先日(10月21日)、東京地裁で、大麻取締法違反の罪に問われた田口淳之介被告と小嶺麗奈被告に対する判決公判が開かれ、それぞれ懲役6ヶ月執行猶予2年の判決が言い渡されました。

判決は、当初7月30日の予定でしたが、検察側の請求でこの日に延期されたのだそうです。と言うのも、関東信越厚生局麻薬取締部(マトリ)が、二人の住居を捜索した際に撮影した映像をフジテレビに提供していたことが判明したからです。さすが権力と密通した右派メディアという感じですが、そのため、押収物の証拠能力に問題がないか調べていたということでした。

小嶺被告の弁護士は、映像をメディアに流したマトリを国家公務員法違反(守秘義務違反)で刑事告発しているそうですが、素人が考えても、マトリの行為は法の下の平等を著しく逸脱しており、押収物の証拠能力に疑義が生じるのは当然でしょう。

まさに、ここには、芸能人の薬物事件や「所得隠し」などにおける、当局とメディアがタッグを組んでおこなわれるキャンペーンの、そのカラクリが露呈しているのでした。そして、ターゲットになったら最後、芸能人はメディアによってあることないこと書き立てられ、血祭りに上げられるのでした。

公判で、二人の関係について問われた小嶺被告は、前にプロポーズされたことを明かし、できれば結婚したいと答えたのですが、するとメディアは、「仰天!法定プロポーズ」などと書き立てる始末でした。

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これなどは、「嫌韓論」と同じで、大衆の負の感情を煽る、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い式の報道と言えるでしょう。

田口被告や小嶺被告だけではありません。今メディアを賑わせているチュートリアルの徳井義実の「所得隠し」も然りです。徳井は、まるで“非国民”扱いです。天邪鬼の私は、これも年末調整や確定申告の時期を控えた“いつもの光景”にしか見えませんが、芸能マスコミはここぞとばかりに国税がぶら下げたエサに飛びつき、“徳井叩き”に狂奔しているのでした。

マトリや国税にとって、みずからの存在価値をアピールする上で、芸能人は格好のターゲットです。と同時に、国民に対して一罰百戒の見せしめの効果を持つ一石二鳥の美味しいターゲットでもあるのです。

また、「オレたちはきちんと納税しているのに(ホントか?)、あんなにお金を稼いで贅沢な生活をしている人間が税金を払わないなんてけしからん」という大衆の下劣な嫉妬心を煽り、大衆の中にある重税感にカタルシスを提供するのも国税のいつものやり方です。

メディアは、徳井が2億円だかの「高級マンション」を買ったので、「所得隠し」が発覚したのではないかと言ってますが、そんなカマトトな話はないでしょう。国税からのリークであるのは、誰の目にもあきらかでしょう。

徳井のようなことをやっていたら国家が成り立たないと書いていたメディアがありましたが、そうやって「国家への帰順」が声高に叫ばれ、大衆へ向けた一罰百戒の暗黙の“脅し”がおこなわれるのでした。

でも、私自身も、平均年収のはるか下の「貧困」のボーダーラインに近い収入しかないにもかかわらず、単身所帯ということもあって、いわゆる租税公課が総収入の40%以上にもなる重税感に苦しんでいますが、だからと言って、世間の人間たちのように、徳井に嫉妬して正義感に怒り狂うというようなことはありません(公務員の高待遇や税金の無駄使いには怒りを覚えますが)。他人の「所得隠し」なんてどうだっていいのです。むしろ、徳井の「想像を絶するルーズさ」に親近感さえ抱くほどです。

徳井の「所得隠し」に怒る人々は、国家に踊らされているだけの文字通りの”踊るアホ”なのですが、彼らにそういった自覚はないのでしょう。それが彼らを”衆愚”と呼ぶゆえんです。全体主義は正義と道徳の仮面を被ってやって来ると言った人がいましたが、ただ水に落ちた犬を叩いて喜ぶカタルシスを与えられているだけなのに、まるで国家を代表しているかのような正義感を抱いて、徳井に悪罵を浴びせる愚さと怖さを考えないわけではいかないのでした。


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2019.10.29 Tue l 芸能・スポーツ l top ▲