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(ヌカザス尾根)


私が最近、ネットで「お気に入り」に入れてチェックしているのは、下記のサイトです。

奥多摩尾根歩き
https://www.okutama-one.com/

サイト主は、奥多摩の人が少ない山の、しかもバリエーションルートを使って尾根を歩くという、他人ひととは違う登山スタイルを持つハイカーです。記事によれば、奥多摩に通ううちに顔見知りになった、同じようなデンジャラスなハイカーが他にも何人かいるみたいです。

余談ですが、奥多摩の山域は狭く、電車だと大概奥多摩駅か武蔵五日市駅を利用するので、私も何度か遭遇するうちに顔見知りになった高齢のハイカーがいました。あるときは、行きの電車で会って、帰りの電車でも会ったことがありました。山に詳しいなと思っていたら、のちにその方が登山関係者の間では高名な登山家で、本も出していることを知りました。奥多摩に通っているとそんなこともあるのです。

東京都の最高峰は雲取山で、標高は2017メートルですので、奥多摩には森林限界を越える山はありません。しかし、たとえば、川苔山の標高は1363.3メートルですが、鳩ノ巣駅からのルートだと単純標高差が1000メートルを越えます。埼玉もそうですが、奥多摩も関東平野の端にあるので、登山口の標高はそんなに高く、そのため低山の割には標高差が大きい山が多いのです。当然、急登が多いので、樹林帯の中の急登を息を切らして登らなければならず、「修行」などと言う人もいます。挙句の果てにはツキノワグマの生息地なので、クマの痕跡は至るところにあり、クマの生態に対する基本的な知識は必須です。

そんな奥多摩では、一般のハイカーが登るのは一部の山に限られています。それ以外の山は、東京の後背地にありながらハイカーが少なく、1日歩いても誰にも会わないこともめずらしくありません。

記事の中には、私が知っている尾根も多く出てきますが、しかし、サイト主が登るのはその尾根ではなく、周辺の登山道がない尾根から登って、私たちが歩いている尾根に合流するのでした。登山道の外れにある支尾根や斜面から突然、人が現れるのを想像すると痛快でもあります。

実際に私も、そんなハイカーに遭遇したことがありました。突然、前方の斜面から現れて、「あれっ、こんなところに出て来たのか」とでも言いたげに首をひねっていました。「どうしたんですか?」と訊いたら、「いえ、いえ」と言って笑いながら去って行きました。

そういった登山スタイルにはあこがれますが、しかし、私には、体力的にも技術的にもとても叶わぬ夢です。ただ、人のいない山が好き(ひとり遊びが好き)だという点では共通するものがあり、親近感とともにあこがれの念を覚えてならないのでした。

奥多摩は、上にあげたような特徴から、登山関係者の間では遭難が多いことでも知られています。

ちなみに、2021年の主要各県別の遭難者件数は以下のとおりです。主に警察がまとめていますが、2022年の集計がまだ出揃ってないので、2021年の件数を比較しました。

東京都
遭難件数 157件
遭難者数 195人
死亡・行方不明者 10人

長野県
遭難件数 257件
遭難者数 276人
死亡・行方不明者 47人

山梨県
遭難件数 116件
遭難者数 134人
死亡・行方不明者 12人

富山県
遭難件数 104件
遭難者数 110人
死亡・行方不明者 7人

また、『山と渓谷』の記事によれば、奥多摩では、他県に比べて若いハイカーの遭難が多いのも特徴だそうです。東京都の年齢別の割合は、以下のようになっています。

2021年
10代 20.7%※
20代 13.0%
30代 11.7%
40代 10.4%
50代 9.1%
60代 16.9%
70代 15.6%
※10代が多いのは2021年に小学生の集団遭難があったためです。
(参照:『山と渓谷』2023年2月号・「奥多摩遭難マップ21」)


このように東京都(奥多摩)の遭難件数は、南アルプスや八ヶ岳や奥秩父の山域を擁する山梨県より全然多いのです。先に書いたように、奥多摩は一般のハイカーが登る山は数えるほどしかありません。そう考えると、遭難の多さは“異常”と言ってもいいくらいです。

