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(写真AC)



■キリンビールは人を舐めた会社


テレビコメンテーター(!)の成田悠輔をキリンビールが広告に起用したことで、成田の「高齢者の集団自決」「集団切腹」のすすめの過去の発言が蒸し返され、結局、キリンビールは成田の起用を取り下げるという出来事がありました。

どうしてキリンビールはいわくつきの成田を起用したのか不可解だという声もありましたが、キリンが起用したのが、缶チューハイ「氷結無糖」のWEB広告だったというのがポイントでしょう。

つまり、実社会では顰蹙を買っても、ネット上では成田はヒーローだと考えたのではないでしょうか。成田の発言に眉をひそめているのは年寄りばかりだ。缶チューハイの「氷結無糖」がターゲットにしたい若い世代には、むしろ拍手を持って迎えられている。キリンビールは、そう考えたのかもしれません。

まったく人を舐めた会社です。私はほとんど酒を飲まないので、関係するのは生茶くらいですが、キリンビールを飲まなくても別に人生の大勢には影響はないでしょうから、不買運動はもっと広がった方がいいし、広がるべきだと思います。

■機能主義


ウィキペディアで成田悠輔のプロフィールを見ると、麻布中学・高校を卒業して、一浪の後に東京大学に入学。2011年に東京大学大学院経済学研究科修士課程を修了しています。さぞや偏差値の高いお勉強ができるお子さまだったのでしょう。

しかし、高齢者の「集団自決」「集団切腹」のすすめに限らずほかの彼の発言を見ても、突っ込みどころ満載の軽率、単純の誹りを免れないようなものが多いのです。

成田悠輔の家には祖父母はいないのでしょうか。人生が順繰りで、いづれ自分も年老いて行くという、子どもでもわかる話が理解できないのか。成田は「比喩で言った」とひろゆきは擁護していましたが、比喩にもなってないのです。

若い人に椅子を譲れと言いたいのかもしれないけど、それがどうして「集団自決」になるのか。どうして介護を必要とする高齢者を引き合いに出すような(そうイメージするような)話になるのかと思います。

彼を見ていると、〈思想〉がないのです。というか、自分を含めて人を見る視点を持ってないのです。そういう眼差しが欠けているのです。だから、このような身も蓋もない杓子定規な言葉を振りかざすことになるのでしょう。人生において煩悶したこともないのかもしれません。そんな障子紙のような、薄っぺらな人間にしか見えません。

アメリカのメディアは、成田悠輔をファシストと呼んでいましたが、ファシストですらないのです。

これは東浩紀などにも言えますが、彼らは世の中を機能主義的に考えることしかできないのです。そこにいる生きている人間を見ようとしないのです。人間をシステムの一部のようにしか見ることができないのです。それが彼らの特徴です。そのため、現実の政治にコミットすると、途端に単細胞でトンチンカンな醜態を晒してしまうのでした。

■始末の悪いタレント学者


東浩紀に関しては、東日本大震災のとき、次のような発言をしたことを私は忘れません。

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 日本人はいま、めずらしく、日本人であることを誇りに感じ始めている。自分たちの国家と政府を支えたいと感じている。
 むろん、そのような「キャラ」はナショナリズムに繋がるのでよくない、との意見はありうるだろう。ネットでは早くもその種の懸念が登場しているし、また熱狂はしょせんは一時的なもので長続きしないという見方もある(おそらくそうだろう)。しかし、ぼく自身はそのうえでも、やはりその現象にひとつの希望を見いだしたいと思う。


また、2012年の東京都知事選の際は、当選した猪瀬直樹候補を支持して、選挙カーの上で応援演説まで行っているのです。

無邪気と言えば無邪気ですが、こういったお粗末さは、高偏差値の彼らに往々にして共通するもうひとつの顔でもあります。

彼らがものごとをすべて費用対効果で解釈するのも、それがもっとも単純でわかりやすいからでしょう。

成田悠輔は、ひろゆきを尊敬しているそうですが、彼の発言がひろゆきの冷笑主義と陸続きであるのは、誰でも理解できる話でしょう。

何より吉本芸人と同じように成田悠輔をコメンテーターに起用して、時事問題を語らせているメディアの無見識、無責任はもっと批判されて然るべきでしょう。ヤフコメなどと同じように、視聴率を稼ぐためにはプチ炎上も厭わないようなメディアの姿勢が、このような夜郎自大で始末の悪いタレント学者(もどき)を生み出したとも言えるのです。

成田悠輔に関しては、併せて下記の記事もお読みください。


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