Yahoo!ニュースに、コラムニストの佐藤誠二朗氏が書いた次のような記事が転載されていました。

Yahoo!ニュース(ライフ)
集英社オンライン
みちのく車中泊の旅で最大の失敗は、犬を連れてきたことだった

スタインベックが『チャーリーとの旅』で書いていたような犬との車旅にあこがれて、6歳の愛犬と一緒に「車中泊東北一周の旅」に出かけたときのことを綴った記事ですが、結局、愛犬がホームシックにかかってしまい、予定より3日繰り上げて9日間の旅を終え東京に戻ることになったという話です。しかし、私の目に止まったのは、記事よりコメント欄の方でした。

次のようなコメントが書かれていたのです。

同じスタインベックの「怒りの葡萄」というアカデミー賞映画で世界恐慌の中、借金で農地と家を奪われた農家の家族が家財道具一式をフォード車に詰め込み職を求めてアメリカ各州を放浪するストーリーがあったけど、今の日本でも俺が住んでるトコの近隣市の日立市内で家電メーカーをハケン切りされて寮・社宅を追い出された非正規が家財道具を貸しコンテナ倉庫に入れ自身は車中泊してスマホで就活しているカーホームレスも多く見かける。
未練がましくなぜ日立市内のかつての寮の近くで車上生活しているのか図々しく聞いたことがあるけど追い出された日立市内の借り上げ寮は外付け郵便ポストで寮に今も届く郵便物を取り出すためだとの話を聞いて心が苦しくなったよ! 住所を変更しようにも変更する住所が無いんだから…
いま貧困は日常でよく見かける風景になってしまった。


記事とはまったく関係のない話ですが、私たちはこういった現実は知っているようで、案外知らないのではないか、と思ったのでした。

今の20数年ぶりと言われる円安にしても、「物価が高くなった」とかいった漠然とした感覚があるだけで、まだ生活が逼迫するような状況に追いつめられているわけではありません。このように、今の日常に安楽している人々の想像力が及ぶ範囲はたがか知れているのです。もとより、所詮は他人事で想像力さえはたらせない人も多くいます。

メディアにしても、円安で値上げが目白押しといった程度のおなじみの文句を並べているだけです。それどころか、入国制限の緩和と結び付けて、円安で外国人観光客が殺到して千客万来が期待できるような話さえふりまくあり様です。

しかし、円安は日米の金利差だけではなく、「買い負け」や「日本売り」による要因も大きいという声もあります。そもそも先進国で日本だけが超低金利政策(マイナス金利政策)を取り続けなければならないのも、そうしなければならない切実な事情があるからです。

円安が日米の金利差だけによるものなら、今の超低金利政策を転換すればいいだけの話です。こんな超低金利政策を維持しているのは、今や日本だけなのです(スイスもマイナス金利政策を取っていますが、早晩欧米各国に連動して方針転換すると言われています)。

でも、それができないのです。いつまで経っても体力が回復しないので、栄養剤の注入を止めるわけにはいかないのです。でも、他の国はとっくに体力が回復して次のレースに参加しています。日本だけが参加できない。それでは、「買い負け」や「日本売り」になるのは当然です。円安が進行すれば、益々「買い負け」や「日本売り」が進むでしょう。今の日本は、そういったどうしようもない負のスパイラルに陥っているのです。

日本の没落は、IMFが発表するデータを見ても明白です。
数値は主に下記サイトより引用しています。

世界経済のネタ帳
世界のランキング
https://ecodb.net/ranking/
※元データはIMF - World Economic Outlook Databases (2022年4月版)。

日本の名目GDP(国内総生産)はアメリカ・中国に続いて第3位ですが、アメリカが22,997,50(単位10億ドル)、中国が17,458,04(同)に対して、日本は4,937.42(同)でその差は大きく開いています。それどころか、第4位のドイツが4,225.92(同)で、すぐまじかにせまっているのです。名目GDPは、為替相場や物価だけでなく、人口規模にも影響されます。2020年現在の人口を比べると、ドイツは8324万人で日本は1億258万人ですので、人口は20%少ないのです。それでも名目GDPはほぼ肩を並べるくらいになっているのです。ちなみに、為替相場と物価を換算した購買力平価GDPだと、日本はインドにぬかれて4位になります。

