新宿~立川~青梅~奥多摩~水根~【六ッ石山】~水根~奥多摩
※山行時間:6時間(休憩を含む)
※山行距離:9キロ
※標高差:1037m
※山行歩数:25000歩
※交通費:3040円
昨日(木)、六ッ石山(1478メートル)に登りました。
諸説ありますが、六ッ石山の水根ルート(ハンノ木尾根コース)は、奥多摩三大急登に数えられるほどの急登です。しかし、電車とバスを乗り継いで行くと、麓のバス停に着くのが午前9時で、さらにバス停から登山口まで15〜20分くらい歩かなければなりません。そのため、山に入るのは9時半近くになるのです。距離はそんなに長くありませんが、日が長くなったとは言え山の中は陽が陰るとすぐ暗くなるので、”日没恐怖症“の私としては、明るいうちに下山できるか不安です。それで午後1時まで登れるところまで登り、午後1時をすぎたら下山することに決めて出かけました。
奥多摩駅からバスに乗り、登山口のある水根のバス停で降りました。バスには、登山姿のハイカーが10人くらい乗っていました。その中には、おそらく鴨沢から雲取山に登ってテン泊するのでしょう、大きなザックを背負った中年のハイカーもいました。ほかには、高校生くらいの(あるいは大学生?)男女混合の若者のグループもいました。見るからに真面目で利発そうな若者たちで、どう見ても山岳部という感じではありません。休校なのでみんなで山登りに来たのかもしれません。今日は中高年の団体がいないのでホッとします。逆に、若い人がいると気持も明るくなってきます。
水根で降りたのは私だけでした。水根は青梅街道沿いの奥多摩湖畔にある集落で、寺島進主演でシリーズ化されているテレビドラマ「駐在刑事」の舞台になっているところです。しかし、商店もなにもなく、ただ山ひだに転々と家が建っているだけの小さな集落でした。
六ッ石山の登山口も、ほかの奥多摩の山と同じように、集落を上り詰めた民家の横にありました。案の定、最初からからきつい登りでした。考えてみれば、奥多摩の山は、中腹まで奥多摩湖(小河内ダム)の水がめになっており、山のすそ野は水の中なのです。だから、いきなり急登なのは当然と言えば当然なのです。
途中からさらに傾斜が大きくなり、見上げるようなけわしい斜面を直登しなければなりません。しかも、樹林帯なので、眺望もなく、ただひたすら足元を見て登るだけの苦行のような登山でした。そうやって息を切らして登っていると、上方に人影が見えました。初めて遭遇したハイカーです。すると、間もなく人影は斜面に腰をおろしました。どうやら休憩したようです。
追いついたので「こんにちわ」と挨拶しました。しかし、返事がありません。耳が聞こえないのかと思って、さらに大きな声で「ここの山はきついですねっ」と言ったら、「こんなのたいしたことない」とヤマレコのユーザーのような返事が返ってきました。それも、ぶっきらぼうな言い方です。
六十歳をとうに越した感じのダルマのような身体をしたメタボなハイカーです。肩でハアハア息をしていて、かなりきつそうです。横に置いたザックを見ると、ミステリーランチのクラシックなタイプで、テント泊の際に使用する折りたたみ式のマットを取り付けていました。
それを見ると、初心者には見えません。「どこかに泊まるんですか?」と訊いたら、「いや、帰る」と言う。しかも、鷹ノ巣山と水根山を縦走するんだと言うのです。話が二転三転するので、どこまでが本心なのかわかりませんが、見た感じでは縦走なんて無謀としか思えません。
