将来の納税者を増やす異次元の少子化対策のために、老人は目に入らないところに消えてくれと言っているような感じすらあるのでした。
2023.04.27 Thu l 横浜 l top ▲
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■維新の伸長


今回の統一地方選と衆参の補選では、とにかく投票率の低さが目立ちました。

NHKの報道によれば、(23日投票が行われた後半の)55の町村長選の平均投票率は60.8%、280市議選は44.26%、250の町村議選は55.49%で、過去最低だったそうです。

一方、東京都の区長選は45.78%、区議選は44.51%で、それぞれ前回より1.57ポイントと1.88ポイント増えていますが、依然50%を切っています。

また、衆参の補欠選挙は、補欠選挙という性格もあるのだと思いますが、いづれも通常の選挙より大幅に減っています。和歌山1区は44.11%(前回総選挙より11.05ポイントマイナス)、山口2区は42.41%(同9.2ポイントマイナス)、山口4区34.71%(同13.93ポイントマイナス)、参院大分区は42.88%(22年より10.50ポイントマイナス)でした。

ただ、この投票率の低さは、棄権率の高さと言い換えることもできるのです。私は、むしろ前向きに解釈してもいいのではないかと思います。つまり、棄権率の高さに示されているのは、既成政党に対する拒否反応ではないかと考えるのでした。

衆参の補欠選挙では、自民党は4勝1敗、立憲民主党は全敗、日本維新の会が和歌山1区で初めて議席を獲得して1勝でした。

日本維新の会は、今回の統一地方選挙で599人が当選し、非改選の現職175人を合わせると、首長や地方議員が774人になったそうです。維新は、「統一地方選挙で600議席」の目標を掲げていましたが、その目標を大幅にクリアしたのです。

維新が伸長したのは、自民党を食ったというより、立民の票を食った、立民の受け皿になったという意味合いの方が強い気がします。維新が言う「立憲民主党に代わる野党第一党」も、現実味を増してきたと言っていいでしょう。

日本維新の会は、東京都内の議員数も従来の22人から73人に急増したそうです。首都圏の神奈川や埼玉でも当選者を出しており、全国区の政党としての認知度も上がってきたと言えるでしょう。

朝日新聞は、その伸長ぶりを次のように書いていました。

 維新によると、都内では70人の候補を擁立し、67人が当選。さらに、上位当選の多さが目立った。朝日新聞の集計では、都内の当選者のうち49人が上位3分の1以内の得票順。議員選があった都内41市区のうち、新宿区や世田谷区、武蔵野市など11市区で1位当選し、江戸川区では維新の新顔が1位と2位を占めた。

 9日投開票の県と政令指定市の議員選でも、維新は神奈川県内で改選前の2議席が25議席に、埼玉県内でゼロから5議席に増加。今回も同県川口市や千葉県浦安市で1位当選したほか、同県市川市や神奈川県藤沢市など東京に近い市で2議席を獲得した。

朝日新聞デジタル
維新の地方議員、首都圏でも急増 トップ当選続出、他党に広がる動揺



■おためごかしな総括


この状況に対して、立憲民主党の執行部は、「あと一歩まで肉薄した」(泉代表)「接戦だった」(岡田幹事長)「非常にいい戦いをした」(岡田幹事長)などと、いつものおためごかしな総括でお茶を濁すだけです。共産党は言わずもがなですが、立民にしても、党内から執行部の責任を問う声すら聞こえて来ないのです。それは、まさにテイタラクと呼ぶにふさわしい光景と言えるでしょう。

立憲民主党がにっちもさっちもいかない状態になっているのは誰の目にもあきらかです。連合を無視しては生きていけない。しかし、連合に頼っている限り、有権者からの広い支持は望めないのです。

多くの有権者に、自民党に対して辟易した気持があるのは事実でしょう。そのひとつが、上にも書いたように、低い投票率に表れているように思います。選挙に行かなければ何も変わらないと言われても、投票するような政党がないのです。

そんな中で、野党に対する投票行動に変化が表れたのでした。つまり、野党支持者の中で、立民より維新に投票する有権者の方が多くなったのです。自民党の受け皿ではなく立民の受け皿というのはトンチンカンですが、そこまで有権者の中に立民に対する失望感が広がっているとも言えるのです。

立民内では、泉健太が辞任した場合は、野田佳彦の復権を期待する声もあるそうです。かように立民内の現状認識は、有権者が求めるものとは信じられないくらいズレまくっているのです。それでは落ちるところまで落ちるしかないでしょう。

昨年の参院選でも、日本維新の会は伸長し、都道府県別の得票でも、19都府県で立憲民主党を上回り、一昨年の衆院選の2倍以上に増えたというデータもあります。既に昨年の参院選から今日の傾向が出ていたのです。

また、比例代表では、維新は全国で785万票(得票率14.8%)獲得し、前回と比べて294万票増やしました(5ポイント上昇)。一方、立民は、677万票(得票率12.8%)で、前回より115万票(3ポイント)減らし、党が掲げていた目標の1300万票の半分にとどまっただけでなく、得票数でも維新の後塵を拝したのでした。考えれてみれば、この677万票の多くは連合の組合員の票と言っていいでしょう。立民は、一般有権者からはほとんど見放されているに等しいのです。本来なら解党的出直しをすべきなのに、執行部は責任問題に頬被りをしてそのまま居座ったのでした。

言うなれば、維新がここまで伸長したのは立民のおかげみたいなものです。多くの有権者がバカバカしいと棄権する一方で、律義に投票所に足を運んでいる有権者たちには、立民より維新の方が頼りがいがあるように見えたのでしょう。立民が頼りないので消去法で維新を選んだのでしょう。

■田村淳と国生さゆりの発言


山口4区に立民から立候補した有田芳生氏が、街頭演説で「下関は統一教会の聖地」と発言したことに対して、山口県出身でガーシーと親友だと言ってはばからないタレントの田村淳が、選挙期間中の19日に、次のようにツイートして物議をかもすという出来事がありました。

〈地元下関が統一教会の聖地だって!?聖地って神・仏・聖人や宗教の発祥などに関係が深く、神聖視されている土地って意味だよな?僕は支持政党無しだが、下関がカルト教団の聖地という印象操作をした事にムカついてるし、有田芳生氏やその発言を支持した議員を心から軽蔑します。下関はそんな街じゃない〉
(下記リテラの記事より)


しかし、下記のリテラの記事によれば、旧統一教会の中では「下関が『統一教会の聖地』とされているのは事実」で、「実際、統一教会の幹部は2021年3月に下関で開催された『日臨節80周年記念大会』において、『山口の下関は聖地と同等の場所です』と発言している」のだそうです。

リテラ
「下関は統一教会の聖地」は統一教会幹部の発言なのに…事実を捻じ曲げて有田芳生を叩いたロンブー田村淳の卑劣


ところが、田村淳は、その指摘に対して、旧統一教会の幹部の発言は承知の上だとして、事実関係が問題ではなく、有田氏の発言が、下関が「統一教会の聖地」であることを下関市民があたかも受け入れているかのような印象を与えたことに怒りを覚えた、と言うのでした。何だか自分の勘違いを指摘されて、逆に開き直ったような感じがしないでもありません。

さらに、話はそれだけにとどまりませんでした。何故か国生さゆりが田村淳の発言に反応し、「淳くんの怒りは理解できる。根拠なくヨシフさん『聖地』とか言っちゃった訳だし、軽蔑するよ。考えなしにそういうこと口にする人、どこにでもいるよね」「かけがえの無いものを独りよがりでけなす人。ノリで言っちゃうダメ人。選挙中なんのに軽率過ぎる。そんな事も考えられないほど、お花畑なのかな」(東京スポーツの記事より)とツイートしたのでした。これも投票日前日の22日のツイートなので、選挙妨害ではないかという声すらあるのでした。

国生さおりのツイートに対して、有田氏は、投票日翌日の24日に、次のようにツイートして名誉棄損の訴訟をほのめかしたのでした。

統一教会裁判の弁護士から、僕が相談していないのに、名誉毀損にあたり、認定されるはずだから、訴訟を検討したらとメールが来ました。熟考します。


有田氏は、選挙では当選した吉田候補の半分しか得票できず惨敗したのですが、それでも「保守王国、自民党王国と戦後ずっと言われてきた山口4区において、それが溶けはじめてきていると本当に確信を持っている」(産経の記事より)とコメントしていました。これなども、おためごかしの総括と同じで、左派リベラルの常套句のようなものです。そうやって「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」だけなのです。そんなことを百万遍くり返しても何も変わらないのです。

だったら、負け惜しみを言うだけではなく一矢報いるために、国生さゆりを告訴したらどうか、と私は言いたくなりました。「熟考します」というのは「しない」という意味だと思いますが、たとえ相手がタレントでも(ただ自民党から立候補するという噂もある)、蛮勇を振るって、、、、、、、喧嘩するくらいの気概を見せてくれと言いたいのです。それが今の立民にいちばん足りない点なのです。

■立憲民主党の末期症状


ノンフィクション作家の松本創氏は、朝日新聞のインタビューで、維新が支持されるのは「細マッチョ」だからだと言っていましたが、言い得て妙だと思いました。「マッチョ」というのは、「マッチョイズム」という言葉などもあって、ジェンダーレスの時代においては肩身が狭い言葉ですが、好戦性=戦うということです。立民に限らず、今の左派にはこの戦う姿勢が見られないのです。もちろん、維新の「細マッチョ」はポーズにすぎないのですが、それが”改革者”のイメージになっているのはたしかでしょう。今の左派リベラルに求められているのは「マッチョ」な戦う姿勢です。今では参政党や旧NHK党だって、「横暴な国家権力と戦う」と言っています。支持を広げるために、「マッチョ」を売りにしているのです。

千葉5区の補選の敗北の要因について、立民の幹部はこう分析したそうです。

Yahoo!ニュース
集英社オンライン
補選惨敗でどーする立憲民主党〉“最後の切り札”投入はあるのか? 内部では早期解散なら「維新に飲み込まれるぞ」の声も

「立憲は政権と対峙しているイメージが強いが、若い人たちは全共闘世代などとは違い、『反権力』と言われてもピンとこなくなっている。それよりも『私たちに何をしてくれるのか』ということへの関心が強く、今の立憲のスタンスは古いと見られているのだろう」


まったく呆れた分析です。こうやって、どんどん右旋回して、自民党の保護色みたいになっておこぼれを頂戴するつもりなのかと思います。「提案型野党」などと言って自民党にすり寄り、野党らしさをなくしたことが失望されているのですが、それがまるでわかってないのです。驚くべき鈍感さと言わねばなりません。

私は、旧民主党時代から、旧民主党(立憲民主党)は自民党を勝たせるためだけに存在している、と言って来ましたが、いよいよ断末魔を迎えたと言ってもいいでしょう。

次のようなシャンタル・ムフの言葉は、立憲民主党は論外としても、立憲民主党のような政党に同伴する左派リベラルをどう考えるかという上で参考になるように思います。

 ソヴィエト・モデルの崩壊以来、左派の多くのセクターは、彼らが捨て去った革命的な政治観のほかには、自由主義的政治観の代替案を提示できてない。政治の「友/敵」モデルは多元主義的民主主義と両立しないという彼らの認識や、自由民主主義は破壊されるべき敵ではないという認識は、称賛されてしかるべきである。しかし、そのような認識は彼らをして、あらゆる敵対関係を否定し、政治を中立的領域でのエリート間の競争に矮小化するリベラルな考えを受け入れさせてしまった。ヘゲモニー戦略を構想できないことこそ、社会-民主主義政党の最大の欠点であると私は確信している。このために、彼らは対抗的で闘技的(アゴニスティック)な政治の可能性を認めることができないのである。対抗的で闘技的な政治こそ、自由-民主主義的な枠組みにおいて、新しいヘゲモニー秩序の確立へと向かうものなのだ。
(『左派ポピュリズムのために』)


また、シャンタル・ムフはこうも言っています。

(略)政治が本性上、党派性を帯びたものであり、「私たち」と「彼ら」の間には、フロンティアの構築が必要であると認めなければならない。民主主義の闘技的性格を回復することのみが、感情を動員し、民主主義の理想を深化させる集合的意志の創出を可能にするだろう。
(同上)


シャンタル・ムフが言うように、「民主主義の根源化」のためには、議会だけでなく議会外のモーメントも大事な要素です。そのためには、急進主義ラジカリズムを否定するのではなく、むしろその復権が俟たれるのです。

■杉並区議選


今回の選挙の中で、唯一、個人的に注目したのは、杉並区議選でした。48名の定員に70名が立候補するという激戦になったのですが、結果は岸本区政の与党であるリベラル派が伸長しました。48議席のうち25議席を女性議員が占めました。得票数上位10名のうち、7名が女性候補で、れいわ新選組の女性候補は大量得票して3位で当選しています。ほかに緑の党の女性候補も19位で当選しましたし、中核派の現職も再選されました。

しかも、48議席うち15議席が新人で、現職の12名が落選し、新旧の入れ替えが行われたのです。落選した12名のうち7名が自民党現職(全員が男性)でした。もちろん、買い被りは慎むべきですが、新たな潮流と言ってもいいような状況が見られるのでした。

ただ、懸念材料がないわけではありません。岸本区政は、元はと言えば野党共闘の成果でもあります。そのため、せっかく市民が作った潮流が、ゾンビのような政党からひっかきまわされて潰される心配がないとは言えないのでした。
2023.04.26 Wed l 社会・メディア l top ▲
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■ローンオフェンダー


15日に和歌山市の漁港で、衆議院の補欠選挙の応援演説に訪れた岸田首相に爆発物が投げ込まれた事件について、警察は「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」と呼んでいます。少し前までは、この手の事件は「ローンウルフ」と呼ばれていました。警察はどうしてこのように言い方にこだわるんだろうと思いました。

今回の事件について、東京新聞は、次のようなテロ対策の専門家のコメントを紹介していました。

東京新聞 TOKYO Web
単独の攻撃者「ローンオフェンダー」 事前の探知は難しく 岸田首相襲撃事件 再発防止へできることは?

