今日、山に行こうと思っていたのですが、寝過ごしてしまい行くことができませんでした。それで、再び寝たら、次に目が覚めたのは午後でした。
テレビを点けたら、どこも喪服を着たアナウンサーたちが国葬の模様を中継している画面ばかりでうんざりしていたところ、テレビ東京が「昼めし旅」を放送していたのでホッとして、遅い朝飯を食いながらそれを観ました。
国民の60%だかが反対しているというのに、読売新聞の調査では47都道府県のうち43知事が参列し、欠席したのはわずか4知事だけだそうです。しかも、テレビ各局は(テレ東を除いて)特別番組を組み、喪服姿のアナウンサーたちがさも暗い表情を装って、美辞麗句をちりばめた安倍元首相に対するお追従の原稿を読み上げているのでした。
個人的にはあまり信用していませんが、それでも60%の民意はどこに行ったんだ、と思いました。「ニッポン低国」というのは竹中労の言葉ですが、まさに最後はみんなで思考停止に陥ってバンザイする「ニッポン低国」の光景を見せつけられているような気がしました。
自宅から遺骨が出る際には20名の自衛隊の儀仗隊が先導し、遺骨が乗った車が国会や総理官邸ではなく、何と防衛省をまわって会場の武道館に向かい、武道館に到着したのに合わせて、北の丸公園で弔意を表す19発の空砲(弔砲)が放たれるという、驚くべき企画がありましたが、何だかそれも空々しく見えました。
安倍元首相は、旧統一教会のエージェントと言ってもいいような人物だったのです。「反日カルト」の旧統一教会を日本に引き入れ、日本人をサタンと呼ぶ「反日カルト」に日本を「売ってきた」一家の3代目なのです。「保守」や「愛国」や「反共」や「売国」という言葉が虚構でしかなかったことを、文字通り体現する人物なのです。
私は、「愛国」と「売国」が逆さまになった”戦後の背理”ということをずっと言ってきましたが、旧統一教会の問題によって、まさにそれがきわめて具体的に目の前に突き付けられたのです。それでもまだ事実を事実として見ようともしない人間たちがいるのです。それは、今なお空疎な「愛国」にすがるネトウヨだけでなく、黒い喪服を着たメディアの人間たちも同じです。
今日の国葬には、7人だかの皇族も参列したそうですが、ここでも統治権力の外部にある、天皇制という「法の下の平等」を超越した擬制を利用して、みずからを正当化するこの国の無責任体制が示されているのでした。
赤坂真理は、『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)の中で、天皇を「元首」とする自民党の改憲案について、「権力を渡す気などさらさらないのに、『元首』である、と内外に向けて記述する」厚顔さと、「天皇権威を崇め、利用し、しかし実権を与えない」夜郎自大を指摘していましたが、そうやってみずからの無責任体制を認知させるために天皇制を利用する、それが日本の「国体」なのです。右翼は、そんな「国体」を死守する、と言っているのです。むしろ、左翼の方が、「君側の奸」みたいなことを言って政権批判しているようなあり様です。ここにも、底がぬけた日本の現実が露わになっている気がします。
ただ、こうやって大々的に「安倍政治」を葬送したことで、旧統一教会との不埒な関係も、人々の記憶の中に永遠に残ることになったとも言えます。
旧統一教会をめぐる問題もそうですが、東京五輪のスキャンダルや急激な円安をもたらしたアベノミクスの問題など、これから「安倍政治」の精算が進むのでしょうが(進まざるを得ないのですが)、今日の国葬が”トンチンカンな出来事”として歴史に記述されるのは間違いないでしょう。
世界的な景気減速が明白になり、特にアジアは軒並みに通貨が暴落しており、アジア通貨危機の再来さえ取り沙汰されています。そんな中で一人勝ち、というかいちばん痛手が少ないのは、やはり中国なのです。
日本は今のマイナス金利政策を転換しないことには、この円安から抜け出すことはできませんが、しかし、金利を上げれば途端に不況が襲ってきます。30年間ほとんど給料も上がってない中で経済が落ち込めば、その影響は今の比ではないでしょう。でも、今のままでは円安と物価高が進むばかりです。
この一周遅れのドツボにはまったのも、アベノミクスの失政によるものです。安倍政権があまりに長く続きすぎたために、経済においても、もはや取り返しがつかないような事態にまで進んでしまったのです。
通貨安で千客万来と言うのは、どう見ても発展途上国の発想でしょう。そもそも売春や児童ポルノを含めて観光しか頼るものがないというのも、発展途上国の話です。でも、日本は発展途上国ではありません。もうそこまで没落したということです。
にもかかわらず、どうして「安倍さん、ありがとう」なのか。旧統一教会がそう言うのならわかりますが、どうして日本の国民が、「反日カルト」と一緒になって「安倍さん、ありがとう」と言わなければならないのか。何がそんなにありがたいのか。何だか悪い夢でも見ているような気持になります。
からゆきさんではありませんが、日本の女性たちが、生活のために、外国人観光客相手に春をひさぐような時代になっているのです。日本の女性目当てに、(ひと昔前の日本人のように)中国や韓国の男性たちがツアーを組んで日本の風俗街を訪れているのです。日本は、女性までが買われるような国になったのです。