いくら話してもラチが明かないので、「お先に」と言って歩きはじめたら、「お先になんて言う必要ない」「一緒に登っているんじゃないんだから、勝手に行けばいいんだ」と悪態を吐く始末でした。
途中から登りが緩やかになったということあって、午後1時前に山頂に到着しました。山頂には、三頭山や大岳山や御前山と同じように、石造りの山頂標識が建っていました。しかし、眺望はいまひとつで、ベンチもありません。
六ッ石山は、登る途中もベンチがありませんでした。六ッ石山レベルの山で、ベンチがひとつもない山なんて初めてです。そのくせ、場違いな(?)山頂標識だけはあるのです。そのアンバランスさには戸惑うばかりでした。
仕方ないので、地べたに携帯用の座布団を敷いて、その上に座り、30分休憩しました。いつものように、コンビニで買ったサンドイッチを食べました。しかし、誰も登って来ません。あのハイカーも登って来ません。もしかしたら、途中で死んでいるんじゃないかと思ったくらいです。
六ッ石山の場合、下山は石尾根を通って奥多摩駅まで下るのが一般的ですが、今回は慎重を期して、登って来たときと同じルートを下ることにしました。
山頂から少し下ったら、赤い機体の東京消防庁のヘリコプターが近づいてきて、轟音を響かせながら山頂のあたりでホバーリングをしていました。しばらくホバーリングしていましたが、やがて去って行きました。私はふと、あのハイカーの救助に来たのではと思いました。未だ登って来ないというのは、いくらなんでも時間のかかりすぎです。
しかし、私の心配は杞憂でした。ルートの半分くらいまで下ったら、前方に姿が見えたのです。ちょっと安心しました。件のハイカーは、私の顔を見ると、「糞したくなって、糞していた」と言っていました。それで、私が「野糞は気持がいいですからね」と皮肉を言ったら、「そんな問題じゃない」とまた悪態を吐いていました。「オレは石尾根を下るわ」と言うので、「気を付けて」と言って別れました。
もう時間は午後2時半すぎです。最初に会ったのが10時すぎですから、あれから4時間半も経っているのです。それなのに、1キロも進んでいません。これから山頂に登って石尾根を下れば、日が暮れるのは間違いないでしょう。想像するだけでも恐ろしい光景です。
でも、世の中にはこんな人間もいるのです。病気をしても、人の言うことを聞かずに、「オレの身体はオレがいちばんよくわかっているんだ」なんて言って、ろくに治療もしないで死んでいく人間がいますが、それと同じ部類の人間なのでしょう。こんな人間こそ、遭難者予備軍と言うべきじゃないかと思いました。
当然ながら、下りも気を許すと転がり落ちるような急坂です。滑らないように慎重に下りました。そのため、腿の筋肉がブルブル震えて悲鳴を上げていました。それで、筋肉痛用のローションを塗ってごまかしながら下りました。ところが、登山口の近くまで下りて、「今日は転ばなかったな」と思った途端、すってんころりと転びました。でも、足に力が入らないので、なかなか起き上がることができませんでした。
休憩時間を除くと、登りは3時間強、下りは2時間でした。
帰りは、いつものように八高線と横浜線を乗り継いで帰りました。水根から午後3時半すぎのバスに乗ったのですが、八王子から間違えて「逗子行き」の電車に乗ったため(ホントは「東神奈川行き」に乗らなければならない)、横浜の自宅に着いたのは午後7時半をまわっていました。
※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

