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(日刊ゲンダイより)


■非常識な開示要求


松本人志が「週刊文春」を名誉毀損で訴えた裁判の第一回口頭弁論が、28日(木)、東京地裁で開かれました。

もっとも、第一回の口頭弁論は、原告と被告双方が提出した陳述書と答弁書を確認して、今後の裁判の争点を整理するのが目的なので、僅か5分で閉廷したそうです。

その中で素人の私でも驚いたのは、原告の弁護士が、文春に性加害を告発した「A子さん」「B子さん」の個人情報を明らかにするよう求めたことです。

日刊ゲンダイは、次のような司法記者のコメントを紹介していました。

日刊ゲンダイDIGITAL
文春側弁護士も呆れた…松本人志「事実無根」主張なのに「被害者個人情報開示」要求の矛盾

「松本サイドは『A子さん、B子さんが特定できないと認否のしようがない』と主張し、A子さん、B子さんの氏名(芸名含む)、住所、生年月日、携帯電話の番号、LINEのアカウントを明かし、容姿がわかる写真まで用意するように要求しています。これに対して文春サイドの喜田村洋一弁護士が会見で“47年、弁護士やっててこんなことは初めて”と呆れていたように、本人が記事に書かれたようなこと(性加害)を一回もやったことがないなら、全否認でいい。2人以外にも複数の女性に対して同様の行為を行っていて、誰だかわからないという場合においてなら個人の特定に意味はありますが、少なくとも記事に書かれたことについて事実無根と主張しているのですから特定する必然性はありません。個人情報の開示要求は嫌がらせに近いものを感じます」(司法担当記者)


言うまでもなく、「A子さん」「B子さん」は、裁判の当事者(被告)ではありません。松本は「A子さん」「B子さん」を訴えているわけではないのです。裁判の相手は文春です。なのに、文春に彼女たちの個人情報の開示を求めるなど、そんな非常識なことがまかりとおるのかと思いました。

それに、記事にも書いているように、「A子さん」「B子さん」は街でナンパした女性ではなく、もともと小沢の知り合いの女優の卵だったりと芸能界の周辺にいた女性たちで、「A子さん」に至ってはアテンドした小沢一敬とLINEのやり取りをしているのですから、わざわざ裁判の中で個人情報を求めなくても、小沢に聞けばわかるはずです。

だからこそ、「くれぐれも失礼のないように。(引用者註:松本を)怒らせるようなことをしたら、この辺、歩けなくなっちゃうかもしれない」(文春記事より)という小沢の脅しも利いたのでしょう。また、小沢が間をおかず休業して表舞台から消えたにも、そういったことと関係しているのかもしれません。

文春側の喜田村洋一弁護士は、「『まるで警察みたいなものでしょ。それと原告の記憶喚起のために容貌、容姿が分かる写真を出してくれと。出してくれないと、週刊文春に書かれた内容が事実か、事実じゃないか認否できないと言っている』と首をかしげた」(スポーツ報知)そうです。

何だか最初から白旗を上げているような気がしないでもありませんが、司法記者のコメントにもあるように、文春の記事は捏造だと主張している(全否定している)のですから、記憶もクソもないでしょう。記憶が曖昧なのに全否定するというのは、あきらかに矛盾しているのです。それに、記憶を喚起しなければならないという主張は、松本自身が相当数の女性を相手にしたと告白しているようなもので、語るに落ちたとはこのことでしょう。

■下劣な意図


ネットに、文春のX(旧ツイッター)のフォロワーは40万人だけど、松本人志のフォロワーは900万人もいるので、ネットの世論を使えば松本は文春を圧倒する力を持っている、というようなことが書かれていましたが、松本側は、そういったお笑い芸人としての人気を背景にした、嫌がらせどころか、むしろ脅しブラフと言ってもいいような下劣な意図をチラつかせている気がしてなりまん。「A子さん」「B子さん」ともに、証人で出廷することも辞さないと言っていますので、松本側とすれば、何としてでも証言するのを阻止しなければならないのです。そのために、わざと個人情報の開示を要求して(暗にネットに晒されることを仄めかして)、彼女たちにプレッシャーをかけているのではないでしょうか。

メディアも松本の非常識な要求の裏にある意図を報道すべきですが、しかし、ネットに出ているのは文春に個人的な感情を持つコメンテーターたちの牽強付会な(ため、、にする)コメントばかりです。中には、弁護士でありながら、松本の要求は限定付きで容認できるなどとコメントしているタレント弁護士もいるくらいです。

松本の性加害疑惑の流れは潮目が変わったと言う人もいますが、それは松本や吉本興行に忖度するメディアが、この問題について発言した文春の幹部の言葉尻を捉えて、潮目が変わったように情報操作しているからです。松本のファンたちの論理は、無知蒙昧でメチャクチャですが、メディアはメチャクチャを指摘するどころか、逆にそれに同調しているあり様です。欧米では、SNSが若者の心に悪影響をもたらしているとして、SNSの規制に乗り出す動きがありますが、それは若者だけの話ではないのです。

ネット上では既に告発した彼女たちに誹謗中傷が浴びせられており、個人を特定する動きもあるそうです。池袋の暴走事故で妻子を亡くした遺族にさえ、「金目当てだろう」などと誹謗中傷が浴びせられるくらいですから、告発した女性たちが悪意を持った松本ファンのターゲットにされるのは火を見るよりあきらかです。松本側の開示要求がわざとらしく見えるのも、そこにチンピラまがいのいかがわしい底意があるような気がするからです。

最近は#MeToo運動に対する反発で、お金にものを言わせて、告発した女性にスラップを仕掛けるような動きが芸能界やスポーツ界から出ていますが、松本のやり方はその典型と言っていいのかもしれません。吉本興行やテレビ局は、それでも松本に同調し松本を擁護するのか、と言いたいのです。松本人志は、どうあがいても、トンチンカンなアンシャンレジュームでしかないのです。

私は今、たまたま臨床心理士の信田さよ子氏の『家族と国家は共謀する』(角川新書)という本を読んでいるのですが、もし週刊文春の記事にあったアテンドの「指示書」が本物なら(筆跡鑑定すればすぐに証明できるはずですが、松本は嘘だと提訴していませんので本物なのでしょう)、松本人志の性向にもアディクション(嗜癖)の傾向があるように思えてなりません。皮肉でも何でもなく、裁判よりまずカウンセリングを受ける方が先決ではないかと思うのです。

■裸の王様 ※追記


第一回口頭弁論で示された非常識な開示要求にも、松本人志の裸の王様ぶりが露呈されているように思います。松本の不幸は、若くして漫才界の頂点を極めたために、アドバイスをする人間がいなくなったことにあるのではないか。そう思えてなりません。

疑惑のパーティに同席していた放送作家も、松本の子分みたいな人物だし、吉本興業の現社長も前社長も、ダウンタウンのマネージャーだった人物です。

紀藤正樹弁護士は、Xで、「A子さん」「B子さん」の個人情報の開示を求めた「松本氏側の主張は実務上あまりにも非常識な主張」だとコメントしていたそうですが、それが(文春に個人的な感情を持つタレント弁護士を除いた)法曹界の常識であり、多くの弁護士の一致した見方なのだと思います。

どうして裁判の常識を無視したような主張が出て来たのかと言えば、立証方針に松本の意向が強く働いたからでしょう。

あの八代英輝弁護士でさえ、松本側の開示要求に「びっくりした」と言っているのです。

東スポWEB
八代英輝氏 松本人志裁判の身元開示要求に驚き「準備がお粗末」「開示するわけがない」

「訴えてからこの何か月の間にいろいろ打ち合わせもしてきたと思うんですけど、この第一回の口頭弁論になって初めて『A子さん・B子さん誰ですか』って、そんな素朴な疑問今から始めるんだっていうところがある意味衝撃でした」と語ると「なんの立証計画も方針も立ってないって自分で言ってるようなもの」と指摘した。