「自分で計画し、準備をして犯行を実行するのがローンオフェンダー。探知することは難しく、実行されてから気付くケースが多い」と指摘する。「インターネット上で犯行につながるような書き込みなどを丹念にリサーチするしかないが、過去の事件でもすべての犯人が事前に書き込みをしているわけではない」


■テロの下地


実行犯の24歳の青年は、被選挙権を25歳以上とするのは憲法違反だとして国を提訴していたという話がありますが、それを総理大臣を狙ったテロの動機とするには、やはり無理があるような気がします。「ローンオフェンダー」というのは、政治が見えない政治テロのことをそう呼ぶのかもしれないと思ったりしました。

都心部の大規模な駅前再開発や、地方まで広がりつつあるタワーマンションの建設などを見ると信じられないかもしれませんが、今の日本は国家として没落し、貨幣の価値も下がり、貧しくなる一方です。それにつれ、絶望的と言っていいような貧富の差が生まれています。

格差社会とテロのつながりは、別に意外なことではありません。自分の人生に絶望して「拡大自殺」に走るケースもありますが、さらに世の中に対する恨みの感情が増幅されれば、政治指導者を標的にするようになるのも理解できない話ではありません。

こういった事件が続けば、上の専門家の発言のように、ネットなどの監視も強まり、益々息苦しさを覚えるようになるでしょう。そうなれば、不満やストレスは溜って、逆にテロの下地は広がっていくのです。

■デモもストもない国


昨日、神宮外苑の再開発に伴う樹木の伐採に反対していた坂本龍一の意志を継いだ反対集会が、アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の後藤正文らミュージシャンも参加して行われたというニュースがありました。それに対して、ネットでは、「痛い」「ミュージシャンが政治的な主張するのは幻滅する」というような書き込みが多くありました。

前の記事で、言葉の本質は沈黙だ、という吉本隆明のような言い草をしゃらくさい、アホらしいというような文化(風潮)の中にチャットGTPのような言葉を受け入れる素地があると書きましたが、何だかそれと共通するものを感じました。水は常に低い方に流れるネットの身も蓋もないもの言いは、SNSによって、私たちの日常に浸透し根を下ろしたとも言えるのです。

フランスやイギリスなどを見てもわかるとおり、日本のようなデモもストもない国はめずらしいのです。デジタル監視国家の中国だって、民衆はときに市庁舎などに押しかけて抗議の声を上げたりしています。でも、日本では「痛い」などと言ってシニカルに見るだけです。日本の社会が声が上げづらい不自由な社会であるのはたしかですが、そうやってみずから閉塞感を招いている側面もあるような気がします。

■暴力の”真実”と山上徹也


そんな中でテロに走る人間たちは、空疎な言葉より1個の銃弾や爆弾の方が大きな力を持っている暴力の”真実”を知ったのです。その”真実”を覆い隠すために、「話せばわかる」民主主義があったのですが、それが擬制でしかないことも知ってしまったのです。ましてこれだけ戦争のきな臭さが身近になれば、暴力に対する心理的ハードルも低くなっていくでしょう。

ゴールデンウィークをまじかに控えた「景気のいい」ニュースのその裏で、社会の底辺に追いやられた者たちの絶望感が、暴発寸前の状態でマグマのように溜まっているのが目に見えるようです。

衆参の補選における各党の主張を見ても、政党がターゲットにしているのはもっぱら中間層です。どの政党も、中間層を厚くすると言い、中間層向けの耳障りのいい政策を掲げるばかりです。本来、政治が一番目を向けなければならない下層の人々は、片隅に追いやられ忘れられた存在になってしまった感じです。でも、今の議会や政党の仕組みではそうならざるを得ないとも言えるのです。

それにしても、山上徹也と今度の犯人はよく似てるなと思いました。私は、地べたに組み伏せられた際の表情など、山上徹也と二重写しに見えて仕方ありませんでした。今回の事件が安倍元首相殺害事件の模倣犯であるのは間違いないでしょう。ただ、あの冷静さ、逮捕されても黙秘を貫く意志の強さは、(顰蹙を買うかもしれませんが)まるでテロリストの鏡のように思いました。彼は、組織で訓練を受けたわけでも、何程かの政治思想を持っていたわけでもないのです。にもかかわらず、プロのテロリストのような心得を身に付けているのです。それは驚愕すべきことと言わねばなりません。

何度も言うように、右か左かではないのです。大事なのは上か下かです。でも、今の政治はその視点を持つことができません。

山上徹也についても、旧統一教会の側面だけが強調されていますが、彼がツイッターにネトウヨと見まごうような書き込みをしていたことを忘れてはならないでしょう。トランプを熱狂的に支持するラストベルト(錆びついた工業地帯)の白人労働者などもそうですが、右か左かなどに関係なく、虐げられた人々、既存の政治から置き去りにされた人々の、下からの叛乱がはじまっていると見ることができるように思います。ヨーロッパでの極右の台頭の背景にあるのも同じでしょう。

日本では政治的に組織されてないので(彼らを組織する急進党派が存在しないので)彼らの存在がなかなか見えにくい面はあります。だからこそ、「単独の攻撃者」による政治ならざる政治のテロが今後も続くのは間違いないように思います。言うまでもなく、その端緒を開いたのが山上徹也の事件と言えるのてす。


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熊野古道(public domain)


■日本のアニメが大ヒット


昨日の各テレビは、中国で公開がはじまった日本のアニメ「スラムダンク」に観客が殺到して徹夜組まで出ている、というニュースを伝えていました。既に前売り券の販売だけでも22億円を超えており、大ヒットは間違いないそうです。

テレビ朝日の「報道ステーション」では、上海支局長が現地から中継し、「中国全体の1日の映画興行収入20億円のうち、約86%にあたる18億円をスラムダンクが占めている」「アニメは日中の架け橋”と一言で括れないほど偉大な力を持っていて、その中でもスラムダンクは別格」だと伝えていました。

中国では、既に新海誠監督の「すずめの戸締まり」が大ヒットしており、日本のアニメ映画としては歴代1位を記録したそうです。4月17日の時点で、中国での興行収入は7億5200万人民元、日本円にして146億円余りを記録。一方、日本では4月16日の時点で144億7900万円で、中国での興行収入が日本のそれを上回ったそうです。

また、「報道ステーション」は、経団連が「日本のゲームやアニメ、漫画などの海外市場規模を、2033年に現在の3~4倍の15兆~20兆円に拡大させる目標を掲げていることも伝えていました。

私は、このニュースを見て、「あれっ、中国と戦争するんじゃなかったの?」と思いました。話が全然違うのです。戦争する国に対して、揉み手してソロバン勘定しているのです。

日頃、“鬼畜中ロ”みたいに戦争を煽っていながら、何と節操のない話だろうと思いました。

■日本は「売る国」


日本はもう「買う国」ではありません。「売る国」なのです。それも安く売る、年中バーゲンセールをやっているような国です。

テレビは、銀座のユニクロに外国人観光客が殺到しているというニュースもやっていました。開店前から外国人観光客が並んでいるのだそうです。

ユニクロは今や世界中に出店しています。観光で来てわざわざ買うほどめずらしいものではないはずです。どうしてかと言えば、自分たちの国で買うより日本のユニクロが安いからです。日本で買った方がお得なのです。

そこで出て来るのは、このブログでも紹介したことがありますが、「ビックマック指数」です。

「ビックマック指数」は、それぞれの国で販売されているビッグマック1個当たりの価格を比較し、それによって購買力平価、つまり、「お金の価値」を比較した指数です。

2022年のビックマック指数の20位までは以下のとおりです。
※引用元:https://ecodb.net/ranking/bigmac_index.html
※2022年7月時点・1ドル=137.87円で計算。
※順位のみ。価格等は省略。

 1位 スイス
 2位 ノルウェー
 3位 ウルグアイ
 4位 スウェーデン
 5位 カナダ
 6位 アメリカ
 7位 レバノン
 8位 イスラエル
 9位 アラブ首長国連邦
10位 ユーロ圏
11位 オーストラリア
12位 アルゼンチン
13位 サウジアラビア
14位 イギリス
15位 ニュージランド
16位 ブラジル
17位 バーレーン
18位 シンガポール
19位 クウェート
20位 チェコ


日本は20位どころか、何と54ヶ国中41位でした。サッカーで対戦したような国をあげれば、コスタリカ、ニカラグア、クロアチア、チリ、ポーランド、ペル―、カタール、メキシコなども日本よりビッグマックが高いのです。中国、韓国、スリランカ、タイ、ベトナム、パキスタン、ヨルダンも日本より上です。外国人観光客が銀座のユニクロに行列を作るのは当然なのです。

■日本人の節操のなさ


今にはじまったことではありませんが、やたら「ニッポン、凄い!」と自演乙するのも、節操のなさと自信のなさの裏返しと言えるのかもしれません。

横浜DeNAは、3月、3年前のレッズ時代にサイ・ヤング賞を獲得した前ドジャースのトレバー・バウアーと推定年俸300万ドル(約4億円)で契約を結んだことを発表し、大きな話題になりました。

サイ・ヤング賞を獲得した大リーグの現役投手が、日本のプロ野球のマウンドに立つのは61年ぶり2度目ですが、そこにはバウアーが抱える個人的な事情があったのでした。

バウアーは、2021年に知人女性に対するドメスティックバイオレンスで、メジャーリーグ機構から324試合の出場停止処分を受け(その後、処分は194試合に短縮)、今年1月にドジャースとの契約が解除されたのでした。しかし、DVにきびしいメジャーでは、新たにバウアーと契約を結ぶ球団は現れなかったのでした。そのため行き場を失ったバウアーは、日本にやって来たというわけです。

そして、「日本でプレーすることが夢だった」と見え透いたリップサービスを行なったり、グローブも持参しなかったため、日本で宮崎産の黒毛和牛を使った専用グローブを発注したりして、単細胞な日本の野球ファンの心を掴んだのでした。4月16日、横須賀スタジアムで行われたイースタン・リーグ西武戦に先発した際には、2軍戦では異例の2680人の観客が詰めかけたそうです。

YouTubeでは、「ニッポン、凄い!」の自演乙を利用した(つけ込んだ)、外国人による日本賛美の動画がキラーコンテンツになっています。日本の食べ物の美味しさに涙したとか、景色のすばらしさに恋したとか、日本人の優しさに感動したという、何でも涙したり恋したりするあの動画です。そして、もう自分の国に帰りたくないという決め言葉で、日本人の琴線にとどめを刺して再生回数の爆上げを狙うのです。バウアーのおべんちゃらも同じようなものでしょう。でも、彼にとって日本は、あくまで一時凌ぎの腰掛にすぎないのです。

一方、日本での熱狂に対して、海外メディアは多分に冷めた目で見ているという記事もありました。

Yahoo!ニュース
中日スポーツ
NPBデビューのバウアー、快投も海外メディアは冷淡 「日本のファンはDV疑惑もお構いなしのようだ」【DeNA】

(略)過去に家庭内暴力(DV)疑惑が伝えられたこともあり、海外メディアの報道は冷ややかな論調が目立った。英紙デーリーメール(電子版)は「スキャンダルまみれのバウアーが日本球界デビュー」と見出しを打ち、AP通信は「メジャー球団からそっぽを向かれたバウアーは、日本で生きる道を探そうとしている。日本のファンは、セレブのようなステータスに引かれ、DV疑惑もお構いなしのようだ」と報じた。


ここでも日本人の節操のなさがヤユされているのでした。

一夜明けると軍国主義者が民主主義者や社会主義者に変身し、本土決戦が回避される安堵感から、当時の海軍大臣が、広島・長崎の原爆投下を「天佑てんゆう」(※天の恵みという意味)と言い、軍人たちは我先に昨日の敵にすり寄って行ったのです。それが日本という国です。節操のなさは何も今にはじまったわけではありません。三島由紀夫や坂口安吾が喝破したように、日本人の心性とも言うべきものなのです。


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チャットGTP


■新しいものを無定見に賛美する声


横須賀市が、全国の自治体で初めて、生成AIのチャットGPT を試験的に導入したというニュースがありました。

共同通信 KYODO
横須賀市、チャットGPT試験導入 全国自治体で初

これについて、既にみずからもメールの作成などにチャットGPT を使っているという「モーニングショー」の某女性コメンテーターが、仕事の効率化のためにはとてもいいことです、というようなコメントを述べていました。

ただ、上記の記事にもあるように、チャットGPT は「データ流出の懸念も指摘」されており、メールと言えども相手の個人情報等が含まれている場合もあるでしょうから、彼女とメールでやり取りする人間はその覚悟が必要でしょう。

『週刊東洋経済』(4月22日号)の「特集 Chat GTP仕事術革命」の中でも、次のように書かれていました。

Chat GTPの無料版では、入力したデータがサービス改善に使われる。(略)3月20日には他人のチャット履歴が閲覧可能になるハグも発生した。

(略)イタリアのデータ保護当局は、3月末、Chat GTPの使用を一時禁止する措置を発表した。その理由の一つとして、AIを訓練するために個人データを収集・処理することに法的な根拠がないことを挙げている。


チャットGTPというのは、要するに、私たちがネット上で使った文章や会話や評価(正しいかどうか)の自然言語を収集し、そのデータを学習や調整の機能を持つアルゴリズムでチューニングしたものを、文章生成モデルに落とし込んで文章や会話を作成することです。AIも基本的な仕組みは大体このようなものです。

当然、AIという言葉が使われるようになった頃から開発がはじまっていたのですが、それがここに来て突然、チャットGTPが登場して、第4次産業革命が訪れるなどとセンセーショナルに扱われているのでした。

ネットのサービスに対しては、何でも新しいものを無定見に賛美し、乗り遅れると時代に付いていけなくなるというような、それこそAIが答えているようなお決まりの言説があります。特に寄らば大樹の陰のような日本ではその傾向が強く、ヨーロッパのようにいったん留保して考えるではなく、官民あげて無定見に前のめりになっている感じは否めません。しかも、そのサービスの大半はアメリカのIT企業が作ったものです。

4月10日には、チャットGTPを開発したオープンAI社のサム・アルトマンCEOが首相官邸を訪れ、岸田首相と面談し、その中で東京に開発拠点を置くことをあきからにしたそうです。日本はEUなどに比べてGoogleに対する規制も緩く、ネットで個人情報が抜き取られる問題に対しても極めて鈍感です。にもかかわらず、女性コメンテーターのように無定見なネット信仰者が多いので、彼らには美味しい市場に映るのでしょう。

そんなにチャットGTPが素晴らしいのなら、市役所の業務だけでなく、この女性コメンテーターもAIのアバターに変えればいいのではないかと思いました。彼女たちコメンテーターは、ニュースに対して、世の中の流れを読みながら当たり障りのない回答するのが役割です。それこそチャットGPT のもっとも得意とする仕事と言ってもいいくらいです。