水根バス停。すぐ先は奥多摩湖(小河内ダム)です。


登山口に行く途中の集落から見えた奥多摩湖。

登山口に入ってすぐのところ。

少し登ると産土神社という小さな祠がありました。こう見えても、私は、山の中の祠には必ずお賽銭をあげて手を合わせるようにしています。

登りはじめの急登を上から見たところ。

こんな登山道をひらすら登ります。

直登(九十九折ではなくまっすぐ登って行くこと)。

風の神土の祠。ここから次のポイントのトキノクボまで、さらにけわしい急登になりました。

ずっと直登がつづきます。

岩も出て来た。



トキノクボをすぎると防火帯の草原の中を緩やかに登る道になりました。


先日の雪が残っているところがありました。

前方に山頂が見えてきました。

おなじみの山頂標識。

山頂標識の横の道標。

山頂からの眺望。

ホバーリングするヘリコプター。

山座同定しなかったので、山名は不明。

登ってきた道をひらすら下る。


このあと転びました。

集落の坂道を下っている途中の民家の前にあった二宮金次郎?の像。でも、この二宮金次郎は、歩きスマホならぬ歩き読書はしてなくて、なぜか座って休んでいます。
※山行時間:6時間(休憩を含む)
※山行距離:9キロ
※標高差:1037m
※山行歩数:25000歩
※交通費:3040円
昨日(木)、六ッ石山(1478メートル)に登りました。
諸説ありますが、六ッ石山の水根ルート(ハンノ木尾根コース)は、奥多摩三大急登に数えられるほどの急登です。しかし、電車とバスを乗り継いで行くと、麓のバス停に着くのが午前9時で、さらにバス停から登山口まで15〜20分くらい歩かなければなりません。そのため、山に入るのは9時半近くになるのです。距離はそんなに長くありませんが、日が長くなったとは言え山の中は陽が陰るとすぐ暗くなるので、”日没恐怖症“の私としては、明るいうちに下山できるか不安です。それで午後1時まで登れるところまで登り、午後1時をすぎたら下山することに決めて出かけました。
奥多摩駅からバスに乗り、登山口のある水根のバス停で降りました。バスには、登山姿のハイカーが10人くらい乗っていました。その中には、おそらく鴨沢から雲取山に登ってテン泊するのでしょう、大きなザックを背負った中年のハイカーもいました。ほかには、高校生くらいの(あるいは大学生?)男女混合の若者のグループもいました。見るからに真面目で利発そうな若者たちで、どう見ても山岳部という感じではありません。休校なのでみんなで山登りに来たのかもしれません。今日は中高年の団体がいないのでホッとします。逆に、若い人がいると気持も明るくなってきます。
水根で降りたのは私だけでした。水根は青梅街道沿いの奥多摩湖畔にある集落で、寺島進主演でシリーズ化されているテレビドラマ「駐在刑事」の舞台になっているところです。しかし、商店もなにもなく、ただ山ひだに転々と家が建っているだけの小さな集落でした。
六ッ石山の登山口も、ほかの奥多摩の山と同じように、集落を上り詰めた民家の横にありました。案の定、最初からからきつい登りでした。考えてみれば、奥多摩の山は、中腹まで奥多摩湖(小河内ダム)の水がめになっており、山のすそ野は水の中なのです。だから、いきなり急登なのは当然と言えば当然なのです。
途中からさらに傾斜が大きくなり、見上げるようなけわしい斜面を直登しなければなりません。しかも、樹林帯なので、眺望もなく、ただひたすら足元を見て登るだけの苦行のような登山でした。そうやって息を切らして登っていると、上方に人影が見えました。初めて遭遇したハイカーです。すると、間もなく人影は斜面に腰をおろしました。どうやら休憩したようです。
追いついたので「こんにちわ」と挨拶しました。しかし、返事がありません。耳が聞こえないのかと思って、さらに大きな声で「ここの山はきついですねっ」と言ったら、「こんなのたいしたことない」とヤマレコのユーザーのような返事が返ってきました。それも、ぶっきらぼうな言い方です。
六十歳をとうに越した感じのダルマのような身体をしたメタボなハイカーです。肩でハアハア息をしていて、かなりきつそうです。横に置いたザックを見ると、ミステリーランチのクラシックなタイプで、テント泊の際に使用する折りたたみ式のマットを取り付けていました。
それを見ると、初心者には見えません。「どこかに泊まるんですか?」と訊いたら、「いや、帰る」と言う。しかも、鷹ノ巣山と水根山を縦走するんだと言うのです。話が二転三転するので、どこまでが本心なのかわかりませんが、見た感じでは縦走なんて無謀としか思えません。