八代弁護士は「準備がお粗末」と言っていますが、「お粗末」と言うなら、「準備」だけでなく、ダウンタウンの”チンピラ芸”を地で行くような松本の意向が強く反映された原告側の姿勢をそう言うべきでしょう。

くり返しますが、ホントは「A子さん」「B子さん」を知っているのに知らないふりをしている、そこに嫌がらせ以上の意図があるように思えてならないのです。ヤメ検の弁護士も、裸の王様に振り回されているのかもしれません。

専門家の間には、最初から、松本の提訴はかなり無理があるという声がありましたが、何だか第一回目の口頭弁論からずっこけた感じです。
2024.03.30 Sat l 芸能・スポーツ l top ▲
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(Unsplash)



前の記事に「追記」として書いたものが、私のミスで削除されてしまいました。それで、独立した記事として、もう一度書き直しました。

■既視感


大谷翔平選手は、日本時間26日の朝、ドジャーススタジアムで会見を行い、専属通訳の水原一平氏の件について、20日の韓国での開幕戦後のミーティングの席で、水原氏の告白を聞いて初めて知った、自分の口座からブックメーカーに送金していたことも知らなかった、水原氏がESPNのインタビューを受けていたことも知らなかった、水原氏は自分のお金を盗んだ、自分は賭博はやってない、と弁明したのでした。会見の場には100人近くのメディア関係者が集まっていたものの、質疑応答もなく、声明を読み上げただけで会見場を後にしたそうです。

私は何だか既視感を覚えました。その数日前、日本の国会では、裏金問題の政治家たちが同じように弁明していたからです。台詞までよく似ています。

特に送金の件に関しては突っ込みどころ満載なので、質疑応答を避けたのでしょう。と、代理人の弁護士あたりからそう指示されたに違いありません。

■大谷は被害者ではない


当然、アメリカのメディアからはきびしい声が上がっています。

全国紙「USAトゥデー」は「ドジャース・大谷翔平、元通訳にだまされ賭博疑惑に目を奪われたと語る」との見出しで報道。「暗い秘密が暴露されたわけでもなく、刺激的な告白があったわけでもなく、謝罪があったわけでもない。メジャーリーグ最大のスター、大谷翔平は月曜日の午後、ドジャー・スタジアムで12分間、大勢の記者とテープレコーダーの前に座り、少しも緊張することなく、ただ単にだまされたのだと語った」と厳しい論調で報じた。

スポニチ
大谷翔平 違法賭博問題会見に米メディアの反応は 水原氏がなぜ送金できたか不明点を指摘、厳しい論調も


J・トリビオ記者(MLB.com)
「(略)質問したいことはたくさんあった。どうやって一平が翔平の口座にアクセスできたのか、大金が動いたのに(金融機関から)何の連絡も来なかったのか、とかね。僕なんて韓国でカードで7ドル(約1000円)支払っただけで、『通常と異なる動き』というお知らせが来て、カードが止まりそうになったよ。一平と翔平は親友や家族のような存在だった。だから、ミーティングで初めて知ったというのは信じるのが難しいかな」

M・ディジオバナ記者(LAタイムズ)
「(略)6年間毎日一緒にいた人が、ギャンブルの問題を抱えていたことに気づかなかったのかは疑問だし、どうすれば銀行口座にアクセスできるかは聞きたいね。もし自分の妻が500万ドル(約7億6000万円)を送金して全く気がつかないってことはない。彼にしたら500万ドルなんて大した金額じゃないのかもしれないけど…。(略)」

スポーツ報知
大谷翔平の会見に米記者は厳しい反応…「真実と異なるかも」「本当に何が起きたのかは分からない」


そもそも送金したと言っても、私たちのような数万円のはした金ではないのです。1回で7500万円の大金を数回に分けて送金しているのです。当然、二重認証で大谷のスマホに認証コードが送信されたはずですし、ましてやこれほどの大金であれば、銀行はマネーロンダリングを防ぐ責務を課せられていますので、二重認証だけでなく、もっと厳格な本人確認も求められたはずです。なのに、知らなかったとは、アメリカのメディアならずとも、とても信じられない話です。

アメリカのメディアが言うように、大谷はただの「野球バカ」で、精神的にはまだ子どもなのでしょう。日本の野球ファンは、その精神的に未熟な部分を「好青年」と解釈しているだけではないのかと思います。

水原氏がミーティングの席でみずからギャンブル依存症だと告白したとき、大谷は水原氏が言っていることがよく理解できなかったそうです。それは、信じたくないという意味で理解できなかったということではないのです。単に喋っている英語がわからなかったからだそうです。

大谷は渡米して既に6年以上になるのですが、未だに英語をマスターしていません。まだ20代の若者であることを考えると、ちょっとお粗末と言うしかありません。今回の問題でも、大谷のお粗末さが影を落としているような気がしないでもないのです。

日本では、水原氏は通訳と言っても日常の雑務まで行っていたので、大谷の口座の管理を任されていたのではないかという話があります。仮に、二重認証や本人確認の問題を脇に置き百歩も二百歩も譲って、大谷のあずかり知らぬところで杉原氏が送金したのだとしても、銀行の口座開設の際の約款にも書かれているとおり、口座は自己責任で管理しなければならず、キャッシュカード等も含めて他人に譲渡したり貸与することは固く禁じられています。約款上でも大谷の責任はきわめて大きく、同情の余地はありません。しかも、アンダーグランドのブックメーカーに送金されたとなれば尚更です。文字通りマネーロンダリングに加担したわけで、大谷は間違っても被害者なんかではないのです。

■日本的な”情緒”


弁護士の菊間千乃氏は、「モーニングショー」で、大谷は「嘘をついているようには見えなかった」と言っていましたが、そういった個人的な印象でことの真偽を口にするのは弁護士としてどうなのかと思いました。

コンプライアンスが重視されるようになったのに伴い、テレビのコメンテーターにやたら弁護士が起用されることが多くなりました。でも、彼らは、法律の専門家というより、番組で与えられた役割を演じる電波芸者タレントのそれでしかありません。にもかかわらず、弁護士という肩書で解説されると、適当が適当ではなく、あたかも信憑性があるかのように受け取られるのでした。中には、ちょっとでも批判されるとすぐ名誉棄損で訴える、始末の悪いタレント弁護士さえ出ているのでした。前も書きましたが、ホントにワイドショーに出ているような弁護士は何とかならないものかと思います。

また、新しく日本テレビの「news every.」のキャスターに加わった斎藤佑樹も、同番組の中で、元日本ハムの同僚の大谷について、「彼自身の言葉でちゃんと話している姿が、誠実な印象を受けました」と述べたそうです。

それらにあるのは、如何にも日本的な”情緒”にすぎません。でも、それはほとんど意味がないものです。

アメリカのメディアやアメリカの野球ファンは、450万ドル(6億8千万円)の大金を大谷のアカウントで送金したのに、大谷が知らないなんてあり得ないと言うのですが、日本の野球ファンは、大谷ならあり得る、そう「信じる」と言うのです(笑)。日本では「信じる」のひと言で思考停止してしまうのでした。それは、メディアも同じです。

大谷を批判すると、「大谷が嫌いなんだろう」と言われるだけです。それで耳を塞ぐのです。誰かの台詞ではないですが、そんな「バカと暇人」がヤフコメなどを通して可視化され、「水は常に低い方に流れる」世論を形成するようになったのでした。

前の記事で書いたように、朝日新聞は、大谷人気は「日米韓と国境を越えて」広がっており、韓国人の「反日感情」も「ショーヘイに抑え込まれた」と書いていましたが、たかが野球なのにそこまで言うかと思いました。もはや妄想と言うしかありません。

