これは、あくまでネットを通した報道で知った情報にすぎないのですが、先日、立山連峰の剱岳で、横浜市の19歳の女性が滑落死したというニュースがありました。
家族がSNSで情報を求めたことで、このニュースはネットでも大きな話題になりました。
家族によれば、19歳の女性は乗鞍岳に登ったことがきっかけで、山に興味を持ち、「富山で山に登ってくる」と言って出かけたそうです。家族は、まさか劔岳に登っているとは思ってなかったようで、「登頂した」というLINEが届いて驚き、返信したけど応答がなく既読にもならないので、心配してSNSで情報を求めたということでした。
報道によれば、他の登山者から、午後4時頃、劔岳のカニのヨコバイを渡っている若い女性の目撃情報があったそうです。また、家族に登頂のLINEが届いたのは午後5時すぎだったとか。
しかし、カニのヨコバイは、通常は下山ルートです。それも知らずに、逆コースで登ったのでしょうか。事実、ヨコバイですれ違った人から「ここは下山ルートだよ」と注意されたことがわかっています。いづれにしても、午後5時だと既にあたりは暗くなっていたはずで、足場が見にくい中を難度の高い岩場を下るのは、経験の浅い彼女にとって危険な賭けだったと言えるでしょう。
YouTube
剣岳の下り、カニの横ばい
カニのヨコバイは、上の動画にあるように北アルプスを代表する難所です。
そんな難所を登山初心者の若い女性がひとりで、しかもTシャツに短パンの恰好で挑んだのです。遺体を収容した富山県警の話ではザックの中には防寒具も入っていなかったそうですが、ただ、もしかしたら、アタックザックで登ったということも考えられます。山の遭難に関しては、警察発表には意地悪なものが多いので、安易に信用しない方がいいでしょう。
それにしても、初心者の女性が劔岳の山頂に立ったというだけでも驚きですし、山頂を目指してひとりで登った勇気もすごいなと思います。誰かがどっかで止めることができなかったのかと、悔やまれてなりません。これは、単に「自己責任」のひと言で済まされるような話ではないように思います。
山に行くと、よく若い人がひとりで登っているのに出くわすことがあります。山では圧倒的に中高年が多いのですが、若い人がいないわけではないのです。そんな彼らは、ドカドカドカと大股で登って来て、鈍足の私を追いぬくと、あっという間に姿が見えなくなるのでした。
トレランの影響もあるのか、昨今はやたらコースタイムにこだわる人が多く、若いハイカーの間では、それがひとつの登山スタイルにさえなっています。ヤマップやヤマレコなどに公開されているコースタイムは盛られている場合が多いので、鵜呑みにしない方がいいと言われますが、しかし、そういったリテラシーを持っている人は圧倒的に少数です。
彼らは、文字通り若さに任せて登っているだけです。昔だったら山岳会や同好会などで、登山の基本を学んだのでしょうが、今はそういった昔ながらのシステムも機能しなくなったのです。もちろん、コースタイム至上主義のような登山スタイルが長続きするはずはなく、登山が若いときの一時の趣味で終わるのは目に見えています。
8月にも23歳の女性がジャンダルムで滑落死したというニュースがありましたが、経験の浅い若者が、ネットの情報や動画などに影響されて、無防備な状態で難コースに挑む風潮が一部にあるのは事実でしょう。
私の知っている若い人間も、山に登り始めて僅か1年半で、奥穂から西穂まで縦走したと聞いて驚いたことがあります。彼とは2年くらい会ってなかったので、山登りをはじめたことすら知らなかったのですが、久しぶりに会ったら、彼の口からジャンダルムや馬の背の話が出たので、文字通り目が点になりました。
山岳ガイドの加藤智二氏は、Yahoo!ニュース(個人)の「死と隣合わせの日本最難関コースに溢れる登山者 山岳ガイドが感じた危機感」という記事で、次のように書いていました。
Yahoo!ニュース(個人)
死と隣合わせの日本最難関コースに溢れる登山者 山岳ガイドが感じた危機感
中には、YouTubeやInstagramのために、あえて危険なことに挑戦するケースもあるでしょう。そういったことが「カッコいい」と思っている若者も結構いるのです。そもそも登山系ユーチューバーの多くも、YouTubeをはじめる前まで登山とはほぼ無縁だったような初心者が多いのです。でも、北アルプスや南アルプスのような知名度の高い山に登らないと再生回数を稼ぐことができない。そのために、一気にステップアップして難度の高い山に挑んでいるケースが多いのです。さらにそんな動画に影響されて、「これならオレだってできるだろう」と安易に考えて出かける初心者も多いでしょう。
知り合いでこの夏に奥穂に登った人間がいるのですが、奥穂の登山コースも「大渋滞」が起きていて、下山の際、山荘上の梯子を下りるのに順番待ちで2時間以上かかったと言ってました。槍ヶ岳なども、ハイシーズンになると、登り口に2~3時間の行列ができるのもめずらしくないそうです。
