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■僅か4日で活動自粛の急転


地震より芸能界の話かよと思われるかもしれませんが、前の記事から数時間後、小沢一敬の所属事務所のホリプロコムが、以下のように、小沢一敬が「当面の間」芸能活動を自粛すると公式サイトで発表したのでした。

ご報告

弊社所属タレントのスピードワゴン小沢一敬に関して、ご報告いたします。
小沢本人より、一連の報道において現在も関係者及びファンの皆様に混乱やご迷惑をお掛けしていることに強く責任を感じ、芸能活動を自粛したい旨の申し出がありました。
弊社としてはその申し出を受け、当面の間、小沢一敬の芸能活動を自粛することと致しました。
出演を予定していた番組・イベント等の関係各位に多大なるご迷惑をお掛けし、深くお詫び申し上げます。


株式会社ホリプロコム
http://com.horipro.co.jp/

ホリプロコムは4日前の1月9日に、公式サイトで「スピードワゴン小沢一敬はこれまで通り活動を続けてまいります。なぜならば、小沢の行動には何ら恥じる点がないからであります。一部週刊誌の報道にあるような、特に性行為を目的として飲み会をセッティングした事実は一切ありません」と断言したばかりなのです。

一応本人からの申し出となっていますが、企業として、この言葉のおとしまえはどうつけるのかと言いたくなります。あまりにもいい加減で無責任と言わざるを得ません。

小沢一敬については、冷たい言い方ですが、芸能界を引退してほかの仕事に就いた方がいいのではないかと思います。仮にカムバックしても、笑えないお笑い芸人がどうやって生きていくのかと思うのです。

仕事を辞めて違う道を歩むというのは、私たちカタギの世界では普通にあることです。どうして芸能人だけは特別なのか。それは、松本人志も同じです。

私たちは、吉本興業に対しても、企業としてどうおとしまえをつけるのか、しっかりと見届ける必要があるでしょう。

何故こんなことを言うのかと言えば、彼らの言葉があまりに「軽い」からです。その場を取り繕えばいいとしか思ってないからです。それは、社会やファンをバカにしたものと言っていいでしょう。

■『Newsweek』日本版の反論記事


一方で、微妙に流れが変わってきているのはたしかでしょう。当初の強気なコメントとは裏腹に、裁判は松本が「個人で提訴する形になるだろう」という吉本の幹部の発言があったり、今回のように僅か4日で小沢も活動休止になったりと、あきらかに守勢に回っているような気がしてなりません。

松本の信者から告発した被害者にあびせられる心ない言葉による二次被害についても、『Newsweek』日本版に、ライターの西谷格氏が非常にわかりやすく具体的に”反論”を書いていました。

Yahoo!ニュース
Newsweek
松本人志を自分の「家族」と見なす人々への違和感

<「ホテルに行く女が悪い」説>
(略)
記事を読めば分かる話だが、小沢一敬はまず「VIPの参加する飲み会」に誘い「ドタキャン厳禁」と釘を刺した上で、飲み会当日に「撮影防止のため、会場はホテルのスイートルームになった」旨を伝えている。

この流れで危機感を感じて誘いを断るのは、どう考えても「警戒しすぎ」であろう。芸能人が個室を選ぶのは至極当然であり、それがホテルの広々としたスイートルームであれば、それほど不自然なことではなかろう。つまり、小沢はそれほど巧妙に女性たちを誘い出していたと考えられる。


<「警察に訴えるべき」説>
(略)
日本では20歳以上の女性の約7%が性被害の経験を持つ。だが、被害者のうち警察に相談する人はたった5.6%に過ぎない。誰にも相談しない人がもっとも多く、約6割を占める。(2020年度「男女間における暴力に関する調査」男女共同参画局)
(略)
あまりにも「不都合な真実」であるため大きな声では語られないが、日本社会は性犯罪者にとって極めて有利な国と言える。痴漢や強制わいせつ、強制性交などの犯罪を実行しても、めったに罪に問われることはなく、逃げ切ることが可能というのが現状だ。教育社会学者の舞田敏彦は、2007年から2011年の統計資料を基に、レイプ事件のうち裁判所で罪が裁かれるのはたったの1.92%と推定している。


<「お礼メッセージは同意を意味する」説>
(略)これはもう多くの有識者が説明しているので付言は不要だが、恐怖を感じている時こそ、ああいう文章を送ってしまうものではないか。


被害者の女性は、最初に小沢から、「くれぐれも失礼のないように。怒らせるようなことをしたら、この辺、歩けなくなっちゃうかもしれない」(文春記事より)と脅されているのです。しかも、自身も含めて3人の女性のうち2人が性交を拒んだため、激怒した松本が小沢と放送作家を怒鳴りつけ、二人が松本に謝罪しているのを目の前で見ているのでした。俳優の卵であった彼女の恐怖心は、いかばかりのものであったろうと思います。

さらにひどいのは、このLINEのスクショが芸人の間に出回っていたことです。これは被害者が小沢に送ったメッセージなので、誰が流したかは今さら言うまでもないでしょう。

