悪党潜入300日ドバイ・ガーシー一味


■朝日新聞の事なかれ主義


一足先に電子書籍で、伊藤喜之氏の『悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味』(講談社+α新書)を読みました。

伊藤氏は、朝日新聞ドバイ支局長としてドバイに赴任していたのですが、伊藤氏がガーシー(東谷義和)に初めて接触したのは、2022年4月だそうです。その後、取材をすすめ、ガーシーのインタビュー記事をものにしたのですが、本社のデスクから「東谷氏の一方的な言い分ばかりで載せられない」と「掲載不可」を告げられ、同年8月末で朝日を退社して独立。以後、ドバイに住み続けて取材を続け、本書の出版に至ったというわけです。

本書には、その没になった記事が「幻のインタビュー『自分は悪党』」と題して掲載されていますが、それを読むと、「東谷氏の一方的な言い分ばかりで載せられない」と言った、本社のデスクの判断は間違ってないように思いました。

本書も同様で、「悪党」「潜入」「一味」という言葉とは裏腹に、ややきつい言い方をすれば「ガーシー宣伝本」と言われても仕方ないような内容でした。「潜入」ではなく「密着」ではないのかと思いました。ガーシー自身や、ガーシーの「黒幕」と言われる秋田新太郎氏が、それぞれTwitterで本書を「宣伝」していた理由が納得できました(ほかにも本書に登場する人物たちが、まるで申し合わせたようにTwitterで「宣伝」していました)。

私は下記の記事で、「元大阪府警の動画制作者」「朝日新聞の事なかれ主義」「王族をつなぐ元赤軍派」という目次が気になると書きましたが、「朝日新聞の事なかれ主義」というのは、単に掲載不可で辞表を出した著者の個人的な“恨みつらみ”にすぎなかったのです。別に朝日の肩を持つわけではありませんが、「事なかれ主義」と言うのは無理があるように思いました。

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■元大阪府警の動画制作者


著者は、ガーシーには「過去に不始末などを犯し、日本社会に何らかのルサンチマン(遺恨)や情念を抱える『手負いの者たち』が東谷のそばに結集し、暴露ネタの提供から制作まで陰に陽にさまざまなかたちで手を貸している」(「あとがき」)として、彼らを「ガーシー一味」と呼んでいましたが、「元大阪府警の動画制作者」もそのひとりです。

名前は池田俊輔氏。本書ではこう紹介されています。

東京都内の映像制作会社の社長で、40歳。20代のころは大阪府警の警察官として外国人犯罪を取り締まる国際捜査課に所属していた、という異色の経歴を持つ。警察官人生の先行きに憂いを感じたこともあり、早々に見切りをつけて退職。独立して番組制作を手掛ける会社を立ち上げたが、4年前からYouTubeの動画制作をメインに据え、これまでに約70チャンネルを手がけていた。
(本書より。以下引用は同じ)


ガーシーの「東谷義和のガーシーch【芸能界の裏側】」は、ガーシーの発想で始まったのではないのです。本書によれば、ガーシー自身はYouTubeで暴露することに、むしろ逡巡していたそうです。それを説得したのが秋田新太郎氏だったとか。そして、おそらく秋田氏が依頼したのではないかと思いますが、「ガーシーch」を企画立案したのが池田氏です。

本書を読むと、「ガーシーch」が綿密な計算のもとに作られていたことがわかります。暴露動画の効果をより高めるために、「ネガティブ訴求」という「切り口」を参考にしたと言います。

(引用者註:ネガティブ訴求の)過去例としては、「○○を買ってはいけない」「○○を知らないとヤバい」「販売中止」「絶対に○○するな」「放送中止」などがあった。ネガティブに煽っていく切り口の動画がヒットしたことを示している。
 ここから発想を展開し、たとえば、「芸能界で○○するな」「芸能界の裏側」「テレビの放送事故」など、東谷が動画をつくれそうな切り口を検討してもらったという。


取り上げる芸能人も、「ネット上でどれだけ検索されているか」「検索ボリューム」で調べた上で、リストの中から「誰を優先的に暴露していくか順番を検討」したのだそうです。

