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■青葉被告の妄想


2019年7月18日に発生した京都アニメーション放火事件では、同社の社員36名が犠牲になったのですが、今日、犯人の青葉真司被告に対して死刑が言い渡されました。死刑を言い渡した京都地方裁判所は、事件当時、青羽被告は善悪の判断をする責任能力があったと認めたのです。

ホントにそうなのか。下記の朝日の記事によれば、事件当時、「青葉被告は精神科に通院。生活保護を受給しながら、心身の状態を観察する訪問看護や身の回りの世話をする訪問介護を受けていた」そうです。既に精神の失調をきたしていたのです。

朝日新聞デジタル
「京都アニメーション事件」第6回
「こっちは余裕ねえんだ」 全財産5万7千円を手に京アニへ向かった

しかも、それはかなり深刻で、「看護師らとのもめ事が絶えなかった」そうです。

(略)看護師が青葉被告の部屋を訪ねてインターホンを押したが反応がないため、ノックするといきなりドアが開いて胸ぐらをつかまれたという。包丁を持っていて、「しつこいんだよ、つきまとうのをやめろ。やめないと殺すぞ」と怒鳴った。室内には破壊されたパソコン2台とプレイステーションが散乱。革ジャンがズタズタに切られていた。処方された薬が服用されないまま残っていた。

 この時、看護師に対しても「ナンバー2」の指示で公安警察に「ハッキングされている」「つきまとわれている」と話したという。
(上記記事よりより)


青葉被告は京アニの放火について、京アニが主催したコンテストに応募した小説が落選させられ、挙句の果てに小説のアイデアがアニメに盗用されたからだと主張しているのですが、それも「闇の人物のナンバー2」の仕業だという妄想に憑りつかれていたのです。

 青葉被告の話では、「ナンバー2」とは「ハリウッドやシリコンバレーに人脈があり、世界で動いている。官僚にも影響力のあるフィクサーみたいな人で、公安警察に指示して自分を監視させていた」という。
(同上)


それも、どういった話の経緯でそうしたのかわかりませんが、青葉被告は、当時の与謝野馨経済財政担当大臣大臣にメールを送ったのが原因で、「ナンバー2」につけ回されるようになった、と言っていたそうです。

■応報主義


京アニの社員だった妻が犠牲になった遺族の男性は、判決後の記者会見で、妻も、(残された)子どもも「理解してくれる判決だった」と述べたそうです。

遺族の中にもいろんな方がいるでしょう。メディアで発信することに積極的な方もいるだろうし、まったく逆の方もいるでしょう。事件に対する考え方もさまざまでしょう。でも、メディアに出ているのは、何故か同じ遺族の方です。それも、(言い方は悪いですが)メディアにとって「都合がいい」、ある意味でメディア向けの発言をする方のように思います。

肉親の命を奪われた遺族が、犯人に対して、みずからの死をもって罪を贖うべきだと考えるのはわからないでもありません。しかし、社会はまた別の考えがあってもいいのではないか思います。社会全体が遺族と同じような考えにとらわれると、「目には目を歯には歯を」の応報主義の野蛮で殺伐とした社会になってしまうでしょう。現に私たちの社会は、チャップリンの「殺人狂時代」ではないですが、「1人殺せば犯罪者だが、100万人殺すと英雄になる」矛盾と偽善を抱えた社会でもあるのです。

その矛盾と偽善を乗り越えるためには、応報主義的な心情や考えをどこかで乗り越えなけば(止揚しなければ)ならないのです。それができるのは、遺族ではなく、第三者である私たちでしょう。その意味では、立場の違いというのは大事なことなのです。

遺族感情に「寄り添う」のも必要ですが、しかし一方で、社会全体が「寄り添う」だけで思考停止して、それでよしとする風潮には違和感を抱かざるを得ません。

■「反省の言葉」


裁判の過程でも、「被告から反省の言葉はない」というフレーズが決まって出てきます。精神に変調をきたして妄想に憑りつかれている人間に、「反省の言葉」を求めるのはそれこそないものねだりのように思いますが、あたかも「反省の言葉」が裁判のポイントであるかのように報道されるのでした。

こうして、「事件の真相を知りたい」「どうしてこんな事件を起こしたのか、犯人の心の底にあるものを知りたい」と言いながら、真相から遠ざかり、事件は歪められていくのです。

そして、裁判官から執拗に「反省の言葉」を求められた被告がやっと(無理強いに)「反省の言葉」を発すると、今度は「ホントに心の底から反省しているのか疑問」だと言われれるのでした。「反省の言葉」が発せられた時点で、事件はまったく別のものに変わっているのですが、そのことはいっさい問われないのでした。

■『令和元年のテロリズム』再掲


私は、磯部涼氏の『令和元年のテロリズム』(新潮社)の感想文の中で、青葉真司被告について、次のように書きました。再掲させていただきますので、お読みください。

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『令和元年のテロリズム』

「京都アニメーション放火事件」の犯人は、昭和53年に三人兄妹の次男として生を受けました。でも、父親と母親は17歳年が離れており、しかも父親は6人の子持ちの妻帯者でした。当時、父親は茨城県の保育施設で雑用係として働いており、母親も同じ保育施設で保育士として働いていました。いわゆる不倫だったのです。そのため、二人は駆け落ちして、新しい家庭を持ち犯人を含む三人の子どをもうけたのでした。中学時代は今のさいたま市のアパートで暮らしていたそうですが、父親はタクシーの運転手をしていて、決して余裕のある暮らしではなかったようです。

