前の記事から2日後の今日、かかりつけ医から紹介状を書いてもらった総合病院に行きました。この病院は、13年前の正月に尿管結石で二夜に渡って駆け込んだ病院です。ちなみに、その9年後には尿管結石が再発して、結局、ESWLで破砕することになったのですが、破砕した病院はそれとは別の総合病院です。

いづれもこのブログで体験記を書いていますが、今、読み返すとちょっとトンチンカンなことがあり、今日、13年ぶりに診察に訪れて、あらためてそのことが思い出されたのでした。

それは、腹痛で夜間の救急外来に最初に駆け込んだ際、「便秘」と診断されたことです。それまでも3・4年の間をおいて何度か腹痛に襲われたことがありましたが、病院には一度も行ってないので、私自身にも腹痛の原因が尿管結石だという認識はありませんでした。腹痛に襲われたのはいづれも夜間でしたので、病院に行くのがためらわれて布団の中で腹をさすりながら我慢していると、明け方近くにいつの間にか寝てしまい、そして、目が覚めるとウソのように痛みがなくなっていました。それでいづれも病院に行かずじまいでした。

それにしても、私の説明不足もあったにせよ、「便秘」という診断はなんだったんだと思わずにおれません。そして、次の夜、再び腹痛に襲われて同じ救急外来に駆け込んだのですが、その際も若いドクターから、「腎臓が悪いですね」と言われました。問診表の既往症の欄に、若い頃、腎炎で三度入院したと書いたからかもしれませんが、今考えれば、「腎臓が悪い」というのは、結石で尿路の流れが悪くなったことにより水腎症の症状が出ていたからでしょう。

私は、「腎臓が悪いですね」と言われて、「腎炎が再発したのか」とショックを受けました。しかし、そう告げられたきり、私はERのベットの上で、間断なく襲ってくる腹痛に耐えながら、救急車で運ばれて来た別の患者の処置が終わるので待たされることになりました。今考えれば、救急車で運ばれてくる患者を優先的に診るというトリアージがあったのだと思います。

救急患者の処置が終わると、救急外来のリーダーとおぼしきドクターが先程の若いドクターを連れて私の元にやって来て、腎臓のあたりに再びエコーを当てモニターに映し出された画像を見ていました。すると、若いドクターに向かってかなり強い口調で、「どうしてこれがわからないんだ?」と言いながら、専門用語を使って説明しはじめたのでした。

若いドクターへの説明が終わると、今度は私に向かって、「尿路に石が落ちています。尿路結石ですね」「石はそんなに大きくないので、多分時間が経てば尿と一緒に排出されるでしょう。膀胱に移動すれば痛みもなくなるはずです」と説明したのでした。

「とりあえず痛み止めの薬を出しますが、念の為に、明日近くの病院で診てもらって下さい」と言われました。そして、「個人のクリニックがいいですか? それとも大きな病院がいいですか?」と訊かれました。それで「大きな病院がいいです」とわけもわからず答えると、近所にある総合病院(ESWLとはまた別の病院)への紹介状を書いてくれたのでした。

翌日、近所の総合病院に行くと、既に石は流れ出たあとで姿かたちもないと言われました。「おしっこをするとき石が出たのがわかりませんでした?」と訊かれたのですが、尿管結石を意識したのはそのときが初めてだったので、気付きようもありません。ただ、その際、「腎臓に別の石がありますが、それは問題ないです」と言われました。しかし、その石こそがのちに尿路に落ち、ESWLで破砕することになるのでした。

予約では11時からの診察でしたが、診察がはじまったのは12時半すぎでした。診察の前には、いろんな角度からレントゲンを撮りました。私は、れっきりMRIを撮るものと思っていましたので、「レントゲンだけなのか」とがっかりしました。

レントゲン撮影を終え、廊下の椅子で1時間くらい待って診察室に入ったら、そこには足を投げ出して椅子に深々と座った40代くらいのドクターがいました。

「よろしくお願いします」
「あっ、どうも」
そして、私の予診票を見ながら「登山かぁ~」と独り言のように言い、椅子に身体をあずけたまま、レントゲン写真をボールペンで指し示しながら説明をはじめました。