ついでに話を飛躍すれば、保田與重郎が戦前に書いた『日本の橋』(1936年)などを読むと、安倍晋三が『美しい国へ』で換骨奪胎したような、日本的な”情緒”と浪漫ロマン主義的と言われる空疎な言葉がご大層に溢れる文体に、戦後生まれの私たちは辟易させられると同時に、それがキッチュであることもわかるのでした。保田の言葉とその日本的な”情緒”は、日本を平定した渡来人の政権が自画自賛した「大和は国のまほろば」「大和しうるわし」のコピーにすぎないのに、「日本精神」の原点、国(天皇)に殉じる美学として、戦時イデオロギーに利用され、戦意高揚に一役買ったのでした。

考えすぎだと言われるかもしれませんが、朝日の大仰なもの言いは、保田と似たような気分(”情緒”)で大谷を語っているように読めなくもないのです。悪ノリするにも程があると言いたくなります。

今回の問題を冷静に見ると、合理的な視点で大谷にきびしい目を向けるアメリカのメディアやアメリカの野球ファンの方が、アジア人への偏見を差し引いてもなお、日本のメディアや日本の野球ファンよりはよほど健全で、まともな気がするのでした。
2024.03.27 Wed l 芸能・スポーツ l top ▲
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(写真AC)



■皇室をも凌ぐ礼賛報道


今朝(21日)、ドジャースの大谷選手の専属通訳で、大谷ファンからも「一平ちゃん」などと言われて親しまれていた水原一平氏が、違法賭博に関与したとしてドジャースを解雇された、というニュースが駆け巡りました。それは日本のメディアではなく、アメリカの複数のメディアがいっせいに報じたものです。

報道によれば、大谷選手の口座から450万ドル(日本円でおよそ6億8千万円)が違法なブックメーカーに送金されていたそうです。

つい先日のドジャースVS韓国代表戦でも、スタンドで大谷選手の新妻と水原氏の妻が並んで観戦するなど、大谷選手と水原氏が、単に選手と通訳の関係にとどまらない親しい関係にあったことは想像に難くありません。

それにしても、このところの大谷フィーバーは異常でした。特に結婚があきらかになってからは、皇室をも凌ぐほどの礼賛一色に染まったのでした。日本のメディアは、新妻の一挙手一投足を、傍で見ていると恥ずかしくなるほどの最大限の賛辞で報じていたのです。

野球だけでなく、大谷選手の新妻が所属していたバスケットボールチームの「富士通レッドウェーブ」が勝利すると、「結婚を祝う白星!」(スポニチ)などとぶち上げるあり様でした。早稲田に進学したのも、卓球の愛ちゃんと同じようにスポーツ推薦で入ったにすぎないのですが、「超ハイスペック」だとか言って、文武両道の才媛のように報じているのでした。

ドジャースにしてもパレドスにしても、両球団にはあんなに日本人選手がいるのに、開幕戦の”興行権”を韓国に奪われて、日本は文字通り後塵を拝したのでした。普段なら、ネトウヨから両球団の日本人選手が在日認定されてもおかしくないのですが、何故か彼らもおとなしく、日本人にとって屈辱的な(はずの)開幕戦をスルーしているのでした。

韓国の球場は空席が目立っていたにもかかわらず、韓国中も大谷フィーバーで沸いているように報じ、その報じ方は、間違いなく昨今の“皇族女子”の上を行くものでした。

あの朝日新聞でさえ、大谷人気は「日米韓と国境を越えて」広がっており、韓国人の「反日感情」も「ショーヘイに抑え込まれた」などと言う始末です。韓国人にとって、「日本人選手は日韓戦で対戦する『敵』という認識が強かった」けど、大谷選手の活躍がそんな「複雑な感情を吹き飛ばした」のだと。ホントかよと言いたくなります。

日本のメディアに言わせれば、大谷選手は、どんな政治家よりも、皇室の誰よりも凄いのです。小室夫妻の叩かれようと比べると、どっちが皇室かわからないような感じです。

でも、スタンドは空席が目立ちました。メディアは、チケットが高額だからと言うのですが、そんな凄い選手なら金に糸目をつけないはずです。チケットが高いから行かない、その程度のフィーバーなのかと思いました。

■シビアな現実


しかし、それも昨日までの話で、現実はよりシビアだったのです。ただ、それも、アメリカのメディアやドジャース球団がシビアだったにすぎません。日本のメディアは、あれだけ張り付いて、夫妻の一挙手一投足を微に入り細にうがって報じながら、大谷の結婚も今回の水原氏のスキャンダルもまったくノーマークだったのです。

私たちは、大谷の何を知らされていたのか。メディアが伝えたのは、新妻のZARAの5千円のバッグやしまむらのニットのセーターのような話ばかりです。それも、セレブなのに安物を身に着けているから「好感度爆上げ」みたいな、愚民向けの痴呆的な話なのです。日本のスポーツ新聞の記者たちは、今やコタツ記事を書くのが仕事みたいになっていますが、ジャーナリストとしてマトモな取材すらしてなかったのではないか、そう思えてなりません。田崎史郎ではないですが、恥を知れと言いたくなります。

その点、ドジャースにとっては、大谷を使ったビジネスと企業としてのコンプライアンスはまったく別のものだったということでしょう。前横浜DeNAのトレバー・バウアー投手の処遇でも示されたように、コンプラに対する姿勢がMLBとNPBとでは大きく違うのです。

そこでふと思ったのですが、6億8千万円を送金したのも、メディアや大谷の代理人の弁護士が言うように勝手に使われた「窃盗」ではなく、水原氏の賭博の損失を大谷が知って、大谷の黙認のもとに送金(補填)したのではないかということです。日本のメディア(特にスポーツ新聞)は、今までも大谷に関して肝心なことは何ひとつ報道してないので、彼らが言っていることをそのまま鵜呑みにすることはできないのです。

と思ったら、案の定、水原一平氏が一夜で証言を変えていることがわかりました。それを伝えているのは、「FRIDAY DIGITAL」でした。

Yahoo!ニュース
FRIDAY DIGITAL
「大谷翔平がパソコンから送金」通訳・水原一平氏が「詳細すぎる回想シーン」を“半日で撤回”のナゾ

水原氏は、現地時間の19日夜に、スポーツ専門チャンネルESPNのインタビューを受けて、詳細を語っているそうです。

《自分で穴を掘ったのに、その穴はどんどん大きくなり、そこから抜け出すためにはより大きな賭けをしなければならなくなり、負け続けることになったのです。雪だるま式の現象のようなものです》

として自分がギャンブル依存症であることを認めており、泥沼の深みにはまっていったことを自覚している。

「水原さんはインタビューで、大谷さんにお願いしたうえで、借金の支払いに同意してもらったと話していました。そして水原さんが同席し見ている前で大谷さんが自分のコンピューターにログオンし、昨年、数ヵ月間に分けて電信送金を行ったと話した。

インタビュアーに“なぜ大谷がボウヤーの関係者に直接支払うのではなく、単にあなたにお金を渡さなかったのか”と質問されると、水原さんは“大谷はお金に関して私を信頼していない”と明かしています。(略)」(スポーツライター)

しかし水原氏はこのインタビューの翌日の午後、発言した内容のほとんどを撤回したという。

あれだけ具体的なシーンを回想し証言していたにもかかわらず、半日ほどで

《大谷は何も知らない》

と証言を180度転換したのだ。


ドジャースの”韓国シリーズ”を放送したテレビ朝日などは、アメリカの多くの州ではスポーツ賭博は合法化されているけど、ドジャースの本拠地のカルフォルニア州はまだ違法なので、それで引っかかったんだろうみたいな言い方をしていますが、合法・違法に関係なく、賭博の対象となるMLBは、所属する選手や関係者がスポーツ賭博に関与することをきびしく規制しているのです。そもそも水原氏が手を染めたのは、合法の州でも違法な(アンダーグランドの)ブックメーカーだったそうです。だから、送金した大谷のお金について、マネーロンダリングの疑いも持たれているのです。テレ朝がほのめかすように、運悪くたまたま引っかかったというようなヤワな話ではないのです。

