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エルサレム旧市街 嘆きの壁(写真AC)



■イスラエルのデマゴギーとメディアの両論併記


ガザ地区にあるアフリ・アラブ病院で17日の夜、「爆発が起き」患者ら471人が死亡する被害が発生しました。イスラエル空軍は、連日、報復のためにガザを無差別に爆撃しており、既にガザの死者は3478人(朝日記事より)に達しているそうです。当然、誰しもがイスラエル軍による空爆と考えたはずです。

ところが、イスラエルは、爆撃を否定して、パレスチナ過激派の「イスラム聖戦」のロケット弾によるものだと発表したのでした。パレスチナ過激派の自作自演だと言うのかと思ったら、その後、「誤射」とトーンダウンしていました。

しかし、これはイスラエルの常套手段で、別にめずらしいことではありません。パレスチナ過激派のロケット弾にあれほどの破壊力はなく、イスラエル軍の「JDAM Bomb」という精密誘導装置を付けた爆弾が投下された可能性が高いという専門家の声があります。軍事評論家の伊勢崎賢治氏は、ツイッターで、「あれだけの密集地に、あれだけの短期間で、あれだけの量を落とすのか」という、「アフガン・イラク両方の作戦室で指揮を執った元米軍の友人の言葉」を紹介していましたが、アフガン・イラクの経験者から見ても信じられないような常軌を逸した絨毯爆撃が行われているのです。

にもかかわらず、西側のメディアは、いつの間にかアフリ・アラブ病院に対する爆撃を「病院爆発」と表現するようになっています。まるでガス爆発が起きた事故のような言い方になっているのでした。

朝日新聞は、イスラエルの特派員らが下記のような記事を書いていました。

朝日新聞デジタル
炎上がるガザの病院、市民が犠牲に 「虐殺」か「誤射」か非難の応酬

記事は次のようなリード文で始まっていました。

 パレスチナ自治区ガザ地区の病院を17日夜襲った爆発が各地に大きな衝撃を与えている。イスラエルは軍の空爆との見方を即座に否定したが、近隣のアラブ諸国などは猛反発している。


典型的な両論併記の記事ですが、イスラエルとしては、両論併記されて「真相は藪の中」になればそれでいいのでしょう。

それにしても、アフリ・アラブ病院爆撃においても、日本のメディアのあまりにも一方的で偏った報道には呆れるというか、異常と言うしかありません。しかも、どこも右向け右の同じような報道ばかりなのでした。爆撃を「爆発」と言い換えるのは、汚染水を「処理水」と言い換えるのとよく似ています。

それでは日本の世論が、パレスチナ問題の本質から目を逸らして、イスラエル寄りか、せいぜいが「どっちもどっち論」かに片寄ってしまうのは当然かもしれません。

Yahoo!ニュースなどは炎上しやすいニュースをピックアップしてトピックスに持ってくるので、コメント欄は、ネトウヨまがいの所詮は他人事の「良心が麻痺した」(中田考氏)コメントで溢れているのでした。

まるでガザの虐殺もバズればオッケーとでも言いたげで、そのためにコメント欄に常駐するカルト宗教の信者たちを利用するYahoo!ニュースの姿勢には、おぞましささえ覚えるほどです。「ネットの声」が聞いて呆れます。

■「どっちもどっち論」というお花畑


リベラル派の「どっちもどっち論」は、メディアの両論併記と同じオブスキュランティズム(曖昧主義)で、「良心が麻痺」しているという点ではヤフコメと同じです。戦争反対=暴力反対=「銃より花束を」みたいなリベラル派特有の”非暴力主義”に依拠する彼らは、喧嘩両成敗で「良心」を装っている分、よけいたちが悪いとも言えるのです。メディアの両論併記やリベラル派の喧嘩両成敗は、ナチスの蛮行を傍観した人間たちと同じような”傍観者の論理”であり、ハンナ・アーレントが言う「凡庸な悪」と言ってもいいでしょう。ここにももうひとつの歴史のアイロニーが存在するのでした。

彼らには、「赤軍‐PFLP 世界戦争宣言」(若松孝二・足立正生監督)で掲げられた「武装闘争は抑圧された人民の声である」というテーゼの意味もわからないのでしょう。もとより、彼らは、パレスチナの現実と武装闘争の切実さを理会(©竹中労)することもできないのでしょう。「武装闘争は抑圧された人民の声である」と言われたら、目を白黒させて腰を抜かすのかもしれません。

中東が専門の国際政治学者の高橋和夫氏は、イスラエル軍とパレスチナ過激派の軍事的な力関係はニューヨークヤンキースと少年野球の荒川ボーイズが対戦するくらいの違いがあると表現したそうですが、そんな力学の中で、パレスチナ過激派の武装闘争は、イスラエルの民族浄化に抵抗する精一杯のインティファーダ(民衆蜂起)なのです。