「ここを見てもわかるとおり、一部の関節の間が狭くなっていて、変形膝関節症が進行していますね。末期ではないけど中期と言ってもいいでしょう。また炎症もあります。この白い部分がそうです。棘のようなものもあります」

さらに、私にとって衝撃なことばがそのあとにつづいたのでした。
「また登山をしようと思ったら、人工関節だと無理なので、脛骨の一部を切って繋ぎ直す手術をした方がいいでしょう」
「そんなに悪いのですか?」
「日常生活を送るには保存療法でいいと思いますが、登山のような運動をするなら話は別ですよ」

廊下で順番を待つ間、スマホで担当医のプロフィールを検索したら、スポーツ医とかではなく人工関節が専門のドクターのようで、もしや手術を勧められるんじゃないかと思っていましたが、杞憂が現実になった感じでした。

とりあえず、膝をロックしたまま足の上げ下げをして太腿の筋肉を鍛え、それから体重を落とす。「それで様子を見るしかないですね」と言われました。

「サポーターを持っていますか?」と訊かれました。私は、「来たな」と思いました。それで、「近くの病院で買いました」と答えました。すると、今度は「少しO脚なので、O脚を治すインソールを作ることもできます。値段は高いけど、保険を使えば3割負担で済みますよ。どうしますか?」と言われました。「O脚を治すインソールってアマゾンでも売ってるじゃん」と思って、「今日はいいです」と答えました。帰って調べたら、整形外科の「装具」はインソールでも数万円もするみたいです。

「あと、何度も打つことができませんが、炎症に効く注射があります。どうしますか?」と言われました。私は、ステロイド注射だなと思いました。ステロイド注射は、私の知り合いが打ったことがあり(彼は昨年脛骨を切る「骨切り術」を受け、1年経った8月に金具を取り外す手術を受けることになっています)、”魔法の注射”と言われているけど効果は一時的で、しかも、副作用があるので何度も打つことができないという話を聞いていました。

実際は、ステロイドを打つほど痛いわけではないのですが、全て断るのも気が引けるので「お願いします」と言いました。「糖尿病ではないですよね?」と訊かれてから、膝の前部の関節に注射を打たれました。帰って「診療明細書」を見たら、炎症を抑える「ケナコルトーA」と痛み止めの「キシロカイン」の関節腔内注射となっていました。

「じゃあ、次の診察日ですが・・・・」と言ってパソコンのモニターを見はじめたので、「エッ、次があるんだ?」と思いました。「予約でいっぱいなので、8月になりますね」と言われたので、「わかりました」と答えました。

何度も書きますが、膝痛(特に変形膝関節症など)の場合、「治療法」と呼べるものは、大腿四頭筋を鍛えるためのストレッチと体重を軽くすることくらいしかないのです。もとより、膝痛にはそういった”対症療法”しかないのです。患者から見ると、ドクターのあまりやる気があるように見えない態度も、膝痛が命に関わるような病気ではないからかもしれません。

診察の途中で携帯に電話がかかってきたのですが、どうもそれは救急外来からのようです。そして、外来からの電話を切ると、今度は院内のドクターに電話をしていました。専門用語を使っていましたので詳細はわかりませんでしたが、「麻酔は必要ないと思うんだよね」とか「骨折していたら」どうとか言っていました。診察に時間がかかっているので、他のドクターに処置を頼んだのだと思います。

ステロイド注射は、噂にたがわず効果てきめんでした。注射してまだ半日しか経っていませんが、痛みは完全に消え、多少の突っ張り感が残っているだけです。

帰ってから、さて、近所の整形外科に「精密検査」の報告に行った方がいいのかどうか、考え込んでしまいました。ヒアルロン酸は既に2クール打ったので、痛み止めの薬と湿布を処方してもらうことくらいしかないのですが、”予備がないと不安症候群”なので、痛み止めの薬と湿布と水抜きが途切れることの不安もあります。

患者の立場から言えば、「紹介状」 の意味が今ひとつわかりません。患者をそのまま基幹病院に送るケースもあるし、単に精密検査だけを依頼するケースもあります。片道切符なのか往復切符なのか、はたと悩んでしまうのでした。