YouTube
奥穂高岳登山 難所のハシゴとクサリ場を登る
決してオーバーではなく死と隣り合わせのコースが「大渋滞」というのは、どう考えても異常なのです。
ネットによって、死と隣り合わせの難コースが身近なものになり、技量も経験もない人たちが大挙して押しかける光景が当たり前のようになっているのです。それは、北アルプスや南アルプスが、百名山と同じようにブランドと化している現実があるからです。
山関連の雑誌やサイトなどを見ると、たとえば西穂の独標や谷川岳の天神尾根コースなども、「初心者向け」になっています。そのためもあってか、夏はやはり「大渋滞」だそうです。実際に登った経験から言えば、そんなに安直に「初心者向け」と言っていいのだろうかと首を捻らざるを得ません。
ネットはウソとハッタリの塊ですが、ネットで山が語られるようになり、「あんなの大したことないよ」「初心者向けだよ」と粋がる傾向があることも事実でしょう。また、登山雑誌が「初心者向け」を乱発する背景に、登山をビジネスにする者たちのそろばん勘定がはたらいていることも忘れてはならないでしょう。
加藤氏のような警鐘をもっと広める必要があるのではないか。あらためてそう思いました。
追記︰
その後、家族がヤマレコの日記に詳細を書いていました。それによれば、兄が若い頃登山をしていたそうで、もしかしたらその影響もあって山に興味を持ったのかもしれないと書いていました。また、ひとりでボリビアに旅行に行くなど、冒険心が旺盛で行動力のある女性だったようです。
因みに、遺留品のザックのなかには雨具や防寒着は入っていたそうです。防寒着も持ってなかったという当初の警察発表はやはりウソだったのです。ただ、地図やコンパスやヘッドランプは持ってなかったみたいで、そのためか、下山の際、夕闇と霧による視界不良のなかでルートを間違え150メートル滑落したようです。激しく岩に打ち付けられたことで、顔も原形をとどめないほど損傷していたので、DNAで本人であることを確認したと書いていました。
※カニのヨコバイの様子がよくわかる最新動画【追加】
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登る前に見てほしい「剱岳クサリ場 完全ガイド③」カニのヨコバイ
家族がSNSで情報を求めたことで、このニュースはネットでも大きな話題になりました。
家族によれば、19歳の女性は乗鞍岳に登ったことがきっかけで、山に興味を持ち、「富山で山に登ってくる」と言って出かけたそうです。家族は、まさか劔岳に登っているとは思ってなかったようで、「登頂した」というLINEが届いて驚き、返信したけど応答がなく既読にもならないので、心配してSNSで情報を求めたということでした。
報道によれば、他の登山者から、午後4時頃、劔岳のカニのヨコバイを渡っている若い女性の目撃情報があったそうです。また、家族に登頂のLINEが届いたのは午後5時すぎだったとか。
しかし、カニのヨコバイは、通常は下山ルートです。それも知らずに、逆コースで登ったのでしょうか。事実、ヨコバイですれ違った人から「ここは下山ルートだよ」と注意されたことがわかっています。いづれにしても、午後5時だと既にあたりは暗くなっていたはずで、足場が見にくい中を難度の高い岩場を下るのは、経験の浅い彼女にとって危険な賭けだったと言えるでしょう。
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剣岳の下り、カニの横ばい
カニのヨコバイは、上の動画にあるように北アルプスを代表する難所です。
そんな難所を登山初心者の若い女性がひとりで、しかもTシャツに短パンの恰好で挑んだのです。遺体を収容した富山県警の話ではザックの中には防寒具も入っていなかったそうですが、ただ、もしかしたら、アタックザックで登ったということも考えられます。山の遭難に関しては、警察発表には意地悪なものが多いので、安易に信用しない方がいいでしょう。
それにしても、初心者の女性が劔岳の山頂に立ったというだけでも驚きですし、山頂を目指してひとりで登った勇気もすごいなと思います。誰かがどっかで止めることができなかったのかと、悔やまれてなりません。これは、単に「自己責任」のひと言で済まされるような話ではないように思います。
山に行くと、よく若い人がひとりで登っているのに出くわすことがあります。山では圧倒的に中高年が多いのですが、若い人がいないわけではないのです。そんな彼らは、ドカドカドカと大股で登って来て、鈍足の私を追いぬくと、あっという間に姿が見えなくなるのでした。
トレランの影響もあるのか、昨今はやたらコースタイムにこだわる人が多く、若いハイカーの間では、それがひとつの登山スタイルにさえなっています。ヤマップやヤマレコなどに公開されているコースタイムは盛られている場合が多いので、鵜呑みにしない方がいいと言われますが、しかし、そういったリテラシーを持っている人は圧倒的に少数です。
