横濱物語



■仮面強盗事件


5月8日に銀座で起きた「仮面強盗事件」で、逮捕されたのが16~19歳の横浜の遊び仲間だったという報道について、吉田豪氏がネットの番組で、「犯人が横浜の不良仲間と聞いて納得できましたよ」と言っていましたが、横浜住みの私も同じように思いました。

他の強盗事件にも関与していたようですが、しかし、闇バイトで実行部隊を集めた「広域強盗事件」ではなく、それを真似た事件だったのです。

先輩や友人に誘われてやったという供述が、如何にも横浜らしいなと思いました。横浜に住んでいると、誰が横浜をオシャレな街だなんて言ったんだ、と思うことが多いのです。

ガーシーが裏カジノにはまって借金を作ったのも、横浜の福富町の裏カジノだと言われていますが、さもありなんと思いました。

私は、前に横浜市立大を出た馳星周に、横浜を舞台にしたピカレスク小説を書いて貰いたいと書いたことがありますが、横浜ほど馳星周の小説が似合う街はないのです。

■『横濱物語』


にわか市民の私にとって、横浜のバイブルと言えるのは、平岡正明の『横浜的』(青土社)と小田豊二氏の『横濱物語』(集英社)です。

『横濱物語』は、黄金町の遊郭で生まれ、終戦後の横浜の夜の街でその名を轟かせた松葉好市氏という生粋のハマっ子に聞き書きした本で、終戦直後から1960年代半ばまでの、文字通り横浜が栄華を極めた頃の風俗や不良たちのことが語られているのでした。その中に、次のような箇所がありました。

 大正初期だったと聞いていますが、横濱の港湾荷役事業のために神戸からやってきたのが、「各酒藤兄弟会(かくしゅとうけいていかい)」。鶴井寿太郎、酒井信太郎、藤原光次郎というそれぞれの親分の頭文字を取って付けられた組織名で、いわゆる全国の港湾関係を仕切るために産まれた組織なんですね。
(略)
 その「鶴酒藤」の看板を次の世代で背負ったのが、酒井信太郎、笹田照一、藤木幸太郎、鶴岡政次郎といった親分衆。みなさん、神戸の山口組二代目・山口登さんと五人の兄弟分の人たち。その人たちが新興勢力として関西から横濱にやってきた。
藤木さんと鶴岡さんは綱島一家の盃をもらって藤木一家、鶴岡一家を興し、酒井さんと笹田さんもこの横濱で一家を構えて、親分になったんです。
(略)
 藤木企業? ええ、その前身です。でも息子さんはカタギで、いまでは横濱を代表する立派な実業家です。(略)
  港湾の仕事は、とにかく人を集めなければ話になりませんからね。それも働くのは沖仲仕と呼ばれる荒っぽい人たちですから、そういう組織がないとしめしがつかない。


 GHQは最初、荷役の下請けを禁止していたんですよ。ところが、直接に沖仲仕を雇うと、ストとか起こりやすいじゃないですか。それで、笹田親分の笹田組や鶴岡さんのところの東海荷役、それから藤木さんの藤木企業という会社に下請けをまかせたんです。(略)


松葉氏は、「この港湾事業のおかげで戦後の横濱が発展した」と言っていました。「とにかく横濱に行けば仕事にありつける」ということで、横浜に人が集まったのでした。そして、アメリカが接収した土地の6割が横浜に集中していたと言われるくらい進駐軍の影響が大きかった横浜は、繁華街もアメリカ文化に彩られ「憧れの街」になったのでした。そんな中から愚連隊が生まれ、横浜は愚連隊の発祥の地だと言われたそうです。「仮面強盗事件」の少年たちは、元祖愚連隊の継承者と言っていいのかもしれません。

■映画「ハマのドン」とカジノの”再燃”


