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(『週刊文春』12024年1月25日号より)



■「女性セレクト指示書」


今日(1月19日)発売の『週刊文春』2024年1月25日号には、〈松本人志 ホテル室内写真と女性セレクト指示書〉というタイトルで、松本人志の性加害疑惑の第三弾が掲載されています。

記事の冒頭は、次のような文章で始まっていました。

 独特の字体で綴られた「黒毛」「つたやの店員」「ユニクロの店員」などの文字。小紙が入手したのは、松本人志(60)性的欲望の矛先が記された「女性セレクト指示書」である。
 ある日、松本の後輩芸人はメモ用紙を写した画像を知人女性に見せながら、自慢げに語った。
「松本さんは、女性の職業に異常にこだわりがあるんだよ。この殴り書きは、松本さんが調達してほしい女の子の職業を直筆で書いたものなんだ。
 それは他ならぬ松本の「SEX上納システム」と裏付ける物証だった――。


■文春の思うツボ


最初に文春の記事が出たとき、吉本興業は「当該事実は一切なく、本件記事は本件タレントの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するもの」だとして、「今後、法的措置を検討していく予定です」というコメントを発表したのですが、水道橋博士だったかが、「吉本は文春を見くびっているのではないか」「週刊文春の編集部は、完全に編集権が独立しており、訴訟を起こされたときのことも考えて用意周到に記事を書いている」というようなことを言っていたのを思い出しました。

これはまだ序の口で、今後に弾は残しているはずだし、吉本の出方によっては、ほかの芸人や吉本興業そのものを巻き込んだ大がかりなキャンペーンに発展する可能性もあるでしょう。

吉本とのしがらみが深いテレビ局や吉本に忖度する週刊誌やスポーツ新聞は、あいも変わらず腰が引けたおざなりな報道しかしていませんが、文春にとっては、それはかえって都合がいいのです。何故ならその方が週刊文春が売れるからです。独壇場であるからこそ、文春砲の注目度が上がり、その威力が増すのです。

■岡本社長の資質


吉本興業の前社長(のちの会長)も現社長も現副社長も、もともとはダウンタウンのマネージャーだった人物です。言うなれば、彼らは松本や浜田に顎で使われていた人間たちなのです。そう考えれば、松本が「天才」などと持て囃され、吉本のみならずお笑い界の”帝王”として君臨するようになったのは当然と言えば当然です。

もちろん、元マネージャーである彼らは松本の性癖や素性もよく知っていたはずで、それで「当該事実は一切なく」などとよく言えたものだと思います。吉本興業は、いづれ企業の社会的責任を問われ、大きなツケを払うことになるでしょう。

前も書きましたが、2019年の闇営業問題が起きたとき、私は、岡本昭彦現社長について、次のように書きました。

それにしても、岡本社長の会見を見て、あんなボキャブラリーが貧しく如何にも頭の悪そうな人間がどうして社長になったのか不思議でなりませんが、それもひとえに岡本社長が大崎会長の操り人形だからなのでしょう。岡本社長のパワハラも、虎の威を借る狐だからなのでしょう。「大崎会長が辞めたら自分も辞める」という松本人志や、「大崎会長がいなくなったら吉本はもたない」という島田紳助の発言は、将軍様ならぬ会長様の意向を汲んだ(あるいは忖度した)、多分に政治的なものと考えるべきなのです。

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吉本をめぐる騒動について


大崎洋会長は、「大阪・関西万博催事検討会議」の共同座長に就任するために去年の6月に退社しています。でも、松本人志は辞めませんでした。ところが、皮肉なことに、半年遅れて予期せぬ出来事で辞めざるを得ないはめになったのです(となるのは確定的と言っていいでしょう)。

また、闇営業問題で契約を解除された宮迫博之は、当時の記者会見で、みずからのスキャンダルについて、岡本社長から「在京5社、在阪5社のテレビ局は吉本の株主だから大丈夫と言われた」と暴露しているのでした。しかし、騒ぎが大きくなると、その言葉とは裏腹に宮迫は切られたのでした。記者会見は会社に無断で、田村亮と二人で開いたのですが、暴露は吉本に対する意趣返しという意味合いもあったのでしょう。

このような岡本社長の経営者としての資質が、今回の吉本の対応のお粗末さにもつながっているような気がしてなりません。

■利益相反


吉本は、当初の「今後、法的措置を検討する予定」だという強気の姿勢から、裁判は松本個人が行うようになると発言を後退させているのですが、その理由について、記事は、吉本興業の関係者の話として、次のように書いていました。