そのなかで母親は子どもたちを残して出奔します。そして、父親は交通事故が引き金になって子どもを残して自死します。実は、父親の父親、つまり犯人の祖父も、馬車曳き(馬を使った運送業)をしていたのですが、病気したものの治療するお金がなく、それを苦に自殺しているのでした。また、のちに犯人の妹も精神的な失調が原因で自殺しています。

犯人は定時制高校を卒業すると、埼玉県庁の文書課で非常勤職員として働きはじめます。新聞によれば、郵便物を各部署に届ける「ポストマン」と呼ばれる仕事だったそうです。しかし、民間への業務委託により雇用契約が解除され、その後はコンビニでアルバイトをして、埼玉県の春日部市で一人暮らしをはじめます。その間に父親が自殺するのでした。

さらに、いったん狂い始めた人生の歯車は収まることはありませんでした。犯人は、下着泥棒をはたらき警察に逮捕されるのでした。幸いにも初犯だったので執行猶予付きの判決を受け、職安の仲介で茨城県常総市の雇用促進住宅に入居し、郵便局の配達員の職も得ることができました。

しかし、この頃からあきらかに精神の失調が見られるようになり、雇用促進住宅で騒音トラブルを起こして、家賃も滞納するようになったそうです。それどころか、今度はコンビニ強盗をはたらき、懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けるのでした。その際、犯人の部屋に踏み込んだ警察は、「ゴミが散乱、ノートパソコンの画面や壁が叩き壊され、床にハンマーが転がっていた光景に異様なものを感じた」そうです。

平成28年に出所した犯人は、社会復帰をめざして更生保護施設に通うため、さいたま市見沼区のアパートに入居するのですが、そこでも深夜大音量で音楽を流すなど騒音トラブルを起こすのでした。著者は、「再び失調していったと考えられる」と書いていました。そして、そのアパートから令和元年(2019年)7月15日、事前に購入した包丁6本をもって京都に向かうのでした。

不謹慎を承知で言えば、この「京都アニメーション放火事件」ほど「令和元年のテロリズム」と呼ぶにふさわしい事件はないように思います。私も秋葉原事件との類似を連想しましたが、著者も同じことを書いていました。

また、著者は、小松川女子高生殺人事件(1958年)の李珍宇や連続射殺魔事件(1968年)の永山則夫の頃と比べて、ネットの時代に犯罪を語ることの難しさについても、次のように書いていました。

「犯罪は、日本近代文学にとっては、新しい沃野になるはずのものだった。/未成年による「理由なき殺人」の、もっともクラシックな典型である小松川女子高生殺し事件が生じたとき、わたしはそのことを鮮烈に感覚した。/この事件は、若者が十七にして始めて自分の言葉で一つの世界を創ろうとする、詩を書くような行為としての犯罪である、と」。文芸評論家の秋山駿は犯罪についての論考をまとめた『内部の人間の犯罪』(講談社文芸文庫、平成19年)のあとがきを、昭和33年の殺人事件を回想しながらそう始めている。ぎょっとしてしまうのは、それが日々インターネット上で目にしているような犯罪についての言葉とまったく違うからだ。いや、炎上に飛び込む虫=ツイートにすら見える。今、こういった殺人犯を評価するようなことを著名人が書けばひとたまりもないだろう。
 秋山は犯罪を文学として捉えたが、犯罪を革命として捉えたのが評論家の平岡正明だった。「永山則夫から始められることは嬉しい」「われわれは金嬉老から多くを学んできた。まだ学びつくすことができない」と、犯罪論集『あらゆる犯罪は革命的である』(現代評論社、昭和47年)に収められた文章の書き出しで、犯罪者たちはまさにテロリストとして賞賛されている。永山則夫には秋山もこだわったが、当時は彼の犯罪に文学性を見出したり、対抗文化と重ね合わせたりすることは決して突飛ではなかった。一方、そこでは永山に射殺された4人の労働者はほとんど顧みられることはない。仮に現代に永山が同様の事件を起こしたら、彼がアンチヒーローとして扱われることはなかっただろうし、もっと被害者のバッググランドが掘り下げられていただろう。では近年の方が倫理的に進んでいるのかと言えば、上級国民バッシングが飯塚幸三のみならずその家族や、あるいは元農林水産省事務次官に殺された息子の熊澤英一郎にすら向かった事実からもそうではないことが分かる。


この文章のなかに出て来る秋山駿の『内部の人間の犯罪』や平岡正明の『あらゆる犯罪は革命的である』は、かつての私にとって、文学や社会を語ったりする際のバイブルのような本だったので、なつかしい気持で読みました。

でも、当時と今とでは、犯罪を捉える上での倫理のあり方に大きな違いがあり、益々余裕のない紋切型の社会になっているのは事実でしょう。そのため、犯罪を語る言葉も、身も蓋もないような寒々しいものしかなく、犯罪者が抱える精神の失調に目を向けることさえないのです。


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