 その資料をみると、検索ボリュームが比較的高い芸能人の中には野田洋次郎(RADWIMPS)、TAKA(ONE OK ROCK)、佐藤健、新田真剣佑、TKO木下隆行など、比較的初期に東谷が暴露対象とすることになった芸能人の名が見える。
 池田はいう。「すでに東さん自身が配信でも振り返っていますが、芸能人暴露にはYouTubeで広告収益を得て、何よりもまず東さんの借金を返すという目的がありました。そのためにも再生数が伸びそうな芸能人は誰かということもかなり意識して撮影スケジュールを決めていきました」


また、8分以上だと2本の広告が付くことを考慮して、動画の尺を9分20秒にしたり、動画の拡散のために、「東谷のBTS詐欺疑惑を最初に晒した」Z李に協力を仰いだりしたのだとか。

動画の撮影を始めたのは、2022年2月6日でした。大阪府警の捜査の手から逃れるために、ガーシーが、秋田新太郎氏の誘いに応じてドバイ国際空港に降り立ったのが2021年12月18日でしたから、それから僅か2ヶ月足らずのことです。

場所は、秋田氏の婚約者が経営しているレストランの社員寮の部屋でした。モロッコ人スタッフと相部屋で、床は埃が溜まり靴下が汚れて閉口するような部屋だったそうです。モロッコ人スタッフが仕事で部屋を空けている時間帯に撮影し、しかも、ドバイということを悟られないように、カーテンを閉め、ガーシーの服装も日本の季節に合わせたものにするなど、細心の注意を払って行われたそうです。

■王族をつなぐ元赤軍派


「王族をつなぐ元赤軍派」というのは、大谷行雄という人物です。重信房子氏の弁護人を務めた大谷恭子弁護士の弟で、現在は、UAE北部のラスアルハイマという街に住み、経営コンサルタントをしているそうです。

大谷氏については、重信房子氏が出所した際に、伊藤喜之氏が朝日にインタビュー記事を書いており、私も「そう言えば」といった程度ですが、読んだ記憶がありました。

朝日新聞デジタル
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大谷氏は、秋田新太郎氏と関係があり、ガーシーが参院議員になったあとに、秋田氏の依頼で懇意にしている王族に何度か引き合わせたことがあるそうです。それで、ガーシーが子どものように「王族になる」と言い始めたのでした。

大谷氏は、著者の取材で、ガーシーのことを次のように言っていました。

「秋田氏にガーシー議員を紹介されて、ご協力できることはしたいとラスアルハイマの王族の皆様に引き合わせました。私はガーシー氏の暴露行為についてすべてを肯定しているわけじゃありませんが、彼の既存体制と権力に対する破壊的精神を買っています」


著者は、「まさに元赤軍派らしい発言」と書いていましたが、私にはトンチンカンな駄弁としか思えませんでした。そもそも「元赤軍派」と言っても、高校時代に、赤軍派結成に至る前のブント(共産主義者同盟)の分派活動をしていたにすぎないのです。

■ワンピースの世界観


ガーシーの周りには、秋田新太郎氏のほかに、FC2の高橋理洋氏、元ネオヒルズ族で、2022年3月に無許可で暗号資産の交換業を行っていたとして関東財務局から名指しで警告を受けた久積篤史氏、ハワイ在住のコーディネーターの山口晃平氏、小倉優子の元夫でカリスマ美容師の菊地勲氏、大阪でタレントのキャスティングや動画配信の会社を経営する緒方俊亮氏、年商30億円以上を誇ると言われる33歳の実業家の辻敬太氏などが集まっているのでした。

著者は、「皆がそれぞれに後ろ暗い過去を持つが、東谷はそこにむしろ任俠組織の絆のようなものを感じ取っている」と書いていましたが、そこで登場するのがあの「ルフィ」の『ワンピース』です。ガーシーはマンガ好きで、「雑誌では週刊少年ジャンプとヤングジャンプは電子版でかかさずに定期購読している。なかでも何度もインスタライブなどの配信で言及しているのが尾田栄一郎の人気漫画『ワンピース』だ」とか。