「当初、松本さんは事態を甘く見ていました。『事実無根』『法的措置』のスタンスを貫けば、記事が止まると高をくくっていた。
(略)松本さんのプライベートの不祥事が原因で会社に損害が生じた場合、本来、会社は松本さんに賠償を求めなくてはいけない。今後、松本さんが名誉棄損で提訴する場合、会社の顧問弁護士は利益相反になるため担当できず、個人で弁護士を雇うことになります」


損害賠償が発生することを恐れてなのか、松本が出演している番組に関しては、収録分は通常どおり放送されていますが、しかし、番組のクレジットからスポンサー企業の名前が消えるなど、あきらかにスポンサー離れが起きているのでした。松本の活動休止もそういったスポンサー離れと無関係ではないと思いますが、今後、巨額な損害賠償が発生する可能性は充分あるでしょう。

■松本のお粗末さ


もっとも、お粗末さにおいては、松本人志も負けてはいないのです。あくまで文春の記事がホントならという前提付きですが(とは言え、筆跡鑑定をすればはっきりする話ですが)、上記の「指示書」には、「マクドナルド」「スタバ」「高校や中学の先生」「べんごし」「こうほうの女」「人妻(子供なし)」と書かれていたそうです。また、「CA」の横には「ANA、JAL」「LCCはNG」と注意書きまであったそうです。つまり、CA(キャビンアテンダント)はANAとJALに限り、格安航空会社のCAはダメだと言っているのです。松本の並々ならぬ執着ぶりが示されていて、思わず笑ってしまいました。

お笑い界に君臨する”帝王”が、「弁護士」や「広報」という漢字も書けないとは情けない限りですが、この松本の好みを見ると、あきらかに成り上がり者にありがちな学歴コンプレックスのようなものがうかがえるのでした。ちなみに、「指示書」にはNGリストまであり、それには、「茶髪」「モデル」「のみや」「美容師」「アパレル」と書かれていたそうです。

後輩芸人たちは、松本に気に入られるべく「指示書」に従って女の子たちをかき集めていたのでした。ときには、そのために街でナンパまでしていたそうです。

上野千鶴子は、「ときには淑女のように、ときには娼婦のように」という「性の二重基準」による男の性的趣向を、「ブルジョア性道徳」と呼んだのですが、松本が求めた女性のタイプも、まさに「ブルジョア性道徳」を身も蓋もなく妄想したものと言えるでしょう。

松本人志は一人娘を溺愛しているそうで、明石家さんまは、活動休止も娘のためではないかと言っていましたが、上記のような「指示書」まで書いて女性を「上納」させていた人間に、「娘のため」という言い草はないだろうと思いました。

松本にとって、自分の娘は「淑女(聖女)」で、他人の娘は「娼婦」なのかもしれませんが、これから父親として、どんな顔をして「淑女(聖女)」の娘と向き合っていくつもりなのか、と逆に訊きたいくらいです。娘はもう中学生だそうなので、思春期の真っ只中にいる娘のことを考えると、今回の報道はかなりキツものがあるでしょう。だからこそ尚更、「お父ちゃんはそんなことやってへんで」「信じてや」ということを示さなければならないのでしょう。それにしても、将来、娘から弁護士や学校の先生やCAになりたいと言われたら、何と答えるのか。他人事ながら心配になってきます。

前も書いたように、松本人志はチンピラとは言え、小心な性格のように見えるので、断末魔を迎えた今、彼の精神状態も心配ですが、しかし、文春の記事のとおりなら、自分で撒いた種なのですから自分でおとしまえを付けるしかないでしょう。もとより、26文字のアルファベットではとても足りないのではないかと言われている被害女性たちのことを考えると(一説には「上納システム」は20年前から行われており、被害になった女性は千人を越えるのではないかという話まであります)、一片の同情の余地もないことは言うまでもありません。

■文春砲は必ずしも「正義」ではないという話のすり替え※追記


一方で、総合雑誌や経済雑誌の一部のサイトに、無定見に文春砲を持ち上げる風潮に疑問を呈するような、ある種党派的で紋切型の「頭を冷やせ」風の記事がありますが、私は、そういった記事に対しても違和感を抱かざるを得ません。それで蛇足になりますが付け足すことにしました。

もちろん、文春砲が「正義」ではないことは重々承知していますが、しかし同時に、私たちは、松本人志の性加害疑惑の背景にあるものを見逃してはならないのです。

それは、くり返しになりますが、ひとつはテレビ局と吉本興行の癒着の問題です。「制作協力」の名のもとに、吉本興行が公共の電波を私物化するのに、テレビ局が手を貸していたということです。その結果、どのチャンネルをひねっても、吉本のおなじみの芸人ばかりが出て来るという、さながらテレビが吉本にジャックされたかのような光景を見る(見せられる)ことになったのです。そして、そこには、いみじくも岡本社長が言ったように、吉本の株主である在京5社、在版5社のテレビ局と吉本が利害を共有する構図が伏在しているのでした。

