グテーレス事務総長



■シオニズムというカルト思想


イスラエル軍はみずから設置した壁を破ってガザへ侵攻し、目を覆うような無差別攻撃を始めています。既にガザの住民の死者は1万人に達しようとしています。

”20世紀のホロコースト”は、ナチズムによるユダヤ人に対するもので、ユダヤ人は「劣等民族」と呼ばれたのですが、今度はそのナチズムの犠牲になったユダヤ人たちがパレスチナ人を「ヒューマン・アニマルズ」(動物のような人間)と呼び、ジェノサイドを行っているのです。これはあきらかな”現代の狂気”であり、シオニズムによる民族浄化です。

ユダヤ人は2千年間流浪の民であり、ナチスによって600万人も虐殺されたので、彼らがユダヤ教の教えに基づいて(と言うか、旧約聖書を牽強付会に解釈して)安住の地である自分たちの国を創ろうというシオニズムの思想については、「その気持はわかる」というような情緒的な受け止め方がありますが、しかし、イスラエル建国に連なるシオニズムは、ナチズムに勝るとも劣らない選民思想です。だから、イスラエルはユダヤ教の教えを盾に(我々は神に選ばれた民族なので、国連は1ミリも口出しできないと言い)、国際法も無視して入植地(領土)を拡大してきたのです。まさにカルト思想としか言いようがなく、今のような民族浄化に至るのは理の当然のような気がします。ガザの子どもたちの屍を見るにつけ、『アンネの日記』は何だったんだと思ってしまいます。

ただ、一部にはそういった世俗主義のシオニズムを認めないユダヤ教徒も存在するのです。彼らは、イスラエルという国も認めていませんので、今回のガザ侵攻にも反対しています。〈民族〉という概念から言えば、ユダヤ教徒=ユダヤ人という言い方もおかしいのですが、ユダヤ人とかユダヤ教とか言ってもさまざまであることも忘れてはならないのです。

とは言え、シオニズムがいわゆる”ユダヤ人問題”と切り離せない思想であることもまた事実です。ここに至っても、「どっちもどっち論」のリベラル派などから、イスラエルの蛮行と”ユダヤ人問題”は切り離して考えるべきだという声がありますが、それでは、ジェノサイドの背景にある(世俗主義の)シオニズムの本質を捉えることはできないし、イスラエルの”狂気”がどこから来ているのかもわからないでしょう。実際に大多数のユダヤ人は、シオニズムは正義(自分たちは神に選ばれた民族)であり、イスラエルには自衛権があると言って、イスラエルの行為を無条件に支持しているのです。

■イスラム世界の体たらく


一方、それとは別に、私は、パレスチナ問題におけるイスラム世界の体たらくについても考えざるを得ないのです。そこには、アラブ諸国のさまざまな思惑やイスラム世界特有の二重・三重権力による無節操さ、いい加減さ、無責任さがあるような気がします。

中東が専門の国際政治学者の高橋和夫氏は、『パレスチナとイスラエル』(幻冬舎)の中で、「建前としてはパレスチナ人を支持しながらも、本音の部分ではパレスチナ人に嫌悪感を示す産油国の支配層は少なくない」と書いていましたが、そういったイスラムの国々のまとまりのなさをイスラエルやそれを支援する欧米に付け込まれている面もあるでしょう。

ガザやヨルダン川西岸やレバノンなどでキャンプ生活を送る560万人とも言われるパレスチナ難民と、石油や天然ガスなどの利権で贅沢三昧の成金生活を送るアラブの支配者たちを、イスラム教徒としてひとくくりにするのはたしかに無理があるように思います。

■ヒズボラの指導者・ナスララ師の演説


国連のグテーレス事務総長は、ハマスの行動は「56年間にわたる息の詰まるような占領」の結果だと述べたのですが、まったくそのとおりで、彼らは「天井のない監獄」の中からシオニズムに対し、退路を断って決起したのです。

ハマスの決起に呼応して、レバノン南部を実効支配するシーア派のヒズボラも決起し、イスラエルを両面から攻撃すれば、戦況も大きく変わる可能性があると言われていましたが、しかし、ヒズボラはいっこうに決起する気配がありません。

と思ったら、ヒズボラの指導者・ナスララ師は3日、テレビ演説した中で、ヒズボラはいつ決起するのかという声があるけど、ヒズボラは既に10月8日からイスラエルとの戦闘に参加していると述べたのでした。ナスララ師は、「戦闘への関与の度合いは『ガザでの(戦争の)進展にかかっている。あらゆる選択肢がある』とイスラエルをけん制した」(毎日)そうですが、その言いぐさには呆れました。1万人のガザの住民が殺害されてもなお、「戦闘への関与の度合いは『ガザでの(戦争の)進展にかかっている」と呑気なことを言っているのです。