ましてやただ原稿を読んで進行するだけのMCやアナウンサーなどは、チャットGPTの仕事を人間が代わりにやっているようなものでしょう。

新聞記事も然りです。テレビの場合、映像を入れなければならないので撮影が必要ですが、紙媒体だと大概の記事はAIに取り替え可能だと言います。日本は、外国のような調査報道が少なく、記者クラブで発表されたものを記事に書く「発表ジャーナリズム」が主なので、AIに代わっても何ら差しさわりがないのです。

横須賀市役所のニュースに関連して、別の自治体の首長は社会保障などの「前払い」にチャットGPT を使えばいいのではないか、と言っていました。この「前払い」というのは、給付金を先に払うというような気前のいい話ではなくて、「門前払い」や「足切り」の意味で使った(誤用した)ようです。チャットGTPで「前払い」したあとに職員が対応すれば効率がいいと言っていましたので、要するに、生活保護の申請などにおける「水際作戦」のことを指しているのでしょう。申請の窓口に臨時採用した元警察官を配置したりして、申請者とのトラブルに備えている自治体もあるようですが、この首長の発言は、かつては「不快手当」を払っていたような窓口業務をAIに肩代わりさせて、機械的に手っ取り早く門前払いを行なえばいいという、役所の本音を吐露したものと言えるのかもしれません。

しかし、一度冷静になって考えた方がいいでしょう。たとえば、Googleの翻訳ソフトのあのお粗末さを見ると、チャットGTPだけがそんなに優れたものなのかという疑問を持たざるを得ないのです。

このブログでも書きましたが、アマゾンに問合せするのに、いつの間にかAIとやり取りをしなければならないシステムになっていて、そのトンチンカンぶりにイライラしたのはつい昨日のことです。それがある突然、「凄い」「凄い」「時代が変わる」と大騒ぎしはじめたのでした。でも、Googleの翻訳も、この数ヶ月の間で「凄い」と感嘆するように跳躍の進歩を遂げたという話は聞きません。ITの世界においては、そういった大騒ぎはよくあることなのです。

■表情のない言葉


最近はマッチングアプリを使って男女が出会い、結婚に至るケースも多くなっているという話がありますが、マッチングアプリもチャットGPTと似たシステムを応用したものでしょう。文字通り、双方が出した条件で合致した男女がピックアップされるのですが、そこには一番大事なのは人柄だというような考えはないのです。と言うか、アプリでも人柄は示されるのでしょうが、それは蓄積されたデータを数値化して導き出された(人工的な)人柄らしきものにすぎないのです。

人と人とのコミュニケーションにおいては、チャットGPTのような言葉だけでなく、たとえば身体言語のようなものも重要な役割を果たしていることは言うまでもありません。そもそも言葉は、あらかじめ与えられた意味や文法に基づいて処理(翻訳)された上で、表出されたものにすぎないのです。自分の意志や考えを伝えるのにもどかしい思いをするのはそのためです。

ましてやチャットGPTは、数学の理論に基づいたアルゴリズムによって、単語の用途と頻度をいったん数値化し、それをGoogleのオートコンプリート機能(予測変換)と同じような理論を使って文章を生成するもので、言葉の持つ曖昧さやゆらぎが最初から排除された二次使用の言葉でしかないのです。いくら5兆語におよぶ単語が日々学習しているからと言っても、言葉そのものは普段私たちが使っている言葉の足元にも及ばない貧しいものでしかありません。チャットGTPの言葉には表情と想像力が決定的に欠けているのです。それでは生身の人間同士のようなコミュニケーションが成り立つはずもないのです。似たものはできるかもしれませんが、あくまでそれはコピーです。問題は、コピーをホンモノと勘違いすることです。

それは、文体についても言えます。文体は言うなれば文章における表情のようなものです。でも、新聞記者は、不偏不党の建前のもと、極力文体にこだわらない、身体性を捨象した文章を書くように訓練されるのです。そんな文章がAIに代替されるのは当然でしょう。

これは既出ですが、2008年の『文芸春秋』7月号に、当時の『蟹工船』ブームについて、吉本隆明が、次のような文章を書いています。

ネットや携帯を使っていくらコミュニケーションをとったって、本物の言葉をつかまえたという実感が持てないんじゃないか。若い詩人や作家の作品を読んでも、それを感じます。その苦しさが、彼らを『蟹工船』に向かわせたのかもしれません。
 僕は言葉の本質について、こう考えます。言葉はコミュニケーションの手段や機能ではない。それは枝葉の問題であって、根幹は沈黙だよ、と。
 沈黙とは、内心の言葉を主体とし、自己が自己と問答することです。自分が心の中で自分の言葉を発し、問いかけることが、まず根底にあるんです。
 友人同士でひっきりなしにメールで、いつまでも他愛ないおしゃべりを続けていても、言葉の根も幹も育ちません。それは貧しい木の先についた、貧しい葉っぱのようなものなのです。
(「蟹工船」と新貧困社会)


吉本隆明は、言葉の本質は沈黙だというのです。人間は言葉でものを考えるので、それは当たり前と言えば当たり前の話です。しかし、チャットGTPの言葉はそんな言葉とはまったく別世界のものです。そもそもチャットGTPは、言葉の本質は沈黙だというような、そんな言い草はしゃらくさい、アホらしいというような思想の中から生まれたものと言っていいでしょう。しかも、それはアメリカで生まれたサービスです。日本語の持っている曖昧さは、日本語の豊穣さを表すものでもあるのですが、そんな文化とはまったく無縁なところから生まれたサービスにすぎないのです。

■効率は必ずしも効率ではない


前に言論の自由もTwitterという一私企業に担保されているにすぎないと書きましたが、それどころか、私たちの生活や人生に直結する事柄も、アメリカのIT企業に担保されているにすぎないのです。そういったディストピアの社会がまじかに迫っているのです。でも、「モーニングショー」のコメンテーターのように、多くの人たちは、新しいものを無定見に賛美し、チャットGPTが招来する第四次産業革命に乗り遅れる、時代に付いていけなくなるというような言説で思考停止しているだけです。

かつて、Googleは凄い、集合知で新しい民主主義が生まれる、セカンドライフは仮想資産で大化けする、ツイッターは新たな論壇になり新しいスタイルの社会運動を生み出す、などと言っていたような人間たちが、またぞろ、そんな古い考えに囚われていると時代に付いて行けないと脅迫するのです。

数年後にAIが人間の知能を凌駕するシンギュラリティ(Singularity)が訪れると予言するような若手の学者が、終末期医療の廃止や高齢者の集団自決を主張するのは偶然ではありません。彼らは、人々の悲しい表情や切ない表情を読み取ることを最初から排除している人間たちです。AIに思考を委ね、AIが言うことを代弁している、、、、、、にすぎないのです。

70歳になる知人は、年金だけでは生活できないので、仕事を探しているけど、履歴書を送っても面接すらさせてもらないと嘆いていました。既に20数社履歴書を送ったけど、断りの返事が来るだけだそうです。もちろん、正社員の仕事ではなくパートの仕事です。知人によれば、一般企業より社会福祉法人や公的機関の方が人を人と見ないところがありたちが悪いと言っていました。

そこにあるのも、上の知事が言う「前払い」が行われているからでしょう。私から見ると、知人は、健康だし頭脳明晰だし仕事もできるし性格もいいし、私のような偏向した思想も持っていません(笑)。パソコンのスキルも高いし、チャットGTPも肯定的です。でもそんなことより年齢条件が優先されるのです。

世の中は深刻な人手不足だと言われていますが、知人の話を聞いていると、どこが人手不足なんだと思ってしまいます。「モーニングショー」のコメンテーターや横須賀市長や自治体の首長が言う効率は、必ずしも効率ではないのです。

■人工知能におぞましいという感覚はない


少子化対策にしても、お金を配れば子どもを産むようになるというものではないでしょう。何度も言いますが、少子化には、資本主義の発展段階における家族の在り方や家族に対する考え方の変容が背景にあるのです。

また、人間というのはややこしいもので、生殖にはセックスの快楽も付随します。人と人が惹かれ合うのも、言葉では言い表せないフィーリングや身体的な快楽だってあるでしょう。

人間はシステムの効率だけでは捉えられない存在なのです。いつも言うように、1キロの坂道でも、車に乗って登るのと自分の足で息を切らして登るのとでは、その意味合いがまったく違ってきます。私たちの身体は、自分で思う以上に自分を作り出し自分を規定しているのです。私が私であるのはコギトだけではないのです。

もとより、AIは、(当たり前ですが)その身体を捉えることはできません。社会や資本や国家などの制度にとってどれだけ役に立つか、その条件に照らして私たちを数値化して”評価”するだけです。

政府が少子化で困ると言うのも、要するに、将来、税金を納める人間が減るから困るという話にすぎません。だったら、終末期医療の廃止や高齢者の集団自決と同じ発想で、国家が精液を集めて人工授精をすればいいのです。そして、家畜のように国家で養育するか、アプリで希望する夫婦に、マイクロチップで納税者番号を埋め込んだ子どもを配ればいいのです。人工知能が導き出すのはそういう考え方です。人工知能には、おぞましいという感情はないのです。


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■3年ぶりの浅間峠


前に山に行く準備をして寝ろうした矢先、友人から電話があり、深夜まで話し込んだので山行きを中止したという話を書きましたが、今、調べたら、2週間前の今月5日のことでした。

以来、準備をして布団に入るものの、結局眠れずに朝起きることができないということをずっとくり返していました。

山に行くためには、4時すぎに起床して5時すぎの電車に乗らなければなりません。薬箱を見たら「睡眠改善剤」というのがあったので、それを飲んで床に入っても、頭がボーッとして今にも眠れそうになるのですが、しかし、眠れないのです。睡魔に襲われるけど眠れないという感じで、文字通りベットの上でもがき苦しむばかりでした。

昔の嫌なことや悲しいことが頭に浮かんで来て、森鴎外ではないですが、「夜中、忽然として座す。無言にして空しく涕洟す」(夜中に突然起きて座り、ただ黙って泣きじゃくる)ようなことをくり返していたのでした。

不思議なもので、翌日が雨だったり土日だったりすると(土日は山に行かないので)、目覚ましをかけていなくても4時頃に電気のスイッチが入るみたいにパチッと目が覚めるのでした。

目が覚めないというのは、それだけ山に行くモチベーションが下がっているということでもあります。しばらく行かないと心理的なハードルも高くなるのです。

で、昨日のことですが、いつものように山に行く準備をして寝たら(と言っても、この2週間準備をした状態をそのままにしているだけですが)、どうしたのか午前3時に目が覚めたのです。

それでラッキーと思って、ザックを背負って駅に向かい、午前5時すぎの電車に乗りました。ブログには書いていませんが、前回の山行が昨年の11月25日でしたから、約5ヵ月ぶりです。

いつものように武蔵小杉駅で南武線に乗り換えて、さらに立川駅で武蔵五日市直通の電車に乗り換え、武蔵五日市駅に着いたのが午前7時すぎでした。そして、駅前から7時20分発の数馬行きのバスに乗りました。通勤客以外に武蔵五日市駅から乗ったハイカーは、4名でした。また、途中の払沢の滝入口のバス停から2名のハイカーが乗ってきました。払沢の滝の駐車場に車を置いて、先の方から浅間嶺に登って払沢の滝に下りるハイカーです。

檜原街道には多くのバス停から笹尾根や浅間嶺の登山口があり、私も大概のバス停を利用したことがありますが、途中、登山口のないバス停でハイカーが降りると「おおっ」と思うのでした。バスの中のハイカーたちも、(勝手な想像ですが)「どこに行くんだ?」と心の中がざわついているような気がするのでした。みんな、バスが走りはじめると、山中の停留所に降りたハイカーに視線を送っているのがわかります。そういったデンジャラスなハイカーは、奥多摩では尊敬と羨望の眼差しで見られる空気があるのです。

昨日行ったのは、2020年の1月と同じコースです。上川乗(かみかわのり)から浅間峠に向けて登り、浅間峠から笹尾根を三頭山の方に歩いて、日原(ひばら)峠から檜原街道に下る計画です。

前回は日原峠の先の小棡(こゆずり)峠から下りたのですが、膝が痛くて下山に時間がかかるのでその手前から下りることにしました。

上川乗のバス停に着いたのは8時すぎでした。そこから南秋川に架かった橋を渡って甲武信トンネルの方に進み、トンネルの手前から登ります。今回のコースはちょうど甲武信トンネルの上を横断するような恰好になります。

この川乗かわのりというのは、奥多摩の特産品であった川で採れる”のり”(食べるのり)のことです。海で採れる”のり”は「海苔」と書きますが、川で採れる”のり”は、奥多摩では「川苔」または「川乗」と書きます(一般的には「川海苔」と書くようです)。そのため、川苔山は川乗山とも書き、山名としてはどちらも正しいのでした。九州には川のりはないのか、私は川で採れる”のり”があるというのは、奥多摩の山に登るようになって初めて知りました。

既出の『奥多摩風土記』では、「川のり」について、次のように書かれています。

川のりは海藻の海苔(のり)に似ていますが、冷涼な渓流のひうち岩系の岩石に主として生育する緑藻です。海のりより鮮やかな緑色をした香気高い嗜好品で、初夏から秋にかけて採取します。生育条件が限られていて現在のところ養殖の方法がなく、狭い範囲の自然採取だけですから、一般的な土産品とするほどの数量は得られません。


上川乗のひとつ手前には下川乗というバス停もありますが、昔は街道に沿って流れる南秋川で川苔が採れたのでしょう。

登るときは膝の痛みはさほどなく、ただ息があがるだけです。まともな山行から遠ざかっているので体力の衰えは半端ではなく、完全に最初に戻った感じです。山に行くモチベーションが下がっているのもそれが原因かもしれません。

それ以上に精神的にしんどいのが下りです。膝の痛みが出るので辛くてならず、通常より倍以上の時間がかかるのです。そのため、前より早い時間に下山しなければならないし、距離が長いと身体的にも時間的にもやっかいなことになりかねないので、短い距離の道を歩くしかないのでした。

上川乗から浅間峠に登るのは、下りだけ使ったことも入れると、これで三度目です。笹尾根は山梨と東京(主に檜原村)の県境にある尾根で、私たちが歩いている登山道は、地域の人たちが山仕事に使った道であるとともに、甲州と武州の村人たちの交易路でもあったのです。そのため、檜原街道のバス停からそれぞれの峠に向けて道が刻まれているのでした。峠の上からは山梨(上野原市)側にも同じような道があります。また、笹尾根の上にはそれらを結ぶ縦走路が走っています。文字通り自然にできたトレイルなのです。

