
■インディーズ候補
朝日新聞は、統一地方選に関連して、下記のようなテーマで「ルポ インディーズ候補の戦い」という連載をしていました。
全5回
「ルポ インディーズ候補の戦い」
議員のなり手不足が指摘されるなか、既存政党の枠組みから距離を置き、独自の選挙戦を繰り広げる候補者たちがいる。何が彼ら彼女らを突き動かすのか。孤独な戦いに迫る。
ところが、その4回目(5月30日)に埼玉県草加市の河合悠祐市議を取り上げたのですが、記事を読んだ読者から、同議員が顔を白塗りしたジョーカーの扮装で、Colaboのメンバーなどに差別的な言葉を吐きながら激しく絡んだり、ツイッターで再三に渡ってColaboを中傷する投稿を繰り返しているという指摘があったそうです。それで、本人に確認したところ、「その場でも、その後のツイッターでも、けなすような過激な発言をしたのは大人げなかった。不適切だった」と認めたため、もとの記事が削除され、下記のような記事に差し替えられたのでした。
朝日新聞デジタル第5回
京大卒ジョーカー、挫折の先の自己実現 ウケ狙いから当選への分析もう元の記事を読むことができませんが、記事自体はよくあるインタビュー記事です。ところが、周辺の取材は一切やらず、ただ本人が喋ったことをそのまま記事にしただけなのでした。そもそも河合氏は2021年の衆院選と参院選では“NHK党”から出馬していますので、「インディーズ候補」ですらないのです。
河合氏については、ウィキペディアやツイッターをチェックすればすぐわかることですが、それすらもしてなかったのでしょう。
スポーツ新聞や週刊誌のコタツ記事と同じじゃないかという声がありますが、もしかしたらコタツ記事以下かもしれません。朝日新聞の落日を象徴するような話だと言う人もいますが、落日するにしても程があると言いたくなります。記事を書いたのは入社して10年くらいの記者だそうですが、10年でこれかと思うと、新聞記者としての適格性を欠いているとしか思えません。
しかも、記者の後ろには、記事をチェックするデスクと呼ばれる上司がいたはずなのです。デスクは何をチェックしていたんだろうと思います。節穴どころの話ではないのです。
青木理氏か望月衣塑子氏だかが、今の朝日は昔のようにクオリティペーパーとして問題提起するような気概も姿勢もなく、ただ、ネットで人気のあることを後追いして記事にするようになっている、と言っていましたが、さもありなんと思いました。
これこそまさに大塚英志が言う「旧メディアのネット世論への迎合」にほかなりません。それも、その劣化版と言ってもいいようなあり様なのでした。かつて700万部あった部数が400万部を切り、さらに1年で15%のペースで減り続けているという惨状が、このような貧すれば鈍す(としか思えない)醜態を晒すことになったのかもしれません。もはや危機どころではないのです。
■ロシア人ユーチューバー
しかも、ネットを後追いしているのは、河合悠祐市議のケースだけではありません。
別紙の「GLOBE+」のサイトには、次のような記事が掲載されていました。
GLOBE+ロシア人は海外移住指向 ソ連崩壊、ウクライナ侵攻…私が国籍を日本に変えたい理由あしやさんという女性は、私も結構前からチェックしていますが、登録者数が30万人を越えるロシア人の人気ユーチューバーです。前にも書きましたが、ロシア人ユーチューバーには、やたら日本を賛美して再生回数を稼ぐチャンネルが多いのですが、彼女もその中の一人です。と言うか、既にYouTubeを開設して11年になるそうで、その先駆けと言っていいかもしれません。
もちろん、ユーチューバーと言っても一人でやっているわけではなく、同じ人気ユーチューバーのHIKAKINが所属する(現在は顧問)マネジメント会社に所属していました。たしかに、動画を観ると、テーマや構成や喋り方などに、視聴者の心を掴むような仕掛けが垣間見える気がします。しかし、今は「GLOBE+」にも登場している同じロシア人ユーチューバーの小原ブラス氏が設立した事務所に移籍し、マネージャーも付いてタレント活動も行っているようです。
