週刊東洋経済2023年1月28日号


■「割増金」の導入


NHKが4月1日から、テレビの設置後、翌々月の末日までの期限内に受信契約の申し込みをしなかった人間に対して、受信料の2倍の「割増金」を請求できる制度を導入するというニュースがありました。これは、昨年10月に施行された改正放送法に基づくものです。

「割増金」の導入は、現行の受信料制度に対する国民の目が年々厳しくなっている中で、まるで国民の神経を逆なでするような強気の姿勢と言わざるを得ません。

NHKの受信料に対して、特に若者の間で、「強制サブクス」であり、スクランブルをかけて受信料を払った人だけ(NHKを見たい人だけ)解除すればいい、という声が多くあります。

それでなくてもテレビ(地上波)離れが進んでおり、視聴者の志向も地上波からネット動画へと移行しているのです。若者の車離れが言われていますが、テレビ離れはもっと進んでいます。実際、テレビを持ってない若者も多いのです。その流れを受けて、ドン・キホーテは、テレビチューナーを外したネット動画専用のスマートテレビを発売して大ヒットしているのでした。

しかし、NHKの姿勢は、それに真っ向から対決するかのように、現行の受信料制度を何がなんでも守るんだと言わんばかりの「割増金」という強硬姿勢に打って出たのでした。

もちろん、それにお墨付きを与えたのは、NHKの意向を受けて放送法を改正した政治です。そこには、権力監視のジャーナリズムの「独立性」などどこ吹く風の、政治とNHKの持ちつ持たれつの関係が示されているのでした。

与党はもちろんですが、野党の中にも現行の受信料制度に疑義を唱える声は皆無です。前に書きましたが、その結果、NHKの問題をNHK党の専売特許のようにしてしまったのです。昔はNHKの放送に疑問を持つ左派系の不払い運動がありました。しかし、いつの間にか不払い運動がNHK党に簒奪され換骨奪胎されて、理念もくそもない不払いだけに特化した”払いたくない運動”に矮小化されてしまったのでした。上のようなスクランブルの導入を主張しているのも、NHK党だけです。

もっとも、「割増金」制度を導入する背景には、受信料徴収に関するNHKの大きな方針転換が関係しているのです。と言うのも、NHKは、契約や収納代行を外部に委託していた従来のやり方を今年の9月をもって廃止することを決定からです。これで怪しげな勧誘員が自宅を訪れ、ドアに足をはさんでしつこく契約を迫るというようなことはなくなるでしょう。

しかし一方で、テレビ離れによって、受信料収入が2018年の7122億円で頭打ちになり、2019年から減少しているという現実があります。契約件数も2019年に4212万件あったものが、2021年は4155件と減少し、2022年も上半期だけで20万件も減少しているそうです。そのため、2023年度の受信料収入の見込み額も、当初の6690億円から6240億円へと下方修正を余儀なくされているのでした。

一説によれば、NHKは、徴収業務に利用するために、住民基本台帳の転入と転出のデータの提供を求めたそうです。しかし、総務省が拒否したので、割増金や外部委託の廃止に舵を切ったという話があります。

だからと言って、もちろん、今の事態を座視しているわけではありません。NHKは地上波からネットに本格参入しようとしているのです。そして、受信料の支払い対象をテレビ離れした層にも広げようと画策しているのでした。

■NHKの「受信料ビジネス」


そういったえげつないNHKの「受信料ビジネス」について、『週刊東洋経済』(2023年1月28日号)が「NHKの正体」と題して特集を組んでいました。特集には、「暴走する『受信料ビジネス』」「『強制サブスク』と化す公共放送のまやかし」というサブタイトルが付けられていました。

もちろん、NHKは放送法によって、本来の業務はテレビ・ラジオと規定されており、本格的にネットに進出するには、放送法の改正が必要です。ただ、既にネット事業に対して、「21年にはそれまで受信料の2.1%としていた上限を事実上引き上げ、上限200億円とすることを総務省が認め」ているのでした。それにより「事業費は177億円(21年度)から、22年度は190億円に増加。23年度は197億円の計画で、この3年で33%増となる見込み」(同上)だそうです。

