
この業界で初めて勤めた会社が六本木でしたので、私にとって六本木はおなじみの街です。
会社は今の六本木ヒルズのところにありました。先日、久しぶりに行ってみましたが、六本木ヒルズを前にして記憶の底から当時の風景を思い起こすのにさすがに苦労しました。
当時はちょうどバブルの絶頂期で、毎夜、六本木には東京中の(と思えるくらいの)若者達が押し寄せていました。
陽が落ちると、表の舗道はスムーズに歩けないほど人でごった返していました。それで、私達は仕事を終えて駅まで行くのにいつも裏道を利用していました。
当時の六本木には表通りを一歩入ると迷路のような路地が入り組んだ住宅街がまだ残っていました。ひっそりと静まり返った家々の軒先を何度も曲がって前に進むと、まるで魔法にでもかかったみたいに駅のすぐ近くに出ることができるのです。初めてその経路を教えてもらったときは感激したほどです。
だから、私にとって六本木というのは、むしろ裏道のイメージの方が強く、もちろん、あのバブリーな華やかさとはまったく無縁でした。仕事帰りに食事をするときも、六本木ではなく、もっぱら坂を下って麻布十番の方に行ってました。当時の”十番”は近くに駅もなく陸の孤島のような街で、そのため都心にあってまだ下町の雰囲気が残った、六本木とは対照的な街でした。
あるクリスマスイブの夜のことでした。私はいつものように路地をぬけて駅に向かっていました。
路地の途中にはレストランの裏口があり、表の店ではブランドの服を身にまとったカップル達がクリスマスディナーを楽しんでいました。一方、裏口では下働きをしている中近東系の外国人達が、やけに鋭い眼光をあたりに放ちながら路面に座り込んで休憩していました。
私は彼らと視線を合わせないようにして横を通り過ぎながら、華やかさの裏にいつもくっついている、あのむなしさとさみしさをあらためて感じていました。
そのときです。ふと、空を見上げると、夜空に飛行船が浮かんでいるのが見えたのです。淡い光の中に浮かんだ飛行船は、まるでよその星からやってきたような幻想的な雰囲気を漂わせていました。そして、飛行船の船体には”Merry Christmas! ”と書かれていたのです。
いかにもバブルの時代にふさわしい光景ですが、そのとき、私は、飛行船を見上げながら妙に感動したのを覚えています。
しかし、先日、訪れた折、路地を探したのですが、残念ながらあたりの風景は一変しており面影さえ残っていませんでした。