2021年の横浜市長選では、山下埠頭にIR、つまりカジノを誘致するかどうかが大きな争点になりました。そして、カジノ反対の急先鋒に立ったのが、”ハマのドン”と言われた藤木企業会長の藤木幸夫氏でした。藤木氏は、昵懇の仲であった菅義偉首相(当時)と袂を分かって、立憲民主党が擁立した反対派の山中竹春候補(現市長)を支援することを表明し話題になりました。

その藤木氏を描いた映画「ハマのドン」が今月から劇場公開されています。これは、テレビ朝日が製作した2022年2月放送のドキュメンタリー番組を劇場版に再編集したもので、監督はテレビ朝日の「報道ステーション」でプロデューサーを務めた松原文枝氏です。

ところが、今年の2月の市議会で、山下埠頭の再開発計画に関する「山下ふ頭再開発検討委員会」の設置が決まったことで、横浜でカジノが”再燃”するのではないかという声が出ているのでした。と言うのも、再開発の事業者提案の中に、山下埠頭をスポーツ・ベッティング(スポーツの試合を対象にした賭け)の「特区」にするという計画案が含まれていたからです。スポーツ・ベッティングの解禁には法改正が必要なので、「特区」という文字に政治家や経産省の深慮遠謀を指摘する声もあるのでした。検討委員会の設置には、自民党だけでなく立憲民主党も共産党も賛成して、反対したのは無所属の2人だけだったそうです。

そういったカジノ”再燃”の不穏な動きとの絡みもあり、映画「ハマのドン」に対しても、「虚構」だ、藤木氏をヨイショしているだけだ、という批判が噴出しているのでした。私は、まだ本編を観ていませんが、予告編の冒頭に、「主権は官邸にあらず 主権在民」というキャッチコピーが画面いっぱいに映し出されているのを観ると、たしかに違和感を持たざるを得ないのでした。

市長選前の2021年8月3日に、藤木氏は外国特派員協会で記者会見を行なったのですが、その中で注目を集めた発言がありました。

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横浜市カジノ誘致に反対 「ハマのドン」藤木氏が会見(2021年8月3日)

「カジノの問題なんか小さな問題なんです。ただ、マスコミの皆さんがやっぱりカジノを中心にリポートされてるから、これだけのことになってる。私、カジノはやっていいんですよ。横浜港以外ならどこでもやってくださいよ。だって国がやると言ってるんだから」


ここに来て、藤木氏はカジノには反対ではなかった、ただ利権から外されたので反対しただけだ、という見方が再び取り沙汰されているのでした。

■旧市庁舎の売却問題とMICE


先日の市議会では、気に入らない質問があるとあきらかに不機嫌な様子を見せて、ふんぞり返るように椅子に座っている市の幹部の態度が一部の市民から批判されていましたが、横浜市は名にし負う役人天国でもあります。カジノの”再燃”には、横浜市庁舎の”中の人”たちの意向もあるのではないかという穿った見方もあります。何故なら、みなとみらいと同じように、巨大な天下り先が確保できるからです。

横浜にはカジノだけでなく、ほかにも問題が山積していますが、反対派が「激安処分」と呼ぶ旧市庁舎の売却問題もそのひとつです。林文子市長の時代に、旧横浜市庁舎の建物5棟を7700万円で売却し、土地を77年の定期借地権付きで貸し付ける契約を三井不動産を代表とする8社の企業グループと結んだのですが、これに対して、「たたき売り」だとして契約の差し止めを求める住民訴訟が起こされているのでした。しかし、立憲民主党に擁立された山中竹春市長は、契約は妥当で市に瑕疵がないと判断し、林市政の方針を受け継いでいるのでした。

7700万円で売却した旧市庁舎は、1959年に建築家の村野藤吾の設計によって建てられた、戦後日本を代表する近代建築と言われるような歴史的価値がある建造物です。しかも、2009年に60億円をかけて耐震補強までしているのでした。建物は一応保存することが売却条件になっており、そのうち旧行政棟は、星野リゾートの系列会社が2026年からホテルとして運営することが決まっています。一方で、三井不動産などの企業グループは、同じ敷地内に、地上33階建て高さ170メートルの高層ビルを、2026年完成を目指に建設することをあきらかにしているのでした。

