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防衛費の増額分の財源をめぐって、自民党の税制調査会が紛糾しているというニュースがありました。
2023年4月から2027年3月までの次の「中期防衛力整備計画」では、防衛費が今(2019年4月~2023年3月)の27兆円から43兆円へと大幅に増額される予定で、そのためには毎年あらたに4兆円の財源が必要になると言われています。そのうち3兆円は他の予算を削ったり余剰金を使ったりして賄う予定だけど、1兆円の財源が不足すると言うのです。税制調査会では、その財源をどうするか、増税するかどうかという議論が行われたのでした。
岸田首相が表明したのが、復興特別取得税を充てるという案です。復興特別所得税は、2011年の東日本大震災の復興費用の財源を確保するために創設した特別税で、2013年から2037年までの25年間、個人が払う所得税額の2.1%分を加算するようになっています。岸田首相は、2024年以降に2.1%のうち1%を防衛費に充てて、さらに期間も2037年から20年(14年という説もある)延長するという案をあきらかにしたのでした。
しかし、昨日(14日)開かれた自民党の税制調査会では、この岸田首相の案に対して異論が噴出、結論を今日以降に持ち越したのでした。岸田首相の増税案に対して、強硬に反対しているのは安倍元首相に近いと言われる清話会の議員たちです。彼らが主張しているのは、萩生田政調会長に代表されるように、増税ではなく国債を発行するという案です。
ここでも、旧宏池会+財務省VS清話会という、緊縮財政派と積極財政派の自民党内の対立が表面化しているのでした。そして、その先に、消費税増税を視野に入れた旧宏池会+財務省+立憲民主党など野党の増税翼賛体制が構想されている、というのが鮫島浩氏の見立てですが、たしかに税制調査会でも、岸田首相の復興所得税を充てる案は「財務省の陰謀だ」という声が出たそうです。
一方、税制調査会の幹部たちは、法人税・所得税・たばこ税3税を増税して充てるという、復興所得税を転用した案で大筋合意し、それを叩き台として午後の会合に提案したのですが、やはり異論が噴出して合意に至らなかったということでした。
もっとも、1兆円が不足するというのも、机上の計算にすぎません。政府は3兆円強は歳出改革等で賄うと言ってますが、ホントに歳出改革が予定どおりいくのか保障はありません。
いづれにしても、防衛費の大幅増額は既定路線になっており、現在、議論されているのは財源の問題なのです。防衛費の大幅増額がホントに必要なのか、という手前の議論ではないのです。
政府は、”反撃能力”の保有に伴い、敵基地攻撃の発動要件についても検討に入ったそうです。でも、敵基地攻撃に転換すれば、逆に先制攻撃を含めた反撃の標的になるでしょう。
忘れてはならないのは、防衛費増額がアメリカの要請に基づくものだということです。バイデン大統領が軍需産業とつながりが深いのは有名な話ですが、しかし、アフガンからの惨めな撤退に象徴されるように、アメリカはもはや「世界の警察官」ではなくなったのです。そこでバイデンが新たに編み出したのが”ウクライナ方式”です。今の中国による台湾侵攻の危機は、そのアジア版とも言えるものです。
防衛費(軍事予算)がGDPの2%を超えると、日本はアメリカ・中国につづく軍事大国になるそうですが、バイデン政権は、そうやって日本に世界でトップクラスの軍備増強を求め、大量の武器を売りつけようとしているのです。それが向こう5年間で16兆円増額するという、途方もない整備計画につながっているのでした。
”反撃能力”というのは言葉の綾で、本来は先制攻撃能力と言うべきです。日本が先制攻撃能力を保有すれば、専守防衛という憲法の理念に反するだけでなく、周辺国との間に軍事的緊張を高めることになります。にもかかわらず、「防衛政策の大転換」に踏み切ったのは、アメリカのトマホークを買うためだという話もあり、さもありなんと思いました。まさに対米従属が日本の国是だと言われる所以です。
軍備増強に関連して、次のような記事もありました。
47NEWS
共同通信
防衛省、世論工作の研究に着手 AI活用、SNSで誘導
防衛省が人工知能(AI)技術を使い、交流サイト(SNS)で国内世論を誘導する工作の研究に着手したことが9日、複数の政府関係者への取材で分かった。インターネットで影響力がある「インフルエンサー」が、無意識のうちに同省に有利な情報を発信するように仕向け、防衛政策への支持を広げたり、有事で特定国への敵対心を醸成、国民の反戦・厭戦の機運を払拭したりするネット空間でのトレンドづくりを目標としている。
下のようなイメージした図もありました。

前に、防衛省の機関である防衛研究所の研究員が、連日テレビに出演して、ロシアのウクライナ侵攻の解説を行っているのは、戦時の言葉を流布するプロパガンダの怖れがあるのではないか、と書いたことがありましたが、彼ら戦争屋は、まるで火事場泥棒のように、ヤフコメやツイッターやユーチューブを舞台に、AIを利用した挙国一致の世論作りを画策しているのです。文字通り、デジタル・ファシズムを地で行く企みと言っていいでしょう。「中国が」「ロシアが」と言いながら、中国やロシアがやっていることと同じものを志向しているのです。敵・味方を峻別しながら、中身は双面のヤヌスのように同じで、だからいっそう敵・味方を暴力に峻別したがるという、戦争屋=全体主義者にありがちな二枚舌が露呈されているように思えてなりません。
