先日、LGBTを告白した勝間和代氏に対して、「芸能界からも温かい声」というような記事がありました。メディアの受け止め方も好意的なものばかりです。
電通は、「電通ダイバーシティ・ラボ」という専門組織を立ち上げ、「LGBT市場規模を約5.9兆円と算出」しているそうです。LGBTも既に美味しいビジネスになりつつあるのです。もちろん、だからと言って、性の多様性を認める社会に異議を唱える者などいようはずもないのです。
と思ったら、久田将義氏が編集長を務めるニュースサイト・TABLOに、勝間氏のカミングアウトに対して、「批判的な声が浴びせられている」という記事が出ていました。
TABLO
LGBTを告白した勝間和代さんに早くも「ビジネスLGBTでは」の声
私は、2ちゃんねるが5ちゃんねるに変わったのも知らなかったくらいですが、ネットにはまだこういった声が残っているのかと思うと、少し安心したような気持になりました。「じゃあもう少し、弱者やマイノリティに優しい人であってくれ」というのはまさに至言で、今までの勝間氏を見ていると、今回のカミングアウトが、電通がLGBT市場を試算する話とどこか似たものがあるような気がしてならないのです。
しかし、メディアにそういった視点はありません。ただ同調圧力に与するだけです。もちろん、その同調圧力は、視聴率や売上部数やアクセス数など、ニュースをマネタイズするビジネスにつながっているのです。
眞子さまの婚姻をめぐる報道にも、同じような同調圧力が見え隠れしているように思えてなりません。元週刊現代編集長の元木昌彦氏は、プレジデントオンラインに次のような記事を書いていました。
PRESIDENT Online
"眞子さま報道"で問われる元婚約者の品性
たしかに、小室さんのお母さんがあそこまで叩かれるのなら、その情報を提供した(売った?)人物の素性もあきらかにすべきでしょう。プライベートな個人間のトラブルをメディアに提供する行為は、品性だけでなく、その倫理性も問われるべきです。また、そのリスクも、当然みずからで負うべきでしょう。
ものごとには表もあれば裏もあるのです。見る角度(立場)によって、捉え方が違ってくるのは当然です。多事争論ではないですが、さまざまな角度(立場)から報道するのがジャーナリズムのあり方でしょう。でなければ、どこにものごとの本質があり、真実があるかもわからないでしょう。今のメディアは、ただ同調圧力に与するだけで、誰でも書けるような(文章自動作成ツールでも書けるような)記事を書いているだけです。
メディアは、そやって獲物を見つけ、血祭りに上げることで、ニュースをマネタイズしているのです。この手の血祭りは昔からありましたが、最近は「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)によって、報道が増幅されより狂暴になっているように思います。
メディアにとって、獲物さえ見つかれば、衆愚を煽ることなど赤子の手をひねるくらいたやすいことなのでしょう。しかも、衆愚に右も左もないのです。保守もリベラルも関係ないのです。そして、同調圧力は、まるで集団ヒステリーのように、一切弁明も許さず異論や反論も徹底的に叩く、問答無用なものへとエスカレートして行くのでした。「少し頭を冷やせ」とたしなめる者がいない社会。そんなメディアが主導する同調圧力に、私は全体主義ということばしか思い当たりません。
電通は、「電通ダイバーシティ・ラボ」という専門組織を立ち上げ、「LGBT市場規模を約5.9兆円と算出」しているそうです。LGBTも既に美味しいビジネスになりつつあるのです。もちろん、だからと言って、性の多様性を認める社会に異議を唱える者などいようはずもないのです。
と思ったら、久田将義氏が編集長を務めるニュースサイト・TABLOに、勝間氏のカミングアウトに対して、「批判的な声が浴びせられている」という記事が出ていました。
TABLO
LGBTを告白した勝間和代さんに早くも「ビジネスLGBTでは」の声
・じゃあもう少し、弱者やマイノリティに優しい人であってくれ
・おっ今はLGBTブームなんや! それで本でも書いたろ!
・LGBTが流行ってるから一枚かんでおこうという下衆な魂胆
・こいつ大人の発達障害が話題になった時も 自分は「発達障害かもしれない」 とかカミングアウトして すぐに、講演会開いて、イベント開いて、NPOから発達障害の普及大使かなんかに任命されて 執筆したりしてたよな 今度はLGBTか
・この前隠れ巨乳なこともカミングアウトしてたよな
・娘もいい年だろうにそんな母親のカミングアウト聴きたくないだろ
・これ単なる生々しい性癖の告白だからな
・こいつの趣味 PC、バイク、麻雀... 料理もするが、見栄えより効率重視 男性脳は男性脳だわな
・バイクゴルフ麻雀全部飽きたっぽいし同性愛もすぐ飽きるだろ
・ものすごい生き急いでる感は結構好き
私は、2ちゃんねるが5ちゃんねるに変わったのも知らなかったくらいですが、ネットにはまだこういった声が残っているのかと思うと、少し安心したような気持になりました。「じゃあもう少し、弱者やマイノリティに優しい人であってくれ」というのはまさに至言で、今までの勝間氏を見ていると、今回のカミングアウトが、電通がLGBT市場を試算する話とどこか似たものがあるような気がしてならないのです。
しかし、メディアにそういった視点はありません。ただ同調圧力に与するだけです。もちろん、その同調圧力は、視聴率や売上部数やアクセス数など、ニュースをマネタイズするビジネスにつながっているのです。
眞子さまの婚姻をめぐる報道にも、同じような同調圧力が見え隠れしているように思えてなりません。元週刊現代編集長の元木昌彦氏は、プレジデントオンラインに次のような記事を書いていました。
PRESIDENT Online
"眞子さま報道"で問われる元婚約者の品性
たしかに、小室さんのお母さんがあそこまで叩かれるのなら、その情報を提供した(売った?)人物の素性もあきらかにすべきでしょう。プライベートな個人間のトラブルをメディアに提供する行為は、品性だけでなく、その倫理性も問われるべきです。また、そのリスクも、当然みずからで負うべきでしょう。
ものごとには表もあれば裏もあるのです。見る角度(立場)によって、捉え方が違ってくるのは当然です。多事争論ではないですが、さまざまな角度(立場)から報道するのがジャーナリズムのあり方でしょう。でなければ、どこにものごとの本質があり、真実があるかもわからないでしょう。今のメディアは、ただ同調圧力に与するだけで、誰でも書けるような(文章自動作成ツールでも書けるような)記事を書いているだけです。
メディアは、そやって獲物を見つけ、血祭りに上げることで、ニュースをマネタイズしているのです。この手の血祭りは昔からありましたが、最近は「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)によって、報道が増幅されより狂暴になっているように思います。
メディアにとって、獲物さえ見つかれば、衆愚を煽ることなど赤子の手をひねるくらいたやすいことなのでしょう。しかも、衆愚に右も左もないのです。保守もリベラルも関係ないのです。そして、同調圧力は、まるで集団ヒステリーのように、一切弁明も許さず異論や反論も徹底的に叩く、問答無用なものへとエスカレートして行くのでした。「少し頭を冷やせ」とたしなめる者がいない社会。そんなメディアが主導する同調圧力に、私は全体主義ということばしか思い当たりません。