前も書きましたが、1909年、田部重治と木暮理太郎が笹尾根を歩いたのですが、山田哲哉氏は、笹尾根を「日本初の縦走路」と書いていました。その際、二人は浅間峠のあたりで野営したそうです。そして、私のブログでもおなじみの三頭山の手前の西原(さいばら)峠まで歩いているのでした。

今までも何度も書いていますが、笹尾根は特に眺望がいいわけではないし、途中、アップダウンも多くて結構疲れるのですが、私は笹尾根が持つ山の雰囲気が好きです。普段でも人は多くないのですが、特に人が途絶える冬の笹尾根が好きです。冬枯れの山の森閑とした風景は、田舎の山を思い出すのでした。

笹尾根は山の形状から最初の登りがきつくて峠に近づくと登りが緩やかになります。もちろん、下山時はその逆になります。

九十九折の道がやっと終えた地点で、ふと足元を見ると、地面に「トヤド浅間」と書かれた小さな手作りの標識があるのに気付きました。「トヤド浅間」へは登山道は通ってないのですが、奥多摩の熟達者の間では知る人ぞ知るピークで、私もずっと気になっていました。

しばらく立ち止まって、かすかな踏み跡が続く「トヤド浅間」への登りを見ていたら、浅間峠の方から一人のハイカーが下りて来ました。もう山で人に話しかけるのはやめようと思っていたのですが、いつものくせでまた話しかけてしまいました。

「この『トヤド浅間』へ行ったことはあります?」
「いやあ、ないですね」
「そうですか、気になってはいるんですけどね。でも道がわかりにくと聞いているのでどんなものかなと思いましてね」

その50代くらいのハイカーは上野原市に住んでいて反対側から登ってきたそうです。しかも一旦 上川乗まで下りてまた登り返して来ると言っていました。トレーニングをしているようです。それから膝を痛めた話などをしました。「じゃあ、またどこかで」と言って別れるのもいつもの決まり文句なのでした。

浅間峠には1時間50分くらいかかりました。前回が1時間35分くらいです。途中、休憩しましたので、それを入れるとほぼ同じかなと思いますが、ただ足を止める回数などは前回と比べようもありません。

浅間峠でしばらく休憩してから日原峠に進みました。こんなにアップダウンがあったかなと思うほど、結構な傾斜の上り下りが続きました。アップダウンが続くのが笹尾根の縦走路の特徴です。

日原峠までは1時間近くかかりましたが、途中ですれ違ったのは一人だけでした。

■ハセツネカップ


笹尾根の縦走路は、ハセツネカップという歴史のあるトレランの大会が開かれることで知られています。去年の10月にも開催されたのですが、しかし、登山道を2千名のランナーが走ることで表土の剥離や崩落の問題が指摘されています。しかも、笹尾根は国立公園内にありますので、普段山を管理する人たちからも問題が指摘され、環境庁も指導に乗り出すという話がありました。

私もこのブログで次のように書きました。

(略)東京都山岳連盟が実質的に主催し笹尾根をメインコースとするハセツネカップ(日本山岳耐久レース)が、今年も10月9日・10日に開かれましたが、ハセツネカップに関して、国立公園における自然保護の観点から、今年を限りに大会のあり方を見直す方向だ、というようなニュースがありました。

私から言えば、ハセツネカップこそ自然破壊の最たるものです。大会の趣旨には、長谷川恒男の偉業を讃えると謳っていますが、トレランの大会が長谷川恒男と何の関係があるのか、さっぱりわかりません。趣旨を読んでもこじつけとしか思えません。

笹尾根のコース上には、至るところにハセツネカップの案内板が設置されていますが、それはむしろ長谷川恒男の偉業に泥を塗るものと言えるでしょう。それこそ「山が好きだ」というのとは真逆にある、YouTubeの軽薄な登山と同じです。

丹沢の山などが地質の問題も相俟ってよく議論になっていますが、登山者が多く訪れる人気の山には、登山者の踏圧によって透水性が低下し表土が流出することで、表面浸食がさらに進むという、看過できない問題があります。ましてや、2000名のランナーがタイムを競って駆けて行くのは、登山者の踏圧どころではないでしょう。ランナーたちが脇目も振らずに駆けて行くそのトレイルは、昔、武州と甲州の人々が行き来するために利用してきた、記憶の積層とも言える古道なのです。

東京都山岳連盟は、「この、かけがえのない奥多摩の自然を護り育むことは、私どもに課せられた責務である」(大会サイトより)という建前を掲げながら、その問題に見て見ぬふりをして大会を運営してきたのです。都岳連の輝かしい歴史を担ってきたと自負する古参の会員たちも、何ら問題を提起することなく、参加料一人22000円(一般)を徴収する連盟の一大イベントに手弁当で協力してきたのです。

ちなみに、コースの下の同じ国立公園内に建設予定の産廃処理施設も、都岳連と似たような主張を掲げています。これほどの貧すれば鈍する光景はないでしょう。

関連記事:
登山をめぐる貧すれば鈍する光景


実際に歩いてみると、剥離して土がむき出しになっている部分がかなりありました。笹尾根の土壌は黒い粘土質のものなので、剥離してむき出しになると踏圧で深く削られたり雨が降ると崩落したりすることになるのです。

■日原峠


日原峠からの道はあまり歩かれてないみたいですが、最初はゆるやかで快適でした。膝にも優しく、それほど痛みも出ませんでした。40分くらい下ると林道に出ました。林道は地図にありません。戸惑いつつ方向を確認していると、林道の横から下に延びている踏み跡がありました。標識も何もないのですが、どうやらそれが登山道のようです。

そして、そこから笹尾根の特徴の九十九折が現われるのでした。道幅も狭いし、倒木もそのまま放置されたままだし、しかも、長雨の影響なのでしょう、途中、道が崩れたところが何箇所かありました。膝への負担も増し痛みも出て来て、益々時間がかかっしまいてました。

森の中で倒木に腰かけて休憩し、その際、買ったまま食べてなかった卵サンドイッチを食べたのですが、それが悪かったのか、以後、吐き気も催してきて、まるで閻魔様から仕打ちを受けているような気持になりました。

ほうほうの態で下山口に辿り着きました。日原峠からちょうど2時間かかりました。古い橋を渡って石段を登ると、檜原街道に出ました。人家もないところで、ガードレールの間から人が現れたので、車で通りかかった人たちは、怪訝な目で私を見ていました。バスが通りかかったたら、中のハイカーたちから「おおっ」と思われたかもしれません。

5分くらい歩くと、下和田というバス停がありました。初めて利用するバス停でした。バス停に着いたのが14時ちょっとすぎで、次の武蔵五日市駅行きのバスまで1時間近く待ちました。

■産廃処理施設と「顔の見えすぎる民主主義」


檜原村は、ちょうど村長選挙と村議会選挙の真っ最中で、バスを待っていると、ひっきりなしに候補者の名前を点呼する選挙カーが通り過ぎて行きます。道が狭いからでしょう、ほとんどが軽の車でした。窓から手を出している候補者は、私の姿を見つけると一瞬手を上げそうになるのですが、恰好で村の人間ではないことがわかると上げかけた手をもとに戻すのでした。それが滑稽でした。

檜原村には産廃施設の建設が計画されていたのですが、統一地方選の直前、業者が計画を取り下げるというニュースがありました。

東京新聞 TOKYO Web
檜原村の産廃焼却場計画が白紙に 事業者が取り下げ願、東京都が受理

私もこのブログで計画のことを書いていますが、「白紙」になったのは慶賀すべきことです。しかし、その裏にはまだ予断を許さない政治的思惑が伏在しているという見方もあります。人口2千人の村の地縁・血縁を逆手に取った「顔の見えすぎる民主主義」のためにも、村長選と村議会選の結果が注目されるのでした。

関連記事:
檜原村の産廃施設計画

バスには5~6人のハイカーが乗っていました。ところが、朝、私が降りた上川乗にさしかかると、バス停に20名近くの団体客が待っているのが目に入りました。私は思わず「最低」と口に出して席を移動しました。大半はおばさんハイカーでした。あとから来たおばさんを「こっち、こっち」と手招きして、バス待ちの列に平気で割り込ませる、武蔵五日市駅前でおなじみのおばさんたちでした。

一方で、これも前に書いた記憶がありますが、西東京バスの運転手の応対は非常に丁寧且つ親切で、日頃横浜市営バスに乗っている横浜市民は感動すら覚えるほどです。

朝のバスには、途中のバス停から払沢の滝入口のバス停の近くにある小中学校まで通学する子どもたちが乗るのですが、その際もバス停や周辺の道路には揃いのジャンパーを着て小旗を持った地域の人たちが子どもたちの安全を見守っていますし、村の駐在所の巡査も必ず近くの横断歩道で交通整理をしています。また、朝のバスには村の診療所がある「やすらぎの里」を迂回する便もあるのですが、そのバスに乗って来る高齢者に対しても、バスの運転手は乗り合わせた人間の心まで温かくなるような親切な応対をするのでした。

私も田舎の出なので、田舎で生活することのうっとうしさもわかっているつもりですが、そこには400年間どことも合併しなかった小さな村で試みられようとしている、「顔が見えすぎる民主主義」の発想の原点があるような気がしました。

武蔵五日市駅からは、来たときと同じように、立川で南武線に乗り換えて武蔵小杉、武蔵小杉から東横線で帰りました。ちょうど夕方のラッシュに遭遇しましたが、私はほとんど寝ていました。最寄り駅に着いたのは18時すぎでした。

帰ってスマホの歩数を見たら、15.3キロ23000歩になっていました。スマホも登山アプリも距離は正確ではありませんが、山自体を歩いたのは、8~9キロで17000歩くらいだと思います。歩く速さ(時速)は、普段は4.4~4.5k/1hですが(膝を痛める前は4.7k/1hだった)、今日は3.4h/1hになっていました(これも参考程度の数値です)。山で会ったのは二人だけでした。


※拡大画像はサムネイルをクリックしてください。

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上川乗バス停

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北秋川橋

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登山口

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登山道が崩落したみたいで、以前にはなかった橋

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この祠のところで最初の休憩

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トヤド浅間の案内板

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浅間峠

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昔の生活道路だったので至るところに祠や石仏

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日原峠の石像

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ハセツネカップの道標

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案内板も古いまま

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崩落した跡

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階段から林道に下りてきた

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林道から左に入る

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北秋川に架かる橋

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下和田バス停
2023.04.19 Wed l l top ▲
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ネットの時代になり、ニュースにおいても、人々の関心はまるでタイムラインを見るように次々と移っていくのでした。

旧統一教会の問題も既に過去の問題になったかのようで、旧統一教会と自民党との関係も、何ら解明されないまま忘れ去られようとしています。

それは、ジャニー喜多川氏の問題も然りです。たしかにジャニー氏亡きあと退所者が出ていますが、しかし、まわりが思うほど(期待するほど)ジャニーズ事務所の屋台骨がぐらつくことはないのではないかと思います。

総務省事務次官を務め、退官後電通の副社長に天下りした櫻井翔の父親の力添えもあったのか、今では国のイベントにタレントを派遣するなど、政府や電通や博報堂の後ろ盾を得るまでになっているのです。櫻井翔に至っては、日本テレビのニュース番組のキャスターまで務めているのですから、悪い冗談どころか夏の夜の怪談みたいな話です。

■『噂の真相』の記事


メディアの中でジャニーズ事務所の問題を取り上げたのは、『週刊文春』と『噂の真相』と言われていました。それで、手元にある『噂の真相』でどんなジャニーズ関連の記事があったか調べたら、次のようなタイトルの記事が出てきました。

ジャニーズ事務所の全日空ホテル乱交パーティが発覚!
(2000年1月号)

『週刊文春』で危機のジャニーズ事務所の新女帝の後継問題
(2000年3月号)

スクープ! 遂にジャニー喜多川がホモセクハラで極秘証人出廷
(2002年2月号)

元マネージャーが語ったジャニーズ事務所の内部告発!
(2003年3月号)

ジャニーズ事務所と女性週刊誌の力関係の舞台裏
(2003年6月号)

セクハラと脱税で揺れる「ジャニーズ帝国」の舞台裏
(2003年9月号)

ジャニーズの記事以外にも、今の時代では考えらえないことですが、「芸能界ホモ相姦図最新情報」とか「有名人ゲイ情報」とかいうのもありました。ただ、読むとかなり眉唾な話が多いように思います。おすぎとピーコが楽屋で似たような噂話をよくしていたそうですが、記事の対談や座談会に出ているのも、『噂の真相』の編集部から近い新宿2丁目のゲイバーのママなどでした。どんな連中なんだと思いました。

2004年1月1日発行の『別冊・噂の真相 日本のタブー』の中に、ジャニーズ事務所の圧力を具体的に書いた、次のような記事がありました。

「2000年に、『週刊女性』が少年隊の錦織一清の借金トラブルを報じたんです。すでに他社も報じていた話だし、確実なウラも取れていた。ところが、これに激怒したジャニーズ事務所が同じ主婦と生活社のアイドル雑誌『JUNON』に、『以後、取材に協力しない』と圧力をかけてきたんです。すぐに謝罪したんですが、結局ジャニーズとは決裂してしまい、それ以降、『JUNON』も『週刊女性』も急激に部数を低下させるハメになってしまった」(主婦と生活関係者)
 しかもこの時、ジャニーズ事務所は主婦と生活社に委託してきたジャニーズタレントのカレンダーの発売権まで引き上げている。
 実はジャニーズ事務所は、芸能系の雑誌を持たない出版社にも、こうしたカレンダーやタレント本を発売させることで、巧妙にルートを作り上げているのだ。あの新潮社ですら、あるタレント本のために、『フォーカス』の記事に影響があったほどなのだ。
 もちろん、最近になって、ようやくこの構造に風穴を開ける動きも出てきている。
 ジャニーズの影響を受けない数少ない大手出版社のひとつ、文藝春秋の『週刊文春』が、ジャニーズ事務所のトップ・ジャニー喜多川のホモセクシャル行為を告発した一件だ。
 これまで、北公次の告発本や本誌の報道をことごとく黙殺してきたジャニーズ事務所も、さすがに文春の影響力を無視できなかったのか、記事を名誉棄損で提訴したのだが、判決はジャニー喜多川のホモセクハラ行為が「事実だった」とするものであった。
 だが、それでも尚、芸能マスコミの多くはジャニーズタブーの呪縛から逃れられないでいるのだから情けない。
 事実、テレビはこの判決には一切触れず、かろうじて報じたスポーツ紙の記事も、ジャニーズ事務所のネームバリューを考えれば驚くほど小さなスペースでしかなかった。
 ジャニーズタレントたちは、今日も何ごとも無かったかのようにテレビや雑誌に登場し、相変わらず事務所に莫大な稼ぎをもたらしているのである。
(同上・「ジャニーズやバーニングが圧殺する有名芸能人のスキャンダル・タブー」)