下記は、イスラエルの建国前から現在(2012年)に至るまでのパレスチナにおける勢力図の変遷です。

イスラエル勢力図変遷
特定非営利活動法人「パレスチナ子どものキャンペーン」から抜粋

このようにシオニズム運動でロシアや東欧から移住してきたユダヤ人によって、先住民のパレスチナ人は追い立てられ、以後、その居住区はどんどん狭められているのです。現在のガザ地区は、福島市と同じくらいの365平方kmしかありません。ヨルダン川西岸に至っては現在も入植が進んでおり、居住区の減少(迫害)は続いています。これが武装闘争の背景にあるものです。しかし、西側のメディアは、「テロリズム」などと称して、あたかも一方的にイスラエルに攻撃をしかけている、イスラム思想を狂信する悪の権化のように報じているのでした。

パレスチナに入植したユダヤ人に罪はないと言いますが、罪はあるでしょう。その背後にはイスラエル軍に虐殺された数十万単位の(とも言われる)パレスチナ人の死屍累々たる風景があるのです。彼らはそんな風景の中で自分たちの”安息の日”々を求めているのです。それがシオニズムです。

ユダヤ教徒がキリストを処刑したとして、キリスト教の信者たちから迫害され、2000年前から流浪の民となったユダヤ人たち。しかも、第二次世界大戦では、キリスト教世界に根深く残るユダヤ人に対する差別感情をナチスに利用され、200万人のユダヤ人が虐殺されたのでした。ところが、今度はそのユダヤ人たちがパレスチナに自分たちの国を作るとして、ナチスと同じようにパレスチナ人たちを迫害し虐殺しているのでした。それをリベラル派は「どっちもどっち」と言っているのです。

イギリスのBBC(英国放送協会)は、その名前のとおり日本で言えばNHKのような公共放送ですが、今回の”パレスチナ・イスラエル戦争”の報道では、ハマスを「テロリスト」と呼ばない方針をあきらかにしたのでした。イスラエル建国の「原罪」やパレスチナの悲劇に大英帝国の「三枚舌外交」が関係していることを考えれば、BBCの方針は大きな決断であり、ひとつの見識を示したと言えるでしょう。重信房子氏の娘がテレビに出ただけで、「テロリストの娘を出してけしからん」と炎上する(させる)、日本のメディアとの絶望的な違いを痛感せざるを得ません。

リベラル派は、パレスチナ人の悲惨な状況には同情するけど、それを解決するには暴力ではなく、国連が主導する話し合いで行われるべきだという建前論で思考停止するだけなのです。国連が機能していれば、パレスチナ問題などはなから存在しなかったでしょう。パレスチナで悲惨な虐殺が起こるたびに、国連安保理ではイスラエルに対して非難決議が提出されたのですが、そのたびにアメリカが拒否権を行使して成立を拒んできたのです。

と言うか、そもそも1948年にイスラエルが建国されたのも、1947年に国連でパレスチナ分割案が採択され、国連がパレスチナ人の迫害とイスラエルの建国にお墨付きを与えたからです。リベラル派の「国連で話し合いを」というのは、単なるおためごかしにすぎないのです。

イスラエルが今のように核を保有した軍事大国になったのも、アメリカが軍事費を支援したからです。アメリカは、「イスラエル建国以来、1580億ドル(約23兆円)を提供」(朝日)して、戦後世界の”悪霊”とも言うべきシオニズムによる民族浄化を支えてきたのでした。

アメリカの人口3億人のうちユダヤ系は約500万人で、人口比で言えば2%にも満たないのですが、ユダヤ人は政界や経済界や学会や、それにテレビや映画などメディアで大きな影響力を持っていると言われています。また、巨額な資金力を持つユダヤ系のロビー団体もあり、民主党も共和党も選挙資金の援助を受けているため、政策面でも彼らの意向を無視できないと言われているのでした。

そのアメリカのバイデン大統領が、今また仲介者のふりをしてイスラエルを訪問していますが、現地ではバイデンが仲介者だなんて誰も思ってないでしょう。言うなれば、陣中見舞いみたいなものでしょう。しかし、西側のメディアは、まるでバイデンが仲介者であるかのように報じるのでした。そこにも両論併記の”罠”があるのでした。

リベラル派の「どっちもどっち論」は、西側メディアの両論併記と瓜二つです。そして、あとは「平和を祈って」思考停止して傍観するだけです。それでリベラル=良識を装っているだけです。