もうひとつは、松本の性加害疑惑が、女性の人権を踏みにじる重大なハラスメントであるということです。それは、性交したのかどうかとか、性交に同意があったのかどうかとかに関係なく、そこにあるのはまぎれもなく松本人志の性的ハラスメントそのものです何故なら。たとえキッチュであっても、松本人志は誰もがひれ伏すようなお笑い界の”帝王”とされ、女性たちに恐怖を与えるくらいの絶対的な〈権力〉を持っていたからです。それは、文春が書いているように、女性を貢物のように松本に献上するシステムであり、そのための儀式ゲームだったのです。だから、女性が拒否すると、松本はみずからの〈権力〉を振りかざして激怒したのです。しかも、驚くことに、そのゲームは20年も前から続けられていたと言われているのでした。

さらには、文春に個人的な恨みを持つゲスなコメンテーターたちの腹にイチモツの発言や、松本を擁護する子飼い芸人たちのカマトトな発言や、吉本に忖度する週刊誌やスポーツ新聞のコタツ記事や、そして、それらに煽られた松本の信者と呼ばれる人間たちからあびせられる誹謗中傷によって、告発した女性たちが性的二次被害に苦しんでいるという現実さえあるのでした。

#MeToo運動が切り拓いた性における人権尊重の新しい地平から見ると、今回の松本の性加害疑惑が文字通りジャニー喜多川の性加害と同じ構造上にあることがよくわかるのでした。にもかかわらず、吉本興行は初動ミスを犯したなどという”技術論”で語るだけでは、性における人権侵害という問題の本質を見失うことになるでしょう。

女性は軽率だった、女性にも落ち度があったというもの言いは、松本の信者たちによる誹謗中傷にもつながる愚劣な論点のすり替えですが、それこそが「性の二重基準」という男優位の社会のイデオロギーにほかならないのです。

と言うと、未だに”昭和”を生きるミソジニストたちから石礫が投げつけられるのが常ですが、文春砲は「正義」ではないという今更みたいな斜に構えた言説も、メディアにおけるミソジニーのひとつと言っていいかもしれません。少なくとも、文春が「正義」ではないという言説が、松本の信者たちによって、松本を擁護する根拠として使われ、挙句の果てにそれが告発した女性への誹謗中傷に転化しているのは事実でしょう。早速、松本と同期だという吉本の女芸人は、文春が「正義」であるかのような風潮に「違和感がある」などと言い、松本を擁護しているのでした。

文春は「正義」ではないという言説は、主に左派リベラル界隈から出ているように思いますが、そこにもまた、再三指摘したように、性加害は政治的な思想信条には関係ない(ミソジニーには政治的な思想信条は関係ない)という身も蓋もない現実が露呈されているように思います。もっとも、その手の記事を書いているフリーライターも、テレビのコメンテーターと同じように、文春に個人的な恨みつらみがあり、それであのような牽強付会な記事を書いているのかもしれないのです。

日本共産党に初の女性委員長が誕生したとか言われていますが、彼女は誰が見てもわかるように、自民党の女性議員たちと同じ「名誉男性」にすぎません。口ではジェンダーフリーとか言っても、ただ女性の国会議員はどれだけ増えたとか、女性の管理職の割合がどうだとか言った話にすぎず、社会の本質は何も変わってないし、それが問われることはないのです。メディアも、共産党の無謬神話がどうだとか、党内民主主義がどうだとかいった話で済ますだけです。まず問われなければならないのは、日本共産党の体質もさることながら(それも大事ですが)この社会の体質でしょう。

■上沼美恵子の発言※追記


松本のケースとは若干違いますが(逆に松本の方が根が深いとも言えますが)、上野千鶴子は、『女ぎらい ― ニッポンのミソジニー』の中で、次のように書いていました。

 セレブの男は、高級コールガールを呼んだり、モデルやタレントの女をカネで買おうとするが、それも自分の性欲につけた値段と思えばわかりやすい。かれらは、付加価値のある女しか欲情しない(と自分に言い聞かす)ことで、自分の性欲がタダの男の性欲とは違う(高級なものである)ことを、自分(と他の男)に証明しようとする。