水原氏は、エンゼルスにいた2022年には既に億単位の負債を抱え、大谷が「肩代わりした」という話もあります。そして、最終的に(少なくとも)450万ドル=6億8千万円もの負債を抱え、大谷の口座から返済したと言うのです。ところが、インタビューのあと、大谷側は急に、大谷が肩代わりしたのではなく、知らない間に「窃盗」されたんだ、と言いはじめたのでした。そうなれば、私は逆に、賭博をやっていたのはホントに水原氏だけだったのか、と下衆の勘繰りさえしたくなるのでした。

もし水原氏が当初証言したように、大谷がみずからパソコンを操作して送金したのなら、大谷は捜査の対象になるだけでなく、MLBからもペナルティを課せられる可能性がある、とアメリカの法律に詳しい専門家は指摘しています。いづれにしても、これでバカげた大谷フィーバーに水が差されたのは間違いありません。いつかは落とされるだろうと思っていましたが、こんなに早く手のひら返しが訪れるとは思ってもみませんでした。

もっとも、日本のメディアが大谷フィーバーを過剰に演出したのも、自分たちの利益のためです。大谷が金のなる木だったからです。大谷にタカっているという点では、水原一平氏と同じなのです。

英語に「you reap what you sow」ということわざがありますが、日本のメディアはこれから「みずからで撒いた種をみずからで刈り取る」醜態を演じなければならないのです。それは大谷も同じかもしれません。

■日本のメディアはクソ ※追記


最初の報道から24時間以上が経ち、やっとと言うべきか、水原一平氏が一夜で証言を撤回した問題を日本のテレビや新聞も報じるようになりました。しかし、それもアメリカのメディアの報道を紹介するだけで、自分たちが独自に取材したものではありません。

この問題をスクープしたロサンゼルス・タイムズのディラン・ヘルナンデス記者や、水原氏にインタビューしたESPNのティシャ・トンプソン記者を見ると、これぞホンモノのジャーナリストという感じでカッコいいなと思います。彼らがやっているのはジャーナリストの基本である調査報道です。

スポーツチャンネルのESPNが90分にわたって水原氏にインタビューしたのは、大谷選手の広報担当者からの紹介だったそうです。広報担当者は、水原氏をメディアの前に出して、大谷選手はあくまで善意の被害者であることをアピールしようとしたのでしょう。

ところが、上述したように、水原氏は、インタビューの中で、借金の肩代わりを大谷に頼んで、大谷自身が水原氏の目の前でパソコンを操作して、違法カジノの胴元へ送金したと証言したのです。大谷はどうして現金を水原氏に渡さず、みずから送金したのかという質問に対して、水原氏は、「お金に関しては大谷は自分を信用してないからだ」と答えているのでした。

この証言が大きな波紋を呼び、大谷自身の関与(法的責任)が疑われるようになったため、翌日、水原氏が態度を一変して、インタビューの証言を全面的に取り消したのでした。日本だったら、メディアも同じように忖度するので、大谷側の目論見通りにこと・・が運んだでしょうが、アメリカではむしろそれがアダになり、水原氏は大谷のスケープゴートにされたのではないかという話さえ出て来たのでした。

日本と違ってMLBは地域密着なので、ロサンゼルス・タイムズはドジャースの地元の応援団のような新聞です。しかし、それでもこのようにスキャンダルはスキャンダルとして果敢に報道するのです。それに比べると、発表ジャーナリズムに飼い慣らされ、ジャーナリストの本分を忘れた日本の記者は、(誰かのセリフではないですが)ホントにクソみたいな連中だなとつくづく思います。

今回の問題をそういったジャーナリズムのあり様という視点から見ることも必要な気がします。
2024.03.21 Thu l 芸能・スポーツ l top ▲
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「牡丹のある家」は、1934年(昭和9年)に書かれた短編です。

高等小学校を卒業した主人公のこぎくは、大阪の大きな商店のようなところで、寄宿舎(会社の寮)に入り店員として働いていました。

しかし、肺病(肺結核)になったので、静養のため、兵庫県と岡山県の県境近くの(多分)山陽本線が走っている山間の村に帰ってきたのでした。

実家は、近くの山で桃と梨を栽培している零細な自作農の農家です。父親が亡くなったあと、長兄が家業の果樹栽培を継いでいます。家族は、母親と祖父、兄が2人に妹が2人、そしてこぎくの7人でした。しかし、現在、家にいるのは、母親の小房と長兄の市次とその妻の信江と79歳の祖父と、まだ学校にも上がってない一番下の妹きぬ子の5人です。

こぎくが初めて喀血したのは、勤めて2年が経ったときでした。高等小学校は、今で言えば中学2年までですので、喀血したのは満年齢では16歳か17歳の頃です。

お店なんて、肺病の巣でっせ、みんな言ってはるわ、などと仲間同士で語り、友達の二人三人の死を送りながら、遂に自分に廻ってくるのをどうしようもなく、自然に胸を折るように背中のうずくのをじっと、目を強く据えて見つめるばかりであった。こういう娘にとって、る朝起き抜けに、咳き込む拍子にぶくぶくとあぶくといっしょに吐き出されたまっ赤な血は、生活に変化をもたらすやけくそな希望にさえ見えた。病的に熱した目をきらきらと光らせて、縁先の土にぶつぶつとあぶくの消えてゆく自分の血を見つめていた。それからまっさおになり、床についた。


妹のきぬ子と一緒に山で桃の虫取り作業をしている祖父と長兄のもとに、昼食の弁当を届けに行った際、突然、山の下から火の手が上がったのでした。下からせまって来る火を半纏で叩き消している長兄に、「村に言うて来い」と命じられて、妹のきぬ子と山道を駆け下りていく途中で、こぎくは再び喀血に襲われるのでした。

そのとき、こぎくは、山道を外れて熊笹の中に身をよこたえ、「ぶるぶるとふるえる指先で、唇をそっと押え」、山にやって来る村人の騒ぎを耳にしながら、「怒涛どとうの中で身を浮かせているような、捨て切った気で、大きな悲劇を待つ気持」になったのでした。

こぎくの家には、亡くなった父親が植えた大きな牡丹の木があり、それが一家の自慢であり拠り所でもありました。牡丹の木は、一家のささやかでつつましやかな幸せの思い出とともにあったのでした。しかし、父親が亡くなったあと、家が傾いていくのを家族は自覚していました。零細な自作農が困窮に瀕するようになるのはわけがないのです。一家に次々と難題が持ち上がり、自慢の牡丹の木も売らなければならないかもしれないと思うようになっていました。

人生に絶望したこぎくは、深夜ひそかにかき餅に鼠取りの薬を張り付けて自死を試みるものの、寸前に母親に発見され未遂に終わります。

やがて体調も回復したこぎくは、再び大阪に戻って行くことを決心します。そして、黙って家を出て行くのでした。

 もう九月に入り、じりじりと暑かった。昼過ぎの停車場は風を通しながらも、かあっと照りつけられてうだっていた。
 駅のへちま棚の下で遊んでいたきぬ子は、這入って来た上がりの汽車を見ようとして棚の方へ飛んで行ったが、向かい側のホームにちらとこぎくの姿をみとめた。柵の上に足をかけてよじ登り、窓の一つ一つを見ようとしたが、姉の顔はもう見えなかった。
 こぎくは小さな風呂敷包を膝の上にのせ、雨傘と日傘の二本の傘をいっしょに傍らにおいてじっと窓の外を見ていた。
 どうしても口にへ入れられなかったかき餅の、ひどい臭気と、薬を買いに行った時の、じっと握りしめたてのひらの中で印形いんぎょうがじっとり汗ばんでいたのを、いつまでも忘れなかった。


