
※赤の広場と聖ワシリイ大聖堂(public domain)
■マリン首相の苦戦
NATOの加盟が正式に決定したばかりのフィンランドで、2日、フィンランド議会の任期満了に伴う総選挙が行われました。まだ、選挙結果が出ていませんが、マリン首相が率いる中道左派の社会民主党は、最新の世論調査でも18.7%の支持率しかなく、「苦戦」を強いられているとメディアは報じています。
朝日新聞デジタル
マリン首相が「厳しい選挙」に直面 右派はティックトックで追い上げ
ロシアと国境を接するフィンランドは、従来ロシアを刺激しないために中立政策を取っていたのですが、ウクライナ侵攻を受けて危機感を抱き、NATO加盟に舵を切ったのでした。
今回の総選挙ではNATO加盟を主導した与党に有利にはたらくのではないかと言われていましたが、あにはからんやそうではなかったのです。ロシアへの経済制裁に伴うエネルギー価格の高騰で国民生活が苦境に陥り、それが戦争をエスカレートさせる一方のNATOに対する反発になっているのでした。
一方で、EU懐疑派の右派政党・フィンランド人党が19.5%と、与党の社会民主党を凌ぐ支持を集め、躍進が予想されています。フィンランドでも他国と同様、右派の存在感が増しているのです。
■メディアと世論の違い
日本のメディアの報道だけを見ていると意外だと思うかもしれませんが、ヨーロッパでは反NATOの声が拡大しているのでした。それは「戦争をやめろ」という声です。
ちなみに、米中対立に関する台湾の世論に関しても、日本のメディアが伝えるものとはかなり違っているようです。田中康夫氏は、ツイッターで、与党系のシンクタンクが行った世論調査の結果を次のように伝えていました。そこで示されているのも、「中国(大陸)を挑発するな」という声でしょう。
EUの人々は、戦争をやめなければ、自分たちの生活がにっちもさっちもいかなくなるという危機感を抱き始めているのです。その危機感が、極右への支持に向けられているのです。
台湾の「民度」を理解出来ない日本と米国の「眠度」✍遠藤誉
— 田中康夫Lottaの執事🐩Servant Leader😇 (@loveyassy) April 1, 2023
与党🇹🇼民主進歩党系シンクタンク台灣民意教育基金會が発表の世論調査💢
「米国が台湾に友好的なのは必ずしもプラスではない」58・6%
「蔡英文の訪米は有益ではない」74・2%
「馬英九の訪中は大変に良い」71・0%https://t.co/oHe5040sxa
■プーチンの発言
ウクライナ戦争を通して、世界が多極化に向かって加速しはじめていることが、もはや誰の目にもあきらかになっています。それはもう押しとどめることができない歴史の流れです。
人口比で言えば、国連のロシア非難決議に反対している人の方が多いのです(正確に言えば、非難決議に反対、もしくは棄権した国の方が賛成した国より人口が多い)。欧米支持派は、世界では少数なのです。
既に中国とロシアが中心となって、BRICsを拡大し上海協力機構(SCO)と結合させた、人民元やルーブルを軸にする新たな決裁システムの構築も始まっています。
エマニュアル・トッドも、今年の1月に執筆された「第三次世界大戦が始まった」の中で、次のように書いていました。
もしロシア経済が、いつまでも経済制裁に持ちこたえ、遂にはヨーロッパ経済を疲弊させるに至り、中国の支援でロシア経済が生き延びるならば、通貨上及び金融上のアメリカによる世界制覇は崩壊に至ります。それとともに、アメリカは膨大な貿易赤字を無料でファイナンスしてきた重要な手段を失うことになります。
(文春新書『トッド人類史入門』所収・「第三次世界大戦が始まった」)
また、『トッド人類史入門』の中で、佐藤優氏は、2022年の10月24~27日に、ウクライナ侵攻後初めて開かれたヴァルダイ会議における講演の中で、プーチン大統領が次のように述べたことをあきらかにしていました。
〈今起きていることは、例えばウクライナを含めて、ロシアの特別軍事作戦が始まってからの変化ではありません。これらの変化はすべて、何年も長い間、続いています。(略)これは世界秩序全体の地殻変動なのです〉
〈ソ連の崩壊は、地政学的な力のバランスを破壊しました。欧米は勝者の気分になり、自分たちの意志、文化、利益のみが存在する一極的な世界秩序を宣言しました。
今、世界情勢における西洋の独壇場は終わりを告げ、一極集中の世界は過去のものになりつつあります。私たちは、第二次世界大戦後、おそらく最も危険で予測不可能な、しかし重要な一〇年を前にして、歴史の分岐点に立っているのです〉(プーチン発言はいづれも佐藤優訳)
ロシアは、当初、民族浄化を行っているネオナチのゼレンスキー政権から、ウクライナ国内のロシア語話者を守るためという大義名分を掲げて侵攻したのですが、しかし、時間を経るに連れ、欧米との代理戦争の性格を帯びて来たウクライナ戦争について、世界の多極化という観点から歴史的な位置づけを行って、その意義を強調しはじめたのでした。それは、言うまでもなく、ドル本位制に支えられたアメリカと西欧の没落を意味するのですが、中国やBRICsなど新興国の支持を受けたロシアの自信の表れとも言えるでしょう。
余談ですが、エマニュアル・トッドが言っているように、ウクライナでは、ロシアの侵攻前から多くの中産階級が国外へ脱出していたのです。ウクライナはヨーロッパでもっとも腐敗した国と言われていました。しかもウクライナ民族主義を掲げるネオナチが跋扈し(アゾフ連隊のような民兵が当たり前のように存在し)、ロシア語話者や左翼運動家やLGBTなどを誘拐したり殺害したりする事件が頻発していました。そんな母国の現状に失望して、多くのウクライナ国民が国外へ脱出していたのです。また、NATOの東方拡大を背景に、ウクライナの農地の30%を欧米の穀物メジャーが所有しているという現実も、ウクライナ戦争の背景を考える上で重要なポイントでしょう。
西側のメディアが言うように、ロシアは決して孤立しているわけではないし、また、経済的に疲弊しているわけでも、軍事的に劣勢に立たされているわけでもありません。というか、そもそも核保有国が劣勢に立つなど、戦況以前に論理的にあり得ないことです。エマニュアル・トッドが言うように、スペインと同じくらいのGDPしかないロシアが、欧米を相手にどうしてこんなに持ちこたえているのか。そこに新たな世界秩序の謎を解くヒントがあるように思います。
しかし、対米従属を国是とする日本では、相も変わらず勝ったか負けたか、ウクライナかロシアかの戦時の言葉が飛び交うだけで、世界が多極化に向かっている現実をまったく理解しようとしないのです。私は、そんなイギリス国防省とアメリカのペンタゴンと防衛省の防衛研究所のプロパガンダに踊らされ、彼らの下僕のようになっている日本に歯がゆさを覚えてなりません。
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