名前もどこに住んでいるのかも知らないけど、ときどき道で会って挨拶をする人がいます。会うのはいつも朝です。ひょんなことから話をしたのは半年くらい前でした。年齢は60歳くらいの男性で、脳梗塞だかで半身がマヒして、週に何回か電車でリハビリに通っているのだそうです。「運動靴が1ヶ月でダメになるんだよ」と言ってました。マヒした足を持ち上げることができず、地面にこするように歩くので、底のゴムがすぐすり減ってしまうのだそうです。
今朝も会いました。
「おはようございます」
「ああ、どうも」
「どうですか?」
「相変わらずだよ」
「床屋に行ったんですね?」
「ハハ、春だからね」
「ああ、そうですね。春ですね」
「じゃあ、また」
「また」
駅に急ぐ通勤客の中を杖をついて一歩一歩たしかめるように進んでいく後ろ姿を見ながら、私は「春だからね」という言葉を頭の中で反芻していました。
今朝も会いました。
「おはようございます」
「ああ、どうも」
「どうですか?」
「相変わらずだよ」
「床屋に行ったんですね?」
「ハハ、春だからね」
「ああ、そうですね。春ですね」
「じゃあ、また」
「また」
駅に急ぐ通勤客の中を杖をついて一歩一歩たしかめるように進んでいく後ろ姿を見ながら、私は「春だからね」という言葉を頭の中で反芻していました。