しかも、LINEは、アリバイ作りなのか、没収されたスマホに没収中に入っていた、「大丈夫?」「無理すんなよ?」という小沢からのメッセージに対して、帰りのタクシーの中から返信したものなのです。これからも芸能界で仕事をしたいと思っていた彼女は、トラブルを避けるためにも、そうせざるを得なかったとも言えるのです。

何だかやり口がきわめて巧妙で、手慣れた感じがしないでもありません。まして、松本の「とうとう出たね」という投稿に至っては、素人とは思えない悪辣ささえ覚えました。松本人志は女性をもの扱いしているという指摘がありましたが、こういった投稿にもその一端が垣間見えるような気がします。

■「二重基準」と「分断支配」


松本の信者たちによる被害女性に対するバッシングには、今までもこのブログで何度も書いてきた、あの「ふしだらな女」の論理が使われていることがよくわかります。それは、女性を都合よく〈聖女〉と〈娼婦〉に使い分ける、男が持つ性に対する差別的な観念の所産です。

上野千鶴子氏は、#MeToo運動がうぶ声を上げる前の2010年に刊行された『女ぎらい ― ニッポンのミソジニー』(紀伊国屋書店)の中で、「ふしだらな女」の論理を「性の二重基準」という言葉で説明していました。つまり、「男向けの性道徳と女向けの性道徳」は違うということです。

(略)たとえば男は色好みであることに価値があるとされるが(吉行淳之介や永井荷風のように)、女は性的に無垢で無知であることがよしとされる。だが、近代の一夫一婦制が、タテマエは「相互の貞節」をうたいながら、ホンネでは男のルール違反をはじめから組みこんでいたように(守れないルールなら、最初から約束なんかしなければよい)、男のルール違反の相手をしてくれる女性が別に必要となる。


男の社会は、そうやって女を「分断支配」するのだと言います。そして、その一方で、性の快楽のために必要とする女を「ふしだらな女」としてバッシングすることも忘れないのです。まるで、「男向けの性道徳と女向けの性道徳」が違う「性の二重基準」を隠蔽するかのようにです。性加害において、女にも落ち度がある、わかって行ったのにあとで文句を言うのはおかしい、お金が欲しくて被害を訴えているんだろ、というような常套句で、被害者の女性をバッシングするのもそのためです。

セカンドレイプ(性的二次被害)というトラウマに起因する言葉がありますが、被害に遭った女性にとって、松本の信者や吉本の芸人やテレビのコメンテーターたちは、それこそ悪魔の使徒のように思えたに違いありません。彼らは、「時代が変わった」ことに対して、あまりにも無頓着というか、学習能力がなさすぎるのです。それは犯罪的と言ってもいいくらいです。

■日本の社会は総崩れ


もちろん、性加害はお笑いの世界だけにとどまりません。ひと足早く告発された映画界の性加害も、松本の報道をきっかけにYouTubeなどで取り上げられ、あらためて波紋を広げているのでした。そこで告発されているのは、男性に対する性加害も含まれているのでした。そして、告発の過程では、加害者の園子温や榊英雄や松江哲明だけでなく、”村社会の論理”で彼らをかばったことで二次被害を生じさせた、カンパニー松尾や森達也や町山智浩や水道橋博士などへも批判が向けられているのでした。

榊英雄のことはよく知りませんが、ほかの人間たちは、ヘイトスピーチに反対したりSEALDsの運動に同伴するなど、どちらかと言えばリベラル系と呼ばれる人たちです。最近も、ヘイトスピーチに反対する運動をしていた人間が、松本の問題について、#MeToo運動への理解の欠片もない、それこそ松本の信者と同じようなことをSNSに投稿をしているのを見て、唖然としたことがあります。人権にもっとも敏感であるはずの(敏感であるべき)人間が、こと性のことになると「性の二重基準」に何のためらいもなく依拠しているのでした。

ミッシェル・フーコーが言うように、性的趣向セクシュアリティは、優れて階級的な産物であるがゆえに、もっとも〈権力〉が露出しやすく、そのために性加害は、既に告発されているだけでも、芸能界、映画界、演劇界、学校、スポーツの現場、学習塾、宗教団体、社会運動団体、政界、ビジネスの現場、警察、自衛隊、児童養護施設、生活保護の現場、病院、家庭内など、この社会のあらゆる分野に渡っているのです。性加害(性暴力)には、思想信条も信仰も関係ないのです。

強姦(不同意わいせつ)を「いたずら」と言い換えて、日本の社会は性に鷹揚だと言い、(宮台真司のように)大人が少年に行う「いたずら」は加入儀礼(の残滓)にすぎないと嘯いていたこの社会は、#MeTooのシッペ返しによって、文字通り総崩れになっているのです。

いくら松本の信者や吉本の芸人やテレビのコメンテーターたちが「性の二重基準」にすがり、道化師のように「ブルジョア性道徳」(上野千鶴子氏)を振りかざそうが、それは腐朽する運命にあるアンシャン・レジームの悪あがきにすぎないのです。
2024.01.14 Sun l 芸能・スポーツ l top ▲