そんな国にした張本人を、「ありがとう」などと言いながら国をあげて手厚く見送っているのです。
テレビを点けたら、どこも喪服を着たアナウンサーたちが国葬の模様を中継している画面ばかりでうんざりしていたところ、テレビ東京が「昼めし旅」を放送していたのでホッとして、遅い朝飯を食いながらそれを観ました。
国民の60%だかが反対しているというのに、読売新聞の調査では47都道府県のうち43知事が参列し、欠席したのはわずか4知事だけだそうです。しかも、テレビ各局は(テレ東を除いて)特別番組を組み、喪服姿のアナウンサーたちがさも暗い表情を装って、美辞麗句をちりばめた安倍元首相に対するお追従の原稿を読み上げているのでした。
個人的にはあまり信用していませんが、それでも60%の民意はどこに行ったんだ、と思いました。「ニッポン低国」というのは竹中労の言葉ですが、まさに最後はみんなで思考停止に陥ってバンザイする「ニッポン低国」の光景を見せつけられているような気がしました。
自宅から遺骨が出る際には20名の自衛隊の儀仗隊が先導し、遺骨が乗った車が国会や総理官邸ではなく、何と防衛省をまわって会場の武道館に向かい、武道館に到着したのに合わせて、北の丸公園で弔意を表す19発の空砲(弔砲)が放たれるという、驚くべき企画がありましたが、何だかそれも空々しく見えました。
安倍元首相は、旧統一教会のエージェントと言ってもいいような人物だったのです。「反日カルト」の旧統一教会を日本に引き入れ、日本人をサタンと呼ぶ「反日カルト」に日本を「売ってきた」一家の3代目なのです。「保守」や「愛国」や「反共」や「売国」という言葉が虚構でしかなかったことを、文字通り体現する人物なのです。
私は、「愛国」と「売国」が逆さまになった”戦後の背理”ということをずっと言ってきましたが、旧統一教会の問題によって、まさにそれがきわめて具体的に目の前に突き付けられたのです。それでもまだ事実を事実として見ようともしない人間たちがいるのです。それは、今なお空疎な「愛国」にすがるネトウヨだけでなく、黒い喪服を着たメディアの人間たちも同じです。
今日の国葬には、7人だかの皇族も参列したそうですが、ここでも統治権力の外部にある、天皇制という「法の下の平等」を超越した擬制を利用して、みずからを正当化するこの国の無責任体制が示されているのでした。
赤坂真理は、『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)の中で、天皇を「元首」とする自民党の改憲案について、「権力を渡す気などさらさらないのに、『元首』である、と内外に向けて記述する」厚顔さと、「天皇権威を崇め、利用し、しかし実権を与えない」夜郎自大を指摘していましたが、そうやってみずからの無責任体制を認知させるために天皇制を利用する、それが日本の「国体」なのです。右翼は、そんな「国体」を死守する、と言っているのです。むしろ、左翼の方が、「君側の奸」みたいなことを言って政権批判しているようなあり様です。ここにも、底がぬけた日本の現実が露わになっている気がします。
ただ、こうやって大々的に「安倍政治」を葬送したことで、旧統一教会との不埒な関係も、人々の記憶の中に永遠に残ることになったとも言えます。
旧統一教会をめぐる問題もそうですが、東京五輪のスキャンダルや急激な円安をもたらしたアベノミクスの問題など、これから「安倍政治」の精算が進むのでしょうが(進まざるを得ないのですが)、今日の国葬が”トンチンカンな出来事”として歴史に記述されるのは間違いないでしょう。
世界的な景気減速が明白になり、特にアジアは軒並みに通貨が暴落しており、アジア通貨危機の再来さえ取り沙汰されています。そんな中で一人勝ち、というかいちばん痛手が少ないのは、やはり中国なのです。
日本は今のマイナス金利政策を転換しないことには、この円安から抜け出すことはできませんが、しかし、金利を上げれば途端に不況が襲ってきます。30年間ほとんど給料も上がってない中で経済が落ち込めば、その影響は今の比ではないでしょう。でも、今のままでは円安と物価高が進むばかりです。
この一周遅れのドツボにはまったのも、アベノミクスの失政によるものです。安倍政権があまりに長く続きすぎたために、経済においても、もはや取り返しがつかないような事態にまで進んでしまったのです。
通貨安で千客万来と言うのは、どう見ても発展途上国の発想でしょう。そもそも売春や児童ポルノを含めて観光しか頼るものがないというのも、発展途上国の話です。でも、日本は発展途上国ではありません。もうそこまで没落したということです。
にもかかわらず、どうして「安倍さん、ありがとう」なのか。旧統一教会がそう言うのならわかりますが、どうして日本の国民が、「反日カルト」と一緒になって「安倍さん、ありがとう」と言わなければならないのか。何がそんなにありがたいのか。何だか悪い夢でも見ているような気持になります。
からゆきさんではありませんが、日本の女性たちが、生活のために、外国人観光客相手に春をひさぐような時代になっているのです。日本の女性目当てに、(ひと昔前の日本人のように)中国や韓国の男性たちがツアーを組んで日本の風俗街を訪れているのです。日本は、女性までが買われるような国になったのです。
そんな国にした張本人を、「ありがとう」などと言いながら国をあげて手厚く見送っているのです。