
2022FIFAワールドカップ・カタール大会が11月20日に開幕します。大会が迫るにつれ、メディアは、グループリーグでスペイン・ドイツ・コスタリカと同じ「死の組」に入った日本は、果たして決勝トーナメントに勝ち進むことができるか(進めるわけがない)、勝機はどこにあるか(あるわけない)、という話題で連日(空しい)盛り上がりを見せています。というか、サッカー人気に陰りが出てきた中で、そうやって180億円とも200億円ともはたまた350億円とも言われる、放映権料(非公表)に見合うだけのテレビの視聴率を上げようと躍起になっているのでしょう。
しかし、今回のカタール大会においては、開催に疑問を持つ意見が多く、大会に際して、欧州のサッカー協会や選手たちから抗議の声があがっており、具体的に抗議の意思を示す流れも広がっているのでした。
と言うのも、カタール政府は、ワールドカップ開催に対して、約3000億ドル(43兆円)の巨費を投じて、スタジアムや宿泊施設、それに道路や鉄道などのインフラの工事が行ったのですが、イギリスのガーディアン紙によれば、開催が決定してからこの10年間で、工事に従事したインドやパキスタンやバングラデシュやフィリピンやネパールなどからやって来た出稼ぎ労働者6500人以上が、劣悪な労働環境の中で命を落とした、と言われているからです。
アムネスティの報告でも、中東特有の酷暑と長時間労働によって、多くの出稼ぎ労働者が犠牲になっていることを伝えています。
アムネスティ
カタール:酷暑と酷使で亡くなる移住労働者 悲嘆に暮れる母国の遺族
IOL(国際労働機関)も調査に乗り出して、2021年11月に報告書をまとめています。それによれば、カタール政府が運営する病院と救急サービスからワールドカップ関連の事案を収集した結果、2021年だけで50人の労働者が死亡し、500人以上が重傷を負い、さらに3万7600人が軽・中等の怪我を負っていると報告されています。
ロッド・スチュワートも、100万ドル(1億3000万円)でオファーされた開会式のイベントの出演を、カタールの人権問題を理由に断ったと言われています。また、デュア・リパも、「全人類に対する人権が認められるまで決してこの国を訪問しない」と公言し、出演を辞退したことをあきらかにしてます。挙句の果てには、カタール開催の際のFIFA会長であったゼップ・ブラッター前会長も、今になってカタールを開催地に選んだのは「間違い」だったと発言しているのでした。
カタールは、天然ガス資源に恵まれ、そのガスマネーにより中東でも屈指の金満国家です。気温が40度以上にも上がるような酷暑に見舞われるカタールは、とてもサッカーの大会に向いているとは思えませんが、FIFAが開催を決定したのは、ひとえに潤沢なガスマネーに期待したからでしょう。
カタールは人口290万人のうち、自国民は1割程度しかいなくて、あとは外国人で成り立っている国です。公務員も半分は外国人だそうです。でも、経済的には豊かな、それこそ成金のような国なので、外国から出稼ぎ労働者を積極的に受け入れています。というか、特権階級の10%の自国民の日々の生活のためには、現場仕事をする出稼ぎや移民の外国人労働者が必要不可欠なのです。
カタールに限らず中東には、出稼ぎ労働者を対象にした「カファラシステム」という制度があるそうです。「カファラシステム」というのは、雇用主が出稼ぎ労働者の「保証人」になる制度だと言われていますが、しかし、私たちが普段抱いている「保証人」のイメージとは違います。言うなれば、昔の「女郎屋」の主人と「女郎」のような関係で、雇用主が出稼ぎ労働者に対して在留資格の判断も含めて絶対的な権限を持ち、雇用主の許可がなければ、職場を変わることも帰国することもできないのです。そのため、雇用主による虐待や強制労働、人身売買の温床になっているという指摘があります。言うなれば、現代のドレイ制度です。その点では、日本の外国人技能実修生の制度とよく似ています。
また、カタールは厳格なイスラム国家ということもあって、同性愛などは法律で禁止されており、性的マイノリティの人間が内務省の予防保安局という組織に摘発され、拷問を受けるようなことが日常的に行われているそうです。カタールは、民主主義と相いれない警察国家でもあるのです。
先日も、大会アンバサダーを務める元カタール代表MFカリッド・サルマーンが、ドイツのテレビ局のインタビューで、性的マイノリティについて「彼らはここで我々のルールを受け入れなくてはいけない。同性愛はハラームだ。ハラーム(禁止)の意味を知っているだろう?」と発言し、さらに、同性愛が禁止の理由を問われると「私は敬虔なムスリムではないが、なぜこれがハラームなのかって?なぜなら、精神へのダメージになるからだ」と主張したというニュースがありました。