このように、NHKがネット事業に本格的に参入する地固めが、着々と進んでいるのです。『週刊東洋経済』の記事も次のように書いていました。

 総務省の公共放送ワーキンググループ(WG)委員である、青山学院大学の内山隆教授(経済学)は「受信料をわが国に放送業界とネット映像配信業者の投資と公益のために使えるようにするべきだ。NHKがこういった業界を引っ張っていけるように、受信料制度を変えていく発想が必要ではないか」と話す。
 受信料制度をめぐる現在の最大の論点がネット受信料だ。NHKのネット事業を「補完業務」から「本格業務」に格上げするための業務が総務省で進む。
(同特集「絶対に死守したい受信料収入」)



NHKネット受信料
(同特集「絶対に死守したい受信料収入」より)

上は、NHKが目論む「ネット受信料」の「徴収シナリオ」を図にしたものです。NHKが求めているのが、右端のスマホ所有者から一律に徴収するという案だそうです。

そのために(NHKの意図通りに放送法が改正されるために)、NHKが与野党を含む政治に対していっそう接近するのは目に見えており、言論機関としての「独立性」や「中立性」の問題が今以上に懸念されるのでした。もちろん、NHK党にNHKの「独立性」や「中立性」を問うような視点はありません。それは、八百屋で魚を求めるようなものです。

■NHKの選挙報道


もうひとつ、NHKと政治の関係を考える上で無視できないのは、NHKの選挙報道です。「開票日、NHKが当選確実を出すまで候補者は万歳しないことが不文律になっている」ほど、政治家はNHKの情報を信頼しているのですが、当然、その情報は理事や政治部記者をとおして、事前に政治家に提供されており、選挙戦略を練る上で欠かせないものになっているのです。

そのために、末端の記者は、選挙期間中は文字通り寝る間を惜しんで取材に走りまわらなければなりません。2013年に31歳の女性記者が、2019年には40代の管理職の男性が過労死したのも、いづれも選挙取材のあとだったそうです。

■非課税の特権と膨張する金融資産


では、NHKの財政がひっ迫しているかと言えば、まったく逆です。NHKの2022年9月末の連結剰余金残高は5132億円です。それに加えて、金融資産残高が剰余金残高の1.7倍近くに上る8674億円もあるのです。NHKの連結事業キャッシュフローは、東京五輪のような特別な事情を除いて、毎年ほぼ1000億円を超えるレベルを維持しているそうです。

特集では、「NHKの『溜めこみ』が加速している」として、次のように書いていました。

 そしてその半分強が設備投資などに回り、残りは余資となり国債など公共債の運用に回されてきた。その結果として積み上がったのが、7360億円もの有価証券である。これに現預金を加えた金融資産の残高が、冒頭で紹介した数字(引用者註:8674億円)になる。金融資産は、総資産の6割を占めており、このほかに保有不動産の含み益が136億円ある。まるで資産運用をなりわいとしているファンドのようなバランスシートだ。
(伊藤歩「金融資産が急膨張 まるで投資ファンド」)


このような「芸当」を可能にしているのが、番組制作費の削減と公益性を御旗にした非課税の”特権”です。子会社は株式会社なので法人税の納税義務がありますが、NHK本体は、上記のような投資で得た莫大な金融資産を保有していても、いっさい税金がかからないのです。放送法で免除されているからです。

しかも、総工費1700億円を使って、2035年に完成予定の渋谷の放送センターの建て替えが昨年からはじまっているのでした。その費用も既に積立て済みだそうです。

■NHKの”暴走”


NHKの問題をNHK党の専売特許ではなく、国民の問題として考える必要があるのです。政治に期待できなければ、国民自身がもっと声を上げる必要があるのです。NHKの思い上がった「受信料ビジネス」を支えているのは私たちの受信料なのです。NHKをどうするかという問題を、国民的議論になるように広く提起することが求められているのです。でないと、政治と癒着して半ばブラックボックスと化したNHKの“暴走”を止めることはできないでしょう。このままでは、国民にさらなる負担を求めてくるのは間違いないのです。

しかも、それは受信料の問題だけでなく、私たちの個人情報が勝手放題に使われるという問題にも関わって来るのです。杉並区の住基ネットから漏洩した個人情報が、振り込め詐欺や広域連続強盗事件に使われたのではないかと言われていますが、そこには国民の個人情報を役所が一元的に管理する怖さを示しているのです。NHKは、住民基本台帳の転入と転出のデータの提供を求めたくらいですから、ネット受信料が始まれば、当然そこにも触手を伸ばして来るでしょう。
2023.01.30 Mon l 社会・メディア l top ▲