もっともその前に、メディアの「中国が攻めて来る」という報道が功を奏したのか、読売新聞が今月4日に実施した世論調査では、防衛費増額に対して、賛成が51%で反対の42%を上回ったという結果が出ていました。さすが「報道の自由度ランキング」71位(2022年度)の国の面目躍如たるものがあると思いました。
読売新聞オンライン
防衛費増額「賛成」51%、原発延長「賛成」51%…読売世論調査
また、立憲民主党も、軍備増強の流れに掉さすように、近々「反撃能力の一部」を容認する方針だ、という記事もありました。
47NEWS
共同通信
反撃能力保有、立民が一部容認へ 談話案判明、着手段階の一撃否定
政府が安全保障関連3文書を16日にも閣議決定する際、立憲民主党が発表する談話の原案が判明した。敵の射程圏外から攻撃可能な「スタンド・オフ・ミサイル」について「防衛上容認せざるを得ない」と明記し、反撃能力の保有を一部認めた。
まさに野党ならざる野党の正体見たり枯れ尾花といった感じです。
でも、防衛費(国防費)の増大が国家にとって大きな負担になり、経済が疲弊して国民生活が犠牲を強いられるようになるのは、世の東西を問わず歴史が立証していることです。
厚生労働省が発表した2018年の貧困線(国民の等価可処分所得の中央値の半分の額)は、単身者世帯で約124万円、2人世帯で約175万円、3人世帯で約215万円、4人世帯で約248万円となっています。貧困線以下で生活している人の割合、つまり、相対的貧困率は15.4%です。日本の人口の15.4%は約1800万人です。
一般会計予算の中でいちばん多いのは、社会保障関係費で、40兆円近くあり全体の35%近くを占めていますので、防衛費を捻出するために、社会保障関係費が削減の対象になる可能性は大きいでしょう。前に書いた生活保護の捕捉率を見てもわかるとおり、日本は社会保障後進国なのですが、防衛力強化と引き換えに益々社会保障が後退する恐れがあるのです。
ましてや、日本は韓国にもぬかれ、経済的にアジアでも存在感が薄らいでいく一方の下り坂にある国なのです。戦争になれば、さらに最大の貿易相手国を失うことになるのです。そんな国に戦争する余力があるとはとても思えません。
「中国と戦争するぞ、負けないぞ」と威勢のいいことを言っても、所詮はやせ我慢にすぎないのです。中国が日本に対して、「あまり調子に乗らない方が身のためだぞ」というような、やけに上から目線でものを言うのも、とっくにそれを見透かされているからでしょう。
軍備増強によって、国力が削がれ益々没落していくのが目に見えているのに、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」みたいな同調圧力による「集団極化現象」によって、とうとう軍拡というルビコンの橋を渡るまでエスカレートしていったのでした。いわゆる軽武装経済重点主義で、戦後の経済成長を手に入れたことなどすっかり忘れて、再び戦争の亡霊に取り憑かれているのです。その先に待っているのは、軍拡競争という無間地獄です。
装備は分割で購入するそうなので、装備を増やせばローン代も含めて維持管理費も増えるので、新たな装備を買おうとすれば、さらに予算を積み増ししなければなりません。そうやって経済的な負担が際限もなく膨らんでいくのです。
まだ発売になっていませんが(近日発売)、安倍元首相を「お父さま」と慕うネトウヨが安倍元首相を殺害するという、「安倍晋三元首相暗殺を予言した小説」として話題になった奇書『中野正彦の昭和九十二年』(イースト・プレス)の帯に、「本当の本音を言うと、みんな戦争がやりたいのだ」という惹句がありましたが、防衛費増額に対する国民の反応を見るとそうかもしれないと思うことがあります。
国民の大方の反応は、防衛力強化は必要だけど、増税は嫌だという勝手なものです。もちろん、自分たちが銃を持って戦う気なんてさらさらありません。汚れ仕事は自衛隊にやらせればいいと思っているのです。
しかし、いくら軍事費を増やしても自衛隊だけでは戦争は完遂できないので、いづれ幅広い予備役の制度(つまり徴兵制)が必要になるでしょう。だから、防衛省も世論工作の必要を感じているのだと思います。
仮に百歩譲って軍備増強が抑止力になるという説に立っても、装備だけでは片手落ちでマンパワーが重要であるのは言うまでもありません。現在の日本の兵士数は26万人弱で、世界で24番目の規模です。装備とともに訓練された兵士も増やさなければ、画竜点睛を欠くことになるでしょう。このまま行けば当然、徴兵制の議論も俎上にのぼってくるはずです。
白井聡氏の『永続敗戦論』の中に、家畜人ヤプーの喩えが出ていましたが、たしかに、日本の指導者たちは、アメリカの足下に跪き、恍惚の表情を浮かべながら上目遣いでご主人様を仰ぎ見る家畜人ヤプーのようです。一方、国民は、所詮は他人事とタカを括り、対米従属愛国主義の被虐プレイを観客席から高みの見学をしてやんやの喝采を送るだけです。今回の軍備増強=「防衛政策の大転換」に対しては、そんな世も末のような自滅する日本のイメージしか持てないのです。
追記:(12月16日)
上記の『中野正彦の昭和九十二年』は、発売日前日に「ヘイト本だ」という社内外の懸念の声を受けて急遽発売中止が決定。版元が既に搬入していた本を書店から回収するという事態に陥り、購入が難しくなりました。でも、「ヘイト本」であるかどうかを判断するのは読者でしょう。