このブログでも何度も書いていますが、私も東京の予備校に通っていたとき、持病が再発して九州に帰り、1年近くの入院生活を送ったあと、山間の町にある実家に戻ってしばらく静養した経験があります。そのときの絶望感を思い出すと、「牡丹のある家」のこぎくの心情は痛いほどよくわかるのでした。

入院中、毎日のように病室に行って話をするほど仲のよかった女性の患者が、早朝、病院の裏山で首を吊って自殺するという出来事もありました。

裏山で縊死せし女のベットには 白きマリア像転がりており

以前にも紹介しましたが、これはそのときに詠んだ歌です。彼女は、敬虔なクリスチャンでした。

心が折れそうになるほどつらいけど、歯を食いしばって足を前に出す。ありきたりな言い方ですが、人生は山登りと似ています。「悲しみは人生の親戚」(大江健三郎)なのです。悲しみを哀しみと言い換えてもいいと思いますが、生きる哀しみというのは、たしかにあるのです。そういったナイーブな感性は、実利的に生きていくにはマイナスかもしれませんが、人としての優しさや温かさの裏返しでもあるのです。

佐多稲子の小説の主人公はよく泣くのですが、こぎくもよく泣いています。その涙が私たちの心を打つのでした。それが佐多稲子の小説の魅力であり、佐多稲子がプロレタリア文学のジャンルを越えて、多くの読者を獲得した理由でもあるのだと思います。


関連記事:
森敦「月山」
2024.03.18 Mon l 本・文芸 l top ▲
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(写真AC)



■キリンビールは人を舐めた会社


テレビコメンテーター(!)の成田悠輔をキリンビールが広告に起用したことで、成田の「高齢者の集団自決」「集団切腹」のすすめの過去の発言が蒸し返され、結局、キリンビールは成田の起用を取り下げるという出来事がありました。

どうしてキリンビールはいわくつきの成田を起用したのか不可解だという声もありましたが、キリンが起用したのが、缶チューハイ「氷結無糖」のWEB広告だったというのがポイントでしょう。

つまり、実社会では顰蹙を買っても、ネット上では成田はヒーローだと考えたのではないでしょうか。成田の発言に眉をひそめているのは年寄りばかりだ。缶チューハイの「氷結無糖」がターゲットにしたい若い世代には、むしろ拍手を持って迎えられている。キリンビールは、そう考えたのかもしれません。

まったく人を舐めた会社です。私はほとんど酒を飲まないので、関係するのは生茶くらいですが、キリンビールを飲まなくても別に人生の大勢には影響はないでしょうから、不買運動はもっと広がった方がいいし、広がるべきだと思います。

■機能主義


ウィキペディアで成田悠輔のプロフィールを見ると、麻布中学・高校を卒業して、一浪の後に東京大学に入学。2011年に東京大学大学院経済学研究科修士課程を修了しています。さぞや偏差値の高いお勉強ができるお子さまだったのでしょう。

しかし、高齢者の「集団自決」「集団切腹」のすすめに限らずほかの彼の発言を見ても、突っ込みどころ満載の軽率、単純の誹りを免れないようなものが多いのです。

成田悠輔の家には祖父母はいないのでしょうか。人生が順繰りで、いづれ自分も年老いて行くという、子どもでもわかる話が理解できないのか。成田は「比喩で言った」とひろゆきは擁護していましたが、比喩にもなってないのです。

若い人に椅子を譲れと言いたいのかもしれないけど、それがどうして「集団自決」になるのか。どうして介護を必要とする高齢者を引き合いに出すような(そうイメージするような)話になるのかと思います。

彼を見ていると、〈思想〉がないのです。というか、自分を含めて人を見る視点を持ってないのです。そういう眼差しが欠けているのです。だから、このような身も蓋もない杓子定規な言葉を振りかざすことになるのでしょう。人生において煩悶したこともないのかもしれません。そんな障子紙のような、薄っぺらな人間にしか見えません。

アメリカのメディアは、成田悠輔をファシストと呼んでいましたが、ファシストですらないのです。

これは東浩紀などにも言えますが、彼らは世の中を機能主義的に考えることしかできないのです。そこにいる生きている人間を見ようとしないのです。人間をシステムの一部のようにしか見ることができないのです。それが彼らの特徴です。そのため、現実の政治にコミットすると、途端に単細胞でトンチンカンな醜態を晒してしまうのでした。

■始末の悪いタレント学者


東浩紀に関しては、東日本大震災のとき、次のような発言をしたことを私は忘れません。

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論壇なんてない ※2015年8月

 日本人はいま、めずらしく、日本人であることを誇りに感じ始めている。自分たちの国家と政府を支えたいと感じている。
 むろん、そのような「キャラ」はナショナリズムに繋がるのでよくない、との意見はありうるだろう。ネットでは早くもその種の懸念が登場しているし、また熱狂はしょせんは一時的なもので長続きしないという見方もある(おそらくそうだろう)。しかし、ぼく自身はそのうえでも、やはりその現象にひとつの希望を見いだしたいと思う。


また、2012年の東京都知事選の際は、当選した猪瀬直樹候補を支持して、選挙カーの上で応援演説まで行っているのです。

無邪気と言えば無邪気ですが、こういったお粗末さは、高偏差値の彼らに往々にして共通するもうひとつの顔でもあります。

彼らがものごとをすべて費用対効果で解釈するのも、それがもっとも単純でわかりやすいからでしょう。

成田悠輔は、ひろゆきを尊敬しているそうですが、彼の発言がひろゆきの冷笑主義と陸続きであるのは、誰でも理解できる話でしょう。

何より吉本芸人と同じように成田悠輔をコメンテーターに起用して、時事問題を語らせているメディアの無見識、無責任はもっと批判されて然るべきでしょう。ヤフコメなどと同じように、視聴率を稼ぐためにはプチ炎上も厭わないようなメディアの姿勢が、このような夜郎自大で始末の悪いタレント学者(もどき)を生み出したとも言えるのです。

成田悠輔に関しては、併せて下記の記事もお読みください。


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成田悠輔の“高齢者集団自決のすすめ”と冷笑主義
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■哀しみやせつなさややり切れなさ


ちくま文庫から佐久間文子氏が編集した『佐多稲子傑作短編集 キャラメル工場から』が発売されたので、さっそく買って読みました。若い頃、佐多稲子の小説は結構読んでいたのですが、こうしてまとめて読むのは久しぶりです。

この短編集の中では、本の表題にもなっている1928年に書かれたでデビュー作の「キャラメル工場から」と1934年に書かれた「牡丹のある家」を感銘深く読みました(「牡丹のある家」は後日感想文を書きます)。

小説の中にあふれる哀しみやせつなさややり切れなさは、プロレタリア文学特有のものとも言えますが、同時にそれは、現代にも通じるものがあります。

「キャラメル工場から」は、家庭の事情で小学校5年の13歳(おそらく数え年)のときに、キャラメルを製造する工場で働きはじめた作者自身の体験に基づいて書かれた作品です。故郷の長崎から一家で上京したものの、父親は仕事が続かず、一家の生活が「寸詰まりにつまっていった」中で、家計を助けるために(父親から命じられて)工場勤めをしなければならなくなった少女の日常が描かれているのでした。

特に朝の通勤電車に翻弄される主人公の姿には、都会の片隅で虐げながらも必死で生きている者の(文字通り下層のプロレタリアの)哀しみやせつなさややり切れなさが象徴的に描かれているように思いました。一方で、13歳の少女は、電車賃がなく、片道2時間の道を歩いて通わなければならないこともあるのでした。でも、作者は、その中にも、ささやかながら人の温かさがあることも忘れないのでした。