あんな花火を飛ばしたような「攻撃」でお茶を濁して大言壮語するのは、イスラム指導者のいつもの口先三寸主義です。自分たちは安全地帯にいて、世界のイスラム教徒はジハード(神のための聖戦)に立ち上がり、殉教者になるべきだとアジるだけなのです。

お前たち異教徒から言われたくないと言われるかもしれませんが、ガザの悲惨な状況に象徴されるように、パレスチナ人たちがシオニズムの犠牲になっている現状に対しても、彼らは同じイスラム教徒としてホントに手を差し伸べているとは言えません。もちろん、アメリカや国連をバックにしたイスラエルの圧倒的な軍事力の前に日和らざるを得ないという側面はあるものの、ジハードを主張するなら、イスラム世界が一致団結してイスラエルと戦うべきでしょう。俗な言い方ですが、イスラム教の教えの中には、「小異を捨てて大同につく」というような考え方はないのかと思ってしまいます。

■PLOの裏切りと日和見主義


ファタファ出身でパレスチナ自治政府の(実質的な)最高権力者の地位にあるPLO(パレスチナ解放機構)のアッバス議長などは、パレスチナ問題の当事者であるはずなのに、いるのかいないのかわからないような存在感のなさで、まったく当事者能力を失っています。2006年のパレスチナ立法評議会選挙でハマスに負けたにもかかわらず、クーデターでハマスをヨルダン川西岸から追放して自治政府の実権を掌握した経緯もあってか、イスラエルの蛮行に対してもほとんど傍観しているようなあり様です。これは実にひどいもので、まるでイスラエルがハマスを掃討したら、(イスラエルから)ガザの統治を委託されるのを待っているかのようです。そう勘ぐられても仕方ないでしょう。

PLOは、特にアラファト時代に、みずからの権益(パレスチナ人に対する徴税権)をアメリカやイスラエルから保証して貰うために”和平”という名の妥協(裏切り)を重ねた歴史がありますが、そういった指導部の腐敗と日和見主義に業を煮やした左派が「世界戦争」を主張してPFLP(パレスチナ解放人民戦線)を結成し、それに呼応して日本赤軍がパレスチナ闘争に参画したのでした。しかし、PFLPや日本赤軍はPLOに利用され、”オセロ合意”に至る「和平」の進展で利用価値がなくなるとポイされてしまったのでした。

世界各地で、イスラム教徒やそれを支援する人々が、イスラエルのガザ侵攻に抗議の声を上げているというニュースを見ても、それをどこか冷めた目で見ている自分がいるのでした。もう昔のような幻想は持てないのです。

■イスラエルの「皆殺し作戦」とハマスが支持される理由


はっきり言えば、戦争なのだから決起するしかないのです。もちろん、話し合いで解決できるならそれに越したことはないのですが、今までの経緯を見ても、今の現状を見ても、そんなものに期待すればするほど、ガザの住民の屍が日々積み重なっていくばかりです。イスラエルは、ネタニヤフが前から主張していたように、ガザを殲滅して「テロリスト」と未来の「テロリスト」を一掃する「皆殺し作戦」に乗り出したのです。

上記の『パレスチナとイスラエル』で高橋和夫氏は、次のように書いていました。

(略) レバノンのヘズボッラーとガザのハマスに対するイランの支援も、イスラエルを苛立たせている。イランの影響力を、これらの地域から排除できれば、もはやイスラエルの覇権に対抗できる国家も勢力も存在しなくなる。イスラエルのイラン攻撃の動機の一つとなりかねない要因である。


ヘズボッラーというのは、ヒズボラのことです。『パレスチナとイスラエル』は2015年に書かれた本ですが、今のガザ侵攻の狙いを既に2015年の時点で指摘しているのでした。

ネタニヤフには、ハマスの奇襲攻撃は絶好のチャンスに映ったのかもしれません。それが、ハマスの奇襲攻撃をわざと見逃したのではないかという、”陰謀論”が生まれる背景にもなっているのです。

いづれにしても、外野席から見ると、イスラム指導者たちのアジテーション(大言壮語)とは裏腹に、パレスチナ人はイスラム世界から見捨てられたような感じさえするのでした。今回の退路を断ったハマスの越境攻撃も、結局は見捨てられ、その屍がイスラム指導者の政治的取引の材料に使われるのは目に見えているような気がします。

