ギリシャの国民投票の直前、イギリス在住のブロガー・ブレイディみかこ氏は、たてつづけに2本の記事をアップしていました。
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ギリシャ国民投票:6人の経済学者たちは「賛成」か「反対」か
ギリシャ危機は借金問題ではない。階級政治だ
記事のなかで注目されるのは、EU の緊縮策、いわゆるトロイカ(EU、欧州中央銀行、IMF)の要求は、きわめて「懲罰的」で「緊縮の上に緊縮を重ねる」「単純な罰課題」であり、その裏にはシリザ(急進左派連合)のチプラス政権を潰す狙いもある、とギリシャ政府を支持する知識人や政治家たちが口をそろえて指摘していることです。
ブレイディみかこ氏のブログによれば、ノーベル賞経済学者・ジョセフ・スティグリッツも、トロイカの要求の不当性とその背後の”政治的意図”を批判しているそうです。
「5年前にトロイカ(欧州委員会+IMF+ECB)がギリシャに押し付けた経済プログラムは大失敗に終わり、ギリシャのGDPは25%減少した。これほど故意な、そして壊滅的な結果をもたらせた不況を私は他に思い浮かべることができない。ギリシャの若年層の失業率は現在60%を超えているのだ。衝撃的なのは、トロイカはこれに対する責任の受け入れを拒否しているということであり、自分たちの予測や構想がどれほど劣悪だったか認めていないことだ。さらに驚くべきことに、彼らは学んでいない。いまだに2018年までにGDP比3.5%の財政黒字を達成するようにギリシャに要求している」
「世界中の経済学者たちがこの目標は懲罰的だと非難している。こんなことを目標にすれば景気はさらに悪化する。たとえ誰も想像できないようなやり方でギリシャの債務が整理されたとしても、トロイカが要求する目標を達成しようとすればギリシャの景気下降は続く」
「明確にしなくてはいけないのは、ギリシャに融資された巨額の資金の殆どはギリシャには入っていないということだ。それは民間の債権者への支払いに使われており、その中にはドイツやフランスの銀行も含まれている。ギリシャはすずめの涙ほどの金を得て、これらの国の銀行システムを維持するために大きな代償を払っている。IMFその他の「公式」な債権者は、要求されている返済など必要ない。いつも通りのシナリオなら、返済された金はまたギリシャに貸し出されるだろう」
「これはマネーの問題ではない。ギリシャを屈服させ、受け入れられない条件を受け入れさせるために『期限』を使っているのだ。緊縮だけでなく、他の後退的、懲罰的政策をギリシャ政権に行わせるためにそれを利用しているのだ。だが、なぜ欧州はそんなことをするのだろう?」
出典:"How I would vote in the Greek regerendum" Joseph Stiglitz (The Guardian)
もちろん、ギリシャ国民もそのカラクリは熟知しており、日本のマスコミが言うように、「賛否が拮抗」とか「賛成に傾いている」というのは最初からあり得ない話だったのです。チプラス政権は、デモクラシー発祥の地にふさわしいギリシャの伝統的なデモクラシーの手法を用いて、あらためて国民の意思をトロイカとその背後にいる国際金融資本に突き付けたと言えるでしょう。
では、どうしてEUの主要国は、チプラス政権を潰そうと躍起になっているのか。それは、現在、ギリシャだけでなく、スペインやイギリス(スコットランド)でも台頭しつつある急進左派の連携と伸長を懸念しているからにほかなりません。
そのあたらしい流れについて、ブレイディみかこ氏は、日本のネットでも話題になった「『勝てる左派』と『勝てない左派』」という記事でレポートしていました。
Yahoo!ニュース・個人
「勝てる左派」と「勝てない左派」
ヨーロッパで台頭しつつある急進左派について、日本では「新左翼」という言い方をする人がいますが、同じニューレフトでも、日本のそれとは似て非なるものなのです。
まだ若くて聡明だった頃の鷲田小彌太氏は、ソ連崩壊前夜の1991年に出版した『いま、社会主義を考える』(三一新書)のなかで、「資本主義の臨界点としての社会主義」というあたらしい(未来の)社会主義像を提示していましたが、この「勝てる左派」の台頭こそ、資本主義の危機(臨界点)に際して、起こるべくして起こった(もはや左翼とも言えないような)あたらしい政治の潮流と言えるのかもしれません。もちろん、そのスローガンは、反格差&反市場原理主義&反グローバル資本主義です。
