ドキュメンタリー作家の森達也氏が、次のようなツイートを行っていました。


また、故文鮮明教祖の没後10年を記念して、12日からソウルで開かれている旧統一教会の関連団体の「天宙平和連合」が主催するイベントでは、開会式につづいて安倍晋三元首相を追悼する催しも行われ、スクリーンに大きく映し出された安倍元首相の写真に向かって、「世界各国から招かれた関連団体などの参加者が献花した」(スポニチ)そうです。

入閣した政治家たちが「旧統一教会とは知らなかった」「軽率だった」「今後いっさい関係を絶つ」などと弁明している中で、それはまるで彼らに無言の圧力をかけている光景のように見えなくもありません。

この追悼について、安倍元首相は旧統一教会に利用されただけだ、というような意見が一部にありますが、それは問題を矮小化する近視眼的な見方と言わねばならないでしょう。旧統一教会と岸信介の切っても切れない関係を見てもわかるように、安倍元首相は旧統一教会の問題における一丁目一番地と言ってもいいような存在です。自民党の中でも、旧統一協会と関係のある議員が清和会(安倍派)に多いのも、故なきことではないのです。安倍元首相は、文字通り問題の根幹にいる人物なのです。

岸田首相は、組閣後の記者会見で、「組閣にあたり、それぞれが当該団体との関係を点検し、厳正に見直すことを厳命して、それを了解した者のみを任命した」と言ったのですが、いざ蓋を開けて見ると次々と関係があきらかになり、どこかのメディアが言うようにもはや「底なしの様相」を呈しているのでした。

旧統一教会との関係について、自民党は党として調査を行っていませんし、行う予定もないと明言しています。あくまで自己申告に任せているのです。それは、調査したら組閣もできないどころか、党として収拾がつかなくなるからだと言われています。それくらい旧統一教会は政権与党に深く食い込んでいたのです。

ホリエモンや古市憲寿や太田光などが、エスカレートする旧統一教会の報道にあえて水を差すようなことを言うのも、そういった事態を察知しているからかもしれません。いちいち取り上げるのもバカバカしいのですが、彼らは今の旧統一教会に関する報道は山上容疑者の「思うつぼ」だと言うのです。しかし、山上容疑者自身は実行するにあたって、米本和広氏に宛てた手紙で「安倍の死がもたらす政治的意味、結果、最早それを考える余裕は私にはありません」と書いているのです。それを意図的に狙っていたかのように言うのは、悪質な論理のすりかえと言うしかありません。それに、仮に「思うつぼ」だとしても、だからと言って旧統一協会の問題を不問に付していいという話にはならないでしょう。

また、森達也氏は、1970年に日本武道館で開催された国際勝共連合主催の「WACL世界大会」で、「右翼の巨頭」の笹川良一が、「私は文鮮明の犬だ」と発言したこともリツイートしていました。これなども「愛国」と「売国」が逆さまになった”戦後の背理”を象徴する発言と言えるでしょう。まさにそこに映し出されているのは、戦後の日本を覆っていた”「愛国」という病理”です。これが日本の「愛国」(者)の姿なのです。

ちなみに、件の「右翼の巨頭」が、競艇のテラ銭で作ったのが日本財団です。日本財団の研究者がテレビに出て国際情勢などを解説していますが、日本財団が設立者の右翼思想を組織として検証したという話は寡聞にして知りません。今も日本財団はウクライナ支援などを行って「平和」をアピールしていますが、彼らが掲げる「平和」と、国際勝共連合が唱える「平和」はどう違うのか、問い質したい気がします。

旧統一教会が韓国で設立されたのが1954年で、日本に進出したのが1958年です。そして1964年に東京都から宗教法人の認証を得ています。その日本進出に大きく関わったのが岸信介で、以来、安倍晋太郎、安倍晋三と三代に渡って親しい関係を続けてきたことは、先日の旧統一教会の記者会見でも会長みずからがあきらかにしていました。

旧統一教会の日本支部から韓国に送金された金額については、(前も書きましたが)2011年の「週刊文春」に、「4900億円の送金リストを入手した」と書かれていました。また、それとは別に、「ニューヨーク・タイムズ」は、7月23日、1976年から2010年までに日本の支部からアメリカの支部に36億ドル(4700億円)が送金され、それがアメリカでの事業の資金になった、という記事を書いていました。これだけでもとてつもない金額ですが、もちろん、これは一部の期間に送金された金額にすぎません。一体、彼らは「エバ国家」の日本からどれだけのお金を巻き上げたのかというのでしょうか。

そんな美味しい「エバ国家」への進出に手を貸してくれた恩人の三代目を、旧統一教会があのように大々的に追悼するのは当然と言えば当然でしょう。旧統一教会にとって、岸・安倍一族の恩義は計り知れないほど大きいのです。

それを自分たちを大きく見せるために「利用している」などというのは、まことのお母様に失礼でしょう。岸・安倍家があってこそ、今の旧統一協会(世界平和統一家庭連合)があると言っても過言ではないのです。まるで「国葬」の予行練習のように厳かに営まれた追悼の催しは、旧統一協会の安倍元首相に対する報恩にほかならないのです。

旧統一教会との関係を調べると組閣さえできないというのは、まさに「日本終わった」としか思えませんが、今、必要なのは、ホリエモンや古市憲寿や太田光のような論理のすりかえや、他に重要な政治案件があるのにいつまで旧統一教会の問題に拘って政治を停滞させる気だというような脅しに屈するのではなく、たとえ国の土台がぐらつくようなことがあってもこの際徹底的に膿を出し切る、その覚悟を持つことでしょう。NHK党の立花党首は、自身が幸福の科学の信者であることを認めているそうですが、それは政権与党にとどまらず、ガーシー当選などにも通じる問題でもあるのです。

1994年、下野した自民党は、当時の細川政権と公明党=創価学会の関係が憲法20条で謳われている「政教分離」に反するとして、「憲法20条を考える会」を立ち上げ、池田大作名誉会長のハレンチなスキャンダルを取り上げたり、同名誉会長の証人喚問を要求したりと、週刊誌顔負けの”反創価学会キャンペーン”を行ったのでした。ところが、政権に復帰して公明党との連立がはじまった途端、「考える会」はなかったことにされ、「政教分離」の問題は闇に葬られてしまったのでした。もとより憲法20条の「政教分離」は、そんな政党のご都合主義で解釈されるような問題ではないでしょう。

今回の旧統一教会と政治の関係には、旧統一教会やカルトの問題にとどまらず、根本にはそのような政治と宗教の問題があるのです。「憲法20条を考える会」のような問題意識が今こそ求められているのだと思います。でも、そのタブーは依然残ったままです。

何度もくり返しますが、旧統一教会の問題が示したのは、日本の「保守」と言われる政治(思想)がまったくの虚妄だったということです。「保守」政治家たちは、日本が「美しい国」だとか「とてつもない国」だとか誰もオリジナルに思ってなかったということです。そのテンプレートは、日本を「エバ国家」と呼び日本人をサタンと呼んで、日本から兆を超すお金を巻き上げた韓国のカルト宗教にあったのです。私たちの前にあるのは、そんな卒倒するような「日本終わった」現実なのです。


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2022.08.15 Mon l 社会・メディア l top ▲