ハマスはエジプトのイスラム同胞団から派生した、(イランやヒズボラと同じ)スンニ派のイスラム原理主義組織ですが、ただ、上に書いたように2006年のパレスチナ立法評議会選挙で勝利するなど、パレスチナ人からは高い人気を得ているのでした。日本では、「ハマスがイスラエルを攻撃したので私たちがこんな目に遭うのだ」とガザの住民がハマスに怒っているようなニュースが流れていましたが、あれはまったく実態を伝えていません。ハマスが大衆の支持を得ている理由について、高橋和夫氏は、次のように書いていました。

(略)ハマスは、数多くの学校や病院を運営 し、パレスチナの人々のために活動している。パレスチナにおける最大の人道NGO(非政府機関)とも言える。ファタハの指導するパレスチナ自治政府に、非能率や汚職の批判が付きまとっているのに対し、ハマスには、そうした噂はない。お金の面では、ハマスは清潔なイメージを維持している。住民のための活動が、ハマスの支持基盤の強さの一因である。
(同上)


■戦争なのだから決起するしかない


戦争なのだから決起するしかないと言うと、過激で無責任で突飛な言い方のように聞こえるかもしれませんが、しかし、今の国連の現状を見れば、もはやそれしか手がないことがよくわかります。

国連のグテーレス事務総長の発言もそうですが、下記のレバノンの衛星テレビの「アル・マヤディーン」が伝えた、国連人権高等弁務官事務所のニューヨーク所長だったクレイグ・モカイバー氏の発言を見ても、「国連で話し合い」というのがお花畑でしかないことがわかるのでした。

Al Mayadeen
元UNHCR局長「米国は仲介者ではなく、ガザ虐殺の当事者だ」

クレイグ・モカイバー氏は、10月28日に「国連がガザで進行中の虐殺を阻止する能力がないとみなされたことに抗議して辞任した」のですが、同氏は、アメリカはガザ侵略の仲介者ではなく、「当事者の役割を果たしており、傍観している」として、次のように述べていました。

「問題の一部は、何年にもわたってアメリカとヨーロッパを紛争の調停者として出させてきたことだ。そしてそれは常に重大な虚偽表示であった。例えば、アメリカは紛争の当事国であることを我々は認識しなければならない」と彼は述べ、数十億ドルの軍事援助と諜報活動が占領軍に提供されていると指摘した。

同氏はさらに、「これは、イスラエルの責任を追及するあらゆる行動を阻止するため、安全保障理事会を含む外交上の隠れ蓑となる」と述べ、「イスラエルが他の役割を果たすことができると示唆するのは単なる幻想だ」と付け加えた。


クレイグ・モカイバー氏は、パレスチナ問題でアメリカやヨーロッパを調停国にした国連は間違っていたと言っているのです。イスラエルを支援する彼らは調停国ではなく当事国だと。そして、イスラエルを国連のコントロール下に置くのは幻想だとも言っています。実際に、イスラエルは今までも国連決議を無視して、パレスチナ人を迫害(虐殺)しつづけ、入植地(領土)を一方的に拡大してきたのでした。

■異なる価値観


もうひとつ忘れてはならないのは、イスラムの世界は私たちとは違った価値観のもとにあるということです。西欧的な合理主義や人権意識とは無縁だということです。

イスラム国家では、LGBTQも当然ながら認めていません。それどころか、女性の人権も著しく制限されています。西欧的価値観と比べると、文字通り水と油のような価値観のもとで人々は暮らしているのです。ジャーナリストの北丸雄二氏の話によれば、ヨルダン川西岸に住むパレスチナ人の性的少数者の中には弾圧を逃れてイスラエルに助けを求めるケースもあるそうです。

昔、フランスの小学校でイスラム教徒の子どもがヒジャーブを着用して登校したら、学校が宗教的な装飾は禁止しているとして外させたことで、大きな問題になったことがありました。フランスの公教育は、日本と同じように、教育の現場に政治や宗教を持ち込まないという原則があり、その原則に従って禁止したのですが、しかし、イスラム教徒や彼らを支援するリベラル派は、「信仰の自由」を盾に抗議活動を展開したのでした。

それに対して、フランス教育省は、「ヒジャーブの着用を認めると、今度は学校で礼拝を認めろとか要求がエスカレートするのは目に見えている」と言って、彼らの要求をかたくなに拒否したのでした。そして、子どもを使ってフランスの教育現場にイスラムの教えを持ち込もうとする、イスラムの世界を支配する宗教指導者たちは、子どもの陰に隠れているのではなく表に出て来るべきだと言ったのですが、それはパレスチナ問題そのものについても言えるように思います。
2023.11.04 Sat l パレスチナ問題 l top ▲