めでたく芥川賞を受賞した又吉が、「アホなりに人間を見つめて書きました」と自著のCMをテレビでやっていますが、それ以前には、インスタントコーヒーを買うと、芥川賞作家・又吉直樹の書き下ろしエッセイを無料でプレゼント、というようなバナー広告がYahoo!のトップページに出ていました。

『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』(双葉社)を書いた柳美里によれば、作家のなかで、副業をもたずに小説だけで生活している人は、せいぜい「30人を超えることはない」そうです。新人作家の場合、年収100万円なんでザラだとか。柳美里は、そんな作家の”懐事情”について、下記のインタビュー記事でも具体的に語っていました。

Business Journal
年収1億円から困窮生活へ――芥川賞作家・柳美里が告白「なぜ、私はここまで貧乏なのか」

『火花』は発行部数が200万部を越えたそうなので、印税が仮に10%だとすれば、印税収入だけで2億6千万円です。もしかしたら、又吉ひとりで、この国の純文学作家全員の収入を越えるのかもしれません。

昔、井上陽水や中島みゆきのように、テレビに出ないことを「売り」にするシンガーソングライターがいましたが、純文学の「小説を書くのはお金のためじゃない」というイメージは、あれと似ている気がします。純文学の芸術至上主義的でピュアなイメージとお笑い芸人という「意外な」組み合わせが、今回の芥川賞の「売り」なのです。

吉本興業は、今やさまざまなコンテンツビジネスを展開する「総合エンタテインメント企業」です。テレビ番組や映画の製作だけでなく、当然出版部門ももっています。文春だけでなく吉本にとっても、『火花』が”金のなる木”であるのは言うまでもないでしょう。

又吉の芥川賞も、南海キャンディーズのじずちゃんの”オリンピック”と同じように、吉本のプロジェクトによるものではないかという見方がありますが、小説を書く前は「本好きの芸人」で売り込み、クラシックな丸メガネをかけた如何にも文士然としたいでたちで、新潮文庫のイメージキャラクターになったりしていましたので、吉本がまったく関与してないということはないでしょう。

上げ底の作家・又吉直樹が、そのうちフェードアウトして、「又吉の芥川賞受賞って、あれはなんだったんだ?」という話になる可能性も大ですが、今回の芥川賞に関しては、そんなことはすべて織り込み済みのような気がします。

一方で、吉本興業は、コンテンツや肩書以上に、もっと大きなものを手に入れたとも言えるのです。それは”文壇タブー”です。週刊文春や週刊新潮に対して、”文壇タブー”という治外法権を手に入れることができたというのは、芸能プロダクションにとって、想像以上に大きいはずです。それは、又吉だけでなく、所属する芸人たちにも大きな恩恵をもたらすことでしょう。

さっそく、女性レポーターのタメ口が気に入らないとかなんとか、又吉センセイの何様のような発言が出ていますが、当分は週刊文春や週刊新潮に吉本のタレントのスキャンダル記事が載ることはないでしょう。

さらに今度は、ジャニーズ事務所の某が次回の直木賞候補にあがるのではないかという噂も出ていますが、二匹目三匹目のドジョウを狙った“作家輩出ブロジェクト“はこれから益々盛んになっていくのかもしれません。もちろん、出版不況で背に腹をかえられない出版社も利害は一致するのです。かくして小説はタレントの”隠し芸”になり、文学はただのコンテンツビジネスになっていくのです。
2015.09.07 Mon l 本・文芸 l top ▲