そして今に至るという感じですが、しかし、記事を読むと、今より当時の方がまだタブーが緩かったことがわかります。誰がそうしたのか、ジャニーズ事務所は今の方がはるかに強硬だし傲慢になっているのです。

■宮台真司氏の言説


宮台真司氏は、下記の動画で、ジャニー喜多川氏の性加害(疑惑)について、少年たちの主観は(第三者である私たちとは)違うところにあるのではないか、と言っていました。

Arc Times
<ジャニー喜多川氏の性暴力問題>  加入儀礼がまだ残る日本 告発せずに我慢しがちな芸能界や職人の世界

宮台氏は、ジャニー喜多川氏の行為は、ジャニーズに入るための「加入儀礼」だった、と言います。だから、少年たちの中で被害を訴える者は圧倒的に少数で、彼らには傍で見るほど被害者意識はなかったのではないか、と言うのです。もちろん、日本には伝統的にお稚児さん=ゲイ文化があり、ホモセクシャルな”秘儀”も特段めずらしいことではないのかもしれません。

「加入儀礼」は、その集団チームの一員になり、一人前の大人になるために、理不尽なことも不条理なことも我慢して受け入れなければならないということです。そして、「加入儀礼」は、みんなそうやって大人になったのだからお前も我慢しろ、という日本的共通感覚コモンセンスに支えられていると言います。それを丸山眞男は「抑圧の移譲」と言ったのだと。だから、ジャニーズの問題も言われるほど大きな問題になってない。日本の社会ではよくあることで、世間はそれほど関心はない。宮台氏は、そう言うのでした。

たしかに、少年たちは、アイドルになってキャーキャー言われたい、お金を手に入れていい生活をしたい、そう思って、みずからジャニーズの門を叩いたのです。何も道を歩いているときに、突然、変な爺さんに襲われたわけではないのです。だから、セクハラされるのは最初から承知の上だったんじゃないか、自業自得じゃないか、という見方があるのも事実でしょう。あるいは、宮台氏が言うように、社会に出ればもっと嫌なことや辛いことがあるのだから、それくらいのことで被害者ズラするのは我慢が足りない、というような批判もあるかもしれません。それに、退所して事務所の縛りから解き放されたタレントたちを見ると、アイドルと言うにはちょっとやさぐれたような若者が多いのも事実です(だから、被害を訴えるのはカマトトではないかという声があります)。

でも、だからと言って、ジャニー喜多川氏の性加害が免罪されることにはならないのです。性加害(性被害)には、必ずそこに支配⇔服従という権力関係が生まれるので(それを前提とするので)、問題の本質は宮台氏が言うような部分に留まらず、もっと先にあると考えるべきでしょう。むしろ、少年たちに被害者意識がないことが問題なのです。それは少年だけではありません。少女に対する性加害も同じです。

子どもの頃に性被害を受けたことによるトラウマの問題は深刻で、被害者意識がないということも、むしろその深刻さを表しているように思います。ジャニー喜多川氏の問題が大きく取り上げられたことで、彼らの中にフラッシュバックが起きることは充分考えられるように思います。退所や休業も、その脈絡で考える必要があるでしょう。

■自死した某男優と義父


1980年代、31歳の某男優が新宿のホテルから飛び降り自殺するという事件がありました。その際、義父でもあった所属事務所の社長に宛てて、「おやじ涅槃で待つ」という遺書を残していたとして話題になりました。

実はその男優は私と同じ地元の出身でした。私自身は面識はありませんが、当時はまだ私も地元の会社に勤めていましたので、彼と中学の同級生だった職場の同僚やその友人たちから彼に関する話を聞いたことがあります。彼は中学3年のときに突然「姿が消えた」そうですが、それまではバスケットボール部に所属し人一倍目立つ存在だったそうです。他校でも「O中学のジョージという生徒がすごくカッコいい」と評判になるほどの長身で美形の持ち主だったとか。でも、中学の同級生たちも、彼の素性はまったく知らなくて、「謎の人間だった」と言っていました。

そして、高校に進んだあと、学校の帰りに書店で『平凡』か『明星』だかを観てたら、そこにあのジョージが出ていたのでびっくりしたそうです。その際、彼のプロフィールを見たら、自分たちが通っている高校を中退したことになっていたので、狐に摘ままれたような気持になったと言っていました。

どういった経緯で芸能界に入ったのかわかりませんが、私は、テレビで養子縁組した義父の社長を見たとき、「ああ、そうだったのか」と思いました。そこには、ジャニー喜多川氏と同じような(宮台真司氏が言う)「加入儀礼」があったような気がしたのでした。彼の同級生たちもそう思ったそうです。実際に、ホモセクシャルの世界において養子縁組はよくある話なのです。

今にして思えば、彼の場合も、BBCの記者が言う「グルーミング」や「トラウマボンド」で説明が付くように思えてなりません。自殺に至ったのも、「トラウマボンド」によるものではないかと思うのです。トラウマを抱えながら、それがいつの間にか反転して「おやじ涅槃で待つ」というような一体化した関係を憧憬するようになる。それを心理学では「内在化」と言うのだそうですが、トラウマが人間心理の奥深くに入り込み、ある種の自己防衛のために、被害者が加害者に対して倒錯した愛情のようなものを抱くようになると言われます。

(ジャニー喜多川氏が逝去した際の)「ジャニーさんの子供になれて誇りに思う」「ジャニーさんとの絆は永遠に切れない」「ジャニーさんはこれらもいつも寄り添ってくれている」「僕の人生は、あなたから与えられた愛情のなかにある」などという、ジャニー喜多川氏が文字通り寝食を共にし、手塩にかけて育てたメンバーたちの言葉。メディアは、それを美談として報じてきたのでした。

ジャニーズのメンバーも、ひと昔前までは櫻井翔のようなおぼっちゃまは例外で、どちらかと言えば独り親の家庭やアンダークラスの家庭の出身者が多かったような気がします。そんな芸能人としての古典的なパターンもまた、「グルーミング」を受け入れる素地になっていたように思えてなりません。

ジャニー喜多川氏は、言うなれば、少年たちのハングリー精神や上昇志向を利用して、彼らの身体を欲望のはけ口にしたのでした。はっきり言えば、そうやって少年愛のハーレムを作ったのです。それを可能にしたのは、犯罪とのグレゾーンに築かれた支配⇔服従の権力関係です。私たちは、ジャニー喜多川氏の問題について、まずそこに焦点を当てて考えるべきではないかと思います。
2023.04.17 Mon l 芸能・スポーツ l top ▲
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(イラストAC)


■ジャニー喜多川の性加害疑惑


イギリスの公共放送BBCは、先月、ドキュメンタリー番組で、ジャニー喜多川氏の少年たちに対する性加害(疑惑)と日本社会の「沈黙」(見て見ぬふり)を取り上げて、物議を醸したのでした。タイトルは、「J-POPの捕食者  秘められたスキャンダル」(Predator : The Secret Scandal of J-Pop)というものでした。

元フォーリブスの北公次が、『光GENJIへ』という本でジャニー喜多川氏の性癖を暴露したのが34年前の1988年(昭和63年)ですが、ジャニー喜多川氏の性加害(疑惑)は、1960年代から始まっていたと言われています。その間、被害に遭った少年は数百人に上るという説もあるのです。

少年たちも、それを我慢しないとデビューできないことを知っていました。2002年5月には、東京高裁で、ジャニー喜多川氏の「淫行行為」は「事実」だと認定されているくらいです。でも、日本のメディアはいっさい報じて来なかったのです。

その中で、例外的に取り上げていたのが『週刊文春』と『噂の真相』でした。中でも『週刊文春』は、1999年10月から14週にわたって、ジャニー喜多川氏の「セクハラ」問題のキャンペーンを行ったのでした。上記の東京高裁の認定は、その報道に対して、ジャニー喜多川氏とジャニーズ事務所が、1億円の賠償金を求める名誉毀損訴訟を起こしたときのものです。ジャニーズ側は高裁の判決が不服として最高裁に上告したのですが、最高裁で上告が棄却され、高裁の判決が確定したのでした。訴訟自体は120万円の賠償金で結審したのですが、実質的には文春の勝訴と言われました。

当時のジャニー喜多川氏の自宅は六本木のアークヒルズにあり、少年たちから「合宿所」と呼ばれていたそうです。しかし、少年たちは陰では「合宿所」を「悪魔の館」と呼んでいたのだとか。

『週刊文春』は、12人の少年に取材し、そのうち10人がジャニー喜多川氏から性被害を受けたと答えたそうです。また、法廷で2人の少年が性被害(セクハラ行為)を証言したのですが、東京高裁の判決文では、「上記の少年らは、一審原告のセクハラ行為について具体的に供述し、その内容はおおむね一致し、これらの少年らが揃って虚偽の供述をする動機も認められない」「これらの証言ないし供述記載は信用できるものというべきである」と証言の信憑性を認めているのです。

しかし、日本のメディアは、芸能マスコミだけでなく、大手の週刊誌も新聞もテレビも、こぞって黙殺したのです。そのため、その後もジャニー喜多川氏の性加害は続き、それどころかジャニーズ事務所は日本を代表する芸能プロとして、その存在感を絶対的なものにしていったのでした。

ちなみに、私は30年以上前、当時勤めていた会社が六本木にあった関係で、たまたまガールフレンドが住んでいた六本木のマンションに入り浸っていた時期があるのですが、彼女のマンションと脇道をはさんで向かいにあるマンションにジャニーズの「合宿所」がありました。私自身は、シブがき隊の誰か(それも定かでない)をチラッと見た程度ですが、ガールフレンドの話ではその「合宿所」にはシブがき隊や少年隊のメンバーも住んでいたことがあり、彼等とは顔見知りだったそうで、誰々はいい子だけど誰々は悪ガキだとか、そんな話をしていました。

その当時も、春休みや夏休みになると、ファンの女の子たちが地方からやって来て、ガールフレンドのマンションの脇に一日中立ってメンバーを「出待ち」するので、住人から迷惑がられていました。

既にその頃からジャニー喜多川氏にまつわる噂は、公然の秘密として人口に膾炙されていました。芸能界の周辺にいたガールフレンドも、「芸能界は男も女も同じだよ」「パパがいる男の子は多いよ」とさも当然のことのように言っていました。

たしかに、戦国時代から江戸時代には、殿様の横で刀持ちを務める「小姓こしょう」と呼ばれる少年がいましたし、太古の昔から芸能の民は、両性具有の人間が多いと言われていましたが、時代を経て「個人」が確立されるにつれ、そんなロマンティックな言葉で誤魔化すことはできなくなったのです。というか、そういった男色の歴史とジャニー喜多川氏の性加害(疑惑)はまったく別の問題と考えるべきでしょう。

相撲部屋と同じように、中学を出るか出ないかの年端もいかない少年たちを「合宿所」で集団生活させて、親代わりのように寝食をともにしながらエンターテイナーになるべく訓練する。そんなジャニーズ事務所特有のシステムの裏に潜んでいたのは、少年たちに対するジャニー喜多川氏の”歪んだ欲望”だったのです。そこにあるのは、支配⇔服従の関係以外のなにものでもありません。

ただ、忘れてはならないのは、ジャニー喜多川氏の行為を「気持悪い」「おぞましい」と感じるのは単なるホモフォビア(同性愛嫌悪)にすぎず、それは単に反動的で文化的な所産でしかないということです。ジャニー喜多川氏の行為が批判されるべきなのは、それが「気持が悪い」「おぞましい」からではなく、「デビューしたければ言うとおりにしろ」という支配⇔服従の権力関係に依拠した「性的搾取」だからです。もっとわかりやすく言えば、みずからの性的欲望をそういった関係を盾に有無を言わせず行使しているからなのです。

私はその手の話は詳しくないので、必ずしも正確な説明ができるとは言えませんし、言葉の使い方も適切ではないかもしれませんが、同性愛と言ってもいろんなパターンがあるようです。同性愛者同士の関係だけでなく、女性になれない女性の感覚で、無垢な少年の身体に性的な欲望を抱く同性愛者もいるそうです。

私は、ホモセクシャルな人たちがこの問題をどう考えるか知りたいのですが、残念ながら彼らの声がメディアに取り上げられることはありませんし、SNSでも見つけることはできませんでした。LGBTへの理解を求めるなら、彼らももっと積極的に発言すべきでしょう。

ゲイ雑誌の『薔薇族』は、一環してジャニー喜多川氏のような”少年愛”を称揚してきたと言われていますが、対象になるのが年端もいかない少年であるこということを考えれば、そこには最初から支配⇔服従の関係が生まれるのは当然です。それどころか、「調教する」というような倒錯した支配欲だってあったかもしれません。同性愛者たちは、そういったことをどう考えるのか。当たり前のこととして肯定していたのか。仮にドラマの「きのう何食べた?」のようなイメージの中に逃げるだけなら、それは極めて不誠実で卑怯な態度だと言わざるを得ません。

■グルーミングとトラウマボンド


番組を制作したBBCのスタッフは、朝日新聞のGLOBE+のインタビューで、ジャニー喜多川氏の行為は「グルーミング(grooming)」や「トラウマボンド(trauma bond)」といった心理学の概念で説明できる、少年たちに対する「性的搾取」だと言っていました。

GLOBE+
ジャニー喜多川氏の性加害疑惑追ったBBC番組制作陣が指摘した「グルーミング」の手口

尚、groomingとtrauma bondについては、ウィキペディアで次のように説明されています。

性犯罪におけるグルーミングとは、性交等または猥褻な行為などをする目的で、未成年者を手なずける行為である。「チャイルド・グルーミング」とも呼ばれる。(略)
未成年者への「性的なグルーミング」は、何らかの事情で孤立した対象を標的にして、標的からの信頼を積み上げて関係性を支配してから、性的な行為に及ぶものである。(略)
グルーミングはマインドコントロールの一種で、ごく普通のコミュニケーションの中で行われることを強調する。対象を近親者から切り離そうとするのも特徴で、そういう言動があったら警戒を促す。
だが、標的とされた子どもは加害者への恋愛感情や信頼心が醸成されていき、「信頼できる大人がそんなことをしてくるわけがない」と思い込まれているため、「性暴力被害を受けた」とは気づきにくい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/グルーミング(性被害)


