言うまでもなく戦争では、武力衝突だけでなく、プロパガンダを駆使した情報戦で敵を撹乱するのも重要な戦略です。

たとえば、2003年にアメリカがイラクに侵攻する際の根拠となったイラクの大量破壊兵器(WMD)の保有がまったくの捏造だったことは、あまりに有名です。アメリカはネット顔負けのフェイクニュースを流して、テロ撲滅の名のもと50万人(推定)の無辜の民を殺戮したのでした。

また、1991年の湾岸戦争では、アメリカ軍によってアラビア海の油まみれの水鳥の写真が公表され、国際世論がいっきにイラク非難に傾くということがありました。それは、イラクがクェートの油田を攻撃して、流出した油でアラビア海が汚染された写真だと言われたのですが、実はアラビア海とはまったく関係がなく、アラスカ沖のタンカー事故の写真だったのです。

さらに、「ナイラ」という名前のクェートの少女が、NGOの人権委員会で、イラクの兵士たちが生まれたばかりの赤ん坊を床に投げつけて殺害していると涙ながらに証言したニュースが世界に発信され、まるで鬼畜のようなイラク兵の蛮行に世界中が憤慨したのですが、そう証言した少女はクェートの駐米大使の娘で、アメリカの広告会社が14億円で請け負ったプロパガンダだったことがのちに判明したのでした。

今回の戦争でも、似たようなプロパガンダが行われていることは想像に難くありません。もちろん、アメリカだけでなく、ロシアもウクライナもやっているでしょう。しかも、始末が悪いのは、テレビのコメンテーターたちが、そのプロパガンダの片棒を担いでいるということです。

もちろん、だからと言って、それでロシアの侵攻がいささかも正当化されるわけではありません。何が言いたいかと言えば、どんな戦争であろうと、戦争に正義はないということです。国家の言うことに騙されてはならないということです。私たちが依拠すべきは、国家でも党派でも、あるいは制度でもイデオロギーでもなく、みずからの心のなかにある自前の平和や人を思う気持なのです。それしかないのです。

キエフなどで実施された「人道回廊」は、チェチェン紛争でも実施された過去がありますが、しかし、そのあとクラスター爆弾や化学兵器を使った容赦ない無差別攻撃によって、人口の半分が殺害されるようなジェノサイドが行われたのでした。時間稼ぎのために、「人道回廊」や一時停戦を提案するのはロシアの常套手段だと言われていますが、今回もキエフの掃討作戦(ザチストカ)の前触れのような気がしてなりません。

アムネスティ・インターナショナルの発表でも、チェチェンでは、1994年から1996年にかけての第一次チェチェン紛争で、数万人の民間人が死亡(10万人という説もある)。プーチン政権が介入した1999年から2009年の第二次チェチェン紛争では2万5千人が犠牲になったと言われています。その他に数千人の行方不明者がいるそうです。行方不明者というのは、「強制失踪」や誘拐によるものです。常岡浩介氏の『 ロシア語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記』(アスキー新書)によれば、「25万人、一説には30万人」が犠牲になったと書かれていました。ちなみに、チェチェン共和国の人口は80万人、首都グロズヌイの人口は6万人ですから、如何にすさまじいジェノサイドが行われたかがわかります。

コメンテーターの玉川徹氏は、これ以上犠牲を増やさないために、ウクライナの国民は降伏することも選択肢に入れるべきだと発言して物議をかもしたのですが、それに対して、降伏することは銃で戦うことより恐ろしい現実が待っているというウクライナ国民の声がメディアで紹介されていました。ウクライナ国民は自分たちがチェチェン人と同じ目に遭うのを恐れているのです。抵抗をやめれば、チェチェンのように街ごと焼かれ、ジェノサイドの標的になるのがわかっているからでしょう。

ライオンの檻のなかに入れられたら、あらん限り抵抗しないとライオンに食われるのです。ライオンに食われないために抵抗しなければならないのです。もう抵抗しませんと両手を上げたら即ライオンの餌食になるだけです。玉川徹氏の発言が「平和ボケ」と言われたのは、ライオンの檻のなかに入れられたらどうなるかがわかってないからです。情報機関出身者の発想は、殺るか殺られるかで殲滅の一択しかないと言った人がいましたが、プーチンを見ているとむべなるかなと思わざるを得ません。

アメリカはもちろんですが、ヨーロッパの国々も、プーチンのKGBとFSBで培われた非情さは熟知しているはずです。しかし、それでもなお、ロシアへの制裁に及び腰で、こっそりロシアと取引きする抜け道を設けているのでした。もしかしたら、ヨーロッパの人間たちは、他国で万単位の人間が犠牲になることより、ロシアの天然ガスで自分たちがぬくぬくと冬を過ごす方が大事と思っているのではないかと勘繰りたくなります。

何度も言いますが、今回の戦争では、欧米が掲げる民主主義のその欺瞞性も露呈されているのでした。そのことも忘れてはならないでしょう。
2022.03.10 Thu l ウクライナ侵攻 l top ▲