昨日(7/25)の朝日に、北アルプスにおいて、4月から行われている「登山道整備の協力金を求める実証実験、『北アルプストレイルプログラム』」の記事が出ていました。

朝日新聞ジタル
北アルプスで登山道がピンチ 整備の協力金一口500円を呼びかけ

記事を書いたのは、”山岳記者”として知られる近藤幸夫氏です。実験は昨年に続いて2回目だそうです。

通常、登山道の整備は山小屋のスタッフを中心にしたボランティアの手で行われています。しかも、人員だけでなく費用の一部も山小屋が負担しているのです。

ところが、近年、山小屋の経営がきびしくなったことで、登山道の維持管理にも支障が出はじめているそうです。それで、関係する団体や有志で協議会を立ち上げて、登山者に1口500円の「任意の協力金」を求める試みがはじまったのでした。

 安全登山を支える登山道の整備は山小屋を中心にした関係者の努力で整備されてきました。しかし、自然災害による登山道の被害に加え、新型コロナ禍で山小屋の経営が厳しくなり、これまでの枠組みでは登山道を守ることが難しくなっています。この実態を登山者に知ってもらい、新たな制度を発足させる狙いがあります。


しかし、それでも費用を賄うことはできてないのだとか。

 2021年度の同協議会の決算書によると、約1600万円の歳入に対し、歳出は約2500万円でした。差額の約900万円は、山小屋の収益から持ち出すことで補われました。しかし、コロナ禍で、各山小屋とも経済的な余裕がなくなっています。


私たちが登る山の多くは、国立公園や国定公園(あるいは県立公園)の中にあります。しかし、国立公園の中で国が所有するのは6割にすぎず、あとは民有地なのです。

よく知られた話では、尾瀬の40%は東京電力が所有し、間ノ岳・塩見岳・悪沢岳・赤石岳・聖岳・光岳など、3000メートル級の山がひしめく南アルプスの山域は、特種東海製紙が所有しています。余談ですが、私はポストカードやポスターを輸入する会社に勤めていた頃、オリジナルのポストカードを作るのに、当時は特種製紙と呼ばれていた静岡の同社に何度か足を運んだことがありました。

このブログでも触れたことがありますが、以前『週刊ダイヤモンド』(2019年10月5日号)でも「日本の山が危ない 登山の経済学」という特集が組まれ、その中で登山道の問題が取り上げられていました

記事を担当した鈴木洋子記者も、次のように書いていました。

(略)登山道整備の多くは日常の整備を担当する山小屋が担う。どの登山道をどの山小屋が分担するかは、山小屋間の申し合わせで決まる。
  だが、経営が安定している山小屋とそうではない山小屋では、登山道整備に費やせる金銭・人的リソースが全く異なる。実際は山小屋の費用持ち出しが発生するからだ。登山道の安全は近隣の山小屋の経営状況で決まるのが現実だ。
   国立公園は『美しい景観を国民が楽しむことを目的として、国が管理する自然公園』と定義されている。だが、山の環境や登山道の正確な状況について全容を把握し管理計画を立てている機関は、国にも地方自治体にも存在しない。


下記は、『週刊ダイヤモンド』の特集に添付されていた、日本とアメリカとイギリスの国立公園のデータを比較した図です。これを見ると、記事でも指摘されていましたが、日本の国立公園は「ヒト」「カネ」のリソースが足りてないことがよくわかります。

週刊ダイヤモンド国立公園
(『週刊ダイヤモンド』(2019年10月5日号より)

アメリカやイギリスの国立公園では、投資対効果や地域への経済効果なども細かに検証されているそうです。もちろん、当然のように入山料も徴収しています。しかし、「日本では国立公園の経済効果の試算は存在しない。そもそも行政が積極的に国立公園を運用する計画自体がない」のです。

そのため、日本とアメリカ・イギリスとでは、国立公園の”あり様”が大きく異なっています。簡単に言えば、日本の場合、門戸が開放されてない、誰でも行ける国立公園ではないのです。とりわけ、北アルプスや南アルプスなどは、上高地など麓の施設を除くと、国立公園と言っても、近づくことすらできません。ただ、遠くから山を眺めるだけです。しかも、その山は、上級者レベルの登山者だけが登ることができる”特別な場所”のようになっています。