トラウマの絆は、パトリックカーンズによって開発された用語で、報酬と罰による断続的な強化によって持続される繰り返しの周期的な虐待パターンから生じる、個人 (および場合によってはグループ) との感情的な絆を表します。(略)
トラウマの絆は通常、被害者と加害者が一方向の関係にあり、被害者は加害者と感情的な絆を形成します。(略)
トラウマの絆は、恐怖、支配、予測不可能性に基づいています。虐待者と被害者の間のトラウマの絆が強まり、深まるにつれて、周期的なパターンで現れる警戒感、しびれ、悲しみの相反する感情につながります. 多くの場合、トラウマの絆の犠牲者には主体性と自律性がなく、個人の自己意識もありません. 彼らの自己イメージは、虐待者の自己イメージの派生物であり、内面化されたものです。(略)
トラウマの絆は、関係が続いている間だけでなく、それ以降も被害者に深刻な悪影響を及ぼします。トラウマの絆の長期的な影響には、虐待的な関係にとどまること、低い自尊心、否定的な自己像、うつ病や双極性障害の可能性の増加などのメンタルヘルスへの悪影響、世代間の虐待サイクルの永続化などがあります。(略)
加害者と心的外傷を負った被害者は、多くの場合、これらの関係を離れることはできません。なんとか離れることのできた人でさえ、学習したトラウマの絆が蔓延しているため、多くの人が虐待的な関係に戻ります。

https://en.wikipedia.org/wiki/Traumatic_bonding


ジャニー喜多川氏の性加害(疑惑)は、多感な時期にある少年たちにとって、深刻な心的外傷トラウマをもたらす行為だったと言えますが、にもかかわらず、日本のメディアには、天皇制に勝るとも劣らない第一級のタブーだったのです。情けない話ですが、外国メディアでなければ扱えなかったのです。それも、死後でなければ不可能だったのです。

BBCの放送を受けて、4月12日に元ジャニーズJr.のメンバーで現在もアーティスト活動を行っている男性が、外国特派員協会で会見し、みずから体験した性被害を告白したことで、既存メディアでは全国紙とNHKがようやく報道を解禁しました。しかし、それは、批判を回避するため、アリバイ作りのために会見に触れたようにしか思えない、通りいっぺんの内容でした。一方で、今でもジャニーズ事務所の統制下にあるテレビや雑誌などは「見て見ぬふり」をしたままです。特に女性週刊誌とワイドショーは、まるでジャニーズ事務所との心中も厭わないかのように忠誠を誓っているのでした。

昔は、所属タレントのスキャンダルをめぐって、ジャニーズ事務所と女性週刊誌との間でバトルが繰り広げられたこともありましたし、ジャニーズ事務所が、3億7000万円の所得隠しや経理ミスで、東京国税局から重加算税も含めて2億円あまりを追徴課税されたり、グッズ販売の所得隠しにより、法人税法違反容疑で東京地検特捜部に告発されたこともあったのです。いづれも『週刊文春』との裁判があった2002年頃の話です。しかし、その後、総務省事務次官や電通副社長などを務めた嵐の櫻井翔の父親の権勢もあってか、ジャニーズ事務所は絶対的なタブーになり、吉本ともども国のご用達プロダクションのような立場になったのでした。ジャニー喜多川氏は、2019年7月に89歳で亡くなったのですが、死してもなお、メディアが見ざる言わざる聞かざるの姿勢を貫いているのは、そういった背景も無関係ではないように思います。

私は、芸能マスコミとテレビ局が芸能界をアンタッチャブルなものにした、と前々から言ってきましたが、それは今なお続いているのです。弱小プロダクションのタレントが「不倫」したら、世界の一大事のように大騒ぎするくせに、本来なら日本の芸能界をゆるがせてもおかしくないジャニー喜多川氏の性加害(疑惑)に対しては、裁判で認定され、もはや誰もが知っているほど人口に膾炙されているにもかかわらず、「見て見ぬふり」をしているのでした。そして、ジャーニーズ事務所のタレントたちは、何事もなかったかのように、歌番組だけでなくバラエティ番組や情報番組やCMなどテレビをはじめとするメディアを席捲しています。それどころか、報道番組のキャスターを務めたり、政府のイベントでは客寄せパンダの役割を担うまでになっているのでした。

このように長いものに巻かれ、強いものにごびへつらう日本のメディアの事大主義的な体質は、WBCやジャニーズ事務所の報道においても共通して見られる、もはや宿痾と言ってもいいようなものです。「言論の自由」も、彼らには猫に小判でしかないのです。


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ガーシーのXデーが近づく中、またガーシーが話題を提供してくれました。今回の八っつぁん&熊さんのかけあいのテーマは、ネット時代の詐欺師です。武田鉄矢が言う「ただの悪口」のオンパレードです。

■YouTubeは詐欺師だらけ


 ガーシーがパスポートを紛失したんだって(笑)。
 パスポートの返納命令が4月13日、つまり明日なんだけど、返納しようと思って1週間探したけど見つからなかった、引っ越しで紛失したみたいだ、と弁明する動画をインスタライブで配信したそうだ。
 パスポートの返納命令に従わない場合、旅券法違反で起訴されるので、それを逃れるためなのか。
 詐欺師のやることだから、何か裏がありそうな気がしないでもないけどな。UAEのゴールデンビザを持っているという話があるので、それが剥奪されない限り日本の警察は手が出せない。実際に令和3年度末の時点で国外に逃亡した被疑者は699人もいて、その中で日本に移送されたのは僅か28人だそうだ。
 ガーシーやガーシーの周辺に限らず、ネット時代は詐欺師が大手を振ってのし歩く時代であるとも言えるな。
 昔の詐欺師は、人目に隠れてというか、こっそりと人を騙して金銭などを巻き上げていた。しかし、現代の詐欺師は、ネットを使って不特定多数を相手に堂々と金銭を巻き上げようとする。というか、巻き上げるという表現すら的確とは言えないような感じだ。その典型がYouTube。
 配信料が詐欺師の食い扶持になっている。
 今や、YouTubeは詐欺師だらけと言っても過言ではない。
 たしかに、弁が立つ、口がうまい人間にとって、これほどうってつけのメディアはない。みんな生き生きしているな。
 ネットの時代で、どこまでが詐欺でどこまでが詐欺でないか、そのグレーゾーンが益々曖昧になってきた。
 いかがわしさもキャラになるしな。
 昔、「馬の小便水薬、鼻くそ丸めて萬金丹」という歌があったけど、あれは詐欺じゃないだろ? でも、今はホントに馬の小便を水薬と言ったり、鼻くそを丸めて萬金丹と言ったりしている。ネットだとそれが可能なんだよ。
 YouTubeの動画を見せつけられると、疑うことより信じることが先に立つ。そして、ネットで真実を発見した気持になり、それをみんなに知らせなきゃと思う。大宅壮一は「一臆総白痴化」と言ったけど、その”テレビ信仰”の究極の姿がYouTubeとも言えるな。
 テレビとYouTubeを”対立概念”のように言う人間がいるけど、全然そうじゃない。ネットで話題になるのはテレビのネタばかりだ。大塚英志は「迎合」と言ったけど、持ちつ持たれつの関係だと言った方が正しいかもしれない。
 YouTubeのいわゆる信者たちを見ても、芸能人のブログにお追従のコメントを投稿するファンと寸分も変わらないな。
 違うのは、ここで言う可視化だけ。疑うことを知らない人間、疑うだけの能力も見識もないような人間が、詐欺師を市民社会に引き入れて、詐欺師に市民権を与えた。つまり、詐欺師だけでなく、詐欺師を支える(ホントはカモにされているだけだけど)「バカと暇人」も可視化された。これがGoogleがWeb2.0で言っていた集合知、総表現社会がもたらした世も末のような光景だよ。
 さらに詐欺師の口上を切り取って伝える既存メディアのコタツ記事が、「嘘を百万遍言えば真実になる」役割を果たした。
 ネットの時代には、詐欺師を培養し可視化する(お墨付けを与える)土壌があるんだよ。

■Googleの罪と警察の事なかれ主義


 Google自身も2018年に、「Don't be evil」を行動規範から削除したしな。
 ネットの黎明期に、「ネットは悪意の塊である」と言った人がいるけど、文字通り、ネットの時代になり、evil=邪悪なものが大手を振ってまかり通るようになった。それはGoogleがネットを支配する過程と重なっている。Googleの罪は大きいよ。
 ネットによって詐欺師が可視化、半合法化されたという話で言えば、昨日、カンボジアでも19名の「かけ子」が捕まったけど、闇バイトで「かけ子」を集め、テレグラムで指示する「特殊詐欺」や「強盗」の現代風なやり口も、ネット時代が生んだものだな。
 その巧妙且つ大胆な分業システムや、闇バイトで応募する人間たちの軽さや犯罪に至るハードルの低さをもたらしたのは、間違いなくネットだよ。しかも、それを構築したのがITに通暁したインテリやくざというのも現代的だな。
 単にやくざのシノギに過ぎないのに、そう思わせないところはたしかに凄いな。
 しかも、警察組織にはびこる公務員特有の事なかれ主義を逆手に取っていることも忘れてはならない。
 よく言われていることだけど、いわゆる下っ端ばかり捕まえて点数だけ稼ぐという警察の事なかれ主義だな。
 だから、組織の頂点には決して行き着かない。フィリピンのルフィ一味も今回のカンボジアグループもそうだけど、メディアは「資金の流れと組織の実態の解明を進める」とバカの一つ覚えのように言うけど、解明されたためしはない。と言うか、誰も解明されるとは思ってない。その方が警察にとっても都合がいい。所詮は公務員なので、数年したら他の部署に移るわけだから、その間下っ端を捕まえて点数を稼いでおけばいい。
 前に破防法絡みで、公安調査庁にとっては、オウムの残党が存在する方が都合がいいという話があったけど、あれと同じだな。
 闇組織の方が警察より一枚も二枚も上手だよ。
 闇バイトで集めた下っ端は、いくらでも取り換え可能な使い捨て。金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間の方が儲かる、というネットの特徴がここでもよく表れているな。

■特殊詐欺はオワコン


 でも、もう特殊詐欺はオワコンだよ。システムがバレたし、高齢者は先が短い。金を持っているのは食い逃げ世代の高齢者だけ。新しく参入してくる次の世代の高齢者は金を持ってない。彼らの一番の問題は貧困だよ。
 所詮は期間限定の犯罪だった。リゾートホテルを拠点にした理由もわかるな。
 実際にしのぎは次に移っている。海外を拠点にした特殊詐欺だけが大々的に報道されているけど、クレジットカードの不正利用やネットバンキングの不正送金の被害額は、特殊詐欺の比ではない。しかし、まったくと言っていいほど解明されてない。犯人は「中国人」ということになっているけど、半ば野放しのような状態だ。ときどき見よう見まねではじめたような、へまな留学生グループが捕まるだけ。
 そのために、使うのにどんどんややこしくなり面倒くさくなって、ユーザーである俺たちの手間ばかりが増えるんだよ。
 犯罪はデジタル技術を使ってスマートだけど、対策はきわめてアナログという笑えない現実がある。
 とは言え、あとに戻れないので、付け焼刃で屋上屋を架すしかないんだろうな。キャッシュレスの時代だとか言いながら、それをターゲットにした犯罪は巧妙化し増える一方。にもかかわらず、ユーザーは「被害を防ぐのはあなたたち自身ですよ」と言わんばかりにアナログな自己防衛策を押し付けられるだけ。
 そういった無力感だけが募るような現実が、さらに犯罪に至るハードルの低さをもたらしているとも言えるな。ガーシーやガーシー界隈に限った話ではなく、詐欺師がヒーローになるような時代だぜ。このような手段を問わない「世の中は金次第」というマネー信仰(言うなれば貨幣の物神性のオバケ現象)は、最近よく目にする(社会や国家が)「溶ける」という表現がぴったりだよ。
 たしかに、これほど詐欺師がヒーローになり、衆人環視のもとで国家をコケにする行為を行うというのは前代未聞だな。トンマな「元赤軍派」がシンパシーを抱くほど、ネットがただのチキンでショボい詐欺師をここまで大きく見せるようになった。まったく、ネットは罪作りなもんだよ(笑)。
2023.04.12 Wed l 社会・メディア l top ▲
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昨夜も山に行こうと準備万端整え、目覚ましをセットして寝ようと思ったその矢先、スマホの着信が鳴りました。

九州の高校時代の同級生からでした。そして、“男の長電話”で延々2時間近く昔話をするはめになり、電話を切って時計を見たら午前2時近くになっていました。

山に行くには遅くとも午前4時過ぎに起きる必要があります。これから寝たのでは起きられないでしょうし、もともと寝つけが悪い人間なので、寝るチャンスを逃すとすぐには眠れないのです。それに、眠らなければと思うとよけい眠れなくなるという面倒臭い癖も人一倍あります。

で、結局、また山行きはあきらめて、今、このブログを書いている次第です。

■寺山修司


昨日も散歩に行って1万歩以上歩きました。最近は散歩に行くのが唯一の楽しみのようになりました。

いつものように鶴見川の土手を歩きました。日曜日で天気もよかったので、土手の上は散歩やジョギングする人たちの姿が多くありました。

新横浜の日産スタジアムの近くまで歩いて、そこから引き返しました。山に行く予定だったので軽めにして、歩いた距離は7キロくらいでした。

途中、川の近くまで下りて、コンクリートの護岸の上でコンビニで買って来たおにぎりを食べて、しばらくまったりとしました。近くではテントを張って昼寝している人もいました。

また、叢の上に座って川を眺めている女性もいました。「山に行く人」というのは、その服装や雰囲気で何となくわかるのですが、私もその女性を見たとき、「山に行く人」ではないかと思いました。帰るとき、足元を見たら、案の定、トレッキングシューズを履いていました。足慣らしを兼ねて散歩していたのでしょう。

川にはいろんな水鳥が生息していることを知りました。水面をスイスイ泳いでいる鳥もいれば、一か所に留まってときどき水の中に半身を潜らせている鳥もいるし、川岸で羽根を休めている鳥もいました。そんな光景を眺めていたら、「ああ、春だったんだな」とどこかで聞いたことがあるような台詞が浮かびました。