 まだ電燈でんとうのついている電車は、印袢纏しるしばんてん菜葉服なっぱふくで一ぱいだった。皆寒さに抗うように赤い顔をしていた。味噌汁をかきこみざま飛んでくるので、電車の薄暗い電燈の下には彼らの台所の匂いさえするようであった。
 ひろ子は大人達の足の間から割り込んだ。彼女も同じ労働者であった。か弱い小さな労働者、馬に食われる一本の草のような。
「感心だね、ねえちゃん、何処どこまで行くんだい」
 席をあけてくれた小父おじさんが言葉をかけた。
「お父ちゃんどうしてんだい」
「仕事がないの」
 ひろ子はそれを言うのが恥ずかしかった。
「おや、あそんでいるのかい。そいつはたまらないな」
 そう言って彼は親しげな顔付きをした。


■忘れられない姿


私は、上の箇所を読んだとき、ふと、昔見た光景を思い出しました。もしかしたら、このブログでも書いているかもしれませんが、当時、私は池袋から電車で40分くらいかかる埼玉の街に住んでおり、そこから都内の港区の会社に勤めていました。

今のように相互乗り入れが多くなかったので、私たちは池袋駅で始発の私鉄電車に乗り換えて帰らなければなりませんでした。帰宅時間帯の池袋駅のホームはすさまじく、電車が着いてドアが開くや否や、座席を確保するために、ホームの乗客が我先に車内になだれ込むのでした。

私は上京してまだ間もない頃、そうとも知らずにホームの一番前にぼーっと立っていたら、スタートダッシュした乗客に突き飛ばされてえらい目に遭ったことがありました。会社の飲み会の席でその話をしたら、みんなが「嘘だろ」と言うのです。いくらなんでもそれはオーバーだと。それで、飲み会のあと、”埼玉都民”の生存競争の実態を見るために、社長以下何人かが池袋駅まで来たことがありました。

でも、それは池袋だけではないのです。和光市駅では当時既に地下鉄の有楽町線と接続していたので、そこでもすさまじい押しくら饅頭がはじまるのでした。特に電車が遅れたり、あるいは週末の最終電車のときなどは、ホームで待ち構えている乗客たちも殺気立っており、「苦しいっ」という車内のうめき声もなんのその、ラグビーのスクラムのような光景が繰り広げられるのでした。

あるとき、夜遅くの電車に乗っていると、ドアに押し付けられるように立っている若い女性が目に入りました。彼女は、ドアのガラスに両手を揃えるように当てて、外の夜の風景に目を向けていました。ガラスに映っている女性の顔を見ると、まだ少女っぽさが残る面影で、何だか哀しそうでさみしそうな表情をしていたのが印象的でした。化粧っけもなく、まわりの都心に通うOLと違って服装も地味で、使い古したような布のトートバックを肩から下げていました。

ところが、それから数カ月後の夕方、仕事で高田馬場の駅前を通りかかったら、何と舗道に彼女の姿を見つけたのでした。私の中に彼女の記憶が残っていたので、その偶然に驚きました。

彼女は、あのトートバッグを肩から下げて、行き交う人々に片端から声をかけていました。電車の中とは違って、通行人に無視されてもめげることなく、何かにとり憑りつかれたかのように、舗道を行ったり来たりしながら声をかけつづけていました。ただ、恰好は電車の中で見たときと変わっていませんでした。

彼女の前に通りかかると、彼女は私の前に立って「少し時間をいただけませんか?」と声をかけてきました。そして、まるで訴えるような眼差しをこちらに向けながら、”手かざし”で知られる宗教団体の小冊子を目の前に差し出したのでした。

■涙


佐多稲子は、その後、カフェの女給をしているときに、中野重治やのちに夫となる窪川鶴次郎らと知り合い、プロレタリア文学運動に身を投じることになります。「キャラメル工場から」も、中野重治に勧められて初めて書いた小説です。1979年、中野重治が亡くなったあとに出版された『夏の栞』(新潮社)に書かれているように、中野重治との親交は終生変わらず続きました。この短編集にも、中野重治の妻の女優の原泉のことを書いた「プロレタリア女優」という作品が収められています。

プロレタリア文学(革命運動)と新興宗教という違いはあるにせよ、そこにある、一個の人間としての生きる哀しみやせつなさややり切れなさは同じではないかと思うのです。佐多稲子の小説が、政治的イデオロギーに従属した従来のプロレタリア文学の概念を越える普遍性を持ち、私たちの心を打つのもそれゆえです。「キャラメル工場から」に限らず、佐多稲子の小説の主人公はよく涙を流すのでした。

「キャラメル工場から」の最後は、次のようなシーンで結ばれていました。既に主人公は、キャラメル工場を辞め、「口入屋くちいれやのばあさんに連れられてある盛り場のちっぽけなチャンそば屋」で働いていました。

 ある日郷里の学校の先生から手紙が来た。
 誰かから何とか学費を出してもらうように工面くめんして――大したことでもないのだから、小学校だけでも卒業する方がよかろう――と、そんなことが書いていた。
付箋ふせんがついてそれがチャンそば屋の彼女の所へ来た時――彼女はもう住み込みだった――それを破いて読みかけたが、それをつかんだままで便所にはいった。彼女はそれを読み返した。暗くてはっきり読めなかった。暗い便所の中で用もたさず、しゃがみ腰になって彼女は泣いた。



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(大休場尾根)



■「自民不倫」と検索


自民党の広瀬めぐみ参院議員の「不倫」のニュースが、メディアをかけめぐっています。ジャニーズ問題ではあれほどジャニー喜多川の性加害を見て見ぬふりし、松本人志の性加害疑惑では、松本本人や吉本興行に忖度した「真実は藪の中」「松本は売らんかな主義のスケープゴート」みたいな記事を垂れ流しているメディアが、まるで手のひらを返したみたいに、ここぞとばかりに”広瀬叩き”に狂奔しているのでした。

因みに、Chromeで「自民不倫」と検索すると、1ページ目に次のようなタイトルが表示されました。

TBS NEWS DIG
自民・広瀬議員不倫認め謝罪 議員辞職や離党は否定 “赤ベンツ不倫”週刊誌報道

FNNプライムオンライン
「夫を裏切り、子供たちにつらい思いをさせた」“不倫報道”認め謝罪した自民・広瀬めぐみ参院議員 涙にじませ…7分間で6回頭下げる

AMEBA TIMES
涙の謝罪…自民党・広瀬めぐみ議員が不倫報道を認める「夫と家族を大切に、皆様の信頼を回復できるようなお一層の努力を」

毎日新聞
自民・広瀬めぐみ氏、週刊誌で不倫疑惑報道 地元岩手の関係者衝撃

Yahoo!ニュース
自民党・広瀬めぐみ議員の赤ベンツ不倫、相手はカナダ人有名サックス奏者 直撃に議員は「しょうがない、もう撮られてるんだから」(ディリー新潮)

スポーツ報知
広瀬めぐみ参院議員“赤ベンツ不倫”涙で謝罪「関係は事実」「一生かけ夫と家族に償ってまいります」議員辞職は否定

Yahoo!ニュース
大下容子アナ 不倫、裏金…自民・エッフェル軍団に「なぜフランス研修の報告書を公表しないのでしょうか」(スポニチ)

Yahoo!ニュース
「恥の上塗り」不倫謝罪の広瀬めぐみ氏に自民党内でも厳しい声 裏金問題にラブホ不倫重なる(日刊スポーツ )

■あえて言いたい


何だか「不倫」も性加害も十把一絡げにされている感じですが、「不倫」と性加害は根本的に違うものです。その基本的な認識がメチャクチャなのです。

私はあえて言いたいのですが、「不倫」がそんなに悪いことなのでしょうか。まるで重罪を犯したみたいに袋叩きにされていますが、じゃあ、広瀬議員に石を投げる人間たちは、今まで「不倫」をしたことがないのか。あるいは、したいと思ったことはないのか。そう問いたいのです。

性愛に既婚も未婚もないでしょう。誰だっていくつになっても、恋する気持はあるはずです。叶わぬ恋ならなおさらです。身分制度がなくなった現在、身を焦がすような恋と言ったら、もう「不倫」しかないのではないかと思うくらいです。人様の恋路に石を投げるなど最低の人間のすることです。

