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(イラストAC)



■法律改正は国家の都合


昨日(6月9日)、参議院本会議で入管法改正案の採決が行われ、自民・公明・維新・国民民主などの賛成多数で可決され成立しました。

入管法改正案は、手っ取り早く言えば、出入国管理や入管施設のキャパを超えるほど収容者=「不法残留外国人」が増えたため、難民申請や収容のあり方を見直すというものです。要するに、「不法残留外国人」を減らすためです。

今回の入管法の改正について、私は、2010年に貸金業法と利息制限法が改正された際に、その改正案作りに関わった旧知の弁護士が言っていたことを思い出しました。

当時は、自己破産が年間10万件(2010年は12万件)を超えるほど、多重債務が社会問題になっていました。そのため、東京地裁はは、申し立ての急増で手がまわらなくなり、免責の可否を決める審尋を書面だけで済ませるようにしたくらいです。つまり、自己破産の申立てを行なっても、裁判所に出廷しなくてよくなったのです。

そんな状況を改善するために、国が法律が改正して、自己破産件数を減らすことにしたそうです。旧知の弁護士は、どちらかと言えば国寄りの人でしたが、「法律は国家のためにあるので、国家の都合で変わるんですよ。キャパを越えたので匙加減を変更したのです。別に多重債務者を救済する目的なんかではありませんでした。結果的に多重債務者の救済や業者の淘汰につながっただけです」と言っていました。

今回の改正案では、「収容者を減らす」(出入国管理業務の負担を減らす)ために、2つの大きな改定を行ったのでした。ひとつは、難民申請中は強制送還が停止されるという規定を見直して、申請は原則として2回に限るとしたのです。3回目以降は、「相当の理由」がなければ規定を適用しないことにしたのです。これは、言うまでもなく収容期間を短縮する(早く国外退去させる)ためです。また、もうひとつは、退去するまでの間、施設に入らずに「監理人」と呼ばれるボランティアのもとで生活できる新しいシステムが設けられたことです。このシステムは、施設に収容する人数を減すのが狙いなのでしょう。

でも、これだけ収容人数が増えたのは、難民認定率が0.3%という、およそ先進国では考えられないような認定率の低さがあるからです。そうやって国が「不法残留外国人」を増やしてきたからです。難民であるかどうかを審査する参与員の一人は、2021年4月の衆院法務委員会で「難民はほとんどいなかった」と発言して物議を醸したのですが、それは「いなかった」のではなく「いない」ようにしたからでしょう。

そう発言した女性参与員は、参与員が100人いるにもかかわらず、ひとりで難民申請の25%を担当していたそうです。どうしてそんな片寄ったことになったのかと言えば、彼女が難民の認定に消極的だからです。前向きな参与員のところには審査の依頼が来なかったそうです。今回の入管法改正案は、そんな恣意的な行政の延長上にあるのです。

ちなみに、その女性参与員は、一方で、地雷除去の活動をしており、「難民を助ける会」という国際NGO団体の名誉会長も務めているそうです。何だかジキルとハイドのような話ですが、旧統一教会のダミー団体でも問題視されたように、「難民」とか「平和」とか「環境」とか「SDGs」とかいった耳障りのいい言葉は、いったん保留して(場合によっては眉に唾して)二度見三度見をする必要があるでしょう。

■山本太郎代表と望月衣塑子記者


一昨日(6月8日)の参院法務委員会で改正案が強行採決された際に、法案に反対するれいわ新選組の山本太郎代表が暴力を振るったとか、取材に来ていた東京新聞の望月衣塑子記者が傍聴席から「不規則発言」を行なった(要するにヤジを飛ばした)として、与党だけでなく法案に反対した立憲民主党や同党に随伴する左派リベラルからも批判が起こっているそうです。私は、それを聞いて、文字通り世も末のような気持になりました。

たとえば、多くの社会運動にコミットして来た社会学者の木下ちがや氏は、ツイッターで両名を次のように批判していました。



木下ちがや氏は、山本太郎代表が強行採決のあと、街頭でその暴挙を訴えたことに対しても、「ほらさっそく路上で受難ごっこ」とヤユしているのでした。「民主主義にとって害悪」なのはどっちなんだ、と言いたくなります。何だか衣の下から鎧が覗いているような気がしてなりません。

山本太郎代表に対しては、与野党共同で懲罰動議が出される予定だと言われています。参議院懲罰委員会の委員長は、ガーシーの懲罰でおなじみの鈴木宗男氏ですが、ガーシーに対するやり方が踏襲されているような気がしないでもありません。味をしめたと言ったら言いすぎかもしれませんが、国会ではガーシーの一件によって、懲罰のハードルが格段に下がったように思います。

れいわ新選組に関しては、参院本会議で櫛渕万里共同代表が「与党も野党も茶番!」という紙を掲げたことに対して、既に10日間の「登院停止」という懲罰を科しているのでした。また、同様の行為を行なった大石晃子共同代表に対しても、厳重注意の処分が下されています。

2019年、北海道の札幌で演説中の安倍首相(当時)に向かって、「安倍やめろ」とヤジを飛ばした男女が警察に排除されるという出来事がありましたが、国会でも同じことが行われているのです。しかも、国会は、懲罰まで科しているのですから警察より始末が悪いと言えるでしょう。

一方、れいわ新選組は、声明の中で次のように述べています。

れいわ新選組
【声明】「闘わない野党」への檄(げき)- 財務金融委員長解任決議案の否決を受けて。(2023年5月12日 れいわ新選組)

現在の与野党のパワーバランスでは、正攻法では太刀打ちできないのだ。

選挙で勝って議席を増やし、与野党の議席を拮抗(きっこう)させてあらがえるようになるまでは、
どれだけ酷い法律が作られても仕方がない、とあきらめるのか。

私たちは、そのような政治家のメンタリティや永田町仕草が、日本をここまで破壊に導いたと考える。

「ちょっとは闘いました」アピールの野党では、悪法の増産は止められない。話にならない。


「野党なら本気で闘え」と言っているのです。もっとも、タイトルどおり「闘わない野党」に激を飛ばしているつもりなら、それは的外れと言わねばならないでしょう。

大塚英志氏は、ツイッターに次のように投稿していました。


余談ですが、大塚英志氏がリツイートした時事の記事によれば、自民党の世耕弘成参院幹事長は、(望月記者は)「もうジャーナリストではなく活動家だ。(取材用の)記者記章を取り上げる必要がある」と発言したそうです。でも、それは、ネトウヨが望月氏を攻撃する際の常套句とそっくり同じなのでした。自民党とネトウヨが共有するものが垣間見えたような気がしました。その認識は、上記の木下ちがや氏のツイッターも共有しているように思います。

それにしても、翼賛化する一方の国会と、”異物排除”に手を貸す野党や左派リベラルに対しては、もはやおぞましいという感覚しかありません。こんなやから、、、、、、に何を期待しろというのか。


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