彼らは、文字通り若さに任せて登っているだけです。昔だったら山岳会や同好会などで、登山の基本を学んだのでしょうが、今はそういった昔ながらのシステムも機能しなくなったのです。もちろん、コースタイム至上主義のような登山スタイルが長続きするはずはなく、登山が若いときの一時の趣味で終わるのは目に見えています。
8月にも23歳の女性がジャンダルムで滑落死したというニュースがありましたが、経験の浅い若者が、ネットの情報や動画などに影響されて、無防備な状態で難コースに挑む風潮が一部にあるのは事実でしょう。
私の知っている若い人間も、山に登り始めて僅か1年半で、奥穂から西穂まで縦走したと聞いて驚いたことがあります。彼とは2年くらい会ってなかったので、山登りをはじめたことすら知らなかったのですが、久しぶりに会ったら、彼の口からジャンダルムや馬の背の話が出たので、文字通り目が点になりました。
山岳ガイドの加藤智二氏は、Yahoo!ニュース(個人)の「死と隣合わせの日本最難関コースに溢れる登山者 山岳ガイドが感じた危機感」という記事で、次のように書いていました。
Yahoo!ニュース(個人)
死と隣合わせの日本最難関コースに溢れる登山者 山岳ガイドが感じた危機感
美しい写真、動画とルート解説、個人の感想などは、雑誌やインターネット上には多く存在しています。それらを見たと思われる実に多くの若者が挑戦していました。正直言って、どこでミスしても簡単に「死ねる」場所だらけの日本最難関コース上に、何ら緊張感乏しく歩き回る登山者の姿に恐ろしさも感じました。
中には、YouTubeやInstagramのために、あえて危険なことに挑戦するケースもあるでしょう。そういったことが「カッコいい」と思っている若者も結構いるのです。そもそも登山系ユーチューバーの多くも、YouTubeをはじめる前まで登山とはほぼ無縁だったような初心者が多いのです。でも、北アルプスや南アルプスのような知名度の高い山に登らないと再生回数を稼ぐことができない。そのために、一気にステップアップして難度の高い山に挑んでいるケースが多いのです。さらにそんな動画に影響されて、「これならオレだってできるだろう」と安易に考えて出かける初心者も多いでしょう。
知り合いでこの夏に奥穂に登った人間がいるのですが、奥穂の登山コースも「大渋滞」が起きていて、下山の際、山荘上の梯子を下りるのに順番待ちで2時間以上かかったと言ってました。槍ヶ岳なども、ハイシーズンになると、登り口に2~3時間の行列ができるのもめずらしくないそうです。
YouTube
奥穂高岳登山 難所のハシゴとクサリ場を登る
決してオーバーではなく死と隣り合わせのコースが「大渋滞」というのは、どう考えても異常なのです。
ネットによって、死と隣り合わせの難コースが身近なものになり、技量も経験もない人たちが大挙して押しかける光景が当たり前のようになっているのです。それは、北アルプスや南アルプスが、百名山と同じようにブランドと化している現実があるからです。
山関連の雑誌やサイトなどを見ると、たとえば西穂の独標や谷川岳の天神尾根コースなども、「初心者向け」になっています。そのためもあってか、夏はやはり「大渋滞」だそうです。実際に登った経験から言えば、そんなに安直に「初心者向け」と言っていいのだろうかと首を捻らざるを得ません。
ネットはウソとハッタリの塊ですが、ネットで山が語られるようになり、「あんなの大したことないよ」「初心者向けだよ」と粋がる傾向があることも事実でしょう。また、登山雑誌が「初心者向け」を乱発する背景に、登山をビジネスにする者たちのそろばん勘定がはたらいていることも忘れてはならないでしょう。
加藤氏のような警鐘をもっと広める必要があるのではないか。あらためてそう思いました。
追記︰
その後、家族がヤマレコの日記に詳細を書いていました。それによれば、兄が若い頃登山をしていたそうで、もしかしたらその影響もあって山に興味を持ったのかもしれないと書いていました。また、ひとりでボリビアに旅行に行くなど、冒険心が旺盛で行動力のある女性だったようです。
因みに、遺留品のザックのなかには雨具や防寒着は入っていたそうです。防寒着も持ってなかったという当初の警察発表はやはりウソだったのです。ただ、地図やコンパスやヘッドランプは持ってなかったみたいで、そのためか、下山の際、夕闇と霧による視界不良のなかでルートを間違え150メートル滑落したようです。激しく岩に打ち付けられたことで、顔も原形をとどめないほど損傷していたので、DNAで本人であることを確認したと書いていました。
※カニのヨコバイの様子がよくわかる最新動画【追加】
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登る前に見てほしい「剱岳クサリ場 完全ガイド③」カニのヨコバイ