 血縁関係がない者同士が盃を交わすことで疑似的な血縁関係を結び、兄弟になったり、親子になったり。仁義や交わした約束などが重んじられるシーンも数多い。これは日本の伝統的な任俠組織のシステムと同一であり、ワンピースはそんな世界観で成り立っている。


著者は、「ガーシー一味」をそんな世界になぞらえているのでした。

本書にも名前が出ていますが、ほかに有名どころでは、エイベックスCEOの松浦勝人氏や自伝本『死なばもろとも』(幻冬舎)の編集者の箕輪厚介氏、コラボの見返りにガーシーに4000万円を貸した医師の麻生泰氏などが、ドバイを訪ねてガーシーを持ち上げています。また、ガーシーが芸能界で人脈を築くきっかけを作ったと言われるタレントの田村淳に至っては、ガーシーは未だ友達だと言って憚らないのでした。

しかし、実際は、それぞれが何程かの打算や思惑や義理で近づいているはずで、著者が書いているのは後付けの理屈のようにしか思えませんでした。だったら(そんな”錚々たる”メンバー”がホントに義侠心で馳せ参じているのなら)、暴露系ユーチューバーなどという面倒くさいことをやらずに、みんなでお金を出し合って助ければよかったのです。そうすれば、ガーシーの借金など簡単に清算できたはずです。BTS詐欺の”弁済金”も、麻生氏に借りるまでもなかったのです。そう皮肉を言いたくなりました。

■トリックスター


著者は、こう書いていました。

(略)トリックスターを体現する「ガーシー」という存在は東谷がただ一人で生み出したものでもないのだろう。東谷自身が、ワンピースの「麦わらの一味」や水滸伝の108人の盗賊団とどこかで自分を重ねていることを踏まえても、東谷本人とその周囲の仲間たちが共同作業で創り出しているのが「ガーシー」だととらえることができる。


「トリックスター」という言葉は、西田亮介氏も朝日のインタビュー記事で使っていました。

朝日新聞デジタル
除名のガーシー議員 既成政党への不満が生んだ「トリックスター」

実は、かく言う私も、上の関連記事で「トリックスター」という言葉を使っています。しかし、私は、「トリックスター」という言葉を聞くと、前に紹介した集英社オンラインの記事のタイトルにあった「だって詐欺師だよ…」というガーシーの知人の言葉を思い出さざるを得ないのでした。

集英社オンライン
〈帰国・陳謝〉を表明したガーシー議員、それでも側近・友人・知人が揃って「帰国しないだろう」と答える理由とは…「逮捕が待っている」「議員より配信のほうが儲かる」「だって詐欺師だよ…」

「トリックスター」に「詐欺師」とルビを振れば、ガーシー現象がすっきりと見えるような気がします。身も蓋もない言い方になりますが、結局、その一語に尽きるように思いました。


追記:
この記事は朝アップしたのですが、午後、警視庁は著名人らに対して脅迫を行った容疑で、ガーシーに逮捕状を請求したというニュースがありました。まるで除名処分を待っていたかのような警視庁の対応には驚きました。

結局、ガーシーは、ドバイに行って墓穴を掘っただけと言っていいでしょう。しかも、どう考えても、これが”とば口”にすぎないのはあきらかなのです。

また、ドバイで動画制作に関わったとみられる男性(記事参照)に対しても、逮捕状を請求したそうです。上記で書いたように、動画の中で、暴露相手を追い込むようなガーシーの激しい口調も、「ネガティブ訴求」として意図的に採用されたのです。

容疑の「常習的脅迫」に関しては、本書の中に次のような記述がありました。ガーシーに「密着」した本が、逆に容疑を裏付けるという皮肉な結果になっているのでした。

 そうした(引用者註:任侠組織と同じような)価値観は暴露にも反映され、その一つが暴露では本人だけでなく、その周囲の人物も晒すという東谷独特のやり口がある。(略)そんな情け容赦ない喧嘩術はある種、ヤクザ的である。東谷は「その人のアキレス腱を攻める。周囲の人を暴露したら一番嫌がるのはわかっている。それが俺のやり方やから」と悪びれずに繰り返し述べている。

2023.03.16 Thu l 本・文芸 l top ▲