いくら話してもラチが明かないので、「お先に」と言って歩きはじめたら、「お先になんて言う必要ない」「一緒に登っているんじゃないんだから、勝手に行けばいいんだ」と悪態を吐く始末でした。
途中から登りが緩やかになったということあって、午後1時前に山頂に到着しました。山頂には、三頭山や大岳山や御前山と同じように、石造りの山頂標識が建っていました。しかし、眺望はいまひとつで、ベンチもありません。
六ッ石山は、登る途中もベンチがありませんでした。六ッ石山レベルの山で、ベンチがひとつもない山なんて初めてです。そのくせ、場違いな(?)山頂標識だけはあるのです。そのアンバランスさには戸惑うばかりでした。
仕方ないので、地べたに携帯用の座布団を敷いて、その上に座り、30分休憩しました。いつものように、コンビニで買ったサンドイッチを食べました。しかし、誰も登って来ません。あのハイカーも登って来ません。もしかしたら、途中で死んでいるんじゃないかと思ったくらいです。
六ッ石山の場合、下山は石尾根を通って奥多摩駅まで下るのが一般的ですが、今回は慎重を期して、登って来たときと同じルートを下ることにしました。
山頂から少し下ったら、赤い機体の東京消防庁のヘリコプターが近づいてきて、轟音を響かせながら山頂のあたりでホバーリングをしていました。しばらくホバーリングしていましたが、やがて去って行きました。私はふと、あのハイカーの救助に来たのではと思いました。未だ登って来ないというのは、いくらなんでも時間のかかりすぎです。
しかし、私の心配は杞憂でした。ルートの半分くらいまで下ったら、前方に姿が見えたのです。ちょっと安心しました。件のハイカーは、私の顔を見ると、「糞したくなって、糞していた」と言っていました。それで、私が「野糞は気持がいいですからね」と皮肉を言ったら、「そんな問題じゃない」とまた悪態を吐いていました。「オレは石尾根を下るわ」と言うので、「気を付けて」と言って別れました。
もう時間は午後2時半すぎです。最初に会ったのが10時すぎですから、あれから4時間半も経っているのです。それなのに、1キロも進んでいません。これから山頂に登って石尾根を下れば、日が暮れるのは間違いないでしょう。想像するだけでも恐ろしい光景です。
でも、世の中にはこんな人間もいるのです。病気をしても、人の言うことを聞かずに、「オレの身体はオレがいちばんよくわかっているんだ」なんて言って、ろくに治療もしないで死んでいく人間がいますが、それと同じ部類の人間なのでしょう。こんな人間こそ、遭難者予備軍と言うべきじゃないかと思いました。
当然ながら、下りも気を許すと転がり落ちるような急坂です。滑らないように慎重に下りました。そのため、腿の筋肉がブルブル震えて悲鳴を上げていました。それで、筋肉痛用のローションを塗ってごまかしながら下りました。ところが、登山口の近くまで下りて、「今日は転ばなかったな」と思った途端、すってんころりと転びました。でも、足に力が入らないので、なかなか起き上がることができませんでした。
休憩時間を除くと、登りは3時間強、下りは2時間でした。
帰りは、いつものように八高線と横浜線を乗り継いで帰りました。水根から午後3時半すぎのバスに乗ったのですが、八王子から間違えて「逗子行き」の電車に乗ったため(ホントは「東神奈川行き」に乗らなければならない)、横浜の自宅に着いたのは午後7時半をまわっていました。
※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

水根バス停。すぐ先は奥多摩湖(小河内ダム)です。


登山口に行く途中の集落から見えた奥多摩湖。

登山口に入ってすぐのところ。

少し登ると産土神社という小さな祠がありました。こう見えても、私は、山の中の祠には必ずお賽銭をあげて手を合わせるようにしています。

登りはじめの急登を上から見たところ。

こんな登山道をひらすら登ります。

直登(九十九折ではなくまっすぐ登って行くこと)。

風の神土の祠。ここから次のポイントのトキノクボまで、さらにけわしい急登になりました。

ずっと直登がつづきます。

岩も出て来た。



トキノクボをすぎると防火帯の草原の中を緩やかに登る道になりました。


先日の雪が残っているところがありました。

前方に山頂が見えてきました。

おなじみの山頂標識。

山頂標識の横の道標。

山頂からの眺望。

ホバーリングするヘリコプター。

山座同定しなかったので、山名は不明。

登ってきた道をひらすら下る。


このあと転びました。

集落の坂道を下っている途中の民家の前にあった二宮金次郎?の像。でも、この二宮金次郎は、歩きスマホならぬ歩き読書はしてなくて、なぜか座って休んでいます。