
NHK「女性の貧困」取材班『女性たちの貧困 ”新たな連鎖”の衝撃』(幻冬舎)を読みました。本書は、女性たちの貧困を取り上げた「クローズアップ現代」や「NHKスペシャル」などで、放送できなかった取材内容やエピソードをスタッフたちがまとめたものです。
渋谷や新宿や池袋の駅前などで、若い女性がキャリーバッグを引いて歩いているのをよく目にします。番組のスタッフが夜の新宿で、彼女たちに声をかけて話を聞くと、「家賃が払えず、携帯電話だけを頼りに、深夜営業の店を渡り歩く女性が数多くいることがわかってきた」そうです。
街でよく見かけるキャリーバッグを転がす少女たち。
ファーストフード店や、ファミリーレストラン、カフェで見かける携帯電話を充電する少女たち。
今回の取材を始めるまでは、特に気にとめることもなかった日常の風景だった。しかし、実際に、こうした女性たちに話を聞いてみると、その背景には、貧困、経済的な困窮という現実があり、そこから逃れようと必死にもがく姿が、漂流という形になって現れているのだと感じられた。
新宿駅近くのあるネットカフェでは、定員の7割が長期で利用する女性なのだとか。また、行政との交渉で住民票を置くことが認められた別の店では、小学生の女の子を含む母子3人が2年間店で寝泊まりしているという、衝撃的な事例が紹介されていました。
彼女たちは、化粧して身ぎれいにしているので、一見そんなに困っているようには見えないのです。だから、彼女たちのことを「見えない貧困」と言うのだそうです。
「キャリーバッグと携帯電話だけを頼りに街をさまよう少女たち」。そんな彼女たちの背景にあるのが、親の貧困です。
私も昔、「風俗」で働く若い女性たちに話を聞いたことがありますが、そのなかでよく耳にしたのは、きょうだいが多くて貧乏、父親が病気あるいは失業中、母子家庭でまだ幼い妹や弟がいるなど、経済的に「家族には頼れない」事情でした。また、メンヘラの傾向がある子も多いように思いました。もちろん、女子高生のあこがれの職業の上位にキャバ嬢が入るなど、若い女性たちのなかで「風俗」への敷居が低くなっているのは事実ですが、だからと言って「楽でお金が稼げるから」というような、私たちが想像しがちな「軽い」ものばかりではないのです。
一方で、「風俗」が経済的に困窮する若いシングルマザーの受け皿になっているという現実もあります。本書でも、「セーフティネットとしての『風俗』」と題して、報道局の女性記者がその現実を報告していました。
取材したデルヘル店では、シングルマザーのために、寮だけでなく託児所まで用意しているのだそうです。
就労、育児支援、居住。働くことを余儀なくされたシングルマザーにとって、生活に欠かせない三つの要素だ。行政に頼ろうとすると、いくつもの担当課をまたぎ、それぞれの手続きを進めなくてはいけない。しかし、ここでは、生活するための必要な環境や支援がワンストップで手に入るのだ。
専門家は、番組のなかで、これを「社会保障の敗北」と表現したのでした。
厚生労働省の専門部会では、年収200万円未満を「生活保護に至るリスクのある経済困窮状態」と位置づけているのですが、非正規雇用の若年女性(15~34歳)のなかで年収200万円未満の収入しかない人は、289万人もいるそうです(2012年)。また、「勤労世代」(20歳~64歳)の1人暮らしの女性の32.1%、未成年の子どもがいる母子世帯の57.6%が貧困状態にあるのだそうです。
今の社会保障は、よく言われることですが、結婚して家庭を作り、世帯主の男性の収入やあるいは共稼ぎによって「文化的な生活」を営むことを前提とした家庭単位、家族単位のものです。でも、離婚率や生涯未婚率の上昇で、その前提そのものが既に現実的ではなくなっているのです。
高齢者世帯のなかで、単身世帯の貧困率が高いのも、年金二人分と一人分の金額を考えれば、誰でも理解できる話ではないでしょうか。それは、シングルマザーの場合も同じです。離婚しても、実際に養育費を受け取っているのはわずか20%にすぎないという現実。そのため、家計を補助するためにパートやアルバイトに出ていたのが、離婚した途端、そのパートやアルバイトの収入で生活することを余儀なくされるのです。とりわけ子供に手がかかり経済力に乏しい20代のシングルマザーにおいては、相対的貧困率がなんと80%にも達するのだそうです。
当然、親の貧困は子どもの貧困へとつながっていきます。OECDのレポートによれば、ひとり親世帯のなかで、親が働いている世帯の子どもの貧困率は日本は54.6%で、加盟国34カ国中、とびぬけて高いのだそうです。これが、先進国で最悪と言われるこの国の格差社会の現実なのです。
日本はホントに豊かな国なのでしょうか。本書が書いているように、私たちは、「見えない貧困」と言いながら、ホントは見てないだけではないのか。見ようとしてないだけではないのか。
人並みのスタートラインに立つことさえできない貧困の世代連鎖。「女性が輝く社会」などという官製版やりがい搾取のようなスローガンの一方で、労働市場では相変わらず弱い立場に置かれている女性たち。本書が指摘した貧困は、私たちのすぐ身近にあるのです。もとより、私たち自身にとっても、決して他人事ではないはずです。
本書の最後に、「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターのつぎのようなことばが紹介されていました。
「自分のことを思い返しても、十代から二十代の前半の時代は、夢や希望にあふれる時期でした。時につらいことがあっても、憧れの人について友人ととどめもなく語り合ったりして、他愛のないことでも笑っていられる、人生の中でもキラキラ輝いている時期だと思います。その人生のスタート地点ともいえるときに、すでに夢や希望が失われる社会とはどんな社会なのでしょうか」
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