野党やその支持者の中には、広瀬議員が「エッフェル姉さん」と呼ばれ、自民党女性局のフランス研修旅行の参加者であったことと結びつけたがるむきがありますが、そんなのはまったく関係ない話です。まして、議員辞職を求めるなど常軌を逸しているとしか思えません。リベラルが聞いて呆れます。

「不倫」に国会議員であるかどうかなんて関係ないでしょう。もちろん、政治的イデオロギーも関係ありません。広瀬議員はたしかに公人ですが、「裏金」問題と違って「不倫」はあくまでプライベートな話(!)です。個人の性愛の話なのです。むしろ、俗情と結託してプライベートな空間に〈権力〉を呼び込む、”良識”を装ったリベラルな〈政治〉こそ逆に怖いなと思います。

”広瀬叩き”でも伝家の宝刀のように振りかざされているのが、「ふしだらな女」の論理です。もちろん、夫婦別姓に反対し「伝統的な家族制度」の堅持を訴えている保守政治家として、言っていることとやっていることが矛盾しているのはたしかで、そういった意味では自業自得という見方もできるでしょう。

ただ、これが男性議員だったらここまで叩かれるだろうかという気がします。女性議員だから、よけい「ふしだらな女」だとして、バッシングの声が大きくなっているように思います。

たとえば、松本人志もれっきとした妻帯者ですが、彼に関する報道の中には、「不倫」の「ふ」の字も出て来ません。問われているのは合意があったかなかったかだけです。擁護する人間たちは合意があったと言い、指弾する人間たちはなかったと言うだけです。いつの間にか、合意があったなら松本の行為は許されるのかのような話にすり替えられているのでした。松本側が文春の第一弾の記事だけを提訴しているのも、そういった狙いがあるような気がします。多くのメディアも松本の意図に加担しているのですが、今や世界的な流れになりつつある#MeToo運動の理念を考えるとき、こういった日本の芸能界とメディアの持ちつ持たれつの関係に対して、私はおぞましささえ覚えるのでした。

広瀬議員と松本人志を比べてもわかるように、そこに示されているのは文字通りの「性の二重基準」です。性においても(その倫理の兼ね合いにおいても)、男と女は最初から対等ではないのです。上野千鶴子はそれを「ブルジョア性道徳」と呼んだのでした。

民法第770条は、次のように書かれています。

第七百七十条
夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。 一 配偶者に不貞な行為があったとき。 二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。 三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。


たしかに、上記のように、民法においては「不倫」=「不貞な行為」は慰謝料や離婚を請求できると定められていますが、しかし、それはあくまで夫婦間(あるいは「不倫」相手を含めた三者間)で処理すべききわめてプライベーな問題として、そう定められているにすぎません。恋愛に良いも悪いもないのです。

「不倫」も、立派なとは言わないけど、大人の恋愛のひとつで、他人がとやかく言う筋合いのものではないでしょう。夫婦関係のリスクはあるにせよ、「恋愛の自由」の範疇にあるものです。

一方で、テレビにコメンテーターとして出ているようなタレント弁護士たちが、上記の民法の条項を盾に、「不倫」をあたかも「悪」であるかのように言い募り、バッシングするのにひと役買っているのはたしかでしょう。広瀬議員も弁護士だそうですが、あのテレビに出ているお便所コオロギのような弁護士たちは、何とかならないのかといつも思います。

「不倫上等」の伊藤野枝が、大杉栄をめぐる三角関係(実際は四角関係)で、神近市子に刺された「日陰茶屋事件」が起きたのが今から100年以上前の1916年(大正5年)ですが、この100年間で「不倫」は当たり前のこととして定着したけれど(資本主義の発達とそれに伴う労働形態の変遷によって、性の自由も拡張されたのですが)、「伝統的家族制度」の残滓である「ブルジョア性道徳」は相も変わらず幅をきかせ、私たちの生活にというか、「一生かけ夫と家族に償ってまいります」という広瀬議員の発言に見られるように、とりわけ女性の人生に理不尽な圧力を加えているのです。

ブルジョア社会の守護神である弁護士たちは、これ見よがしに「不倫」の代償は高くつくなんて言っていますが、もちろん、「不倫」という言葉の前に「女性の」という言葉が伏せられているのは言うまでもありません。そうやって「ブルジョア性道徳」を前提に、性における私的な自由まで脅迫して制限するような社会が、「良い社会」だとはとても思えないのです。


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堤清二 罪と業



■身も蓋もない本


遅ればせながら、友人にすすめられて『堤清二 罪と業』(児玉博著・文春文庫)を読みました。

この『堤清二 罪と業』は、2016年の第47回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)の受賞作で、堤清二氏の死によって終了するまで、都合10時間のロングインタビューを行い、そこで語られた堤家の複雑な人間関係とそれに起因する親族間の骨肉相食む物語をまとめたものです。

前も書きましたが、海外のポスターやポストカードを輸入する会社に勤めていたとき、堤清二氏が一代で築いたセゾンを担当していた私は、彼の「自立した消費者であれ」とか「文化は事業になっても、芸術は事業にならない」という言葉に惹かれ、彼がふりまいた”消費革命”の幻想に踊らされたスノッブの一人でもありました。

『堤清二 罪と業』は、堤清二氏自身の証言を丹念にたどることによって、堤清二氏もまた、単なる二代目のボンボンにすぎなかったことを描いている、(かつてのスノッブから見れば)身も蓋もない本とも言えるのでした。ただ、個人的な考えでは、敵味方、好き嫌いに関係なく、カリスマは引きずり降ろさなければならないので、同書を面白く読むことができました。

■堤康次郎


父親の堤康次郎は、幼い頃父親を病気で亡くし、母親は離縁されて実家に帰されたために、尋常高等小学校を卒業すると、祖父の清左兵衛と故郷の滋賀で農業をしていたのですが、20歳のときに清左兵衛が亡くなると、田畑を売ったお金を持って上京するのでした。早稲田大学に入学するためです。そして、早稲田を卒業してからも数々の事業で失敗を重ね、28歳のときに起死回生をはかった軽井沢の別荘地開発が成功、のちの”西武王国”を築く足がかりを得たのでした。また、政治家としても衆院議長にまで上りつめるなど、立志伝中の人物として語り継がれるほどになったのです。

しかし、堤康次郎は大変な好色家で、三度目の妻である青山操(堤清二の実母)の妹とも関係を持ったり、病床にあったときに看病した看護婦とも関係を持って愛人にしたりと、私生活は奔放でした。

どこまでホントかわかりませんが、ウィキペディアには、わざわざ「女性関係」という項目が設けられ、次のように記載されていました。

康次郎の女性関係は派手だった。お手伝いさんから華族まで“女”と名のつくものであれば“手当たり次第”だったという(略)。お手伝いさんから女子社員、部下の妻、看護婦、マッサージ師、乗っ取った会社の社長夫人、秘書、別荘管理人、旧華族…社員たちの言葉の端にのぼっただけでもざっと手を付けた女性はこんな具合である(略)。この後始末は部下の仕事だった(略)。愛人の数は有名な女優を含めて、正確な数は誰もわからないし、康次郎本人もわからなくなっていた(略)。子供12人というのは嫡子として認めた数にすぎず、100人を超えるという説もある(略)。葬儀には康次郎そっくりの子どもの手を引いた女性が行列を作ったという(略)。


堤清二氏は、堤康次郎にとって戸籍上では次男でしたが、康二朗が早稲田の学生時代に、(学生の身分でありながら)日本橋で経営していた三等郵便局の事務員に産ませた長男がみずから申し出て廃嫡になったので、それ以後は清二氏が堤家の長男としての扱いを受けていました。三度目の妻の青山操には、堤清二氏の下に娘の邦子がいましたが、邦子はのちにパリにあった西武百貨店のヨーロッパ駐在事務所の責任者になり、「他の百貨店に先んじて」、アルマーニ、エルメス、イヴ・サンローラン、ソニア・リキエル、ミッソーニなどのブランドと独占契約を結んだのでした。しかし、フランスの警察当局に横領容疑をかけられて職を失い、失意のままこの世を去るのでした。