そして、上野千鶴子は、「買春をつうじて男は女への憎悪を学ぶ。売春をつうじて、女は男への侮蔑を学ぶ」と言うのでした。

もっとも、松本人志にとっては、買春より、「黒毛」「つたやの店員」「ユニクロの店員」や、「マクドナルド」「スタバ」「高校や中学の先生」「べんごし」「こうほうの女」「人妻(子供なし)」や「CA(ANA、JAL)」の方が、自分の価値を証明するものだったのでしょう(何度も言いますが、筆跡鑑定をすれば松本が書いたメモがどうかはっきりするでしょう)。

上沼美恵子は、松本の報道に「吐き気を催した」と言う一方で、松本の遊びは「三流以下」とも言っていました。芸能界には、”ミニ松本”や”一人松本”がいて、スケールは比ぶべくもないけど似たような話はいくらでもあると言われますが、要するに”素人”を相手にするのは「三流以下」で、上野千鶴子が書いているような、身銭を切って付加価値のある(高級な)”プロ”の女と遊ぶのが「一流」だと言いたいのでしょうか。上沼美恵子の発言の中にも、女によるミソジニーが顔をのぞかせているのでした。でも、上沼恵美子に拍手する人間はいても、彼女を批判する人間はほとんどいないのです。

■松本の訴訟と吉本興業のコンプライアンス※追記


それにしても、(Yahoo!ニュースで知る限りですが)太田光、今田耕司、立川志らく、ビートたけし、梅沢富美男、安藤優子など、彼らのコメントがあまりにお粗末すぎて、日本人として恥ずかしくなるくらいです。

何度も言うように、#MeToo運動によって時代は大きく変わったのです。いくら身勝手で幼稚で古い観念で松本を擁護しようとも、性的ハラスメントに対する世界の目は厳しく、常に世界基準のコンプライアンスを要求されるスポンサーが松本人志の元に戻って来ることは(高須クリニック以外は)もうないでしょう。彼は引退するしかないのです。

それは、松本だけの問題ではなく、吉本興行も同じです。今後、大阪万博にも深く関わっている吉本興業自体のコンプライアンスも厳しく問われるのは避けられないでしょう。もっともその前に、あの松本の子分のような芸人たちの見え透いたコメントを何とかしろよと言いたくなります。彼らの無責任な妄言が、告発した女性たちへの二次被害を招いているだけでなく、吉本のコンプライアンスの問題にも跳ね返っていることがどうしてわからないのかと思います。いくら幹部たちがダウンタウンの元マネージャーだからと言って、あまりに無神経で無責任で傲慢と言わざるを得ません。

松本は提訴するに際して、弁護士を「陸山会」事件で小沢一郎衆院議員の取り調べを担当したヤメ検の弁護士に依頼したのですが、その名前を聞いて驚いたという声も多いのでした。と言うのも、彼は、裁判所に提出した捜査報告書の中で聴取内容を「捏造」していることが発覚し、最高検から「懲戒処分」を受けて依願退職している過去があるからです。だから、いろんな弁護士に相談したけど勝ち目がないと断られた末に、件の弁護士に行き着いたのではないかという見方が出ているのでした。でも、メディアは、何故か、担当する弁護士の”不都合な真実”についてはまったく触れてないのでした。

しかも、松本が訴えたのは、性交に合意があったという一点だけです。文春が「性の上納システム」と呼ぶパーティの存在や松本の直筆と言われる「女性セレクト指示書」については、虚偽だという訴えはしてないのです。名誉棄損と言っても、合意があったかどうかだけなのです。

松本の提訴は、ブラフという側面が大きいように思います。つまり、密室の二人だけのことなので合意でないという立証は難しい、だから、これから文春に訴えると大きなリスクを背負うぞという脅しブラフのような気がしないでもないのです。告発した女性たちに大きな負担を強いるのが目的の、それこそ#MeToo運動に真っ向から対決するような訴訟という風にも考えられなくもないのです。

テレビの奥歯にものがはさまったようなもの言いや、コメンテーターたちの夜郎自大なコメントや、吉本芸人たちの松本をかばうだけが目的の無責任な発言などを見て、しみじみと思うのは、日本が#MeToo運動や女性の人権に対してホントに理解の乏しい後進国だということです。何度も言いますが、それは思想信条も信仰も、右も左も上も下も関係ないのです。

いづれにしても、吉本興行は松本人志を切るしかないでしょう。前も書いたように、松本人志がお笑い界の帝王と言われるほどの〈権力〉を持った人物であるということを考えれば、性交の合意があったかどうかなんてナンセンスで(性加害の事件では、犯人は「合意があった」として犯意を否定するのが常ですが)、吉本興行が松本を切らざるを得ない状態まで追いつめられるのは必至でしょう。同時に、ダウンタウンの元マネージャーが社長と副社長の座にすわっているような現在の会社の体質を根本から変えることも肝要でしょう。
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