■「科学」に膝を屈したリベラル派


リベラル派の思考停止は、原発汚染水の海洋放出でも見られました。原発に反対していたはずなのに、IAEA(国際原子力機関)が「国際安全基準に合致している」と結論付けた「包括報告書」を公表し、日本政府や東京電力がIAEAによって安全性が保証されたと言うと、途端に沈黙してしまったのでした。ちなみに、『紙の爆弾』11月号の「原発汚染水海洋投棄 日本政府『安全』のウソ」という記事の中で、富山大学の林衛准教授は、IAEAの報告書には「処理水の放出は、日本政府の国家的決定であり、この報告書はそれを推奨するものでも支持するものでもない」と記載されていて、必ずしも安全性を保証しているわけではない、と言っていました。

つまり、リベラル派は、汚染水の海洋放出においては「科学」(を装った詭弁)に膝を屈したのでした。彼らにとって、「非暴力」や「科学」は、目の前の現実より優先すべき金科玉条のドグマなのでしょう。

■リベラル派のトンマでお気楽な姿


昔、羽仁五郎は、日本のメディアの両論併記は、「雨が降っているけど天気はいいでしょう」と言っているようなものだと痛罵していましたが、リベラル派の「どっちもどっち論」も同じです。何かを語っているようで、実は何も語ってないのです。そこには、イスラエルお得意のデマゴギーに乗せられて平和を説くというトンマでお気楽な姿があるだけです。

■追記


バイデン米大統領は19日の夜、ホワイトハウスで国民に向けて演説して、「イスラム組織ハマスの攻撃を受けたイスラエルと、ロシアの侵攻を受けるウクライナへの支援は、『何世代にもわたって米国の安全保障に利益をもたらす賢明な投資』だと訴え、緊急予算を20日に米議会に要請する考えを示した」(朝日)のですが、それに対して、国務省の政治軍事局で11年間、同盟国への武器売却を担当していたジョシュ・ポール氏が、抗議して辞職したというニュースがありました。

朝日新聞デジタル
米国務省幹部、イスラエルへの軍事支援に抗議し辞任 ガザ情勢めぐり

記事は、次のように書いています。

 イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスとの軍事衝突をめぐり、バイデン米政権がイスラエルへの強い支持を打ち出すなか、米国内でも一部で異論が出始めている。現職の米国務省幹部が、イスラエルへの軍事支援に反発して辞職したことも明らかになった。


  ポール氏はビジネス向けSNS「リンクトイン」への投稿で、バイデン政権が「紛争の一方の当事者」であるイスラエルを「無批判に支援」し、軍事援助を急いでいるとして厳しく批判した。
(略)
  「イスラエルの対応と米国による支持は、イスラエルとパレスチナの人々にさらなる苦しみをもたらすだけだ」「我々が過去数十年間に犯したのと同じ過ちを繰り返すのではないかと心配しており、その一部になることを拒否する」と辞職の理由をつづった。


アメリカもまた一枚岩ではないのです。ウクライナへの”支援疲れ”が出ている中で、さらに新たな戦争に介入することに対して身内からNOが突き付けられた感じです。

アメリカでは若い層になるほど、イスラエル支援に懐疑的な意見が多いそうで、アメリカはもはや昔のアメリカではないのです。老人たちにはかつての”偉大なるアメリカ”を憧憬する気持が残っているのかもしれませんが、若者たちはアメリカが唯一の超大国の座から転落して、世界の覇権を失いつつあるただの国だという冷めた認識しか持ってないのでしょう。

アメリカは既に中東でも覇権を失っていますので、仲介者としての影響力も調整能力もありません。欧米では、ロシアとイスラエルへの矛盾した対応に対して、ダブルスタンダードではないかという声が出ているそうですが、そんな声もこれから益々大きくなっていくでしょう。

イスラム圏だけでなく、世界の人口の半分以上を占めるグローバルサウスと呼ばれる非米国家でも、既にイスラエルに対する非難が広がっています。これに親イスラエルの欧米で反戦の声が高まれば、イスラエルは益々孤立して(ガザに侵攻したくてもできない張り子の虎状態になり)、パレスチナ問題が新たな局面を迎える可能性はあるでしょう。

その後もガザ地区の犠牲者は増える一方で、既に5千人を超えており、半分近くが子どもだと言われています。上の図で見たように、イスラエルは1947年に国連が設定した”国境線”を無視して入植地(領土)を拡大し続けており、イスラエルの行為は国際法違反だとして今まで何度も国連で非難決議が提出されたのですが、いづれもアメリカが拒否権を行使して否決されているのでした。そして、今のガザの民間人や民間施設を標的にした無差別爆撃も、国際人権法および人道法に対する違反だとして国際的な非難が起きているのですが、日本のリベラル派はそれを「どっちもどっち」と言っているのです。
(10/20)
2023.10.18 Wed l パレスチナ問題 l top ▲