ただ、『山と渓谷』の「遭難マップ」などを見ると、大山がいい例ですが、初心者向けと言われる山での遭難が多く、若いハイカーの遭難が多いというもうひとつの特徴と合わせると、登山歴の浅いハイカーが初心者向けの山で遭難するケースが多いことがわかります。初心者向けの山でも、疲れて足がガクガクしていると、道迷いや滑落が生じやすい箇所があったりするのです。「あんなのたいしたことないよ、初心者向けだよ」というネットの書き込みを信じて登ると、思いっきり裏切られた気持になる、それが奥多摩の山なのです。

奥多摩は低山の集まりなので、尾根歩きには持ってこいです。しかし、上記のサイトを見ればわかるとおり、難度は高く、文字通りデンジャラスな山歩きと言えます。

一方で、奥多摩は、山で暮らしを営んでいた人々の痕跡を至るところで見ることができる、生活に隣接した山という側面もあります。「奥多摩尾根歩き」でも、林業に従事する人たちが利用していた作業道や小屋跡などがよく出てきますが、「こんなところに」と思うような山の奥にわさび田やわさび小屋の跡があったりします。また、東京都の水源でもあるので、水源巡視路もいろんなところに通っています。そういった道を見ると、山で仕事をしていた人たちは、私たちの登山とほとんど変わらない山歩きを日常的に行っていたことがわかるのでした。

山田哲哉氏は、小学生の頃から50数年奥多摩に通っている山岳ガイドですが、おなじみの『奥多摩 山、谷、峠、そして人』(山と渓谷社)で、奥多摩について、次のように書いていました。

 奥多摩は、より高く、より激しい山へ登るための練習場所でなければ、訓練の山でもない。この一見、地味な山塊は、夢や希望を与えてくれる。人間が本来あるべき姿、自然と格闘するからこそ共生する、人が人らしく生きる術や、不思議な魅力がギッシリと詰まった場所なのだ。


同時に、「自分が暮らす東京の片隅に、こんなに美しくワクワクと人を魅了する場所があるとは、その場に立つまで信じられなかった」として、次のようにも書いていました。

 どれだけ多くの人が、この奥多摩で山登りのすばらしさ、楽しさを知ったことだろう。僕が子どもから少年へと成長したように、たとえば退職して時間のできた初老の男が、ちょっとした好奇心で登り始めた山のおかげで、今までの自分とは違う「登山者」というアイデンティティをもつ人へと生まれ変わることもある。山に登るために生活習慣を改め、時には筋トレをし、つまり「昨日までの自分とは違う何者か」になるため、意識的に生きるはつらつとした人生を獲得した人もいる。それらの人々にとっての「最初の山」は、きっと多くが奥多摩だったはずだ。


山田氏が書いているように、「奥多摩の山々には無数の楽しみ方があり、訪れた者に毎回、必ず新たな発見をもたらしてくれる」のです。そういった思い入れを誘うような魅力があります。

また、これは既出ですが、田部重治は、100年前に書かれた「高山趣味と低山趣味」 (ヤマケイ文庫『山と渓谷 田部重治選集』所収)の中で、奥多摩や奥秩父などの山に登るハイカーについて、次のように書いていました。

 私は特に、都会生活の忙しい間から、一日二日のひまをぬすんで、附近の五、六千尺(引用者注:1尺=約30cm)の山に登攀を試みる人々に敬意を表する。これらの人々の都会附近の山に対する研究は、微に入り細を究め、一つの岩にも樹にも、自然美の体現を認め、伝説をもききもらすことなく、そうすることにより彼等は大自然の動きを認め人間の足跡をとらえるように努力している。私はその意味に於て、彼らの真剣さを認め、ある点に於て彼らに追従せんことを浴している。


ネットの時代になり、コンプラなるものを水戸黄門の印籠みたいに振りかざす、反知性主義的な風潮が蔓延していますが、それは登山も例外ではありません。コロナ禍で登山の自粛を呼びかけた山岳会や一部の「登山者」が、世の風潮に迎合して”遭難者叩き”のお先棒を担いでいる腹立たしい現実さえあります(そのくせ金集めのために、登山道を荒らすトレランの大会を主催したりしているのです)。

そんな中で、田部重治が言う日本の伝統的登山に連なる「静観派」登山の系譜は、デンジャラスな尾根歩きというかたちで今も受け継がれていると言っていいのかもしれません。


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2023.01.25 Wed l l top ▲