では、翻って日本の現状はどうなのか。ギリシャ問題ひとつをとっても、日本のメディアが書く記事は、どれも国際金融資本の意を汲んだような、木を見て森を見ない記事ばかりです。ヨーロッパの特派員が書く記事でさえそうなのです。
また、先月の27日、安保法制に反対する「SEALDs」という学生の団体が主催するデモと集会が渋谷でありましたが、しかし、その呼びかけ人や当日壇上に上がった政治家の顔ぶれを見て、私は、がっかりしました。それこそ「勝てない左派」を代表するような古い政治家たちばかりなのです。もちろん、そこで交わされていたのも、うんざりするような古い政治のことばでした。
どうして日本では、シリザやポデモスやSNP(スコットランド国民党)のような「勝てる左派」の運動が生まれないのか。学生たちは、どうして古い政治に依存しているのか。「勝てない左派」のダメさ加減、数々の裏切り、遁走の記憶がどうして継承されてないのか。
ブレイディみかこ氏は、ブログで、ポデモスを率いるパブロ・イグレシアスのつぎのようなことばを紹介していました。
「(略)左派は連立を組むのが好きだ。『君たちと僕たちと彼らが組めば15%、いや20%の票が獲得できる』などと言う。だが、僕は20%なんか獲得したくない。僕は勝ちたいのだ。(中略)勝つためには、我々は左翼であることを宗教にするのをやめなければいけない。左翼とは、ピープルのツールであることだ。左翼はピープルにならなければならない」
民主党は言わずもがなですが、私がよく利用する地下鉄の駅前では、ほぼ毎日のように、共産党の女性がスーツ姿で街頭演説をしています。私はその姿を見るたびに、井上光晴の『書かれざる一章』という小説を思い出さざるを得ません。おそらく彼女は、誠実で忠実な党員なのでしょう。でも、彼女の演説は、十年一日の如く同じ常套句をくり返しているだけなのです。そこには、「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」姿しかないのです。彼女は、「地べたの人間」ではなく、党官僚に向けて演説しているように思えてならないのです。
私たちが求めているのは、「地べたの人間」にとっての“希望の政治“です。そのための「パッションのこもったメッセージ」なのです。左翼のドグマなんてどうだっていいのです。
イグレシアスが、みずから政治学を教える学生たちに向けて言ったことば。
「君たちは権力というものについて学んでいる。そして権力とは、脅かすことが可能なものだ」
このことばには、これからのチプラス政権がとるべき道を暗示しているように思います。日本のマスコミは、相変わらず「ギリシャがEU離脱の瀬戸際に立たされた」などと国際金融資本のサイドに立った、彼らの”脅し””を代弁したような記事を書いていますが、これから私たちは、トロイカとその背後に控える国際金融資本との”チキンレース”のなかで、ギリシャのしたたかさ、それこそ「勝てる左派」のしたたかさを目にすることになるでしょう。チプラス政権を支持する人たちは、口々に「我々はヨーロッパの改革のために闘っているんだ」と言ってましたが、文字通り彼らは、「ギリシャ危機はファイナンスや債務返済の問題」ではなく「階級政治だ」というケン・ローチのことばを体現していると言えるでしょう。
ブレイディみかこ氏は、「『勝てる左派』と『勝てない左派』」の記事の最後をつぎのような示唆に富んだことばで結んでいました。
欧州で新左派が躍進しているのは、彼らが「負ける」という生暖かいお馴染みの場所でまどろむことをやめ、「勝つ」ことを真剣に欲し始めたからだ。
右傾化する庶民を「バカ」と傲慢に冷笑し、切り捨てるのではなく、その庶民にこそ届く言葉を発すること。
スペインの学者たちがやっていることは、実はたいへん高度な技だ。
だがそれに学ばない限り、左派に日は昇らない。
参考サイト:
ブレイディみかこ official site
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