いづれにしても、今の自分のいちばんの課題がダイエットであることは間違いありません。たしかに、膝を痛めて運動をしなくなったということもあって、体重は増える一方です。駅のトイレなどで、カガミに映った自分の姿を見て愕然とすることも多くなりました。それで、奮発して体組成計の体重計を買い変えたばかりでした。このブログを読んでもらえばわかりますが、いつもリバウンドのくり返しでダイエットは「もううんざり」という気持しかないのですが、今度は膝痛に直結した課題を与えられているので、気合を入れて取り組むしかないでしょう。

近所の整形外科では、レントゲンの結果は「きれいな膝」で変形膝関節症ではないと言われていたので、今日の診断結果は予想外で、その意味でもショックだったのですが、要するにオーバーユースで変形膝関節症を発症させたということなのでしょう。

膝痛に関しては、私の理解力に問題があるのか、このように捉え方が浅薄でそのときどきの状況にふりまわされて一喜一憂するばかりです。もっとも、(何度も言いますが)膝痛の診断には曖昧模糊としたところがあるのも事実で、そのために整形外科の病院や整骨院めぐりをするようになるのでしょう。医療費の”無駄”と指摘されて、整骨院の保険利用に規制が入ったのもわからないでもないのです。

現金なものですが、結局は下記のような記事を”希望の糧”にして膝痛と付き合っていくしかなさそうです。膝痛の場合、患者もまた、自分の都合ばかり考え、シロウトの浅知恵で自己診断する傾向もあるのです。たかが膝痛と言うなかれで、膝痛というのは命には直接関係がないけれど、それだけやっかいなものだということです(「病気」と書かずに「もの」と書くところもミソですが)。

YAMAKEI ONLINE
膝痛と上手に付き合い、対処していくために必要なこと。認定スポーツ医に聞く膝痛対策<前編>
「変形性膝関節症」の痛みの理由を知って、膝痛とうまく付き合おう。認定スポーツ医に聞く膝痛対策<後編>

診察のあと、会計の窓口の電光掲示板に私の計算が終了した表示が出なくて、私よりあとの番号がつぎつぎと表示されるので、しびれを切らして窓口に問い合わせたら「あっ、支払いできますよ」とあっさり言われました。公的な病院だから仕方ないのかもしれませんが、「申し訳ありません」のひと言もないのです。若い頃ならいざ知らず、年を取るとそんなことが妙に気にかかるのでした。私は早く帰りたいのでそのまま引き下がりましたが、ややもすると小言幸兵衛を演じて「キレる老人」などと言われることになるのでしょう。

病院を出たのは13時半すぎでした。行きも帰りもタクシーを使いましたが、関東地方は今日は局地的な大雨に襲われて、タクシーを捕まえるのもひと苦労でした。行きは最寄り駅の前のタクシー乗り場から乗り、帰りは病院の玄関前のやはりタクシー乗り場から乗りましたが、いづれも一台も待機してなくてしばらく待ちました。運転手によれば、新横浜駅のタクシー乗り場には長い行列ができていたそうです。

余談ですが、運転手の話では、私鉄の駅は指定の会社のタクシーでないと客待ちはできない決まりになっているそうですが、JRの駅は指定がないのでどこの会社でも客待ちができるのだとか。ただ、そうは言っても、客待ちするにも暗黙のルールがあって、ルールを知らない新参者のタクシーが入ると常連の運転手から文句を言われるのだそうです。「建前上は誰でもいいことになっていますが、実際は縄張りがあるんですよ」と言っていました。

帰りの道中では、気分は暗く憂鬱で仕方ありませんでした。今年の初めの山田哲哉氏の『奥秩父 山、谷、峠そして人』に関する記事でも書いたように、最近の私は山しか「逃避」するところがない感じだったので、落胆せざるを得ませんでした。山に行けないのならもう死んだほうがましと(一瞬ですが)思ったくらいでした。山に登らない人には理解できないかもしれませんが、私のような人間にとっては、「たかが山」だけど、でも「されど山」でもあるのです。帰りのタクシーでやたら運転手に話しかけ饒舌を装っていたのも、そんな落ち込んだ気分を紛らわそうとしていたからだと思います。
2021.06.16 Wed l 健康・ダイエット l top ▲