これは購買力平価の指標にもなっているのですが、各国の物価を比較するのに、「ビッグマック価格」がよく知られています。「ビッグマック価格」は、ビッグマック1個の価格をUSドルに換算して比較したものですが、2022年は、日本は54ヶ国中41位の2.83USドル(390円)でした。でも、その後、急激な円安で円がおよそ36%下落していますので、順位はさらに下がっているはずです。今や日本は、先・中進国の中でもっとも安い国になりつつあるのです。不動産から買春まで、「安くておいしい国」になっているのです。

昔はスケベ―なおっさんたちが韓国にキーセン観光に行っていましたが、今はまったく逆で韓国から買春ツアーで来るようになっているのです。それは韓国だけではありません。中国や中東あたりからもツアーでやって来るそうです。

また、国民一人当たりの豊かさを示す一人当たりGDPは、日本は名目で第28位(前年より-4位)、購買力平価で36位(-3位)です。韓国の一人当たりGDPは、名目、購買力平価ともに30位です。購買力平価一人当たりGDPでは既に韓国にぬかれているのです。平均年収でもぬかれていますので、そういった国民の生活実態(豊かさ)が一人当たりGDPにも示されていると言えるでしょう。

平均年収に関しては、IMFのデータとは外れますが、OECDが「世界平均年収ランキング」(2020年現在。USドル&購買力平価換算)を発表しています。それによれば、加盟国38ヶ国の中で、日本は38,515USドルで22位、韓国は41,960USドルで19位です。

一方、経済成長率になると、もっと衝撃的な数字が出てきます。経済成長率とは、「GDPが前年比でどの程度成長したかを表す」もので、以下の計算式で算出した指標です。

経済成長率(%)= (当年のGDP - 前年のGDP) ÷ 前年のGDP × 100

それによれば、日本は何と191位中157位なのです。前年が107位だったので、1年で50位も下落しているのです。

何だか溜息が出るような数値ばかりですが、「豊かさ」ということで言えば、日本はもはや先進国ではないのです。ただ、2000兆円という途方もない個人金融資産、つまり、過去の遺産があるので、それを食いつぶすことで先進国のふりができているだけです。

これらの指標は、まさにYahoo!ニュースのコメントにあるような光景を裏付けていると言えるでしょう。「一億総中流」なんて言っていたのはどこの国だ?、と思ってしまいます。ついこの前までそう言って「豊かな国ニッポン」を自演乙していたのです。

しかも、家電メーカーの工場で派遣切りに遭ったという話も、今の日本を象徴しているように思いました。日本の白物家電が世界の市場を席捲していたのも今は昔です。ひと昔前まで、安かろう悪かろうの代名詞のように言われていた中国のハイアールは、今や大型白物家電では世界シェアナンバーワンの企業になっています。三洋電機もハイアールと合併しましたが、結局、ハイアールブランドに統合されてしまいました。日本のメーカーは見る影もないのです。

日立の光景が映し出しているのは、先進国で最悪と言われる格差社会=貧困の現実です。こんな光景が日本の至るところに存在するのです。もちろん、それは、非正規の労働者だけの話ではありません。低年金や生活保護でやっと生を紡ぐ高齢者やシングルマザーなど、「自己責任」のひと言で社会の片隅に追いやられている人たちはごまんといます。でも、多くの日本国民は、そういった人たちを見ようとも、知ろうともしないで、ネットの同調圧力に身を任せて、明日は我が身の現実から目をそらすだけなのです。

同じスタインベックの作品や同じ車中泊の話に対して、さりげなく逆の視点を提示したこの投稿主は凄いなと思いました。

自分とは違う生活や生き方をしていたり、違う言語や文化で生きている人たちのことを、想像力をはたらかせて知る、知ろうとすることが「教養」であり、その手助けになるのが「人文知」です。コンビニの弁当売場のように、過去のデータを分析して売り上げを予想し仕入れ数を決めるような思考=「工学知」では、絶対に知ることができない現実です。”他者”を知る、知ろうとする思考は、間違ってもAIに代用できるようなものではないのです。


関連記事:
没落するニッポン 「34位」の日本人が生きる道
2022.09.17 Sat l 社会・メディア l top ▲