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三俣山荘(写真AC)



■5日ぶりに救助のニュース


今日、北アルプスの三俣蓮華岳方面に向かったまま消息を絶っていた2人の若者が5日ぶりに救助されたというニュースがありました。私も遭難のニュースを見てずっと気になっていましたので、無事に発見されてよかったなと思いました。

朝日新聞デジタル
道に迷い、食料尽きて沢の水飲む 北アルプスで不明の2人を無事発見

発見に至ったのは、入山して4日目に片一方の男性が自力で下山して家族に連絡したからです。男性は下山する体力がなくなったもう一人の大学生の男性の救助を要請するために下山したということでした。

信越放送が二人がビバークした様子を下記のように時系列で報じていました。

TBS NEWS DIG
北ア三俣蓮華岳で遭難の2人 山岳でどう過ごした? 下山・救助までの行動明らかに

入山したのは10月18日で、詳細な登山計画はあきらかになっていませんが、三俣山荘(既に冬季閉鎖していた)にテント泊して三俣蓮華岳に登り、翌日下山する予定だったのではないかと思います。

◇10月19日
・帰れないと判断して、別の場所にビバーク

◇10月20日
・朝になって動くが道に迷い、救助された場所(水晶岳北側・野口五郎岳西側の東沢谷・標高2200メートル付近)でビバーク

◇10月21日
・雨で1日ビバーク

◇10月22日
・天候は回復したものの体力的に厳しいと判断し1日ビバーク

◇10月23日
・自営業男性が行動可能となり、東側の山(野口五郎岳方面)の尾根まで登り、登山道を通って下山

◇10月24日
・午前6時半過ぎ、ヘリコプターで男子大学生救助


これを見ると、慎重に判断してビバークを続けたように思われます。さらに体力がある方が下山して山に残されたもう一人の救助を要請するという行動などを見ても、登山に関してかなりスキルを持っているように思われがちです。ネットでもそういった見方がありました。

ただ、私が気になったのは、紙地図を持ってなくてスマホの地図アプリだけで山に(しかも北アルプスに)登っているという点です。そのために、スマホのバッテリーが切れて道に迷ったと報道されているのでした。

もしその報道がホントなら、GPSの追跡ができなくなるので、遭難場所の特定に難航をきわめたであろうことは想像に難くありません。もとより紙地図を携行してなかったということは、コンパスの使い方も知らなかったのかもしれません。そう考えれば、スキルが高いどころか、むしろ逆で、登山経験が浅く未熟だったのではないかと推測されるのでした。

それなりの山に登るのであれば、スマホのアプリだけでなく、紙の登山地図と地形図とコンパスが必携であるのは登山の常識です。

■伊藤新道


もうひとつ気になったのは、二人が利用したのがクラウドファンディングで資金を募って昨年の8月に復活した伊藤新道だったということです。伊藤新道は湯俣温泉から湯俣川を遡行する登山道ですが、途中にかけられた吊り橋が流失したことなどもあって、1980年代から事実上の廃道扱いになり登山地図からも消えていたのでした。

伊藤新道の復活は、三俣蓮華岳などだけでなく、「裏銀座」と呼ばれる北アルプスの縦走ルートや北アルプス最奥の雲ノ平へ至る最短ルートの復活としてメディアでも取り上げられ、さっそくYouTubeでも紹介した動画がいくつも上げられていました。もしかしたら、それを観て、半ばミーハー気分で行ったのではないか。そんな穿った見方をしたくなりました。

登山系ユーチューバーによる安易な登山とその人気にあやかろうとする登山雑誌や山小屋の姿勢に顔をしかめる人も多いのですが、ネットを発信源とする軽佻浮薄な風潮は、ともすればこういった事故を誘発することにもなりかねないのです。

近くの山をハイキングするならまだしも、単純標高差が1000メートルを超すような奥の深い山に登るには、それなりの体力とスキルが必要なのは言うまでもありません。年齢が若くて体力があるので、ともすれば体力任せの登山に走ってスキルを軽視する傾向があるのも事実でしょう。

こういった遭難事故が起きた場合、山岳会や登山経験が豊富な登山者であれば、とうして遭難したのか検証が行われるはずですが(そのために登山者は山行中もメモを欠かせないのですが)、おそらく検証することもなく、ネットの悪意ある者たちから袋叩きに遭ってそれで終わりになるのでしょう。

■登山から〈精神性〉が失われた


最近も若い女性の登山ユーチューバーがヒマラヤのマナスルに登ったとかで、「ヒマラヤ女子」などと言われてネットで話題になっていますが、それは400万円だかの費用をかけた商業登山にすぎないのです。

彼女のヒマラヤ登山のお陰で、山小屋でオレはヒマラヤに登ったことがあると自慢するオヤジたちが自慢をためらうようになれば、それはそれでいいことだと言った人がいましたが、一方で、動画を観てオレもヒマラヤに登ることができるぞ、ヒマラヤに登って箔を付けるぞ(何の箔だか)と思う人たちが出て来ることはあるでしょう。それで喜ぶのは旅行会社だけです。

遭難事故の中心は70代で、山を知らないゲスな人間たちから、身の程知らずの年寄りを助けるのは税金の無駄遣いだみたいに言われていますが、70代の遭難が多いのは、登山者のボリュームゾーンが70代になっているからです。下の図を見るとわかるように、10年前は60代の遭難が一番多かったのです。その前は50代でした。

世代別年齢分布
警察庁事故データ・世代別年齢分布
第11回山岳遭難事故調査報告書(2013年)より転載


きょう、日本のGDPが55年ぶりにドイツにぬかれて世界4位に転落する見通しだというニュースがありましたが、令和元年時点の国民年金(基礎年金)の平均支給額は月に約56,000円で、厚生年金(基礎年金+厚生年金)は約144,000円です。さらにそこから介護保険料と国民健康保険料が天引きされるのです。

この先進国にあるまじき年金の水準の低さを考えると、登山を趣味にするような高齢者は経済的にめぐまれた人だということがわかります。そして、経済的に余裕がなくなれば、お金のかかる趣味から人々が遠のき、閑古鳥が鳴くようになるのは当然なのです。

いづれにしても、この数十年ボリュームゾーンを形成していた(お金と時間に恵まれた)登山者たちが、世の理でこれから山を去っていくのです。そうなれば登山をめぐる風景も一変するに違いありません。既に登山人口は減少の一途を辿っているのですが、さらに一気に(マスとして)減ることになるのです。そして、今後、登山が商業的にも厳しくなるのは間違いありません。

最近、私は、角幡唯介氏の『極夜行』(文春文庫)を読んだのですが、ユーチューバーとコラボするような登山家はいても、同じような本を書く登山家はもう出て来ないのではないかと思いました。最近の登山からはああいった自己を探求する〈精神性〉が失われたような気がしてなりません。

日本の登山には近代合理主義の所産であるヨーロッパ由来のアルピニズムとは違った、ヨーロッパなどよりはるかに古い日本独自の歩みがあるのですが、しかし、今、私たちの前には、ネット仕様の多分に稚児じみた軽薄な登山しかありません。その背後にはソロバン勘定だけで登山が語られる現実があり、それがみずからの登山文化を否定しみずからで首を締めることになっているのです。その点では、ユーチューバーも登山家も同じです。

登山よりトレランの方が年齢層が若いし商業ベースにも乗りやすいので、ハネツネCAPに代表されるように、山岳団体もそっちに重点を移しているようなフシさえあるのでした。そこでも幅をきかせているのは、獅子身中の虫たちのソロバン勘定なのです。


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