彼女は、日本人好みのきれいな顔をしていますので、その美貌がユーチューバーとして成功する要因になったのは間違いないでしょう。また、日本語も堪能で、ややハスキーがかった声で落ち着いた喋り方をするので、それも魅力的に映ったように思います。同じロシア人でも、おっさんが「日本の景色に涙した」「日本の食べ物に感涙した」「日本人の優しさに感動した」と言っても、彼女のような人気を得ることはできなかったでしょう。
過去にはスキャンダルまがいの出来事で自粛していた時期もあったようですが、こんな白人のきれいな女性から、「日本に恋した」「だから日本人になりたい」と言われれば、それだけで視聴者の男たちが舞い上がるのは当然のように思います。
ただ、余談ですが、最近は、ロシア人の牙城に韓国人が進出しており、ロシア人も安閑としてはおれなくなっています。韓国人の場合、「反日」のイメージが強いので、韓国人が「日本に恋した」「もう韓国に帰れない」などと言えば、日本人の自尊心(愛国心)を大いにくすぐることになり、そのインパクトは絶大なのです。
このように、少なくとも彼女は、例えは悪いですが、ガーシーなどと同じように配信料を稼ぐためにYouTubeを運営している、専業ユーチュ―バーなのです。専業ユーチューバーにすぎない、と言ってもいいかもしれません。
とは言え、彼女がロシアのウクライナ侵攻に反対し、帰化を希望しているのはたしかで、それも最近の動画の大きなテーマになっています。ユーチューバーとして時流を読み、日本の世論に阿っているだけじゃないか、というような意地悪な見方もありますが、しかし、帰化したいという気持に嘘偽りがないことはよくわかります。
ただ、ユーチューバーで帰化を申請するのは、「無謀」と言えるくらいハードルが高いのも事実でしょう。それに、身も蓋もないことを言えば、顔がきれいで日本語が堪能な外国人(白人)女性だから、多くの支持を集め、好意的に受け取られていることもまた、否定し得ない事実でしょう。もとより、YouTubeというのは(と言うか、ネットというのは)もともとそういうものなのだ、ということも忘れてはならないのです。
■ロシアの生活
TBSのモスクワ特派員だった金平茂紀氏が、特派員時代の知り合いに会うために、年末年始にモスクワを訪れたときのことをネットで話していたのですが、金平氏は「あくまで自分が見た範囲だけど」と断りを入れて、モスクワの市民たちの日常は予想外なくらい「普通だった」と言っていました。ロシアは経済制裁で市民生活が困窮しているとか、プーチン体制のもとで窮屈で暗い日常を送っているとかいったイメージがありますが、人々の生活は駐在していた頃と変わってなかったし、赤の広場も、カウントダウンを楽しむ人々で賑わっていたと言っていました。
私自身も、結婚してロシアの地方都市で生活している、下記の日本人のYouTubeをよく観ていますが、たしかにショッピングセンターからユニクロやマクドナルドやスターバックスやナイキやアディダスのような外国企業が撤退した光景を映したような場面はあるものの、動画で紹介されている日々の生活は、びっくりするほど「普通」なのです。車を走らせている道路沿いの工場も通常通り稼働しているし、市場も中東や近隣の国などから輸入された野菜や魚で溢れているのでした。
YouTube森翔吾侵攻した直後、経済制裁でロシア・ルーブルが暴落するかもしれないと、お金を物に変えるためにあわてて日本車を買う場面などもありました。その際、担当したディラーのセールスマンは、日本車の輸入が止まったので、のちに失業することになるのでした。そういった影響はありますが、しかし、市民の生活はきわめて「普通」です。
あしやさんのように、別に反政府運動をして迫害されたわけでもないのに、ロシア国籍を捨てたいというのも、ロシアの生活水準がそれなりに「豊か」で、政治的な自由もそれなりにあり(あって)、それに大学進学率が高く、女性の地位も高いということなどが関係しているように思います。
