今月初め、小泉今日子が上野千鶴子との雑誌の対談で、“反アンチエイジング”宣言をおこなったという日刊ゲンダイの記事が、瞬く間にネットをかけめぐり、大きな話題になりました。
日刊ゲンダイDIGITAL
小泉今日子“反アンチエイジング”宣言に40代女性なぜ共感
もちろん、小泉今日子の発言だからこそ、アラフォーの女性たちの支持を集め、大きな話題になったのでしょう。とは言え、小泉今日子の発言は、おしゃれなんてどうだっていいとか、いつまでも若くありたいという気持は間違っているとかいう話ではないように思います。”反アンチエイジング”が妙な開き直りを招来するだけなら、それこそ元も子もないように思います。
米山公啓氏が言うように、今の“美魔女現象”があまりにもいびつなので、そういったアンチエイジングに疑問を呈しただけなのでしょう。
先日、私は横須賀線の車内でとってもきれいな中年女性に遭遇して、未だにその素敵な姿が瞼に焼き付いています。その女性は、わかりやすい例をあげれば、叶姉妹などとは対極にある中年女性の魅力に溢れた人でした。上品で大人っぽいボブヘアに、如何にもセンスのよさそうな清楚なファッションで、笑ったときの目尻の皺がとっても魅力的でした。
米山公啓氏の言うことは、私たち男性にもよくわかる話です。私の知り合いで、皮膚科でシミ取りをした女性がいましたが、シミがなくなって喜んでいる彼女を見たらよかったなと素直に思いました。そういったアンチエイジングは理解できないわけではありません。しかし、テレビや雑誌などに登場する美魔女は、なんだか痛々しく見えるだけで、ちっとも魅力的ではありません。むしろ、あざとい感じが透けて見えるのです。目尻の皺が魅力的に見えるようなそんな年の取り方ができれば最高ではないでしょうか。
私などは、街で若くてきれいな女性を見ると、「ああ、もう一度若くなりたいなあ」としみじみ思います。そして、ウインドーガラスに映った自分の姿に愕然とするのでした。
「いつまでも若くありたい」という気持も大事ですが、一方で、そうやって「もう若くないんだ」という気持をもつことも、人生にとって大切なことのように思います。
どう考えても、若いときのほうが希望があったし夢があったのです。その意味では、幸せだったのは間違いないでしょう。恋愛でも仕事でもなんでも溌剌としていたのはたしかです。40代もまだまだ若いと思いますが、たそがれていく人生に向き合う姿勢も必要なのだと思います。
何度も言いますが、悲しみは人生の親戚です。悲しみだけでなく、せつなさも、やりきれなさも、みんな人生の親戚です。もちろん、生きる哀しみも人生の親戚です。
アンチエイジングは、今や打ち出の小槌のようなおいしいビジネスになっており、美魔女たちは、その広告塔でもあるのです。それが美魔女たちが痛々しく見えるゆえんなのでしょう。
日刊ゲンダイDIGITAL
小泉今日子“反アンチエイジング”宣言に40代女性なぜ共感
もちろん、小泉今日子の発言だからこそ、アラフォーの女性たちの支持を集め、大きな話題になったのでしょう。とは言え、小泉今日子の発言は、おしゃれなんてどうだっていいとか、いつまでも若くありたいという気持は間違っているとかいう話ではないように思います。”反アンチエイジング”が妙な開き直りを招来するだけなら、それこそ元も子もないように思います。
米山公啓氏が言うように、今の“美魔女現象”があまりにもいびつなので、そういったアンチエイジングに疑問を呈しただけなのでしょう。
先日、私は横須賀線の車内でとってもきれいな中年女性に遭遇して、未だにその素敵な姿が瞼に焼き付いています。その女性は、わかりやすい例をあげれば、叶姉妹などとは対極にある中年女性の魅力に溢れた人でした。上品で大人っぽいボブヘアに、如何にもセンスのよさそうな清楚なファッションで、笑ったときの目尻の皺がとっても魅力的でした。
「筋力をつけて代謝をよくしたり、運動してはつらつさをキープしたりするのが健全なアンチエイジングですが、女性が語るアンチエイジングは、美容整形を施したり、高額なサプリを飲んだり、皮膚科のクリームを塗ったりして人工的な要素を含んでいます。運動して筋肉に張りを持たせてシワを少なく見せるのとは、ちょっと違う。小泉さんはそこにくさびを打ち、軌道修正したのです。(略)」
米山公啓氏の言うことは、私たち男性にもよくわかる話です。私の知り合いで、皮膚科でシミ取りをした女性がいましたが、シミがなくなって喜んでいる彼女を見たらよかったなと素直に思いました。そういったアンチエイジングは理解できないわけではありません。しかし、テレビや雑誌などに登場する美魔女は、なんだか痛々しく見えるだけで、ちっとも魅力的ではありません。むしろ、あざとい感じが透けて見えるのです。目尻の皺が魅力的に見えるようなそんな年の取り方ができれば最高ではないでしょうか。
私などは、街で若くてきれいな女性を見ると、「ああ、もう一度若くなりたいなあ」としみじみ思います。そして、ウインドーガラスに映った自分の姿に愕然とするのでした。
「いつまでも若くありたい」という気持も大事ですが、一方で、そうやって「もう若くないんだ」という気持をもつことも、人生にとって大切なことのように思います。
どう考えても、若いときのほうが希望があったし夢があったのです。その意味では、幸せだったのは間違いないでしょう。恋愛でも仕事でもなんでも溌剌としていたのはたしかです。40代もまだまだ若いと思いますが、たそがれていく人生に向き合う姿勢も必要なのだと思います。
何度も言いますが、悲しみは人生の親戚です。悲しみだけでなく、せつなさも、やりきれなさも、みんな人生の親戚です。もちろん、生きる哀しみも人生の親戚です。
アンチエイジングは、今や打ち出の小槌のようなおいしいビジネスになっており、美魔女たちは、その広告塔でもあるのです。それが美魔女たちが痛々しく見えるゆえんなのでしょう。