昨日10日の朝8時すぎ(キーウ現地時間)、ロシア軍はキーウ中心部など、ウクライナ各地をいっせいにミサイル攻撃しました。それに伴い、全土で90人以上の死傷者が出たそうです。ウクライナ軍の発表によれば、ロシア軍は83発のミサイルを放ったものの43発が迎撃され、残り40発が着弾したということです。

今回の攻撃で目を引くのは、大統領府や中央官庁が集中するキーウ中心部を狙った攻撃である、と言われていることです。日本で言えば、霞が関を狙ったようなものでしょう。

同時に、キーウ、リヴィウ、ドニプロ、ヴィンニツィア、ザポリッジャ、ハルキウなど各地で、電力施設が攻撃されており、ゼレンスキー大統領が言うように、「ウクライナのエネルギー・インフラが標的」にされた公算が高いのです。キーウの中心部にあるエネルギー関連のインフラ企業「デテック」の本社ビルも攻撃の対象になったそうです。

そこで思ったのですが、今年2月からはじまった侵攻では、キーウへの攻撃もありましたが、その際、中心部の大統領府などの中枢機関への攻撃は手控えていたのか、ということです。昨日の攻撃は5月以来だそうですが、それまでキーウは戦争がひと息ついたかのようなのどかな空気に包まれていて、日本大使館も再開され、避難先から戻って来る人たちも多かったそうです。

昨日のテレビニュースに出ていたキーウ在住のウクライナ人の話でも、プーチンはキーウを手に入れることを考えて街を破壊することを控えていたけど、今回の攻撃でキーウを徹底的に破壊することに舵を切った、というようなことを言っていました。そんなことがあるのか、と思いました。

朝日の記事によれば、ロシアが支配するクリミア共和国のアクショノフ首長は、今回の攻撃について、「作戦初日から敵のインフラをこのように毎日破壊していれば、5月にはすべてが終わり、キエフの政権は粉砕されていただろう」とSNSに投稿していたそうですが、言われてみればそのとおりなのです。

このところ、ウクライナ軍が東部や南部のロシア側支配地域に進撃して次々に奪還している、というニュースが多くありました。また、ロシア下院の国防委員長が、国営テレビの番組で、「我々はうそをつくのをやめなければならない」とウクライナで苦戦を強いられている戦況について真実を国民に伝えるべきだと訴えた、というニュースもありました。このように、西側のメディアでは、ロシア敗色濃厚のような報道におおわれていたのです。

そんな状況下で、10月8日、クリミア半島の東部とロシア本土を結ぶ、クリミア半島併合の象徴とも言うべきクリミア橋が爆破されたのでした。それは、プーチンの70回目の誕生日の翌日でした。

さっそくキーウ市内には、クリミア橋爆破の壁画が掲げられ、その前で記念写真を撮る市民の様子がニュースで伝えられていました。ゼレンスキー大統領も「未来は快晴」と発言して、「ウクライナは歓喜に沸いた」そうです。

前に、プーチンが思想的に影響を受けたと言われている、国粋主義者アレクサンドル・ドゥーギンの娘が車に仕掛けられた爆弾で殺害された事件がありましたが、それもウクライナ政府の情報機関が関わっていた、とニューヨーク・タイムズが伝えています。

プーチン自身も、政権内部の強硬派から「手ぬるい」と突き上げを受けていた、と言われていました。追い込まれたプーチンが戦術核兵器を使う懸念さえ指摘されていたのです。そんな中でのクリミア橋の爆破は、ロシアの強硬派の神経をさらに逆なでするような挑発的な行為とも言えるのです。

案の定、今回の大規模攻撃によって、戦争が振り出しに戻ったと言われています。ベクトルを終結の方向ではなく、逆の方向に向けるような”力”がはたらいているように思えてならないのです。

ウクライナ侵攻で解せないのは、ウクライナ国内を通っているロシアとヨーロッパを結ぶパイプラインが破壊されずに温存されているなど、戦争なのにどこか手加減されている側面があるということです。

侵攻前、アメリカのシンクタンクが、ドイツ経済を弱体化させ、ドイツが牽引するEUの経済力を削ぐことがアメリカ経済の反転につながる、そのためにウクライナを利用してロシアとドイツの関係にくさびを打ち込むことが必要だ、というような報告書を出していたという話があります。実際に、ウクライナ侵攻で対ロシアの天然ガス依存率が35%まで下がったことなども相俟って、ドイツ国内の電気代は何と600%以上値上がりしているそうです。ドイツ経済が苦境に陥っているのは事実なのです。

ロシアとベラルーシが合同軍を編成するというニュースもありますが、厭戦気分が漂っていたと言われた戦況が、再び元に戻り、さらに拡大していくのは必至のような状況なのです。

たしかに、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争では、アメリアは紛争を終結させるために介入しました。しかし、今回はウクライナに武器を供与してひたすら戦争を煽るだけです。

今回のウクライナ侵攻は、唯一の超大国の座から転落したアメリカの悪あがきのようなものとも言えるのです。世界が多極化する中で、当然、このようにセクター間の争いや潰し合いも起きるでしょう。