エマニュエル・トッドは、ソ連が崩壊したのは国民の中で高等教育を受けた人の割合が25%を超えたことが要因である、と言っていましたが、ちなみに、25歳から64歳の大卒の人口比率(2021年・OECDのデータ)を見ると、ロシアは56.73%で、カナダに続いて世界第2位なのです。尚、日本はロシアの次の第3位です。高等教育を受けた人の割合が閾値を超えると、権力や権威の求心力が低下し、国民国家が民主化やグローバル化の波に洗われて揺らぎ始めると言うのです。
また、エマニュエル・トッドの家族システムの分類によれば、ロシアは、親子関係が権威主義的だけど兄弟関係が平等な「外婚制共同体家族」とされています。中国やベトナムなども同じで、党や国家は権威主義的だけど人民は平等主義的という、社会主義思想との親和性がもともと高いのです。尚、日本は、親子関係が権威主義的で兄弟関係が不平等な「直系家族」です。それは、保守政治を蝕んでいる世襲制の問題を考える上でも参考になるように思います。
徴兵を逃れるために多くの若者が国外に脱出したという報道もありましたが、それは、ロシアがウクライナのように、18~60歳の成人男性の出国が禁止されていたわけではなかったので、脱出することも可能だった、と考えることもできるのです。ウクライナは、成人男子の出国を禁止しているため、法を犯して出国するしかなく、そのためワイロが横行しているという話もあります。もちろん、「政治的な主張を除いて」という括弧付きですが、ロシアは、私たちが想像するような(メディアが言うような)かんじがらめに縛られ監視されているような社会ではない(なかった)のです。
侵攻した際、ニュース番組の中で戦争反対のボードを掲げた国営放送の女性キャスターがいましたが、彼女は拘束されたもののすぐに解放され、さらにそのあと、再びモスクワの街頭で戦争反対を訴えるボードを掲げたために、刑事訴追の怖れが出て、フランスに出国したと言われています。私たちは、彼女の勇気とともに、その間の”ゆるさ”にも驚きました。それは、普段抱いているロシアのイメージからは程遠いものだったからです。多くの日本人は、拘束された時点で拷問され、仮に解放されても秘密警察から四六時中監視される(下手すれば”変死”する)ようなイメージを持っていたはずですが、そうではなかったのです。
あしやさんもそのあたりのことを次のように書いていました。ただ、外国人だから仕方ない面はあるものの、文章はチャットGTPで書いたような通り一遍で平板なものでした。
私の友人や知り合いも、侵攻の前後で考えは変わったようです。
侵攻前は、海外移住したい気持ちはあったものの、ロシアでの生活が、ある程度豊かだったので、無理して海外に出て、ゼロから生活を築こうとは思わなかったといいます。たとえ政治に不満があっても、生きていく上では何ら不自由はなかったわけです。
ところが軍事侵攻が始まると、状況は全く変わりました。「これ以上、ロシアに住むことはできません」「ロシアで税金を払いたくない」「戦争する国にはいたくない」などと思うようになり、目が覚めたようです。
(上記「GLOBE+」のコラムより)
私たちが知りたいのは、ロシアの地べたの人々の実像なのです。そして、ウクライナ戦争に対して反戦を訴えるなら、ロシア・ウクライナを問わず、まずそういった地べたの人々の視点からこの戦争を考え、連帯することが大事なのです。
双方のプロパガンダとは別に、ウクライナ戦争が多分に
抑制された戦争であるのは事実でしょう。たとえば、今盛んに言われているウクライナの「反転攻勢」にしても、ウクライナは「反転攻勢」するぞ、総攻撃するぞ、とまるでロシアに通告するように公言していますが、そんな手の内を明かすような戦争があるのかと思います。しかも、日本のメディアは毎日のように「『反転攻勢』がはじった」と言っていますが、実際はいつまで経っても「反転攻勢」は始まらないのでした。
メディアであれば、そういった
抑制された戦争の内実を伝えることが必要でしょう。知らないことを知らせてくれるのがメディアのはずです。
あしやさんを取り上げたのも、ただネットで話題になっていることを後追いして、それを記事にする今の朝日の姿勢が出ているように思えてなりません。少なくとも、ひと昔前だったら、このようにネットに媚を売り、ネットに便乗するような企画はやらなかったはずです。