年を取ると、春という季節が遠く感じるようになります。春のイメージで抱くような出会いや別れとは無縁になるからでしょう。あのわくわく心踊らせながら、それでいてどことなくせつなくもの哀しい春が持つイメージから、いつの間にか疎外されている自分を感じるようになりました。

昔、大田区の大森の町工場で、旋盤工として働きながらルポルタージュを書いていた小関智弘氏の本が好きでよく読んでいたのですが、その中で『春は鉄までが匂った』(ちくま文庫)というタイトルの本がありました。なんてロマンティックな響きなんだろう、タイトル自体がまるでひとつの歌のようだと思いました。でも、そういった感覚も遠いものになってしまいました。

自分の青春を考えるとき、寺山修司の歌を抜きにすることはできません。あの頃は何かにつけ寺山修司の歌集を開いていました。その歌集がどこかに行って見つけることができなかったのですが、当時好きだったのは次のような歌です。


吸いさしの煙草で北を指すときの北暗ければ望郷ならず

マッチ擦るつかのまの海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや

きみのいる刑務所の塀に自転車を横向きにしてすこし憩えり

アカハタ売るわれを夏蝶越えゆけり 母は故郷の田を打ちていむ


■『人生の視える場所』


また、若い頃、岡井隆の『人生の視える場所』(思潮社)という歌集も好きでした。『人生の視える場所』は、先日、たまたま本棚の上から落ちてきたので、今、手元にあるのですが、その中で私が〇印をつけているのは、次のような歌です。尚、奥付を見ると、「1982年8月1日初版」となっていました。


を下げてパンをげてしわれさきへやとがるこころをもてあましをり

つきあたりてけがれては抜けてゆく迷宮のごと一日はりぬ

独り寝るさむき五月の夜の闇に枝寄せてゐる風音きこゆ


先程、色あせた『人生の視える場所』をめくっていたら、次のような歌が目に止まりました。


晩年をつねくらめたるわれを思ふしかもしづかに生きのびて来ぬ


もちろん、若い頃の「人生の視える場所」と今の「人生の視える場所」はまったく違うものです。

昨夜の電話の相手の同級生も東京の大学に通っていたのですが、休みで帰省した折に、私が入院していた病院に見舞いに来たときの話になりました。

ベットの横で話をしていたら、掃除のおばさんがたまたま病室にやって来たのですが、同級生はおばさんの顔を見るなり、立ち上がって「あっ、こんにちわ」と挨拶したのでした。おばさんも「○○君!」とびっくりした様子でした。そのおばさんは、小学校のときの担任の先生の奥さんだったそうです。先生が若くして亡くなり寡婦となったので、生活のために掃除婦をしているんだろうと言っていました。「ちょっとショックだけどな」と言っていましたが、同級生はそのときの話を未だにするのでした。


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ロマンティックという感覚
2023.04.10 Mon l 日常・その他 l top ▲
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(パブリックドメイン)


何だか同じことばかり書いているような気がしないでもありませんが、しかし、蜘蛛の糸を掴むように、拙い小さな”希望”であっても、ひとつひとつ丁寧に拾っていくしかないのです。日本中が”戦時の言葉”に覆われ、金網デスマッチを観戦しているような今の状況は、どう見ても異常と言うしかありません。

■ルラ大統領の和平案


昨日(8日)、ブラジルのルラ大統領が提案した和平案について、ウクライナが一蹴したというニュースがありました。

AFPBB NEWS
ウクライナ、ブラジル大統領の和平案一蹴 クリミア放棄せず

ブラジルは、2月の国連総会におけるロシア軍の即時撤退を要求する決議案では、BRICSの中では唯一賛成票を投じた国です。

ルラ大統領は左派の労働党出身ですが、ウクライナ戦争で中立を保っている国々が共同で、ウクライナ・ロシア双方に停戦を働きかけるべきだとして、そのための枠組み作りを模索しているのでした。今回の和平案はそのためのたたき台と言えるかもしれません。

記事にもあるように、ルラ大統領は、ウクライナに対して、「すべてを手に入れることはできない」「クリミア半島の領有権を放棄して和平交渉を開始すべき」」という現実的な着地点を提案したのです。

しかし、ウクライナ政府の反応は、次のようににべもないものだったようです。

 ウクライナ外務省のオレグ・ニコレンコ(Oleg Nikolenko)報道官は、「ウクライナの領土を1センチでも譲ることを正当化する政治的・道徳的理由はない」「和平調停の試みはいかなるものであれ、主権尊重に基づき、ウクライナの領土保全を完全に回復するものでなければならない」とフェイスブック(Facebook)に投稿した。
(上記記事より)


ただ、これはウクライナ政府の公式な見解とは言い難いので、水面下で何らかの動きがあるかもしれません。そう願うばかりです。

■地に堕ちた欧米の民主主義


ルナ大統領は、来週、中国を訪問する予定で、そこでも和平案の枠組み作りを協議すると言われています。

また、フランスのマクロン大統領も訪中し、やはり中国に積極的に和平に乗り出すよう要請したという報道がありました。フランスは、侵攻当初、和平にひと役買ったのですが、ブチャの虐殺が起きたことで、ウクライナが態度を硬化して決裂したと言われています。そのため、ブチャの虐殺は和平を潰すためにでっちあげられたものではないかという陰謀論まで出ているのでした。

尚、中国の習近平国家主席と会談したマクロン大統領と欧州委員会のライエン委員長は、中国をサプライチェーンから排除するデカップリング(分離)に反対することで意見が一致したとの報道もありました。アメリカが主導する対中強硬策に冷水を浴びせた格好で、今の世界経済で中国を無視することはできないという本音が吐露されたと言えるでしょう。

このように好き嫌いは別にして、300年ぶりに覇権を手にする中国の存在感は増すばかりです。ウクライナ戦争でも、中国やブラジルなどBRICSの国が和平を主導する可能性さえあるのです。それは、今までの国際紛争ではまったく見られなかった光景です。

一方、欧米は武器供与をエスカレートして、戦争の拡大に手を貸すだけです。今や、欧米の民主主義の理念は完全に地に堕ちたと言ってよく、権威主義と民主主義の戦いだというバイデンの口吻など、片腹痛いと言わねばなりません。

ウクライナ戦争をめぐるこのような光景もまた、世界が多極化して政治や経済の軸が欧米からBRICSをはじめとする新興国に移っていくという、新しい世界の構図を示唆していると言えるでしょう。

もとより、(何度も言いますが)核の時代の戦争では勝者も敗者もないのです。核保有国が敗者になるということは、核戦争で世界が破滅することを意味するのです。それはオーバーな話でも何でもないのです。

ゼレンスキーが唱える、領土を1センチでも譲ることができないという徹底抗戦路線は、ウクライナにとっての玉砕戦であるだけでなく、世界の最終戦争をも招来しかねない危険なものです。ゼレンスキーの要求どおり武器を供与し続ければ、プーチンは間違いなく核を使うでしょう。それでも「ロシアが悪い」で済ませるつもりなのかと言いたいのです。核戦争には、敵も味方も、善も悪も関係ないのです。

もちろん、裏では私たちがうかがい知れない丁々発止のやり取りが行われているはずなので、どこに本音があるのかわかりませんが、とにかくこれ以上犠牲を増やさないためにも、誰でもいいから和平を仲介することが切望されるのでした。

そう考えると、今の欧米はまったく当てになりません。欧米は戦争の当事者であっても、和平を仲介する当事者ではありません。左派リベラル界隈には、平和憲法を持つ日本が仲介の役割を担うべきだと宣うおめでたい人間がいますが、それも悪い冗談です。

仮に中国やBRICS主導で和平が実現すれば、何度も言いますが、世界がひっくり返ることになるでしょうし、世界地図は一瞬にして塗り替えられることになるでしょう。しかも、今の状況では、もうそれしか残された道はない感じなのです。
2023.04.09 Sun l ウクライナ侵攻 l top ▲
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■師岡熊野神社


このところ、山に行こうと準備をして床に就くのですが、朝、起きることができず、ずっととん挫しています。

山に行くには、早朝、5時すぎの電車に乗らなければならないのですが、どうしても寝過ごしてしまうのでした。目覚ましでいったん目が覚めるものの、再び寝てしまい、あとで自己嫌悪に陥るという年甲斐もないことをくり返しているのでした。それだけ山に行くモチベーションが下がっているとも言えます。

昨日の朝も起きることができずに中止にしました。それで、午後から散歩に出かけたのですが、半分やけになっていたということもあって、15キロ21500歩を歩きました。

まず最初に、この界隈の鎮守神である熊野神社に行ってお参りをしました。熊野神社は、鎮守の森にふさわしい小さな丘の上にあります。社殿に参拝したあと、神社の裏手にまわってみると、裏山に登る「散策道」と書かれた階段がありました。神社には何度が来ていますが、そんな道があるなんて初めて知りました。

それで木の階段を登ってみました。すると、「権現山広場」という標識が立てられた山頂に出ました。広場には東屋やベンチが設置され、木立の間から綱島方面の街並みを見渡すことができました。その中に、新綱島駅の横に建設中のタワーマンションがひときわ高くそびえていました。

写真を撮ったあと、神社に戻るため階段を下りていたら、下から話声が聞こえてきました。すると、制服姿の女子校生と上下ジャージ姿の少年が登ってきたのでした。少年はまるで登山ユーチューバーのように(笑)、女子高生の後ろでスマホをかざして登っていました。

■昔の思い出


熊野神社をあとにして、表の幹線道路まで戻り、幹線道路沿いに綱島の方向に歩きました。しばらく歩くと、幹線道路は鶴見川にかかる橋(大綱橋)を渡ります。前々日も鶴見川の土手を歩いたばかりなのですが、今度は対岸を新横浜方面に向かって歩きました。

新横浜に着いたら、既に17時をまわり、街は駅に向かう勤め人たちで溢れていました。散歩を終了して帰ろうかと思ったのですが、何故かふと思い付いて、新横浜駅から市営地下鉄で横浜駅に行くことにしました。

横浜駅も帰宅を急ぐ勤め人たちで、スムーズに歩くのも苦労するくらい混雑していました。まるで競争しているみたいに、みんな、歩くのが速いのです。横浜駅の中は相変わらず迷路のようになっており、久しぶりに来ると、方向感覚が順応せず戸惑ってしまいます。

しかも、駅から表(西口)に出ると、巨大な開渠のようなところに線路が束になって走っているため、手前の道から向かいの道に行くのさえひどく遠回りしなけばならないのでした。

開渠の上の橋を渡って、再び駅の方向に歩いて、目に付いた新しい建物に入ったら、そこは地下の出口が駅の中央通路につながっている、横浜駅ではおなじみのルミネのビルでした。しかし、夕方のラッシュ時というのに、ルミネの中は閑散としていました。反対側の東口に、建て替えのため2011年から休業していた同じJRグループのCIALシャルが2020年にオープンしたばかりなので、そっちに客を取られているのかなと思いました。

サラリーマンの頃、CIALやビブレの中のテナントや東口の松坂屋や東口のそごうを担当していましたので、公私ともにいろんな思い出があります。あの頃は若かったなあとじみじみ思うのでした。

■『デパートを発明した夫婦』


ルミネを出てから、東口の地下のポルタを通って、その突き当りにあるそごうに行きました。そごうを訪れたのも数年ぶりです。そごうもまた、夕方の書き入れ時にしては客が少なくてびっくりしました。コロナ前、1階の入口付近はもっと買い物客で混雑していました。入口では、年末の商店街のような抽選会をしていたのにも驚きました。デパートでそんなことをするのかと思いました。

昔、そごうの外商が全国チェーンの店にフランスの版画家のポスターを売ったとかで、テナントで入っていた画材店から依頼を受け、ポスターを納入して徹夜で額装したことを思い出しました。たしか、7階の今の紀伊国屋書店のあたりに店があったように思います。

紀伊国屋書店がまだ健在だったのでホッとしましたが、紀伊国屋もその手前にあるロフトも、前に比べたら客はまばらで先行きが心配される感じでした。

1987年、旧セゾングループが渋谷にロフトを作ったときもオープンに立ち会いましたので、ロフトにも思い入れがあるのですが、その頃と比べるとまったく様変わりしており、今のロフトは似て非なるものと言ってもいいくらいです。東急ハンズも既に売却されてただのハンズになりました。ソニープラザはもっと前に売却されて、やはりただのプラザになっています。

折しも、鹿島茂氏の『デパートを発明した夫婦』(講談社現代新書)を読み返しているのですが、あらためて、もうデパートの時代は終わったんだな、としみじみした気持になりました。そごうだけでなく、一世を風靡し業界では「イケセイ」と呼ばれていた池袋西武も、殺風景な新宿西口をミロードやモザイク通りとともにオシャレな街に生まれ変わらせた小田急ハルクも、もう見る影もありません。東京や横浜以外で昔担当していたデパートは、その大半が既に姿を消しています。世界で初めてデパートのボン・マルシェがパリに誕生して170年、あのバブル前のイケイケドンドンの頃からまだ30年しか経ってないのです。こんなことになるなんて誰が想像したでしょうか。グローバル資本主義とインターネットの時代の荒波に呑み込まれて、瞬く間に海の藻屑と化した感じです。というか、それらに引導を渡されたと言った方がいいかもしれません。

『デパートを発明した夫婦』は、1991年のデパートが時代を謳歌する(謳歌しているように見えた)イケイケドンドンのときに書かれたのですが、著者の鹿島茂氏は、その中で、「近代資本主義は、デパートから生まれた」と書いていました。まさにデパートは使用価値から交換価値への転換と軌を一にした近代という時代を映す「文化装置」でもあったのです。そんなデパートの時代が終焉を迎えたのは、大衆消費社会と私たちの消費生活の構造的な変化が起因しているのは間違いないでしょう。それは、資本主義の発達とともに変遷した時代精神の(ある意味)当然の帰結でもあったと言っていいのかもしれません。

1887年、パリのバック街とデーヴル街とヴェルポー街とバビロン街の四方に囲まれた広大な土地に建設されたボン・マルシェの新しい店舗は、「商業という従来の概念をはるかに超越した新しいスペクタル空間だった」と鹿島氏は書いていました。

(略)万国博覧会のパヴィリオンと同じように、鉄骨とガラスでできたこの〈ボン・マルシェ〉のクリスタル・ホールは、パノラマやジオラマのような光学的イリュージョンを多用したスペクタルと同様の効果を客に及ぼすものと期待されたのである。仰ぎ見るほどに高い広々としたガラスの天窓からさんさんとふり注ぐ眩いばかりの陽光は、店内いっぱいに展示された目もあやな色彩の布地や衣服を、使用価値によって判定される商品から、アウラに包まれた天上的な何物かへと変身させてしまう。
( 『デパートを発明した夫婦』)