私は、谷川岳の天神平や北横岳の坪庭や新穂高ロープウエイの展望台に、家族に手を引かれた高齢者や車椅子に乗った身障者が来ているのを見たとき、「ああいいなあ」と感動さえ覚えました。年を取っても、身体が不自由になっても、山に来たい(登りたい)という気持はあるのです。そう考えたとき、山は誰のものなのかと思わざるを得ませんでした。一部の特殊な登山者のものではないはずです。ましてや、「勝者」や「強者」のものではないのです。

国立公園であるなら、子どもでも高齢者でも身障者でも誰でも、自然に触れ合えるような場所であるべきでしょう。もちろん、それは無節操に開発するという意味ではありません。手始めにまず、アメリカやイギリスのように、「山岳レンジャー」や山岳ガイドが常駐する体制くらいは整えるべきしょう。

とは言え、前例主義と事なかれ主義に呪縛された行政にそうそう期待できるはずもなく、とりあえず現状の中で次善の策を考えるしかないのです。「北アルプストレイルプログラム」もそのひとつと言えるのです。

あまり整備されると登るのがつまらなくなる。最低限の整備にとどめるべきだ。危険と背中合わせなところが登山の魅力だ。一部の「軽業師」か「消防夫」(田部重治)のような登山者に、そういった高慢ちきな特権意識が存在するのは事実でしょう。

また、北アルプスなどはブランド化され、「登山者のあこがれ」「聖地」みたいに祭り上げられている現実もあります。登山雑誌でも登山シーズンになると、北アルプスの特集が組まれるのが定番です。そんなミーハーな意識で訪れている登山者も多いのです。

山小屋を運営する自治体もあるので、自治体の支援に濃淡があるのは当然ですが、中央の行政機関の担当者の中には、登山道の整備に税金が投入しづらいのは、現状ではまだ世論が充分納得しているとは言い難いからだという声もあるそうです(と言いながら、皇族が登るときは惜しみなく税金を使って整備しているのですが)。

遭難事故が発生するとさも迷惑みたいに叩かれるのも、警察やメディアに誘導された無知と悪意による予断が大きいのですが、一部にはそういった登山者の特権意識に対する反発もなくはないように思います。

山を「征服」するヨーロッパ由来のアルピニズム思想を無定見に信奉しながら、一方で自然保護を唱える矛盾も同じです。私の知人で登山愛好家を「偽善者」「似非ナチュラリスト」と痛罵する人間がいますが、まったく的外れとは言えないのです。

前から言っているように、私も登山における利用者負担は当然と思っています。また、行政の支援に頼るだけでなく、上記のような”協議会方式”で利用者負担の仕組みを作るのも、ひとつの方法だと思います。実際に北アルプスだけでなく、全国の山域でも同じような試みが既にはじまっているそうです。

考えてみれば、魚釣りに行くのも入魚料を徴収されるのです。私が子どもの頃、九州の山奥の渓谷みたいところで魚を釣るのでも、途中にある煙草屋で入漁料を払っていました。山に登る際も、入山料を払うのが当たり前のようになるべきでしょう。記事にも書いているように、登山者の間でも、利用者負担(入山料の徴収)に対する理解は広がっているのです。というか、むしろ登山者自身が率先して声を上げるべきでしょう。

入山料が当たり前になれば、登山道の整備費用が賄えるだけでなく、登山者の抑制にもつながるので、丹沢などに象徴されるようなオーバーユースの問題が解消されるメリットもあるのです。国立公園のあり方を考えるきっかけにもなるでしょう。

北アルプスのようなブランドの山なら、子どものお誕生日会のプレゼント代みたいなケチな金額ではなく、1万円でも2万円でも入山料を徴収すればいいのではないか。「あこがれの」ブランドの山なのだから、それくらい払ってもバチが当たらないだろう。そんな皮肉さえ言いたくなるのでした。
2022.07.26 Tue l 山行 l top ▲