カタールW杯アンバサダーがLGBTへ衝撃発言…ドイツ代表も絶句「言葉を失ってしまう」
カタールで開催される今大会について、ヨーロッパ10カ国のサッカー協会が、共同でFIFAに対して、「カタールにおける移民労働者の人権問題改善のために行動を起こすよう求める書簡を出した」そうです。
ロイター
サッカー=欧州10協会、カタール人権問題でFIFAに要望
また、ヨーロッパ8か国のキャプテンが、LGBTへの連帯を示す虹色のハートが描かれた腕章を巻いてプレーすることを決定した、というニュースもありました。
欧州勢の主将がカタールW杯で差別反対を示す「OneLove」のキャプテンマーク着用へ
さらに抗議の声は広がっており、フランスではパリやマルセイユなど8都市が、パブリックビューイングを行わないと決定したり、大会に抗議して記事をいっさい掲載しないという新聞まで出ています。
デンマークの選手たちは、ユニフォームを黒にしてカタール政府に抗議する意志を表明しています。
オーストラリアの代表チームは、カタールの人権問題を非難するメッセージ動画を公開しています。その中で、彼らは「苦しんでいる移民労働者(の数)は単なる数字ではない」「性的少数者の権利を擁護する。カタールでは自らが選んだ人を愛することができない」と抗議の声を上げているのでした。
カタールにくすぶる人権問題 広がる抗議―W杯サッカー
オランダ代表の選手たちは、カタールで出稼ぎ労働者から直接話を聞いたそうで、「彼らは非常に過酷な条件下でスタジアム、インフラストラクチャ、ホテルなどの宿泊施設の建設に従事してきた。僕らはそこでのすべての活動を通じて、その問題を認識してきた。これらの条件を改善する必要があることは誰の目にも明らかだ」という声明を発表しているのでした。
オランダ代表がカタールの出稼ぎ労働者を支援! W杯の着用ユニフォームをオークションに
それに比べて、日本のサッカー協会や選手やサッカーファンの反応の鈍さには愕然とするしかありません。私は、ヨーロッパの8か国のキャプテンが、LGBTへの連帯を示す虹色のハートが描かれた腕章を巻いてプレーするというニュースを見て、「カッコいいいなあ」と思いましたが、日本の大半のサッカーファンはそういった感覚とは無縁のようです。ただ、勝つかどうかだけです。そのための痴呆的な熱狂を欲しているだけです。カタールの「カファラシステム」と日本の外国人技能実修生の制度がよく似ているので、むしろ“あっち側”ではないのかとさえ思ってしまうほどです。
スポーツライターの西村晃氏は、下記の記事の中で、日本の姿勢を「スポーツウォッシング」(スポーツでごまかす行為)ではないか、と書いていました。
集英社新書プラス
スポーツウォッシング 第6回
カタール・サッカーW杯に日本のメディアと選手は抗議の声をあげるのか?
西村氏は、カタール大会の問題について、日本サッカー協会に直接問い質すべく、取材依頼も兼ねたメールを送ったそうです。そして、その回答がメールで送られて来たそうですが、日本サッカー協会の回答について、西村氏は下記のように書いていました。(協会の回答文は、上記の西村氏の記事でお読みください)
一読、なんとも無味乾燥で当たり障りのない文言が連なった文章、という印象は拭いがたい。カタールで建設作業等に従事した移民労働者の死亡補償と救済の要求、同国での人権抑圧状況への抗議など、W杯参加国競技団体や選手たちが積極的な行動を起こしている一方で、日本や日本人選手は何らかの意志表示を行うつもりはあるのか、あるとすればどのような行動を取るのか、という質問に対する具体的な回答はなにも記されていない。
(上記記事より)
国際的な人権規約に基づいて各国の人権状況を審査している国連の人権に関する委員会が、先日、日本の入管施設で5年間に3人の収容者が死亡したことに懸念を示し(2007年以降で言えば、18人が死亡し、うち自殺が6人)、日本政府に対して施設内の対応の改善をはかるよう勧告した、というニュースがありました。しかし、そういったニュースに対しても、外国人技能実修生の制度と同様、日本の世論はきわめて冷たく、不法滞在の外国人なのだからそれなりの扱いを受けるのは当然だ、という声が多いのが実情です。国連の勧告も、人権派に付け入るスキを与えるもの、という声すらあるくらいです。
日本の「スポーツウォッシング」(スポーツでごまかす行為)が、単なる”スポーツバカ”の話ではなく、巷の下衆な排外主義を隠蔽する役割を果たしていることも忘れてはならないのです。
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マラドーナ(2010.07.15)