市庁舎がある関内地区には、「都市景観形成ガイドライン」によって、さまざまな規制がかけられており、建築物の高さも実質的に33メートルから40メートルに規制されていました。そのため、私もこのブログで書いたことがありますが、都内のように高い建物で頭上を覆われるような圧迫感がなく、ヨーロッパの街のようなゆったりした雰囲気があり、それが横浜の街の魅力でした。ところが、いつの間にかガイドラインが”緩和”され、高層ビルの建設が可能になっていたのでした。もっとも、2020年に新しく建てられた市庁舎も32階建の豪奢なもので、行政みずからが横浜の街の景観を壊しているのでした。

山下埠頭の再開発では、基本計画の中に、観光庁が推進する「MICE」がテーマとして掲げられています。「MICE」というのは、「企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字」(観光庁のサイトより)から取った言葉で、政府が成長戦略の一環として打ち出した総合リゾート型観光の中核をなすものです。要するに、「MICE」は、コンクリートの箱を造ってイベントをやって滞在型の観光客を呼び込むという、旧態依然とした発想の産物です。当然、その中にスポーツ・ベッティングの「特区」も含まれるのでしょう。

横浜がインバウンドの取り込みに失敗しているのは事実ですが、それはイベントをやる施設がないからではないのです。街がミニ東京みたいになってしまって外国人観光客に魅力がないからです。食べ物であれ景観であれ何であれ、日本を訪れる外国人観光客たちが求めるのは”日本らしさ”です。つまり、彼らは、ありのままの日本の歴史や文化を求め、異文化を体験するために日本にやって来ているのです。それがわかってないのではないか。

言うまでもなく、横浜は独自の歴史と文化を持った街ですが、その”記憶の積層”を過去の遺物だと言わんばかり(ゴミのように)に捨て去ってしまう今のやり方は、みなとみらいと同じように、のちに大きな禍根を残すような気がします。

■村社会の魑魅魍魎たち


横浜市は、人口が376万人(2023年1月現在)の大都市ですが、一方で古いしがらみが残る地方都市の側面もある街です。老舗と呼ばれる商店や、港湾(倉庫)業や運送業や建設業など、進駐軍がもたらした戦後の繁栄の恩恵に浴した者たちが、まるで”村社会”のように横浜の政治・経済を牛耳っているのでした。

たとえば、菅義偉元首相が小此木八郎氏の父親の秘書だったかとか、藤木幸夫氏が小此木八郎氏の名付け親だったとか、人間関係も非常に濃密です。そのため、彼らが表面的に対立する構図となった先の横浜市長選も、利権をめぐる“村社会”の内輪もめにすぎないのではないかという見方が当初からありました。

たしかに、林市政のときと同じように、いつの間にかオール与党体制に戻って、市長が変わっても”村社会”の利権の構造は何も変わってないのでした。

下記のような共産党の県議の投稿に対して、カジノ反対派の市民たちが反発していますが、しかし、言っていることはわかる気がします。


共産党も「山下ふ頭再開発検討委員会」の設置に賛成したので、お前が言うなという気がしないでもありませんが、横浜の“村社会”とそこに跋扈する魑魅魍魎たちのことを考えれば、話がそんな単純なものではなかったことがわかるのです。裏には裏があるわけで、横浜市民だったらそのくらい考えなさいよ、と大山県議は言いたいのだろうと思います。それこそ横浜市歌を空で歌えるような横浜市民たちもまた、利権のおこぼれを頂戴するために横浜の“村社会”を支えているのです。

横浜市は、まさに日本の地方の縮図なのです。ただ、日本で一番人口の多い都市(市)なので、そのヤバさが桁違いだということです。「ドン」と呼ばれる人物や官尊民卑を地で行くような小役人が我が物顔で跋扈する街のどこがオシャレなんだ、と言いたくなるのでした。


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