堤康次郎には、清二氏の他に、三男に西武グループの中核企業であったコクドや西武鉄道を率いた堤義明氏、四男に豊島園の社長を務めた康弘氏、五男にインターコンチネンタル東京ベイの社長を務めた猶二氏がいましたが、義明氏、康弘氏、猶二氏は、清二氏とは腹違いの弟で、子どもたちは認知されていたものの、母親は未入籍のままでした。言うなれば義明氏らは、昔で言う「二号さん」の子どもだったのです。

■独裁者としての資質


そういった複雑な家庭環境を背景に、兄・清二氏と弟・義明氏の確執や、”西武王国”が崩壊する過程では親族の間で骨肉の争いが生じ、メディアの格好の標的になったでした。

もっとも、好色家の父親の性癖は子どもたちにも受け継がれており、清二氏、義明氏ともに女性関係の噂は絶えることがありませんでした。それぞれ著名な女優と愛人関係にあったという噂がありましたが、中には、お手付きの女性社員を押し付けられて結婚した社員が、役員にまで引き上げられたという話さえあるそうです。

また、堤康次郎氏は、”カミソリ堤”と呼ばれ、暴君として知られていましたが、その独裁者としての資質も、清二氏にも義明氏にも受け継がれていました。セゾンも西武も、典型的なワンマン経営だったのです。

以前、池袋の西武デパートの地下にリブロという書店がありましたが、リブロは堤清二氏の肝入りで作った(というか、自分のために作った)書店で、毎日必ず顔を出して書籍を購入していたそうです。

私は当時、埼玉に住んでいて、しょっちゅうリブロで本を買っていましたし、セゾンを担当していたということもあって、リブロの店員と顔見知りになり、いろんな話を聞きましたが、その中でいちばん多かったのは会長(堤清二氏)の暴君ぶりでした。

『堤清二 罪と業』にも書かれていますが、堤清二氏がどんな本を購入したのか、秘書や役員たちがそれを知りたがるのだそうです。そして、彼らも同じ本を買い、手分けしてその概要を頭に叩き込むのだとか。でないと、あとで堤清二氏から話題を振られ、うまく答えることができないと怒りを買うからです。

堤清二氏は、事業家としての顔を持つ一方で、辻井喬というペンネームを持つ作家・詩人の顔も持っていました。毎日、帰宅すると2時間書斎にこもって、本を読んだり創作したりしていたそうですが、そうやって暴君としての事業家の顔と、繊細な作家・詩人としての顔を使い分けていたのです。

でも、自分のことを考えればわかりますが、表と裏はあるにしても、サイコパスでもない限り、二つの顔を使い分けることなどできるわけがありません。どっちかがホンモノで、どっちかがニセモノのはずです。

余談ですが、鈴木涼美が登場したとき、私は、テレビのコメンテーターだけにはならないで貰いたいと書いたのですが、案の定、最近、YouTubeに出て発言している彼女を見ると、がっかりすることが多いのです。こんな薄っぺらな考えで、小説を書いているのかと思うと、いっぺんに興ざめするのでした。

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文学(の言葉)というのは、所詮はそんなものなんだなと思います。若いときはそうでもありませんが、ままならない人生を生きて年を重ねると、文学の言葉の薄っぺらさが透けて見えるようになるのでした。

■血は汚い


箱根の別荘地の売買で財を成した堤康次郎は、麻布の北条坂に大邸宅を構え、その本館を時の総理大臣の東条英機に迎賓館として提供していたのですが、米軍の空襲で焼け落ちる際、堤康次郎は、清二氏の目の前で「敷地に逃げ込もうとした被災者を鬼の形相で一歩たりとも入れようとせず、「財産を守るとはこういうことだ」と言い放ったそうです。

でも、堤清二氏は、人の道を踏み外してまで財産を守ろうとした父親に、一定の理解を示すのでした。堤清二氏には、父・堤康次郎に対して、愛憎二筋のアンビバレンツな感情があったのでしょう。でも、私は、やはり、「血は汚い」という言葉を思い出さざるを得ません。

西武のライバルであった東急もそうですが、日本の資本主義がまだ”成熟”していない発展段階においては、商売人としてこういったむき出しの暴力的なエピソードが通用する余地はあったのかもしれません。もちろん、それは、資本制社会の中に、家父長的な”家内制手工業”の残滓が、燃えカスのように残っていたからです。

”西武王国”が崩壊したのは、公私混同した前近代的な経営形態が行き着いた当然の帰結という側面があるものの、同時に資本主義の”成熟”と金融資本の台頭という、教科書に書いているような発展段階の構図も見て取れるのでした。

所詮は二代目のボンボンにすぎなかったと言えば、それまでですが、「売り家と唐様で書く三代目」という川柳があるように、現代の”成熟”した資本主義は、三代までのさばることを許さなかったと言っていいのかもしれません。

本書には、”西武王国”を率いた堤義明氏に関して、次のようなエピソードが紹介されていました。

 康次郎の言いつけを守り続け、幼い時から堤家独特の帝王学を学んできた義明の精神構造は、独裁の酷薄さと幼稚さが同居した。ロールスロイスに乗るや、運転手に「コロッケを買いに行け」と言いつけ、コロッケをロールスロイスの広過ぎるであろう後部座席で一人頬張っては、
「お前たちはこんな美味いもんをいつも食べているのか」
と漏らしたりもした。


また、箱根の別荘に幹部たちを招集して馬乗りをして遊んだという、耳を疑いたくなるようなエピソードも紹介されていました。

全国のプリンスホテルに視察に訪れる際、支配人たちは、義明氏が前日に食べた献立を調べるのが必須だったそうです。もし、同じメニューを出したら、義明氏の逆鱗に触れるからです。実際に、前日と同じメニューを出した支配人が閑職に追いやられたケースもあったそうです。そして、到着すると玄関に赤い絨毯が敷かれ、従業員が整列して迎えるのだとか。著者の児玉博氏は、「プリンスホテルの従業員にとって、最上のもてなしを考えなければならないのは顧客ではなく、義明に対してだった」と書いていました。

現代のように、「超資本主義」と言われるほど高度に発達しシステム化された資本主義の時代において、こんなあまりにも稚児めいた経営者が通用するはずがないのです。それは、最近の某中古車販売会社のスキャンダルでも示されたとおりです。

案の定、堤義明氏も、2005年、(国家権力の常套手段である)証券取引法違反の疑いで東京地検特捜部に逮捕され、金融資本の手に落ちた”西武王国”と運命をともにするように、みずからも落日を迎えるのでした。

堤清二氏は、「凡庸」という言葉を使って、異母弟のことを次のように評していました。

「(略)義明君が凡庸なことは分かっていましたが、そのまま維持するくらいはできると思ってた。しまったな、と思う訳です。自分が引き継ぐべきだったのかなあ、と。それを思うと、父に申し訳ないことをしてしまったと思うばかりなんですね。毎日、父に詫びております。父が命がけで作って来たものを、いらないって言った訳ですから‥‥、さぞがっかりもしたでしょう‥‥」


著者は、「清二は心底、そう思っているのだろう」と書いていましたが、後継者を巡る話には如何にも自信家らしい清二氏の虚勢が加味されていて、自分が断ったのではなく、父親から禅譲されなかったというのが真相です。その話は別にしても、この発言を見ると、清二氏もまた、「凡庸」な「お家大事」の考えから自由ではなかったことがわかるのでした。

私たちは、そんな堤清二氏がぶち上げた”消費革命”の幻想に踊らされた、いや、みずから進んで踊った、「あえて踊った」のです。崩壊感覚のようなものを抱きながら、「あえて踊った」のです。それが正直な気持です。


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