昨日(2月5日)西村賢太が急死したというニュースがありました。

享年54歳という年齢を考えれば早すぎる死と言えますが、しかし、本人も常々痛風を患っていると書いていましたし、その外貌を見てもわかるとおり、「破滅型の私小説作家」というメディアが作ったイメージをまるで演じているかのように自堕落な生活を送っていましたので、知らず知らずのうちに病魔に身体が蝕まれ寿命を縮めていたのかもしれません。

こんなことを言うとまた顰蹙を買うかもしれませんが、彼を見るとジャンクフードの食べ過ぎでメタボになって命を縮めていく低所得層の若者や一部の生活保護受給者の姿とダブって見えて仕方ありません。

もとより彼自身の人生は、文学という”拠り所”を除けばそんなアンダークラスの人間達と寸分も変わりはないのです。もし、芥川賞を受賞していなければ、今頃は生活習慣病を患い、公的な扶助を受けながらままならない身体を抱えて生活していた可能性大でしょう。

彼が「歿後弟子」を任じる藤澤清造は、同じ季節の1932年1月29日、東京の芝公園内で凍死体となって発見され、行旅死亡人として火葬されたのですが、西村賢太の場合も遺族は見つかっておらず、このまま見つからなければ自治体の権限で火葬されるという報道がありました。

しかし、西村賢太には母親と姉(だったか?)がいたはずです。母親がまだ存命かどうかわかりませんが、遺族が見つからないということはないはずです。ただ、DVもあったみたいなので、「もう関わりたくない」と身元の引き受けを拒否するケースも考えられます。仮に身元の引き受けを拒否されても身元不明ではないので、藤澤清造のように行旅死亡人として処理されることはないでしょう。それに原稿料や印税の収入もあるでしょうから、公的な葬祭扶助を受けることもなさそうです。

作家・西村賢太としては、2月2日の讀賣新聞に掲載された石原慎太郎の追悼文がいわゆる「絶筆」となったそうです。

讀賣新聞オンライン
胸中の人、石原慎太郎氏を悼む…西村賢太

西村賢太と石原慎太郎は、それこそ黒沢映画の「天国と地獄」のような対極的な存在と思っていましたので、この追悼文を読んで意外な気がしました。

追悼文は冒頭「石原慎太郎氏の訃報に接し、虚脱の状態に陥っている」という文章で始まっています。中学を卒業してそれこそ新潮文庫を製本している会社でアルバイトをしていた頃から石原慎太郎の小説を愛読していたのだそうです。大藪春彦や中上健次ならわかりますが、どうして石原慎太郎なのかと思ってしまいます。追悼文にはこう書いていました。

 そして初期の随筆『価値紊乱者の光栄』を読むに至って、愛読の中に敬意の念が色濃くなっていった。
(略)
 石原氏の政治家としての面には豪も興味を持てなかった。しかし六十を過ぎても七十を過ぎても、氏の作や政治発言に、かの『価値紊乱者の光栄』中の主張が一貫している点に、私としては小説家としての氏への敬意も変ずることはなかった。


私は彼が随筆で書いていた「芥川賞の選考委員の乞食根性の老人」という文言を見たとき、文藝春秋社を後ろ盾にして文字通り文壇のボスとして、反吐が出るような文壇政治に権勢を振るっていた石原慎太郎の顔が真っ先に浮かんだのですが、しかし、それは違っていたのです。もちろん、追悼文でも書いているように、芥川賞の選考の際、みずからを強く押してくれたその恩義でお追従を書いている部分もあるのかも知れません。

芥川賞受賞後は芸能プロダクションのワタナベエンターテインメント(渡辺プロ)とマネジメント契約を結び、テレビのバラエティ番組などにも出演していましたが、それを見るにつけ、藤澤清造の「歿後弟子」とか言いながらただのミーハーのおっさんじゃないかと思ったことを覚えています。

石原慎太郎の「価値紊乱」を本気で信じていたなんて、一体どんな「価値」を見ていたんだと言いたくなります。たとえ虚構であったにせよ、芥川賞を受賞したことで、伝統的な私小説作家としての気概(孤高の精神)を失ったように思えてなりません。

石原の次男の石原良純は、父親は政治家というより最後は文学者として生をまっとうしたというようなことを会見で述べていましたが、私はそれを聞いてお茶を吹きそうになりました。『石原慎太郎を読んでみた』(原書房)の著者(栗原裕一郎氏との共著)の豊崎由美氏は、石原と会った際、「政治家ですか? 小説家ですか?」と訊いたら、石原は「小説家に決まってるだろっ」と気色ばんだそうですが、石原は文学に政治のことばを持ち込み、日本の戦後文学をメチャクチャにした張本人とも言えるのです。

下記の「関連記事」でも書いていますが、とどのつまり、西村賢太の「破滅型の私小説」も、石原慎太郎の「価値紊乱」も、単にディレッタントに消費されるエンターテインメントにすぎなかったのです。森敦の「月山」などと比べても、二人は百年後も読み継がれるような作家かと言えば、とてもそうは思えません。


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2022.02.06 Sun l 訃報・死 l top ▲