今回の争いは、アメリカとドイツとロシアのそれぞれの”極”の潰し合いみたいな側面もあるように思います。その潰し合いの中で漁夫の利を得るのは、言うまでもなく中国です。

先日、OPECプラスが世界需要の約2%に相当する日産200万バレルを11月から減らすことを決定し、インフレに苦しむアメリカなどが強く反発したというニュースがありましたが、これもOPECプラスのメンバーであるロシアの反撃だとの見方が有力です。もはやOPECに対しても、アメリカの力は及ばなくなっているのです。

世界戦争や核戦争に至らないのは、言うまでもなく核の抑止力がはたらいているからですが、それ以外にも、ロシアとヨーロッパの関係に示されているように、20世紀の世界戦争の時代と違って経済的にお互いが強く結び付いており、単純に喧嘩すればいいという時代ではなくなっている、ということもあるような気がします。しかも、それぞれの国民の生活水準も格段に上がっているので、生活水準を維持するために相互の持ちつ持たれつの関係をご破算にすることはできない、という事情もあるように思います。それが最終戦争のブレーキになっているのではないか。

笠井潔は、19世紀は国民戦争、20世紀は世界戦争で、21世紀は「世界内戦」(カール・シュミットの言う「正戦」)が戦争の形態になると言ってましたが、このどこか抑制された戦争のあり様を見るにつけ、20世紀と違って核や経済のブレーキが利いていることはたしかな気がします。

しかし、どんな戦争であれ、真っ先に犠牲になるのは、徴兵される下級兵士や一般市民であることには変わりがありません。

ロシアでは、部分的動員令(徴兵)の発令をきっかけに、各地で戦争反対の大規模なデモが起きました。また、徴兵を逃れるために、ロシアから脱出する若者も続出しているというニュースもありました。そういった国家より自分の人生や生活が大事という”市民の論理”は、ロシアに限らずアメリカやウクライナなどの国家の論理=戦争の論理の対極にあるものです。

笠井潔は、「世界内戦の時代」は同時に「民衆蜂起の時代」でもあると言ってましたが、イランのような宗教国家においても、イスラムの戒律にがんじがらめに縛られていたように思われた民衆が、宗教警察(道徳警察)による少女虐殺に端を発して、「ハメネイ体制打倒」を掲げて蜂起しているのです。今回は、イスラム世界の中で抑圧されてきた女性たち、中でも若い女性が立ち上がったということが大きな特徴です。彼女たちの主張は、(戒律によって)スカーフで髪を覆わなければならないなんてナンセンス、自由にさせれくれ、という単純明快なものです。でも、それは、イスラム世界ではきわめてラジカルな主張になるのです。そのため、当局から狙いに撃ちされ、デモに参加した10代の若い女性の死亡が相次いでいるというニュースもありました。

ハメネイ師は、抗議デモはイスラエルからけしかけられたものだ、と言っているそうです。そんな最高指導者の発言を見ると、イランはもはや自滅の道を辿りはじめているようにしか思えません。イランの女性たちの主張に影響を与えているのは、イスラエルではなくネットです。だから、イラン当局もSNSを遮断したのです。しかし、今の流れを押しとどめることはもうできないでしょう。

それは、ロシアやウクライナも同じです。岡目八目ではないですが、傍から見ると、国家の論理が戦争の論理にほかならないことがよくわかるのでした。

ウクライナの人権団体「市民自由センター」(CCL)が、ロシアの戦争犯罪を記録しているとしてノーベル平和賞を受賞しましたが、CCLは、侵攻前まではウクライナ国内の人権問題を扱っていた団体でした。アゾフ連帯のようなファシストやウクライナ民族主義者による、ロシア語話者や労働運動家や同性愛者などに対する、暴行や拉致や殺害などの犯罪を告発していたのです。ウクライナは、マフィア=オリガルヒが経済だけでなく政治も支配し、汚職が蔓延する”腐敗国家”と言われていたのです。

元内閣情報調査室内閣情報分析官だった藤和彦氏も、次のように書いていました。

  ソ連崩壊後、ウクライナでもロシアと同様の腐敗が一気に広がった。独立後のウクライナはマフィアによって国有財産が次々と私物化され、支配権力は底なしの汚職で腐敗していった。現在に至るまでウクライナには国家を統治する知恵や経験を持った政治家や官僚がほとんど存在せず、マフィアが国家の富を牛耳ったままの状態が続いている。政党「国民の僕」を立ち上げ、大統領に就任したゼレンスキー氏も有力なオリガルヒ(新興財閥)の傀儡に過ぎないとの指摘がある。

Yahoo!ニュース
デイリー新潮
ウクライナは世界に冠たる「腐敗国家」 援助する西側諸国にとっても頭の痛い問題


私たちが連帯すべきは、国家より自分の人生や生活が大事という”市民の論理”です。それが戦争をやめさせる近道なのです。ウクライナかロシアかではないのです。勝ったか負けたかではないのです。

誰が戦争を欲しているのか。もう一度考えてみる必要があるでしょう。


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2022.10.11 Tue l ウクライナ侵攻 l top ▲