オシャレをする高揚感がなくなったように、このようなデパートという空間に存在したハレの感覚とそれに伴う高揚感もなくなったのです。

私は、コロナ以後、長い間苦しめられていた花粉症の症状がピタリと止み、例年になく花粉の量が多いと言われている今年もほとんど症状が出ていません。それで、先日、病院に行った折、ドクターとその話になりました。「年を取ったので、免疫機能が低下したからでしょうか?」と訊いたら、ドクターは、「花粉症というのは、バケツの中の水がいっぱいになってそれ以上入らなくなったことで、抗体が高止まりした状態になり過剰に反応するからですが、ずっと満杯状態が続くと抗体に免疫ができるということはあるでしょうね」と言っていました。

私たちは、資本からさまざまなイメージを与えられ欲望をかきたてられています。流行モードなどがその典型ですが、そうやってまるで何かにとり憑かれたように、、、、、、、、、、次から次へと新しい商品を手に取るようになるのです。資本主義は、私たちの飽くなき欲望をかきたてることで過剰生産恐慌の宿痾から逃れることができました。しかし、私たちの欲望のバケツも、いっぱいになり、消費することに高揚感がなくなってしまった。つまり、近代資本主義で神聖化されていた交換価値に免疫ができて、その魔法が効かなくなった。そう解釈することもできるのではないでしょうか。

そう考えれば、水野和夫氏ではないですが、デパートに引導を渡したグローバル資本主義も、所詮は死に至る資本主義の最後のあがきのようにしか見えないのです。

紀伊国屋で本を買ったあと、横浜駅から久しぶりに通勤客にもまれて電車で帰りました。


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■声明に批判的な質問


昨日(5日)、学者やジャーナリストが記者会見して、「ロシアによるウクライナ侵攻に対して日本が停戦交渉の仲裁国となるよう求める声明を発表」したそうです。声明の中で、日本政府に対して、5月に広島で開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)に際して停戦交渉を呼びかけるよう訴え」のだとか(下記記事より)。

朝日新聞デジタル
ウクライナ侵攻、政府に仲裁求め学者ら声明 報道陣から批判的質問も

 声明は学者ら約30人が連名で発表。現状では「核兵器使用や原発をめぐる戦闘の恐れ」があると指摘し、「戦争が欧州の外に拡大することは断固防がねばならない」と訴えた。ロシアとウクライナは即時停戦の協議を再開すべきだと訴え、日本政府が中国、インドとともに交渉の仲裁国となるよう求めている。
(上記事より)


ところが、会見の場で、「ウクライナで現地取材した記者らから、『ロシア寄りの提案ではないか』などと批判的な質問」が出たそうです。

それに対して、和田春樹・東京大名誉教授は、「『ロシアと米国が核兵器を持って対峙(たいじ)する世界で、ロシアをたたきつぶして降伏させることはあり得ない。核戦争になるような事態は止めなきゃいけない』と説明」したそうです。

件のジャーナリストが言っていることは、何度も言うように、敵か味方か、ロシアかウクライナか、勝ちか負けか、という二者択一を迫る”戦時の言葉”にすぎません。そんな思考停止した言葉で記事を書いているのかと思うと、おぞましささえ覚えてなりません。戦時中も「言論報国」のもと、メディアは戦争を礼賛して、“動員の思想”に奉仕しその先兵の役割を担ったのでした。そういった思考停止は、戦争中のように“戦争の狂気”を呼び起こすだけです。

声明を発表した30名の学者やジャーナリストたちは、同時にネット署名や新聞広告を出すためのクラウドファンディングもはじめたようで、相も変わらぬお友達サークルでの自己満なやり方にうんざりさせられますが、それはそれこれはこれです。

前の記事のくり返しになりますが、核保有国に敗北などあり得ないのです。それが核の時代の実相です。

■金網デスマッチ


一方で、ウクライナ戦争や台湾危機などきな臭い世相を反映して、自衛隊に入隊する人間が減っており、自衛隊は人材確保に苦慮しているという記事もありました。

自分たちが戦争の当事者になるのは嫌だけど、他国の戦争だったら、まるで金網デスマッチを応援する観客のように、「やれ、やれ、最後までやれ」と囃し立てて死闘(玉砕戦)を煽るのです。防衛増税は、言うなれば、そんな国民に向けた金網デスマッチの観戦料のようなものと言っていいのかもしれません。

如何にも日本的な光景とも言えますが、戦前と同じようにこういった空気に流されると、やがてそのツケが自分たちにまわってくるということがまるでわかってないのです。(前も書きましたが)戦争前、東条英機の自宅に「早く戦争をやれ!」「戦争が恐いのか」「卑怯者!」「非国民め!」というような手紙を段ボール箱に何箱も書いて寄越した国民たちは、やがて戦死者の半数以上が餓死と言われるような無謀な戦争の先頭に立たされ、生活も人生も戦争に翻弄されて塗炭の苦しみを味わうはめになったのでした。そして、敗戦になった途端、今度は自分たちは被害者だ、軍部に騙された、と言い始めたのです。

宮台真司は、「日本人は一夜にして天皇主義者から民主主義者に豹変する存在」「空っぽの日本」という三島由紀夫の言葉を引用して、そこにクズな(空虚な)日本人の精神性を指摘したのですが、あの頃から見事なほど何も変わってないのです。


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※赤の広場と聖ワシリイ大聖堂(public domain)


■マリン首相の苦戦


NATOの加盟が正式に決定したばかりのフィンランドで、2日、フィンランド議会の任期満了に伴う総選挙が行われました。まだ、選挙結果が出ていませんが、マリン首相が率いる中道左派の社会民主党は、最新の世論調査でも18.7%の支持率しかなく、「苦戦」を強いられているとメディアは報じています。

朝日新聞デジタル
マリン首相が「厳しい選挙」に直面 右派はティックトックで追い上げ

ロシアと国境を接するフィンランドは、従来ロシアを刺激しないために中立政策を取っていたのですが、ウクライナ侵攻を受けて危機感を抱き、NATO加盟に舵を切ったのでした。

今回の総選挙ではNATO加盟を主導した与党に有利にはたらくのではないかと言われていましたが、あにはからんやそうではなかったのです。ロシアへの経済制裁に伴うエネルギー価格の高騰で国民生活が苦境に陥り、それが戦争をエスカレートさせる一方のNATOに対する反発になっているのでした。

一方で、EU懐疑派の右派政党・フィンランド人党が19.5%と、与党の社会民主党を凌ぐ支持を集め、躍進が予想されています。フィンランドでも他国と同様、右派の存在感が増しているのです。

■メディアと世論の違い


日本のメディアの報道だけを見ていると意外だと思うかもしれませんが、ヨーロッパでは反NATOの声が拡大しているのでした。それは「戦争をやめろ」という声です。

ちなみに、米中対立に関する台湾の世論に関しても、日本のメディアが伝えるものとはかなり違っているようです。田中康夫氏は、ツイッターで、与党系のシンクタンクが行った世論調査の結果を次のように伝えていました。そこで示されているのも、「中国(大陸)を挑発するな」という声でしょう。

EUの人々は、戦争をやめなければ、自分たちの生活がにっちもさっちもいかなくなるという危機感を抱き始めているのです。その危機感が、極右への支持に向けられているのです。


■プーチンの発言


ウクライナ戦争を通して、世界が多極化に向かって加速しはじめていることが、もはや誰の目にもあきらかになっています。それはもう押しとどめることができない歴史の流れです。

人口比で言えば、国連のロシア非難決議に反対している人の方が多いのです(正確に言えば、非難決議に反対、もしくは棄権した国の方が賛成した国より人口が多い)。欧米支持派は、世界では少数なのです。

既に中国とロシアが中心となって、BRICsを拡大し上海協力機構(SCO)と結合させた、人民元やルーブルを軸にする新たな決裁システムの構築も始まっています。

エマニュアル・トッドも、今年の1月に執筆された「第三次世界大戦が始まった」の中で、次のように書いていました。

 もしロシア経済が、いつまでも経済制裁に持ちこたえ、遂にはヨーロッパ経済を疲弊させるに至り、中国の支援でロシア経済が生き延びるならば、通貨上及び金融上のアメリカによる世界制覇は崩壊に至ります。それとともに、アメリカは膨大な貿易赤字を無料でファイナンスしてきた重要な手段を失うことになります。
(文春新書『トッド人類史入門』所収・「第三次世界大戦が始まった」)


また、『トッド人類史入門』の中で、佐藤優氏は、2022年の10月24~27日に、ウクライナ侵攻後初めて開かれたヴァルダイ会議における講演の中で、プーチン大統領が次のように述べたことをあきらかにしていました。

〈今起きていることは、例えばウクライナを含めて、ロシアの特別軍事作戦が始まってからの変化ではありません。これらの変化はすべて、何年も長い間、続いています。(略)これは世界秩序全体の地殻変動なのです〉
〈ソ連の崩壊は、地政学的な力のバランスを破壊しました。欧米は勝者の気分になり、自分たちの意志、文化、利益のみが存在する一極的な世界秩序を宣言しました。
 今、世界情勢における西洋の独壇場は終わりを告げ、一極集中の世界は過去のものになりつつあります。私たちは、第二次世界大戦後、おそらく最も危険で予測不可能な、しかし重要な一〇年を前にして、歴史の分岐点に立っているのです〉(プーチン発言はいづれも佐藤優訳)


ロシアは、当初、民族浄化を行っているネオナチのゼレンスキー政権から、ウクライナ国内のロシア語話者を守るためという大義名分を掲げて侵攻したのですが、しかし、時間を経るに連れ、欧米との代理戦争の性格を帯びて来たウクライナ戦争について、世界の多極化という観点から歴史的な位置づけを行って、その意義を強調しはじめたのでした。それは、言うまでもなく、ドル本位制に支えられたアメリカと西欧の没落を意味するのですが、中国やBRICsなど新興国の支持を受けたロシアの自信の表れとも言えるでしょう。

余談ですが、エマニュアル・トッドが言っているように、ウクライナでは、ロシアの侵攻前から多くの中産階級が国外へ脱出していたのです。ウクライナはヨーロッパでもっとも腐敗した国と言われていました。しかもウクライナ民族主義を掲げるネオナチが跋扈し(アゾフ連隊のような民兵が当たり前のように存在し)、ロシア語話者や左翼運動家やLGBTなどを誘拐したり殺害したりする事件が頻発していました。そんな母国の現状に失望して、多くのウクライナ国民が国外へ脱出していたのです。また、NATOの東方拡大を背景に、ウクライナの農地の30%を欧米の穀物メジャーが所有しているという現実も、ウクライナ戦争の背景を考える上で重要なポイントでしょう。

西側のメディアが言うように、ロシアは決して孤立しているわけではないし、また、経済的に疲弊しているわけでも、軍事的に劣勢に立たされているわけでもありません。というか、そもそも核保有国が劣勢に立つなど、戦況以前に論理的にあり得ないことです。エマニュアル・トッドが言うように、スペインと同じくらいのGDPしかないロシアが、欧米を相手にどうしてこんなに持ちこたえているのか。そこに新たな世界秩序の謎を解くヒントがあるように思います。

しかし、対米従属を国是とする日本では、相も変わらず勝ったか負けたか、ウクライナかロシアかの戦時の言葉が飛び交うだけで、世界が多極化に向かっている現実をまったく理解しようとしないのです。私は、そんなイギリス国防省とアメリカのペンタゴンと防衛省の防衛研究所のプロパガンダに踊らされ、彼らの下僕のようになっている日本に歯がゆさを覚えてなりません。


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世界史的転換

2023.04.03 Mon l ウクライナ侵攻 l top ▲
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(Wikipediaより)


昨日、坂本龍一が3月28日に亡くなっていたというニュースがありました。

3月29日には、彼が明治神宮外苑の再開発の見直しを求める手紙を小池都知事などに送った、という記事があったばかりでした。

東京新聞 TOKYO Web
「ビジョン持ち、政治家選ぶ」 小池知事に手紙の坂本龍一さん

また、共同通信の書面インタビューで、坂本龍一は、「治療で東京での滞在時間が増え自然が広がる懐かしい神宮外苑を訪れては深呼吸し、スマホのカメラを向けることも多々あった」と述懐していたそうです。

しかし、その記事が配信されたのは、死の翌日だったのです。

坂本龍一は、文芸誌『文藝』(河出書房)の名物編集者として知られた坂本一亀の一人息子として生まれ、都立新宿高校で全共闘運動の洗礼を受けたあと、東京芸大に進み、在学中にYMOに参加したのでした。

彼の音楽が世界的に知られるようになったのは、俳優としても出演した1983年の大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」で音楽を担当したことがきっかけです。

そのあとだったか何かの雑誌で、中上健次と対談をしていて、その中で日本赤軍がアラブに行ったとき、ああ先を越されたな、俺も行きたかったなと思った、というような発言をしていたのが記憶に残っています。

神宮外苑の再開発もそうですが、原発事故をきっかけに反原発運動などにもコミットしてきたのも、そういったナイーブな感性をずっと持ち続けていたからではないかと思います。

他人から見ればどうでもいいことのように思うかもしれませんが、たとえ立身栄達しても、絶対に譲れない一線というのがあったはずです。もちろん、一方でどこか生きづらさのようなものを抱えていたということもあるでしょう。

末期の癌を抱え、死の間際にあっても尚、神宮外苑の樹木の伐採問題に心を寄せる気持も、そんな絶対に譲れない一線があったからでしょう。

前に高校時代の同級生から、同級生の女の子が癌で亡くなったという手紙が来たことがありました。その中で、亡くなるひと月前だったかに、上野の美術館で開催されている美術展を観たいというので、病院から外出許可を貰った彼女を同級生たちがサポートして一緒に行ったのが思い出です、と書いていました。

死はたしかに孤独と虚無だけど、だからこそと言うべきか、そういった気持があるのとないのとでは大きく違うように思うのです。

野生動物は死を察知すると、群れから離れてひとりで死を迎えると言われます。昔、外で放し飼いしていた頃の犬もそうでした。私も誰にも知られずにひとりで死を迎えるのが理想です。そのためには、自分の言葉で語ることができる人生観や死生観を持つことが大事だと思うのです。柳田国男は、それを「物語」と言ったのでした。
2023.04.03 Mon l 訃報・死 l top ▲